ゲスト
(ka0000)
過去との戦い、悪意への抗い
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/07/02 09:00
- 完成日
- 2016/07/14 20:02
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「仕事はちゃんとやってるんじゃろうなぁ?」
「もちろんよ。ファルバウティちゃんが這いつくばって靴を舐めて、玄関先の飾りになってくれるっていうものだから張り切っちゃったわ」
「誰もそんなこといっとらんわ!!」
薄暗い。そこにいる者の姿も影法師としか思えない部屋の中でそんな会話が漏れた。
「エルフ共の死骸なら飾るのも好いなぁっつったんじゃ。あいつらの容姿はお前さん好みのようだしの」
そうして薄ら闇の中、僅かな光を集めて真っ赤に輝く瞳がぐるりと闇を見渡した。
彼女の部屋の趣味は相変わらず最高に最悪だ。ファルバウティが持ち寄った人間の残骸を美しく飾り付けられている。人間で作った帽子掛け。四つん這いにして薔薇のツタで固定された椅子。壁掛けの動物のように飾られた男女の首。頭蓋骨で作ったワイン入れ。
「あーあー、もったいねぇなぁ。ゾンビにするんじゃなかったのか」
「ふふふ、愛でていたら途中でバラバラになっちゃったんだもの。この脆さがたまらないのよね」
身じろぎもしない愛玩用の少年の胸をつう、と撫でて女は嗤った後、思い出したかのようにパンパン。と手を打ち鳴らした。
やおら後ろの扉が開いて、物言わぬ下僕が運んでくるのは棺桶だ。上蓋はなく、中身はすぐ見える。長い耳、痩身の男だ。
「これも脆くて肉付けは大変だったわ。仕上がりはいかが?」
「ひゃははは。さすがの造形眼してんなぁ。ワシが想像していた生前そっくりそのままじゃ」
ファルバウティはそれを間近に覗き込んで、満足そうな声を上げた。
「こんなの何に使うの?」
「いひひ、意趣返しってやつじゃ。歪虚許さざる、死すべしとうるせぇのがいてよぉ」
「ははぁ、関係者の遺骸なのね。解ってて自分たちの手で分解させる。ファルバウティちゃん。素敵だわ。シャンデリアに吊るしたいくらい」
「こいつが細切れになっても痛むのは相手の胸ばかりじゃ。あひゃひゃ。何回やれば心砕けるかのぉ。抗うことをやめるかのぉ。観念違えて手下になるかなぁ」
げたげたと笑いながらファルバウティは屍の口に不気味に光る機械を滑り込ませた。
●
「よく頑張っているね」
エルフハイムの長老であるヨハネからの一言は、浄化の巫女としての修行に励むサイアにとっては最大の賛辞であった。
「エルフハイムは多くの精霊に守られている土地。不浄と戦うには外も良く知らねばならない」
かつては外など危険と歪みに満ちていると思い込んでいたサイアであったが、ピースホライズンでハンター達と誤解を解き、新たな交流ができるようになった。
その上で奇遇にも言葉を受ける機会のあったヨハネからいただいた言葉は、ちゃんと壁を乗り越えられるよう精霊が導いてくれているのかもしれない。
「私、頑張ります」
サイアは初めて独りで森の外へ。浄化の巫女として森の外へ出ることになった。
せっかくの外を旅する機会だ。ハンターに警護をお願いしつつ、ついでに外の事をもっと教えてもらおうと彼女は決めていた。
が。
目の前に現れたそれに、サイアは運命や精霊の試練というものの過酷さをかみしめるしかできなかった。
「サイア……サイア……」
雑木林の中。
その屍の呼び声はサイアの胸を打った。
樹に手をかけて、苦しそうに。それでもしっかりとこちらを向いて呼ぶその姿は父親であった。
違う。父親は死んだ。
歪虚病に冒されて、体内のマテリアルのバランスを崩してもう何年も前に。サイアがまだ小さいころに森の一部に戻ったのだ。
ここにいるわけがない。いるとするならそれは、歪虚によって眠りを暴かれ、その手先に堕とされた、命のなれの果てだ。
よくよく見れば、肉を貼り付けて、人間の皮でつぎはぎしているのがわかる。風貌が父親に似ているだけで詳細は醜悪極まりない。
「歪虚よ、不浄なる存在よ!」
サイアはぐっと歯をかみしめて、ポシェットから浄化用の楔を取り出した。まだ1点浄化の、しかも初歩しかできないが、それでも今彼を浄化しないという選択肢はない。彼こそ浄化が必要な人物だ。
「サイア……サイア……」
だが、そんな固い決意も。
名前を呼ばれるだけで胸が苦しくなった。
周りが眩しくなり、楔を持つ手が震える。息が苦しくなる。
「お父さんはもういない。居たとしても、居たとしても……」
相手はゾンビだ。声はどこかで作り上げた音を魔導機械で再生しているだけ。躊躇する理由はどこにもない。
「コロシテ……コロシテ……」
「!!?」
金属的な声が響いた。改めて声のする方向を見れば、木立の向こうから別のエルフの姿が見える。それもまたサイアの知った顔だ。
また草むらから、また横から。
ずるりずるり。
次々と姿を現す故人たち。
「ああ、あ、ああああ!!!! 消え去れ、不浄よっ!!!」
サイアは弾かれたように楔を投げつけると、大地に力を集中させた。
「じょう……」
パァァァン。
それより先に一人が爆ぜた。
