ゲスト
(ka0000)
【王国始動】ロドンド、立つ
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2014/06/15 15:00
- 完成日
- 2014/06/22 19:34
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
謁見の間には、数十名の騎士が微動だにすることなく立ち並んでいた。
ピンと張り詰めた空気が、足を踏み入れた者を押し潰そうとでもしているかのようだ。
「これが歴史の重みってやつかね」
軽く茶化して薄笑いを浮かべる男――ハンターだが、その口調は精彩を欠いている。
頭上には高い天井にシャンデリア。左右の壁には瀟洒な紋様。足元には多少古ぼけたように見える赤絨毯が敷かれており、その古臭さが逆に荘厳さを醸し出している。そして前方には直立する二人の男と――空席の椅子が二つ。
どちらかが玉座なのだろう。
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。千年王国の中心が、あれだ。
椅子の左右に立つ男のうち、年を食った聖職者のような男が淡々と言った。
「王女殿下の御出座である。ハンター諸君、頭を垂れる必要はないが節度を忘れぬように」
いくらか軽くなった空気の中、前方右手の扉から甲冑に身を包んだ女性が姿を現した。そしてその後に続く、小柄な少女。
純白のドレスで着飾った、というよりドレスに着られている少女はゆっくりと登壇して向かって右の椅子の前に立つと、こちらに向き直って一礼した。
「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
落ち着いた、けれど幼さの残る声が耳をくすぐる。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、と軽口を叩いた男はぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
◆◆
男がソファにゆったりと腰を下ろし、ぺらり、ぺらりと号外新聞をめくる。
『青き世界の戦士たち、遂にハンターとして全面参戦 か?』
デカデカと書かれた見出し。一面には異世界からの来訪者に関する話が全段ブチ抜きで載っており、何とも刺激的だ。青き世界の戦士。伝承として子どもの時分にはよく耳にしたものだが、いざ現れてみると、どう捉えていいものやら迷っている自分がいる。
刻々と国が歪虚に侵食されゆく今、本当に来たと興奮する自分。謎の巨大なフネでこの世界に乗り込んできたようなよそ者が、こんな時に何をするというのだ、と彼らを疑う自分。
――いや。
何事も初めから疑ってかかるのはよくない。彼らとて同じ人間であり、共に生きる同志だ。
となれば。彼らがハンターとして歪虚と戦うのなら、自分も立たねばならないだろう。今までは村の仲間たちと助け合って生きることが至上の命題であったが、世界が動き始めた今、たとえ生まれ故郷が滅ぶとも、彼ら青き世界の戦士と共に戦うのが己の役割ではないか?
「……私も、ここを発つ時が来たか」
よっこいせとソファから立ち、倉庫へ。軋む扉を開けると、埃臭く澱んだ空気が溢れてきた。咳き込んで顔を背け、少しして中に入った。
薄暗い倉庫の奥には、暗闇でも鈍く輝く鎧一式が、何十年も変わることなく鎮座している。それを持ち上げ――ようとしたら上がらなかった。
「ぬ……しまった。この私としたことが、知らず知らずのうちに鍛錬を怠っていたのか」
昔、鎧を買った時は軽々と装着できたのだが。青き世界の戦士と共闘する前に身体を鍛え直さねば。
急いで踵を返し、倉庫から出る。早速木剣で稽古しよう。そう決意した時、誰かがどすどすと駆けてくるのが見えた。
「おおい、モロさんよ!」
「モロではない、私はロラン・デ・ラ・コスタだ」
「ろら? いやあんたはモロさんだろう? 村で3番目に家のデカいモロ家のロドンドさんだ」
巨体を揺らす中年を一瞥して家に向かう。
「私はロラン・デ・ラ・コスタだがね。で?」
「あ、ああ、そうだ。この辺に例の奴らが来るんだってよ! あのヘンテコなフネの……」
「青き世界の戦士か?」
「んだ! 領主様が馬車まで用意して案内してるんだってよ。で、この村に泊まるから諸々用意しとけってお達しでさあ!」
「そんな話は村長に言えばよかろう。私は忙しいのだ、これから鍛錬でな」
「鍛錬? へえ、でも身体は大事にしておくれよ、モロの爺さんよ」
「私を軟弱者扱いするな!」
厄介者を追い払うように家に戻ると、リビングに飾ってある木剣を取り窓から脱出した。
ロドンド・モロ、御年61歳。老いてなお盛んであった。
村から30分ほどの所にあるちょっとした林。やや傾き始めた陽光が木々の間から差し込み、草木を照らす。
ロドンド、もといロラン・デ・ラ・コスタは木剣を構え、徐に袈裟に斬り下ろす。踏み込んで横薙ぎ――!?
「ぬおぉ!?」
木剣の勢いを止めきれず、前につんのめるロラン。無理矢理体勢を戻そうとすると、脇腹に変な力が入った。
「ぐぅ!」
流石にいきなり木剣を振り回すのはまずかったか。まずは身体を解すところから始めねば。
ゆっくり深呼吸。木剣を置いて準備体操をしようとしたその時、近くの茂みが不自然に揺れた。直後、茂みから小さな何かが飛び出してきた。
「な……!?」
ロランが木剣に手を伸ばすより早く、何かが足にすがりつく。もふっとした感触。見下すと、それは見慣れた動物もとい妖精だった。
ユグディラ。少々、いやかなり手癖が悪いのが難点だが、基本的に穏健で危険はない。ロランがほっと息をついた――瞬間。
同じ茂みから、再び何かが現れた。
「――■■■■!!」
ソレは地の底から響いてくるような咆哮を上げるや、勢いままに肉薄してくる――!
