ゲスト
(ka0000)
【闘祭】CRAVING DOGFIGHT
マスター:風亜智疾

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/04 19:00
- 完成日
- 2016/06/17 03:21
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
■
「……つまり、どういう事だ」
要領を得ない、と眉を顰めるディーノ・オルトリーニ(kz0148)に、顔馴染みの受付担当はからからと笑い声をあげた。
「心配しなくても、これはちゃんとした依頼だって。しかも、ソサエティ直々の!」
やましい事など何もないから心配するな。そう言われてもディーノの顔から渋さは抜ける事はない。
(どうしてこうなった)
――時は、数十分前に遡る。
■
世界情勢は相も変わらず不安定。この世界に暮らす全ての生き物は、今日も不気味な敵からの侵略に怯え抗っていた。
青い星からやって来たという船の周囲では、また大規模な作戦が展開されている。
ハンターオフィスの窓から空を見上げて、ディーノは深い溜息を一つ落とした。
全てのハンターがその作戦に向かったわけではない。全員が向かってしまえば、その間それ以外の任務が全てストップしてしまうからだ。
故にディーノは残る事を選んだ。
「……ま。こんなおっさんが行くより、若いヤツに任せた方がいいに決まってる」
腰に携えた剣に手を添えて零れた言葉は、何処か自嘲を含む響きで。
常に前線で戦ってきた者ではなく、彼は一度ハンターという立場から離れた者だ。剣を振るう事は出来るが、復帰してもブランクを強く感じている。
単純に、もう若くはないとも言えるかもしれないが。
「ディーノ、お待たせ」
思考を断ち切ったのは、馴染みの受付男性だ。その手で、数枚の書類がひらひらと揺れている。
――そして話は冒頭に戻る。
■
「武闘大会? このご時世にか」
「お祭り半分、訓練半分だと思えばいいじゃないか。れっきとしたソサエティ主催だぞ?」
訓練。そう言われてしまえば、ディーノには強く拒否する事は出来ない。
自身より若い後続たちに抗う術を渡すのも、先達である自分の役目だ。
(ガラでもないな)
「……で、俺は何をすればいいんだ」
溜息を吐いて促したディーノに、受付男性は実にいい笑顔で一枚の資料を差し出す。紙には「対人模擬戦闘」の一行。
「……おい」
「なんだディーノ。今更断るのは無しだぞ」
「そうじゃない。資料はどこだ」
ディーノが続いて差し出した手を見て、受付男性は首を傾げる。
「だから、それが資料だ」
言葉を受けて、ディーノはもう一度資料を見る。紙には一行「対人模擬戦闘」。
ゆっくりと深く息を吐いて、ディーノは痛み始めた頭をそっと押さえた。ついでに、震える拳も抑えた。
「丸投げか……!!」
「いや初めての事だからなぁ。こっちでどこまで定めていいのか、悩んでるんだよ」
だから、お前達がまず実際にやってみて、それを元に細かいルールを定めるから。
まぁよろしく頼むよ。
そんな明るい口調の受付男性を目の前に、嘗て灰色狼と呼ばれたハンターは今日一番の溜息を吐き出すのだった。
「……つまり、どういう事だ」
要領を得ない、と眉を顰めるディーノ・オルトリーニ(kz0148)に、顔馴染みの受付担当はからからと笑い声をあげた。
「心配しなくても、これはちゃんとした依頼だって。しかも、ソサエティ直々の!」
やましい事など何もないから心配するな。そう言われてもディーノの顔から渋さは抜ける事はない。
(どうしてこうなった)
――時は、数十分前に遡る。
■
世界情勢は相も変わらず不安定。この世界に暮らす全ての生き物は、今日も不気味な敵からの侵略に怯え抗っていた。
青い星からやって来たという船の周囲では、また大規模な作戦が展開されている。
ハンターオフィスの窓から空を見上げて、ディーノは深い溜息を一つ落とした。
全てのハンターがその作戦に向かったわけではない。全員が向かってしまえば、その間それ以外の任務が全てストップしてしまうからだ。
故にディーノは残る事を選んだ。
「……ま。こんなおっさんが行くより、若いヤツに任せた方がいいに決まってる」
腰に携えた剣に手を添えて零れた言葉は、何処か自嘲を含む響きで。
常に前線で戦ってきた者ではなく、彼は一度ハンターという立場から離れた者だ。剣を振るう事は出来るが、復帰してもブランクを強く感じている。
単純に、もう若くはないとも言えるかもしれないが。
「ディーノ、お待たせ」
思考を断ち切ったのは、馴染みの受付男性だ。その手で、数枚の書類がひらひらと揺れている。
――そして話は冒頭に戻る。
■
「武闘大会? このご時世にか」
「お祭り半分、訓練半分だと思えばいいじゃないか。れっきとしたソサエティ主催だぞ?」
訓練。そう言われてしまえば、ディーノには強く拒否する事は出来ない。
自身より若い後続たちに抗う術を渡すのも、先達である自分の役目だ。
(ガラでもないな)
「……で、俺は何をすればいいんだ」
溜息を吐いて促したディーノに、受付男性は実にいい笑顔で一枚の資料を差し出す。紙には「対人模擬戦闘」の一行。
「……おい」
「なんだディーノ。今更断るのは無しだぞ」
「そうじゃない。資料はどこだ」
ディーノが続いて差し出した手を見て、受付男性は首を傾げる。
「だから、それが資料だ」
言葉を受けて、ディーノはもう一度資料を見る。紙には一行「対人模擬戦闘」。
ゆっくりと深く息を吐いて、ディーノは痛み始めた頭をそっと押さえた。ついでに、震える拳も抑えた。
「丸投げか……!!」
「いや初めての事だからなぁ。こっちでどこまで定めていいのか、悩んでるんだよ」
だから、お前達がまず実際にやってみて、それを元に細かいルールを定めるから。
まぁよろしく頼むよ。
そんな明るい口調の受付男性を目の前に、嘗て灰色狼と呼ばれたハンターは今日一番の溜息を吐き出すのだった。
リプレイ本文
――埃舞う地に、嵐吹く。
■リハビリVSリハビリ
「よぉ、ディーノの旦那。ちょいと俺のリハビリに付き合ってくれ」
肩を回し首を回しながら言うジャンク(ka4072)をちらりと横目で見て、彼の対戦相手であるディーノ・オルトリーニは緩慢な態度で頷いた。
持ってきた撒菱や発煙手榴弾、水風船を目の前で審判に預けたが、これといって相手の表情は揺るがない。
(へぇ? 全く気になりません、ってか)
大方予想はついていたが、少しばかり落胆する。すぐに気を取り直しはするけれど。
広場の中、ディーノがゆっくりと立ったのはジャンクの対角上だ。
お互いに端と端。その位置に立ち、ジャンクは首を捻る。相手は長距離に特化した猟撃士ではなく、闘狩人だ。だというのに、この距離は一体何なのか。
持ち込んだ盾を木の枝で自立させ、大きく息を吐く。
お互いに得物を手に。審判が手を振り下ろした、その瞬間から。
広場は戦場になる。
◆
既にこの間合いである事自体、猟撃士である自分にとっては不利に近い。
しかし不利だと分かっているからこそ、それに対する対応も考える事が出来る。
重心を低くし、まずは相手の動き出しを確認。流石にこの間合いでは攻撃の手がないのだろう。
ディーノは剣を片手に一気に駆け出してくる。自身まであと6mといったところで立ち止まった相手へと、ジャンクは魔導銃の引き金を引いた。
狙い違わず相手の足元へと威嚇射撃が放たれ、動きを止めた相手を見てジャンクは小さく口角をあげた。
「猟撃士がこの間合い。やれる事はクローズドコンバットだけ。そう思ってたか?」
「……いや。相手の出方を見るのが、俺のやり方なだけだ」
つまり、手札を全部引き出そうってわけか。そう思い至ってジャンクは嗤う。
「ならお望み通り、二枚目の手札を切りますかっと」
次は速度で負けられない。負ければ最後、闘狩人相手では一気に詰められる。
その前に足を縫い止められれば、ジャンクにも勝機が見えてくるのだ。装填されたエネルギーに意思を込め、狙いを定めて発砲。
着弾し、傷を負えば相手の動きが鈍るその弾丸は、違わず相手へ線を描き――。
振り抜かれた剣閃が、鈍い音と共に弾丸を弾き飛ばした。
「おいおいおいおい」
氷の弾丸を弾き飛ばしたディーノが、振り抜いた剣の遠心力を利用して一気に駆け込んでくる。
「ちょ、まった!!」
嘘だろおい! とジャンクが叫ぶ声に、ディーノは至って真剣な表情で。
「まずはその壁から、潰させてもらう」
勢いよく、盾ごとジャンクを蹴り飛ばした。
覚醒者が触れて使うからこそ、強力な武器なのであり、手を放してしまえばそれはただの無機物の塊だ。
自分へと寄りかかる盾は、このままでは邪魔もの以外のなにものでもない。
舌打ち一つ。ジャンクは盾を振り払うようにして除くと、土で擦れて血が流れだした頬を拭って一気に間合いを取るべく動き出した。
威嚇は成功。氷の弾丸は弾かれた。間合いは詰められ、次取るべきは。
「間合いの確保!」
反転し、一気に駆け出す。
可能な限り前へ前へ。盾を放棄した分、動きは多少楽になっている。
後方から迫るディーノを手裏剣で威嚇しつつ、前へ前へ。障害物を盾にすべく、まずは土製山の後方へ回り込んだ。
後方から追いかける形のディーノがこちらに回り込むのには時間がかかる。
その間にまた少しでも距離を。そう思った、次の瞬間。
「いいのか、そこで」
まるで獣の唸り声のような。獲物を前に喉を鳴らすかのような低い声が響き。
「――っ!!!」
咄嗟に飛び退ったジャンクの眼前で、勢いよく土の山が弾けた。
目を眇めるディーノを視界に捉えながら、つぅと米神から滑り落ちた血を拭う。どうやら跳ねた土が思った以上の速度で掠めたらしい。
(これだから前衛職は怖ぇんだよ……!)
