ゲスト
(ka0000)
玻璃の瓦礫―針の工場―
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/28 07:30
- 完成日
- 2016/06/07 01:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
報告を受け取ったハンターオフィスの職員達が簡易設置の詰め所の天幕の中で話し込んでいる。
ハンター達も同席を請われるが、彼等はすぐに出発できるよう、得物を手に外を睨んでいた。
「――報告は、以上」
「詰まり?」
「今まで追っていた歪虚は既に消滅に近く、漸く顔を見せたもう1体は再び行方不明に。攫われた女性は契約……してしまったのでしょうね、恐らく」
「……契約ですか」
職員達の顔に影が落ちた。
契約とは、とまだ年若い職員が尋ねた。
年長の職員がハンターを一瞥して答える。
「彼等の様に精霊の加護を得て、覚醒者となる方々がいらっしゃいますね。歪虚の力を得て、その力を行使しようとするのが契約者です。心身ともに負のマテリアルに晒すことになりますから消耗は激しく、数度その力を使っただけで死亡……或いは、歪虚となってしまうことでしょうね」
彼女も、と焦る若い声に、深々と溜息を吐く。
「契約を解消するか、或いは、契約した歪虚を滅ぼすか……どちらも難しいことですが、せめて連れ帰ってさえ貰えれば、安全で清浄な場所で保護して、マテリアルの状態を幾らか保つことは出来ると思いますよ」
暫くはオフィスにいて頂きましょう。
オフィスは彼等の出入りもあっていつも賑やかで明るいですし、歪虚が追ってきても私たちの目が届きます。
落ち付いたら、彼女のお店に戻って貰うことも出来るかも知れませんよ。
励ます言葉を並べ、年長の職員は、ぱんと小気味良い音で手を叩き、空気を切り替える。
見付かりました、と、職員がテーブルへ資料を広げる。
「これが教会、これがお爺さんの言っていた鎧の工場です。これは多分玩具の部品で、こっちが釘、裁縫針、一番最近の、と言っても大分古いですが、錐ですね……これで全てでは無いと思いますが――階段の場所は変わらずここ、ハンターさんの向かわれた部屋はここで、歪虚はこのドアから出て行って、……こっちは崩れているので……下りて、1階の……」
負のマテリアルが蝕むホラーハウスの装いの解けた廃墟はその本来の姿を現した。
通りすがりの老人が、ここはかつて、教会だったらしい、その後、鎧の工場に、手工業の作業場にと有り様を変えたと言っていた。職員が見付けてきたのは、その建物が使われていた頃の見取り図。
奇妙に長く演出された階段はただ2階へのみ続き、奥へ広がる様に見えた部屋の、正しいルームプレートには所長室と煤けた文字で刻まれている。
長い年月を経て2階の大部分は崩落、部屋の形を残しているのは1階に3つ並んだ工房の内1つ。
残りの2つは潰れて、天井の所々に穴が空いているらしい。
教会だった頃の面影は薄く、しかし砕けたステンドグラスの鮮やかな色が微かにそれを思い出させる。
「確かに、子どもを遊ばせるには危なっかしすぎるわね」
老人から話を聞いていた職員は、図面と霧の薄れた廃墟を眺めて呟いた。
●
掲示された依頼は2つ。
『確認可能な歪虚の撃破』『女性の保護、或いは、回収』
曖昧な依頼ですね、と別の職員が眉を寄せた。
「恐らく廃墟内に残っているだろう傲慢歪虚は消滅させて下さい。もう1体は、……逃亡を図っていた場合は深追いせずに、廃墟内で確認された場合のみ、攻撃を行って下さい」
再び行方を眩ませた歪虚の情報は乏しい。追うべきだ、追わないべきだと、職員の間でも意見は分かれている。
是非追いかけて討つべきだと不満そうにする声を制し、依頼の説明を続ける。
「女性について、ですが。……契約者であり、歪虚の力を何等かの形で行使可能だという前提で当たって下さい。そして、その力は彼女の生命力に直結していることも覚えて置いて下さい。今の彼女は、歪虚の力に蝕まれている状態です。放置すれば歪虚になりかねません。死亡したとしても必ず回収をお願いします。」
契約者の状態に補足出来ることは無いと職員は言葉を閉ざした。
「――助けを、求めたそうですね、彼女。助けて、と、言っていたと。それから謝罪も……意識はある。人らしい理性は、まだ生きているはずです」
ハンター達を見送りに来た職員が、そう告げて頭を垂れる。
●
暗闇の中、微かに光りが零れてくる。
それを掴めばきっと助かるのに、冷えて悴んだ指が動かない。
遠く聞こえていた足音が、すぐ側に迫っている。
喉が痛む、苦しい、声が出ない。
「――マスター、本当にここを捨てるみたい。居心地悪かったのかしらね? まあ、いいわ……ユリア、いつまでそうしているの? 私たち、お友達って言ってくれたわよね。私をいじめる人達のこと、一緒にやっつけてくれるわよね」