ピンと張り詰めた空気が、足を踏み入れた者を押し潰そうとでもしているかのようだ。
「これが歴史の重みってやつかね」
軽く茶化して薄笑いを浮かべる男――ハンターだが、その口調は精彩を欠いている。
頭上には高い天井にシャンデリア。左右の壁には瀟洒な紋様。足元には多少古ぼけたように見える赤絨毯が敷かれており、その古臭さが逆に荘厳さを醸し出している。そして前方には直立する二人の男と――空席の椅子が二つ。
どちらかが玉座なのだろう。
グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。千年王国の中心が、あれだ。
椅子の左右に立つ男のうち、年を食った聖職者のような男が淡々と言った。
「王女殿下の御出座である。ハンター諸君、頭を垂れる必要はないが節度を忘れぬように」
いくらか軽くなった空気の中、前方右手の扉から甲冑に身を包んだ女性が姿を現した。そしてその後に続く、小柄な少女。
純白のドレスで着飾った、というよりドレスに着られている少女はゆっくりと登壇して向かって右の椅子の前に立つと、こちらに向き直って一礼した。
「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
落ち着いた、けれど幼さの残る声が耳をくすぐる。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
…………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、と軽口を叩いた男はぼんやり考えた。
「改めて」
グラズヘイム王国へようこそ。
王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。
◆◆
男がソファにゆったりと腰を下ろし、ぺらり、ぺらりと号外新聞をめくる。
『青き世界の戦士たち、遂にハンターとして全面参戦 か?』
デカデカと書かれた見出し。一面には異世界からの来訪者に関する話が全段ブチ抜きで載っており、何とも刺激的だ。青き世界の戦士。伝承として子どもの時分にはよく耳にしたものだが、いざ現れてみると、どう捉えていいものやら迷っている自分がいる。
刻々と国が歪虚に侵食されゆく今、本当に来たと興奮する自分。謎の巨大なフネでこの世界に乗り込んできたようなよそ者が、こんな時に何をするというのだ、と彼らを疑う自分。
――いや。
何事も初めから疑ってかかるのはよくない。彼らとて同じ人間であり、共に生きる同志だ。
となれば。彼らがハンターとして歪虚と戦うのなら、自分も立たねばならないだろう。今までは村の仲間たちと助け合って生きることが至上の命題であったが、世界が動き始めた今、たとえ生まれ故郷が滅ぶとも、彼ら青き世界の戦士と共に戦うのが己の役割ではないか?
「……私も、ここを発つ時が来たか」
よっこいせとソファから立ち、倉庫へ。軋む扉を開けると、埃臭く澱んだ空気が溢れてきた。咳き込んで顔を背け、少しして中に入った。
薄暗い倉庫の奥には、暗闇でも鈍く輝く鎧一式が、何十年も変わることなく鎮座している。それを持ち上げ――ようとしたら上がらなかった。
「ぬ……しまった。この私としたことが、知らず知らずのうちに鍛錬を怠っていたのか」
昔、鎧を買った時は軽々と装着できたのだが。青き世界の戦士と共闘する前に身体を鍛え直さねば。
急いで踵を返し、倉庫から出る。早速木剣で稽古しよう。そう決意した時、誰かがどすどすと駆けてくるのが見えた。
「おおい、モロさんよ!」
「モロではない、私はロラン・デ・ラ・コスタだ」
「ろら? いやあんたはモロさんだろう? 村で3番目に家のデカいモロ家のロドンドさんだ」
巨体を揺らす中年を一瞥して家に向かう。
「私はロラン・デ・ラ・コスタだがね。で?」
「あ、ああ、そうだ。この辺に例の奴らが来るんだってよ! あのヘンテコなフネの……」
「青き世界の戦士か?」
「んだ! 領主様が馬車まで用意して案内してるんだってよ。で、この村に泊まるから諸々用意しとけってお達しでさあ!」
「そんな話は村長に言えばよかろう。私は忙しいのだ、これから鍛錬でな」
「鍛錬? へえ、でも身体は大事にしておくれよ、モロの爺さんよ」
「私を軟弱者扱いするな!」
厄介者を追い払うように家に戻ると、リビングに飾ってある木剣を取り窓から脱出した。
ロドンド・モロ、御年61歳。老いてなお盛んであった。
村から30分ほどの所にあるちょっとした林。やや傾き始めた陽光が木々の間から差し込み、草木を照らす。
ロドンド、もといロラン・デ・ラ・コスタは木剣を構え、徐に袈裟に斬り下ろす。踏み込んで横薙ぎ――!?
「ぬおぉ!?」
木剣の勢いを止めきれず、前につんのめるロラン。無理矢理体勢を戻そうとすると、脇腹に変な力が入った。
「ぐぅ!」
流石にいきなり木剣を振り回すのはまずかったか。まずは身体を解すところから始めねば。
ゆっくり深呼吸。木剣を置いて準備体操をしようとしたその時、近くの茂みが不自然に揺れた。直後、茂みから小さな何かが飛び出してきた。
「な……!?」
ロランが木剣に手を伸ばすより早く、何かが足にすがりつく。もふっとした感触。見下すと、それは見慣れた動物もとい妖精だった。
ユグディラ。少々、いやかなり手癖が悪いのが難点だが、基本的に穏健で危険はない。ロランがほっと息をついた――瞬間。
同じ茂みから、再び何かが現れた。
「――■■■■!!」
ソレは地の底から響いてくるような咆哮を上げるや、勢いままに肉薄してくる――!
