• 詩天

【詩天】淡月見上げる香散見草

マスター:鷹羽柊架

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
LV1~LV22
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/07/02 09:00
完成日
2016/07/09 00:57

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 上弦へと向かう三日月の夜、詩天では、失踪事件が起きていた。
 首都警備隊、通称『即疾隊』は失踪事件の調査を命じられ、人手不足から、即疾隊はハンターを仮隊士として依頼し、調査に当たらせる。
 即疾隊の信用度は低く、調査にも難航したが、いくつかの情報を得ることが出来た。
 屯所へ報告しに行く帰り道、ハンターと新人隊士の壬生和彦は正気とは思えない浪人と遭遇し、取り押さえることに成功する。

 うっすら目を開いた浪人は薄暗い明かりを頼りに見知らぬ部屋であることに気づくのはそう遅くはなかった。
「こ、ここは……」
 記憶にないところで目が覚めたので、浪人は驚いて周囲を見やる。
「首都警備隊、即疾隊の屯所だ」
 副局長の前沢恭吾が浪人を見下ろして言えば、目を丸くして和彦達を見た。
「な、なぜ、俺が即疾隊の屯所に!?」
 驚く浪人に和彦は一度ため息をついて浪人に向き直る。
「貴方は繁華街の用水桶の付近で私達、即疾隊に対して斬りかかってきた」
「なんだと……」
 呆然と返す浪人は身に覚えがないといわんばかりの様子。
「貴方が斬りかかった者は覚醒者であり、貴方は術を受けてもなお斬りかかってきた。我々に対し、良からぬ考えを持つ者なのか、答えよ!」
 語気を強くした和彦より年上だろう浪人は「ひぃ!」と声をあげて肩を竦める。
「俺は何も知らない、即疾隊に対して斬りかかれなんか言われたことがない!」
 金切り声の如くに浪人はまくし立てる。
「ここのところの記憶がないんだ! 店で飲んでたのが最後で、何も覚えてないんだ! 頼む! 殺さないでくれ!!」
 身体をばたばたさせて叫ぶ浪人に、前沢切れ長の瞳を更に細める。
「嘘偽りはないか」
「誓う! 俺はあんた達に殺すようなことはない!」
 その場にいた全員が浪人の言葉を信じるかどうか悩み、沈黙する。
「帰しときなよ。前沢ちゃん」
 茶化した声で入ってきた局長の江邨雄介に前沢は江邨を睨みつけた。
「尋問中です。局長」
 気が立ったと思わせるとげのある声で前沢が言うと、「悪りぃ、悪りぃ」と江邨は手刀を切って人だかりを分けて浪人の前に出る。
「お前さんが飲んでる店はどの辺りだ」
 江邨が浪人に尋ねると、繁華街の奥まったところにある飲み屋の辺りだと言った。場末のドブ板に薄汚れた安い飲み屋が軒を連ねて営業をしている。
 その辺りの飲み屋は和彦やハンターに聞き覚えがあった場所に近い通りだ。
「ウチには、お前さんを尋問する為に出す飯もろくにねぇんだ。とっとと帰んな」
「局長!?」
 驚く声に局長は気にもせずに縄を解き、浪人を急かして帰した。


