ゲスト
(ka0000)
想いとは、無限か夢幻か、反照してみよ。
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/17 22:00
- 完成日
- 2016/05/24 09:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
歪虚スィアリは、猫のような瞳のハンターのマテリアルを吸いつくすところだった。
その瞬間、白い女が間に割って入ったかと思うと、ハンターを包み込んで餌食の身代わりとなった。
「存在をかけて助けたいカ? 愚かナ」
侮蔑に満ちた一言に、割って入った女はちりぢりになる綿のように掻き消えながら微笑んで返した。
「命は有限ですが、想いは無限です。スィアリ様……貴女様も全ては大いなる何かの中で存在し続けると知っているから、こうされ て いる ので し ょ う?」
世の中の生命など、いずれも生きることだけに拘泥し、この欲界の些事に振り回されているだけに過ぎない。
だから女が笑って消えた瞬間はスィアリにとっては多少なりとも驚きをもたらしたのは間違いない。
歪虚は時が止まった存在。肉体も、思考も、魂も。
だが、彼女を食らった瞬間。止まった砂時計がちらりと流れ出した。
あの言葉は真理か。それとも巧みな世迷言か。
●
スィアリは帝国をさまよい、見つけたのは滅びた森だった。
風も死に、大地も塵ばかりとなって、莫寂とした世界だけが広がるも、微かに黒ずんだ木の欠片や、大地から顔を出したまま立ち枯れている植物に目を下ろせば、森の跡であることはすぐわかった。
何もない世界。いずれは僅かに残る木も草も形としてあるものは消えてなくなり、あるべきところに集約される。
スィアリにとって涅槃に近い世界観であった。
僅かに鼻先を通る新鮮な空気を除けば。
瑞々しい空気の出所を掴むのはそう難しいことではなかった。
朽ちた世界の中に、広がる緑の絨毯と、若木達の壁。周囲には清涼な風が吹き乱れて、水の溢れる音が響いていた。
「歪虚よ。立ち去りなさい」
幼い森に足を踏み入れたスィアリの目の前に、長杖を構えるエルフが立ちはだかった。
土で汚れたローブと、緑の髪は、まさしくこの小さな世界の創造者であるのだろう。
「ここは大いなる流れへと戻った地。逆らってまで、何を成す」
「森の命がすべて消えたわけではありません。豊かな命は尽きはせず。ここに眠る魂のために、ここに宿る想いの為にも、私はこの森を守り育てる。この森から生まれ育ち、旅立った子もいるのです。帰る場所を失わせるわけにはいきません」
毅然とした言葉であった。そして目に宿る力、言葉にこもる力、溢れる精霊の力からしてそのエルフの女は相当な力の持ち主なのであろう。
「想いの為? 蒙昧。ここに死んだ生命が残すマテリアルはない。想い出にすがるお前の傲慢に、植物たちは振り回されているだけだ」
「なんですって……」
話ができるという歪虚に出会ってエルフは狼狽しているようだったが、それよりもその言葉に心乱されているのはわかった。
「命は群れて、食い合い奪い合って、肥大し続ける暴食の象徴。こんな場所では庇護無しには生きられぬ。本来ならば生き争う場所もあろうに、ここではそれもままならず、其方の意志に振り回されている。其方の夢が散れば、定めを共にするこの命を『儚き』と言わずしてなんとしよう」
「互いに富み、分け与えるが命の本質です。歪虚よ。自然と共に歩む辺境の巫女の姿をしつつも、もうそれすら忘れましたか」
愚かだ。
詠唱を始めるエルフの姿を見て、スィアリは侮蔑の瞳を向けた。
「我欲によって定めを捻じ曲げ、怒りによって冷静な判断を失う。これほどの世界を作りながらも無痴の病は深刻なようだ。煩我の毒に冒された病人よ」
スィアリはそう言うと、槍を大地に突き立てた。
「吹け、静謐の風よ。何物にも左右されぬ我を思い出させよ」
詠唱が結実した瞬間。
エルフを守っていた清涼の風がぴたりと吹き止んだ。あらゆる力も詠唱には応えなくなり、自然法則のまま鎮まりかえっていた。
「お前は力を振り回して、独善を勧めていただけだ。それを『無痴』と言う。ここに至るまでも思い通りにならずに苦しんだことも多かろう」
それでも諦めぬ静かな怒りを燃やすエルフが杖を構えて戦う姿勢を見せる。
そしてそれに応えたのは、植物ではなく、ドワーフだった。
「勝手なこと言わないでもらおうか。そこのエルフ、アガスティアは自分の原因ではない災害に一人で頑張ってたんだ。……歪虚が来なきゃ森が消えることもなかったんだからよ! 汲めども尽きぬ想いがあったからこそ、今につながってんだ!!」
ドワーフの機導砲の一撃が、槍を持つスィアリの手を撃ちぬき、続いてドワーフに呼びかけられたであろうハンターが展開した。
その顔ぶれを一瞥すると、スィアリは独り言のように呟いた。
「よろしい。その森への想いが、無限なのか、夢幻なのか。確かめさせてもらおう」
歪虚スィアリは、猫のような瞳のハンターのマテリアルを吸いつくすところだった。
その瞬間、白い女が間に割って入ったかと思うと、ハンターを包み込んで餌食の身代わりとなった。
「存在をかけて助けたいカ? 愚かナ」
侮蔑に満ちた一言に、割って入った女はちりぢりになる綿のように掻き消えながら微笑んで返した。
「命は有限ですが、想いは無限です。スィアリ様……貴女様も全ては大いなる何かの中で存在し続けると知っているから、こうされ て いる ので し ょ う?」
