ゲスト
(ka0000)
玻璃の瓦礫―遊戯部屋―
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/07 07:30
- 完成日
- 2016/05/16 17:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
赤い階段を昇る先に見付けるドアプレート。
それを読み上げる前に背後で崩れる音を聞いた。
竦むほどの高さが合った螺旋階段は跡形も無く、彼等が昇ってきた足下に続く木目のささくれた古い階段は、丁度3階くらいの高さだろうか。
飾り気の無い板と細い手摺り。
けれど吹き抜けの底に散らかる瓦礫は、確かに道中排除し続けてきた鎧や人形、或いは砕けた石や硝子片。
謀られたような、それでいて傷を受けた場所は癒えて尚痛みを覚えていて、それらを破壊した音も感触も覚えている。
気味の悪さと不快感を振り切るようにすぐ先のドアを睨んだ。
『遊戯部屋』
ドアプレートにはそう綴られていた。
細く開いて覗く室内には、ここまで追ってきた歪虚が微笑を浮かべている。
その歪虚の背後、天井から垂れた白いレースにもう1体の影が映り、傍に置かれたアームチェアに、寝かされたユリアは青い顔でぐったりとしているが、穏やかに上下する胸が彼女がまだ生きていることを教える。
レースに映る影が僅かに動いた。
歪虚がハンター達へ手を振り翳した。
その手の先には鋭い爪が、長い黒髪が解けるとその側頭には一対の角が。
●side ユリア
ハナに手を引かれて街を走って、どこか知らない場所に着いたことは何となく覚えている。
それから急に眠くなって、立っていられなくなって……
すごく大きな音が聞こえて目を覚ましたら、錆びたような腐ったような、酷い臭いのする場所で、ハンターさん達が武器を向けてきた。
知っている人もいたはずなのに、それが、怖くて、それから、ええと……
私、また眠っちゃったのかな。
ロロさんも、モニカも心配してるだろうな。
次に気が付いたのはどこかの部屋の中。
毛足の長い絨毯が敷いてあって、両側の壁には人形が飾ってある。白い陶器のユーモラスな人形。
ギョロッとした目に赤い口。沢山並んでいるのが少し怖い。
部屋は奥行きが長くて、湿気った空気が纏わり付くような嫌な感じがする。
ハナは大丈夫だと言うけれど。
ハナがそう言うなら、大丈夫なのかしら。
椅子を勧められて、それに座る。
空気の湿気って冷たい感じが急に濃くなって、苦しくて、目も開けていられない。
近付いてくる足音が聞こえる。
知っている人の声が混ざっているような気がする。
ハナはいじめっ子が来たって言って、そっちに行ってしまった。
「……ハナちゃん、その人たちは、……いじめっ子じゃ、ない、の」
私は、知っているのに。声が届かない。
ハナは友達なのに。どうして、私は動けないの。
絡み付く様な空気が不意に私に囁いてくる。
――あの子を助ける力を差し上げましょうか?――
●
歪虚の手が加わっていた螺旋階段の突破により、廃墟内上階への進入経路が確保された。
歪虚の待つ部屋へも元あった階段が簡易的に補強される。
ハンター達へ、3度目の依頼が提示された。
『歪虚、自称ハナの撃破』『ユリアの回収』『嫉妬歪虚(仮)の撃破』
庭や階段の演出、また用いられた鎧や人形を操る状況から、廃墟内が嫉妬歪虚の管理下、所謂ホラーハウスとして機能しているものとされ、遊戯部屋もその一角であると資料に加えられる。
ユリアの状況について、保護することを諦めてはいないけれど、と拠点を出た職員が廃墟を見上げる。
「負のマテリアルが強すぎて衰弱しきっていることでしょう、生存していたとしても、そちらに固執して歪虚を逃すことの方が厄介です……彼女とは、何度か話したことがあるんです。ほら、よく困っているお客さんにハンターを紹介しているからって。優しくて情の深い娘さんです。きっと、分かってくれるはずです」
赤い階段を昇る先に見付けるドアプレート。
それを読み上げる前に背後で崩れる音を聞いた。
竦むほどの高さが合った螺旋階段は跡形も無く、彼等が昇ってきた足下に続く木目のささくれた古い階段は、丁度3階くらいの高さだろうか。
