ゲスト
(ka0000)
【王国始動】学術都市 古都アークエルス
マスター:ユキ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/06/17 07:30
- 完成日
- 2014/06/25 00:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。
謁見の間に集められたハンターたちは、正面、二つ並べられた椅子のうち右の椅子の前に立った少女に目を向けた。
落ち着いた、けれど幼さの残る声。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、とハンターはぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
-----
首都イルダーナにも劣らない歴史ある堅牢な城壁。石畳の大通りの左右に立ち並ぶレンガ造りの家々。広場には出店がいくつか軒を連ね、近くの石段では小腹を満たしながら本に目を落とす学者たちの姿が見える。聖ヴェレニウス大聖堂ほどではないが荘厳な聖堂や膨大な蔵書を抱える巨大図書館も目に入る。自由な研究が許された学術都市、『古都アークエルス』の姿がそこにあった。
「気をつけられよ、お客人。この街は広い。外敵の侵攻を防ぐために道はひどく入り組んでいる。外の者が興味本位で裏通りに足を踏み入れれば、出てくるのに1日かかるやもしれませんぞ」
右へ左へと視線を向ける君たちに気づいた衛兵が釘を刺す。なるほど、たしかに大通りから続く細い石畳は、昼間にもかかわらずその先を見通すことが出来ない。気のせいだろうか。暗がりの向こうから何かの鳴き声が聞こえた気がし、幾人かは背筋が寒くなるような感覚を覚えたかもしれない。衛兵はそのまま君たちを、街の奥に聳える城壁の中、そこに立つひときわ豪奢な屋敷へと誘う。
――――椅子に座すお方が、我らが主。……驚かれるかも知れぬが、くれぐれも領主様に失礼の無いように。
先の衛兵の言葉がなかったならば、君たちは事態が飲み込めなかったかもしれない。目の前の『領主』と言われた男はそれくらい、事前に知らない者がイメージする『古都を治める領主』とは、かけ離れていたことだろう。
「ようこそ、同胞たち。そしてマテリアルを秘めた遠くの隣人たちよ。ハンターは王家の客人。アークエルスもきみたちを歓迎するよ」
目の前の華美な椅子に座るその男は、外見に似つかわしくない口調と態度で君たちハンターを出迎えた。その双肩はこの街を治めるにはあまりにも小さく、けれどハンターを値踏みするように見据える瞳は、不敵な笑みは、その幼い容姿には似つかわしくない雰囲気を湛えていた。千年王国の中でも長い歴史を持ち、学術都市としても名高いこの街にあって、その領主は異質ということで街同様、あるいはそれ以上に有名だった。
『フリュイ・ド・パラディ』
古都の領主を務めているこの人物の経歴は、王国の民の中でも謎に包まれている。その容姿は10歳かそこらの少年にしか見えない。しかし、実はあの容姿は魔術か何かの実験をした結果であり、本当は60も越えた老人なのではないかという噂が実しやかに流れている。その噂を耳にし実際に彼を目にすればなるほど、たしかに10代の子どもが格式あるこの街を束ね、あのように慇懃無礼に配下や客人と相対するなどできるだろうか、噂が事実か、あるいはよほどの自信家か傾奇者か、ただの世間知らずかと思うかもしれない。しかし、当然の如くだが所詮は噂。その出処も今ではわからない。全ては謎のまま。ただひとつ皆が知っていることは「古都は頭のいかれた領主が治めている」という事実だけだ。
「見聞を広めるため、数ある街や砦の中からこの街を選んだきみたちは実に賢明だよ。この街ではあらゆる研究が許される。僕が許すからだ。君たちが今日この街の何処を歩き、何を見ようと、それら全てを僕は咎めはしない。自由にしてくれたまえ」
困惑する客人を気にもとめず、領主フリュイは言葉を続ける。その変声期も迎えていないだろう高くよく通る声には、少年らしい活発さはなく、どこか不遜な印象すら感じられた。
「失礼致します。フリュイ様。領内でいささか問題が発生したようにございます」
扉を開け入ってきた近衛兵と思われる青年は自分よりも二回り以上小さい少年の傍にひざまづき、耳打ちをする。その報告に、皺など一つも刻まれていない少年の額の眉が小さく動く。
「そこの学者は確か、ユグディラのテレパシーで遠方との交信を試みるとか言うくだらん研究をしていたはずだな」
「報告ではそのように。ですがその実、ユグディラを用いてキメラ研究を行い、その際に雑魔が発生したものかと」
ふん……と、小さく鼻を鳴らす少年は、あるはずのない顎鬚を撫ぜるような不思議な仕草を数秒した後、にっ、っと口元に笑みを湛えると、君たちの方へと向き直る。その笑みは、どこか少年らしい純粋な笑顔ともとれたかもしれない。新しいおもちゃを、おもしろそうなものを見つけた時のソレと。
「聞こえたとおりだ。そこで、ハンター諸君には一つ仕事をしてもらおうと思う。この街での自由の対価としてね」