世の中の生命など、いずれも生きることだけに拘泥し、この欲界の些事に振り回されているだけに過ぎない。
だから女が笑って消えた瞬間はスィアリにとっては多少なりとも驚きをもたらしたのは間違いない。
歪虚は時が止まった存在。肉体も、思考も、魂も。
だが、彼女を食らった瞬間。止まった砂時計がちらりと流れ出した。
あの言葉は真理か。それとも巧みな世迷言か。
●
スィアリは帝国をさまよい、見つけたのは滅びた森だった。
風も死に、大地も塵ばかりとなって、莫寂とした世界だけが広がるも、微かに黒ずんだ木の欠片や、大地から顔を出したまま立ち枯れている植物に目を下ろせば、森の跡であることはすぐわかった。
何もない世界。いずれは僅かに残る木も草も形としてあるものは消えてなくなり、あるべきところに集約される。
スィアリにとって涅槃に近い世界観であった。
僅かに鼻先を通る新鮮な空気を除けば。
瑞々しい空気の出所を掴むのはそう難しいことではなかった。
朽ちた世界の中に、広がる緑の絨毯と、若木達の壁。周囲には清涼な風が吹き乱れて、水の溢れる音が響いていた。
「歪虚よ。立ち去りなさい」
幼い森に足を踏み入れたスィアリの目の前に、長杖を構えるエルフが立ちはだかった。
土で汚れたローブと、緑の髪は、まさしくこの小さな世界の創造者であるのだろう。
「ここは大いなる流れへと戻った地。逆らってまで、何を成す」
「森の命がすべて消えたわけではありません。豊かな命は尽きはせず。ここに眠る魂のために、ここに宿る想いの為にも、私はこの森を守り育てる。この森から生まれ育ち、旅立った子もいるのです。帰る場所を失わせるわけにはいきません」
毅然とした言葉であった。そして目に宿る力、言葉にこもる力、溢れる精霊の力からしてそのエルフの女は相当な力の持ち主なのであろう。
「想いの為? 蒙昧。ここに死んだ生命が残すマテリアルはない。想い出にすがるお前の傲慢に、植物たちは振り回されているだけだ」
「なんですって……」
話ができるという歪虚に出会ってエルフは狼狽しているようだったが、それよりもその言葉に心乱されているのはわかった。
「命は群れて、食い合い奪い合って、肥大し続ける暴食の象徴。こんな場所では庇護無しには生きられぬ。本来ならば生き争う場所もあろうに、ここではそれもままならず、其方の意志に振り回されている。其方の夢が散れば、定めを共にするこの命を『儚き』と言わずしてなんとしよう」
「互いに富み、分け与えるが命の本質です。歪虚よ。自然と共に歩む辺境の巫女の姿をしつつも、もうそれすら忘れましたか」
愚かだ。
詠唱を始めるエルフの姿を見て、スィアリは侮蔑の瞳を向けた。
「我欲によって定めを捻じ曲げ、怒りによって冷静な判断を失う。これほどの世界を作りながらも無痴の病は深刻なようだ。煩我の毒に冒された病人よ」
スィアリはそう言うと、槍を大地に突き立てた。
「吹け、静謐の風よ。何物にも左右されぬ我を思い出させよ」
詠唱が結実した瞬間。
エルフを守っていた清涼の風がぴたりと吹き止んだ。あらゆる力も詠唱には応えなくなり、自然法則のまま鎮まりかえっていた。
「お前は力を振り回して、独善を勧めていただけだ。それを『無痴』と言う。ここに至るまでも思い通りにならずに苦しんだことも多かろう」
それでも諦めぬ静かな怒りを燃やすエルフが杖を構えて戦う姿勢を見せる。
そしてそれに応えたのは、植物ではなく、ドワーフだった。
「勝手なこと言わないでもらおうか。そこのエルフ、アガスティアは自分の原因ではない災害に一人で頑張ってたんだ。……歪虚が来なきゃ森が消えることもなかったんだからよ! 汲めども尽きぬ想いがあったからこそ、今につながってんだ!!」
ドワーフの機導砲の一撃が、槍を持つスィアリの手を撃ちぬき、続いてドワーフに呼びかけられたであろうハンターが展開した。
その顔ぶれを一瞥すると、スィアリは独り言のように呟いた。
「よろしい。その森への想いが、無限なのか、夢幻なのか。確かめさせてもらおう」
リプレイ本文
「そうか。その森への想いが、無限なのか、夢幻なのか。確かめさせてもらおう」
その言葉に投げ返されたのは、言葉ではなく、無限 馨(ka0544)のスローイングカードであった。
「俺が無限っす! けして夢幻じゃないっすよ!! ちなみにそれ直筆サイン入りっす。プレミアつくかもしれないっすよ」
「……」
冷徹な瞳がスィアリからではなく背後からも突き刺さり、ばっちりポーズを決めた無限のスマイルは徐々に焦りを浮かべた。
「塵芥に帰した後、夢幻にならなければいいな」
「ちょっと言いたかっただけなのに……」
槍を突き付けられた無限はすっかりしょぼくれて後ろに下がり、アガスティアの前まで引き下がった。視線を遮るように。エステル・クレティエ(ka3783)の囁きを隠すように。
「できるだけ対話をお願いします。次につなげるためには……戦ってはならない相手。そして万が一の時には……若木と種と共に、逃げて」
そんなことには絶対させない。エステルはアガスティアの頬に手をかけて、自らの瞳に全ての想いをのせて、彼女に送った。
「わかりました。力で勝てないのは明白なようです」
敵対姿勢を崩し、長杖を下ろしたアガスティアを確認して、鬼百合(ka3667)は杖で帽子をくいと上げて、スィアリを見据えて話し始めた。
「この通りでさ。歪虚だから倒すってオレはしたくねぇんでさ。話しだけでもゆっくり聞いてくだせぇ」
