ゲスト
(ka0000)
【詩天】臥待に咲く香散見草
マスター:鷹羽柊架

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- LV1~LV22
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/07/29 07:30
- 完成日
- 2016/08/05 06:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
詩天州都である若峰は昼は賑やかな街並みであるが、日付を越えるくらいに夜が深くなれば、人が歩く姿は極端に減る。
飲み屋街は酔い潰れた者が道端で寝ることもあるが、大抵は寝る時間だ。
最近は街中でも歪虚の姿が確認されており、歩くものは更に減っている。
そんな夜の中、歩くものがいた。
下弦に欠ける月の光がそのものを照らす。
生ぬるい夜風を受けても背筋が伸びて、汗ひとつもかいていない。
月光に映された影には腰から伸びている刀の姿があった。
誰もいない通りを歩いていく。
●
即疾隊士の壬生和彦は先日、街に現れた歪虚の報告を局長達にしていた。
人があまり近づかない川辺で魚採りをしていた男が獲ってきた魚の中に歪虚がいて、歪虚は他の魚やエビ類を食べて巨大化したという説が有力であることを伝えた。
「そうかい……そいつはご苦労さんだったな」
局長の江邨が和彦に労いの言葉をかけると、和彦は恐縮してしまう。
「その件は改めて調査する。また、ハンターの力を借りるだろうが……少し時期を伺うかもしれないな」
前沢副局長の言葉がとても珍しく歯切れ悪いので、和彦は目を瞬く。
「こちらに思わぬ話が舞い込んでな……」
どう言っていいか戸惑う前沢の言葉が途切れてしまう。
「しかし、街の危機だからな、できる限りは早く着手するよう手は尽くす」
真摯な副局長の言葉に和彦は安堵したように頷く。
「壬生、お前さんは豊後屋の件に入ってもらう」
江邨の言葉に和彦は静かに返事を返す。
筒香町の番所の手伝いもあって、浪人達を多く捕縛したのだが、浪人達は揃って記憶が曖昧だという。
それに納得したのは、浪人の耳から出てきた蜘蛛の歪虚だった。
歪虚を操る者が詩天にいる……それがどれほどの恐怖かは覚醒者、非覚醒者のそれぞれの立場からの恐れは伺える。
「先日の話じゃ、豊後屋の離れの近くをうろつく浪人の姿があったそうだな」
調査の際に豊後屋に宿泊したハンターが作成してくれた間取り図を江邨が広げる。
「どうやら、この離れは納戸として使っていると聞いた。それを管理しているのは斉鹿だが……人が常駐している様子がないんだ」
「え?」
顔を上げる和彦に江邨はため息をつく。
「あの後、こちらでも調べたんだが、どうにも斉鹿もちょくちょく離れへ行ってる様子はない」
人を監禁していれば、それなりの世話もあるが、斉鹿はそんなそぶりがないと局長は言う。
しかし、夜になると、豊後屋の周辺に浪人が複数現れると調べがあがったそうだ。
斉鹿が行方不明となった複数の浪人と接触していたのは事実であり、拘束の必要はある。
「斉鹿はまだ豊後屋にいる。ハンターを応援に呼ぶから、さっさと捕まえろ」
局長の言葉に和彦は静かに頷いた。
翌日、和彦は見回り当番に入っていた。
心なしか、街の人々の視線の棘がなくなったような気がする。
隊士もいつ、歪虚や、歪虚に身体を奪われた浪人に遭遇してもいいように気を引き締めているように思えた。
気のせいかは和彦には分らなかったが、その勘が当たればいいなとは思う。
町の喧騒を抜けたころ、見回り隊の前に数人の浪人が現れる。
「何奴だ」
好戦的に構える隊士達に浪人は慌てたように手を振る。
「そ、某達はもう正気にございます!」
「待ってください」
危害を加える気がないことが分かれば、隊士達は興味が削がれてしまうが、後ろにいた和彦がその顔に見覚えがあった。
「貴方達は、歪虚に操られた方々では?」
「左様」
先輩隊士達をかき分けて和彦が浪人達に声をかける。
最初の調査の時に襲ってきた浪人と、豊後屋に行く途中で襲ってきた浪人達。
全員に共通しているのは心神喪失状態であり、記憶が曖昧という点。
調べても何もでないし、拘留中の食事が出せないというのが一番の理由で放免となった。
「思い出したことは左程ないが、我々も失踪事件について調べていた」
浪人の一人が言えば、隊士達は顔を見合わせる。
隊士達は即疾隊の屯所へ浪人達を案内した。
多少は印象向上したものの、荒くれものの即疾隊を纏める局長や副局長を前にいささか緊張している模様。
正気を取り戻した浪人達はまた日銭稼ぎに戻っていたが、一部の浪人達は自分達が何をして、何故、人を傷つけようとしたのかを知りたかったようだ。
同じような動きをしている浪人に気づき、声を掛け合って共に調査をしていたという。
「して、分かったことはあったのか?」
前沢副局長が問えば、浪人の一人が口を開く。
「豊後屋の近くに店をやめてしまい、空き家となった店がいくつかあります。その中の一つが勝手に使用されてました」
詩天は一度壊滅され、復興中の街。
再び商売を始めても上手くいかなかった店もあったようだ。
「夜逃げでもしたのか、主がいなくなった店の奥に複数人の姿がありました」
「どんな状態だった?」
江邨が尋ねると、浪人の表情はどんどん青ざめていく。
「……蜘蛛が人に群がっていました。その奥に尋常じゃない大きさの蜘蛛が……紙問屋の息子にも似た姿が見えました」
蜘蛛に心当たりがある。目の前の浪人達を操った蜘蛛の形をした歪虚だとその場にいた者達が推測した。
「人がいるのであれば、助け出した方がいいな」
ふむと江邨が人差し指と親指で顎を摩って思案している。
「その役目、私たちに任せてもらえませぬか」
切り出したのは最初の調査で即疾隊に斬りかかってきた浪人だ。名前を湯島という。
「……正直、私は腕も特に覚えのないものです。ですが、自分と同じように甘言に騙されただろう人を助けたいと思います。何卒……!」