確かに、事前に注意は受けていた。それなりの攻撃で障害物は破壊出来る。
恐らく今、相手が使用したのは闘狩人の技の一つであり、警戒の一つに組み込んでいた刺突一閃。
これでディーノの手札を1枚切らせた。若干命がいくつあっても足りない感はするが、紙一重良しとする。
「……よく避けたな」
「殺気隠さなかったクセによく言うぜ……!」
更に距離を取ろうと駆けて、次の障害物。水溜りを視界に捉え、瞬考。
先ほどから走り回っていたおかげで、どうやらジャンクは元の自分がいた場所へと戻り始めている。
水溜りと他方をちらりと確認し、もう一度最短距離の思考を巡らせた。
一か八か、伸るか反るか。幸いにも銃の間合いまでは引き離している。
音を立てて装填。勢いよく踏み出した足を水溜りへと叩き込む。上がるやや泥交じりの水飛沫。
水溜りを抜ける瞬間、後ろ足で思い切り水を後方へと蹴り上げれば、接近していたディーノが勢いよく剣を横に薙ぎ水を弾く。
逃げ続けるジャンクにはもう手札がないのだろうかと、そうディーノが一瞬でも思えば。それが。
「コールだ旦那!」
急停止、ターン、真横には――二撃目でディーノによって薙ぎ払われた、盾。
カウンターを狙おうというのか、ぐっと溜めの体勢を取ろうとしたディーノとは違う方向へ、握られた銃は発砲された。
広場に響く、破裂するような音。そのあとに響いたのは、なにか金属が地面に落下する音。
「……跳弾、か」
「乗ってもらえて助かったぜ」
ジャンクの最後の切り札は、カウンターに対してのワイルドカード。
それは全ての条件が整わなければ発動しない、まさに一か八かの賭けの一発だ。
盾とディーノの立ち位置。相手がカウンターを狙うべく先手を取らない事。銃の射程である事。何かの障害物によって相手が咄嗟の回避行動を取る事。
そして何より。相手が自分の切り札の枚数を見誤る事。
ジャンクが放った攻撃は盾によって跳弾し、そして見事ディーノの利き腕を貫通してその武器を取り落させる事に成功した。
だらりと下がった自身の右腕と、滑り落ちた西洋剣を交互に見るディーノへと改めて銃口を向ける。
「王手だ。ディーノの旦那」
ルールでは8割の体力を削った方の勝利。しかし、このままでは相手は満足に剣を握る事も出来ないだろう。
武器を振るう力が鈍った相手に遅れを取るほど、ジャンクは「リハビリ不足」というわけではない。
ゆるりと左手を持ち上げたディーノが、そのまま苦笑を漏らした。
「降参だ」
リハビリ対決 勝者――ジャンク。
■戦友VS戦友
「あんたとは一回殺りあってみたかったんだ……さぁ、楽しもうぜ! 誠一!!」
輝く胸の刻印と緋の瞳。風に靡く銀の髪。
これから繰り広げられる戦闘への期待を込めた獰猛な笑みを浮かべるクィーロ・ヴェリル(ka4122)に対するのは、彼の飲み仲間であり戦友とも呼べるであろう神代 誠一(ka2086)だ。
「ん。よろしく」
地面を軽くつま先で蹴り、眼鏡のブリッジを持ち上げた誠一もまた、普段の温厚さを潜めて不敵な笑みを返した。
腕から武器まで伝った茨が風に舞う新緑に巻き上げられるように飛散する。
両者準備万端。其々の獲物を手に、立ち位置はやや正面からはずれた場所に。
互いにこの位置取りを選んだのは、獲物が刀で利き手が右だからだろうか。抜き放たれた刀が、丁度振り切れるその位置。
各々体勢を低く。審判の振り上げた手が下りた瞬間に。戦いは始まる。
◆
カチリカチリ。頭の中でピースを並べ替えていくように、誠一は戦場を脳内へとスキャンしていく。
「小細工無しの真っ向勝負と洒落込もうぜ!」
まず駆け込んで間合いを詰めたのはクィーロだ。抜き身の刀を腰下に下げるように持って、まずは速度重視。
眼鏡の奥の瞳をやや細め、クィーロの動きを盤面に反映させつつ手にした刀の柄を回転させるように持ち直す。
僅かな隙は態と。そして、それに乗るクィーロの大振りも態と。
大きく振りかぶられた刀は体重を乗せて、予想以上の加速で誠一の頭上へと振り下ろされた。
上から直線の攻撃を体を捻り避けた誠一は、クィーロと視線を合わせると口角を上げて見せる。
回避行動を利用して、瞬く影その通りに手にした刀を下段から跳ね上げるように切り上げれば。咄嗟の回避のおかげで浅く胸部を裂かれるに留まったクィーロが、楽し気に笑い声をあげた。
「いいねぇ誠一。そうこないとな!」
「クィーロ相手に手加減するわけないだろう? まだまだ」
日常からは想像もつかないような獰猛さを孕んだ笑みを互いに浮かべつつ、武器を振り下ろし、薙ぎ払う。
打ち合い、離れ、また打ち合い。躱し斬り結びまた打ち合い。
鍔迫り合いを最初に脱したのは、後方に下がった誠一だった。
脳内に広げられた、寸分違わぬフィールドパズルの上を駒が移動するように。躊躇いもなく後方。水溜りへと左足を突っ込んだ。
水溜りへと一瞬視線を移せば、障害物を利用した攻撃を警戒しクィーロは動きを鈍らせる。
誠一は視線誘導の後も攻撃の手を休めない。
武器が纏うのは若芽の光。繰り出すのは自身の信念そのものだ。
夜明けの光を意味する技の名は『暁光撃』。
振り抜かれた刀は勢いよくクィーロの腹部を薙ぐ。飛び散る鮮血にレンズの向こう側。相手を見やれば。
(まずいっ……!)
