ビューティー・アンド・ザ・ビースト

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/01/28 07:30
完成日
2016/01/30 02:42

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「記憶喪失……ですか」
 仮面越しであれども、タングラムの表情が険しい事は明らかだった。
 バルトアンデルス城には奇妙な静けさが広がっていた。先の戦いでは戦場となったこの場所も、徐々に本来の日常を取り戻しつつある。
 しかしそこに嘗てのがむしゃらな前向きさはない。張り詰めていた糸が切れたような、まるで喪に服すかのような空気に沈んでいた。
「ヴィルヘルミナは確かにむちゃくちゃなやつではあったが、頭も切れたし腕っ節も強く、人心をガッチリ掴んでいた。ああいう独裁者が音頭を取っていたからこそ、帝国はなんとかやってこられたんだぜ」
 執務机に頬杖をつき呆けた顔で葉巻を咥えるオズワルド。灰がこぼれても気にも留めないその表情に一切の覇気はない。
「オズワルド……少し見ない間に一気に老けたですね……」
「ここ一ヶ月くらいの間に俺の身に起きた数えきれないほどの不幸をお前に懇切丁寧説明してやろうか?」
「それは遠慮しておくです。しかし、これからこの国はどうなってしまうのですかね」
「ンなこたぁ言わずとも分かるだろ? 反政府組織が活性化し、国民は戦争を恐れ世論は内向きになる。連合軍に兵力を派遣するのも難しくなるかもしれねぇな。ヘタすりゃクーデターでまた内戦になりかねん。そんな事フツーにやりそうな奴を三人くらい知ってる」
「シグルドと、ゼナイドと……後誰ですか?」
「そんなポンポン思いつくのがもうおかしいからな?」
 灰皿にぐっと葉巻を押し付け、オズワルドは机に深く背を預けのけぞる。
「カッテは良くやってると思うが、奴はバリッバリの文官だ。本来王様ってのはそれでいいんだが、この国においてはそういうわけにもいかん」
 テオフィルスに身体を奪われたヴィルヘルミナは、奇跡的に生還を果たした。
 本来ならばあのまま肉体を操られ続けるところを解放し、しかもテオフィルスまで撃破したのだから、これ以上ない成功だと言えた。しかし……。
「ナサニエルとカッテによれば、テオフィルスは記憶と同化する能力を持っていたらしい」
「同化した記憶ごと浄化してしまった、という事ですか。本当に余計なことをしてくれましたね、あの十三魔は」
「あれだけの突出した特殊能力だ。暴食王の側近クラスだろう。同様の敵が今後再出現する可能性が低いのが唯一の慰めかねェ……」
 これからどうするべきなのか、タングラムにもオズワルドにもわからなかった。
 壊れた日常を、国のほころびを塞ぐので手一杯で、未来を想う余裕もない。革命戦争を乗り越えた彼らでさえそうなのだから、国民の憂鬱はいかほどか。
「オズワルド様、失礼致します! 緊急のご報告が!」
「良い報告か? 悪い報告か?」
「悪い報告です! ヴィルヘルミナ・ウランゲル陛下が……!」
 部屋に飛び込んできた兵士の言葉に顔を見合わせる二人。
「記憶を失ってもルミナちゃんですねぇ……」
「な~~~~んでそういう所ばっかりなんだよ……誰か助けてくれェーッ!!」

