ゲスト
(ka0000)
眠れる王女に捧げよ
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/02/12 19:00
- 完成日
- 2016/02/22 16:09
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●一つの結末
ゾンネンシュトラール帝国における大きな戦が過ぎ去り、システィーナ・グラハム(kz0020)は母国への帰途についた。
転移門ではない。あれは身近な覚醒者の補助があったとしても、非覚醒者が短時間のうちに何度も使えるようなものではないから。
ごく普通の馬車に揺られ、ピースホライズンを経由する道のり。
「王女殿下、今はお休みください」
同乗する侍従長マルグリッド・オクレールが気遣わしげに話しかけてくる。システィーナは頷きたくなる誘惑を振り払い、重い口を開く。文字通り口を動かすのも億劫という意味での、重い口を。
「いまは、ふたりきりです……」
侍従長ではなく教育係でいてください。
オクレールはこれ見よがしに息を吐き、言い直した。
「……システィーナ様、お休みを」
「ふふっ、いやです。せっかくですから……少しくらい、見ておきたいの」
「…………」
眉を顰めて口を噤む教育係に、システィーナはしてやったりと微笑する。
何しろ帝国領内にはおいそれと来られない。見ない方が損だ。前後を警備兼監視の帝国車輌が固めて案内している現状、重要な施設のすぐ傍など通ることはないだろうけれど。
――いや、とシスティーナは首を振る。そんなご大層な理由なんかない。ただ純粋に、風景を観ておきたかったのだ。十数年ぶりの帝国の風景を。
「変わっている、のかな。ううん、変わってないのかも……。ぜんぜん覚えてないです……」
『あの人』がそれを聞いたら怒るだろうか。思い出すまで連れ回してやる。そんなことを言いそうな気がした。
『思い出す』
吐き気がした。
「システィーナ様。では教育係として命令致します。どうかお休みなさいませ」
「……卑怯です、オクレールさん……」
「教育係としているよう命じたのは貴女ですが?」
一本返してやった。オクレールがそんな表情を見せる。
システィーナは少し考え、オクレールの太ももに頭を置いた。
●眠れる少女
王女殿下が倒れた。
セドリック・マクファーソン(kz0026)はマルグリッド・オクレールの悲鳴を聞き流しながら前室に詰める侍従に救護班や聖堂教会への連絡を命じ、執務室へと急ぎ戻る。
ソファに横たえられ、侍従長の腕の中で苦しげに身じろぎする王女殿下。セドリックは少女の小さな姿を見下ろし、きつく目を閉じた。
その瞬間に居合わせたのは、セドリックとオクレールの二人だけだった。
というのも、セドリックの対処した事案や国内で起こった問題の報告、王女殿下の判を必要とする書類の処理、そういった諸々の雑務をシスティーナにこなしてもらいつつ、聖堂教会の法術研究について話していた時だったからだ。
「――であり、今回ハンターズソサエティに提供した法術はこの研究における最終目標ではありません」
「報告書によれば……美しい風景を描きたいとありますね……」
「今の術式では亜人の編んだ茨風景なるものの模倣に過ぎぬようです。故に茨の幻影が現れ、術者を傷つける。それを改善し、さらなる加護をもたらす……おそらくそれが今回の研究における最終目標となるでしょう」
「わかり、ました……ふふっ……たのしみです、ね……やさしく、おだやかな…………っ」
そうして、言い終わることなく王女殿下は机の上にくずおれた。
僅かな沈黙と、侍従長の悲鳴。
瞬間、セドリックは報告すべきあらゆる懸案が頭の中から吹き飛んだ。駆け寄ることもままならず、ただ茫然と立ち尽くす。
あってはならぬ。絶対にあってはならぬことだ。
意味もなく執務室から彷徨い出て、そこでようやく思い至る。まずは医者を、聖導士を、薬師を呼ばねばならん。
すぐさま実行に移した。
それから数時間――セドリックにとっては長いようで短く、短いようで永遠の如き時間。
執務室に報告に来た医者やお抱え聖導士の話を聞き、セドリックは椅子に深く身を沈めた。我知らずため息が漏れ、何とも言いがたい気分になる。
『さる方のご容態ですが、体内のマテリアルバランスの変調からくる昏睡でございましょう』
『……端的に言いたまえ。つまり、どういうことかね』
『過労、ですね』
『…………命に別状はないのだな?』
『安静にしていれば。幸い、さる方のおられるこの地は良きマテリアルに満ちております。ゆっくりと静養いただければ自然と回復致しましょう』
過労。過労か。いや過労を甘く見ているわけではないが……。
セドリックは机に片肘をつき、額に手を当て深呼吸した。
そうして気分を入れ替え、残っていた書類に目を落とした――その時、唐突に扉が開かれた。同時に投げかけられる、しわがれた声。
「セドリック・マクファーソン。さる高貴なる方が過労で倒れられたそうだが、大事あるまいな」
ウェルズ・クリストフ・マーロウ。大公を冠する王国の重鎮だった。
王国の、と言っていいのかは分からないが。
「大事? あるわけがない。あってはならんことだ。それより、随分と耳がお早いことだ。羨ましい限りですな」
「ふん、鍛錬の賜物よ。『目も貴様よりは見えるであろうな』」
間者、もとい情報提供者は多いと。
そのようなこと、改めて言われずとも分かっている。
「して、何用か、マーロウ大公」