飾り気の無い板と細い手摺り。
けれど吹き抜けの底に散らかる瓦礫は、確かに道中排除し続けてきた鎧や人形、或いは砕けた石や硝子片。
謀られたような、それでいて傷を受けた場所は癒えて尚痛みを覚えていて、それらを破壊した音も感触も覚えている。
気味の悪さと不快感を振り切るようにすぐ先のドアを睨んだ。
『遊戯部屋』
ドアプレートにはそう綴られていた。
細く開いて覗く室内には、ここまで追ってきた歪虚が微笑を浮かべている。
その歪虚の背後、天井から垂れた白いレースにもう1体の影が映り、傍に置かれたアームチェアに、寝かされたユリアは青い顔でぐったりとしているが、穏やかに上下する胸が彼女がまだ生きていることを教える。
レースに映る影が僅かに動いた。
歪虚がハンター達へ手を振り翳した。
その手の先には鋭い爪が、長い黒髪が解けるとその側頭には一対の角が。
●side ユリア
ハナに手を引かれて街を走って、どこか知らない場所に着いたことは何となく覚えている。
それから急に眠くなって、立っていられなくなって……
すごく大きな音が聞こえて目を覚ましたら、錆びたような腐ったような、酷い臭いのする場所で、ハンターさん達が武器を向けてきた。
知っている人もいたはずなのに、それが、怖くて、それから、ええと……
私、また眠っちゃったのかな。
ロロさんも、モニカも心配してるだろうな。
次に気が付いたのはどこかの部屋の中。
毛足の長い絨毯が敷いてあって、両側の壁には人形が飾ってある。白い陶器のユーモラスな人形。
ギョロッとした目に赤い口。沢山並んでいるのが少し怖い。
部屋は奥行きが長くて、湿気った空気が纏わり付くような嫌な感じがする。
ハナは大丈夫だと言うけれど。
ハナがそう言うなら、大丈夫なのかしら。
椅子を勧められて、それに座る。
空気の湿気って冷たい感じが急に濃くなって、苦しくて、目も開けていられない。
近付いてくる足音が聞こえる。
知っている人の声が混ざっているような気がする。
ハナはいじめっ子が来たって言って、そっちに行ってしまった。
「……ハナちゃん、その人たちは、……いじめっ子じゃ、ない、の」
私は、知っているのに。声が届かない。
ハナは友達なのに。どうして、私は動けないの。
絡み付く様な空気が不意に私に囁いてくる。
――あの子を助ける力を差し上げましょうか?――
●
歪虚の手が加わっていた螺旋階段の突破により、廃墟内上階への進入経路が確保された。
歪虚の待つ部屋へも元あった階段が簡易的に補強される。
ハンター達へ、3度目の依頼が提示された。
『歪虚、自称ハナの撃破』『ユリアの回収』『嫉妬歪虚(仮)の撃破』
庭や階段の演出、また用いられた鎧や人形を操る状況から、廃墟内が嫉妬歪虚の管理下、所謂ホラーハウスとして機能しているものとされ、遊戯部屋もその一角であると資料に加えられる。
ユリアの状況について、保護することを諦めてはいないけれど、と拠点を出た職員が廃墟を見上げる。
「負のマテリアルが強すぎて衰弱しきっていることでしょう、生存していたとしても、そちらに固執して歪虚を逃すことの方が厄介です……彼女とは、何度か話したことがあるんです。ほら、よく困っているお客さんにハンターを紹介しているからって。優しくて情の深い娘さんです。きっと、分かってくれるはずです」
リプレイ本文
●
――あの子を助ける力を差し上げましょうか?――
手に乗せられているのは、一輪の黒い薔薇。
花を模した負のマテリアルの結晶は綻ぶように、淀んだ空気に溶けて、呼吸と共にユリアの口へ吸い込まれていく。
ひとひら、ひとひら、途切れること無く。小さな口が花弁を食む。
「やっと、やっと追いついた。ユリアおねーさんは、――」
けたたましくドアの開く音と共に駆け込むハンター達はその逼迫した光景に目を瞠り息を飲む。
カリアナ・ノート(ka3733)は言葉を切って戦慄く口を押さえた。
リア、とリディア・ノート(ka4027)がカリアナを呼ぶ。友人の危機に向かう妹を見詰め、柄を握る手が微かに震えた。
直ぐさま駆け寄ろうと室内へ飛び込んだハンター達を遮るように奥から歩いてきた歪虚は、人らしい装いを捨て、頭に角を頂き鋭い爪を生やしている。
「……遊びは、終わりや」
