ゲスト
(ka0000)
ボラ族、帝国に移民するの巻
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/03 09:00
- 完成日
- 2014/09/05 04:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「と言うわけだ。辺境からの移民は今後とも予測される。今回移入の話があった部族、ボラ族を受け入れに成功すると、今後も継続的な移民が考えられる。帝国は有用な労働力を確保することができ、外交にも好い影響を及ぼすだろう。そういう意味では今回の受け入れは重要だ」
バルトアンデルス城の会議室に集まった十数人の文官を前にして、彼らの長は窓の外を見つつそう告げた。
「重要な案件ならば兵士が任務にあたるものではないでしょうか」
おずおずと一人の文官が手を挙げて質問した。
「こんな話がうちに回って来たということはだ。察しなさい。地方内務課というところはそういうところなんだから」
長、つまり地方内務課の課長はひらひらと手を振って質問に答えた。先の話では重要だと言いながらも、やる気のない態度は彼を通り抜けて、その案件が通り抜けてきた人々の態度であることを課員は見通してしまい、はぁ、と返答ともため息とも取れるものを零して押し黙った。
地方内務課はゾンネンシュトラール帝国にある政府機関の一つだ。名前の通り地方に関する様々な事務を所管している。聞こえはいいが、歪虚と積極的に戦う方向で運営されている帝国において、軽視されがちな地方のよしなしごとを一手に引き受けており、その活動は極めて広汎であり雑多である。地方である各州ごとに国民リストの編纂をし、財産を把握し、地域の活動を支援し、些末なもめごとを解決し……地方のナニカ、と言えば地方内務課は呼ばれるのである。
今日の辺境からの移民に関する案件もそうだ。とかくこの課では仕事は急に降ってくることが多い。今でも十分に雑多な仕事が積み上げられている課員達にとって気が重い通達であった。
「辺境の部族ってことは、帝国のマナーとかルールとかを手とり足とり教える必要もあるんですよね」
「あるだろうな」
「最初は付きっきりで相手しないとダメじゃないですか」
「寝食を共にすることもあるだろうな。というわけで今から担当者を決める」
課長の言葉に揃って視線を逸らす課員達。好き好んで中央を離れ、まともに話が通じるかどうかもわからないような、しかもイザコザを起こせば外交問題にまで発展しかねないような輩を相手にして、何日も付き添うような仕事など誰も積極的に関わろう思うはずがなかった。
「じゃあ、こちらから指名する。メルツェーデス、君が移民の専任担当とする」
「は?」
「今回、移民してくる辺境の部族、ボラ族は明後日には帝国入りするので、ちゃんと迎えるように。以上会議終わり」
興味なさげに自分の髪をいじくり回していたメルツェーデスと呼ばれた女性は、しばらく茫然としていた。他の皆は自分に火の粉が飛んできてはたまらない。と、そそくさと自分のデスクへと去っていく。残されたのはポツンと立つメルツェーデスだけだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! か弱い女性にそんな寝泊まりまでするような仕事振る!?」
「何を言うかな。現陛下は即位されるまで一人で何日も旅をしていた。APVのタングラム様は毎日ハンターと触れ合っている、それにメル。君の歯に衣着せぬところは適任だと思う。……ま、貧乏くじ引いちゃったと思って行ってきてよ」
課長はにへらと笑って、メルツェーデスことメルを送り出したのであった。
●
「で、あんたら、いきなり何やってくれてんのよ!!」
「手土産」
件の帝国への移住を希望したという部族、ボラ族の手には道中で狩ったのであろう羊の姿があった。これからお世話になる相手に手土産を持参するというのは殊勝な心がけだと思わなくもないが、彼らの後ろに立っている鬼の形相をした羊飼いの姿を見ればそんな感謝の念は消えて当然である。
「この羊はその人が育ててたの。所有物! わかる?」
「所有物……? 大地にあるものは皆同じ命。互いに命を支えあって生きている」
羊飼いに平謝りして、羊の代金を支払う手続きをしながら、メルは目の前が真っ暗になっていた。こいつら辺境出身というより、秘境か魔境の出身なんじゃないか? 辺境といってもだいたい共通の理解ってものがあるだろうに。
「あんた、帝国の人間か? ならついでに山に棲む狼を退治してくれないかね?」
不意に羊飼いの依頼にメルは人を殺してしまいかねないような悪魔の形相でこたえる。
「これ以上、あたしに仕事振らないでくれる?」
「ほう、山に」
しかし、食いついたのはボラ族の族長イグであった。反応があることを幸いとしてか、政府の人間であるメルを放っぽらかして羊飼いはボラ族たちに話を進める。
「んだ。あの山、ほら見えるだろ? あそこに中腹に割とでけぇ炭焼き小屋があったんだけどな。そのあたりに狼の群れが出没するようになったんだよ。あそこは清水も湧くし、山菜も色々とれるいいとこなんだがなあ。狼は結構な数がいるらしいし、どでかい狼もいるってんで近づけんのよ」
「なるほど、それは大変な話だ。よし、我々が力を貸そう」
「待て、コラ。勝手に話を進めるな」
「メルツェーデス殿。我々は狼を退治する、そこに住む。我々は山の恩恵にあずかることができる。狼は我々がいる限り近寄れない。帝国の人々にも喜んでもらえる」
