ゲスト
(ka0000)
なぐさみに奏でる音の、かくをかしきことよ
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/28 07:30
- 完成日
- 2016/04/06 00:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「何故、帝国はヴルツァライヒという野犬を放っておくのだ!」
葬儀から帰って来た父は、喪服の背広を椅子に投げつけるようにして脱ぎ捨てた。あまりの剣幕に誰もが口を聞けずにその様子を見守っていた。
「しばらく外出は厳禁だ。私達の事も暗殺者が狙っている。前々から噂にはなっておったが、油断できん状態だ」
「でもお父さん。その悪い人、倒されたんでしょ?」
「暗殺者は一人じゃないんだ。いつ新手の暗殺者が襲い掛かって来るかわかったもんじゃない。誰が、どこで、私達に刃を向けるかわからんのだ」
父親はそう言うと、苛立たし気に扉の向こうに消えて行ったが娘はその威圧感にどうにも体を縛られたような気でいた。
「お嬢さん、悪いことは言いません。反政府組織ヴルツァライヒの活動が取り締まられて活動が低下するまでちょっとの辛抱ですよ」
そんな娘を見かねてか、長年、この家の護衛をしてきた男がにこりと微笑みかけて慰めてくれた。
「はぁーあ、退屈……」
窓の外から日々温かくなりゆくバルトアンデルスの空を眺めて、娘はため息をつくばかりだった。
桃の便りが届く頃合い。風は暖かさを増しいよいよ春の到来を感じさせる。そんな空気を吸いこめば、心が自然と躍りだす。
「外にでたーい。出たーい。ねぇ。どうにかならないかな」
娘は窓の桟に顎をのせたまま、ずるずると身体をだらしなく下げて、思いっきりぼやいた。
「どうにもなりません。ご主人様の言いつけですから」
娘のぼやきに答えたのは、彼女の後ろ。遊び部屋にて、まるでお人形のようにドレスと化粧をお仕着せられた付き人であった。
娘の欲求のままに着せ替え人形替わりになって遊ばれていた付き人は静かにそう言うと、オモチャで散らかった部屋を片付ける。
「んもう。朴念仁っ!」
娘はべーっと舌を出して苛立ちを顕にした。
父が外に出てはいけない代わりにと遊び相手を探して付けてくれたのはいいのだが、この付き人はたいそう生真面目というか感情の起伏が少なかった。どんな無理難題でもとりあえず取り組むという姿勢は好感ではあったが、何しろ話し相手にはとかく不適合な人物であった。
「そもそも貴女がこう……もう少し賑やかしてくれるなら、こんな風に言わなかったと思うわ」
「申し訳ありません」
あーもう。それが問題なんだってば。話が続かない。
言い訳どころか、口答えも、代替案も出さないこの付き人の真面目すぎるダメ人間感に娘はため息をついた。
「なんか楽しいとか、思ったりすることないの?」
「ありません」
「小さい時からずっとそうなの?」
「はい、厳しく育てられましたので」
「楽しいこととか、見つけたりしたくない?」
「こうしてお仕事できるだけで十分です」
矢継ぎ早の娘の質問にも、付き人は無情に切って落とし続ける。その様子は矢の雨を弾き返す剣の勇者のようだ。
隙がなさすぎる。娘はすっかり失望すると、窓を開けて叫んだ。
「こんな生活いやーーーーっ!!!」
「お嬢様、いけません。外に誰がいるかわかりません」
付き人は即座に娘を抱きかかえると窓から引きずりおろした。
と、その瞬間、一瞬だけ付き人の動きが止まった。
不思議に思って娘も抵抗するのを止めた瞬間、綺麗な音楽の音色が春風に乗って微かに聞こえてきた。遠い遠いところからだが、その音色はとても優しく胸を撫でるのを娘は実感した。
なんの曲かはわからない。だが、それを調べるとかどうこうするより、綺麗な音色に耳を傾けること方が大切だった。
娘も付き人もしばらく、窓辺から空に顔向け、音色に聞き入っていた。
「あんな素敵な音があるんですね」
ごく自然に出た言葉に娘ははっとした。
この心が鉄でできているような付き人も聴き惚れていた。
「ね、ね。今の素敵だと思った? 本当に?」
「あ、いえ、その。……はい」
ずっと奥にしまっていた我が出てきたのだろう。
勤勉だけど血まで冷たい人間だという自分の評価が娘の中で少し変わる。この子は本当に楽しい事を知らないだけなのだ。
「ふっふっふ。ねえねえ、今度あの人捕まえて、お家で音楽会してもらいましょうよ。貴女も一緒に聴きましょ」
「素性の知れない人をこの家に招き入れるのはご主人様は反対されます」
またつっけんどんな顔になってそう言う付き人だったが、娘はもう負けてはいなかった。
すかさずその鼻先に指を突き付けると、顔をゆっくり近づける。
「素性を確認すればいいでしょ? ヴルツァライヒかなにかしらないけど、その対策もするっ。私はここから出られないから、それは貴女のお仕事。いいわねっ」
付き人はしばらく固まっていたが、大人しく「はい」と答えたのであった。
