ゲスト
(ka0000)
【審判】偽りの青い鳥
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/02/06 19:00
- 完成日
- 2016/02/19 03:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
騎士団と聖堂戦士団が並んで出撃するのは珍しいことだ。大規模作戦でなければほぼ皆無だろう。
見送る国民の誰しもが危急の事態なのだと察する。
野次馬の影に隠れた彼、フレデリクも同じように彼らを見上げていた。
威風堂々とした出立を見送る彼の心は重い雲に覆われていた。
(同士討ちのようなものか)
それが最初に抱いた感想であった。
(聖女を信じるか、天使を信じるか。狂信者の違いはその1点でしかない。
すがる相手を探しているだけで、誰も変わってなど居ないのだろう。
彼女には憎むことなど出来まいよ)
だが陰鬱としたその想像は、どこまで行っても他人事だ。
最早彼に出来ることは何もない。今はただ、無事の帰還を祈るより他なかった。
彼は街路に背を向け、街の暗がりに姿を消した。
■
騎士団による村の包囲・敵戦力の突破と進んだ作戦は、
ほどなく敵の本拠地である教会への突入を始める段階となった。
先頭に立つのはヴィオラ・フルブライト。
その腹心の猟撃士のアイリーン。選抜された聖堂戦士とハンター達である。
厚い人の壁に守られた教会の扉は、手で押せば何の抵抗も無く開かれた。
内装は荘厳な外観に相応しい煌びやかさで、大都市の教会にも見劣りしないだろう。
とはいえ教会と違う点もある。ありがちな長椅子は全て取り払われ、絨毯がひかれていた。
象徴とも言える中央の聖印も見当たらない。
夕暮れの光が差し込む中央の祭壇周りには、テスカ教の信者達が勢ぞろいしていた。
元は聖堂戦士だった者達も中には混じっている。
中央には流れるような金の髪の女性が背を向けて跪いていた。
その背には人には無い純白の翼。それが目当ての存在とすぐにわかった。
「もう少し時間がかかると思いましたけど、案外簡単に進みました」
先頭のヴィオラが歩を進めると祭壇の戦士達に緊張が走った。
武器を構える者達が殺意を漲らせる中、天使は片手をあげその動きを制した。
天使はここが鉄火場の中央とは思えないゆったりとした動作で振り返る。
その天使の顔を、ヴィオラは不覚にも美しいと思ってしまった。
それは人外の美であった。目鼻顔立ちは完全な調和を見せており、およそ人の気配はなかった。
「貴方がベリト……ですね?」
「如何にも。ヴィオラ様ですね。お待ちしておりました」
ベリトは最上級の礼を尽くすように、恭しく頭を下げる。
自分を殺しに来た相手とわかってなおその態度は、
あからさまな侮蔑を含んでいるようにも見えた。
「貴方の後ろの者達には聞きたいこともありますが、
貴方は長々と生かしておく理由はありません。ここで滅びていただきます」
ヴィオラは宣言すると聖印を象った杖を集団に突きつける。
テスカ教の信徒達は手に武器を構え今にも飛び出しそうだが、
ベリトだけは柔和な笑みを崩さない。
「残念です。私は一度ぐらい、貴方と2人きりでお話をしたいと思っておりましたのに」
「歪虚と話すことなどありません」
「貴方の救えなかった彼らの話であってもですか?」
ヴィオラの足が止まった。顔には何も表れていないが、無視できる内容ではない。
ベリトは笑みを深くする。
どれだけ優しく慈愛に満ちた笑みであっても、
今この時に笑顔を作るような者は邪悪でしかないだろう。
「人を救う神は我が神アフラマズダを除きどこにも存在しない。エクラも例外ではない。
私がどのような存在であれ、人を救っていることには代わりはないでしょう。
それなのに何故、貴方達は人から救いを奪うのです?」
「即物的ですね。神を知らぬ者が答えそうなことです」
「貴方は神を知っているとでも?」
「さあ。エクラは最も身近で、しかし手の届かぬ存在です。
知っているなどとは畏れ多くてとても言えないでしょう」
答えながらもヴィオラは微動だにしなかった。
他のエクラ信徒はどうあろうと、彼女の信仰はその程度では揺るがない。
「では何故、私が神を知らぬと言い切れるのです?」
「愚問でしょう。貴方の騙る神の像は、辺境にあるささやかな信仰の神とも違う。
詐欺師が人を騙す為に作った神の像と酷似しています。手垢がついているのですよ」
一瞬、天使の表情が歪んだ。
「我が神を侮辱するのであれば、致し方ありませんね」
天使の言葉と共に影が揺らめいた。いや、全周の景色が揺らめいた。
ヴィオラ達の位置からはそのようにしか見えない。
最初に異変を知覚したのはアイリーンであった。
「ヴィオラ!!」
「!?」
咄嗟の事だった。アイリーンはヴィオラを庇うように正面に立つ。
直後、四方八方から飛来したクロスボウの矢が一団を襲った。
ハンターも聖堂戦士も、ほとんどが反応できずに矢を受ける。
中でもアイリーンは、ヴィオラを庇い倍ほどの矢を受けていた。
致命傷こそ避けたものの左の太股や右腕など数箇所に何本もの矢が刺さっている。
後ろに倒れるアイリーンを、ヴィオラは呆然としたまま受け止めた。