そこに立っていたのは、見た事もないほどの獰猛さと残忍さを含んだ、クィーロの嗤い。
「肉を切らせて骨を断つ、ってな!!」
更に距離をゼロにするように踏み込んだクィーロが、その勢いを乗せたカウンターの一撃を閃かせた。
咄嗟の判断で左腕を刀と自身の間に割り込ませ、胴体を薙ぎ払われる事だけは回避する。しかし、狙い澄まされたカウンターのせいで左腕はほぼ使用不能といってもいいダメージを受けてしまった。
土埃上がる広場が、ぼたりと落ちる二人の鮮血を吸い込んでいく。
「流石だな」
誠一は少しずれた眼鏡をブリッジを押さえて引き上げる。
自身の味方であるうち。背を守りあううちは頼もしいと言える戦友は、相対すると何よりも厄介な相手だった。
「はははは! 楽しいな!! 殺し合いじゃねぇってのは残念だが……こういうのも悪くねぇ!!」
同じ事をまた、クィーロも感じていた。
戦いと覚醒による気分の昂揚の更に内で、内心舌を巻くしかない。
最初の移動のその後から、どう考えてもまるで進路や動きを「読まれて」いるように感じるのだ。
防御を捨てた自分が前進する事を予測して、自身の背後にある障害物すらも完璧に把握する。
誠一はクィーロの戦闘センスに。クィーロは誠一の戦闘思考に。
其々が畏怖と尊敬を抱くのも仕方のない事だろう。
地面を蹴るようにして更に後退し、水溜りを抜ける誠一を追いかけながら、クィーロは次に誠一が取りそうな行動を予測する。
(左腕は潰したが、まだ利き腕が残ってる。大振りすりゃ冷静に躱されてカウンターか)
ならば自分がする事は、カウンター攻撃にすらカウンターするような、そんな攻撃。
先ほどからの打ち合いで、ある程度誠一の回避行動は読めてきた。
狙うのは――。
大きく上段から切り下そうとすれば、先手を取って体を捻って回避される。
「そう来ると思ったぜ……!」
ぐっと柄を握り込み刀を持ち直すと、強引に剣閃をずらし脚部狙いの一撃。
レンズの向こうが、嗤った気がした。
「そう思っただろう?」
勢いよく蹴り上げられた誠一の足に供えられていたのは鈍く光るレガース。クィーロの放った一撃を受け流し、体を捻って勢いを乗せた蹴りを放つ。
レガースを纏った誠一の蹴りが先に斬りつけた腹部へと叩き込まれる、その寸前。
「っらぁ!!!」
体を回転させて誠一の背面を取り、遠心力を利用した重く鋭い一閃が、目を見開いた誠一の背を大きく切り裂いた。
――そこまで!!
広場に響いた言葉に、双方がぴたりと動きを止める。
先に大きく息を吐いて座り込んだのはクィーロだった。
「……っはぁ……」
駆け寄ってきたソサエティの人間が、ヒールで治療を施していく。
ある程度傷が塞がっても、すぐに疲労感が体から抜けるのは難しい。
「お疲れ、クィーロ」
「あー……うん。今日は無理を聞いてくれてありがとうね」
汗を拭いつつ声をかけた誠一は、新しいタオルをクィーロへと放り投げた。
風で軌道がずれたように見えたそれは、それすらも計算されていたかのようにクィーロの手の中へと落ちてくる。
「相変わらず怖いなぁ」
「うん? 何か言ったか?」
「いいや」
穏やかな笑みを浮かべている眼前の男が練る策を、クィーロは知っている。
伊達に同じ戦場を駆けてきたわけではない。
けれどそれは、誠一がクィーロに対して抱くのも同じだ。
抱えるものが大きいせいで、穏やかな性格の中にほんの僅かの卑屈さを備える男は、日常でも戦闘でもひどく頼りになる存在なのだという事を、誠一だって知っているのだから。
「気分転換になったなら何よりだよ」
「……あぁ、いい気分転換になったと思うよ」
互いに傷も癒え、次の対戦の為に広場を後にする時間がやって来る。
埃っぽい中、ぐっと伸びをひとつして、クィーロは誠一へと向き直った。
どこか照れくさそうな、けれど真摯さを含んだ視線。
「……これからも宜しく、隊長さん」
「隊長なんて呼ぶなって。俺は雑用係みたいなもんだって言ってるだろ」
朗らかに、全てを受け入れるように笑う誠一に、クィーロは思う。
(……照れてる)
誇らしくもどこか照れくさい。そんな心境すら、背中を守り合う二人は分かり合っているのかもしれない。
戦友対決 勝者――クィーロ・ヴェリル。
■信念VS信念
「舞刀士ねー。詰まる所……近づかれたらアウトっと」
軽く屈伸運動で体をほぐす龍崎・カズマ(ka0178)が、相手の戦闘スタイルを予測しつつ呟く。
対するは巨漢、バリトン(ka5112)だ。
「ふぅむ。ちょっとした息抜きのつもりじゃったが……そうも言ってられんのぅ」
過去、二人は同じ依頼で会った事がある。故に、相手の力量をそれなりに把握しているつもりだ。
だからこそ、難敵といえる。
お互いに立ち位置へと移動し、埃舞う視界の先に相手を見据え。
審判の、手が振り下ろされた。
◆
(さて……これは困った)
内心苦笑を漏らしてバリトンはカズマとの距離を改めて確認する。
お互いの立ち位置は事前に手前か奥か。それしか決め合ってなかった。
まさか、ここまでお互い対極の位置に立つ事になるとは。いや、予測していなかったわけではないが、さて。
軽く髭をひと撫でして、脳内で次の一手を組み立てるバリトンと同じく、カズマも内心苦虫を噛み潰していた。
(同じ事を考えてた、って事か……)
お互いの位置の傍にあるのは、高さ1mの土山。
目立って突出した障害物だからこそ敵の目を引き、また自身の作戦の中にも織り込みやすい。
とはいえ、舞刀士と闘狩人の戦闘スタイルから考えれば、いつまでもこのまま射程外で睨み合っていても埒が明かない。
幸い自分の武器は射程のある拳銃だ。こちらから不用意に距離を詰めてやる必要はない。
ある意味忍耐勝負だと、カズマは気合を入れ直す。
「仕方あるまいの」
ぐっと移動に向けての溜めの姿勢を取ったバリトンが、その巨体に似つかわしくないスピードで間合いを詰めるべく動き出す。
それを確認してカズマは手前にある山へと身を隠すように移動し、銃を構えた。発砲音と共に放たれた弾丸は、狙い違わず一直線にバリトンの脚部を狙う。
それに対してバリトンは巨大な刀である天墜を勢いよく振り抜くことで弾く。
「げっ」
思わず零れた悪態に続いて、次はスローイングカードを武器を持つ手目掛けて投擲。上腕を切り裂いたが、それでもバリトンは怯まない。
元よりバリトンは、カズマとの戦闘は「耐えきれるか、相手に決められるか」になるだろうと予測していた。
だからこそ、微かな傷程度は織り込み済みなのだ。
土山の上から見える巨漢に向かってカズマが腹部目掛けて発砲するも、やはり動きは止まらない。
大きく上段に構えたバリトンの腕部が、力の伝達によって大きく盛り上がり。
「ふんっ!!」
振り下ろされた天墜は、土山を粉砕しその向こうのカズマの頬を切り裂いた。
「あっぶな……!」
瞬脚で一気に飛び退ったカズマが、粉砕された元土山である砂埃に紛れてスキルを使用してカードを投擲する。狙うは脚部。
咄嗟の投擲だが狙いは外さない。大腿部を裂いたカードを睨みつけるように見やって、バリトンは嘆息する。
なかなかに骨の折れる戦闘になりそうだ。
何せ、バリトンは近接しか戦闘方法がないのに、相手は拳銃にカードにと遠距離を主体に攻撃してくるのだ。
となれば、バリトンが取れる戦闘方法は。
「近づくしかなかろうな」
取られた分以上に距離を詰め、次の足場は水場だ。
浅いとはいえ、踏み入れれば不快感と僅かな抵抗を生じるだろうそこに、カズマは足を突っ込む。
勢いよく水を蹴り上げつつカードを投擲するカズマに向かって、カードごと叩き伏せるように水平に構えた巨大な刀を手に、バリトンは間合いを詰めた。
そのまま僅かに体を退きながら切り下すも、カズマは間一髪身を捩る事で回避に成功する。