冬樹 文太(ka0124)の声が重苦しい程低く、唸るように響いた。
蒼白の肌、結ぶ唇の端には牙のように尖る犬歯。歪虚の吊り上がった口角に噛み締めた歯が鳴る。
引き金に指を掛け、床を踏み締めて抱える銃の照準が、違わず歪虚に据えられた。
「てめえが首謀者か!」
部屋の奥、垂れたレースに映る影に輝羽・零次(ka5974)が目を眇めて睨む。肩に負った棍を翻し、突き付けるように向けた端を、ひりつく様な手で眼前の歪虚へ据え直す。
状況を見たロニ・カルディス(ka0551)が眉を僅かに動かした。ユリアの救出には、眼前の歪虚が妨げになる。
「ここは任せろ!」
レイア・アローネ(ka4082)が剣を手に声を張った。
「ユリアの事は頼んだぞ!」
澄んだ青い目が先を見据える。
輝羽も任せろと頷いて前へ出る。
「リア、行きましょう」
盾を構えてリディアがカリアナの前に出るとカリアナも頷き、死を思わせる銀の刃を掲げて大鎌を握る。
ロニと冬樹も足を止めずに得物を構える。
●
大鎌のハンドルを取り軽やかに翻し、宝玉の煌めく流線を優美に描きながらマテリアルを込める。
歪虚へ向かう姉と仲間達を順に緑の風が取り巻いて、彼等の得物に炎の精霊の加護を与える。赤い光りを纏う剣を構え直しリディアはカリアナに笑みを向けた。
「リア、しっかりね!」
「ええ! リナお姉ちゃんも、気を付けてね」
リディアが歪虚に飛び掛かり盾で押さえる様に道を作る。
背後を走る3人へと構えられた黒い針に、こっちだとレイアが鋭く声を放つ。
「お前の相手は私達だ」
振りかぶった剣にマテリアルを込めて突き付けると、袂を裂く切っ先に歪虚が針の狙いをレイアに向けた。
光を映さない虚ろな目、硝子玉の双眸に柄を握るレイアの厳しい表情が映り込む。
「俺もいるぜ!」
輝羽が6尺の棍を器用に取り回して、歪虚の身体を絡め取る。
「邪魔だよ!」
先行する3人から離す様に力を掛けると、歪虚は蹌踉けた身体で舌打ちをして構えた針を放り出した。
床に落ちた針がその形を崩し、黒い花弁と舞い上がっていく。
歪虚を押さえる3人の横を通りながら、その花弁ごと凍て付かせようとする氷の矢が放たれた。
その命中を見てカリアナは走る。
姉の後ろ姿に不安が過ぎるが、今は、止まれない。大鎌の柄とハンドルを握り締めもうすぐ先の友人の元へ急ぐ。
「いやな、人形や」
「ああ――念のためだ」
「――挨拶代わりやな」
壁の棚に隙間無く並んだ陶器の人形。ぎょろりとした四白の目と吊り上がった赤い口。あれが爆ぜて、傷付いた仲間を知っている。
冬樹は30発全て装填した小銃の銃床を肩に据えて引鉄を引き、ロニは虹の刃を持つ大鎌を掲げて祈る。
銃弾の雨は棚ごと全てを砕き、装填を繰り返し端から端まで1つも残すまいと壊していく。
割れた床に転げた人形にも撃ち込んで見回せば、銃弾に踊らされた破片が散らかっていた。
部屋中に広がる光りの衝撃が棚を包み、負のマテリアルに侵蝕された人形に衝撃を与える。
ロニを中心に広がる光りは足を止められた歪虚へも届き、爪を構えた手を向ける。
光りの中、リディアが割って入りそれを止めると、彼女等の周りの人形が全て砕けた様を見回してから先へ向かう。
3人が押さえる歪虚の横を抜けた。
薔薇を手にユリアはまだ座っている。
間に合ったと思った、その瞬間、棍と剣の隙を縫って投じられた針が3人の足下に刺さる。
「あら、惜しい」
歪虚の声に姉を気に掛けたカリアナに、行きなさい、と一喝する声が届いた。
「相手は、私達だと言っているだろう――これなら、どうだ?」
構え直した剣の刃を突き付ける。攻防を切替ながら、レイアが自身への攻撃を誘い、その隙を突く様に輝羽とリディアが抑え込む。
動きの妨げられる棍は避けながら、リディアやレイアの剣は構わずその身に受け、歪虚は絶えず針を投じる。
3人を纏めて狙い、或いは1人に集中し、まるで戯れる様に先行する他の3人の背に投じ、彼等の防御に走らせて隙を誘う。
盾を支えてリディアが目を瞑った。幾度も衝撃を受け止めた身体はその度に膝を突き掛かっている。
●
「そいつを離しい」
至近に鳴る小銃の連射する轟音にも、ユリアの手は、その手に握られた黒薔薇を食む唇は止まらない。
唇を一層青く、白い顔を一層青ざめさせて、その相貌から人間らしい色を奪う。
