• 闇光

【闇光】水の流れと身のゆくえ

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/12/23 09:00
完成日
2015/12/27 22:13

みんなの思い出

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オープニング

 戦火はバルトアンデルス、そして城内まで及んでいた。どこからともなく現れる歪虚からの襲撃にあちこちから剣戟や銃声が聞こえてくる中、第一師団副師団長シグルドは城内にある大食堂に向かう通路をまるで散歩するかのようにゆるゆると歩いていた。武装していなければ彼だけ世界が違うのではないだろうかと思わせるような。そんな穏やかさすらあった。
「シグルド様。騎士議会の特級議題が緊急上程されたと! 議会場に行かなくていいんですか!!?」
 兵長がその姿をようやく見つけて慌ただしくシグルドに詰め寄った。
「はい、兵長くん。ここで問題です。特級議題とは何か、述べなさい」
「は? え、ええと。国家を揺るがす問題において騎士皇自らが議会に上程される帝国における最高議題であります。これが開催された時は騎士皇、代理人、帝国師団長、副師団長全員が出席しなければならず……」
 突然投げかけられた質問に対して一瞬ぎょっとした兵長であったがすぐさまそれに答えた。
「正解だ。ところがノアーラ・クンタウに第二のシュターク、第六副のイズン。ピースホライズンに第三のカミラと第五のロルフ。ベルトルードに第四のユーディト。ぜーんぶ歪虚の襲撃にかかりきりだ。カッテもロッソにいるんだろう? どうせ不成立さ。強行開催したとしても、あれじゃねぇ。オズワルドはもうろくしたんじゃないかと心配するね」
 くくく。とシグルドは面白くてたまらないという笑い声をかみ殺してそのまま厨房と食材庫の間を進んでいく。
「こ、ここで何を?」
 シグルドは兵長の問いかけにスマイルで答えると、愛用の長巻を下ろすとやおら地面に突き立てた。
 何もない地面はその衝撃で吹き飛び、ぽっかりと暗闇が姿を現すと、横にいた兵長は唖然とした。
「つ、通路? し、知らなかった……これは一体……?」
「バルトアンデルスで『どこからか敵が現れた』なんていう場合、だいたいここを疑うべきだね」
 閉ざされた壁を失って勢いよく吹き出てくるのは下水の臭いと、負のマテリアルの寒々しいオーラだ。
 兵長はすぐにそれがどこにつながっているか気が付いた。帝都の地下全体を縦横無尽に走る下水道だ。帝都が誇るインフラの一つであり、毎年春に雑魔退治を行うほどにマテリアルが乱れた場所。
「ハンターが帝都内の歪虚退治、民の避難誘導に当たっている。僕はその元栓を閉めに行ってくる。ハンターズソサエティには連絡しているからその下水道の別入り口との連結部で合流する予定だ」
 突然の事ばかりで声も出ない兵長にシグルドはようやく笑顔を消して振り返ると、ようやく副師団長らしい凛とした声を発した。
「兵長。守備隊の任務を任せる。市民の保護に努めよ。それから……」
 一呼吸おいてシグルドは軽くウィンクをした。
「万が一オズワルドが僕を探していたら、うまく言っといてくれたまえ」


