ゲスト
(ka0000)
夢の帰郷、幻の娘
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/02/28 12:00
- 完成日
- 2016/03/04 04:24
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
人の心の中はまるで嵐の様。もしくは吠えたてる獣の巣。
さまざまな想いが不協和音を示す中で。それでも尚、強く美しい歌声が聞こえることがある。
その願いは強く嵐の中でも折れることなく、
その想いは高く咆哮の中とて揺るぎない。
黄昏よりも暗き寄る辺より来る私なれど
希望の樹を育てる守り人となって
水を差し上げ 大地を肥やしましょう。
日が強ければ 傘を差し
夜が深ければ 灯りをともしましょう
100の果実が実り、地に落ちるその日まで。
ああ、運命よ。
ひたすらな祈りが、貴方様の元に届きますように。
ああ、世界よ。
命をかけた願いに、私は少しでも力になれますように。
●
ブリュンヒルデが惹きつけられたのは、廃村の墓場だった。
村の家々は派手に壊された後、うち捨てられて久しい灰色の世界であったが、踏み入れた墓場だけは違っていた。
墓石の一つ一つが綺麗に手入れされ、それぞれの前には清涼な水とまだマテリアルに満ちた野花が飾られていた。そのどれもが同じ鎮魂歌を歌っているようで、これは一人の人間の願いが集まっているのだと感じた。
そして最奥にて。一番虚しく、そして最も温かな想いに溢れている墓標の前に彼女は立った。
墓標には、自分の名前。
ブリュンヒルデという名前が刻まれていた。
「ブリュンヒルデ……?」
あまりに強い想いの力に惹きつけられ、後ろにいた老人が言葉をかけるまで、ブリュンヒルデはその存在に気が付くことができなかった。
振り向けば、男がいた。顔も身体も深い皺に刻まれ、白髪は細く頭皮を透かして見せた。だが身体はがっしりとしており、水桶を持つその手には戦の傷跡がいくつも入っているのがわかる。そして強く眩しくブリュンヒルデの胸を圧すのは、まちがいなく覚醒者のマテリアルによる力だ。
そんな老人は自分の名前を正確に言い当て桶を取りこぼした後、ゆっくりとブリュンヒルデに近づいた。
覚醒者なら確実に自分を歪虚だと気づいているだろう。無に帰されるかもしれない恐れはあったが、逃げる気にはならなかった。
みじろぎしないブリュンヒルデに彼はつま先が触れ合うほどに近づいたあと、彼女をしっかと抱きしめた。
「帰ってきてくれたのか……ああ、間違いない。ブリュンヒルデ……愛娘よ!!」
●
老人の名前はハーゲンと言った。
彼は自分の家にブリュンヒルデを招き入れると、温かいお茶を出し、そして寒かっただろうと毛糸のカーディガンを羽織らせてくれた。
「私を御存知なのでしょうか? 申し訳ありません。私には記憶がありません」
「とても辛い記憶は時に心から廃絶されるものだ。気にしなくていい」
そうハーゲンは前置きして、ブリュンヒルデの眼をしっかりと見て話した。
「君は敬虔なエクラの信徒であり私の娘だ。9年前、村人と共に歪虚に連れ去られたんだ。当時歪虚と戦っていた私の元に村人が遺体で、ある時にはゾンビとして送り返されてきたよ。でも最後まで君は帰って来なかった。今やっと帰ってきてくれた」
目を見ればわかる。この人は何も嘘を言ってはいないし、歪虚であるブリュンヒルデを怖がりさえしていない。
ブリュンヒルデの記憶は歪虚として目覚めてからだ。歪虚にも大方生前があることは知っていたが、自分の生前など気にしたこともなかった。しかし、ハーゲンの言葉、瞳の強さ、自分に対するやさしさを見る限りそれは正しいことなのだろう。
だが、それよりも彼の心から聞こえる澄んだ音色がただひたすらに気になった。
この人の力になりたいという想いが胸の奥で沸き立つ。
「そうですか……ところでハーゲン様には夢があるようでいらっしゃいますね。もしよろしければお手伝いさせてくださいませんか?」
「では私を父と呼んでくれ。そして娘として、もう一度一緒に暮らしてくれないか。記憶がなくても構わない。思い出はまた一から作ろう。ブリュンヒルデ。君が傍にいてくれるだけでいいんだ」
嘘じゃない。
ずっと一人で、この人は待ち続けていたのだろう。失った日々を埋める相手を。
それが分かると、ブリュンヒルデは屈託のない笑みで答えた。
「はい、かしこまりました。……お父様」
●
幸せは誰にでも手に入れる権利はある。
だが、永遠などどこにもない。必ず崩れ去るものだ。
夢が高ければ高いほど。その落差は激しくなる。
果実はやがて地に落ちては腐り、新たな芽の養分となる。
町はずれで始まった親子水入らずの幸せな暮らしは一週間ともたなかった。
ブリュンヒルデの負のマテリアルを隠し通すことは不可能であり、それに気づいた町人から別の町人へ。口伝いにその事実は誇張を含んで広がっていく。
「なぁ、ハーゲンさん。悪いことは言わない。あれは絶対歪虚だよ」
「感じることができる人はみんなあの子が普通じゃないって言ってるんだ。あんた騙されているんだよ」