リプレイ本文
突然の戦闘。心臓が激しく脈打ち、喘鳴が漏れる。眼前で舌舐りする灰狐を見ている自分の視界がどこか別の世界に感じた。
ロドンドもといロランは腰を抜かしたまま忸怩たる思いで土を掴み、敵を見据える。目潰しなど無意味かもしれない。だがせめて最期まで戦う姿勢を貫きたい。これは鍛錬を怠った自分への罰だ。
敵が姿勢を低くし、喉を鳴らす。来る。次の瞬間の死を予感した――瞬間。
「カーッ!!」「爺さん!」
背後、動物を威嚇するような大音声。同時にタンと何かが樹に突き立つ。狐が咄嗟に跳び退った。茂みがざわめく。ロランが狼狽して振り返るより早く、何かに背を支えられた。
「ご無事ですか」
「ぬ、だ、誰だ……」
「ボクは」
「くるわよ! マイ、援護お願い!」「うんっ」
少年が答える間もなく、少女が狐との間に割り込んできた。腰を落して剣を構える少女の背をぽかんと見上げ、ロランは少年に言った。
「ハンター、か……!」
「ボクは最近流行りの転移者ではありませんけどね」
少年が転がっていた木剣の成れの果てを拾い、微笑した。
●救援
「爺さん!」
素早く状況を見てとったゼル・アーガイア(ka0373)が矢を番えるや、誤射だけに気を付けて射った。狐が跳び退る。一発必中が信条のゼルとしてはあまり見たい光景ではないが、ともあれシヴェルク(ka1571)やカーミン・S・フィールズ(ka1559)が接近する時は作れた。
敵がやや後ずさって威嚇する。じりと前進するカーミン。
クオン・サガラ(ka0018)、シェール・L・アヴァロン(ka1386)、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)がロランの側背を固めた時、古川 舞踊(ka1777)がタクトを振るう。
「カーミンさんっ」「タイミングばっちり!」
仄かな光がカーミンを包むのと相前後するように、カーミンが踏み込み短剣を払う。地を這うように躱す狐。下から伸び上がってくる敵の突進がカーミンを打つ。腕で受けるや、敵を吹っ飛ばすように腕を振った。
宙に投げ出される狐。その体をクオンとゼル、2人の矢が貫いた。
「やはりいまいち慣れないですね……!」
「しばらくの辛抱だね、もっと安価に銃と弾を作れる態勢が整えば最高だけどさ」
『――■■!』
狐が怒りを露わにして着地、すぐさまクオンの方へ駆け出――しかけたのを、ルトガーのタクトから迸った光が縫い止めた。
「ところでご老人、得物を失ったようですな……ここはひとまず他の武器を取りに戻ってはどうかな」
「う、うむ、だが、ええい、このオンボロの体め!」
「奇襲されては体を痛めても仕方のない事ですぞ」
敵は抑えきれぬ憎悪と自らの命を天秤にかけてでもいるかの如く低く喉を鳴らす。きゅーんと怯えるようにロランの懐に小動物が潜り込んだ。
カーミン、シヴェルクが正面に立ち塞がり、ロランを隠す。茂みがざわめき、枝葉が揺れる。敵が動く――と感じた瞬間、敵は矢の刺さった体に鞭打ち一気に奥の茂みへ跳んだ。
チ、とカーミンが舌打ちしかけてやめた。
――いる。付近に何体か……。
シェール、クオン、ルトガーがロランの側背を守りつつ、周囲に目を光らせる。シヴェルクは今のうちとばかりロランに話しかけた。
「お名前をお訊きしても?」
「……う、む。私はロラン・デ・ラ・コスタである」
リーゼロッテ・フレアローズ(ka0156)はロランの許に急行する彼らとは別に、右翼から大回りに接近していた。
それは敵側面を衝くという目的もあったのだが、途中、どうも気になる所を見つけた。木々によって自然にできたであろう、草木の小部屋。もしここから敵が現れ、回り込まれたら。
リーゼロッテはロラン側を一瞥して無事を確認すると、長剣を抜き薄暗い茂みへ向き直った。
1秒がゆっくりと過ぎていく。向こうの喧騒が嘘のようだ。構えた長剣の輝きに見入る。覚醒者となる以前から使っていた相棒。だが覚醒した――してしまった今、この相棒はいずれ戦いについていけなくなる。それが少しだけ、哀しかった。
中央ではいつの間にか敵が消え、周辺を警戒している。ロランが何やらゴネているようだ。リーゼロッテが嘆息し――直後、茂みの奥から獰猛な気配が溢れてきた。ひと呼吸、そして斬り下す。
「――む」
斬撃は敵の脇を掠め、同時に敵の牙がリーゼロッテの腕を削っていた。
「覚醒したこの力……まだ存分に発揮するという訳にはいかないか」
調練でもするかの如く、リーゼロッテが剣を一閃した。
●ロランと狐
リーゼロッテが敵に奇襲されたのと同時に、中央でも2体の狐が襲いかかってきた。
初めにロランを襲った狐は消えている。カーミンがロランの傍につき、代わってルトガー、クオン、舞踊、シェールがロランの左右で敵を食い止める形だ。
ゼルの一矢が舞踊に噛みつかんとしていた狐の胴を穿つ。舞踊のタクトから光が迸った。敵が潜り込むようにして爪を振るう。舞踊の脚から鮮血が噴出た。シェールが庇いつつヒールをかける。
「早く後退を!」「ロランさんが……」