 オズワルドが絶叫した頃、バルトアンデルス市街を歩く女の姿があった。
 女物のスーツに身を包み、髪を束ね眼鏡をかけたその姿は帝都に数多暮らす富裕層のようではあるが、醸し出す雰囲気は只者ではない。尤も、本人は全く無自覚なのだが。
「ううむ……ここはどこなのだ?」
 足を止めたのはイルリ河にかけられた、政府主要施設と市街地を結ぶ橋。曇り空に蒸気を巻き上げる故郷を見つめ、女は考えていた。
 当然のようにこの景色に覚えはない。郷愁を感じる事すら難しい。むしろ物珍しく感じられ、しかし不思議な事に楽しくない。
 町は壊れていた。戦場となり、戦闘力を持たない多くの民間人が犠牲になった。
 必死に日常を取り戻そうとするこの町は、しかし隠しようのない悲しみに囚われている。
「む?」
 ふと顔の横に手を翳すと、吸い込まれるように拳大の石が収まった。
 背後を振り返ると敵意を露わにした一人の青年の姿があった。
「う、受け止めた……間違いねぇ、ヴィルヘルミナだ!」
「君、危ないじゃないか。こんな大きな石を投げるなんて」
「うるせぇ! 帝国軍は緘口令を敷いてるけどな、俺は見たんだ! 歪虚の鎧を纏ったお前の姿を……! お前は俺達を裏切ったんだ!」
 きょとんと呆ける間に別の男が青年の肩を掴み制止するが、それをまた別の男が阻止。そんな事の繰り返しでちょっとした人だかりができてしまう。
「よせ! 陛下は歪虚に操られていたんだ! それをハンター達が救って下さったのだろう!」
「うるさい! 私の息子はこの間の戦いで歪虚に燃やされたのよ!」
「帝国軍は貧民街を真っ先に見捨てやがった! あそこでどれだけダチが殺されたか!」
「戦いは終わったんだ! 俺達が憎み合ったら、救ってくれたハンターに申し訳が立たないだろう!?」
 喧々諤々のやり取りを不思議そうに眺める女。そこへ剣を抜いた若者が突然斬りかかるが、刃を交わすと腕を背後にひねりあげ、膝を折ってあっさり組み伏せてしまう。
「おお……? なんだこの技術は……自分でもどうやったのかわからん」
「ぐ、い、いでぇ……こいつ!?」
「待て、君に危害を加えるつもりはないんだ。私が君の機嫌を損ねたのならそれは謝罪する。だが、突然命を狙うというのは褒められないな……おっと、そっちの銃を構えている君もだ。こんな状況で発泡すれば巻き添えが出てしまうだろう?」
 震える手で魔導銃を構えた少年に困惑する女。その時、人混みの中から飛び出した何者かが女の手を取り、素早くその場を駆け出した。
 女の手を引いて走るその人物は喧騒を飛び出し、追手を巻くように狭い路地を走る。やがて完全な静寂にたどり着くと、女は腕を振り払い足を止めた。
「そろそろいいだろう。そっちの腕は……前に切断されたらしくてな。まだ少し痛むのだ」
 右腕を軽く振るうと、女はその感触を確かめるように拳を握りこむ。
「改めて礼を言おう。良くわからないが助けられたようだな。ところで君は……? ああいや、こちらから名乗るのが礼儀だな」
 そう一人で頷き、女は左手を差し出す。
「私はヴィルヘルミナと呼ばれている者だ。君はもしや……私の知り合いか何かかな?」
 差し出された手と女の顔を交互に見やるその視線は困惑していた。
 それを飛び越えるように前に出た女は、ハンターの手を取り微笑むのであった。

リプレイ本文

「ここまで来ればもう大丈夫かなー?」
 ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)は周辺を警戒しつつ息を吐く。
 帝都の街角には人通りも多く、橋での騒動は既に遠い。ヴィルヘルミナはショーウィンドウの前で腕を組んだ。
「それで、君は私の事を知っているのだろう?」
「うーん、どこから説明しようかなー……」
 ランと彼女との付き合いは実はかなり長い。これまでの出来事も全て説明するだけで日が暮れてしまいそうだ。
 そんな時だ。道端に停まっていたバイクの傍ら、八島 陽(ka1442)がドリンクを吹き出したのは。
「あれ……ヴィルヘルミナさん?」
 目を擦る陽に笑顔で手が振り返される。ランは肩を竦め、「二人きりのデートはここまでだね」と少し残念そうに言った。