何人もの町人がハーゲンに言葉をかける。だが、彼は今までに見せたことの無い豊かな微笑みで首を振るだけだった。
「あの子は間違いなく私の娘だ。神様がこの老いぼれにくださった蜘蛛の糸だよ。私は兵士として歪虚と戦い続けるしかできず、結局妻にも娘にも何もしてやれないまま今日まで来たんだ。どうかご迷惑はかけない。私に償いと幸せの時間を過ごさせてはもらえないだろうか」
町人はかける言葉も見つからず、色とりどりの花を籠に詰めて歩み去るハーゲンを見送るしかなかった。
だが、その追及が決して止んだわけではない。
それはハンターの到来という形で現されることになった。
ブリュンヒルデの帰郷を亡き妻に報告をするために訪れた、二人が再会した花に満ちた墓場にて。
さまざまな想いが不協和音を示す中で。それでも尚、強く美しい歌声が聞こえることがある。
その願いは強く嵐の中でも折れることなく、
その想いは高く咆哮の中とて揺るぎない。
黄昏よりも暗き寄る辺より来る私なれど
希望の樹を育てる守り人となって
水を差し上げ 大地を肥やしましょう。
日が強ければ 傘を差し
夜が深ければ 灯りをともしましょう
100の果実が実り、地に落ちるその日まで。
ああ、運命よ。
ひたすらな祈りが、貴方様の元に届きますように。
ああ、世界よ。
命をかけた願いに、私は少しでも力になれますように。
●
ブリュンヒルデが惹きつけられたのは、廃村の墓場だった。
村の家々は派手に壊された後、うち捨てられて久しい灰色の世界であったが、踏み入れた墓場だけは違っていた。
墓石の一つ一つが綺麗に手入れされ、それぞれの前には清涼な水とまだマテリアルに満ちた野花が飾られていた。そのどれもが同じ鎮魂歌を歌っているようで、これは一人の人間の願いが集まっているのだと感じた。
そして最奥にて。一番虚しく、そして最も温かな想いに溢れている墓標の前に彼女は立った。
墓標には、自分の名前。
ブリュンヒルデという名前が刻まれていた。
「ブリュンヒルデ……?」
あまりに強い想いの力に惹きつけられ、後ろにいた老人が言葉をかけるまで、ブリュンヒルデはその存在に気が付くことができなかった。
振り向けば、男がいた。顔も身体も深い皺に刻まれ、白髪は細く頭皮を透かして見せた。だが身体はがっしりとしており、水桶を持つその手には戦の傷跡がいくつも入っているのがわかる。そして強く眩しくブリュンヒルデの胸を圧すのは、まちがいなく覚醒者のマテリアルによる力だ。
そんな老人は自分の名前を正確に言い当て桶を取りこぼした後、ゆっくりとブリュンヒルデに近づいた。
覚醒者なら確実に自分を歪虚だと気づいているだろう。無に帰されるかもしれない恐れはあったが、逃げる気にはならなかった。
みじろぎしないブリュンヒルデに彼はつま先が触れ合うほどに近づいたあと、彼女をしっかと抱きしめた。
「帰ってきてくれたのか……ああ、間違いない。ブリュンヒルデ……愛娘よ!!」
●
老人の名前はハーゲンと言った。
彼は自分の家にブリュンヒルデを招き入れると、温かいお茶を出し、そして寒かっただろうと毛糸のカーディガンを羽織らせてくれた。
「私を御存知なのでしょうか? 申し訳ありません。私には記憶がありません」
「とても辛い記憶は時に心から廃絶されるものだ。気にしなくていい」
そうハーゲンは前置きして、ブリュンヒルデの眼をしっかりと見て話した。
「君は敬虔なエクラの信徒であり私の娘だ。9年前、村人と共に歪虚に連れ去られたんだ。当時歪虚と戦っていた私の元に村人が遺体で、ある時にはゾンビとして送り返されてきたよ。でも最後まで君は帰って来なかった。今やっと帰ってきてくれた」
目を見ればわかる。この人は何も嘘を言ってはいないし、歪虚であるブリュンヒルデを怖がりさえしていない。
ブリュンヒルデの記憶は歪虚として目覚めてからだ。歪虚にも大方生前があることは知っていたが、自分の生前など気にしたこともなかった。しかし、ハーゲンの言葉、瞳の強さ、自分に対するやさしさを見る限りそれは正しいことなのだろう。
だが、それよりも彼の心から聞こえる澄んだ音色がただひたすらに気になった。
この人の力になりたいという想いが胸の奥で沸き立つ。
「そうですか……ところでハーゲン様には夢があるようでいらっしゃいますね。もしよろしければお手伝いさせてくださいませんか?」
「では私を父と呼んでくれ。そして娘として、もう一度一緒に暮らしてくれないか。記憶がなくても構わない。思い出はまた一から作ろう。ブリュンヒルデ。君が傍にいてくれるだけでいいんだ」
嘘じゃない。
ずっと一人で、この人は待ち続けていたのだろう。失った日々を埋める相手を。
それが分かると、ブリュンヒルデは屈託のない笑みで答えた。
「はい、かしこまりました。……お父様」
●
幸せは誰にでも手に入れる権利はある。
だが、永遠などどこにもない。必ず崩れ去るものだ。
夢が高ければ高いほど。その落差は激しくなる。
果実はやがて地に落ちては腐り、新たな芽の養分となる。
町はずれで始まった親子水入らずの幸せな暮らしは一週間ともたなかった。