「……アイリーン」
視線を戻すと先頭に立っていた男達はクロスボウを構えている。その姿にヴィオラは打ちのめされた。
アイリーンの傷を法術で癒しながら、ヴィオラの心には自責の念が渦巻いている。
裏切り者達を心のどこかで信じていた。思想や立場を変えても彼らは元は聖堂戦士だからと。
歪虚の背に隠れるような者を何故信じたのか。人の道を外れた企みに正気のまま付き従う彼らを何故。
アイリーンは矢を引き抜きながらも、その視線は正面に向けられたままだった。
「ヴィオラ……撤退しましょう。完全に敵の術に嵌ってるわ」
後列に控えるハンター達もアイリーンと同じく強い違和感をこの空間に感じていた。
正面のみならず左右からも矢が飛来したというのに、見えている射手は正面の信徒のみ。
側面には誰の気配もない。それなのに周囲からはガチャガチャと金属や木のこすれる音がする。
「ヴィオラ!!」
アイリーンは叱咤するよう絶叫する。それでようやくヴィオラは決断する事ができた。
「……撤退します」
ヴィオラは血を吐くように命令を発する。
自身は満足に動けないアイリーンを庇いながら、1歩ずつ後ずさる。
しかしテスカ教の信徒達は何故だか追ってくる気配が無い。
「お待ちください。そちらには何もありませんよ」
何をバカなと振り向いたヴィオラは愕然とした。
そこにあったはずの扉は消え去り、ただの壁が続いている。
ハンター達も扉を探して右往左往するが一向に何も見当たらない。
その間にもテスカ教の戦士達は距離を詰めて来る。
「舐められたものですね」
ヴィオラは杖の先を床板に叩きつける。
それだけで恐怖した歴戦の戦士達が歩みを止めた。
「そう易々と首を取られるほど、私は甘くありませんよ」
ヴィオラは近寄る敵と向かい合う。
天使ベリトはその間何も手を下すことなく、刻々と変化する戦闘の風景をただ眺めていた。
見送る国民の誰しもが危急の事態なのだと察する。
野次馬の影に隠れた彼、フレデリクも同じように彼らを見上げていた。
威風堂々とした出立を見送る彼の心は重い雲に覆われていた。
(同士討ちのようなものか)
それが最初に抱いた感想であった。
(聖女を信じるか、天使を信じるか。狂信者の違いはその1点でしかない。
すがる相手を探しているだけで、誰も変わってなど居ないのだろう。
彼女には憎むことなど出来まいよ)
だが陰鬱としたその想像は、どこまで行っても他人事だ。
最早彼に出来ることは何もない。今はただ、無事の帰還を祈るより他なかった。
彼は街路に背を向け、街の暗がりに姿を消した。
■
騎士団による村の包囲・敵戦力の突破と進んだ作戦は、
ほどなく敵の本拠地である教会への突入を始める段階となった。
先頭に立つのはヴィオラ・フルブライト。
その腹心の猟撃士のアイリーン。選抜された聖堂戦士とハンター達である。
厚い人の壁に守られた教会の扉は、手で押せば何の抵抗も無く開かれた。
内装は荘厳な外観に相応しい煌びやかさで、大都市の教会にも見劣りしないだろう。
とはいえ教会と違う点もある。ありがちな長椅子は全て取り払われ、絨毯がひかれていた。
象徴とも言える中央の聖印も見当たらない。
夕暮れの光が差し込む中央の祭壇周りには、テスカ教の信者達が勢ぞろいしていた。
元は聖堂戦士だった者達も中には混じっている。
中央には流れるような金の髪の女性が背を向けて跪いていた。
その背には人には無い純白の翼。それが目当ての存在とすぐにわかった。
「もう少し時間がかかると思いましたけど、案外簡単に進みました」
先頭のヴィオラが歩を進めると祭壇の戦士達に緊張が走った。
武器を構える者達が殺意を漲らせる中、天使は片手をあげその動きを制した。
天使はここが鉄火場の中央とは思えないゆったりとした動作で振り返る。
その天使の顔を、ヴィオラは不覚にも美しいと思ってしまった。
それは人外の美であった。目鼻顔立ちは完全な調和を見せており、およそ人の気配はなかった。
「貴方がベリト……ですね?」
「如何にも。ヴィオラ様ですね。お待ちしておりました」
ベリトは最上級の礼を尽くすように、恭しく頭を下げる。
自分を殺しに来た相手とわかってなおその態度は、
あからさまな侮蔑を含んでいるようにも見えた。
「貴方の後ろの者達には聞きたいこともありますが、
貴方は長々と生かしておく理由はありません。ここで滅びていただきます」
ヴィオラは宣言すると聖印を象った杖を集団に突きつける。
テスカ教の信徒達は手に武器を構え今にも飛び出しそうだが、
ベリトだけは柔和な笑みを崩さない。
「残念です。私は一度ぐらい、貴方と2人きりでお話をしたいと思っておりましたのに」
「歪虚と話すことなどありません」
「貴方の救えなかった彼らの話であってもですか?」
ヴィオラの足が止まった。顔には何も表れていないが、無視できる内容ではない。
ベリトは笑みを深くする。
どれだけ優しく慈愛に満ちた笑みであっても、
今この時に笑顔を作るような者は邪悪でしかないだろう。
「人を救う神は我が神アフラマズダを除きどこにも存在しない。エクラも例外ではない。
私がどのような存在であれ、人を救っていることには代わりはないでしょう。