そして、付き人が見つけて来たのがあなた達であった。
葬儀から帰って来た父は、喪服の背広を椅子に投げつけるようにして脱ぎ捨てた。あまりの剣幕に誰もが口を聞けずにその様子を見守っていた。
「しばらく外出は厳禁だ。私達の事も暗殺者が狙っている。前々から噂にはなっておったが、油断できん状態だ」
「でもお父さん。その悪い人、倒されたんでしょ?」
「暗殺者は一人じゃないんだ。いつ新手の暗殺者が襲い掛かって来るかわかったもんじゃない。誰が、どこで、私達に刃を向けるかわからんのだ」
父親はそう言うと、苛立たし気に扉の向こうに消えて行ったが娘はその威圧感にどうにも体を縛られたような気でいた。
「お嬢さん、悪いことは言いません。反政府組織ヴルツァライヒの活動が取り締まられて活動が低下するまでちょっとの辛抱ですよ」
そんな娘を見かねてか、長年、この家の護衛をしてきた男がにこりと微笑みかけて慰めてくれた。
「はぁーあ、退屈……」
窓の外から日々温かくなりゆくバルトアンデルスの空を眺めて、娘はため息をつくばかりだった。
桃の便りが届く頃合い。風は暖かさを増しいよいよ春の到来を感じさせる。そんな空気を吸いこめば、心が自然と躍りだす。
「外にでたーい。出たーい。ねぇ。どうにかならないかな」
娘は窓の桟に顎をのせたまま、ずるずると身体をだらしなく下げて、思いっきりぼやいた。
「どうにもなりません。ご主人様の言いつけですから」
娘のぼやきに答えたのは、彼女の後ろ。遊び部屋にて、まるでお人形のようにドレスと化粧をお仕着せられた付き人であった。
娘の欲求のままに着せ替え人形替わりになって遊ばれていた付き人は静かにそう言うと、オモチャで散らかった部屋を片付ける。
「んもう。朴念仁っ!」
娘はべーっと舌を出して苛立ちを顕にした。
父が外に出てはいけない代わりにと遊び相手を探して付けてくれたのはいいのだが、この付き人はたいそう生真面目というか感情の起伏が少なかった。どんな無理難題でもとりあえず取り組むという姿勢は好感ではあったが、何しろ話し相手にはとかく不適合な人物であった。
「そもそも貴女がこう……もう少し賑やかしてくれるなら、こんな風に言わなかったと思うわ」
「申し訳ありません」
あーもう。それが問題なんだってば。話が続かない。
言い訳どころか、口答えも、代替案も出さないこの付き人の真面目すぎるダメ人間感に娘はため息をついた。
「なんか楽しいとか、思ったりすることないの?」
「ありません」
「小さい時からずっとそうなの?」
「はい、厳しく育てられましたので」
「楽しいこととか、見つけたりしたくない?」
「こうしてお仕事できるだけで十分です」
矢継ぎ早の娘の質問にも、付き人は無情に切って落とし続ける。その様子は矢の雨を弾き返す剣の勇者のようだ。
隙がなさすぎる。娘はすっかり失望すると、窓を開けて叫んだ。
「こんな生活いやーーーーっ!!!」
「お嬢様、いけません。外に誰がいるかわかりません」
付き人は即座に娘を抱きかかえると窓から引きずりおろした。
と、その瞬間、一瞬だけ付き人の動きが止まった。
不思議に思って娘も抵抗するのを止めた瞬間、綺麗な音楽の音色が春風に乗って微かに聞こえてきた。遠い遠いところからだが、その音色はとても優しく胸を撫でるのを娘は実感した。
なんの曲かはわからない。だが、それを調べるとかどうこうするより、綺麗な音色に耳を傾けること方が大切だった。
娘も付き人もしばらく、窓辺から空に顔向け、音色に聞き入っていた。
「あんな素敵な音があるんですね」
ごく自然に出た言葉に娘ははっとした。
この心が鉄でできているような付き人も聴き惚れていた。
「ね、ね。今の素敵だと思った? 本当に?」
「あ、いえ、その。……はい」
ずっと奥にしまっていた我が出てきたのだろう。
勤勉だけど血まで冷たい人間だという自分の評価が娘の中で少し変わる。この子は本当に楽しい事を知らないだけなのだ。
「ふっふっふ。ねえねえ、今度あの人捕まえて、お家で音楽会してもらいましょうよ。貴女も一緒に聴きましょ」
「素性の知れない人をこの家に招き入れるのはご主人様は反対されます」
またつっけんどんな顔になってそう言う付き人だったが、娘はもう負けてはいなかった。
すかさずその鼻先に指を突き付けると、顔をゆっくり近づける。
「素性を確認すればいいでしょ? ヴルツァライヒかなにかしらないけど、その対策もするっ。私はここから出られないから、それは貴女のお仕事。いいわねっ」
付き人はしばらく固まっていたが、大人しく「はい」と答えたのであった。
そして、付き人が見つけて来たのがあなた達であった。
リプレイ本文
「あの、外のステージは……?」
依頼人であるこの屋敷の娘タチアナの付き人テミスは、ハンター達が数日かけて作った大きな音楽のステージを見て小首を傾げた。
ルナ・レンフィールド(ka1565)が家の人間すなわちタチアナやその父のオード、付き人のテミスや護衛のアル、そしてたくさんの使用人たちを導いた場所は、そもそも舞台とはまるで関係の場所であったし、そちらを気にする様子もなかった。
