ゲスト
(ka0000)
蝕む狂気 蠢く火種
マスター:ユキ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/26 15:00
- 完成日
- 2014/09/10 19:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
● 染められた狂気
「皆………んだ……。皆……死んだ」
王国南西。豊かな穀倉地帯が広がる、牧歌的といえば聞こえのいい平和な片田舎。5軒程度の家が集まった小さな集落。そこに、その兵士はいた。
「可哀想にねぇ……私にゃぁ、戦場ってのはよくわからないけど、よっぽど恐ろしい思いをしたんだろうねぇ……帰ってきてから、ずっとあんな調子だよ」
「あのルロイがねぇ……村一番の力持ちだったんに……」
負傷し戦役を離れた義勇兵、ルロイ。まだ20代だろうその髪は白く染まり、目は虚ろ。付け根から失った左腕、その肩口を右手でなぞりながら、ブツブツと何かを呟いている。其の傍らには小さな少女が一人、寄り添うように佇んでいる。
「あの子がかぃ?」
「そうそう。逃げ遅れたところを、ルロイが歪虚から守ったんだと」
「いいのかぃ? あの子のせいでルロイは……それに、食いぶちだって」
「えぇ、えぇ。あの子がいるおかげで、ルロイも落ち着いてるようじゃし。なぁに、娘っ子一人の食いぶちくらい」
後ろで交わされる会話は、腕を失い心を病んで帰ってきた木偶の坊と、働き頭を木偶の坊にした疫病神にとってはけして気持ちの良いものではなかっただろう。針の筵だったかもしれない。あるいは、それすら彼らの耳には届いていなかったのやもしれない。だがその時、彼は急に呟きをやめ、静かに立ち上がった。そして、こう言った。
「皆死んだ……だから、皆殺そう」
● UNKNOWN
「もうニンゲン居ないね」
「貴女がゆっくりしているからよ」
「ワァーシン暴れてたからだよ」
「暴れていたのはニンゲンよ」
「もうニンゲンじゃないけどね」
──王国某所。遠方に町を望むそこに、不穏な集団が居た。
半人半羊型の歪虚の群れ。その中央に、“人の姿をした何か”が2体。
「今度はあの辺どうかな?」
「こっちの方がいいと思うわ」
「この前もそう言ったよね?」
「あら、今度は文句があるの?」
「ないよ。こっち行こう!」
遠くに見える町を襲うでもなく、おかしな“群れ”は去ってゆく。
王国の、別の場所へ──
----------------
● 南西に灯る火種
「……なるほど。見るものを畏怖させ、狂気に駆り立てる。ワァーシンとはよく言ったものだね。それにしてもさ、大型弩弓に投石機だなんて、まるで蛮族だよね」
両手を広げて立つ幼い領主は、周囲を囲む従者たちによって靴を磨かれ、ボタンをとめられ、上着に袖を通しながら報告を受けていた。身につけているシャツやズボンはオーダーメイドらしく、その細身な少年の身体をピッタリと包んでいるが、袖を通した上着だけはなぜか明らかに身の丈に合っていない。けれど従者たちの中にそれを指摘するものはおらず、務めを終えると静かに後ろへと退いていった。引きずりそうな裾の上着の襟元を正すと、少年領主は窓辺から自らが統べる古都の街並みを一望した。千年王国の古都として相応しい歴史と風格を備えた街は夜の闇の中でも眩く煌めいている。人々の営み。魔法の研究。それらが生む光や煙が、かくも幻想的な光景を生む。その光景は、この館の主であり領主たるフリュイ・ド・パラディ(kz0036)のみのものだ。自らが治めるこの地の平穏に笑みを浮かべる少年領主は、視線をさらに遠方、塀の向こうの遠く南西方向へと向ける。
「それで、『アレ』の報告はどうなってるのかな?」
フリュイの話す『アレ』。それは、この騒乱の中にあって静かに、けれどたしかにこの国内に入り込み、どこかを彷徨い今も身を潜める何者かのこと。
「表向き、西方にて発見された羊型の歪虚の一件は、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン及びハンター数名によって討伐されたとの報告が。ですが、討伐した群れは極少数。周辺には南方へと伸びる足跡も続いていたとのことです。この件については、国民の不安を駆り立てぬようにとの緘口令もしかれております」
「その件のひと月前ぐらいからだったかな、彼らが目撃されているのは。もう2ヶ月? 王国騎士団もずいぶんと手ぬるいものだよね。といっても、あの王女の『慈悲深き御心』とやらのせいで今やこの王国の戦力は張子の虎も同然だから、仕方ないよね」
丈の合わない上着の余った袖で顎を撫ぜながら思案を巡らせる少年領主。どうにも合点がいかないことがあった。今各国を騒がせている歪虚はリゼリオ南東の島、ラッツィオ島から現れているものらしい。王国の海岸線に近い地域でも目撃例や交戦の報は伝え聞いている。だが、件の歪虚は国の内側から南西へと向かっている。狂気などというからにはわけの分からない行動をするのかもしれないが、それにしてもなにか違和感を覚える。正体不明の集団の存在に古都の主もまた注意を向け、独自にその動向を探らせていた。正体もわからない。そしてその目的も……。なんとも不気味な、そしてそれ以上に……
「面白そうな連中だよね」
フリュイは心の底からそう思っていた。その笑みもまた本当にただ楽しそうに見える。詳細不明。謎。未知。それらはどれも人を魅了する不思議な響きだ。殊、この領主にとってその傾向は誰よりも強い。
「……ご興味に足るかはわかりませんが、南西にて1つ、早馬の情報が入っております」
「へぇ。どんな話かな?」
「街道から少し離れた、農村とも呼べぬような小さな集落が昨夜、一夜のうちに焼け野原になったという話がございます」
「それだけだと、大して面白い話には聞こえないよね」
「先に放った使いの話では、その村の周辺は草木が枯れはじめていたとか。また、周辺になにやら羊らしき影をいくつか見たとも」
「……なるほど、それは面白そうだね」
羊。そしてマテリアルの喪失を連想させる情報に、フリュイはくるりと身を翻し、勢いで揺れる大きな上着の襟元を今一度正すと、従者を見据える。
「……聞くまでもございませんでしょうが」
「当然だね。僕が直接行くよ」
「では、近衛兵たちに通達を……」
「護衛はハンターに依頼してくれ。転移門を通らないと遅くてしょうがないからね。アークエルス領主の現地視察護衛だよ、光栄な仕事だよね。あぁ、面白そうな歪虚や目撃者がいたならできたら生け捕りにできないかな?」
「……難しいご注文ですが、受ける者はいるでしょう。仰せのままに」
「さて、楽しくなりそうだ。出会えるのは狂気か、それともまだ見ぬ何かか……。ねぇ。お前は僕とワァーシン、どっちの方がイカれてると思う?」
聖堂戦士団に王国騎士団。王国の剣と盾が手薄な今、国を守るのは誰か?
