ゲスト
(ka0000)
あなたと、新しい年を
マスター:風華弓弦
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●昔話
むかしむかし、年の終わりが迫った、ある寒い夜のこと。
真っ暗な夜空の天辺から、小さな星が一つ、リゼリオの海の向こうへ流れ落ちたという。
それから数日が過ぎ、新しい年を迎えたある夜、くたびれた格好をした三人の男が街の一角を訪れた。
老人と中年男と青年の三人はこの辺りの家々を順番に回り、こう訊ねた。
「昨日の夜に流れた小さな星が、何処に落ちたか知らないか?」
しかし寒さで固く窓を閉ざしていた人々は、誰も首を横に振るばかり。
訪ね歩いた末に最後に訪れた街外れのボロ家には、一人の老婆が住んでいた。
立て付けの悪い扉を叩き、面倒そうに顔を出した老婆に、疲れた顔の老人は他の住人と同じように聞く。
「昨日の夜に流れた小さな星が、何処に落ちたか知らないか?」
突然の来訪者に眉根を寄せた老婆は、何かを思い出したようにポンと手を打ち。
「それなら、あっちに流れていったみたいだよ」
指差したのは、ランプの灯かり一つない、真っ暗な草原の先。
それでも三人の男は一様にほっとした顔で、老婆に頭を下げた。
「そうか、どうもありがとう。誰も星の行く先を知らず、困っていたところだった」
「本当にありがとう」
「どうか親切なあなたの上に、幸運がありますように」
感謝し、祈った三人は、杖をつきながら老婆の示した方へ向かう。
「ところでさぁ。その『星』ってのは、いったい何なんだい?」
寒さで丸めた背中へ老婆が問うと、一番後ろを歩いていた青年が足を止め。
「幼い精霊様です。空から落ちてしまわれたので、私達は助けに参るところです」
では、と会釈をし、先を行く二人へ追いつこうと足早に暗闇へ去ってしまった。
ぽかんとして見送っていた老女はハッと我に返り、立て付けの悪い扉が倒れるのも構わず三人の後を追いかけるが。
どれだけ道を急いでも、彼らの姿はどこにも見当たらない。
「あたしゃあ、とんでもない事をしちまったよ!」
実はこの老婆、街では嫌われ者の魔女。
星が流れたのを見たなんて、嘘っぱちも嘘っぱち。
ちょっとした意地悪で、三人にデタラメを教えたのだ。
しかし寒空の下、見知らぬ相手にもかかわらず、加えて嘘を教えた彼女の幸運を祈り。寒い夜の道でも精霊を助けに向かう三人の姿を見て、さすがに申し訳ないと思ったのか――もっとも、既に後の祭だが。
それでも老婆は急いで家に戻り、取って置きのお菓子を一杯に詰めた籠を抱え、再び外へ飛び出した。
精霊の姿は分からないが、幼いなら人の子か、ふわふわした小さな獣の姿に似ているだろう。
三人が迷っているなら助けの手もなく、きっと寂しくて困っているだろうから……。
その後、落ちた『星』と三人の男と魔女がどうなったのか、行く末を知る者はいない。
ただ、ちょうど三人の男が街を訪れた一年後の夜。
街中の子供達の枕元に、小さなお菓子の包みが届けられた。
一年間を良い子にしていた子供の枕元には、美味しいお菓子を。
悪さばかりをしていた子供の枕元には、炭の様な真っ黒で苦いお菓子を。
それは翌年も、また次の年も続き。
今でも魔女はこの時期になるとお菓子の籠を抱え、幼い精霊を探して寒い夜の闇を彷徨っているという。
いつまでも……いつまでも。
つまらない意地の悪さで、人を騙した事を後悔しながら。
●新春の街角
「……という話が、この辺りの区画には伝わっていてな」
昔話を説きながら、配達屋は配達用ゴンドラの船首から四角いカンテラを外した、
代わりに魔女の人形飾りが付いたランプを、大きく鎌首をもたげた蛇を思わせる船首へ吊るす。
白髪もバサバサでワシ鼻の老婆は黒いローブを身にまとい、ホウキにまたがっていた。
新年を迎え、『魔女の日』――そう住民が呼ぶ日が近付くこの時期、リゼリオの一角では窓や玄関に魔女人形を一つは飾るのが慣わしだ。
「ですが……」
荷受けの桟橋でしゃがみこみ、真剣な顔で聞いていたプレシウ・フレーシュが怪訝そうに片手を挙げる。
「誰も知らないであろう話が伝聞されているのは、いささか奇妙に感じます」
「そりゃあ、お伽噺だからな。プレシウの嬢ちゃんは知らなかったのか」
「名もなきお菓子の魔女、ですか? あまり、馴染みがなかったものですから」
「ま、ずっと昔に語られていたって話だ。今は由来云々より、飲んで騒いで歌って踊って、子供はお菓子をもらって喜んで。花火を眺めながら、新年気分に別れを告げる……それで十分、かねぇ」
しみじみと配達屋は穏やかな海へ目をやり、ドワーフの宝飾細工師も倣うように水平線を眺めた。
この『魔女の日』が終わったら、新年の浮かれ気分も終わり。
また騒がしく慌ただしい日常の風景が、回り始める。
「そういえば、ハンターズソサエティに依頼を出すらしい」
預かった配達物であろう書簡を配達屋が手に取り、ひらひらと見せる。
「可能性が皆無でなくとも……歪虚が出る訳でも、ないと思いますけど」
「中身は『羽目を外す者がいないか、祭に参加する形で見守って欲しい』って体裁を取っているが、要は口実ってヤツさ。あの赤いでっかい船を駆り出すほど、今は厄介な事になっているみたいだからなぁ」
既に風景の一部となっていたサルバトーレ・ロッソは、洋上にない。
日々の暮らしで精一杯の人々にとって、『世界の一大事』は遠いお伽噺の様な出来事だ。それでも見慣れた物がないのは、やはりどこか心寂しい。
「……無事に帰ってくると、いいですね」
「あの『星の船』にとって、本当に帰るべき港はリゼリオじゃあないだろうがな」
「あ、いえ。ハンターの人達みんなが、です」
「ああ、そうか……そうだな」
どこか複雑な表情で配達屋は苦笑し、オールを取り上げる。
魔女のランプを揺らして離岸するゴンドラを、桟橋からプレシウが見送った。
それから『魔女の日』をどう過ごすか、思案しながら届けられた荷物――焼けて間もないパンが入った籠を抱える。
白い息を吐き、工房へ戻る途中でふと顔を上げれば、小広場から見える沢山の窓には魔女の人形がぶら下がり。
元気な笑い声と共に、数人の子供達が迷路のような路地を走って行った。
むかしむかし、年の終わりが迫った、ある寒い夜のこと。
真っ暗な夜空の天辺から、小さな星が一つ、リゼリオの海の向こうへ流れ落ちたという。
それから数日が過ぎ、新しい年を迎えたある夜、くたびれた格好をした三人の男が街の一角を訪れた。
老人と中年男と青年の三人はこの辺りの家々を順番に回り、こう訊ねた。
「昨日の夜に流れた小さな星が、何処に落ちたか知らないか?」
しかし寒さで固く窓を閉ざしていた人々は、誰も首を横に振るばかり。
訪ね歩いた末に最後に訪れた街外れのボロ家には、一人の老婆が住んでいた。
立て付けの悪い扉を叩き、面倒そうに顔を出した老婆に、疲れた顔の老人は他の住人と同じように聞く。
「昨日の夜に流れた小さな星が、何処に落ちたか知らないか?」
突然の来訪者に眉根を寄せた老婆は、何かを思い出したようにポンと手を打ち。
「それなら、あっちに流れていったみたいだよ」
指差したのは、ランプの灯かり一つない、真っ暗な草原の先。
それでも三人の男は一様にほっとした顔で、老婆に頭を下げた。
「そうか、どうもありがとう。誰も星の行く先を知らず、困っていたところだった」
「本当にありがとう」
「どうか親切なあなたの上に、幸運がありますように」
感謝し、祈った三人は、杖をつきながら老婆の示した方へ向かう。
「ところでさぁ。その『星』ってのは、いったい何なんだい?」
寒さで丸めた背中へ老婆が問うと、一番後ろを歩いていた青年が足を止め。
「幼い精霊様です。空から落ちてしまわれたので、私達は助けに参るところです」
では、と会釈をし、先を行く二人へ追いつこうと足早に暗闇へ去ってしまった。
ぽかんとして見送っていた老女はハッと我に返り、立て付けの悪い扉が倒れるのも構わず三人の後を追いかけるが。
どれだけ道を急いでも、彼らの姿はどこにも見当たらない。
「あたしゃあ、とんでもない事をしちまったよ!」
実はこの老婆、街では嫌われ者の魔女。
星が流れたのを見たなんて、嘘っぱちも嘘っぱち。
ちょっとした意地悪で、三人にデタラメを教えたのだ。
しかし寒空の下、見知らぬ相手にもかかわらず、加えて嘘を教えた彼女の幸運を祈り。寒い夜の道でも精霊を助けに向かう三人の姿を見て、さすがに申し訳ないと思ったのか――もっとも、既に後の祭だが。
それでも老婆は急いで家に戻り、取って置きのお菓子を一杯に詰めた籠を抱え、再び外へ飛び出した。
精霊の姿は分からないが、幼いなら人の子か、ふわふわした小さな獣の姿に似ているだろう。
三人が迷っているなら助けの手もなく、きっと寂しくて困っているだろうから……。