「ううむ、そうか……あれからどうなったか心配してたのじゃ」
 通りがかりのハンターを集める形で、一同は路地裏に屯する。あまり目立つとまた人だかりができてしまう。
 眉を潜めたのはカナタ・ハテナ(ka2130)だけではない。ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)は目尻に涙を浮かべ、ヴィルヘルミナの手を取る。
「……おかえり、なさい」
 しかし当人からきっぱりした返答はない。なぜならば……。
「ルミナお姉さま……記憶がないんですの?」
 先に事情を聞いていたランと陽が頷くと、チョココ(ka2449) はしょげた様子で左右の人差し指を合わせる。
「ゼナお姉さまやタングラムお姉さまと女子会をした事も……ですの?」
「なんだかすまないね……」
 申し訳無さそうに頬をかくヴィルヘルミナにラウィーヤも手を話し頭を垂らす。
「テオどんの最期の言葉はこういう意味だったのじゃな」
「でも、歌舞浄化陣は正常に作動したんだよな? だったら頭の中身も無事な筈だけど」
「歌舞浄化陣は前例のない術じゃからな……さて、無事と言えるかどうか。ともあれ、この場に長居するわけにもいかぬの」
「でしたら、わたくしのお家にご招待しますの。郊外にあるし、落ち着くには丁度いいですわ」
 チョココの提案に同意するハンター達。陽は自分が着ていたコートを脱ぎ、バイクのメットと共に差し出す。
「ルミナさんはこれを着るといいよ。メットをつければ少なくともバレないでしょ」
「帝国兵の方にも報告しておくべきでしょうか……」
「あー、そうだねー。絶対探しまわってるよねー」
「予め居場所くらいは伝えておかないと……後で乱入されて大変なことになると思います……」
 すっと目をそらすラウィーヤ。皇帝が失踪するのは日常茶飯事だが、大体オズワルドあたりがスゴイ勢いで探しに来るのだ。
 それでチョココの家が粉砕されては少々気の毒である。
「じゃあ、僕の短伝使うー?」
 そんな話をランとしていた時だ。突如ハンター達の頭上から影が差した。
 行く手を阻むように舞い降りたその男は、真紅の髪を揺らしマントをはためかせる。
「話は聞かせて貰ったぜェ! 記憶喪失の改善には己を客観視する必要がある。さあ見ろ! 俺様が華麗に変貌を遂げた姿を!」
 デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は皇帝の服装を真似てウィッグを被り、口紅も差してまつ毛もモリモリ。ポーズを決め第二声に続けようとした所にランの刀が振り下ろされる。
「ぬおっ!? 俺様のウィッグが……いや、口調も似せねェとな。私のウィッグが!?」
「おおお、落ち着きなよランさん! 」
「あははは。ちょっと手が滑っちゃっただけだよー。あはははは」
 ランの表情は全く笑っていない。陽が羽交い締めにしている間、チョココは怯え、ラウィーヤの目は死んでいた。
「というか、覆面を外さぬのか?」
「これを外すわけにはいかないのよ。アイデンティティだから、どんな恰好をしても外した事はないぞ」
「裏声がこわいですわーっ!」
 カナタへの回答に耳をふさぐチョココ。こうしてハンター達はチョココの家を目指した。