それは歴史ある古都の領主か?
否。
かの領主が私兵を戦線へ派遣しなかったのは、有事に備えてのこと。
されど彼にとって有事とは、『国の有事』にあらず。
『面白そうなこと』
『自分の興味を惹くこと』
『古都に仇なす者が現れたこと』
それこそが、彼にとっての最大の有事。
「皆………んだ……。皆……死んだ」
王国南西。豊かな穀倉地帯が広がる、牧歌的といえば聞こえのいい平和な片田舎。5軒程度の家が集まった小さな集落。そこに、その兵士はいた。
「可哀想にねぇ……私にゃぁ、戦場ってのはよくわからないけど、よっぽど恐ろしい思いをしたんだろうねぇ……帰ってきてから、ずっとあんな調子だよ」
「あのルロイがねぇ……村一番の力持ちだったんに……」
負傷し戦役を離れた義勇兵、ルロイ。まだ20代だろうその髪は白く染まり、目は虚ろ。付け根から失った左腕、その肩口を右手でなぞりながら、ブツブツと何かを呟いている。其の傍らには小さな少女が一人、寄り添うように佇んでいる。
「あの子がかぃ?」
「そうそう。逃げ遅れたところを、ルロイが歪虚から守ったんだと」
「いいのかぃ? あの子のせいでルロイは……それに、食いぶちだって」
「えぇ、えぇ。あの子がいるおかげで、ルロイも落ち着いてるようじゃし。なぁに、娘っ子一人の食いぶちくらい」
後ろで交わされる会話は、腕を失い心を病んで帰ってきた木偶の坊と、働き頭を木偶の坊にした疫病神にとってはけして気持ちの良いものではなかっただろう。針の筵だったかもしれない。あるいは、それすら彼らの耳には届いていなかったのやもしれない。だがその時、彼は急に呟きをやめ、静かに立ち上がった。そして、こう言った。
「皆死んだ……だから、皆殺そう」
● UNKNOWN
「もうニンゲン居ないね」
「貴女がゆっくりしているからよ」
「ワァーシン暴れてたからだよ」
「暴れていたのはニンゲンよ」
「もうニンゲンじゃないけどね」
──王国某所。遠方に町を望むそこに、不穏な集団が居た。
半人半羊型の歪虚の群れ。その中央に、“人の姿をした何か”が2体。
「今度はあの辺どうかな?」
「こっちの方がいいと思うわ」
「この前もそう言ったよね?」
「あら、今度は文句があるの?」
「ないよ。こっち行こう!」
遠くに見える町を襲うでもなく、おかしな“群れ”は去ってゆく。
王国の、別の場所へ──
----------------
● 南西に灯る火種
「……なるほど。見るものを畏怖させ、狂気に駆り立てる。ワァーシンとはよく言ったものだね。それにしてもさ、大型弩弓に投石機だなんて、まるで蛮族だよね」
両手を広げて立つ幼い領主は、周囲を囲む従者たちによって靴を磨かれ、ボタンをとめられ、上着に袖を通しながら報告を受けていた。身につけているシャツやズボンはオーダーメイドらしく、その細身な少年の身体をピッタリと包んでいるが、袖を通した上着だけはなぜか明らかに身の丈に合っていない。けれど従者たちの中にそれを指摘するものはおらず、務めを終えると静かに後ろへと退いていった。引きずりそうな裾の上着の襟元を正すと、少年領主は窓辺から自らが統べる古都の街並みを一望した。千年王国の古都として相応しい歴史と風格を備えた街は夜の闇の中でも眩く煌めいている。人々の営み。魔法の研究。それらが生む光や煙が、かくも幻想的な光景を生む。その光景は、この館の主であり領主たるフリュイ・ド・パラディ(kz0036)のみのものだ。自らが治めるこの地の平穏に笑みを浮かべる少年領主は、視線をさらに遠方、塀の向こうの遠く南西方向へと向ける。
「それで、『アレ』の報告はどうなってるのかな?」
フリュイの話す『アレ』。それは、この騒乱の中にあって静かに、けれどたしかにこの国内に入り込み、どこかを彷徨い今も身を潜める何者かのこと。
「表向き、西方にて発見された羊型の歪虚の一件は、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン及びハンター数名によって討伐されたとの報告が。ですが、討伐した群れは極少数。周辺には南方へと伸びる足跡も続いていたとのことです。この件については、国民の不安を駆り立てぬようにとの緘口令もしかれております」
「その件のひと月前ぐらいからだったかな、彼らが目撃されているのは。もう2ヶ月? 王国騎士団もずいぶんと手ぬるいものだよね。といっても、あの王女の『慈悲深き御心』とやらのせいで今やこの王国の戦力は張子の虎も同然だから、仕方ないよね」
丈の合わない上着の余った袖で顎を撫ぜながら思案を巡らせる少年領主。どうにも合点がいかないことがあった。今各国を騒がせている歪虚はリゼリオ南東の島、ラッツィオ島から現れているものらしい。王国の海岸線に近い地域でも目撃例や交戦の報は伝え聞いている。だが、件の歪虚は国の内側から南西へと向かっている。狂気などというからにはわけの分からない行動をするのかもしれないが、それにしてもなにか違和感を覚える。正体不明の集団の存在に古都の主もまた注意を向け、独自にその動向を探らせていた。正体もわからない。そしてその目的も……。なんとも不気味な、そしてそれ以上に……