そういいながら立ち上がる少年の背は、大人の腰程の高さ。だが、大人のハンターを見上げているはずのその瞳は、あたかも君たちを見下しているかのようだった。
「この街での自由を、僕は許そう。だが、自由とは権利だ。権利を行使するには、義務を全うする必要がある。報告の義務を行った者に自由はない。勝手は許さない。それがこの街の法。僕の法だ。全ては僕の知る所になければならない。この街、そしてこの世界全てが、僕の手の中にあるんだよ」
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。
謁見の間に集められたハンターたちは、正面、二つ並べられた椅子のうち右の椅子の前に立った少女に目を向けた。
落ち着いた、けれど幼さの残る声。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、とハンターはぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
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首都イルダーナにも劣らない歴史ある堅牢な城壁。石畳の大通りの左右に立ち並ぶレンガ造りの家々。広場には出店がいくつか軒を連ね、近くの石段では小腹を満たしながら本に目を落とす学者たちの姿が見える。聖ヴェレニウス大聖堂ほどではないが荘厳な聖堂や膨大な蔵書を抱える巨大図書館も目に入る。自由な研究が許された学術都市、『古都アークエルス』の姿がそこにあった。
「気をつけられよ、お客人。この街は広い。外敵の侵攻を防ぐために道はひどく入り組んでいる。外の者が興味本位で裏通りに足を踏み入れれば、出てくるのに1日かかるやもしれませんぞ」
右へ左へと視線を向ける君たちに気づいた衛兵が釘を刺す。なるほど、たしかに大通りから続く細い石畳は、昼間にもかかわらずその先を見通すことが出来ない。気のせいだろうか。暗がりの向こうから何かの鳴き声が聞こえた気がし、幾人かは背筋が寒くなるような感覚を覚えたかもしれない。衛兵はそのまま君たちを、街の奥に聳える城壁の中、そこに立つひときわ豪奢な屋敷へと誘う。
――――椅子に座すお方が、我らが主。……驚かれるかも知れぬが、くれぐれも領主様に失礼の無いように。
先の衛兵の言葉がなかったならば、君たちは事態が飲み込めなかったかもしれない。目の前の『領主』と言われた男はそれくらい、事前に知らない者がイメージする『古都を治める領主』とは、かけ離れていたことだろう。
「ようこそ、同胞たち。そしてマテリアルを秘めた遠くの隣人たちよ。ハンターは王家の客人。アークエルスもきみたちを歓迎するよ」
目の前の華美な椅子に座るその男は、外見に似つかわしくない口調と態度で君たちハンターを出迎えた。その双肩はこの街を治めるにはあまりにも小さく、けれどハンターを値踏みするように見据える瞳は、不敵な笑みは、その幼い容姿には似つかわしくない雰囲気を湛えていた。千年王国の中でも長い歴史を持ち、学術都市としても名高いこの街にあって、その領主は異質ということで街同様、あるいはそれ以上に有名だった。
『フリュイ・ド・パラディ』
古都の領主を務めているこの人物の経歴は、王国の民の中でも謎に包まれている。その容姿は10歳かそこらの少年にしか見えない。しかし、実はあの容姿は魔術か何かの実験をした結果であり、本当は60も越えた老人なのではないかという噂が実しやかに流れている。その噂を耳にし実際に彼を目にすればなるほど、たしかに10代の子どもが格式あるこの街を束ね、あのように慇懃無礼に配下や客人と相対するなどできるだろうか、噂が事実か、あるいはよほどの自信家か傾奇者か、ただの世間知らずかと思うかもしれない。しかし、当然の如くだが所詮は噂。その出処も今ではわからない。全ては謎のまま。ただひとつ皆が知っていることは「古都は頭のいかれた領主が治めている」という事実だけだ。
「見聞を広めるため、数ある街や砦の中からこの街を選んだきみたちは実に賢明だよ。この街ではあらゆる研究が許される。僕が許すからだ。君たちが今日この街の何処を歩き、何を見ようと、それら全てを僕は咎めはしない。自由にしてくれたまえ」
困惑する客人を気にもとめず、領主フリュイは言葉を続ける。その変声期も迎えていないだろう高くよく通る声には、少年らしい活発さはなく、どこか不遜な印象すら感じられた。
「失礼致します。フリュイ様。領内でいささか問題が発生したようにございます」
扉を開け入ってきた近衛兵と思われる青年は自分よりも二回り以上小さい少年の傍にひざまづき、耳打ちをする。その報告に、皺など一つも刻まれていない少年の額の眉が小さく動く。
「そこの学者は確か、ユグディラのテレパシーで遠方との交信を試みるとか言うくだらん研究をしていたはずだな」
「報告ではそのように。ですがその実、ユグディラを用いてキメラ研究を行い、その際に雑魔が発生したものかと」