楔の間近にいたそれは楔を吹き飛ばし、投げつけたサイアの腕に叩き返すと同時に、枯れ枝のような頭の一部を浴びせかけられた。
苦しいを通り越えて、息が詰まる。呼吸ができない。
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
わかってる。頭ではわかってる。
彼らが歪虚、ゾンビであること。こんな雑魔など雑作もなく倒せること。
だが、知った顔が喋り迫ってくることが、そして自分の手で彼らを砕き、見るも無残な姿にしなければならないのかと思うと、緊張は吐き気に置き換わり、闘争心と慈悲心はせめぎ合って狂気に変貌する。
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
「あああああ!!!!? ああああああああああああ!!!!!」
取り囲まれるサイアはもうどうしていいのかわからない。
それを歓ぶ邪笑が響いていても、それが憎き仇のものであるなどと、とても理解できるわけもなかった。
「魂ナンカコモッテオランヨ。単ナル雑魚ジャ。遠慮ナク壊セ。血モ涙モナク、ヤッチマエー。アヒャヒャヒャ」
「仕事はちゃんとやってるんじゃろうなぁ?」
「もちろんよ。ファルバウティちゃんが這いつくばって靴を舐めて、玄関先の飾りになってくれるっていうものだから張り切っちゃったわ」
「誰もそんなこといっとらんわ!!」
薄暗い。そこにいる者の姿も影法師としか思えない部屋の中でそんな会話が漏れた。
「エルフ共の死骸なら飾るのも好いなぁっつったんじゃ。あいつらの容姿はお前さん好みのようだしの」
そうして薄ら闇の中、僅かな光を集めて真っ赤に輝く瞳がぐるりと闇を見渡した。
彼女の部屋の趣味は相変わらず最高に最悪だ。ファルバウティが持ち寄った人間の残骸を美しく飾り付けられている。人間で作った帽子掛け。四つん這いにして薔薇のツタで固定された椅子。壁掛けの動物のように飾られた男女の首。頭蓋骨で作ったワイン入れ。
「あーあー、もったいねぇなぁ。ゾンビにするんじゃなかったのか」
「ふふふ、愛でていたら途中でバラバラになっちゃったんだもの。この脆さがたまらないのよね」
身じろぎもしない愛玩用の少年の胸をつう、と撫でて女は嗤った後、思い出したかのようにパンパン。と手を打ち鳴らした。
やおら後ろの扉が開いて、物言わぬ下僕が運んでくるのは棺桶だ。上蓋はなく、中身はすぐ見える。長い耳、痩身の男だ。
「これも脆くて肉付けは大変だったわ。仕上がりはいかが?」
「ひゃははは。さすがの造形眼してんなぁ。ワシが想像していた生前そっくりそのままじゃ」
ファルバウティはそれを間近に覗き込んで、満足そうな声を上げた。
「こんなの何に使うの?」
「いひひ、意趣返しってやつじゃ。歪虚許さざる、死すべしとうるせぇのがいてよぉ」
「ははぁ、関係者の遺骸なのね。解ってて自分たちの手で分解させる。ファルバウティちゃん。素敵だわ。シャンデリアに吊るしたいくらい」
「こいつが細切れになっても痛むのは相手の胸ばかりじゃ。あひゃひゃ。何回やれば心砕けるかのぉ。抗うことをやめるかのぉ。観念違えて手下になるかなぁ」
げたげたと笑いながらファルバウティは屍の口に不気味に光る機械を滑り込ませた。
●
「よく頑張っているね」
エルフハイムの長老であるヨハネからの一言は、浄化の巫女としての修行に励むサイアにとっては最大の賛辞であった。
「エルフハイムは多くの精霊に守られている土地。不浄と戦うには外も良く知らねばならない」
かつては外など危険と歪みに満ちていると思い込んでいたサイアであったが、ピースホライズンでハンター達と誤解を解き、新たな交流ができるようになった。
その上で奇遇にも言葉を受ける機会のあったヨハネからいただいた言葉は、ちゃんと壁を乗り越えられるよう精霊が導いてくれているのかもしれない。
「私、頑張ります」
サイアは初めて独りで森の外へ。浄化の巫女として森の外へ出ることになった。
せっかくの外を旅する機会だ。ハンターに警護をお願いしつつ、ついでに外の事をもっと教えてもらおうと彼女は決めていた。
が。
目の前に現れたそれに、サイアは運命や精霊の試練というものの過酷さをかみしめるしかできなかった。
「サイア……サイア……」
雑木林の中。
その屍の呼び声はサイアの胸を打った。
樹に手をかけて、苦しそうに。それでもしっかりとこちらを向いて呼ぶその姿は父親であった。
違う。父親は死んだ。
歪虚病に冒されて、体内のマテリアルのバランスを崩してもう何年も前に。サイアがまだ小さいころに森の一部に戻ったのだ。
ここにいるわけがない。いるとするならそれは、歪虚によって眠りを暴かれ、その手先に堕とされた、命のなれの果てだ。
よくよく見れば、肉を貼り付けて、人間の皮でつぎはぎしているのがわかる。風貌が父親に似ているだけで詳細は醜悪極まりない。
「歪虚よ、不浄なる存在よ!」
サイアはぐっと歯をかみしめて、ポシェットから浄化用の楔を取り出した。まだ1点浄化の、しかも初歩しかできないが、それでも今彼を浄化しないという選択肢はない。彼こそ浄化が必要な人物だ。
「サイア……サイア……」
だが、そんな固い決意も。
名前を呼ばれるだけで胸が苦しくなった。
周りが眩しくなり、楔を持つ手が震える。息が苦しくなる。