その後、落ちた『星』と三人の男と魔女がどうなったのか、行く末を知る者はいない。
ただ、ちょうど三人の男が街を訪れた一年後の夜。
街中の子供達の枕元に、小さなお菓子の包みが届けられた。
一年間を良い子にしていた子供の枕元には、美味しいお菓子を。
悪さばかりをしていた子供の枕元には、炭の様な真っ黒で苦いお菓子を。
それは翌年も、また次の年も続き。
今でも魔女はこの時期になるとお菓子の籠を抱え、幼い精霊を探して寒い夜の闇を彷徨っているという。
いつまでも……いつまでも。
つまらない意地の悪さで、人を騙した事を後悔しながら。
●新春の街角
「……という話が、この辺りの区画には伝わっていてな」
昔話を説きながら、配達屋は配達用ゴンドラの船首から四角いカンテラを外した、
代わりに魔女の人形飾りが付いたランプを、大きく鎌首をもたげた蛇を思わせる船首へ吊るす。
白髪もバサバサでワシ鼻の老婆は黒いローブを身にまとい、ホウキにまたがっていた。
新年を迎え、『魔女の日』――そう住民が呼ぶ日が近付くこの時期、リゼリオの一角では窓や玄関に魔女人形を一つは飾るのが慣わしだ。
「ですが……」
荷受けの桟橋でしゃがみこみ、真剣な顔で聞いていたプレシウ・フレーシュが怪訝そうに片手を挙げる。
「誰も知らないであろう話が伝聞されているのは、いささか奇妙に感じます」
「そりゃあ、お伽噺だからな。プレシウの嬢ちゃんは知らなかったのか」
「名もなきお菓子の魔女、ですか? あまり、馴染みがなかったものですから」
「ま、ずっと昔に語られていたって話だ。今は由来云々より、飲んで騒いで歌って踊って、子供はお菓子をもらって喜んで。花火を眺めながら、新年気分に別れを告げる……それで十分、かねぇ」
しみじみと配達屋は穏やかな海へ目をやり、ドワーフの宝飾細工師も倣うように水平線を眺めた。
この『魔女の日』が終わったら、新年の浮かれ気分も終わり。
また騒がしく慌ただしい日常の風景が、回り始める。
「そういえば、ハンターズソサエティに依頼を出すらしい」
預かった配達物であろう書簡を配達屋が手に取り、ひらひらと見せる。
「可能性が皆無でなくとも……歪虚が出る訳でも、ないと思いますけど」
「中身は『羽目を外す者がいないか、祭に参加する形で見守って欲しい』って体裁を取っているが、要は口実ってヤツさ。あの赤いでっかい船を駆り出すほど、今は厄介な事になっているみたいだからなぁ」
既に風景の一部となっていたサルバトーレ・ロッソは、洋上にない。
日々の暮らしで精一杯の人々にとって、『世界の一大事』は遠いお伽噺の様な出来事だ。それでも見慣れた物がないのは、やはりどこか心寂しい。
「……無事に帰ってくると、いいですね」
「あの『星の船』にとって、本当に帰るべき港はリゼリオじゃあないだろうがな」
「あ、いえ。ハンターの人達みんなが、です」
「ああ、そうか……そうだな」
どこか複雑な表情で配達屋は苦笑し、オールを取り上げる。
魔女のランプを揺らして離岸するゴンドラを、桟橋からプレシウが見送った。
それから『魔女の日』をどう過ごすか、思案しながら届けられた荷物――焼けて間もないパンが入った籠を抱える。
白い息を吐き、工房へ戻る途中でふと顔を上げれば、小広場から見える沢山の窓には魔女の人形がぶら下がり。
元気な笑い声と共に、数人の子供達が迷路のような路地を走って行った。
リプレイ本文
●魔女は企み事がお好き?
大通りから脇道へ入った喫茶店のキッチンでは、早朝から美味しそうな香りが立ち込めていた。
「ふふ~ん、上出来なんよ~♪」
オーブンから出した鉄板には小さなスフレケーキが整列し、綺麗な焼き色にミィナ・アレグトーリアが微笑む。
「ミィナ特製ミラクルケーキ、喜んでくれるかなぁ」
どの辺がミラクルかは、食べてのお楽しみ。
くるくると忙しく、小さな店の店長はお菓子作りに精を出す。
同じ頃、一風変わったお菓子作りに挑戦する者もいた。
「真っ黒なお菓子かぁ……上手く出来るかなっと」
休ませた生地を、天王寺茜が麺棒で押し伸ばす。
適度に伸ばした生地を切って油で揚げ、熱した黒砂糖で絡めたら完成だ。
出来上がりの色と艶を見た上で、味見も忘れず。
「うーん……もう少し、黒く出来るかな?」
再び茜は黒砂糖の鍋を火にかけ、木べらで混ぜ始めた。
○
「さぁて、良い子はどこかな。悪い子でもいいよー!」
くすくす笑いながら、三角帽子を被った魔女がドレスの裾を翻す。
「魔女だ、いたー!」
「いい子にしてたから、お菓子ちょうだい!」
見つけた子供達から次々と駆け寄り、魔女に扮したジュード・エアハートはあっという間に小さな歓声で包囲された。
「お菓子は一杯あるからね」
にっこり笑み、ジュードは籠から一口サイズの星型チーズタルトを手渡す。
気の早い子供達は、その場で頬張り。
「わっ。甘酸っぱくて、美味しい~っ」
「ベリーの味がするよ」
はしゃぐ笑顔を見守るジュードは、離れて佇む女の子に気付いた。
「どうしたのかな?」
ひょいと屈んで聞けば、不安げな表情が揺れる。
「あたし、いい子じゃないから……弟とも、ケンカばっかりで」
「そっか。じゃあ、悪い子にはこれをあげよう」
小さな手に乗せたのは、ほろ苦い黒猫クッキー。
炭みたいな黒い菓子でも、少女の表情はほころび。
「猫だ……お菓子屋のお兄さん、ありがとう」
「あれ、バレてた?」
帽子の下からおどけてみせれば、笑顔が返る。
「あ、ジュードさん! 師匠は一緒じゃ?」
耳慣れた声に目をやれば、短めのローブを羽織った身軽な見習い風の魔術師――ユリアンが会釈をした。
「見てないよ。屋台でも冷やかしてるのかも」
「そうか。籠のはジュードさんのお菓子? よければ、交換しないか?」
「うん、どうぞ」
多めに残った黒猫クッキーを取り、代わりの飴を籠に残す。
「さすがだなぁ、ジュードさんは」
「リゼリオでお菓子屋さん営んでいる者としては、気合を入れないと。ユリアンは飴なんだね」
「大人はハーブののど飴だ。師匠には直接渡すから……おっと」
集団の第二波に気付きいたユリアンは、数歩ジュードから離れ。
「ごめんね、捕まらないよ」
壁を蹴って歓声を飛び越え、ひと息に屋根まで跳躍する。
目を丸くする子供らの上、空から蜂蜜色の飴が降ってきた。
「皆、風邪には気を付けて。あれっと思ったら、宿屋二階の薬局へどうぞ」
笑みと宣伝を残し、魔術師は消えた……残った魔女のその後は、言わずもがな。
「なんだか、迷ったようですわ」
とんがり帽子を被り、ローブを着たチョココが、入り組んだ路地で狭い空を見上げた。子供達の声を追っても辿り着かず、探して歩く通りの先に三人連れの魔女が過ぎる。
「魔女様、魔女様。わたくし、お菓子が欲しいですのー」
カラッポの籠を手に駆け寄った少女の、つばの広い帽子の下からはパルムがぴょこりと顔を出し。
「あら、可愛い。使い魔付きの小さな魔女さん、マドレーヌでいいですか?」
微笑ましい魔女にアデリシア=R=エルミナゥは目を細め、焼き菓子の小袋を籠へ2つ入れた。
「使い魔さんの分も、どうぞ」
「ありがとうございますのー」
「ざくろのお菓子も、もらってくれるかな?」
「それは私が欲しいかも。出来れば、お菓子だけじゃなく……」
一緒に仮装してお菓子を配る時音 ざくろに、ぴたりとアルラウネが寄り添う。
スタンダードな魔女のアデリシア、魔女風から動きやすくアレンジしたざくろの衣装に対し、アルラウネの服装は古式ゆかしき魔女の姿……をベースに、ちょっと襟ぐりが深めになっていたり、スカートには深いスリットがザックリ入っていたりと、さり気なく(?)セクシーさが強調されていて。
「え、あ、アルラウネ!?」
「そこ、お子様の前ですからね」
魔女の仮装はしていても、笑顔のままアデリシアが神官らしく律し、それとなく手でチョココの視界を遮った。
「ぱる~?」
「はい、パルムさんもですよ」
「パルパルも、ですの」
アデリシアの言葉を繰り返し、チョココは両手でパルムの目を隠す。
「素直で可愛いなぁ。ざくろからも、お菓子をあげるね」
「ふぅん。がっつく子には炭のお菓子と思ったけど、きみにはいい子のお菓子でね」
籠にざくろとアルラウネもお菓子を入れていると、四人の『魔女』を見つけた子供達がわっと集まってきた。
「魔女のおねーさん、お菓子ー!」
「僕にもー、おねーさ……ん?」
男の子の一人が、じーっとざくろを見上げて首を傾げ。
「あれ? この格好、やっぱり魔女っていうより魔法少女っぽかった?」
「まほーしょーじょ?」
「なになに、謎の魔女?」
「えーっと……」
ざくろが答えに窮し、開きっぱなしな子供らの口にアルラウネは一口サイズの黒いお菓子を放り込む。
「ふぎゃ、苦……!」
「細かい事は、気にしないの」
苦味に舌を出す子供らに、苦笑しながらアデリシアは自分のお菓子を手渡した。