「なに、我が領内で有名な薬草があってな。煎じて王女殿下にお召し上がりいただこうと思うただけよ」
「ほう、お心遣い痛み入りますな。では城の者に作らせましょう。薬草とやらを見せていただいてもよろしいか」
「うむ……それが実はな、件の薬草というのが採取して一日しか保たんのだ。故にこれより採ってこなければならぬでな」
「は?」
思わずぽかんと口を開けると、途端にマーロウは好々爺然とした笑顔を見せておどけてみせた。
「いやすまぬ、全く寄る年波には勝てぬものよ! そこで国と、ハンターの手でも借りようかと思うてこうしてやって来たのだ」
反吐が出た。
こんな趣向にするなら入室した時から道化を演じておけ、古狸が。
「……、なるほど。ならば私の金でハンターに依頼を出しましょう」
「いやいや、金はこちらで出す。ところが我がマーロウ家はハンターとのコネクションが皆無でな。先の亜人どもとの戦でも個人的な話は終ぞできぬ始末」
「そこで国に間に入ってほしいと?」
「然り!」
「……了解した。可及的速やかにソサエティに連絡致しましょう」
「助かる。『流石は千年王国を一人切り盛りする』セドリック・マクファーソンよ!」
かくして一つの依頼がハンターズソサエティに掲示されることとなった。
依頼者はセドリック・マクファーソンとウェルズ・クリストフ・マーロウ。内容は――。
ゾンネンシュトラール帝国における大きな戦が過ぎ去り、システィーナ・グラハム(kz0020)は母国への帰途についた。
転移門ではない。あれは身近な覚醒者の補助があったとしても、非覚醒者が短時間のうちに何度も使えるようなものではないから。
ごく普通の馬車に揺られ、ピースホライズンを経由する道のり。
「王女殿下、今はお休みください」
同乗する侍従長マルグリッド・オクレールが気遣わしげに話しかけてくる。システィーナは頷きたくなる誘惑を振り払い、重い口を開く。文字通り口を動かすのも億劫という意味での、重い口を。
「いまは、ふたりきりです……」
侍従長ではなく教育係でいてください。
オクレールはこれ見よがしに息を吐き、言い直した。
「……システィーナ様、お休みを」
「ふふっ、いやです。せっかくですから……少しくらい、見ておきたいの」
「…………」
眉を顰めて口を噤む教育係に、システィーナはしてやったりと微笑する。
何しろ帝国領内にはおいそれと来られない。見ない方が損だ。前後を警備兼監視の帝国車輌が固めて案内している現状、重要な施設のすぐ傍など通ることはないだろうけれど。
――いや、とシスティーナは首を振る。そんなご大層な理由なんかない。ただ純粋に、風景を観ておきたかったのだ。十数年ぶりの帝国の風景を。
「変わっている、のかな。ううん、変わってないのかも……。ぜんぜん覚えてないです……」
『あの人』がそれを聞いたら怒るだろうか。思い出すまで連れ回してやる。そんなことを言いそうな気がした。
『思い出す』
吐き気がした。
「システィーナ様。では教育係として命令致します。どうかお休みなさいませ」
「……卑怯です、オクレールさん……」
「教育係としているよう命じたのは貴女ですが?」
一本返してやった。オクレールがそんな表情を見せる。
システィーナは少し考え、オクレールの太ももに頭を置いた。
●眠れる少女
王女殿下が倒れた。
セドリック・マクファーソン(kz0026)はマルグリッド・オクレールの悲鳴を聞き流しながら前室に詰める侍従に救護班や聖堂教会への連絡を命じ、執務室へと急ぎ戻る。
ソファに横たえられ、侍従長の腕の中で苦しげに身じろぎする王女殿下。セドリックは少女の小さな姿を見下ろし、きつく目を閉じた。
その瞬間に居合わせたのは、セドリックとオクレールの二人だけだった。
というのも、セドリックの対処した事案や国内で起こった問題の報告、王女殿下の判を必要とする書類の処理、そういった諸々の雑務をシスティーナにこなしてもらいつつ、聖堂教会の法術研究について話していた時だったからだ。
「――であり、今回ハンターズソサエティに提供した法術はこの研究における最終目標ではありません」
「報告書によれば……美しい風景を描きたいとありますね……」
「今の術式では亜人の編んだ茨風景なるものの模倣に過ぎぬようです。故に茨の幻影が現れ、術者を傷つける。それを改善し、さらなる加護をもたらす……おそらくそれが今回の研究における最終目標となるでしょう」
「わかり、ました……ふふっ……たのしみです、ね……やさしく、おだやかな…………っ」
そうして、言い終わることなく王女殿下は机の上にくずおれた。
僅かな沈黙と、侍従長の悲鳴。
瞬間、セドリックは報告すべきあらゆる懸案が頭の中から吹き飛んだ。駆け寄ることもままならず、ただ茫然と立ち尽くす。
あってはならぬ。絶対にあってはならぬことだ。
意味もなく執務室から彷徨い出て、そこでようやく思い至る。まずは医者を、聖導士を、薬師を呼ばねばならん。
すぐさま実行に移した。
それから数時間――セドリックにとっては長いようで短く、短いようで永遠の如き時間。
執務室に報告に来た医者やお抱え聖導士の話を聞き、セドリックは椅子に深く身を沈めた。我知らずため息が漏れ、何とも言いがたい気分になる。
『さる方のご容態ですが、体内のマテリアルバランスの変調からくる昏睡でございましょう』
『……端的に言いたまえ。つまり、どういうことかね』
『過労、ですね』
『…………命に別状はないのだな?』
『安静にしていれば。幸い、さる方のおられるこの地は良きマテリアルに満ちております。ゆっくりと静養いただければ自然と回復致しましょう』