「生命 還流セヨ」
 滝のような激流の音の間から謳うような女の声が聞こえた。
 視界は悪い。陽光も届かぬ下水道は薄暗く。更に無尽の雑魔がその視界を阻んでいた。蟲のような雑魔、原生生物のような不定形。下水道に浮かぶゴミを吸い上げ、また分裂して増える。それらき全て、泥の様な腐汁の水を母なる海として出てては、また視界を阻んでいく。
 その腐った水は引力に逆らうように渦巻き、その僅かな隙間から目も醒めるような豊かな金髪の女の姿が見えた。
 女は人間ではなかった。形はそうであるが、肌は青黒く、毛皮と布の原始的な服の合間から見える身体のいくつもから腐った肉が見えた。片目は目蓋もなくなり眼球を閉じられもしない。
 そんな女が水面に坐し、地面に突きたてた槍に祈りの言葉を捧げると、また一層水の動きは激しくなった。
 歪んでるとはいえ汚水の中に含まれるマテリアルが、詩に応じてキラキラと浮き上がり、暗黒の身体へと吸い込まれていく。そして残るは負のマテリアルばかり。
 歪みはさらに歪み。また雑魔が生まれる。女はマテリアルを吸い上げ腐った身を癒す。いや、より深い闇へと変じていく。
 シグルドとハンターは雑魔を片っ端から薙ぎ倒し、瘴気の濃い方向へと突き進んだ結果、たどり着いたのがそこであった。
「命は 流レ 川の流レ イズレは大海に注ぎ 全も個モ ナク」
「へぇ。最近の歪虚はずいぶん哲学的じゃあないか。ドブの中での思索ってのはそんなに真理に近づけるものかい? ええと、元辺境の巫女スィアリ、だっけ」
 シグルドの言葉にスィアリは水の胎動。マテリアルをその虚無に満ちた身体に吸い込むのを止めて、ゆらりと立ち上がった。
 その瞳に光はない。濁り腐っており。感情すらも読めない。
「力を 利便ダケを 求め 溜まり 腐ル水。ソレ文明の愚。無知の毒ヨ 注げ 大海に。 アルベキ所に 還れ」
 どす黒い。普段の下水道の水でもこんなにはならない水がシグルドの足元に届きはじめる。
「つくづく名言だね。でもね、帝国ってのはひたすらオイシイところだけをかき集めて育ってきたんだ。ははは、君たちよりずっと強さだけを求める暴食的な国なんだよ」
 それでもシグルドは緊張すらしなかった。むしろケラケラと嘲笑し、崩れ落ちたスィアリが無念と憎悪に歪むのを楽しんでみているくらいだった。
「押し流して クレル 水に磨かれ、浄化 セヨ!」
「それは同意見だ。悪いけど、ここに来るまでにも力はそれなりに使ったし、上の面倒も僕は見なきゃならなくてね。さっさと終わらせたいと思ってたところだ」
 二人の、そして雑魔たちの湧き出る水路に流れる水が徐々に増えていく。
「帝国では不要なものはね。この下水道に落とすんだ。そして溜まった『ゴミ』は……水の力で押し流してもらうのさ」
 シグルドの背後には水門がある。帝都バルトアンデルスを南北に分かつ河の水を引き込み止める水門だ。
 その企みに気付いたのか、それとも戦いのタイミングを見出したのか、雑魔とスィアリは鉄砲水の様に襲い掛かって来た。