「苦くないお菓子も、はい」
「ホントに、男の子達はもー」
混ざっていた女の子が呆れて頬を膨らませてから、チョココを見つめる。
「あなたも魔女?」
「わたくしは仮装ではないですの。ですから残念ながら、配るお菓子も用意してないのですわ」
「じゃあ、一緒にいこっ」
仲間入りしたチョココと次の魔女を探しに行く子供らの後ろ姿を、微笑ましくざくろが見送った。
「子供達、可愛いね……」
「……気になります?」
「はわっ? べ、別に、何人欲しいって……そんな事は……」
「ふ~ん。それでざくろん、子供は何人欲しいの?」
「そこは私も、気になりますね」
「えっと、その……!?」
覗き込む二対の青い双眸の狭間で、耳まで真っ赤になった少年はわたわたと慌てる。
●よく働き、よく遊べ
「きょーや、今日は『魔女の日』って言うんだってよ!」
両の拳を握り、見上げる綿狸 律の瞳はキラキラ輝いていた。
「そう、か。そのせいで、魔女の格好をした者が多いんだな」
勢いに気圧された皆守 恭也が、納得気味に興味を示す。
「しかも、魔女からお菓子が貰えるんだぜ!」
「お菓子を?」
「うん。さっきは、飴が降ってきた!」
「飴は、降る物ではないと思うが」
というか、それは貰ったうちに入るのかと苦笑する恭也の前へ、拳が突き出された。
「ほら、証拠っ」
開かれた手の上には、半透明な薄い紙に包まれた蜂蜜色の飴玉が一つ。
「これは、きょーやの分」
無邪気に笑い、律は残った手の飴を見せる。
「それなら、有難く貰っておこう。だが、あまり羽目を外さないように。受けた依頼は治安の維持、本来は街の警護に務めるのが本分だからな」
「ふぁーい」
忠告する恭也に、飴を含んだ口で律がもごもご返事をした。
運河に面した午後の広場は陽気な音楽と美味しそうな香り、賑やかな喧騒で満ちている。子供は魔女を探し、大人はテーブルやベンチで新年を祝う乾杯を重ねていた。
先が反り返った靴の底でコツコツと石畳を叩き、路地から新たな魔女が現れれば、ワッと子供達が取り囲む。
「ふふーん、残念! 私は、黒いお菓子の魔女なんだよ!」
黒いローブの魔女が黒い三角帽子の下から悪戯っぽく笑い、パッと被せたハンカチを取ると。
籠には、黒い棒状の物体が山盛り沢山。
途端に寄ってきた子供達は、しりごみを始める。
「でも今日は特別に、この黒いお菓子を美味しくする魔法をかけてあげたよ♪ さぁ、この黒いお菓子に挑戦する、勇気のある子はいるかなー?」
「はいはーい! オレ、挑戦するー!」
「あ、律……!」
眺める恭也の脇から一番に手が挙がり、止める暇もなく律が駆け出す。
「それ、パティも挑戦するヨー!」
「黒くても、美味しい菓子か。旨い物なら何でも歓迎だ、酒以外ならね」
楽しげにパトリシア=K=ポラリスが後へ続き、気付いたエアルドフリスも椅子から重い腰を上げる。
「なんか、面白そうな事やってる?」
「ん~? 黒いお菓子とか、子供騙しだろ」
「なに言うてるんや。お祭り事やで、楽しまな損やソン! ほら、アリクス、はよ行こや♪」
「こ、こら、待てよ。腕を引っ張るなってっ」
通りがかった白藤は、組んでいた腕ごとアリクスを引っ張り込み。
黒くて炭っぽいお菓子を手にした茜の周りには大人や子供を問わず、チャレンジ精神に溢れた挑戦者が次々と集まってきた。
「うん! これ甘くて香ばしくて、美味しい!」
「ほぅ。変わった菓子だな」
「えぇと、これ、パティ知ってる! ……けど、ナンダッケ?」
「あ~……かりんと、やな。懐かしいなぁ」
「そう、ソレ!」
「ピンポーン、正解ー!」
言い当てた白藤を、パトリシアと茜が同時に指差す。
「思ったよりも甘くないのな。自家製?」
「そこは『手作り』って言うんよー。うちも、もらっていいのん?」
珍しげにポリポリと食べるアリクスの脇から、遅れてミィナも輪へ加わった。
甘いと聞いた子供や興味津々な魔女達と一緒に、茜お手製の黒かりん糖をつまむ中。
「そっちの魔女サンのお菓子も、もらっていいカナ? さっきから、可愛いラッピングとか気になって……!」
「はぅ! もしかして……うち、魔女に見えるん?」
訊ねるパトリシアに小首を傾げるミィナは、古びた黒いマントで顔の下半分から全身を覆っている。
「見えるヨ。パティの勘違いじゃなければ、魔女サン……だよネ?」
同じ様に小首を傾げるパトリシアへ、ぶんぶんとミィナが頭を振った。
「実は……お菓子とラッピングに夢中で、衣装考えてなかったんー! それで、これマントにすればソレっぽいかなぁって」
「大丈夫! 魔女サンが夢中で作ったお菓子、ぜひパティにも下サイ!」
「もちろん!」
瞳を輝かせて差し出すパトリシアの両手に、喜んでミィナは可愛くラッピングした星型ケーキを乗っける。
「俺も欲しい!」
「どんなお菓子やろ。魔女さん、うちも貰おうかいな」
「白藤、こういうの好きなんだ?」
「うちに、やなくて。家でえぇこにしとるチビ達に……な♪」
「お土産? いくつ、いるのんー?」
数を聞くミィナからケーキを受け取る白藤の横顔に、何故かアリクスは目をそらせず。
「かわえぇ魔女さん、おーきに♪」
「白藤にも、幸運がありますように♪」
「パトリシアも、楽しい夜をな♪」
黒くても美味しい不思議お菓子や可愛いお菓子に誘われた人に囲まれ、まだまだ魔女達は忙しそうだった。
「はぁぁう。ミィナのお菓子、美味しくてほっぺが落ちちゃうヨ……」
「1番下がプリン、真ん中がカスタード、上がスフレに焼き上げたケーキなのん! スフレと思ったら3つの味でビックリの、名付けて『ミラクルケーキ』なん!」
何やら美味しそうで楽しげな会話を聞きながら、広場でユリアンは探していた人物を見つけた。
「師匠、渡しにきたよ」
「おや、ちゃんと街に貢献してるのかね」
挨拶をする助手に、パイプをふかすエアルドフリスが片眉を上げる。
「リアル魔術師にして、薬師の助手だからね」
「結構結構」と煙を吐く師匠へ、のど飴を渡す。
「ところで、ジュードさんとは会えた?」
「いや、まだ見ていないが」
「となると、どこかで掴まっているかな?」
「困ったもんだ」
全く困っていない口調でエアルドフリスが黒かりん糖を口へ放り込み、飴をポーチの一つに収めた。
「さて。また菓子を貰って回るとするか」
「そのまま忘れて、飴を溶かさないようにね」
「忠告、感謝するよ」
軽く手で応じた師の背を、ユリアンは見送る。
「ほら、剛道さんも真面目に働いてくださいよ。一応は、警備の仕事なんですから」
諌める様に、そぞろ歩く尾形 剛道の袖を佐久間 恋路が引いた。
主張はもっともだが、祭の雰囲気にあてられたか、口調はどこか浮かれていて。
「……この寒さじゃ、警備なんてやってられねェよ」
ボヤく剛道は屋台の前で足を止め、硬貨と引き換えに湯気の立つワインのカップを受け取る。
それを数回、軽く傾けたところで。
「あー、もうお酒飲んでる! 剛道さん、俺にも分けてくださいよ」
見咎めた恋路が持つ手の上からカップを掴み、強引に自分の方へ引き寄せ。
「あ。」
止める間もなく、略奪者はカップを一気に呷った。
「結構美味しいですね、これ。何だか、身体も温まって」
「それはよかったな。だが、後の事は知らねェぞ」
掴まれたカップを引き戻し、残り少ない中身を剛道が干す。
その横顔を、じっと恋路は見つめ。
「あっ、魔女さーんっ」
「ミコ、そんなに走って転ぶなよ?」
新たに喧騒へ加わった少年少女の声が、脇を通り過ぎた。
「学生かな。何だか、デートみたいですよね」
……もしかしたら。
そんな『雑念』を恋路はすれ違った二人の後ろ姿に転嫁し、見送って誤魔化す。
「知るか」
早くも回り始めたのか、と。
くつくつ笑う連れの心境を知ってか知らずか、ぞんざいに返す剛道は減った分以上の酒を買い足した。
「走らなくても、魔女も出店も逃げないって」
前触れもなく駆け出したミコト=S=レグルスの後を、急いでルドルフ・デネボラも追いかける。
「だってお話聞きたいし、星の観測に良さげな場所も見つけたいし……いぃっ!?」
短い髪を翻し、振り返って返事をした途端、幼馴染は爪先を石畳に引っかけ。
「あぶな……っ」
とっさにルドルフが手を伸ばし、彼女の腕を掴んで支える。
「びっくりしたっ。ありがとう、ルゥ君」
「うん。走っている時に、よそ見するから」
苦笑しながら、彼は手を放した。
『こちら側』へ来てから大剣を振り回したりもするミコトだが、細い腕は幼い頃と変わらず。
「覚醒者って……やっぱり凄いよなぁ」
今ではすっかり慣れっこになった事実を、改めて認識してみたりする。
リアルブルーの記憶。
――こうして、お祭りに参加した事もあったっけ……ミコや友達と一緒に。皆は元気だろうか。近所の人や、よく寄り道した店は……。
一抹の寂しさと共に、『元の世界』の事を思い浮かべていたせいか。