「誰にも呼び止められないどころか、皆道を開けてくれたねー」
「謎の変態とヘルメット女がグイグイ歩いてきたらそうなるよね……」
 チョココの家までは全く無事に辿りつけた。道中の様子はランと陽に言ったがままである。
「皆様どうぞご自由にお寛ぎ下さいませですの。今お茶をご用意いたしますわ♪」
「あ……私もお手伝いします。それと、少しお台所をお借りしたいのですが……」
 ラウィーヤと共にチョココが台所へ向かうと、ハテナは息を吐き。
「とりあえず、ヴィルヘルミナどんはハンターではなく帝国皇帝……それは承知しておるのじゃろう?」
「残念だが、どうやらそのようだね。私はハンターがよかったのだが」
 部屋の片隅で丸くなっているイェジドの前に腰を下ろしたままカナタの問いに頷く。
「自分の身に何が起きたのかの説明は?」
「一通りは受けているよ。ただ、思い出す事はできないがね」
「ふぅむ……このデスドクロ様の暗黒秘孔術でツボを突けば一発だが、身体への負担がバカでけぇからな。病み上がりには厳しいぜ」
「では、このスケッチはどうじゃ?」
 神妙な面持ちで人差し指を振動させるデスドクロをスルーしてカナタが見せたのは暴食王とテオフィルスのイラストだ。
 それらにヴィルヘルミナは反応を示さなかったが、次のページのとあるハンターのイラストに視線が留まった。
「彼女は……」
「覚えておるのか?」
「いいや。だが、胸が苦しくなるような……もしや……これは恋?」
 椅子からずり落ちそうになる陽。ランは頭を抱え「あれれー? 女の子同士ー? その場合は……?」とブツブツ言っていた。
 と、そこへチョココがお茶とプリンをテーブルに並べていく。
「はい、どうぞー。アディとパルパルもおいでなさいなー」
 パルムとイェジドにもプリンを差し出し、チョココが取り出したのはパジャマだ。
「ルミナお姉さま、パジャマに見覚えはありませんの?」
「いいや……」
「ゼナお姉さまやタングラムお姉さまの事も……?」
「その二人とは会ったが、ゼナなんとかには号泣されてしまってな。君の期待も裏切ってしまっているね……すまない」
 チョココは苦笑し、首を横に振る。やはりそう簡単に記憶は戻らないようだ。
「でも、記憶そのものが全て消えてしまったわけではないんじゃないかな?」
 テオフィルスは記憶を読み取る能力を持っていた。ヴィルヘルミナはそれに対し抵抗、即ち記憶を隠そうとしていた筈だ。
「だから、それがそのままになってるだけなんじゃないかな。五感を刺激すれば、きっと思い出せるよ」
 陽がそう言った時だ。台所からラウィーヤが姿を見せた。
 皿の上には白身魚の香草焼きがある。それをヴィルヘルミナの前に差し出し、左右の手の指を組む。
「……以前、貴方にお出しした事がある料理です。本物さんだったかは、自信ないですけど……」
 フォークに手を伸ばすが、右手が震えて落としてしまう。そんなヴィルヘルミナに代わり魚を解し、カナタがフォークで口へと運んだ。
「どうじゃ? 何か思い出したかの?」
「いんや、さっぱり」
 ハンター達ががくりと肩を落とすと、しかしヴィルヘルミナは笑みを作った。
「だけど、とても美味しいよ。チョココ、ラウィーヤ……ありがとう」
「よし、次はオレがポトフを作るよ! チョココちゃん、台所借りるね!」
「はーい。ラウィーヤ様もプリン、いかがですか?」
 台所に小走りで消えていく陽。ラウィーヤは頷き、彼の代わりに席についた。

