ゲスト
(ka0000)
【MN】総員転進せよ
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2016/08/20 19:00
- 完成日
- 2016/08/30 03:22
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
炭鉱を有する辺境の町に攻め込んできた侵略者たちは、一日の内に守備隊を全滅させ、行政権を奪い、市民たちを支配下においた。
彼らは市民へ、自分たちのために働くことを要求した。
食料は配給となり、従順なもの以外には配られなくなった。不平不満を口にするものは弾圧され、恐るべき虐待を受けた。
銃と鉄の規律を持つ集団に対し、平和に慣れた市民たちは、あまりにも無力かと思われた。
――しかし一年を経た今、すっかり状況は変わっていた。
この地とほかの地を結ぶ鉄道は、不審な爆発により、さいさい破壊された。
戦闘機が町の上空に現れ、爆撃を行うようになった。爆撃はなかなかの精度で炭鉱を狙うのだが、その時には決まって誰かが付近で明かりを灯し、場所を知らせているのだ。
報復として占領軍は、怪しいと思われる人間を次々処刑した。だが、そんなことで事態は少しも改善しなかった。
占領軍はとうとう、一瞬たりと気を抜けなくなった。もし少しでも一人出歩こうものなら、たちまちその姿が消えてなくなった。酒に酔っても行方が分からなくなった。そして決まって数日後に、死体となって発見されるのだ。
兵士たちには故国から便りが来た。それはいつもいい便りばかりだった。征服された国々は我が国の新秩序を大歓迎している。戦果は上がり続けている――という。
初めのうちは誰もがそれを信じていた。しかしほどなくして、全く信じなくなった。
敵中のただ中にあるという認識によって、神経は擦り減らされた。風の音や影に脅え、発砲するようになった。その挙げ句発狂する兵士が出て来た。
そういう者たちはすぐさま、本国に送り返された。送り返された彼らを待ち受けている運命が、安楽死であるということを知っていなかったならば、もっと大勢の兵士が発狂していただろう。
事態が刻一刻坂を転げ落ちて行くように悪化していることは、誰の目にも明らかだった。
しかし誰もが、それを止める手立てを持たなかった。
●
本営として接収されている市庁舎の市長室。
中央にある大きなテーブルの上にはガソリンランプの灯火が燃えている。
現在部屋の中にいるのはアレックス・バンダー少佐とスペット中尉だけだ。
バンダー少佐は窓の外を見ていた。スペット中尉はひっきりなし無線機をいじっていた。
一兵卒であるカチャ・タホが、そこに入ってくる。
「バンダー少佐、増援部隊はいつ来るんですか」
部屋の外を眺めていた少佐は穏やかな調子で答える。
「そんなことは分からないな」
「じゃあ、私たちはまだここにいなきゃならないんですか?」
「当分はな」
カチャはちょっと黙ってから、抑揚の狂った声で言った。
「バンダー少佐、私たちは本当にこの町を征服しているんですか?」
スペット中尉は、うんざりしたような顔をする。
「泣き言ならよそで言うてくれへんかな。うちは将校の数が少ないのや。あらゆることに手が回らんのや」
少佐はそれを無視する形で、カチャの質問に答えた。
「勿論だ」
カチャは笑い出した。
「そうですか。それなら、じゃあ、こちらが始終ビクビクしてなきゃならないのはなんででしょうね。昼も夜も誰かが私たちの命を付け狙ってるんですよ」
笑い声がどんどん甲高くなってきた。
「多分、多分ね、私たちここから出られないんですよ、死ぬまで出られないんですよ」
むせてなお笑い続けるカチャの様子に異常を感じた少佐は、彼女の肩を掴んで揺すぶった。
「おい、止めろ! おい!」
しかし笑いは全く止まらなかった。少佐は眉間に皺を寄せ、彼女の頬を思い切り張る。
笑いが急に止まり、部屋の中が静まり返った。
尻餅をついたカチャは呆然と自分の手を見下ろした。そして、小さな声で呟いた。
「私は家に帰りたいです」
「帰れるさ、そのうちな」
「そうですか……」
カチャが部屋から出て行った後スペット中尉は、喉元を掻いた。
「あれはやばいで。瓦解寸前やぞ。本国に送り返さんといかんかもな」
少佐は彼とも目を合わせなかった。暗い窓の外ばかりを見ていた。闇の中、雪が降りしきっている。
「その必要はないさ。送り返したからって、補充要員が来るわけじゃなし」
「……まあ、それもそうや」
●
夜中降り続いた雪により、朝の空気は冷えきっていた。
八橋杏子少尉は数名の部下と共に陰鬱な目で、カチャの死体を見下ろす。
雪溜りに埋められていたそれは、血がすっかり流れ出ていることもあって青白かった。
喉元に大きな切り口が開いている。鋭利な刃物で掻き切られたようだ。
同僚の話を聞くに、どうやら夜中に一人で、ふらふらどこかへ出かけていったらしい。数日前から様子がおかしくなっていたとか。
占領軍としては、この死に対する報復をしなければならない。
いつものことだが1人では終わるまい。芋づる式に4人か5人、あるいはもっと殺すことになるのだ。
新たな憎しみをあおり立てるだけだと分かっていても、自分たちは、それをやらざるを得ない。やらなければ、組織が崩壊する。
「……怪しいと思われる人間を、連行してこなきゃいけないわね……」
●
スペットは無線機を乱暴に置く。
彼の口元は引きつっていた。
朝一番、本国から緊急連絡が入ってきたのだ。『首都付近まで敵軍が迫ってきている。各都市占領部隊は急ぎ転進し、本隊に合流せよ。背後から敵軍を叩け』と。
無茶を言うな。首都にまで迫られている時点で、すでに勝敗は決しているではないか。
一軍団が一斉に移動を始めたら、住民に怪しまれる。本国の敗北必至を悟られたらおしまいだ。大規模な反乱が起きる。自分たちは一人残らず殺される……。
彼らは市民へ、自分たちのために働くことを要求した。
食料は配給となり、従順なもの以外には配られなくなった。不平不満を口にするものは弾圧され、恐るべき虐待を受けた。
銃と鉄の規律を持つ集団に対し、平和に慣れた市民たちは、あまりにも無力かと思われた。
――しかし一年を経た今、すっかり状況は変わっていた。
この地とほかの地を結ぶ鉄道は、不審な爆発により、さいさい破壊された。
戦闘機が町の上空に現れ、爆撃を行うようになった。爆撃はなかなかの精度で炭鉱を狙うのだが、その時には決まって誰かが付近で明かりを灯し、場所を知らせているのだ。
報復として占領軍は、怪しいと思われる人間を次々処刑した。だが、そんなことで事態は少しも改善しなかった。
占領軍はとうとう、一瞬たりと気を抜けなくなった。もし少しでも一人出歩こうものなら、たちまちその姿が消えてなくなった。酒に酔っても行方が分からなくなった。そして決まって数日後に、死体となって発見されるのだ。
兵士たちには故国から便りが来た。それはいつもいい便りばかりだった。征服された国々は我が国の新秩序を大歓迎している。戦果は上がり続けている――という。
初めのうちは誰もがそれを信じていた。しかしほどなくして、全く信じなくなった。
敵中のただ中にあるという認識によって、神経は擦り減らされた。風の音や影に脅え、発砲するようになった。その挙げ句発狂する兵士が出て来た。
そういう者たちはすぐさま、本国に送り返された。送り返された彼らを待ち受けている運命が、安楽死であるということを知っていなかったならば、もっと大勢の兵士が発狂していただろう。
事態が刻一刻坂を転げ落ちて行くように悪化していることは、誰の目にも明らかだった。
しかし誰もが、それを止める手立てを持たなかった。
●
本営として接収されている市庁舎の市長室。
中央にある大きなテーブルの上にはガソリンランプの灯火が燃えている。
現在部屋の中にいるのはアレックス・バンダー少佐とスペット中尉だけだ。
バンダー少佐は窓の外を見ていた。スペット中尉はひっきりなし無線機をいじっていた。
一兵卒であるカチャ・タホが、そこに入ってくる。
「バンダー少佐、増援部隊はいつ来るんですか」
部屋の外を眺めていた少佐は穏やかな調子で答える。
「そんなことは分からないな」
「じゃあ、私たちはまだここにいなきゃならないんですか?」
「当分はな」
カチャはちょっと黙ってから、抑揚の狂った声で言った。
「バンダー少佐、私たちは本当にこの町を征服しているんですか?」
スペット中尉は、うんざりしたような顔をする。
「泣き言ならよそで言うてくれへんかな。うちは将校の数が少ないのや。あらゆることに手が回らんのや」
少佐はそれを無視する形で、カチャの質問に答えた。
「勿論だ」
カチャは笑い出した。
「そうですか。それなら、じゃあ、こちらが始終ビクビクしてなきゃならないのはなんででしょうね。昼も夜も誰かが私たちの命を付け狙ってるんですよ」