「……あれ?」
祭を楽しむ人の狭間に、記憶にある横顔、聞き覚えのある声を見つけた気がして、ルドルフは足を止めた。
背伸びをして見直しても、魔女や子供達の間に知った顔はなく。
「魔女のお話、広場の人に聞いてみたら、お年寄りとか子供は知ってるけど忘れちゃった人も……て、ルゥ君?」
小首を傾げるようにして、ひょいとミコトが彼の顔を覗き込んだ。
「何でもないよ、ミコ。それで?」
きっと気のせい、見間違い……ルドルフは小さく頭を振って、続きを促す。
●路地迷宮
「新年に現れる魔女、か。俺の故郷で言う、お年玉みたいなもんか」
薄暮の路地で祭を眺める天宮 紅狼は、付かず離れずの『同行者』を振り返った。
「おい、ルシ。子供はお菓子貰えるらしいぞ。お前も貰って来たらどうだ?」
「別に、興味ねーもん。俺はもうオトナだからなっ」
口を尖らせたルシエドはそっぽを向くが、目に入ってくるのは魔女と子供の姿。
(お菓子をくれる魔女、か……でも)
楽しげな様子から視線を剥がし、エルフの少年は先を行く広い背をじっと見つめた。
そうすれば、余計なモノを見ずに済む。
(俺は……生きてく為に、盗みも人を騙す事もしてきた。『良い子』なんかじゃねーから、きっとお菓子なんて……)
「……そーか。興味ないか。そいつぁ残念だ」
「なにが」
何となくムッとしたルシエドは足を早めるが、紅狼はブラブラ歩いてる癖にちっとも追い抜けず。
「さっき、そこの角で美人の魔女に会ってな」
「へーぇ」
「頼まれモノを預かった」
「ふぅん……じゃあ、渡してくればいいじゃん」
「ああ、そうだな」
気のない返事をしていると、不意に紅狼は足を止めた。
「美人の魔女から。お前にやるってさ」
ようやく抜いたルシエドの視界を、大きな袋入りの籠が遮る。
「……って、おっさん、これ……」
慌てて籠をかかえ、怪訝そうに中を覗き込む顔がくしゃりと歪んだ。
「これ、俺に……? 本当に、魔女が……?」
巨大な包みいっぱいに詰められた様々なお菓子に、半信半疑でルシエドが問う。
見上げる赤い瞳には、嬉しさと困惑とにわかに信じ難いような気持ちが、ない交ぜになって揺れていた。
「……お前はいい子だよ、ルシ。去年はサンタも来たろ? サンタも魔女も、お前を見つけるのに時間がかかっただけさ」
大きな手が無造作に、少年の頭をわしわしと撫でる。
「これからは、色々楽しい事がある。俺が保証する」
「……そっかな……そう、だったら、いいな……」
お菓子の甘い香りが漂う籠を、大事そうに少年はぎゅっと両手で抱き。
頑なな表情からほころぶ微かな微笑みに、見守る紅狼が目を細めた。
「……はぁ」
大きな溜め息が、石畳に落ちる。
「なんで、こんな詰まらねぇ仕事なんだよ」
広場を臨むベンチに腰かけたセンダンが愚痴て、疲れた風に頭を垂れた。
「喧嘩や殴り殺し合いなら兎も角、なぁ」
「たまにはこんな日も、いいじゃあないですか」
「……冗談でも殺すぞ、閏」
きろりと睨む青い眼を、閏は嬉しそうに受け止める。
「センが一緒に来てくれて、よかった」
依頼を受け、ろくに内容を聞かないセンダンを半ば強引に連れてきたのは閏だ。
旧知の仲である相手、こうでもしないと動かないのは十分に知ってる。
そして、こういった依頼は全く関心がない事も。
「あ、セン?」
石畳を蹴って立ち上がり、逃げる様に無言で路地へ入っていくセンダン。
そのまま何処かへ去ってしまいそうな背を、急いで閏が追いかけた。
「てめぇは、仕事すればいいだろ」
自分は関係ないとばかりに、苛立った言葉が投げつけられる。
それにも怯まず、しかし遠慮がちに、そっと人差し指を掴んだ。
ほとんど力を入れていない優しい感触に、センダンは眉根を寄せる。
あからさまに嫌そうな顔をしながらも、振り解かれない指に安堵の空気が漂い。
それとなく閏を窺えば、ふわりと満開の笑顔が返ってきた。
「貴方と一緒に来たのですから……傍にいて下さい」
「たくっ」
舌打ちをしたセンダンは、面倒そうに空いた方の手で乱暴に頭を掻き。
「……てめぇ一人じゃあ、喧嘩に出くわしても止める前に泣かされるか」
手を繋いだまま、路地をぶらつく。
呂律の回らない罵声に、椅子の転がる音が続いた。
「ナンだ、やろうってのかぁ?」
「ヘッ、かかってきやがれ!」
睨み合うのは、腕っ節の強そうな中年男二人。
人々は巻き込まれないよう避難し、毎度の事と半ば呆れた空気の中。
「はいはい、楽しんでるみたいね?」
ひょいと間に入った烏丸 涼子が、一人の腕を取り。
「あぁっ!? あだだだだっ」
そのまま、軽く後ろ手に捻る。
次いで。
「ハハッ、女にやられてやんガハーッ!?」
ゲラゲラ笑う口へ、ゴスッとゴツい炭菓子を突っ込んだ。
「苦ぇー!」
「若い子に面倒かけて、ザマぁないねぇ。悪い子はかーちゃんに尻を叩いてもらいな!」
酒を売る女店主に怒鳴られ、酔いの冷めた男二人はそそくさと退散する。
「手慣れたモンだなぁ、姉ちゃん」
「けど夜遅くは人攫いとか出るかもしれんから、気をつけてな」
「忠告、感謝するわ」
酔客から褒められた涼子は、複雑な面持ちで視線を泳がせ。
「……あら?」
人気のない路地の奥を過ぎる、女性二人に気付いた。
一方はやたらスタスタ前を行き、手を引かれた魔女がおっかなびっくりで続く。
道を横切る短い時間の出来事ながら、何故だか妙に引っかかり。
賑やかな小広場から仄暗い路地へ、涼子は足を踏み入れた。
「律? どこだ、律ー!」
恭也の呼びかけが、冷たく壁に反響する。
入り組んだ路地は昼間と違い、夜の暗がりと静寂が重く沈殿していた。
「……ッ」
キリと、口唇を噛む。
喧嘩騒ぎに気を取られ、律から目を離したのは一瞬の事。その間に魔女でも見つけたか、駆け去る後ろ姿に気付いて追ったものの、複雑な路地で見失った。
「すまない。君と同じ位の背丈をした青年が通らなかったか?」
途中、子供に囲まれた『魔女』に訊ねても、黒髪を横に揺らすのみ。
「探すの、手伝います?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
気遣いに一礼し、恭也は路地の先へ急いだ。
「皆もそろそろ、家に帰らないとね」
探し人を見送ったジュードが、困り顔で子供達を促していると。
「大人気じゃあないか。俺にも頂けるかな、可愛い魔女さん」
容赦なくエアルドフリスは包囲網へ割って入り、ジュードを『救出』する。
「ほら。じきに、花火が始まるぞ」
「魔女攫いだー!」
手を振って追い散らされた子供達は囃し立て、逃げて行った。
「あはは……ごめん、エアさん。身動き、取れなくて」
「そんなこったろうと思った」
人気がないのを確かめてから、細い腰を引き寄せ。
「それで、菓子は?」
「ちゃんと取ってあるよ」
身を寄せ合った二人は、潮の香を辿って歩く。
「ここ、どこだよ……どこいったんだよ、きょーやぁ!」
子供の様に泣きながら、夜の路地を律は彷徨っていた。
魔女を追って真っ直ぐ走ってきただけなのに、振り返れば広場の喧騒は遠く、心預けた従者もいない。
寒さと心細さに泣いて、泣き疲れて、路傍で膝を抱えていると。
「律ッ!」
耳慣れた声、駆ける足音に立ち上がる。
「きょーや!」
窓から洩れる灯りに血相を変えた顔が見えた途端、律は駆け出し。
一直線に、恭也の胸へ飛び込んだ。
受け止めた方は怒る事も忘れ、茶色の髪へ軽く拳骨を落とす。
「よかった、無事で……」
心底安堵した呟きと抱き返す力に、また律の視界が滲んだ。
「ごめん、きょーや。心配かけて」
謝罪に恭也は黙って笑み、狭い夜空に花火が咲いた。
●両手、いっぱいの
「ど、どこ……へ?」
「すぐそこ、です」
路地を急ぐドワーフに手を引かれた魔女姿の青山 りりかは、潮の香に気付く。
水桶を運ぶ姿に、思わず声をかけたのは少し前。
「そちらの可愛らしいお方、あの……お取り込み中、ですか?」
緊張気味のりりかを、彼女はきょとんと見つめ返し。
「もしよろしければ……わ、私と一緒に、お菓子を食べませんかっ!」
さながら花束の様に、両手で捧げ持った包みを勢いよく差し出した。
突然の『告白』に相手は驚きつつ、桶を置いてお菓子を受け取る。
「あ、遅くなりました。私はリアルブルー出身のハンターで、りりかと申します。せめて、お名前だけでも……!」
「……ドワーフの細工師、プレシウ。ありがとう、魔女りりか」
「こちらこそ、プレシウさん」
微笑むりりかに笑みを返した相手は、何を思いついたのか急に彼女の手を取って。
歩き続けた先、運河の桟橋に係留した舟では、漕ぎ手が被ったフードへ手をやった。
涼子が追いついた時、ちょうど舟を前に躊躇する少女の背を、もう一人が押した。
待っていた様に、怪しげなフードの男は舟を出す。
「待ちなさい!」
制止も花火の音に消され、迷わず岸を蹴った。
ドンッ!
