ゲスト
(ka0000)
巡礼者クリスとマリーと、貴族の坊や
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/03 12:00
- 完成日
- 2016/06/11 15:43
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
のんびりとしたペースで王国巡礼の旅を続ける貴族の娘クリスティーヌと若き侍女マリーは、先日、巡礼路上で2台の馬車が衝突する事故現場に遭遇した。
場所は王国北東部フェルダー地方、古都アークエルスへと続く途上の、小さな集落の小さな野辻。事故を起こしたのは、なぜかその様な場にいた大型の乗合馬車と、北東部に広大な領地を持つ大貴族──ダフィールド侯爵家の紋章を頂く馬車だった。
たまたまその場に居合わせたクリスは、その壊れた貴族の馬車の中から、まだ息のあった中年の婦人と小太りの少年を助け出したのだが…… 彼等一行で生き残ったのは2人だけ。
少年の方は殆ど無傷であったものの、御付きと思しき中年の婦人の方は、快癒には時間を要する、というのが、駆けつけた医者の見立てであった。
「即ち、ルーサー様はこの様な場所にただ一人きりで取り残されてしまったというわけです」
療養の為に借り受けたと思しき、事故現場近くの農家の一室で。その中年の婦人──ダフィールド家に仕える、四男ルーサー付きの使用人──は、オードラン伯爵家令嬢クリスティーヌを粗末な木製の椅子に座ったまま出迎え、そう告げた。
その態度は、伯爵令嬢たるクリスを前にしても、傲岸とも言えるほどに毅然としていた。王国に800年間連綿と続く名家・ダフィールド家に仕える者として、『新興貴族』との家格の違い──オードラン家も300年の歴史を持つのだが──を見せ付けるかのようだった。
無礼である。家格が上であるとはいえ、使用人が令嬢に対して取るべき態度ではない。
だが、クリスは特に気にした様子も見せず、かと言ってへりくだったりもせず、ごく普通に婦人に対した。
「それで、私はどのようなご用件で呼ばれたのでしょう?」
そのクリスの態度に、婦人は何かに安堵したように息を吐いた。何かを試された、とクリスは感じたが、表情にはおくびにも出さない。
「……ありがとうございます。クリスティーナ様にはルーサー様をダフィールド家までお連れしていただきたいのです」
婦人の申し出は意外だった。確かに緊急事態ではあろうが、婦人の療養を待つなり、本家から人を呼ぶなりすれば良いだけの話に思える。
「……お話は分かりました。しかし、我々も旅を急ぐ身。ハンターの皆様に護衛を依頼なされては……」
「貴族でもない下賤の輩にルーサー様の身柄を預けるわけには参りません」
そう言うや、婦人は椅子から立ち上がり、ふらつきながらクリスに頭を下げた。
額に巻いた包帯の下から血が滴り落ちる。クリスは慌てて婦人をベッドに寝かせた。
「……ルーサー様をいつまでもこの様な場所に一人、置いておくわけにはいかないのです。本来であれば私めが最後までお仕えするのが筋ではあるのですが、この様な有様ではそれも叶いません。どうか、どうか……」
婦人は寝間着の上に正装を羽織っていた。伯爵令嬢であるクリスを迎えるのに失礼にならぬよう…… 重傷の身を押して、出来得る限りの礼節をつくさんとしたのだろう。
「というわけで、ルーサー・ダフィールド様を我々が送り届けることとなりました」
宿の自室に戻ったクリスがマリーに事情を説明すると、幼馴染みの侍女は心底嫌そうな顔でそれに応じた。
「クリス、ねぇ、クリス。それってつまり……」
「ええ。フェルダー地方の観光はできなくなる、ってことです」
翌日。出発の朝── 共に旅をすることになった経緯を聞かされたお坊ちゃん、ルーサーもまた、マリーに劣らぬほど不機嫌な顔をした。
「……で、我らの乗る馬車はどこだ?」
「馬車? あるわけないじゃない」
「ない!? なら早く用意せぬか!」
「そんなお金なんてあるわけないでしょ。歩くのよ。自分の足で!」
マリーの言葉に、信じられぬ、と愕然とするルーサー坊ちゃん。八つ当たりの気持ちがあるのか、マリーの対応に容赦がない。
「……分かった。では、そこな侍女。荷物を持て」
「は? 何で私があんたの荷物を持たなきゃならないのよ」
「貴様! 他家の使用人だからと我慢しておれば! 侯爵家の令息たる我に対して、無礼にも程があるぞ!」
「情けないこと言ってんじゃないわよ。家名に頼らないと威張ることもできないの?」
呆れた様に半眼で。私たちを見なさい、とマリーが告げる。
「私も、クリスも、自分の荷物を他人に預けたりはしてないでしょ? 自分の荷物は自分で担う。それが旅人のルールよ」
反駁もできずに、ルーサーは歯噛みした。
──これと言うのもドジな使用人たちが事故など起こしたからだ。金さえあれば新たな馬車が買えたのに。こんな無礼な者どもにやりこめられる事もなかったのに! ……そもそも、路銀が尽きてしまったのも、壊れた馬車の回収費用と死んだ使用人たちの葬式代に消えたから、という話だった。まったく、最後まで使えない…… 死んでからすら主に迷惑をかける不忠者め……!