その言葉は響き渡り、しばしの静寂の後に、ハンター達がまず武器を下ろした。そしてスィアリも地面に槍を突き刺し、弓を置いた。
「傾聴しよう」
ふぅん? ちょっと雰囲気が変わったのかな。
南條 真水(ka2377)はその様子を見て、眼鏡の奥で瞳孔を細めた。
前に出会ったスィアリは文字通り、問答無用であった。そして真正面から対峙する、少し大きくなった鬼百合の背とスィアリを交互に見て、ふむ。と頷いた。
「それにしても北でお会いした時から、随分とお変わりになられた。生前であればお近づきになりたかったところだよ。それは成長か、変化ですかね」
エアルドフリス(ka1856)は窺うようにそう言い、カドゥケウスを下ろして手持ち無沙汰になったその手でパイプに刻み煙草を入れてくゆらせた。
「泡沫の身であれば、変化は起きる。それもまた自然の理」
「自然の理、円環というかね。そりゃまた……」
いかん、またパイプに歯形が増えるな。
歪虚に円環の講釈を垂れられるのは気分のいいものではない。エアルドフリスは渋面を煙草を吸うその仕草に紛れさせてやり過ごした。
「自然、か。歪虚による侵食を自然とは言えないのではないか。死して何も残さぬ自然の摂理の外にある存在 。森へ手を出すなと言うのならば手出しはさせない」
しばし紫煙に意識を飛ばすエアルドフリスの間を引き継ぐように、リュカ(ka3828)が口を開いた。頭の中では何度も何度も先のエルフハイム近郊の事件が頭をよぎる。
炎が、邪が。目の前をかすめていく。
繁栄を過ぎ去って黄昏時を迎える寂れた故郷の姿がさらに重なる。
それでもリュカは目をぐっと閉じて、胸から溢れそうになる怒りを押し殺して、極めて柔和な笑顔を湛えた。
「これ以上森に手を出すなというならそれも良い。森を信じよう。ここは見守るに値する森だ。一度滅び、そして新たな生を得た森なのだから」
「優しいな。樹の」
スィアリは一言呟くと、足元に手を触れると、土を一掴みして、それを握った手の中からポロポロと元の場所へと返す。
「土には目に見えぬ病の元がある。また同時にそれを克服する元もある。生と死が入り混じるのが世界だ。だが、人の意志はそれを分別に導いている。自然本来の力、星の生命力を徒に削り、操作しているのだ。浅ましき知恵だ。本来の生を作るには、本来の死を迎えねばならぬ」
「要するに区別なく全部更地にしようってか? 何者でもないという割にゃ随分大それたこと考えるじゃねえか。わかんねぇのか、この森の為にこんなけの人間が集まってんだ。お前が牙を剥いて森を滅ぼそうが、必ずこの森は誰かが蘇らせる。100回でも壊せばいいさ。必ず101回蘇らせて見せる。この森にはそれだけの想いがつまってんだ。それが無限の想いだ」
リュー・グランフェスト(ka2419)は剣を差し向けてそう宣言した。
「そうだよ。後世に引き継がれるの。スィアリ様。ボラ族もそうだよ。目指したところに今歩もうとしているんだ。未来に向かって、風のように流れて。あたしも受け入れてくれて。それでも想いは変わらず。想いを形にして歩んでいるの」
アーシュラ・クリオール(ka0226)がスィアリに向かって一歩、一歩と近づいた。
胸に宿る奔放な風の精神を感じてもらう為に。
ヘドロの様な膿んだ風の臭いを宿すスィアリの身に清涼な風を当てて、きっと輝いているだろう核が姿を現すことを願って近づく。
「ボラ族……。そうか、雷の。お前の北風の仲間か。たばかるだけの矮小な群れ」
「たばか、るって? 違う、スィアリ様はもう歪虚に堕ちてしまったと思って、それで……」
「元より、あやつらは欲のために命を捨てる生ける亡者達よ」
血が凍るような寒気に襲われた。
今のスィアリがボラ族に対して抱いているのは、親愛ではないことが、突き刺すような冷気で実感する。
「アーシュラさん! 彼女を大地に還したのはボラ族で。そこに遺したものは……憎悪しかないのよ。貴女のその感情は、自らが認めるべきものですか?」
エステルが咄嗟に言葉を挟む。
もうスィアリとアーシュラは互いに手が届く位置。そこに届かせるのは言葉しかない。
「人間が欲のためだけに生きているわけではありません。何かしらの想いを皆持っているんです。ボラ族があなたを害したのも、欲だけではないはず」
セレスティア(ka2691)が叫んだ。ボラ族のことはよくわからない。だが、躊躇しているわけにはいかないのだ。
これは戦い。迷いは自分だけでなく大切な人も、そして拠り所とする心まで失いかねない。
「人の生は一瞬です。やり直しがきかない。だからみんな一生懸命生きている。後代へつなぐんです。無限というなら連綿とつながる想いがそれのはずです。見てください。ここにいる皆を。こうして、アガスティアさんの一つの想いに皆が集まっている。この輪こそ、無限の想いの証明たりえるはずです」
言い切ったその言葉は、小さな森の中で凛として響いた。
誰もがそれ以上の口を開かず、静寂の時がしばし流れる。
「そうか」
スィアリは短くそういうと、槍を引き抜いた。
そして。ゆっくりと金髪に隠れた瞳を向けてぼそりと呟いた。
「大地に還流せよ。その胸に宿すものこそ無限であるのなら……終われば、判明しようぞ」
穏やかな。憎しみでもない、悲しみでもない。
だが、どこか狂った決断に、ハンターも武器を構えざるを得なかった。
「ダメだよ、スィアリ様……」