 それから日が経ち、和彦は蒔き割り当番を終えて、稽古に入ろうと道場へと向かおうとしたら、世話役の摩耶に声をかけられた。
「壬生君?」
「はい?」
 摩耶の声はどこか怪訝そうであり、和彦はどうしたのかという表情になってしまう。
「何かあった?」
 気を使う摩耶の声音に和彦の意識の中では特に心当たりはなかった。
「別段ないのですが……」
「そう、局長が呼んでるよ」
 じっと、和彦の顔を見つつ、摩耶が用件を伝える。
「わかりました」
 和彦が局長の部屋に行くと、局長と副局長が揃っていた。
「この間の浪人だがな、どうにも、場末のドブ板で妙な誘いを仕掛ける奴がいるようだ」
 扇子で扇ぎつつ、江邨が言葉を続ける。
「妙な?」
「お前さん達が報告してくれた浪人に金儲けの話をするやつがいたって報告があってよ」
 いつの間に動いていたんだろうかと和彦が目を瞬いた。即疾隊の面子が動けば、騒ぎになると言うのに。
 江邨は「人員が足りなくってよ。それくらいしか動けなかったんだよ」と言う。
 人手不足は分かるので、高慢な態度をとらない礼儀をわきまえている先輩隊士の誰かがやったのだろうかと和彦は考える。
「浪人達へ誘いをかけたのは豊後屋の若衆の一人によく似てるそうだ」
「確か、宿屋の……」
「そうだ。まだ確証はないが、調べる価値はあると思っている」
 前沢の言わんとしていることを和彦はわかっていた。
「ハンターを呼ぶのですね」
「そうだ。前回もお前が担当したんだから、今回もお前が調査につけ」
 江邨が言えば、和彦は気づかれないように逡巡したのち「畏まりました」と返事をした。
 和彦の様子を見ていた江邨はそっと、ため息をついて少しだけ口の端を緩める。
「お前さん。ハンターと会って、どう思った」
 江邨の質問に和彦は黙り込んでしまう。
 前回、ハンターは報告する事柄を選別した。
 局長や副局長を蔑ろにしかねない事柄であると和彦は内心腹を立てた。
 彼らは事件解決のため、即疾隊の損失までも考えての事を考えてのこと。
 前回の事で、伏せられたことは即疾隊に伝えてない。
 それは、現実に番所の繋がりや街の人々が抱いた印象を拭い去ったのは、ハンターの働きあってのことだ。
「彼らは……即疾隊の印象向上に礼を尽くし、情報を得ることが出来ました。私は、彼らを嫌いではありません。
 また、彼らと共に行動を共にし、調査にあたりたいです」
 きっぱりと言い切った和彦に江邨と前沢はどこか嬉しそうな表情をして聞いていた。
「調査に関しちゃ、お前さん方を信じるしかねぇ。頼むぞ」
 穏やかに江邨が言うと、和彦は力強く頷く。

 話を終えた和彦は廊下を歩いていて、空が曇っていることに気づく。
 長い前髪は自分を落ち着かせてくれるが、自分が見落としがないのか時折不安に駆られてしまう。
 ドブ板の飲み屋も紙問屋の息子が通っていたと言われる裏路地の飲み屋街は近くはないのだが、豊後屋はそれぞれ近いのだ。
 とりあえず、和彦が記憶上残っているのは、豊後屋はどちらかと言えば、現詩天寄りの立場だった覚えがある。
 そこまで思案した和彦はため息をつく。
 人は争うものであり、自身が持つ刀は人の命を奪いかねないもの。
 奪われた命は、戻るものではない。しかし、守りたいものの為には強くなるしかないと和彦は考えている。
 割り切れない自分はまだまだだと思いながら和彦はハンターへの依頼へと向かった。

リプレイ本文

「時は幕末、動乱の時……ってカンジか」
 賑やかな詩天の町並みを見つつ、そう評したのはショウコ=ヒナタ(ka4653)であった。
 その隣のカリン(ka5456)は「カッコイイ響きです」と返す。
 歩夢(ka5975)が周囲を眺めてそっとため息をつく。
 復興へと歩み続けている詩天の町。
 人々はひどい奴らではない。誠意を示せば人々は応えてくれる。
 皆、不安なのだ。
「歩夢、大丈夫」
 控えめに声をかけるのは雀舟 玄(ka5884)だ。
「多分、歩夢が考えているだろうことはすぐすぐ決着つかないわよ」
 冷たい物言いに聞こえるが、優夜(ka6215)の声音はどこか優しい。
 三人の話を七葵(ka4740)は黙って聞いていた。
「どうかしましたか?」
 五百枝春樹(ka6324)がルイトガルト・レーデル(ka6356)の表情に気づいて声をかけた。
「前回の件を考えていた」
 ルイトガルトの言葉にマシロビ(ka5721)が顔を向ける。
 ハンター達は町を抜け、人が少ない通りを歩いていた。
「即疾隊が犯罪の抑止力になるのであれば、私は手伝おうと思う」
 もうすぐ、即疾隊が屯所である梅鴬神社が見える。