ブリュンヒルデの負のマテリアルを隠し通すことは不可能であり、それに気づいた町人から別の町人へ。口伝いにその事実は誇張を含んで広がっていく。
「なぁ、ハーゲンさん。悪いことは言わない。あれは絶対歪虚だよ」
「感じることができる人はみんなあの子が普通じゃないって言ってるんだ。あんた騙されているんだよ」
何人もの町人がハーゲンに言葉をかける。だが、彼は今までに見せたことの無い豊かな微笑みで首を振るだけだった。
「あの子は間違いなく私の娘だ。神様がこの老いぼれにくださった蜘蛛の糸だよ。私は兵士として歪虚と戦い続けるしかできず、結局妻にも娘にも何もしてやれないまま今日まで来たんだ。どうかご迷惑はかけない。私に償いと幸せの時間を過ごさせてはもらえないだろうか」
町人はかける言葉も見つからず、色とりどりの花を籠に詰めて歩み去るハーゲンを見送るしかなかった。
だが、その追及が決して止んだわけではない。
それはハンターの到来という形で現されることになった。
ブリュンヒルデの帰郷を亡き妻に報告をするために訪れた、二人が再会した花に満ちた墓場にて。
リプレイ本文
生きるってね。自分で積み重ねるものじゃないの。
人の心の中に重ねるの。この身は朽ち果てるけど、人の心の中で生き続けられるなら、みんな幸せよ。
寂しい人がいたらその人のために力を使いましょう。
一陣の風が吹き荒れて、墓所に飾っていた花弁が一斉に空へと飛び立った。
そうした花嵐の後、両者は見えることとなった。
「お待ちしておりました」
花散る嵐の後、久我・御言(ka4137)はうやうやしい礼をして強張った顔のハーゲンとブリュンヒルデを出迎えた。
「私達が何用で来たかは理解してくれているのね。でも大丈夫。失礼なことはしない。墓前にお花をお供えさせてもらってもいいかな?」
メル・アイザックス(ka0520)はそう言うとチョココ(ka2449) が持ってきた花を見せた。
「ありがとうございます。ここは私達以外は来ない場所ですから。きっとここで眠る皆さんも喜びます」
ブリュンヒルデはメルとチョココの申し出に微笑んで頷き、ハーゲンもその言葉を聞いて静かに頷くと、娘を庇うように肩に手をかけてそのまま奥へと歩みを進めた。
睦まじい姿。
だが、それはやはりあるべき姿ではない。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はブリュンヒルデの足跡を見れば間違いない。彼女の通った足元にある花弁は萎れて茶けていた。歩くだけで生気を奪う歪虚。全てを食らう暴食の。
奥には墓は二つ。ハーゲンの妻と、そしてブリュンヒルデのものが並べてあった。
メルとチョココ、高瀬 未悠(ka3199) は花をそれぞれに添えて祈りをささげた。本人がそこにいるというのに手を合わせる、というのは些か滑稽にも思えなくもなかったが、目を閉じる誰もが真剣に冥福を祈った。
「ありがとうございます。きっとお母様も喜びます」
「……お母様、か。前に殴られたアレはもうお母様じゃなくなった?」
全員に丁寧に頭を下げるブリュンヒルデの言葉に、南條 真水(ka2377)は困ったような笑みを浮かべて問いかけた。どうもどういう顔をしていいのかわからない。
「もちろんお母様、ですよ。今こうしていられるのは間違いなくオルクス様のおかげです」
平気でそういうこと言えるんだから参っちゃうな。
後ろで殺気立つ仲間の気配を感じつつ、真水は笑うことしかできなかった。
「今の一言が十分に違いを示しているんすよ。ハーゲンさん。もう隣にいるのは娘さんじゃないっすよ……?」
無限 馨(ka0544)はそっとハーゲンに話したが、彼はそっとブリュンヒルデの前に立ちはだかり、手を広げた。
「確かに私は幻を見ているのかもしれない。絶望と後悔しかない老いぼれに、こんな奇跡を夢で終わらせるのは酷な話だ。私はこれ以上は何も望むつもりはない。これで満足なのだよ」
知ってるんだ。もう死んだっていうこと。
知ってるんだ。恐らく挑んだであろう宿敵オルクスに生み出された歪虚だっていうこと。
未悠は苦しくなった。槍も弾もその体で受け止めて見せるとするハーゲンの動きがたまらなく苦しかった。
自分もそうして欲しかった。封じ込めた過去への渇望が胸を押し上げてやまない中、真水が口を開いた。
「そうだね、これは幸せな夢だ。幸せで、悪い夢。幸せだから悪い夢なんだ。夢はいつか……覚めるんだ」
「そのまま一緒に朽ちるってことっすね。分かったっす。だけど、ブリュンヒルデに奪われた命のこと考えると、看過はできないす」
様々な視線が飛び交っていたが、当のブリュンヒルデは父親の庇い立て以降、茫洋としているばかりであった。
「大丈夫ですの? 流行り病かもしれませんの。わたくしも最近罹りましたのよ」
チョココの問いかけにもブリュンヒルデはいつもの清楚な笑顔一つすら答えなくなっていた。
「ふむン、チャンスではあるが、いきなり葬り去っても心の傷を残したままとなるだろうねぇ。……聞かせてほしい。キミの娘ブリュンヒルデってどういう人物だったのか」
墓地の敷居となる柵に身を委ねていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)は沈黙の走った両者に声をかけた。
