ゲスト
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【選挙】帝国皇子の優雅なる(怒)公務
マスター:稲田和夫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/17 07:30
- 完成日
- 2014/09/25 10:07
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
選挙というものが、一大政治イベントである事に異論はあるまい。それは、リアルブルーの各国で行われていたものもそうだし、ここクリムゾンウェストのゾンネンシュトラール帝国についても同じことだ。
立候補者名簿の作成。選挙権を持つ有権者がどのくらいの数になるのかの確認。それらの作業に伴う膨大な書類の作成と発行、配布。そしてそれにかかる費用の裁可――選挙の根幹にかかわる部分だけでも、既にこれだけの人、物、そして金の動きがあるのだ。
そして、これが全国規模の選挙である以上、投票は適当な紙に名前を書いて、適当な箱に集めて――という訳には勿論いかない。
正式の投票用紙を始めとしたシステム面を整備し、各州の都市における投票所を定める必要がある。無論、場所によっては新たに施設を作る必要性が出てくるかもしれない。
こうなってくれば、更に手続きが面倒になる。そして、常に歪虚や亜人といった手合いに悩まされているクリムゾンウェストでは、警備納戸の安全保障面での配慮も不可欠。
まして、ここは軍事国家で鳴らすゾンネンシュトラール帝国であり、その警備態勢が万全でなければならないのは言うまでもない。
以上、政府が主導して動かさなければならない部分だけでも凄まじい量の書類仕事が生まれるのは理解できるだろう。
だが、これで終わりではない。民間の動きとて、政府にとっては無視出来ないのだ。基本的に帝都周辺に人口が集中している帝国では、いざ投票となった時、どうしても辺鄙な場所に住む有権者は最寄りのある程度大きな都市まで出向く必要があるだろう。
当然、今回のコロッセオ・シングスピラでの投票のために、バルトアンデルスには多くの人々が訪れ、宿泊する筈だ。
これは、宿屋やホテルにとっては濡れ手に粟の大儲け――などというレベルではなく、実際宿泊施設を巡っての混乱が起きるのは必定。当然、ある程度は国家が調整を行う必要があるだろう。
加えて、現在急速に人気を伸ばしている第一師団帝国歌舞音曲部隊のアイドルであるグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)のライブに代表されるように、意外と現政権は娯楽やイベントに寛容、というかむしろこれを歓迎している節さえある。
その警備を行うのは、勿論帝国の誇る師団、そしてハンターたち。となれば、そこにまた気の遠くなるような、書類がまた延々降って来る訳である。
●
「と、いう訳で、今は帝国政府全体が上へ下への大騒ぎだというのは理解してもらえたか?」
早朝だというのに既に喧騒が辺りに満ちている帝都バルトアンデルス。その一画を歩く第一師団の兵士は、彼の後に続く数名のハンター、つまり貴方たちにそう語りかけた。
「特に、俺たち第一師団は普段から書類仕事も多いからな。もう何と言っていいのか……おかげで今回みたいな事態になっちまった」
第一師団の兵士たちとて当たり前だが人間だ。休みを取らなければミスをしてしまうかもしれない。
「俺たちの任務の一つに、当たり前だが皇子の護衛も含まれている。本来ならこれこそ、幾ら忙しくても絶対に他には回せない任務の筈なのだが――どういう訳かあの御兄弟は妙にお前らに甘いというか、期待しているというか……」
兵士は感情を込めない声で呟くと、歩きつづけ、やがて公官庁の一つらしい大きな建物の前に辿り着くと、また貴方たちの方を振り向いた。
「今日の護衛をお前らに替わってもらうことで、特に激務の続いた隊の連中を何とか休ませてやろうと言う事になった訳だ」