笑い声がどんどん甲高くなってきた。
「多分、多分ね、私たちここから出られないんですよ、死ぬまで出られないんですよ」
むせてなお笑い続けるカチャの様子に異常を感じた少佐は、彼女の肩を掴んで揺すぶった。
「おい、止めろ! おい!」
しかし笑いは全く止まらなかった。少佐は眉間に皺を寄せ、彼女の頬を思い切り張る。
笑いが急に止まり、部屋の中が静まり返った。
尻餅をついたカチャは呆然と自分の手を見下ろした。そして、小さな声で呟いた。
「私は家に帰りたいです」
「帰れるさ、そのうちな」
「そうですか……」
カチャが部屋から出て行った後スペット中尉は、喉元を掻いた。
「あれはやばいで。瓦解寸前やぞ。本国に送り返さんといかんかもな」
少佐は彼とも目を合わせなかった。暗い窓の外ばかりを見ていた。闇の中、雪が降りしきっている。
「その必要はないさ。送り返したからって、補充要員が来るわけじゃなし」
「……まあ、それもそうや」
●
夜中降り続いた雪により、朝の空気は冷えきっていた。
八橋杏子少尉は数名の部下と共に陰鬱な目で、カチャの死体を見下ろす。
雪溜りに埋められていたそれは、血がすっかり流れ出ていることもあって青白かった。
喉元に大きな切り口が開いている。鋭利な刃物で掻き切られたようだ。
同僚の話を聞くに、どうやら夜中に一人で、ふらふらどこかへ出かけていったらしい。数日前から様子がおかしくなっていたとか。
占領軍としては、この死に対する報復をしなければならない。
いつものことだが1人では終わるまい。芋づる式に4人か5人、あるいはもっと殺すことになるのだ。
新たな憎しみをあおり立てるだけだと分かっていても、自分たちは、それをやらざるを得ない。やらなければ、組織が崩壊する。
「……怪しいと思われる人間を、連行してこなきゃいけないわね……」
●
スペットは無線機を乱暴に置く。
彼の口元は引きつっていた。
朝一番、本国から緊急連絡が入ってきたのだ。『首都付近まで敵軍が迫ってきている。各都市占領部隊は急ぎ転進し、本隊に合流せよ。背後から敵軍を叩け』と。
無茶を言うな。首都にまで迫られている時点で、すでに勝敗は決しているではないか。
一軍団が一斉に移動を始めたら、住民に怪しまれる。本国の敗北必至を悟られたらおしまいだ。大規模な反乱が起きる。自分たちは一人残らず殺される……。
リプレイ本文
本国よりの連絡を受けたバンダー少佐は、緊急会議を招集した。
顔触れは、以下のとおり。
現地占領軍将校。
葛音 水月(ka1895)大尉。
スペット・キルツ中尉。
鵤(ka3319)中尉。
咲月 春夜(ka6377)中尉。
八橋 杏子少尉。
ザレム・アズール(ka0878)少尉。
御酒部 千鳥(ka6405)少尉。
マリィア・バルデス(ka5848)少尉。
親衛隊特別部隊『アインザッツグルッペン』将校。
リナリス・リーカノア(ka5126)少佐。
中央参謀本部派遣将校。
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)中佐。
ちなみにリナリスは当会議に、部下であるボルディア・コンフラムス(ka0796)とアシェ-ル(ka2983)を同席させるという傍若無人ぶりを発揮している。
とはいえここのところ、そういった軍規の緩みは珍しいことではなくなってきている。どういう次第か軍医のエアルドフリス(ka1856)も場に同席しているのだが、誰も注意しようとしない。
……兎にも角にも議論が始まった。ザレムが口火を切る。
「転進を悟られると、大規模な騒乱が起きる可能性があります――拠点攻撃の為、武器庫の中身を移動させるのだという流言を、前以て流しておいた方がよいのでは? 我々の動きが装備移動の為と思わせておくのです」
鵤がにやにやしながら口を挟む。
「思わせておくってもなあ……割とすぐ察しちまうと思うぜ?」
「もちろんそれは分かっています。ですから、装備移動の偽装をする間に、武器庫へ遠隔爆破の爆薬を仕掛けておくのです。街の要所にも。可能なら阻塞気球にも爆薬を満載し空へ。レジスタンスが武器庫に突入してきたところを見計らい、それらを爆破させるのです。そうすることで混乱を引き起こし、彼らの動きを阻害するのです」
そこに千鳥が乗っかってくる。
「バンダー少佐殿、妾にも妙案があるのじゃ。少々ザレム少尉殿の案と被るがの、転進の準備と並行して時限式の発火装置、爆破装置を町中にセットするのじゃ。して明朝、仕掛けが同時起動し町中がパニックに陥っている隙に出立すれば良いのじゃ」
スペットが眉の間を狭めて言った。
「そんな騒ぎ起こしたら、こっちが撤退すんの丸分かりやないか?」
「バレずに転進なぞ無理じゃ。そして妾達はとにかく合流出来れば良いのじゃろ? なら正解は住民を暴動どころじゃない事態に陥れてやれば良いのじゃ♪」
アウレールは彼らの案を、大いに称賛した。
「いい考えだ。なるほど、一網打尽に反逆者どもを吹き飛ばしてしまえば、憂いの種も無く首都に戻れる」
マリィアも意見を述べる。
「恐れながら少佐、撤退は小隊以上、できれば中隊で整然と行うべきかと。軍の体をなさずに帝都に戻り、何の働きが出来ましょう。小隊以下の人数を個人の才覚で送り出すのでは無駄に市民に喰われるだけです。敵の爆撃があっても、隊で行動した方が軍の機能を維持できます」
そこでリナリスがふん、と鼻を鳴らした。
「皆随分弱気なんだね。そんなだから下等人種が勘違いして反抗的な態度に出るんだよ。杏子中尉、先だってまた一人、部下がやられちゃったんでしょう?」
「……ええ」
「だったらまず、何をおいてもその報復をしなきゃ――実を言うとね、駆除すべきドブネズミのリストはもう作ってあるんだ。『J』からいいネタが上がってきてね。……アシェール、皆に配って」
会議の場にいる将校たちへ、一部づつ名簿が渡されて行く。
このリストがどういう経過をたどって作られたのかは、分からない。ただはっきりしているのは、このリストに名前が載った時点で、その人間は死なねばならぬということだけ。
ボルディアは馴れ馴れしく、場の最高責任者に話しかける。
「なあ大将、いい案があるぜ。街の中心にある広場で、大々的に死刑執行やンだよ。住人は一人残らず呼び寄せる。ガキだろうがジジババだろうが全員だ。来なかったら殺す。処刑はそうだな。女子供がいい。そいつら100人呼び寄せて目の前で順番に首を刎ねる。これならレジスタンスも来ざるをえねぇだろ」
バンダー少佐は彼女の案に難色を示した。
「そんなもの、反抗心を煽るだけだ」
アウレールはそれについて、翻意を促す。
「バンダー少佐、大本営からの命令は絶対だ。我々はどうあっても転進し、首都防衛に死力を尽くさねばならぬ。当地の住民がその妨害をするのであれば、我々は力づくでも秩序を回復せねばならない。いかなる手段を用いても」
意を得たり、とリナリスが頷く。
「その通り! 帝国の栄光こそ唯一絶対だよ!」
春夜と水月は押し黙ったまま。
アウレールは、部屋の中をゆっくりと見回す。
「しかるに残念ながら、軍内の士気に緩みが見られる。敗北主義的な流言、内通、密通、敵前逃亡、逃走――どれも利敵行為である――我々は獅子身中の害虫共を駆除しなければならない」
●
朝方止んでいた雪が、再びぼちぼちと降り始めた。
レジスタンスの一部隊は坑道の奥にあるアジトで、緊迫した議論を交わしていた。
占領軍の無線盗聴・解読を担当している星野 ハナ(ka5852)から『……やっと占領軍が撤退するみたいですぅ。ルートの話は出てきませんがぁ』という報がもたらされたのだ。
彼女からだけではない。レジスタンスの軍物資横流しを担当している情報屋のケイ(ka4032)からも、町に潜伏しているレジスタンスの指導部からも、同じ情報が入ってきた。
集まりの中央付近にいる鞍馬 真(ka5819)が呻く。
「……大規模処刑? 間違いないのか?」
ケイは普段どおりの茶化すような声色。
「間違いないわ。昨日兵隊が1人殺されたでしょう。その報復として、派手に荒らし回るつもりみたいね。本格的な襲撃は今晩から。これはその前座。それと、町のあちこちに爆薬を仕掛け回ってるわ。これがその場所のリスト……本国の首都が陥落寸前で、かなり焦ってるみたいね」
天竜寺 詩(ka0396)は、怒りで言葉を詰まらせる。
「……私達の町をこれだけ目茶苦茶にしておいて、まだ足りないって言うの!」
集まりの隅に座っている金目(ka6190)は、場にいるものたちと怒りを共有していない。ともに戦おうと立ち上がった仲間を全て失い、睡眠と休憩と殺戮を繰り返すだけの生活に陥って久しい彼にとって、その感情はすでに遠い過去のものだ。
真が拳を握り締め、言った。
「奴らが行動し始める前に、こっちから先手を打たないと駄目だ。救出に行くぞ」
それを聞いたケイは、もう少し詳しいことを探ってみると言い残し場を去った。
金目はゆらりと立ち上がり、その後を追う。影のように。