「お父さんはもういない。居たとしても、居たとしても……」
相手はゾンビだ。声はどこかで作り上げた音を魔導機械で再生しているだけ。躊躇する理由はどこにもない。
「コロシテ……コロシテ……」
「!!?」
金属的な声が響いた。改めて声のする方向を見れば、木立の向こうから別のエルフの姿が見える。それもまたサイアの知った顔だ。
また草むらから、また横から。
ずるりずるり。
次々と姿を現す故人たち。
「ああ、あ、ああああ!!!! 消え去れ、不浄よっ!!!」
サイアは弾かれたように楔を投げつけると、大地に力を集中させた。
「じょう……」
パァァァン。
それより先に一人が爆ぜた。
楔の間近にいたそれは楔を吹き飛ばし、投げつけたサイアの腕に叩き返すと同時に、枯れ枝のような頭の一部を浴びせかけられた。
苦しいを通り越えて、息が詰まる。呼吸ができない。
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
わかってる。頭ではわかってる。
彼らが歪虚、ゾンビであること。こんな雑魔など雑作もなく倒せること。
だが、知った顔が喋り迫ってくることが、そして自分の手で彼らを砕き、見るも無残な姿にしなければならないのかと思うと、緊張は吐き気に置き換わり、闘争心と慈悲心はせめぎ合って狂気に変貌する。
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
「サイア……サイア……」
「コロシテ……コロシテ……」
「あああああ!!!!? ああああああああああああ!!!!!」
取り囲まれるサイアはもうどうしていいのかわからない。
それを歓ぶ邪笑が響いていても、それが憎き仇のものであるなどと、とても理解できるわけもなかった。
「魂ナンカコモッテオランヨ。単ナル雑魚ジャ。遠慮ナク壊セ。血モ涙モナク、ヤッチマエー。アヒャヒャヒャ」
リプレイ本文
●
邪笑が木霊しゾンビがゆっくりとサイアに手をかけようとした瞬間、ティア・ユスティース(ka5635) の大盾がそれを受け止めた。
「彼女は、故郷を守り、育む大切な人。永遠なる森の住人達の安息の眠りを守る守部。そんな彼女の心を邪な企みに砕かれる訳にはいきません! 魂の天秤よ。守る力となれ」
ティアの背に浮かぶ女神が手にした天秤が突き出した瞬間。ゾンビは交わることのない磁石のように大きく吹き飛んだ。
「アーア、感動ノ再会ナノニ、ヒデェ奴ラジャナア」
「あんなの聞かなくていいの」
響くファルバウティの声の中、ディーナ・フェルミ(ka5843)はサイアの長い耳に手を触れ、自らの胸に導くように抱きしめた。
「私だって同じことされたら泣くの、戦えるかなんて分からないの!目を瞑って、耳を塞いでくれていいの!」
「ディーナさん、私、私」
そんな彼女をできるだけしっかりと抱きしめて、自分の胸の鼓動を聞かせる。震えながらディーナにしがみつくサイアは姿格好よりずっと幼く見えた。
独りで立っていられない時は、自分だってそうしてほしいから。そんな思いで、ディーナは母親のように、背中から凶刃が襲い掛かる可能性をも見捨てて、ひたすらに抱きかかえた。
「オイオイ、人間ノ盾デ目隠シシテ、耳マデ塞イダラ感動ノ再会ニナリャシネェダロウガヨ!」
「よくもまぁそんなけクソッタレな演出思いつくもんだぜ! 礼をさせてもらおうじゃねぇか」
戦斧一閃。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)はゾンビを叩ききって叫んだ。
「ウルセェ牛ジャ。はんたーナンザぞんびヲひき肉ニスルシカ脳ノネェ奴ラッテコタァ、知ッテンダヨ。黙ッテみんち作レヨ!」
「ざっけんな! クズに言われたかァねぇ!!
群がるゾンビに対して、思いっきり一体をファルバウティのいるかもしれないと適当にアタリをつけた方向に叩き飛ばしたが、枯れ木にぶつかり、つぎはぎだらけのゾンビがその場で崩れ落ちただけであった。
そんな息を荒くしたボルディアにゾンビがまとめて襲い掛かろうとした瞬間、ゴーグルをつけたクレール・ディンセルフ(ka0586)が割って入った。
「紋章剣『太陽』!!」
刹那、広がる閃光。
ボルディアですら、その焦熱にたたらを踏み、何があったのかと眩しさの中に目を凝らした。
灼熱の閃光がゆらゆらと陽炎に消える中、光のレイピアを手にしたクレールがゾンビを軒並み焼き滅ぼしていた。
「紋章剣の使い手として、ここからは一歩もいかせない!」
そんなクレールの気迫に気付けず少しタイミングを遅らせ、突進してきたゾンビの腕を遡上するように勢いを乗せたクレールのレイピアがゾンビの肩口を貫いた瞬間。また閃光が走り、炭化した屍が吹き飛んだ。
クレールは小さく細く、息を吐き出した。本当なら怒りと悲しさと贖罪の辛さで心が沸き立っているところだ。
だが、心に漣を起こしていては勝機はない。紋章剣という力を扱う人間として、サイアを守ろうと決めた人間として。心を凪に保つ。
鍛冶の技、そして剣士の技を合わせた紋章剣士として。受け継ぎ、積み重ねた技にすべての気持ちを込める。
「マッテタゼェ! くれーるゥゥ」
そんなクレールにファルバウティの声が突き刺さる。