過労。過労か。いや過労を甘く見ているわけではないが……。
セドリックは机に片肘をつき、額に手を当て深呼吸した。
そうして気分を入れ替え、残っていた書類に目を落とした――その時、唐突に扉が開かれた。同時に投げかけられる、しわがれた声。
「セドリック・マクファーソン。さる高貴なる方が過労で倒れられたそうだが、大事あるまいな」
ウェルズ・クリストフ・マーロウ。大公を冠する王国の重鎮だった。
王国の、と言っていいのかは分からないが。
「大事? あるわけがない。あってはならんことだ。それより、随分と耳がお早いことだ。羨ましい限りですな」
「ふん、鍛錬の賜物よ。『目も貴様よりは見えるであろうな』」
間者、もとい情報提供者は多いと。
そのようなこと、改めて言われずとも分かっている。
「して、何用か、マーロウ大公」
「なに、我が領内で有名な薬草があってな。煎じて王女殿下にお召し上がりいただこうと思うただけよ」
「ほう、お心遣い痛み入りますな。では城の者に作らせましょう。薬草とやらを見せていただいてもよろしいか」
「うむ……それが実はな、件の薬草というのが採取して一日しか保たんのだ。故にこれより採ってこなければならぬでな」
「は?」
思わずぽかんと口を開けると、途端にマーロウは好々爺然とした笑顔を見せておどけてみせた。
「いやすまぬ、全く寄る年波には勝てぬものよ! そこで国と、ハンターの手でも借りようかと思うてこうしてやって来たのだ」
反吐が出た。
こんな趣向にするなら入室した時から道化を演じておけ、古狸が。
「……、なるほど。ならば私の金でハンターに依頼を出しましょう」
「いやいや、金はこちらで出す。ところが我がマーロウ家はハンターとのコネクションが皆無でな。先の亜人どもとの戦でも個人的な話は終ぞできぬ始末」
「そこで国に間に入ってほしいと?」
「然り!」
「……了解した。可及的速やかにソサエティに連絡致しましょう」
「助かる。『流石は千年王国を一人切り盛りする』セドリック・マクファーソンよ!」
かくして一つの依頼がハンターズソサエティに掲示されることとなった。
依頼者はセドリック・マクファーソンとウェルズ・クリストフ・マーロウ。内容は――。
リプレイ本文
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)はUisca Amhran(ka0754)――イスカがマーロウ大公と打ち合せているのを見ながら、何食わぬ顔でセドリック大司教の隣に立った。
「やー、さる方も大変やなぁ」
「ご負担を軽減できればいいのだがね」
「大司教さんが化粧して代りやったらええのに」
ラィルがしれっとのたまうが、大司教の鉄面皮は微動だにしない。腕を組んだままの大司教に、ラィルは肩を竦めた。
「僕はヒカヤ高原にでも行ってみよかな」
無言で手を振り、ラィルは離れる。
それを観察していた十色 エニア(ka0370)はふと首を傾げた。
「……化粧?」
「微塵も気にする必要はない」それより、と大司教がエニアに向き直り、「薬草とやらの採取かね。せいぜい励みたまえ」
言って足早に部屋を後にする。
エニアが眉をひそめていると、イスカが手を挙げて歌うように声を張った。
「採取に行きたい人、集合してくださーいっ」
「ふむ、お手伝いするんだぞ、と」
埴輪を掲げたのはアルト・ハーニー(ka0113)。エニアは頭を切り替え挙手した。
●お留守番と一人旅
四人が転移門へ向かう一方、シン(ka4968)とライラ = リューンベリ(ka5507)は妙齢の女性に連れられ城内を歩いていた。
荘厳な造りと豪奢な装飾。やや古臭いが、それが逆に歴史の重みを表している。そんな目が回りそうな雰囲気の中、何度も階段を上り下りし、角を曲がって辿り着いたのは一つの扉だった。
――わざと遠回りさせられたなあ。
「あの洗練された所作……」
シンが考え、ライラが女性の立居振舞いに目をやる。そのうち女性がそっと扉を開いた。
そこには――。
独りとなったラィルは転移門と馬車を使い、目的地へ向かっていた。
ヒカヤ高原。以前依頼で行った場所だ。依頼人は某オクレールさんのご主人様で、内容は茶摘。
その時は今と正反対の季節だった。なら今は紅茶も全然育ってないだろう。が、まず思いついたのがここだったのだ。
――おいしなかったらそれはそれで笑い話になるやんな。
ラィルは気楽に考えると、御者に話しかけた。
「おっちゃん、あっち高原あるやん? あの辺に咲く有名な花とか知らん?」
●マーロウ領にて
その林は冬の割に緑が多かった。木々の間隔は広く、木漏れ日が至る所を照らしている。細い林道が伸びており、途中で案内人は止まった。
「この辺一帯ですな、あの草は」
「夕方には戻ってきますので、その時またお願いしますね」
イスカが頭を下げ案内人を帰らせる。アルトがダウジングの如く両手の埴輪を前に突き出した。
「さて。元気が出るハーブなんかもないかね、と。茸とか変なものはアレだが」
「籠一杯もいらないそうだし、手分けすればすぐかな」
三人は各自林に分け入る。
「んぅ~っ」
イスカは全力で深呼吸し、林の空気を堪能する。
土の匂いは充分。でもちょっと物足りない。人の手が入った林だけに仕方ないかな、なんて評するのは辛口だろうか。ともあれ薬草探しだ。森に住まう種として負けられない。
とか思う間もなく、イスカはあっさりそれらしい草を見つけていた。
……えっと。あれ?