「あれは見せかけなんです」
かんらかんらと笑って答えるルナの一言に、オードは卒倒しそうなほどに顔を青くした。
「貴様、馬鹿にするのも大概に……」
「ヴルツァライヒの目を欺くための囮だ。これを機に狙ってくる人間がいるかもしれないと聞いていたからな。それにぴりぴりとした現状の清涼剤としては、アレでは物足りぬ」
ルシール・フルフラット(ka4000)は悪戯な笑みを浮かべてそう説明した。
「それよりもっと素敵な舞台がありますから」
「これよりも良い舞台……? テミス。あなた聞いてる?」
「いいえ」
屋敷の人間が顔を見合わせる中、ルナとルシールは揃って微笑みを交わすと、屋敷の入り口の左右に分かれて立ち、すらりとした美しい腕、伸びやかな腕でそれぞれ扉に向けた。
「楽団Le premier pasの素敵な一日をどうぞ、ご観覧くださいませ!」
アルが先導し、オードとタチアナが玄関を潜り抜けた瞬間。
「ようこそ、プリンツェッシン!」
イルム=ローレ・エーレ(ka5113)の強くのびのびとした美声が玄関ホールに響き渡ると同時に、彼女の持つアコーディオンの底から響く低音と、ブリジット(ka4843)のハープのかき鳴らす弦の震える音色が、そしてリラ(ka5679)の持つハンドベルがコロコロと鳴り響き中高音を支え、エステル・クレティエ(ka3783)のフルートが空高く突き抜ける。そうしてあらゆる音の調和が観客を迎えた。
「今日はいつもの日常を。そのまま特別なものに。張り詰めた弦をゆるめるお手伝いをさせていただきます。『光森の奏者』ルナ・レンフィールドです」
音がふっと抜けると同時にルナが改めてお辞儀をし、ハンターによる即興楽団に向き直ると、目配せ一つ。そして大きく腕を伸ばしてそして一気にリュートをかき鳴らした。
「それではまず出迎えの曲にレーヴェンツァーン(タンポポ)を」
ブリジットがそう宣言し、曲が始まる。
「♪辛い冬は終わりを迎え 春の女神は目覚めを迎えました
固く凍えた壁を 今日はあたたかく溶かしましょう」
リラの高い歌声が玄関ホールの天井を利用して高く高く響き渡ると、ルシールも人々の脇をすり抜け、そして中に引きこむようにと歌をつないだ。
「♪そう ここは貴方たちの気高きお城 だけど冷たい牢獄でもあった
貴方の目線一つで ここに幾千のタンポポが咲きほこるだろう」
ルシールの歌声に、ブリジットがハープの音色を添えて、タチアナに微笑みと視線を送った。
毎日退屈といっていた彼女の世界を変えに来たというメッセージは伝わったようで、タチアナの眼は驚きのそれから、輝く夢見る瞳に移り変わりつつある。
「こんな音楽会初めてだわ」
「今日は皆様のいらっしゃるこの御屋敷それぞれの場所で、場所に見合った曲を演奏させていただきます。展覧会の絵を眺めるように、この景色を価値ある景色に変えられればと思います。よろしくお願いしますね」
エステルのお辞儀とその説明に、タチアナはもちろんオードや使用人たちも思わず自然と拍手が巻き起こる。
「それでは、それぞれの場所で。またお会いしましょう」
白の舞手と自称するブリジットがブーツで床を鳴らすと、一斉に楽団全員がくるりとその場で回転して、そのままそれぞれの担当場所へと移動する。
「さて、オード卿以下皆様。お次は優雅な一時から豊かな団らんの場へご案内いたします」
一人残ったイルムはアコーディオンを軽く動かし、出迎えの盛大な曲を緩やかに変形させつつ、今へと聴衆を導いた。何より、その優雅でありつつも大道芸的な動きがタチアナを魅了したようで、熱烈な視線が送られるのをイルムはいつもの蠱惑で優雅な笑み一つで返した。
「お嬢様。大丈夫ですか」
「はぁぁ、もうこれだけで胸がバクハツしちゃいそう」
顔を上気させるタチアナを冷静にテミスがサポートしていた。
続いては居間。
皆が部屋に入るなり、ぴたり。とイルムのアコーディオンは音を消したかと思うと、エステルのフルートの音色が小さく始まる。それは軽快な音だけれども、どことなくしっとりとした音の伸びもあり。
「ふふふ、ねぇ。恋のお話をしているみたい」
「うむむ。娘にはちょっと早いんじゃないか」
横に立つイルムの姿を目で追いかける感受性豊かなタチアナは、エステルの曲の内容を無意識に掴みとったようで。
そんなに遠いと思っていなかった近しいあの人。でも、惹かれていることを自覚すると、なんだか急に遠く感じて。でも、今日もあの店に顔を出す。
エステルの音色がタチアナの心とリンクする。
「ああ、私の恋、どうなっちゃうのぉ!」
「お嬢様。大丈夫ですか」
音の世界に引き込まれたタチアナを懸命にテミスが揺さぶり戻している様子を見てはにかんだ。
「エステル君。大丈夫かい?」
「あああっ、いや。なにも!」
イルムが絶妙な間合いでエステルに顔を寄せてぼんやりとした顔を覗き込み、エステルは大慌てで顔を真っ赤にして離れた。
「ふ、二人は恋仲なのかしら」
「どうみても女性二人じゃありませんか……」