「お願い申し上げますっ」
他の浪人達も頭を下げると、前沢は口を開きかける。
「局長、副局長、私からもお願いします。彼らの意識はなくとも、人を斬ろうとしてました。しかし、こうして反省しているのであれば、同行を許してもいいと思います」
副局長の言葉が出る前に進言してきた和彦も頭を下げた。
「お前が彼らを指し示すがいい。相手を侮るな、今回の件が失敗すれば、斉鹿は逃げるだろう」
「必ずや」
和彦が言葉を返すと、浪人達と一緒に出た。
部屋の中に局長と副局長だけが残ると、江邨はにまーっと笑みを浮かべる。
「まっえざわちゃーん?」
茶化して呼ぶ局長に対し、茶化されて嫌そうな顔をする前沢。
「何ですか」
「随分と入れ込んでるねぇ?」
「……あいつが意見を述べるなんてこと、初めてだったからですよ」
「そりゃ、そうだろうな。あいつは自分を殺しすぎてる。ま、いい機会じゃねぇの?」
江邨はそう言って廊下の方を見やった。
ハンターが依頼に応じてきてくれた。
斉鹿を捕まえられなく、今度こそと思う者。
行方不明者を助け出す意欲を出す者。
下弦の月から更に欠けた月夜の下、和彦が先陣を切った。
「行くぞ……!」
様々な思惑を胸に抱き、即疾隊が動き出す。
飲み屋街は酔い潰れた者が道端で寝ることもあるが、大抵は寝る時間だ。
最近は街中でも歪虚の姿が確認されており、歩くものは更に減っている。
そんな夜の中、歩くものがいた。
下弦に欠ける月の光がそのものを照らす。
生ぬるい夜風を受けても背筋が伸びて、汗ひとつもかいていない。
月光に映された影には腰から伸びている刀の姿があった。
誰もいない通りを歩いていく。
●
即疾隊士の壬生和彦は先日、街に現れた歪虚の報告を局長達にしていた。
人があまり近づかない川辺で魚採りをしていた男が獲ってきた魚の中に歪虚がいて、歪虚は他の魚やエビ類を食べて巨大化したという説が有力であることを伝えた。
「そうかい……そいつはご苦労さんだったな」
局長の江邨が和彦に労いの言葉をかけると、和彦は恐縮してしまう。
「その件は改めて調査する。また、ハンターの力を借りるだろうが……少し時期を伺うかもしれないな」
前沢副局長の言葉がとても珍しく歯切れ悪いので、和彦は目を瞬く。
「こちらに思わぬ話が舞い込んでな……」
どう言っていいか戸惑う前沢の言葉が途切れてしまう。
「しかし、街の危機だからな、できる限りは早く着手するよう手は尽くす」
真摯な副局長の言葉に和彦は安堵したように頷く。
「壬生、お前さんは豊後屋の件に入ってもらう」
江邨の言葉に和彦は静かに返事を返す。
筒香町の番所の手伝いもあって、浪人達を多く捕縛したのだが、浪人達は揃って記憶が曖昧だという。
それに納得したのは、浪人の耳から出てきた蜘蛛の歪虚だった。
歪虚を操る者が詩天にいる……それがどれほどの恐怖かは覚醒者、非覚醒者のそれぞれの立場からの恐れは伺える。
「先日の話じゃ、豊後屋の離れの近くをうろつく浪人の姿があったそうだな」
調査の際に豊後屋に宿泊したハンターが作成してくれた間取り図を江邨が広げる。
「どうやら、この離れは納戸として使っていると聞いた。それを管理しているのは斉鹿だが……人が常駐している様子がないんだ」
「え?」
顔を上げる和彦に江邨はため息をつく。
「あの後、こちらでも調べたんだが、どうにも斉鹿もちょくちょく離れへ行ってる様子はない」
人を監禁していれば、それなりの世話もあるが、斉鹿はそんなそぶりがないと局長は言う。
しかし、夜になると、豊後屋の周辺に浪人が複数現れると調べがあがったそうだ。
斉鹿が行方不明となった複数の浪人と接触していたのは事実であり、拘束の必要はある。
「斉鹿はまだ豊後屋にいる。ハンターを応援に呼ぶから、さっさと捕まえろ」
局長の言葉に和彦は静かに頷いた。
翌日、和彦は見回り当番に入っていた。
心なしか、街の人々の視線の棘がなくなったような気がする。
隊士もいつ、歪虚や、歪虚に身体を奪われた浪人に遭遇してもいいように気を引き締めているように思えた。
気のせいかは和彦には分らなかったが、その勘が当たればいいなとは思う。
町の喧騒を抜けたころ、見回り隊の前に数人の浪人が現れる。
「何奴だ」
好戦的に構える隊士達に浪人は慌てたように手を振る。
「そ、某達はもう正気にございます!」
「待ってください」
危害を加える気がないことが分かれば、隊士達は興味が削がれてしまうが、後ろにいた和彦がその顔に見覚えがあった。
「貴方達は、歪虚に操られた方々では?」
「左様」
先輩隊士達をかき分けて和彦が浪人達に声をかける。
最初の調査の時に襲ってきた浪人と、豊後屋に行く途中で襲ってきた浪人達。
全員に共通しているのは心神喪失状態であり、記憶が曖昧という点。
調べても何もでないし、拘留中の食事が出せないというのが一番の理由で放免となった。
「思い出したことは左程ないが、我々も失踪事件について調べていた」
浪人の一人が言えば、隊士達は顔を見合わせる。
隊士達は即疾隊の屯所へ浪人達を案内した。
多少は印象向上したものの、荒くれものの即疾隊を纏める局長や副局長を前にいささか緊張している模様。
正気を取り戻した浪人達はまた日銭稼ぎに戻っていたが、一部の浪人達は自分達が何をして、何故、人を傷つけようとしたのかを知りたかったようだ。
同じような動きをしている浪人に気づき、声を掛け合って共に調査をしていたという。
「して、分かったことはあったのか?」
前沢副局長が問えば、浪人の一人が口を開く。
「豊後屋の近くに店をやめてしまい、空き家となった店がいくつかあります。その中の一つが勝手に使用されてました」
詩天は一度壊滅され、復興中の街。
再び商売を始めても上手くいかなかった店もあったようだ。
「夜逃げでもしたのか、主がいなくなった店の奥に複数人の姿がありました」
「どんな状態だった?」
江邨が尋ねると、浪人の表情はどんどん青ざめていく。
