ゲスト
(ka0000)
【審判】堕とされた巡礼者
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/04/07 07:30
- 完成日
- 2016/04/17 15:36
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国で不穏な出来事が続いている。
怪しげな教団が勢いを増し、高位の貴族が歪虚への内通を疑われ、いわゆる天使の外見をした敵まで現れる。
千年に渡って王国と共存共栄してきた聖堂教会も、今が非常時であると判断し神経を尖らせていた。
少なくとも聖堂教会中枢の一部はそう考えていた。
●平穏だった巡礼路
「はいではチェックを始めます。出来次第報告お願いねー」
『3番隊異常なし』
『4番隊異常なし』
『5番隊、野犬の群れに遭遇し現在排除中。マテリアルに異常はありません』
『6番隊です。巡礼のご一家と遭遇し今、ってお嬢ちゃん危ないからメイス触ったらダメ!』
トランシーバーを介し報告が入ってくる。
「便利な機械が出来たもんですなぁ」
古株のクルセイダーが笑みでしわを深くしながら、指揮官の私物を物珍しそうに眺めている。
青い空に白い雲が浮かび、鳥達がのんびり飛んでいる。
王国中央の混乱とはかけ離れた、徹底的に平和な光景だった。
「工夫しないと訓練の時間もとれませんから」
古株に比べれば若い女性クルセイダーが、部下達から聞き取った内容を報告書にまとめていく。
「2番隊、何か異常があった?」
まだ報告の無い部下に連絡する。
指揮官直属の1番隊の人員は、のんびりしているように見えても即座に救援に向かえる体勢だ。
『はいいえ、報告が遅れて申し訳ありません。不審なものは見かけないのですが気配が……』
指揮官と古株か視線をかわす。
「6番隊は念のため巡礼の方達を避難させなさい」
3から5には警戒と合流を命じ、指揮官は1番隊を率いて2番隊の受け持ち地域へ駆けだした。
そこには巡礼路以外何もないはずだった。
人通りは少ないとはいえ宗教的にも意味がある路だ。今回だけでなく定期的に歪虚の捜索と討伐が行われている。だから万一歪虚が現れたとしてもたいした規模にはならないはずだったのだ。
「何よ……これ」
負のマテリアルを帯びた霧が巡礼路沿いに広がっていた。
霧の密度は低い。感覚の鋭いものでなければ気付き辛いだろう。
「2番隊は再訓練ですな」
軽口を叩く古株も緊張を隠せない。
神経を研ぎ澄ませて周囲を探るが歪虚の気配は無い。
「2番隊! 直ちに王都に向かい現状の報告と浄化のための増援要請を行いなさい。これ報告書と割り符。急いで!」
「りょ、了解しました!」
1つの隊全員が乗用馬に乗って南へ走る。
「6番隊は巡礼者を最寄りに街まで護送、1と5は巡礼路の封鎖と歪虚出現時の駆除を開始。3と4はテントを張って無理でも夕方まで休みなさい。……多分、長期戦になるわ」
汚れた霧は風でも散らず、低速ではあるが確実に量を増しつつある。
浄化のための人材招集に機材搬入、儀式と護衛とその後の確認と、全てが終わるまで長い時間が必要かもしれなかった。
●かつても危険であった巡礼路
「みなさーん、大丈夫ですからゆっくり着いてきてくださいねー」
聖堂戦士団が巡礼者を先導する。
巡礼路というと宗教色が強く苛酷な道に聞こえるかもしれない。
実際には僻地以外にも巡礼路はあり、ここから子供の足で1時間でハンターズソサエティ支部がある街につく。
「隊長、あの霧どこから出てきたんでしょう?」
暇に飽いた若手の団員が尋ねると、あまり歳の変わらない6番隊隊長は巡礼の女性に愛想を振りまきつつ答えた。
「歪虚の仕業だ。けど負のマテリアルとはいえ薄かったからなぁ。雑魔1匹か2匹と思うぞ」
答える声は小声。振りまく愛想も変わらない。周囲に対する警戒も怠らない。
覚醒者としての格は低くても、信者の護り手としては合格レベルの存在だ。
「お母さん、あそこに人がいるよ?」
頑丈なブーツに旅装束の子供が、同じく金のかかった装備の女性巡礼者の手を引っ張った。
複数の視線が子供が示す場所に向く。
男が足を引きずりながらこちらに向かってくる。
ブーツは泥だらけ、外套は色あせすり切れ、聞き取れない小さな声で何かをつぶやいている。
顔には長年の辛苦が刻まれて皺ばかり。俯いているので目は見えない。
「あら。危ないわ。呼びかけないと」
若い女性が良心に従い精一杯大きな声を出す。
男の巡礼達がいいところを見せようと駆け出す。
そして聖堂戦士団達が、違和感にようやく気づいて顔を真っ青にした。
「止まってください! あれは……」
追いかけようとするが、遅い。
『エクラ、エクラ、エクラと……。死を、死を、死を……』
全く同じ内容が途切れることなく繰り返されている。
1つ1つの単語に込められた悪意と憎悪は、気づいた男の巡礼が真っ青になるほどだ。
「人間? まさか人型の歪虚!?」
聖堂戦士団が構えるメイスが震えた。
人型をとれる歪虚はだいたい高位だ。仮に高位歪虚なら全員でかかっても足止めすらできない。
『安息の死を』
汚れた巡礼者から薄い霧のようなものが生まれる。