花弁の残りは、既に多いとは言えなくなっている。
冬樹の声が聞こえていない様子のユリアとは対照的に、レースに映った影は愉しげに揺れた。
「ユリアおねーさん!」
姉への不安を振り払って、カリアナが叫ぶ。
淀みの中を貫く様に、泣き出しそうな悲痛な叫びは、しかし、届かず。花弁はまた一枚唇に吸い込まれていった。
何度も呼びながら、カリアナはレースの影を睨み、大鎌を構えた。
静かに1歩前へ出る。
振り返ると、決意を込めた青い相貌に頷く様に、ロニは彼の七色の刃を掲げて命無き物を眠らせる祈りを唱う。
響き渡る正のマテリアルの旋律が眼前の影に至る。
「動いたら、こちらに引き付ける」
「――嬢ちゃんも気ぃ付け」
カリアナの動きに合わせ、冬樹が放つ弾丸が連なり、天井の際からレースを裂いて打ち落とす。
ユリアに向かって揺れている影の姿を明るみに、薄いレースの作る死角が無くなるとカリアナはユリアの元へ駆けだした。
レースの向こうから零れる様に傾れてきた負のマテリアルは、息苦しいほどの室内を更に淀ませ、辺りに黒い靄を浮かばせ、据えた死臭を漂わせた。
その靄が濃く立ちこめた影の中心、ユリアに向かって述べられた小さな手。
歪虚は華やかに着飾った陶器人形。ボンネットに隠れた顔が微笑んでいた。その歪虚の膝に抱えられた小さな人形、冬樹とロニが壊し尽くしたそれがもう1つ。
構わず走るカリアナの足を黒い針が掠めた。
3人を進ませると、レイアは構えを切り替えて爪を、針を自身に誘う。
刀身の赤い蛇が斬り掛かる度に歪虚を睨む。剣の冠する禍を御し、繰り出される爪を弾く様に距離を詰める。
刀身に掛かる爪を抑え込む様に絨毯を躙って接近する。
片手から投じられた針が腕を掠めると、込められた負のマテリアルが生命力を脅かした。
「――っ、レイジ、リディア」
気を付けろと剣を支えにしながら声を掛ける。
「勿論だ。でも、人型なら関節はどうやったってできるよなあ!」
レイアの作った隙を突き接近した輝羽が歪虚を捕らえる。
バランスを崩させ、レイアの剣と合わせる様に動きながら関節を捕らえると、消耗を見せていた歪虚が顔を顰めて輝羽を睨んだ。
床に崩れる歪虚を見下ろしながらレイアが剣を構え直し、輝羽が棍を据える。
得物を向けられながら身を低く保った歪虚が投じた針を、リディアの盾が受け止める。
「これ以上は、やらせない!」
カリアナがユリアを呼ぶ声が響いている。
妹のためにも、ここを通すわけにはいかない。
その思いは2人も同様で、歪虚を抑える手に力が入った。
磨き上げた刀身にマテリアルを込めて振り下ろす。空気を断つ音が鳴り、その衝撃が歪虚の手に受け止められた。
爪が挟んだ刃がかたかたと小刻みに鳴った。尚も、その腕ごと裂こうとする様に刃を押し付ける。
「……随分、大事な子を連れてきているみたいね。リアって呼んでたかしら? ユリアよりあなたをお人形にして貰った方が、マスターは楽しめたかも知れないわ。ね、リディア?」
リディアと攻撃に加わったレイアの剣を両手でいなし、歪虚は口角を釣り上げた。
うっそりと笑んだ虚ろな目がリディアを見る。
刃を引いて構え直し、斬り掛かって攻撃を妨げる彼等に続けざまに針が投じられる。
躱し損ねたそれは、得物で逸らして尚身体に深く衝撃を与える。
そして、彼等の倒れた隙を縫って放たれた負のマテリアルが、走るカリアナの足を掠めた。
足を裂いた攻撃にカリアナは思わず振り返る。
視線に気付いたリディアは咄嗟にマテリアルを巡らせて立ち上がり、歪虚に斬り掛かった。
「行きなさい!」
身体に爪を受け留めながら発せられた強い声にカリアナは唇を噛んで、陰りの中へ飛び込む様にユリアへ手を伸ばした。
花弁は止まらない。
最後の一枚が舞い上がり、戯れる様に揺れて唇に触れた。
●
放り投げられた人形が爆ぜる。
至近距離での衝撃はローブでは防ぎきれず、元より躱すつもりもなくその身に受けながらユリアの手を握った。
片手に既に茎だけになった薔薇を握るユリアの手を掴むと、小柄な身体で庇う様に抱き締めた。
2人を隠した弾幕が止み、冬樹の手が伸ばされて隠す様に背に護る。
構えていたロニがすぐに癒やしの祈りを捧げる。
温かな力を背に感じながら、冬樹は2体の歪虚へ銃を向けた。
