ゲスト
(ka0000)
未来に刻む勝利を 第5話
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/15 07:30
- 完成日
- 2016/04/22 05:10
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●龍尾城の一室
客人を招くその部屋で、立花院 紫草 (kz0126)は物静かな表情を動かす事なくお茶を口にしていた。
「……ハンター達と十鳥城城主 矢嗚文との武闘会がいよいよ……」
ふわふわゆるゆるの緑髪を揺らめかせ、紡伎 希(kz0174)が言った。
十鳥城とその城下町を治める矢嗚文 熊信と支配権を掛けた戦いの日取りは決まった。
「ハンター達には矢嗚文との戦いを依頼します。そして、大轟寺蒼人には住民の蜂起を」
「紫草様……災狐の軍勢については……」
十鳥城で活動していたハンターらの報告で、災狐と呼ばれる歪虚の手下が息を潜めていると連絡があった。
武闘会に合わせ手下らは一斉に城下町内で暴れる予定であるようだ。おまけに、災狐本隊の勢力も迫っているのではないかという未確認の情報まである。
「予定通り、住民らの一斉蜂起は実行に移す」
先の依頼でハンター達は住民らに訓練を施してきた。
また、再三の呼び掛けに応じ、勢いは良いだろう。必ずや蜂起するはずである。
「……私には、分かりません。これでは……これでは、犠牲を強いているだけではないのでしょうか?」
災狐の手下との戦いに住民らは巻き込まれるのだ。
それだけではない。十鳥城に迫る災狐の軍勢とも戦わなければならない事態になる可能性も高い。
歪虚の勢力域の中、絶望と共に数十年も耐えてきて、限界ギリギリの人々の事を思えば、希の言葉は当然の事だ。
「彼ら自身が自らの手で変わる事が肝要なのです。そして、変わるという事にはリスクは付き物です」
「それは……私も分かります。だけど、それは多くの人々の助けがあってこそだと、私は思います」
緑髪の少女は俯きながらそんな言葉を発した。
希自身がそうであったから……それは死に、或いは、絶望へと至る可能性もあった。それでも、少女は変われた。変わる事ができたのは、大勢の人の力だ。
「その為の準備を君はしていたと思うのですが」
十鳥城への抜け道の管理を希は任されていた。
脱出する為ではない。
今回の時の為に準備していたのだ。
「住民を支援するという形で依頼は出します。ですが、それでは、災狐の軍団に対抗できません」
十鳥城と城下町を奪還したとしても、再び周囲を歪虚の軍勢に囲まれては意味はない。
しかも、城の物資は困窮しており、長期戦は不可能だ。広大な城壁を守るには人数も必要となる。
住民を抜け穴を使って脱出させるにも時間がかかり過ぎて、それこそ、災狐の軍団に襲われてしまう。
「無茶を承知でお願いします」
希は深々と頭を下げた。
「連邦国から援軍を」
「希さん……頭を上げて下さい。頭を下げる必要はないのですよ。君はハンターズ・ソサエティの受付嬢だ」
紫草の言葉でも希は頭を下げたままだった。
ここで引くわけにはいかない。大勢の人々を救うには、想いを繋げるには、約束を果たすには、どうしても必要だと思った。
「……私は、沢山の人々を傷つけて来ました。取り返しのつかない事も……だから、だから、一人でも多く人を救いたいのです」
それが果たさなければならない償い。
「本当に頭を下げなくていいのですよ、希さん。既に準備は整っているのです」
「え?」
驚いて頭を上げた希。
紫草がニッコリと笑った時だった、部屋の戸の外から声が響いた。
「鳴月牡丹、参上致しました」
女性の声……の様だが、その口調は威勢がとても良い。
入室を許可した紫草の言葉と共に戸が開いた。
明るい茶髪を頭の上で結んでおり、赤い瞳は力強さを感じさせる。美女ではあるが凛々しい顔付きは勇ましさを感じさせる大人の女性が部屋に入って来たのだった。
●城下町
ぼさぼさに伸びた髪。ぼうぼうの髭。
代官は鏡に映った己の姿を観て苦笑を浮かべた。
「俺も、いよいよ、か」
武闘会の日取りは代官である彼から関係各所に連絡した。
災狐の配下による暗躍を防ぐ為に戦いを見にいけない事が残念だった。
「爺様……父上……」
城主が堕落者となってから、代々、代官だった。
勇敢な武士や兵達は、堕落者と化した城主との戦いに散っていった。それこそが、武士の名誉だと言い残して。戦える者が少なくなってくると、代官は城下町に残る住民の中から戦える者を探し出した。
「どんなに辛かった事か……」
元々は十鳥城一の忠義者として名高かった家柄だった。
それを覚えている者もおり、代官の爺や父に対して冷たく当たる者も少なくなかった。堕落者のおこぼれで生き残っているとか、他人の命を捧げて命乞いをしているとの言われてきた。
『武闘会で戦いたかった』
その言葉を代官は二人の先代から何度も聞かされていた。
「それも、もう終わる。いや、終わらせる」
ハンター達は連れて来られた訳ではない。
自らの選択で、この城下町に住む人々を救う為に来たのだ。そして、成さなければいけない事を住民達に示した。
「矢嗚文様、必ず、十鳥城を守り通してみせます」
愛刀を強く握り締めた。
●十鳥城闘技場
その会場は、長年、武闘会の場として使われてきた。