「待ってた、だって?」
「ソコノ チチクセェガキナンザ ドウダッテイインジャ。前回ワシノ身体ヲ傷ツケタ テメェト ドブネズミミタイナえるふ女ガ狙イヨォ」
ハンターの名誉と精神を傷つけるためだけに、他人を巻き込み、こんな残酷な事を仕組んだというのか。
クレールの瞳に宿る竜が紅炎に染まりかけた瞬間、涼やかな声がそれを押し留めた。
「ドブネズミとはまた言ってくれたものだ。だが、狙いがこちらであるのは大変ありがたいことだな。さぁ狙いが私だというなら思う存分来ると良い」
サイアより自分を狙ってくれたのは僥倖だ。
リュカ(ka3828)は自らに課した掟を冒してでも手にしたシージュシールドを構え、その身の大半を隠しながらも紅色の瞳を輝かせた。
「だが私は生き足掻くのは得意だぞ?」
「アヒャヒャ。ソウダロウナァ。ダカラコイツラナノサ」
リュカとクレールに対して、ゾンビが一斉に口を開けた。口から覗くのは銃口だ。収まりがつかないほどの大口径が火を吹いた。
「クレールさん!! リュカさん!!!」
もうもうという煙が吹きあがる。クレールもリュカもかなりの重装備に身を包んでいるのに、それすら穿つ火力。無数の弾痕が二人を襲う。
その反動は砲台となるゾンビ自身も自壊するほどだ。歯が顎が、唇が吹き飛び、当たりに飛び散り無残な姿に変貌していく。
「壊レチャウゥ。はんたーノセイデ壊レテシマウノォ。アーアー、はんたーのセイダ。コイツラガイナキャコンナ改造シナカッタノニナァ」
「聞いちゃダメ」
ディーナはさらにぎゅっとサイアを抱きしめた。だが、耳の敏いエルフが完全にそれだけで防ぎきれるはずもない。ディーナの服が涙で濡れるのがわかった。
その中で一際高く吼え上がる声が響いた。
「痴れ者めっ!!」
黒い身体に、ネコ科の容姿を得た高瀬 未悠(ka3199)は銃弾の雨の中を駆け抜けた。傷を負おうがリジェネレーションですべて癒しながら踏み込む姿は、気高き黒獅子のようだった。
「絶対に、あなたなんかにサイアは負けない。私達誰一人として傷つけさせないっ」
そう 自らの腕で口腔に腕を叩きいれた。
ゾンビの口にセットされた巨大な銃、未悠は全力で引き抜き、投げ捨てると、そのまま槍を持ちなおし隣にいるゾンビの心臓に向けて刺し貫いた。
「身も!」
背中から押し出されたロンゴミアニドの切っ先には魔導機械の装置が光っていた。
「心もっ!!」
未悠は高らかに宣言すると、ボルディアが先ほどゾンビを叩きつけた枯れ木の向こうにその槍を突き出した。
「小娘ガァァァァ」
ファルバウティは怨嗟にまみれた言葉をあげたが、ずっと耳を澄ましていた未悠がファルバウティの位置を指し示していることには気づいていないようだった。
「あの裏か。後で一発って決めてたが、今すぐボコボコにしてやりてぇ」
「気持ちは分かります」
マーゴット(ka5022)はボルディアにぽそりと言うと、銃弾を逸らす盾として使っていた地に刺したグレートソードの柄を握ると、大地を削るようにして近づくゾンビを下から一刀両断にした。
「ですが、まだその時ではありません」
後ろをちらりと見たマーゴットとディーナの胸元からのぞくサイアの視線がぶつかった。
見たくなくても見てしまう。耳を塞いでも聞こえてしまう。ファルバウティの狙いはなまじ敏いサイアには十二分の効果があった。
「……私達はこうすることでしか、貴方達を救う事が出来ない。だから……ごめんね」
そんなマーゴットに銃弾が襲い掛かると、再び大剣で守りの姿勢を維持しながら、少しずつ位置を変えた。
流れ弾でサイアが傷つかないように。
「もう、止めて……止めて……」
「すまないな。恨んでくれるなら私を恨んでもいい。それが立ち上がる力となる、なら」
リュカの言葉が、とぎれとぎれになり、サイアははっと顔を上げた。
緑と一体化したリュカの姿であったが、ゾンビの自壊をも気にせぬ砲撃の嵐で盾は欠け、身体はその瞳のように赤く染まっていた。
血みどろ。そういう姿が正しい。
それでもリュカは盾を構えることを止めなかった。一撃ごとに骨が砕けるような衝撃を受けても、盾を掲げる腕が痺れて感覚がなくなっても。リュカは一歩ずつゾンビとの距離を詰め、一瞬の隙を突いて空いた腕で、銃の収まるその顎を砕いた。
「この手でできることはほんの僅かだ。ならば、今することは、必ず同胞を守ることだ」
盾の空いた側面から別のゾンビからの銃撃を受け胸元が赤く染まった。
意識が刈り取られそうになる。
それでも。
「リュカさん! リュカさん!!」
ディーナの胸元を離れてついにサイアが叫んだ。
殻から脱した瞬間だ。ティアはそれを直感すると、盾をそのままに彼女に叫んだ。
「サイアさん。今すべきことを為しましょう。生きる者がしければならないことを!」
祈りの言葉と同時に、サイアが握りしめる浄化用の楔に眩いばかりの光輝が放たれる。ティアのホーリーセイバーだ。浄化にホーリーセイバーの意味があるのかはわからない。だけれども、彼女を促すためにはそれは最も効果的だとティアは信じていた。
そして。
サイアがマーゴットの横を駆け抜けた。
「森の木々に抱かれ、一切の負を濯ぎたまえ」
そして輝く楔を大地に押し込んで、サイアは浄化結界の祈りをささげ始めるが、それをファルバウティは嘲笑った。