「おぁ!?」
着地の衝撃で、舟が傾ぐ。
慌ててバランスを取る漕ぎ手へ、すかさず涼子は拳を突きつけ。
「その子を、何処へ連れて行く気!?」
「……りりかの友達、ですか」
「い、いいえ」
背後では、そんな緊張感のない会話。
「あなたも花火、一緒に見ます? お菓子付きの特等席で」
「……え?」
状況が掴めず、戸惑う涼子は二人の顔を見比べた。
「路地で、強引に誘われ……たりは?」
「実は、ドワーフの方とお会いするのは生まれて初めてで。愛らしいご容姿に目を奪われて……それで」
「えぇっ!?」
「好きなものは好き。隠さず、心を偽らず。それが、青山りりかなのです!」
胸を張って宣言するりりかに、涼子は頭痛を覚える。
「つまり私の、早とちり……?」
「ま、見ず知らず相手でも顧みず、全力で突っ込んできたのはいい度胸だな。あと、プレシウの嬢ちゃんは説明が足りねぇ」
「配達屋さんが不審人物だからでは」
配達屋の指摘にプレシウが淡々と反論し。
「折角ですから、お名前を」
脱力する涼子へ訊ねるりりかの笑顔を、花火が照らした。
○
「あ、花火」
閏が空に気を取られた隙に、繋ぐ手が握り直される。
「……珍しいですね、センからするなんて」
「うるせぇ、殺すぞ」
閏が買った串焼き肉を齧るセンダンが、そっぽを向いた。
背けた顔が赤く見えるのは、花火のせいか。
「素直じゃないのは昔から変わりませんね、セン」
「そっちこそ、泣いてんじゃねぇっ」
「でも、嬉しくて」
そっと寄り添い、顔を覗き込んだ閏がくすりと笑う。
「ここに来て、もう2年目ですか……」
「故郷が懐かしい? アデリシア」
感慨深げな横顔にざくろが問うと、アデリシアは微笑んだ。
「でも今が十分幸せなので、これでもいいかな、という気もします」
「賑やかなのはいいわね。あ、ほらっ」
花火にアルラウネが気を取られ、その隙にざくろが口唇を重ねる。
「う~ん、ざくろんってばっ」
「その、見とれてるアルラが、あんまりにも可愛かったから……アデリシアも」
次いで、ざくろは聖導士にもそっとキスをした。
「今年もこれからもよろしくね」
二人の肩を抱き寄せ、仲睦まじくくっついた三人の影が一瞬の明かりに浮かぶ。
「クライマックスか。酒飲んで、旨いもん食おうぜ。あ、お子様はジュースな」
「おー! 美味いもん食う! 紅狼、飲み過ぎても背負ってけねーから、程々にな!」
偉そうなルシエドから言い含められ、にんまりと紅狼が笑った。
少年と保護者の温かな光景を目にした白藤は、ふっと暗い水平線を見つめ。
「幸せなぁ……難しい事やわ」
「昼間の話、か? 少しでも不幸になるヤツが減れば、と思ってハンターやってるけど」
少なくとも、不幸じゃないなら幸せだろと、アリクスが焼いたソーセージを齧る。
「アリクスはどない? 今、幸せ?」
「ん。俺に関しちゃ、現状それなりに満足してるぞ」
答えてから「アンタは?」と訊きかけ、思い止まった。
返事に小さく白藤は笑い、彼のホットワインに自分のワインカップを軽く当てる。
聞こえる陽気な音楽には、どこか下手なハーモニカの音が混ざっていた。
「……どうしてこうなった」
気にしても、もはや仕方ないのかもしれないが、あえて剛道が口に出す。
「大丈夫ですって。俺、結構得意なんですよ」
しばらく剛道を酒に取られていた腹いせか、恋路は無理やり彼をダンスの輪へ引っ張り込んだ。
「それにこんなのは、堂々としてれば十分なんですから」
周囲の女性に合わせて恋路はステップを踏み、剛道が適当に合わせ。
カツコツと鋭いヒールが石畳を鳴らし、二人の距離は遠く近く変化する。
「……ああ、殺されたいなぁ、その手で」
凛々しい横顔へ、不意に湧き上がる渇望。
指先も短剣の様な鋭いヒールの靴も、全てが身を刻む刃の如く。
身を削ぐ刃に、どうしようもなく……触れたい。
思いがけず近付いた距離に、ぼそと剛道が呟いた。
「……テメェは、直ぐ顔に出るな」
途端、顔が火照る感覚を覚えた恋路へ、更に付け加える。
「酒が」
酔いのせいか赤い顔と熱を帯びた視線に、剛道は嘆息した。
――これだから、こいつは一人にしておけない。
「それ、他所でやるんじゃねェぞ」
唯一目で追わずにいられないのは、彼だけなのだから。
「焼きたてホットドッグ、ラスト1本だよー!」
「おじさん、これ」
「くだサイ!」
呼び込みに、同時に伸びた手が二つ。
「あ……れ?」
「ミ、コ……?」
キャーッと挙がる声にルドルフが振り返れば、手を繋いで飛び跳ねる少女が二人。
「もしかしてパトリシア、パティかい?」
「ルドルフも!? ドウシテ? ゲンキ?」
「うん。久しぶり、元気そうで良かっ……パティ?」
ぽろぽろと、涙がこぼれる。
言いたい事や聞きたい事は山ほどあるのに、先に涙が落ちて。
「アリガトウ」
……迷子の世界で見つけてくれて。
涙声の友人を、ぎゅっとミコトが抱きしめた。
「落ちた星を探す魔女さん、落ちた星は幼い精霊様……かぁ。星の綺麗な夜に何かに出会えそうな予感、当たったね」
「パティは、ネ。精霊サマは見つけて貰えたと思うノ。美味しいお菓子はキットみんなへのおすそ分け。だって、こんなに広い世界で、パティもみつけて貰えたモノ」
再会を見守るルドルフは店主に手招きされ、2個に分けたホットドッグを預かった。
「さすがに海風は冷たいな。寒くないか?」
湯気の立つカップを片手に、空いた手でエアルドフリスは恋人を引き寄せる。
「エアさんこそ。寒かったら、俺の温もりをあげるから……エアさんが欲しいだけ」
囁いて、ぎゅっとジュードが抱き返した。
「祭の由来……少し切ない伝承だが、こんなに賑やかなら精霊も老魔女も寂しくなかろうね」
「美味しいお菓子に、賑やかな音楽。皆で食べて飲んで踊って、花火も上がって?」
「そして傍らに、大事な人がいる」
包む様に握ったジュードの手、その指を飾る指輪の感触。
星が刻まれた指輪は聖輝節に彼が贈ったものだ――君の元に帰って来ると、誓いを籠めて。
「俺の星は、此処だ」
人気のない海辺、一つに重なる二人の上でまた、花火が弾けた。
「この一年も師匠の背を追い、風に背を押され。色んなものを、見て行きたいね」
眼下に繰り広げられるは、沢山の人の悲喜こもごも。
屋根の上で空を眺めながら、ユリアンは慣れぬハーモニカを吹く。
花火の狭間、遠い夜空に星が過ぎった。
大通りから脇道へ入った喫茶店のキッチンでは、早朝から美味しそうな香りが立ち込めていた。
「ふふ~ん、上出来なんよ~♪」
オーブンから出した鉄板には小さなスフレケーキが整列し、綺麗な焼き色にミィナ・アレグトーリアが微笑む。
「ミィナ特製ミラクルケーキ、喜んでくれるかなぁ」
どの辺がミラクルかは、食べてのお楽しみ。
くるくると忙しく、小さな店の店長はお菓子作りに精を出す。
同じ頃、一風変わったお菓子作りに挑戦する者もいた。
「真っ黒なお菓子かぁ……上手く出来るかなっと」
休ませた生地を、天王寺茜が麺棒で押し伸ばす。
適度に伸ばした生地を切って油で揚げ、熱した黒砂糖で絡めたら完成だ。
出来上がりの色と艶を見た上で、味見も忘れず。
「うーん……もう少し、黒く出来るかな?」
再び茜は黒砂糖の鍋を火にかけ、木べらで混ぜ始めた。
○
「さぁて、良い子はどこかな。悪い子でもいいよー!」
くすくす笑いながら、三角帽子を被った魔女がドレスの裾を翻す。
「魔女だ、いたー!」
「いい子にしてたから、お菓子ちょうだい!」
見つけた子供達から次々と駆け寄り、魔女に扮したジュード・エアハートはあっという間に小さな歓声で包囲された。
「お菓子は一杯あるからね」
にっこり笑み、ジュードは籠から一口サイズの星型チーズタルトを手渡す。
気の早い子供達は、その場で頬張り。
「わっ。甘酸っぱくて、美味しい~っ」
「ベリーの味がするよ」
はしゃぐ笑顔を見守るジュードは、離れて佇む女の子に気付いた。
「どうしたのかな?」
ひょいと屈んで聞けば、不安げな表情が揺れる。
「あたし、いい子じゃないから……弟とも、ケンカばっかりで」
「そっか。じゃあ、悪い子にはこれをあげよう」
小さな手に乗せたのは、ほろ苦い黒猫クッキー。
炭みたいな黒い菓子でも、少女の表情はほころび。
「猫だ……お菓子屋のお兄さん、ありがとう」
「あれ、バレてた?」
帽子の下からおどけてみせれば、笑顔が返る。
「あ、ジュードさん! 師匠は一緒じゃ?」
耳慣れた声に目をやれば、短めのローブを羽織った身軽な見習い風の魔術師――ユリアンが会釈をした。
「見てないよ。屋台でも冷やかしてるのかも」
「そうか。籠のはジュードさんのお菓子? よければ、交換しないか?」
「うん、どうぞ」
多めに残った黒猫クッキーを取り、代わりの飴を籠に残す。
「さすがだなぁ、ジュードさんは」
「リゼリオでお菓子屋さん営んでいる者としては、気合を入れないと。ユリアンは飴なんだね」
「大人はハーブののど飴だ。師匠には直接渡すから……おっと」
集団の第二波に気付きいたユリアンは、数歩ジュードから離れ。
「ごめんね、捕まらないよ」
壁を蹴って歓声を飛び越え、ひと息に屋根まで跳躍する。
目を丸くする子供らの上、空から蜂蜜色の飴が降ってきた。
「皆、風邪には気を付けて。あれっと思ったら、宿屋二階の薬局へどうぞ」
笑みと宣伝を残し、魔術師は消えた……残った魔女のその後は、言わずもがな。
「なんだか、迷ったようですわ」
とんがり帽子を被り、ローブを着たチョココが、入り組んだ路地で狭い空を見上げた。子供達の声を追っても辿り着かず、探して歩く通りの先に三人連れの魔女が過ぎる。
「魔女様、魔女様。わたくし、お菓子が欲しいですのー」
カラッポの籠を手に駆け寄った少女の、つばの広い帽子の下からはパルムがぴょこりと顔を出し。
「あら、可愛い。使い魔付きの小さな魔女さん、マドレーヌでいいですか?」