乱れた髪を梳き、痛めた爪を磨き、衣装の埃を払う歪虚。
その傍らで膝を抱えて蹲る黒いドレスの女性。
報告を受け取ったハンターオフィスの職員達が簡易設置の詰め所の天幕の中で話し込んでいる。
ハンター達も同席を請われるが、彼等はすぐに出発できるよう、得物を手に外を睨んでいた。
「――報告は、以上」
「詰まり?」
「今まで追っていた歪虚は既に消滅に近く、漸く顔を見せたもう1体は再び行方不明に。攫われた女性は契約……してしまったのでしょうね、恐らく」
「……契約ですか」
職員達の顔に影が落ちた。
契約とは、とまだ年若い職員が尋ねた。
年長の職員がハンターを一瞥して答える。
「彼等の様に精霊の加護を得て、覚醒者となる方々がいらっしゃいますね。歪虚の力を得て、その力を行使しようとするのが契約者です。心身ともに負のマテリアルに晒すことになりますから消耗は激しく、数度その力を使っただけで死亡……或いは、歪虚となってしまうことでしょうね」
彼女も、と焦る若い声に、深々と溜息を吐く。
「契約を解消するか、或いは、契約した歪虚を滅ぼすか……どちらも難しいことですが、せめて連れ帰ってさえ貰えれば、安全で清浄な場所で保護して、マテリアルの状態を幾らか保つことは出来ると思いますよ」
暫くはオフィスにいて頂きましょう。
オフィスは彼等の出入りもあっていつも賑やかで明るいですし、歪虚が追ってきても私たちの目が届きます。
落ち付いたら、彼女のお店に戻って貰うことも出来るかも知れませんよ。
励ます言葉を並べ、年長の職員は、ぱんと小気味良い音で手を叩き、空気を切り替える。
見付かりました、と、職員がテーブルへ資料を広げる。
「これが教会、これがお爺さんの言っていた鎧の工場です。これは多分玩具の部品で、こっちが釘、裁縫針、一番最近の、と言っても大分古いですが、錐ですね……これで全てでは無いと思いますが――階段の場所は変わらずここ、ハンターさんの向かわれた部屋はここで、歪虚はこのドアから出て行って、……こっちは崩れているので……下りて、1階の……」
負のマテリアルが蝕むホラーハウスの装いの解けた廃墟はその本来の姿を現した。
通りすがりの老人が、ここはかつて、教会だったらしい、その後、鎧の工場に、手工業の作業場にと有り様を変えたと言っていた。職員が見付けてきたのは、その建物が使われていた頃の見取り図。
奇妙に長く演出された階段はただ2階へのみ続き、奥へ広がる様に見えた部屋の、正しいルームプレートには所長室と煤けた文字で刻まれている。
長い年月を経て2階の大部分は崩落、部屋の形を残しているのは1階に3つ並んだ工房の内1つ。
残りの2つは潰れて、天井の所々に穴が空いているらしい。
教会だった頃の面影は薄く、しかし砕けたステンドグラスの鮮やかな色が微かにそれを思い出させる。
「確かに、子どもを遊ばせるには危なっかしすぎるわね」
老人から話を聞いていた職員は、図面と霧の薄れた廃墟を眺めて呟いた。
●
掲示された依頼は2つ。
『確認可能な歪虚の撃破』『女性の保護、或いは、回収』
曖昧な依頼ですね、と別の職員が眉を寄せた。
「恐らく廃墟内に残っているだろう傲慢歪虚は消滅させて下さい。もう1体は、……逃亡を図っていた場合は深追いせずに、廃墟内で確認された場合のみ、攻撃を行って下さい」
再び行方を眩ませた歪虚の情報は乏しい。追うべきだ、追わないべきだと、職員の間でも意見は分かれている。
是非追いかけて討つべきだと不満そうにする声を制し、依頼の説明を続ける。
「女性について、ですが。……契約者であり、歪虚の力を何等かの形で行使可能だという前提で当たって下さい。そして、その力は彼女の生命力に直結していることも覚えて置いて下さい。今の彼女は、歪虚の力に蝕まれている状態です。放置すれば歪虚になりかねません。死亡したとしても必ず回収をお願いします。」
契約者の状態に補足出来ることは無いと職員は言葉を閉ざした。
「――助けを、求めたそうですね、彼女。助けて、と、言っていたと。それから謝罪も……意識はある。人らしい理性は、まだ生きているはずです」
ハンター達を見送りに来た職員が、そう告げて頭を垂れる。
●
暗闇の中、微かに光りが零れてくる。
それを掴めばきっと助かるのに、冷えて悴んだ指が動かない。
遠く聞こえていた足音が、すぐ側に迫っている。
喉が痛む、苦しい、声が出ない。
「――マスター、本当にここを捨てるみたい。居心地悪かったのかしらね? まあ、いいわ……ユリア、いつまでそうしているの? 私たち、お友達って言ってくれたわよね。私をいじめる人達のこと、一緒にやっつけてくれるわよね」
乱れた髪を梳き、痛めた爪を磨き、衣装の埃を払う歪虚。
その傍らで膝を抱えて蹲る黒いドレスの女性。
リプレイ本文
●