瞬間、頬に痛みが走った。マリーが彼の頬を平手で殴っていた。
「自分に仕え、仕事に殉じて死んでいった者たちを、主であるお前がそんな風に言うな!」
こいつっ、とマリーを睨み返したルーサーは。だが、目から涙を零してこちらを睨むマリーに言葉を失い、何も言い返せずに走り去る。
「……当たりがキツいですよ、マリー」
その背を視線で追いつつ、クリスが傍らのマリーに告げる。
「でも、間違った事は言ってない……! でしょ、クリス。みんなあなたが私に教えてくれた事だもの」
その日の夜。
ルーサーは宿を抜け出し、一人でダフィールド領へ向かうことにした。
だが、昼過ぎには不安になり…… 道の脇に屯していた男たちに声を掛けた。
「我はダフィールド侯爵家が四男、ルーサー・ダフィールド。供の者を探しておる。我を館にまで連れてゆけ。褒美は出す」
彼が声を掛けた男たちは明らかに一般の人々が避ける類の『商人』だったが、世間知らずのお坊ちゃんにそれが分かろうはずもない。身包み剥がされて捨てられてもおかしくないところだったが、男たちは素直に彼を送ることにした。ただ連れて行くだけで金が貰えるなら楽な話だ。何より、侯爵家と近づける機会である。
だが、彼等の忍耐は翌日には限界に達した。ルーサーの我侭放題の言動に、つい手が出てしまったのだ。
「あほらしい。ここからは『誘拐』に切り替える」
怯えるルーサーを見下ろしながら、『商人』たちの頭が言った。
ルーサーの『家出』に気づいたクリスはすぐにその後を追った。そして、良からぬ風体の男たちと行動を共にする彼の目撃情報を得た。
ハンターたちに依頼を出し、自らもその行方を捜す。
「あんなバカ…… もう放っておけばいいじゃない」
焦燥の表情を浮かべ、マリーがクリスに愚痴を零す。
「引き受けたからには最後まで責任を持つ── 大丈夫。必ず助け出してみせますから」
場所は王国北東部フェルダー地方、古都アークエルスへと続く途上の、小さな集落の小さな野辻。事故を起こしたのは、なぜかその様な場にいた大型の乗合馬車と、北東部に広大な領地を持つ大貴族──ダフィールド侯爵家の紋章を頂く馬車だった。
たまたまその場に居合わせたクリスは、その壊れた貴族の馬車の中から、まだ息のあった中年の婦人と小太りの少年を助け出したのだが…… 彼等一行で生き残ったのは2人だけ。
少年の方は殆ど無傷であったものの、御付きと思しき中年の婦人の方は、快癒には時間を要する、というのが、駆けつけた医者の見立てであった。
「即ち、ルーサー様はこの様な場所にただ一人きりで取り残されてしまったというわけです」
療養の為に借り受けたと思しき、事故現場近くの農家の一室で。その中年の婦人──ダフィールド家に仕える、四男ルーサー付きの使用人──は、オードラン伯爵家令嬢クリスティーヌを粗末な木製の椅子に座ったまま出迎え、そう告げた。
その態度は、伯爵令嬢たるクリスを前にしても、傲岸とも言えるほどに毅然としていた。王国に800年間連綿と続く名家・ダフィールド家に仕える者として、『新興貴族』との家格の違い──オードラン家も300年の歴史を持つのだが──を見せ付けるかのようだった。
無礼である。家格が上であるとはいえ、使用人が令嬢に対して取るべき態度ではない。
だが、クリスは特に気にした様子も見せず、かと言ってへりくだったりもせず、ごく普通に婦人に対した。
「それで、私はどのようなご用件で呼ばれたのでしょう?」
そのクリスの態度に、婦人は何かに安堵したように息を吐いた。何かを試された、とクリスは感じたが、表情にはおくびにも出さない。
「……ありがとうございます。クリスティーナ様にはルーサー様をダフィールド家までお連れしていただきたいのです」
婦人の申し出は意外だった。確かに緊急事態ではあろうが、婦人の療養を待つなり、本家から人を呼ぶなりすれば良いだけの話に思える。
「……お話は分かりました。しかし、我々も旅を急ぐ身。ハンターの皆様に護衛を依頼なされては……」
「貴族でもない下賤の輩にルーサー様の身柄を預けるわけには参りません」
そう言うや、婦人は椅子から立ち上がり、ふらつきながらクリスに頭を下げた。
額に巻いた包帯の下から血が滴り落ちる。クリスは慌てて婦人をベッドに寝かせた。
「……ルーサー様をいつまでもこの様な場所に一人、置いておくわけにはいかないのです。本来であれば私めが最後までお仕えするのが筋ではあるのですが、この様な有様ではそれも叶いません。どうか、どうか……」
婦人は寝間着の上に正装を羽織っていた。伯爵令嬢であるクリスを迎えるのに失礼にならぬよう…… 重傷の身を押して、出来得る限りの礼節をつくさんとしたのだろう。
「というわけで、ルーサー・ダフィールド様を我々が送り届けることとなりました」
宿の自室に戻ったクリスがマリーに事情を説明すると、幼馴染みの侍女は心底嫌そうな顔でそれに応じた。
「クリス、ねぇ、クリス。それってつまり……」
「ええ。フェルダー地方の観光はできなくなる、ってことです」
翌日。出発の朝── 共に旅をすることになった経緯を聞かされたお坊ちゃん、ルーサーもまた、マリーに劣らぬほど不機嫌な顔をした。
「……で、我らの乗る馬車はどこだ?」
「馬車? あるわけないじゃない」
「ない!? なら早く用意せぬか!」
「そんなお金なんてあるわけないでしょ。歩くのよ。自分の足で!」
マリーの言葉に、信じられぬ、と愕然とするルーサー坊ちゃん。八つ当たりの気持ちがあるのか、マリーの対応に容赦がない。
「……分かった。では、そこな侍女。荷物を持て」
「は? 何で私があんたの荷物を持たなきゃならないのよ」
「貴様! 他家の使用人だからと我慢しておれば! 侯爵家の令息たる我に対して、無礼にも程があるぞ!」
「情けないこと言ってんじゃないわよ。家名に頼らないと威張ることもできないの?」
呆れた様に半眼で。私たちを見なさい、とマリーが告げる。
「私も、クリスも、自分の荷物を他人に預けたりはしてないでしょ? 自分の荷物は自分で担う。それが旅人のルールよ」
反駁もできずに、ルーサーは歯噛みした。
──これと言うのもドジな使用人たちが事故など起こしたからだ。金さえあれば新たな馬車が買えたのに。こんな無礼な者どもにやりこめられる事もなかったのに! ……そもそも、路銀が尽きてしまったのも、壊れた馬車の回収費用と死んだ使用人たちの葬式代に消えたから、という話だった。まったく、最後まで使えない…… 死んでからすら主に迷惑をかける不忠者め……!