西方のコロッセルを参考にしたとも言われているが、定かではない。
地面が剥き出した広い空間を見下ろすように客席が周囲を囲んでいる。
「かつては、歓声に包まれていたものだ……」
矢嗚文が懐かしむように呟いた。
これまでの闘いを思い返す――支配権を奪おうとして襲いかかって来た歪虚を討ち滅ぼした。腕利きの頼もしい配下の将や兵達。
その時は客席は全て埋まり、人々の歓声が響いていたのだ。
「だが、いつの頃からか、誰も居なくなった」
無理矢理連れて来られた大人。生贄のように駆り出された子供。自らが救世主と信じ挑んで来た贄役。
その全てを、矢嗚文は契約の名の下、斬り伏せてきた。
「獄炎を打ち破りしハンターの力、見せてもらおう」
呟くと、己の手を静かに見つめる。
幾人もの人を斬ってきた汚れた手。帝を裏切り歪虚と化した汚れた手。契約にただただ縋りつかなければ保てない汚れた手。
それでも――
人の温もりを――
――感じられた。
未来を失ってしまったものだと思っていた。自分も城も、城下町の住民達も。
けれど、自分の意識も、城下町の状況も、最後の限界を迎えようとしているこの時に、再び人を知る事ができた。
ぐっと手を握る。もうじき、ハンター達がやってくる。
矢嗚文は闘技場の入口を睨んで、言い放った。
「我と戦い、未来に勝利を刻め!」
客人を招くその部屋で、立花院 紫草 (kz0126)は物静かな表情を動かす事なくお茶を口にしていた。
「……ハンター達と十鳥城城主 矢嗚文との武闘会がいよいよ……」
ふわふわゆるゆるの緑髪を揺らめかせ、紡伎 希(kz0174)が言った。
十鳥城とその城下町を治める矢嗚文 熊信と支配権を掛けた戦いの日取りは決まった。
「ハンター達には矢嗚文との戦いを依頼します。そして、大轟寺蒼人には住民の蜂起を」
「紫草様……災狐の軍勢については……」
十鳥城で活動していたハンターらの報告で、災狐と呼ばれる歪虚の手下が息を潜めていると連絡があった。
武闘会に合わせ手下らは一斉に城下町内で暴れる予定であるようだ。おまけに、災狐本隊の勢力も迫っているのではないかという未確認の情報まである。
「予定通り、住民らの一斉蜂起は実行に移す」
先の依頼でハンター達は住民らに訓練を施してきた。
また、再三の呼び掛けに応じ、勢いは良いだろう。必ずや蜂起するはずである。
「……私には、分かりません。これでは……これでは、犠牲を強いているだけではないのでしょうか?」
災狐の手下との戦いに住民らは巻き込まれるのだ。
それだけではない。十鳥城に迫る災狐の軍勢とも戦わなければならない事態になる可能性も高い。
歪虚の勢力域の中、絶望と共に数十年も耐えてきて、限界ギリギリの人々の事を思えば、希の言葉は当然の事だ。
「彼ら自身が自らの手で変わる事が肝要なのです。そして、変わるという事にはリスクは付き物です」
「それは……私も分かります。だけど、それは多くの人々の助けがあってこそだと、私は思います」
緑髪の少女は俯きながらそんな言葉を発した。
希自身がそうであったから……それは死に、或いは、絶望へと至る可能性もあった。それでも、少女は変われた。変わる事ができたのは、大勢の人の力だ。
「その為の準備を君はしていたと思うのですが」
十鳥城への抜け道の管理を希は任されていた。
脱出する為ではない。
今回の時の為に準備していたのだ。
「住民を支援するという形で依頼は出します。ですが、それでは、災狐の軍団に対抗できません」
十鳥城と城下町を奪還したとしても、再び周囲を歪虚の軍勢に囲まれては意味はない。
しかも、城の物資は困窮しており、長期戦は不可能だ。広大な城壁を守るには人数も必要となる。
住民を抜け穴を使って脱出させるにも時間がかかり過ぎて、それこそ、災狐の軍団に襲われてしまう。
「無茶を承知でお願いします」
希は深々と頭を下げた。
「連邦国から援軍を」
「希さん……頭を上げて下さい。頭を下げる必要はないのですよ。君はハンターズ・ソサエティの受付嬢だ」
紫草の言葉でも希は頭を下げたままだった。
ここで引くわけにはいかない。大勢の人々を救うには、想いを繋げるには、約束を果たすには、どうしても必要だと思った。
「……私は、沢山の人々を傷つけて来ました。取り返しのつかない事も……だから、だから、一人でも多く人を救いたいのです」
それが果たさなければならない償い。
「本当に頭を下げなくていいのですよ、希さん。既に準備は整っているのです」
「え?」
驚いて頭を上げた希。
紫草がニッコリと笑った時だった、部屋の戸の外から声が響いた。
「鳴月牡丹、参上致しました」
女性の声……の様だが、その口調は威勢がとても良い。
入室を許可した紫草の言葉と共に戸が開いた。
明るい茶髪を頭の上で結んでおり、赤い瞳は力強さを感じさせる。美女ではあるが凛々しい顔付きは勇ましさを感じさせる大人の女性が部屋に入って来たのだった。
●城下町
ぼさぼさに伸びた髪。ぼうぼうの髭。
代官は鏡に映った己の姿を観て苦笑を浮かべた。
「俺も、いよいよ、か」
武闘会の日取りは代官である彼から関係各所に連絡した。
災狐の配下による暗躍を防ぐ為に戦いを見にいけない事が残念だった。
「爺様……父上……」
城主が堕落者となってから、代々、代官だった。