「……蜘蛛が人に群がっていました。その奥に尋常じゃない大きさの蜘蛛が……紙問屋の息子にも似た姿が見えました」
蜘蛛に心当たりがある。目の前の浪人達を操った蜘蛛の形をした歪虚だとその場にいた者達が推測した。
「人がいるのであれば、助け出した方がいいな」
ふむと江邨が人差し指と親指で顎を摩って思案している。
「その役目、私たちに任せてもらえませぬか」
切り出したのは最初の調査で即疾隊に斬りかかってきた浪人だ。名前を湯島という。
「……正直、私は腕も特に覚えのないものです。ですが、自分と同じように甘言に騙されただろう人を助けたいと思います。何卒……!」
「お願い申し上げますっ」
他の浪人達も頭を下げると、前沢は口を開きかける。
「局長、副局長、私からもお願いします。彼らの意識はなくとも、人を斬ろうとしてました。しかし、こうして反省しているのであれば、同行を許してもいいと思います」
副局長の言葉が出る前に進言してきた和彦も頭を下げた。
「お前が彼らを指し示すがいい。相手を侮るな、今回の件が失敗すれば、斉鹿は逃げるだろう」
「必ずや」
和彦が言葉を返すと、浪人達と一緒に出た。
部屋の中に局長と副局長だけが残ると、江邨はにまーっと笑みを浮かべる。
「まっえざわちゃーん?」
茶化して呼ぶ局長に対し、茶化されて嫌そうな顔をする前沢。
「何ですか」
「随分と入れ込んでるねぇ?」
「……あいつが意見を述べるなんてこと、初めてだったからですよ」
「そりゃ、そうだろうな。あいつは自分を殺しすぎてる。ま、いい機会じゃねぇの?」
江邨はそう言って廊下の方を見やった。
ハンターが依頼に応じてきてくれた。
斉鹿を捕まえられなく、今度こそと思う者。
行方不明者を助け出す意欲を出す者。
下弦の月から更に欠けた月夜の下、和彦が先陣を切った。
「行くぞ……!」
様々な思惑を胸に抱き、即疾隊が動き出す。
リプレイ本文
即疾体屯所で新しい鉢金が用意されていた。
その鉢金は手伝いに入ってくれていたハンター達に渡される。
緊張感漂う中、金目(ka6190)は静かに動く時を待っていた。
詩天の夜空に浮かぶのは下弦の臥待月。
遅い時間になったと思い夜空を見上げるのは五百枝春樹(ka6324)。
近隣にある空家の方へ浪人達と一緒にカリン(ka5456)、雀舟 玄(ka5884)、優夜(ka6215)が向かうことになった。
豊後屋に到着すると、戸は閉まっていた。
「裏を頼む」
ルイトガルト・レーデル(ka6356)が七葵(ka4740)に声をかけると、一つ頷いてショウコ=ヒナタ(ka4653)達と裏へと回る。
まだ、提灯に明かりはついていたので、起きていると判断し、和彦が戸を叩く。
少し経つと、女中だろう壮年の女が戸を少しだけ開ける。
「即疾隊だ。御用改めに参った」
よく見れば、皆、即疾隊の鉢金を額に巻いている。
「斉鹿という方に用があります」
「勝手の方に居ます……」
マシロビ(ka5721)の問いに答えた女は数歩離れ、戸に手を当てた和彦は一気に戸を開けた。
裏口からも戸を叩き、開けて貰う。
七葵の前で戸を開けたのは斉鹿だった。
「これは以前、角に居られた方ですね」
どこか挑戦的に嗤う斉鹿は、あの時七葵を見ていたのだ。
「即疾隊だ。斉鹿、縛につけ」
七葵が宣言すると、ショウコがLEDライトを斉鹿へ向けてスイッチを入れた。
この世界にはないまばゆい光に視界を奪われたのか、左目を手で覆いつつ斉鹿は顔を背けて後退る。
しかし、それは七葵の脚力によって退路が封じられる。
納刀状態で駆け出した七葵は斉鹿の動きを見ていたが、誘導だと察知したのは、建物内にある勝手口より顔を出した若い女の姿。
人質に取らせまいとして顔を上げた歩夢(ka5975)の額に燐光が集まる。揺れる前髪の隙間から見えるのは彼の覚醒を現す印。
手にしていた符が光り、胡蝶に似た光が歩夢より放たれる。
中空を疾走する胡蝶はまっすぐ斉鹿の方へと飛んでいく。
弾丸の如くに勢いを持った蝶は迷うことなく、斉鹿の手を弾いた。
「……くっ」
女から離れた斉鹿は離れの方へと走って行く。
「ごよーだー」
金目が声を上げるが、何か覇気がない。当人としては多少不謹慎ではあるものの、役人特有の決め台詞という話を聞いたので、言えることを楽しんでいる模様。
「貴方は店の者か」
地面にへたり込んでいる女の目線に合わせ、片膝をつく七葵に女はこくこくと頷く。
「俺達の目的は斉鹿だ。店の者、一般客に無用な傷を負わせたくはない。非難を頼む」
手短に用件を伝える七葵に女は恐怖に震えつつも、頷いていくれた。
七葵は自身も向かう為に女を立たせる為に手を貸し、戸に手をつかせて壁を伝わせて中へ入らせた。
女中だろう若い女は七葵に任せて斉鹿を追っていたショウコは見覚えのある蜘蛛を見つけては足で潰す。
普通の蜘蛛とは少し違うから見分けつけやすいと思いながらも、リアルブルーの頃、自分が遊んでいたゲームを思い出していた。
恐怖体験系のゲームでは蜘蛛のモチーフの敵は鉄板キャラの一つ。
小さな蜘蛛には必ず親蜘蛛が存在している。
注視するショウコは月光に反射する何かに気づく。
細い糸のようなものであり、微かに震えている。
糸の方向がどこからどこへ向かっているのかは、一見ではわからない。
自分の常識上、蜘蛛という存在は音もなく動くものと思い込んでいた。
「歪虚なら仕方ない」
そう呟いたショウコ達の目の前には、太い足で引きずるような足音が聞こえる大きな蜘蛛が現れる。
空き家に到着した玄達は正面口から入っていった。
浪人達の話によれば、その空き家は住居兼店舗の形態を持った建物と言っており、詳しい間取りまで浪人達には分らなかった模様。
それはそれで仕方ないので、そのまま突入。
正面口の近くから小さな蜘蛛たちが戸の隙間より湧き出るのか、月光に照らされた蜘蛛の姿が地面の陰に映り、忙しなく足を動かしてはひしめきあっているようだ。
ぷちぷちと小蜘蛛を潰しながら中へ進んでいく。