急速に広がり視認が困難になり、気づかず近寄ってしまった巡礼者数名が意識を失いその場に倒れた。
「大丈夫です。我々が食い止めます。急がず街へ向かってください」
隊長が必死に平静を保って避難を促す。
団員達は前に出て倒れた巡礼者を回収する。
汚れた巡礼者は相変わらずだ。足を引きずりながら同じ言葉を延々とつぶやいている。
「隊長!」
「巡礼者の避難を優先させろ。我らが囮に……」
「反対側からも似たのが接近中です!」
隊長の奥歯が鳴った。
「2人連れて足止めに向かえ。急げ!」
新し物好きの部隊長に持たされた発煙筒に火をつける。
既に本隊との距離は離れていて街の方が近い。
巡礼を死守する気はある。
だが街が異常事態に気付いて救援を送り込むまで守り切る自信は正直全くなかった。
●依頼
あなたが転移装置を使おうとしたとき、支部の責任者が真っ青な顔で飛び込んできた。
「巡礼が歪虚に襲われています。馬はお貸ししますので救援にっ」
あなたは現地に向かってもいいし、現地に向かうハンターを見送ってもいい。
怪しげな教団が勢いを増し、高位の貴族が歪虚への内通を疑われ、いわゆる天使の外見をした敵まで現れる。
千年に渡って王国と共存共栄してきた聖堂教会も、今が非常時であると判断し神経を尖らせていた。
少なくとも聖堂教会中枢の一部はそう考えていた。
●平穏だった巡礼路
「はいではチェックを始めます。出来次第報告お願いねー」
『3番隊異常なし』
『4番隊異常なし』
『5番隊、野犬の群れに遭遇し現在排除中。マテリアルに異常はありません』
『6番隊です。巡礼のご一家と遭遇し今、ってお嬢ちゃん危ないからメイス触ったらダメ!』
トランシーバーを介し報告が入ってくる。
「便利な機械が出来たもんですなぁ」
古株のクルセイダーが笑みでしわを深くしながら、指揮官の私物を物珍しそうに眺めている。
青い空に白い雲が浮かび、鳥達がのんびり飛んでいる。
王国中央の混乱とはかけ離れた、徹底的に平和な光景だった。
「工夫しないと訓練の時間もとれませんから」
古株に比べれば若い女性クルセイダーが、部下達から聞き取った内容を報告書にまとめていく。
「2番隊、何か異常があった?」
まだ報告の無い部下に連絡する。
指揮官直属の1番隊の人員は、のんびりしているように見えても即座に救援に向かえる体勢だ。
『はいいえ、報告が遅れて申し訳ありません。不審なものは見かけないのですが気配が……』
指揮官と古株か視線をかわす。
「6番隊は念のため巡礼の方達を避難させなさい」
3から5には警戒と合流を命じ、指揮官は1番隊を率いて2番隊の受け持ち地域へ駆けだした。
そこには巡礼路以外何もないはずだった。
人通りは少ないとはいえ宗教的にも意味がある路だ。今回だけでなく定期的に歪虚の捜索と討伐が行われている。だから万一歪虚が現れたとしてもたいした規模にはならないはずだったのだ。
「何よ……これ」
負のマテリアルを帯びた霧が巡礼路沿いに広がっていた。
霧の密度は低い。感覚の鋭いものでなければ気付き辛いだろう。
「2番隊は再訓練ですな」
軽口を叩く古株も緊張を隠せない。
神経を研ぎ澄ませて周囲を探るが歪虚の気配は無い。
「2番隊! 直ちに王都に向かい現状の報告と浄化のための増援要請を行いなさい。これ報告書と割り符。急いで!」
「りょ、了解しました!」
1つの隊全員が乗用馬に乗って南へ走る。
「6番隊は巡礼者を最寄りに街まで護送、1と5は巡礼路の封鎖と歪虚出現時の駆除を開始。3と4はテントを張って無理でも夕方まで休みなさい。……多分、長期戦になるわ」
汚れた霧は風でも散らず、低速ではあるが確実に量を増しつつある。
浄化のための人材招集に機材搬入、儀式と護衛とその後の確認と、全てが終わるまで長い時間が必要かもしれなかった。
●かつても危険であった巡礼路
「みなさーん、大丈夫ですからゆっくり着いてきてくださいねー」
聖堂戦士団が巡礼者を先導する。
巡礼路というと宗教色が強く苛酷な道に聞こえるかもしれない。
実際には僻地以外にも巡礼路はあり、ここから子供の足で1時間でハンターズソサエティ支部がある街につく。
「隊長、あの霧どこから出てきたんでしょう?」
暇に飽いた若手の団員が尋ねると、あまり歳の変わらない6番隊隊長は巡礼の女性に愛想を振りまきつつ答えた。
「歪虚の仕業だ。けど負のマテリアルとはいえ薄かったからなぁ。雑魔1匹か2匹と思うぞ」
答える声は小声。振りまく愛想も変わらない。周囲に対する警戒も怠らない。
覚醒者としての格は低くても、信者の護り手としては合格レベルの存在だ。
「お母さん、あそこに人がいるよ?」
頑丈なブーツに旅装束の子供が、同じく金のかかった装備の女性巡礼者の手を引っ張った。
複数の視線が子供が示す場所に向く。
男が足を引きずりながらこちらに向かってくる。
ブーツは泥だらけ、外套は色あせすり切れ、聞き取れない小さな声で何かをつぶやいている。
顔には長年の辛苦が刻まれて皺ばかり。俯いているので目は見えない。
「あら。危ないわ。呼びかけないと」
若い女性が良心に従い精一杯大きな声を出す。
男の巡礼達がいいところを見せようと駆け出す。
そして聖堂戦士団達が、違和感にようやく気づいて顔を真っ青にした。