「面白そうな連中だよね」
フリュイは心の底からそう思っていた。その笑みもまた本当にただ楽しそうに見える。詳細不明。謎。未知。それらはどれも人を魅了する不思議な響きだ。殊、この領主にとってその傾向は誰よりも強い。
「……ご興味に足るかはわかりませんが、南西にて1つ、早馬の情報が入っております」
「へぇ。どんな話かな?」
「街道から少し離れた、農村とも呼べぬような小さな集落が昨夜、一夜のうちに焼け野原になったという話がございます」
「それだけだと、大して面白い話には聞こえないよね」
「先に放った使いの話では、その村の周辺は草木が枯れはじめていたとか。また、周辺になにやら羊らしき影をいくつか見たとも」
「……なるほど、それは面白そうだね」
羊。そしてマテリアルの喪失を連想させる情報に、フリュイはくるりと身を翻し、勢いで揺れる大きな上着の襟元を今一度正すと、従者を見据える。
「……聞くまでもございませんでしょうが」
「当然だね。僕が直接行くよ」
「では、近衛兵たちに通達を……」
「護衛はハンターに依頼してくれ。転移門を通らないと遅くてしょうがないからね。アークエルス領主の現地視察護衛だよ、光栄な仕事だよね。あぁ、面白そうな歪虚や目撃者がいたならできたら生け捕りにできないかな?」
「……難しいご注文ですが、受ける者はいるでしょう。仰せのままに」
「さて、楽しくなりそうだ。出会えるのは狂気か、それともまだ見ぬ何かか……。ねぇ。お前は僕とワァーシン、どっちの方がイカれてると思う?」
聖堂戦士団に王国騎士団。王国の剣と盾が手薄な今、国を守るのは誰か?
それは歴史ある古都の領主か?
否。
かの領主が私兵を戦線へ派遣しなかったのは、有事に備えてのこと。
されど彼にとって有事とは、『国の有事』にあらず。
『面白そうなこと』
『自分の興味を惹くこと』
『古都に仇なす者が現れたこと』
それこそが、彼にとっての最大の有事。
リプレイ本文
「■■■■■ッ!!」
シルフィエット・アルヴェリチェ(ka1493)の覗くスコープの中で、1匹の歪虚が声にならない断末魔をあげながら最期のダンスを舞う。勢いづくハンターたち。その中で、最初に違和感に気付いたのはジュード・エアハート(ka0410)だった。目の前には二本の足で駆けこちらへと迫る筋肉質な羊型の歪虚が 4匹。彼らは先行班の存在を確認するや、耳障りな鳴き声をあげこちらへと向かってきた。その強靭な足は筋肉質な体躯を支えんと、重く重く地を踏みしめる。そこにはっきりと残る跡。
「家の周りにはあの羊の足跡、見当たらないよねー?」
その言葉にハッと辺りを見渡す神代 誠一(ka2086)。その視界の端でパラパラと瓦礫の一部が崩れるのに気付き「シルフィエットさん!!」と声をあげるのと、瓦礫が轟音をたてて四散し、その中から姿を見せた黒い影がシルフィエットへと襲い掛かったのはほぼ同時だった。
「へぇ……面白いね」
そんな状況の中でもフリュイ・ド・パラディ(kz0036)は笑みを浮かべていた。
ハンターたちが集落付近に到着した時、そこに羊たちの姿はなく、彼らは村へと足を踏み入れた。
「目撃情報にあった羊が本隊の群れ立った場合、数が厄介だな」
依頼の内容はけして手放しに好感を持てるものではない。思うところのある者も多い中、デュオ=ラングウィッチ(ka1015)はクールに状況を俯瞰する。
「古都の主様は、その厄介な状況をお望みのようだけどね。それもできれば……狂気の物語を御望みのようですね」
以前に一度フリュイの依頼を受けた経験のあるルスティロ・イストワール(ka0252)は護衛対象へ笑顔で会釈を交わす。ルスティロも集落のことは気がかりだが、それでも彼の一番の興味の対象は目の前の領主だった。それを知ってか知らずか、フリュイは特に言葉を返すことなく、ただただ笑顔を浮かべて辺りを見渡している。そんな身分ある少年の様子を快く思わない態度を露わにする者もいた。
「そこの未開人の貴族の希望はともかくですわ。民の平和のために必要なことではありますし、依頼は成功させますとも。えぇ」
自身もリアルブルーでは地位あるものだったベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)は、近しくともけして交わることのないこの領主との思想の違いに反発の姿勢を見せていた。この傲慢な貴族に『貴族とはかくあれ』、それを体現せしめんと。