失敗したかとドキッとしたが、演奏の芝居だと観衆は思ってくれた様子。
イルムは笑顔を浮かべるとアコーディオンで音の流れを引き継ぎ、エステルのソロパートに音を足して居間での演奏を盛り上げていく。
不思議だな。エステルはイルムの顔を見ながらフルートを吹きつつ、ぽやりと思った。
「さてさて、お次は食堂へ」
イルムは屋敷の人間を連れてそぞろ廊下を渡る。その様子はハーメルン。
と、しかし。オードの執務室の傍を通る時は軽妙な音も一旦中止して荘厳な帝国の賛歌に切り替える。
「うむ。ハンターといえども、よく分かっているじゃないか 」
その音にオードは一つ大きく頷くとこの世にも稀な音楽会に振り回される様子から、一転して誇り高い顔に戻った。
しかし、少々ケンが強い。
「心中お察しいたします」
イルムは胸に手を当てて一礼をしつつ、その片眼鏡の奥からオードの横切るその姿を追いかけた。あの手の人間は有能には間違いないが、人間的には少々難があるパターンが多い。人間の闇と光を見てきたイルムにとって嗜虐的な空気をはっきりと嗅ぎ分けることができた。
ヴルツァライヒの恰好の標的になりそうな御仁だね。
とは思いつつもイルムは素知らぬ顔で再び歩みを進めると、食堂の扉をそっと開けると、まな板をトントンと小気味いい音が響いた。
「今日のお食事は音色と共に。どうぞお召し上がりください」
居間から引き続いてエステルの演奏だ。今度は自前のグラスや、まな板、包丁や、銀食器の類を巧みに操り、様々な音階を作り出していく。
「トントト とんと とんととト♪ はい」
エステルのどうぞ、という合図に一瞬たじろぐ聴衆たちだが、護衛のアルがそれを引き受けて、手拍子で返す。
タンタタ タンタ タンタタタ
「すごい、アル。音楽の才能があったのね! 新しい発見だわ」
タチアナも喜んで盛大な手拍子で返す中、エステルが微笑んだ。
「お嬢様も素敵なリズムですね。恋い焦がれる方への手料理もきっとお上手に作られるのかもしれませんね」
そしてグラスハープを小さい物から順に階段を下るようにして弾く。
と、その瞬間、手が滑る。先ほどもそうだが今日は緊張が止まらない。
手の汗でスプーンが滑った。
浮き上がるスプーンを見やるエステルは、誰かに軽く肩を叩かれたような気がして、不意に我に返った。
「兄様ったら、分かってるわよ!」
思わず独り言ちると空中のスプーンを掴みとり、そのままくるりと一回転して優雅にお辞儀すると、驚嘆と拍手が涼風のように舞い降りてきた。
「暗殺者の影って見えますか?」
「いいや、外から視線もないし、護衛のアルにも警戒はしてもらってはいるが、特に不審な点も見られないということだ」
階段で待機するブリジットの問いかけにルシールは首を振りつつ、足音を確認した。
「食堂が終わったみたいだ。バスルームに急ごう」
「もう中に潜んでいるのかしら……」
ブリジットはハープの縁に小型の矢を充填しながら、次の音楽の舞台へと案内される聴衆を階上から見下ろした。
「お次はバスルームです。お風呂では何を考えますか?」
引率するルナの問いかけにタチアナはしばらく考えた。
「綺麗にするところ、リフレッシュするところ、それから……のんびり歌える場所!」
本来の天真爛漫さが窺えるその一言に使用人たちから朗らかな笑い声が漏れる。きっと歌ってるんだ。
「♪あなたの笑顔を作る場所 ようこそ」
バスルームを開くなり、リラが部屋の響きを利用して、目いっぱいに元気な声でそう出迎える。
「すごい、ちょっとしたオペラホールみたい」
タチアナはエコーのかかる部屋に響く声に感動した。
「驚くのはまだ早いですよ」
ルシールがウィンク一つしてタチアナにほほ笑むと、彼女はリラと並び、問いかけるようにして歌い始める。
「♪その笑顔はどこから来るのだろうか その笑顔は何故日ごとにしぼんでしまうのか
全ては等しく守るのが我が役目ならば 君の笑顔も守りたい」
ルシールの言葉にタチアナは自らの胸元をぎゅっと握りしめる。
「♪そう言ってくれるあなたが嬉しい 私を見やってくれるその一言が何より私を元気にするの」
リラは両親の友人であるルシールへの想いをそのまま言葉にして歌い上げる。この歌にかかる主人公であるタチアナの気持ちを被らせながら。
そしてバスタブの中からわきでる泡のようにして、カードをリラは巧みな手さばきで空へと放ち、タチアナとテミスの元に届けた。
「♪あなたがいてくれるだけが幸せ 一緒に歌ってくれるならもっと幸せ」
タチアナはテミスに期待した瞳を向けたが、生憎ながらテミスは緊張のあまりかあまり歌ってはくれなかった。それでも顔を紅潮させながらたどたどしく歌い上げるテミスの横で、タチアナはのびのびとリラ、ルシールの歌声に合わせる様子は、すっかり愚痴っぽくなっていた少女の心を解き放った。
「お風呂はいかがでしたか? さっぱりしたらお休みの時間ですよ」
ブリジットは白いドレスをたなびかせ、くるりと階段の前で跳ねると、階段を昇ったり降りたりでタップを刻む。