「局長さん、教えてくださいな♪」
 ラフなノリで尋ねるのはカリン。
「おう、どんなことだ?」
 からっと笑う局長もノリがいい。その横で副局長の前沢が呆れている。
「今回わかったことです!」
 カリンが聞きたがっていたのは先日の調査の際に襲ってきた浪人が通っていた店。
 地図を床に広げて囲むように皆で座る。
「ここが紙問屋の息子が遊んでいた界隈です」
 マシロビが呪符「破鏡」を目印代わりに置いた。
「浪人はここのあたりだったようだ」
 局長が文鎮代わりの石を置く。
「こちらから向こうは南区と呼ばれる下流階級の者が多く住む場所。長屋が多く、道も狭いです」
 更に補足したのは和彦。
 治安に関しては一番悪いのは明白。
「浪人に近づいただろう男が働いた店ってのは?」
 優夜の問いに前沢が指を差し、歩夢が某幻獣王を象ったキーホルダーを置いた。
 地図で確認すると、やはり近いところにあることを実感する。


 ショウコとルイトガルトは紙問屋の息子が飲み歩いていた飲み屋街を歩いていった。
「狭いからすぐつくもんだな」
 豊後屋を通ってから襲ってきた浪人が飲んでいた飲み屋周辺を眺めて行った。なれない道は長く感じるが、近いと体感する。
 店に入ると、客層は悪いが賑やかな様子。
 ルイトガルトはその風貌より店内の視線を向けられる。
「あんた達、見ない顔だな」
 客の一人が問いかけると「まぁな」と返す。
「最近気をつけなよ。人が消えているからな」
「へぇ」
 ルイトガルトが視線を向けると、町人らしき男が更に話を続ける。
「大通りの紙問屋の息子が随分前から来なくなってよ」
「大きな店だったな」
「おうよ。けど、歪虚に壊滅させられて、取引先も少なくなっちまったって話なんだ」
「世知辛い話だが、致し方ない」
 男の話にルイトガルトが頷く。わさび控えめの板わさを一口食べる。
 弾力ある蒲鉾の食感とすり身の淡白な甘さ、わさびの爽やかな辛味もいいが、少々鼻に来る。
「蒲鉾美味いだろ、こんな店だけど。で、どっか取引先が見つかりそうとは言っててそれっきりだ」
「紹介した奴の事は言ってたのか?」
 ショウコが尋ねると、商売の事だから口は堅いと返す。
「たまに、豊後屋の若衆と話すのを見たなぁ」
 うーんと、考えると、「ああ、斉鹿ってやつだ」と男が思い出した。

 大通りに出たカリンは賑やかな町並みに目をキラキラと輝かせている。
「あちらの食事処は美味いと聞きました」
 春樹が言えばカリンは即決して向かう。
 素朴な郷土料理の店だが、カリンにとっては珍しい。
「はわっ」
 厚焼き玉子はかみ締めるとだしと卵の甘さと、口の中でとろける熱い卵焼きにカリンはもだもだしている。
「落ち着いてください」
 春樹が麦茶を差し出し、頑張って飲み込んでから麦茶を飲む。
「大丈夫かい?」
 女将さんが声をかけると、カリンは平気ですと返す。
「私達、宿を探してて、豊後屋さんがいいなって言ってたんです」
「詩天に来て慣れてないので、いい宿だったら泊まろうと思いまして」
 カリンに続いて春樹も話をあわせる。
「いい店だよ。ごはんも美味しいし、このあたりは何かと物騒だけど、あそこの店なら安心して寝れるよ」
「僕達のような旅の者でも大丈夫でしょうか?」
「商人が接待で気軽に使うくらい。身なりがちゃんとしてるし、あんた達なら大丈夫よ」
 女将の話を聞いた後、二人は店を後にする。