貴方たちが案内されたのは、バルトアンデルス城ではなく、バルトアンデルス市内に存在する官庁の一つであった。
関係する部署との連携の関係から、ここ数日ゾンネンシュトラール帝国皇子にして皇帝代理人、そして今回の選挙では候補の一人として本人の意思とは無関係に他薦されているカッテ・ウランゲル(kz0033)はここを仕事場としているとのことであった。
「お前たちに念を押しておきたいことは二つ。一つは絶対に粗相をするな。どんな小さなかとであってもだ。もう一つは……皇子を見て驚くなよ。いいか、絶対に表情に出すんじゃないぞ」
妙に迫力のある兵士の態度を不審に思いながらも、貴方たちは建物の中を進み、やがて執務室の扉の前に立った
●
「ようこそ、ハンターの皆さん。今日は本当にありがとうございますっ!」
何かがおかしい。そんな感覚が貴方たちの背筋を走っただろうか。
カッテはいつも通り、この地上に天使が舞い降りたかのような笑顔で、貴方たちに微笑みかける。
いや、痛々しい事によくみれば目の下には隈が出来、普段であれば炎が揺らめく様な光沢を放つ髪がやや乱れてしまっている。
しかし、違和感の源泉はそこではないのだ。
「? どうかしましたか?」
カッテに首を傾げられ、ようやくあなた方は違和感の正体に気付く。
「……瓶?」
誰かが呟いた。それは、カッテの執務机に、窓際に、そして本棚に。
それを行った者の性格を反映して、余りにも整然と、まるで元からこの部屋に置かれた装飾品でもあるかのように陳列されていたせいで、誰も最初から気付かなかったのだ。
「ああ、もうこんな時間ですね。皆さん、お茶でも如何ですか?」
いつの間にか部屋の隅にある大きなサモワールの前で、紅茶を注ぐカッテ。ちなみに、サモワールとはリアルブルーでは東欧の方で使われる昔ながらの給湯器の一種で、下部の大きな筒で湯を沸かし、上部の小さなティーポットで紅茶を煮出すものをいう。
リアルブルーにおいては、昔は普通の枯れ木などの燃料、現代では電気で加熱するが、ここにあるものは機導術で加熱を行っているらしい。
と、そんな珍しいものに目が映っていたにもかかわらず、次の瞬間貴方たちは目を見張った。
まず、カッテが上質な陶器のカップに注いだ紅茶だが、異様に黒いのだ。しかし、これは普通であるサモワールで煮出す紅茶は、茶と同時に温めた湯で割って飲むのが普通だからだ。
問題は、カッテがそのドス黒い紅茶に棚から採ったサクランボらしき果物の絵がついたジャムの瓶の中身を丸ごと放り込んだことにある。
そして、呆然とする貴方たちの前でカッテはそれを、普通の紅茶と何ら変わらず音も立てず上品に、飲み干して、また微笑んだ。
「すみません。朝食がまだだったので……」
少し遅れて、貴方たちはその発言の戦慄すべき意味に気付いてしまう。今のが食事だと? では、昼食は? 夕食は? まさか、この整然と並べられた空の瓶は……。
カッテは悠然と、瓶を洗いそれを窓際に置く。よく見れば並べられた瓶には全て色とりどりの果物の絵がかかれていた。
直後、官庁の時計が一斉に鳴り響き、今日の執務が始まったことを知らせると、カッテはマントを翻し、選挙関連の書類が山のように積まれた執務机に戻って行った。
立候補者名簿の作成。選挙権を持つ有権者がどのくらいの数になるのかの確認。それらの作業に伴う膨大な書類の作成と発行、配布。そしてそれにかかる費用の裁可――選挙の根幹にかかわる部分だけでも、既にこれだけの人、物、そして金の動きがあるのだ。
そして、これが全国規模の選挙である以上、投票は適当な紙に名前を書いて、適当な箱に集めて――という訳には勿論いかない。
正式の投票用紙を始めとしたシステム面を整備し、各州の都市における投票所を定める必要がある。無論、場所によっては新たに施設を作る必要性が出てくるかもしれない。
こうなってくれば、更に手続きが面倒になる。そして、常に歪虚や亜人といった手合いに悩まされているクリムゾンウェストでは、警備納戸の安全保障面での配慮も不可欠。