ふん……と、小さく鼻を鳴らす少年は、あるはずのない顎鬚を撫ぜるような不思議な仕草を数秒した後、にっ、っと口元に笑みを湛えると、君たちの方へと向き直る。その笑みは、どこか少年らしい純粋な笑顔ともとれたかもしれない。新しいおもちゃを、おもしろそうなものを見つけた時のソレと。
「聞こえたとおりだ。そこで、ハンター諸君には一つ仕事をしてもらおうと思う。この街での自由の対価としてね」
そういいながら立ち上がる少年の背は、大人の腰程の高さ。だが、大人のハンターを見上げているはずのその瞳は、あたかも君たちを見下しているかのようだった。
「この街での自由を、僕は許そう。だが、自由とは権利だ。権利を行使するには、義務を全うする必要がある。報告の義務を行った者に自由はない。勝手は許さない。それがこの街の法。僕の法だ。全ては僕の知る所になければならない。この街、そしてこの世界全てが、僕の手の中にあるんだよ」
リプレイ本文
――――お任せを、古都の主様。……でもね、僕は君のものじゃない世界を持っているよ。
「……皆そう言うんだよ」
暗い廊下を一人歩くフリュイ、彼の口元には笑みが浮かんでいた。おもしろいおもちゃを前にしたような、あるいは鎖から解き放たれ、柵の中で自由だと走り回る愛玩動物を見るかのような。
………………
「これ以上動物達に犠牲がでないよう、急ぎませんと」
狭く薄暗い階段。スノウ・ティア(ka0759)の呟きは息を潜める皆の耳と心に届く。『キメラ実験』。今回の経緯については皆思う所がある。
「まぁ……良い気はしないよね。僕もこういう悲しい御話は好きじゃないな」
一見穏やかなルスティロ・イストワール(ka0252)の口調だが、おそらく誰よりもその言葉は真実を語っていることだろう。
「俺はクリスティンと辺りの掃除だな。よろしく頼むな」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が、松明を掲げ前を歩くクリスティン・ガフ(ka1090)へ軽薄というよりはどこか友好的な持ち前のノリで声をかけるが、当のクリスティンは「よろしく頼む」と言葉少なに返答するのみ。この2人に多くの言葉は不要なのだろう。ハンターの中でも戦いの中にその居場所を見出す彼等にとっては、手にした剣が全て。しかし後ろの女性にはそうは言っていられない。
「ユキ、今日はお前とは別行動だ。せいぜい無茶するなよ」
「それはエヴァンさんの方でしょう。エヴァンさんは戦士で守るのも役目、ですものね。でも……」
――――私はエヴァンさんを守ります。それが、ユキとしての役目ですから。
ただ同行者を気遣う言葉ともとれるが互いに相性で呼び合う2人。階段の前を行く相手の耳元へ囁いた言葉は、果たして周囲の者の耳にも届いたのかどうか。どちらにせよ、2人の密かな語らいは先頭を行くアレックス・マクラウド(ka0580)の声で終わりを告げる。
「シッ……着いたよ」
………………
ハンターたちの迅速な突入により雑魔の逃亡は未然に防がれた。だが彼等が持っているのは『地下の大体の様子』と『雑魔が2匹』いるという情報のみ。到着した彼等は松明の灯火に照らされた闇ともう一つ、『未知』という恐怖と対峙していた。しかし
「ねぇユグディラ、君は何処にいるんだいっ?」
真っ先に声をあげたのはルスティロだった。灯りを持ち、石階段も降りてきたのだ。雑魔がこちらに気づかないわけがない。ならばこれ以上何を忍ぶ必要があろうか。むしろ実験動物たちから雑魔の注意を逸らす意味もある。が
「皆ももっと声出していこうよ」
と話す声は、緊張を和らげるとともに意思疎通を図ろうと意図したものにしては、どこか楽しげな意図も含まれていたかもしれない。これから自分たちが目撃し、そして綴る未知の物語に対する好奇心故か。
「ま、ささっと片付けちゃおうよ。後ろは任せてねー」
最後尾でアーシェ・ネイラス(ka1066)もまた自信ありげに皆を見送る。誰もが言葉を口にし息を吐き出すことで、異界に降り立って初めての戦闘となるサキ トレヴァンツ(ka0341)を含め、皆の肩に入っていた余計な力が抜け、その表情は新兵から引き締まった戦士のソレへと変わった。
「僕はここにいるよ! さぁ、かかってこい!」
先頭を行く小柄な聖導士が、少年のように凛々しく、けれど隠すことの出来ない少女の可憐さを秘めたよく通る高い声とともに一歩踏み出す。彼女が注意を引いている隙に、エヴァンスとクリスティンが警戒しながら死角となる障害物をどかし、ルスティロとスノウが動物たちの回収を試みるという作戦。アレックスの負担は少なくない。だが、彼女はその任を自ら志願した。
――――少しでも多くの命を、守りたい。救いたい。
それが、盾である自分ができること。為したいこと。女を捨ててまで剣を、否、盾をとった理由。
接敵は突然だった。
「アレックス、後ろ!」
後ろで警戒していたアーシェの声に身体が先に反応した。反転しながら重心を下げ、盾を持つ手と後ろ足に力を込めると、まるで車と衝突したかのような衝撃が襲いかかる。だが盾はその牙と爪を防ぎ押し返す。押し返された獣は素早く後方へと飛び退き、その巨体を灯りの下に晒す。囮に釣られ狩る側から狩られる側へ。狼だった面影を残す雑魔はもはや生前の美しい遠吠えも忘れたか、部屋一杯に響く咆哮を上げる。人間の大人以上の巨躯が放つ威圧感。しかし盾の少女は退かない。