ユリアの顔は青く、目は閉じられたままだ。
その手を取り、握られていた茎を払い除けて、刺の作った傷に祈りを込める。
「取られちゃったの? マスター。お祝いはこれからだったのに」
ひび割れた爪で乱れた髪を掻き上げ、全身に細かな傷を幾つも負った歪虚が、笑いながら近付いてくる。
倒れている仲間の様子にロニが刃を向けその背を庇う様に、冬樹がもう1体の歪虚へ銃口を向ける。
一定の回復を得たカリアナはユリアを庇う様に抱えている。
「ユリア」
歪虚の声にユリアがぱちりと目を開けた。
震える声が歪虚をハナと呼んで、カリアナの腕を解こうと身動ぐ。
「おねーさん、行っちゃ駄目!」
「行きなや」
冬樹が片腕を掴む。その手に感じる人の温度に僅かばかりの安堵を得る。
ロニは歪虚に狙いを定めて刃を向ける。
射程へと足を進めると、目覚めたばかりの細い声が引き留めた。
「待って下さい、……ハナちゃんを、友達を、皆さんがいじめっ子じゃ無いって、優しいハンターさんだって、教えてあげないと」
焦る声はその身に起こっていることを、呼び掛けてくる歪虚の角や爪さえも見えていない様子で、正しく理解していない。
カリアナがしがみつく様に引き留めて、泣き出しそうに涙を堪える瞳で歪虚を睨む。
「おねーさんは返して貰う! あなたには勿体ないわ!」
「勿体ないだなんて、おかしなことを言うのね」
「仲間が欲しかったのか?……悪いが、それは諦めてもらおう」
ロニが大鎌を翳し、刃を翻して斬り掛かる。大振りな動きで誘い至近に捕らえて光りを放つ。
その光りから目を背け、衝撃にふらつきながら歪虚がハンター達を見回した。
「痛いじゃない! 仲間でも何でも無い。ユリアはマスターのお人形なんだから」
「――なんや、それ」
怒りを押し殺す低い声。ユリアの腕を片手に掴んだまま冬樹の拳銃が歪虚に向く。
――ようこそ、ユリア。新しいお人形――
壊し尽くした陶器の破片が床に綴る。
カリアナと冬樹の手にユリアの怯懦が伝わった。
眩い光りに包まれた歪虚の様相を、周りに倒れているハンターの姿を、自身に向けられた不安の視線を。
今、漸く、知ることになる。
渡さないと叫ぶカリアナの声、ロニの戦う清浄な光りと、冬樹の奏でる途切れることの無い銃声。
その中で不意に、パリンと硝子の砕ける音が響いた。部屋の内装が僅かにぶれる。
「マスター、お終いなの? 私、ちょーっと、手伝って頂きたい位なんですけど」
――お祝いはもうクライマックスですもの――
絶望に染まったマテリアルが悲鳴とともに解放される。
それは彼女を護る様に戦っていたハンター達を飲み込みながら広がっていく。
闇の中、笑い声とも泣き声とも付かない騒がしい声が脳を揺さ振るほど響いた。
空間に光りが戻ると、そこは荒れ果てた小さな部屋。
絨毯も、人形も無く、倒れたハンター達は壁際に横たわっている。
影を纏った歪虚の姿は既に無く、濃く立ちこめていた負のマテリアルも幾らか和らいでいる。
「おねーさんっ」
腕の中の空いた空間にカリアナが声を上げる。
壊れた部屋の戸口、髪を掴まれたユリアが歪虚に連れられていく。
顔に掛かった爪が肌を裂く。溢れる血の色は、まだ赤い。
カリアナの声が聞こえるとユリアはそちらに手を伸ばした。青い唇が、ごめんなさいと震えた。
「――……ごめんなさい、たすけて」
「……行くぞ、ここを出る」
追うためにも、先ずは仲間を。
ロニが輝羽に手を伸ばす。
輝羽がその手を握り返すと、リディアとレイアも肩を借りながら立ち上がった。
――あの子を助ける力を差し上げましょうか?――
手に乗せられているのは、一輪の黒い薔薇。
花を模した負のマテリアルの結晶は綻ぶように、淀んだ空気に溶けて、呼吸と共にユリアの口へ吸い込まれていく。
ひとひら、ひとひら、途切れること無く。小さな口が花弁を食む。
「やっと、やっと追いついた。ユリアおねーさんは、――」
けたたましくドアの開く音と共に駆け込むハンター達はその逼迫した光景に目を瞠り息を飲む。
カリアナ・ノート(ka3733)は言葉を切って戦慄く口を押さえた。
リア、とリディア・ノート(ka4027)がカリアナを呼ぶ。友人の危機に向かう妹を見詰め、柄を握る手が微かに震えた。