冷えた鉄扉に掌を置く。
グローブ越しに伝う温度が次第に生温く、瞼を伏せると聞こえる物は己の鼓動のみとなった。
「準備は、ええか」
低い声が静かに尋ね、嘗て職人達か忙しなく行き交った面影の失せた、廊下に染み入る。
その声に応じてロープの束を投げ渡し、ライトを構えた冬樹 文太(ka0124)はロニ・カルディス(ka0551)へ視線を向けた。
青ざめた相貌に静かな怒りを湛えた桃色の灯りが揺れて鉄扉を見据える。深く吐いた呼吸の音が耳に付いた。
片腕に板を支えながらロープを受け取ると、ロニは背後の仲間を一瞥する。
半ば崩落した工房の内部は荒れ、瓦礫も重なり歩きづらくなっているだろう。足場作りにと彼等が調達した板を、ユリアの救出へ先行する予定のカリアナ・ノート(ka3733)も受け取った。
手を空けたレイア・アローネ(ka4082)と輝羽・零次(ka5974)、そしてリディア・ノート(ka4027)も盾を構えて前へ出る。
「今度こそ、あなたの友達を……リア」
「――今度こそ、絶対に!」
決意に高揚するマテリアルが巡る。
「もとより聞き分けてくれるとは思っていない……押し切らせてもらう」
息を一つ整えてロニが鉄扉を睨んだ。その向こう、敵が待ち構えている。
応と添えられる手、構えられる得物。軋む音を立てて重い鉄扉が開かれた。
ライトの光が細く照らす。床を撫でる2本の光りが交差しながら荒れた室内の様相を浮かび上がらせる。
「どこもかしこもボロいなあ……」
隅へ伸びた白い光りが、口角を釣り上げて嗤う歪虚と瓦礫に凭れて座り込むユリアの姿を舐めた。
自身の間合いを保って、冬樹が光りの代わりに銃口を向ける。
「折角お友達になれたんだもの、一緒にいじめっ子をやっつけてくれるわよね、ねえ、ユリア?」
マスターを追うのはその後だと、歪虚の手がユリアの髪を掴んで首を揺らす。
すぐにでも走り出してしまいそうな足を抑え、カリアナがマテリアルを燃した明かりを灯す。
暗闇の中1歩ずつ明かりを残しながら進む。その火が不安定に折り重なり、割れたり折れたりした木や鉄の板、道具か或いは商品か、鋭い針の切っ先を照らし出す。
その瓦礫の先に歪虚はいる。
「めんどうな所にいやがるぜ」
「とにかく、近付かないと」
瓦礫に道を作ろうとするカリアナとロニ、しかし歪虚がそれを待つ筈も無く、揺れるライトの照らす中、黒い針が構えられた。
それが妹を狙う前に。
リディアは盾を握り締め、輝羽に視線を向けて頷く。
進む、と。
輝羽も拳を固め脚を叩いて前を見据えた。
傷んで軋む床を蹴る。重なる瓦礫も今は無視して走った。
接近を知る歪虚の針が、その狙いをリディアと彼女に続く輝羽へ向ける。盾に弾いたそれが黒い花弁に変わり、小さな炎を並べた光りの道が作られていく空間に舞い上がる。
あと、数歩。
零次くん、と背を庇う様に構えて前傾に、前へ飛び込むように逆手の盾を身体に引き付けて歪虚を睨む。
女を蹴るのは趣味じゃねえと苦笑する声が聞こえる気がした。
「――お願い!」
澄んだ声が響き、それに遅れずに風を切って撓る脚。
「転ばないように、気を付けておけよ!」
噛み付くような蹴りは的確にリディアの背に入り、その小柄な身体を傾いだ天井近くまで飛ばす。
中空を翔るリディアは、間を置かずに歪虚の眼前に降り立った。ささくれた瓦礫を踏み締めて、爪を盾に抑え込む。
ひび割れて尚鋭い爪が、盾に受け止めて尚腕を重く痺れさせる衝撃を与えてくる。
炎の明かりが近付く、届くまで退かないとマテリアルを奮い立たせた。
足場作りを急ぐ3人、ロニとレイアが瓦礫を退け、カリアナは板を置いて明かりを灯す。後方の幾つかは既に消え、顔に焦りが浮かぶ。
掠めるように投じられた歪虚の針は先程からリディアが抑えていて、爪と対峙する盾の鳴る音が響いている。
「急ぐぞ」
蹴り起こす瓦礫を奥へ押しやり、次に手を掛けながらロニは室内を見回す。
今感じられる敵の気配はすぐ先の歪虚1体だけだが、べたりと貼り付くような湿気った重苦しい気配は消えていない。もう1体もどこかに隠れているのだろう。
レイアの手が伸ばされる。その手にロープの端を渡して不安定な板に絡めると、次だとリディアの背を見詰めた。
板を置いたカリアナがサークレットの飾りに触れる。歌で呪う魔物の名を冠するそれに祈るようにマテリアルを震わせて歪虚を狙う。
定めるように指を伸ばし、姉を狙って振りかぶった爪を遮るように氷の矢を放った。
腕を凍て付かせた歪虚がその氷を払い除けてカリアナへ針を向けると、その投擲はリディアが阻む。
「おねーさん、今行くから」
聞こえていなくとも、枯れるほどの声で呼び掛けた。
「……っと、よっ。次はここか。……じゃまだ!」
リディアを送った輝羽は他の3人も前進させるべく瓦礫を退けに戻る。飛び越えさせた場所はまだ壊れた機械の歪で鋭い断面が剥き出しになっている。