「ハァッ!!」
常に視線の端に捉える味方の援護のためにも、臆することなく気合の声を上げ、手にしたロッドを振りかざす。だが、見えない伏兵が襲いかかる。
「グルァア!!」
「くっ!?」
耳障りな唸り声の後に聞こえた苦痛の漏れ声と、漂う血の香り。奇襲を図ろうとしていたサキが、身を隠していたもう1匹の雑魔に襲われた。辺りには物が散乱する環境にあって、ターゲットに悟られぬよう物音を立てずに潜行しようとすれば、どのようなプロであれ、それ以外への注意は薄れる。身を潜め周囲を警戒する獣に対し、後手にまわったのはサキだった。
「サキさん!? ……ッ!」
味方の負傷に動揺を隠せないアレックスだが、気を削がれれば自らが危ない。低く沈むこんだ角度から首元を狙って飛びかかってくる雑魔。咄嗟に盾で凌ぐが完全には捌ききれず、その肩もまた赤に染まり、熱を帯びる。だがそんな痛みを気にしている場合ではない。サキは身を守れるものを持ちあわせてはいない。なんとか雑魔の気を引いて、2対1になってでも彼女を護らないと……
「世に平穏のあらんことを…!」
そこに割って入るエヴァンス。その剣はいつにもまして鋭さを増し雑魔の片牙を砕く。後ろにはタクトを構えるスノウの姿、タクトの先にはエヴァンスの振るう大剣。攻性強化だ。エヴァンスもそれに気づいただろうが、今は彼女へ視線を向け感謝の意を伝える状況ではない。それは己が剣で示すのみ。
「次はその首もらうぜ…!」
一刀両断、それが彼の吟詩。大剣を手にする両の手に力を込め、構え直す。一瞬の沈黙。互いの間が重なった時、人と雑魔、両者の咆哮が石壁の部屋にこだまし、2つの影が交差する。雑魔は先ほどもう1匹が見せたアレックスへの強襲と同様、足元から獲物の首を狙って飛びかかる。だが、幼少の頃より戦場の空気に当てられて育ったエヴァンスの対応力が勝る。上段に構えてみせた大剣を肩から滑り下ろすと、足、腰、そして肩。体幹の回転を用いて強引に横薙ぎに払う。剣を振るう手元に食らいつく雑魔。それでもエヴァンスの剣は止まらない。空中で横から薙ぎ払われた雑魔の身体は勢いをそのままに石畳へ叩き付けられる。深く抉られた身体。それでもなお立ち上がろうとする獣の瞳が最期に見たものは、視界一杯の鈍色だった。瞳に突き立つ一矢はサキの反撃。初手は譲ろうともリアルブルーでの交戦経験も持つ元軍人。 しばし目の前の雑魔を見据える3人の前で、牙を折られた獣は黒い霧となって霧散した。
今は人間たちも遮蔽物をどかし生物たちを外へ運び出しているが、牙を剥く数が増えればこのままでは狩られる。いままさに1匹のメスがこちらへと向かってきている。目の前の人間の持つ堅い板も厄介だが、一直線に踏み込んでくる人間の前足に見える鋭く長い牙。”アレ”は危険だ。
……後にその時のことを振り返り、仮に狼型の雑魔に思考がありそれを代弁するとするならば、こういった所だったろうか。もう1匹が霧散する前、雑魔は予想外の行動に出た。
「……ハッ!」
「ヤァッ! ……えっ!?」
動きを止めていた雑魔に対し鋭く踏込みロングソードの突きを繰り出すクリスティン。ギリギリで回避するか、傷を顧みず牙を向いてくるならばそこをアレックスが追撃する。アイコンタクトをとった上での初撃だった。しかし雑魔はその場から大きく後方へ飛び退いた。ロッドを振りかぶるアレックスも意表を突かれる。そのまま雑魔は部屋の奥に残った物陰の方へと姿を消し……
「ギャン!? ガゥル……」
物陰から突然飛び出す、いや、放り出される雑魔。体勢を立て直し、自身が身を潜めようとした物陰、そこにいる”何者か”を睨み返す。
「『悪い狼、毛皮を剥ぐぞ』」
物陰から姿を見せたのは、『地を駆けるもの』で回り込んでいたのだろうルスティロ。その雰囲気はどこか普段の彼のソレとは別の何かを纏い、その声はまるで詩のように独特な抑揚で紡がれ、一瞬目の前の彼の口から紡がれたとはわからなかった。瞳は先ほどまでの穏やかな緑とは一変、まるで丸く磨き上げられた柘榴石のように真紅に染まっている。おそらく覚醒による変化だろう。彼の腕の中にはふてぶてしい様子の大柄な猫、ユグディラの姿があった。
「こんなところにいたんだね……君も」
視線を向ける足元、そこにいるのは千切れた鎖が首に巻きついたままの狼。見るからに弱ってはいるものの、まだ息がある。間に合ったのだ。
新たな雑魔はいない。ハンターたちは残る1匹を包囲にかかる。だが雑魔は反撃をやめない。三度沈み込むような角度でアレックスへと強襲する雑魔。正面からの突撃を再び盾で凌ごうと構えるアレックス。動きを止めれば、後は皆が……。が、その手に衝撃が襲いかかることはなかった。
「横だ!」