ははぁ、己に良し、相手にも良し、世間にも良しの三方良しって考えなワケね。
先ほどまで怒髪、天を衝いていたこともすっかり忘れて、族長イグの言葉にふむ、と頷いた。
「あなた達は戦えるんでしょうけど……大きな狼ってのはちょっと気になるかな。歪虚っぽい感じがする」
「ヴォイドは敵だ! 奴らは我々の大地を汚す、命を根こそぎ奪う! 我々は戦うぞ」
イグの言葉にボラ族全体が各々の武器を掲げて叫び出す。彼らにとっては歪虚は恐怖の存在ではなく、明確な敵であるようだった。その流れから彼らがどんな道を歩んできて、なぜ帝国に移って来たのか、わかるような気がした。
「わかったわかった、だけど、こういう時にはハンターに協力を依頼するのがセオリーなの」
そして、ハンターに色々と教えてもらうといいわ。とメルは付け加えた。
本音が後者なのは言うまでもない。
バルトアンデルス城の会議室に集まった十数人の文官を前にして、彼らの長は窓の外を見つつそう告げた。
「重要な案件ならば兵士が任務にあたるものではないでしょうか」
おずおずと一人の文官が手を挙げて質問した。
「こんな話がうちに回って来たということはだ。察しなさい。地方内務課というところはそういうところなんだから」
長、つまり地方内務課の課長はひらひらと手を振って質問に答えた。先の話では重要だと言いながらも、やる気のない態度は彼を通り抜けて、その案件が通り抜けてきた人々の態度であることを課員は見通してしまい、はぁ、と返答ともため息とも取れるものを零して押し黙った。
地方内務課はゾンネンシュトラール帝国にある政府機関の一つだ。名前の通り地方に関する様々な事務を所管している。聞こえはいいが、歪虚と積極的に戦う方向で運営されている帝国において、軽視されがちな地方のよしなしごとを一手に引き受けており、その活動は極めて広汎であり雑多である。地方である各州ごとに国民リストの編纂をし、財産を把握し、地域の活動を支援し、些末なもめごとを解決し……地方のナニカ、と言えば地方内務課は呼ばれるのである。
今日の辺境からの移民に関する案件もそうだ。とかくこの課では仕事は急に降ってくることが多い。今でも十分に雑多な仕事が積み上げられている課員達にとって気が重い通達であった。
「辺境の部族ってことは、帝国のマナーとかルールとかを手とり足とり教える必要もあるんですよね」
「あるだろうな」
「最初は付きっきりで相手しないとダメじゃないですか」
「寝食を共にすることもあるだろうな。というわけで今から担当者を決める」
課長の言葉に揃って視線を逸らす課員達。好き好んで中央を離れ、まともに話が通じるかどうかもわからないような、しかもイザコザを起こせば外交問題にまで発展しかねないような輩を相手にして、何日も付き添うような仕事など誰も積極的に関わろう思うはずがなかった。
「じゃあ、こちらから指名する。メルツェーデス、君が移民の専任担当とする」
「は?」
「今回、移民してくる辺境の部族、ボラ族は明後日には帝国入りするので、ちゃんと迎えるように。以上会議終わり」
興味なさげに自分の髪をいじくり回していたメルツェーデスと呼ばれた女性は、しばらく茫然としていた。他の皆は自分に火の粉が飛んできてはたまらない。と、そそくさと自分のデスクへと去っていく。残されたのはポツンと立つメルツェーデスだけだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! か弱い女性にそんな寝泊まりまでするような仕事振る!?」
「何を言うかな。現陛下は即位されるまで一人で何日も旅をしていた。APVのタングラム様は毎日ハンターと触れ合っている、それにメル。君の歯に衣着せぬところは適任だと思う。……ま、貧乏くじ引いちゃったと思って行ってきてよ」
課長はにへらと笑って、メルツェーデスことメルを送り出したのであった。
●
「で、あんたら、いきなり何やってくれてんのよ!!」
「手土産」
件の帝国への移住を希望したという部族、ボラ族の手には道中で狩ったのであろう羊の姿があった。これからお世話になる相手に手土産を持参するというのは殊勝な心がけだと思わなくもないが、彼らの後ろに立っている鬼の形相をした羊飼いの姿を見ればそんな感謝の念は消えて当然である。
「この羊はその人が育ててたの。所有物! わかる?」
「所有物……? 大地にあるものは皆同じ命。互いに命を支えあって生きている」
羊飼いに平謝りして、羊の代金を支払う手続きをしながら、メルは目の前が真っ暗になっていた。こいつら辺境出身というより、秘境か魔境の出身なんじゃないか? 辺境といってもだいたい共通の理解ってものがあるだろうに。
「あんた、帝国の人間か? ならついでに山に棲む狼を退治してくれないかね?」
不意に羊飼いの依頼にメルは人を殺してしまいかねないような悪魔の形相でこたえる。
「これ以上、あたしに仕事振らないでくれる?」
「ほう、山に」
しかし、食いついたのはボラ族の族長イグであった。反応があることを幸いとしてか、政府の人間であるメルを放っぽらかして羊飼いはボラ族たちに話を進める。
「んだ。あの山、ほら見えるだろ? あそこに中腹に割とでけぇ炭焼き小屋があったんだけどな。そのあたりに狼の群れが出没するようになったんだよ。あそこは清水も湧くし、山菜も色々とれるいいとこなんだがなあ。狼は結構な数がいるらしいし、どでかい狼もいるってんで近づけんのよ」
「なるほど、それは大変な話だ。よし、我々が力を貸そう」
「待て、コラ。勝手に話を進めるな」