●
銃声。悲鳴。罵声。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は震えながら、施薬院の窓にかかったカーテンを、ちょっとだけ押し開く。
お向かいの一家が兵隊に引きずられて行くのが見えた。
兵隊の傍らに・J・(ka3142)がいる。きっといつものように、彼女が密告したのだろう。
彼らがふいにこっちを向きそうになったので、ディーナは、慌ててカーテンを閉じた。
町が占領されてからずっとこのように、息を潜めて過ごしている。人を平気で殺す人達が怖くてたまらない。さりとて逆らうのも恐ろしい。
●
雪空の中、戦闘機が編隊を組み飛んでいく。
伊藤 毅(ka0110)は戦闘機の計器を睨みつ、無線に話しかけた。
「ハイランダー1-1より編隊各機、いつもの定期便だ、最近は敵の空軍もおとなしい、気負わずにいこう……敵さんも、もう戦略的に重要じゃないこんな街に、いつまでしがみつくんだか……」
「全くな。本国がどうなっているのか御存じないと見える」
仲間同士軽口をたたき合っているところ、電信が入った。
地上に展開している友軍からのものだ。
『パルチザン部隊ヨリ緊急通信アリ敵軍ハ占領ヲ放棄清野作戦ヲ行ツテ後転進ヲ始メル見込ミ現在住民ノ虐殺ガ行ワレテイル模様……』
●
機甲部隊が雪の上を進む。
先頭の戦車には解放軍前線指揮官、オンサ・ラ・マーニョ(ka2329)大佐が乗っていた。
彼女は熊のような副官に肩車してもらい、ハッチから顔を出す。
雪原の果てに、遠い目を向ける。
「戦闘はもう始まっている……聞け同志たちよ。これより我が機甲師団は、解放作戦に望む。本隊の首都攻略も時間の問題。我々は後顧の憂いを絶つため、極悪なるファシストどもを、骨も残さず粉砕する!」
●
広場ではボルディアが、リストの名簿を元に集められてきた人々の首を、叩き落として行く。
「次! 早く来い!」
「違う違う私は、私は何もやってない助けて!」
半狂乱になって逃げようとする相手の首根っこを押さえ、歯を見せる。
「その申し立て、一時間後に改めてもう一回してくれよ? 何しろ死刑執行人様は今忙しくてな」
広場の反対側ではアシェールが、10代~30代男女の一団を前にしていた。
銃剣片手に好みの人間を餞別し、それから漏れた人々を、組立式のガレージに追い立てる。
ガレージがいっぱいになったところで扉を閉め、にっこりする。
「美男美女以外、生き残っても、これからの世界は辛いでしょう。私の溢れるばかりの慈愛で救ってあげましょう」
言うなりアシェールは倉庫に向け、手榴弾を投げつけた。ばらばらになった体が、空中に吹き上がる。
●
神楽(ka2032)とメイム(ka2290)が所属する工作部隊はダンスホールの中で、軽機関銃を乱射している。
時限爆破装置罠を仕掛けるために入ってみたら、待ち伏せしていたレジスタンスたちから一斉攻撃を受けたのだ。
不意をつかれた形だったので、多数の被害が出た。制圧にも手間取る。
「~~くそっ、埒があかねえ! 他の部隊から応援頼んでくるっす!」
あたふたと場を離れる神楽。
メイムは場に残る。
自軍がジリ貧であることは、彼女にも分かっている。神楽が軍機違反を犯し、逃げるつもりなのだと言うことも。
だがそんなこと、もうどうでもいい。カチャを殺されたことだけが、ひたすら癪に障る。仇を取ることだけが今思いつける全てだ。
戦闘機を落すに最適な夜になるまで生きていられそうもないのが、悔やまれる…。
●
ジュード・エアハート(ka0410)は、広場に面した窓辺に座っていた。
目前で繰り広げられている地獄絵図についての感慨は、特にない。
自分を軍医に賄賂として売り渡した家族。所有物として好き勝手に扱う軍医。男娼と蔑みながら情報源として利用してくるレジスタンス。どいつもこいつも死ねばいいと思いながら、手にした小型銃をいじくり回す。
レジスタンスたちは言った。この銃をやる。これで軍医を殺せ。一斉蜂起に参加しろ。そうすれば占領軍を駆逐し終わった後、正式な仲間として迎え入れる……。
「嘘だね。絶対」
ジュードの口元が皮肉げに歪む。
彼は知っていた。今現在隣の部屋で息を潜めているあの連中は、自分も始末するつもりだ。標的は敵軍だけではない。敵軍と通じていた人間もまた、憎悪の対象となるのだと。
……階段を上がってくる足音が聞こえたので、銃を服の内側に隠す。
扉が開く。
エアルドフリスが姿を現した。
「早いねエアさん、会議があるんじゃなかったの?」
「会議なんかしたって何にもならんさ。この戦争は俺たちの負けだ」
「そんな敗北主義者みたいなこと言ってたら、銃殺されんじゃないの?」
「される前に抜けるさ。そのためにここの連中に、貸しを作ってきたわけだしな……」
言いながら軍医は、机から引き出した書類――薬殺という名目で逃がしてやった人間の名簿――を、次々鞄に詰めて行く。ジュードに背を向けて。
ジュードは隠していた銃を服の内側から、音もなく引き出す。
●
天竜寺 舞(ka0377)は退却路を確保するため、エルバッハ・リオン(ka2434)を筆頭とする複数の同僚たちと、斥候隊を組んでいた。
マリィア少尉率いる本隊に率先して進み、安全なルートを探していく。
町の中心で処刑が行われているため、人通りは全くない。
肩に、帽子に、さらさら降り続ける雪。
黙っていると気が滅入るだけなので、リオンに話しかける。
「いつも疑問なんだけど、スペット中尉は何で猫の顔してるんだろうね?」
「……戦場で顔をひどく負傷して、手術して、完治してみたらあんな感じになってたらしいですよ」
「へー、そんなことあるんだ……」
立て続けの乾いた銃声が聞こえてくる。
一同は息を詰めた。銃を構えながら、音がした方向にじりじり進む。
小路に足を踏み入れてみれば、一人の女が小型無線機を握り締めたまま、くの字になってこと切れていた。体にあけられた穴から鮮血がほとばしり出て、新雪を汚している。
リオンは靴のつま先で死体を転がし、顔を上向かせた。
「これは……情報屋のケイですね。鵤少尉のところに、よく出入りしていた人間ですよ」
情報屋と言えば軍の協力者。それが殺されているということは、近くにレジスタンスが潜伏しているということ。
「……まだ敵は遠くに行っていないはずです。二手に分かれて犯人を探しましょう」
そう言うとリオンは数人の仲間を引き連れ、先に行ってしまった。
後れを取る形で舞は、残った同僚たちと探索を始める。
塀を背にし、なるべく音を立てないよう、すり足で進む。
建物と建物に挟まれた灰色の空に、阻塞気球が上ってくるのが目に入る。
ザレム少尉は順調に仕事を進めているようだ……思った矢先聞こえてくる、弾丸が空を切る音。
近くにいた同僚たちがドサドサ倒れた。
続けて、声。
「動くな!」
おかしい。今の銃撃は後ろから来たものではなかったはずだ。
訝しみつつ舞は、手にした機関銃を投げ出し、手を上げる。
「赤ん坊の頃何故かこの辺りに捨てられてた私を拾って育ててくれた両親、それに将来を誓い合った彼を殺した貴方達を、絶対許さない!」
素人め。こんなときに自己紹介してどうする。なんたる無駄。
せせら笑いつつ懐のデリンジャーを引き抜き、振り向きざま撃とうと――。
●
ケイの死を知らされた水月は、ヒステリックにわめき散らす。
「はぁ!? 死んだって、なにやってるんですかー!」
鵤はその姿に滑稽さと哀れみを覚えた。
とにかくケイは死んだ。殺されたということを律義に伝えながら。
とくれば次は――自分たちの番。半地下にあるこの通信室には窓も、裏口もない。逃げられない。
「相変わらず諦めわりぃなおい。こういう時こそへらへら笑っとくもんだぜぇ? んなダサい死に顔サマにならねぇだろ?」
「ダサいって何です! あなたはいつもいつも、そうやってへらへらとして……そもそも、こんな場所で死ぬつもりはっ……」
予測を裏切らず近づいてくる、大勢の足音。
「ほぅらお出ましだ。噂をすれば影ってやつかぁ? ったく酒の一杯も飲ませてくれりゃいいのに、つれないねぇ」
扉を蹴破りなだれ込んできたのはレジスタンスではなかった。アウレール中佐と、その部下たちであった。
鵤の顔からへらへら笑いが消える。
「……まあ、このご時世何が起きても不思議じゃないが……獅子身中のなんとやらってのが、あんた自身のことだったとはな」
兵士たちが銃剣で突きかかってきた。
鵤は椅子を持ち上げ防御する。懐から護身銃を取り出す。
水月は傍らでポカンと眺めるだけだ。事態の急転に頭がついていかなくて。
しかし鵤に銃弾が浴びせられたことで、我に返る。彼らが自分を殺すつもりだと悟る。
「ぁあ……なんで……嫌だ……こんなの嫌だぁっ!」
●
占領軍兵士をこんなにあっさり撃てたことに、詩は若干の戸惑いを覚える。
用心しつつ倒れている相手を見れば、驚くほど自分と似た顔をしていた。
(え? どういう事?)