勇敢な武士や兵達は、堕落者と化した城主との戦いに散っていった。それこそが、武士の名誉だと言い残して。戦える者が少なくなってくると、代官は城下町に残る住民の中から戦える者を探し出した。
「どんなに辛かった事か……」
元々は十鳥城一の忠義者として名高かった家柄だった。
それを覚えている者もおり、代官の爺や父に対して冷たく当たる者も少なくなかった。堕落者のおこぼれで生き残っているとか、他人の命を捧げて命乞いをしているとの言われてきた。
『武闘会で戦いたかった』
その言葉を代官は二人の先代から何度も聞かされていた。
「それも、もう終わる。いや、終わらせる」
ハンター達は連れて来られた訳ではない。
自らの選択で、この城下町に住む人々を救う為に来たのだ。そして、成さなければいけない事を住民達に示した。
「矢嗚文様、必ず、十鳥城を守り通してみせます」
愛刀を強く握り締めた。
●十鳥城闘技場
その会場は、長年、武闘会の場として使われてきた。
西方のコロッセルを参考にしたとも言われているが、定かではない。
地面が剥き出した広い空間を見下ろすように客席が周囲を囲んでいる。
「かつては、歓声に包まれていたものだ……」
矢嗚文が懐かしむように呟いた。
これまでの闘いを思い返す――支配権を奪おうとして襲いかかって来た歪虚を討ち滅ぼした。腕利きの頼もしい配下の将や兵達。
その時は客席は全て埋まり、人々の歓声が響いていたのだ。
「だが、いつの頃からか、誰も居なくなった」
無理矢理連れて来られた大人。生贄のように駆り出された子供。自らが救世主と信じ挑んで来た贄役。
その全てを、矢嗚文は契約の名の下、斬り伏せてきた。
「獄炎を打ち破りしハンターの力、見せてもらおう」
呟くと、己の手を静かに見つめる。
幾人もの人を斬ってきた汚れた手。帝を裏切り歪虚と化した汚れた手。契約にただただ縋りつかなければ保てない汚れた手。
それでも――
人の温もりを――
――感じられた。
未来を失ってしまったものだと思っていた。自分も城も、城下町の住民達も。
けれど、自分の意識も、城下町の状況も、最後の限界を迎えようとしているこの時に、再び人を知る事ができた。
ぐっと手を握る。もうじき、ハンター達がやってくる。
矢嗚文は闘技場の入口を睨んで、言い放った。
「我と戦い、未来に勝利を刻め!」
リプレイ本文
●開戦
武闘会場に到着したハンター達は、城主 矢嗚文と対峙する。
和装鎧の歪虚がお供にいる以外は歪虚や雑魔の気配がない。
それでも、シルディ(ka2939)の瞳は鋭い刃物を思わす力が籠っていた。
(ガッカリですよ、本当に……ただの堕落者と思えば、民思いのお優しい城主サマじゃないですかー)
武器を持つ手に自然と力が入る。
(なので、八つ当たりです)
こうして戦わなければならない事。
堕落者を人に戻す術を知らない自身への怒り。
そして、知らなくて良かった真相を知ってしまった事への――八つ当たりだ。
「微々たる力ですが、本気で行きますから、宜しくお願いしますねぇ」
胸に秘めた想いを口にする事なく、いつも通りを装い、いつも通りの口調で言葉を紡いだ。
「わたしも、あの人の思いを受け止め、新たな未来に繋ぐために……」
メトロノーム・ソングライト(ka1267)が正八角形の盤板を正面に抱えながら口を開く。
「……全力をもって臨ませて頂きます……心置きなく逝かれますよう……」
堕落者は歪虚であるので、倒されれば塵と化して消え去ってしまう。
未練を残す事なく逝かせる事。今、この場に集まったハンター達が目指すべき命題だ。
刀と小太刀を構え、レオン・イスルギ(ka3168)が言い放った。
「天津の武闘は鎮魂の舞踏……故に、矢嗚文様の魂を、ここに鎮めさせていただきます」
そうでなければ、天津交法継承者として、これから先、名乗る事はできない。
赤く変化した瞳が矢嗚文を睨んだ。
「八ツ原御流天津交法、レオン・イスルギ……推して参ります!」
駆け出した彼女と一緒に、ミィリア(ka2689)も駆ける。
「ミィリアが前にでま――でるでござる。その隙に鎧の歪虚を」
矢嗚文と正面から対峙して時間を稼ぐ作戦だ。逆を言うと、耐えきれなければ、作戦が崩壊するので大事な役目である。
剣士と侍の後ろ姿を見つめながら、星輝 Amhran(ka0724)が冷静な表情のまま、刀を静かに構えた。
「わしはわしにしか出来ん仕事をするかの?」
アツいのは若いものに任せるつもりなのだ。
矢嗚文の戦い方は少し聞いているが、あまり当てにはならない感じだった。ならば、戦闘中に観察していくしかない。
「とりあえず、盾持ちの歪虚へ、わしは向かうのじゃ」
華麗なフットワークで舞うようにステップを踏みながら鎧歪虚へと向かう星輝。
シェルミア・クリスティア(ka5955)は仲間達の動きを確認し、符を構えながら呟いた。
「矢嗚文さん……。わたしは、わたしのやり方で貴方に応える。何があっても、負けないよ」
城主との僅かな邂逅。
多くの事を感じられた。
(あの人は、自分の支配……統治下にあった人達の未来の為に、敢えて堕ちる道を選んで、ここまで耐えてきたんだ……)
その呪縛を解く事ができるのは自分達しかいない。
契約した時に、いつか必ず、この日が来て、臣民が救われる日が来ると信じ。
「あの人に勝って、未来に繋げられる『お互いにとっての勝利』を掴み取ってみせるよ」