瞬間、頬に痛みが走った。マリーが彼の頬を平手で殴っていた。
「自分に仕え、仕事に殉じて死んでいった者たちを、主であるお前がそんな風に言うな!」
こいつっ、とマリーを睨み返したルーサーは。だが、目から涙を零してこちらを睨むマリーに言葉を失い、何も言い返せずに走り去る。
「……当たりがキツいですよ、マリー」
その背を視線で追いつつ、クリスが傍らのマリーに告げる。
「でも、間違った事は言ってない……! でしょ、クリス。みんなあなたが私に教えてくれた事だもの」
その日の夜。
ルーサーは宿を抜け出し、一人でダフィールド領へ向かうことにした。
だが、昼過ぎには不安になり…… 道の脇に屯していた男たちに声を掛けた。
「我はダフィールド侯爵家が四男、ルーサー・ダフィールド。供の者を探しておる。我を館にまで連れてゆけ。褒美は出す」
彼が声を掛けた男たちは明らかに一般の人々が避ける類の『商人』だったが、世間知らずのお坊ちゃんにそれが分かろうはずもない。身包み剥がされて捨てられてもおかしくないところだったが、男たちは素直に彼を送ることにした。ただ連れて行くだけで金が貰えるなら楽な話だ。何より、侯爵家と近づける機会である。
だが、彼等の忍耐は翌日には限界に達した。ルーサーの我侭放題の言動に、つい手が出てしまったのだ。
「あほらしい。ここからは『誘拐』に切り替える」
怯えるルーサーを見下ろしながら、『商人』たちの頭が言った。
ルーサーの『家出』に気づいたクリスはすぐにその後を追った。そして、良からぬ風体の男たちと行動を共にする彼の目撃情報を得た。
ハンターたちに依頼を出し、自らもその行方を捜す。
「あんなバカ…… もう放っておけばいいじゃない」
焦燥の表情を浮かべ、マリーがクリスに愚痴を零す。
「引き受けたからには最後まで責任を持つ── 大丈夫。必ず助け出してみせますから」
リプレイ本文
とある小さな宿場街にてクリスらと合流したハンターたちは、慌しく状況の説明を受けると、休む間もなく街を出た。
「なるほど。それで私たちが『こんな格好』をするハメになりやがったわけですね……」
身に纏ったカソックを指で摘み上げながら。この地の装備制限について説明を受けたシレークス(ka0752)は不満げにそうぼやいた。
大きく胸元の開いた改造祭服を着て、棘鉄球つきの鉄鎖をブンブン振り回している彼女(注:画像はイメージです)の普段の格好からすれば、確かに随分と『おとなしい』──普通の聖職者に見える。
「ったく。いつもと違うからいかにも調子が…… って、サクラ。おめーは何て格好してやがりますか」
と、フード付きのマントを引っ被ってモジモジしている友人、サクラ・エルフリード(ka2598)に目敏く気づいたシレークスが、マントをがばちょと開け広げる。
その下に隠されていたのは、ビキニアーマーを身につけたサクラの肢体──その身を覆う鎧の面積は限りなく少なく。そして、見事なまでに凹凸もなにもない。
「こっ、これは、装備制限下での手持ちの防具がこれしかなかっただけで……!」
マントの前を掻き閉めながら、真っ赤になって反論するサクラ。それを生暖かい目で見返しながら、シレークスが再びマントを取り上げる。
「……お子様ビキニ(プフーッ!)」
「んなあっ!? そう言うあなたも、普段よりむしろ今の方がエロエロですからね! 露出が減ってエロさが増すとかどういう猥褻物ですか!」
ふふん? とサクラの眼前に、逆に挑発的に胸を突き出すシレークス。修道女と聖導士──2人の俗な言い争いに、同じ聖職者のロニ・カルディス(ka0551)が眉間を指で揉みつつ嘆息し。一方、ヴァイス(ka0364)は「仲が良いこった」と笑いながら、クリスを振り返って訊ねる。
「ところで、そのルーサーってのはどんな奴なんだ?」
「えっと……」
口ごもるクリスに代わって、マリーが脚色なく事実を告げた。
「これはまた随分と軽率と言うか、世間知らずと言うか…… 歳を考えれば仕方がないことでしょうか……」
話を聞き、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は困ったように息を吐いた。彼女自身、騎士階級の出身だが…… 確かに、わがままいっぱいに育てられた貴族や大商人の子らの中には、そういった子らも多くいた。
なるほど、とヴァイスは呟いた。少年の性格に関しては──育った環境や価値観が違う以上、ヴァイスにはどうとも言えない。ただ、そうある以上は、やはりクリスとマリーにはついて来てもらった方がよさそうだった。本来なら、安全な場所で待機していてもらうところだが……