カリンの盾に括りつけられているLEDライトに反応しているのか、小蜘蛛達は身を捩るかのように光から逃れようとしている。
「あ……」
誰かが、細く悲鳴を上げた。
視線の先には、小蜘蛛達に群がられている人間の姿。
浪人の一人が恐怖に震えながらも、手を伸ばそうとした瞬間、浪人の視界の中に桜吹雪の幕が覆う。
蜘蛛だらけの建物にそぐわない美しい桜吹雪の幻影が薄れると、浪人達が悲鳴を上げる。
横の通路より、人の背ほどの蜘蛛が口から糸を吐きだしていた。
侵入者であるハンターを喰らう為か。
「出てきたわね」
優夜が低く呟いた。
「ここは私達が食い止めます」
カリンが浪人達を庇うように前へ出た。
浪人達が蜘蛛を払い、痩せ細った人間を引きずり出す。
年の頃は二十歳前後だろうか、虚ろな目をしており、息も今に絶えてもおかしくない様子。
「早く連れ出してください」
玄が言えば、浪人二人が腕と足を持って運び出す。
「無事なら、喜ばれるわよね」
蜘蛛に警戒しつつ、優夜が言えば、玄は頷いた。
運び出された若者は、消えた紙問屋の息子と似たような特徴をしていると思ったから。
月光に照らされる蜘蛛が来ただろう方向を見ていたマシロビは、記憶にあった離れの場所に合致していることに気づく。
離れにもいるのだろうと本能で感じざるを得ない。
どこか厭そうな顔をしているのは春樹だ。
現状見えるのは小さな蜘蛛ばかり。
矢で当てようにも身体が小さすぎるし、数も多い。そうなれば、足で潰していくのが効率的である。
リアルブルーの世界では無数の小さい蜘蛛を見ることなんかはゲームや映画、テレビの世界くらいだ。
一匹であれば嫌悪感は感じないが、これだけ多いのは精神的にもよいとは感じない。
はっきりとした姿が見えないのはありがたいことである。
先頭を走っていた和彦は何かに感づいたのか、瞬時に身構えた。手を刀の柄にかけ、一気に刀身を引き抜く。
月の光を反射したのは和彦の刀だけではなかった。
匕首を手にしていた斉鹿の姿にハンター達は一気に警戒を高める。
「お前は、誰だ」
斉鹿は和彦を見て低い声で尋ねた。
「……即疾隊士、壬生和彦」
名乗った和彦に対し、斉鹿は「壬生……?」と目を細める。
一度離れて間合いを取った斉鹿は、身を屈め、攻撃せんとばかりに、再び匕首を向けた。
相手の速さは疾影士か、霊闘士の速さに似ていると察したのは春樹。
斉鹿が今立つ場所が彼にとって好機の距離。これ以上近くなると、味方に当たりかねない危機が出てくる。
即座に矢をつがえる春樹はマテリアルを矢へと送り込む。
素早く、一気に矢を引き絞り、斉鹿が動き出す前に腕を狙う。
矢を放った瞬間、捕らえたと思った春樹だが、斉鹿が後ろへと跳躍した。
タイミングがずれてしまった矢は斉鹿の手首を掠める。
斉鹿を追い、斬りかかる和彦の剣を匕首で何とか受け止めた斉鹿は目を見開いて和彦を見やった。
「幸運だな」
そう言ったのはルイトガルトの声。
斉鹿の逃げ道を塞ぎ、潜んでいた白銀の刃が斉鹿の視界を奪う。
致命傷とは言えなかったが、斉鹿は頬から顎に赤い筋が浮かぶと、とめどなく血が滴る。
「貴様は……実に、幸運だ」
冷酷な声を顕すようにルイトガルトの瞳は月光に透かされて昏く煌いた。
七葵が追いついた時には先を行っていたハンター達が大蜘蛛と対峙していた。
「離れまで探す手間が省けてよかったのかな」
金目は「あーあ」という様子を見せる。
「一理ある」
面倒くささが合致していたのか、ショウコが同意した。
「頭を狙おう」
どこかのんびりした風の金目ではあるが、黒曜の瞳は大蜘蛛を見据えている。
鎚を振り、先端をぐるりと回して構えた。
幸い、今裏口班がいるのは庭に面したところ。
デカブツの蜘蛛相手に武器を振り回すにはありがたい広さ。ショウコは月光を頼りに手にしていた、魔導拳銃剣「エルス」を振り、銀糸を切る。
糸が目の前の蜘蛛へつながっていたのか、蜘蛛の頭が微かに揺れた。
大きく開けた口より、三又に分かれた糸がハンター達へ吐き出される。
「させるか!」
瞬時に蜘蛛へ桜吹雪の幻影を見せたのは歩夢だ。
視界を遮られただろう蜘蛛は身じろぎをして動きを鈍らせる。
発射された銀糸を受け止めたのは金目だ。
雷撃を纏った光の障壁に当たった糸が弾ける。
蜘蛛の動きが鈍ったのを確認した七葵が刀を鞘に納めたまま、蜘蛛との間合いを詰める為に駆けだす。
桜幕符の効果は一瞬であり、蜘蛛に魅せられた幻影は薄れているだろう。
一撃を繰り出す機微を計っていた七葵が刀を抜き放ち、横一線に薙いで蜘蛛の足を二本切り落とす。
ぐらりと傾いたが、蜘蛛は奥の足を素早く七葵の身体を突く。
「ぐ……っ!」
速い突きに身体を揺らして両足で踏ん張る七葵だが、レザーアーマー「ヘッジホッグ」を着用していても、その衝撃は激しいものであった。
七葵が一度後退し、前に出てきたのは金目。
「これはどうだ」
金目が振り上げたのは赤い鋼のハンマー「ヴァルカン」。
蜘蛛は動こうとしたものの、金目は気にせずに素早く振り下ろす。
赤い鎚が蜘蛛の目玉の一部に振り下ろされると、赤い炎が舞い上がり、まるで熱せられた鉄を打っているかのようだ。
潰された目玉は火属性を持つハンマーのおかげで焼け爛れており、蜘蛛は悶えるかのように足をばたつかせている。
「痛覚、あるんだ」
意外そうに言ったのはショウコだ。
照準を蜘蛛へと合わせているのは魔導拳銃「イグナイテッド」。
自身のマテリアルの流れを拳銃に向け、緩く指をカーブさせてトリガーを引く。
発射する瞬間に合わせ、マテリアルを込め、弾丸を高加速させ、火属性を持つ「イグナイテッド」は命中した蜘蛛の頭部を焼く。
グレネードで火炎弾の方が効くんだろうなと思っていると、蜘蛛がショウコ目掛けて糸を吐いていた。
反射的に逃げようとしたショウコは反射的に「エルス」を振り、糸を払うも、粘着性がある糸が銃剣の刀身巻きつく。
危機を察して武器を手放そうとしたが、蜘蛛の糸はショウコの手まで絡んでおり、引きずられてしまう。
歩夢が中空より呼び出した蝶が光弾となって蜘蛛の口へ飛んでいき、糸を引きちぎる。