最後の決戦が始まった。
●強敵
矢嗚文は一歩も動かず、刀を構えて向かってくる二人のハンターを迎え撃つ。
刀に炎のマテリアルを付与したレオンが再び炎を操る。それは、並んで戦うミィリアの太刀への付与ではなかった、
「……炎よ、森羅万象を灰燼と帰す絶対なる力となり、あらゆるものを焼き尽くせ!」
炎の矢だ。小太刀の先端から放たれたそれを矢嗚文は避ける事なく、持っていた刀で両断した。
「その獲物、業物と見ました。技の冴えも相当なものです」
術と技を織り交ぜる戦技は、奇しくも、矢嗚文に似ているかもしれない。
だが、圧倒的に違う点があった。
「我が術に死角はない!」
突如と地表から真っ黒い符が複数枚、宙を駆けると、稲妻と化し、ハンター達に襲いかかった。
「術は避けられない、でござる」
矢嗚文と斬り結んでいたミィリアは大太刀を構える事はせず、甘んじて稲妻を受ける。
というのも、鍔迫り合いの最中だったからだ。
「その太刀さえ!」
掴もうとした動きを読まれ、逆に圧倒的な力で押し込まれるミィリア。
間合いを詰めてみたが、大太刀では不利だ。かといって、大太刀の間合いで戦うとなると、最前線に立てない。
「やっぱり、符術に似てる術を……」
シェルミアは雷で撃たれた所を抑えながら呟いた。
稲妻を呼ぶ術は、彼女も先程まで撃っていたが威力は矢嗚文の方が上手のようだ。
「これなら、どうかな?」
異なる符を組み合わせ、蝶に似た光弾を放つ。
それを矢嗚文は太刀で受けて斬ると、外れた光弾が地面に当たり、土煙りをあげた。
●鎧歪虚
淡青な水晶の様に変化した髪が靡き、メトロノームが意識を集中させながら、紡ぐように詠う。
「……雷を纏い、電を覆い、咆哮は雷鳴となり、世界を照らす幻獣よ、我らの前に立つ者に轟きを! フィール・ヴラテオン!」
雷纏う双角虎の雄姿を紡ぎだした詠唱の先、白雷が一直線にメトロノームから放たれる。
それは、和装鎧歪虚2体を貫いた。位置取りのチャンスが良ければ積極的に雷の魔法を行使しているのだ。
「いいですね。大物が待っているので、早めに退散願いますねぇ?」
口元を緩めながら、シルディが鞭を振るった。
ビシッと地面が音を立てる。銃の様な武器を構えた鎧歪虚が反撃か、銃口を向ける。
刹那、放たれる負のマテリアルの弾丸雨。
「被害は最小限に抑えたいのですがねぇ」
動きの妨げにならないと判断したものは避けず、彼は後の先で鞭をしならせた。
「もう一度、雷を放ちます」
雷鳴が響き、メトロノームの掩護が入る。
シルディは対峙していた鎧歪虚が崩れるのを確認すると、視線を仲間のハンターと死闘を続ける矢嗚文に向けた。
もう1体残った鎧歪虚に対しては星輝が優勢に戦いを進めていた。
彼女の素早い身体の動きに付いていけていない様子だ。
「鎧というのは必ず継ぎ目がある……ここを切離してしまえば、機能に劣化は生じるハズ……じゃろ?」
隙間を狙って刀先を叩き込む星輝。
かなり効果的であったのか、それとも、度重なるダメージの為か、和装鎧の歪虚の動きが鈍る。
「トドメをお願いします」
氷の矢の魔法を放って掩護するメトロノーム。
絶好のチャンスにクルリと体幹を回転させながら、星輝が必殺の一撃を叩き込んだ。
●死闘
和装鎧の歪虚を倒したが、矢嗚文との戦いは続いていた。
ハンター3人で同時にかかっても、それでも、矢嗚文は押される事はなく、逆にハンター達を圧倒している。
「剣の鋭さも、術の速さも及ばぬのなら……掛け合わせた重さで、お相手いたします」
大上段に構えた刀を両手で振り下ろすレオンの一撃。
「八ツ原御流天津交法“破軍”が崩し――“墜鋼”!」
「黒き四天の理に従い、凶兆をもたらす漆黒の鷹よ、光を受け止めよ!」
強烈なレオンの一撃に矢嗚文は術を唱えると、足元から出現した黒い符が漆黒の鷹となり、レオンの攻撃を受け止めた。
鷹が崩れる落ちる中、反撃とばかりに矢嗚文の刀先がレオンを襲う。太股を浅く斬られ、後退するレオン。
「ミィリアがお相手です!」
「しぶとさには自信があるようだが、どこまで持つかな」
一対一に向かい合うミィリアと矢嗚文。
既に幾度か斬られてはいるが、ミィリアは傷を負いながらも自らに課した役目を全うしていた。
「我が必殺の一撃、受けてみよ!」
「望む所で、ござる!」
矢嗚文の鋭い突きが放たれるのをミィリアは避けなかった。左の二の腕に痛みを感じながら、マテリアルの桜吹雪が舞う中、ミィリアの強烈なカウンターが矢嗚文に叩き込まれた。
「良い反撃だ。だがっ!」
刹那、姿勢が崩れて無防備な状態のミィリアに、地表から黒い符が現れ、稲妻が襲いかかる。
蓄積されたダメージで膝を着きそうな所を必死に堪える。立て続けに矢嗚文の攻撃が来る――はずが、来なかった。
「仲間に倒れられると寝覚めが悪いんですよねぇ」
鎧歪虚を倒したシルディが絶妙な位置取りで矢嗚文を牽制していた。
「刀と同時に術を扱えるそうですね……」
メトロノームが注意深く観察する。
恐るべき相手だ。まるで連携整った遠近職を相手にしているようなものである。
「こうなったら、一気に……」
「……待つのじゃ、レオン」
駆け出そうとした仲間を手で制して、星輝が鋭い目つきで矢嗚文を見つめていた。
なにかを言おうとしたレオンに静かに首を振った。そして、ゆっくりと刀を構える。