「ハハハ、テメェミタイナちんけナがきニハラワレタラ、親ノ威厳ダイナシだなあ」
「そんなことはない。貴女は一人じゃない!」
マーゴットは大剣と自らの身体で彼女の真横に立った。一緒に戦おうというその意思表示にサイアの祈りは迷いを完全に吹き飛ばした。
「大地の癒しを……!!!」
白閃が林を一瞬覆った。
憐れな父親だったものの骸が。
銃の反動でもはや見る影もないゾンビが。輝きの中に消えていく。
●
光は一瞬だった。
まやかしで付けられた肉も衣服も消し飛び、風に吹かれたかのように崩れ落ちる骨ばかり。
しかし、強力な力といえどもその範囲は極々狭い。まだ活動しているゾンビは5体も残っていた。
「半分切ったな……それじゃ行かせてもらうぜ!」
ボルディアは先ほど未悠が槍で指し示した方角、枯れ木の向こうに走り始めた。
ゾンビを踏みつけ軽く跳躍したボルディアが戦斧を掲げ、枯れ木の向こうに回り込んだ。
「覚悟しやが……?」
誰もいない。
歪虚らしき影もなければ、見せかけに使うゾンビもいない。音声を作るような機械すらもない。怪しいものは何も見当たらない。
「おい、誰もいねぇぜ」
ボルディアが不満げに振り返るのと、未悠が彼女を庇って抱きしめるのとがほぼ同時だった。
同時にボルディアの首筋から背中にかけて衝撃が走った。肺が圧迫されて息ができず、視界が瞬いた瞬間にはもうボルディアは土に叩きつけられていた。
「なにこいつ……」
「ツマンネエノウ。マアヨイ。アッヒャヒャヒャ。ダガ、何度デモヤッテヤルカラナァ」
びきききき。という傾ぐ音と共に枯れ枝がまるで生き物のようにうねっていた。
「前のゾンビの集合体の姿じゃない……!?」
唖然とする未悠の隙をついて、枯れ枝が大きくうねると未悠の顔面に叩きつけられ、そのまま真後ろの木まで吹き飛ばされた。
「サァ、ふぃなーれハ派手ニヤルトスルカノゥ!!」
頭を強打して、動けなくなった未悠の周りで残ったゾンビがガタガタと揺れ始める。
「自爆ハ 芸 術 ジャーーー。アーヒッヤヒッャ!!」
強烈な破裂音が響いた。
ファルバウティの幹の中心で。
「父さんなら、間違いなくこうしただろうね。それを容易にやってのける人だった。おれにはまだ簡単にはできないことだけど」
ユリアン(ka1664)は刀を一陣の風となってゾンビの間を駆け抜け、刀で自爆装置を貫き、それをファルバウティに叩きつけていた。
「エ アレレ? ナンデ ヤラレチャッテルンジャ?」
「この前ガルカヌンクっていうヴルツァライヒのアジトを制圧して、その脚でこっちに来たんだ。魔導トラックのタイヤ痕を調べたら、すぐわかった。ファバルっていうのも……その木のように『ガワ』の一つなんだろう? ファルバ、ウティ?」
そう言いながらも、全てのゾンビの自爆装置をえぐり取り終わり、ユリアンはそれを小脇に抱えていた。
「もう帰ったところで工房はないよ。手足となる人間も、何もかも」
「テメェェェェ!!!!」
ファルバウティが叫ぶのと、ユリアンがまとめた自爆装置を投げるのはほぼ同時だった。
その間で赤黒い閃光が弾け、木々をユリアンを、ファルバウティの身体を吹き飛ばした。
燃える枯れ木の向こうでファルバウティの憎々しげな声が響いた。
「工房ハ1ツジャネェ。剣機ちーむノねっとわーくヲナメンジャルエゾ!!! テメェラノ大事ナモノ全部潰シテ今日ミタイニ」
「今日みたいに、全て浄化してみせます。もう悲しむだけで終わったりはしないから」
凛とした声が響き、サイアがユリアンの前に座り手を広げた。皆の言葉を心を背骨にして、彼女の背はまっすぐに伸びていた。
それに対しての反応はなく、林から負のマテリアルの瘴気は薄れていく。退散したのだろう。
「サイアさん、大丈夫……いてて。ごめん、ちょっと回復をお願い、できるかな」
ユリアンの要請に、サイアは瞳を合わせしっかりと頷いた。
●
「あああ、消化不良だ! なんなんだよ、あいつは!!」
ボルディアは朽ち木を蹴りつけて叫んだ。
「多分、本体は霊体なんだと思います。どれだけ斬っても……」
拳をにぎりしめてクレールはそう言った。銃創から流れ出る血が、握った掌からぽたりぽたりと溢れでる。血のにじむような訓練と、想いを受け継ぎ得た鍛冶の能力では何一つファルバウティを破れないとは
「存在している以上、不滅ではないはずです。霊体を切る武器がどこかにあるかもしれません。霊体を破る技法だってあるくらいなのですから」
ティアはクレールにそう言い、サイアを振り向いてそうですよね? と問いかけた。
「浄化術を使えば、可能かもしれません」
「……見違えたね。もう、大丈夫?」
マーゴットが問いかけると、サイアはゆっくり頷いた。
「皆さんが命がけで守ってくれたから。ここでもし皆さんが死んだりしたら、きっとあいつはその身体をゾンビにしてしまうと思ったから」
でも、それに気づかせてくれたのはマーゴットさんの背中と、銃弾を一つも漏らさないと決めた動き。
それからディーナさんの温かさ。命は温かいっていうことが。
そしてティアさんの言葉が、悩みの雲を散らしてくれたのだと。サイアは改めて皆に頭を下げた。
「サイアは変質者に好かれて大変なの……」
ディーナの言葉に未悠はくすりと笑みをこぼした。