前衛が足りない。ただ戦うならともかく、絶対ロランを守るというのはこの状況では難しい。
それを感じたシヴェルクが焦りを飲み込み、ロランに話しかける。
「ロランさん、ひとまずここは退きましょう。このままでは貴方自身が危険ですし、それに」
ロランが握り締めたままの土を見た。私も戦う。その意志が容易に見て取れた。
「それに、ここだけでなく貴方の村も狐が襲撃している可能性は否定できません」
「そ……!」
否定は、できない。否定できないだけにロランとて拒絶できなかった。シヴェルクが肩を貸して慎重に立たせる。
握っていた土がぱらぱらと落ちた。
「……、私は足手まといか」
「いえ、勇敢で芯の強い方だと思います。だからこそ、いざ村が襲われていた時によそ者のボク達と村の連携の要となっていただきたい」
「……相解った」
「ああもう早くしてよね!」
敵に対する苛立ちをぶつけるように、カーミン。
「何抱えてんだか知らないけど、あんたが死ねばソレもやられ……ってソレ、ユグディラじゃない!? はぁ……あっきれた、この期に及んで他人様の命守りたいとか言う気?」
気付けばロランの服の中に潜り込んでいた妖猫が、襟元から顔を覗かせた。ロランが口を尖らせる。
「獣とて生きておる故。偶然とはいえ出会ったからには助けるのが我が使命よ」
「……ま、いいけど。報酬弾んでよね! あと間違っても飛び出したりしないようにしといて」
シヴェルク、カーミンがロランと共に後退する。それを狙わんと地を跳ぶ2体の狐だが、左右の4人が何とか縫い止める。
ロランが引き結んだ唇から一筋の血が流れた。
――そんなに……。
シヴェルクがロランの思いの強さに驚いたその時、どこからともなく長剣が飛んできた。深々と幹に刺さったそれは、柄の一部が凹むほど使い込まれている。
「ロラン殿、それを貸してもいい。一時後退するとはいえ、騎士たる者が丸腰ではいかにも心細かろう。ただし」
長剣の主――リーゼロッテが、反りの入った剣を抜きざまに狐を薙ぐと、振り返る事なく言った。
「長年愛用した剣だ。必ず、その手で返してくれ」
答えも聞かず狐と戦い始めるリーゼロッテ。ロランはシヴェルクに手伝ってもらって剣を抜き、何かを堪えるように固く目を閉じた。
何とか正眼に構える。剣も震えたが、何より心が震えた。
「……ありがたい」
カーミン、シヴェルクに支えられゼルの傍までロランが退く。それを機に、一行は反撃に出た。
「全く呆れた御仁だ」
だからこそ助けたいと思える。ルトガーが薄く笑い、機導砲を放つ。狐の背を打つ一条の光。狐が獰猛な咆哮を上げ突進してくる。横合いから射られたクオンの矢が敵足元に刺さった。敵が咄嗟に跳んでルトガーの首筋に迫る。ルトガーが限界まで引き付け――刹那、紙一重で躱しざまにタクトを下から振り上げた。
「これで終いよ」
0距離から溢れた力の奔流が、狐の腹を貫いた……!
汚い断末魔が上がり、顔を顰める。クオンが気を抜く事なく周辺に気を配った。
「敵がこれだけとは限りませんし、早いところ林を抜けたいですね」
「後は確実に――」ロッドを振りかぶったシェールが思いきりぶん回す!「仕留めるだけ!」
ぐぉんと痛そうな音を立て敵に迫る杖。茂みに這って躱す狐だが、そこを舞踊の機導砲が追撃する。
『――■■!』
「マイさん!」「っ……」
バネのように跳んでくる敵。躱せない。咄嗟に右へ。左腕に衝撃。舞踊が回転しながら倒れる。敵が今度は首筋目がけて突っ込んでくる。後転して躱さんとする舞踊。敵が舞踊に喰らいつく――その体を、大振りの杖が掬い上げた。
「った……!」
宙に突き上げられた敵が無防備な腹を2人の前に曝け出す。次の瞬間、2人の渾身の攻撃が敵に直撃した……!
模造刀をやや右に傾け静止したリーゼロッテは、剣気とでも言おうか、敵が見えない何かに気圧された瞬間、鋭い呼気と共に踏み込んだ。
白銀の軌跡が描かれ、敵が大げさに回避する。さらに踏み込むや、返す刀で敵前脚を捉えた。狐が喚く。素早く腕を引いて切先を敵へ向ける。敵が怒りに任せて突っ込んできた。半身になってやり過ごす。頬に一筋の朱が走った。
――見える。敵としては多少物足りないが……。
しかし、歪虚相手に余裕を持って戦える。その手応えがリーゼロッテを高揚させた。
「今後の糧とさせてもらう」
斬。リーゼロッテは着地した敵を事も無げに両断した。
刀の血を払い、周囲を見やる。どうやらロランはある程度後退したらしく、後はこの林を出れば安心だろう。自分は来た時と同じ道を戻れば右翼の警戒になるだろうか。
一息ついた、直後。
「――上です!」
中央、ロラン側が一瞬の混乱に包まれた。
「上です!」
警告したのは、クオンだった。
各々が周辺を警戒しつつ、一塊となって後退していく。死角などほぼない筈だった。にも関わらず、気付いた時には狐は跳躍状態にあり、急降下してくるところだった。
「ッどんだけ隠れるの上手いんだよ!」
咄嗟に弓を構えるゼル。クオンも矢を番えたが遅い。勢いに乗った狐が乾坤一擲、一団中央――リーダーと思ったのだろう、ロランに――!?