「身切ったぞ、矢嗚文よ」
攻略の糸口を探す為に、符のリロードや隙がないか観察していた星輝はある事に気がついた。
それは、『矢嗚文が、ある範囲、極めて小さいエリアから外に出ていない』という事だ。
「先程から、符術のようなものを扱っているが、符は消費しているのじゃろう」
「符術は符を消費します、ね」
符を構えたままシェルミアが呟いた。
どこかで符をリロードしないと術は扱えなくなる。それは矢嗚文が放つ術も同様かもしれない。
「つまり、符の再セットの仕組みは、矢嗚文が立っている、その場所にあるという訳じゃ」
足の動きで仕組みを操作し、符を再セットさせていると星輝は予測していた。
「あの場所から、動かせる事ができれば、という事ですねぇ」
シルディがまとめるように言った。
いくら符術のようなものを行使できるといっても、符がなければ術を放てないのであれば、そこに付け入る隙がある。
「……見事だ。この仕組みに気がついたのは、貴様らが初めてだぞ」
前衛を張っていたミィリアとレオンは消耗が激しい。矢嗚文もダメージが積み重なっている。
次、戦場が動けば、大勢は決着するはずだ。
「全員で掛るが、要はシェルミアじゃ、頼んだぞ」
星輝の言葉に彼女は符を構えたまま深く頷くと、視線を矢嗚文に向けた。
「改めて名乗るね。符術師、シェルミア・クリスティア。未来の為に、その先の為に……わたしは、貴方から受取れるモノを全て受取っていくよ!」
「……来い! 獄炎を打ち破りし者達よ!」
真っ先に動いたのはミィリアだった。
飛び込むように身体ごと突撃する。桃色のサムライガールが繰り出した斬撃を矢嗚文は避けなかった。
矢嗚文の持つ刀が驚異的な速さで振り抜かれ、鮮血が迸る。それでも、ミィリアは両手を広げ立ち続ける。
「まだ、です!」
トドメの一撃は来なかった。
それよりも早くレオンが矢嗚文に迫っていたからだ。
鋭い突きの一撃を、レオンも避けなかった。最初から、彼女は刀を身体で持って抑え込むつもりだったのだ。
「剣の重みは、人に非ざる力を受け止めるため。私の身命という剣で、その刃、封じさせていただきます」
胸を貫いた刀身を、手が切れるのを構わず掴む。
「無駄な事を!」
矢嗚文が無理矢理引き抜こうとした所で、ミィリアの影から飛び出した星輝が盾を投げつけながら突貫した。
盾を避ける矢嗚文の動きに合わせ、円を描く軌道で回ると、盾に括りつけていた鋼糸を巧みに操り、矢嗚文の腕に絡ませて突貫した勢いと合わせて引っ張る。同時にレオンが渾身の力で刀を奪い取った。
そこへ、シェルミアが符を掲げ、術を唱える。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
「なら、こちらも術で迎え撃つのみ!」
地表から黒い符がいくつも現れる。
……が、それらは術が完成するよりも早く、消滅していった。
「打ち消せる決定的なこの時を待っていました」
メトロノームがマテリアルに干渉し、矢嗚文の術を妨害したのだ。
術が成就しなかった為、シェルミアの風雷陣を避けようとした矢嗚文だったが、足が一歩も動かなかった。見れば、鞭が絡まっている。
「さぁさぁ、まだ逃げないで下さいよぉ」
その鞭はシルディが放ったものだった。
直後、雷が矢嗚文を直撃した。
矢嗚文はふらふらと、なんとか立っている事を保っていたが、やがて、地に倒れた。
城主、矢嗚文熊信を打ち倒し、また、城下町の蜂起も成功させた。
数十年ぶりに十鳥城はエトファリカ連邦国へと戻った。ハンター達は使命を無事に果たし、大勢の人々を救ったのであった。
おしまい
●未来に刻む勝利を
降伏を促すまでもないと星輝はすぐに理解した。
矢嗚文は……堕落者としての終わりを迎えようとしていたからだ。
「終わり、じゃな」
状況によっては、城主からの宣言があれば、住民も心底納得できたのではないかと思っていたからだ。
複雑な心境で地に伏せた矢嗚文を見つめる星輝にメトロノームが並んだ。
「……終わりましたね」
静かに瞳を閉じる。
この一連の出来事と、想いを、彼女は唄として残そうと決意した。開かれた未来を手にした住民達に伝えていってもらえるようにと。
数十年。人々を守る為に、戦い続けた城主と、臣民の記憶を。
「聞こえますか? 城下町で戦ってた皆の、勝利の声が」
ボロボロになりながらもミィリアが声をかける。
ミィリアの言う通り、城下町全体から解放を祝う住民達の勝鬨が聞こえていた。城下町での災狐配下の歪虚との戦いに勝負がついたのだろう。
「あなたが頑張った結果です。もう、ゆっくり休んで大丈夫ですよ」
「……あぁ、不滅の侍よ。我はそうさせて貰おう」
矢嗚文は苦笑を浮かべて応える。
ボロっと、足が崩れて塵となっていく。
堕落者としての宿命だ。身体どころか、刀も鎧も残らないで塵と化して消えてしまうのだ。
「貴方の戦の行く末、しかと見届けさせていただきました」
マテリアルの光を放ちながらレオンが礼儀正しく頭を下げる。
胸を貫かれていたが、深手にならなかったのは自己回復のおかげだ。
「見事な戦技であった。鍛錬を積めば、我を越える事もできよう」
術と技の組み合わせは無限と無限の組み合わせにも等しい。
今回の戦いで得られるものもあったはずだ。
「代官に伝える事はありませんかね?」
シルディの言葉に矢嗚文は力強く頷く。
