ゲスト
(ka0000)
屍の恋人、偕老同穴の誓い
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/23 07:30
- 完成日
- 2016/07/02 14:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
これはお守り。貴方が無事に帰って来れますように。
青年の長い髪の毛を自分で織ったリボンでくくってあげると、彼は何度もそのリボンの感触を確かめていた。
このリボンにかけて必ず帰って来るよ。帰ったら……一緒になろう。袂を分かつのはこれが最初で最後。
共に老い、死んでもずっと一緒に。
ぼんやりと鏡の前に座る女は、そんなことを思い出していた。
鏡に映る自分は真っ白な絹を幾重ものレースにした豪華なウェディングドレスに包まれていた。滅多にしない化粧も施して、口には紅を。
そんな花嫁衣装に身を包むことは小さいころからの憧れではあった。だから今幸せかというと……そうではなかった。
肝心の彼は北に向かって。帰って来たのは死亡通知だけだった。歪虚の攻撃を受けて、散り散りになって。遺品すら見つからないという状況だったらしい。
死んだ人を待つわけにはいかない。そこそこの器量であった彼女を求める声は多かったし、親もいつまでも待ち続けることを許してくれはしなかった。そしてそれは正しいことなのだろうと、彼女も漠然とは思っていた。
「準備はいいか? ……おぉ」
父親が背中から声をかけた。
鏡越しに彼女の姿を認めると、そんな時間の都合をも一種忘れて息を飲んで感慨にふけってくれているのはわかった。
「……はい」
介添えを得て立ち上がった彼女は清ました顔で頷くと式場へと歩を進めた。
●
荘厳なる式場から悲鳴が上がった。
花嫁が歩んだバージンロードの真後ろからそれは上がった。振り返れば気持ちの悪くなるような空気と逆光を背にして立つ影は風になびいていた。
「ゾンビだ!!」
「逃げろっ」
「誰か兵士を、ハンターを」
式場は蜂の巣をつついたような状態だった。兵士やハンターなど都合よくいるわけもなく、戦いに慣れた者もいない。参列者は叫び逃げ惑うばかりであった。
もちろん花嫁を守ろうと花婿を始め、何人もの人間が彼女を必死に庇おうとしてくれた。が、彼ら彼女らよりずっと花嫁は冷静だった。
軍服姿。ボロボロになって袖や襟、傷口となった部分は糸がほつれていたが、布地はしつらえたばかりの風合いを残している。一等兵の勲章はそのままに。その身を最期まで守り通しただろう朽ちた小盾は左腕に通したままだ。
土色の皮と骨ばかりの腕。もはや生前の区別などつきもしないシャレコウベに申し訳程度についた肉と皮は微かな腐敗臭を漂わせる。
そして。やせ細った髪はまだそれに付き従っており。これもまたボロボロになったリボンでまとめられた房はゆら、ゆら。と亡者の衝動と、危機を煽り吹く風に揺られていた。
リボン。
あのリボン……。
家族と知人に押し込められようとするその中でそれはっきり見えていた。
なにか声をかけようと手を伸ばすよりも早く。花婿たる男の言葉が先に突き刺さった。
「ちくしょう、送り出したのに戻って来たのか!?」
送り出した……?
泡を食った花婿の一言に女は愕然とした。
花婿と彼に接点はなかったはずだ。今日の結婚だって彼が死んだと聞かされ、周囲の声に押されるようにして花婿を紹介されたのだ。
なのに。送り出した。ですって?
花嫁はすべてを理解した瞬間、庇う花婿を全力で突き飛ばした。
幾重にもなる家族や知人の壁をすり抜けて花嫁は忍んで歩んだ道を、走って戻った。
「止めろ。危険だ!」
掴んで引き留めようとする父親の腕は、花嫁のヴェールを掴んだだけだ。
「最低よ、あなたたち!!」
商人の花婿。
貧乏を嘆いていた父。
嘆く彼女に口をそろえて幸せとはなんたるやを唱え続けた家族と知人。
彼女は吐き捨てるようにそう言うと、生ける亡者となった彼の横を走った。ゾンビに知能はない。ただただ妄執と餓鬼にも等しい食欲が全てだ。新鮮なる命の香りに、妄執の根源たる自分に彼は振り向いて追いかけてくる。
「ダメだ。殺されちまう!」
「それはもうお前の知っている彼じゃない。身体だけ借りた、中身は歪虚なんだぞ」
「……だから? 貴方たちも同じようなものじゃない」
共に老い、死んでもずっと一緒に。
その誓いがあったからこそ彼は戻って来たのだ。死んでもひたすらに想い続けて来たのだ。それをどうして反故にしてまで生きることに拘泥することがあろうか。
花嫁は冷徹な瞳を彼らに向けるとそのままゾンビをおびき出すように走っては止まりを繰り返した。
「ハンターを、すぐにハンターを」
花婿は悲痛な声を上げ続けた。