「メルツェーデス殿。我々は狼を退治する、そこに住む。我々は山の恩恵にあずかることができる。狼は我々がいる限り近寄れない。帝国の人々にも喜んでもらえる」
ははぁ、己に良し、相手にも良し、世間にも良しの三方良しって考えなワケね。
先ほどまで怒髪、天を衝いていたこともすっかり忘れて、族長イグの言葉にふむ、と頷いた。
「あなた達は戦えるんでしょうけど……大きな狼ってのはちょっと気になるかな。歪虚っぽい感じがする」
「ヴォイドは敵だ! 奴らは我々の大地を汚す、命を根こそぎ奪う! 我々は戦うぞ」
イグの言葉にボラ族全体が各々の武器を掲げて叫び出す。彼らにとっては歪虚は恐怖の存在ではなく、明確な敵であるようだった。その流れから彼らがどんな道を歩んできて、なぜ帝国に移って来たのか、わかるような気がした。
「わかったわかった、だけど、こういう時にはハンターに協力を依頼するのがセオリーなの」
そして、ハンターに色々と教えてもらうといいわ。とメルは付け加えた。
本音が後者なのは言うまでもない。
リプレイ本文
「あたしは荷物じゃないわよっ!!」
メルはシト・レウィス(ka2638)の用意した背負子を見るなり、強烈に憤慨した。あまりの剣幕に地元の人間から山の構造を聞き出した情報を元にした地図を配り、説明していたアーシュラ・クリオール(ka0226)も思わず声が詰まる。
「山道をその恰好ではかなりキツいぞい……」
「こんな山道くらい何よ! 行けるったら行ける!!」
ガイウス=フォン=フェルニアス(ka2612)の制止も聞かずにメルはずかずかと山道に入っていく。しかし、フリルのついたスカートといい、薄手の絹のブラウスといい、ヒールのついた靴といい。あんな服装では誰でも不安になる。
「まあ、仕方ねぇな。疲れたら自分で乗りに来るだろうさ」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は苦笑いを浮かべてそう言った。まったく、帝国での生き方の手ほどきか、と思いきや、ワガママ娘の介護になろうとは。
そんな中で、メルはただ一人悪戦苦闘している。まだ100メートルも進まない先から、息が上がり、服は枝葉に引っかかり、スカートの裾は踏んづけてしまい、そして……体勢を崩して泥の中で倒れる。
「ああああーっ! もう、なんなのよ、この秘境はぁっ!」
「メルさん、ここは普通の山だ」
あまりの七転八倒ぶりにイレーヌ(ka1372)は可哀想になって手を差し伸べたが、メルの方は半泣きになりながらもまだプライドにかけて助けをかりる予定はないらしい。
ジング(ka0342)は辺境のことを頭に思い浮かべながらボラ族に告げた。
「あれでも本人は一生懸命なんだ。歪虚を共に倒そう。その思いはみんな一緒なんだ。その……なんだ、よろしくな」
「わかった、任せておけ」
族長のイグは、メルの癇癪もちっとも気にせず、泥がつくのもお構いなしにお姫様抱っこで抱き上げた。
「不得手なことは誰でもある。助け合うのも大事なこと」
メルは顔を真っ赤にして共通語ではないナニカを叫んでいたが、イグはまったく気にせず、のっしのっしと歩き始める。それを確認したユリアナ・スポルクシー(ka1024)が仲間たちに振り返った。
「まあ、遅れはでないから、この方がいいかも知れないな。行軍は遅れるだろうからA班、B班は先行しよう。C、D班、何かあったら連絡を」
「了解。ま、のんびりおいでよ。小屋の掃除しとくからさ」
ユリアン(ka1664)が指示を受けると身軽なステップで数歩先に進む。疾影士の彼からすれば本来の動きなのであろう。それに従って他のメンバーたちも同じように軽々と歩を進めていく。後に残されたのはメンバーはボラ族とメルとでのんびりと炭焼き小屋を目指していく。
見知らぬ景色であってもテンションの高い子供たちはユリアンの真似をしてヒョイヒョイっと木の上に登り始める。その身軽さや行動力は大したものだが、あっという間に視界から消え去るのは困りものだ。ボラ族の若者たちも、食べ物を採取したり、おしゃべりしたりとてんでバラバラで列にまともに付いてきている方が少ないくらいだ。
「まとめなくていいんですか? 迷子になりますよ」
「迷ったら自分で生き延びなければならないこと、知っている」
エルバッハ・リオン(ka2434)はため息をついた。歪虚がいるという山の中で放任主義を貫くのもすごいが、子供たちが迷った挙句、人の所有地や所有物に手を出す可能性も高い。族長はともかく、どうも彼らは団体行動が苦手らしい。
「このままでは謝罪と弁償で済まない問題を起こしそうですね。何か手を考えないといけませんか。まずは歪虚が襲い掛かる可能性もありますし、まとまってください」
「歪虚、見つける。探す手間省ける。都合がいい」
「都合よくないです……小屋についてからみんなで探しますから」
エルバッハこと、エルは軽い頭痛を感じ、自分のこめかみを軽く押さえながらそう言った。
「そして、混じって絵を描かないでください」
「ただ山を登るの……退屈だから。それに、森の中でハダカの同族は、絵になるかも……」
ボラ族に交じって、スケッチブックに絵をかき始めようとしたクラリア(ka3091)は非常に残念そうに言った。
「森じゃなくて、描いてるの私だったんですか」
絵になるならいいかも知れない。と、一瞬思うと、注意する気持ちは雲散霧消してしまったのは内緒だ。
「とりあえず移動してからにしないか?」
今度はイレーヌがツッコミを入れる番だった。
●
「こちらクラリア、巣穴発見。おうばあ」