歩み始めたスィアリを留めるために、アーシュラが彼女の身体を押し留めてそのままジェットブーツの為にマテリアルを集約する。
「滅びを肯定することは自然じゃない!」
「すべての命は雑草に等しき。大地に還るためにある。絶えない眠りの為に時折湧き出る泡の如し。風もいずれは止む」
スィアリを掴んだ腕に力を入れようとした瞬間、それは風のようにするりと抜け、気が付けばアーシュラは空を見上げていた。腕だけがスィアリに捕まれており、そこはみるみる間に土気色に変わっていく。
「ぅぐ……!」
「合気って奴っすか。VOIDなんてマテリアルを食べるだけの存在だって思ってたっすけど……随分芸達者っスね? そこまでして、何を求めるんすか?」
すかさず無限が飛び込んでアーシュラを抱えると、一気に距離を開けて問いかけた。
「薬種のが言ったな。ある種の鏡。其方達の心毒に他ならぬ。自分たちの闇をそのまま覗いて、否定だけするのは自己を認めぬに等しい」
「オレ達の闇……?」
戸惑いを覚えた次の瞬間、無限の懐にスィアリの掌がうずんでいた。
いつ間合いに入らせたかすら定かではない。
「サヤ、何してる逃げろ!」
エアルドフリスの言葉に、スィアリが速いのではなく自分が意識できていないことに気付いた。真正面に捉えてすら心の隙、眼球の動きの陰から迫られる。
無限はそのまま吹き飛び、柔らかい草原に背中を埋めた。
「やめてですのっ! スィアリ様が何を言っているのかさっぱりですけれども、この森は傷つけるなんてめっですの!! ここは大切な故郷、帰る場所ですの」
チョココ(ka2449)が悲鳴を上げた。
生きているものを容赦なく壊す。それを当然とするなど暴力の極みでしかない。
「森より最初はここに何もない。命も後から生まれた存在だ」
「うるさい! 暴食の巫女!!」
叫んだのはエステルだった。潜めていた怒りを爆発させて豊かな髪の毛がその感情に合わせて、やおら逆立つ。
「結局、全部壊したいだけじゃない。自分がそうされたように! 一人ぼっちで死んだ寂しさを埋めて、自分を正当化したいってだけじゃない。自分の頭が腐ったばかりに肝心なものが何か抜け落ちてさ、それでも正当化しようとするばっかりに、そんな御託並べなきゃなんないのよ!」
そう叫ぶとエステルは押し返すようにスィアリの前に土壁を突き立てた。押し返すように、阻むように。
「させるものですか、どうしてそっとしておいてくれないの! 出て行って、出て行って、でていって!!!!」
だが、それもすぐに壊される。そんなこと百も承知だ。それでもやらずにいるなんてエステルにはできない。
みんなで守った。復活させた森を壊されてなんか溜まるものか!
エステルは踏み込んではアースウォールを立て続けには放ち、スィアリを外へと追いやろうとする。
「悪魔の証明以外のなにものでもありませんね……どうすれば」
セレスティアも得物を構えてはいたが、それ以上は何もできなかった。スィアリはまだ森を壊す気ではないようだが、下手に手を出せば容易にその一線を踏み越えられてしまう。見えない物を表せなどと、できようはずもなかった。
「……ねえ、アガスティアさん。多分さ、この結論はキミが出さなきゃいけない。この森を育てたのはキミだからこそ、その口から出る言葉が重要なんだよ」
激しい衝突を眺めるように腰で手をくむ南條が眼鏡の隙間からアガスティアに視線を送った。
その視線が返ってきたのを感じると、南條はそのまま顔を動かし、不透明な眼鏡を挟んだ。
「アガスティアさん、さ、キミの手を離れたからといって死ぬと思うかい?」
「いいえ、この森はもう根付いている。心も頼られる命も持っています」
「だよね。自分の手から離れることは寂しいと思う?」
「いずれは還る命です。寂しさはありますが……一時の迷いでしょう。この身が消えたとしても、この森には想いが伝わっていますから」
その言葉にゆっくり頷いて、南條は最後の質問に移った。
「……この森の為に死ねる?」
結論は、出た。
「チョココちゃん」
「アガスティアお姉さま……?」
アガスティアに呼ばれたチョココは心配で涙目になっていた。そんなチョココの明るい髪を撫でて、自らに挿していたスズランをチョココに挿していたものに加える。
「あなたは光森の民。森の心は皆に託しました。あなたにはその血を託します。不孝なことをしてはなりませんよ?」
「お姉さま、いや、お姉さま!!」
必死につかんで止めようとするその手に、集めた種が押し付けられ、エステルの作った土壁の横をするりと通り抜けていく。
「スィアリ。私の身がこの森から遠く離れたとしても、この森は大地の法に則り生き続ける。そして想いも生き続ける。そのことを証明しましょう」
そしてスィアリと真正面に立つやいなや身体から緑が噴き出した。覚醒だ。
「よかろう。その胸を暴き、想いがいつまで溢れてくるのか確かめよう」
幹と化したアガスティアの胸にスィアリの腕が貫いた。樹皮と化した胸板がはじけ飛び、鮮血が吹きこぼれる。
「いやぁ! アガスティアさん!!」
エステルは杖を捨てて叫ぶと、抱きしめた。
「生きて。生きて。死ぬなんか言わないで!」
アガスティアと共にマテリアルが急激に吸いつくされる冷たい痛みの中でエステルは必死に祈った次の瞬間。
森がの中で、銀の星々の光が弾けた。風が吹き荒れ、星々の輝きに渦を作って、二人を包む。
草花が、若きシラカシが全力で震えて白銀の風にマテリアルを託して、アガスティアとエステルを守っていた。