イスカは拍子抜けしつつ屈み、木陰に生えるそれを根から引き抜く。仄かに苦そうな臭い。
「……よしっ」
幸先が良い。うん。イスカはなんとなく無理矢理納得し、次の獲物を探した。
――香木でもあればいいんだけど……。
エニアはさくさく薬草を採取しつつ、食べられそうな木の実を探していた。
何しろこの薬草、採取時の臭いからして確実に苦い。煎じる時に味は調えるだろうが、念の為に美味しそうな物も確保しておかねば。
――胡桃は季節じゃないし……んー。
それに野花だ。シンに頼まれた物なのだが、冬だけあって落葉が多くパッと見つけられない。
――日が落ちるまでに集められればいいし、ゆっくり探すかな。
それにだ。
いざとなれば魔法の灯火と枯れ枝で光源を作ればいい。
そんな訳で、迷ったのだが。
よもや埴輪占いが間違っている筈があるまい。なら何故迷った。
アルトは釈然としない気分で右に進んでは左に曲がる。巨木をぐるりと回ってみれば根元に薬草発見。ついでに近くに積み重なった枯れ枝があり、その暗がりの下、隠れるように不思議な形の草があった。
ハーブなのか否か。
一般に日当りの良い場所で育つ方が多そうだが、多分日陰が好きな種もある。多分。
アルトはそうに違いないと考え、枯れ枝の下のそれも摘んだ。そうして立ち上がり、考える。
さて。どっちから来たんだったかね、と。
昼間と一変して陰鬱な雰囲気を醸し始めた林。
木陰で三角座りしていたアルトは、灯火を掲げたエニアとイスカに救助された。
アルトは後に語る。
あれは暗闇に舞い降りた天使だったと。
●目覚めと帰還
その部屋は決して華美ではなかった。
質素という訳ではない。王城の客間と同程度で、天蓋付寝台が唯一その身分の高さを窺わせる。ただそれ以外のカーテンや絨毯や机、諸々の調度品は最高級には見えなかった。品良くまとまってはいるが。
シンとライラは数時間前に入室して雑事を片付け、人心地付きながら部屋を観察した。
ライラが女性――オクレールと共に選び焚いた香の匂いが鼻腔をくすぐる。寝台で眠る少女の規則正しい寝息が薄絹越しに聞こえる。
「落ち着ける香を選んでみましたが、良かったようですね。尤も、この程度でしたらオクレール様がされていたでしょうが……」
「例え同じ事でも一人でなく二人でした方が良いというもの」
微笑むライラとオクレール。同じメイド故か息が合っている。
シンは椅子に座り、小声で言った。
「あまり根を詰めない方がいいですよ。侍従長さん、先日より肌が……」
「肌が、何でしょう?」
「……」
妙な威圧感がシンを襲った。
シンは僅かに顔を引き攣らせ「いや何でも」と首を振る。
「そ、そういえば王女様、直近で何かあったんですか? 過労とか聞きましたけど」
「……無理が、祟ったのでしょう」
言葉を濁したその時、ライラの声が響いた。
「オクレール様! 寝台を……」
二人が慌てて寝台に目を向ける。と同時に、
「んぅ……おなかすいた……」
薄絹の向こうで少女が身を起し、ちょっと残念な第一声を零した。
「ヒカヤ紅茶でございます……システィーナ、様」
寝台端に腰かけ洗面を済ませた彼女にライラがカップを渡す。ゆっくりと味わい、システィーナは至福の表情を浮かべた。
窓から覗く空は暗く、室内は洋燈の橙色に彩られている。
「お体は如何ですか?」
「ん……だいじょぶです」
起き抜けの王女と今日の経緯を話していると、控えめなノックが響いた。
オクレールが扉を開ける。
そこには、薬草採取に赴いた三人がいた。
「おや。起きてるようなんだな、と」
「思ったより時間かかったかな……」
疲れを滲ませ、アルトとエニア。イスカが扉を閉め、室内は七人になった。多少手狭だがまだ余裕がある。
エニアはその広さにまず驚く。が、それより頼まれていた事だ。野花をシンに見せ、
「ごめんね、あんまり見つからなかった」
「冬ですしね。それにこれくらいが丁度良い」
その花は浅い瓶の口からちょこんと顔を出す程度の小さな花々だった。エニアがシンと共にそれを寝台の少女に渡す。少女は顔を綻ばせ、深々と腰を折った。美しく整った所作だ。パジャマだが。
シンが苦笑し、
「本当は起きた時にあげたかったんだけどね」
「ふふっ、寝坊すべきでしたね」
顔を上げ微笑む娘。エニアは正面からその姿を見、初めて『さる方』の正体に気付いた。
――そ、それは名前伏せるよね~。
あははとエニアは適当に合せる。
「じゃあ私も!」
対抗するようにイスカが言うや、荷物からそれを取り出した。
瞬間、ふわと。
仄かに甘い香りだった室内に新鮮な自然溢れる香りが入り混じる。
その匂い袋から立ち上るのは、アルトとイスカが採取してきたハーブの香り。下処理してない為、洗練されていないが、それが逆にナマの香りとなっていた。
イスカは匂い袋を渡し、微笑。
「城の人に残りの葉の乾燥もお願いしましたので、何週間かしたら使ってくださいね」
「ありがとうございます。その時が楽しみです」
えへへぇ、なんて和やかな雰囲気に包まれる室内。
そこに再度ノックの音がし、侍従が入ってくる。手にしたトレイには一つのグラス。やたら濃い緑の液体が並々と注がれている。
和やかだった空気は一瞬にして凍り付いた。
「……。それが、大公の……?」
「はい。毒見は済ませております」
侍従がグラスを置くと、どろりと薬液が波打った。
飲まないという選択肢は、ない。
「い、いただきます」
グラスを掲げた少女は果たして――それを一気に飲み干した!