「止まってください! あれは……」
追いかけようとするが、遅い。
『エクラ、エクラ、エクラと……。死を、死を、死を……』
全く同じ内容が途切れることなく繰り返されている。
1つ1つの単語に込められた悪意と憎悪は、気づいた男の巡礼が真っ青になるほどだ。
「人間? まさか人型の歪虚!?」
聖堂戦士団が構えるメイスが震えた。
人型をとれる歪虚はだいたい高位だ。仮に高位歪虚なら全員でかかっても足止めすらできない。
『安息の死を』
汚れた巡礼者から薄い霧のようなものが生まれる。
急速に広がり視認が困難になり、気づかず近寄ってしまった巡礼者数名が意識を失いその場に倒れた。
「大丈夫です。我々が食い止めます。急がず街へ向かってください」
隊長が必死に平静を保って避難を促す。
団員達は前に出て倒れた巡礼者を回収する。
汚れた巡礼者は相変わらずだ。足を引きずりながら同じ言葉を延々とつぶやいている。
「隊長!」
「巡礼者の避難を優先させろ。我らが囮に……」
「反対側からも似たのが接近中です!」
隊長の奥歯が鳴った。
「2人連れて足止めに向かえ。急げ!」
新し物好きの部隊長に持たされた発煙筒に火をつける。
既に本隊との距離は離れていて街の方が近い。
巡礼を死守する気はある。
だが街が異常事態に気付いて救援を送り込むまで守り切る自信は正直全くなかった。
●依頼
あなたが転移装置を使おうとしたとき、支部の責任者が真っ青な顔で飛び込んできた。
「巡礼が歪虚に襲われています。馬はお貸ししますので救援にっ」
あなたは現地に向かってもいいし、現地に向かうハンターを見送ってもいい。
リプレイ本文
●ある意味最も困難な闘い
バリトン(ka5112)は覚悟を決めた。
強固な鎧も鋭い刃もこの戦いでは役に立たない。過去最高難度になるかもしれなかった。
「坊主。もう大丈夫じゃ」
殺気を抑え、筋肉にみなぎる力を抑え、温和な老爺の笑みをつくって子供達を見下ろす。
本当は馬から下りて視線をあわせてやりたいがそんな時間は無い。
複数方向から攻め寄る歪虚を食い止めるため、彼から見れば素人同然の聖堂戦士が必死に戦っているのだから。
「ひゃっ……はい」
驚き、わずかに怯え、走る速度が落ちて止まりかける。
「焦らずゆっくりと、な」
頭を下げる親に可能な範囲で急ぐよう身振りで伝え、彼は北に馬首を巡らせ全力で駆けさせた。
「坊主で無く嬢だったか」
安堵のあまり言葉が零れたのは一度だけ。
前線に一歩近づくごとに顔から温和さが消え、聖堂戦士を追い越したときには巨巌の如き迫力を周囲にばらまいていた。
『死を』
薄く白い霧が街道を覆う。
戦士達が足をもつれさせ倒れかかる。
「黙らんかこの死に損ないが!」
石畳の一番上が浮き上がるほど大きな声だった。
聖堂戦士が意識を取り戻す。度を超して不潔な巡礼者にも見える、ただの歪虚が繰り言とも詠唱とも判別できない何かをつぶやき続けている。
「選手交代じゃ、ここからはわしが相手になろう」
歪虚の前にただ1人立つ。
堕落者の顔に焼き付いた絶望に気づきはしたが、バリトンは目を逸らさず距離を詰め何者も通さぬ壁になる。
「あっひゃぁまた出ぇたぁっ!?」
バリトンから巡礼路沿いに100以上離れた場所で、黙っていればナイスミドルの隠居商人が悲鳴をあげた。
襲ってきた歪虚と似た格好の何かが立ちふさがったからだ。
実際には歪虚ではなくハンターで、石材が砕けて危険な場所を踏まさないための行動だ。
「同じ巡礼者の姿をしてますが僕も覚醒者です」
火椎 帝(ka5027)は穏やかな表情のまま、遠くまで響く聞き取り易い声を出す。
徒歩で武装も目立たないものを選んだので威圧感が控えめであり、暴力に不慣れな老若男女に受け入れられ易い。
「必ず皆さんを無事にお連れしますから、どうか信じてついてきてくださいませんか」
実質命令でも爽やかな青年が言うと角が立たない。
まずは幼い少女とその母親が、次にやんちゃな少年が、最後に何故か肩を落とした男達が帝に指示された通りに進路を変える。
「足下に注意してくださいね」
巡礼路の石畳はとても風情があって単体で観光資源になり得る。
しかし体力を消耗した巡礼者にとって、非常に危険な障害物にもなり得るのだ。
「お嬢さん、よければ」
呼吸が乱れ顔色の悪い女性を見つけ、それまで目立たぬよう後ろに立っていた馬に乗せる。
奥床しく遠慮しようとしても帝は絶対に手を止めない。
「妹さん……娘さんですか? しっかり抱いて落ちないようしてあげてくださいね」
親に比べればましでもかなり疲れている幼女も鞍の上へ。馬は振動を減らす歩き方で巡礼者達を追った。
熱っぽい視線を2対頬で感じながら、帝は周囲を確認する。
巡礼者の避難は順調だ。
後2分もすれば歪虚では絶対に追いつけない場所までたどり着ける。
ハンター対歪虚の戦いも問題ない。地力が違いすぎるので足止めを優先しても不利にはならない。
問題はクルセイダーだ。消耗が激しく状態異常としては弱い攻撃にも耐えられそうにない。
「足を止めずに街に向かいましょう。歪虚は俺……私達防ぎます。振り返らずにまっすぐに、ね」
彼が避難誘導に専念することで、聖堂戦士団がようやく一息つけた。
●足止めと足止め
聖堂戦士が覚悟を決めた。