「じゃ、皆様のご飯、用意いたしますのっ」
チョココは張り切って腕を掲げたがアウレールはそれに背を向けた。
「私は必要ない。馴染みすぎて魅了されないよう気を付けろ。一晩の猶予はやるが、逃げる場所などないと思えよ」
●
逃げ場所はないと思えって。オルクスがみんなを殺しにかかるの。
それが嫌なら、誰か一人が残りの人間を殺して血を捧げればそいつだけ助けるって言ったけれど。
残った人も多分、その後に殺されるんだと思う。
私は誰に殺されてもいい。でも、殺す時に思ってね。みんなの心を受け止めるんだって。
神様の元に今までみんなが生きた証を届けるんだって。
私は幸せでした。みんなに愛されたもの。みんなと一緒にここまで生きてこれたんだもの。
すごい奇跡をくださったのだから、死に方に不平は言えないわ。
誰も、できない? わかった。私やります。
みんなの命、預かります。
「帝国内にこんな大きな教会、初めてみた……」
メルが教会の高い天井を見上げて呟いた。
「信仰の賜物だ。司祭を呼んで半年もしない内に村自体が滅びたがね。生き残ったのは討伐に出かけていた私と、娘が馬車を用意して逃がした姉弟くらいさ」
「そう……やっぱり誰にでも過去はあるのね」
「あれは聖女のようだったらしいけれど、今のあいつは違う。強い願いの持ち主にだけ付き従う。そして夢を持たない人間を組み敷くことに躊躇はないのさぁ」
ヒースの言葉にブリュンヒルデは膝をついた。それをハーゲンがさっと抱きしめるが、その間も人形のようにブリュンヒルデは目を見開いたまま動かない。
「夢の終わる時、幻が解ける時、かな。
ハーゲンさん、南條さんはさっき、夢は醒めるものだと言ったけどね。だけど終わらせ方は変えられるんだよ。どうしたい……?」
南條の囁くような言葉に、ハーゲンは静かな目で真水の猫の様な妖しく輝く瞳を見返した。
「決まっている。君の言葉を借りるなら夢のまま私も終わる。私もこの子も一度は死んだのだ。私の心は死んで毎日が絶望の中だった。娘は魂をも殺された。もはや今生こそ、夢のようなものなのだ」
「ダメだよ……そんなことしたら、全部が消えちゃいます! まだ本当の親子にもなってない。ブリュンヒルデさんはただ願いに呼ばれて暮らしているんです。本当の幸せじゃありません!!」
メルは叫んだ。
そうだ。この人達は呼ばれあって結ばれた。だが、それぞれが幻影を見たままの。朧げな。
本当の親子なのに。庇い触れてもいるのに、何一つ真実じゃない。
「ハーゲンさん。例え歪虚であろうと、彼女が貴方の救いである事を私は否定しない。だが、永遠に続くものなど無い」
久我の言葉にハーゲンは黙っていた。
ハーゲンだけでは決着がつかない。ブリュンヒルデにも言って聞かせなければならない。だが肝心の彼女は同じ場所に居て違うものを見ていた。
●
死体の山の中。穢してゾンビにするだけの簡単なお仕事。
静かなはずのそこは、雑音塗れだった。
生きたい、食べたい、遊びたい、殺したい。
願いを叶えても、みんな満足してくれない。その内何を願っていたかすら本人が忘れてしまう。
哀しい。小さな願いの人は。
そんな時、強く輝く祈りが聞こえた。
この死体の願いはきっと他の皆の願いを内包して、きっと叶えてくれる。この願いならきっと。
ああ、感謝します。強い願いに出会えたことに。みんな揃って幸せになれる。
しあわ セ ……?
「ブリュンヒルデ!」
未悠は思いっきりブリュンヒルデの頬をはたいた。
「私達はハーゲンの命も心も守りたいの。彼の後悔と未練を溶かして、本当の笑顔を作ってあげて! こんなに愛されてるんだから!!」
涙声だった。
すれ違いの親子なんて、見たくない。
自分の姿がだぶってしまうじゃない。
その言葉に呼び覚まされたのかブリュンヒルデは瞳に光を戻すと、強く抱きしめたままのハーゲンの背中を撫でた。
「私は、どうすればいいですか?」
「君の願いが私の願いだよ。君が幸せになってくれることが一番幸せなんだ」
「ブリュンヒルデお姉様。ハーゲン様に何かあれば、悲しまれるでしょう? わたくしも両親の記憶は曖昧ですけれど……辛い目になんてあってほしくないですもの」
チョココはブリュンヒルデの袖を引いてそう話すと、ブリュンヒルデの蒼い瞳はしばしの間閉じられた。
考えている。
真水はその瞑想する彼女を始めて見た気がした。もう何度も顔を合わせているけれど、彼女が自分の内面に問いかけているのは。
「おはよう……だね。案外目覚めはいいじゃないか」
真水の言葉に、ブリュンヒルデは小さく笑顔を作った。
「私はもっと助けたいと思います。この姿になる前からずっと願っていたから。たくさんの人を助けられますようにって。歪んでもその人はきっと満足できるなら。私はそういう人のところに行きたい。私の旅立ちを祝福してくれますか?」
「もちろんだ。見送るのも親の務めだ。この家庭を顧みない私に務めを果たさせてくれて、ありがとう」
「ありがとう……お父さん」
お父さん。か。呼び方が変わったな。