「だめ!!」
研ぎ澄まされた牙が老人の喉笛に至る直前、シェールがロランごとシヴェルクを押し出した……!
シェールの肩口に深々と突き刺さる牙。敵が体を蹴りつけて牙を抜くと、血潮が吹き上がった。
カーミンが最小限の動作で下段から短剣を斬り上げる。敵はそれを躱そうとするが、ゼルの一矢が後脚を貫く。直後、カーミンの斬撃が狐の横腹から胸を斬り裂いた。
耳に障る断末魔。カーミンがシェールに振り返る。
「シェールさん!」
「大、丈夫……」
自らの力を呼び起こすシェール。淡い光が体を包み、傷口を覆った。
安堵すると同時に、シヴェルクは奥歯を噛み締める。肩を貸していた。戦闘行動は当然取りづらくなる。だからこそ、自分が最も早く敵を見つけるべきだった。
そんなシヴェルクの様子を知ってか知らずか、ゼルが忌々しげに樹を睨んだ。
「いつから樹上に潜んでたんだ」
「最初に逃げた狐……だと思う」
最接近して戦ったカーミンが敵を思い出しつつ。ルトガーがロランを起こし、提案した。
「ここは巧遅よりも拙速、勢いで林を出た方がいいのではないかな」
丁度合流してきていたリーゼロッテが頷くと、一行はロランを支え駆け出したのだった……。
●グラズヘイム王国へようこそ
「爺さん、怪我は?」
林から脱出し、馬車に戻って一息ついた一行。ゼルが屈託なくロランに笑いかけると、ロランは息も絶え絶え睨めつけた。
「だっ……わけ……るかっ……!」
全く何を言ったかは判らないが状況はよく解った。
「だよね。わり、無理させてさ。でも無事でよかったよ!」
悪びれる事なく謝罪し無事を喜ぶゼルを見ていると何か言う気も失せてくる。ロランは一際大きく嘆息して息を整え、ふん、と外を見た。
馬車は既に村へ向かっており、10分もすれば着きそうだった。
シェールがどうしても我慢できないとばかりロランの腰に手を当て、ヒールを施す。柔らかい光が幌の中に広がった。多少痛みも引いたか、ロランが頭を下げる。と、未だ手元に置いていた抜き身の剣が目に入った。
ロランは改めて8人に礼をすると、愛おしむように剣を持った。剣の主――リーゼロッテに向き直り、深々と腰を折り、剣を返す。
「良い、剣ですな」
「そこらの剣とは年季が違う。まぁ、ロラン殿の年季と良い勝負かな」
「なんの、私など未熟な若造にすぎんですわ」
何やら感じ入るものがあったか、リーゼロッテと和やかに談笑するロラン。楽しい雰囲気に釣られたか、懐で包まっていたユグディラまで顔を出してきた始末である。
カーミンが僅かに顔を顰めるが、わざとらしく高い声で誤魔化した。
「この子達ってご飯とかよく盗むけど、この体格なら森の木の実とかだけで充分だと思うのよね。じゃあ何で人のご飯盗るのかしら」
「美味しいのかも」
「そ、それもあるかもだけど!」
カーミンが舞踊の推測に苦笑しかけ、一転して目を輝かせて自論を展開する。
「私はユグディラ界に経済が存在すると思う! そっちじゃ猫の妖精は富をもたらすのよね? つまりユグディラの恩返しよっ」
「ユグディラとは知的生命体であり人間と同様の社会を築いている、と」
クオンが元技術者らしく顎に手を当て、興味深げに考察する。
「こっちの生態系がまだ解らないので何とも言えませんが、随分面白そうな所ですねここは」
「この世界は実はユグディラの見てる夢である!」
何やらトンデモ話に移行するカーミンである。若干顔を引きつらせ、微笑するシヴェルク。胸に渦巻くものを、奥底に閉じ込めながら。
――犠牲者は出なかった。今はそれでいい。今日より明日、明日より明後日、僕はきっと強く……皆を助けられるようになるから……!