 七葵と和彦は浪人の姿となり、豊後屋の見張りをしていた。
 二手に分かれて見張り、互いの姿は確認できている。
 豊後屋は比較的治安がいい場所にあるのだが、詩天の現状では浪人が歩いていてもおかしくはない。
 裏の道一本越えると、たちまち治安が悪い飲み屋へと入ってしまう。
 時折斉鹿と思しき人物が店を出入りしている。
 よく働いており、浪人と関わりを持つような人物とは思えないほどだ。
 宿に出入りする人間も、商人か、旅人である。
 七葵の視界の端に玄と優夜が入り、旅行中の姉妹を装った二人は追い出される様子もない。
 少しして、二階の一室から窓が開く音がし、顔を出したのは優夜だ。この様子だと、難なく宿泊が出来た模様。
 食材を運んできた業者が勝手口を叩くと、斉鹿が出てきた。
 斉鹿とのやりとりはごく普通の世間話を交えての対応であり、季節の野菜の話なども聞こえてくる。
 まだ安心は出来ないと思う七葵は視線を向けられたような気がした。
 値踏みされるようなぞっとするような視線を。

 豊後屋に入った玄と優夜は丁寧な物腰の女将に案内されていた。
 宿は少人数の人員で行っており、掃除も行き届いている。
 二階の奥より二番目の部屋に通された二人は女将の足音が遠くなると、耳を澄ませて窺うが特に不審な声や物音はない。
 優夜が窓を開けると、外に七葵と和彦がそれぞれ離れて豊後屋を監視している。
 下より話し声が聞こえてそちらを見ると、勝手口で斉鹿が業者が話していた。
 窓を半開きにした優夜は窓辺の壁に背を預ける。
「いいよ」
 優夜の言葉に玄は符より式を召喚し、小さな鼠のような形を形成していく。
 軽やかな足取りで優夜の隣を通って、一階へと降りた。
 鼠の姿の為、床下からが精一杯であり、気づかれた時に騒ぎになる。
 やはり、おかしい様子はなかった。
 方向転換をして、この宿には離れがあることに気づく。
 斉鹿の近くを通り過ぎると、業者と話し終えていた斉鹿は鼠に気づき、斉鹿が業者を見送ると、鼠の方へと向かう。
「女将さんに気づかれたら大目玉だろ」
 さっと鼠を捕まえた斉鹿はそのまま鼠を向こうのどぶ溝へ投げ込んだ。
 二階の玄が目を開く。
「どう?」
 優夜に問いかけられた玄の表情は硬い。
「逃げて走ったけど、捕まえられてどぶに捨てられた」
 玄の言葉に優夜は目を細めた。

 先ほど、斉鹿と話をしていた野菜売りの業者は来た道を戻っている。
「すみません」
 道を曲がったところでかけられた少女の声に野菜売りは「へぇ?」と少し抜けた声を出す。
 白い少女……マシロビの姿に現実から切り離されたような気がするのは暑さのせいか。
 しかし、即疾隊に関わるものと言われた瞬間、業者の背筋が凍る。
「今、豊後屋さんの周囲で少し怪しい人が出入りしているとの情報がありまして……失礼ですが、貴方が豊後屋さんに出入りしたところを見受けまして、声をかけて頂きました」
 丁寧なマシロビの様子に業者はあっけにとられつつも、業者は首を傾げる。
「こんな街だからよ。性質悪そうな浪人がその辺、闊歩したりはするがぁ……」
 言葉尻を長く言う業者は少し、言いよどむ。
「豊後屋さんの斉鹿さんって人がいてな。時折、ドブ板通りの飲み屋にいるって話を聞くんだ」
 業者が言うには、斉鹿は千石原の乱の後から豊後屋に入ったそうだ。
 慣れない仕事によく頑張っていたと言っていた。
「そうでしたか、ありがとうございます」
 マシロビが丁寧に頭を下げると、業者は「俺の事は内緒だぜ」と言って帰って行った。