それなのに何故、貴方達は人から救いを奪うのです?」
「即物的ですね。神を知らぬ者が答えそうなことです」
「貴方は神を知っているとでも?」
「さあ。エクラは最も身近で、しかし手の届かぬ存在です。
知っているなどとは畏れ多くてとても言えないでしょう」
答えながらもヴィオラは微動だにしなかった。
他のエクラ信徒はどうあろうと、彼女の信仰はその程度では揺るがない。
「では何故、私が神を知らぬと言い切れるのです?」
「愚問でしょう。貴方の騙る神の像は、辺境にあるささやかな信仰の神とも違う。
詐欺師が人を騙す為に作った神の像と酷似しています。手垢がついているのですよ」
一瞬、天使の表情が歪んだ。
「我が神を侮辱するのであれば、致し方ありませんね」
天使の言葉と共に影が揺らめいた。いや、全周の景色が揺らめいた。
ヴィオラ達の位置からはそのようにしか見えない。
最初に異変を知覚したのはアイリーンであった。
「ヴィオラ!!」
「!?」
咄嗟の事だった。アイリーンはヴィオラを庇うように正面に立つ。
直後、四方八方から飛来したクロスボウの矢が一団を襲った。
ハンターも聖堂戦士も、ほとんどが反応できずに矢を受ける。
中でもアイリーンは、ヴィオラを庇い倍ほどの矢を受けていた。
致命傷こそ避けたものの左の太股や右腕など数箇所に何本もの矢が刺さっている。
後ろに倒れるアイリーンを、ヴィオラは呆然としたまま受け止めた。
「……アイリーン」
視線を戻すと先頭に立っていた男達はクロスボウを構えている。その姿にヴィオラは打ちのめされた。
アイリーンの傷を法術で癒しながら、ヴィオラの心には自責の念が渦巻いている。
裏切り者達を心のどこかで信じていた。思想や立場を変えても彼らは元は聖堂戦士だからと。
歪虚の背に隠れるような者を何故信じたのか。人の道を外れた企みに正気のまま付き従う彼らを何故。
アイリーンは矢を引き抜きながらも、その視線は正面に向けられたままだった。
「ヴィオラ……撤退しましょう。完全に敵の術に嵌ってるわ」
後列に控えるハンター達もアイリーンと同じく強い違和感をこの空間に感じていた。
正面のみならず左右からも矢が飛来したというのに、見えている射手は正面の信徒のみ。
側面には誰の気配もない。それなのに周囲からはガチャガチャと金属や木のこすれる音がする。
「ヴィオラ!!」
アイリーンは叱咤するよう絶叫する。それでようやくヴィオラは決断する事ができた。
「……撤退します」
ヴィオラは血を吐くように命令を発する。
自身は満足に動けないアイリーンを庇いながら、1歩ずつ後ずさる。
しかしテスカ教の信徒達は何故だか追ってくる気配が無い。
「お待ちください。そちらには何もありませんよ」
何をバカなと振り向いたヴィオラは愕然とした。
そこにあったはずの扉は消え去り、ただの壁が続いている。
ハンター達も扉を探して右往左往するが一向に何も見当たらない。
その間にもテスカ教の戦士達は距離を詰めて来る。
「舐められたものですね」
ヴィオラは杖の先を床板に叩きつける。
それだけで恐怖した歴戦の戦士達が歩みを止めた。
「そう易々と首を取られるほど、私は甘くありませんよ」
ヴィオラは近寄る敵と向かい合う。
天使ベリトはその間何も手を下すことなく、刻々と変化する戦闘の風景をただ眺めていた。
リプレイ本文
華やかな聖堂は灼けるような緊張感で満たされた。聖堂内部の壁際からは、「ごとっ」と何かを床に置くような音がする。ハンター達には飛来した矢の形状から射手の得物がクロスボウだとわかっていた。恐らく見えない射手達が再装填を始めたのだろう。状況は良くない。
教会に突入するまでの戦闘で想定以上にダメージを受けていた一行は、その回復の為にも既に回復の魔法を消費していた。
撤退の指令に腰の引けた一同に対し、テスカの聖導士達は容赦なく間合いを詰め始める。ヴィオラの動揺が伝わったのか、エクラの聖導士は動きが鈍かった。
「落ち着けい!!」
バリトン(ka5112)が大声で仲間を叱咤しつつ、得物の無骨な大剣を床に振り下ろす。床板は軋む間もなく両断された。
テスカの聖導士は足を止め、場が一瞬の静寂を取り戻した。
「まずは状況を立て直す。それで良いな、ヴィオラ・フルブライト」
「……そうですね。後ろ向きが過ぎました」
杖を構え直したヴィオラは普段通りの凛然とした指揮官に戻っていた。バリトンは自身で補えない片翼を任せ、一歩前に踏み出す。
「わしらが時間を稼ぐ。その間になんとかせい」
「なんとか……ね」
ネイハム・乾風(ka2961)は嘆息しながらも役割を了承する。残る後衛はナタナエル(ka3884)、アルマ・アニムス(ka4901)だが、どちらも矢を受けていた。ミリア・コーネリウス(ka1287)はアルマの怪我を確認しながら、小刻みに肩をふるわせている。振り向いたその顔には憤怒の表情が現れていた。
「もう許さねえ! 見えるやつからぶっ潰す!!」
「え、話聞いてた?」
「ミリア、僕は大丈夫ですから……ミリア?」
ネイハムとアルマの呟きを無視してミリアは前に出る。最低限の状況判断はしているようだが、怒りに目が曇った者を簡単には信用できない。視線をバリトンに向けると、ちらりと目のあった古強者から小さく頷きが帰ってきた。前衛は前衛同士、任せておこう。彼女を気にかける余裕はない。