ルトガーが外を見やる。ロランの住む村らしき家々が前方に見えてきた。顔を引っ込めてロランに訊く。
「貴殿はやはり騎士となる為に剣を?」
「うむ。青き世界の戦士がやって来たと聞いてな、ならば私も立って共に歩まねばなるまい、と」
「ほう、崇高な志ですな」
ルトガーがちらとシヴェルクに目を向け、すぐさま外に視線を移した。
「では今宵は我々9人、いやそこな妖精も含め10人で酒でも酌み交わすと致しますかな。共に歩む為にはまず互いの事をよく知らねば」
「なるほどそれは名案!」
などと盛り上がるオッサン2人。
そんな2人をよそに、馬車は刻一刻と村へ近付いていく。野次馬根性を発揮した村人が集まり始め、賑やかになってきた。
馬が嘶き、御者がどうどうと宥める。シェールは肩に触れ、快い痛みに身を委ねつつ、空を仰いだ。
「んっ……良いお天気!」
<了>
ロドンドもといロランは腰を抜かしたまま忸怩たる思いで土を掴み、敵を見据える。目潰しなど無意味かもしれない。だがせめて最期まで戦う姿勢を貫きたい。これは鍛錬を怠った自分への罰だ。
敵が姿勢を低くし、喉を鳴らす。来る。次の瞬間の死を予感した――瞬間。
「カーッ!!」「爺さん!」
背後、動物を威嚇するような大音声。同時にタンと何かが樹に突き立つ。狐が咄嗟に跳び退った。茂みがざわめく。ロランが狼狽して振り返るより早く、何かに背を支えられた。
「ご無事ですか」
「ぬ、だ、誰だ……」
「ボクは」
「くるわよ! マイ、援護お願い!」「うんっ」
少年が答える間もなく、少女が狐との間に割り込んできた。腰を落して剣を構える少女の背をぽかんと見上げ、ロランは少年に言った。
「ハンター、か……!」
「ボクは最近流行りの転移者ではありませんけどね」
少年が転がっていた木剣の成れの果てを拾い、微笑した。
●救援
「爺さん!」
素早く状況を見てとったゼル・アーガイア(ka0373)が矢を番えるや、誤射だけに気を付けて射った。狐が跳び退る。一発必中が信条のゼルとしてはあまり見たい光景ではないが、ともあれシヴェルク(ka1571)やカーミン・S・フィールズ(ka1559)が接近する時は作れた。
敵がやや後ずさって威嚇する。じりと前進するカーミン。
クオン・サガラ(ka0018)、シェール・L・アヴァロン(ka1386)、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)がロランの側背を固めた時、古川 舞踊(ka1777)がタクトを振るう。
「カーミンさんっ」「タイミングばっちり!」
仄かな光がカーミンを包むのと相前後するように、カーミンが踏み込み短剣を払う。地を這うように躱す狐。下から伸び上がってくる敵の突進がカーミンを打つ。腕で受けるや、敵を吹っ飛ばすように腕を振った。
宙に投げ出される狐。その体をクオンとゼル、2人の矢が貫いた。
「やはりいまいち慣れないですね……!」
「しばらくの辛抱だね、もっと安価に銃と弾を作れる態勢が整えば最高だけどさ」
『――■■!』
狐が怒りを露わにして着地、すぐさまクオンの方へ駆け出――しかけたのを、ルトガーのタクトから迸った光が縫い止めた。
「ところでご老人、得物を失ったようですな……ここはひとまず他の武器を取りに戻ってはどうかな」
「う、うむ、だが、ええい、このオンボロの体め!」
「奇襲されては体を痛めても仕方のない事ですぞ」
敵は抑えきれぬ憎悪と自らの命を天秤にかけてでもいるかの如く低く喉を鳴らす。きゅーんと怯えるようにロランの懐に小動物が潜り込んだ。
カーミン、シヴェルクが正面に立ち塞がり、ロランを隠す。茂みがざわめき、枝葉が揺れる。敵が動く――と感じた瞬間、敵は矢の刺さった体に鞭打ち一気に奥の茂みへ跳んだ。
チ、とカーミンが舌打ちしかけてやめた。
――いる。付近に何体か……。
シェール、クオン、ルトガーがロランの側背を守りつつ、周囲に目を光らせる。シヴェルクは今のうちとばかりロランに話しかけた。
「お名前をお訊きしても?」
「……う、む。私はロラン・デ・ラ・コスタである」
リーゼロッテ・フレアローズ(ka0156)はロランの許に急行する彼らとは別に、右翼から大回りに接近していた。
それは敵側面を衝くという目的もあったのだが、途中、どうも気になる所を見つけた。木々によって自然にできたであろう、草木の小部屋。もしここから敵が現れ、回り込まれたら。
リーゼロッテはロラン側を一瞥して無事を確認すると、長剣を抜き薄暗い茂みへ向き直った。
1秒がゆっくりと過ぎていく。向こうの喧騒が嘘のようだ。構えた長剣の輝きに見入る。覚醒者となる以前から使っていた相棒。だが覚醒した――してしまった今、この相棒はいずれ戦いについていけなくなる。それが少しだけ、哀しかった。
中央ではいつの間にか敵が消え、周辺を警戒している。ロランが何やらゴネているようだ。リーゼロッテが嘆息し――直後、茂みの奥から獰猛な気配が溢れてきた。ひと呼吸、そして斬り下す。
「――む」
斬撃は敵の脇を掠め、同時に敵の牙がリーゼロッテの腕を削っていた。
「覚醒したこの力……まだ存分に発揮するという訳にはいかないか」
調練でもするかの如く、リーゼロッテが剣を一閃した。
●ロランと狐
リーゼロッテが敵に奇襲されたのと同時に、中央でも2体の狐が襲いかかってきた。