一つの生き様が煌き、消えた。
●痛くて優しい
寝台に突っ伏した物体は微動だにしなかった。顔を枕に埋め、棒のように横たわっている。
ライラは考えた。
――! 空きっ腹で召し上がったから……!
お腹すいたと開口一番言ってたのに!
いや今さら仕方ない。せめて温かくして差し上げねば。
「畏れながら、私にマッサージをさせていただけませんか。半日寝ておられたようですから……体を動かさないというのも疲れるのです」
「ぅぇ……?」
ライラがうつ伏せのシスティーナに跨る。ぎし、と寝台が軋み――
「痛いと思いますけど我慢してくださいね」
「ぁっ」
ぐ。
「あぁ、こんなに固く……」
「ぅあ!」
ぐぐ!
「肩は肩甲骨の方から」
「は、ぁっ」
!?
「です」
「ぁああ……」
!!?
「わっ」
「んんんんぃっ」
!!??
きしきしと寝台が余韻を奏でる。
ぐったりして動かないシスティーナ。アルトはそれを見守るように埴輪を卓に置いた。
あの痛がり方を見るに相当疲労していそうだ。
「無理はしないようにな。何かあれば皆駆けつけるし、こいつも話相手になる」
「今はわたし達も相手になれますしね。折角合法的に休めるんですから、開き直って全力で休めばいいと思います」
「それも仕事のうち、ですよ」
エニア、イスカが続く。
システィーナは寝返りを打って仰向けになった。埴輪のようにのっぺりした胸が呼吸に合せて上下する。
「一人が救われても他の人が倒れたら本末転倒だしねぇ。息抜きならまた俺達を呼べばいいさ」
「倒れた事、気にしすぎちゃダメですよ」
心から労るアルトとエニアだが、それでも王女の表情は暗い。
直後、唐突に甲高い声が響いた。声、いや歌は快い旋律を奏で、次第に祈りに変っていく。
イスカが歌っていた。
祈りの調べに導かれ光の粒が宙を舞う。イスカが寝台に腰かけ、幼子をあやすように少女の金糸を梳る。
システィーナは目を細め、次に何かを我慢するが如く瞳を閉じた。
「今はどうかお休みください」
一筋、堪えきれなかったものがシスティーナの頬を伝った。
●げんきのみなもと
「――でな、長く厳しい32時間の旅から僕は生還したいう訳や」
とラィルが語るのは依頼受領の翌晩である。部屋にはオクレールとラィル。他の面々は桶の水を替えたり何やかやで外している。
少女は寝台に入ったまま苦笑し、相槌を打った。
「なるほどー、騎士道物語のような試練を乗り越えたんですね」
「せやでー。そうして見つけたんがあの花や!」
サイドテーブルの花瓶にはエニアとシンの野花に加え、白い花が活けられている。その横には空のカップ。成長してないどころではない茶葉で淹れた紅茶はもはや紅茶ではなかったが、砂糖の力は偉大だ。
ひとしきり冬の高原を語り、ラィルは軽く部屋を見回した。机の片隅にはノート。開き癖を見るに半分以上使っているようだ。
「えっと……」
少女が恥ずかしげに声をかけてくる。ラィルは謝罪してぼうと扉の方に目をやった。
「まぁ、あれやな。――紅茶は旬のもんに限る」
「ふふっ、当然です」
「早うてもダメやし、古い茶葉がずーっと頑張れる訳でもない」
「ずっと美味しかったらいいのですけれど」
「無理言うたらいかんなぁ。……で、ヒトも一緒やな」
視線を外したまま言うと、少女が虚を衝かれたようにぽかんとするのが気配で解った。
「お貴族サマも『友達』も、一休みしとるのかもしれへんな」
「……」
「僕はお貴族サマが何方か存じ上げないから想像しかできんのやけども」
扉の外から足音。気付かないフリをして続ける。
「誰か知らんいう事は、壁みたいなもんや」
「壁?」
「あ、いえ枕です。何や動く枕。触るとぬくい」
「枕……」
「で、これが重要なんやけどな、枕いうのは愚痴ったり抱き着いたりする相手なんやわ」
「えっ」
「一般人はそう。それがじょーしきや! やからお貴族サマもええんやないかなって。愚痴ったりしても」
ラィルはあくまで『とある貴族の娘』と話す。
茶番だ。そんな事は解っている。が、そうしなければならない人間がいる事もラィルは知っていた。立場だけではない。性格もある。この娘がただ甘えろと言って甘える筈がない。いや勿論やり方次第だろうが、きっと頑固に抵抗する。だから、こうした。
「お貴族サマは知らんかったやろ? 実は枕、万能なんやなあ」
ラィルが至極真剣に頷く。
暫くじっとしていた少女は、突如ばふっと毛布を目元まで被ると、少しして消え入りそうな声を返した。