直ぐさま駆け寄ろうと室内へ飛び込んだハンター達を遮るように奥から歩いてきた歪虚は、人らしい装いを捨て、頭に角を頂き鋭い爪を生やしている。
「……遊びは、終わりや」
冬樹 文太(ka0124)の声が重苦しい程低く、唸るように響いた。
蒼白の肌、結ぶ唇の端には牙のように尖る犬歯。歪虚の吊り上がった口角に噛み締めた歯が鳴る。
引き金に指を掛け、床を踏み締めて抱える銃の照準が、違わず歪虚に据えられた。
「てめえが首謀者か!」
部屋の奥、垂れたレースに映る影に輝羽・零次(ka5974)が目を眇めて睨む。肩に負った棍を翻し、突き付けるように向けた端を、ひりつく様な手で眼前の歪虚へ据え直す。
状況を見たロニ・カルディス(ka0551)が眉を僅かに動かした。ユリアの救出には、眼前の歪虚が妨げになる。
「ここは任せろ!」
レイア・アローネ(ka4082)が剣を手に声を張った。
「ユリアの事は頼んだぞ!」
澄んだ青い目が先を見据える。
輝羽も任せろと頷いて前へ出る。
「リア、行きましょう」
盾を構えてリディアがカリアナの前に出るとカリアナも頷き、死を思わせる銀の刃を掲げて大鎌を握る。
ロニと冬樹も足を止めずに得物を構える。
●
大鎌のハンドルを取り軽やかに翻し、宝玉の煌めく流線を優美に描きながらマテリアルを込める。
歪虚へ向かう姉と仲間達を順に緑の風が取り巻いて、彼等の得物に炎の精霊の加護を与える。赤い光りを纏う剣を構え直しリディアはカリアナに笑みを向けた。
「リア、しっかりね!」
「ええ! リナお姉ちゃんも、気を付けてね」
リディアが歪虚に飛び掛かり盾で押さえる様に道を作る。
背後を走る3人へと構えられた黒い針に、こっちだとレイアが鋭く声を放つ。
「お前の相手は私達だ」
振りかぶった剣にマテリアルを込めて突き付けると、袂を裂く切っ先に歪虚が針の狙いをレイアに向けた。
光を映さない虚ろな目、硝子玉の双眸に柄を握るレイアの厳しい表情が映り込む。
「俺もいるぜ!」
輝羽が6尺の棍を器用に取り回して、歪虚の身体を絡め取る。
「邪魔だよ!」
先行する3人から離す様に力を掛けると、歪虚は蹌踉けた身体で舌打ちをして構えた針を放り出した。
床に落ちた針がその形を崩し、黒い花弁と舞い上がっていく。
歪虚を押さえる3人の横を通りながら、その花弁ごと凍て付かせようとする氷の矢が放たれた。
その命中を見てカリアナは走る。
姉の後ろ姿に不安が過ぎるが、今は、止まれない。大鎌の柄とハンドルを握り締めもうすぐ先の友人の元へ急ぐ。
「いやな、人形や」
「ああ――念のためだ」
「――挨拶代わりやな」
壁の棚に隙間無く並んだ陶器の人形。ぎょろりとした四白の目と吊り上がった赤い口。あれが爆ぜて、傷付いた仲間を知っている。
冬樹は30発全て装填した小銃の銃床を肩に据えて引鉄を引き、ロニは虹の刃を持つ大鎌を掲げて祈る。
銃弾の雨は棚ごと全てを砕き、装填を繰り返し端から端まで1つも残すまいと壊していく。
割れた床に転げた人形にも撃ち込んで見回せば、銃弾に踊らされた破片が散らかっていた。
部屋中に広がる光りの衝撃が棚を包み、負のマテリアルに侵蝕された人形に衝撃を与える。
ロニを中心に広がる光りは足を止められた歪虚へも届き、爪を構えた手を向ける。
光りの中、リディアが割って入りそれを止めると、彼女等の周りの人形が全て砕けた様を見回してから先へ向かう。
3人が押さえる歪虚の横を抜けた。
薔薇を手にユリアはまだ座っている。
間に合ったと思った、その瞬間、棍と剣の隙を縫って投じられた針が3人の足下に刺さる。
「あら、惜しい」
歪虚の声に姉を気に掛けたカリアナに、行きなさい、と一喝する声が届いた。
「相手は、私達だと言っているだろう――これなら、どうだ?」
構え直した剣の刃を突き付ける。攻防を切替ながら、レイアが自身への攻撃を誘い、その隙を突く様に輝羽とリディアが抑え込む。
動きの妨げられる棍は避けながら、リディアやレイアの剣は構わずその身に受け、歪虚は絶えず針を投じる。
3人を纏めて狙い、或いは1人に集中し、まるで戯れる様に先行する他の3人の背に投じ、彼等の防御に走らせて隙を誘う。
盾を支えてリディアが目を瞑った。幾度も衝撃を受け止めた身体はその度に膝を突き掛かっている。
●