ヒースは教会の壁にもたれかかり、そんな様子をじっと見ていた。魅了を受けたという感じはしないが、そもそも彼女の魅了はひどく判別しにくい。もしかしたら全員が、もしかするとそれを許容する自分すらも何らか間違いを犯しているのかもしれない。
「葬儀の話はもういいのかぁ?」
「何言ってるの。ヒース。ブリュンヒルデの墓を見たでしょ。葬儀は私達が来るずっと前に、終わってたのよ」
未悠は切なそうな顔をしてヒースに顔だけ振り返っていった。同じように真水も振り返った。二人とも何とも言えない顔をしていた。
「もしかして危険を感じてる?」
「相手は歪虚だ、感じないと言えば嘘になるなぁ。……自分の考えが正しいのかもわからないねぇ。僕には全員揃って魅了されているように見える」
「そりゃそうさ。これを魅了と言わずしてなんていうんだい」
真水が猫の様な悪戯っぽい顔を浮かべると、ヒースよりも無限の方が先に動き、ウィップの留め金を外した。
「残念な話っすね。でも視線での魅了はしてなかったと思ったんすけどね……?」
「心のふれあいに、人間の心が共鳴するのを『魅了』と言わずして何ていう? 魅了は魅了でも、天使のような。ね」
真水はにやりと笑って無限の真正面に立った。その目、いや眼鏡が視界に飛び込み無限は思わず目を逸らした。
「眼鏡代より先に、眼鏡を買った方がよくないかい? なんなら紹介するよ」
眼鏡代という言葉に硬直する無限の横でヒースはため息をついた。
「真水。お前がそれでいいというなら、いいさ」
●
「安寧を。そして旅立ちに祝福を」
メルによってリコリスの花が撒かれる中ブリュンヒルデはお辞儀をして教会から歩み去っていった。ハーゲンは見送らないのか姿は見えぬし、仲間達の表情を見れば円満解決したのだろう。
アウレールは草葉の陰でスナイパーライフルを構えた。
誰にも迷惑をかけず暮らすことなどできない。そもそも、そんな事態あってはならぬ。
アウレールは音一つ立てずに、スコープでブリュンヒルデの花束を持った胸に焦点を当てた。
「あれは……単なる悪夢だ」
亡霊による防御も想定済み。仲間の防御もあるだろう。だからこそ忍び決めるつもりだった。
そして仲間の顔が浮かんでは消え、アウレールは引き金を引こうとした瞬間、気味の悪い重圧がのしかかった。胸を悪くする泥の様な闘気。
「貴様、堕ちていたか!」
「餓鬼道に堕ちた子の為に、親は修羅道に堕ちることも厭いはせぬよ」
と、同時にアウレールの渾身の一撃がハーゲンの胸を貫いた。
「結局、あいつは破滅を呼び込むだけだ。破滅の連鎖はここで終え、泣く人を最後にさせてもらう」
アウレールは地面を転がり、距離を取ると即座にハーゲンに狙いを定めて砲火した。
穴が開いたメッセージカードが飛び散り、胸から真っ赤な華を咲かしてもハーゲンは揺るがず銃口の前から離れなかった。
銃弾を立て続けに放つ間、ハーゲンはずっと微笑んでいた。
「貴公は胸を張るべきだぞ。アイゼンハンダーより恐ろしくなったかもしれない歪虚をここで討ったのだからな。君の父も優秀な息子の勇名できっと救われるだろう。そしてありがとう。お前の慈悲により私は娘を守護する立場となれる。永遠に別れず、済むのだ」
一切の悔いの無いそれどころか朗らかな父親の顔のまま、弾切れを起こした銃の前でようやく真っ赤に染まって沈んだ。
赦しも理解も求めてはいなかった。
それでも、赦され、行いを肯定されたことは、何よりアウレールの心を重たくした。
親の愛というのは、歪虚の闇より深いらしい。
●
一陣の風が吹き荒れて、父親から預けられた花束が一斉に空へと飛び立った。
「さよなら、お父さん」
「君の事だ。父親の保護欲という果実を手に入れ、君の『栄養』にするのかと思っていたよ」
久我の言葉にブリュンヒルデは小さく首を横に振った。
「父さんは満ち足りました。満ち足りた人に私は必要ないでしょう。満足したなら、歪虚のように醒めない夢に拘泥することもありません。私は多くの人の夢を預かる以上、それもできない身です」
ああ。久我はぼんやりと気づいた。
レイオニールもアウグストもフラズルも。求めすぎたのだ。
ただひたすらなる願いでも、納得することを知らなければ、それは歪虚の所業と何ら変わりないのだ。
しかし、それがなんと難しいことか。久我はよくわかっていた。それを知っていて願いの力を増幅させるブリュンヒルデは残酷な存在だった。
彼女は間違いなく、暴食だ。
七つの大罪の一つ。求め続け、自制を忘れさせるという。
そんな暴食を包む至徳が節制だ。つまりこれで足りるという心。
「ねぇ、ツィカーデ……アイゼンハンダーも満たされる瞬間が来るかな」
「世の中に絶対はありません。メル様の願いが強く長く続く音色となり、大きな輝きとなるなら、あるかもしれません」
追跡のかかりにくい森へと送ったメルの小さな問いかけにブリュンヒルデは微笑んでそう答え、背中を押していたメルの両手に手を重ねた。
「ひたすらな心は、他人の心を輝かせます。貴女の夢がこの世を覆い、変えていきますように」
この私にして下さったように。
囁いて、儚く微笑む彼女からは瘴気が消えかかっていた。
満ち足りてしまった。私を慈しみ愛してくれる人に出会えたから。