「安心しな。坊主は必ず連れ帰ってやる」
悪口を言いつつも心配そうなマリーの様子に。ヴァイスはそう言うとポンポンと頭を叩いた。
●
川沿いの小さな田舎道。日除けの木々の植わった見晴らしの良い場所にルーサーと荒くれ者たちはいた。
「侯爵家の使いか? 金はきっちり用意してきたんだろうな?」
…………。
ハンターたちは顔を見合わせた。ロニはクルリと背を向けると、声をひそめて皆に言った。
「おい。『家出』して良からぬ輩とつるんでいる、って話だったが、いつの間にか『誘拐』されてるぞ」
「誘拐!?」
ロニの言葉に、時音 ざくろ(ka1250)が一際強い反応を示した。
「縛られてる…… 殴られた跡がある……! 見て、あの子、あんなに怯えて…… 子供を誘拐するなんて、ざくろ、絶対に許せない!」
心からの同情と、怒りを込めて、ざくろが言う。
怯えて声もなく震える男の子── ヴァルナは目を合わせると安心させるように微笑んだ。それに気づいてハッとするルーサー。ヴァルナは胸の前でキュッと拳を握って頑張るよう伝えると、一歩前へと進み出て男たちに呼びかけた。
「はい。我々はご当主様の命にて参りました」
そのまま交渉に来た態で芝居を続けるヴァルナ。
「こうなれば、身代金交渉に応じると見せかけつつ、隙を見て救出、制圧する。いいな?」
「うん! 誘拐されたルーサーを取り戻し、誘拐犯たちを撃退するよ!」
ロニの言葉に小さくおー! と拳を上げるざくろ。少年貴族・アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が「その意気や良し」と頬を紅潮させつつ、ロニと共に『交渉』の為の『小道具』の準備を手早く進める。
前に出ようとするクリスとマリー。それをヴァイスがさり気なく前に出る事で制した。シレークスもまた2人の傍らに静かに佇んで──荒くれ者どもに向ける穏やかな笑みが、常の彼女を知る者からすればむしろ怖い。
そんな彼女たちの更に後方──荒くれ者たちから見え難い人込みの最奥に位置取りながら、アイシュリング(ka2787)はフードを目深に被り直すと、魔導器たるカードバインダーを目立たぬよう手に収めた。
(いざとなれば、人質ごと『スリープクラウド』で男たちを無力化してしまう手段もある…… けど、その為にはもう少し距離を詰めないと……)
だが、突然現れた怪しげな集団(他にどう表現し得よう?)に、男たちも簡単には警戒を解かない。
「……本当に侯爵家から来たのか?」
アウレールは一歩前に出ると、男たちに慇懃に礼をした。
男たちがざわめいた。その視線は皆、アウレールに釘付けになっていた。──正確には、彼が持つ鞄の口から、覗く金の輝きに。
(いつの間に身代金なんて用意したの?)
(つい今しがた。見える所だけな。下は嵩増しだ)
こっそり訊ねるざくろに答えるロイ。アウレールは見せ金を幾らか積み上げながら、「不足はないと存じますが」などとしれっとのたまう。
その時にはもう男たちの頭の中から不信は影もなく消し飛んでいた。アウレールは心中に笑みを浮かべ、彼等に話を持ちかけた。
「では、ルーサー様を返していただきましょうか。お金をお渡しするのはその後ということで……」
「ふざけるな。金が先だ!」
「お金を先に渡すわけには…… 渡した瞬間、ルーサーくんを返さず逃げられても困りますし……」
サクラの言葉に罵声を浴びせる男たち。ロニは溜め息を吐くと、互いの代表者が中間地点で身代金とルーサーの交換を行うよう提案。交渉し、男たちを妥協させる。
縛られたルーサーを連れ、荒くれ者たちの頭が進み出る。現金の受け渡し役には、見た目『子供』なサクラとアウレールが指名された。
両手に武器がない──しかも、防具にも隠しようがない──ことを示しつつ、サクラがアウレールと共に鞄を手に前に出る。
(ついでに私の身体に見とれてくれれば、注意も逸らせて一石二鳥ですが……)
(注目はされてると思うぞ? 多分、なんだあれ? 的な意味で)
互いにゆっくりと前進していく両者──
高まる緊張の中、だが、ヴァイスは別の事象に気づいて、そちらにも意識を割かれた。
遠くから小さく響いてくる、何騎もの馬が駆け来る蹄の音── ざくろもまた道の先に立ち昇る砂煙を視認する。
「おい。何かが近づいて来るぞ。注意しろ」
ヴァイスは敢えてそれを荒くれ者たちにも報せた。そして、行動開始の合図を手信号で仲間に発した。