「私が足止めします。皆さんは先っ」
銃床が皮製兜を軽く凹ませた。
涙目で講義しようとする戦士の前で、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は慣れた手つきで狙いをつけて引き金を引く。
堕落者の上半身が大きく揺れた。
「あの……」
「子供がはぐれても対処できるよう巡礼を追え」
戦士の機先を制して反論を封じ、コーネリアは引き金を引くと同時にマテリアルを注ぐ。
銃身で加速された弾には濃密なマテリアルが込められ、空を駈け元人体を貫き背後に抜けた。
バリトンは足止めに専念している。
敵がこの場での戦闘を諦め全力で走れば巡礼者を追える。攻撃を控えてでも足止めに専念する意味はとても大きい。
「指示命令系統が一元化されていない」
コーネリアは舌打ちを堪えるため気力を使っている。
この場の聖堂戦士団は仕事熱心ではあってもハンターとの連携が拙い。率直に言って邪魔だった。
「ともかく、一度落ち着いてもらわねばなるまい」
ロニ・カルディス(ka0551)は最後に思い切りエンジンを吹かした後、わざと急ブレーキをかけてコーネリアの真横で止まった。
聞き慣れぬ音に聖堂戦士団が驚き注目が集まる。
「巡礼者はもう大丈夫だ。君達も一旦引いて体勢を整えるといい。歪虚以外にも対処すべき問題があるからな」
ロニは南にある不自然な霧を一度だけ示してから、そっと手を伸ばして戦士達の肩に触れた。
「そう、ですね」
「は、はい」
鈍いが返事があったことを確認し、ロニは内心安堵の息を吐いていた。
よりにもよって本職の聖堂戦士にサルヴェイションが効いた。戦闘に支障が出るほどの恐怖や焦りがあった証拠だ。
「急ぎなさい」
敢えて上位者の口調で命じると、兜が凹んだ戦士とぼんやり動きを止めていた戦士が南に向かって走った。
「見た目より面倒な相手だ。腕は無いが焦りもない」
堕落者の回避術は素人同然だ。戦闘技術と覚醒者の身体能力を兼ね備えたコーネリアにとっては的同然ではあるが、歪虚は傷ついても焦らず隙を窺っている。
「南の歪虚が奇妙な動きをしている。速度を優先させよう」
大鎌を手にバイクを前進させる。
歪虚がバリトンの脇をすり抜けようとしたところに大鎌を振り下す。歪虚は辛うじて回避はするが速度が失われ後退を強いられる。
ロニはバリトンと歩調をあわせて追撃する。
斬龍刀が巡礼装束を切り裂き仕込まれていた鎖が石畳に落ちる。
ロニが大鎌の刃を歪虚の腹にめり込ませる。皮と肉の感触ではなくゴムに似た異様な手応えがあった。
「一度歪虚になってしまった人間は元には戻らない。だからこそ葬り去らなければならない」
コーネリアが感情をこめずに宣言する。
ハンターと聖堂戦士団が目に強い光を宿してそれぞれのやり方で同意する。
肩を押すアサルトライフルの反動をコーネリアの手が押さえ込む。
動きの止まった堕落者の腹に命中し穴を開ける。
『エクラに……アノ子、ヲ……』
歪虚の声に生前の感情が混じっている。
喪失感と絶望があまりにも強烈に過ぎ、移動中の聖堂戦士団だけでなく、特に子供を持つ男女が堕落者を見てしまう。
「お前はもう終わっている」
ロニが大鎌で追撃する。
堕落者は杖で受けて鍔迫り合いを演じる。
「お前も、あの子供もだ!」
あの子供とは巡礼路上に出現した推定歪虚。
悪趣味な高位歪虚が考えそうなことだと、ロニは腹に渦巻く怒りを抑えて堕落者の動きを封じた。
「せめてもの情けだ、ここで眠れ!」
発砲音が1つ。
かつて素晴らしい父親だった乾いた頭部を破壊して、無惨な死後を強制的に終了させた。
●乾いた母の愛
『通サ……ナイ』
青白い霧が広がり小隊長を包んだ。
彼は聖職者としてはともかくクルセイダーとしては平凡以下だ。あっさり意識を失い倒れかかった。
『通サ……ナイ』
堕落者の頬には血と涙の跡がこびりついている。
西にいる小型の何かを庇うように動き、何度も眠りの雲を広げていく。
ブレナー ローゼンベック(ka4184)が奥歯を噛みしめる。
己の出来の良い頭を呪いたくなったのは初めてかもしれない。
目の前の元女性がどうしてこうなったのか、あるいはどうしてこうならざるを得なかったのか、悲惨な予測ばかり頭に浮かぶ。
「集中、しないと」
自身の身長よりも長い太刀を危なげ無く抜く。
刀身に彫られた龍が陽光を浴びて影がうごめいた。
「援護します!」
上段から振り下ろす。切っ先が地面の数ミリ上で停止しても刃に籠もっていたマテリアルは止まらず、街道の上を滑って進み堕落者の足下で炸裂する。
「レジストよ。信者候補に情けないところを見せない!」
セリス・アルマーズ(ka1079)が力を使う。小隊長の体を暖かな光が覆う。
抵抗力が向上した結果、小隊長は比較的短時間で意識を取り戻し跳ね起きた。
「すまない。どうなって……くっ」
堕落者が鋭く杖で突き小隊長が小型の盾で辛うじて防ぐ。
「候補?」
ブレナーは冗談と受け取った。
少しは気晴らしになった。気持ちも落ち着き目の前の敵の動きがよく見える。
『エ……』
薄青い空気が広がる。
息を止めても意味が無い。暴走しそうになる感情を闘志に変えて、馬で近づき斜めに切り下ろす。
手のひらの感触が、酷く気持ち悪かった。