まして、ここは軍事国家で鳴らすゾンネンシュトラール帝国であり、その警備態勢が万全でなければならないのは言うまでもない。
以上、政府が主導して動かさなければならない部分だけでも凄まじい量の書類仕事が生まれるのは理解できるだろう。
だが、これで終わりではない。民間の動きとて、政府にとっては無視出来ないのだ。基本的に帝都周辺に人口が集中している帝国では、いざ投票となった時、どうしても辺鄙な場所に住む有権者は最寄りのある程度大きな都市まで出向く必要があるだろう。
当然、今回のコロッセオ・シングスピラでの投票のために、バルトアンデルスには多くの人々が訪れ、宿泊する筈だ。
これは、宿屋やホテルにとっては濡れ手に粟の大儲け――などというレベルではなく、実際宿泊施設を巡っての混乱が起きるのは必定。当然、ある程度は国家が調整を行う必要があるだろう。
加えて、現在急速に人気を伸ばしている第一師団帝国歌舞音曲部隊のアイドルであるグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)のライブに代表されるように、意外と現政権は娯楽やイベントに寛容、というかむしろこれを歓迎している節さえある。
その警備を行うのは、勿論帝国の誇る師団、そしてハンターたち。となれば、そこにまた気の遠くなるような、書類がまた延々降って来る訳である。
●
「と、いう訳で、今は帝国政府全体が上へ下への大騒ぎだというのは理解してもらえたか?」
早朝だというのに既に喧騒が辺りに満ちている帝都バルトアンデルス。その一画を歩く第一師団の兵士は、彼の後に続く数名のハンター、つまり貴方たちにそう語りかけた。
「特に、俺たち第一師団は普段から書類仕事も多いからな。もう何と言っていいのか……おかげで今回みたいな事態になっちまった」
第一師団の兵士たちとて当たり前だが人間だ。休みを取らなければミスをしてしまうかもしれない。
「俺たちの任務の一つに、当たり前だが皇子の護衛も含まれている。本来ならこれこそ、幾ら忙しくても絶対に他には回せない任務の筈なのだが――どういう訳かあの御兄弟は妙にお前らに甘いというか、期待しているというか……」
兵士は感情を込めない声で呟くと、歩きつづけ、やがて公官庁の一つらしい大きな建物の前に辿り着くと、また貴方たちの方を振り向いた。
「今日の護衛をお前らに替わってもらうことで、特に激務の続いた隊の連中を何とか休ませてやろうと言う事になった訳だ」
貴方たちが案内されたのは、バルトアンデルス城ではなく、バルトアンデルス市内に存在する官庁の一つであった。
関係する部署との連携の関係から、ここ数日ゾンネンシュトラール帝国皇子にして皇帝代理人、そして今回の選挙では候補の一人として本人の意思とは無関係に他薦されているカッテ・ウランゲル(kz0033)はここを仕事場としているとのことであった。
「お前たちに念を押しておきたいことは二つ。一つは絶対に粗相をするな。どんな小さなかとであってもだ。もう一つは……皇子を見て驚くなよ。いいか、絶対に表情に出すんじゃないぞ」
妙に迫力のある兵士の態度を不審に思いながらも、貴方たちは建物の中を進み、やがて執務室の扉の前に立った
●
「ようこそ、ハンターの皆さん。今日は本当にありがとうございますっ!」
何かがおかしい。そんな感覚が貴方たちの背筋を走っただろうか。
カッテはいつも通り、この地上に天使が舞い降りたかのような笑顔で、貴方たちに微笑みかける。
いや、痛々しい事によくみれば目の下には隈が出来、普段であれば炎が揺らめく様な光沢を放つ髪がやや乱れてしまっている。
しかし、違和感の源泉はそこではないのだ。
「? どうかしましたか?」
カッテに首を傾げられ、ようやくあなた方は違和感の正体に気付く。
「……瓶?」
誰かが呟いた。それは、カッテの執務机に、窓際に、そして本棚に。
それを行った者の性格を反映して、余りにも整然と、まるで元からこの部屋に置かれた装飾品でもあるかのように陳列されていたせいで、誰も最初から気付かなかったのだ。