「悪いが、真っ二つになるわけにはいかないんでねっ」
「それはわしも同じでな」
返す刀で切り裂く先は、カズマの脚部。立て続けの回避は間に合わず、大きく太ももを裂かれたカズマが顔を歪めた。
しかしここで足を止めればバリトンの思う壺だ。疾影士である自分の得意とする戦い方は、所謂「卑怯」と言われるものだと、カズマは自覚している。
それを悪い事だとも思わないし、当然だと思っている。戦いにおいては、自分の戦闘スタイルが相手からどう見られるかが重要なのではない。結果が全てだ。
勝てないのなら負けない。それは、戦闘に置いての絶対条件。
ボタボタと落ちる自身の血を無視して、カズマは走る。
次のステージは沼地だ。そこまでは、何としてでも持たせて見せる。
同じく、足を負傷しているバリトンはその姿を追いつつ感嘆の息を吐いていた。
自分の戦い方をしっかりと心得たうえで、負傷してもなお諦めず走るその姿を、羨ましくも思っていた。
(次は沼地か。そろそろ、互いに移動するのが辛くなってきたところかのぅ)
土に染み込んでいく相手の血液と、それを上書きするように自分の後ろに続く赤い道。
カズマにカズマの戦い方に対する思いがあるように、バリトンにもまた譲れない戦い方がある。
たとえ力技だと言われても、それが自身の能力を一番発揮する方法ならばそれを活かす。
力技だけで敵が折れないのならば、敵の不意を突いてフェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出す。
そうしてバリトンは今まで戦い抜いてきたのだ。
カズマが沼地に踏み込んだ次の瞬間。バリトンは遂にカズマに追いつく。
蹴り上げられた泥を払うように腕を上げた相手に向かって、カズマは再度勢いよくカードを投擲した。
右目の上を切り裂いた攻撃を避けることなく受けた巨漢の腕が太く大きくなる。
飛び退るにも間合いは詰められすぎている。それでも諦めきれずにぐっと回避行動のための体勢を整える。
それすらも薙ぎ払うように。
正しく肉を斬り骨を断つ一撃が、カズマの体を切り裂こうと振り下ろされ――。
次いで響いたのは、乾いた銃声。
ゆっくりと倒れたのは、バリトンだった。
――そこまで!
間一髪、最後の銃弾を放って辛くも勝利したカズマが、倒れたまま傷の手当を受けるバリトンを見やる。
(真っ二つにされるかと思った)
あの迫真の攻撃を躱せたのは、半分以上奇跡かもしれない。いくら自身が素早さにおいて相手より有利であっても。あの攻撃はそれすら上回ろうとした。
「……怖いねぇ」
自身も手当てを受けながら、カズマは空を見上げるのだった。
信念対決 勝者――龍崎・カズマ
■戦闘狂VS戦闘狂
ある意味。この試合だけ何かが違っていた。
後に、この依頼に参加したメンバー全員が口をそろえてそう言う事になる。
片や、槍を担ぎ場を見据える少年。片や、身の丈以上の刀を背に構える少女。
ウィンス・デイランダール(ka0039)とリリティア・オルベール(ka3054)は、各々手前と奥のまで移動すると、お互いを見据えつつゆっくりと歩を進める。
ちょうど真ん中に近い辺りで歩を止めたウィンスに揃え、リリティアも足を止める。
互いに正面同士、不敵な笑みと視線を交わし合う。
模擬戦最後の戦闘が、始まる。
◆
真っ先に間合いを詰めたのはリリティアだ。
巨大な刀を持っているなどと思えないスピードであっという間に接近すると、まずは挨拶代わりの一閃。
その手元を見ていたウィンスは、冷静に自身の槍を軸にして回避する。槍の柄と、巨大な刀が噛みあって甲高い音を響かせた。
「……ふふ。まさかこんな所で機会に恵まれるなんて……」
場にそぐわない、軽やかな声が響く。楽しそうに。本当に楽しそうにリリティアは笑う。
「一度全力でやり合ってみたいと思ってたんです」
「オレも同じだ。お前の強さは底が知れない」
同じく相対するウィンスも、楽し気に口角を引き上げていた。
「歪で、不可解で、圧倒的な強さ」
「失礼ですね。まぁ……」
ギリギリと拮抗する力と会話を楽しみながら、リリティアは宣言する。
「勝っても負けても、恨みっこ無しですよ!!」
「上等だ」
互いに飛び退って一度距離を取って仕切り直し。互いの獲物の重さと間合いは把握出来た。
ここからが、互いの本領発揮だ。
槍の間合いを保つべく距離を確保しようと移動を続けるウィンスへと、逆に影を纏うように一瞬で間合いを詰めようとするリリティアは接近しながら手裏剣を投擲する。
手裏剣を回避するも、紙一重、避けきれなかった手裏剣は空気と共にウィンスの頬を浅く切り裂いた。
傷をものともせずウィンスは更に移動を続け、目指す土山の裏へと辿り着くと、身を低く攻撃態勢を取る。
(持久力勝負は分が悪い。折角の障害物を利用しない手はない)
山の向こうで、巨大な刀を構えたリリティアと睨み合い。
先に間合いを詰めたのは、やはりリリティアの方だった。
槍に比べ刀は、やはり巨大ではあっても間合いが狭い。身を低くしていたウィンスは土山へと体の半分以上を隠しているので、投擲武器も狙いが難しい。
であれば、間合いを詰めるしか方法がない。
もちろんそれを、ウィンスが狙っていると理解していてもだ。
小さく響くパキパキという音で、相手が何を仕掛けてこようとしているのか大体は分かる。
土山の向こう、白銀が逆巻く。これから起こる事を予測して、リリティアは刀を構え。
ウィンスは自身の槍へと膨れ上がったエネルギーを纏わせ、更に体勢を低く。白い息を吐き出しながらぐっと足を前後に開き。勢いよく下げた槍は、一気に土山を崩さんばかりに横薙ぎされた。
爆音と吹雪のような白銀が舞い散る。その向こう、刀を構えたリリティアの姿を土煙の向こう僅かに捉えると、ウィンスはその脚部目掛けて一気に槍を横に切り返す。
心理的に上を庇うはずだ。そう予測した上でのウィンスの下段への攻撃は、地面と平行に走り。
「チッ!」
手ごたえのないまま振り切った槍に、思わず舌打ちを漏らしたウィンスの側面から鈍色の剣閃が走った。
振り切った槍は受けに間に合わない。体を転がすように回避を試みたウィンスだが、肩口を切り裂かれてしまった。
零れ落ちる鮮血と、小さく鈍く響く痛みに、彼は楽し気に嗤う。
「楽しいな、オルベール」
ゆらり、土煙の向こうから姿を現す相手を見定めて、少年は声高々と吠えた。
「お前と戦うのは――楽しい!」
「今のでは仕留められませんでしたか。流石ですね」
冷静にウィンスを見据えつつ、リリティアは休む間を与えずに斬撃を加えていく。視線のフェイントでウィンスの気を散らしつつ、体内にマテリアルを巡らせ確実に連撃を叩き込む。
槍を構え、その柄で受け流しきれず回避も間に合わない攻撃に、ウィンスの体には傷が刻まれていく。
頬を裂かれ、大腿部を裂かれても、目の前の少年は不屈の精神で倒れない。
体勢は低く。攪乱するようなリリティアの動きに次第に慣れてきたのか、ウィンスは不敵な笑みを浮かべた。
裂かれた足を勢いよく踏み込んで、逆に間合いを詰めると。
薙ぎ払いを警戒したリリティアの腹部に向かって、恐ろしい速度で槍を突き出した。
回避を許さないその槍先は、この場の何よりも素早くリリティアのわき腹を抉り切る。
顔を眇め後退するリリティアは、それでもただでは終わらせないと言わんばかりの視線でウィンスの武器を睨みつけた。
何かを引っ張るように彼女が手を後方に引けば、ウィンスが突き出した槍がぐんっと力強く引っ張られる。
慌てて握りなおさなければ、手からすり抜けていたかもしれない。
視線を槍の先へと移すとそこには絡みついたワイヤーウィップ。
夥しい量の血を流してもなお、強い視線は変わらない。
思わずウィンスの背に冷たい汗が流れ落ちた、次の瞬間。
――そ、そこまで!!!