「……彼と、彼の一族に伝えてくれ。長きに渡り、誠に大義であったと」
代官の一族は、この時を迎える為に忠義を尽くしてきたのだ。きっと、この言葉だけでも大いに喜ばれるはずだ。
矢嗚文の腰と腹が崩れ落ちた。
住民達を待っている余裕はなさそうだ。最後に、とシェルミアに視線を向ける矢嗚文。
「シェルミア……」
震えながら持ち上がった冷たい手をシェルミアはしっかりと握った。
何か言葉を発していたが聞き取れなかった。でも、シェルミアには彼が何を言っているか分かった。
「貴方の願いと想いはちゃんと伝える……遺せる様にするから」
安らかな笑顔を向けたまま矢嗚文の残った身体は塵となって崩れていく。
「だから……ゆっくり休んで……今まで、お疲れ様です……矢嗚文さん」
「あり……が……と……う……」
握っていた矢嗚文の手が最後に消え去りながら、感謝の言葉が辺りに響いていった。
武闘会場に到着したハンター達は、城主 矢嗚文と対峙する。
和装鎧の歪虚がお供にいる以外は歪虚や雑魔の気配がない。
それでも、シルディ(ka2939)の瞳は鋭い刃物を思わす力が籠っていた。
(ガッカリですよ、本当に……ただの堕落者と思えば、民思いのお優しい城主サマじゃないですかー)
武器を持つ手に自然と力が入る。
(なので、八つ当たりです)
こうして戦わなければならない事。
堕落者を人に戻す術を知らない自身への怒り。
そして、知らなくて良かった真相を知ってしまった事への――八つ当たりだ。
「微々たる力ですが、本気で行きますから、宜しくお願いしますねぇ」
胸に秘めた想いを口にする事なく、いつも通りを装い、いつも通りの口調で言葉を紡いだ。
「わたしも、あの人の思いを受け止め、新たな未来に繋ぐために……」
メトロノーム・ソングライト(ka1267)が正八角形の盤板を正面に抱えながら口を開く。
「……全力をもって臨ませて頂きます……心置きなく逝かれますよう……」
堕落者は歪虚であるので、倒されれば塵と化して消え去ってしまう。
未練を残す事なく逝かせる事。今、この場に集まったハンター達が目指すべき命題だ。
刀と小太刀を構え、レオン・イスルギ(ka3168)が言い放った。
「天津の武闘は鎮魂の舞踏……故に、矢嗚文様の魂を、ここに鎮めさせていただきます」
そうでなければ、天津交法継承者として、これから先、名乗る事はできない。
赤く変化した瞳が矢嗚文を睨んだ。
「八ツ原御流天津交法、レオン・イスルギ……推して参ります!」
駆け出した彼女と一緒に、ミィリア(ka2689)も駆ける。
「ミィリアが前にでま――でるでござる。その隙に鎧の歪虚を」
矢嗚文と正面から対峙して時間を稼ぐ作戦だ。逆を言うと、耐えきれなければ、作戦が崩壊するので大事な役目である。
剣士と侍の後ろ姿を見つめながら、星輝 Amhran(ka0724)が冷静な表情のまま、刀を静かに構えた。
「わしはわしにしか出来ん仕事をするかの?」
アツいのは若いものに任せるつもりなのだ。
矢嗚文の戦い方は少し聞いているが、あまり当てにはならない感じだった。ならば、戦闘中に観察していくしかない。
「とりあえず、盾持ちの歪虚へ、わしは向かうのじゃ」
華麗なフットワークで舞うようにステップを踏みながら鎧歪虚へと向かう星輝。
シェルミア・クリスティア(ka5955)は仲間達の動きを確認し、符を構えながら呟いた。
「矢嗚文さん……。わたしは、わたしのやり方で貴方に応える。何があっても、負けないよ」
城主との僅かな邂逅。
多くの事を感じられた。
(あの人は、自分の支配……統治下にあった人達の未来の為に、敢えて堕ちる道を選んで、ここまで耐えてきたんだ……)
その呪縛を解く事ができるのは自分達しかいない。
契約した時に、いつか必ず、この日が来て、臣民が救われる日が来ると信じ。
「あの人に勝って、未来に繋げられる『お互いにとっての勝利』を掴み取ってみせるよ」
最後の決戦が始まった。
●強敵
矢嗚文は一歩も動かず、刀を構えて向かってくる二人のハンターを迎え撃つ。
刀に炎のマテリアルを付与したレオンが再び炎を操る。それは、並んで戦うミィリアの太刀への付与ではなかった、
「……炎よ、森羅万象を灰燼と帰す絶対なる力となり、あらゆるものを焼き尽くせ!」
炎の矢だ。小太刀の先端から放たれたそれを矢嗚文は避ける事なく、持っていた刀で両断した。
「その獲物、業物と見ました。技の冴えも相当なものです」
術と技を織り交ぜる戦技は、奇しくも、矢嗚文に似ているかもしれない。
だが、圧倒的に違う点があった。
「我が術に死角はない!」
突如と地表から真っ黒い符が複数枚、宙を駆けると、稲妻と化し、ハンター達に襲いかかった。
「術は避けられない、でござる」
矢嗚文と斬り結んでいたミィリアは大太刀を構える事はせず、甘んじて稲妻を受ける。
というのも、鍔迫り合いの最中だったからだ。
「その太刀さえ!」
掴もうとした動きを読まれ、逆に圧倒的な力で押し込まれるミィリア。
間合いを詰めてみたが、大太刀では不利だ。かといって、大太刀の間合いで戦うとなると、最前線に立てない。
「やっぱり、符術に似てる術を……」
シェルミアは雷で撃たれた所を抑えながら呟いた。
稲妻を呼ぶ術は、彼女も先程まで撃っていたが威力は矢嗚文の方が上手のようだ。
「これなら、どうかな?」