口からごぼごぼ血が噴き出ている。聞き取りにくい呟きも。
「……世の中……自分に……似た人……いる……からね、気に……す……な……」
「何のこと?」
「……気……す……な……今まですまな……かっ……」
言葉は途絶えた。瞳孔が開き切り、光が消える。
「行くぞ、詩」
仲間に促され詩は立ち上がった。一度だけちらと振り向いた後、銃を構え直し、真の率いる本隊へと戻る。
●
町の各所に爆薬を仕掛け大規模な混乱を引き起こし、レジスタンスが行動出来る余地を無くす。その間にこちらは素早く撤退する――その計画を占領軍は、大幅に変更せざるを得なかった。
各所で予期せぬレジスタンスの待ち伏せがあったことも勿論だが、それとは比べものにならないほどの、緊急事態が発生したのである。
アウレール佐率いる一部隊が決起したのだ。
彼らは本営に詰めていたバンダー少佐、水月大尉、スペット中尉、鵤中尉、杏子少尉を殺害した。
重ねて一般兵に、部隊への合流を呼びかけている。ともに首都に戻り、無能にして有害な現政権を倒し、早期停戦への道を開かん。祖国再興のために――と。
現場で工作の指揮を執っていたため抹殺を免れたザレム少尉とマリィア少尉は、その情報を受け、一刻も早く町を去ることを決断した。
「ザレム少尉、斥候部隊がまだ戻ってきていないが。春夜少尉と千鳥少尉、工作部隊の一部も――」
「――置いて行く。止むをえない。待っている暇は無い」
「……聞け。予定より早いが――我が小隊は帝都への帰還を開始する。装備と糧食を確認しろ。周囲は全て敵、女子供であろうと油断するな――」
●
神楽は今日連行されて行った住人の空き家に飛び込み、軍服を脱ぎ捨てた。
タンスをかき回し適当な服を見繕い、これまで溜め込んできた貴金属で内ポケットを膨らませる。
「ケケケ、戻っても負け戦で死ぬより家畜共から徴収した金目の物を持って逃げる方がよっぽど賢いっす」
そこに、ドアが乱打される音が響いた。
びくっと飛び上がり銃を手に壁に張り付き窓から外を盗み見れば、千鳥が隣の空き家の扉を蹴破ろうとしている姿が見えた。
神楽にはピンときた。彼女が自分と全く同じ目的を持って、行動していることが。
(この期に及んで敵前逃亡だとぉ……)
彼はムカムカしてきた。己の行動は完全に度外視して。
窓から千鳥に狙いを定め、照準を合わせ――引き金を引いた。
●
ボルディアの耳に弾が当たる。耳たぶが裂けて血が流れ出した。
「ほぅ、やっとお出ましかい」
彼女は今し方切ったばかりの首を、ぐるぐる回してぶん投げる。
処刑広場に、真が率いるレジスタンスの一団がなだれ込んできたのだ。
リナリスの狂気に満ちた金切り声が、けたたましい機銃掃射の合間を縫って響く。
「下等人種に未来はない。必ず絶滅させる! 必ず遂行する! 総統万歳!」
激しい弾幕を前に真は、仲間たちを下がらせる。
「正面には出るなよ! 奴らには補給がないんだ! 撃たせまくって弾を消費させろ!」
低い音が空から聞こえてきた。戦闘機の編隊だ。阻塞風船をかい潜り、地上への掃射をかけてくる。
●
町のあちこちで大規模な爆発が起きる。
耐え難い熱気を含んだ爆風。飛び散る建物の破片。大きな重いトタン板が木っ端のように空を滑り落ちてきて地面に突き刺さる。
それを窓から見た春夜少尉は、高笑いを上げた。
「ははは、すごいな! これではアインザッツグルッペンといえど、一たまりもないだろう」
祖国に未練はない。このまましばらく囲っている女の部屋に潜伏していよう。事態が落ち着いてから、改めて投降を申し出て――そんな算段をたてる彼の耳に、階下にいる女の悲鳴が聞こえた。
「――おい?」
ドアが空いた。兵士とレジスタンスの混成団が、容赦なく機関銃を乱射する。
●
メイムは満身創痍の体で、制圧したダンスホールの屋根に上る。
敵機が低空飛行し、自分の方に向かって来るのが見えた。
彼女はためらいなく、その翼に銃を向ける。自身が撃ち抜かれながらも、翼を撃ち抜く。
敵機はバランスを崩し、武器庫に衝突する。
大爆発が起きた。町の一角がそこにいた人々諸共消滅する。
●
頭を振って起き上がった詩は、爆風に巻き込まれ死んだ仲間の姿を見た。
喉の奥から呻く。
「何人……何人殺したら気がすむのよ!」
その背後にボルディアがゆらりと立ち上がった。全身を血に染めてなお笑っている。
「何人殺した……? ハハッ、楽しくて数えるの忘れてたよ」
斧を掲げて歩み寄ってくる彼女に詩は、ありったけの弾を撃った。しかし相手の動きは止まらない。
「ひいっ!?」
真が援護に来た。軍の横流し品である銃器から、ボルディアに、無数の弾丸を浴びせかける。
●
金目は蝿のように手を擦り合わせる神楽を見下ろす。
「これで通してくれないっすかね……い、命だけは助けて欲しいっす~!」
差し出したお宝の一つを手に取る。それは、誰かの結婚指輪だった。
「……っと見せかけて死ね~っす!」
そう来ると読めていたので間髪入れず銃弾を浴びせる。ケイのときと同じように、腹を狙って。せいぜい苦しんで死ぬように。
「……遊んで暮らせる筈だったのに。クソ、死にたくね~っす……死にたく……」
雪の中でもがく相手を置いて、次の目標を探す。
●
ディーナはエアルドフリスの足に泣きながら包帯を巻き、添え木をあてていた。
「お……願い……何を持って行っても、いいの……裏口はまだ、見つかりにくいと、思うの……だから、これ以上……誰かを殺さないで……」
エアルドフリスは黙ってそれを聞いていた。治療を終えても何も言わず、杖をついて、よろよろ裏口から出て行く。
ジュードは彼を撃つための弾を自分の仲間に向けて死んだ。生きてくれという言葉だけを残して。
「あんまりじゃあ……ないか」
唯一の大事なものを失ってなお、エアルドフリスは死ねない。
●
・J・は曲がり角でエアルドフリスとすれ違う。
ちらっと一瞥した以上のアクションは起こさなかった。都合上幾度か彼と寝たことも、あるにはあったが。
事態が最終局面まで来た今、彼女は、奇妙な満足感を覚えていた。
だから、血走った目をした人々から呼び止められても、平気でいられた。
「待て! お前、密告屋だな……」
宣伝員としての裏の顔は、一般人には知られていない。
「これまで散々敵に媚びて、いい目を見てきやがって……」
それでいいのだ。知られていたら任務は果たせなかったのだから。
密告屋として憎しみを受けるなら、それもまたそれで――。
●
「私を誰だと思っ――」
アシェールの胸をどこからともなく飛んできた一発の銃弾が貫いた。
「嘘……この私が」
崩れ落ちる女の姿を横目に金目は、銃口を、バリケードでわめいているリナリスへ向けた。
「怯むな! たとえ最後の一兵となろうとも、我が帝国は永遠に不滅――」
鉛の玉が足を打ち砕く。
弾切れを悟った金目は落ちていた銃剣を拾った。それで戦闘能力を失ったリナリスを、ところかまわず刺し、突いた。
リナリスはそれに向けて、火焔放射機をぶっ放す。
すさまじい相打ちであった。
●
リオンと数名の脱走兵一団は、道とも言えぬ険しい山道を、かじりつくようにして進んでいた。
自分たち以外の人間と顔を合わせることを、極力避けなければならない。戦場から遠く離れてしまうまでは。
友軍であるにせよ敵軍であるにせよ市民であるにせよ、とにかく引っくるめて敵なのだ。
黒々とそびえる木々の上に、冷たく甘い雪が降りしきる。
「リオンさん、これから、どこへ行くんです」
「……山を越えてね、港……そこから船に乗って……第三国へ……」
地が揺れた。はっと立ち止まり、伏せる。
息を殺して眼下を見れば、はるか下の峡谷にかかっていた鉄橋が崩れ落ちるところだった。
「……進もう……」
故郷にもこの地にも、未練はない。
●
町が見えなくなるところまで後退した占領軍は、一旦動きをとめた。
ザレムは先頭車両の助手席から、遠くの山塊を見た。そこから立ちのぼるのは、一筋の煙。
「……鉄道がやられたか」
そちらの輸送手段を使う気はなかったので損害はないとは言え、いよいよレジスタンスは勢いづいている。
この先は平原を通って行く。あちらこちにぽつぽつ防風林の塊があるだけの殺風景な景色。
途中で脱国したいものは離れるようにと言うつもりだったのだが、その暇は無かった。アウレール大佐の編成した連隊が追いかけてくるのだ。
政府転覆を目的とする彼らにとって、現政権を死守するため戦いに赴こうとしている友軍は、敵となるのだろう。
(仲間の遺品を家族に届けなくちゃ……な。それからの事は、それから考えるさ)
車両が速度を落とした。
土のうを積んだバリケードが見えた。