二人の間に、審判とディーノが飛び込んだ。
■CRAVING DOGFIGHT
最後の戦闘は、負傷度合いからウィンスの勝利となった。
「言っときますけど、私はまだ戦えますからね」
恨みっこなし。とは言ったが、それでも悔しさは残る。
ウィンスに向かって言い放ったリリティアの顔は、悔しさ半分、楽しさ半分といったところだった。
「それにしても……いくら体力が回復するからといって、あそこまで本気で戦うか……?」
溜息をつきながらそう言うディーノへと、ウィンスは至極真面目な表情で言葉を返す。
「目の前に渇望する相手がいるのに、指を咥えて見てるだけなんざ御免だ」
戦う機会など滅多にない相手。そんな相手と戦ってこそ、自分の課題が見えてくる。
向上心の塊のような少年に苦笑を漏らし、ディーノはひとつだけ言葉を返した。
「お前は強くなる男だな」
「……当然だ」
全員の傷が完全に癒えた後の話を、少しだけするのならば。
負傷度合いの酷かったクィーロ、誠一、リリティアは不本意ながら回復担当からお小言をもらう羽目になってしまった。
曰く。
「いくら回復するからといって、止血量次第では危ないんだよ!?」
ただしこれは、怒りではなく心配から来た言葉なので、大目に見て頂ければ幸いである。
後日、優秀者について発表があった。
優秀者の選出理由について、選出を担当したディーノ・オルトリーニはこう述べたという。
「あくまで闘祭のための模擬戦闘だ。見ていて派手な方が、観客は素直に楽しめると判断した」
――血沸き肉躍る闘いの祭り本戦が、始まろうとしている。
END
■リハビリVSリハビリ
「よぉ、ディーノの旦那。ちょいと俺のリハビリに付き合ってくれ」
肩を回し首を回しながら言うジャンク(ka4072)をちらりと横目で見て、彼の対戦相手であるディーノ・オルトリーニは緩慢な態度で頷いた。
持ってきた撒菱や発煙手榴弾、水風船を目の前で審判に預けたが、これといって相手の表情は揺るがない。
(へぇ? 全く気になりません、ってか)
大方予想はついていたが、少しばかり落胆する。すぐに気を取り直しはするけれど。
広場の中、ディーノがゆっくりと立ったのはジャンクの対角上だ。
お互いに端と端。その位置に立ち、ジャンクは首を捻る。相手は長距離に特化した猟撃士ではなく、闘狩人だ。だというのに、この距離は一体何なのか。
持ち込んだ盾を木の枝で自立させ、大きく息を吐く。
お互いに得物を手に。審判が手を振り下ろした、その瞬間から。
広場は戦場になる。
◆
既にこの間合いである事自体、猟撃士である自分にとっては不利に近い。
しかし不利だと分かっているからこそ、それに対する対応も考える事が出来る。
重心を低くし、まずは相手の動き出しを確認。流石にこの間合いでは攻撃の手がないのだろう。
ディーノは剣を片手に一気に駆け出してくる。自身まであと6mといったところで立ち止まった相手へと、ジャンクは魔導銃の引き金を引いた。
狙い違わず相手の足元へと威嚇射撃が放たれ、動きを止めた相手を見てジャンクは小さく口角をあげた。
「猟撃士がこの間合い。やれる事はクローズドコンバットだけ。そう思ってたか?」
「……いや。相手の出方を見るのが、俺のやり方なだけだ」
つまり、手札を全部引き出そうってわけか。そう思い至ってジャンクは嗤う。
「ならお望み通り、二枚目の手札を切りますかっと」
次は速度で負けられない。負ければ最後、闘狩人相手では一気に詰められる。
その前に足を縫い止められれば、ジャンクにも勝機が見えてくるのだ。装填されたエネルギーに意思を込め、狙いを定めて発砲。
着弾し、傷を負えば相手の動きが鈍るその弾丸は、違わず相手へ線を描き――。
振り抜かれた剣閃が、鈍い音と共に弾丸を弾き飛ばした。
「おいおいおいおい」
氷の弾丸を弾き飛ばしたディーノが、振り抜いた剣の遠心力を利用して一気に駆け込んでくる。
「ちょ、まった!!」
嘘だろおい! とジャンクが叫ぶ声に、ディーノは至って真剣な表情で。
「まずはその壁から、潰させてもらう」
勢いよく、盾ごとジャンクを蹴り飛ばした。
覚醒者が触れて使うからこそ、強力な武器なのであり、手を放してしまえばそれはただの無機物の塊だ。
自分へと寄りかかる盾は、このままでは邪魔もの以外のなにものでもない。
舌打ち一つ。ジャンクは盾を振り払うようにして除くと、土で擦れて血が流れだした頬を拭って一気に間合いを取るべく動き出した。
威嚇は成功。氷の弾丸は弾かれた。間合いは詰められ、次取るべきは。
「間合いの確保!」
反転し、一気に駆け出す。
可能な限り前へ前へ。盾を放棄した分、動きは多少楽になっている。
後方から迫るディーノを手裏剣で威嚇しつつ、前へ前へ。障害物を盾にすべく、まずは土製山の後方へ回り込んだ。
後方から追いかける形のディーノがこちらに回り込むのには時間がかかる。
その間にまた少しでも距離を。そう思った、次の瞬間。
「いいのか、そこで」
まるで獣の唸り声のような。獲物を前に喉を鳴らすかのような低い声が響き。
「――っ!!!」
咄嗟に飛び退ったジャンクの眼前で、勢いよく土の山が弾けた。
目を眇めるディーノを視界に捉えながら、つぅと米神から滑り落ちた血を拭う。どうやら跳ねた土が思った以上の速度で掠めたらしい。
(これだから前衛職は怖ぇんだよ……!)