地を引きずられたショウコは糸の引力より開放されると、剣銃を放って、魔導拳銃を構えた。
七葵が足を斬り離して動きを止め、金目が視界を頭を潰していく。
蜘蛛の反撃に遭っても、歩夢とショウコが蜘蛛へ『弾』を打ち込んでいった。
ようやく倒れた大型蜘蛛がしぶとかったのは、『親蜘蛛』だったからだろう。
「斉鹿は正面組達といるみたいだ」
式符を発動していた歩夢の言葉に全員がそちらへと足を向けた。
空き家では狭い中で蜘蛛との戦いがまだ続いている。
カリンが角度を見計らって、ファイアスローワーで周辺の小蜘蛛を焼き払い、浪人達が力を合わせて倒れている人を掘り起こすように引きずり出していた。
中には息絶えている者もおり、仕方がないこととはいえ、ハンター達も表情を苦くしてしまう。
その間にも大蜘蛛の攻撃は容赦なく続けており、優夜が投げた瑞鳥符の小鳥が大蜘蛛の糸を受け、綿毛のような羽を散らして消えた。
「カリン殿! もう、生存者は……!」
振り向いたのは浪人の湯島だ。
彼らが見ているのはもう、手遅れになった者達なのだろうと推察される。
一般人の彼らをこれ以上危険な目に遭わせる事のデメリットを考えたカリンの肩に優夜の手が置かれた。
「命は大事なものよね」
優しくも強い言葉にカリンは頷く。
「皆さんも避難してください……!」
「何とかするからね!」
カリンと優夜が言えば、浪人達は口を噛みしめて「お頼み申す!」と叫んで外に出た。
「玄! 大丈夫!?」
優夜が叫ぶと、玄は蜘蛛の攻撃を受けており、光の障壁が砕けては儚く消えていった。
「大丈夫だけど……」
ぐらりと上体を揺らす玄に疲労が見えた。
「替わりますっ」
カリンが前に出て、レイピアを構える。
即座に優夜が符より光り輝く蝶を呼び出し、蜘蛛へと飛ばす。光弾は蜘蛛の口の中へ命中し、もがく。
胡蝶符が命中した瞬間にカリンが駆けて、レイピアで蜘蛛の頭を斬り付ける。
玄の火炎符に燃やされた蜘蛛の身体は脆くなり、焼けた部分が灰となって足元へ落ちた。
「離れて……っ」
玄の言葉にカリンが離れると、火炎符を発動した。更にカリンがファイアスローワーで蜘蛛の口の中で発動させた。
火炎符とファイアスローワーの組み合わせで、蜘蛛の足から離れた胴体が床に落ち、大蜘蛛は完全に動かなくなった。
話す言葉が浮かばなく、沈黙していたが、大きな音が奥の方より響き、ハンター達はまだ敵がいるのかと警戒を強めてその方向へと向かう。
カリン達が見たのは、中型の蜘蛛が腹を仰向けにして倒れている姿。
動いていないところをみると、もう倒された後のようだった。
左側の足が切り落とされ、頭が十字に斬られている。
「相当の手練れがいたということ……?」
優夜が言えば、玄とカリンは沈黙で肯定するしかなかった。
臥待月の下、符が中空を舞う。
月光の色に似た稲妻が和彦と剣を合わせた斉鹿を狙い、落とされる。
稲妻に身体を射抜かれた斉鹿の動きは鈍くなった。
「……そこっ!」
好機を逃さなかった春樹は狙いを澄まし、一気に引き絞って矢を斉鹿へと放つ。
疾影士だろう速さは消えた斉鹿は自身の足へ向けられた矢を甘んじて受けたが、斉鹿は即座に矢を引き抜いた。
そのまま手にした矢を斬りかかろうとした和彦向かって投げつける。
和彦はそのまま刀を振り上げて矢を切り落とす。
落とされた矢を見て、斉鹿は不敵に笑みを浮かべる。
「歪虚はあなたの仕業ですか」
マシロビの問いに斉鹿は「そうだ」と返した。
「俺は、取り残されたものだ」
斉鹿が見つめるのは和彦だ。
「……八代目詩天が死んだ時、九代目派と秋寿派に分かれ、水面下で次代詩天の攻防戦があった」
足音が向こうから聞こえてきて、裏口組がこちらに合流せんと走ってきた。
ずるりと斉鹿が和彦の方へと歩いていく。
「壬生!」
「それ以上近づくな」
七葵が声をあげ、ショウコが拳銃を構えても、斉鹿は歩みを止めない。
「それぞれが推す方を次代詩天にしようと必死だった。その頃から人死にもあった……」
止める為に矢を射ったのは春樹だ。
腿を射られても、悲鳴を上げそうになる声を殺し、斉鹿は和彦から目を逸らさなかった。
「俺は最初の時点でドジを踏んで、千石原の乱にはいなかったんだよ……気が付いた時にはもう、家族皆、現詩天派にやられちまった。俺は三条家が、今の詩天が憎い!」
唇を噛みしめた斉鹿の表情は苦しそうであり、それは過去の痛みか、傷つけられた身体かはわからない。
「お前は即疾隊士……現詩天、三条家の犬となるのか」
斉鹿の怒気を受け止める和彦は一度、唇をかむ。
「過去の詩天よりも、俺にはやらなければならない事がある!」
誘うような斉鹿へ言い切った和彦の目にはしっかりとした意志が宿っていた。
「そうかい、お前は何も知らなかったんだな」
風雷陣の余波、矢を足に受けてもなお、斉鹿は動き出そうとする。
「動かないでください!」
叫ぶマシロビはもう一度風雷陣を発動させた。
もう一度落雷を受けて身体が痺れ、鈍くなっても、斉鹿は匕首を離すことなかった。
「知ってることは吐いてもらう」
駆けだしたショウコは斉鹿より匕首を離そうとし腕を斬りつけたが、流れる血を痛みを物とせずに斉鹿は匕首の刃でショウコの腕を切り裂く。
「これ以上の狼藉は許さん!」
攻撃をやめない斉鹿に危機感を覚えた七葵が納刀状態で一気に間合いを詰める。
これ以上の仲間の負傷は捕縛に差し障ると判断し、七葵は剣を抜く。
許すわけにはいかない。
逃がすわけにはいかない。
いかなる理由があろうとも、この詩天の民に不安を与える存在を。
あれだけ攻撃を重ねていた斉鹿は手にしていた匕首を離した。
七葵の刀を受けた瞬間、斉鹿は安心したような悔しそうな泣き顔の表情を見せ、血を吐いた。
繰り出された一撃は命に関わるほどの威力はなかったが、斉鹿から吐き出された血の中に蜘蛛がいたことに気づく。
「これは……俺のじゃねぇ……んだ……」
両ひざをついた斉鹿に歩夢と金目が支える。
「……俺も……あの浪人達同様だ……俺が使い物にならなくなって、蜘蛛が始末するために暴れだしている」