光は 私を照らし
歌は 遍く包んでくれる
ああ、世界よ。
私を呪縛から解き放ってくれてありがとう。
ああ、運命よ。
私は少しでも残された時間を、大切に使えますように。
人の心の中に重ねるの。この身は朽ち果てるけど、人の心の中で生き続けられるなら、みんな幸せよ。
寂しい人がいたらその人のために力を使いましょう。
一陣の風が吹き荒れて、墓所に飾っていた花弁が一斉に空へと飛び立った。
そうした花嵐の後、両者は見えることとなった。
「お待ちしておりました」
花散る嵐の後、久我・御言(ka4137)はうやうやしい礼をして強張った顔のハーゲンとブリュンヒルデを出迎えた。
「私達が何用で来たかは理解してくれているのね。でも大丈夫。失礼なことはしない。墓前にお花をお供えさせてもらってもいいかな?」
メル・アイザックス(ka0520)はそう言うとチョココ(ka2449) が持ってきた花を見せた。
「ありがとうございます。ここは私達以外は来ない場所ですから。きっとここで眠る皆さんも喜びます」
ブリュンヒルデはメルとチョココの申し出に微笑んで頷き、ハーゲンもその言葉を聞いて静かに頷くと、娘を庇うように肩に手をかけてそのまま奥へと歩みを進めた。
睦まじい姿。
だが、それはやはりあるべき姿ではない。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はブリュンヒルデの足跡を見れば間違いない。彼女の通った足元にある花弁は萎れて茶けていた。歩くだけで生気を奪う歪虚。全てを食らう暴食の。
奥には墓は二つ。ハーゲンの妻と、そしてブリュンヒルデのものが並べてあった。
メルとチョココ、高瀬 未悠(ka3199) は花をそれぞれに添えて祈りをささげた。本人がそこにいるというのに手を合わせる、というのは些か滑稽にも思えなくもなかったが、目を閉じる誰もが真剣に冥福を祈った。
「ありがとうございます。きっとお母様も喜びます」
「……お母様、か。前に殴られたアレはもうお母様じゃなくなった?」
全員に丁寧に頭を下げるブリュンヒルデの言葉に、南條 真水(ka2377)は困ったような笑みを浮かべて問いかけた。どうもどういう顔をしていいのかわからない。
「もちろんお母様、ですよ。今こうしていられるのは間違いなくオルクス様のおかげです」
平気でそういうこと言えるんだから参っちゃうな。
後ろで殺気立つ仲間の気配を感じつつ、真水は笑うことしかできなかった。
「今の一言が十分に違いを示しているんすよ。ハーゲンさん。もう隣にいるのは娘さんじゃないっすよ……?」
無限 馨(ka0544)はそっとハーゲンに話したが、彼はそっとブリュンヒルデの前に立ちはだかり、手を広げた。
「確かに私は幻を見ているのかもしれない。絶望と後悔しかない老いぼれに、こんな奇跡を夢で終わらせるのは酷な話だ。私はこれ以上は何も望むつもりはない。これで満足なのだよ」
知ってるんだ。もう死んだっていうこと。
知ってるんだ。恐らく挑んだであろう宿敵オルクスに生み出された歪虚だっていうこと。
未悠は苦しくなった。槍も弾もその体で受け止めて見せるとするハーゲンの動きがたまらなく苦しかった。
自分もそうして欲しかった。封じ込めた過去への渇望が胸を押し上げてやまない中、真水が口を開いた。
「そうだね、これは幸せな夢だ。幸せで、悪い夢。幸せだから悪い夢なんだ。夢はいつか……覚めるんだ」
「そのまま一緒に朽ちるってことっすね。分かったっす。だけど、ブリュンヒルデに奪われた命のこと考えると、看過はできないす」
様々な視線が飛び交っていたが、当のブリュンヒルデは父親の庇い立て以降、茫洋としているばかりであった。
「大丈夫ですの? 流行り病かもしれませんの。わたくしも最近罹りましたのよ」
チョココの問いかけにもブリュンヒルデはいつもの清楚な笑顔一つすら答えなくなっていた。
「ふむン、チャンスではあるが、いきなり葬り去っても心の傷を残したままとなるだろうねぇ。……聞かせてほしい。キミの娘ブリュンヒルデってどういう人物だったのか」
墓地の敷居となる柵に身を委ねていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)は沈黙の走った両者に声をかけた。
「じゃ、皆様のご飯、用意いたしますのっ」
チョココは張り切って腕を掲げたがアウレールはそれに背を向けた。
「私は必要ない。馴染みすぎて魅了されないよう気を付けろ。一晩の猶予はやるが、逃げる場所などないと思えよ」
●
逃げ場所はないと思えって。オルクスがみんなを殺しにかかるの。
それが嫌なら、誰か一人が残りの人間を殺して血を捧げればそいつだけ助けるって言ったけれど。
残った人も多分、その後に殺されるんだと思う。
私は誰に殺されてもいい。でも、殺す時に思ってね。みんなの心を受け止めるんだって。
神様の元に今までみんなが生きた証を届けるんだって。
私は幸せでした。みんなに愛されたもの。みんなと一緒にここまで生きてこれたんだもの。
すごい奇跡をくださったのだから、死に方に不平は言えないわ。