「でも、記憶を戻すのは急がないといけないのかなー?」
 町にはもう夕日が差し込み始めていた。再び町へを繰り出した一行は、町のあちこちをぶらつき、またイルリ河へと戻ってきていた。
 川沿いには貧民街があり、橋の下には雨風を凌ごうと浮浪者が集まっている。帝都襲撃の被害から復興しようとする彼らに余所者に構う時間は……いや。元々橋の上と下とでは、世界が違いすぎて視界にすら入らないのだろう。
「記憶があろうとなかろうと、ルミナちゃんはルミナちゃんだからねー。僕はルミナちゃんの望むように、でいいと思うなー」
 河原に立つヴィルヘルミナの背中を見やり、陽はルミナちゃん人形を取り出す。
「彼女は超有名人だよ。人々の希望を導く存在だから……やっぱりほっとかれないだろうな」
 それはランも分かっている。だが、元々ヴィルヘルミナも本当は自分の立場に苦悩していたのかもしれない。
 だからルミナちゃんと名乗り、時折ハンター達と行動を共にしていたのではないか。
「彼女は可愛い女性……世の中がそれだけにはしてくれないんだよねー」
「忘れたままはやっぱり寂しいよ。彼女だってきっとね」
 そう言って陽は屋台の蒸し芋に串を差し込む。チョココは膝を抱えるように座ったまま街を見つめ。
「記憶はきっといつか戻りますわ。だからこそ、今までとは違う視点で物事を見る良い機会ですの」
 “皇帝”の彼女では見えないものもある。記憶喪失も長めの休暇と捉えれば、そう悪くはないかもしれない。
 そんな彼らから少し離れた場所で、ラウィーヤはヴィルヘルミナの後ろに立っていた。
「私は、本当は……皇帝さんは今のままでもいいと思うんです」
 傷つき倒れかけても、自らを奮い立たせ剣を取り続ける……そんな背中と今の彼女が重なる。
 彼女は正当な王ではない。簒奪者の娘、ただそれだけ。選ばれた英雄でもなんでもない、ただの一人の人間だ。
 自分の意志でそうなる事を決めた王は、例え記憶が戻らずとも再び立ち上がってしまう……そんな気がした。
「貴方は……私には想像もできない重荷、背負って……強くあろうと誓い、強くある人……。そうなれた人。いえ……貴方は、そうなれる人、なので……」
 ヘルメットを外し振り返るヴィルヘルミナ。ラウィーヤは胸の前で手を組み、もじもじと視線を逸らす。
「えっと……その……」
 その時だ。突如ヴィルヘルミナはラウィーヤを抱きかかえ跳んだ。
 いつの間にか橋の影からマントで全身をすっぽりと覆い、鎌を持った何者かが現れ、ヴィルヘルミナへと襲いかかったのだ。
 再び放たれた魔法を前に立ち上がり拳で打ち払った瞬間、まばゆくマテリアルが輝いた。
 魔法は跡形もなくかき消される。その事実にヴィルヘルミナ自身も少し驚いた様子で首を傾げ。 
「ふむ……多分それはあまり意味がないぞ、カナタ」
 ビクリと背筋を震わせ、フードを剥ぐ。そこにはスケルトンフェイスがあるが、ヴィルヘルミナは無言で手招きする。
「むむ……そこまで分かりやすかったかのう……?」
「まず、向こうの三人が無反応なのはおかしい。我々は常に行動を共にしてきた。第三者と連絡したのはラウィーヤだけだ。そしてこの場に居ない人間、背格好と使用する魔法から人物は特定できる。それに攻撃から歪虚の気配が……ん? 魔法? 歪虚?」
 腕を組み思案するヴィルヘルミナ。カナタは骸骨の覆面を外し。
「そういえばカナタはヒールとか使ったのでクラスは割れておるのじゃったな。覚醒者と歪虚については思い出したのかの?」
「どうやらそのようだ。まあ、感覚に理解が追いついただけかもしれないが……」
「しかし、ラウィーヤどんが呼び寄せた第三の刺客という可能性もあったのではないか?」
「いや、それはないよ。勘だがね」
 小さく笑いながらウィンクしたヴィルヘルミナにカナタはつられ、吹き出すように笑い出した。
「あー、バレてたかー。オレももう少し演技するべきだったかな?」
「ううんー。多分演技してもバレてたから変わらないと思うよー」
「それより、二人共お怪我は大丈夫ですの?」
 三人が遅れて駆け寄る。チョココがヴィルヘルミナの手を取ると、甲に確かに傷がついていた。
「記憶を戻す為の試みとはいえ、すまない事をしたの。どれ、傷はカナタが癒やそう」
 カナタはヒールで手の傷を治療しつ問う。
「カナタはこの癒やしの力で一人でも多く救えればと思って戦っておる。ヴィルヘルミナどんには何か戦う理由はあるかの?」