「今日の出来事、お忘れはありませんか?」
ルナがブリジットのマズルカに合わせて忙しいリズムでリュートを奏でながら、屋敷の人間に問いかける。
「夢への階段、昇ったならば
もう今日には 戻って来られません
悲しいことではありません 素敵な笑顔は幸せの種
明日はきっと大きく花が咲きます」
ブリジットはそう歌い上げると、手すりを掴み、大きく足を開くと側転するように大きく身体を捻じった。
ドレスの端が大きく開いて、それは花の様。
着地するとまた回転。白い花は次々と階上の部屋へと導くように咲きほころびる。
「すごい……」
「ははは、こんな粋な踊りの後で寝られるかは心配だな」
テミスがブリジットの身体捌きに呆然とする中、オードはすっかり緊張の色をなくして愉快そうに笑ってブリジットの導く最後の会場へと足を運ぶ。
そして寝室。
階下で演奏を担当していた人間たちも勢ぞろい。
ベッドをくるりと取り囲み、音楽に合わせて軽くステップを踏みつつ、踊って出迎え。
「それでは最後の曲です。votre sourire(みんなの笑顔)、どうぞ皆様もご一緒にくださいね」
ルナの前置きの後、少しの沈黙が訪れ、そしてリュートの伴奏に合わせてリラがゆっくりと歌を紡ぎ始める。
「♪笑いましょう
素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから
それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ
より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
ギターを持ったブリジットが歌い上げると、ゆるゆるとタチアナに近づくと、華やかに彩られたその手を差し出した。
「♪踊りましょう
素敵な踊りは喜びの種 向けたぶんだけ芽吹くから
それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ
より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
タチアナは淑女然と一礼するとその手をとると、ブリジットに抱かれるように胸元に飛び込むと、イルムが祝福するようにアコーディオンを大きく膨らませた。
「さぁ、みんなで踊ろうじゃないか」
イルムは小慣れたウィンクを一つ使用人たちに飛ばすと、音楽を身に浸みさせてきた彼らもそれぞれに手近な者と手を取って、思い思いに踊りに興じ始めた。
「さあ。オードさんも是非っ」
ルナも曲に合わせるようにして少し音程を整えたその声で、オードを踊りに誘った。
オードも待っていましたと音楽に身を委ねて、なめらかに身体をゆらした。
全員が音楽に身を委ねる豊かな一時。
みんな満足してくれたようで良かったと存分に歌うルシールは、その中で一人じっとしている人間を見つけた。テミスだ。踊るのが苦手なのか、周りの様子を首をすくめてうかがうばかりである。だけど、よく見れば身体を固くしているのは心の中に留めているものにじっと耐えているような気もする。
「そこの君。聴くのも楽しいけれど、音楽は共に奏でるのも……」
と言った瞬間、テミスはするりとルシールの真横をすり抜けて行った。
ルシールの長い髪に阻まれて彼女の姿が消えるまでの一瞬。テミスの瞳が氷のように冷たい色をしていることにルシールははっとして、仲間を振り返った。
「!!」
音楽の最中だ。連絡が追いつかない。
テミスはそのまま次なる踊りの相手を求める主人オードの元に走っていた。袖の下から黒い短刀を隠し持っているのは、闘狩人なら見えずともすぐに理解できた。エステルがルシールの様子に気が付いてスリープクラウドを詠唱するも踊り狂う人ごみの中だ。傷つけない魔法とはいえ迂闊に放つわけにはいかない。
「あぶな……」
「!」
次の瞬間。
テミスは失速し、うずくまった。
ブリジットの矢を受けた肩から血を流して。
「暗殺者は貴女だったんですね?」
「……もう少し」
抱きかかえられたテミスはルシールに向かっていつもの無表情を向けて呟いた。
「貴方たちの音楽が下手なら、悩まなかったのに」
顔は冷たいままだった。面白いことなど何もなかったというほどの。
だが、彼女は襲い掛かるその瞬間に躊躇し、そして今、瞳は揺れていた。
それぞれが響かせたたくさんの音色と歌声は。
この殺戮人形の心をも確かに揺らしたのだ。
依頼人であるこの屋敷の娘タチアナの付き人テミスは、ハンター達が数日かけて作った大きな音楽のステージを見て小首を傾げた。
ルナ・レンフィールド(ka1565)が家の人間すなわちタチアナやその父のオード、付き人のテミスや護衛のアル、そしてたくさんの使用人たちを導いた場所は、そもそも舞台とはまるで関係の場所であったし、そちらを気にする様子もなかった。
「あれは見せかけなんです」
かんらかんらと笑って答えるルナの一言に、オードは卒倒しそうなほどに顔を青くした。
「貴様、馬鹿にするのも大概に……」