「ああ、もうこんな時間ですね。皆さん、お茶でも如何ですか?」
いつの間にか部屋の隅にある大きなサモワールの前で、紅茶を注ぐカッテ。ちなみに、サモワールとはリアルブルーでは東欧の方で使われる昔ながらの給湯器の一種で、下部の大きな筒で湯を沸かし、上部の小さなティーポットで紅茶を煮出すものをいう。
リアルブルーにおいては、昔は普通の枯れ木などの燃料、現代では電気で加熱するが、ここにあるものは機導術で加熱を行っているらしい。
と、そんな珍しいものに目が映っていたにもかかわらず、次の瞬間貴方たちは目を見張った。
まず、カッテが上質な陶器のカップに注いだ紅茶だが、異様に黒いのだ。しかし、これは普通であるサモワールで煮出す紅茶は、茶と同時に温めた湯で割って飲むのが普通だからだ。
問題は、カッテがそのドス黒い紅茶に棚から採ったサクランボらしき果物の絵がついたジャムの瓶の中身を丸ごと放り込んだことにある。
そして、呆然とする貴方たちの前でカッテはそれを、普通の紅茶と何ら変わらず音も立てず上品に、飲み干して、また微笑んだ。
「すみません。朝食がまだだったので……」
少し遅れて、貴方たちはその発言の戦慄すべき意味に気付いてしまう。今のが食事だと? では、昼食は? 夕食は? まさか、この整然と並べられた空の瓶は……。
カッテは悠然と、瓶を洗いそれを窓際に置く。よく見れば並べられた瓶には全て色とりどりの果物の絵がかかれていた。
直後、官庁の時計が一斉に鳴り響き、今日の執務が始まったことを知らせると、カッテはマントを翻し、選挙関連の書類が山のように積まれた執務机に戻って行った。
リプレイ本文
マルカ・アニチキン(ka2542)は悩んでいた。
(どどど、どうしましょう! まさか、肝心の緑茶と水を忘れてしまうなんて……っ)
彼女はカッテをリラックスさせることが出来ればと、緑茶と水を持ってくるつもりであった。所が依頼参加時の手違いでそれを忘れてしまっていたようだ。他にも彼女はある事を考えていたのだが、それは不敬に問われるかもしれなくて、なおかつここまで彼らを案内してくれたあの兵士に怒られそうと考えると実行する気にはなれなかった。
あわあわと焦るマルカ。それを見咎めたアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が怒鳴る。
「何をしている!? ぼさっと立っているだけで俸禄が貰えると思うな、卿も殿下の為に手を動かせ!」
「そ、そ、その通りなんです。ごめんなさいっ! わ、私のせいでっ! な、何かお手伝いさせてください~!」
意外なほど素直なマルカの反応にアウレールも狼狽えた。
「……しゅ、殊勝な心がけだな。丁度、受付が一人では心許ないと思っていた所だ。卿も手伝ってくれ」
一方、この庁舎の食堂の厨房では真田 天斗(ka0014)が頭を抱えていた。
「確認しますが……本当に『紅茶』はこれだけですか……?」
厨房の職員は笑いながら応じた。
「丁度、今朝早くに使った分で茶葉はほとんど切らしているよ」
残っていたのは、辛うじて一杯分になるかどうかという量の茶葉。
「……まあ、これでは仮にあったとしても……」
天斗はため息をついた。それは茶葉は彼が想定していたダージリンや、アッサムなどの、リアルブルーの高級な茶葉に比べると一目見てその品質の悪さが解るものであった。
勿論、帝国全ての紅茶がこうではあるまい。ただ、ここではこのくらいの紅茶がメインらしい。
「まあ、仮にあっても、カッテ様にあれ以外の飲み方を薦めるのは無駄だね。余裕がある時はともかく、こういう場合はあれしか体が受け付けないそうだ」
「……どうやら他の手段を考えるしかないですね」
天斗は腕を組みつつ、一旦厨房から執務室へ戻るのであった。
●
執務室ではカッテが満面の笑みを浮かべていた。
「凄く美味しいです。ジャムに合いますねっ」
「だから、味のないクッキーにしたんだよ」