その後ろには、銃やツルハシを手にした人間たちの群れ。
「――レジスタンス! 別部隊がいたのか!」
ザレムは無線機に向かって叫んだ。
「捕虜輸送トラック、前に出ろ!」
●
ハナは前方から迫ってくる占領軍の一団を見据えた。
「軍用トラックか徒歩か……どっちでも逃がしませんけどぉ」
こちらの存在に気づき軍用車の一団が速度を落とした。後方にいたトラックが前に出てきた。
レジスタンスの間に動揺が走る――それは、捕虜を満載したトラックだったのだ。彼らは人間を盾にするつもりなのである。
「汚い真似を……」
トラックを盾にして元占領軍は、威嚇射撃を行う。車両の列は力押しで、突っ切って行こうとする。
「逃がしませんよぅ……地縛符!」
トラックがバリケードの手前でぬかるみにはまった――あらかじめハナが仕掛けておいた罠にはまったのだ。彼女は運転席目がけ、手製の手榴弾を立て続けに投げ付ける。
「おじぃちゃんの仇ですぅ、死ぬまで踊れ! 五色光符陣五色光符陣五色光符陣……」
手榴弾は鮮やかな色を発して破裂する。中に仕込まれていた油脂が飛び出し、対象に張り付いたまま燃え上がる。
運転席から転がり出てきた兵隊は雪の上で狂ったように転げ回るが、ついた火は消えなかった。
レジスタンスの何名かがトラックに駆け寄り、荷台の鍵を壊し、人々を助け出そうとする。
そこにマリィア率いる歩兵隊が掃射を浴びせる。
たちまちに乱戦が始まるが、それも長くは続かなかった。
後方から、アウレールの連隊が追いついてきたのである。
大部隊が応援に来たと勘違いしたレジスタンスの小団は、いったん防風林まで退いた。しかし彼らがさっきまで戦っていた部隊を囲み、あっと言う間に揉み潰してしまったのを見て、当惑する。
「……何? 仲間割れ?」
「いや待て――おい、敵軍にレジスタンス同盟の幹部がいるぞ!?」
一体どういうことなのか。
当惑を深める人々のもとへ、師団の長と語らっていた同盟の幹部たちが、旗を振って近づいてきた。
●
毅は頭を振り、不時着した機体からはい出す。
仲間が数名、地上からの攻撃で墜落した。
町は、空襲にでもあったかのような有り様だ。武器庫付近の1区画など、跡形もなく吹き飛んでしまっている。
数知れぬ黒焦げの死体が、そこいら中に転がっている。一般人なのか兵隊なのか、区別がつかない。
「……たいした置き土産ですね」
●
詩は負傷した真に肩を貸し、薬を貰うため、施薬院に急いでいた。しかし、ついてみれば ディーナが路上に引きずり出され、複数の人間から暴行を受けていた。
「何で、癒したぁ!」
「敵だぞ、敵なんだぞ!」
「ご、ごめ……」
見かねて止めに入ろうとしたが、その前にディーナは、銃で頭を撃ち抜かれてしまった。
2人、やり切れない気持ちで場を離れる。
少し進んだ場所に・J・が倒れていた。どうやら、殴り殺されたらしい。
占領軍が軒並みいなくなったとしても、人心ともに落ち着くまでは、まだ時間がかかりそうだ。
思いながら隊に戻ると、なにやら二手に分かれての悶着が起きていた。
「何だと!? 聞いてないぞそんなことは!」
「指導部が軍と協力していたなんて、裏切りじゃないか!」
「いや、そうじゃない。これは純粋に戦略的なもので――」
……一体何が起きたのだろう。どうして仲間同士で争っているのだろう。
●
指導部が内密に大佐と協力していたことを聞き、ハナを始めとするレジスタンス団員は激怒した。
「あいつらと協力しろだなんて――冗談じゃないですよ!」
「まあ、待て。彼らは首都に引き返し、占領政策をやめさせると言っているんだ。祖国が瓦解するのを手をこまねいていられないと――」
「滅べばいいんですよあいつらの国なんて!」
「しかし、彼らをいち早く去らせるためには――」
轟々たる議論の巻き起こる中、カタ、カタ、カタと乾いた音が聞こえてきた。
歩兵を乗せたおびただしい数の戦車隊――機甲師団が、いつのまにか周囲をぐるりと取り囲み、近づいてくるのである。
先頭の戦車から、まだ幼さの残る声が響いてきた。
「我は機甲第12師団長、オンサ・ラ・マーニョ。勇敢なるパルチザンたちよ、よくやった。後の交渉は我々に任せ、速やかにこの場から退去したまえ」
レジスタンスの幹部たちは軍の幹部と何やら話し合い、戦車隊のもとへ走って行く。
会話の内容はハナたちには聞こえなかったが、向こうが内容をどう受け止めたかは明快だった――いきなり幹部たちを轢いたのだ。
「……ファシストの第五列に成り下がったパルチザンもいるようだな――己はそうではないというものは、今から10秒以内に我が軍のもとへ来よ。でなければファシストどもと同様にこの場で殲滅する。10・9……」
●
金目は息を弾ませ見開いた目をこらす。暗がりに自分の部屋の天井が見えた。
……いやな夢を見た。
内容もさることながら最もいやなのは、自分が若干の興奮を覚えていることだ。
「………サイアクだ。」
吐き出すようにひとりごち起き上がる。洗面所で顔を洗う。夢もいやな気分も忘れるために。
顔触れは、以下のとおり。
現地占領軍将校。
葛音 水月(ka1895)大尉。
スペット・キルツ中尉。
鵤(ka3319)中尉。
咲月 春夜(ka6377)中尉。
八橋 杏子少尉。
ザレム・アズール(ka0878)少尉。
御酒部 千鳥(ka6405)少尉。
マリィア・バルデス(ka5848)少尉。
親衛隊特別部隊『アインザッツグルッペン』将校。
リナリス・リーカノア(ka5126)少佐。
中央参謀本部派遣将校。
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)中佐。
ちなみにリナリスは当会議に、部下であるボルディア・コンフラムス(ka0796)とアシェ-ル(ka2983)を同席させるという傍若無人ぶりを発揮している。
とはいえここのところ、そういった軍規の緩みは珍しいことではなくなってきている。どういう次第か軍医のエアルドフリス(ka1856)も場に同席しているのだが、誰も注意しようとしない。
……兎にも角にも議論が始まった。ザレムが口火を切る。
「転進を悟られると、大規模な騒乱が起きる可能性があります――拠点攻撃の為、武器庫の中身を移動させるのだという流言を、前以て流しておいた方がよいのでは? 我々の動きが装備移動の為と思わせておくのです」
鵤がにやにやしながら口を挟む。
「思わせておくってもなあ……割とすぐ察しちまうと思うぜ?」
「もちろんそれは分かっています。ですから、装備移動の偽装をする間に、武器庫へ遠隔爆破の爆薬を仕掛けておくのです。街の要所にも。可能なら阻塞気球にも爆薬を満載し空へ。レジスタンスが武器庫に突入してきたところを見計らい、それらを爆破させるのです。そうすることで混乱を引き起こし、彼らの動きを阻害するのです」
そこに千鳥が乗っかってくる。
「バンダー少佐殿、妾にも妙案があるのじゃ。少々ザレム少尉殿の案と被るがの、転進の準備と並行して時限式の発火装置、爆破装置を町中にセットするのじゃ。して明朝、仕掛けが同時起動し町中がパニックに陥っている隙に出立すれば良いのじゃ」
スペットが眉の間を狭めて言った。
「そんな騒ぎ起こしたら、こっちが撤退すんの丸分かりやないか?」
「バレずに転進なぞ無理じゃ。そして妾達はとにかく合流出来れば良いのじゃろ? なら正解は住民を暴動どころじゃない事態に陥れてやれば良いのじゃ♪」
アウレールは彼らの案を、大いに称賛した。
「いい考えだ。なるほど、一網打尽に反逆者どもを吹き飛ばしてしまえば、憂いの種も無く首都に戻れる」
マリィアも意見を述べる。
「恐れながら少佐、撤退は小隊以上、できれば中隊で整然と行うべきかと。軍の体をなさずに帝都に戻り、何の働きが出来ましょう。小隊以下の人数を個人の才覚で送り出すのでは無駄に市民に喰われるだけです。敵の爆撃があっても、隊で行動した方が軍の機能を維持できます」
そこでリナリスがふん、と鼻を鳴らした。
「皆随分弱気なんだね。そんなだから下等人種が勘違いして反抗的な態度に出るんだよ。杏子中尉、先だってまた一人、部下がやられちゃったんでしょう?」
「……ええ」
「だったらまず、何をおいてもその報復をしなきゃ――実を言うとね、駆除すべきドブネズミのリストはもう作ってあるんだ。『J』からいいネタが上がってきてね。……アシェール、皆に配って」
会議の場にいる将校たちへ、一部づつ名簿が渡されて行く。
このリストがどういう経過をたどって作られたのかは、分からない。ただはっきりしているのは、このリストに名前が載った時点で、その人間は死なねばならぬということだけ。