興味を持つ者や反発する者と様々な中で、カグラ・シュヴァルツ(ka0105)は依頼主の趣向を考慮し、円滑な任務の遂行のため行動指針を確認する。斥候として危険の有無を確認する先行班と、フリュイの護衛をする後続に分かれることを伝え、調査自体はフリュイが行うことを淡々と捕捉し、フリュイの得心を得た。依頼主との調整の間、従兄であるカグラの横に寄り添うシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は、遠くに望む瓦礫と化した家々を眺めながら、一人思いを巡らせていた。
(……変な話ですね……)
時は現在に戻る。歪虚と先行班は集落に足を踏み入れてすぐに互いの存在を認識した。ベアトリスがトランシーバーで合流を呼び掛けたが、歪虚は別の報告書にもあった通り一心不乱に突撃してきた。その数が最悪の想定とは違う4体、どれも白い毛の歪虚であることを確認し、デュオは臨戦態勢をとる。同じく先行班のシュネーも前衛として先陣を切ろうと一歩前に立ち、カグラもまたすでに猟銃で1匹に照準を合わせていた。そうして待ち構える4人の目前で突如1匹の羊の胸が穿たれる。得物の関係から、先行班と後続の間に位置取っていたシルフィエットのスナイプだ。ライフルの威力はすさまじく、一撃で白羊を霧散させた。
だがそこで事態はさらに急転した。ライフルを構えて視野の狭くなったシルフィエットの背中側の瓦礫が音を立てて崩れ、飛び出してきた黒い影が彼女を襲う。衝撃をまともに受けシルフィエットは後続組の位置まで弾き飛ばされた。
「悪いけど、こっちにも別の歪虚が出てシルフィエットさんがやられちゃったみたいなんだよね。そっちはそっちで頑張ってもらえるかなー?」
すぐさまジュードが先行組へ伝える。その間にも飛びかかってくる巨体を前に、身構えることもせずただただ観察するフリュイ。神代が割って入り、ヌンチャクをいっぱいに引き絞り巨大な拳を受け止める。
「さがって下さい。必ず守ります。貴方の後ろには民衆がいるのですから」
けれどフリュイは下がることなく目の前の歪虚を眺める。右腕がない代わりに異様に巨大な左腕。左右非対称という特徴は件の狂気の歪虚と一致する。だが、人型をベースとした黒一色の巨躯。それはこれまで報告されたワァーシンの特徴とは一致しないものだった。
「ねぇルスティロ。きみはこれを見て、何か感じるかい?」
神代に代わって自分の前に立つルスティロにフリュイが尋ねる。その言葉にはもう答えが分かっているかのような嘆息が含まれていた。辺りに響く目の前の歪虚の唸り。一瞬目を閉じその調べに耳を傾けるルスティロ。
「……哀しい声だね。カーバンクル……」
一呼吸の間の後、目を開けたルスティロの瞳は朱に染まり、目の前の歪虚を見据える。
「領主様のお望みのものではないと思うよ」
「あれがワァーシンで、僕だけが何も感じないというなら、それも面白かったんだけどね」
冗談めいた言葉を口にしながら、フリュイの視線はもはや目の前の歪虚ではなくその先の羊に向いている。それが合図。マテリアルの波動とともに放たれた弾丸が人型歪虚へと襲い掛かる。咄嗟に巨大な腕で受け止めるが、その腕に亀裂が走る。それだけの威力のものを迷いなく放った当の本人、ジュードの表情は変わらない笑顔だった。
「ごめんね、普通の歪虚に用はないんだってさー」
依頼主の意思を汲み実行する、『良いハンター』の姿がそこにあった。そんな笑顔のジュードとは反対に、ルスティロは心の中に一節の楽章を奏でながら、銀色に光るレイピアを構える。
「哀しい御話は苦手だな……だから、おしまいにしよう」
鋭いタクトが標すは葬送曲。その導きの先にあるものは、穏やかなるフィーネか、あるいは来世へと続くダ・カーポか。
「羊たちが護衛班の方へ向かないように位置をとるんだ! 無茶はするな!」
戦場に響くデュオの指示。新たな歪虚の出現と仲間の負傷の報せに先行班も浮足立つ。それでもシルフィエットの一撃を受け、残る羊は3匹。こちらは4人。
「後ろに現れた歪虚は雑魔だそうですわ!」
ジュードからの伝達。その意を察し、できることならばこの羊を生け捕りにと、瞬脚を用いた軽い身のこなしで攻撃をいなすシュネー。上手く1匹の足を止めている従妹の姿を確認すると、カグラはその間にデュオの対峙する1匹へと猟銃を向ける。正確な強弾は、振り下ろされるグレートソードを受け止めようとした腕、固い蹄を備えたそれを薙ぎ、障害のなくなった刃が羊の胴を正中に両断した。残るは2匹。だがそのうちの1匹も間もなく決着がついた。銃弾に怯むことなく突進し、金の毛並の人間へと強靭な腕を振り下ろす歪虚。辺りに響いたのは頭蓋を砕かれる鈍い音……ではなかった。蹄と高速回転するドリル、2つの硬度がぶつかり合う金属音のようなソレ。ドリルの回転は蹄の勢いを逸らす。羊の体勢が一瞬崩れる。その足をカグラが撃ち抜く。膝の折れた羊の筋肉質な胸板はベアトリスの一撃によって貫かれ、耳障りな断末魔だけを残す。
それは、だれもが予想だにしないものだった。直撃を避けて時間を稼ぐシュネーが視線を向ければ、従兄はすでにその照準を目の前の敵へと合わせていた。
(狙って、撃つ。それが私の仕事)
(……今!)