「変質者。本当ね。振り回されちゃ終わりよ。振り回す方にならないとね」
はにかんだ笑みを浮かべるサイアを見て、リュカは立ち上がった。
「これからも守って見せる。君は、希望だ」
閉鎖的な生活を送るエルフは徐々にクリムゾンウェストでその数を減らしている。その中で浄化術を用いて他種族との間にも確固たる地位を確立するエルフハイムはリュカにとって間違いなく希望であった。
そして、今日はそれを守り、伝えることもできた。
彼女はどう思うだろうか? 一抹の不安もあったが。
「禊ぎ、一緒にしましょう。次の戦いに備えるために」
杞憂だったようだ。
「父さん……俺、近づけたかな」
穏やかな空気を取り戻す林の中にさす陽光を眩しそうにユリアンは見つめて、呟いた。
邪笑が木霊しゾンビがゆっくりとサイアに手をかけようとした瞬間、ティア・ユスティース(ka5635) の大盾がそれを受け止めた。
「彼女は、故郷を守り、育む大切な人。永遠なる森の住人達の安息の眠りを守る守部。そんな彼女の心を邪な企みに砕かれる訳にはいきません! 魂の天秤よ。守る力となれ」
ティアの背に浮かぶ女神が手にした天秤が突き出した瞬間。ゾンビは交わることのない磁石のように大きく吹き飛んだ。
「アーア、感動ノ再会ナノニ、ヒデェ奴ラジャナア」
「あんなの聞かなくていいの」
響くファルバウティの声の中、ディーナ・フェルミ(ka5843)はサイアの長い耳に手を触れ、自らの胸に導くように抱きしめた。
「私だって同じことされたら泣くの、戦えるかなんて分からないの!目を瞑って、耳を塞いでくれていいの!」
「ディーナさん、私、私」
そんな彼女をできるだけしっかりと抱きしめて、自分の胸の鼓動を聞かせる。震えながらディーナにしがみつくサイアは姿格好よりずっと幼く見えた。
独りで立っていられない時は、自分だってそうしてほしいから。そんな思いで、ディーナは母親のように、背中から凶刃が襲い掛かる可能性をも見捨てて、ひたすらに抱きかかえた。
「オイオイ、人間ノ盾デ目隠シシテ、耳マデ塞イダラ感動ノ再会ニナリャシネェダロウガヨ!」
「よくもまぁそんなけクソッタレな演出思いつくもんだぜ! 礼をさせてもらおうじゃねぇか」
戦斧一閃。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)はゾンビを叩ききって叫んだ。
「ウルセェ牛ジャ。はんたーナンザぞんびヲひき肉ニスルシカ脳ノネェ奴ラッテコタァ、知ッテンダヨ。黙ッテみんち作レヨ!」
「ざっけんな! クズに言われたかァねぇ!!
群がるゾンビに対して、思いっきり一体をファルバウティのいるかもしれないと適当にアタリをつけた方向に叩き飛ばしたが、枯れ木にぶつかり、つぎはぎだらけのゾンビがその場で崩れ落ちただけであった。
そんな息を荒くしたボルディアにゾンビがまとめて襲い掛かろうとした瞬間、ゴーグルをつけたクレール・ディンセルフ(ka0586)が割って入った。
「紋章剣『太陽』!!」
刹那、広がる閃光。
ボルディアですら、その焦熱にたたらを踏み、何があったのかと眩しさの中に目を凝らした。
灼熱の閃光がゆらゆらと陽炎に消える中、光のレイピアを手にしたクレールがゾンビを軒並み焼き滅ぼしていた。
「紋章剣の使い手として、ここからは一歩もいかせない!」
そんなクレールの気迫に気付けず少しタイミングを遅らせ、突進してきたゾンビの腕を遡上するように勢いを乗せたクレールのレイピアがゾンビの肩口を貫いた瞬間。また閃光が走り、炭化した屍が吹き飛んだ。
クレールは小さく細く、息を吐き出した。本当なら怒りと悲しさと贖罪の辛さで心が沸き立っているところだ。
だが、心に漣を起こしていては勝機はない。紋章剣という力を扱う人間として、サイアを守ろうと決めた人間として。心を凪に保つ。
鍛冶の技、そして剣士の技を合わせた紋章剣士として。受け継ぎ、積み重ねた技にすべての気持ちを込める。
「マッテタゼェ! くれーるゥゥ」
そんなクレールにファルバウティの声が突き刺さる。
「待ってた、だって?」
「ソコノ チチクセェガキナンザ ドウダッテイインジャ。前回ワシノ身体ヲ傷ツケタ テメェト ドブネズミミタイナえるふ女ガ狙イヨォ」
ハンターの名誉と精神を傷つけるためだけに、他人を巻き込み、こんな残酷な事を仕組んだというのか。
クレールの瞳に宿る竜が紅炎に染まりかけた瞬間、涼やかな声がそれを押し留めた。
「ドブネズミとはまた言ってくれたものだ。だが、狙いがこちらであるのは大変ありがたいことだな。さぁ狙いが私だというなら思う存分来ると良い」
サイアより自分を狙ってくれたのは僥倖だ。
リュカ(ka3828)は自らに課した掟を冒してでも手にしたシージュシールドを構え、その身の大半を隠しながらも紅色の瞳を輝かせた。
「だが私は生き足掻くのは得意だぞ?」
「アヒャヒャ。ソウダロウナァ。ダカラコイツラナノサ」
リュカとクレールに対して、ゾンビが一斉に口を開けた。口から覗くのは銃口だ。収まりがつかないほどの大口径が火を吹いた。
「クレールさん!! リュカさん!!!」
もうもうという煙が吹きあがる。クレールもリュカもかなりの重装備に身を包んでいるのに、それすら穿つ火力。無数の弾痕が二人を襲う。