クリスティンの怒号と、剣が空を切る音。雑魔は突撃すると見せかけてアレックスの横をすり抜け、包囲の突破を図った。咄嗟のクリスティンの牽制を素早く交わし、その隙をついて再び獲物の瞳を抉ろうと放たれたサキの矢も、顔を振って瞳に突き立つことは回避する。首筋に矢を受けながら、その四肢の動きはさらに加速し、雑魔は一直線に地上への階段へと駆け抜ける。しかし、そこには有り余る力を持て余す彼女が待ち構えていた。
「やっとわたしの出番だね! 小柄だからって、甘く見ないでよ……って、小柄って言うなー!!」
待ち構えるその影は小さく、勢いをそのままに牙を剥く雑魔。だが、いったい誰に対する怒りなのかは分からないが激情の込められた怒声をのせ、アーシェはまるで巨大な山の如く微動だにせず自分よりも巨大な獣の突撃を受け止め、
「ふん、りゃああああ!!」
小さなバックラーはまるで石壁の如く、巨大な獣を階下へと叩き落とした。何度となく弾かれたダメージ。その蓄積が、雑魔の起き上がりを一瞬鈍らせる。そこを逃すハンターたちではない。雑魔は再びその四肢で地に立つことなく、クリスティンの剣を黒く染め、そして無へと帰した。
…………
彼等の迅速な行動あって、被害は0に抑えられた。保護した動物たちの治療にあたるハンターたちだったが、救出した狼が鎖に繋がれ檻の中へと囚えられるその姿に、サキは重い息を吐く。
「少しだけ命を永らえただけ…」
研究の実験体として扱われる限り、人の道具として生涯を終える運命は変わらない。それならばいっそ……そう思った時、再びどよめきが起こった。
「ハンター殿、何をなさいますか!?」
慌てる衛兵を余所に、小動物の檻を開放していくルスティロ。衛兵に肩を掴まれると、その腕を予想外の力で掴み返し、振り払う。
「偉い偉い主様が言ってたよね? 『どうなろうと一切不問』、でしょ?」
静かな笑みを浮かべるその表情だったが、放たれた言葉には有無を言わさぬ静かな怒りが込められているようで、それ以上衛兵は何も言うことはなかった。
「キメラねぇ…ッチ、今後もこの手の依頼が増えそうだな」
飛び立つ鳥を見送った後、檻の中の狼へと視線を移し、苦々しい表情を浮かべるエヴァンス。
「それはないと思うよ」
その言葉に返答したのはフリュイだった。衛兵たちを従え姿を見せた幼い領主は周囲の様子を俯瞰する。開放された檻を見て、横に佇むルスティロを一瞥するとなにやら一瞬笑顔を浮かべたが、すぐにハンターたちへと向き直る。
「ご苦労だったね、ハンター諸君。きみたちの働きに、古都を統べる者として礼を言うよ。今日は僕の屋敷でゆっくりしていってくれたまえ」
「ひとつ尋ねたい」
それだけ言うと踵を返しその場を立ち去ろうとする領主へ、クリスティンが一歩歩みを進める。少年領主は足を止め、首だけを動かしてハンターを見やる。
「今回の事件を起こした研究者は、どのような処分にあたるのか?」
思う所はある。それが皆の共通の思いだ。この悲劇が繰り返されぬよう、領主には厳格な対応を望みたい。その質問に、フリュイの口角が釣り上がる。
「はて? 可笑しなことを言うね。この街にいない人間をどう処分するというんだぃ?」
言葉を紡ぎながら、大げさな動作でくるりとハンターの方に向き直る少年の表情は、ただ純粋に楽しそうだった。
「勘違いしないで欲しい。僕は領主として、キメラ作成なんて非人道的な、くだらない実験を許可などした覚えはない。僕が許可していない実験なんてこの街にはないし、そんな実験をした人間なんて、この街には居ないんだよ。わかるかぃ?」
にっこりと笑顔を浮かべながら、けれど言葉は重く、有無を言わさぬ圧を放つ。そんな様子をつまらなそうに眺めるルスティロへと向き直ると、領主はまた楽しそうな笑顔を浮かべる。
「なかなか楽しかったよ。ご褒美にあの迷い込んだ狼も野に放ってあげよう。実験動物なんていなかったんだから、ね」
『なかなか楽しかった』、その言葉には恐らく続きが込められているのだろう。「想定の範囲内だったけどね」という。けれどルスティロもその含みを察した上で、弁を重ねる。
「ヒトを憎まざるを得なかったケモノの話は、ご趣味に合いましたか?」
皮肉めいたその言葉に、領主はまた笑みを浮かべるのみで、それ以上言葉はなかった。その背を見送りながら、ルスティロの口はポツリと言葉を紡ぐ。
「……君は気に入ってくれる?」
その寂しげな呟きは果たして誰に向けてのものだったのかはわからないが、かくしてハンターたちは突然の初依頼を無事完遂することができたのだった。
「……あれ? そういえばユグディラは?」
それが現場を後にする際、ハンターたちが最後に残した言葉だった。
その頃、一人先に大通りへと戻り、屋台で小麦の饅頭を買いベンチで舌鼓をうっていたアーシェ。1つ食べ終え次のを……と手を伸ばした彼女の手に伝わる感触は、ふわふわもこもこ、饅頭の熱々のそれとはまた違ったぬくもりだった。「えっ?」と視線を落とせば、そこにはあったはずの饅頭をもひもひと食べ、口の周りについた餡をペロリと舐め取り満足気な猫、ユグディラの姿があった。視線に気づいのかユグディラはピクッっと耳を動かすと、一度隣の人間の方へと顔を向けた後、花壇の中へと姿を消していったのだった。
ユグディラが去る前、アーシェはなにやら、『キラキラした明るい、嬉しくなるようなイメージ』を感じたというが、はたして……