喜ぶティアナ・アナスタシア(ka0546)の前で、カッテは次々とティアナのお手製クッキーを撮んでいく。
「……少なくとも固形物が全く喉を通らん訳やないみたいやな」
アカーシャ・ヘルメース(ka0473)は、そう苦笑する。
「なるほど……手で摘まめるもなら……そうか!」
一方、天斗は何かを思いついたのか慌ただしく厨房へ駆け戻る。
やがて、クッキーを食べ終えたカッテが執務の準備を始める。
「目立った襲撃もなさそうな警備のお仕事で、のんびりした依頼になりそうだと思ったけど……そうはいかないか」
ティアナは苦笑する。
「ま、私達にも無関係な話ではないからお手伝いしながら国がどんな方向に動くか見物といったところだね」
●
「しかし……こうも来訪者が。それも、どうでも良いとは言わないが、優先順位の低い要件を持ってくる者が何と多い事か……!」
カッテの執務開始から一時間が過ぎる頃には、早くもアウレールは苛立ちを顕にしていた。言い方は悪いが、部外者である二人にも判断が出来るほど行政に携わる人間の間で優先順位が混乱していると言う事でもあった。
やはり、現体制にとっては始めて実施する選挙であり様々なノウハウの蓄積が無い以上仕方の無い面あるだろう。
そして、そう言った苛立ちは当事者たちも感じているのだろう。ある役人はアウレールに注意受けるとこう言い返した。
「何だ、その言いぐさは! 大体流れ者であるお前たちに公務の優先順位が解るのか!?」
「な……!」
こう言われてはアウレールも黙ってはいられない。彼はれっきとした帝国貴族ながら様々な事情でハンターとして活動しており、そのことに違和感を覚えてもいる。
一瞬険悪になる雰囲気。
「あ、あのあのっ! す、すみません! 今は殿下もお疲れになっているので……っ! でも、必ず後でお伝えしますから、そのもう少しだけお待ちいただけませんかっ!?」
おどおどしながらも精一杯伝えようとするマルカ。
この一生懸命な態度が功を奏し、文官は少しだけ気分を直して去って行った。
こうして、相手によってどちらが対応するかを変えることで二人は様々な来訪者をうまく捌き、カッテの時間を確保していた。
「この辺の人口関係の書類とかはこっちの箱でええやろ」
一方、執務室の中ではアカーシャが書類に付箋をつけて手早く整理していた。彼女は資料がある程度纏まったのを見ると、それを扉の外にいるアウレールに渡す。アウレールは受け取った書類の束を真剣な目つきで吟味して。とんとんとそれを手で揃えた。
「これなら下の文官たちに渡しても差し支えない」
次に、アウレールは、エルバッハ・リオン(ka2434)を呼び寄せる。
「手筈通り、これを下の階に運んで欲しい」
「解りました」
書類を抱え、注意深く階段を降りエルバッハ。途中何気なく除いた書類には一面に細かい数字が書かれていた。
●
正午になると庁舎の中が騒がしくなる。役人や兵士たちが庁舎の食堂に並んだり、弁当を広げたり、近くの店まで食べに行く光景があちこちで見られるようになったのだ。
だが、カッテは一向に手を止めない。それでも昼食時である事は解っているのか、分厚い報告書の束を机から抜き出すと、それを片手に持ったまま部屋の隅にあるサモワールとジャムの瓶の元へ向かう。
「お待たせいたしました。カッテ様。お昼はこちらでございます」
その時、料理を携えた天斗が部屋に現れた。
途端、部屋中に焼きたてのパンの香ばしい匂いが立ち込める。
興味をそそられたのか、カッテが一瞬目を書類から上げる。天斗が優雅な動きで蓋を取ると、そこには真っ赤なトマトの厚切りとレタスが、焼きたてのパンに挟まれていた。
「栄養バランスの良いサラダ・サンドウィッチにしてみました」
「わあ……美味しそうですねっ」
カッテはお世辞を言ったのではなかった。即座にそれを掴むと万が一にも汁気が書類に跳ねないよう注意しながらそれを頬張った。
「良かった……少なくとも食べてはくれるみたいやな」
そうアカーシャが安堵したのも束の間、カッテは瞬く間にサンドを頬張ると、再び書類とペンを手元に引き寄せた!