異なる符を組み合わせ、蝶に似た光弾を放つ。
それを矢嗚文は太刀で受けて斬ると、外れた光弾が地面に当たり、土煙りをあげた。
●鎧歪虚
淡青な水晶の様に変化した髪が靡き、メトロノームが意識を集中させながら、紡ぐように詠う。
「……雷を纏い、電を覆い、咆哮は雷鳴となり、世界を照らす幻獣よ、我らの前に立つ者に轟きを! フィール・ヴラテオン!」
雷纏う双角虎の雄姿を紡ぎだした詠唱の先、白雷が一直線にメトロノームから放たれる。
それは、和装鎧歪虚2体を貫いた。位置取りのチャンスが良ければ積極的に雷の魔法を行使しているのだ。
「いいですね。大物が待っているので、早めに退散願いますねぇ?」
口元を緩めながら、シルディが鞭を振るった。
ビシッと地面が音を立てる。銃の様な武器を構えた鎧歪虚が反撃か、銃口を向ける。
刹那、放たれる負のマテリアルの弾丸雨。
「被害は最小限に抑えたいのですがねぇ」
動きの妨げにならないと判断したものは避けず、彼は後の先で鞭をしならせた。
「もう一度、雷を放ちます」
雷鳴が響き、メトロノームの掩護が入る。
シルディは対峙していた鎧歪虚が崩れるのを確認すると、視線を仲間のハンターと死闘を続ける矢嗚文に向けた。
もう1体残った鎧歪虚に対しては星輝が優勢に戦いを進めていた。
彼女の素早い身体の動きに付いていけていない様子だ。
「鎧というのは必ず継ぎ目がある……ここを切離してしまえば、機能に劣化は生じるハズ……じゃろ?」
隙間を狙って刀先を叩き込む星輝。
かなり効果的であったのか、それとも、度重なるダメージの為か、和装鎧の歪虚の動きが鈍る。
「トドメをお願いします」
氷の矢の魔法を放って掩護するメトロノーム。
絶好のチャンスにクルリと体幹を回転させながら、星輝が必殺の一撃を叩き込んだ。
●死闘
和装鎧の歪虚を倒したが、矢嗚文との戦いは続いていた。
ハンター3人で同時にかかっても、それでも、矢嗚文は押される事はなく、逆にハンター達を圧倒している。
「剣の鋭さも、術の速さも及ばぬのなら……掛け合わせた重さで、お相手いたします」
大上段に構えた刀を両手で振り下ろすレオンの一撃。
「八ツ原御流天津交法“破軍”が崩し――“墜鋼”!」
「黒き四天の理に従い、凶兆をもたらす漆黒の鷹よ、光を受け止めよ!」
強烈なレオンの一撃に矢嗚文は術を唱えると、足元から出現した黒い符が漆黒の鷹となり、レオンの攻撃を受け止めた。
鷹が崩れる落ちる中、反撃とばかりに矢嗚文の刀先がレオンを襲う。太股を浅く斬られ、後退するレオン。
「ミィリアがお相手です!」
「しぶとさには自信があるようだが、どこまで持つかな」
一対一に向かい合うミィリアと矢嗚文。
既に幾度か斬られてはいるが、ミィリアは傷を負いながらも自らに課した役目を全うしていた。
「我が必殺の一撃、受けてみよ!」
「望む所で、ござる!」
矢嗚文の鋭い突きが放たれるのをミィリアは避けなかった。左の二の腕に痛みを感じながら、マテリアルの桜吹雪が舞う中、ミィリアの強烈なカウンターが矢嗚文に叩き込まれた。
「良い反撃だ。だがっ!」
刹那、姿勢が崩れて無防備な状態のミィリアに、地表から黒い符が現れ、稲妻が襲いかかる。
蓄積されたダメージで膝を着きそうな所を必死に堪える。立て続けに矢嗚文の攻撃が来る――はずが、来なかった。
「仲間に倒れられると寝覚めが悪いんですよねぇ」
鎧歪虚を倒したシルディが絶妙な位置取りで矢嗚文を牽制していた。
「刀と同時に術を扱えるそうですね……」
メトロノームが注意深く観察する。
恐るべき相手だ。まるで連携整った遠近職を相手にしているようなものである。
「こうなったら、一気に……」
「……待つのじゃ、レオン」
駆け出そうとした仲間を手で制して、星輝が鋭い目つきで矢嗚文を見つめていた。
なにかを言おうとしたレオンに静かに首を振った。そして、ゆっくりと刀を構える。
「身切ったぞ、矢嗚文よ」
攻略の糸口を探す為に、符のリロードや隙がないか観察していた星輝はある事に気がついた。
それは、『矢嗚文が、ある範囲、極めて小さいエリアから外に出ていない』という事だ。
「先程から、符術のようなものを扱っているが、符は消費しているのじゃろう」
「符術は符を消費します、ね」
符を構えたままシェルミアが呟いた。
どこかで符をリロードしないと術は扱えなくなる。それは矢嗚文が放つ術も同様かもしれない。
「つまり、符の再セットの仕組みは、矢嗚文が立っている、その場所にあるという訳じゃ」
足の動きで仕組みを操作し、符を再セットさせていると星輝は予測していた。
「あの場所から、動かせる事ができれば、という事ですねぇ」
シルディがまとめるように言った。
いくら符術のようなものを行使できるといっても、符がなければ術を放てないのであれば、そこに付け入る隙がある。
「……見事だ。この仕組みに気がついたのは、貴様らが初めてだぞ」
前衛を張っていたミィリアとレオンは消耗が激しい。矢嗚文もダメージが積み重なっている。
次、戦場が動けば、大勢は決着するはずだ。
「全員で掛るが、要はシェルミアじゃ、頼んだぞ」
星輝の言葉に彼女は符を構えたまま深く頷くと、視線を矢嗚文に向けた。
「改めて名乗るね。符術師、シェルミア・クリスティア。未来の為に、その先の為に……わたしは、貴方から受取れるモノを全て受取っていくよ!」