ボルディアは馴れ馴れしく、場の最高責任者に話しかける。
「なあ大将、いい案があるぜ。街の中心にある広場で、大々的に死刑執行やンだよ。住人は一人残らず呼び寄せる。ガキだろうがジジババだろうが全員だ。来なかったら殺す。処刑はそうだな。女子供がいい。そいつら100人呼び寄せて目の前で順番に首を刎ねる。これならレジスタンスも来ざるをえねぇだろ」
バンダー少佐は彼女の案に難色を示した。
「そんなもの、反抗心を煽るだけだ」
アウレールはそれについて、翻意を促す。
「バンダー少佐、大本営からの命令は絶対だ。我々はどうあっても転進し、首都防衛に死力を尽くさねばならぬ。当地の住民がその妨害をするのであれば、我々は力づくでも秩序を回復せねばならない。いかなる手段を用いても」
意を得たり、とリナリスが頷く。
「その通り! 帝国の栄光こそ唯一絶対だよ!」
春夜と水月は押し黙ったまま。
アウレールは、部屋の中をゆっくりと見回す。
「しかるに残念ながら、軍内の士気に緩みが見られる。敗北主義的な流言、内通、密通、敵前逃亡、逃走――どれも利敵行為である――我々は獅子身中の害虫共を駆除しなければならない」
●
朝方止んでいた雪が、再びぼちぼちと降り始めた。
レジスタンスの一部隊は坑道の奥にあるアジトで、緊迫した議論を交わしていた。
占領軍の無線盗聴・解読を担当している星野 ハナ(ka5852)から『……やっと占領軍が撤退するみたいですぅ。ルートの話は出てきませんがぁ』という報がもたらされたのだ。
彼女からだけではない。レジスタンスの軍物資横流しを担当している情報屋のケイ(ka4032)からも、町に潜伏しているレジスタンスの指導部からも、同じ情報が入ってきた。
集まりの中央付近にいる鞍馬 真(ka5819)が呻く。
「……大規模処刑? 間違いないのか?」
ケイは普段どおりの茶化すような声色。
「間違いないわ。昨日兵隊が1人殺されたでしょう。その報復として、派手に荒らし回るつもりみたいね。本格的な襲撃は今晩から。これはその前座。それと、町のあちこちに爆薬を仕掛け回ってるわ。これがその場所のリスト……本国の首都が陥落寸前で、かなり焦ってるみたいね」
天竜寺 詩(ka0396)は、怒りで言葉を詰まらせる。
「……私達の町をこれだけ目茶苦茶にしておいて、まだ足りないって言うの!」
集まりの隅に座っている金目(ka6190)は、場にいるものたちと怒りを共有していない。ともに戦おうと立ち上がった仲間を全て失い、睡眠と休憩と殺戮を繰り返すだけの生活に陥って久しい彼にとって、その感情はすでに遠い過去のものだ。
真が拳を握り締め、言った。
「奴らが行動し始める前に、こっちから先手を打たないと駄目だ。救出に行くぞ」
それを聞いたケイは、もう少し詳しいことを探ってみると言い残し場を去った。
金目はゆらりと立ち上がり、その後を追う。影のように。
●
銃声。悲鳴。罵声。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は震えながら、施薬院の窓にかかったカーテンを、ちょっとだけ押し開く。
お向かいの一家が兵隊に引きずられて行くのが見えた。
兵隊の傍らに・J・(ka3142)がいる。きっといつものように、彼女が密告したのだろう。
彼らがふいにこっちを向きそうになったので、ディーナは、慌ててカーテンを閉じた。
町が占領されてからずっとこのように、息を潜めて過ごしている。人を平気で殺す人達が怖くてたまらない。さりとて逆らうのも恐ろしい。
●
雪空の中、戦闘機が編隊を組み飛んでいく。
伊藤 毅(ka0110)は戦闘機の計器を睨みつ、無線に話しかけた。
「ハイランダー1-1より編隊各機、いつもの定期便だ、最近は敵の空軍もおとなしい、気負わずにいこう……敵さんも、もう戦略的に重要じゃないこんな街に、いつまでしがみつくんだか……」
「全くな。本国がどうなっているのか御存じないと見える」
仲間同士軽口をたたき合っているところ、電信が入った。
地上に展開している友軍からのものだ。
『パルチザン部隊ヨリ緊急通信アリ敵軍ハ占領ヲ放棄清野作戦ヲ行ツテ後転進ヲ始メル見込ミ現在住民ノ虐殺ガ行ワレテイル模様……』
●
機甲部隊が雪の上を進む。
先頭の戦車には解放軍前線指揮官、オンサ・ラ・マーニョ(ka2329)大佐が乗っていた。
彼女は熊のような副官に肩車してもらい、ハッチから顔を出す。
雪原の果てに、遠い目を向ける。
「戦闘はもう始まっている……聞け同志たちよ。これより我が機甲師団は、解放作戦に望む。本隊の首都攻略も時間の問題。我々は後顧の憂いを絶つため、極悪なるファシストどもを、骨も残さず粉砕する!」
●
広場ではボルディアが、リストの名簿を元に集められてきた人々の首を、叩き落として行く。
「次! 早く来い!」
「違う違う私は、私は何もやってない助けて!」
半狂乱になって逃げようとする相手の首根っこを押さえ、歯を見せる。
「その申し立て、一時間後に改めてもう一回してくれよ? 何しろ死刑執行人様は今忙しくてな」
広場の反対側ではアシェールが、10代~30代男女の一団を前にしていた。
銃剣片手に好みの人間を餞別し、それから漏れた人々を、組立式のガレージに追い立てる。
ガレージがいっぱいになったところで扉を閉め、にっこりする。
「美男美女以外、生き残っても、これからの世界は辛いでしょう。私の溢れるばかりの慈愛で救ってあげましょう」
言うなりアシェールは倉庫に向け、手榴弾を投げつけた。ばらばらになった体が、空中に吹き上がる。
●
神楽(ka2032)とメイム(ka2290)が所属する工作部隊はダンスホールの中で、軽機関銃を乱射している。
時限爆破装置罠を仕掛けるために入ってみたら、待ち伏せしていたレジスタンスたちから一斉攻撃を受けたのだ。
不意をつかれた形だったので、多数の被害が出た。制圧にも手間取る。
「~~くそっ、埒があかねえ! 他の部隊から応援頼んでくるっす!」
あたふたと場を離れる神楽。
メイムは場に残る。
自軍がジリ貧であることは、彼女にも分かっている。神楽が軍機違反を犯し、逃げるつもりなのだと言うことも。
だがそんなこと、もうどうでもいい。カチャを殺されたことだけが、ひたすら癪に障る。仇を取ることだけが今思いつける全てだ。
戦闘機を落すに最適な夜になるまで生きていられそうもないのが、悔やまれる…。
●
ジュード・エアハート(ka0410)は、広場に面した窓辺に座っていた。
目前で繰り広げられている地獄絵図についての感慨は、特にない。
自分を軍医に賄賂として売り渡した家族。所有物として好き勝手に扱う軍医。男娼と蔑みながら情報源として利用してくるレジスタンス。どいつもこいつも死ねばいいと思いながら、手にした小型銃をいじくり回す。
レジスタンスたちは言った。この銃をやる。これで軍医を殺せ。一斉蜂起に参加しろ。そうすれば占領軍を駆逐し終わった後、正式な仲間として迎え入れる……。
「嘘だね。絶対」
ジュードの口元が皮肉げに歪む。
彼は知っていた。今現在隣の部屋で息を潜めているあの連中は、自分も始末するつもりだ。標的は敵軍だけではない。敵軍と通じていた人間もまた、憎悪の対象となるのだと。
……階段を上がってくる足音が聞こえたので、銃を服の内側に隠す。
扉が開く。
エアルドフリスが姿を現した。
「早いねエアさん、会議があるんじゃなかったの?」
「会議なんかしたって何にもならんさ。この戦争は俺たちの負けだ」
「そんな敗北主義者みたいなこと言ってたら、銃殺されんじゃないの?」
「される前に抜けるさ。そのためにここの連中に、貸しを作ってきたわけだしな……」
言いながら軍医は、机から引き出した書類――薬殺という名目で逃がしてやった人間の名簿――を、次々鞄に詰めて行く。ジュードに背を向けて。
ジュードは隠していた銃を服の内側から、音もなく引き出す。
●
天竜寺 舞(ka0377)は退却路を確保するため、エルバッハ・リオン(ka2434)を筆頭とする複数の同僚たちと、斥候隊を組んでいた。
マリィア少尉率いる本隊に率先して進み、安全なルートを探していく。
町の中心で処刑が行われているため、人通りは全くない。
肩に、帽子に、さらさら降り続ける雪。
黙っていると気が滅入るだけなので、リオンに話しかける。
「いつも疑問なんだけど、スペット中尉は何で猫の顔してるんだろうね?」
「……戦場で顔をひどく負傷して、手術して、完治してみたらあんな感じになってたらしいですよ」
「へー、そんなことあるんだ……」
立て続けの乾いた銃声が聞こえてくる。