青年の長い髪の毛を自分で織ったリボンでくくってあげると、彼は何度もそのリボンの感触を確かめていた。
このリボンにかけて必ず帰って来るよ。帰ったら……一緒になろう。袂を分かつのはこれが最初で最後。
共に老い、死んでもずっと一緒に。
ぼんやりと鏡の前に座る女は、そんなことを思い出していた。
鏡に映る自分は真っ白な絹を幾重ものレースにした豪華なウェディングドレスに包まれていた。滅多にしない化粧も施して、口には紅を。
そんな花嫁衣装に身を包むことは小さいころからの憧れではあった。だから今幸せかというと……そうではなかった。
肝心の彼は北に向かって。帰って来たのは死亡通知だけだった。歪虚の攻撃を受けて、散り散りになって。遺品すら見つからないという状況だったらしい。
死んだ人を待つわけにはいかない。そこそこの器量であった彼女を求める声は多かったし、親もいつまでも待ち続けることを許してくれはしなかった。そしてそれは正しいことなのだろうと、彼女も漠然とは思っていた。
「準備はいいか? ……おぉ」
父親が背中から声をかけた。
鏡越しに彼女の姿を認めると、そんな時間の都合をも一種忘れて息を飲んで感慨にふけってくれているのはわかった。
「……はい」
介添えを得て立ち上がった彼女は清ました顔で頷くと式場へと歩を進めた。
●
荘厳なる式場から悲鳴が上がった。
花嫁が歩んだバージンロードの真後ろからそれは上がった。振り返れば気持ちの悪くなるような空気と逆光を背にして立つ影は風になびいていた。
「ゾンビだ!!」
「逃げろっ」
「誰か兵士を、ハンターを」
式場は蜂の巣をつついたような状態だった。兵士やハンターなど都合よくいるわけもなく、戦いに慣れた者もいない。参列者は叫び逃げ惑うばかりであった。
もちろん花嫁を守ろうと花婿を始め、何人もの人間が彼女を必死に庇おうとしてくれた。が、彼ら彼女らよりずっと花嫁は冷静だった。
軍服姿。ボロボロになって袖や襟、傷口となった部分は糸がほつれていたが、布地はしつらえたばかりの風合いを残している。一等兵の勲章はそのままに。その身を最期まで守り通しただろう朽ちた小盾は左腕に通したままだ。
土色の皮と骨ばかりの腕。もはや生前の区別などつきもしないシャレコウベに申し訳程度についた肉と皮は微かな腐敗臭を漂わせる。
そして。やせ細った髪はまだそれに付き従っており。これもまたボロボロになったリボンでまとめられた房はゆら、ゆら。と亡者の衝動と、危機を煽り吹く風に揺られていた。
リボン。
あのリボン……。
家族と知人に押し込められようとするその中でそれはっきり見えていた。
なにか声をかけようと手を伸ばすよりも早く。花婿たる男の言葉が先に突き刺さった。
「ちくしょう、送り出したのに戻って来たのか!?」
送り出した……?
泡を食った花婿の一言に女は愕然とした。
花婿と彼に接点はなかったはずだ。今日の結婚だって彼が死んだと聞かされ、周囲の声に押されるようにして花婿を紹介されたのだ。
なのに。送り出した。ですって?
花嫁はすべてを理解した瞬間、庇う花婿を全力で突き飛ばした。
幾重にもなる家族や知人の壁をすり抜けて花嫁は忍んで歩んだ道を、走って戻った。
「止めろ。危険だ!」
掴んで引き留めようとする父親の腕は、花嫁のヴェールを掴んだだけだ。
「最低よ、あなたたち!!」
商人の花婿。
貧乏を嘆いていた父。
嘆く彼女に口をそろえて幸せとはなんたるやを唱え続けた家族と知人。
彼女は吐き捨てるようにそう言うと、生ける亡者となった彼の横を走った。ゾンビに知能はない。ただただ妄執と餓鬼にも等しい食欲が全てだ。新鮮なる命の香りに、妄執の根源たる自分に彼は振り向いて追いかけてくる。
「ダメだ。殺されちまう!」
「それはもうお前の知っている彼じゃない。身体だけ借りた、中身は歪虚なんだぞ」
「……だから? 貴方たちも同じようなものじゃない」
共に老い、死んでもずっと一緒に。
その誓いがあったからこそ彼は戻って来たのだ。死んでもひたすらに想い続けて来たのだ。それをどうして反故にしてまで生きることに拘泥することがあろうか。
花嫁は冷徹な瞳を彼らに向けるとそのままゾンビをおびき出すように走っては止まりを繰り返した。
「ハンターを、すぐにハンターを」
花婿は悲痛な声を上げ続けた。
リプレイ本文
森の最奥。森の王たるブナの大木の前でレースの手袋に包まれた手を差し出し、花嫁はゆっくりと歩む愛しい人を迎え入れようとしていた。
「……来て」
愛しい彼は軍服の下から骨の合わさる軽い音を響かせながら、花嫁の手に導かれるようにして。首筋にリボンのついた髪を残す頭を近づける。
「それはしちゃいけない! 間違いでしょ!!」
黄昏時の薄闇を切り裂いて、マテリアルの煌めく風が吹き荒れた。
途端、屍と化した恋人は消え去り、横から枝のへしゃげる音と、湿っぽい土が擦れる音が響いた。