残るギルベルト(ka0764)は仲間の影に隠れ、止血をするアイリーンに何やら耳打ちしている。彼なりに手があるのだろう。ネイハムは信用して彼を意識から除外した。
バリトンの大喝で出鼻をくじかれたテスカの聖導士達だったが、彼らも歴戦の戦士には違いなく、立ち直りも早い。クロスボウの第2射がハンターに降り注いだ直後、聖導士達は一斉にハンター達に躍り掛かった。得物は揃って槌と盾。矢を交わした分だけ接近を許してしまったが、本来的には間合いの長いミリアやバリトンには御しやすい相手でしかない。
「ふんっ!!」
バリトンは渾身の力で大剣を横薙ぎにふるった。テスカの聖導士は正面に構えた盾でその一撃を受けると、無理をせずにその場を引いた。
技も力も圧倒的にバリトンが勝っている。しかしバリトンはそれ以上踏み込まない。盾を構える聖導士と睨み合いになった。
「おい、おっさん! 手加減かよ!」
「ふんっ。バカを言うでないわ」
ミリアの罵声を聞き流しながら、バリトンは油断無く正面を見据えた。聖導士は盾を前に構えたままバリトンを待ち受けている。
シールドバッシュの構えだ。流石の彼も複数人で押さえ込まれては身が危うい。気づいたミリアも作戦を変える。
カウンターアタックは強力だが、相手の間合いに合わせる必要がある。そうでなければ下がり続ける他ない。
この状況では間合いの広い武器で距離を取り戦うしかないのだが、乱戦にならず固まったままでは矢の的だ。
(これは思ったより保たんかもしれんな)
敵の戦術は千日手に近い。前衛も後衛も回復魔法を備えるため、半端な傷はアドバンテージにならない。ハンター側も同じく聖導士を備えてはいるが、ここに突入するまでに回復魔法に使うはずだった魔力を消耗している。長引けば崩されるのも時間の問題だ。
「ちっ。この状況で戦闘に参加しない野郎がアヤシイってわかんだろうによ」
「恐らく傲慢の強制の術だな。だが殴ってどうなるかはわからんぞ」
ミリアの考えにはバリトンを始め前衛は揃って同意した。しかし目の前のテスカ信徒を超えて攻撃する手段はない。攻めあぐねる一同だったが、ギルベルトと話を終えたアイリーンがミリアに何事かを耳打ちした。話題を出したはずのギルベルトは、いつの間にか姿を消している。
(なんだ、良いのかよ。じゃあ始めるぜ)
ミリアは獰猛な笑みを浮かべ、斧の先をベリトに向けた。
「お前らの神ってやつはカクレンボとダマシウチが趣味か? 悪ガキだな」
ベリトの顔は変わらない。優位の余裕で、ミリアの悪態を負け犬の遠吠え程度にしか認識していないのだろう。代わりにテスカの聖導士達は更に表情が固くなる。バリトンは敵の踏み込みに合わせ、再び大剣をふるった。
前衛が状況を膠着させ時間稼ぎに徹する中、後衛のメンバーは活路を探してあがいていた。後衛の2名が最初にしたのは敵側の援護射撃の妨害だった。アルマの放った青い炎が漆喰の壁を焼く。
同時に肉の焼ける匂いがして、人の転げ回るような音がした。見えない射手を焼いたのだろう。しかしそれにしては音の数が少ない。数は多くて2人。
「それはそうか。俺でもそうする」
ネイハムは嘆息しつつもアルマの狙った外側に、フォールシュートを放つ。今度は手応えがあった。位置のばれた狙撃手の行動は二つ。
場を制圧する、あるいは不可能なら位置を変える。最初の一撃からすぐに位置を変えたのだろう。範囲攻撃を使うことにはもう一つ意味があった。
ネイハムの放ったフォールシュートはすべて着弾の音に隙間がない。つまりそこには、認識と実態に差が無いということだ。この方法で攻撃と同時に全方位の壁を調べて回る。
方法としては理に適っているが、問題はその変化をどの程度まで確認できるかだ。妨害は常に入る。着弾の音を聞き逃がせばやり直しだ。敵が意図に気づけば妨害も的確になるだろう。
「うん?」
思考を続けていたネイハムはアルマの放つ炎が床を撫でていくのを見た。アルマの放った炎は当たるを幸いに破壊を撒き散らし、熱を帯びて周囲の空気を歪めている。
「なるほど。銃でやるよりよほど効率よさそうだ」
「何の話です?」
「良いから手伝ってよ。あとで説明するから」
ネイハムは残りの作業をアルマに任せると、自分は周囲の敵の掃討に移った。とにかく数を減らさなければ、先にこちらがやられてしまう。足に刺さったボウガンの矢を引き抜き、ネイハムは次の一撃を無作為に選んだ別の場所に放った。
一方で前衛の戦闘にも変化が起こっていた。
状況は膠着したままで一向にベリトに刃は届かず、ナタナエルが連れた妖精も術の起点を発見できていない。打ち据えてもすぐに回復する聖導士を相手に苦戦する中、音もなく頭上から刃が振り下ろされた。
(ヒヒヒ。……僕ちん以外がアイちん傷物にするのは、ちょっと許されないぜェ?)
天井から襲撃したのはギルベルトだった。悪態をついたミリアが注目をあつめる中、ギルベルトは気配を消し、壁から天井へと登ってベリトの頭上に回っていたのだ。しかしベリトも一筋縄でいかない。間一髪で襲撃に気づき、1歩引いて振り下ろされた初撃を難なくかわす。
(ひひ。かかったかぁ?)