誰も、できない? わかった。私やります。
みんなの命、預かります。
「帝国内にこんな大きな教会、初めてみた……」
メルが教会の高い天井を見上げて呟いた。
「信仰の賜物だ。司祭を呼んで半年もしない内に村自体が滅びたがね。生き残ったのは討伐に出かけていた私と、娘が馬車を用意して逃がした姉弟くらいさ」
「そう……やっぱり誰にでも過去はあるのね」
「あれは聖女のようだったらしいけれど、今のあいつは違う。強い願いの持ち主にだけ付き従う。そして夢を持たない人間を組み敷くことに躊躇はないのさぁ」
ヒースの言葉にブリュンヒルデは膝をついた。それをハーゲンがさっと抱きしめるが、その間も人形のようにブリュンヒルデは目を見開いたまま動かない。
「夢の終わる時、幻が解ける時、かな。
ハーゲンさん、南條さんはさっき、夢は醒めるものだと言ったけどね。だけど終わらせ方は変えられるんだよ。どうしたい……?」
南條の囁くような言葉に、ハーゲンは静かな目で真水の猫の様な妖しく輝く瞳を見返した。
「決まっている。君の言葉を借りるなら夢のまま私も終わる。私もこの子も一度は死んだのだ。私の心は死んで毎日が絶望の中だった。娘は魂をも殺された。もはや今生こそ、夢のようなものなのだ」
「ダメだよ……そんなことしたら、全部が消えちゃいます! まだ本当の親子にもなってない。ブリュンヒルデさんはただ願いに呼ばれて暮らしているんです。本当の幸せじゃありません!!」
メルは叫んだ。
そうだ。この人達は呼ばれあって結ばれた。だが、それぞれが幻影を見たままの。朧げな。
本当の親子なのに。庇い触れてもいるのに、何一つ真実じゃない。
「ハーゲンさん。例え歪虚であろうと、彼女が貴方の救いである事を私は否定しない。だが、永遠に続くものなど無い」
久我の言葉にハーゲンは黙っていた。
ハーゲンだけでは決着がつかない。ブリュンヒルデにも言って聞かせなければならない。だが肝心の彼女は同じ場所に居て違うものを見ていた。
●
死体の山の中。穢してゾンビにするだけの簡単なお仕事。
静かなはずのそこは、雑音塗れだった。
生きたい、食べたい、遊びたい、殺したい。
願いを叶えても、みんな満足してくれない。その内何を願っていたかすら本人が忘れてしまう。
哀しい。小さな願いの人は。
そんな時、強く輝く祈りが聞こえた。
この死体の願いはきっと他の皆の願いを内包して、きっと叶えてくれる。この願いならきっと。
ああ、感謝します。強い願いに出会えたことに。みんな揃って幸せになれる。
しあわ セ ……?
「ブリュンヒルデ!」
未悠は思いっきりブリュンヒルデの頬をはたいた。
「私達はハーゲンの命も心も守りたいの。彼の後悔と未練を溶かして、本当の笑顔を作ってあげて! こんなに愛されてるんだから!!」
涙声だった。
すれ違いの親子なんて、見たくない。
自分の姿がだぶってしまうじゃない。
その言葉に呼び覚まされたのかブリュンヒルデは瞳に光を戻すと、強く抱きしめたままのハーゲンの背中を撫でた。
「私は、どうすればいいですか?」
「君の願いが私の願いだよ。君が幸せになってくれることが一番幸せなんだ」
「ブリュンヒルデお姉様。ハーゲン様に何かあれば、悲しまれるでしょう? わたくしも両親の記憶は曖昧ですけれど……辛い目になんてあってほしくないですもの」
チョココはブリュンヒルデの袖を引いてそう話すと、ブリュンヒルデの蒼い瞳はしばしの間閉じられた。
考えている。
真水はその瞑想する彼女を始めて見た気がした。もう何度も顔を合わせているけれど、彼女が自分の内面に問いかけているのは。
「おはよう……だね。案外目覚めはいいじゃないか」
真水の言葉に、ブリュンヒルデは小さく笑顔を作った。
「私はもっと助けたいと思います。この姿になる前からずっと願っていたから。たくさんの人を助けられますようにって。歪んでもその人はきっと満足できるなら。私はそういう人のところに行きたい。私の旅立ちを祝福してくれますか?」
「もちろんだ。見送るのも親の務めだ。この家庭を顧みない私に務めを果たさせてくれて、ありがとう」
「ありがとう……お父さん」
お父さん。か。呼び方が変わったな。
ヒースは教会の壁にもたれかかり、そんな様子をじっと見ていた。魅了を受けたという感じはしないが、そもそも彼女の魅了はひどく判別しにくい。もしかしたら全員が、もしかするとそれを許容する自分すらも何らか間違いを犯しているのかもしれない。
「葬儀の話はもういいのかぁ?」
「何言ってるの。ヒース。ブリュンヒルデの墓を見たでしょ。葬儀は私達が来るずっと前に、終わってたのよ」
未悠は切なそうな顔をしてヒースに顔だけ振り返っていった。同じように真水も振り返った。二人とも何とも言えない顔をしていた。
「もしかして危険を感じてる?」
「相手は歪虚だ、感じないと言えば嘘になるなぁ。……自分の考えが正しいのかもわからないねぇ。僕には全員揃って魅了されているように見える」
「そりゃそうさ。これを魅了と言わずしてなんていうんだい」
真水が猫の様な悪戯っぽい顔を浮かべると、ヒースよりも無限の方が先に動き、ウィップの留め金を外した。