それを弾くように退け、ロニが差し出す板を据える。
板を固定したレイアはそのまま踏み越えて、明かりを置くカリアナを振り返った。
最後の板はユリアの前へ。足止めに回ろうと瓦礫の上を越えて進む。
「ユリアを頼んだぞ!」
握り直す得物にマテリアルを込める。
「――レイジ、行こう」
「ああ!」
●
マテリアルを巡らせる四肢が、瓦礫の上を駆る。
盾に抑え込まれる隙へ鋭く放つ一撃が、それを防ごうと構えた爪を圧倒して白い顔に傷を付ける。
怒りを宿す目が輝羽を睨む瞬間。
「……いけ! レイア!」
構えを解かずに放つ声が、追撃の刃を呼ぶ。
爛と煌めいた青い瞳が歪虚を見据え、その切っ先までマテリアルを巡らせる鋭さの増した大剣を振りかぶり、体ごと飛び込むように斬りつけた。
大振りな動きは歪虚の髪を一房断って空を切るが、刃を突き付けて攻勢に転じる隙は与えない。
歪虚の目が微かに揺れてユリアと、彼女に迫る2人を覗う。
「好きにはさせるな!」
その間へ割り入るように一閃、歪虚の爪が刃を捕らえてかたかたと小刻みに鳴り罅を広げていく。
ぱきんと、それが1つ折れて後方へ飛ぶ瞬間、
「――ユリアおねーさん!」
「手を伸ばせ」
最後の板を固定したカリアナとロニがユリアへ手を伸ばす。
瓦礫に身を寄せて蹲るユリアがその声に気付き窶れた顔を上げる。落ち窪んだ目が虚空を彷徨って、少しずつ声の方へと向かっていく。
リディアの盾に爪が叩き付けられてレイアの剣が弾かれる、一歩下がった歪虚がユリアと、彼女を救おうと近付く2人を狙って針を構えた。
その爪が凍る。
「……手前らの好きにさせるかよ」
続けて放たれる弾丸は歪虚の膝を砕く。
冬樹の構えた銃口から白い硝煙が昇る。真っ直ぐに腕を伸ばし両手でグリップを包み込む。
静謐なマテリアルに定められた照星は逸れること無く敵に据えられ、残った方の脚も弾く。そして一時、歪虚をその場に崩れさせた。
この程度、と体勢を立て直す歪虚の爪が冬樹に向かって伸ばされるが、それは3人が通さない。
投じる針の射程にすら近付けずに抑え込んで、レイアは青の眼差しをロニへ、カリアナへと向けた。
今の内に、ユリアを、と。
ここは抑えるとロニは大鎌を立てて構える。刃に映り込む小さな炎、その灯りの限界も近い。
カリアナに合わせて境界を敷くように呼吸を整えながら、周囲への警戒を走らせる。
頷いてカリアナは瓦礫をもう1つ踏み越えた。
「大丈夫よ。おねーさん……心配ない、わ」
立ち上がって、手を握って。そう祈りながら伸ばす小さな手、カリアナの声を探して藻掻くように伸ばされる手が僅かに掠めた。
「――っ」
「邪魔しないで、せっかく、お友達になったのに――」
歪虚が爪を振り回し、無差別に針を投じて袖を乱して暴れる。その衝撃に傾いだレイアの身体を咄嗟に輝羽が支えた。
喚く言葉にユリアの手が震えて止まる。寸前まで近付くそれを掴もうとしたカリアナの手を振り払って膝を抱えた。
「……おともだち、あ、あ……」
歪虚と契約をしてしまった、ハンター達を傷付けている歪虚に、友人と謀ったそれと同じ存在に、自身の身体は変わろうとしている。
状況の曖昧な認識と、武器の音、漂う錆の香に、煽るような歪虚の声。肩が震える。
「おねーさん!」
「あなたは、私のお友達よ!」
全てを拒むように閉じた目を両手で押さえ、悲鳴を上げる。その音に呼応してユリアの周囲に黒い靄が濃く立ち上って。
しかし、それは広がる前に凍て付いて砕け散った。
「……止めろ」
歯を噛み締めて。動きを止めるだけには強すぎる力は、極限まで狙いを定めて抑え、冬樹が低く唸るような声で呟く。
蒼白の顔を上げ、強膜を黒に転じた桃色の灯る双眸でユリアを見る。
「そんなん、使うもんやない」
光りの零れる瓦礫の上に倒れたユリアを抱き締めるように抱え、カリアナは板の上へと瓦礫を蹴った。
逃がさない。そう言うように投じられた針が背を掠めた。
伸ばされたロニの手をカリアナが掴む。
2人を傍へ、庇える場所へと引き込むとロニは境界を作りユリアを追う歪虚を阻む。
大鎌の刃を向けるように構え、2人を背後へと逃す。
針が1つ鎧を掠めたが、横から切りかかったレイアに歪虚はすぐに狙いを変えた。
「下りるぞ」
カリアナに手を貸しながら板を下りる。ユリアを歪虚から遠ざけると。前衛に加わって得物を取り回す。
近付く動きはそれを見せる前に光りの杭で阻み、清廉な祈りを唱って針を投じようと擡げる腕すら留まらせる。
ロニの祈りに動きを止めた歪虚へ輝羽が撓らせた脚で蹴り込み、合わせるようにレイアが剣を叩き付ける。
消耗しながら投じてくる針が腕を貫くと、落とし掛ける剣を握り直し息を上げながらも攻勢の姿勢を保つ。
追撃を冬樹が瓦礫の下から凍らせると、柄を握り直して脇構えから振り抜いて胴を薙ぐ。
盾に触れた最後の爪が折れて転がる。