再び白刃が空間を薙ぎ、ギリギリで空ぶった。ように見えた。
「……」
「ヒヒヒ」
つつ、とベリトの袖から血が流れる。ドゥダールの透明な刃がベリトの皮膚を切り裂いていた。これには流石のベリトも不快げに表情を歪めた。それ以上に湧き上がったのは彼を守りきれなかったテスカの聖導士達だ。
「貴様、天使様になんということを!」
テスカの信徒は怒気を露わにするが、ミリアとバリトンを恐れて隊列を変えられない。ギルベルトはハンターの前衛と向かい合って動けない聖導士を踏み越え、ひらりと仲間の下に戻った。
「おせーんだよ! しかもヘマこいてるじゃねえか!」
「ヒヒヒ。悪い悪い。囮役ごくろうさん」
軽薄な調子でミリアの悪態を流すギルベルトの態度に呆れながらも、バリトンは状況が変化しないことに焦りを感じていた。
術者を切っても同じならネイハムとアルマに残りを託すほか無いが、あまり時間は残されて居なかった。
自分は良い。ミリアとヴィオラもまだ持つ。だがそれ以外の者は限界に近い。回復魔法は既に尽きている。
四方八方から撃たれる矢は数を減らしながらも止まることがなく、ハンター達から徐々に力を奪っていく。
聖導士達が1人、また1人と倒れている。ベリトは血生臭い光景を見ながらも、穏やかな笑みを絶やしていなかった。
「まもなく法術陣を通り、偉大なる存在が顕現するでしょう。その時こそエクラに代わり我らが神が世界を救うときです」
この時、得意気なベリトの宣言にヴィオラは違和感を覚えた。法術陣の術式に蓄えられたマテリアルには既に方向性がある。
故に、術式の方向性と無縁の奇跡を起こすことはできないはずだ。彼らの言い分には可能性が二つ。ひとつは、テスカ教団の妄言であること。
もうひとつは、自分に知らない機能を用いてそれを実現するつもりであること。混沌とした戦場の中ではそれを確かめることは出来なかった。
「ですが、貴方達がそれを見ることはありません。さあ、彼女達を神の御下へ送りなさい」
ベリトが命じるとテスカの信徒達は包囲の輪を縮め始める。ハンターに戦いを諦める者が居なかったが、覇気だけでは絶望的な状況を覆しようもない。この状況の中で、ナタナエルはくくくと暗い笑みを作った。
「アフラ・マズダ……。それが本当に君の崇める相手なのかい?」
傷ついたナタナエルがベリトをまっすぐに見据える。笑みを浮かべるばかりのベリトに、ナタナエルは正面から問いかけた。
問いかけをベリトが阻まない為、信徒達の動きが一時的に止まる。
「なるほど『死こそが安寧』。でも、おかしいねベリト。君が1番良く知っているだろ。死の先には無しかなくて。安寧なんてない事は。君の騙る教義は歪虚そのものだ。歪虚は全部壊して殺して全てを無にしたい。だから『死こそが安寧』なんて騙るんだろ?」
宗教ではなくそれが歪虚の策、という証にはならないが、人の持つものでないと示すには十分な言葉だった。
しかしベリトは揺るがず、テスカの聖導士達にも変化はない。
「君達の教義が正しいと信じるのなら、僕を殺して『安寧』を与えてみせてよ。でも、僕は君達の教義には染まらない。
だから、君達に僕は救えない。残念だったね」
ナタナエルは笑みを深める。それに応えるベリトは、諦めに似た悲しみの表情を浮かべていた。
「ええその通り。確かに貴方の言うとおり死した先には「無」があります。それで良いのです。「無」こそが安寧となり、救いになるのです」
ベリトは人々を悼むような悲しい眼差しで天を見上げた。既に演技とわかっていても、その顔はなぜか人の心を打った。
「この敗戦以降、人は希望を糧に歩き続け、同時に辛酸を舐め続けました。誰もが多くを奪われ、失い、日々苦痛に喘いでいる。
だがそれでもなお変わらぬ痛みの日々に、人の未来の希望は絶望に変わりました。届かないものは無いも同じです。そして人々は苦痛から逃れるために安らかな死を夢想したのです」
傲慢の強制能力が宗教を作ったのではない。確かに細工はしたにしても、それがここまでの規模になるのは、王国の下敷きとなった人々の悲しみが強すぎたからだ。絶望した者は時に自ら死を選ぶ。
自殺を否定するエクラ教が社会通年である王国では、自殺という概念は救済足りえてしまったのだ。
「貴方達の示した光は強すぎた。我が神は、エクラ教が希望という名の炎で焼いた弱者の魂を救済したのです。
それは私が何であれ、変わらない事実です」
救済があったことは否定しようがない。それは王国の負の側面、ヴィオラの影。誰も言葉がない。真っ先に否定すべき彼女が、その事実を痛いほど理解しているから。話は途絶えた。再び緊張感が場を支配する。
「ありました。あそこが出口です」
アルマの叫びに多くの者が振り向いた。視線を集めたところでアルマが青星の魂を放つと、炎は壁の向こうへと吸い込まれた。認識の隙間がそこにある。そう頭が理解した途端、頭の中の霧が晴れるかのように、ハンター達の活路が見えた。
扉は開かれたまま、外は未だ騒乱に満ちている。
「引くぞ!」
バリトンの掛け声で生き残った者は一斉にかけ出す。動けない者には仲間が肩を貸した。
ミリアがナタナエルを、アルマがネイハムを担ぎ出す。死んだ聖導士の体も担ぎ出したかったが、状況はそれを許さない。ハンター達は次々と教会の外に出る。外には騎士団が待っており、その輪の中に駆け込むのは容易い。
誰もがこれで一息つけると確信した時、列の最後でアイリーンが足をもつれさせた。
「!」
異常を察したヴィオラとバリトンが足を止め盾となるが、抱える余裕はない。起き上がることを信じて2人はテスカの聖導士を足止めするが、一向に起き上がる気配がない。
(……ここまでかしら?)