微笑ましい魔女にアデリシア=R=エルミナゥは目を細め、焼き菓子の小袋を籠へ2つ入れた。
「使い魔さんの分も、どうぞ」
「ありがとうございますのー」
「ざくろのお菓子も、もらってくれるかな?」
「それは私が欲しいかも。出来れば、お菓子だけじゃなく……」
一緒に仮装してお菓子を配る時音 ざくろに、ぴたりとアルラウネが寄り添う。
スタンダードな魔女のアデリシア、魔女風から動きやすくアレンジしたざくろの衣装に対し、アルラウネの服装は古式ゆかしき魔女の姿……をベースに、ちょっと襟ぐりが深めになっていたり、スカートには深いスリットがザックリ入っていたりと、さり気なく(?)セクシーさが強調されていて。
「え、あ、アルラウネ!?」
「そこ、お子様の前ですからね」
魔女の仮装はしていても、笑顔のままアデリシアが神官らしく律し、それとなく手でチョココの視界を遮った。
「ぱる~?」
「はい、パルムさんもですよ」
「パルパルも、ですの」
アデリシアの言葉を繰り返し、チョココは両手でパルムの目を隠す。
「素直で可愛いなぁ。ざくろからも、お菓子をあげるね」
「ふぅん。がっつく子には炭のお菓子と思ったけど、きみにはいい子のお菓子でね」
籠にざくろとアルラウネもお菓子を入れていると、四人の『魔女』を見つけた子供達がわっと集まってきた。
「魔女のおねーさん、お菓子ー!」
「僕にもー、おねーさ……ん?」
男の子の一人が、じーっとざくろを見上げて首を傾げ。
「あれ? この格好、やっぱり魔女っていうより魔法少女っぽかった?」
「まほーしょーじょ?」
「なになに、謎の魔女?」
「えーっと……」
ざくろが答えに窮し、開きっぱなしな子供らの口にアルラウネは一口サイズの黒いお菓子を放り込む。
「ふぎゃ、苦……!」
「細かい事は、気にしないの」
苦味に舌を出す子供らに、苦笑しながらアデリシアは自分のお菓子を手渡した。
「苦くないお菓子も、はい」
「ホントに、男の子達はもー」
混ざっていた女の子が呆れて頬を膨らませてから、チョココを見つめる。
「あなたも魔女?」
「わたくしは仮装ではないですの。ですから残念ながら、配るお菓子も用意してないのですわ」
「じゃあ、一緒にいこっ」
仲間入りしたチョココと次の魔女を探しに行く子供らの後ろ姿を、微笑ましくざくろが見送った。
「子供達、可愛いね……」
「……気になります?」
「はわっ? べ、別に、何人欲しいって……そんな事は……」
「ふ~ん。それでざくろん、子供は何人欲しいの?」
「そこは私も、気になりますね」
「えっと、その……!?」
覗き込む二対の青い双眸の狭間で、耳まで真っ赤になった少年はわたわたと慌てる。
●よく働き、よく遊べ
「きょーや、今日は『魔女の日』って言うんだってよ!」
両の拳を握り、見上げる綿狸 律の瞳はキラキラ輝いていた。
「そう、か。そのせいで、魔女の格好をした者が多いんだな」
勢いに気圧された皆守 恭也が、納得気味に興味を示す。
「しかも、魔女からお菓子が貰えるんだぜ!」
「お菓子を?」
「うん。さっきは、飴が降ってきた!」
「飴は、降る物ではないと思うが」
というか、それは貰ったうちに入るのかと苦笑する恭也の前へ、拳が突き出された。
「ほら、証拠っ」
開かれた手の上には、半透明な薄い紙に包まれた蜂蜜色の飴玉が一つ。
「これは、きょーやの分」
無邪気に笑い、律は残った手の飴を見せる。
「それなら、有難く貰っておこう。だが、あまり羽目を外さないように。受けた依頼は治安の維持、本来は街の警護に務めるのが本分だからな」
「ふぁーい」
忠告する恭也に、飴を含んだ口で律がもごもご返事をした。
運河に面した午後の広場は陽気な音楽と美味しそうな香り、賑やかな喧騒で満ちている。子供は魔女を探し、大人はテーブルやベンチで新年を祝う乾杯を重ねていた。
先が反り返った靴の底でコツコツと石畳を叩き、路地から新たな魔女が現れれば、ワッと子供達が取り囲む。
「ふふーん、残念! 私は、黒いお菓子の魔女なんだよ!」
黒いローブの魔女が黒い三角帽子の下から悪戯っぽく笑い、パッと被せたハンカチを取ると。
籠には、黒い棒状の物体が山盛り沢山。
途端に寄ってきた子供達は、しりごみを始める。
「でも今日は特別に、この黒いお菓子を美味しくする魔法をかけてあげたよ♪ さぁ、この黒いお菓子に挑戦する、勇気のある子はいるかなー?」
「はいはーい! オレ、挑戦するー!」
「あ、律……!」
眺める恭也の脇から一番に手が挙がり、止める暇もなく律が駆け出す。
「それ、パティも挑戦するヨー!」
「黒くても、美味しい菓子か。旨い物なら何でも歓迎だ、酒以外ならね」
楽しげにパトリシア=K=ポラリスが後へ続き、気付いたエアルドフリスも椅子から重い腰を上げる。
「なんか、面白そうな事やってる?」
「ん~? 黒いお菓子とか、子供騙しだろ」
「なに言うてるんや。お祭り事やで、楽しまな損やソン! ほら、アリクス、はよ行こや♪」
「こ、こら、待てよ。腕を引っ張るなってっ」
通りがかった白藤は、組んでいた腕ごとアリクスを引っ張り込み。
黒くて炭っぽいお菓子を手にした茜の周りには大人や子供を問わず、チャレンジ精神に溢れた挑戦者が次々と集まってきた。
「うん! これ甘くて香ばしくて、美味しい!」
「ほぅ。変わった菓子だな」
「えぇと、これ、パティ知ってる! ……けど、ナンダッケ?」
「あ~……かりんと、やな。懐かしいなぁ」
「そう、ソレ!」
「ピンポーン、正解ー!」
言い当てた白藤を、パトリシアと茜が同時に指差す。
「思ったよりも甘くないのな。自家製?」
「そこは『手作り』って言うんよー。うちも、もらっていいのん?」
珍しげにポリポリと食べるアリクスの脇から、遅れてミィナも輪へ加わった。
甘いと聞いた子供や興味津々な魔女達と一緒に、茜お手製の黒かりん糖をつまむ中。
「そっちの魔女サンのお菓子も、もらっていいカナ? さっきから、可愛いラッピングとか気になって……!」
「はぅ! もしかして……うち、魔女に見えるん?」
訊ねるパトリシアに小首を傾げるミィナは、古びた黒いマントで顔の下半分から全身を覆っている。
「見えるヨ。パティの勘違いじゃなければ、魔女サン……だよネ?」
同じ様に小首を傾げるパトリシアへ、ぶんぶんとミィナが頭を振った。
「実は……お菓子とラッピングに夢中で、衣装考えてなかったんー! それで、これマントにすればソレっぽいかなぁって」
「大丈夫! 魔女サンが夢中で作ったお菓子、ぜひパティにも下サイ!」
「もちろん!」
瞳を輝かせて差し出すパトリシアの両手に、喜んでミィナは可愛くラッピングした星型ケーキを乗っける。
「俺も欲しい!」
「どんなお菓子やろ。魔女さん、うちも貰おうかいな」
「白藤、こういうの好きなんだ?」
「うちに、やなくて。家でえぇこにしとるチビ達に……な♪」
「お土産? いくつ、いるのんー?」
数を聞くミィナからケーキを受け取る白藤の横顔に、何故かアリクスは目をそらせず。
「かわえぇ魔女さん、おーきに♪」
「白藤にも、幸運がありますように♪」
「パトリシアも、楽しい夜をな♪」
黒くても美味しい不思議お菓子や可愛いお菓子に誘われた人に囲まれ、まだまだ魔女達は忙しそうだった。
「はぁぁう。ミィナのお菓子、美味しくてほっぺが落ちちゃうヨ……」
「1番下がプリン、真ん中がカスタード、上がスフレに焼き上げたケーキなのん! スフレと思ったら3つの味でビックリの、名付けて『ミラクルケーキ』なん!」
何やら美味しそうで楽しげな会話を聞きながら、広場でユリアンは探していた人物を見つけた。
「師匠、渡しにきたよ」
「おや、ちゃんと街に貢献してるのかね」
挨拶をする助手に、パイプをふかすエアルドフリスが片眉を上げる。
「リアル魔術師にして、薬師の助手だからね」
「結構結構」と煙を吐く師匠へ、のど飴を渡す。
「ところで、ジュードさんとは会えた?」
「いや、まだ見ていないが」
「となると、どこかで掴まっているかな?」
「困ったもんだ」
全く困っていない口調でエアルドフリスが黒かりん糖を口へ放り込み、飴をポーチの一つに収めた。
「さて。また菓子を貰って回るとするか」
「そのまま忘れて、飴を溶かさないようにね」
「忠告、感謝するよ」
軽く手で応じた師の背を、ユリアンは見送る。
「ほら、剛道さんも真面目に働いてくださいよ。一応は、警備の仕事なんですから」
諌める様に、そぞろ歩く尾形 剛道の袖を佐久間 恋路が引いた。
主張はもっともだが、祭の雰囲気にあてられたか、口調はどこか浮かれていて。
「……この寒さじゃ、警備なんてやってられねェよ」
ボヤく剛道は屋台の前で足を止め、硬貨と引き換えに湯気の立つワインのカップを受け取る。
それを数回、軽く傾けたところで。
「あー、もうお酒飲んでる! 剛道さん、俺にも分けてくださいよ」
見咎めた恋路が持つ手の上からカップを掴み、強引に自分の方へ引き寄せ。
「あ。」
止める間もなく、略奪者はカップを一気に呷った。
「結構美味しいですね、これ。何だか、身体も温まって」
「それはよかったな。だが、後の事は知らねェぞ」
掴まれたカップを引き戻し、残り少ない中身を剛道が干す。
その横顔を、じっと恋路は見つめ。
「あっ、魔女さーんっ」
「ミコ、そんなに走って転ぶなよ?」
新たに喧騒へ加わった少年少女の声が、脇を通り過ぎた。
「学生かな。何だか、デートみたいですよね」
……もしかしたら。
そんな『雑念』を恋路はすれ違った二人の後ろ姿に転嫁し、見送って誤魔化す。
「知るか」
早くも回り始めたのか、と。
くつくつ笑う連れの心境を知ってか知らずか、ぞんざいに返す剛道は減った分以上の酒を買い足した。
「走らなくても、魔女も出店も逃げないって」