『エクラ……助ケテ……クレレバ』
「エクラに文句があるの? エクラの文句は私に言え」
セリスは長大な盾を構えたまま直進する。盾は戦馬を隠すほど大きく、戦馬は主の気合いに影響され眠りの誘惑に抵抗する。
衝突するまで馬もセリスも速度を落とさない。
堕落者が鉄杖で倒れるのを避けた直後、セリスの胸にかかったペンダントが真白な光を放つ。
「私が滅ぼす前に言えるならね」
光が広がる。
漂う霧には効果は無いが、堕落者に到達すると装束も皮膚も中身もまとめて焼いていく。
面での攻撃なので避けるのは困難だ。
堕落者は勝ち目がないと判断し西へ下がろうとした。
「どこまで馬鹿にする」
心に飼う衝動が表に現れる。
「聞こえるか女。歪虚に加工されたかなんだか知らないが言いたいならはっきり言え。人間を馬鹿に仕切った歪虚に使われたままで満足か」
呼びかけの間も容赦なく攻める。
低速で離された距離は大胆な踏み込みで詰め、薄く乾いた胴に太刀の切っ先をめり込ませた。
『アノ子ハ……死ンデナイ。生キ返エッ』
感情がわずかに蘇る。濃い絶望と薄っぺらな希望が入り交じっている。
ブレナーの腕に力が入る。
セリスの表情は変わらない。人間社会に歪虚が侵入してきたときの典型例の1つであり1つでしかない。
「歪虚滅ぼすべし、慈悲はない」
光が増し人類の敵対者を焼いていく。
『アノ子ヲ、助』
ひび割れた遺骨が残り、巡礼路に落ちて砕けた。
●子供の名残
気配も動きも人間の子供にしか見えない。
背中の盛り上がりだけが奇妙だった。
鳳凰院ひりょ(ka3744)が唇を噛む。普段は頼もしい虹の刀が何故か頼りない。
「子供……なのか?」
直感が違うと断言している。
いつもなら即断して斬りかかるところだが、今は決断をためらってしまう。
「巡礼者のもとへ行かせるわけにはいかない」
迷いはしても行動は止めない。
小柄な何かの行く手を遮る位置へ動いてから、盾を構えて一歩も通さぬ構えをとる。
「人間でないに決まっているだろう」
鞍馬 真(ka5819)は迷いもせずに矢を放つ。
「何をっ」
ひりょの声に動揺はほとんど無かった。心情的に認めるのが辛いだけでひりょも分かっている。
ハンターが使う矢としては威力の弱いものがフードに当たり、引きずり落として中身を外気にさらさせる。
腐りかけの死体で作った天使像もどきが、溶けかけの眼球を2人に向けていた。
「足止めはきみに任す。こちらのフォローは私に任せろ」
真は軽く眉を寄せた程度で動揺はしない。
気付き、憤り、とって返そうとした聖堂戦士を遮った上で天使像もどきを射撃し牽制する。
「退け」
「行かせてくれ」
目を血走らせた戦士達に一度だけ目を向けて、淡々と小さな胴に矢を命中させる。
「行ってどうなる。きみ達が動揺すれば巡礼者達が気付くぞ。彼らを恐慌状態陥らせて犠牲者を増やす気か?」
「だが……」
「私達に任せろ。悪いようにはしない」
戦馬の体格と冷静な口調、そして正確な弓の技でもって戦士を食い止めていた。
「任せろ、か」
ひりょは大きく息を吸って吐いて、天使像もどきとの距離を詰めるに向かって駆けだした。
肩が重い。戦うすべを持たない巡礼者の命を実感しながら、自身のマテリアルを刀に伝えて一気に振り下ろす。
天使像もどきの翼が広がる。
刃が硬い羽に当たってめり込み、骨だけの足がひりょに向かって突き出された。
ひりょは焦らず怯えず正面から盾で受け止めて、今度は下段から骨だけで構成された下半身を狙った。
その骨は酷く小さい上に脆く、ひびが入って嫌な音が響いた。
「距離が離れているうちに倒さないとな」
真は目を細めて小さなため息をついた。
鋭敏な知覚が、天使像もどきに残った暴力や病の痕跡を捉えている。
無残にもほどがある。子供を持つ親なら憤怒で我を忘れそうな光景だ。
「鳳凰院」
聖堂戦士団を暴走させる訳にもいかないので声色だけで意図を伝える。
「分かっている」
尖った羽が密集する翼を半歩横移動して回避。大ぶりの結果姿勢を崩した歪虚に対し、全身全霊を込めた刃を繰り出す。
「虹の輝きに抱かれて、逝け」
刃が首に当たる。
ぺきりと軽い音が聞こえても力を緩めない。
加工された首から背骨の中程までを破壊。
ひびの入った腰骨に止めを刺し、膝を両断してようやく止まる。
「討伐は完了した。聖堂戦士団は巡礼を守って後退して欲しい。後の始末は……」
動かぬ残骸を凝視するひりょに気づき、真は当初予定したセリフを変更した。
「私達が埋葬をしておく。急ぐんだ。歪虚でなくても野犬が出るかもしれない」
もう安全だ判断しているが嘘も方便だ。
戦意はあっても暴走しかねない者を戦場に置いたら邪魔になる。真は真剣な顔を維持して聖堂戦士達を説得し後方へ追い払った。
「やれやれだ。戦いより人付き合いの方が難しいな」
弓を下ろし、緊張を解くよう愛馬に指示を出した。
●葬儀
ひりょとブレナーが同時に額の汗をぬぐった。
ここは巡礼路から数十メートル離れた平地。今後数百年は誰も利用しそうにない空き地に掘られた穴だ。
あらかじめ回収しておいた子供の骨と、あわせても1人分に満たない男女の骨を置いていく。
子供は真ん中に、男女は左右に。
あの世が存在するなら一緒にいられるよう、丁寧に配置してから穴の上に登った。