リプレイ本文

「さっさと水門壊して押し流すよ!」
 ジュード・エアハート(ka0410)はエア・スティーラーで水門に焦点を合わせる金の瞳が更に鮮やかな黄金に変化する。そして覚醒の翼がピンとはって、身体全体が弦を大きく引き絞った弓のようにしなる。
「っけぇぇぇぇぇ!!!!」
 ダークブルーの光がエアスティーラーが迸ると同時に、水門の壁がまるで砲撃を受けたかのようにへしゃげて、吹き飛んだ。マテリアルの力をつぎ込んだ弾丸が大砲にも匹敵する。貯めこんだ河水が噴き出つつもまだその穴にはジュードのマテリアルの衝撃によるマテリアル残滓が煙のように噴き上がっていた。
「天の理、地の理。空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡れ」
 続いてエアルドフリス(ka1856)がネレイスワンドを水門に掲げた。足元を走る水がまるであらたな星を見つけたかのように吸い上げられ、ワンドの先、そして彼の腕、身体と渦巻いていく。今世に流るる水の流れはエアルドフリスの意識をも包み、そして水が持つ理力はエアルドフリスの魔力の流れを高めていく。
「均衡の裡に理よ路を変えよ。我が血に流るる命の炎、矢となりて我が敵を貫け!」
 水のゆらめきが炎に描き変わり、うねりつつ、周りのマテリアルを巻き込んでは大きな蛇のようにして水門にかみついた。
 ジュードの穿った穴、そして残滓が勢いを取り戻した炎のように噴き上がると、水門を一気に揺るがした。マテリアルの衝撃が壁の亀裂を大きく広げ、それだけでもう水門はほぼ半壊状態になった。
「さっさと終わらせよう」
 内側からの水圧によって一気に噴出する水の流れは強烈で、破砕された大きな岩塊ですら吹き飛ばし、押し流していく。
 その流れる岩を鞍馬 真(ka5819)は次々と足場として飛び越えていき、足場の岩が崩れるような勢いで強く踏み込むと水門に向かって跳躍した。
「崩れろっ!」
 ジュードによって穿たれ、エアルドフリスによって引き裂かれた水門の裂傷は鞍馬の一撃で水門の頂点まで一気に達し、門は怒涛の奔流と共に決壊した。
 残すは水門の左右に残った残骸だけである。
「これで半分は壊せた。残りは頼む」
「オッケー、まっかせて」
 鞍馬を飲み込むように噴き出した水と瓦礫を新たな足場として鞍馬は軽く跳躍すると、背面宙返りで安全地帯の階段上の通路まで一気に帰還した。
 その鞍馬が勢いを殺して膝を折ったその真上でアーシュラ・クリオール(ka0226)のディファレンスエンジンに光が集まる。
「吹き飛べっ!!!」
 収束した光は螺旋を描き、まだかろうじて残っていた左側の壁に吸い込まれたかと思うと一気に爆散した。細かい塵が飛沫と共にアーシュラの髪や頬に激しく辺り、そして後ろに駆け抜けていく。
「よし、これで6割まで一気に持って行けたはず」
 アーシュラはマテリアル収束を一度終わらせ、ディファレンスエンジンを立てた。
 下からはルナ・レンフィールド(ka1565)のライトニングボルトや高瀬 未悠(ka3199)の高速の勢いに満ちた剣戟が激しい水の音と共に伝わってくる。
 この戦いはあっさりいきそうだ。
 少し残念なのは、スィアリと話ができない事だけだろうか。妄執に包まれた彼女の中に欠片でも本来の姿があれば、そこに語り掛けたいとも思っていたが、そんな時間もなかろう。
 少し残念な気持ちを抑えられず、アーシュラがちらりと水路に顔を向けた瞬間。
 頬が風で切り裂かれた。
「……!?」
「エアさん!!!」
 真横でワンドを繰り、もう一度魔法の集中に入り始めていたエアルドフリスの頬骨辺りに光の矢が突き刺さっていた。
 ジュードがまるで飛びかかって押し倒すような勢いでエアルドフリスが力なく崩れ落ちるのをギリギリで防いだ。
「エアさん、エアさん!!」
 今度はエアルドフリスの目の前で、ジュードの肩に矢が突き刺さった。肉の焼けるような臭いと、轟音に混じって骨の砕ける音がエアルドフリスの耳にも届く。
「エアさん、無事? もう守られるばっかりじゃ、イヤだから」
「どこから……」
 鞍馬は唖然として矢の飛んできた方向を見つめた。
 もう流され始め、また仲間によって随分と掃討されているとはいえ、まだまだ雑魔の壁は分厚い。あの雑魔のどれかが攻撃をしてきたのか?
 その無数の雑魔が蠢き、小さな隙間。手も入らない程度の間隙を貫く針のようにして、光の矢が続いて鞍馬の腹部を穿った。
「!」
 言葉がでない。いつも眠たげな鞍馬の眼もさすがにこの時ばかりは大きく見開いた。
「理法ニ 一切障碍ナク。雨ノ。天地均衡トハカクナルと シレ」
「風の音、水の流れを知れば、点穴から矢を貫けるって、ことか? とんだビックリ箱だな」
 増水した水路で足場も悪いはずなのに、雑魔達の最後尾にいるスィアリはまるで動じることすらなく、弓を構えていた。
「さっさとお引き取り願いたいところなんだがな!!」
 瀬崎・統夜(ka5046)はエア・スティーラーの連射を叩きこんだ。あえて雑魔の壁は崩さず、前進だけを留める制圧射撃だ。時折見えるスィアリの姿にも狙いを絞って牽制の一撃を加える。激流を切り裂くように瀬崎の砲火が火を吹き、狙い通り進軍を留める。雑魔が移動できなければスィアリも動けないはずだ。
 瀬崎の銃撃が止まって息を吐き出す瞬間に、もうスィアリの矢はアーシュラまで届いていた。息つく暇も与えてくれはしないようだ。
「……本当に厄介なヤツだな」
 腿まで水に浸され、流されないように注意しなければならないというほどなのにどうしてそこまでできるのか。
「ルナさん。ウォーターウォークお願いできるかな」
 きっと何か。純粋なる強さだけではすまないものがあるはずだ。水の理、というならスィアリの腰まで届く豊かな金髪は轟々とした水の中では絶対に不利に働くはずなのだから。
 ユリアン(ka1664)はそっとルナに声をかけた。
「はい、あの……気をつけてくださいね。ここは音がよく響きますけれど、なんだか。水も悲鳴を上げているようです」
「水が、悲鳴?」
 ライトニングボルトを放った際もそうだった。
 詠唱の響きは、ホールにも負けないと思うのだが、ここに流れる音はひどく歪んでいる。気持ちの悪さは下水特有の、またゾンビであるスィアリが発する腐った臭いばかりじゃない。漂う空気が、もしかするとマテリアル全体が、歪んでいる。
「水の音よ優しく包みて浮力となせ、アンダンテ」
 ルナの唄うような詠唱と共に、ユリアンは水面の上に浮かび立った。
 っと、少し身体が揺れた。
「地面と比べるとバランスが悪いな。だけど、いけそうだ。高瀬さんにも使ったら一度避難して」
「わかりました」
 ルナを頷きを見ると同時に、ユリアンは水面を走った。
 生まれ出る雑魔の頭を踏み潰し、一気に跳躍すると、ユリアンはスローイングカードを真上からまき散らして、雑魔を一気に片付けた。