「た、食べながら~!?」
下品と思うだろうか? しかし、カッテはほとんど音も立てず、傍目にはそうと解らない控えめな仕種でパンを咀嚼しながら書類を片付け始めた。
「結局……こうなってしまうのですか……」
執事の誇りを痛く傷つけられ、頭を押さえる天斗。しかし、恐ろしい事にカッテの作業効率は上がっているように見える。
ガムなどと同じで、咀嚼することで脳の働きが活性化されるとかそういうのだろうか。こうしてカッテは僅かの間にかなりの量の資料を処理して、しっかりとした昼食もとったのであった。
そして、ハンターたちが呆然としている間に食事を終えた皇子は立ち上がるとうーんと伸びをして、再度机に向かう。
これを見たティアナは忠告するなら今しかないと口を開いた。
「お仕事をやめろとは言わないけど、今体を壊したら困るのは誰か……よく考えたほうが良いとは思うなぁ」
だが、カッテはそう言われても動じたりせず、すまなそうな目つきでティアナを見てこう言った。
「すみません……でも、大丈夫です。僕は、体を壊したくても壊せません。だから……こうするしかないんです」
そう言うが早いか、カッテは猛然と机に向かい、顔を机の上に近づけ、そのまま突っ伏してしまった。
「……?」
最初、何が起こったか解らず呆然とするハンターたち。丁度、そこに書類を受け取りに来た第一師団の兵士――あなたたちをここまで案内したあの男がやって来て。
「ああ、時間通りだな」
一斉にハンターたちは兵士の方を見る。
「カッテ様はこの時間になると30分きっかり、こうやって午睡をおとりになる。その方が断然午後からの効率が上がるそうだ」
確かに、何かをしている最中に自然に、意識を失ってしまう「寝落ち」と自分の意思で睡眠に入ることは厳然と区別されるべきであろう。
「あのさ……昼寝は良いんだけど、せめてベッドで……」
ティアナはそう声をかけようとする。しかし、カッテは表情を完全に隠しており、鼾なども無いが、規則正しい寝息から熟睡しているのは明白である。
「ま……起こすのは忍びないわな」
アカーシャは苦笑しつつ、カッテに毛布をかけるが、ふと気づいて兵士に尋ねる。
「なあ、もしかしてカッテはんって夜は……」
「カッテ様はこういう場合、緊急で要件が入ってその日の内に処理しなければならない、というのでもない限り絶対に徹夜はしない。日付が変わってから床に入って、陽が昇る前に起きるような睡眠時間だがな。それでも、最低限の休息は仕事の内と考えておられるのだ」
「そうなん……」
感心したように呟きつつ、アカーシャは心中苦笑した。
――上が休まんと下も休めんこと、そして無理に起きているより少しは無理にでも休んだ方が効率が上がることもこの子はちゃんと知っとるのやな……却って、眠り薬とか使わん方がええかもな……
「皆、護衛を残して部屋を出よか。カッテはんの貴重な睡眠時間を邪魔したくないんや」
アカーシャの提案にティアナも賛意を示す。
「いいね。こういうところの食堂はどんな感じかな、楽しみだよ」
そう言ってから、静かに休息を取るカッテを見て小さく呟いた。
「一番最初のお仕事でお姉さん……ルミナちゃんって呼んであげたほうがいいかな? と仕事をしたけど……何というか、やっぱり兄弟なんだね……」
●
「……帝国の食事を堪能したよ……」
食堂での食事を終えたティアナは何故かどんよりとした表情で、再び執務室の前に戻って来た。他の仲間と共に扉を開けて再度執務室に入ると、もうカッテは目を覚ましていて、滞りなく書類仕事を再開していた。
「じゃあ、今度は私が失礼しますね」
エルバッハは広大で休憩に入るために扉へ向かう途中でカッテの机の傍らで、ふと顔を上げたカッテと目が合った。
「……」
ここで、エルバッハは特に意味の無い悪戯を思いつく。色々言われているが、この少年だってそろそろそういうお年頃ではないのだろうか?