前触れもなく駆け出したミコト=S=レグルスの後を、急いでルドルフ・デネボラも追いかける。
「だってお話聞きたいし、星の観測に良さげな場所も見つけたいし……いぃっ!?」
短い髪を翻し、振り返って返事をした途端、幼馴染は爪先を石畳に引っかけ。
「あぶな……っ」
とっさにルドルフが手を伸ばし、彼女の腕を掴んで支える。
「びっくりしたっ。ありがとう、ルゥ君」
「うん。走っている時に、よそ見するから」
苦笑しながら、彼は手を放した。
『こちら側』へ来てから大剣を振り回したりもするミコトだが、細い腕は幼い頃と変わらず。
「覚醒者って……やっぱり凄いよなぁ」
今ではすっかり慣れっこになった事実を、改めて認識してみたりする。
リアルブルーの記憶。
――こうして、お祭りに参加した事もあったっけ……ミコや友達と一緒に。皆は元気だろうか。近所の人や、よく寄り道した店は……。
一抹の寂しさと共に、『元の世界』の事を思い浮かべていたせいか。
「……あれ?」
祭を楽しむ人の狭間に、記憶にある横顔、聞き覚えのある声を見つけた気がして、ルドルフは足を止めた。
背伸びをして見直しても、魔女や子供達の間に知った顔はなく。
「魔女のお話、広場の人に聞いてみたら、お年寄りとか子供は知ってるけど忘れちゃった人も……て、ルゥ君?」
小首を傾げるようにして、ひょいとミコトが彼の顔を覗き込んだ。
「何でもないよ、ミコ。それで?」
きっと気のせい、見間違い……ルドルフは小さく頭を振って、続きを促す。
●路地迷宮
「新年に現れる魔女、か。俺の故郷で言う、お年玉みたいなもんか」
薄暮の路地で祭を眺める天宮 紅狼は、付かず離れずの『同行者』を振り返った。
「おい、ルシ。子供はお菓子貰えるらしいぞ。お前も貰って来たらどうだ?」
「別に、興味ねーもん。俺はもうオトナだからなっ」
口を尖らせたルシエドはそっぽを向くが、目に入ってくるのは魔女と子供の姿。
(お菓子をくれる魔女、か……でも)
楽しげな様子から視線を剥がし、エルフの少年は先を行く広い背をじっと見つめた。
そうすれば、余計なモノを見ずに済む。
(俺は……生きてく為に、盗みも人を騙す事もしてきた。『良い子』なんかじゃねーから、きっとお菓子なんて……)
「……そーか。興味ないか。そいつぁ残念だ」
「なにが」
何となくムッとしたルシエドは足を早めるが、紅狼はブラブラ歩いてる癖にちっとも追い抜けず。
「さっき、そこの角で美人の魔女に会ってな」
「へーぇ」
「頼まれモノを預かった」
「ふぅん……じゃあ、渡してくればいいじゃん」
「ああ、そうだな」
気のない返事をしていると、不意に紅狼は足を止めた。
「美人の魔女から。お前にやるってさ」
ようやく抜いたルシエドの視界を、大きな袋入りの籠が遮る。
「……って、おっさん、これ……」
慌てて籠をかかえ、怪訝そうに中を覗き込む顔がくしゃりと歪んだ。
「これ、俺に……? 本当に、魔女が……?」
巨大な包みいっぱいに詰められた様々なお菓子に、半信半疑でルシエドが問う。
見上げる赤い瞳には、嬉しさと困惑とにわかに信じ難いような気持ちが、ない交ぜになって揺れていた。
「……お前はいい子だよ、ルシ。去年はサンタも来たろ? サンタも魔女も、お前を見つけるのに時間がかかっただけさ」
大きな手が無造作に、少年の頭をわしわしと撫でる。
「これからは、色々楽しい事がある。俺が保証する」
「……そっかな……そう、だったら、いいな……」
お菓子の甘い香りが漂う籠を、大事そうに少年はぎゅっと両手で抱き。
頑なな表情からほころぶ微かな微笑みに、見守る紅狼が目を細めた。
「……はぁ」
大きな溜め息が、石畳に落ちる。
「なんで、こんな詰まらねぇ仕事なんだよ」
広場を臨むベンチに腰かけたセンダンが愚痴て、疲れた風に頭を垂れた。
「喧嘩や殴り殺し合いなら兎も角、なぁ」
「たまにはこんな日も、いいじゃあないですか」
「……冗談でも殺すぞ、閏」
きろりと睨む青い眼を、閏は嬉しそうに受け止める。
「センが一緒に来てくれて、よかった」
依頼を受け、ろくに内容を聞かないセンダンを半ば強引に連れてきたのは閏だ。
旧知の仲である相手、こうでもしないと動かないのは十分に知ってる。
そして、こういった依頼は全く関心がない事も。
「あ、セン?」
石畳を蹴って立ち上がり、逃げる様に無言で路地へ入っていくセンダン。
そのまま何処かへ去ってしまいそうな背を、急いで閏が追いかけた。
「てめぇは、仕事すればいいだろ」
自分は関係ないとばかりに、苛立った言葉が投げつけられる。
それにも怯まず、しかし遠慮がちに、そっと人差し指を掴んだ。
ほとんど力を入れていない優しい感触に、センダンは眉根を寄せる。
あからさまに嫌そうな顔をしながらも、振り解かれない指に安堵の空気が漂い。
それとなく閏を窺えば、ふわりと満開の笑顔が返ってきた。
「貴方と一緒に来たのですから……傍にいて下さい」
「たくっ」
舌打ちをしたセンダンは、面倒そうに空いた方の手で乱暴に頭を掻き。
「……てめぇ一人じゃあ、喧嘩に出くわしても止める前に泣かされるか」
手を繋いだまま、路地をぶらつく。
呂律の回らない罵声に、椅子の転がる音が続いた。
「ナンだ、やろうってのかぁ?」
「ヘッ、かかってきやがれ!」
睨み合うのは、腕っ節の強そうな中年男二人。
人々は巻き込まれないよう避難し、毎度の事と半ば呆れた空気の中。
「はいはい、楽しんでるみたいね?」
ひょいと間に入った烏丸 涼子が、一人の腕を取り。
「あぁっ!? あだだだだっ」
そのまま、軽く後ろ手に捻る。
次いで。
「ハハッ、女にやられてやんガハーッ!?」
ゲラゲラ笑う口へ、ゴスッとゴツい炭菓子を突っ込んだ。
「苦ぇー!」
「若い子に面倒かけて、ザマぁないねぇ。悪い子はかーちゃんに尻を叩いてもらいな!」
酒を売る女店主に怒鳴られ、酔いの冷めた男二人はそそくさと退散する。
「手慣れたモンだなぁ、姉ちゃん」
「けど夜遅くは人攫いとか出るかもしれんから、気をつけてな」
「忠告、感謝するわ」
酔客から褒められた涼子は、複雑な面持ちで視線を泳がせ。
「……あら?」
人気のない路地の奥を過ぎる、女性二人に気付いた。
一方はやたらスタスタ前を行き、手を引かれた魔女がおっかなびっくりで続く。
道を横切る短い時間の出来事ながら、何故だか妙に引っかかり。
賑やかな小広場から仄暗い路地へ、涼子は足を踏み入れた。
「律? どこだ、律ー!」
恭也の呼びかけが、冷たく壁に反響する。
入り組んだ路地は昼間と違い、夜の暗がりと静寂が重く沈殿していた。
「……ッ」
キリと、口唇を噛む。
喧嘩騒ぎに気を取られ、律から目を離したのは一瞬の事。その間に魔女でも見つけたか、駆け去る後ろ姿に気付いて追ったものの、複雑な路地で見失った。
「すまない。君と同じ位の背丈をした青年が通らなかったか?」
途中、子供に囲まれた『魔女』に訊ねても、黒髪を横に揺らすのみ。
「探すの、手伝います?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
気遣いに一礼し、恭也は路地の先へ急いだ。
「皆もそろそろ、家に帰らないとね」
探し人を見送ったジュードが、困り顔で子供達を促していると。
「大人気じゃあないか。俺にも頂けるかな、可愛い魔女さん」
容赦なくエアルドフリスは包囲網へ割って入り、ジュードを『救出』する。
「ほら。じきに、花火が始まるぞ」
「魔女攫いだー!」
手を振って追い散らされた子供達は囃し立て、逃げて行った。
「あはは……ごめん、エアさん。身動き、取れなくて」
「そんなこったろうと思った」
人気がないのを確かめてから、細い腰を引き寄せ。
「それで、菓子は?」
「ちゃんと取ってあるよ」
身を寄せ合った二人は、潮の香を辿って歩く。
「ここ、どこだよ……どこいったんだよ、きょーやぁ!」
子供の様に泣きながら、夜の路地を律は彷徨っていた。
魔女を追って真っ直ぐ走ってきただけなのに、振り返れば広場の喧騒は遠く、心預けた従者もいない。
寒さと心細さに泣いて、泣き疲れて、路傍で膝を抱えていると。
「律ッ!」
耳慣れた声、駆ける足音に立ち上がる。
「きょーや!」
窓から洩れる灯りに血相を変えた顔が見えた途端、律は駆け出し。
一直線に、恭也の胸へ飛び込んだ。
受け止めた方は怒る事も忘れ、茶色の髪へ軽く拳骨を落とす。
「よかった、無事で……」
心底安堵した呟きと抱き返す力に、また律の視界が滲んだ。
「ごめん、きょーや。心配かけて」
謝罪に恭也は黙って笑み、狭い夜空に花火が咲いた。
●両手、いっぱいの
「ど、どこ……へ?」
「すぐそこ、です」
路地を急ぐドワーフに手を引かれた魔女姿の青山 りりかは、潮の香に気付く。
水桶を運ぶ姿に、思わず声をかけたのは少し前。
「そちらの可愛らしいお方、あの……お取り込み中、ですか?」
緊張気味のりりかを、彼女はきょとんと見つめ返し。
「もしよろしければ……わ、私と一緒に、お菓子を食べませんかっ!」
さながら花束の様に、両手で捧げ持った包みを勢いよく差し出した。
突然の『告白』に相手は驚きつつ、桶を置いてお菓子を受け取る。
「あ、遅くなりました。私はリアルブルー出身のハンターで、りりかと申します。せめて、お名前だけでも……!」
「……ドワーフの細工師、プレシウ。ありがとう、魔女りりか」
「こちらこそ、プレシウさん」
微笑むりりかに笑みを返した相手は、何を思いついたのか急に彼女の手を取って。
歩き続けた先、運河の桟橋に係留した舟では、漕ぎ手が被ったフードへ手をやった。
涼子が追いついた時、ちょうど舟を前に躊躇する少女の背を、もう一人が押した。
待っていた様に、怪しげなフードの男は舟を出す。
「待ちなさい!」
制止も花火の音に消され、迷わず岸を蹴った。
ドンッ!