「じ、じゃあ? 仕方ないです、ね。えと、何でもない私が枕にお喋りするのは……普通ですから? 何か……零しちゃうかもしれません、ね?」
●記憶の光
気付けばシスティーナは夜半まで話をしていた。
何を言ったかは覚えていない。ただ雑多な事を思いつくまま話しただけ。いつの間にか例の枕さん以外にも人がいた事に驚いたけれど、それより今は眠りたい気分だった。
エニアが机に手をつく。
「実はさ、わたしも少し記憶を失ってた事あるんですよね~。それでその事実……どうして忘れてたんだろうって事に、凹むんです」
その瞳は何も映してないかのように昏い。が、次の瞬間にはパッと笑顔が浮かぶ。
「だからもしあの方が思い出したら、その時は気にしないであげるといいですよ」
「目覚めた時に笑顔でないと陛下も悲しまれますしね。きっと大丈夫ですよ」
子守唄のように歌を口ずさむイスカ。
途端に気恥ずかしくなり、システィーナは咳払いしてそっぽを向いた、ら、その先に埴輪という物が鎮座していた。何故か吸い込まれそう。天井に向き直る。
ライラが毛布を整えてくれるのを感じる。
「僕らハンターも動いてるからね。国って枠の外だからこそできる事も多い」
どこか幼さが残り、でも芯の強さを感じさせる声。シンが壁に背を預け扉の傍にいた。
迷惑をかけ過ぎた。
システィーナは全力で自己嫌悪したい気分を何とか振り払う。そして目を細め『いつものように微笑した』。
「皆さま、ありがとうございます。また明日から頑張ります」
「やー、さる方も大変やなぁ」
「ご負担を軽減できればいいのだがね」
「大司教さんが化粧して代りやったらええのに」
ラィルがしれっとのたまうが、大司教の鉄面皮は微動だにしない。腕を組んだままの大司教に、ラィルは肩を竦めた。
「僕はヒカヤ高原にでも行ってみよかな」
無言で手を振り、ラィルは離れる。
それを観察していた十色 エニア(ka0370)はふと首を傾げた。
「……化粧?」
「微塵も気にする必要はない」それより、と大司教がエニアに向き直り、「薬草とやらの採取かね。せいぜい励みたまえ」
言って足早に部屋を後にする。
エニアが眉をひそめていると、イスカが手を挙げて歌うように声を張った。
「採取に行きたい人、集合してくださーいっ」
「ふむ、お手伝いするんだぞ、と」
埴輪を掲げたのはアルト・ハーニー(ka0113)。エニアは頭を切り替え挙手した。
●お留守番と一人旅
四人が転移門へ向かう一方、シン(ka4968)とライラ = リューンベリ(ka5507)は妙齢の女性に連れられ城内を歩いていた。
荘厳な造りと豪奢な装飾。やや古臭いが、それが逆に歴史の重みを表している。そんな目が回りそうな雰囲気の中、何度も階段を上り下りし、角を曲がって辿り着いたのは一つの扉だった。
――わざと遠回りさせられたなあ。
「あの洗練された所作……」
シンが考え、ライラが女性の立居振舞いに目をやる。そのうち女性がそっと扉を開いた。
そこには――。
独りとなったラィルは転移門と馬車を使い、目的地へ向かっていた。
ヒカヤ高原。以前依頼で行った場所だ。依頼人は某オクレールさんのご主人様で、内容は茶摘。
その時は今と正反対の季節だった。なら今は紅茶も全然育ってないだろう。が、まず思いついたのがここだったのだ。
――おいしなかったらそれはそれで笑い話になるやんな。
ラィルは気楽に考えると、御者に話しかけた。
「おっちゃん、あっち高原あるやん? あの辺に咲く有名な花とか知らん?」
●マーロウ領にて
その林は冬の割に緑が多かった。木々の間隔は広く、木漏れ日が至る所を照らしている。細い林道が伸びており、途中で案内人は止まった。
「この辺一帯ですな、あの草は」
「夕方には戻ってきますので、その時またお願いしますね」
イスカが頭を下げ案内人を帰らせる。アルトがダウジングの如く両手の埴輪を前に突き出した。
「さて。元気が出るハーブなんかもないかね、と。茸とか変なものはアレだが」
「籠一杯もいらないそうだし、手分けすればすぐかな」
三人は各自林に分け入る。
「んぅ~っ」
イスカは全力で深呼吸し、林の空気を堪能する。
土の匂いは充分。でもちょっと物足りない。人の手が入った林だけに仕方ないかな、なんて評するのは辛口だろうか。ともあれ薬草探しだ。森に住まう種として負けられない。
とか思う間もなく、イスカはあっさりそれらしい草を見つけていた。
……えっと。あれ?