メル・アイザックス(ka0520)の背中より浮かび出たブースターの光がふっと消えると、そのまま起き上がろうとするゾンビにバックラーを押し付けて動きを阻害する。
「なんで死のうとしてるの。痛いんですよ! 普通じゃないんですよ!!」
ほとんど骨のゾンビとはいえ、力で押さえつけるにはメルも必死にならざるを得なかった。細く幼いメルの体つきでは体格差が大きくバックラーを使っても徐々に押し上げられる。
そんなメルが一度大きく震えた。
落ちていた太い枝を片手にした花嫁がメルを解いてゾンビに手を差し伸べる。
「行きましょう。もう阻まれるものですか」
花嫁はそのままゾンビの手を取って逃げたが、一陣の風が吹き荒れたかと思うと、握りしめる手と手は途切れてしまう。
「ごめん」
ユリアン(ka1664)の蒼穹の双眸が花嫁にちらりと向けられる。
次の瞬間、花嫁の反撃がユリアンの顔をかすめた。否、最小限の動きでそれを躱していた。
「……花嫁さん、ネルさんであること解るんだね」
ゾンビは突き放したユリアンに襲うことはせず、ひたすらに花嫁を追いかける。
眼球は腐り落ちてもうない。耳もない。それでもゾンビは花嫁以外には見向きもしない。
「どいてっ」
「大地の鼓動よ、高く響け」
ユリアンの隙を見てゾンビの元に走り寄ろうとした花嫁の目の前に、地鳴りがしたかと思うと、木々の間を縫うように断崖が生まれた。
道を隔てられたことに、愛しい人の姿を見ることも叶わなくなった花嫁の顔に、ルナ・レンフィールド(ka1565)は悲しい顔を向けることしかできなかった。
「死しても尚。本当に素敵です。詩人の奏でる物語のように応援してあげたい。だけど哀しい音にしか奏でられないから」
もう逃げ場がないことをそこで花嫁は感づいたようだった。
「柴さん、ハナちゃん、イリューザー。よくやったね。エライエライ」
島野 夏帆(ka2414)が花嫁の位置を教えてくれた3匹の犬の頭を思いっきりわしゃわしゃと撫でて元気な声をかける。わざと。
何人もの人が、色んな手段で。最短手順でここまでやって来たのだということを、夏帆は暗に教えていた。
「……お話、聞かせてもらえませんか」
それでもなおアースウォールによって隔てられた壁を背にして、少しずつその終端へと移動しようとする花嫁にアニス・エリダヌス(ka2491)はゴースロンで差し止め、静かに口を開いた。
「出がけにあなたの家の人間に問いただして来た」
敵意を向ける花嫁にアニスの後ろからやってきたGacrux(ka2726)が静かに語り掛けると、花嫁の視線は自然とそちらに向いた。
「あんたの推測は正しかった。レンドは君を求め、生活の苦しい君の父親に資金提供をもちかけた。君の父親だけでなく周囲を説得し、エインを連合軍兵士となるようしむけた。そして配置されたのは夢幻城攻略部隊……非覚醒者の彼が立てるような場所ではなかった」
「そうよ。平和が大好きな人だった。武器だってほとんど持ったことがなかった。そんな彼が兵士になるなんておかしいと思ったのよ!」
花嫁はヒステリックに叫んだ。
それに対して大声で返したのはアルカ・ブラックウェル(ka0790)だ。
「わかってたの? わかってたら、なんで、結婚を決めちゃったの。死んでもエインへの想いを貫こうって思わなかったのよ! なんでそれができなかったの」
「身を寄せ合って。食べ物を融通し合って。しがらみだとかそう言うのが鬱陶しくて。でも頼らないといけない村社会をあなたは知らないのね。それでも産み育てたのが、真っ当な人間だと信じたかったのよ!」
「それが何よ! できることはなんでもやるべきなのよ! 愛ってそんな簡単じゃないって見せるべきよ」
そう言い放ったアルカの肩をユリアンが優しく叩いた。
アルカの気持ちも分からなくはないが、絶望しきった花嫁にアルカの愛の形は荷が重すぎる。
「そーね、あいつら最低だと思うわ。この夏帆ちゃんも頭に来ちゃったくらいだもの!!」
夏帆が首を振ってそう話しかけた。
「愛する人を奪われる悲しみ、自分を利用する存在だとしか思われない苦しみ。味わったことないけど……想像できるわ」
わかんない。本当は。控え目に言ってくだらない話だ。
だけども、夏帆は拳をぎゅっと握り締め、自分の言葉で自分の心を悼みの海に浸らせる。
「でも、このまま死んでさ。周囲に理解されないまま死ぬのなんて、悔しいじゃない。見返さなきゃ!」
「見返す? あんな奴らを見返してどうなるっていうの」
花嫁はそう言ったが、声のトーンは幾分か落ち着いてきていた。
「そこなる彼の手向けにはなるかの」
めんどくさそうに茂みの枝が服に引っかからないように気を付けながら歩んできたエルディラ(ka3982)がそう話しかけた。