時は進んで昼下がり。小屋にようやく全員がたどり着いた後、ハンター達は狼の巣穴を発見するために捜索を開始した。それなりに大きな山だけに探索には時間がかかるかな、と一同は思っていたが、それは案外簡単に発見することができた。
「随分と簡単に見つけたものね」
装備を整えたアーシュラが第一発見者のクラリアにそう話しかけると、本人はいたく落胆した様子で答えた。
「風景画に狼の足跡を描いてたことに気付いてしまって……」
本人は、絵の続きを描きたかったらしいが、放っておくわけにもいかず、調べたところ巣穴に続く多数の足跡を確認したという次第だった。山の自然を堪能したいというクラリアの自堕落な願望は潰えてしまったのだ。
「まぁま、後で絵の続きを描けばいいじゃない。さて、それじゃ、行くわよ」
アーシュラは巣穴の前にある繁みに陣取り、ボラ族に合図を送ると、彼らは枯れ枝に松明で火を点け、拾い集めた松葉などをヒノキの葉をかぶせる。火の爆ぜる音がしばらく続き、やがて大量の煙が龍のごとく立ち上り始めると、ボラ族の子供たちが大きな葉っぱなどをウチワ代わりにして、巣穴に煙を送り込んだ。族長のイグは頃合いを見て歌い始める。
「母なる大地よ、見ておくれ。我ら戦士を。父なる太陽よ、見ておくれ、我らの勇気を。ヴォラー、ヴォラー!」
「はーぁ、野蛮ね。ファイアーダンスでもやるつもり?」
まだ山登りの疲れが取れないメルがボラ族のたき火と歌を怪訝そうな眼で見て、そう呟いたの聞いたユリアンがこそっと彼女に話しかけた。
「燻し出すことで、狼は眼と鼻をやられるんだ。歌は自分たちの気持ちを高揚させる他にもね、敵の士気をくじくって意味もあるんだよ」
はぁ。とメルは生返事をした。彼女はどうやら戦いというものが全く想像できないでいたようだが、確かに歌は彼女にとってもいい影響を与えていることをユリアンは見抜いた。『戦闘』と聞くだけで体を固くしていた彼女が、歌によって心の準備ができつつあることに。歌が戦いを祭りであるように錯覚させるのだろう。これならパニックも起こすことをなさそうだ。
「来ますよ!」
シトが黒い瞳に輝きが生まれ、叫んだ。
途端に、大地を爪でひっかく音が無数に聞こえ、喘ぐような吐息が聞こえた。そして白煙の向こうから狼が姿を現した。
「総員、構えっ!」
ユリアナが叫んだ。
白煙から2頭、3、4、5と次々と飛び出す狼を冷静に見つめ、態勢を整え飛びかかるほんの一瞬前に、ユリアナの手が下った。
「射てっ!」
アーシュラ、ジング、ユリアナによる銃弾の雨と、イレーヌによるホーリーライト、エルのウィンドスラッシュ、そしてボラ族の戦士による弓矢が一斉に狼たちを襲った。視界を奪われた狼は、あっという間に一網打尽にされる。
「第二陣、進めっ」
「ふふふ、中尉殿は昔思い出してるねー」
同じくサルヴァトーレ・ロッソの軍人であったアーシュラは素早くリロードしながら微笑んだ。なんだか訓練を思い出す。その間に、ジング、エヴァンス、ユリアン、ガイウス、シトが近接武器を構えて巣穴との距離を詰める。白煙が彼らの攻撃の邪魔にならないようボラ族は、たき火の火や煙を調整する。
狼は必至の抵抗で飛びかかってくるが、鋭敏であった視覚も嗅覚も奪われたとあっては攻撃というより単に無我夢中で突っ込んでくる、といった様子だった。ジングはそれを正確に見て取って狼の喉元にナイフを突き立てる。滴る程度にしか血を流さない狼にジングは少し警戒をした。
「致命傷を与えたのか、そうでないのかよく判らないな」
間近で見ると、普通の狼にしては毛が乱れており、体も随分痩せていた。
「歪虚である狼の影響を受けているんでしょう。同じ狼とはいえ、通常の生命体とは相反する存在ですからね」
シトはそう説明しながら、その隙を狙って襲い掛かる狼の口にレイピアを叩きこんだ。全くのノーモーションからの攻撃故に、狼は何をされたのかも理解できず絶命した。
その横ではエヴァンスがツヴァイハンダーを大きく振るう。炎の中で爆ぜる火花のように狼を散らす中で、エヴァンスはどこか不機嫌だった。
「あー、ちっくしょう。歯ごたえがねぇな! 歪虚はどいつだ!」
「戦いに生きる者らしい発言じゃな。だが……」
ガイウスはその背に陣取り、力足で地を鳴らした。その足元には煙の残る場所から一矢報いんと顎を開いた狼の頭があった。
「気を散らすと、余計な怪我をするぞ?」
「へへへ、そうだな。サンキュっ」
ガイウスに礼を言った瞬間だった。アーシュラが警告を飛ぶ。突如、エヴァンスの毛が立つほどの威圧感を感じる。
ボス狼だ。
屍の山で埋もれた巣穴から、一気に飛び出て来たヴォイドウルフは手近にいたエヴァンスを狙って襲い掛かる。
「させるかっ!」
烈風が吹いた。ユリアンは手近な樹木を使って蹴上がると、ヴォイドウウルフの勢いにカウンターを合わせるように首に蹴りを叩きこんだ。しかし、体躯の大きいヴォイドウルフの勢いは完全に殺せず、エヴァンスの左腕が血に染まる。
「大丈夫か!? エヴァンス!」
ユリアンは鼻先に蹴りを入れて攻撃をくじくつもりだったが、ヴォイドウルフの速さは思っていた以上だった。
「こんなもんカスリ傷だよっ、逆に目が醒めた気分だっ」
一撃を与えたヴォイドウルフが地面に降り立つと、次の攻撃に備えてステップを踏む。その僅かな瞬間にエルは詠唱を完了し、大量の岩を嵐のように巻き上げて、ウルフの視界を遮った。
「さざれ石よ、巻き上がれっ!」
「エヴァンスさん、治療するよ」
その間にイレーヌがヒールを使い、エヴァンスの怪我を癒していく。
「スピードタイプの敵は引きつけて倒すのが基本だよ。マテリアルを移譲するねっ」