官憲の手入れか、と狼狽する男たち── アウレールが頭に声を掛ける。
「先程、侯爵家より来たと申しましたが…… 私、ダフィールド家とは縁も縁もない者でして」
「……何?」
「ああ、嘘は申しておりませんよ。私はブラオラント侯アウレール・エルンスト・ヘルマン──人を殺めぬ護国の刃! ルーサー・ダフィールド誘拐の罪にて貴様等を捕縛する。いざ神妙に縛につくがよい!」
貴様! と口から泡を飛ばし、抜き身の剣を振り下ろす頭の男。アウレールは後ろ手に組んだまま、それを避ける素振りも見せず…… 寸前、何も持たぬ『はず』のサクラが右手を振るい──宙を奔って煌く光の糸が、頭の右手を切り裂いた。
「ワイヤーだとっ!?」
「素手だと思いましたか? 甘いですよ」
そのままサクラと切り結ぶ頭。ルーサーから注意が逸れる。
「なう!」
瞬間、ずっと後方にいたはずのざくろがブーツからマテリアルを噴射して一気に距離を詰め。頭の側に立つルーサーをすっ飛びながら掻っ攫う。
「野郎!」
「ひょい」
頭が振り返るより早く、再びの『ジェットブーツ』でルーサーごと後方へと下がるざくろ。せめて金をと鞄を手に取った頭は、だが、見せ金に気づいて地面に叩きつける。
「怖かったよね……でも、もう大丈夫だよ」
靴底滑らせ着地しつつ、腕に抱いたルーサーにざくろがにっこりと笑い掛ける。
長い金髪を風になびかせ、入れ替わる様に前に出るヴァルナ。両手に刺突剣を抜き放ち、剣を打ち合わせること僅か数合。弾き飛ばした剣が地に落ちるより早く、頭の首筋に赤熱した剣先を突きつけたヴァルナが「そこまでです」と勝利を告げる。
前に出て来たロニから投槍とロープを受け取るアウレール。荒くれ者たちも頭を救出せんと得物を手に迫り──
剣戟は、だが、起こらなかった。……かの土煙の正体が、現場に姿を現したからだ。
それは8騎の騎兵だった。装備制限を無視した完全武装。しかも、それは路上に人が溢れていても一切速度を緩める事もなく。それどころか槍の穂先を向けて、路上を二列縦隊で脇目も触れずに突っ込んできた。
「まずいぞ、奴等、本気だ……!」
呻くヴァイス。騎兵先鋒が荒くれ者たちと接触し、槍と馬体が彼等を蹴散らす。
「わたくしに捕まって! 荒っぽくいきますよ!」
シレークスは傍らに立つクリスの腰を掻き抱くと、そのまま騎兵の鋭鋒を避けるべく北の河原へ飛び出した。同様にマリーを小脇に抱え、「なるほど!」と後続するヴァイス。この地の河原は砂利ではなく小岩──馬が全力で駆けるには危険な場所だ。
「そこは危険だ。あんたも来い!」
声を掛けられたアイシュリングは一瞬、躊躇して…… その言葉を振り切り、逆に騎兵を射程に捉えるべく前に出た。
「眠りをもたらす安らかなる風よ!」
右手の指先で魔導器を操作し、前方へと手を振るアイシュリング。濃度を増した青白い雲に包まれた騎兵は4騎。その内、2人が抵抗に失敗。強制的に誘われた眠りに1人はそのまま馬の背に突っ伏し…… もう一人は受身も取れずに落馬する。
「時音! ルーサーを連れて俺の後ろに!」
叫び、盾を構えて皆の前へと飛び出したロニが、己の不屈の意志を力に変えて、周囲に『侵入不可』の結界を展開する。
それは流れる川の只中に屹立する岩の如く、騎列を左右に引き裂いた。過ぎ行く槍の切っ先が、頭を、腕を掠め、切り裂いていく。槍の激流は他の仲間たちをも呑み込んだ。帽を、鮮やかな青地のドレスの肩口を立て続けに切り裂かれるヴァルナ。怯まず、続く4騎目の槍先をパラードしてからのリポストは、しかし、槍の長さと馬の機動力とにかわされた。サクラは、槍の穂先に胸板を貫かれた頭の身体ごと、馬体に跳ね飛ばされて諸共に地面へと転がされる。
アウレールは投槍を前方へ──落馬して逃げようとしていた騎兵へ投擲してその腿を貫くと、傍らを駆け抜けていく騎兵の脚へと取り付き、自身も跳ね飛ばされながら鞍上から引きずり落とした。そのまま相手の上を取り、背に膝を押し付けてロープで捕縛の体勢に入る。
そのまま後方へと抜けていった騎兵の群れは、こちらの様子を窺いつつ、反転。再度、こちらへ突撃の構えを見せた。
「てめぇらっ! いきなり何しやがりますか、あ"ぁ"っ!?」
「何者です!? いったいなぜこの様な……!」
シレークスの罵声とヴァルナの誰何。そのどちらにも答えはない。
突撃する6騎の進路は再び道の上── シレークスの予想通り、河原に入って来る様子はない。
(いえ、これは……?)
眉をひそめるアイシュリング。この騎兵たちの目標は…… もしかして、ルーサーではないのか?