「これだけの絆だよ。物理的な距離で何かが変わると思うかい? 彼女が尽き果てたところで、森は彼女を包み込む。逆もまたってやつさ。離れて生きようが彼女が死のうが、この森とアガスティアは変わらないんじゃないかな。大地を隔て生命の境界を越えても変わらないなら、何が変えられる? それが無限じゃないのか」
「スィアリ。この森は可能性だ。歪んだ繁栄を正し、大地の再興を目指すのが目的というなら、この森はもうその結果を体現しているのだよ」
南條とリュカの一言に、スィアリはなるほど。と小さく答えた。
「望まれないまま生かされているこの森と、あんた自身を重ねているんじゃねぇですかい? だとしたら、これ以上はあんた自身が自分を傷つける行為になりまさ。そんなことしなくとも、あふれ出るマテリアルはあんたに与えられてんですからねい」
人間だって他の命を奪って生きている。生き物同士が争って生きている。スィアリのそれも生命に相容れないだけで、理解の及ばぬ世界であるとは鬼百合には思えなかった。
だが、線引きは必要だ。鬼百合は改めてエステルのワンドを拾い上げて、それを突き付けた。
これ以上は譲れない。
スィアリはゆっくり腕を引き抜くと、腕についた血を舐め取り踵を返した。
「想いが根源より出るたゆといと認めよう」
「揺らぎ、ね。認めていただけるのは僥倖だがね。万物は流転する。言い換えれば生も死も等価だ。だが、貴女のそれは死だけが偏重されている。その中での揺らぎなど大した悟りとも思えませんな。どうぞ、さっさと還流くださることを願いますよ」
胸が痛み続けるのを忘れることもあるまい。エアルドフリスはカドゥケウスを手の中で回し続けながら、見送りにそう声をかけるとスィアリはちらりとだけ振り返った。
「万物流転が不変の定理であるなら、大地の絶望も、この身も、其方の胸に留まる泥濘も、また理中だ。伝承を享けし雨のカンナギならばさらに照見せよ」
もう少し距離が近ければ、その胸倉を掴んで森に引き戻していたかもしれない。この距離もまた正しい位置だったのだろう。
●
「大丈夫ですか!!」
スィアリが去った後セレスティアはすぐにヒールをかけるべく、アガスティアを助け起こした。
弱弱しいが血の巡る音は感じる。ほとんど精魂を抜かれたのだろう。それでも生きている。
「癒しますね」
セレスティアは目を閉じて、掌を枯枝の様なアガスティアの胸に当ててマテリアルの光を灯すと、アガスティアはうっすらと目を開けた。
「ありがとう。セレスティアさん。あなたの光を示してくださったからこそ、私は生き延びられ。これからも途切れぬ永遠の光として……輝き続けてください」
抱きしめたまま泣きじゃくるエステルの頭を撫でて、アガスティアは微笑んだ。
「悪い事しちゃったね」
そんな彼女を南條が覗き込んだ。まさか自ら命を捨てる行為に出るとは少々予想と違う所もあったが。少々ばつの悪い顔をして南條は仲間の顔を見た。怒るだろうか。
「何も問題ないさ……みんな生きてたんだからな」
「はい。力なくとも、この森と共になら何度でも。リューさん。あなたの言葉は希望の炎。私を奮い立たせてくれた。ありがとう」
アガスティアは微笑んで、またそっと目を閉じた。
「にしても、あのVOIDに意志があるとは……驚きっす」
「ブリュンヒルデもそうでさ。本来は人間と同じじゃねぇんですかねぃ。この胸の下に流れる想いが……あいつらなんでさ」
「生命還流がスィアリの信条だからブリュンヒルデの考えは許せなかったわけっすか。ってあいつそのものが想いを遺してるんなら、そもそも想いは無限ってこと体現してるっすよね……」
鬼百合の言葉に無限は肩を落とした。最初で滑ってその後のセリフチャンスを奪われたのが原因かもしれない。
だが、VOIDの奥底に無限は触れた気はした。
「ボラ族も憎んでいるみたいだったね……計られたって。まるで彼女一人が歪虚と戦うように仕向けられたみたいに言ってた」
「きっと失われた記憶のどこかに、解決の糸口があるのかも……」
アーシュラとエステルがぼんやりと見つめる視線の先ではチョココは森にジョウロで水を上げていた。
「さぁ、森もお食事の時間ですの~」
そしてリュカも一緒に。
「こんな小さな積み重ねが、きっと変えていくんだろう」
チョココとリュカは笑顔に応えるように、シラカシは水しぶきを受けて虹色に輝いた。
その言葉に投げ返されたのは、言葉ではなく、無限 馨(ka0544)のスローイングカードであった。
「俺が無限っす! けして夢幻じゃないっすよ!! ちなみにそれ直筆サイン入りっす。プレミアつくかもしれないっすよ」
「……」
冷徹な瞳がスィアリからではなく背後からも突き刺さり、ばっちりポーズを決めた無限のスマイルは徐々に焦りを浮かべた。
「塵芥に帰した後、夢幻にならなければいいな」
「ちょっと言いたかっただけなのに……」
槍を突き付けられた無限はすっかりしょぼくれて後ろに下がり、アガスティアの前まで引き下がった。視線を遮るように。エステル・クレティエ(ka3783)の囁きを隠すように。
「できるだけ対話をお願いします。次につなげるためには……戦ってはならない相手。そして万が一の時には……若木と種と共に、逃げて」
そんなことには絶対させない。エステルはアガスティアの頬に手をかけて、自らの瞳に全ての想いをのせて、彼女に送った。
「わかりました。力で勝てないのは明白なようです」