「残念な話っすね。でも視線での魅了はしてなかったと思ったんすけどね……?」
「心のふれあいに、人間の心が共鳴するのを『魅了』と言わずして何ていう? 魅了は魅了でも、天使のような。ね」
真水はにやりと笑って無限の真正面に立った。その目、いや眼鏡が視界に飛び込み無限は思わず目を逸らした。
「眼鏡代より先に、眼鏡を買った方がよくないかい? なんなら紹介するよ」
眼鏡代という言葉に硬直する無限の横でヒースはため息をついた。
「真水。お前がそれでいいというなら、いいさ」
●
「安寧を。そして旅立ちに祝福を」
メルによってリコリスの花が撒かれる中ブリュンヒルデはお辞儀をして教会から歩み去っていった。ハーゲンは見送らないのか姿は見えぬし、仲間達の表情を見れば円満解決したのだろう。
アウレールは草葉の陰でスナイパーライフルを構えた。
誰にも迷惑をかけず暮らすことなどできない。そもそも、そんな事態あってはならぬ。
アウレールは音一つ立てずに、スコープでブリュンヒルデの花束を持った胸に焦点を当てた。
「あれは……単なる悪夢だ」
亡霊による防御も想定済み。仲間の防御もあるだろう。だからこそ忍び決めるつもりだった。
そして仲間の顔が浮かんでは消え、アウレールは引き金を引こうとした瞬間、気味の悪い重圧がのしかかった。胸を悪くする泥の様な闘気。
「貴様、堕ちていたか!」
「餓鬼道に堕ちた子の為に、親は修羅道に堕ちることも厭いはせぬよ」
と、同時にアウレールの渾身の一撃がハーゲンの胸を貫いた。
「結局、あいつは破滅を呼び込むだけだ。破滅の連鎖はここで終え、泣く人を最後にさせてもらう」
アウレールは地面を転がり、距離を取ると即座にハーゲンに狙いを定めて砲火した。
穴が開いたメッセージカードが飛び散り、胸から真っ赤な華を咲かしてもハーゲンは揺るがず銃口の前から離れなかった。
銃弾を立て続けに放つ間、ハーゲンはずっと微笑んでいた。
「貴公は胸を張るべきだぞ。アイゼンハンダーより恐ろしくなったかもしれない歪虚をここで討ったのだからな。君の父も優秀な息子の勇名できっと救われるだろう。そしてありがとう。お前の慈悲により私は娘を守護する立場となれる。永遠に別れず、済むのだ」
一切の悔いの無いそれどころか朗らかな父親の顔のまま、弾切れを起こした銃の前でようやく真っ赤に染まって沈んだ。
赦しも理解も求めてはいなかった。
それでも、赦され、行いを肯定されたことは、何よりアウレールの心を重たくした。
親の愛というのは、歪虚の闇より深いらしい。
●
一陣の風が吹き荒れて、父親から預けられた花束が一斉に空へと飛び立った。
「さよなら、お父さん」
「君の事だ。父親の保護欲という果実を手に入れ、君の『栄養』にするのかと思っていたよ」
久我の言葉にブリュンヒルデは小さく首を横に振った。
「父さんは満ち足りました。満ち足りた人に私は必要ないでしょう。満足したなら、歪虚のように醒めない夢に拘泥することもありません。私は多くの人の夢を預かる以上、それもできない身です」
ああ。久我はぼんやりと気づいた。
レイオニールもアウグストもフラズルも。求めすぎたのだ。
ただひたすらなる願いでも、納得することを知らなければ、それは歪虚の所業と何ら変わりないのだ。
しかし、それがなんと難しいことか。久我はよくわかっていた。それを知っていて願いの力を増幅させるブリュンヒルデは残酷な存在だった。
彼女は間違いなく、暴食だ。
七つの大罪の一つ。求め続け、自制を忘れさせるという。
そんな暴食を包む至徳が節制だ。つまりこれで足りるという心。
「ねぇ、ツィカーデ……アイゼンハンダーも満たされる瞬間が来るかな」
「世の中に絶対はありません。メル様の願いが強く長く続く音色となり、大きな輝きとなるなら、あるかもしれません」
追跡のかかりにくい森へと送ったメルの小さな問いかけにブリュンヒルデは微笑んでそう答え、背中を押していたメルの両手に手を重ねた。
「ひたすらな心は、他人の心を輝かせます。貴女の夢がこの世を覆い、変えていきますように」
この私にして下さったように。
囁いて、儚く微笑む彼女からは瘴気が消えかかっていた。
満ち足りてしまった。私を慈しみ愛してくれる人に出会えたから。
光は 私を照らし
歌は 遍く包んでくれる
ああ、世界よ。
私を呪縛から解き放ってくれてありがとう。
ああ、運命よ。
私は少しでも残された時間を、大切に使えますように。
依頼結果
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未悠(ka3199)
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/24 10:44:22 |
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廃村の墓地(相談所) 無限 馨(ka0544) 人間(リアルブルー)|22才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/02/28 01:11:17 |