「同じく、援護する。相手をねじ伏せてくれ」
アーシュラ、ジングが続いてマテリアルをエネルギーに変換していく。その隙を狙って、ヴォイドウルフがアースバレットの嵐を抜けて攻撃を仕掛けてくる。
「援護っ!」
アーシュラとユリアナが同時に発砲した。ヴォイドウルフの前足の爪がはじけ飛ぶが勢いは殺しきれない。前衛の頭を飛び越えてヴォイドウルフがメルめがけて襲い掛かる。
「奪わせぬ! うおぉぉぉぉぉっ!!」
地面から響くような怒声と共に。鈍い衝撃音が響いた。
イグだった。彼は両腕で抱きかかえるようにヴォイドウルフの頭をつかむ。そして、そのまま捻じりこんで一気に投げ倒した。
「お見事……。奔れ、クファンジャル。牙となりて、肉を掻ききれっ」
クラリアがその隙を狙ってクファンジャルをウルフの背中に打ち込んだ。そして軽く舞い上がり狼の上で舞い上がる。打ち込まれたクファンジャルが舞に沿って回転し、傷口を大きくえぐるとヴォイドウルフは苦悶の咆哮を上げた。
「よっしゃあ!!」
エヴァンスは大剣を振り上げた。己の覇気、仲間から送られた魔力が合わさり、天に映る月影とつながる。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」
夜天に断末魔の咆哮が響いた。
●
「かんぱーい!」
星空に無数の盃が掲げられた。
無事、狼を退治し終えた一同は、炭焼き小屋を改めボラ族の新住居で酒盛りが開かれることになった。歪虚の出現により誰も近寄らなくなった小屋だったがいち早く小屋にたどり着いていたユリアンが軽く掃除をしてくれていたため、快適である。
「どうだ、都市の酒はよ」
「いい味だ。かなり直線的な味だな、我々には少々キツい」
アーシュラが提供したブランデーに上機嫌なジングがイグに尋ねると、もう既に彼は真っ赤になっていた。それを見てガイウスが笑い声をあげる。
「この程度の酒で酔うようでは、火酒は飲めぬぞ」
そんな横にペタリとクラリアが座り、改まったようにお辞儀をするとイグに尋ねた。
「精霊が、貴方は私に近い気を持っていると……私は戦いに関して未熟です。霊闘士の先達として、何か良き言の葉はありましょうか?」
そんなクラリアの顔をしばらく見つめて、イグは優しい笑みを浮かべた。
「自分に素直になること。自分の中に自然がある。自然は自然にやるべき事教えてくれる。考えるのもいい、感じるのもいい。行きつく果ては同じ」
「随分哲学的な話だな。メルツェーデスさんは初の戦いってのはどうだった?」
「ふん、あのくらいどーってことないわよ! 戦闘なんて兵士に任せりゃいーのっ」
ユリアナの問いかけにブランデーをストレートで飲みつつ、メルはそう言った。昼間の戦闘ではヴォイドウルフに襲われかけた時、膝はガクガク、肩はブルブルしていたのが、まだ尾を引いているのか。それともそもそも帝国の文官というのはこういう発想なのかはわくわからない。
「そう言うなよ? ボラ族は燻し作戦だとか頭も使ってたじゃねーか、ありゃあ俺らでも考え付かなかったぜ」
「……原始的っていうのよ」
エヴァンスにそう言われてもメルはされでもブーたれていた。もはや好き嫌いというより、プライドの問題なのかもしれない。ここまで頑固に拒まれるとハンターも苦笑いをするしかない。
「最後にメルさんのこと、体はって助けてくれたぞ? あれは真似できるものじゃない」
イレーヌの言葉にメルは押し黙った。色んな感情が渦巻いているようだが、実際のところ、本当は感謝しているのかもしれない。彼女はそれを表現するのが苦手なのだろうと、皆は直感した。
「辺境の彼らが移民するっていう決断したこと、思ってあげるのも大切なんじゃないか?」
「それは、まあ……褒めてもいいかも。うん」
ユリアンの言葉にしばらくどもった後、メルはポツリとそう呟くと、皆は笑顔になった。もう何度目かにもなる乾杯があげられる。新たな交流の花が咲いたことへの乾杯だ。
「そういえば、これからボラ族はどのように生計を立てられるのですか?」
エルの訊ねにメルは首をひねった。
「んー? 辺境でやってた生活、そのままここでやっててもらうしかないんじゃない? 少なくとも牧畜はアウト。勘弁」
「けっこう、根に持つのねー。この人達が帝国の人として立てるかどうかは、メルさんにかかってるのよ?」
アーシュラがブランデーのコップをテーブルにおいてそう言うと、メルは視線を微妙に逸らした。彼女だってそうしたい訳ではないが、どう扱えばいいのかわからない、といった様子がありありとうかがえた。
「では、この山の防衛や遭難者の救助の協力等と引き換えに、ボラ族の人たちへ便宜を図る、みたいな関係から初めていったらどうでしょうか」
「シェルパみたいなものだね、彼らはこの山とは親和性が高そうです。それを存分に活かすにも、これからここで住めるようにしなくてはいけませんね」
エルとシトの言葉に、メルははーっと大きく息をつき、そしてブランデーを手にして、やおら立ち上がった。
メルが立ち上がったことで、ボラ族を含め、全員の視線がメルに注がれ、つかの間の静寂が訪れたところで彼女は思い切って大きく叫んだ。
「野郎どもっ、明日からはこの小屋大改造してー、とりあえず住処作るのよ! 帝国に来た以上、遊牧民生活はさせないっ。あんたらの面倒はあたしが見るんだからね、勝手にどっか行ったら、張っ倒すわよ!」
「任せとけ。メルツェーデスに泥を塗るようなマネはしない、ここに誓うぞ」
イグの言葉に、ボラ族も次々と賛同の意を表す。
「よぉーーっし! それじゃ、あたしについてこーい!!! かんぱーいっ」