2人して穴に土を戻していく。
祈りの言葉を捧げようかと思ったが、2人ともリアルブルー出身なのでセリスに任す。
「人の骨だったな」
「うん」
穴が埋まって地面が平坦になる。
体力が残っているはずなのに疲れで考えがまとまらない。
「帰る前に休んだ方がいいわよ。はい紅茶」
疲労しきった心に、紅茶の香りがよく染みた。
数日後。浄化が完了し巡礼路が開放される。
小さな墓が、巡礼の親子連れを静かに見守っていた。
バリトン(ka5112)は覚悟を決めた。
強固な鎧も鋭い刃もこの戦いでは役に立たない。過去最高難度になるかもしれなかった。
「坊主。もう大丈夫じゃ」
殺気を抑え、筋肉にみなぎる力を抑え、温和な老爺の笑みをつくって子供達を見下ろす。
本当は馬から下りて視線をあわせてやりたいがそんな時間は無い。
複数方向から攻め寄る歪虚を食い止めるため、彼から見れば素人同然の聖堂戦士が必死に戦っているのだから。
「ひゃっ……はい」
驚き、わずかに怯え、走る速度が落ちて止まりかける。
「焦らずゆっくりと、な」
頭を下げる親に可能な範囲で急ぐよう身振りで伝え、彼は北に馬首を巡らせ全力で駆けさせた。
「坊主で無く嬢だったか」
安堵のあまり言葉が零れたのは一度だけ。
前線に一歩近づくごとに顔から温和さが消え、聖堂戦士を追い越したときには巨巌の如き迫力を周囲にばらまいていた。
『死を』
薄く白い霧が街道を覆う。
戦士達が足をもつれさせ倒れかかる。
「黙らんかこの死に損ないが!」
石畳の一番上が浮き上がるほど大きな声だった。
聖堂戦士が意識を取り戻す。度を超して不潔な巡礼者にも見える、ただの歪虚が繰り言とも詠唱とも判別できない何かをつぶやき続けている。
「選手交代じゃ、ここからはわしが相手になろう」
歪虚の前にただ1人立つ。
堕落者の顔に焼き付いた絶望に気づきはしたが、バリトンは目を逸らさず距離を詰め何者も通さぬ壁になる。
「あっひゃぁまた出ぇたぁっ!?」
バリトンから巡礼路沿いに100以上離れた場所で、黙っていればナイスミドルの隠居商人が悲鳴をあげた。
襲ってきた歪虚と似た格好の何かが立ちふさがったからだ。
実際には歪虚ではなくハンターで、石材が砕けて危険な場所を踏まさないための行動だ。
「同じ巡礼者の姿をしてますが僕も覚醒者です」
火椎 帝(ka5027)は穏やかな表情のまま、遠くまで響く聞き取り易い声を出す。
徒歩で武装も目立たないものを選んだので威圧感が控えめであり、暴力に不慣れな老若男女に受け入れられ易い。
「必ず皆さんを無事にお連れしますから、どうか信じてついてきてくださいませんか」
実質命令でも爽やかな青年が言うと角が立たない。
まずは幼い少女とその母親が、次にやんちゃな少年が、最後に何故か肩を落とした男達が帝に指示された通りに進路を変える。
「足下に注意してくださいね」
巡礼路の石畳はとても風情があって単体で観光資源になり得る。
しかし体力を消耗した巡礼者にとって、非常に危険な障害物にもなり得るのだ。
「お嬢さん、よければ」
呼吸が乱れ顔色の悪い女性を見つけ、それまで目立たぬよう後ろに立っていた馬に乗せる。
奥床しく遠慮しようとしても帝は絶対に手を止めない。
「妹さん……娘さんですか? しっかり抱いて落ちないようしてあげてくださいね」
親に比べればましでもかなり疲れている幼女も鞍の上へ。馬は振動を減らす歩き方で巡礼者達を追った。
熱っぽい視線を2対頬で感じながら、帝は周囲を確認する。
巡礼者の避難は順調だ。
後2分もすれば歪虚では絶対に追いつけない場所までたどり着ける。
ハンター対歪虚の戦いも問題ない。地力が違いすぎるので足止めを優先しても不利にはならない。
問題はクルセイダーだ。消耗が激しく状態異常としては弱い攻撃にも耐えられそうにない。
「足を止めずに街に向かいましょう。歪虚は俺……私達防ぎます。振り返らずにまっすぐに、ね」
彼が避難誘導に専念することで、聖堂戦士団がようやく一息つけた。
●足止めと足止め
聖堂戦士が覚悟を決めた。
「私が足止めします。皆さんは先っ」
銃床が皮製兜を軽く凹ませた。
涙目で講義しようとする戦士の前で、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は慣れた手つきで狙いをつけて引き金を引く。
堕落者の上半身が大きく揺れた。
「あの……」
「子供がはぐれても対処できるよう巡礼を追え」
戦士の機先を制して反論を封じ、コーネリアは引き金を引くと同時にマテリアルを注ぐ。
銃身で加速された弾には濃密なマテリアルが込められ、空を駈け元人体を貫き背後に抜けた。
バリトンは足止めに専念している。
敵がこの場での戦闘を諦め全力で走れば巡礼者を追える。攻撃を控えてでも足止めに専念する意味はとても大きい。
「指示命令系統が一元化されていない」
コーネリアは舌打ちを堪えるため気力を使っている。
この場の聖堂戦士団は仕事熱心ではあってもハンターとの連携が拙い。率直に言って邪魔だった。
「ともかく、一度落ち着いてもらわねばなるまい」
ロニ・カルディス(ka0551)は最後に思い切りエンジンを吹かした後、わざと急ブレーキをかけてコーネリアの真横で止まった。