「おぁ!?」
着地の衝撃で、舟が傾ぐ。
慌ててバランスを取る漕ぎ手へ、すかさず涼子は拳を突きつけ。
「その子を、何処へ連れて行く気!?」
「……りりかの友達、ですか」
「い、いいえ」
背後では、そんな緊張感のない会話。
「あなたも花火、一緒に見ます? お菓子付きの特等席で」
「……え?」
状況が掴めず、戸惑う涼子は二人の顔を見比べた。
「路地で、強引に誘われ……たりは?」
「実は、ドワーフの方とお会いするのは生まれて初めてで。愛らしいご容姿に目を奪われて……それで」
「えぇっ!?」
「好きなものは好き。隠さず、心を偽らず。それが、青山りりかなのです!」
胸を張って宣言するりりかに、涼子は頭痛を覚える。
「つまり私の、早とちり……?」
「ま、見ず知らず相手でも顧みず、全力で突っ込んできたのはいい度胸だな。あと、プレシウの嬢ちゃんは説明が足りねぇ」
「配達屋さんが不審人物だからでは」
配達屋の指摘にプレシウが淡々と反論し。
「折角ですから、お名前を」
脱力する涼子へ訊ねるりりかの笑顔を、花火が照らした。
○
「あ、花火」
閏が空に気を取られた隙に、繋ぐ手が握り直される。
「……珍しいですね、センからするなんて」
「うるせぇ、殺すぞ」
閏が買った串焼き肉を齧るセンダンが、そっぽを向いた。
背けた顔が赤く見えるのは、花火のせいか。
「素直じゃないのは昔から変わりませんね、セン」
「そっちこそ、泣いてんじゃねぇっ」
「でも、嬉しくて」
そっと寄り添い、顔を覗き込んだ閏がくすりと笑う。
「ここに来て、もう2年目ですか……」
「故郷が懐かしい? アデリシア」
感慨深げな横顔にざくろが問うと、アデリシアは微笑んだ。
「でも今が十分幸せなので、これでもいいかな、という気もします」
「賑やかなのはいいわね。あ、ほらっ」
花火にアルラウネが気を取られ、その隙にざくろが口唇を重ねる。
「う~ん、ざくろんってばっ」
「その、見とれてるアルラが、あんまりにも可愛かったから……アデリシアも」
次いで、ざくろは聖導士にもそっとキスをした。
「今年もこれからもよろしくね」
二人の肩を抱き寄せ、仲睦まじくくっついた三人の影が一瞬の明かりに浮かぶ。
「クライマックスか。酒飲んで、旨いもん食おうぜ。あ、お子様はジュースな」
「おー! 美味いもん食う! 紅狼、飲み過ぎても背負ってけねーから、程々にな!」
偉そうなルシエドから言い含められ、にんまりと紅狼が笑った。
少年と保護者の温かな光景を目にした白藤は、ふっと暗い水平線を見つめ。
「幸せなぁ……難しい事やわ」
「昼間の話、か? 少しでも不幸になるヤツが減れば、と思ってハンターやってるけど」
少なくとも、不幸じゃないなら幸せだろと、アリクスが焼いたソーセージを齧る。
「アリクスはどない? 今、幸せ?」
「ん。俺に関しちゃ、現状それなりに満足してるぞ」
答えてから「アンタは?」と訊きかけ、思い止まった。
返事に小さく白藤は笑い、彼のホットワインに自分のワインカップを軽く当てる。
聞こえる陽気な音楽には、どこか下手なハーモニカの音が混ざっていた。
「……どうしてこうなった」
気にしても、もはや仕方ないのかもしれないが、あえて剛道が口に出す。
「大丈夫ですって。俺、結構得意なんですよ」
しばらく剛道を酒に取られていた腹いせか、恋路は無理やり彼をダンスの輪へ引っ張り込んだ。
「それにこんなのは、堂々としてれば十分なんですから」
周囲の女性に合わせて恋路はステップを踏み、剛道が適当に合わせ。
カツコツと鋭いヒールが石畳を鳴らし、二人の距離は遠く近く変化する。
「……ああ、殺されたいなぁ、その手で」
凛々しい横顔へ、不意に湧き上がる渇望。
指先も短剣の様な鋭いヒールの靴も、全てが身を刻む刃の如く。
身を削ぐ刃に、どうしようもなく……触れたい。
思いがけず近付いた距離に、ぼそと剛道が呟いた。
「……テメェは、直ぐ顔に出るな」
途端、顔が火照る感覚を覚えた恋路へ、更に付け加える。
「酒が」
酔いのせいか赤い顔と熱を帯びた視線に、剛道は嘆息した。
――これだから、こいつは一人にしておけない。
「それ、他所でやるんじゃねェぞ」
唯一目で追わずにいられないのは、彼だけなのだから。
「焼きたてホットドッグ、ラスト1本だよー!」
「おじさん、これ」
「くだサイ!」
呼び込みに、同時に伸びた手が二つ。
「あ……れ?」
「ミ、コ……?」
キャーッと挙がる声にルドルフが振り返れば、手を繋いで飛び跳ねる少女が二人。
「もしかしてパトリシア、パティかい?」
「ルドルフも!? ドウシテ? ゲンキ?」
「うん。久しぶり、元気そうで良かっ……パティ?」
ぽろぽろと、涙がこぼれる。
言いたい事や聞きたい事は山ほどあるのに、先に涙が落ちて。
「アリガトウ」
……迷子の世界で見つけてくれて。
涙声の友人を、ぎゅっとミコトが抱きしめた。
「落ちた星を探す魔女さん、落ちた星は幼い精霊様……かぁ。星の綺麗な夜に何かに出会えそうな予感、当たったね」
「パティは、ネ。精霊サマは見つけて貰えたと思うノ。美味しいお菓子はキットみんなへのおすそ分け。だって、こんなに広い世界で、パティもみつけて貰えたモノ」
再会を見守るルドルフは店主に手招きされ、2個に分けたホットドッグを預かった。
「さすがに海風は冷たいな。寒くないか?」
湯気の立つカップを片手に、空いた手でエアルドフリスは恋人を引き寄せる。
「エアさんこそ。寒かったら、俺の温もりをあげるから……エアさんが欲しいだけ」
囁いて、ぎゅっとジュードが抱き返した。
「祭の由来……少し切ない伝承だが、こんなに賑やかなら精霊も老魔女も寂しくなかろうね」
「美味しいお菓子に、賑やかな音楽。皆で食べて飲んで踊って、花火も上がって?」
「そして傍らに、大事な人がいる」
包む様に握ったジュードの手、その指を飾る指輪の感触。
星が刻まれた指輪は聖輝節に彼が贈ったものだ――君の元に帰って来ると、誓いを籠めて。
「俺の星は、此処だ」
人気のない海辺、一つに重なる二人の上でまた、花火が弾けた。
「この一年も師匠の背を追い、風に背を押され。色んなものを、見て行きたいね」
眼下に繰り広げられるは、沢山の人の悲喜こもごも。
屋根の上で空を眺めながら、ユリアンは慣れぬハーモニカを吹く。
花火の狭間、遠い夜空に星が過ぎった。
依頼結果
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最終発言 2016/01/13 20:23:26 |
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お話しまショウ♪ パトリシア=K=ポラリス(ka5996) 人間(リアルブルー)|19才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/01/14 00:53:39 |