斉鹿の身体の中で生き物が蠢いているように動いては、斉鹿は苦しそうに吐血を繰り返し、目が虚ろになっていく。
口を何度か動かして話していた、言葉にはなっていなく、子供の拳ほどの蜘蛛を吐いて斉鹿は絶命した。
豊後屋は従業員の不祥事とはいえ、蜘蛛を排除するまで営業は停止。
空き家ににて、軟禁されていた者達で生きて救出された者達は療養所に保護された。
体調が回復され次第退院となる予定だ。
救出された者の中には紙問屋の息子もいた。
不穏はすべて拭い去ったわけではない。
この度の一連の働き含めて、即疾隊の印象は随分上がったと言える。
隊士達もそれに倣い、変わっていくのはまた別の話。
その鉢金は手伝いに入ってくれていたハンター達に渡される。
緊張感漂う中、金目(ka6190)は静かに動く時を待っていた。
詩天の夜空に浮かぶのは下弦の臥待月。
遅い時間になったと思い夜空を見上げるのは五百枝春樹(ka6324)。
近隣にある空家の方へ浪人達と一緒にカリン(ka5456)、雀舟 玄(ka5884)、優夜(ka6215)が向かうことになった。
豊後屋に到着すると、戸は閉まっていた。
「裏を頼む」
ルイトガルト・レーデル(ka6356)が七葵(ka4740)に声をかけると、一つ頷いてショウコ=ヒナタ(ka4653)達と裏へと回る。
まだ、提灯に明かりはついていたので、起きていると判断し、和彦が戸を叩く。
少し経つと、女中だろう壮年の女が戸を少しだけ開ける。
「即疾隊だ。御用改めに参った」
よく見れば、皆、即疾隊の鉢金を額に巻いている。
「斉鹿という方に用があります」
「勝手の方に居ます……」
マシロビ(ka5721)の問いに答えた女は数歩離れ、戸に手を当てた和彦は一気に戸を開けた。
裏口からも戸を叩き、開けて貰う。
七葵の前で戸を開けたのは斉鹿だった。
「これは以前、角に居られた方ですね」
どこか挑戦的に嗤う斉鹿は、あの時七葵を見ていたのだ。
「即疾隊だ。斉鹿、縛につけ」
七葵が宣言すると、ショウコがLEDライトを斉鹿へ向けてスイッチを入れた。
この世界にはないまばゆい光に視界を奪われたのか、左目を手で覆いつつ斉鹿は顔を背けて後退る。
しかし、それは七葵の脚力によって退路が封じられる。
納刀状態で駆け出した七葵は斉鹿の動きを見ていたが、誘導だと察知したのは、建物内にある勝手口より顔を出した若い女の姿。
人質に取らせまいとして顔を上げた歩夢(ka5975)の額に燐光が集まる。揺れる前髪の隙間から見えるのは彼の覚醒を現す印。
手にしていた符が光り、胡蝶に似た光が歩夢より放たれる。
中空を疾走する胡蝶はまっすぐ斉鹿の方へと飛んでいく。
弾丸の如くに勢いを持った蝶は迷うことなく、斉鹿の手を弾いた。
「……くっ」
女から離れた斉鹿は離れの方へと走って行く。
「ごよーだー」
金目が声を上げるが、何か覇気がない。当人としては多少不謹慎ではあるものの、役人特有の決め台詞という話を聞いたので、言えることを楽しんでいる模様。
「貴方は店の者か」
地面にへたり込んでいる女の目線に合わせ、片膝をつく七葵に女はこくこくと頷く。
「俺達の目的は斉鹿だ。店の者、一般客に無用な傷を負わせたくはない。非難を頼む」
手短に用件を伝える七葵に女は恐怖に震えつつも、頷いていくれた。
七葵は自身も向かう為に女を立たせる為に手を貸し、戸に手をつかせて壁を伝わせて中へ入らせた。
女中だろう若い女は七葵に任せて斉鹿を追っていたショウコは見覚えのある蜘蛛を見つけては足で潰す。
普通の蜘蛛とは少し違うから見分けつけやすいと思いながらも、リアルブルーの頃、自分が遊んでいたゲームを思い出していた。
恐怖体験系のゲームでは蜘蛛のモチーフの敵は鉄板キャラの一つ。
小さな蜘蛛には必ず親蜘蛛が存在している。
注視するショウコは月光に反射する何かに気づく。
細い糸のようなものであり、微かに震えている。
糸の方向がどこからどこへ向かっているのかは、一見ではわからない。
自分の常識上、蜘蛛という存在は音もなく動くものと思い込んでいた。
「歪虚なら仕方ない」
そう呟いたショウコ達の目の前には、太い足で引きずるような足音が聞こえる大きな蜘蛛が現れる。
空き家に到着した玄達は正面口から入っていった。
浪人達の話によれば、その空き家は住居兼店舗の形態を持った建物と言っており、詳しい間取りまで浪人達には分らなかった模様。
それはそれで仕方ないので、そのまま突入。
正面口の近くから小さな蜘蛛たちが戸の隙間より湧き出るのか、月光に照らされた蜘蛛の姿が地面の陰に映り、忙しなく足を動かしてはひしめきあっているようだ。
ぷちぷちと小蜘蛛を潰しながら中へ進んでいく。
カリンの盾に括りつけられているLEDライトに反応しているのか、小蜘蛛達は身を捩るかのように光から逃れようとしている。
「あ……」
誰かが、細く悲鳴を上げた。
視線の先には、小蜘蛛達に群がられている人間の姿。
浪人の一人が恐怖に震えながらも、手を伸ばそうとした瞬間、浪人の視界の中に桜吹雪の幕が覆う。
蜘蛛だらけの建物にそぐわない美しい桜吹雪の幻影が薄れると、浪人達が悲鳴を上げる。
横の通路より、人の背ほどの蜘蛛が口から糸を吐きだしていた。
侵入者であるハンターを喰らう為か。
「出てきたわね」
優夜が低く呟いた。
「ここは私達が食い止めます」
カリンが浪人達を庇うように前へ出た。
浪人達が蜘蛛を払い、痩せ細った人間を引きずり出す。
年の頃は二十歳前後だろうか、虚ろな目をしており、息も今に絶えてもおかしくない様子。
「早く連れ出してください」
玄が言えば、浪人二人が腕と足を持って運び出す。
「無事なら、喜ばれるわよね」
蜘蛛に警戒しつつ、優夜が言えば、玄は頷いた。
運び出された若者は、消えた紙問屋の息子と似たような特徴をしていると思ったから。
月光に照らされる蜘蛛が来ただろう方向を見ていたマシロビは、記憶にあった離れの場所に合致していることに気づく。