両手で押さえ込むように押し留めたリディアが肩を上下させ、盾の影から歪虚を睨んだ。
マテリアルで傷を塞げるのもそろそろ限界だ。それでも、ここは引けない。
妹の友達を助けるために、妹を護る為に。
●
ユリアを庇う様に傍で声を掛け続けながら、仲間の背後を警戒する。
カリアナの背に、不意に湿気った重い気配が這った。
かたかたと床に散らかった瓦礫の破片が音を立てる。
まさかと見回すと、色硝子が中空に並んで文字を作っていた。
「――とられちゃったの、つまんない」
ロニも得物を向けるまま横目に文字を追った。
「もう助けてあげない……か」
「やっとお出ましか」
冬樹が銃口を逸らさずにもう1体の歪虚を探して見回すが、室内にその姿は無い。ユリアを護っているカリアナの周りにも変化は内容に見えた。
カリアナの視線が左右と背後を経て上へと向かう。対峙した2階の部屋を思い出し、そこから探る様に下りて崩落した隣室を見る。
「……危ない!」
――なんてね?――
冗談のように綴られたメッセージは、全てそれが読み取れるほど密集した瓦礫の破片で作られていた。
けたけたと甲高い笑い声を響かせて、鋭利なそれは一斉にハンター達へ降り注ぐ。
カリアナの声に反応し、それぞれに盾や得物で遮り、カリアナもユリアと自身を庇う様に壁を作る。
防ぎきれずに細かな傷を得て、崩れかかる姿勢を堪える。歪虚の気配が遠退くのを感じるが今構えを解いて追うには、足を取る瓦礫が枷になる。
眼前の歪虚も無差別に注ぐ瓦礫の攻撃に顔を顰めながら、ハンター達への害意を消していない。
一頻り降り注いだそれを払い除け、ハンター達が得物を歪虚へと向け直す。
袖や髪に絡んだ瓦礫を払い除けて歪虚もその手に針を構えた。
「私が仕えてあげているのに、困ったマスターね」
攻撃を妨げるようにロニが祈り、冬樹が撃つ。
尚も足掻いて投じる針をリディアが盾を据えて止めると、レイアと輝羽が合わせるように得物を叩き付け、白い顔に罅を入れる。
「……消えたくない、消えたくない、きえたく、な、あ、ああ」
形振りを構わずに針にならない黒い花弁を舞い散らせ、力無い最後の一撃を盾に叩き付けながら歪虚は黒い土塊に変わった。やがてその形が崩れると暫く黒い靄を漂わせて消えていった。
「倒したのか」
ロニが訝しむ様に見回す。
「……リア」
リディアが不安げな声で瓦礫の上から覗うと、行ってやれと冬樹が促す。
瓦礫と板とを交互に跳んで下りていくリディアを一瞥し、輝羽とレイアにも動けるかと尋ねた。
「ああ、何とかな」
「俺も平気だ。……それより」
2人が疲れの浮かんだ顔を見合わせて肩を竦めて頷き、カリアナの傍で横たわるユリアを示した。
「せやな。そっち、気ぃ付け」
危なっかしい足下を示して声を掛けると、冬樹もカリアナの傍に向かう。
ロニは屈んで足下の破片を1つ摘まんで見詰める。その眉間に皺が寄った。今から追うのは厳しいだろう。
板を伝って下りると、集まったハンターにカリアナがほっと安堵を見せた。
●
目覚める様子の無いユリアを冬樹が担ぐ、来た時よりも重く感じる鉄扉に天井を一瞥し、仲間を振り返って脱出を促した。
ハンター達はそれぞれ廊下を、室内を警戒しながら走って廃墟を出る。
「……帰るで、ユリア」
冬樹も殿をロニに任せてそれに続く、ユリアに掛ける声に返事は無いが、微かな呼吸と鼓動を感じた。
重く湿気った空気と不快な浮遊感を感じたが、すぐにそれは薄らいで、この廃墟が完全に放棄されたとなんと無しに察せられた。
ハンター達の無事な姿と担がれたユリアに、担架をと叫んだ職員は慌てながら、彼等をまだ散らかったままの詰め所に招いた。
運び込まれたユリアの姿に彼女の店の店員2人は駆け寄ると座り込んで安堵し、その姿にカリアナも堪えていた糸の切れたように潤んだ眦を擦った。
「……よかったぁ。うん。本当に」
カリアナの髪を撫でて、よかったと喜びを重ねながらリディアも胸を撫で下ろし盾を握り締めていた指を解く。
2人が涙声で礼を重ねる中、ハンター達を見回した職員が今は昏々と眠り続けるユリアを見て呟いた。
「目覚めてからが大変だと思います。……でも、それでも、大丈夫じゃ無いかなって、そう思ったんです」
助けてくれた皆さんを見て。と、長くここに詰めていたらしい職員は隈の浮いた顔で微笑んだ。
カリアナが掬う様にユリアの手を取る。怯えていた手は、触れれば温かく柔らかい。
その手に栞をそっと握らせた。
「おねーさんの回復の助けになるかわからないけど、キッカケにはなるんじゃないかな、って」
カリアナと視線を合わせるように屈んだ職員は、目覚めたら伝えると約束した。
冷えた鉄扉に掌を置く。
グローブ越しに伝う温度が次第に生温く、瞼を伏せると聞こえる物は己の鼓動のみとなった。
「準備は、ええか」
低い声が静かに尋ね、嘗て職人達か忙しなく行き交った面影の失せた、廊下に染み入る。