「「「かんぱーーーーい!!!」」」
ハンターたちは無事、新たな交流を結ぶことができた。
メルツェーデスにとっても、ボラ族にとっても、新たな一歩を踏み出すことができたのはハンター達の助力によるもの、といっても過言ではないだろう。
メルはシト・レウィス(ka2638)の用意した背負子を見るなり、強烈に憤慨した。あまりの剣幕に地元の人間から山の構造を聞き出した情報を元にした地図を配り、説明していたアーシュラ・クリオール(ka0226)も思わず声が詰まる。
「山道をその恰好ではかなりキツいぞい……」
「こんな山道くらい何よ! 行けるったら行ける!!」
ガイウス=フォン=フェルニアス(ka2612)の制止も聞かずにメルはずかずかと山道に入っていく。しかし、フリルのついたスカートといい、薄手の絹のブラウスといい、ヒールのついた靴といい。あんな服装では誰でも不安になる。
「まあ、仕方ねぇな。疲れたら自分で乗りに来るだろうさ」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は苦笑いを浮かべてそう言った。まったく、帝国での生き方の手ほどきか、と思いきや、ワガママ娘の介護になろうとは。
そんな中で、メルはただ一人悪戦苦闘している。まだ100メートルも進まない先から、息が上がり、服は枝葉に引っかかり、スカートの裾は踏んづけてしまい、そして……体勢を崩して泥の中で倒れる。
「ああああーっ! もう、なんなのよ、この秘境はぁっ!」
「メルさん、ここは普通の山だ」
あまりの七転八倒ぶりにイレーヌ(ka1372)は可哀想になって手を差し伸べたが、メルの方は半泣きになりながらもまだプライドにかけて助けをかりる予定はないらしい。
ジング(ka0342)は辺境のことを頭に思い浮かべながらボラ族に告げた。
「あれでも本人は一生懸命なんだ。歪虚を共に倒そう。その思いはみんな一緒なんだ。その……なんだ、よろしくな」
「わかった、任せておけ」
族長のイグは、メルの癇癪もちっとも気にせず、泥がつくのもお構いなしにお姫様抱っこで抱き上げた。
「不得手なことは誰でもある。助け合うのも大事なこと」
メルは顔を真っ赤にして共通語ではないナニカを叫んでいたが、イグはまったく気にせず、のっしのっしと歩き始める。それを確認したユリアナ・スポルクシー(ka1024)が仲間たちに振り返った。
「まあ、遅れはでないから、この方がいいかも知れないな。行軍は遅れるだろうからA班、B班は先行しよう。C、D班、何かあったら連絡を」
「了解。ま、のんびりおいでよ。小屋の掃除しとくからさ」
ユリアン(ka1664)が指示を受けると身軽なステップで数歩先に進む。疾影士の彼からすれば本来の動きなのであろう。それに従って他のメンバーたちも同じように軽々と歩を進めていく。後に残されたのはメンバーはボラ族とメルとでのんびりと炭焼き小屋を目指していく。
見知らぬ景色であってもテンションの高い子供たちはユリアンの真似をしてヒョイヒョイっと木の上に登り始める。その身軽さや行動力は大したものだが、あっという間に視界から消え去るのは困りものだ。ボラ族の若者たちも、食べ物を採取したり、おしゃべりしたりとてんでバラバラで列にまともに付いてきている方が少ないくらいだ。
「まとめなくていいんですか? 迷子になりますよ」
「迷ったら自分で生き延びなければならないこと、知っている」
エルバッハ・リオン(ka2434)はため息をついた。歪虚がいるという山の中で放任主義を貫くのもすごいが、子供たちが迷った挙句、人の所有地や所有物に手を出す可能性も高い。族長はともかく、どうも彼らは団体行動が苦手らしい。
「このままでは謝罪と弁償で済まない問題を起こしそうですね。何か手を考えないといけませんか。まずは歪虚が襲い掛かる可能性もありますし、まとまってください」
「歪虚、見つける。探す手間省ける。都合がいい」
「都合よくないです……小屋についてからみんなで探しますから」
エルバッハこと、エルは軽い頭痛を感じ、自分のこめかみを軽く押さえながらそう言った。
「そして、混じって絵を描かないでください」
「ただ山を登るの……退屈だから。それに、森の中でハダカの同族は、絵になるかも……」
ボラ族に交じって、スケッチブックに絵をかき始めようとしたクラリア(ka3091)は非常に残念そうに言った。
「森じゃなくて、描いてるの私だったんですか」
絵になるならいいかも知れない。と、一瞬思うと、注意する気持ちは雲散霧消してしまったのは内緒だ。
「とりあえず移動してからにしないか?」
今度はイレーヌがツッコミを入れる番だった。
●
「こちらクラリア、巣穴発見。おうばあ」
時は進んで昼下がり。小屋にようやく全員がたどり着いた後、ハンター達は狼の巣穴を発見するために捜索を開始した。それなりに大きな山だけに探索には時間がかかるかな、と一同は思っていたが、それは案外簡単に発見することができた。
「随分と簡単に見つけたものね」
装備を整えたアーシュラが第一発見者のクラリアにそう話しかけると、本人はいたく落胆した様子で答えた。
「風景画に狼の足跡を描いてたことに気付いてしまって……」
本人は、絵の続きを描きたかったらしいが、放っておくわけにもいかず、調べたところ巣穴に続く多数の足跡を確認したという次第だった。山の自然を堪能したいというクラリアの自堕落な願望は潰えてしまったのだ。
「まぁま、後で絵の続きを描けばいいじゃない。さて、それじゃ、行くわよ」