死を覚悟したアイリーンだがふわりとした感触に驚いて目を開いた。
「……貴方に助けてもらうなんてね」
アイリーンを助け起こしたのはギルベルトだった。近くで見る彼女の顔には普段ほどの血の気は無く、足にも力が入っていない。ギルベルトが支えなければ、立つことも出来ないだろう。
ギルベルトはすぐさま動けないアイリーンの膝下と脇に手を通し、横抱きで抱え上げる。アイリーンは抵抗せず、弱い手でギルベルトの服を掴んだまま瞳を閉じた。
「申し訳ないのだけど、後はお願いして良い?」
「ヒヒヒ。良いよぉ。その代わり、後でボクちんとオトナのお医者さんごっこしようねえ?」
「……さいてー」
言葉に覇気はなく、いつものようなビンタも飛んでこない。青い顔をした彼女はそのまま気絶していた。
ギルベルトは彼女の腹部に目をやった。止血した傷口が再び開き、べったりと血が服を汚している。
ヴィオラや周りの仲間に負担をかけまいと、傷を申告していなかったのだ。
ギルベルトのにやけた口の端は、固まったまま僅かにふるえていた。
■
ヴィオラの率いた突入班12名の内、聖導士3名が死亡。ナタナエル、ネイハム、アイリーンが重体。
その他のメンバーも深い傷を負った。不測の事態に見舞われた中での戦いだったが、
この程度の損害で済んだのは奇跡と言えるだろう。
教会に突入するまでの戦闘で想定以上にダメージを受けていた一行は、その回復の為にも既に回復の魔法を消費していた。
撤退の指令に腰の引けた一同に対し、テスカの聖導士達は容赦なく間合いを詰め始める。ヴィオラの動揺が伝わったのか、エクラの聖導士は動きが鈍かった。
「落ち着けい!!」
バリトン(ka5112)が大声で仲間を叱咤しつつ、得物の無骨な大剣を床に振り下ろす。床板は軋む間もなく両断された。
テスカの聖導士は足を止め、場が一瞬の静寂を取り戻した。
「まずは状況を立て直す。それで良いな、ヴィオラ・フルブライト」
「……そうですね。後ろ向きが過ぎました」
杖を構え直したヴィオラは普段通りの凛然とした指揮官に戻っていた。バリトンは自身で補えない片翼を任せ、一歩前に踏み出す。
「わしらが時間を稼ぐ。その間になんとかせい」
「なんとか……ね」
ネイハム・乾風(ka2961)は嘆息しながらも役割を了承する。残る後衛はナタナエル(ka3884)、アルマ・アニムス(ka4901)だが、どちらも矢を受けていた。ミリア・コーネリウス(ka1287)はアルマの怪我を確認しながら、小刻みに肩をふるわせている。振り向いたその顔には憤怒の表情が現れていた。
「もう許さねえ! 見えるやつからぶっ潰す!!」
「え、話聞いてた?」
「ミリア、僕は大丈夫ですから……ミリア?」
ネイハムとアルマの呟きを無視してミリアは前に出る。最低限の状況判断はしているようだが、怒りに目が曇った者を簡単には信用できない。視線をバリトンに向けると、ちらりと目のあった古強者から小さく頷きが帰ってきた。前衛は前衛同士、任せておこう。彼女を気にかける余裕はない。
残るギルベルト(ka0764)は仲間の影に隠れ、止血をするアイリーンに何やら耳打ちしている。彼なりに手があるのだろう。ネイハムは信用して彼を意識から除外した。
バリトンの大喝で出鼻をくじかれたテスカの聖導士達だったが、彼らも歴戦の戦士には違いなく、立ち直りも早い。クロスボウの第2射がハンターに降り注いだ直後、聖導士達は一斉にハンター達に躍り掛かった。得物は揃って槌と盾。矢を交わした分だけ接近を許してしまったが、本来的には間合いの長いミリアやバリトンには御しやすい相手でしかない。
「ふんっ!!」
バリトンは渾身の力で大剣を横薙ぎにふるった。テスカの聖導士は正面に構えた盾でその一撃を受けると、無理をせずにその場を引いた。
技も力も圧倒的にバリトンが勝っている。しかしバリトンはそれ以上踏み込まない。盾を構える聖導士と睨み合いになった。
「おい、おっさん! 手加減かよ!」
「ふんっ。バカを言うでないわ」
ミリアの罵声を聞き流しながら、バリトンは油断無く正面を見据えた。聖導士は盾を前に構えたままバリトンを待ち受けている。
シールドバッシュの構えだ。流石の彼も複数人で押さえ込まれては身が危うい。気づいたミリアも作戦を変える。
カウンターアタックは強力だが、相手の間合いに合わせる必要がある。そうでなければ下がり続ける他ない。
この状況では間合いの広い武器で距離を取り戦うしかないのだが、乱戦にならず固まったままでは矢の的だ。
(これは思ったより保たんかもしれんな)
敵の戦術は千日手に近い。前衛も後衛も回復魔法を備えるため、半端な傷はアドバンテージにならない。ハンター側も同じく聖導士を備えてはいるが、ここに突入するまでに回復魔法に使うはずだった魔力を消耗している。長引けば崩されるのも時間の問題だ。
「ちっ。この状況で戦闘に参加しない野郎がアヤシイってわかんだろうによ」
「恐らく傲慢の強制の術だな。だが殴ってどうなるかはわからんぞ」
ミリアの考えにはバリトンを始め前衛は揃って同意した。しかし目の前のテスカ信徒を超えて攻撃する手段はない。攻めあぐねる一同だったが、ギルベルトと話を終えたアイリーンがミリアに何事かを耳打ちした。話題を出したはずのギルベルトは、いつの間にか姿を消している。