「大丈夫。ルーサーの事はざくろが守るよ。これはおもちゃの銃だけど、見てて…… 伸びろ、機導剣! スーパー光線銃、ソードモード!」
「気をつけろ! 銃だ!」
マリーを背に庇いながら、気づいたヴァイスの警告の叫び── 瞬間、アイシュリングは珍しく大声を上げた。
「時音さん!」
「っ!」
瞬間、ルーサーを庇いつつ、ジェットブーツで跳ぶざくろ。駆けつけて来たロニが光の杭を投射するも、抵抗され、馬蹄に蹴散らされる。
直後、傍らを駆け抜けながら、騎兵たちが一斉に魔導銃を発砲した。
背中を撃ち貫かれたざくろが衝撃で地面へ落ち転がり。それでも両腕は抱いたルーサーを庇って手放さない。
全力で駆けつけて来たアイシュリングがその上へと覆い被さり、そのまま大地の精霊に呼びかけて、地面より生じせしめた土壁でもってその周囲を囲い込む。
それを見た騎兵たちは、振り返らず、そのまま走り去っていった。
戻って来る気配がないのを確認した後…… サクラは解けた土壁の元へと走り、ざくろに回復の光をかざす。
「……あは。援護と回復、ありがとう」
2人にそう礼を言って、ざくろは心配そうに見下ろすルーサーに、大丈夫、と笑みを向ける。
「してやられたな……」
拳を己の手の平に打ちつけ、アウレールが臍を噛む。
敵騎兵は落馬した2名を口封じに射殺していった。
●
本来であれば数時間の説教コース──のはずであったが、いまだに本気で怯え、恐怖に震える少年を見て、シレークスはその気も失せていた。
「今回の件は、ルーサーさんの失礼な物言いと間違った考え方が招いたもの。家柄を誇るなら、それに見合う人物であらねばなりません」
やさしく諭すように告げるヴァルナの言葉にも反応を示さず…… 彼女は労わるように背を撫でてからその場を後にする。
「……せめて今回の件で、家名を振りかざすばかりではダメだと気づいてくださればいいのですけど……」
心配そうに見やりながら、アウレールの横でヴァルナが呟く。……残念な事ではあるが、王国にはそれに気づけずにいる貴族が多すぎる。
「彼等は一度、ノブレスオブリージュの何たるかを叩き込んでもらった方がいいな。……王国貴族は百合の花によく似ている。オードラン家の花はこれからが見ごろのようだが、盛りを過ぎたフェルダーの花は……」
若い貴族たちを見比べながら、アウレール。
ヴァイスは無言でルーサーに歩み寄ると、傍らにしゃがみ込んでその頭をわしゃわしゃ撫でた。
少年は今回、初めて違う価値観を持つ大勢の人たちと接触を持ち得た。これを機に少しでも成長して欲しいと、そう思う。
(四男ということは上に3人。あまり跡目争いとは無縁に思えるけど……)
ルーサーを見やりながら、アイシュリング。
ダフィールド家への道は、遠い。
「なるほど。それで私たちが『こんな格好』をするハメになりやがったわけですね……」
身に纏ったカソックを指で摘み上げながら。この地の装備制限について説明を受けたシレークス(ka0752)は不満げにそうぼやいた。
大きく胸元の開いた改造祭服を着て、棘鉄球つきの鉄鎖をブンブン振り回している彼女(注:画像はイメージです)の普段の格好からすれば、確かに随分と『おとなしい』──普通の聖職者に見える。
「ったく。いつもと違うからいかにも調子が…… って、サクラ。おめーは何て格好してやがりますか」
と、フード付きのマントを引っ被ってモジモジしている友人、サクラ・エルフリード(ka2598)に目敏く気づいたシレークスが、マントをがばちょと開け広げる。
その下に隠されていたのは、ビキニアーマーを身につけたサクラの肢体──その身を覆う鎧の面積は限りなく少なく。そして、見事なまでに凹凸もなにもない。
「こっ、これは、装備制限下での手持ちの防具がこれしかなかっただけで……!」
マントの前を掻き閉めながら、真っ赤になって反論するサクラ。それを生暖かい目で見返しながら、シレークスが再びマントを取り上げる。
「……お子様ビキニ(プフーッ!)」
「んなあっ!? そう言うあなたも、普段よりむしろ今の方がエロエロですからね! 露出が減ってエロさが増すとかどういう猥褻物ですか!」
ふふん? とサクラの眼前に、逆に挑発的に胸を突き出すシレークス。修道女と聖導士──2人の俗な言い争いに、同じ聖職者のロニ・カルディス(ka0551)が眉間を指で揉みつつ嘆息し。一方、ヴァイス(ka0364)は「仲が良いこった」と笑いながら、クリスを振り返って訊ねる。
「ところで、そのルーサーってのはどんな奴なんだ?」
「えっと……」
口ごもるクリスに代わって、マリーが脚色なく事実を告げた。
「これはまた随分と軽率と言うか、世間知らずと言うか…… 歳を考えれば仕方がないことでしょうか……」
話を聞き、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は困ったように息を吐いた。彼女自身、騎士階級の出身だが…… 確かに、わがままいっぱいに育てられた貴族や大商人の子らの中には、そういった子らも多くいた。
なるほど、とヴァイスは呟いた。少年の性格に関しては──育った環境や価値観が違う以上、ヴァイスにはどうとも言えない。ただ、そうある以上は、やはりクリスとマリーにはついて来てもらった方がよさそうだった。本来なら、安全な場所で待機していてもらうところだが……
「安心しな。坊主は必ず連れ帰ってやる」
悪口を言いつつも心配そうなマリーの様子に。ヴァイスはそう言うとポンポンと頭を叩いた。
●
川沿いの小さな田舎道。日除けの木々の植わった見晴らしの良い場所にルーサーと荒くれ者たちはいた。
「侯爵家の使いか? 金はきっちり用意してきたんだろうな?」
…………。
ハンターたちは顔を見合わせた。ロニはクルリと背を向けると、声をひそめて皆に言った。
「おい。『家出』して良からぬ輩とつるんでいる、って話だったが、いつの間にか『誘拐』されてるぞ」
「誘拐!?」
ロニの言葉に、時音 ざくろ(ka1250)が一際強い反応を示した。
「縛られてる…… 殴られた跡がある……! 見て、あの子、あんなに怯えて…… 子供を誘拐するなんて、ざくろ、絶対に許せない!」
心からの同情と、怒りを込めて、ざくろが言う。
怯えて声もなく震える男の子── ヴァルナは目を合わせると安心させるように微笑んだ。それに気づいてハッとするルーサー。ヴァルナは胸の前でキュッと拳を握って頑張るよう伝えると、一歩前へと進み出て男たちに呼びかけた。
「はい。我々はご当主様の命にて参りました」
そのまま交渉に来た態で芝居を続けるヴァルナ。
「こうなれば、身代金交渉に応じると見せかけつつ、隙を見て救出、制圧する。いいな?」
「うん! 誘拐されたルーサーを取り戻し、誘拐犯たちを撃退するよ!」
ロニの言葉に小さくおー! と拳を上げるざくろ。少年貴族・アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が「その意気や良し」と頬を紅潮させつつ、ロニと共に『交渉』の為の『小道具』の準備を手早く進める。
前に出ようとするクリスとマリー。それをヴァイスがさり気なく前に出る事で制した。シレークスもまた2人の傍らに静かに佇んで──荒くれ者どもに向ける穏やかな笑みが、常の彼女を知る者からすればむしろ怖い。
そんな彼女たちの更に後方──荒くれ者たちから見え難い人込みの最奥に位置取りながら、アイシュリング(ka2787)はフードを目深に被り直すと、魔導器たるカードバインダーを目立たぬよう手に収めた。
(いざとなれば、人質ごと『スリープクラウド』で男たちを無力化してしまう手段もある…… けど、その為にはもう少し距離を詰めないと……)
だが、突然現れた怪しげな集団(他にどう表現し得よう?)に、男たちも簡単には警戒を解かない。
「……本当に侯爵家から来たのか?」
アウレールは一歩前に出ると、男たちに慇懃に礼をした。
男たちがざわめいた。その視線は皆、アウレールに釘付けになっていた。──正確には、彼が持つ鞄の口から、覗く金の輝きに。
(いつの間に身代金なんて用意したの?)