「恋した男の屍を見て、後追いをしたくなった事もあったがの。だが、刃を取るたびに声が聞こえてきよる。『俺の分まで生きてくれるのではないのか』とな」
エルディラはそうして、アースウォールの向こう側にいるゾンビに意識を向けた。
ゾンビはメルが必死に抑えているらしい機導の音が響いている。
「違う、違うわ。彼はそこにいるもの。生きてはいないけれど帰ってきてくれたんだから。馬鹿な女でいい。見返すというなら彼と結ばれることでそうしてみせるわ」
そうして花嫁は、ゾンビの名前を呼んだ。
「結ばれる? いいえ、それはきっと叶わないことでしょう。前にも愛する人がゾンビになり、その凶刃を受け入れ殺される事件がありました」
そんな花嫁にアニスは静かに話しかけた。
もうずいぶん前の話だ。しかし、アニスはそれを見、そしてこの手で片付けて来たのだ。忘れもしない。
「殺された恋人もゾンビ化しました。ですが分断され、それぞれ違う場所で討たれることとなりました。ずっと一緒などありえません」
淡々とした調子でアニスは説明する後ろで、アルカが俯いた。
「ひどい話だよね。でも今ここで死んだらそうなるってことだよ。ボク達の仕事が一つ増えるんだ」
闇に堕ちればもう添い遂げられすらしない。想いを独りで抱えることもできなくなる。
闇の中で咲き誇る花のようなアニスの背後にも蕩けるような濃密な影があることはアルカは寂しくなった。
誰でも、悲しみを抱かなければならないだろうか。貫き通すことがこんなに影を落とさなくてはならない物なのか。
「いや、いや……」
首を振る花嫁にルナがそっと話しかけた。
「エインさんが生きていたら、あなたには死んでほしくない。そう思ってるんじゃないでしょうか」
「そんなこと誰が分かるの? 何故彼はゾンビになってまでここに戻って来たの? ゾンビになることにきっと貴女が言ったような危険を考えたはずよ。自然発生的に生まれたのならこんな帝国の外れに来るなんてありえない。彼は私に会いに来た。それが彼の意志。私の意志は彼に応えることよ」
その剣幕に一瞬、沈黙の帳が降りたのを見計らって花嫁は走った。
「待ちなさいっ」
「待たないっ。貴女は思い続けることを良しっていうんでしょう!? 今この命を捧げること、未来永劫命を捧げることのにどれほどの違いがあるっていうの!」
「全然違うっ」
アルカはカッとして、手を振り上げた。
この人は完全に見失っている。自分がどれだけ幸せかということにも気づけていないし、アルカがどんなに羨ましいと思っているかにも。
「!!」
アルカが声にならない悲鳴を上げた。腕の内側を切り裂かれて動脈に触れたのだろうか鮮血が溢れ、闇に飛び散っては紛れていく。
アースウォールで隔てたはずのゾンビが目の前にいた。
「一人じゃ支えきれないよ!」
メルがアースウォールをジェットブーツで飛び越えて再び組み付く。腐った肉の破片と土埃、そして彼女自身の汗で彼女の体は汚れていたがそれでもお構いなしにゾンビを押し留める。
「すまないっ」
ユリアンはすぐさまワイヤーウィップを近くの木に通して、ゾンビの通行しようとしている道を塞いだ。それでもお構いなしにゾンビは歩み、ワイヤーで脆い服や皮膚が削れてもなお進もうとする。
「痛みを感じないからそのまま突っ込んじゃうの。それじゃバラバラになっちゃう」
注意を引くこともできない。下手に押し留めれば自壊する。かといって腫れ物に触るような力では押し留めもできない。
ユリアンはすぐさま背中に回って組み付いた。動きは完全に止めたが、負のマテリアルだけで動く屍は延々と動き続ける。持久戦になると……もたない。メルも腹部にタックルするようにして押し留めるが、もうかなり息が上がっていた。ずっとこれを繰り返していたのだろう。
「もういいでしょう? 止められないのだから」
花嫁はそんな様子を見てそちらに歩み寄ってきた。
そんな彼女に衝撃がとんだ。
Gacrux(ka2726)がその頬をはたいて叫んだ。
「北伐は凄惨なものだった。そんな中で一目、君に会いたいと思うのは自然な事だ。だが、道連れにしたいと誰が思うものか!!」
「あの男は自分の死を、終わりを告げに戻って来たんだ!! それを受け入れてもらえると思ったから、その身を闇に染めてでも起き上がって来たんだ!」
「どうしても諦めきれないっていうなら、ヤるしかなくなっちゃうね。でもそんなことしたくないんだ。あなた達の恋はとっても素敵。素敵だからこそ、ここで終わって欲しくないんだから」
Gacrux(ka2726)に続いて夏帆が囁くように言った。
……。
花嫁はしばらくの間、俯いていた。
「もしかしてだが。おぬし、アルカの言う通り、独り生きて愛を貫こうとしていたのではないか」
エルディラの一言にも花嫁は応じなかったが、その沈黙がなによりの答えだった。