離れにもいるのだろうと本能で感じざるを得ない。
どこか厭そうな顔をしているのは春樹だ。
現状見えるのは小さな蜘蛛ばかり。
矢で当てようにも身体が小さすぎるし、数も多い。そうなれば、足で潰していくのが効率的である。
リアルブルーの世界では無数の小さい蜘蛛を見ることなんかはゲームや映画、テレビの世界くらいだ。
一匹であれば嫌悪感は感じないが、これだけ多いのは精神的にもよいとは感じない。
はっきりとした姿が見えないのはありがたいことである。
先頭を走っていた和彦は何かに感づいたのか、瞬時に身構えた。手を刀の柄にかけ、一気に刀身を引き抜く。
月の光を反射したのは和彦の刀だけではなかった。
匕首を手にしていた斉鹿の姿にハンター達は一気に警戒を高める。
「お前は、誰だ」
斉鹿は和彦を見て低い声で尋ねた。
「……即疾隊士、壬生和彦」
名乗った和彦に対し、斉鹿は「壬生……?」と目を細める。
一度離れて間合いを取った斉鹿は、身を屈め、攻撃せんとばかりに、再び匕首を向けた。
相手の速さは疾影士か、霊闘士の速さに似ていると察したのは春樹。
斉鹿が今立つ場所が彼にとって好機の距離。これ以上近くなると、味方に当たりかねない危機が出てくる。
即座に矢をつがえる春樹はマテリアルを矢へと送り込む。
素早く、一気に矢を引き絞り、斉鹿が動き出す前に腕を狙う。
矢を放った瞬間、捕らえたと思った春樹だが、斉鹿が後ろへと跳躍した。
タイミングがずれてしまった矢は斉鹿の手首を掠める。
斉鹿を追い、斬りかかる和彦の剣を匕首で何とか受け止めた斉鹿は目を見開いて和彦を見やった。
「幸運だな」
そう言ったのはルイトガルトの声。
斉鹿の逃げ道を塞ぎ、潜んでいた白銀の刃が斉鹿の視界を奪う。
致命傷とは言えなかったが、斉鹿は頬から顎に赤い筋が浮かぶと、とめどなく血が滴る。
「貴様は……実に、幸運だ」
冷酷な声を顕すようにルイトガルトの瞳は月光に透かされて昏く煌いた。
七葵が追いついた時には先を行っていたハンター達が大蜘蛛と対峙していた。
「離れまで探す手間が省けてよかったのかな」
金目は「あーあ」という様子を見せる。
「一理ある」
面倒くささが合致していたのか、ショウコが同意した。
「頭を狙おう」
どこかのんびりした風の金目ではあるが、黒曜の瞳は大蜘蛛を見据えている。
鎚を振り、先端をぐるりと回して構えた。
幸い、今裏口班がいるのは庭に面したところ。
デカブツの蜘蛛相手に武器を振り回すにはありがたい広さ。ショウコは月光を頼りに手にしていた、魔導拳銃剣「エルス」を振り、銀糸を切る。
糸が目の前の蜘蛛へつながっていたのか、蜘蛛の頭が微かに揺れた。
大きく開けた口より、三又に分かれた糸がハンター達へ吐き出される。
「させるか!」
瞬時に蜘蛛へ桜吹雪の幻影を見せたのは歩夢だ。
視界を遮られただろう蜘蛛は身じろぎをして動きを鈍らせる。
発射された銀糸を受け止めたのは金目だ。
雷撃を纏った光の障壁に当たった糸が弾ける。
蜘蛛の動きが鈍ったのを確認した七葵が刀を鞘に納めたまま、蜘蛛との間合いを詰める為に駆けだす。
桜幕符の効果は一瞬であり、蜘蛛に魅せられた幻影は薄れているだろう。
一撃を繰り出す機微を計っていた七葵が刀を抜き放ち、横一線に薙いで蜘蛛の足を二本切り落とす。
ぐらりと傾いたが、蜘蛛は奥の足を素早く七葵の身体を突く。
「ぐ……っ!」
速い突きに身体を揺らして両足で踏ん張る七葵だが、レザーアーマー「ヘッジホッグ」を着用していても、その衝撃は激しいものであった。
七葵が一度後退し、前に出てきたのは金目。
「これはどうだ」
金目が振り上げたのは赤い鋼のハンマー「ヴァルカン」。
蜘蛛は動こうとしたものの、金目は気にせずに素早く振り下ろす。
赤い鎚が蜘蛛の目玉の一部に振り下ろされると、赤い炎が舞い上がり、まるで熱せられた鉄を打っているかのようだ。
潰された目玉は火属性を持つハンマーのおかげで焼け爛れており、蜘蛛は悶えるかのように足をばたつかせている。
「痛覚、あるんだ」
意外そうに言ったのはショウコだ。
照準を蜘蛛へと合わせているのは魔導拳銃「イグナイテッド」。
自身のマテリアルの流れを拳銃に向け、緩く指をカーブさせてトリガーを引く。
発射する瞬間に合わせ、マテリアルを込め、弾丸を高加速させ、火属性を持つ「イグナイテッド」は命中した蜘蛛の頭部を焼く。
グレネードで火炎弾の方が効くんだろうなと思っていると、蜘蛛がショウコ目掛けて糸を吐いていた。
反射的に逃げようとしたショウコは反射的に「エルス」を振り、糸を払うも、粘着性がある糸が銃剣の刀身巻きつく。
危機を察して武器を手放そうとしたが、蜘蛛の糸はショウコの手まで絡んでおり、引きずられてしまう。
歩夢が中空より呼び出した蝶が光弾となって蜘蛛の口へ飛んでいき、糸を引きちぎる。
地を引きずられたショウコは糸の引力より開放されると、剣銃を放って、魔導拳銃を構えた。
七葵が足を斬り離して動きを止め、金目が視界を頭を潰していく。
蜘蛛の反撃に遭っても、歩夢とショウコが蜘蛛へ『弾』を打ち込んでいった。
ようやく倒れた大型蜘蛛がしぶとかったのは、『親蜘蛛』だったからだろう。
「斉鹿は正面組達といるみたいだ」
式符を発動していた歩夢の言葉に全員がそちらへと足を向けた。
空き家では狭い中で蜘蛛との戦いがまだ続いている。
カリンが角度を見計らって、ファイアスローワーで周辺の小蜘蛛を焼き払い、浪人達が力を合わせて倒れている人を掘り起こすように引きずり出していた。
中には息絶えている者もおり、仕方がないこととはいえ、ハンター達も表情を苦くしてしまう。
その間にも大蜘蛛の攻撃は容赦なく続けており、優夜が投げた瑞鳥符の小鳥が大蜘蛛の糸を受け、綿毛のような羽を散らして消えた。
「カリン殿! もう、生存者は……!」
振り向いたのは浪人の湯島だ。
彼らが見ているのはもう、手遅れになった者達なのだろうと推察される。
一般人の彼らをこれ以上危険な目に遭わせる事のデメリットを考えたカリンの肩に優夜の手が置かれた。