 一人、歩夢は即疾隊を襲ってきた浪人の追跡をしていた。
 足元のすぐ下を流れてるどぶ水の臭いは板を被せても鼻につく臭いである。
 家で大人しくしていればいいんだが……と、歩夢は周囲を見回す。
「お前……」
 目的の人物である浪人が歩夢の姿を見て表情を強張らせている。
「俺は、あんたを疑ってるとかじゃない」
 どこか怯えた様子を見せる浪人に歩夢はどう言っていいか戸惑っているように声をかける。
「話を聞きたいだけだ」
 こくりと、歩夢は頷いた。
 開放されてからの浪人は自分が何をしていたのか思い出していたそうだ。
「けど、何も思い出せないんだ」
 会う人々は「久しぶりだね。ここのところ、顔見てなくて寂しかったよ」という事ばかり言ってくるようで、困っていた。
「面倒は嫌だが、思い出せないのはスッキリしないな」
 歩夢の言葉に浪人は頷く。元々、乱暴事が苦手で、心神喪失状態とはいえ、信じられないようだった。
「ま、思い出したらでいいからさ、教えてくれよ」
 そう言って歩夢は仲間達の方へと向かう。

 一度、皆で集まって改めて情報交換をする。
「豊後屋自体というよりは、斉鹿一人が動いているってことですね」
 そうまとめたのは春樹だ。
 豊後屋の中に浪人がいるような様子はなかったと玄は報告する。
「周囲の建物はすべて店舗が入っているとは思えません」
 マシロビの言葉に頷く七葵と和彦。
「どうにしろ、斉鹿を拘束する必要はあるだろ」
 ショウコの言葉は最もである。

 夜を待ってハンター達は摘発へと入る。
「目標は斉鹿の拘束、離れの中を改める。襲って来る者は殺さずに拘束ということで良いか」
 ルイトガルトの確認に異を唱えるものはいなかった。
 途中まで一緒に動き、途中で正面口と勝手口と分かれていく。
 この辺りは夜ともなると、人の気配があまりない。
 裏道の向こうは飲み屋が多いので、そちらの方に人がいるのだろう。
 式符を展開したマシロビは式を上空へと放った瞬間、カリンの背後からの足音に気づく。
「カリンさん!」
 そこには、剥き身の刀を持った浪人がカリンへ刃を向けていた。
 ショウコが取り出したのはLEDライトであり、浪人へと光を向けた。
 眩い光に浪人の足が怯む。
 呼吸を整えていた和彦が浪人へ向かって走り出す。浪人はライトの光に眩んだせいかは分からないが、反応が遅い。
 浪人の懐に飛び込んだ和彦が刀の柄を浪人のみぞおちに沈ませる。
 瞬時に和彦が周囲を見回すと彼の表情はあまりよくない。
「……随分出てきやがったな」
 顔を顰める歩夢の視界に入ってきたのは何人もの浪人達であった。
「ごよー! なのです!」
 勇ましく、可愛らしいカリンの言葉が戦いの始まりとなる。