「そいつを離しい」
至近に鳴る小銃の連射する轟音にも、ユリアの手は、その手に握られた黒薔薇を食む唇は止まらない。
唇を一層青く、白い顔を一層青ざめさせて、その相貌から人間らしい色を奪う。
花弁の残りは、既に多いとは言えなくなっている。
冬樹の声が聞こえていない様子のユリアとは対照的に、レースに映った影は愉しげに揺れた。
「ユリアおねーさん!」
姉への不安を振り払って、カリアナが叫ぶ。
淀みの中を貫く様に、泣き出しそうな悲痛な叫びは、しかし、届かず。花弁はまた一枚唇に吸い込まれていった。
何度も呼びながら、カリアナはレースの影を睨み、大鎌を構えた。
静かに1歩前へ出る。
振り返ると、決意を込めた青い相貌に頷く様に、ロニは彼の七色の刃を掲げて命無き物を眠らせる祈りを唱う。
響き渡る正のマテリアルの旋律が眼前の影に至る。
「動いたら、こちらに引き付ける」
「――嬢ちゃんも気ぃ付け」
カリアナの動きに合わせ、冬樹が放つ弾丸が連なり、天井の際からレースを裂いて打ち落とす。
ユリアに向かって揺れている影の姿を明るみに、薄いレースの作る死角が無くなるとカリアナはユリアの元へ駆けだした。
レースの向こうから零れる様に傾れてきた負のマテリアルは、息苦しいほどの室内を更に淀ませ、辺りに黒い靄を浮かばせ、据えた死臭を漂わせた。
その靄が濃く立ちこめた影の中心、ユリアに向かって述べられた小さな手。
歪虚は華やかに着飾った陶器人形。ボンネットに隠れた顔が微笑んでいた。その歪虚の膝に抱えられた小さな人形、冬樹とロニが壊し尽くしたそれがもう1つ。
構わず走るカリアナの足を黒い針が掠めた。
3人を進ませると、レイアは構えを切り替えて爪を、針を自身に誘う。
刀身の赤い蛇が斬り掛かる度に歪虚を睨む。剣の冠する禍を御し、繰り出される爪を弾く様に距離を詰める。
刀身に掛かる爪を抑え込む様に絨毯を躙って接近する。
片手から投じられた針が腕を掠めると、込められた負のマテリアルが生命力を脅かした。
「――っ、レイジ、リディア」
気を付けろと剣を支えにしながら声を掛ける。
「勿論だ。でも、人型なら関節はどうやったってできるよなあ!」
レイアの作った隙を突き接近した輝羽が歪虚を捕らえる。
バランスを崩させ、レイアの剣と合わせる様に動きながら関節を捕らえると、消耗を見せていた歪虚が顔を顰めて輝羽を睨んだ。
床に崩れる歪虚を見下ろしながらレイアが剣を構え直し、輝羽が棍を据える。
得物を向けられながら身を低く保った歪虚が投じた針を、リディアの盾が受け止める。
「これ以上は、やらせない!」
カリアナがユリアを呼ぶ声が響いている。
妹のためにも、ここを通すわけにはいかない。
その思いは2人も同様で、歪虚を抑える手に力が入った。
磨き上げた刀身にマテリアルを込めて振り下ろす。空気を断つ音が鳴り、その衝撃が歪虚の手に受け止められた。
爪が挟んだ刃がかたかたと小刻みに鳴った。尚も、その腕ごと裂こうとする様に刃を押し付ける。
「……随分、大事な子を連れてきているみたいね。リアって呼んでたかしら? ユリアよりあなたをお人形にして貰った方が、マスターは楽しめたかも知れないわ。ね、リディア?」
リディアと攻撃に加わったレイアの剣を両手でいなし、歪虚は口角を釣り上げた。
うっそりと笑んだ虚ろな目がリディアを見る。
刃を引いて構え直し、斬り掛かって攻撃を妨げる彼等に続けざまに針が投じられる。
躱し損ねたそれは、得物で逸らして尚身体に深く衝撃を与える。
そして、彼等の倒れた隙を縫って放たれた負のマテリアルが、走るカリアナの足を掠めた。
足を裂いた攻撃にカリアナは思わず振り返る。
視線に気付いたリディアは咄嗟にマテリアルを巡らせて立ち上がり、歪虚に斬り掛かった。
「行きなさい!」
身体に爪を受け留めながら発せられた強い声にカリアナは唇を噛んで、陰りの中へ飛び込む様にユリアへ手を伸ばした。
花弁は止まらない。
最後の一枚が舞い上がり、戯れる様に揺れて唇に触れた。
●
放り投げられた人形が爆ぜる。
至近距離での衝撃はローブでは防ぎきれず、元より躱すつもりもなくその身に受けながらユリアの手を握った。
片手に既に茎だけになった薔薇を握るユリアの手を掴むと、小柄な身体で庇う様に抱き締めた。