2人の間に言葉はいらない。カグラが羊の足を止め、その隙をついてシュネーはロープを放ち羊の捕縛を試みる。縄は確かに羊を捕らえ、動きの止まった羊の足をベアトリスがライフルで穿ち、羊は地面に倒れ伏す。それでももがく羊。必死に縄を支えるシュネー、その手に滲む血。その血が縄を握る手を滑らせ、羊に一瞬の自由を許した。緩んだ縄に、羊はなんとか片腕を拘束から抜け出させた。だがその腕もデュオが咄嗟に踏み込み、日本刀で地面に縫い付ける。再び抗う術を失った羊。その濁った瞳に映るのは、襲うべき人間。それらが自身を捕らえ、けれどもけしてとどめを刺そうとしない現状。
一瞬その動きを止める歪虚。かなりの手傷を負わせた。弱ったのだろうか……
「■■■■■ッ!!」
そう思ったハンターたちの耳に、羊の不気味な咆哮がこだまし、彼らの目の前でそれは起こった。
「……なっ…!?」
羊は刀に貫かれ地に縫い付けられた腕に力を籠め、自身の体を全力で引き寄せると、そのまま自分の首を刀にかけたのだった。首を失った身体は一瞬ビクンと大きく跳ねると、霧となって消えていった。
「……歪虚が、自害した……?」
抗うものがいなくなりだらりと垂れたロープを手にしながら、シュネーは目の前の出来事にただただ茫然と立ち尽くしていた。他の者も皆、同じように。ただ一人、その光景を遠目に眺めていたフリュイを除いて。
後続の雑魔はその左腕の力こそ脅威だったものの、それだけだった。ジュードによって蜂の巣にされた腕は力を失い、あとはルスティロと神代によって、雑魔はその身体を霧とした。合流し謝罪するカグラ達に対し、フリュイは特に気分を害した様子もなかった。面白い物が見れたからと。
「南に向かう足跡があったぜ。おそらく本隊だろう」
「羊の群れが導く悪夢。このお話は、何処へ続くんだろうね……?」
デュオが言う通り、足跡はさらに南へと続いていた。いったい何を目的に動いているのか。事の顛末と生末に思いを馳せるルスティロ。
「異変の原因、一つじゃない気がするなー。それに、羊型が単なる雑魔とも思えないよね。かといって狂気の歪虚とは特徴が違うし」
「へぇ。ジュード。きみ、なかなかいい線いってるね」
一方でその問いに対し考えを巡らせるジュード。その推察へフリュイは満足げに視線を向けるが、そんな楽しそうに話す依頼主の言動に苛立ちを隠さないベアトリスが横槍を入れる。
「そんなことよりも、生存者を探しませんこと? 畑の方を探しますわよ」
その横槍にもまた興味を持ったか、自分に臆すことのない元貴族のハンターにフリュイは問いを投げかける。
「どうして畑だと思うんだい?」
自分を試す問いに、ベアトリスもまた負けることはない。
「もし生存者がいたなら、火の手のあがっていない、歪虚もいない無事な畑の方に逃げる。そんな簡単なこともわかりませんの? これだから未開人は。おーほっほっほ!!」
敵意をむき出しにした反論。けれど、それもまたフリュイを楽しませる。愚かな人間にもそれなりの面白味はあるが、聡い者もまた面白い。
「へぇ。きみも馬鹿じゃないみたいだね。弱い民衆の心を知る元貴族殿」
皮肉を込めたのか、ただ純粋に賞賛の意を込めたのか。いずれにしろ、ベアトリスの提案を認めハンターたちは畑を捜索し……そして、彼女を発見した。
少女は土と煤に汚れた姿で、畑の茂みの中に身を潜めていた。その様子は一言でいえば異様だった。恐怖に怯えるでも泣き叫ぶでもなく。ただただぽつりぽつりと呟くだけ。
「皆……死んだ。だから、皆殺した……。ルロイが殺した……」
その様相に、皆の脳裏に『狂気』の言葉が想起される。フリュイはその日一番の楽しそうな笑顔を湛えていた。その笑顔に幾人かが嫌悪を覚えつつも少女を警戒する中、彼は違った。
「まぁまぁ。大の大人が武器を構えて囲んではいけませんよ。……足を怪我していますね。痛かったでしょう。残念ですが、今は治療をできる人がいませんので……」
身を屈め、笑顔で少女に近づく神代。捻挫でもしたのか、腫れ上がった足首に自身のバンダナを包帯替わりに巻いてあげる。固定具合を確認しながら「いかがですか?」と尋ねる大人に、少女はしばしの沈黙の後、「ありが、とう……」と呟いた。神代は笑顔で「どういたしまして」と重ね、少女を抱き上げて皆の下へと連れてくる。その様子に皆は武器をしまい2人を迎え入れた。シュネーは少女へと手を差し伸べ、何を言葉にするでもなく、ただただその頭を撫でる。その様子を、カグラもまた言葉なく見守った。
「王国で相応の責を預かる者としての振る舞いは期待しますわよ?」
そんな様子を眺めながら、やはりフリュイに噛み付くベアトリス。
「まるで、僕が心無い悪者みたいな言いぐさだね。でも許すよ。彼女を見つけたのは君のお手柄だからね」
どこまでもいけ好かない依頼主の言動にふん、と鼻を鳴らす彼女。その横で変わらぬ笑顔を浮かべるジュードが、自分もと少女のもとへ近づこうとするが、その手をとったのは意外にもフリュイだった。
「?」
「きみはやめておいたほうがいいよ。子どもっていうのは、笑顔の奥のものに敏感な生き物だからね。それに……」
言いながらジュードの手を引き寄せその香りを確かめる。困惑するジュードに、フリュイは手を放すと、楽しそうに言葉を続けた。
「きみの手は、子どもが嫌う匂いが染みついているからね。タバコと……薬の匂いが、ね。僕はその匂い、好きだけど」
フリュイの言葉にその日初めて、ジュードの顔から一瞬笑顔が消えたのだった。