「アルカの問いかけに、即答で厳しい現実があると答えよった。一度は体験せねばなかなか出ぬ答え。しかし、Gacrux(ka2726) の言う通り、家族から周りから相当に畳み込まれたとは推測がつく」
それはもう一種の洗脳だろう。
「帝国には、エクラの教えが根付いていないって聞くね。生きてこそ価値があるという帝国の精神が歪むと……」
長らく帝国の社会に触れたユリアンはエルディラの言葉がすぐ理解できた。本来は武人気質な帝国の社会が弱い民衆に広まると、歪みが生まれる。
彼女とゾンビはその犠牲者であった。
「でも、やっぱり。自分が死ぬ選択は……間違ってるよ。エインさんはあなたを求めているのは間違いないよ? でも、求めた結果、あなたが冷たくなって、彼がそのままであったなら、彼は満足を求めてまた彷徨い出す。今度は貴女のいない世界を永遠にっ。暴食の歪虚だもの。満ちることなんてないんだから」
メルは叫んだ。
ずっとゾンビを押し留め続けて筋肉が震え始めながら、喉の奥がしぼられるようになりながらも。間違った幸せをゴールにさせたくはない。
「俺は男だから、君の想いを全部くみ取るなんてできない。だけど、彼の気持ちはくみ取ってあげて欲しいな。死んだ恋人が迎えに来た花嫁と噂が付く分、きっとこれからは、一人で考え、彼との時間を大切に過ごすこともできるんじゃ、ないかな」
その後ろでもう一度、ユリアンがそう話すと、花嫁は泣き崩れた。
現実を受け入れるということ。とても辛い現実の中で生きていく選択をすることを彼女は受け入れたから、泣いている。
「ぜっっっっったい、悲しいだけじゃ終わっちゃダメだからね!! 幸せ見つけよう」
夏帆はぎゅうっと思いっきり花嫁を抱きしめた。
そして耳元でぽそりと囁いた。
「自分なりの幸せを掴んで、今までの分、ノシつけて返そうよ」
こくり。
花嫁が頷いたのを確認して、ユリアンは軽くバックステップした。
その手には彼のリボンがついたままの髪を。半身抜いた刀で切り裂き、手にしている。
「さようならだ」
ルナがリュートを大きくかき鳴らした。
結婚式でよく使われる祝いの曲だ。神との約束により、あなたと私が出会い、ここまでたどり着いた。そんなエクラの文言を楽曲によって制作された。ごく普通の。
だが、その普通が今日だけは特別に変わる。
「ありがとう。あなた。帰ってきてくれて。ごめんね。あなた。見送ることにして」
座り込んで最初にそうしたように手を伸ばす花嫁に、ゾンビはゆっくりと近づく。
そして2歩、3歩。枷のなくしたゾンビはその手に頭を近づけた。
「眩しき大気テナティエルの名の元に」
アニスはルナの曲調に紛れるように、高らかに彼女の信奉するテナティエルへと祈りをささげ、二人に閃光をもって真上から照らした。
「二人に光あれ」
閃光が包み何も見えなくなった瞬間に、エルディラがマジックアローを飛ばした。
光が裂けて、元の夕闇に戻る頃には。彼はどこにもいなくなっていた。
●
「それにしても一人だけで、北の地から戻って来たなんて信じがたいな」
遺髪を渡して元来た道を戻るユリアンはそこだけが腑に落ちなかった。
「歪虚の住む土地にさらされたままの亡骸を弄び、不和が起きるのを見越すようなものがいるかもしれん」
Gacruxはそう言った後、ぴたりと足を止めた。すっかり暮れた世界に明かりがぽつりぽつりと見える。
村についたのだ。灯りに照らされ人々がぼんやり浮かぶ。
怖れ、慄き、悲しみ、怒り。
日も暮れて松明の明かりを浮かべてハンターと花嫁を待ち受ける人々の目はそんな色に染まっていた。
「なによ、あれ。どっちが悪いと思ってんのさ」
夏帆は吐き捨てるようにそう言った。
「これからが戦いだよ。どうしてもなら家を出たっていいんだからね」
メルの言葉に花嫁は小さく頷き、歩を速めた。
胸の中には遺髪がある。二人一緒なら、もう怖くもない。
「ありがとう、大丈夫よ」
花嫁はそう言い、人々の輪の中に消えて行った。
何かしら言ってやろうとGacruxやエルディラは狙っていたが、花嫁はそれを制したようで、ついぞ言葉を発する機会はなかった。だが、互いの目を見れば、言いたい事はもう十分に伝っている気はする。
息の詰まるような出迎えを追えて、帰路に就くハンター達の中で、ルナは夜空の星をぼんやり見つめて、呟いた。
「死んでも一緒。私にもそんな日がいつか……来るのかな」
「……来て」
愛しい彼は軍服の下から骨の合わさる軽い音を響かせながら、花嫁の手に導かれるようにして。首筋にリボンのついた髪を残す頭を近づける。
「それはしちゃいけない! 間違いでしょ!!」
黄昏時の薄闇を切り裂いて、マテリアルの煌めく風が吹き荒れた。
途端、屍と化した恋人は消え去り、横から枝のへしゃげる音と、湿っぽい土が擦れる音が響いた。