「ヴルツァライヒの目を欺くための囮だ。これを機に狙ってくる人間がいるかもしれないと聞いていたからな。それにぴりぴりとした現状の清涼剤としては、アレでは物足りぬ」
ルシール・フルフラット(ka4000)は悪戯な笑みを浮かべてそう説明した。
「それよりもっと素敵な舞台がありますから」
「これよりも良い舞台……? テミス。あなた聞いてる?」
「いいえ」
屋敷の人間が顔を見合わせる中、ルナとルシールは揃って微笑みを交わすと、屋敷の入り口の左右に分かれて立ち、すらりとした美しい腕、伸びやかな腕でそれぞれ扉に向けた。
「楽団Le premier pasの素敵な一日をどうぞ、ご観覧くださいませ!」
アルが先導し、オードとタチアナが玄関を潜り抜けた瞬間。
「ようこそ、プリンツェッシン!」
イルム=ローレ・エーレ(ka5113)の強くのびのびとした美声が玄関ホールに響き渡ると同時に、彼女の持つアコーディオンの底から響く低音と、ブリジット(ka4843)のハープのかき鳴らす弦の震える音色が、そしてリラ(ka5679)の持つハンドベルがコロコロと鳴り響き中高音を支え、エステル・クレティエ(ka3783)のフルートが空高く突き抜ける。そうしてあらゆる音の調和が観客を迎えた。
「今日はいつもの日常を。そのまま特別なものに。張り詰めた弦をゆるめるお手伝いをさせていただきます。『光森の奏者』ルナ・レンフィールドです」
音がふっと抜けると同時にルナが改めてお辞儀をし、ハンターによる即興楽団に向き直ると、目配せ一つ。そして大きく腕を伸ばしてそして一気にリュートをかき鳴らした。
「それではまず出迎えの曲にレーヴェンツァーン(タンポポ)を」
ブリジットがそう宣言し、曲が始まる。
「♪辛い冬は終わりを迎え 春の女神は目覚めを迎えました
固く凍えた壁を 今日はあたたかく溶かしましょう」
リラの高い歌声が玄関ホールの天井を利用して高く高く響き渡ると、ルシールも人々の脇をすり抜け、そして中に引きこむようにと歌をつないだ。
「♪そう ここは貴方たちの気高きお城 だけど冷たい牢獄でもあった
貴方の目線一つで ここに幾千のタンポポが咲きほこるだろう」
ルシールの歌声に、ブリジットがハープの音色を添えて、タチアナに微笑みと視線を送った。
毎日退屈といっていた彼女の世界を変えに来たというメッセージは伝わったようで、タチアナの眼は驚きのそれから、輝く夢見る瞳に移り変わりつつある。
「こんな音楽会初めてだわ」
「今日は皆様のいらっしゃるこの御屋敷それぞれの場所で、場所に見合った曲を演奏させていただきます。展覧会の絵を眺めるように、この景色を価値ある景色に変えられればと思います。よろしくお願いしますね」
エステルのお辞儀とその説明に、タチアナはもちろんオードや使用人たちも思わず自然と拍手が巻き起こる。
「それでは、それぞれの場所で。またお会いしましょう」
白の舞手と自称するブリジットがブーツで床を鳴らすと、一斉に楽団全員がくるりとその場で回転して、そのままそれぞれの担当場所へと移動する。
「さて、オード卿以下皆様。お次は優雅な一時から豊かな団らんの場へご案内いたします」
一人残ったイルムはアコーディオンを軽く動かし、出迎えの盛大な曲を緩やかに変形させつつ、今へと聴衆を導いた。何より、その優雅でありつつも大道芸的な動きがタチアナを魅了したようで、熱烈な視線が送られるのをイルムはいつもの蠱惑で優雅な笑み一つで返した。
「お嬢様。大丈夫ですか」
「はぁぁ、もうこれだけで胸がバクハツしちゃいそう」
顔を上気させるタチアナを冷静にテミスがサポートしていた。
続いては居間。
皆が部屋に入るなり、ぴたり。とイルムのアコーディオンは音を消したかと思うと、エステルのフルートの音色が小さく始まる。それは軽快な音だけれども、どことなくしっとりとした音の伸びもあり。
「ふふふ、ねぇ。恋のお話をしているみたい」
「うむむ。娘にはちょっと早いんじゃないか」
横に立つイルムの姿を目で追いかける感受性豊かなタチアナは、エステルの曲の内容を無意識に掴みとったようで。
そんなに遠いと思っていなかった近しいあの人。でも、惹かれていることを自覚すると、なんだか急に遠く感じて。でも、今日もあの店に顔を出す。
エステルの音色がタチアナの心とリンクする。
「ああ、私の恋、どうなっちゃうのぉ!」
「お嬢様。大丈夫ですか」
音の世界に引き込まれたタチアナを懸命にテミスが揺さぶり戻している様子を見てはにかんだ。
「エステル君。大丈夫かい?」
「あああっ、いや。なにも!」
イルムが絶妙な間合いでエステルに顔を寄せてぼんやりとした顔を覗き込み、エステルは大慌てで顔を真っ赤にして離れた。
「ふ、二人は恋仲なのかしら」
「どうみても女性二人じゃありませんか……」
失敗したかとドキッとしたが、演奏の芝居だと観衆は思ってくれた様子。
イルムは笑顔を浮かべるとアコーディオンで音の流れを引き継ぎ、エステルのソロパートに音を足して居間での演奏を盛り上げていく。