だが、笑顔が消えたのはジュードだけではなかった。
「フリュイさん、これを……」
神代が示す先にあったもの、それは土の上に描かれた絵。恐らく少女が描いたのだろうそれは、頭が羊の人の群れの姿。少女が見た光景だろうか。
「……へぇ」
フリュイの興味を引いたのはその絵の一部、群れの中に立つ“2人の人“の姿。土に描かれた少女の絵故あまり綺麗なものではなかったが、他の者は皆羊の頭をしているのに対し、その2人だけは明らかに人として描かれていた。
「どういうことかな……?」
「なんだろうね、これ」
頭上で言葉を交わすルスティロとジュード。その足元で、フリュイは何も言わずに土に描かれた絵を踏み消した。
「その子の身柄は王国が預かるよ。この絵のことは他言無用だよ。これは、王国を代表して古都の領主からの命令だ。もし言ったら……わかってるよね? 神代。お手柄だね。きみにはそれと同じ物を用意させよう」
話す表情は笑顔だったが、その言葉にはそれまでの楽しそうな様子はなく。古都の領主としての威厳と重みの込められた命に、ハンターたちは反論することなく、誰ともなく絵の描かれていた土を、羊たちのいた場所を、足跡の去って行った方角を眺めていた。
羊型の歪虚はどこへ向かっているのか。
少女が見た“人影”は一体何なのか。
王国の中を蠢く何か。
異変は徐々に輪郭を明らかに。
されどその謎は未だ明らかにならず……
シルフィエット・アルヴェリチェ(ka1493)の覗くスコープの中で、1匹の歪虚が声にならない断末魔をあげながら最期のダンスを舞う。勢いづくハンターたち。その中で、最初に違和感に気付いたのはジュード・エアハート(ka0410)だった。目の前には二本の足で駆けこちらへと迫る筋肉質な羊型の歪虚が 4匹。彼らは先行班の存在を確認するや、耳障りな鳴き声をあげこちらへと向かってきた。その強靭な足は筋肉質な体躯を支えんと、重く重く地を踏みしめる。そこにはっきりと残る跡。
「家の周りにはあの羊の足跡、見当たらないよねー?」
その言葉にハッと辺りを見渡す神代 誠一(ka2086)。その視界の端でパラパラと瓦礫の一部が崩れるのに気付き「シルフィエットさん!!」と声をあげるのと、瓦礫が轟音をたてて四散し、その中から姿を見せた黒い影がシルフィエットへと襲い掛かったのはほぼ同時だった。
「へぇ……面白いね」
そんな状況の中でもフリュイ・ド・パラディ(kz0036)は笑みを浮かべていた。
ハンターたちが集落付近に到着した時、そこに羊たちの姿はなく、彼らは村へと足を踏み入れた。
「目撃情報にあった羊が本隊の群れ立った場合、数が厄介だな」
依頼の内容はけして手放しに好感を持てるものではない。思うところのある者も多い中、デュオ=ラングウィッチ(ka1015)はクールに状況を俯瞰する。
「古都の主様は、その厄介な状況をお望みのようだけどね。それもできれば……狂気の物語を御望みのようですね」
以前に一度フリュイの依頼を受けた経験のあるルスティロ・イストワール(ka0252)は護衛対象へ笑顔で会釈を交わす。ルスティロも集落のことは気がかりだが、それでも彼の一番の興味の対象は目の前の領主だった。それを知ってか知らずか、フリュイは特に言葉を返すことなく、ただただ笑顔を浮かべて辺りを見渡している。そんな身分ある少年の様子を快く思わない態度を露わにする者もいた。
「そこの未開人の貴族の希望はともかくですわ。民の平和のために必要なことではありますし、依頼は成功させますとも。えぇ」
自身もリアルブルーでは地位あるものだったベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)は、近しくともけして交わることのないこの領主との思想の違いに反発の姿勢を見せていた。この傲慢な貴族に『貴族とはかくあれ』、それを体現せしめんと。
興味を持つ者や反発する者と様々な中で、カグラ・シュヴァルツ(ka0105)は依頼主の趣向を考慮し、円滑な任務の遂行のため行動指針を確認する。斥候として危険の有無を確認する先行班と、フリュイの護衛をする後続に分かれることを伝え、調査自体はフリュイが行うことを淡々と捕捉し、フリュイの得心を得た。依頼主との調整の間、従兄であるカグラの横に寄り添うシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は、遠くに望む瓦礫と化した家々を眺めながら、一人思いを巡らせていた。
(……変な話ですね……)
時は現在に戻る。歪虚と先行班は集落に足を踏み入れてすぐに互いの存在を認識した。ベアトリスがトランシーバーで合流を呼び掛けたが、歪虚は別の報告書にもあった通り一心不乱に突撃してきた。その数が最悪の想定とは違う4体、どれも白い毛の歪虚であることを確認し、デュオは臨戦態勢をとる。同じく先行班のシュネーも前衛として先陣を切ろうと一歩前に立ち、カグラもまたすでに猟銃で1匹に照準を合わせていた。そうして待ち構える4人の目前で突如1匹の羊の胸が穿たれる。得物の関係から、先行班と後続の間に位置取っていたシルフィエットのスナイプだ。ライフルの威力はすさまじく、一撃で白羊を霧散させた。
だがそこで事態はさらに急転した。ライフルを構えて視野の狭くなったシルフィエットの背中側の瓦礫が音を立てて崩れ、飛び出してきた黒い影が彼女を襲う。衝撃をまともに受けシルフィエットは後続組の位置まで弾き飛ばされた。