確かに、事前に注意は受けていた。それなりの攻撃で障害物は破壊出来る。
恐らく今、相手が使用したのは闘狩人の技の一つであり、警戒の一つに組み込んでいた刺突一閃。
これでディーノの手札を1枚切らせた。若干命がいくつあっても足りない感はするが、紙一重良しとする。
「……よく避けたな」
「殺気隠さなかったクセによく言うぜ……!」
更に距離を取ろうと駆けて、次の障害物。水溜りを視界に捉え、瞬考。
先ほどから走り回っていたおかげで、どうやらジャンクは元の自分がいた場所へと戻り始めている。
水溜りと他方をちらりと確認し、もう一度最短距離の思考を巡らせた。
一か八か、伸るか反るか。幸いにも銃の間合いまでは引き離している。
音を立てて装填。勢いよく踏み出した足を水溜りへと叩き込む。上がるやや泥交じりの水飛沫。
水溜りを抜ける瞬間、後ろ足で思い切り水を後方へと蹴り上げれば、接近していたディーノが勢いよく剣を横に薙ぎ水を弾く。
逃げ続けるジャンクにはもう手札がないのだろうかと、そうディーノが一瞬でも思えば。それが。
「コールだ旦那!」
急停止、ターン、真横には――二撃目でディーノによって薙ぎ払われた、盾。
カウンターを狙おうというのか、ぐっと溜めの体勢を取ろうとしたディーノとは違う方向へ、握られた銃は発砲された。
広場に響く、破裂するような音。そのあとに響いたのは、なにか金属が地面に落下する音。
「……跳弾、か」
「乗ってもらえて助かったぜ」
ジャンクの最後の切り札は、カウンターに対してのワイルドカード。
それは全ての条件が整わなければ発動しない、まさに一か八かの賭けの一発だ。
盾とディーノの立ち位置。相手がカウンターを狙うべく先手を取らない事。銃の射程である事。何かの障害物によって相手が咄嗟の回避行動を取る事。
そして何より。相手が自分の切り札の枚数を見誤る事。
ジャンクが放った攻撃は盾によって跳弾し、そして見事ディーノの利き腕を貫通してその武器を取り落させる事に成功した。
だらりと下がった自身の右腕と、滑り落ちた西洋剣を交互に見るディーノへと改めて銃口を向ける。
「王手だ。ディーノの旦那」
ルールでは8割の体力を削った方の勝利。しかし、このままでは相手は満足に剣を握る事も出来ないだろう。
武器を振るう力が鈍った相手に遅れを取るほど、ジャンクは「リハビリ不足」というわけではない。
ゆるりと左手を持ち上げたディーノが、そのまま苦笑を漏らした。
「降参だ」
リハビリ対決 勝者――ジャンク。
■戦友VS戦友
「あんたとは一回殺りあってみたかったんだ……さぁ、楽しもうぜ! 誠一!!」
輝く胸の刻印と緋の瞳。風に靡く銀の髪。
これから繰り広げられる戦闘への期待を込めた獰猛な笑みを浮かべるクィーロ・ヴェリル(ka4122)に対するのは、彼の飲み仲間であり戦友とも呼べるであろう神代 誠一(ka2086)だ。
「ん。よろしく」
地面を軽くつま先で蹴り、眼鏡のブリッジを持ち上げた誠一もまた、普段の温厚さを潜めて不敵な笑みを返した。
腕から武器まで伝った茨が風に舞う新緑に巻き上げられるように飛散する。
両者準備万端。其々の獲物を手に、立ち位置はやや正面からはずれた場所に。
互いにこの位置取りを選んだのは、獲物が刀で利き手が右だからだろうか。抜き放たれた刀が、丁度振り切れるその位置。
各々体勢を低く。審判の振り上げた手が下りた瞬間に。戦いは始まる。
◆
カチリカチリ。頭の中でピースを並べ替えていくように、誠一は戦場を脳内へとスキャンしていく。
「小細工無しの真っ向勝負と洒落込もうぜ!」
まず駆け込んで間合いを詰めたのはクィーロだ。抜き身の刀を腰下に下げるように持って、まずは速度重視。
眼鏡の奥の瞳をやや細め、クィーロの動きを盤面に反映させつつ手にした刀の柄を回転させるように持ち直す。
僅かな隙は態と。そして、それに乗るクィーロの大振りも態と。
大きく振りかぶられた刀は体重を乗せて、予想以上の加速で誠一の頭上へと振り下ろされた。
上から直線の攻撃を体を捻り避けた誠一は、クィーロと視線を合わせると口角を上げて見せる。
回避行動を利用して、瞬く影その通りに手にした刀を下段から跳ね上げるように切り上げれば。咄嗟の回避のおかげで浅く胸部を裂かれるに留まったクィーロが、楽し気に笑い声をあげた。
「いいねぇ誠一。そうこないとな!」
「クィーロ相手に手加減するわけないだろう? まだまだ」
日常からは想像もつかないような獰猛さを孕んだ笑みを互いに浮かべつつ、武器を振り下ろし、薙ぎ払う。
打ち合い、離れ、また打ち合い。躱し斬り結びまた打ち合い。
鍔迫り合いを最初に脱したのは、後方に下がった誠一だった。
脳内に広げられた、寸分違わぬフィールドパズルの上を駒が移動するように。躊躇いもなく後方。水溜りへと左足を突っ込んだ。
水溜りへと一瞬視線を移せば、障害物を利用した攻撃を警戒しクィーロは動きを鈍らせる。
誠一は視線誘導の後も攻撃の手を休めない。
武器が纏うのは若芽の光。繰り出すのは自身の信念そのものだ。
夜明けの光を意味する技の名は『暁光撃』。
振り抜かれた刀は勢いよくクィーロの腹部を薙ぐ。飛び散る鮮血にレンズの向こう側。相手を見やれば。
(まずいっ……!)
そこに立っていたのは、見た事もないほどの獰猛さと残忍さを含んだ、クィーロの嗤い。
「肉を切らせて骨を断つ、ってな!!」
更に距離をゼロにするように踏み込んだクィーロが、その勢いを乗せたカウンターの一撃を閃かせた。
咄嗟の判断で左腕を刀と自身の間に割り込ませ、胴体を薙ぎ払われる事だけは回避する。しかし、狙い澄まされたカウンターのせいで左腕はほぼ使用不能といってもいいダメージを受けてしまった。
土埃上がる広場が、ぼたりと落ちる二人の鮮血を吸い込んでいく。
「流石だな」
誠一は少しずれた眼鏡をブリッジを押さえて引き上げる。
自身の味方であるうち。背を守りあううちは頼もしいと言える戦友は、相対すると何よりも厄介な相手だった。
「はははは! 楽しいな!! 殺し合いじゃねぇってのは残念だが……こういうのも悪くねぇ!!」
同じ事をまた、クィーロも感じていた。
戦いと覚醒による気分の昂揚の更に内で、内心舌を巻くしかない。
最初の移動のその後から、どう考えてもまるで進路や動きを「読まれて」いるように感じるのだ。
防御を捨てた自分が前進する事を予測して、自身の背後にある障害物すらも完璧に把握する。
誠一はクィーロの戦闘センスに。クィーロは誠一の戦闘思考に。
其々が畏怖と尊敬を抱くのも仕方のない事だろう。
地面を蹴るようにして更に後退し、水溜りを抜ける誠一を追いかけながら、クィーロは次に誠一が取りそうな行動を予測する。
(左腕は潰したが、まだ利き腕が残ってる。大振りすりゃ冷静に躱されてカウンターか)
ならば自分がする事は、カウンター攻撃にすらカウンターするような、そんな攻撃。
先ほどからの打ち合いで、ある程度誠一の回避行動は読めてきた。
狙うのは――。
大きく上段から切り下そうとすれば、先手を取って体を捻って回避される。
「そう来ると思ったぜ……!」
ぐっと柄を握り込み刀を持ち直すと、強引に剣閃をずらし脚部狙いの一撃。
レンズの向こうが、嗤った気がした。
「そう思っただろう?」
勢いよく蹴り上げられた誠一の足に供えられていたのは鈍く光るレガース。クィーロの放った一撃を受け流し、体を捻って勢いを乗せた蹴りを放つ。
レガースを纏った誠一の蹴りが先に斬りつけた腹部へと叩き込まれる、その寸前。
「っらぁ!!!」
体を回転させて誠一の背面を取り、遠心力を利用した重く鋭い一閃が、目を見開いた誠一の背を大きく切り裂いた。
――そこまで!!