(なんだ、良いのかよ。じゃあ始めるぜ)
ミリアは獰猛な笑みを浮かべ、斧の先をベリトに向けた。
「お前らの神ってやつはカクレンボとダマシウチが趣味か? 悪ガキだな」
ベリトの顔は変わらない。優位の余裕で、ミリアの悪態を負け犬の遠吠え程度にしか認識していないのだろう。代わりにテスカの聖導士達は更に表情が固くなる。バリトンは敵の踏み込みに合わせ、再び大剣をふるった。
前衛が状況を膠着させ時間稼ぎに徹する中、後衛のメンバーは活路を探してあがいていた。後衛の2名が最初にしたのは敵側の援護射撃の妨害だった。アルマの放った青い炎が漆喰の壁を焼く。
同時に肉の焼ける匂いがして、人の転げ回るような音がした。見えない射手を焼いたのだろう。しかしそれにしては音の数が少ない。数は多くて2人。
「それはそうか。俺でもそうする」
ネイハムは嘆息しつつもアルマの狙った外側に、フォールシュートを放つ。今度は手応えがあった。位置のばれた狙撃手の行動は二つ。
場を制圧する、あるいは不可能なら位置を変える。最初の一撃からすぐに位置を変えたのだろう。範囲攻撃を使うことにはもう一つ意味があった。
ネイハムの放ったフォールシュートはすべて着弾の音に隙間がない。つまりそこには、認識と実態に差が無いということだ。この方法で攻撃と同時に全方位の壁を調べて回る。
方法としては理に適っているが、問題はその変化をどの程度まで確認できるかだ。妨害は常に入る。着弾の音を聞き逃がせばやり直しだ。敵が意図に気づけば妨害も的確になるだろう。
「うん?」
思考を続けていたネイハムはアルマの放つ炎が床を撫でていくのを見た。アルマの放った炎は当たるを幸いに破壊を撒き散らし、熱を帯びて周囲の空気を歪めている。
「なるほど。銃でやるよりよほど効率よさそうだ」
「何の話です?」
「良いから手伝ってよ。あとで説明するから」
ネイハムは残りの作業をアルマに任せると、自分は周囲の敵の掃討に移った。とにかく数を減らさなければ、先にこちらがやられてしまう。足に刺さったボウガンの矢を引き抜き、ネイハムは次の一撃を無作為に選んだ別の場所に放った。
一方で前衛の戦闘にも変化が起こっていた。
状況は膠着したままで一向にベリトに刃は届かず、ナタナエルが連れた妖精も術の起点を発見できていない。打ち据えてもすぐに回復する聖導士を相手に苦戦する中、音もなく頭上から刃が振り下ろされた。
(ヒヒヒ。……僕ちん以外がアイちん傷物にするのは、ちょっと許されないぜェ?)
天井から襲撃したのはギルベルトだった。悪態をついたミリアが注目をあつめる中、ギルベルトは気配を消し、壁から天井へと登ってベリトの頭上に回っていたのだ。しかしベリトも一筋縄でいかない。間一髪で襲撃に気づき、1歩引いて振り下ろされた初撃を難なくかわす。
(ひひ。かかったかぁ?)
再び白刃が空間を薙ぎ、ギリギリで空ぶった。ように見えた。
「……」
「ヒヒヒ」
つつ、とベリトの袖から血が流れる。ドゥダールの透明な刃がベリトの皮膚を切り裂いていた。これには流石のベリトも不快げに表情を歪めた。それ以上に湧き上がったのは彼を守りきれなかったテスカの聖導士達だ。
「貴様、天使様になんということを!」
テスカの信徒は怒気を露わにするが、ミリアとバリトンを恐れて隊列を変えられない。ギルベルトはハンターの前衛と向かい合って動けない聖導士を踏み越え、ひらりと仲間の下に戻った。
「おせーんだよ! しかもヘマこいてるじゃねえか!」
「ヒヒヒ。悪い悪い。囮役ごくろうさん」
軽薄な調子でミリアの悪態を流すギルベルトの態度に呆れながらも、バリトンは状況が変化しないことに焦りを感じていた。
術者を切っても同じならネイハムとアルマに残りを託すほか無いが、あまり時間は残されて居なかった。
自分は良い。ミリアとヴィオラもまだ持つ。だがそれ以外の者は限界に近い。回復魔法は既に尽きている。
四方八方から撃たれる矢は数を減らしながらも止まることがなく、ハンター達から徐々に力を奪っていく。
聖導士達が1人、また1人と倒れている。ベリトは血生臭い光景を見ながらも、穏やかな笑みを絶やしていなかった。
「まもなく法術陣を通り、偉大なる存在が顕現するでしょう。その時こそエクラに代わり我らが神が世界を救うときです」
この時、得意気なベリトの宣言にヴィオラは違和感を覚えた。法術陣の術式に蓄えられたマテリアルには既に方向性がある。
故に、術式の方向性と無縁の奇跡を起こすことはできないはずだ。彼らの言い分には可能性が二つ。ひとつは、テスカ教団の妄言であること。
もうひとつは、自分に知らない機能を用いてそれを実現するつもりであること。混沌とした戦場の中ではそれを確かめることは出来なかった。
「ですが、貴方達がそれを見ることはありません。さあ、彼女達を神の御下へ送りなさい」
ベリトが命じるとテスカの信徒達は包囲の輪を縮め始める。ハンターに戦いを諦める者が居なかったが、覇気だけでは絶望的な状況を覆しようもない。この状況の中で、ナタナエルはくくくと暗い笑みを作った。
「アフラ・マズダ……。それが本当に君の崇める相手なのかい?」