一同は息を詰めた。銃を構えながら、音がした方向にじりじり進む。
小路に足を踏み入れてみれば、一人の女が小型無線機を握り締めたまま、くの字になってこと切れていた。体にあけられた穴から鮮血がほとばしり出て、新雪を汚している。
リオンは靴のつま先で死体を転がし、顔を上向かせた。
「これは……情報屋のケイですね。鵤少尉のところに、よく出入りしていた人間ですよ」
情報屋と言えば軍の協力者。それが殺されているということは、近くにレジスタンスが潜伏しているということ。
「……まだ敵は遠くに行っていないはずです。二手に分かれて犯人を探しましょう」
そう言うとリオンは数人の仲間を引き連れ、先に行ってしまった。
後れを取る形で舞は、残った同僚たちと探索を始める。
塀を背にし、なるべく音を立てないよう、すり足で進む。
建物と建物に挟まれた灰色の空に、阻塞気球が上ってくるのが目に入る。
ザレム少尉は順調に仕事を進めているようだ……思った矢先聞こえてくる、弾丸が空を切る音。
近くにいた同僚たちがドサドサ倒れた。
続けて、声。
「動くな!」
おかしい。今の銃撃は後ろから来たものではなかったはずだ。
訝しみつつ舞は、手にした機関銃を投げ出し、手を上げる。
「赤ん坊の頃何故かこの辺りに捨てられてた私を拾って育ててくれた両親、それに将来を誓い合った彼を殺した貴方達を、絶対許さない!」
素人め。こんなときに自己紹介してどうする。なんたる無駄。
せせら笑いつつ懐のデリンジャーを引き抜き、振り向きざま撃とうと――。
●
ケイの死を知らされた水月は、ヒステリックにわめき散らす。
「はぁ!? 死んだって、なにやってるんですかー!」
鵤はその姿に滑稽さと哀れみを覚えた。
とにかくケイは死んだ。殺されたということを律義に伝えながら。
とくれば次は――自分たちの番。半地下にあるこの通信室には窓も、裏口もない。逃げられない。
「相変わらず諦めわりぃなおい。こういう時こそへらへら笑っとくもんだぜぇ? んなダサい死に顔サマにならねぇだろ?」
「ダサいって何です! あなたはいつもいつも、そうやってへらへらとして……そもそも、こんな場所で死ぬつもりはっ……」
予測を裏切らず近づいてくる、大勢の足音。
「ほぅらお出ましだ。噂をすれば影ってやつかぁ? ったく酒の一杯も飲ませてくれりゃいいのに、つれないねぇ」
扉を蹴破りなだれ込んできたのはレジスタンスではなかった。アウレール中佐と、その部下たちであった。
鵤の顔からへらへら笑いが消える。
「……まあ、このご時世何が起きても不思議じゃないが……獅子身中のなんとやらってのが、あんた自身のことだったとはな」
兵士たちが銃剣で突きかかってきた。
鵤は椅子を持ち上げ防御する。懐から護身銃を取り出す。
水月は傍らでポカンと眺めるだけだ。事態の急転に頭がついていかなくて。
しかし鵤に銃弾が浴びせられたことで、我に返る。彼らが自分を殺すつもりだと悟る。
「ぁあ……なんで……嫌だ……こんなの嫌だぁっ!」
●
占領軍兵士をこんなにあっさり撃てたことに、詩は若干の戸惑いを覚える。
用心しつつ倒れている相手を見れば、驚くほど自分と似た顔をしていた。
(え? どういう事?)
口からごぼごぼ血が噴き出ている。聞き取りにくい呟きも。
「……世の中……自分に……似た人……いる……からね、気に……す……な……」
「何のこと?」
「……気……す……な……今まですまな……かっ……」
言葉は途絶えた。瞳孔が開き切り、光が消える。
「行くぞ、詩」
仲間に促され詩は立ち上がった。一度だけちらと振り向いた後、銃を構え直し、真の率いる本隊へと戻る。
●
町の各所に爆薬を仕掛け大規模な混乱を引き起こし、レジスタンスが行動出来る余地を無くす。その間にこちらは素早く撤退する――その計画を占領軍は、大幅に変更せざるを得なかった。
各所で予期せぬレジスタンスの待ち伏せがあったことも勿論だが、それとは比べものにならないほどの、緊急事態が発生したのである。
アウレール佐率いる一部隊が決起したのだ。
彼らは本営に詰めていたバンダー少佐、水月大尉、スペット中尉、鵤中尉、杏子少尉を殺害した。
重ねて一般兵に、部隊への合流を呼びかけている。ともに首都に戻り、無能にして有害な現政権を倒し、早期停戦への道を開かん。祖国再興のために――と。
現場で工作の指揮を執っていたため抹殺を免れたザレム少尉とマリィア少尉は、その情報を受け、一刻も早く町を去ることを決断した。
「ザレム少尉、斥候部隊がまだ戻ってきていないが。春夜少尉と千鳥少尉、工作部隊の一部も――」
「――置いて行く。止むをえない。待っている暇は無い」
「……聞け。予定より早いが――我が小隊は帝都への帰還を開始する。装備と糧食を確認しろ。周囲は全て敵、女子供であろうと油断するな――」
●
神楽は今日連行されて行った住人の空き家に飛び込み、軍服を脱ぎ捨てた。
タンスをかき回し適当な服を見繕い、これまで溜め込んできた貴金属で内ポケットを膨らませる。
「ケケケ、戻っても負け戦で死ぬより家畜共から徴収した金目の物を持って逃げる方がよっぽど賢いっす」
そこに、ドアが乱打される音が響いた。
びくっと飛び上がり銃を手に壁に張り付き窓から外を盗み見れば、千鳥が隣の空き家の扉を蹴破ろうとしている姿が見えた。
神楽にはピンときた。彼女が自分と全く同じ目的を持って、行動していることが。
(この期に及んで敵前逃亡だとぉ……)
彼はムカムカしてきた。己の行動は完全に度外視して。
窓から千鳥に狙いを定め、照準を合わせ――引き金を引いた。
●
ボルディアの耳に弾が当たる。耳たぶが裂けて血が流れ出した。
「ほぅ、やっとお出ましかい」
彼女は今し方切ったばかりの首を、ぐるぐる回してぶん投げる。
処刑広場に、真が率いるレジスタンスの一団がなだれ込んできたのだ。
リナリスの狂気に満ちた金切り声が、けたたましい機銃掃射の合間を縫って響く。
「下等人種に未来はない。必ず絶滅させる! 必ず遂行する! 総統万歳!」
激しい弾幕を前に真は、仲間たちを下がらせる。
「正面には出るなよ! 奴らには補給がないんだ! 撃たせまくって弾を消費させろ!」
低い音が空から聞こえてきた。戦闘機の編隊だ。阻塞風船をかい潜り、地上への掃射をかけてくる。
●
町のあちこちで大規模な爆発が起きる。
耐え難い熱気を含んだ爆風。飛び散る建物の破片。大きな重いトタン板が木っ端のように空を滑り落ちてきて地面に突き刺さる。
それを窓から見た春夜少尉は、高笑いを上げた。
「ははは、すごいな! これではアインザッツグルッペンといえど、一たまりもないだろう」
祖国に未練はない。このまましばらく囲っている女の部屋に潜伏していよう。事態が落ち着いてから、改めて投降を申し出て――そんな算段をたてる彼の耳に、階下にいる女の悲鳴が聞こえた。
「――おい?」
ドアが空いた。兵士とレジスタンスの混成団が、容赦なく機関銃を乱射する。
●
メイムは満身創痍の体で、制圧したダンスホールの屋根に上る。
敵機が低空飛行し、自分の方に向かって来るのが見えた。
彼女はためらいなく、その翼に銃を向ける。自身が撃ち抜かれながらも、翼を撃ち抜く。
敵機はバランスを崩し、武器庫に衝突する。
大爆発が起きた。町の一角がそこにいた人々諸共消滅する。
●
頭を振って起き上がった詩は、爆風に巻き込まれ死んだ仲間の姿を見た。
喉の奥から呻く。
「何人……何人殺したら気がすむのよ!」
その背後にボルディアがゆらりと立ち上がった。全身を血に染めてなお笑っている。
「何人殺した……? ハハッ、楽しくて数えるの忘れてたよ」
斧を掲げて歩み寄ってくる彼女に詩は、ありったけの弾を撃った。しかし相手の動きは止まらない。
「ひいっ!?」
真が援護に来た。軍の横流し品である銃器から、ボルディアに、無数の弾丸を浴びせかける。
●
金目は蝿のように手を擦り合わせる神楽を見下ろす。
「これで通してくれないっすかね……い、命だけは助けて欲しいっす~!」
差し出したお宝の一つを手に取る。それは、誰かの結婚指輪だった。
「……っと見せかけて死ね~っす!」
そう来ると読めていたので間髪入れず銃弾を浴びせる。ケイのときと同じように、腹を狙って。せいぜい苦しんで死ぬように。
「……遊んで暮らせる筈だったのに。クソ、死にたくね~っす……死にたく……」
雪の中でもがく相手を置いて、次の目標を探す。
●
ディーナはエアルドフリスの足に泣きながら包帯を巻き、添え木をあてていた。
「お……願い……何を持って行っても、いいの……裏口はまだ、見つかりにくいと、思うの……だから、これ以上……誰かを殺さないで……」