広場に響いた言葉に、双方がぴたりと動きを止める。
先に大きく息を吐いて座り込んだのはクィーロだった。
「……っはぁ……」
駆け寄ってきたソサエティの人間が、ヒールで治療を施していく。
ある程度傷が塞がっても、すぐに疲労感が体から抜けるのは難しい。
「お疲れ、クィーロ」
「あー……うん。今日は無理を聞いてくれてありがとうね」
汗を拭いつつ声をかけた誠一は、新しいタオルをクィーロへと放り投げた。
風で軌道がずれたように見えたそれは、それすらも計算されていたかのようにクィーロの手の中へと落ちてくる。
「相変わらず怖いなぁ」
「うん? 何か言ったか?」
「いいや」
穏やかな笑みを浮かべている眼前の男が練る策を、クィーロは知っている。
伊達に同じ戦場を駆けてきたわけではない。
けれどそれは、誠一がクィーロに対して抱くのも同じだ。
抱えるものが大きいせいで、穏やかな性格の中にほんの僅かの卑屈さを備える男は、日常でも戦闘でもひどく頼りになる存在なのだという事を、誠一だって知っているのだから。
「気分転換になったなら何よりだよ」
「……あぁ、いい気分転換になったと思うよ」
互いに傷も癒え、次の対戦の為に広場を後にする時間がやって来る。
埃っぽい中、ぐっと伸びをひとつして、クィーロは誠一へと向き直った。
どこか照れくさそうな、けれど真摯さを含んだ視線。
「……これからも宜しく、隊長さん」
「隊長なんて呼ぶなって。俺は雑用係みたいなもんだって言ってるだろ」
朗らかに、全てを受け入れるように笑う誠一に、クィーロは思う。
(……照れてる)
誇らしくもどこか照れくさい。そんな心境すら、背中を守り合う二人は分かり合っているのかもしれない。
戦友対決 勝者――クィーロ・ヴェリル。
■信念VS信念
「舞刀士ねー。詰まる所……近づかれたらアウトっと」
軽く屈伸運動で体をほぐす龍崎・カズマ(ka0178)が、相手の戦闘スタイルを予測しつつ呟く。
対するは巨漢、バリトン(ka5112)だ。
「ふぅむ。ちょっとした息抜きのつもりじゃったが……そうも言ってられんのぅ」
過去、二人は同じ依頼で会った事がある。故に、相手の力量をそれなりに把握しているつもりだ。
だからこそ、難敵といえる。
お互いに立ち位置へと移動し、埃舞う視界の先に相手を見据え。
審判の、手が振り下ろされた。
◆
(さて……これは困った)
内心苦笑を漏らしてバリトンはカズマとの距離を改めて確認する。
お互いの立ち位置は事前に手前か奥か。それしか決め合ってなかった。
まさか、ここまでお互い対極の位置に立つ事になるとは。いや、予測していなかったわけではないが、さて。
軽く髭をひと撫でして、脳内で次の一手を組み立てるバリトンと同じく、カズマも内心苦虫を噛み潰していた。
(同じ事を考えてた、って事か……)
お互いの位置の傍にあるのは、高さ1mの土山。
目立って突出した障害物だからこそ敵の目を引き、また自身の作戦の中にも織り込みやすい。
とはいえ、舞刀士と闘狩人の戦闘スタイルから考えれば、いつまでもこのまま射程外で睨み合っていても埒が明かない。
幸い自分の武器は射程のある拳銃だ。こちらから不用意に距離を詰めてやる必要はない。
ある意味忍耐勝負だと、カズマは気合を入れ直す。
「仕方あるまいの」
ぐっと移動に向けての溜めの姿勢を取ったバリトンが、その巨体に似つかわしくないスピードで間合いを詰めるべく動き出す。
それを確認してカズマは手前にある山へと身を隠すように移動し、銃を構えた。発砲音と共に放たれた弾丸は、狙い違わず一直線にバリトンの脚部を狙う。
それに対してバリトンは巨大な刀である天墜を勢いよく振り抜くことで弾く。
「げっ」
思わず零れた悪態に続いて、次はスローイングカードを武器を持つ手目掛けて投擲。上腕を切り裂いたが、それでもバリトンは怯まない。
元よりバリトンは、カズマとの戦闘は「耐えきれるか、相手に決められるか」になるだろうと予測していた。
だからこそ、微かな傷程度は織り込み済みなのだ。
土山の上から見える巨漢に向かってカズマが腹部目掛けて発砲するも、やはり動きは止まらない。
大きく上段に構えたバリトンの腕部が、力の伝達によって大きく盛り上がり。
「ふんっ!!」
振り下ろされた天墜は、土山を粉砕しその向こうのカズマの頬を切り裂いた。
「あっぶな……!」
瞬脚で一気に飛び退ったカズマが、粉砕された元土山である砂埃に紛れてスキルを使用してカードを投擲する。狙うは脚部。
咄嗟の投擲だが狙いは外さない。大腿部を裂いたカードを睨みつけるように見やって、バリトンは嘆息する。
なかなかに骨の折れる戦闘になりそうだ。
何せ、バリトンは近接しか戦闘方法がないのに、相手は拳銃にカードにと遠距離を主体に攻撃してくるのだ。
となれば、バリトンが取れる戦闘方法は。
「近づくしかなかろうな」
取られた分以上に距離を詰め、次の足場は水場だ。
浅いとはいえ、踏み入れれば不快感と僅かな抵抗を生じるだろうそこに、カズマは足を突っ込む。
勢いよく水を蹴り上げつつカードを投擲するカズマに向かって、カードごと叩き伏せるように水平に構えた巨大な刀を手に、バリトンは間合いを詰めた。
そのまま僅かに体を退きながら切り下すも、カズマは間一髪身を捩る事で回避に成功する。
「悪いが、真っ二つになるわけにはいかないんでねっ」
「それはわしも同じでな」
返す刀で切り裂く先は、カズマの脚部。立て続けの回避は間に合わず、大きく太ももを裂かれたカズマが顔を歪めた。
しかしここで足を止めればバリトンの思う壺だ。疾影士である自分の得意とする戦い方は、所謂「卑怯」と言われるものだと、カズマは自覚している。
それを悪い事だとも思わないし、当然だと思っている。戦いにおいては、自分の戦闘スタイルが相手からどう見られるかが重要なのではない。結果が全てだ。
勝てないのなら負けない。それは、戦闘に置いての絶対条件。
ボタボタと落ちる自身の血を無視して、カズマは走る。
次のステージは沼地だ。そこまでは、何としてでも持たせて見せる。
同じく、足を負傷しているバリトンはその姿を追いつつ感嘆の息を吐いていた。
自分の戦い方をしっかりと心得たうえで、負傷してもなお諦めず走るその姿を、羨ましくも思っていた。
(次は沼地か。そろそろ、互いに移動するのが辛くなってきたところかのぅ)
土に染み込んでいく相手の血液と、それを上書きするように自分の後ろに続く赤い道。
カズマにカズマの戦い方に対する思いがあるように、バリトンにもまた譲れない戦い方がある。
たとえ力技だと言われても、それが自身の能力を一番発揮する方法ならばそれを活かす。
力技だけで敵が折れないのならば、敵の不意を突いてフェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出す。
そうしてバリトンは今まで戦い抜いてきたのだ。
カズマが沼地に踏み込んだ次の瞬間。バリトンは遂にカズマに追いつく。
蹴り上げられた泥を払うように腕を上げた相手に向かって、カズマは再度勢いよくカードを投擲した。
右目の上を切り裂いた攻撃を避けることなく受けた巨漢の腕が太く大きくなる。
飛び退るにも間合いは詰められすぎている。それでも諦めきれずにぐっと回避行動のための体勢を整える。
それすらも薙ぎ払うように。
正しく肉を斬り骨を断つ一撃が、カズマの体を切り裂こうと振り下ろされ――。
次いで響いたのは、乾いた銃声。
ゆっくりと倒れたのは、バリトンだった。
――そこまで!