その声に応じてロープの束を投げ渡し、ライトを構えた冬樹 文太(ka0124)はロニ・カルディス(ka0551)へ視線を向けた。
青ざめた相貌に静かな怒りを湛えた桃色の灯りが揺れて鉄扉を見据える。深く吐いた呼吸の音が耳に付いた。
片腕に板を支えながらロープを受け取ると、ロニは背後の仲間を一瞥する。
半ば崩落した工房の内部は荒れ、瓦礫も重なり歩きづらくなっているだろう。足場作りにと彼等が調達した板を、ユリアの救出へ先行する予定のカリアナ・ノート(ka3733)も受け取った。
手を空けたレイア・アローネ(ka4082)と輝羽・零次(ka5974)、そしてリディア・ノート(ka4027)も盾を構えて前へ出る。
「今度こそ、あなたの友達を……リア」
「――今度こそ、絶対に!」
決意に高揚するマテリアルが巡る。
「もとより聞き分けてくれるとは思っていない……押し切らせてもらう」
息を一つ整えてロニが鉄扉を睨んだ。その向こう、敵が待ち構えている。
応と添えられる手、構えられる得物。軋む音を立てて重い鉄扉が開かれた。
ライトの光が細く照らす。床を撫でる2本の光りが交差しながら荒れた室内の様相を浮かび上がらせる。
「どこもかしこもボロいなあ……」
隅へ伸びた白い光りが、口角を釣り上げて嗤う歪虚と瓦礫に凭れて座り込むユリアの姿を舐めた。
自身の間合いを保って、冬樹が光りの代わりに銃口を向ける。
「折角お友達になれたんだもの、一緒にいじめっ子をやっつけてくれるわよね、ねえ、ユリア?」
マスターを追うのはその後だと、歪虚の手がユリアの髪を掴んで首を揺らす。
すぐにでも走り出してしまいそうな足を抑え、カリアナがマテリアルを燃した明かりを灯す。
暗闇の中1歩ずつ明かりを残しながら進む。その火が不安定に折り重なり、割れたり折れたりした木や鉄の板、道具か或いは商品か、鋭い針の切っ先を照らし出す。
その瓦礫の先に歪虚はいる。
「めんどうな所にいやがるぜ」
「とにかく、近付かないと」
瓦礫に道を作ろうとするカリアナとロニ、しかし歪虚がそれを待つ筈も無く、揺れるライトの照らす中、黒い針が構えられた。
それが妹を狙う前に。
リディアは盾を握り締め、輝羽に視線を向けて頷く。
進む、と。
輝羽も拳を固め脚を叩いて前を見据えた。
傷んで軋む床を蹴る。重なる瓦礫も今は無視して走った。
接近を知る歪虚の針が、その狙いをリディアと彼女に続く輝羽へ向ける。盾に弾いたそれが黒い花弁に変わり、小さな炎を並べた光りの道が作られていく空間に舞い上がる。
あと、数歩。
零次くん、と背を庇う様に構えて前傾に、前へ飛び込むように逆手の盾を身体に引き付けて歪虚を睨む。
女を蹴るのは趣味じゃねえと苦笑する声が聞こえる気がした。
「――お願い!」
澄んだ声が響き、それに遅れずに風を切って撓る脚。
「転ばないように、気を付けておけよ!」
噛み付くような蹴りは的確にリディアの背に入り、その小柄な身体を傾いだ天井近くまで飛ばす。
中空を翔るリディアは、間を置かずに歪虚の眼前に降り立った。ささくれた瓦礫を踏み締めて、爪を盾に抑え込む。
ひび割れて尚鋭い爪が、盾に受け止めて尚腕を重く痺れさせる衝撃を与えてくる。
炎の明かりが近付く、届くまで退かないとマテリアルを奮い立たせた。
足場作りを急ぐ3人、ロニとレイアが瓦礫を退け、カリアナは板を置いて明かりを灯す。後方の幾つかは既に消え、顔に焦りが浮かぶ。
掠めるように投じられた歪虚の針は先程からリディアが抑えていて、爪と対峙する盾の鳴る音が響いている。
「急ぐぞ」
蹴り起こす瓦礫を奥へ押しやり、次に手を掛けながらロニは室内を見回す。
今感じられる敵の気配はすぐ先の歪虚1体だけだが、べたりと貼り付くような湿気った重苦しい気配は消えていない。もう1体もどこかに隠れているのだろう。
レイアの手が伸ばされる。その手にロープの端を渡して不安定な板に絡めると、次だとリディアの背を見詰めた。
板を置いたカリアナがサークレットの飾りに触れる。歌で呪う魔物の名を冠するそれに祈るようにマテリアルを震わせて歪虚を狙う。
定めるように指を伸ばし、姉を狙って振りかぶった爪を遮るように氷の矢を放った。
腕を凍て付かせた歪虚がその氷を払い除けてカリアナへ針を向けると、その投擲はリディアが阻む。
「おねーさん、今行くから」
聞こえていなくとも、枯れるほどの声で呼び掛けた。
「……っと、よっ。次はここか。……じゃまだ!」
リディアを送った輝羽は他の3人も前進させるべく瓦礫を退けに戻る。飛び越えさせた場所はまだ壊れた機械の歪で鋭い断面が剥き出しになっている。
それを弾くように退け、ロニが差し出す板を据える。
板を固定したレイアはそのまま踏み越えて、明かりを置くカリアナを振り返った。
最後の板はユリアの前へ。足止めに回ろうと瓦礫の上を越えて進む。
「ユリアを頼んだぞ!」