「……皆そう言うんだよ」
暗い廊下を一人歩くフリュイ、彼の口元には笑みが浮かんでいた。おもしろいおもちゃを前にしたような、あるいは鎖から解き放たれ、柵の中で自由だと走り回る愛玩動物を見るかのような。
………………
「これ以上動物達に犠牲がでないよう、急ぎませんと」
狭く薄暗い階段。スノウ・ティア(ka0759)の呟きは息を潜める皆の耳と心に届く。『キメラ実験』。今回の経緯については皆思う所がある。
「まぁ……良い気はしないよね。僕もこういう悲しい御話は好きじゃないな」
一見穏やかなルスティロ・イストワール(ka0252)の口調だが、おそらく誰よりもその言葉は真実を語っていることだろう。
「俺はクリスティンと辺りの掃除だな。よろしく頼むな」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が、松明を掲げ前を歩くクリスティン・ガフ(ka1090)へ軽薄というよりはどこか友好的な持ち前のノリで声をかけるが、当のクリスティンは「よろしく頼む」と言葉少なに返答するのみ。この2人に多くの言葉は不要なのだろう。ハンターの中でも戦いの中にその居場所を見出す彼等にとっては、手にした剣が全て。しかし後ろの女性にはそうは言っていられない。
「ユキ、今日はお前とは別行動だ。せいぜい無茶するなよ」
「それはエヴァンさんの方でしょう。エヴァンさんは戦士で守るのも役目、ですものね。でも……」
――――私はエヴァンさんを守ります。それが、ユキとしての役目ですから。
ただ同行者を気遣う言葉ともとれるが互いに相性で呼び合う2人。階段の前を行く相手の耳元へ囁いた言葉は、果たして周囲の者の耳にも届いたのかどうか。どちらにせよ、2人の密かな語らいは先頭を行くアレックス・マクラウド(ka0580)の声で終わりを告げる。
「シッ……着いたよ」
………………
ハンターたちの迅速な突入により雑魔の逃亡は未然に防がれた。だが彼等が持っているのは『地下の大体の様子』と『雑魔が2匹』いるという情報のみ。到着した彼等は松明の灯火に照らされた闇ともう一つ、『未知』という恐怖と対峙していた。しかし
「ねぇユグディラ、君は何処にいるんだいっ?」
真っ先に声をあげたのはルスティロだった。灯りを持ち、石階段も降りてきたのだ。雑魔がこちらに気づかないわけがない。ならばこれ以上何を忍ぶ必要があろうか。むしろ実験動物たちから雑魔の注意を逸らす意味もある。が
「皆ももっと声出していこうよ」
と話す声は、緊張を和らげるとともに意思疎通を図ろうと意図したものにしては、どこか楽しげな意図も含まれていたかもしれない。これから自分たちが目撃し、そして綴る未知の物語に対する好奇心故か。
「ま、ささっと片付けちゃおうよ。後ろは任せてねー」
最後尾でアーシェ・ネイラス(ka1066)もまた自信ありげに皆を見送る。誰もが言葉を口にし息を吐き出すことで、異界に降り立って初めての戦闘となるサキ トレヴァンツ(ka0341)を含め、皆の肩に入っていた余計な力が抜け、その表情は新兵から引き締まった戦士のソレへと変わった。
「僕はここにいるよ! さぁ、かかってこい!」
先頭を行く小柄な聖導士が、少年のように凛々しく、けれど隠すことの出来ない少女の可憐さを秘めたよく通る高い声とともに一歩踏み出す。彼女が注意を引いている隙に、エヴァンスとクリスティンが警戒しながら死角となる障害物をどかし、ルスティロとスノウが動物たちの回収を試みるという作戦。アレックスの負担は少なくない。だが、彼女はその任を自ら志願した。
――――少しでも多くの命を、守りたい。救いたい。
それが、盾である自分ができること。為したいこと。女を捨ててまで剣を、否、盾をとった理由。
接敵は突然だった。
「アレックス、後ろ!」
後ろで警戒していたアーシェの声に身体が先に反応した。反転しながら重心を下げ、盾を持つ手と後ろ足に力を込めると、まるで車と衝突したかのような衝撃が襲いかかる。だが盾はその牙と爪を防ぎ押し返す。押し返された獣は素早く後方へと飛び退き、その巨体を灯りの下に晒す。囮に釣られ狩る側から狩られる側へ。狼だった面影を残す雑魔はもはや生前の美しい遠吠えも忘れたか、部屋一杯に響く咆哮を上げる。人間の大人以上の巨躯が放つ威圧感。しかし盾の少女は退かない。
「ハァッ!!」
常に視線の端に捉える味方の援護のためにも、臆することなく気合の声を上げ、手にしたロッドを振りかざす。だが、見えない伏兵が襲いかかる。
「グルァア!!」
「くっ!?」
耳障りな唸り声の後に聞こえた苦痛の漏れ声と、漂う血の香り。奇襲を図ろうとしていたサキが、身を隠していたもう1匹の雑魔に襲われた。辺りには物が散乱する環境にあって、ターゲットに悟られぬよう物音を立てずに潜行しようとすれば、どのようなプロであれ、それ以外への注意は薄れる。身を潜め周囲を警戒する獣に対し、後手にまわったのはサキだった。
「サキさん!? ……ッ!」