2人を隠した弾幕が止み、冬樹の手が伸ばされて隠す様に背に護る。
構えていたロニがすぐに癒やしの祈りを捧げる。
温かな力を背に感じながら、冬樹は2体の歪虚へ銃を向けた。
ユリアの顔は青く、目は閉じられたままだ。
その手を取り、握られていた茎を払い除けて、刺の作った傷に祈りを込める。
「取られちゃったの? マスター。お祝いはこれからだったのに」
ひび割れた爪で乱れた髪を掻き上げ、全身に細かな傷を幾つも負った歪虚が、笑いながら近付いてくる。
倒れている仲間の様子にロニが刃を向けその背を庇う様に、冬樹がもう1体の歪虚へ銃口を向ける。
一定の回復を得たカリアナはユリアを庇う様に抱えている。
「ユリア」
歪虚の声にユリアがぱちりと目を開けた。
震える声が歪虚をハナと呼んで、カリアナの腕を解こうと身動ぐ。
「おねーさん、行っちゃ駄目!」
「行きなや」
冬樹が片腕を掴む。その手に感じる人の温度に僅かばかりの安堵を得る。
ロニは歪虚に狙いを定めて刃を向ける。
射程へと足を進めると、目覚めたばかりの細い声が引き留めた。
「待って下さい、……ハナちゃんを、友達を、皆さんがいじめっ子じゃ無いって、優しいハンターさんだって、教えてあげないと」
焦る声はその身に起こっていることを、呼び掛けてくる歪虚の角や爪さえも見えていない様子で、正しく理解していない。
カリアナがしがみつく様に引き留めて、泣き出しそうに涙を堪える瞳で歪虚を睨む。
「おねーさんは返して貰う! あなたには勿体ないわ!」
「勿体ないだなんて、おかしなことを言うのね」
「仲間が欲しかったのか?……悪いが、それは諦めてもらおう」
ロニが大鎌を翳し、刃を翻して斬り掛かる。大振りな動きで誘い至近に捕らえて光りを放つ。
その光りから目を背け、衝撃にふらつきながら歪虚がハンター達を見回した。
「痛いじゃない! 仲間でも何でも無い。ユリアはマスターのお人形なんだから」
「――なんや、それ」
怒りを押し殺す低い声。ユリアの腕を片手に掴んだまま冬樹の拳銃が歪虚に向く。
――ようこそ、ユリア。新しいお人形――
壊し尽くした陶器の破片が床に綴る。
カリアナと冬樹の手にユリアの怯懦が伝わった。
眩い光りに包まれた歪虚の様相を、周りに倒れているハンターの姿を、自身に向けられた不安の視線を。
今、漸く、知ることになる。
渡さないと叫ぶカリアナの声、ロニの戦う清浄な光りと、冬樹の奏でる途切れることの無い銃声。
その中で不意に、パリンと硝子の砕ける音が響いた。部屋の内装が僅かにぶれる。
「マスター、お終いなの? 私、ちょーっと、手伝って頂きたい位なんですけど」
――お祝いはもうクライマックスですもの――
絶望に染まったマテリアルが悲鳴とともに解放される。
それは彼女を護る様に戦っていたハンター達を飲み込みながら広がっていく。
闇の中、笑い声とも泣き声とも付かない騒がしい声が脳を揺さ振るほど響いた。
空間に光りが戻ると、そこは荒れ果てた小さな部屋。
絨毯も、人形も無く、倒れたハンター達は壁際に横たわっている。
影を纏った歪虚の姿は既に無く、濃く立ちこめていた負のマテリアルも幾らか和らいでいる。
「おねーさんっ」
腕の中の空いた空間にカリアナが声を上げる。
壊れた部屋の戸口、髪を掴まれたユリアが歪虚に連れられていく。
顔に掛かった爪が肌を裂く。溢れる血の色は、まだ赤い。
カリアナの声が聞こえるとユリアはそちらに手を伸ばした。青い唇が、ごめんなさいと震えた。
「――……ごめんなさい、たすけて」
「……行くぞ、ここを出る」
追うためにも、先ずは仲間を。
ロニが輝羽に手を伸ばす。
輝羽がその手を握り返すと、リディアとレイアも肩を借りながら立ち上がった。
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相談 カリアナ・ノート(ka3733) 人間(クリムゾンウェスト)|10才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/05/07 02:31:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/02 23:23:51 |