イスカは拍子抜けしつつ屈み、木陰に生えるそれを根から引き抜く。仄かに苦そうな臭い。
「……よしっ」
幸先が良い。うん。イスカはなんとなく無理矢理納得し、次の獲物を探した。
――香木でもあればいいんだけど……。
エニアはさくさく薬草を採取しつつ、食べられそうな木の実を探していた。
何しろこの薬草、採取時の臭いからして確実に苦い。煎じる時に味は調えるだろうが、念の為に美味しそうな物も確保しておかねば。
――胡桃は季節じゃないし……んー。
それに野花だ。シンに頼まれた物なのだが、冬だけあって落葉が多くパッと見つけられない。
――日が落ちるまでに集められればいいし、ゆっくり探すかな。
それにだ。
いざとなれば魔法の灯火と枯れ枝で光源を作ればいい。
そんな訳で、迷ったのだが。
よもや埴輪占いが間違っている筈があるまい。なら何故迷った。
アルトは釈然としない気分で右に進んでは左に曲がる。巨木をぐるりと回ってみれば根元に薬草発見。ついでに近くに積み重なった枯れ枝があり、その暗がりの下、隠れるように不思議な形の草があった。
ハーブなのか否か。
一般に日当りの良い場所で育つ方が多そうだが、多分日陰が好きな種もある。多分。
アルトはそうに違いないと考え、枯れ枝の下のそれも摘んだ。そうして立ち上がり、考える。
さて。どっちから来たんだったかね、と。
昼間と一変して陰鬱な雰囲気を醸し始めた林。
木陰で三角座りしていたアルトは、灯火を掲げたエニアとイスカに救助された。
アルトは後に語る。
あれは暗闇に舞い降りた天使だったと。
●目覚めと帰還
その部屋は決して華美ではなかった。
質素という訳ではない。王城の客間と同程度で、天蓋付寝台が唯一その身分の高さを窺わせる。ただそれ以外のカーテンや絨毯や机、諸々の調度品は最高級には見えなかった。品良くまとまってはいるが。
シンとライラは数時間前に入室して雑事を片付け、人心地付きながら部屋を観察した。
ライラが女性――オクレールと共に選び焚いた香の匂いが鼻腔をくすぐる。寝台で眠る少女の規則正しい寝息が薄絹越しに聞こえる。
「落ち着ける香を選んでみましたが、良かったようですね。尤も、この程度でしたらオクレール様がされていたでしょうが……」
「例え同じ事でも一人でなく二人でした方が良いというもの」
微笑むライラとオクレール。同じメイド故か息が合っている。
シンは椅子に座り、小声で言った。
「あまり根を詰めない方がいいですよ。侍従長さん、先日より肌が……」
「肌が、何でしょう?」
「……」
妙な威圧感がシンを襲った。
シンは僅かに顔を引き攣らせ「いや何でも」と首を振る。
「そ、そういえば王女様、直近で何かあったんですか? 過労とか聞きましたけど」
「……無理が、祟ったのでしょう」
言葉を濁したその時、ライラの声が響いた。
「オクレール様! 寝台を……」
二人が慌てて寝台に目を向ける。と同時に、
「んぅ……おなかすいた……」
薄絹の向こうで少女が身を起し、ちょっと残念な第一声を零した。
「ヒカヤ紅茶でございます……システィーナ、様」
寝台端に腰かけ洗面を済ませた彼女にライラがカップを渡す。ゆっくりと味わい、システィーナは至福の表情を浮かべた。
窓から覗く空は暗く、室内は洋燈の橙色に彩られている。
「お体は如何ですか?」
「ん……だいじょぶです」
起き抜けの王女と今日の経緯を話していると、控えめなノックが響いた。
オクレールが扉を開ける。
そこには、薬草採取に赴いた三人がいた。
「おや。起きてるようなんだな、と」
「思ったより時間かかったかな……」
疲れを滲ませ、アルトとエニア。イスカが扉を閉め、室内は七人になった。多少手狭だがまだ余裕がある。
エニアはその広さにまず驚く。が、それより頼まれていた事だ。野花をシンに見せ、
「ごめんね、あんまり見つからなかった」
「冬ですしね。それにこれくらいが丁度良い」
その花は浅い瓶の口からちょこんと顔を出す程度の小さな花々だった。エニアがシンと共にそれを寝台の少女に渡す。少女は顔を綻ばせ、深々と腰を折った。美しく整った所作だ。パジャマだが。
シンが苦笑し、
「本当は起きた時にあげたかったんだけどね」
「ふふっ、寝坊すべきでしたね」
顔を上げ微笑む娘。エニアは正面からその姿を見、初めて『さる方』の正体に気付いた。
――そ、それは名前伏せるよね~。
あははとエニアは適当に合せる。
「じゃあ私も!」
対抗するようにイスカが言うや、荷物からそれを取り出した。
瞬間、ふわと。
仄かに甘い香りだった室内に新鮮な自然溢れる香りが入り混じる。
その匂い袋から立ち上るのは、アルトとイスカが採取してきたハーブの香り。下処理してない為、洗練されていないが、それが逆にナマの香りとなっていた。
イスカは匂い袋を渡し、微笑。
「城の人に残りの葉の乾燥もお願いしましたので、何週間かしたら使ってくださいね」
「ありがとうございます。その時が楽しみです」
えへへぇ、なんて和やかな雰囲気に包まれる室内。
そこに再度ノックの音がし、侍従が入ってくる。手にしたトレイには一つのグラス。やたら濃い緑の液体が並々と注がれている。
和やかだった空気は一瞬にして凍り付いた。
「……。それが、大公の……?」
「はい。毒見は済ませております」
侍従がグラスを置くと、どろりと薬液が波打った。
飲まないという選択肢は、ない。
「い、いただきます」
グラスを掲げた少女は果たして――それを一気に飲み干した!
一つの生き様が煌き、消えた。
●痛くて優しい
寝台に突っ伏した物体は微動だにしなかった。顔を枕に埋め、棒のように横たわっている。
ライラは考えた。
――! 空きっ腹で召し上がったから……!
お腹すいたと開口一番言ってたのに!
いや今さら仕方ない。せめて温かくして差し上げねば。
「畏れながら、私にマッサージをさせていただけませんか。半日寝ておられたようですから……体を動かさないというのも疲れるのです」
「ぅぇ……?」
ライラがうつ伏せのシスティーナに跨る。ぎし、と寝台が軋み――
「痛いと思いますけど我慢してくださいね」
「ぁっ」
ぐ。
「あぁ、こんなに固く……」
「ぅあ!」
ぐぐ!
「肩は肩甲骨の方から」
「は、ぁっ」
!?
「です」
「ぁああ……」
!!?
「わっ」
「んんんんぃっ」
!!??