「悪いけど、こっちにも別の歪虚が出てシルフィエットさんがやられちゃったみたいなんだよね。そっちはそっちで頑張ってもらえるかなー?」
すぐさまジュードが先行組へ伝える。その間にも飛びかかってくる巨体を前に、身構えることもせずただただ観察するフリュイ。神代が割って入り、ヌンチャクをいっぱいに引き絞り巨大な拳を受け止める。
「さがって下さい。必ず守ります。貴方の後ろには民衆がいるのですから」
けれどフリュイは下がることなく目の前の歪虚を眺める。右腕がない代わりに異様に巨大な左腕。左右非対称という特徴は件の狂気の歪虚と一致する。だが、人型をベースとした黒一色の巨躯。それはこれまで報告されたワァーシンの特徴とは一致しないものだった。
「ねぇルスティロ。きみはこれを見て、何か感じるかい?」
神代に代わって自分の前に立つルスティロにフリュイが尋ねる。その言葉にはもう答えが分かっているかのような嘆息が含まれていた。辺りに響く目の前の歪虚の唸り。一瞬目を閉じその調べに耳を傾けるルスティロ。
「……哀しい声だね。カーバンクル……」
一呼吸の間の後、目を開けたルスティロの瞳は朱に染まり、目の前の歪虚を見据える。
「領主様のお望みのものではないと思うよ」
「あれがワァーシンで、僕だけが何も感じないというなら、それも面白かったんだけどね」
冗談めいた言葉を口にしながら、フリュイの視線はもはや目の前の歪虚ではなくその先の羊に向いている。それが合図。マテリアルの波動とともに放たれた弾丸が人型歪虚へと襲い掛かる。咄嗟に巨大な腕で受け止めるが、その腕に亀裂が走る。それだけの威力のものを迷いなく放った当の本人、ジュードの表情は変わらない笑顔だった。
「ごめんね、普通の歪虚に用はないんだってさー」
依頼主の意思を汲み実行する、『良いハンター』の姿がそこにあった。そんな笑顔のジュードとは反対に、ルスティロは心の中に一節の楽章を奏でながら、銀色に光るレイピアを構える。
「哀しい御話は苦手だな……だから、おしまいにしよう」
鋭いタクトが標すは葬送曲。その導きの先にあるものは、穏やかなるフィーネか、あるいは来世へと続くダ・カーポか。
「羊たちが護衛班の方へ向かないように位置をとるんだ! 無茶はするな!」
戦場に響くデュオの指示。新たな歪虚の出現と仲間の負傷の報せに先行班も浮足立つ。それでもシルフィエットの一撃を受け、残る羊は3匹。こちらは4人。
「後ろに現れた歪虚は雑魔だそうですわ!」
ジュードからの伝達。その意を察し、できることならばこの羊を生け捕りにと、瞬脚を用いた軽い身のこなしで攻撃をいなすシュネー。上手く1匹の足を止めている従妹の姿を確認すると、カグラはその間にデュオの対峙する1匹へと猟銃を向ける。正確な強弾は、振り下ろされるグレートソードを受け止めようとした腕、固い蹄を備えたそれを薙ぎ、障害のなくなった刃が羊の胴を正中に両断した。残るは2匹。だがそのうちの1匹も間もなく決着がついた。銃弾に怯むことなく突進し、金の毛並の人間へと強靭な腕を振り下ろす歪虚。辺りに響いたのは頭蓋を砕かれる鈍い音……ではなかった。蹄と高速回転するドリル、2つの硬度がぶつかり合う金属音のようなソレ。ドリルの回転は蹄の勢いを逸らす。羊の体勢が一瞬崩れる。その足をカグラが撃ち抜く。膝の折れた羊の筋肉質な胸板はベアトリスの一撃によって貫かれ、耳障りな断末魔だけを残す。
それは、だれもが予想だにしないものだった。直撃を避けて時間を稼ぐシュネーが視線を向ければ、従兄はすでにその照準を目の前の敵へと合わせていた。
(狙って、撃つ。それが私の仕事)
(……今!)
2人の間に言葉はいらない。カグラが羊の足を止め、その隙をついてシュネーはロープを放ち羊の捕縛を試みる。縄は確かに羊を捕らえ、動きの止まった羊の足をベアトリスがライフルで穿ち、羊は地面に倒れ伏す。それでももがく羊。必死に縄を支えるシュネー、その手に滲む血。その血が縄を握る手を滑らせ、羊に一瞬の自由を許した。緩んだ縄に、羊はなんとか片腕を拘束から抜け出させた。だがその腕もデュオが咄嗟に踏み込み、日本刀で地面に縫い付ける。再び抗う術を失った羊。その濁った瞳に映るのは、襲うべき人間。それらが自身を捕らえ、けれどもけしてとどめを刺そうとしない現状。
一瞬その動きを止める歪虚。かなりの手傷を負わせた。弱ったのだろうか……
「■■■■■ッ!!」
そう思ったハンターたちの耳に、羊の不気味な咆哮がこだまし、彼らの目の前でそれは起こった。
「……なっ…!?」
羊は刀に貫かれ地に縫い付けられた腕に力を籠め、自身の体を全力で引き寄せると、そのまま自分の首を刀にかけたのだった。首を失った身体は一瞬ビクンと大きく跳ねると、霧となって消えていった。
「……歪虚が、自害した……?」
抗うものがいなくなりだらりと垂れたロープを手にしながら、シュネーは目の前の出来事にただただ茫然と立ち尽くしていた。他の者も皆、同じように。ただ一人、その光景を遠目に眺めていたフリュイを除いて。
後続の雑魔はその左腕の力こそ脅威だったものの、それだけだった。ジュードによって蜂の巣にされた腕は力を失い、あとはルスティロと神代によって、雑魔はその身体を霧とした。合流し謝罪するカグラ達に対し、フリュイは特に気分を害した様子もなかった。面白い物が見れたからと。
「南に向かう足跡があったぜ。おそらく本隊だろう」