アーシュラは巣穴の前にある繁みに陣取り、ボラ族に合図を送ると、彼らは枯れ枝に松明で火を点け、拾い集めた松葉などをヒノキの葉をかぶせる。火の爆ぜる音がしばらく続き、やがて大量の煙が龍のごとく立ち上り始めると、ボラ族の子供たちが大きな葉っぱなどをウチワ代わりにして、巣穴に煙を送り込んだ。族長のイグは頃合いを見て歌い始める。
「母なる大地よ、見ておくれ。我ら戦士を。父なる太陽よ、見ておくれ、我らの勇気を。ヴォラー、ヴォラー!」
「はーぁ、野蛮ね。ファイアーダンスでもやるつもり?」
まだ山登りの疲れが取れないメルがボラ族のたき火と歌を怪訝そうな眼で見て、そう呟いたの聞いたユリアンがこそっと彼女に話しかけた。
「燻し出すことで、狼は眼と鼻をやられるんだ。歌は自分たちの気持ちを高揚させる他にもね、敵の士気をくじくって意味もあるんだよ」
はぁ。とメルは生返事をした。彼女はどうやら戦いというものが全く想像できないでいたようだが、確かに歌は彼女にとってもいい影響を与えていることをユリアンは見抜いた。『戦闘』と聞くだけで体を固くしていた彼女が、歌によって心の準備ができつつあることに。歌が戦いを祭りであるように錯覚させるのだろう。これならパニックも起こすことをなさそうだ。
「来ますよ!」
シトが黒い瞳に輝きが生まれ、叫んだ。
途端に、大地を爪でひっかく音が無数に聞こえ、喘ぐような吐息が聞こえた。そして白煙の向こうから狼が姿を現した。
「総員、構えっ!」
ユリアナが叫んだ。
白煙から2頭、3、4、5と次々と飛び出す狼を冷静に見つめ、態勢を整え飛びかかるほんの一瞬前に、ユリアナの手が下った。
「射てっ!」
アーシュラ、ジング、ユリアナによる銃弾の雨と、イレーヌによるホーリーライト、エルのウィンドスラッシュ、そしてボラ族の戦士による弓矢が一斉に狼たちを襲った。視界を奪われた狼は、あっという間に一網打尽にされる。
「第二陣、進めっ」
「ふふふ、中尉殿は昔思い出してるねー」
同じくサルヴァトーレ・ロッソの軍人であったアーシュラは素早くリロードしながら微笑んだ。なんだか訓練を思い出す。その間に、ジング、エヴァンス、ユリアン、ガイウス、シトが近接武器を構えて巣穴との距離を詰める。白煙が彼らの攻撃の邪魔にならないようボラ族は、たき火の火や煙を調整する。
狼は必至の抵抗で飛びかかってくるが、鋭敏であった視覚も嗅覚も奪われたとあっては攻撃というより単に無我夢中で突っ込んでくる、といった様子だった。ジングはそれを正確に見て取って狼の喉元にナイフを突き立てる。滴る程度にしか血を流さない狼にジングは少し警戒をした。
「致命傷を与えたのか、そうでないのかよく判らないな」
間近で見ると、普通の狼にしては毛が乱れており、体も随分痩せていた。
「歪虚である狼の影響を受けているんでしょう。同じ狼とはいえ、通常の生命体とは相反する存在ですからね」
シトはそう説明しながら、その隙を狙って襲い掛かる狼の口にレイピアを叩きこんだ。全くのノーモーションからの攻撃故に、狼は何をされたのかも理解できず絶命した。
その横ではエヴァンスがツヴァイハンダーを大きく振るう。炎の中で爆ぜる火花のように狼を散らす中で、エヴァンスはどこか不機嫌だった。
「あー、ちっくしょう。歯ごたえがねぇな! 歪虚はどいつだ!」
「戦いに生きる者らしい発言じゃな。だが……」
ガイウスはその背に陣取り、力足で地を鳴らした。その足元には煙の残る場所から一矢報いんと顎を開いた狼の頭があった。
「気を散らすと、余計な怪我をするぞ?」
「へへへ、そうだな。サンキュっ」
ガイウスに礼を言った瞬間だった。アーシュラが警告を飛ぶ。突如、エヴァンスの毛が立つほどの威圧感を感じる。
ボス狼だ。
屍の山で埋もれた巣穴から、一気に飛び出て来たヴォイドウルフは手近にいたエヴァンスを狙って襲い掛かる。
「させるかっ!」
烈風が吹いた。ユリアンは手近な樹木を使って蹴上がると、ヴォイドウウルフの勢いにカウンターを合わせるように首に蹴りを叩きこんだ。しかし、体躯の大きいヴォイドウルフの勢いは完全に殺せず、エヴァンスの左腕が血に染まる。
「大丈夫か!? エヴァンス!」
ユリアンは鼻先に蹴りを入れて攻撃をくじくつもりだったが、ヴォイドウルフの速さは思っていた以上だった。
「こんなもんカスリ傷だよっ、逆に目が醒めた気分だっ」
一撃を与えたヴォイドウルフが地面に降り立つと、次の攻撃に備えてステップを踏む。その僅かな瞬間にエルは詠唱を完了し、大量の岩を嵐のように巻き上げて、ウルフの視界を遮った。
「さざれ石よ、巻き上がれっ!」
「エヴァンスさん、治療するよ」
その間にイレーヌがヒールを使い、エヴァンスの怪我を癒していく。
「スピードタイプの敵は引きつけて倒すのが基本だよ。マテリアルを移譲するねっ」
「同じく、援護する。相手をねじ伏せてくれ」
アーシュラ、ジングが続いてマテリアルをエネルギーに変換していく。その隙を狙って、ヴォイドウルフがアースバレットの嵐を抜けて攻撃を仕掛けてくる。
「援護っ!」
アーシュラとユリアナが同時に発砲した。ヴォイドウルフの前足の爪がはじけ飛ぶが勢いは殺しきれない。前衛の頭を飛び越えてヴォイドウルフがメルめがけて襲い掛かる。
「奪わせぬ! うおぉぉぉぉぉっ!!」
地面から響くような怒声と共に。鈍い衝撃音が響いた。
イグだった。彼は両腕で抱きかかえるようにヴォイドウルフの頭をつかむ。そして、そのまま捻じりこんで一気に投げ倒した。
「お見事……。奔れ、クファンジャル。牙となりて、肉を掻ききれっ」