「いや。特にないな。崇高な目的や大義名分とは無縁な人間だったらしい。ただ……」
 周囲を見渡し、そして空を見上げ。
「――泣いている人がいるのは、嫌だな。できれば皆が幸福で、笑顔であるのがいい。傷ついている人がいたら助けてあげたい」
「それだけで……」
 どこまでも行ってしまった結果があれなのか。ラウィーヤは言葉と共に想いを飲み込んだ。
 ちょっとした騒ぎがあっても彼らを人混みが取り囲む事はなかった。なぜかというと、橋の上には女装したままのデスドクロが立っていたからだ。
 橋の下でのやり取りを目端で捉え、男は低く笑う。
「ククッ、どうやら俺様……いや、私の完璧な暗黒変装術を見て自分自身を思い出したようだな。どれ、ここはもういっちょ手助けをしてやるかね」
「ねぇママー、あれなにー?」
「見ちゃいけません!」
「なんかちょっと皇帝陛下っぽくないか……? いや、ないか」
「おい、なぜかギターを取り出したぞ!」
 デスドクロは好奇の目の中心でクラシックギターを取り出すと、しっとりとした旋律を奏で始める。
 それはあの歌舞浄化陣の際、戦場に鳴り響いた音楽。皆の祈りが浄化の力を成し、彼女を救った時の歌だ。
「見た目はヒドイけど、音楽は素敵だねー」
「はは、確かに」
 ランと陽が笑う。デスドクロは帝国の音楽史を導いてきた一人。その再現性はかなりガチである。
「これからはどうするのじゃ? また歪虚と戦うのか?」
「まだわからないよ。でも、この世界のどこかで苦しんでいる人がいる……それを見て見ぬふりして暮らすなんてできそうもないな」
「だったら……一人で、行かないで下さい」
「そうだよ。人は強い……でも強さや勇気を導く存在が要るんだよ。ルミナさんもそうだし、オレたちハンターの役目でもある」
 ラウィーヤと陽の言葉に続き、チョココがヴィルヘルミナの手を取る。
「大丈夫ですわ。焦らずにゆっくりと思い出して行きましょう!」
「ハンターも、沢山の友人も……貴方には、居ますから。私も……その一人です」
 優しく微笑み、ヴィルヘルミナは二人の頭を撫でる。そしてランへ目を向け。
「ラン。頼みがあるのだが」
「うんー?」
「新しい服が欲しいのだ。もう一度歩き出す為に……まずは形からと思ってな。選ぶのを手伝ってくれ。言っておくが、私はセンスがない」
「あはは、お安いご用でー。可愛い子が欲しがってるのなら、買ってあげるのが男ってものだよー」
 恭しく一礼するラン。チョココに手を引かれ、歩き出すヴィルヘルミナ。それにハンター達が続く。
「まったく、世話の焼ける奴らだぜ。ま、この手の問題は焦った所で仕方ねぇ。たまにはのんびりするのも悪かねーんじゃねーか?」
「ママー、このおじさん一人でニヤニヤしてるよー」
「見ちゃいけません!」
 夕焼けの街を歩いて行くハンター達を、デスドクロの旋律はいつまでも見送っていた。

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重体一覧

参加者一覧

  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013
    人間(蒼)|34才|男性|機導師
  • 皇帝を口説いた男
    ラン・ヴィンダールヴ(ka0109
    人間(紅)|20才|男性|霊闘士
  • ともしびは共に
    ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人
  • 真実を見通す瞳
    八島 陽(ka1442
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 猫の守り神
    カナタ・ハテナ(ka2130
    人間(蒼)|12才|女性|聖導士
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/01/25 23:18:32
アイコン 相談卓
カナタ・ハテナ(ka2130
人間(リアルブルー)|12才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/01/28 00:04:03
アイコン 質問卓
カナタ・ハテナ(ka2130
人間(リアルブルー)|12才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/01/27 20:52:02