聞き慣れぬ音に聖堂戦士団が驚き注目が集まる。
「巡礼者はもう大丈夫だ。君達も一旦引いて体勢を整えるといい。歪虚以外にも対処すべき問題があるからな」
ロニは南にある不自然な霧を一度だけ示してから、そっと手を伸ばして戦士達の肩に触れた。
「そう、ですね」
「は、はい」
鈍いが返事があったことを確認し、ロニは内心安堵の息を吐いていた。
よりにもよって本職の聖堂戦士にサルヴェイションが効いた。戦闘に支障が出るほどの恐怖や焦りがあった証拠だ。
「急ぎなさい」
敢えて上位者の口調で命じると、兜が凹んだ戦士とぼんやり動きを止めていた戦士が南に向かって走った。
「見た目より面倒な相手だ。腕は無いが焦りもない」
堕落者の回避術は素人同然だ。戦闘技術と覚醒者の身体能力を兼ね備えたコーネリアにとっては的同然ではあるが、歪虚は傷ついても焦らず隙を窺っている。
「南の歪虚が奇妙な動きをしている。速度を優先させよう」
大鎌を手にバイクを前進させる。
歪虚がバリトンの脇をすり抜けようとしたところに大鎌を振り下す。歪虚は辛うじて回避はするが速度が失われ後退を強いられる。
ロニはバリトンと歩調をあわせて追撃する。
斬龍刀が巡礼装束を切り裂き仕込まれていた鎖が石畳に落ちる。
ロニが大鎌の刃を歪虚の腹にめり込ませる。皮と肉の感触ではなくゴムに似た異様な手応えがあった。
「一度歪虚になってしまった人間は元には戻らない。だからこそ葬り去らなければならない」
コーネリアが感情をこめずに宣言する。
ハンターと聖堂戦士団が目に強い光を宿してそれぞれのやり方で同意する。
肩を押すアサルトライフルの反動をコーネリアの手が押さえ込む。
動きの止まった堕落者の腹に命中し穴を開ける。
『エクラに……アノ子、ヲ……』
歪虚の声に生前の感情が混じっている。
喪失感と絶望があまりにも強烈に過ぎ、移動中の聖堂戦士団だけでなく、特に子供を持つ男女が堕落者を見てしまう。
「お前はもう終わっている」
ロニが大鎌で追撃する。
堕落者は杖で受けて鍔迫り合いを演じる。
「お前も、あの子供もだ!」
あの子供とは巡礼路上に出現した推定歪虚。
悪趣味な高位歪虚が考えそうなことだと、ロニは腹に渦巻く怒りを抑えて堕落者の動きを封じた。
「せめてもの情けだ、ここで眠れ!」
発砲音が1つ。
かつて素晴らしい父親だった乾いた頭部を破壊して、無惨な死後を強制的に終了させた。
●乾いた母の愛
『通サ……ナイ』
青白い霧が広がり小隊長を包んだ。
彼は聖職者としてはともかくクルセイダーとしては平凡以下だ。あっさり意識を失い倒れかかった。
『通サ……ナイ』
堕落者の頬には血と涙の跡がこびりついている。
西にいる小型の何かを庇うように動き、何度も眠りの雲を広げていく。
ブレナー ローゼンベック(ka4184)が奥歯を噛みしめる。
己の出来の良い頭を呪いたくなったのは初めてかもしれない。
目の前の元女性がどうしてこうなったのか、あるいはどうしてこうならざるを得なかったのか、悲惨な予測ばかり頭に浮かぶ。
「集中、しないと」
自身の身長よりも長い太刀を危なげ無く抜く。
刀身に彫られた龍が陽光を浴びて影がうごめいた。
「援護します!」
上段から振り下ろす。切っ先が地面の数ミリ上で停止しても刃に籠もっていたマテリアルは止まらず、街道の上を滑って進み堕落者の足下で炸裂する。
「レジストよ。信者候補に情けないところを見せない!」
セリス・アルマーズ(ka1079)が力を使う。小隊長の体を暖かな光が覆う。
抵抗力が向上した結果、小隊長は比較的短時間で意識を取り戻し跳ね起きた。
「すまない。どうなって……くっ」
堕落者が鋭く杖で突き小隊長が小型の盾で辛うじて防ぐ。
「候補?」
ブレナーは冗談と受け取った。
少しは気晴らしになった。気持ちも落ち着き目の前の敵の動きがよく見える。
『エ……』
薄青い空気が広がる。
息を止めても意味が無い。暴走しそうになる感情を闘志に変えて、馬で近づき斜めに切り下ろす。
手のひらの感触が、酷く気持ち悪かった。
『エクラ……助ケテ……クレレバ』
「エクラに文句があるの? エクラの文句は私に言え」
セリスは長大な盾を構えたまま直進する。盾は戦馬を隠すほど大きく、戦馬は主の気合いに影響され眠りの誘惑に抵抗する。
衝突するまで馬もセリスも速度を落とさない。
堕落者が鉄杖で倒れるのを避けた直後、セリスの胸にかかったペンダントが真白な光を放つ。
「私が滅ぼす前に言えるならね」
光が広がる。
漂う霧には効果は無いが、堕落者に到達すると装束も皮膚も中身もまとめて焼いていく。
面での攻撃なので避けるのは困難だ。
堕落者は勝ち目がないと判断し西へ下がろうとした。
「どこまで馬鹿にする」
心に飼う衝動が表に現れる。
「聞こえるか女。歪虚に加工されたかなんだか知らないが言いたいならはっきり言え。人間を馬鹿に仕切った歪虚に使われたままで満足か」
呼びかけの間も容赦なく攻める。
低速で離された距離は大胆な踏み込みで詰め、薄く乾いた胴に太刀の切っ先をめり込ませた。
『アノ子ハ……死ンデナイ。生キ返エッ』
感情がわずかに蘇る。濃い絶望と薄っぺらな希望が入り交じっている。
ブレナーの腕に力が入る。