メル・アイザックス(ka0520)の背中より浮かび出たブースターの光がふっと消えると、そのまま起き上がろうとするゾンビにバックラーを押し付けて動きを阻害する。
「なんで死のうとしてるの。痛いんですよ! 普通じゃないんですよ!!」
ほとんど骨のゾンビとはいえ、力で押さえつけるにはメルも必死にならざるを得なかった。細く幼いメルの体つきでは体格差が大きくバックラーを使っても徐々に押し上げられる。
そんなメルが一度大きく震えた。
落ちていた太い枝を片手にした花嫁がメルを解いてゾンビに手を差し伸べる。
「行きましょう。もう阻まれるものですか」
花嫁はそのままゾンビの手を取って逃げたが、一陣の風が吹き荒れたかと思うと、握りしめる手と手は途切れてしまう。
「ごめん」
ユリアン(ka1664)の蒼穹の双眸が花嫁にちらりと向けられる。
次の瞬間、花嫁の反撃がユリアンの顔をかすめた。否、最小限の動きでそれを躱していた。
「……花嫁さん、ネルさんであること解るんだね」
ゾンビは突き放したユリアンに襲うことはせず、ひたすらに花嫁を追いかける。
眼球は腐り落ちてもうない。耳もない。それでもゾンビは花嫁以外には見向きもしない。
「どいてっ」
「大地の鼓動よ、高く響け」
ユリアンの隙を見てゾンビの元に走り寄ろうとした花嫁の目の前に、地鳴りがしたかと思うと、木々の間を縫うように断崖が生まれた。
道を隔てられたことに、愛しい人の姿を見ることも叶わなくなった花嫁の顔に、ルナ・レンフィールド(ka1565)は悲しい顔を向けることしかできなかった。
「死しても尚。本当に素敵です。詩人の奏でる物語のように応援してあげたい。だけど哀しい音にしか奏でられないから」
もう逃げ場がないことをそこで花嫁は感づいたようだった。
「柴さん、ハナちゃん、イリューザー。よくやったね。エライエライ」
島野 夏帆(ka2414)が花嫁の位置を教えてくれた3匹の犬の頭を思いっきりわしゃわしゃと撫でて元気な声をかける。わざと。
何人もの人が、色んな手段で。最短手順でここまでやって来たのだということを、夏帆は暗に教えていた。
「……お話、聞かせてもらえませんか」
それでもなおアースウォールによって隔てられた壁を背にして、少しずつその終端へと移動しようとする花嫁にアニス・エリダヌス(ka2491)はゴースロンで差し止め、静かに口を開いた。
「出がけにあなたの家の人間に問いただして来た」
敵意を向ける花嫁にアニスの後ろからやってきたGacrux(ka2726)が静かに語り掛けると、花嫁の視線は自然とそちらに向いた。
「あんたの推測は正しかった。レンドは君を求め、生活の苦しい君の父親に資金提供をもちかけた。君の父親だけでなく周囲を説得し、エインを連合軍兵士となるようしむけた。そして配置されたのは夢幻城攻略部隊……非覚醒者の彼が立てるような場所ではなかった」
「そうよ。平和が大好きな人だった。武器だってほとんど持ったことがなかった。そんな彼が兵士になるなんておかしいと思ったのよ!」
花嫁はヒステリックに叫んだ。
それに対して大声で返したのはアルカ・ブラックウェル(ka0790)だ。
「わかってたの? わかってたら、なんで、結婚を決めちゃったの。死んでもエインへの想いを貫こうって思わなかったのよ! なんでそれができなかったの」
「身を寄せ合って。食べ物を融通し合って。しがらみだとかそう言うのが鬱陶しくて。でも頼らないといけない村社会をあなたは知らないのね。それでも産み育てたのが、真っ当な人間だと信じたかったのよ!」
「それが何よ! できることはなんでもやるべきなのよ! 愛ってそんな簡単じゃないって見せるべきよ」
そう言い放ったアルカの肩をユリアンが優しく叩いた。
アルカの気持ちも分からなくはないが、絶望しきった花嫁にアルカの愛の形は荷が重すぎる。
「そーね、あいつら最低だと思うわ。この夏帆ちゃんも頭に来ちゃったくらいだもの!!」
夏帆が首を振ってそう話しかけた。
「愛する人を奪われる悲しみ、自分を利用する存在だとしか思われない苦しみ。味わったことないけど……想像できるわ」
わかんない。本当は。控え目に言ってくだらない話だ。
だけども、夏帆は拳をぎゅっと握り締め、自分の言葉で自分の心を悼みの海に浸らせる。
「でも、このまま死んでさ。周囲に理解されないまま死ぬのなんて、悔しいじゃない。見返さなきゃ!」
「見返す? あんな奴らを見返してどうなるっていうの」
花嫁はそう言ったが、声のトーンは幾分か落ち着いてきていた。
「そこなる彼の手向けにはなるかの」
めんどくさそうに茂みの枝が服に引っかからないように気を付けながら歩んできたエルディラ(ka3982)がそう話しかけた。
「恋した男の屍を見て、後追いをしたくなった事もあったがの。だが、刃を取るたびに声が聞こえてきよる。『俺の分まで生きてくれるのではないのか』とな」