「羊の群れが導く悪夢。このお話は、何処へ続くんだろうね……?」
デュオが言う通り、足跡はさらに南へと続いていた。いったい何を目的に動いているのか。事の顛末と生末に思いを馳せるルスティロ。
「異変の原因、一つじゃない気がするなー。それに、羊型が単なる雑魔とも思えないよね。かといって狂気の歪虚とは特徴が違うし」
「へぇ。ジュード。きみ、なかなかいい線いってるね」
一方でその問いに対し考えを巡らせるジュード。その推察へフリュイは満足げに視線を向けるが、そんな楽しそうに話す依頼主の言動に苛立ちを隠さないベアトリスが横槍を入れる。
「そんなことよりも、生存者を探しませんこと? 畑の方を探しますわよ」
その横槍にもまた興味を持ったか、自分に臆すことのない元貴族のハンターにフリュイは問いを投げかける。
「どうして畑だと思うんだい?」
自分を試す問いに、ベアトリスもまた負けることはない。
「もし生存者がいたなら、火の手のあがっていない、歪虚もいない無事な畑の方に逃げる。そんな簡単なこともわかりませんの? これだから未開人は。おーほっほっほ!!」
敵意をむき出しにした反論。けれど、それもまたフリュイを楽しませる。愚かな人間にもそれなりの面白味はあるが、聡い者もまた面白い。
「へぇ。きみも馬鹿じゃないみたいだね。弱い民衆の心を知る元貴族殿」
皮肉を込めたのか、ただ純粋に賞賛の意を込めたのか。いずれにしろ、ベアトリスの提案を認めハンターたちは畑を捜索し……そして、彼女を発見した。
少女は土と煤に汚れた姿で、畑の茂みの中に身を潜めていた。その様子は一言でいえば異様だった。恐怖に怯えるでも泣き叫ぶでもなく。ただただぽつりぽつりと呟くだけ。
「皆……死んだ。だから、皆殺した……。ルロイが殺した……」
その様相に、皆の脳裏に『狂気』の言葉が想起される。フリュイはその日一番の楽しそうな笑顔を湛えていた。その笑顔に幾人かが嫌悪を覚えつつも少女を警戒する中、彼は違った。
「まぁまぁ。大の大人が武器を構えて囲んではいけませんよ。……足を怪我していますね。痛かったでしょう。残念ですが、今は治療をできる人がいませんので……」
身を屈め、笑顔で少女に近づく神代。捻挫でもしたのか、腫れ上がった足首に自身のバンダナを包帯替わりに巻いてあげる。固定具合を確認しながら「いかがですか?」と尋ねる大人に、少女はしばしの沈黙の後、「ありが、とう……」と呟いた。神代は笑顔で「どういたしまして」と重ね、少女を抱き上げて皆の下へと連れてくる。その様子に皆は武器をしまい2人を迎え入れた。シュネーは少女へと手を差し伸べ、何を言葉にするでもなく、ただただその頭を撫でる。その様子を、カグラもまた言葉なく見守った。
「王国で相応の責を預かる者としての振る舞いは期待しますわよ?」
そんな様子を眺めながら、やはりフリュイに噛み付くベアトリス。
「まるで、僕が心無い悪者みたいな言いぐさだね。でも許すよ。彼女を見つけたのは君のお手柄だからね」
どこまでもいけ好かない依頼主の言動にふん、と鼻を鳴らす彼女。その横で変わらぬ笑顔を浮かべるジュードが、自分もと少女のもとへ近づこうとするが、その手をとったのは意外にもフリュイだった。
「?」
「きみはやめておいたほうがいいよ。子どもっていうのは、笑顔の奥のものに敏感な生き物だからね。それに……」
言いながらジュードの手を引き寄せその香りを確かめる。困惑するジュードに、フリュイは手を放すと、楽しそうに言葉を続けた。
「きみの手は、子どもが嫌う匂いが染みついているからね。タバコと……薬の匂いが、ね。僕はその匂い、好きだけど」
フリュイの言葉にその日初めて、ジュードの顔から一瞬笑顔が消えたのだった。
だが、笑顔が消えたのはジュードだけではなかった。
「フリュイさん、これを……」
神代が示す先にあったもの、それは土の上に描かれた絵。恐らく少女が描いたのだろうそれは、頭が羊の人の群れの姿。少女が見た光景だろうか。
「……へぇ」
フリュイの興味を引いたのはその絵の一部、群れの中に立つ“2人の人“の姿。土に描かれた少女の絵故あまり綺麗なものではなかったが、他の者は皆羊の頭をしているのに対し、その2人だけは明らかに人として描かれていた。
「どういうことかな……?」
「なんだろうね、これ」
頭上で言葉を交わすルスティロとジュード。その足元で、フリュイは何も言わずに土に描かれた絵を踏み消した。
「その子の身柄は王国が預かるよ。この絵のことは他言無用だよ。これは、王国を代表して古都の領主からの命令だ。もし言ったら……わかってるよね? 神代。お手柄だね。きみにはそれと同じ物を用意させよう」
話す表情は笑顔だったが、その言葉にはそれまでの楽しそうな様子はなく。古都の領主としての威厳と重みの込められた命に、ハンターたちは反論することなく、誰ともなく絵の描かれていた土を、羊たちのいた場所を、足跡の去って行った方角を眺めていた。
羊型の歪虚はどこへ向かっているのか。
少女が見た“人影”は一体何なのか。
王国の中を蠢く何か。
異変は徐々に輪郭を明らかに。
されどその謎は未だ明らかにならず……
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/08/26 11:47:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/20 23:36:58 |