握り直す得物にマテリアルを込める。
「――レイジ、行こう」
「ああ!」
●
マテリアルを巡らせる四肢が、瓦礫の上を駆る。
盾に抑え込まれる隙へ鋭く放つ一撃が、それを防ごうと構えた爪を圧倒して白い顔に傷を付ける。
怒りを宿す目が輝羽を睨む瞬間。
「……いけ! レイア!」
構えを解かずに放つ声が、追撃の刃を呼ぶ。
爛と煌めいた青い瞳が歪虚を見据え、その切っ先までマテリアルを巡らせる鋭さの増した大剣を振りかぶり、体ごと飛び込むように斬りつけた。
大振りな動きは歪虚の髪を一房断って空を切るが、刃を突き付けて攻勢に転じる隙は与えない。
歪虚の目が微かに揺れてユリアと、彼女に迫る2人を覗う。
「好きにはさせるな!」
その間へ割り入るように一閃、歪虚の爪が刃を捕らえてかたかたと小刻みに鳴り罅を広げていく。
ぱきんと、それが1つ折れて後方へ飛ぶ瞬間、
「――ユリアおねーさん!」
「手を伸ばせ」
最後の板を固定したカリアナとロニがユリアへ手を伸ばす。
瓦礫に身を寄せて蹲るユリアがその声に気付き窶れた顔を上げる。落ち窪んだ目が虚空を彷徨って、少しずつ声の方へと向かっていく。
リディアの盾に爪が叩き付けられてレイアの剣が弾かれる、一歩下がった歪虚がユリアと、彼女を救おうと近付く2人を狙って針を構えた。
その爪が凍る。
「……手前らの好きにさせるかよ」
続けて放たれる弾丸は歪虚の膝を砕く。
冬樹の構えた銃口から白い硝煙が昇る。真っ直ぐに腕を伸ばし両手でグリップを包み込む。
静謐なマテリアルに定められた照星は逸れること無く敵に据えられ、残った方の脚も弾く。そして一時、歪虚をその場に崩れさせた。
この程度、と体勢を立て直す歪虚の爪が冬樹に向かって伸ばされるが、それは3人が通さない。
投じる針の射程にすら近付けずに抑え込んで、レイアは青の眼差しをロニへ、カリアナへと向けた。
今の内に、ユリアを、と。
ここは抑えるとロニは大鎌を立てて構える。刃に映り込む小さな炎、その灯りの限界も近い。
カリアナに合わせて境界を敷くように呼吸を整えながら、周囲への警戒を走らせる。
頷いてカリアナは瓦礫をもう1つ踏み越えた。
「大丈夫よ。おねーさん……心配ない、わ」
立ち上がって、手を握って。そう祈りながら伸ばす小さな手、カリアナの声を探して藻掻くように伸ばされる手が僅かに掠めた。
「――っ」
「邪魔しないで、せっかく、お友達になったのに――」
歪虚が爪を振り回し、無差別に針を投じて袖を乱して暴れる。その衝撃に傾いだレイアの身体を咄嗟に輝羽が支えた。
喚く言葉にユリアの手が震えて止まる。寸前まで近付くそれを掴もうとしたカリアナの手を振り払って膝を抱えた。
「……おともだち、あ、あ……」
歪虚と契約をしてしまった、ハンター達を傷付けている歪虚に、友人と謀ったそれと同じ存在に、自身の身体は変わろうとしている。
状況の曖昧な認識と、武器の音、漂う錆の香に、煽るような歪虚の声。肩が震える。
「おねーさん!」
「あなたは、私のお友達よ!」
全てを拒むように閉じた目を両手で押さえ、悲鳴を上げる。その音に呼応してユリアの周囲に黒い靄が濃く立ち上って。
しかし、それは広がる前に凍て付いて砕け散った。
「……止めろ」
歯を噛み締めて。動きを止めるだけには強すぎる力は、極限まで狙いを定めて抑え、冬樹が低く唸るような声で呟く。
蒼白の顔を上げ、強膜を黒に転じた桃色の灯る双眸でユリアを見る。
「そんなん、使うもんやない」
光りの零れる瓦礫の上に倒れたユリアを抱き締めるように抱え、カリアナは板の上へと瓦礫を蹴った。
逃がさない。そう言うように投じられた針が背を掠めた。
伸ばされたロニの手をカリアナが掴む。
2人を傍へ、庇える場所へと引き込むとロニは境界を作りユリアを追う歪虚を阻む。
大鎌の刃を向けるように構え、2人を背後へと逃す。
針が1つ鎧を掠めたが、横から切りかかったレイアに歪虚はすぐに狙いを変えた。
「下りるぞ」
カリアナに手を貸しながら板を下りる。ユリアを歪虚から遠ざけると。前衛に加わって得物を取り回す。
近付く動きはそれを見せる前に光りの杭で阻み、清廉な祈りを唱って針を投じようと擡げる腕すら留まらせる。
ロニの祈りに動きを止めた歪虚へ輝羽が撓らせた脚で蹴り込み、合わせるようにレイアが剣を叩き付ける。
消耗しながら投じてくる針が腕を貫くと、落とし掛ける剣を握り直し息を上げながらも攻勢の姿勢を保つ。
追撃を冬樹が瓦礫の下から凍らせると、柄を握り直して脇構えから振り抜いて胴を薙ぐ。
盾に触れた最後の爪が折れて転がる。
両手で押さえ込むように押し留めたリディアが肩を上下させ、盾の影から歪虚を睨んだ。
マテリアルで傷を塞げるのもそろそろ限界だ。それでも、ここは引けない。
妹の友達を助けるために、妹を護る為に。
●
ユリアを庇う様に傍で声を掛け続けながら、仲間の背後を警戒する。