「……来い! 獄炎を打ち破りし者達よ!」
真っ先に動いたのはミィリアだった。
飛び込むように身体ごと突撃する。桃色のサムライガールが繰り出した斬撃を矢嗚文は避けなかった。
矢嗚文の持つ刀が驚異的な速さで振り抜かれ、鮮血が迸る。それでも、ミィリアは両手を広げ立ち続ける。
「まだ、です!」
トドメの一撃は来なかった。
それよりも早くレオンが矢嗚文に迫っていたからだ。
鋭い突きの一撃を、レオンも避けなかった。最初から、彼女は刀を身体で持って抑え込むつもりだったのだ。
「剣の重みは、人に非ざる力を受け止めるため。私の身命という剣で、その刃、封じさせていただきます」
胸を貫いた刀身を、手が切れるのを構わず掴む。
「無駄な事を!」
矢嗚文が無理矢理引き抜こうとした所で、ミィリアの影から飛び出した星輝が盾を投げつけながら突貫した。
盾を避ける矢嗚文の動きに合わせ、円を描く軌道で回ると、盾に括りつけていた鋼糸を巧みに操り、矢嗚文の腕に絡ませて突貫した勢いと合わせて引っ張る。同時にレオンが渾身の力で刀を奪い取った。
そこへ、シェルミアが符を掲げ、術を唱える。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
「なら、こちらも術で迎え撃つのみ!」
地表から黒い符がいくつも現れる。
……が、それらは術が完成するよりも早く、消滅していった。
「打ち消せる決定的なこの時を待っていました」
メトロノームがマテリアルに干渉し、矢嗚文の術を妨害したのだ。
術が成就しなかった為、シェルミアの風雷陣を避けようとした矢嗚文だったが、足が一歩も動かなかった。見れば、鞭が絡まっている。
「さぁさぁ、まだ逃げないで下さいよぉ」
その鞭はシルディが放ったものだった。
直後、雷が矢嗚文を直撃した。
矢嗚文はふらふらと、なんとか立っている事を保っていたが、やがて、地に倒れた。
城主、矢嗚文熊信を打ち倒し、また、城下町の蜂起も成功させた。
数十年ぶりに十鳥城はエトファリカ連邦国へと戻った。ハンター達は使命を無事に果たし、大勢の人々を救ったのであった。
おしまい
●未来に刻む勝利を
降伏を促すまでもないと星輝はすぐに理解した。
矢嗚文は……堕落者としての終わりを迎えようとしていたからだ。
「終わり、じゃな」
状況によっては、城主からの宣言があれば、住民も心底納得できたのではないかと思っていたからだ。
複雑な心境で地に伏せた矢嗚文を見つめる星輝にメトロノームが並んだ。
「……終わりましたね」
静かに瞳を閉じる。
この一連の出来事と、想いを、彼女は唄として残そうと決意した。開かれた未来を手にした住民達に伝えていってもらえるようにと。
数十年。人々を守る為に、戦い続けた城主と、臣民の記憶を。
「聞こえますか? 城下町で戦ってた皆の、勝利の声が」
ボロボロになりながらもミィリアが声をかける。
ミィリアの言う通り、城下町全体から解放を祝う住民達の勝鬨が聞こえていた。城下町での災狐配下の歪虚との戦いに勝負がついたのだろう。
「あなたが頑張った結果です。もう、ゆっくり休んで大丈夫ですよ」
「……あぁ、不滅の侍よ。我はそうさせて貰おう」
矢嗚文は苦笑を浮かべて応える。
ボロっと、足が崩れて塵となっていく。
堕落者としての宿命だ。身体どころか、刀も鎧も残らないで塵と化して消えてしまうのだ。
「貴方の戦の行く末、しかと見届けさせていただきました」
マテリアルの光を放ちながらレオンが礼儀正しく頭を下げる。
胸を貫かれていたが、深手にならなかったのは自己回復のおかげだ。
「見事な戦技であった。鍛錬を積めば、我を越える事もできよう」
術と技の組み合わせは無限と無限の組み合わせにも等しい。
今回の戦いで得られるものもあったはずだ。
「代官に伝える事はありませんかね?」
シルディの言葉に矢嗚文は力強く頷く。
「……彼と、彼の一族に伝えてくれ。長きに渡り、誠に大義であったと」
代官の一族は、この時を迎える為に忠義を尽くしてきたのだ。きっと、この言葉だけでも大いに喜ばれるはずだ。
矢嗚文の腰と腹が崩れ落ちた。
住民達を待っている余裕はなさそうだ。最後に、とシェルミアに視線を向ける矢嗚文。
「シェルミア……」
震えながら持ち上がった冷たい手をシェルミアはしっかりと握った。
何か言葉を発していたが聞き取れなかった。でも、シェルミアには彼が何を言っているか分かった。
「貴方の願いと想いはちゃんと伝える……遺せる様にするから」
安らかな笑顔を向けたまま矢嗚文の残った身体は塵となって崩れていく。
「だから……ゆっくり休んで……今まで、お疲れ様です……矢嗚文さん」
「あり……が……と……う……」
握っていた矢嗚文の手が最後に消え去りながら、感謝の言葉が辺りに響いていった。
依頼結果
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相談卓、です メトロノーム・ソングライト(ka1267) エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/04/14 23:11:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/10 08:22:25 |