 そんな瞬間にスィアリにちらりと視線を向けたユリアンはようやく彼女が流れにまったく動じない理由を発見した。
 無数の死体もスィアリの周りに来るとまるで球に流れを変えて、脇へ逸れていく。
「そういうことか」
 スィアリの周りだけ真っ黒だった。
「ヘドロ? その身に余るほどの腐を貯めこんでいるのか」
 ユリアンはふと思い出した。
 歪虚との戦いに負けたスィアリは、もう身体が腐っていたという事。
 彼女が治めていたボラ族の族長イグが一度鎮めたのにまた歪虚として復活したという事。
 今、水のマテリアルを吸い込み、そして水をヘドロとして身を守っているという事。
「……体が腐るほどの負のマテリアルを受け入れて、それでも帰ってきたのか」
 壮絶な戦いをして、身を腐らせても、彼女は生きてボラ族の元に帰ってきたのだろう。
 だが、それを歪虚となったと思われてイグに討たれたに違いない。
 その無念さはいかばかりだろうか。深い悲しみはどれほどだろうか。
「でも、それでも俺は今は生きている人達を選ぶ。ボラ族の子供たちは、ロッカたちはここへ来たんだよ 」
「ぼら、ろ、カ……」
 スィアリの顔が歪み、初めて弓をおろし槍に持ち替えた。そして同時にヘドロの足場から飛び上がり、生まれては流れる雑魔を足場に一気にユリアンに飛びかかった。今まで見た中で一番の速さだ。疾影士のユリアンでも身動き一つとれないような。
「させるものか!!!」
 高瀬がユリアンを押しのけるようにして割って入り、マテリアルで作り出した鎧殻でスィアリの一撃を弾き飛ばした。
 本当なら階段の上からロープを投げてよこす役だったが、ユリアンを放っておくわけにはいかなかった。高瀬の中に流れる戦の血が騒いで仕方ない。
 そう思えばもう勝手に身体が動いていた。
 スィアリの一撃はそれでも確実に高瀬の腕をえぐっていたが、その痛みも奥歯をかみしめて堪えつつ、スィアリの濁った瞳を睨みつけた。
「仲間は絶対に失わせない! 何もできない、何の力にもなれないなんて絶対に……」
「近づくな!!!」
 エアルドフリスの声が響いたが、高瀬はどうすることもできなかった。抉られた腕全体が、痺れるような痛みに覆われた。
 肉が。骨が。急激に年老いたように瑞々しさを失い、そのまま崩壊する。同時にスィアリの穢れた腕が、ハリのあるものへと変貌していく。
「!!」
「ねぇ、スィアリ様。あるべき姿とは、なに?」
 アーシュラも階段の柵にもたれかかるようにして立ち上がると、問いかけた。
 一瞬の隙でいい。
 スィアリの視線がこちらに向いている隙に、ユリアンが高瀬を救い出す。ある程度の距離が取れればロープを使って一気に戻る。その為にも今はできるだけ時間を稼がねばならない。
「大いなる流れに沿エて 受け入れヨ。ナラヌもの、自然に帰しテ」
「それは死を受容しろってこと? 違うよね。理に逆らわず自然に生きろってことじゃないの!? スィアリ様。自分の身体を、見て!」
 アーシュラは叫んだ。
「皆同ジ 腐レても其方ラと同在ヨ。厭うナ」
「ああ、腐るってのもまあ醗酵だからな。生命活動にゃかわりねぇ。そんなに変わりある存在じやねぇって言いたいワケか」
 瀬崎はすかさず銃撃を繰り返して、高瀬とスィアリの間に銃弾を突き抜けさせた。距離を開けねば高瀬はこのまま腐りおちてしまう。
「そういう意味では、人間と貴女とは同じかもね……人間も腐ったヤツは山ほどいるわ」
 僅かな隙を得て、高瀬は思いっきりスィアリを蹴り飛ばし、ユリアンの腕に捕まると、魔導拳銃を懐から抜き出し、足元のスィアリに狙いを定めた。スィアリはヘドロを捨てて激流に身を浸しており、動きは鈍くなっていた。
「弱さは、罪よ」
 軽い銃声が響いた。それは狙いあまたずスィアリの眉間を貫いた。不死者の彼女にどれだけのダメージがあるのかわからないが、勢いを殺せたのは間違いない。
「捕まれ!」
 鞍馬がロープを投げてよこした。鞍馬とて傷を負った身ではあるので、ルナ、ジュードやアーシュラ達と一緒になって、ユリアンと高瀬の二人の身体を引き寄せる。幸いにもウォーターウォークの魔力が働いている二人を引き寄せるにはそれほど力はいらない。
「先に行って」
 そしてユリアンが高瀬を先に階上へと押し上げた次の瞬間。ユリアンの足に詰めたい水がしみ込む感触が伝わってきた。
 まだウォーターウォークは作用しているはずだ。
 ユリアンがちらりと視線を下に向けると。水面から腕が伸びていた。
「コノ地の淀み 見過ごすカ 風ノ」
「……別にこの大地に情があるわけでもなし、自然の調停者を気取るつもりもないよ」
 足に激痛が走った。スィアリの腕がユリアンの足を腐らせ始めたのだ。
「其方も同ジ 力を 利便ダケを 求め 溜まル文明の愚。無知の毒ヨ」
 そう言うスィアリの腐った眼に突如ナイフ突きたった。
「何を言ってもその言葉は穢れだよ。堕ちた巫女。手にしたものはことごとく腐り、巻き添えにしていく。それがあんたの『暴食』だ。あんたに自然の理を語る資格なんてない」
 階上から血を滴らせながらジュードが宣告するように言った。
 そしてその隙に、高瀬がユリアンの腕とロープを引いた。
「負けないで。絶対に一緒に生きて帰るのよ!!」
「風の疾く、刃となりて切り裂け……フォルテ!」
 スィアリの腕が切り刻まれる。目を潰され、腕を切り刻まれ、濁流に身を浸しても、まだスィアリはそこにいた。
 水がまた汚れ始める。スィアリの体内にある負のマテリアルが水を穢し、雑魔達の死骸がヘドロに変貌する。ユリアンは必死にもがくが、徐々にその沼の魔女に足を飲み込まれていく。足の感覚はもうない。
「生きようと希い足掻くのは人の本性だ 。その為に分を越え破滅する日がいつか来るかもしれん 。だが絶望に敗け円環を外れた存在に我々を罰する権利などあるものか」
 ジュードと互いに支え合うようにして立ち上がったエアルドフリスは口に溜まった血を河水の中に吐き捨てると、ワンドを構えつつ鞍馬に囁いた。
「一撃で頼んだぞ」
「ああ、私の力の全てを出し切ろう」
 鞍馬は再び跳躍した。エアルドフリスが火球を生み出し、水門の瓦礫が作った瀬とスィアリごと巻き込んで焼き払う。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――灰燼に帰せ!」
 賭けだ。ユリアンをも焼き払う可能性があったが。
 シグルドが瞬間、スィアリに力を込めた突きを放ち、ウィンドスラッシュでズタズタになったその手を寸断した。
「ユリアン!」
 全員がユリアンのロープを引き、彼を水の来ぬ階上まで一気に引き上げた。
「この一撃で決めて見せる」
 それと入れ替わるようにして鞍馬が跳躍し、大上段から水を阻む瓦礫の山となりつつある水門に一気に刀を振り下ろした。
 衝撃と同時に爆風が広がり、完全に決壊した河水が汚れも何もかもが全てを飲み込んだ。
 もう轟々という音以外に何も聞こえぬ。