味方の負傷に動揺を隠せないアレックスだが、気を削がれれば自らが危ない。低く沈むこんだ角度から首元を狙って飛びかかってくる雑魔。咄嗟に盾で凌ぐが完全には捌ききれず、その肩もまた赤に染まり、熱を帯びる。だがそんな痛みを気にしている場合ではない。サキは身を守れるものを持ちあわせてはいない。なんとか雑魔の気を引いて、2対1になってでも彼女を護らないと……
「世に平穏のあらんことを…!」
そこに割って入るエヴァンス。その剣はいつにもまして鋭さを増し雑魔の片牙を砕く。後ろにはタクトを構えるスノウの姿、タクトの先にはエヴァンスの振るう大剣。攻性強化だ。エヴァンスもそれに気づいただろうが、今は彼女へ視線を向け感謝の意を伝える状況ではない。それは己が剣で示すのみ。
「次はその首もらうぜ…!」
一刀両断、それが彼の吟詩。大剣を手にする両の手に力を込め、構え直す。一瞬の沈黙。互いの間が重なった時、人と雑魔、両者の咆哮が石壁の部屋にこだまし、2つの影が交差する。雑魔は先ほどもう1匹が見せたアレックスへの強襲と同様、足元から獲物の首を狙って飛びかかる。だが、幼少の頃より戦場の空気に当てられて育ったエヴァンスの対応力が勝る。上段に構えてみせた大剣を肩から滑り下ろすと、足、腰、そして肩。体幹の回転を用いて強引に横薙ぎに払う。剣を振るう手元に食らいつく雑魔。それでもエヴァンスの剣は止まらない。空中で横から薙ぎ払われた雑魔の身体は勢いをそのままに石畳へ叩き付けられる。深く抉られた身体。それでもなお立ち上がろうとする獣の瞳が最期に見たものは、視界一杯の鈍色だった。瞳に突き立つ一矢はサキの反撃。初手は譲ろうともリアルブルーでの交戦経験も持つ元軍人。 しばし目の前の雑魔を見据える3人の前で、牙を折られた獣は黒い霧となって霧散した。
今は人間たちも遮蔽物をどかし生物たちを外へ運び出しているが、牙を剥く数が増えればこのままでは狩られる。いままさに1匹のメスがこちらへと向かってきている。目の前の人間の持つ堅い板も厄介だが、一直線に踏み込んでくる人間の前足に見える鋭く長い牙。”アレ”は危険だ。
……後にその時のことを振り返り、仮に狼型の雑魔に思考がありそれを代弁するとするならば、こういった所だったろうか。もう1匹が霧散する前、雑魔は予想外の行動に出た。
「……ハッ!」
「ヤァッ! ……えっ!?」
動きを止めていた雑魔に対し鋭く踏込みロングソードの突きを繰り出すクリスティン。ギリギリで回避するか、傷を顧みず牙を向いてくるならばそこをアレックスが追撃する。アイコンタクトをとった上での初撃だった。しかし雑魔はその場から大きく後方へ飛び退いた。ロッドを振りかぶるアレックスも意表を突かれる。そのまま雑魔は部屋の奥に残った物陰の方へと姿を消し……
「ギャン!? ガゥル……」
物陰から突然飛び出す、いや、放り出される雑魔。体勢を立て直し、自身が身を潜めようとした物陰、そこにいる”何者か”を睨み返す。
「『悪い狼、毛皮を剥ぐぞ』」
物陰から姿を見せたのは、『地を駆けるもの』で回り込んでいたのだろうルスティロ。その雰囲気はどこか普段の彼のソレとは別の何かを纏い、その声はまるで詩のように独特な抑揚で紡がれ、一瞬目の前の彼の口から紡がれたとはわからなかった。瞳は先ほどまでの穏やかな緑とは一変、まるで丸く磨き上げられた柘榴石のように真紅に染まっている。おそらく覚醒による変化だろう。彼の腕の中にはふてぶてしい様子の大柄な猫、ユグディラの姿があった。
「こんなところにいたんだね……君も」
視線を向ける足元、そこにいるのは千切れた鎖が首に巻きついたままの狼。見るからに弱ってはいるものの、まだ息がある。間に合ったのだ。
新たな雑魔はいない。ハンターたちは残る1匹を包囲にかかる。だが雑魔は反撃をやめない。三度沈み込むような角度でアレックスへと強襲する雑魔。正面からの突撃を再び盾で凌ごうと構えるアレックス。動きを止めれば、後は皆が……。が、その手に衝撃が襲いかかることはなかった。
「横だ!」
クリスティンの怒号と、剣が空を切る音。雑魔は突撃すると見せかけてアレックスの横をすり抜け、包囲の突破を図った。咄嗟のクリスティンの牽制を素早く交わし、その隙をついて再び獲物の瞳を抉ろうと放たれたサキの矢も、顔を振って瞳に突き立つことは回避する。首筋に矢を受けながら、その四肢の動きはさらに加速し、雑魔は一直線に地上への階段へと駆け抜ける。しかし、そこには有り余る力を持て余す彼女が待ち構えていた。
「やっとわたしの出番だね! 小柄だからって、甘く見ないでよ……って、小柄って言うなー!!」
待ち構えるその影は小さく、勢いをそのままに牙を剥く雑魔。だが、いったい誰に対する怒りなのかは分からないが激情の込められた怒声をのせ、アーシェはまるで巨大な山の如く微動だにせず自分よりも巨大な獣の突撃を受け止め、
「ふん、りゃああああ!!」
小さなバックラーはまるで石壁の如く、巨大な獣を階下へと叩き落とした。何度となく弾かれたダメージ。その蓄積が、雑魔の起き上がりを一瞬鈍らせる。そこを逃すハンターたちではない。雑魔は再びその四肢で地に立つことなく、クリスティンの剣を黒く染め、そして無へと帰した。