不思議だな。エステルはイルムの顔を見ながらフルートを吹きつつ、ぽやりと思った。
「さてさて、お次は食堂へ」
イルムは屋敷の人間を連れてそぞろ廊下を渡る。その様子はハーメルン。
と、しかし。オードの執務室の傍を通る時は軽妙な音も一旦中止して荘厳な帝国の賛歌に切り替える。
「うむ。ハンターといえども、よく分かっているじゃないか 」
その音にオードは一つ大きく頷くとこの世にも稀な音楽会に振り回される様子から、一転して誇り高い顔に戻った。
しかし、少々ケンが強い。
「心中お察しいたします」
イルムは胸に手を当てて一礼をしつつ、その片眼鏡の奥からオードの横切るその姿を追いかけた。あの手の人間は有能には間違いないが、人間的には少々難があるパターンが多い。人間の闇と光を見てきたイルムにとって嗜虐的な空気をはっきりと嗅ぎ分けることができた。
ヴルツァライヒの恰好の標的になりそうな御仁だね。
とは思いつつもイルムは素知らぬ顔で再び歩みを進めると、食堂の扉をそっと開けると、まな板をトントンと小気味いい音が響いた。
「今日のお食事は音色と共に。どうぞお召し上がりください」
居間から引き続いてエステルの演奏だ。今度は自前のグラスや、まな板、包丁や、銀食器の類を巧みに操り、様々な音階を作り出していく。
「トントト とんと とんととト♪ はい」
エステルのどうぞ、という合図に一瞬たじろぐ聴衆たちだが、護衛のアルがそれを引き受けて、手拍子で返す。
タンタタ タンタ タンタタタ
「すごい、アル。音楽の才能があったのね! 新しい発見だわ」
タチアナも喜んで盛大な手拍子で返す中、エステルが微笑んだ。
「お嬢様も素敵なリズムですね。恋い焦がれる方への手料理もきっとお上手に作られるのかもしれませんね」
そしてグラスハープを小さい物から順に階段を下るようにして弾く。
と、その瞬間、手が滑る。先ほどもそうだが今日は緊張が止まらない。
手の汗でスプーンが滑った。
浮き上がるスプーンを見やるエステルは、誰かに軽く肩を叩かれたような気がして、不意に我に返った。
「兄様ったら、分かってるわよ!」
思わず独り言ちると空中のスプーンを掴みとり、そのままくるりと一回転して優雅にお辞儀すると、驚嘆と拍手が涼風のように舞い降りてきた。
「暗殺者の影って見えますか?」
「いいや、外から視線もないし、護衛のアルにも警戒はしてもらってはいるが、特に不審な点も見られないということだ」
階段で待機するブリジットの問いかけにルシールは首を振りつつ、足音を確認した。
「食堂が終わったみたいだ。バスルームに急ごう」
「もう中に潜んでいるのかしら……」
ブリジットはハープの縁に小型の矢を充填しながら、次の音楽の舞台へと案内される聴衆を階上から見下ろした。
「お次はバスルームです。お風呂では何を考えますか?」
引率するルナの問いかけにタチアナはしばらく考えた。
「綺麗にするところ、リフレッシュするところ、それから……のんびり歌える場所!」
本来の天真爛漫さが窺えるその一言に使用人たちから朗らかな笑い声が漏れる。きっと歌ってるんだ。
「♪あなたの笑顔を作る場所 ようこそ」
バスルームを開くなり、リラが部屋の響きを利用して、目いっぱいに元気な声でそう出迎える。
「すごい、ちょっとしたオペラホールみたい」
タチアナはエコーのかかる部屋に響く声に感動した。
「驚くのはまだ早いですよ」
ルシールがウィンク一つしてタチアナにほほ笑むと、彼女はリラと並び、問いかけるようにして歌い始める。
「♪その笑顔はどこから来るのだろうか その笑顔は何故日ごとにしぼんでしまうのか
全ては等しく守るのが我が役目ならば 君の笑顔も守りたい」
ルシールの言葉にタチアナは自らの胸元をぎゅっと握りしめる。
「♪そう言ってくれるあなたが嬉しい 私を見やってくれるその一言が何より私を元気にするの」
リラは両親の友人であるルシールへの想いをそのまま言葉にして歌い上げる。この歌にかかる主人公であるタチアナの気持ちを被らせながら。
そしてバスタブの中からわきでる泡のようにして、カードをリラは巧みな手さばきで空へと放ち、タチアナとテミスの元に届けた。
「♪あなたがいてくれるだけが幸せ 一緒に歌ってくれるならもっと幸せ」
タチアナはテミスに期待した瞳を向けたが、生憎ながらテミスは緊張のあまりかあまり歌ってはくれなかった。それでも顔を紅潮させながらたどたどしく歌い上げるテミスの横で、タチアナはのびのびとリラ、ルシールの歌声に合わせる様子は、すっかり愚痴っぽくなっていた少女の心を解き放った。
「お風呂はいかがでしたか? さっぱりしたらお休みの時間ですよ」
ブリジットは白いドレスをたなびかせ、くるりと階段の前で跳ねると、階段を昇ったり降りたりでタップを刻む。
「今日の出来事、お忘れはありませんか?」
ルナがブリジットのマズルカに合わせて忙しいリズムでリュートを奏でながら、屋敷の人間に問いかける。
「夢への階段、昇ったならば
もう今日には 戻って来られません