(つい今しがた。見える所だけな。下は嵩増しだ)
こっそり訊ねるざくろに答えるロイ。アウレールは見せ金を幾らか積み上げながら、「不足はないと存じますが」などとしれっとのたまう。
その時にはもう男たちの頭の中から不信は影もなく消し飛んでいた。アウレールは心中に笑みを浮かべ、彼等に話を持ちかけた。
「では、ルーサー様を返していただきましょうか。お金をお渡しするのはその後ということで……」
「ふざけるな。金が先だ!」
「お金を先に渡すわけには…… 渡した瞬間、ルーサーくんを返さず逃げられても困りますし……」
サクラの言葉に罵声を浴びせる男たち。ロニは溜め息を吐くと、互いの代表者が中間地点で身代金とルーサーの交換を行うよう提案。交渉し、男たちを妥協させる。
縛られたルーサーを連れ、荒くれ者たちの頭が進み出る。現金の受け渡し役には、見た目『子供』なサクラとアウレールが指名された。
両手に武器がない──しかも、防具にも隠しようがない──ことを示しつつ、サクラがアウレールと共に鞄を手に前に出る。
(ついでに私の身体に見とれてくれれば、注意も逸らせて一石二鳥ですが……)
(注目はされてると思うぞ? 多分、なんだあれ? 的な意味で)
互いにゆっくりと前進していく両者──
高まる緊張の中、だが、ヴァイスは別の事象に気づいて、そちらにも意識を割かれた。
遠くから小さく響いてくる、何騎もの馬が駆け来る蹄の音── ざくろもまた道の先に立ち昇る砂煙を視認する。
「おい。何かが近づいて来るぞ。注意しろ」
ヴァイスは敢えてそれを荒くれ者たちにも報せた。そして、行動開始の合図を手信号で仲間に発した。
官憲の手入れか、と狼狽する男たち── アウレールが頭に声を掛ける。
「先程、侯爵家より来たと申しましたが…… 私、ダフィールド家とは縁も縁もない者でして」
「……何?」
「ああ、嘘は申しておりませんよ。私はブラオラント侯アウレール・エルンスト・ヘルマン──人を殺めぬ護国の刃! ルーサー・ダフィールド誘拐の罪にて貴様等を捕縛する。いざ神妙に縛につくがよい!」
貴様! と口から泡を飛ばし、抜き身の剣を振り下ろす頭の男。アウレールは後ろ手に組んだまま、それを避ける素振りも見せず…… 寸前、何も持たぬ『はず』のサクラが右手を振るい──宙を奔って煌く光の糸が、頭の右手を切り裂いた。
「ワイヤーだとっ!?」
「素手だと思いましたか? 甘いですよ」
そのままサクラと切り結ぶ頭。ルーサーから注意が逸れる。
「なう!」
瞬間、ずっと後方にいたはずのざくろがブーツからマテリアルを噴射して一気に距離を詰め。頭の側に立つルーサーをすっ飛びながら掻っ攫う。
「野郎!」
「ひょい」
頭が振り返るより早く、再びの『ジェットブーツ』でルーサーごと後方へと下がるざくろ。せめて金をと鞄を手に取った頭は、だが、見せ金に気づいて地面に叩きつける。
「怖かったよね……でも、もう大丈夫だよ」
靴底滑らせ着地しつつ、腕に抱いたルーサーにざくろがにっこりと笑い掛ける。
長い金髪を風になびかせ、入れ替わる様に前に出るヴァルナ。両手に刺突剣を抜き放ち、剣を打ち合わせること僅か数合。弾き飛ばした剣が地に落ちるより早く、頭の首筋に赤熱した剣先を突きつけたヴァルナが「そこまでです」と勝利を告げる。
前に出て来たロニから投槍とロープを受け取るアウレール。荒くれ者たちも頭を救出せんと得物を手に迫り──
剣戟は、だが、起こらなかった。……かの土煙の正体が、現場に姿を現したからだ。
それは8騎の騎兵だった。装備制限を無視した完全武装。しかも、それは路上に人が溢れていても一切速度を緩める事もなく。それどころか槍の穂先を向けて、路上を二列縦隊で脇目も触れずに突っ込んできた。
「まずいぞ、奴等、本気だ……!」
呻くヴァイス。騎兵先鋒が荒くれ者たちと接触し、槍と馬体が彼等を蹴散らす。
「わたくしに捕まって! 荒っぽくいきますよ!」
シレークスは傍らに立つクリスの腰を掻き抱くと、そのまま騎兵の鋭鋒を避けるべく北の河原へ飛び出した。同様にマリーを小脇に抱え、「なるほど!」と後続するヴァイス。この地の河原は砂利ではなく小岩──馬が全力で駆けるには危険な場所だ。
「そこは危険だ。あんたも来い!」
声を掛けられたアイシュリングは一瞬、躊躇して…… その言葉を振り切り、逆に騎兵を射程に捉えるべく前に出た。
「眠りをもたらす安らかなる風よ!」
右手の指先で魔導器を操作し、前方へと手を振るアイシュリング。濃度を増した青白い雲に包まれた騎兵は4騎。その内、2人が抵抗に失敗。強制的に誘われた眠りに1人はそのまま馬の背に突っ伏し…… もう一人は受身も取れずに落馬する。
「時音! ルーサーを連れて俺の後ろに!」