セリスの表情は変わらない。人間社会に歪虚が侵入してきたときの典型例の1つであり1つでしかない。
「歪虚滅ぼすべし、慈悲はない」
光が増し人類の敵対者を焼いていく。
『アノ子ヲ、助』
ひび割れた遺骨が残り、巡礼路に落ちて砕けた。
●子供の名残
気配も動きも人間の子供にしか見えない。
背中の盛り上がりだけが奇妙だった。
鳳凰院ひりょ(ka3744)が唇を噛む。普段は頼もしい虹の刀が何故か頼りない。
「子供……なのか?」
直感が違うと断言している。
いつもなら即断して斬りかかるところだが、今は決断をためらってしまう。
「巡礼者のもとへ行かせるわけにはいかない」
迷いはしても行動は止めない。
小柄な何かの行く手を遮る位置へ動いてから、盾を構えて一歩も通さぬ構えをとる。
「人間でないに決まっているだろう」
鞍馬 真(ka5819)は迷いもせずに矢を放つ。
「何をっ」
ひりょの声に動揺はほとんど無かった。心情的に認めるのが辛いだけでひりょも分かっている。
ハンターが使う矢としては威力の弱いものがフードに当たり、引きずり落として中身を外気にさらさせる。
腐りかけの死体で作った天使像もどきが、溶けかけの眼球を2人に向けていた。
「足止めはきみに任す。こちらのフォローは私に任せろ」
真は軽く眉を寄せた程度で動揺はしない。
気付き、憤り、とって返そうとした聖堂戦士を遮った上で天使像もどきを射撃し牽制する。
「退け」
「行かせてくれ」
目を血走らせた戦士達に一度だけ目を向けて、淡々と小さな胴に矢を命中させる。
「行ってどうなる。きみ達が動揺すれば巡礼者達が気付くぞ。彼らを恐慌状態陥らせて犠牲者を増やす気か?」
「だが……」
「私達に任せろ。悪いようにはしない」
戦馬の体格と冷静な口調、そして正確な弓の技でもって戦士を食い止めていた。
「任せろ、か」
ひりょは大きく息を吸って吐いて、天使像もどきとの距離を詰めるに向かって駆けだした。
肩が重い。戦うすべを持たない巡礼者の命を実感しながら、自身のマテリアルを刀に伝えて一気に振り下ろす。
天使像もどきの翼が広がる。
刃が硬い羽に当たってめり込み、骨だけの足がひりょに向かって突き出された。
ひりょは焦らず怯えず正面から盾で受け止めて、今度は下段から骨だけで構成された下半身を狙った。
その骨は酷く小さい上に脆く、ひびが入って嫌な音が響いた。
「距離が離れているうちに倒さないとな」
真は目を細めて小さなため息をついた。
鋭敏な知覚が、天使像もどきに残った暴力や病の痕跡を捉えている。
無残にもほどがある。子供を持つ親なら憤怒で我を忘れそうな光景だ。
「鳳凰院」
聖堂戦士団を暴走させる訳にもいかないので声色だけで意図を伝える。
「分かっている」
尖った羽が密集する翼を半歩横移動して回避。大ぶりの結果姿勢を崩した歪虚に対し、全身全霊を込めた刃を繰り出す。
「虹の輝きに抱かれて、逝け」
刃が首に当たる。
ぺきりと軽い音が聞こえても力を緩めない。
加工された首から背骨の中程までを破壊。
ひびの入った腰骨に止めを刺し、膝を両断してようやく止まる。
「討伐は完了した。聖堂戦士団は巡礼を守って後退して欲しい。後の始末は……」
動かぬ残骸を凝視するひりょに気づき、真は当初予定したセリフを変更した。
「私達が埋葬をしておく。急ぐんだ。歪虚でなくても野犬が出るかもしれない」
もう安全だ判断しているが嘘も方便だ。
戦意はあっても暴走しかねない者を戦場に置いたら邪魔になる。真は真剣な顔を維持して聖堂戦士達を説得し後方へ追い払った。
「やれやれだ。戦いより人付き合いの方が難しいな」
弓を下ろし、緊張を解くよう愛馬に指示を出した。
●葬儀
ひりょとブレナーが同時に額の汗をぬぐった。
ここは巡礼路から数十メートル離れた平地。今後数百年は誰も利用しそうにない空き地に掘られた穴だ。
あらかじめ回収しておいた子供の骨と、あわせても1人分に満たない男女の骨を置いていく。
子供は真ん中に、男女は左右に。
あの世が存在するなら一緒にいられるよう、丁寧に配置してから穴の上に登った。
2人して穴に土を戻していく。
祈りの言葉を捧げようかと思ったが、2人ともリアルブルー出身なのでセリスに任す。
「人の骨だったな」
「うん」
穴が埋まって地面が平坦になる。
体力が残っているはずなのに疲れで考えがまとまらない。
「帰る前に休んだ方がいいわよ。はい紅茶」
疲労しきった心に、紅茶の香りがよく染みた。
数日後。浄化が完了し巡礼路が開放される。
小さな墓が、巡礼の親子連れを静かに見守っていた。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 5人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/05 22:34:30 |
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相談卓 火椎 帝(ka5027) 人間(リアルブルー)|19才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2016/04/07 04:56:23 |