エルディラはそうして、アースウォールの向こう側にいるゾンビに意識を向けた。
ゾンビはメルが必死に抑えているらしい機導の音が響いている。
「違う、違うわ。彼はそこにいるもの。生きてはいないけれど帰ってきてくれたんだから。馬鹿な女でいい。見返すというなら彼と結ばれることでそうしてみせるわ」
そうして花嫁は、ゾンビの名前を呼んだ。
「結ばれる? いいえ、それはきっと叶わないことでしょう。前にも愛する人がゾンビになり、その凶刃を受け入れ殺される事件がありました」
そんな花嫁にアニスは静かに話しかけた。
もうずいぶん前の話だ。しかし、アニスはそれを見、そしてこの手で片付けて来たのだ。忘れもしない。
「殺された恋人もゾンビ化しました。ですが分断され、それぞれ違う場所で討たれることとなりました。ずっと一緒などありえません」
淡々とした調子でアニスは説明する後ろで、アルカが俯いた。
「ひどい話だよね。でも今ここで死んだらそうなるってことだよ。ボク達の仕事が一つ増えるんだ」
闇に堕ちればもう添い遂げられすらしない。想いを独りで抱えることもできなくなる。
闇の中で咲き誇る花のようなアニスの背後にも蕩けるような濃密な影があることはアルカは寂しくなった。
誰でも、悲しみを抱かなければならないだろうか。貫き通すことがこんなに影を落とさなくてはならない物なのか。
「いや、いや……」
首を振る花嫁にルナがそっと話しかけた。
「エインさんが生きていたら、あなたには死んでほしくない。そう思ってるんじゃないでしょうか」
「そんなこと誰が分かるの? 何故彼はゾンビになってまでここに戻って来たの? ゾンビになることにきっと貴女が言ったような危険を考えたはずよ。自然発生的に生まれたのならこんな帝国の外れに来るなんてありえない。彼は私に会いに来た。それが彼の意志。私の意志は彼に応えることよ」
その剣幕に一瞬、沈黙の帳が降りたのを見計らって花嫁は走った。
「待ちなさいっ」
「待たないっ。貴女は思い続けることを良しっていうんでしょう!? 今この命を捧げること、未来永劫命を捧げることのにどれほどの違いがあるっていうの!」
「全然違うっ」
アルカはカッとして、手を振り上げた。
この人は完全に見失っている。自分がどれだけ幸せかということにも気づけていないし、アルカがどんなに羨ましいと思っているかにも。
「!!」
アルカが声にならない悲鳴を上げた。腕の内側を切り裂かれて動脈に触れたのだろうか鮮血が溢れ、闇に飛び散っては紛れていく。
アースウォールで隔てたはずのゾンビが目の前にいた。
「一人じゃ支えきれないよ!」
メルがアースウォールをジェットブーツで飛び越えて再び組み付く。腐った肉の破片と土埃、そして彼女自身の汗で彼女の体は汚れていたがそれでもお構いなしにゾンビを押し留める。
「すまないっ」
ユリアンはすぐさまワイヤーウィップを近くの木に通して、ゾンビの通行しようとしている道を塞いだ。それでもお構いなしにゾンビは歩み、ワイヤーで脆い服や皮膚が削れてもなお進もうとする。
「痛みを感じないからそのまま突っ込んじゃうの。それじゃバラバラになっちゃう」
注意を引くこともできない。下手に押し留めれば自壊する。かといって腫れ物に触るような力では押し留めもできない。
ユリアンはすぐさま背中に回って組み付いた。動きは完全に止めたが、負のマテリアルだけで動く屍は延々と動き続ける。持久戦になると……もたない。メルも腹部にタックルするようにして押し留めるが、もうかなり息が上がっていた。ずっとこれを繰り返していたのだろう。
「もういいでしょう? 止められないのだから」
花嫁はそんな様子を見てそちらに歩み寄ってきた。
そんな彼女に衝撃がとんだ。
Gacrux(ka2726)がその頬をはたいて叫んだ。
「北伐は凄惨なものだった。そんな中で一目、君に会いたいと思うのは自然な事だ。だが、道連れにしたいと誰が思うものか!!」
「あの男は自分の死を、終わりを告げに戻って来たんだ!! それを受け入れてもらえると思ったから、その身を闇に染めてでも起き上がって来たんだ!」
「どうしても諦めきれないっていうなら、ヤるしかなくなっちゃうね。でもそんなことしたくないんだ。あなた達の恋はとっても素敵。素敵だからこそ、ここで終わって欲しくないんだから」
Gacrux(ka2726)に続いて夏帆が囁くように言った。
……。
花嫁はしばらくの間、俯いていた。
「もしかしてだが。おぬし、アルカの言う通り、独り生きて愛を貫こうとしていたのではないか」
エルディラの一言にも花嫁は応じなかったが、その沈黙がなによりの答えだった。