叫び、盾を構えて皆の前へと飛び出したロニが、己の不屈の意志を力に変えて、周囲に『侵入不可』の結界を展開する。
それは流れる川の只中に屹立する岩の如く、騎列を左右に引き裂いた。過ぎ行く槍の切っ先が、頭を、腕を掠め、切り裂いていく。槍の激流は他の仲間たちをも呑み込んだ。帽を、鮮やかな青地のドレスの肩口を立て続けに切り裂かれるヴァルナ。怯まず、続く4騎目の槍先をパラードしてからのリポストは、しかし、槍の長さと馬の機動力とにかわされた。サクラは、槍の穂先に胸板を貫かれた頭の身体ごと、馬体に跳ね飛ばされて諸共に地面へと転がされる。
アウレールは投槍を前方へ──落馬して逃げようとしていた騎兵へ投擲してその腿を貫くと、傍らを駆け抜けていく騎兵の脚へと取り付き、自身も跳ね飛ばされながら鞍上から引きずり落とした。そのまま相手の上を取り、背に膝を押し付けてロープで捕縛の体勢に入る。
そのまま後方へと抜けていった騎兵の群れは、こちらの様子を窺いつつ、反転。再度、こちらへ突撃の構えを見せた。
「てめぇらっ! いきなり何しやがりますか、あ"ぁ"っ!?」
「何者です!? いったいなぜこの様な……!」
シレークスの罵声とヴァルナの誰何。そのどちらにも答えはない。
突撃する6騎の進路は再び道の上── シレークスの予想通り、河原に入って来る様子はない。
(いえ、これは……?)
眉をひそめるアイシュリング。この騎兵たちの目標は…… もしかして、ルーサーではないのか?
「大丈夫。ルーサーの事はざくろが守るよ。これはおもちゃの銃だけど、見てて…… 伸びろ、機導剣! スーパー光線銃、ソードモード!」
「気をつけろ! 銃だ!」
マリーを背に庇いながら、気づいたヴァイスの警告の叫び── 瞬間、アイシュリングは珍しく大声を上げた。
「時音さん!」
「っ!」
瞬間、ルーサーを庇いつつ、ジェットブーツで跳ぶざくろ。駆けつけて来たロニが光の杭を投射するも、抵抗され、馬蹄に蹴散らされる。
直後、傍らを駆け抜けながら、騎兵たちが一斉に魔導銃を発砲した。
背中を撃ち貫かれたざくろが衝撃で地面へ落ち転がり。それでも両腕は抱いたルーサーを庇って手放さない。
全力で駆けつけて来たアイシュリングがその上へと覆い被さり、そのまま大地の精霊に呼びかけて、地面より生じせしめた土壁でもってその周囲を囲い込む。
それを見た騎兵たちは、振り返らず、そのまま走り去っていった。
戻って来る気配がないのを確認した後…… サクラは解けた土壁の元へと走り、ざくろに回復の光をかざす。
「……あは。援護と回復、ありがとう」
2人にそう礼を言って、ざくろは心配そうに見下ろすルーサーに、大丈夫、と笑みを向ける。
「してやられたな……」
拳を己の手の平に打ちつけ、アウレールが臍を噛む。
敵騎兵は落馬した2名を口封じに射殺していった。
●
本来であれば数時間の説教コース──のはずであったが、いまだに本気で怯え、恐怖に震える少年を見て、シレークスはその気も失せていた。
「今回の件は、ルーサーさんの失礼な物言いと間違った考え方が招いたもの。家柄を誇るなら、それに見合う人物であらねばなりません」
やさしく諭すように告げるヴァルナの言葉にも反応を示さず…… 彼女は労わるように背を撫でてからその場を後にする。
「……せめて今回の件で、家名を振りかざすばかりではダメだと気づいてくださればいいのですけど……」
心配そうに見やりながら、アウレールの横でヴァルナが呟く。……残念な事ではあるが、王国にはそれに気づけずにいる貴族が多すぎる。
「彼等は一度、ノブレスオブリージュの何たるかを叩き込んでもらった方がいいな。……王国貴族は百合の花によく似ている。オードラン家の花はこれからが見ごろのようだが、盛りを過ぎたフェルダーの花は……」
若い貴族たちを見比べながら、アウレール。
ヴァイスは無言でルーサーに歩み寄ると、傍らにしゃがみ込んでその頭をわしゃわしゃ撫でた。
少年は今回、初めて違う価値観を持つ大勢の人たちと接触を持ち得た。これを機に少しでも成長して欲しいと、そう思う。
(四男ということは上に3人。あまり跡目争いとは無縁に思えるけど……)
ルーサーを見やりながら、アイシュリング。
ダフィールド家への道は、遠い。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/31 18:18:40 |
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相談 サクラ・エルフリード(ka2598) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/06/03 00:38:12 |