その反動は砲台となるゾンビ自身も自壊するほどだ。歯が顎が、唇が吹き飛び、当たりに飛び散り無残な姿に変貌していく。
「壊レチャウゥ。はんたーノセイデ壊レテシマウノォ。アーアー、はんたーのセイダ。コイツラガイナキャコンナ改造シナカッタノニナァ」
「聞いちゃダメ」
ディーナはさらにぎゅっとサイアを抱きしめた。だが、耳の敏いエルフが完全にそれだけで防ぎきれるはずもない。ディーナの服が涙で濡れるのがわかった。
その中で一際高く吼え上がる声が響いた。
「痴れ者めっ!!」
黒い身体に、ネコ科の容姿を得た高瀬 未悠(ka3199)は銃弾の雨の中を駆け抜けた。傷を負おうがリジェネレーションですべて癒しながら踏み込む姿は、気高き黒獅子のようだった。
「絶対に、あなたなんかにサイアは負けない。私達誰一人として傷つけさせないっ」
そう 自らの腕で口腔に腕を叩きいれた。
ゾンビの口にセットされた巨大な銃、未悠は全力で引き抜き、投げ捨てると、そのまま槍を持ちなおし隣にいるゾンビの心臓に向けて刺し貫いた。
「身も!」
背中から押し出されたロンゴミアニドの切っ先には魔導機械の装置が光っていた。
「心もっ!!」
未悠は高らかに宣言すると、ボルディアが先ほどゾンビを叩きつけた枯れ木の向こうにその槍を突き出した。
「小娘ガァァァァ」
ファルバウティは怨嗟にまみれた言葉をあげたが、ずっと耳を澄ましていた未悠がファルバウティの位置を指し示していることには気づいていないようだった。
「あの裏か。後で一発って決めてたが、今すぐボコボコにしてやりてぇ」
「気持ちは分かります」
マーゴット(ka5022)はボルディアにぽそりと言うと、銃弾を逸らす盾として使っていた地に刺したグレートソードの柄を握ると、大地を削るようにして近づくゾンビを下から一刀両断にした。
「ですが、まだその時ではありません」
後ろをちらりと見たマーゴットとディーナの胸元からのぞくサイアの視線がぶつかった。
見たくなくても見てしまう。耳を塞いでも聞こえてしまう。ファルバウティの狙いはなまじ敏いサイアには十二分の効果があった。
「……私達はこうすることでしか、貴方達を救う事が出来ない。だから……ごめんね」
そんなマーゴットに銃弾が襲い掛かると、再び大剣で守りの姿勢を維持しながら、少しずつ位置を変えた。
流れ弾でサイアが傷つかないように。
「もう、止めて……止めて……」
「すまないな。恨んでくれるなら私を恨んでもいい。それが立ち上がる力となる、なら」
リュカの言葉が、とぎれとぎれになり、サイアははっと顔を上げた。
緑と一体化したリュカの姿であったが、ゾンビの自壊をも気にせぬ砲撃の嵐で盾は欠け、身体はその瞳のように赤く染まっていた。
血みどろ。そういう姿が正しい。
それでもリュカは盾を構えることを止めなかった。一撃ごとに骨が砕けるような衝撃を受けても、盾を掲げる腕が痺れて感覚がなくなっても。リュカは一歩ずつゾンビとの距離を詰め、一瞬の隙を突いて空いた腕で、銃の収まるその顎を砕いた。
「この手でできることはほんの僅かだ。ならば、今することは、必ず同胞を守ることだ」
盾の空いた側面から別のゾンビからの銃撃を受け胸元が赤く染まった。
意識が刈り取られそうになる。
それでも。
「リュカさん! リュカさん!!」
ディーナの胸元を離れてついにサイアが叫んだ。
殻から脱した瞬間だ。ティアはそれを直感すると、盾をそのままに彼女に叫んだ。
「サイアさん。今すべきことを為しましょう。生きる者がしければならないことを!」
祈りの言葉と同時に、サイアが握りしめる浄化用の楔に眩いばかりの光輝が放たれる。ティアのホーリーセイバーだ。浄化にホーリーセイバーの意味があるのかはわからない。だけれども、彼女を促すためにはそれは最も効果的だとティアは信じていた。
そして。
サイアがマーゴットの横を駆け抜けた。
「森の木々に抱かれ、一切の負を濯ぎたまえ」
そして輝く楔を大地に押し込んで、サイアは浄化結界の祈りをささげ始めるが、それをファルバウティは嘲笑った。
「ハハハ、テメェミタイナちんけナがきニハラワレタラ、親ノ威厳ダイナシだなあ」
「そんなことはない。貴女は一人じゃない!」
マーゴットは大剣と自らの身体で彼女の真横に立った。一緒に戦おうというその意思表示にサイアの祈りは迷いを完全に吹き飛ばした。
「大地の癒しを……!!!」
白閃が林を一瞬覆った。
憐れな父親だったものの骸が。
銃の反動でもはや見る影もないゾンビが。輝きの中に消えていく。
●
光は一瞬だった。
まやかしで付けられた肉も衣服も消し飛び、風に吹かれたかのように崩れ落ちる骨ばかり。
しかし、強力な力といえどもその範囲は極々狭い。まだ活動しているゾンビは5体も残っていた。
「半分切ったな……それじゃ行かせてもらうぜ!」
ボルディアは先ほど未悠が槍で指し示した方角、枯れ木の向こうに走り始めた。
ゾンビを踏みつけ軽く跳躍したボルディアが戦斧を掲げ、枯れ木の向こうに回り込んだ。
「覚悟しやが……?」
誰もいない。
歪虚らしき影もなければ、見せかけに使うゾンビもいない。音声を作るような機械すらもない。怪しいものは何も見当たらない。
「おい、誰もいねぇぜ」
ボルディアが不満げに振り返るのと、未悠が彼女を庇って抱きしめるのとがほぼ同時だった。