初めにロランを襲った狐は消えている。カーミンがロランの傍につき、代わってルトガー、クオン、舞踊、シェールがロランの左右で敵を食い止める形だ。
ゼルの一矢が舞踊に噛みつかんとしていた狐の胴を穿つ。舞踊のタクトから光が迸った。敵が潜り込むようにして爪を振るう。舞踊の脚から鮮血が噴出た。シェールが庇いつつヒールをかける。
「早く後退を!」「ロランさんが……」
前衛が足りない。ただ戦うならともかく、絶対ロランを守るというのはこの状況では難しい。
それを感じたシヴェルクが焦りを飲み込み、ロランに話しかける。
「ロランさん、ひとまずここは退きましょう。このままでは貴方自身が危険ですし、それに」
ロランが握り締めたままの土を見た。私も戦う。その意志が容易に見て取れた。
「それに、ここだけでなく貴方の村も狐が襲撃している可能性は否定できません」
「そ……!」
否定は、できない。否定できないだけにロランとて拒絶できなかった。シヴェルクが肩を貸して慎重に立たせる。
握っていた土がぱらぱらと落ちた。
「……、私は足手まといか」
「いえ、勇敢で芯の強い方だと思います。だからこそ、いざ村が襲われていた時によそ者のボク達と村の連携の要となっていただきたい」
「……相解った」
「ああもう早くしてよね!」
敵に対する苛立ちをぶつけるように、カーミン。
「何抱えてんだか知らないけど、あんたが死ねばソレもやられ……ってソレ、ユグディラじゃない!? はぁ……あっきれた、この期に及んで他人様の命守りたいとか言う気?」
気付けばロランの服の中に潜り込んでいた妖猫が、襟元から顔を覗かせた。ロランが口を尖らせる。
「獣とて生きておる故。偶然とはいえ出会ったからには助けるのが我が使命よ」
「……ま、いいけど。報酬弾んでよね! あと間違っても飛び出したりしないようにしといて」
シヴェルク、カーミンがロランと共に後退する。それを狙わんと地を跳ぶ2体の狐だが、左右の4人が何とか縫い止める。
ロランが引き結んだ唇から一筋の血が流れた。
――そんなに……。
シヴェルクがロランの思いの強さに驚いたその時、どこからともなく長剣が飛んできた。深々と幹に刺さったそれは、柄の一部が凹むほど使い込まれている。
「ロラン殿、それを貸してもいい。一時後退するとはいえ、騎士たる者が丸腰ではいかにも心細かろう。ただし」
長剣の主――リーゼロッテが、反りの入った剣を抜きざまに狐を薙ぐと、振り返る事なく言った。
「長年愛用した剣だ。必ず、その手で返してくれ」
答えも聞かず狐と戦い始めるリーゼロッテ。ロランはシヴェルクに手伝ってもらって剣を抜き、何かを堪えるように固く目を閉じた。
何とか正眼に構える。剣も震えたが、何より心が震えた。
「……ありがたい」
カーミン、シヴェルクに支えられゼルの傍までロランが退く。それを機に、一行は反撃に出た。
「全く呆れた御仁だ」
だからこそ助けたいと思える。ルトガーが薄く笑い、機導砲を放つ。狐の背を打つ一条の光。狐が獰猛な咆哮を上げ突進してくる。横合いから射られたクオンの矢が敵足元に刺さった。敵が咄嗟に跳んでルトガーの首筋に迫る。ルトガーが限界まで引き付け――刹那、紙一重で躱しざまにタクトを下から振り上げた。
「これで終いよ」
0距離から溢れた力の奔流が、狐の腹を貫いた……!
汚い断末魔が上がり、顔を顰める。クオンが気を抜く事なく周辺に気を配った。
「敵がこれだけとは限りませんし、早いところ林を抜けたいですね」
「後は確実に――」ロッドを振りかぶったシェールが思いきりぶん回す!「仕留めるだけ!」
ぐぉんと痛そうな音を立て敵に迫る杖。茂みに這って躱す狐だが、そこを舞踊の機導砲が追撃する。
『――■■!』
「マイさん!」「っ……」
バネのように跳んでくる敵。躱せない。咄嗟に右へ。左腕に衝撃。舞踊が回転しながら倒れる。敵が今度は首筋目がけて突っ込んでくる。後転して躱さんとする舞踊。敵が舞踊に喰らいつく――その体を、大振りの杖が掬い上げた。
「った……!」
宙に突き上げられた敵が無防備な腹を2人の前に曝け出す。次の瞬間、2人の渾身の攻撃が敵に直撃した……!
模造刀をやや右に傾け静止したリーゼロッテは、剣気とでも言おうか、敵が見えない何かに気圧された瞬間、鋭い呼気と共に踏み込んだ。
白銀の軌跡が描かれ、敵が大げさに回避する。さらに踏み込むや、返す刀で敵前脚を捉えた。狐が喚く。素早く腕を引いて切先を敵へ向ける。敵が怒りに任せて突っ込んできた。半身になってやり過ごす。頬に一筋の朱が走った。
――見える。敵としては多少物足りないが……。
しかし、歪虚相手に余裕を持って戦える。その手応えがリーゼロッテを高揚させた。
「今後の糧とさせてもらう」
斬。リーゼロッテは着地した敵を事も無げに両断した。
刀の血を払い、周囲を見やる。どうやらロランはある程度後退したらしく、後はこの林を出れば安心だろう。自分は来た時と同じ道を戻れば右翼の警戒になるだろうか。
一息ついた、直後。
「――上です!」
中央、ロラン側が一瞬の混乱に包まれた。
「上です!」
警告したのは、クオンだった。
各々が周辺を警戒しつつ、一塊となって後退していく。死角などほぼない筈だった。にも関わらず、気付いた時には狐は跳躍状態にあり、急降下してくるところだった。
「ッどんだけ隠れるの上手いんだよ!」
咄嗟に弓を構えるゼル。クオンも矢を番えたが遅い。勢いに乗った狐が乾坤一擲、一団中央――リーダーと思ったのだろう、ロランに――!?