悲しいことではありません 素敵な笑顔は幸せの種
明日はきっと大きく花が咲きます」
ブリジットはそう歌い上げると、手すりを掴み、大きく足を開くと側転するように大きく身体を捻じった。
ドレスの端が大きく開いて、それは花の様。
着地するとまた回転。白い花は次々と階上の部屋へと導くように咲きほころびる。
「すごい……」
「ははは、こんな粋な踊りの後で寝られるかは心配だな」
テミスがブリジットの身体捌きに呆然とする中、オードはすっかり緊張の色をなくして愉快そうに笑ってブリジットの導く最後の会場へと足を運ぶ。
そして寝室。
階下で演奏を担当していた人間たちも勢ぞろい。
ベッドをくるりと取り囲み、音楽に合わせて軽くステップを踏みつつ、踊って出迎え。
「それでは最後の曲です。votre sourire(みんなの笑顔)、どうぞ皆様もご一緒にくださいね」
ルナの前置きの後、少しの沈黙が訪れ、そしてリュートの伴奏に合わせてリラがゆっくりと歌を紡ぎ始める。
「♪笑いましょう
素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから
それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ
より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
ギターを持ったブリジットが歌い上げると、ゆるゆるとタチアナに近づくと、華やかに彩られたその手を差し出した。
「♪踊りましょう
素敵な踊りは喜びの種 向けたぶんだけ芽吹くから
それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ
より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
タチアナは淑女然と一礼するとその手をとると、ブリジットに抱かれるように胸元に飛び込むと、イルムが祝福するようにアコーディオンを大きく膨らませた。
「さぁ、みんなで踊ろうじゃないか」
イルムは小慣れたウィンクを一つ使用人たちに飛ばすと、音楽を身に浸みさせてきた彼らもそれぞれに手近な者と手を取って、思い思いに踊りに興じ始めた。
「さあ。オードさんも是非っ」
ルナも曲に合わせるようにして少し音程を整えたその声で、オードを踊りに誘った。
オードも待っていましたと音楽に身を委ねて、なめらかに身体をゆらした。
全員が音楽に身を委ねる豊かな一時。
みんな満足してくれたようで良かったと存分に歌うルシールは、その中で一人じっとしている人間を見つけた。テミスだ。踊るのが苦手なのか、周りの様子を首をすくめてうかがうばかりである。だけど、よく見れば身体を固くしているのは心の中に留めているものにじっと耐えているような気もする。
「そこの君。聴くのも楽しいけれど、音楽は共に奏でるのも……」
と言った瞬間、テミスはするりとルシールの真横をすり抜けて行った。
ルシールの長い髪に阻まれて彼女の姿が消えるまでの一瞬。テミスの瞳が氷のように冷たい色をしていることにルシールははっとして、仲間を振り返った。
「!!」
音楽の最中だ。連絡が追いつかない。
テミスはそのまま次なる踊りの相手を求める主人オードの元に走っていた。袖の下から黒い短刀を隠し持っているのは、闘狩人なら見えずともすぐに理解できた。エステルがルシールの様子に気が付いてスリープクラウドを詠唱するも踊り狂う人ごみの中だ。傷つけない魔法とはいえ迂闊に放つわけにはいかない。
「あぶな……」
「!」
次の瞬間。
テミスは失速し、うずくまった。
ブリジットの矢を受けた肩から血を流して。
「暗殺者は貴女だったんですね?」
「……もう少し」
抱きかかえられたテミスはルシールに向かっていつもの無表情を向けて呟いた。
「貴方たちの音楽が下手なら、悩まなかったのに」
顔は冷たいままだった。面白いことなど何もなかったというほどの。
だが、彼女は襲い掛かるその瞬間に躊躇し、そして今、瞳は揺れていた。
それぞれが響かせたたくさんの音色と歌声は。
この殺戮人形の心をも確かに揺らしたのだ。
依頼結果
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事前打ち合わせ ルナ・レンフィールド(ka1565) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/03/27 23:21:10 |
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楽団の命名卓(多分) エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/03/27 19:13:31 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/24 07:22:36 |