間一髪、最後の銃弾を放って辛くも勝利したカズマが、倒れたまま傷の手当を受けるバリトンを見やる。
(真っ二つにされるかと思った)
あの迫真の攻撃を躱せたのは、半分以上奇跡かもしれない。いくら自身が素早さにおいて相手より有利であっても。あの攻撃はそれすら上回ろうとした。
「……怖いねぇ」
自身も手当てを受けながら、カズマは空を見上げるのだった。
信念対決 勝者――龍崎・カズマ
■戦闘狂VS戦闘狂
ある意味。この試合だけ何かが違っていた。
後に、この依頼に参加したメンバー全員が口をそろえてそう言う事になる。
片や、槍を担ぎ場を見据える少年。片や、身の丈以上の刀を背に構える少女。
ウィンス・デイランダール(ka0039)とリリティア・オルベール(ka3054)は、各々手前と奥のまで移動すると、お互いを見据えつつゆっくりと歩を進める。
ちょうど真ん中に近い辺りで歩を止めたウィンスに揃え、リリティアも足を止める。
互いに正面同士、不敵な笑みと視線を交わし合う。
模擬戦最後の戦闘が、始まる。
◆
真っ先に間合いを詰めたのはリリティアだ。
巨大な刀を持っているなどと思えないスピードであっという間に接近すると、まずは挨拶代わりの一閃。
その手元を見ていたウィンスは、冷静に自身の槍を軸にして回避する。槍の柄と、巨大な刀が噛みあって甲高い音を響かせた。
「……ふふ。まさかこんな所で機会に恵まれるなんて……」
場にそぐわない、軽やかな声が響く。楽しそうに。本当に楽しそうにリリティアは笑う。
「一度全力でやり合ってみたいと思ってたんです」
「オレも同じだ。お前の強さは底が知れない」
同じく相対するウィンスも、楽し気に口角を引き上げていた。
「歪で、不可解で、圧倒的な強さ」
「失礼ですね。まぁ……」
ギリギリと拮抗する力と会話を楽しみながら、リリティアは宣言する。
「勝っても負けても、恨みっこ無しですよ!!」
「上等だ」
互いに飛び退って一度距離を取って仕切り直し。互いの獲物の重さと間合いは把握出来た。
ここからが、互いの本領発揮だ。
槍の間合いを保つべく距離を確保しようと移動を続けるウィンスへと、逆に影を纏うように一瞬で間合いを詰めようとするリリティアは接近しながら手裏剣を投擲する。
手裏剣を回避するも、紙一重、避けきれなかった手裏剣は空気と共にウィンスの頬を浅く切り裂いた。
傷をものともせずウィンスは更に移動を続け、目指す土山の裏へと辿り着くと、身を低く攻撃態勢を取る。
(持久力勝負は分が悪い。折角の障害物を利用しない手はない)
山の向こうで、巨大な刀を構えたリリティアと睨み合い。
先に間合いを詰めたのは、やはりリリティアの方だった。
槍に比べ刀は、やはり巨大ではあっても間合いが狭い。身を低くしていたウィンスは土山へと体の半分以上を隠しているので、投擲武器も狙いが難しい。
であれば、間合いを詰めるしか方法がない。
もちろんそれを、ウィンスが狙っていると理解していてもだ。
小さく響くパキパキという音で、相手が何を仕掛けてこようとしているのか大体は分かる。
土山の向こう、白銀が逆巻く。これから起こる事を予測して、リリティアは刀を構え。
ウィンスは自身の槍へと膨れ上がったエネルギーを纏わせ、更に体勢を低く。白い息を吐き出しながらぐっと足を前後に開き。勢いよく下げた槍は、一気に土山を崩さんばかりに横薙ぎされた。
爆音と吹雪のような白銀が舞い散る。その向こう、刀を構えたリリティアの姿を土煙の向こう僅かに捉えると、ウィンスはその脚部目掛けて一気に槍を横に切り返す。
心理的に上を庇うはずだ。そう予測した上でのウィンスの下段への攻撃は、地面と平行に走り。
「チッ!」
手ごたえのないまま振り切った槍に、思わず舌打ちを漏らしたウィンスの側面から鈍色の剣閃が走った。
振り切った槍は受けに間に合わない。体を転がすように回避を試みたウィンスだが、肩口を切り裂かれてしまった。
零れ落ちる鮮血と、小さく鈍く響く痛みに、彼は楽し気に嗤う。
「楽しいな、オルベール」
ゆらり、土煙の向こうから姿を現す相手を見定めて、少年は声高々と吠えた。
「お前と戦うのは――楽しい!」
「今のでは仕留められませんでしたか。流石ですね」
冷静にウィンスを見据えつつ、リリティアは休む間を与えずに斬撃を加えていく。視線のフェイントでウィンスの気を散らしつつ、体内にマテリアルを巡らせ確実に連撃を叩き込む。
槍を構え、その柄で受け流しきれず回避も間に合わない攻撃に、ウィンスの体には傷が刻まれていく。
頬を裂かれ、大腿部を裂かれても、目の前の少年は不屈の精神で倒れない。
体勢は低く。攪乱するようなリリティアの動きに次第に慣れてきたのか、ウィンスは不敵な笑みを浮かべた。
裂かれた足を勢いよく踏み込んで、逆に間合いを詰めると。
薙ぎ払いを警戒したリリティアの腹部に向かって、恐ろしい速度で槍を突き出した。
回避を許さないその槍先は、この場の何よりも素早くリリティアのわき腹を抉り切る。
顔を眇め後退するリリティアは、それでもただでは終わらせないと言わんばかりの視線でウィンスの武器を睨みつけた。
何かを引っ張るように彼女が手を後方に引けば、ウィンスが突き出した槍がぐんっと力強く引っ張られる。
慌てて握りなおさなければ、手からすり抜けていたかもしれない。
視線を槍の先へと移すとそこには絡みついたワイヤーウィップ。
夥しい量の血を流してもなお、強い視線は変わらない。
思わずウィンスの背に冷たい汗が流れ落ちた、次の瞬間。
――そ、そこまで!!!
二人の間に、審判とディーノが飛び込んだ。
■CRAVING DOGFIGHT
最後の戦闘は、負傷度合いからウィンスの勝利となった。
「言っときますけど、私はまだ戦えますからね」
恨みっこなし。とは言ったが、それでも悔しさは残る。
ウィンスに向かって言い放ったリリティアの顔は、悔しさ半分、楽しさ半分といったところだった。
「それにしても……いくら体力が回復するからといって、あそこまで本気で戦うか……?」
溜息をつきながらそう言うディーノへと、ウィンスは至極真面目な表情で言葉を返す。
「目の前に渇望する相手がいるのに、指を咥えて見てるだけなんざ御免だ」
戦う機会など滅多にない相手。そんな相手と戦ってこそ、自分の課題が見えてくる。
向上心の塊のような少年に苦笑を漏らし、ディーノはひとつだけ言葉を返した。
「お前は強くなる男だな」
「……当然だ」
全員の傷が完全に癒えた後の話を、少しだけするのならば。
負傷度合いの酷かったクィーロ、誠一、リリティアは不本意ながら回復担当からお小言をもらう羽目になってしまった。
曰く。
「いくら回復するからといって、止血量次第では危ないんだよ!?」
ただしこれは、怒りではなく心配から来た言葉なので、大目に見て頂ければ幸いである。
後日、優秀者について発表があった。
優秀者の選出理由について、選出を担当したディーノ・オルトリーニはこう述べたという。
「あくまで闘祭のための模擬戦闘だ。見ていて派手な方が、観客は素直に楽しめると判断した」
――血沸き肉躍る闘いの祭り本戦が、始まろうとしている。
END
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 クィーロ・ヴェリル(ka4122) 人間(リアルブルー)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/06/02 23:02:22 |
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質問卓 ジャンク(ka4072) 人間(クリムゾンウェスト)|53才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/06/02 20:23:33 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/31 01:54:39 |