同時にボルディアの首筋から背中にかけて衝撃が走った。肺が圧迫されて息ができず、視界が瞬いた瞬間にはもうボルディアは土に叩きつけられていた。
「なにこいつ……」
「ツマンネエノウ。マアヨイ。アッヒャヒャヒャ。ダガ、何度デモヤッテヤルカラナァ」
びきききき。という傾ぐ音と共に枯れ枝がまるで生き物のようにうねっていた。
「前のゾンビの集合体の姿じゃない……!?」
唖然とする未悠の隙をついて、枯れ枝が大きくうねると未悠の顔面に叩きつけられ、そのまま真後ろの木まで吹き飛ばされた。
「サァ、ふぃなーれハ派手ニヤルトスルカノゥ!!」
頭を強打して、動けなくなった未悠の周りで残ったゾンビがガタガタと揺れ始める。
「自爆ハ 芸 術 ジャーーー。アーヒッヤヒッャ!!」
強烈な破裂音が響いた。
ファルバウティの幹の中心で。
「父さんなら、間違いなくこうしただろうね。それを容易にやってのける人だった。おれにはまだ簡単にはできないことだけど」
ユリアン(ka1664)は刀を一陣の風となってゾンビの間を駆け抜け、刀で自爆装置を貫き、それをファルバウティに叩きつけていた。
「エ アレレ? ナンデ ヤラレチャッテルンジャ?」
「この前ガルカヌンクっていうヴルツァライヒのアジトを制圧して、その脚でこっちに来たんだ。魔導トラックのタイヤ痕を調べたら、すぐわかった。ファバルっていうのも……その木のように『ガワ』の一つなんだろう? ファルバ、ウティ?」
そう言いながらも、全てのゾンビの自爆装置をえぐり取り終わり、ユリアンはそれを小脇に抱えていた。
「もう帰ったところで工房はないよ。手足となる人間も、何もかも」
「テメェェェェ!!!!」
ファルバウティが叫ぶのと、ユリアンがまとめた自爆装置を投げるのはほぼ同時だった。
その間で赤黒い閃光が弾け、木々をユリアンを、ファルバウティの身体を吹き飛ばした。
燃える枯れ木の向こうでファルバウティの憎々しげな声が響いた。
「工房ハ1ツジャネェ。剣機ちーむノねっとわーくヲナメンジャルエゾ!!! テメェラノ大事ナモノ全部潰シテ今日ミタイニ」
「今日みたいに、全て浄化してみせます。もう悲しむだけで終わったりはしないから」
凛とした声が響き、サイアがユリアンの前に座り手を広げた。皆の言葉を心を背骨にして、彼女の背はまっすぐに伸びていた。
それに対しての反応はなく、林から負のマテリアルの瘴気は薄れていく。退散したのだろう。
「サイアさん、大丈夫……いてて。ごめん、ちょっと回復をお願い、できるかな」
ユリアンの要請に、サイアは瞳を合わせしっかりと頷いた。
●
「あああ、消化不良だ! なんなんだよ、あいつは!!」
ボルディアは朽ち木を蹴りつけて叫んだ。
「多分、本体は霊体なんだと思います。どれだけ斬っても……」
拳をにぎりしめてクレールはそう言った。銃創から流れ出る血が、握った掌からぽたりぽたりと溢れでる。血のにじむような訓練と、想いを受け継ぎ得た鍛冶の能力では何一つファルバウティを破れないとは
「存在している以上、不滅ではないはずです。霊体を切る武器がどこかにあるかもしれません。霊体を破る技法だってあるくらいなのですから」
ティアはクレールにそう言い、サイアを振り向いてそうですよね? と問いかけた。
「浄化術を使えば、可能かもしれません」
「……見違えたね。もう、大丈夫?」
マーゴットが問いかけると、サイアはゆっくり頷いた。
「皆さんが命がけで守ってくれたから。ここでもし皆さんが死んだりしたら、きっとあいつはその身体をゾンビにしてしまうと思ったから」
でも、それに気づかせてくれたのはマーゴットさんの背中と、銃弾を一つも漏らさないと決めた動き。
それからディーナさんの温かさ。命は温かいっていうことが。
そしてティアさんの言葉が、悩みの雲を散らしてくれたのだと。サイアは改めて皆に頭を下げた。
「サイアは変質者に好かれて大変なの……」
ディーナの言葉に未悠はくすりと笑みをこぼした。
「変質者。本当ね。振り回されちゃ終わりよ。振り回す方にならないとね」
はにかんだ笑みを浮かべるサイアを見て、リュカは立ち上がった。
「これからも守って見せる。君は、希望だ」
閉鎖的な生活を送るエルフは徐々にクリムゾンウェストでその数を減らしている。その中で浄化術を用いて他種族との間にも確固たる地位を確立するエルフハイムはリュカにとって間違いなく希望であった。
そして、今日はそれを守り、伝えることもできた。
彼女はどう思うだろうか? 一抹の不安もあったが。
「禊ぎ、一緒にしましょう。次の戦いに備えるために」
杞憂だったようだ。
「父さん……俺、近づけたかな」
穏やかな空気を取り戻す林の中にさす陽光を眩しそうにユリアンは見つめて、呟いた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/27 17:53:54 |
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相談卓 ティア・ユスティース(ka5635) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/07/01 22:46:30 |