傷ついたナタナエルがベリトをまっすぐに見据える。笑みを浮かべるばかりのベリトに、ナタナエルは正面から問いかけた。
問いかけをベリトが阻まない為、信徒達の動きが一時的に止まる。
「なるほど『死こそが安寧』。でも、おかしいねベリト。君が1番良く知っているだろ。死の先には無しかなくて。安寧なんてない事は。君の騙る教義は歪虚そのものだ。歪虚は全部壊して殺して全てを無にしたい。だから『死こそが安寧』なんて騙るんだろ?」
宗教ではなくそれが歪虚の策、という証にはならないが、人の持つものでないと示すには十分な言葉だった。
しかしベリトは揺るがず、テスカの聖導士達にも変化はない。
「君達の教義が正しいと信じるのなら、僕を殺して『安寧』を与えてみせてよ。でも、僕は君達の教義には染まらない。
だから、君達に僕は救えない。残念だったね」
ナタナエルは笑みを深める。それに応えるベリトは、諦めに似た悲しみの表情を浮かべていた。
「ええその通り。確かに貴方の言うとおり死した先には「無」があります。それで良いのです。「無」こそが安寧となり、救いになるのです」
ベリトは人々を悼むような悲しい眼差しで天を見上げた。既に演技とわかっていても、その顔はなぜか人の心を打った。
「この敗戦以降、人は希望を糧に歩き続け、同時に辛酸を舐め続けました。誰もが多くを奪われ、失い、日々苦痛に喘いでいる。
だがそれでもなお変わらぬ痛みの日々に、人の未来の希望は絶望に変わりました。届かないものは無いも同じです。そして人々は苦痛から逃れるために安らかな死を夢想したのです」
傲慢の強制能力が宗教を作ったのではない。確かに細工はしたにしても、それがここまでの規模になるのは、王国の下敷きとなった人々の悲しみが強すぎたからだ。絶望した者は時に自ら死を選ぶ。
自殺を否定するエクラ教が社会通年である王国では、自殺という概念は救済足りえてしまったのだ。
「貴方達の示した光は強すぎた。我が神は、エクラ教が希望という名の炎で焼いた弱者の魂を救済したのです。
それは私が何であれ、変わらない事実です」
救済があったことは否定しようがない。それは王国の負の側面、ヴィオラの影。誰も言葉がない。真っ先に否定すべき彼女が、その事実を痛いほど理解しているから。話は途絶えた。再び緊張感が場を支配する。
「ありました。あそこが出口です」
アルマの叫びに多くの者が振り向いた。視線を集めたところでアルマが青星の魂を放つと、炎は壁の向こうへと吸い込まれた。認識の隙間がそこにある。そう頭が理解した途端、頭の中の霧が晴れるかのように、ハンター達の活路が見えた。
扉は開かれたまま、外は未だ騒乱に満ちている。
「引くぞ!」
バリトンの掛け声で生き残った者は一斉にかけ出す。動けない者には仲間が肩を貸した。
ミリアがナタナエルを、アルマがネイハムを担ぎ出す。死んだ聖導士の体も担ぎ出したかったが、状況はそれを許さない。ハンター達は次々と教会の外に出る。外には騎士団が待っており、その輪の中に駆け込むのは容易い。
誰もがこれで一息つけると確信した時、列の最後でアイリーンが足をもつれさせた。
「!」
異常を察したヴィオラとバリトンが足を止め盾となるが、抱える余裕はない。起き上がることを信じて2人はテスカの聖導士を足止めするが、一向に起き上がる気配がない。
(……ここまでかしら?)
死を覚悟したアイリーンだがふわりとした感触に驚いて目を開いた。
「……貴方に助けてもらうなんてね」
アイリーンを助け起こしたのはギルベルトだった。近くで見る彼女の顔には普段ほどの血の気は無く、足にも力が入っていない。ギルベルトが支えなければ、立つことも出来ないだろう。
ギルベルトはすぐさま動けないアイリーンの膝下と脇に手を通し、横抱きで抱え上げる。アイリーンは抵抗せず、弱い手でギルベルトの服を掴んだまま瞳を閉じた。
「申し訳ないのだけど、後はお願いして良い?」
「ヒヒヒ。良いよぉ。その代わり、後でボクちんとオトナのお医者さんごっこしようねえ?」
「……さいてー」
言葉に覇気はなく、いつものようなビンタも飛んでこない。青い顔をした彼女はそのまま気絶していた。
ギルベルトは彼女の腹部に目をやった。止血した傷口が再び開き、べったりと血が服を汚している。
ヴィオラや周りの仲間に負担をかけまいと、傷を申告していなかったのだ。
ギルベルトのにやけた口の端は、固まったまま僅かにふるえていた。
■
ヴィオラの率いた突入班12名の内、聖導士3名が死亡。ナタナエル、ネイハム、アイリーンが重体。
その他のメンバーも深い傷を負った。不測の事態に見舞われた中での戦いだったが、
この程度の損害で済んだのは奇跡と言えるだろう。
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作戦会議室 ミリア・ラスティソード(ka1287) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/02/06 04:08:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/02 19:07:27 |