敵対姿勢を崩し、長杖を下ろしたアガスティアを確認して、鬼百合(ka3667)は杖で帽子をくいと上げて、スィアリを見据えて話し始めた。
「この通りでさ。歪虚だから倒すってオレはしたくねぇんでさ。話しだけでもゆっくり聞いてくだせぇ」
その言葉は響き渡り、しばしの静寂の後に、ハンター達がまず武器を下ろした。そしてスィアリも地面に槍を突き刺し、弓を置いた。
「傾聴しよう」
ふぅん? ちょっと雰囲気が変わったのかな。
南條 真水(ka2377)はその様子を見て、眼鏡の奥で瞳孔を細めた。
前に出会ったスィアリは文字通り、問答無用であった。そして真正面から対峙する、少し大きくなった鬼百合の背とスィアリを交互に見て、ふむ。と頷いた。
「それにしても北でお会いした時から、随分とお変わりになられた。生前であればお近づきになりたかったところだよ。それは成長か、変化ですかね」
エアルドフリス(ka1856)は窺うようにそう言い、カドゥケウスを下ろして手持ち無沙汰になったその手でパイプに刻み煙草を入れてくゆらせた。
「泡沫の身であれば、変化は起きる。それもまた自然の理」
「自然の理、円環というかね。そりゃまた……」
いかん、またパイプに歯形が増えるな。
歪虚に円環の講釈を垂れられるのは気分のいいものではない。エアルドフリスは渋面を煙草を吸うその仕草に紛れさせてやり過ごした。
「自然、か。歪虚による侵食を自然とは言えないのではないか。死して何も残さぬ自然の摂理の外にある存在 。森へ手を出すなと言うのならば手出しはさせない」
しばし紫煙に意識を飛ばすエアルドフリスの間を引き継ぐように、リュカ(ka3828)が口を開いた。頭の中では何度も何度も先のエルフハイム近郊の事件が頭をよぎる。
炎が、邪が。目の前をかすめていく。
繁栄を過ぎ去って黄昏時を迎える寂れた故郷の姿がさらに重なる。
それでもリュカは目をぐっと閉じて、胸から溢れそうになる怒りを押し殺して、極めて柔和な笑顔を湛えた。
「これ以上森に手を出すなというならそれも良い。森を信じよう。ここは見守るに値する森だ。一度滅び、そして新たな生を得た森なのだから」
「優しいな。樹の」
スィアリは一言呟くと、足元に手を触れると、土を一掴みして、それを握った手の中からポロポロと元の場所へと返す。
「土には目に見えぬ病の元がある。また同時にそれを克服する元もある。生と死が入り混じるのが世界だ。だが、人の意志はそれを分別に導いている。自然本来の力、星の生命力を徒に削り、操作しているのだ。浅ましき知恵だ。本来の生を作るには、本来の死を迎えねばならぬ」
「要するに区別なく全部更地にしようってか? 何者でもないという割にゃ随分大それたこと考えるじゃねえか。わかんねぇのか、この森の為にこんなけの人間が集まってんだ。お前が牙を剥いて森を滅ぼそうが、必ずこの森は誰かが蘇らせる。100回でも壊せばいいさ。必ず101回蘇らせて見せる。この森にはそれだけの想いがつまってんだ。それが無限の想いだ」
リュー・グランフェスト(ka2419)は剣を差し向けてそう宣言した。
「そうだよ。後世に引き継がれるの。スィアリ様。ボラ族もそうだよ。目指したところに今歩もうとしているんだ。未来に向かって、風のように流れて。あたしも受け入れてくれて。それでも想いは変わらず。想いを形にして歩んでいるの」
アーシュラ・クリオール(ka0226)がスィアリに向かって一歩、一歩と近づいた。
胸に宿る奔放な風の精神を感じてもらう為に。
ヘドロの様な膿んだ風の臭いを宿すスィアリの身に清涼な風を当てて、きっと輝いているだろう核が姿を現すことを願って近づく。
「ボラ族……。そうか、雷の。お前の北風の仲間か。たばかるだけの矮小な群れ」
「たばか、るって? 違う、スィアリ様はもう歪虚に堕ちてしまったと思って、それで……」
「元より、あやつらは欲のために命を捨てる生ける亡者達よ」
血が凍るような寒気に襲われた。
今のスィアリがボラ族に対して抱いているのは、親愛ではないことが、突き刺すような冷気で実感する。
「アーシュラさん! 彼女を大地に還したのはボラ族で。そこに遺したものは……憎悪しかないのよ。貴女のその感情は、自らが認めるべきものですか?」
エステルが咄嗟に言葉を挟む。
もうスィアリとアーシュラは互いに手が届く位置。そこに届かせるのは言葉しかない。
「人間が欲のためだけに生きているわけではありません。何かしらの想いを皆持っているんです。ボラ族があなたを害したのも、欲だけではないはず」
セレスティア(ka2691)が叫んだ。ボラ族のことはよくわからない。だが、躊躇しているわけにはいかないのだ。
これは戦い。迷いは自分だけでなく大切な人も、そして拠り所とする心まで失いかねない。
「人の生は一瞬です。やり直しがきかない。だからみんな一生懸命生きている。後代へつなぐんです。無限というなら連綿とつながる想いがそれのはずです。見てください。ここにいる皆を。こうして、アガスティアさんの一つの想いに皆が集まっている。この輪こそ、無限の想いの証明たりえるはずです」
言い切ったその言葉は、小さな森の中で凛として響いた。
誰もがそれ以上の口を開かず、静寂の時がしばし流れる。
「そうか」
スィアリは短くそういうと、槍を引き抜いた。
そして。ゆっくりと金髪に隠れた瞳を向けてぼそりと呟いた。
「大地に還流せよ。その胸に宿すものこそ無限であるのなら……終われば、判明しようぞ」
穏やかな。憎しみでもない、悲しみでもない。