きしきしと寝台が余韻を奏でる。
ぐったりして動かないシスティーナ。アルトはそれを見守るように埴輪を卓に置いた。
あの痛がり方を見るに相当疲労していそうだ。
「無理はしないようにな。何かあれば皆駆けつけるし、こいつも話相手になる」
「今はわたし達も相手になれますしね。折角合法的に休めるんですから、開き直って全力で休めばいいと思います」
「それも仕事のうち、ですよ」
エニア、イスカが続く。
システィーナは寝返りを打って仰向けになった。埴輪のようにのっぺりした胸が呼吸に合せて上下する。
「一人が救われても他の人が倒れたら本末転倒だしねぇ。息抜きならまた俺達を呼べばいいさ」
「倒れた事、気にしすぎちゃダメですよ」
心から労るアルトとエニアだが、それでも王女の表情は暗い。
直後、唐突に甲高い声が響いた。声、いや歌は快い旋律を奏で、次第に祈りに変っていく。
イスカが歌っていた。
祈りの調べに導かれ光の粒が宙を舞う。イスカが寝台に腰かけ、幼子をあやすように少女の金糸を梳る。
システィーナは目を細め、次に何かを我慢するが如く瞳を閉じた。
「今はどうかお休みください」
一筋、堪えきれなかったものがシスティーナの頬を伝った。
●げんきのみなもと
「――でな、長く厳しい32時間の旅から僕は生還したいう訳や」
とラィルが語るのは依頼受領の翌晩である。部屋にはオクレールとラィル。他の面々は桶の水を替えたり何やかやで外している。
少女は寝台に入ったまま苦笑し、相槌を打った。
「なるほどー、騎士道物語のような試練を乗り越えたんですね」
「せやでー。そうして見つけたんがあの花や!」
サイドテーブルの花瓶にはエニアとシンの野花に加え、白い花が活けられている。その横には空のカップ。成長してないどころではない茶葉で淹れた紅茶はもはや紅茶ではなかったが、砂糖の力は偉大だ。
ひとしきり冬の高原を語り、ラィルは軽く部屋を見回した。机の片隅にはノート。開き癖を見るに半分以上使っているようだ。
「えっと……」
少女が恥ずかしげに声をかけてくる。ラィルは謝罪してぼうと扉の方に目をやった。
「まぁ、あれやな。――紅茶は旬のもんに限る」
「ふふっ、当然です」
「早うてもダメやし、古い茶葉がずーっと頑張れる訳でもない」
「ずっと美味しかったらいいのですけれど」
「無理言うたらいかんなぁ。……で、ヒトも一緒やな」
視線を外したまま言うと、少女が虚を衝かれたようにぽかんとするのが気配で解った。
「お貴族サマも『友達』も、一休みしとるのかもしれへんな」
「……」
「僕はお貴族サマが何方か存じ上げないから想像しかできんのやけども」
扉の外から足音。気付かないフリをして続ける。
「誰か知らんいう事は、壁みたいなもんや」
「壁?」
「あ、いえ枕です。何や動く枕。触るとぬくい」
「枕……」
「で、これが重要なんやけどな、枕いうのは愚痴ったり抱き着いたりする相手なんやわ」
「えっ」
「一般人はそう。それがじょーしきや! やからお貴族サマもええんやないかなって。愚痴ったりしても」
ラィルはあくまで『とある貴族の娘』と話す。
茶番だ。そんな事は解っている。が、そうしなければならない人間がいる事もラィルは知っていた。立場だけではない。性格もある。この娘がただ甘えろと言って甘える筈がない。いや勿論やり方次第だろうが、きっと頑固に抵抗する。だから、こうした。
「お貴族サマは知らんかったやろ? 実は枕、万能なんやなあ」
ラィルが至極真剣に頷く。
暫くじっとしていた少女は、突如ばふっと毛布を目元まで被ると、少しして消え入りそうな声を返した。
「じ、じゃあ? 仕方ないです、ね。えと、何でもない私が枕にお喋りするのは……普通ですから? 何か……零しちゃうかもしれません、ね?」
●記憶の光
気付けばシスティーナは夜半まで話をしていた。
何を言ったかは覚えていない。ただ雑多な事を思いつくまま話しただけ。いつの間にか例の枕さん以外にも人がいた事に驚いたけれど、それより今は眠りたい気分だった。
エニアが机に手をつく。
「実はさ、わたしも少し記憶を失ってた事あるんですよね~。それでその事実……どうして忘れてたんだろうって事に、凹むんです」
その瞳は何も映してないかのように昏い。が、次の瞬間にはパッと笑顔が浮かぶ。
「だからもしあの方が思い出したら、その時は気にしないであげるといいですよ」
「目覚めた時に笑顔でないと陛下も悲しまれますしね。きっと大丈夫ですよ」
子守唄のように歌を口ずさむイスカ。
途端に気恥ずかしくなり、システィーナは咳払いしてそっぽを向いた、ら、その先に埴輪という物が鎮座していた。何故か吸い込まれそう。天井に向き直る。
ライラが毛布を整えてくれるのを感じる。
「僕らハンターも動いてるからね。国って枠の外だからこそできる事も多い」
どこか幼さが残り、でも芯の強さを感じさせる声。シンが壁に背を預け扉の傍にいた。
迷惑をかけ過ぎた。
システィーナは全力で自己嫌悪したい気分を何とか振り払う。そして目を細め『いつものように微笑した』。
「皆さま、ありがとうございます。また明日から頑張ります」
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/07 22:25:29 |
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【相談卓】眠り姫によき目覚めを Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/02/12 18:17:11 |