カリアナの背に、不意に湿気った重い気配が這った。
かたかたと床に散らかった瓦礫の破片が音を立てる。
まさかと見回すと、色硝子が中空に並んで文字を作っていた。
「――とられちゃったの、つまんない」
ロニも得物を向けるまま横目に文字を追った。
「もう助けてあげない……か」
「やっとお出ましか」
冬樹が銃口を逸らさずにもう1体の歪虚を探して見回すが、室内にその姿は無い。ユリアを護っているカリアナの周りにも変化は内容に見えた。
カリアナの視線が左右と背後を経て上へと向かう。対峙した2階の部屋を思い出し、そこから探る様に下りて崩落した隣室を見る。
「……危ない!」
――なんてね?――
冗談のように綴られたメッセージは、全てそれが読み取れるほど密集した瓦礫の破片で作られていた。
けたけたと甲高い笑い声を響かせて、鋭利なそれは一斉にハンター達へ降り注ぐ。
カリアナの声に反応し、それぞれに盾や得物で遮り、カリアナもユリアと自身を庇う様に壁を作る。
防ぎきれずに細かな傷を得て、崩れかかる姿勢を堪える。歪虚の気配が遠退くのを感じるが今構えを解いて追うには、足を取る瓦礫が枷になる。
眼前の歪虚も無差別に注ぐ瓦礫の攻撃に顔を顰めながら、ハンター達への害意を消していない。
一頻り降り注いだそれを払い除け、ハンター達が得物を歪虚へと向け直す。
袖や髪に絡んだ瓦礫を払い除けて歪虚もその手に針を構えた。
「私が仕えてあげているのに、困ったマスターね」
攻撃を妨げるようにロニが祈り、冬樹が撃つ。
尚も足掻いて投じる針をリディアが盾を据えて止めると、レイアと輝羽が合わせるように得物を叩き付け、白い顔に罅を入れる。
「……消えたくない、消えたくない、きえたく、な、あ、ああ」
形振りを構わずに針にならない黒い花弁を舞い散らせ、力無い最後の一撃を盾に叩き付けながら歪虚は黒い土塊に変わった。やがてその形が崩れると暫く黒い靄を漂わせて消えていった。
「倒したのか」
ロニが訝しむ様に見回す。
「……リア」
リディアが不安げな声で瓦礫の上から覗うと、行ってやれと冬樹が促す。
瓦礫と板とを交互に跳んで下りていくリディアを一瞥し、輝羽とレイアにも動けるかと尋ねた。
「ああ、何とかな」
「俺も平気だ。……それより」
2人が疲れの浮かんだ顔を見合わせて肩を竦めて頷き、カリアナの傍で横たわるユリアを示した。
「せやな。そっち、気ぃ付け」
危なっかしい足下を示して声を掛けると、冬樹もカリアナの傍に向かう。
ロニは屈んで足下の破片を1つ摘まんで見詰める。その眉間に皺が寄った。今から追うのは厳しいだろう。
板を伝って下りると、集まったハンターにカリアナがほっと安堵を見せた。
●
目覚める様子の無いユリアを冬樹が担ぐ、来た時よりも重く感じる鉄扉に天井を一瞥し、仲間を振り返って脱出を促した。
ハンター達はそれぞれ廊下を、室内を警戒しながら走って廃墟を出る。
「……帰るで、ユリア」
冬樹も殿をロニに任せてそれに続く、ユリアに掛ける声に返事は無いが、微かな呼吸と鼓動を感じた。
重く湿気った空気と不快な浮遊感を感じたが、すぐにそれは薄らいで、この廃墟が完全に放棄されたとなんと無しに察せられた。
ハンター達の無事な姿と担がれたユリアに、担架をと叫んだ職員は慌てながら、彼等をまだ散らかったままの詰め所に招いた。
運び込まれたユリアの姿に彼女の店の店員2人は駆け寄ると座り込んで安堵し、その姿にカリアナも堪えていた糸の切れたように潤んだ眦を擦った。
「……よかったぁ。うん。本当に」
カリアナの髪を撫でて、よかったと喜びを重ねながらリディアも胸を撫で下ろし盾を握り締めていた指を解く。
2人が涙声で礼を重ねる中、ハンター達を見回した職員が今は昏々と眠り続けるユリアを見て呟いた。
「目覚めてからが大変だと思います。……でも、それでも、大丈夫じゃ無いかなって、そう思ったんです」
助けてくれた皆さんを見て。と、長くここに詰めていたらしい職員は隈の浮いた顔で微笑んだ。
カリアナが掬う様にユリアの手を取る。怯えていた手は、触れれば温かく柔らかい。
その手に栞をそっと握らせた。
「おねーさんの回復の助けになるかわからないけど、キッカケにはなるんじゃないかな、って」
カリアナと視線を合わせるように屈んだ職員は、目覚めたら伝えると約束した。
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相談 カリアナ・ノート(ka3733) 人間(クリムゾンウェスト)|10才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/05/28 00:47:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/26 11:44:12 |