 勝手口へ回っていた七葵とルイトガルトは浪人達に囲まれていた。
 二人は背を合わせて剣を抜く。
「前回と同じだな」
「ああ」
 ルイトガルトの声に七葵が頷いた。
 正気とは思えない様子であり、剣術の型など無視をしているようなものだ。
 即疾隊の名を出しても理解はできないと二人は判断する。
 ルイトガルトはそっと息を吐く。
 郷に入れば郷に従えという言葉がある。ここが自身がいたところとは違うことを浪人達は感謝するべきだと彼女は思う。
 先に動いたのは七葵だ。
 先手必勝とし、納刀のままで浪人の一人へと走り出す。
 七葵に一気に間合いを詰められた浪人の動きは鈍く、柄で手首を突き、その反動で動きが止まった浪人の刀の柄を握った。
 刃の位置に注意しながら七葵はそのまま浪人を背負い投げ、刀を奪う。
 投げた瞬間の隙を突くように、他の浪人が七葵へと向かっている。
 危険を察知したが、体勢が整えるのは無理だと七葵は判断し、腕を振り上げて頭を庇う。
「……がっ」
 短いうめき声を上げた浪人の足に矢が刺さっていた。浪人の後ろには春樹がいた。
「大丈夫ですか」
 春樹が言えば、七葵は頷く。

 豊後屋にいた玄と優夜は仲間達の姿が宿の近くに見えてこない事に焦りを感じていた。
 玄は窓へ向かい、式符を発動させる。
 少し離れた路地でハンター仲間が戦っている姿が見えた。
 式がぐるりと旋回し、宿の中にある離れと勝手口の中間の距離の道を歩いている浪人のような姿が見える。
「浪人が勝手口の方へ歩いてきているみたい」
 意識を戻した玄が言えば、優夜は二人で作成した宿の間取り図を懐に隠した。
 眠れないから散歩するという旨を宿の女中に言い残して二人は離れの方へと走っていくが、浪人の姿は更に勝手口の方へと向かっていく。
 何人もの浪人達が七葵とルイトガルト、春樹に襲っている。
 多数の浪人ならば、彼らの死角を突くことも可能であり、ルイトガルトの死角が突かれようとしていた。
 玄がさっと式を展開して符を投げつけると、浪人は驚いたように足を止める。
 今、浪人には桜吹雪の中にいるかのような幻影を見せられているのだ。
 桜吹雪の中差し込まれる蝶は優雅でありながらも本能が危険を知らせるものだが、今の浪人に理解できるかはわからない。
 あっという間に光が頭を打ち、ぐらりと浪人は倒れた。
「これはたどり着けないわけね」
 ふぅと、ため息をついた優夜は次の浪人へ符を飛ばす。

 正面組になっていたショウコは一人ため息をついた。
「随分と出てくるな……ゾンビゲーかよ」
 面倒くさそうに呟くのは無理もない。目の前には正気とは思えない浪人達が自分たちを襲おうとしているからだ。
 さっさと斬った方が早い気がするが、正気を失った状態であれば、それは仕方ない。
「さっさと来いよ。飾り振り回してるだけなら、こっちから行くぜ」
 煽りも通じない浪人に呆れたショウコは踏み出した。
 ショウコより繰り出される拳を避けようとする浪人だが、上手く避けれきれず鳩尾に拳を受け止める。
 浪人は振りかぶった刀をショウコの頭めがけて振り下ろし、直撃も免れなかったのだが、発動していたクローズコンバットの回避で掠るだけに留まった。
 間合いを空けてたショウコは面白いと目をきらめかせて降魔刀を抜く。
 駆け出して一気に突きを繰り出すショウコの刃を浪人が流し斬り、ショウコの二の腕に血が滲む。
 浪人はすかさずにショウコに切りかかろうとするが、彼女は浪人の刃を受け止め、払い抜けた。
 刀と刀が離れた瞬間、浪人の身体へ一気に電流が走る。
「ナイス」
 倒れた浪人の向こうにいたのはカリンだ。
「まだまだいきますよー!」
 元気いっぱいのカリンは次のごよーする相手へ駆け出していく。
 前回のことも踏まえ、そういった者と対峙するのは念頭にあったカリンだが、浪人の状態を見れば、エレクトリックショックの使用も仕方ない。
 眼前には和彦が二体一で戦っていた。
 下段より刀を振り上げ、浪人の刀を弾き飛ばす。振りあがりきった刀の切っ先で浪人の利き腕に一太刀入れて動きを止める。
 休むことなく、もう一人の浪人と和彦が剣を合わせると、和彦の背後からもう一人現れた。
 ジェットブーツを発動させたカリンは瞬時に浪人の方へと距離を詰めて、レイピアで刃の切っ先の方向を変える。
 和彦が二歩進み、相手をしている浪人を押すのを見たカリンは即座にエレクトリックショックを浪人へ浴びせた。