だが、どこか狂った決断に、ハンターも武器を構えざるを得なかった。
「ダメだよ、スィアリ様……」
歩み始めたスィアリを留めるために、アーシュラが彼女の身体を押し留めてそのままジェットブーツの為にマテリアルを集約する。
「滅びを肯定することは自然じゃない!」
「すべての命は雑草に等しき。大地に還るためにある。絶えない眠りの為に時折湧き出る泡の如し。風もいずれは止む」
スィアリを掴んだ腕に力を入れようとした瞬間、それは風のようにするりと抜け、気が付けばアーシュラは空を見上げていた。腕だけがスィアリに捕まれており、そこはみるみる間に土気色に変わっていく。
「ぅぐ……!」
「合気って奴っすか。VOIDなんてマテリアルを食べるだけの存在だって思ってたっすけど……随分芸達者っスね? そこまでして、何を求めるんすか?」
すかさず無限が飛び込んでアーシュラを抱えると、一気に距離を開けて問いかけた。
「薬種のが言ったな。ある種の鏡。其方達の心毒に他ならぬ。自分たちの闇をそのまま覗いて、否定だけするのは自己を認めぬに等しい」
「オレ達の闇……?」
戸惑いを覚えた次の瞬間、無限の懐にスィアリの掌がうずんでいた。
いつ間合いに入らせたかすら定かではない。
「サヤ、何してる逃げろ!」
エアルドフリスの言葉に、スィアリが速いのではなく自分が意識できていないことに気付いた。真正面に捉えてすら心の隙、眼球の動きの陰から迫られる。
無限はそのまま吹き飛び、柔らかい草原に背中を埋めた。
「やめてですのっ! スィアリ様が何を言っているのかさっぱりですけれども、この森は傷つけるなんてめっですの!! ここは大切な故郷、帰る場所ですの」
チョココ(ka2449)が悲鳴を上げた。
生きているものを容赦なく壊す。それを当然とするなど暴力の極みでしかない。
「森より最初はここに何もない。命も後から生まれた存在だ」
「うるさい! 暴食の巫女!!」
叫んだのはエステルだった。潜めていた怒りを爆発させて豊かな髪の毛がその感情に合わせて、やおら逆立つ。
「結局、全部壊したいだけじゃない。自分がそうされたように! 一人ぼっちで死んだ寂しさを埋めて、自分を正当化したいってだけじゃない。自分の頭が腐ったばかりに肝心なものが何か抜け落ちてさ、それでも正当化しようとするばっかりに、そんな御託並べなきゃなんないのよ!」
そう叫ぶとエステルは押し返すようにスィアリの前に土壁を突き立てた。押し返すように、阻むように。
「させるものですか、どうしてそっとしておいてくれないの! 出て行って、出て行って、でていって!!!!」
だが、それもすぐに壊される。そんなこと百も承知だ。それでもやらずにいるなんてエステルにはできない。
みんなで守った。復活させた森を壊されてなんか溜まるものか!
エステルは踏み込んではアースウォールを立て続けには放ち、スィアリを外へと追いやろうとする。
「悪魔の証明以外のなにものでもありませんね……どうすれば」
セレスティアも得物を構えてはいたが、それ以上は何もできなかった。スィアリはまだ森を壊す気ではないようだが、下手に手を出せば容易にその一線を踏み越えられてしまう。見えない物を表せなどと、できようはずもなかった。
「……ねえ、アガスティアさん。多分さ、この結論はキミが出さなきゃいけない。この森を育てたのはキミだからこそ、その口から出る言葉が重要なんだよ」
激しい衝突を眺めるように腰で手をくむ南條が眼鏡の隙間からアガスティアに視線を送った。
その視線が返ってきたのを感じると、南條はそのまま顔を動かし、不透明な眼鏡を挟んだ。
「アガスティアさん、さ、キミの手を離れたからといって死ぬと思うかい?」
「いいえ、この森はもう根付いている。心も頼られる命も持っています」
「だよね。自分の手から離れることは寂しいと思う?」
「いずれは還る命です。寂しさはありますが……一時の迷いでしょう。この身が消えたとしても、この森には想いが伝わっていますから」
その言葉にゆっくり頷いて、南條は最後の質問に移った。
「……この森の為に死ねる?」
結論は、出た。
「チョココちゃん」
「アガスティアお姉さま……?」
アガスティアに呼ばれたチョココは心配で涙目になっていた。そんなチョココの明るい髪を撫でて、自らに挿していたスズランをチョココに挿していたものに加える。
「あなたは光森の民。森の心は皆に託しました。あなたにはその血を託します。不孝なことをしてはなりませんよ?」
「お姉さま、いや、お姉さま!!」
必死につかんで止めようとするその手に、集めた種が押し付けられ、エステルの作った土壁の横をするりと通り抜けていく。
「スィアリ。私の身がこの森から遠く離れたとしても、この森は大地の法に則り生き続ける。そして想いも生き続ける。そのことを証明しましょう」
そしてスィアリと真正面に立つやいなや身体から緑が噴き出した。覚醒だ。
「よかろう。その胸を暴き、想いがいつまで溢れてくるのか確かめよう」
幹と化したアガスティアの胸にスィアリの腕が貫いた。樹皮と化した胸板がはじけ飛び、鮮血が吹きこぼれる。
「いやぁ! アガスティアさん!!」
エステルは杖を捨てて叫ぶと、抱きしめた。
「生きて。生きて。死ぬなんか言わないで!」
アガスティアと共にマテリアルが急激に吸いつくされる冷たい痛みの中でエステルは必死に祈った次の瞬間。
森がの中で、銀の星々の光が弾けた。風が吹き荒れ、星々の輝きに渦を作って、二人を包む。