…………
彼等の迅速な行動あって、被害は0に抑えられた。保護した動物たちの治療にあたるハンターたちだったが、救出した狼が鎖に繋がれ檻の中へと囚えられるその姿に、サキは重い息を吐く。
「少しだけ命を永らえただけ…」
研究の実験体として扱われる限り、人の道具として生涯を終える運命は変わらない。それならばいっそ……そう思った時、再びどよめきが起こった。
「ハンター殿、何をなさいますか!?」
慌てる衛兵を余所に、小動物の檻を開放していくルスティロ。衛兵に肩を掴まれると、その腕を予想外の力で掴み返し、振り払う。
「偉い偉い主様が言ってたよね? 『どうなろうと一切不問』、でしょ?」
静かな笑みを浮かべるその表情だったが、放たれた言葉には有無を言わさぬ静かな怒りが込められているようで、それ以上衛兵は何も言うことはなかった。
「キメラねぇ…ッチ、今後もこの手の依頼が増えそうだな」
飛び立つ鳥を見送った後、檻の中の狼へと視線を移し、苦々しい表情を浮かべるエヴァンス。
「それはないと思うよ」
その言葉に返答したのはフリュイだった。衛兵たちを従え姿を見せた幼い領主は周囲の様子を俯瞰する。開放された檻を見て、横に佇むルスティロを一瞥するとなにやら一瞬笑顔を浮かべたが、すぐにハンターたちへと向き直る。
「ご苦労だったね、ハンター諸君。きみたちの働きに、古都を統べる者として礼を言うよ。今日は僕の屋敷でゆっくりしていってくれたまえ」
「ひとつ尋ねたい」
それだけ言うと踵を返しその場を立ち去ろうとする領主へ、クリスティンが一歩歩みを進める。少年領主は足を止め、首だけを動かしてハンターを見やる。
「今回の事件を起こした研究者は、どのような処分にあたるのか?」
思う所はある。それが皆の共通の思いだ。この悲劇が繰り返されぬよう、領主には厳格な対応を望みたい。その質問に、フリュイの口角が釣り上がる。
「はて? 可笑しなことを言うね。この街にいない人間をどう処分するというんだぃ?」
言葉を紡ぎながら、大げさな動作でくるりとハンターの方に向き直る少年の表情は、ただ純粋に楽しそうだった。
「勘違いしないで欲しい。僕は領主として、キメラ作成なんて非人道的な、くだらない実験を許可などした覚えはない。僕が許可していない実験なんてこの街にはないし、そんな実験をした人間なんて、この街には居ないんだよ。わかるかぃ?」
にっこりと笑顔を浮かべながら、けれど言葉は重く、有無を言わさぬ圧を放つ。そんな様子をつまらなそうに眺めるルスティロへと向き直ると、領主はまた楽しそうな笑顔を浮かべる。
「なかなか楽しかったよ。ご褒美にあの迷い込んだ狼も野に放ってあげよう。実験動物なんていなかったんだから、ね」
『なかなか楽しかった』、その言葉には恐らく続きが込められているのだろう。「想定の範囲内だったけどね」という。けれどルスティロもその含みを察した上で、弁を重ねる。
「ヒトを憎まざるを得なかったケモノの話は、ご趣味に合いましたか?」
皮肉めいたその言葉に、領主はまた笑みを浮かべるのみで、それ以上言葉はなかった。その背を見送りながら、ルスティロの口はポツリと言葉を紡ぐ。
「……君は気に入ってくれる?」
その寂しげな呟きは果たして誰に向けてのものだったのかはわからないが、かくしてハンターたちは突然の初依頼を無事完遂することができたのだった。
「……あれ? そういえばユグディラは?」
それが現場を後にする際、ハンターたちが最後に残した言葉だった。
その頃、一人先に大通りへと戻り、屋台で小麦の饅頭を買いベンチで舌鼓をうっていたアーシェ。1つ食べ終え次のを……と手を伸ばした彼女の手に伝わる感触は、ふわふわもこもこ、饅頭の熱々のそれとはまた違ったぬくもりだった。「えっ?」と視線を落とせば、そこにはあったはずの饅頭をもひもひと食べ、口の周りについた餡をペロリと舐め取り満足気な猫、ユグディラの姿があった。視線に気づいのかユグディラはピクッっと耳を動かすと、一度隣の人間の方へと顔を向けた後、花壇の中へと姿を消していったのだった。
ユグディラが去る前、アーシェはなにやら、『キラキラした明るい、嬉しくなるようなイメージ』を感じたというが、はたして……
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プレ板(確認用 クリスティン・ガフ(ka1090) 人間(クリムゾンウェスト)|19才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/06/17 07:00:56 |
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相談卓 ルスティロ・イストワール(ka0252) エルフ|20才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/06/17 07:03:13 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/12 15:12:00 |