エアルドフリスは黙ってそれを聞いていた。治療を終えても何も言わず、杖をついて、よろよろ裏口から出て行く。
ジュードは彼を撃つための弾を自分の仲間に向けて死んだ。生きてくれという言葉だけを残して。
「あんまりじゃあ……ないか」
唯一の大事なものを失ってなお、エアルドフリスは死ねない。
●
・J・は曲がり角でエアルドフリスとすれ違う。
ちらっと一瞥した以上のアクションは起こさなかった。都合上幾度か彼と寝たことも、あるにはあったが。
事態が最終局面まで来た今、彼女は、奇妙な満足感を覚えていた。
だから、血走った目をした人々から呼び止められても、平気でいられた。
「待て! お前、密告屋だな……」
宣伝員としての裏の顔は、一般人には知られていない。
「これまで散々敵に媚びて、いい目を見てきやがって……」
それでいいのだ。知られていたら任務は果たせなかったのだから。
密告屋として憎しみを受けるなら、それもまたそれで――。
●
「私を誰だと思っ――」
アシェールの胸をどこからともなく飛んできた一発の銃弾が貫いた。
「嘘……この私が」
崩れ落ちる女の姿を横目に金目は、銃口を、バリケードでわめいているリナリスへ向けた。
「怯むな! たとえ最後の一兵となろうとも、我が帝国は永遠に不滅――」
鉛の玉が足を打ち砕く。
弾切れを悟った金目は落ちていた銃剣を拾った。それで戦闘能力を失ったリナリスを、ところかまわず刺し、突いた。
リナリスはそれに向けて、火焔放射機をぶっ放す。
すさまじい相打ちであった。
●
リオンと数名の脱走兵一団は、道とも言えぬ険しい山道を、かじりつくようにして進んでいた。
自分たち以外の人間と顔を合わせることを、極力避けなければならない。戦場から遠く離れてしまうまでは。
友軍であるにせよ敵軍であるにせよ市民であるにせよ、とにかく引っくるめて敵なのだ。
黒々とそびえる木々の上に、冷たく甘い雪が降りしきる。
「リオンさん、これから、どこへ行くんです」
「……山を越えてね、港……そこから船に乗って……第三国へ……」
地が揺れた。はっと立ち止まり、伏せる。
息を殺して眼下を見れば、はるか下の峡谷にかかっていた鉄橋が崩れ落ちるところだった。
「……進もう……」
故郷にもこの地にも、未練はない。
●
町が見えなくなるところまで後退した占領軍は、一旦動きをとめた。
ザレムは先頭車両の助手席から、遠くの山塊を見た。そこから立ちのぼるのは、一筋の煙。
「……鉄道がやられたか」
そちらの輸送手段を使う気はなかったので損害はないとは言え、いよいよレジスタンスは勢いづいている。
この先は平原を通って行く。あちらこちにぽつぽつ防風林の塊があるだけの殺風景な景色。
途中で脱国したいものは離れるようにと言うつもりだったのだが、その暇は無かった。アウレール大佐の編成した連隊が追いかけてくるのだ。
政府転覆を目的とする彼らにとって、現政権を死守するため戦いに赴こうとしている友軍は、敵となるのだろう。
(仲間の遺品を家族に届けなくちゃ……な。それからの事は、それから考えるさ)
車両が速度を落とした。
土のうを積んだバリケードが見えた。
その後ろには、銃やツルハシを手にした人間たちの群れ。
「――レジスタンス! 別部隊がいたのか!」
ザレムは無線機に向かって叫んだ。
「捕虜輸送トラック、前に出ろ!」
●
ハナは前方から迫ってくる占領軍の一団を見据えた。
「軍用トラックか徒歩か……どっちでも逃がしませんけどぉ」
こちらの存在に気づき軍用車の一団が速度を落とした。後方にいたトラックが前に出てきた。
レジスタンスの間に動揺が走る――それは、捕虜を満載したトラックだったのだ。彼らは人間を盾にするつもりなのである。
「汚い真似を……」
トラックを盾にして元占領軍は、威嚇射撃を行う。車両の列は力押しで、突っ切って行こうとする。
「逃がしませんよぅ……地縛符!」
トラックがバリケードの手前でぬかるみにはまった――あらかじめハナが仕掛けておいた罠にはまったのだ。彼女は運転席目がけ、手製の手榴弾を立て続けに投げ付ける。
「おじぃちゃんの仇ですぅ、死ぬまで踊れ! 五色光符陣五色光符陣五色光符陣……」
手榴弾は鮮やかな色を発して破裂する。中に仕込まれていた油脂が飛び出し、対象に張り付いたまま燃え上がる。
運転席から転がり出てきた兵隊は雪の上で狂ったように転げ回るが、ついた火は消えなかった。
レジスタンスの何名かがトラックに駆け寄り、荷台の鍵を壊し、人々を助け出そうとする。
そこにマリィア率いる歩兵隊が掃射を浴びせる。
たちまちに乱戦が始まるが、それも長くは続かなかった。
後方から、アウレールの連隊が追いついてきたのである。
大部隊が応援に来たと勘違いしたレジスタンスの小団は、いったん防風林まで退いた。しかし彼らがさっきまで戦っていた部隊を囲み、あっと言う間に揉み潰してしまったのを見て、当惑する。
「……何? 仲間割れ?」
「いや待て――おい、敵軍にレジスタンス同盟の幹部がいるぞ!?」
一体どういうことなのか。
当惑を深める人々のもとへ、師団の長と語らっていた同盟の幹部たちが、旗を振って近づいてきた。
●
毅は頭を振り、不時着した機体からはい出す。
仲間が数名、地上からの攻撃で墜落した。
町は、空襲にでもあったかのような有り様だ。武器庫付近の1区画など、跡形もなく吹き飛んでしまっている。
数知れぬ黒焦げの死体が、そこいら中に転がっている。一般人なのか兵隊なのか、区別がつかない。
「……たいした置き土産ですね」
●
詩は負傷した真に肩を貸し、薬を貰うため、施薬院に急いでいた。しかし、ついてみれば ディーナが路上に引きずり出され、複数の人間から暴行を受けていた。
「何で、癒したぁ!」
「敵だぞ、敵なんだぞ!」
「ご、ごめ……」
見かねて止めに入ろうとしたが、その前にディーナは、銃で頭を撃ち抜かれてしまった。
2人、やり切れない気持ちで場を離れる。
少し進んだ場所に・J・が倒れていた。どうやら、殴り殺されたらしい。
占領軍が軒並みいなくなったとしても、人心ともに落ち着くまでは、まだ時間がかかりそうだ。
思いながら隊に戻ると、なにやら二手に分かれての悶着が起きていた。
「何だと!? 聞いてないぞそんなことは!」
「指導部が軍と協力していたなんて、裏切りじゃないか!」
「いや、そうじゃない。これは純粋に戦略的なもので――」
……一体何が起きたのだろう。どうして仲間同士で争っているのだろう。
●
指導部が内密に大佐と協力していたことを聞き、ハナを始めとするレジスタンス団員は激怒した。
「あいつらと協力しろだなんて――冗談じゃないですよ!」
「まあ、待て。彼らは首都に引き返し、占領政策をやめさせると言っているんだ。祖国が瓦解するのを手をこまねいていられないと――」
「滅べばいいんですよあいつらの国なんて!」
「しかし、彼らをいち早く去らせるためには――」
轟々たる議論の巻き起こる中、カタ、カタ、カタと乾いた音が聞こえてきた。
歩兵を乗せたおびただしい数の戦車隊――機甲師団が、いつのまにか周囲をぐるりと取り囲み、近づいてくるのである。
先頭の戦車から、まだ幼さの残る声が響いてきた。
「我は機甲第12師団長、オンサ・ラ・マーニョ。勇敢なるパルチザンたちよ、よくやった。後の交渉は我々に任せ、速やかにこの場から退去したまえ」
レジスタンスの幹部たちは軍の幹部と何やら話し合い、戦車隊のもとへ走って行く。
会話の内容はハナたちには聞こえなかったが、向こうが内容をどう受け止めたかは明快だった――いきなり幹部たちを轢いたのだ。
「……ファシストの第五列に成り下がったパルチザンもいるようだな――己はそうではないというものは、今から10秒以内に我が軍のもとへ来よ。でなければファシストどもと同様にこの場で殲滅する。10・9……」
●
金目は息を弾ませ見開いた目をこらす。暗がりに自分の部屋の天井が見えた。
……いやな夢を見た。
内容もさることながら最もいやなのは、自分が若干の興奮を覚えていることだ。
「………サイアクだ。」
吐き出すようにひとりごち起き上がる。洗面所で顔を洗う。夢もいやな気分も忘れるために。
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最終発言 2016/08/18 19:49:57 |
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最終発言 2016/08/20 17:44:32 |