草花が、若きシラカシが全力で震えて白銀の風にマテリアルを託して、アガスティアとエステルを守っていた。
「これだけの絆だよ。物理的な距離で何かが変わると思うかい? 彼女が尽き果てたところで、森は彼女を包み込む。逆もまたってやつさ。離れて生きようが彼女が死のうが、この森とアガスティアは変わらないんじゃないかな。大地を隔て生命の境界を越えても変わらないなら、何が変えられる? それが無限じゃないのか」
「スィアリ。この森は可能性だ。歪んだ繁栄を正し、大地の再興を目指すのが目的というなら、この森はもうその結果を体現しているのだよ」
南條とリュカの一言に、スィアリはなるほど。と小さく答えた。
「望まれないまま生かされているこの森と、あんた自身を重ねているんじゃねぇですかい? だとしたら、これ以上はあんた自身が自分を傷つける行為になりまさ。そんなことしなくとも、あふれ出るマテリアルはあんたに与えられてんですからねい」
人間だって他の命を奪って生きている。生き物同士が争って生きている。スィアリのそれも生命に相容れないだけで、理解の及ばぬ世界であるとは鬼百合には思えなかった。
だが、線引きは必要だ。鬼百合は改めてエステルのワンドを拾い上げて、それを突き付けた。
これ以上は譲れない。
スィアリはゆっくり腕を引き抜くと、腕についた血を舐め取り踵を返した。
「想いが根源より出るたゆといと認めよう」
「揺らぎ、ね。認めていただけるのは僥倖だがね。万物は流転する。言い換えれば生も死も等価だ。だが、貴女のそれは死だけが偏重されている。その中での揺らぎなど大した悟りとも思えませんな。どうぞ、さっさと還流くださることを願いますよ」
胸が痛み続けるのを忘れることもあるまい。エアルドフリスはカドゥケウスを手の中で回し続けながら、見送りにそう声をかけるとスィアリはちらりとだけ振り返った。
「万物流転が不変の定理であるなら、大地の絶望も、この身も、其方の胸に留まる泥濘も、また理中だ。伝承を享けし雨のカンナギならばさらに照見せよ」
もう少し距離が近ければ、その胸倉を掴んで森に引き戻していたかもしれない。この距離もまた正しい位置だったのだろう。
●
「大丈夫ですか!!」
スィアリが去った後セレスティアはすぐにヒールをかけるべく、アガスティアを助け起こした。
弱弱しいが血の巡る音は感じる。ほとんど精魂を抜かれたのだろう。それでも生きている。
「癒しますね」
セレスティアは目を閉じて、掌を枯枝の様なアガスティアの胸に当ててマテリアルの光を灯すと、アガスティアはうっすらと目を開けた。
「ありがとう。セレスティアさん。あなたの光を示してくださったからこそ、私は生き延びられ。これからも途切れぬ永遠の光として……輝き続けてください」
抱きしめたまま泣きじゃくるエステルの頭を撫でて、アガスティアは微笑んだ。
「悪い事しちゃったね」
そんな彼女を南條が覗き込んだ。まさか自ら命を捨てる行為に出るとは少々予想と違う所もあったが。少々ばつの悪い顔をして南條は仲間の顔を見た。怒るだろうか。
「何も問題ないさ……みんな生きてたんだからな」
「はい。力なくとも、この森と共になら何度でも。リューさん。あなたの言葉は希望の炎。私を奮い立たせてくれた。ありがとう」
アガスティアは微笑んで、またそっと目を閉じた。
「にしても、あのVOIDに意志があるとは……驚きっす」
「ブリュンヒルデもそうでさ。本来は人間と同じじゃねぇんですかねぃ。この胸の下に流れる想いが……あいつらなんでさ」
「生命還流がスィアリの信条だからブリュンヒルデの考えは許せなかったわけっすか。ってあいつそのものが想いを遺してるんなら、そもそも想いは無限ってこと体現してるっすよね……」
鬼百合の言葉に無限は肩を落とした。最初で滑ってその後のセリフチャンスを奪われたのが原因かもしれない。
だが、VOIDの奥底に無限は触れた気はした。
「ボラ族も憎んでいるみたいだったね……計られたって。まるで彼女一人が歪虚と戦うように仕向けられたみたいに言ってた」
「きっと失われた記憶のどこかに、解決の糸口があるのかも……」
アーシュラとエステルがぼんやりと見つめる視線の先ではチョココは森にジョウロで水を上げていた。
「さぁ、森もお食事の時間ですの~」
そしてリュカも一緒に。
「こんな小さな積み重ねが、きっと変えていくんだろう」
チョココとリュカは笑顔に応えるように、シラカシは水しぶきを受けて虹色に輝いた。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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森を護る為に(相談卓) エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/05/17 07:57:52 |
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豊穣の巫女に問いかけ、話す卓 エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/05/17 09:32:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/12 19:22:18 |