クラリアがその隙を狙ってクファンジャルをウルフの背中に打ち込んだ。そして軽く舞い上がり狼の上で舞い上がる。打ち込まれたクファンジャルが舞に沿って回転し、傷口を大きくえぐるとヴォイドウルフは苦悶の咆哮を上げた。
「よっしゃあ!!」
エヴァンスは大剣を振り上げた。己の覇気、仲間から送られた魔力が合わさり、天に映る月影とつながる。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」
夜天に断末魔の咆哮が響いた。
●
「かんぱーい!」
星空に無数の盃が掲げられた。
無事、狼を退治し終えた一同は、炭焼き小屋を改めボラ族の新住居で酒盛りが開かれることになった。歪虚の出現により誰も近寄らなくなった小屋だったがいち早く小屋にたどり着いていたユリアンが軽く掃除をしてくれていたため、快適である。
「どうだ、都市の酒はよ」
「いい味だ。かなり直線的な味だな、我々には少々キツい」
アーシュラが提供したブランデーに上機嫌なジングがイグに尋ねると、もう既に彼は真っ赤になっていた。それを見てガイウスが笑い声をあげる。
「この程度の酒で酔うようでは、火酒は飲めぬぞ」
そんな横にペタリとクラリアが座り、改まったようにお辞儀をするとイグに尋ねた。
「精霊が、貴方は私に近い気を持っていると……私は戦いに関して未熟です。霊闘士の先達として、何か良き言の葉はありましょうか?」
そんなクラリアの顔をしばらく見つめて、イグは優しい笑みを浮かべた。
「自分に素直になること。自分の中に自然がある。自然は自然にやるべき事教えてくれる。考えるのもいい、感じるのもいい。行きつく果ては同じ」
「随分哲学的な話だな。メルツェーデスさんは初の戦いってのはどうだった?」
「ふん、あのくらいどーってことないわよ! 戦闘なんて兵士に任せりゃいーのっ」
ユリアナの問いかけにブランデーをストレートで飲みつつ、メルはそう言った。昼間の戦闘ではヴォイドウルフに襲われかけた時、膝はガクガク、肩はブルブルしていたのが、まだ尾を引いているのか。それともそもそも帝国の文官というのはこういう発想なのかはわくわからない。
「そう言うなよ? ボラ族は燻し作戦だとか頭も使ってたじゃねーか、ありゃあ俺らでも考え付かなかったぜ」
「……原始的っていうのよ」
エヴァンスにそう言われてもメルはされでもブーたれていた。もはや好き嫌いというより、プライドの問題なのかもしれない。ここまで頑固に拒まれるとハンターも苦笑いをするしかない。
「最後にメルさんのこと、体はって助けてくれたぞ? あれは真似できるものじゃない」
イレーヌの言葉にメルは押し黙った。色んな感情が渦巻いているようだが、実際のところ、本当は感謝しているのかもしれない。彼女はそれを表現するのが苦手なのだろうと、皆は直感した。
「辺境の彼らが移民するっていう決断したこと、思ってあげるのも大切なんじゃないか?」
「それは、まあ……褒めてもいいかも。うん」
ユリアンの言葉にしばらくどもった後、メルはポツリとそう呟くと、皆は笑顔になった。もう何度目かにもなる乾杯があげられる。新たな交流の花が咲いたことへの乾杯だ。
「そういえば、これからボラ族はどのように生計を立てられるのですか?」
エルの訊ねにメルは首をひねった。
「んー? 辺境でやってた生活、そのままここでやっててもらうしかないんじゃない? 少なくとも牧畜はアウト。勘弁」
「けっこう、根に持つのねー。この人達が帝国の人として立てるかどうかは、メルさんにかかってるのよ?」
アーシュラがブランデーのコップをテーブルにおいてそう言うと、メルは視線を微妙に逸らした。彼女だってそうしたい訳ではないが、どう扱えばいいのかわからない、といった様子がありありとうかがえた。
「では、この山の防衛や遭難者の救助の協力等と引き換えに、ボラ族の人たちへ便宜を図る、みたいな関係から初めていったらどうでしょうか」
「シェルパみたいなものだね、彼らはこの山とは親和性が高そうです。それを存分に活かすにも、これからここで住めるようにしなくてはいけませんね」
エルとシトの言葉に、メルははーっと大きく息をつき、そしてブランデーを手にして、やおら立ち上がった。
メルが立ち上がったことで、ボラ族を含め、全員の視線がメルに注がれ、つかの間の静寂が訪れたところで彼女は思い切って大きく叫んだ。
「野郎どもっ、明日からはこの小屋大改造してー、とりあえず住処作るのよ! 帝国に来た以上、遊牧民生活はさせないっ。あんたらの面倒はあたしが見るんだからね、勝手にどっか行ったら、張っ倒すわよ!」
「任せとけ。メルツェーデスに泥を塗るようなマネはしない、ここに誓うぞ」
イグの言葉に、ボラ族も次々と賛同の意を表す。
「よぉーーっし! それじゃ、あたしについてこーい!!! かんぱーいっ」
「「「かんぱーーーーい!!!」」」
ハンターたちは無事、新たな交流を結ぶことができた。
メルツェーデスにとっても、ボラ族にとっても、新たな一歩を踏み出すことができたのはハンター達の助力によるもの、といっても過言ではないだろう。
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相談卓 ジング(ka0342) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/09/03 00:31:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/31 19:23:16 |