 式符で周囲を確認していたのは歩夢。
「勝手口の方にユヤ達が来た」
 歩夢が声をかけると、マシロビは頷いた。
「浪人が増えることはないようですね」
「随分でてきたよな」
 ため息混じりに歩夢が呟く。こうも乱闘を続けていれば、いずれは町の者達の目に留まる。
 ここからどうくぐり抜けるか歩夢が思案するなり、甲高い呼子笛の音が聞こえた。
 呼子笛の音は勝手口組も聞こえており、警戒を強める。
「おい、おめぇら!」
 提灯片手に走ってきた男の顔に見覚えがあったのはマシロビ。
 男もまた、マシロビの顔を見たことがあり、「あ!」と声をあげた。
「番所の……」
 そう、マシロビが前回、紙問屋の話を教えてくれた番所の岡っ引き。
「即疾隊絡みかよ……もう、しゃぁねぇ! おめえら、屯所にもってけぇ!」
 岡っ引きが引き連れてきた者達が浪人を取り押さえたり、運んだりしていた。
「筒香町の八助親分ですね」
 和彦が八助に声をかけると、丁寧に挨拶をした。
 マシロビ達に続き、八助は戸惑ってしまう。
「お、俺は、通報があったんだよ。気の弱そうな浪人が、豊後屋近くで乱闘始めたって」
「それって……」
 きょとんとする歩夢は心当たりがあった。

 その後、玄と優夜は宿に戻ったが、その夜に斉鹿の姿はやはり見えなかった。
 浪人達は呼子笛を聞きだすなり、逃げ出したものもいるという。
 なんとか捕まえて屯所に押し込む。
「起こすか」
 ショウコが尋問しようと、横になってる浪人の胸倉を掴む。反動で頭が大きく振られ、何かがころりと落ちた。
 指の爪ほどの大きさの蜘蛛が浪人の頭……耳に入っていたのだろうか。
 ぷちっと、ショウコが蜘蛛を潰して起こすにも浪人はなかなか起きなかった。
「前もそうでした」
 春樹が言えば、ショウコは手を離す。
「待て」
 ルイトガルトの言葉はショウコの足元を示している。
「……蜘蛛はどうした」
 蜘蛛は煙のごとく消えていた。

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MVP一覧


  • ショウコ=ヒナタka4653
  • 即疾隊一番隊士
    マシロビka5721
  • 和歌纏う者
    雀舟 玄ka5884
  • 戦場に疾る銀黒
    ルイトガルト・レーデルka6356

重体一覧

参加者一覧


  • ショウコ=ヒナタ(ka4653
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • 千寿の領主
    本多 七葵(ka4740
    人間(紅)|20才|男性|舞刀士

  • ベル・ヴェール=エメロード(ka4971
    人間(紅)|19才|女性|魔術師
  • 鈴蘭の妖精
    カリン(ka5456
    エルフ|17才|女性|機導師
  • 即疾隊一番隊士
    マシロビ(ka5721
    鬼|15才|女性|符術師
  • 和歌纏う者
    雀舟 玄(ka5884
    人間(蒼)|11才|女性|符術師
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 即疾隊仮隊士
    優夜(ka6215
    人間(紅)|21才|女性|符術師
  • 静寂の猟撃士
    五百枝春樹(ka6324
    人間(蒼)|18才|男性|猟撃士
  • 戦場に疾る銀黒
    ルイトガルト・レーデル(ka6356
    人間(紅)|21才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/29 20:08:02
アイコン 相談卓
本多 七葵(ka4740
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/07/02 01:36:58