「だめ!!」
研ぎ澄まされた牙が老人の喉笛に至る直前、シェールがロランごとシヴェルクを押し出した……!
シェールの肩口に深々と突き刺さる牙。敵が体を蹴りつけて牙を抜くと、血潮が吹き上がった。
カーミンが最小限の動作で下段から短剣を斬り上げる。敵はそれを躱そうとするが、ゼルの一矢が後脚を貫く。直後、カーミンの斬撃が狐の横腹から胸を斬り裂いた。
耳に障る断末魔。カーミンがシェールに振り返る。
「シェールさん!」
「大、丈夫……」
自らの力を呼び起こすシェール。淡い光が体を包み、傷口を覆った。
安堵すると同時に、シヴェルクは奥歯を噛み締める。肩を貸していた。戦闘行動は当然取りづらくなる。だからこそ、自分が最も早く敵を見つけるべきだった。
そんなシヴェルクの様子を知ってか知らずか、ゼルが忌々しげに樹を睨んだ。
「いつから樹上に潜んでたんだ」
「最初に逃げた狐……だと思う」
最接近して戦ったカーミンが敵を思い出しつつ。ルトガーがロランを起こし、提案した。
「ここは巧遅よりも拙速、勢いで林を出た方がいいのではないかな」
丁度合流してきていたリーゼロッテが頷くと、一行はロランを支え駆け出したのだった……。
●グラズヘイム王国へようこそ
「爺さん、怪我は?」
林から脱出し、馬車に戻って一息ついた一行。ゼルが屈託なくロランに笑いかけると、ロランは息も絶え絶え睨めつけた。
「だっ……わけ……るかっ……!」
全く何を言ったかは判らないが状況はよく解った。
「だよね。わり、無理させてさ。でも無事でよかったよ!」
悪びれる事なく謝罪し無事を喜ぶゼルを見ていると何か言う気も失せてくる。ロランは一際大きく嘆息して息を整え、ふん、と外を見た。
馬車は既に村へ向かっており、10分もすれば着きそうだった。
シェールがどうしても我慢できないとばかりロランの腰に手を当て、ヒールを施す。柔らかい光が幌の中に広がった。多少痛みも引いたか、ロランが頭を下げる。と、未だ手元に置いていた抜き身の剣が目に入った。
ロランは改めて8人に礼をすると、愛おしむように剣を持った。剣の主――リーゼロッテに向き直り、深々と腰を折り、剣を返す。
「良い、剣ですな」
「そこらの剣とは年季が違う。まぁ、ロラン殿の年季と良い勝負かな」
「なんの、私など未熟な若造にすぎんですわ」
何やら感じ入るものがあったか、リーゼロッテと和やかに談笑するロラン。楽しい雰囲気に釣られたか、懐で包まっていたユグディラまで顔を出してきた始末である。
カーミンが僅かに顔を顰めるが、わざとらしく高い声で誤魔化した。
「この子達ってご飯とかよく盗むけど、この体格なら森の木の実とかだけで充分だと思うのよね。じゃあ何で人のご飯盗るのかしら」
「美味しいのかも」
「そ、それもあるかもだけど!」
カーミンが舞踊の推測に苦笑しかけ、一転して目を輝かせて自論を展開する。
「私はユグディラ界に経済が存在すると思う! そっちじゃ猫の妖精は富をもたらすのよね? つまりユグディラの恩返しよっ」
「ユグディラとは知的生命体であり人間と同様の社会を築いている、と」
クオンが元技術者らしく顎に手を当て、興味深げに考察する。
「こっちの生態系がまだ解らないので何とも言えませんが、随分面白そうな所ですねここは」
「この世界は実はユグディラの見てる夢である!」
何やらトンデモ話に移行するカーミンである。若干顔を引きつらせ、微笑するシヴェルク。胸に渦巻くものを、奥底に閉じ込めながら。
――犠牲者は出なかった。今はそれでいい。今日より明日、明日より明後日、僕はきっと強く……皆を助けられるようになるから……!
ルトガーが外を見やる。ロランの住む村らしき家々が前方に見えてきた。顔を引っ込めてロランに訊く。
「貴殿はやはり騎士となる為に剣を?」
「うむ。青き世界の戦士がやって来たと聞いてな、ならば私も立って共に歩まねばなるまい、と」
「ほう、崇高な志ですな」
ルトガーがちらとシヴェルクに目を向け、すぐさま外に視線を移した。
「では今宵は我々9人、いやそこな妖精も含め10人で酒でも酌み交わすと致しますかな。共に歩む為にはまず互いの事をよく知らねば」
「なるほどそれは名案!」
などと盛り上がるオッサン2人。
そんな2人をよそに、馬車は刻一刻と村へ近付いていく。野次馬根性を発揮した村人が集まり始め、賑やかになってきた。
馬が嘶き、御者がどうどうと宥める。シェールは肩に触れ、快い痛みに身を委ねつつ、空を仰いだ。
「んっ……良いお天気!」
<了>
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓(15日の15:00迄) リーゼロッテ・フレアローズ(ka0156) 人間(クリムゾンウェスト)|19才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/06/15 14:45:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/15 04:45:08 |