「アルカの問いかけに、即答で厳しい現実があると答えよった。一度は体験せねばなかなか出ぬ答え。しかし、Gacrux(ka2726) の言う通り、家族から周りから相当に畳み込まれたとは推測がつく」
それはもう一種の洗脳だろう。
「帝国には、エクラの教えが根付いていないって聞くね。生きてこそ価値があるという帝国の精神が歪むと……」
長らく帝国の社会に触れたユリアンはエルディラの言葉がすぐ理解できた。本来は武人気質な帝国の社会が弱い民衆に広まると、歪みが生まれる。
彼女とゾンビはその犠牲者であった。
「でも、やっぱり。自分が死ぬ選択は……間違ってるよ。エインさんはあなたを求めているのは間違いないよ? でも、求めた結果、あなたが冷たくなって、彼がそのままであったなら、彼は満足を求めてまた彷徨い出す。今度は貴女のいない世界を永遠にっ。暴食の歪虚だもの。満ちることなんてないんだから」
メルは叫んだ。
ずっとゾンビを押し留め続けて筋肉が震え始めながら、喉の奥がしぼられるようになりながらも。間違った幸せをゴールにさせたくはない。
「俺は男だから、君の想いを全部くみ取るなんてできない。だけど、彼の気持ちはくみ取ってあげて欲しいな。死んだ恋人が迎えに来た花嫁と噂が付く分、きっとこれからは、一人で考え、彼との時間を大切に過ごすこともできるんじゃ、ないかな」
その後ろでもう一度、ユリアンがそう話すと、花嫁は泣き崩れた。
現実を受け入れるということ。とても辛い現実の中で生きていく選択をすることを彼女は受け入れたから、泣いている。
「ぜっっっっったい、悲しいだけじゃ終わっちゃダメだからね!! 幸せ見つけよう」
夏帆はぎゅうっと思いっきり花嫁を抱きしめた。
そして耳元でぽそりと囁いた。
「自分なりの幸せを掴んで、今までの分、ノシつけて返そうよ」
こくり。
花嫁が頷いたのを確認して、ユリアンは軽くバックステップした。
その手には彼のリボンがついたままの髪を。半身抜いた刀で切り裂き、手にしている。
「さようならだ」
ルナがリュートを大きくかき鳴らした。
結婚式でよく使われる祝いの曲だ。神との約束により、あなたと私が出会い、ここまでたどり着いた。そんなエクラの文言を楽曲によって制作された。ごく普通の。
だが、その普通が今日だけは特別に変わる。
「ありがとう。あなた。帰ってきてくれて。ごめんね。あなた。見送ることにして」
座り込んで最初にそうしたように手を伸ばす花嫁に、ゾンビはゆっくりと近づく。
そして2歩、3歩。枷のなくしたゾンビはその手に頭を近づけた。
「眩しき大気テナティエルの名の元に」
アニスはルナの曲調に紛れるように、高らかに彼女の信奉するテナティエルへと祈りをささげ、二人に閃光をもって真上から照らした。
「二人に光あれ」
閃光が包み何も見えなくなった瞬間に、エルディラがマジックアローを飛ばした。
光が裂けて、元の夕闇に戻る頃には。彼はどこにもいなくなっていた。
●
「それにしても一人だけで、北の地から戻って来たなんて信じがたいな」
遺髪を渡して元来た道を戻るユリアンはそこだけが腑に落ちなかった。
「歪虚の住む土地にさらされたままの亡骸を弄び、不和が起きるのを見越すようなものがいるかもしれん」
Gacruxはそう言った後、ぴたりと足を止めた。すっかり暮れた世界に明かりがぽつりぽつりと見える。
村についたのだ。灯りに照らされ人々がぼんやり浮かぶ。
怖れ、慄き、悲しみ、怒り。
日も暮れて松明の明かりを浮かべてハンターと花嫁を待ち受ける人々の目はそんな色に染まっていた。
「なによ、あれ。どっちが悪いと思ってんのさ」
夏帆は吐き捨てるようにそう言った。
「これからが戦いだよ。どうしてもなら家を出たっていいんだからね」
メルの言葉に花嫁は小さく頷き、歩を速めた。
胸の中には遺髪がある。二人一緒なら、もう怖くもない。
「ありがとう、大丈夫よ」
花嫁はそう言い、人々の輪の中に消えて行った。
何かしら言ってやろうとGacruxやエルディラは狙っていたが、花嫁はそれを制したようで、ついぞ言葉を発する機会はなかった。だが、互いの目を見れば、言いたい事はもう十分に伝っている気はする。
息の詰まるような出迎えを追えて、帰路に就くハンター達の中で、ルナは夜空の星をぼんやり見つめて、呟いた。
「死んでも一緒。私にもそんな日がいつか……来るのかな」
依頼結果
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ユリアン・クレティエ(ka1664)
重体一覧
参加者一覧
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/06/23 00:28:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/18 19:38:16 |