「命は大事なものよね」
優しくも強い言葉にカリンは頷く。
「皆さんも避難してください……!」
「何とかするからね!」
カリンと優夜が言えば、浪人達は口を噛みしめて「お頼み申す!」と叫んで外に出た。
「玄! 大丈夫!?」
優夜が叫ぶと、玄は蜘蛛の攻撃を受けており、光の障壁が砕けては儚く消えていった。
「大丈夫だけど……」
ぐらりと上体を揺らす玄に疲労が見えた。
「替わりますっ」
カリンが前に出て、レイピアを構える。
即座に優夜が符より光り輝く蝶を呼び出し、蜘蛛へと飛ばす。光弾は蜘蛛の口の中へ命中し、もがく。
胡蝶符が命中した瞬間にカリンが駆けて、レイピアで蜘蛛の頭を斬り付ける。
玄の火炎符に燃やされた蜘蛛の身体は脆くなり、焼けた部分が灰となって足元へ落ちた。
「離れて……っ」
玄の言葉にカリンが離れると、火炎符を発動した。更にカリンがファイアスローワーで蜘蛛の口の中で発動させた。
火炎符とファイアスローワーの組み合わせで、蜘蛛の足から離れた胴体が床に落ち、大蜘蛛は完全に動かなくなった。
話す言葉が浮かばなく、沈黙していたが、大きな音が奥の方より響き、ハンター達はまだ敵がいるのかと警戒を強めてその方向へと向かう。
カリン達が見たのは、中型の蜘蛛が腹を仰向けにして倒れている姿。
動いていないところをみると、もう倒された後のようだった。
左側の足が切り落とされ、頭が十字に斬られている。
「相当の手練れがいたということ……?」
優夜が言えば、玄とカリンは沈黙で肯定するしかなかった。
臥待月の下、符が中空を舞う。
月光の色に似た稲妻が和彦と剣を合わせた斉鹿を狙い、落とされる。
稲妻に身体を射抜かれた斉鹿の動きは鈍くなった。
「……そこっ!」
好機を逃さなかった春樹は狙いを澄まし、一気に引き絞って矢を斉鹿へと放つ。
疾影士だろう速さは消えた斉鹿は自身の足へ向けられた矢を甘んじて受けたが、斉鹿は即座に矢を引き抜いた。
そのまま手にした矢を斬りかかろうとした和彦向かって投げつける。
和彦はそのまま刀を振り上げて矢を切り落とす。
落とされた矢を見て、斉鹿は不敵に笑みを浮かべる。
「歪虚はあなたの仕業ですか」
マシロビの問いに斉鹿は「そうだ」と返した。
「俺は、取り残されたものだ」
斉鹿が見つめるのは和彦だ。
「……八代目詩天が死んだ時、九代目派と秋寿派に分かれ、水面下で次代詩天の攻防戦があった」
足音が向こうから聞こえてきて、裏口組がこちらに合流せんと走ってきた。
ずるりと斉鹿が和彦の方へと歩いていく。
「壬生!」
「それ以上近づくな」
七葵が声をあげ、ショウコが拳銃を構えても、斉鹿は歩みを止めない。
「それぞれが推す方を次代詩天にしようと必死だった。その頃から人死にもあった……」
止める為に矢を射ったのは春樹だ。
腿を射られても、悲鳴を上げそうになる声を殺し、斉鹿は和彦から目を逸らさなかった。
「俺は最初の時点でドジを踏んで、千石原の乱にはいなかったんだよ……気が付いた時にはもう、家族皆、現詩天派にやられちまった。俺は三条家が、今の詩天が憎い!」
唇を噛みしめた斉鹿の表情は苦しそうであり、それは過去の痛みか、傷つけられた身体かはわからない。
「お前は即疾隊士……現詩天、三条家の犬となるのか」
斉鹿の怒気を受け止める和彦は一度、唇をかむ。
「過去の詩天よりも、俺にはやらなければならない事がある!」
誘うような斉鹿へ言い切った和彦の目にはしっかりとした意志が宿っていた。
「そうかい、お前は何も知らなかったんだな」
風雷陣の余波、矢を足に受けてもなお、斉鹿は動き出そうとする。
「動かないでください!」
叫ぶマシロビはもう一度風雷陣を発動させた。
もう一度落雷を受けて身体が痺れ、鈍くなっても、斉鹿は匕首を離すことなかった。
「知ってることは吐いてもらう」
駆けだしたショウコは斉鹿より匕首を離そうとし腕を斬りつけたが、流れる血を痛みを物とせずに斉鹿は匕首の刃でショウコの腕を切り裂く。
「これ以上の狼藉は許さん!」
攻撃をやめない斉鹿に危機感を覚えた七葵が納刀状態で一気に間合いを詰める。
これ以上の仲間の負傷は捕縛に差し障ると判断し、七葵は剣を抜く。
許すわけにはいかない。
逃がすわけにはいかない。
いかなる理由があろうとも、この詩天の民に不安を与える存在を。
あれだけ攻撃を重ねていた斉鹿は手にしていた匕首を離した。
七葵の刀を受けた瞬間、斉鹿は安心したような悔しそうな泣き顔の表情を見せ、血を吐いた。
繰り出された一撃は命に関わるほどの威力はなかったが、斉鹿から吐き出された血の中に蜘蛛がいたことに気づく。
「これは……俺のじゃねぇ……んだ……」
両ひざをついた斉鹿に歩夢と金目が支える。
「……俺も……あの浪人達同様だ……俺が使い物にならなくなって、蜘蛛が始末するために暴れだしている」
斉鹿の身体の中で生き物が蠢いているように動いては、斉鹿は苦しそうに吐血を繰り返し、目が虚ろになっていく。
口を何度か動かして話していた、言葉にはなっていなく、子供の拳ほどの蜘蛛を吐いて斉鹿は絶命した。
豊後屋は従業員の不祥事とはいえ、蜘蛛を排除するまで営業は停止。
空き家ににて、軟禁されていた者達で生きて救出された者達は療養所に保護された。
体調が回復され次第退院となる予定だ。
救出された者の中には紙問屋の息子もいた。
不穏はすべて拭い去ったわけではない。
この度の一連の働き含めて、即疾隊の印象は随分上がったと言える。
隊士達もそれに倣い、変わっていくのはまた別の話。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/27 08:56:52 |
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相談卓 本多 七葵(ka4740) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2016/07/28 22:27:12 |