「どうしてもっと早く助けなかったのよ!」
 出口に向かう回廊でシグルドに高瀬は突っかかっていた。
 スィアリを突き放したシグルドの一撃はまだ高瀬には到達できない域の力だった。それを持ちながら最後まで彼は傍観を決め込んでいたのだから。
「君はきっと目の前の一人を大切にするんだろうね。でもね。真上ではまだ死者が増え続けているんだよ? 君は力を使い切った体でそれを見てどうするんだい? 明日の行方もわからぬ。水の流れと身の行方は誰にも知れぬ。だからこそ力は大切にしなきゃならないものだよ。悲しみを一つでも減らすためにね」
 ルナはその言葉を聞いて、通って来た道を振り返った。
 悲しまないとは。何かを犠牲にすることなのだろうか。
 先行きの不安にルナはそっと自らの喉に手を当てて、もう一度轟々と流れる暗闇の向こう。歪んだマテリアルと音の世界に耳を澄ませた。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • ボラの戦士
    アーシュラ・クリオール(ka0226
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • 【魔装】希望への手紙
    瀬崎・統夜(ka5046
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 禊あるいは…
アーシュラ・クリオール(ka0226
人間(リアルブルー)|22才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/12/23 07:57:35
アイコン 教えて!シグルドさん
ジュード・エアハート(ka0410
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/12/23 08:22:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/12/19 02:13:40