さり気無く、何時もの要領で、体を動かし自分の女性としての曲線が男性の心をくすぐるような動きをする。
「……?」
だが、カッテは暫くエルバッハと顔を見合わせた後、にっこりと笑って首を傾げた。やはり、年齢やその他の問題で興味が無いのか。それとも、こういった官庁の雰囲気に合わせて着て来たしっかりとした服装が、肝心の『動き』を妨げたのか。
とにかく、相手が無反応なのを確かめたエルバッハはちょっと残念そうではあったが、気を取り直してこう言った。
「畏れながら質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ?」
カッテは作業の手を止めず、笑顔で答える
「殿下は今回の選挙を行うことについて、どのようにお考えでしょうか?」
選挙の是非等はさておき、姉弟の間で亀裂になるような要因があったら、いろんな意味で困る、そんな想いからの質問だ。
「そうですね……陛下からは、今回の選挙については色々と聞いており僕としてはそれで納得はしていますよ。最も、陛下はあの通り様々な思惑のある方ですから、恐らく額面通りではないでしょうね」
顎に手を乗せて、何か昔を思い出すように少年は語った。
「でも、僕は陛下を信じています。何も言わずに無茶に従うのも、時によっては正しい時もありますから……それが後になって正しいと証明されることも」
この回答を受けたエルバッハは暫し考え込むような様子を見せる。と、そこにアカーシャが口を挟んだ。
「これが一国の行政ちゅうもんなのかな」
確かに、商人の仕事に似ている所もある。だが、異なる部分もある。何より、その規模や予算が大きくなればなるほど、規模が小さい内は無視できるような案件でもきちんと正しい手続きを踏まなければならない所も出て来る。
決して、カッテや帝国の行政が無能なのではない。ただ、選挙という新しいシステムの構築、そして帝国自体がまだ歴史が浅いと言う事もあり、その弱い部分が響いて来ているのだろう。
「全く……この国には有能な文官と、それを効率良く運用する体制が足りないのだ! 此度の選挙で有志の者を募るのは必要なこと、軍が軍の職務に集中出来る体制を整えねばままならぬ。選挙の理由など、それで十分ではないか!」
「その通りです」
カッテは苦笑しつつ、アウレールに賛成する。
「ほとんどの人は、選挙自体にしか興味が無いかもしれません。それでも、こういう裏でそれを支える事に対して何かの興味を持ってくれる人はいるかもしれません……今日の貴方たちのように……」
驚いてカッテを見つめる三人に、カッテはにっこりと笑ってみせるのであった。
やがて、時間はなおも進み、あっという間に、ハンターたちの勤務時間は終わった。
「くれぐれも。よろしく頼みます。帝国の至宝たる殿下をこれ以上おいたわしい姿にせぬためにも……」
抜け目なく役人たちに引継ぎを行うアウレール。他のメンバーも自主的に執務室を清掃して、帰る準備をする、
「ご苦労だったな」
やがて、一行を案内して来た兵士が交代要員を引き連れてやって来た。
ハンターたちは各々カッテに挨拶して部屋を出ていく。だが、最後になったマルカは去り際に兵士たちの方を振り向いて、緊張しているのか不自然なくらいの大声で叫ぶ。
「あ、あのっ! 身近にいるあなた方こそが、殿下にとって一番必要な方々……かもしれないのです……! 殿下の事以外でもなにかございましたら遠慮なくハンターにご依頼くださいっ!」
突然の事にきょとんとなる兵士たちは驚いたようにマルカを見つめるばかり。だが、マルカはあうぅ、となりつつも怯まない。
「ご、ごめんなさいっ! 上手く言えませんが、がんばってください……! そ、その、殿下……そして名前も知らない第一師団の兵士さん方……本日もお勤めお疲れ様でした……っ」
ぺこん、と頭を下げるマルカ。やがて、呆然と見ていた兵士たちの間にも和やかな雰囲気が広がった。
やはり、きちんと挨拶されると嬉しい。まして普段は余り関わらないような意外な人物から評価されると嬉しいものだ。
一行を案内して来た兵士は、にやりと笑うとこう言った。
「そうだな……ハンターというのは何でも屋なんだろう? その内家の猫が行方知れずにでもなったら、頼むぜ」
マルカも、思わずクスリと微笑み返すのだった。
(どどど、どうしましょう! まさか、肝心の緑茶と水を忘れてしまうなんて……っ)
彼女はカッテをリラックスさせることが出来ればと、緑茶と水を持ってくるつもりであった。所が依頼参加時の手違いでそれを忘れてしまっていたようだ。他にも彼女はある事を考えていたのだが、それは不敬に問われるかもしれなくて、なおかつここまで彼らを案内してくれたあの兵士に怒られそうと考えると実行する気にはなれなかった。
あわあわと焦るマルカ。それを見咎めたアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が怒鳴る。
「何をしている!? ぼさっと立っているだけで俸禄が貰えると思うな、卿も殿下の為に手を動かせ!」
「そ、そ、その通りなんです。ごめんなさいっ! わ、私のせいでっ! な、何かお手伝いさせてください~!」
意外なほど素直なマルカの反応にアウレールも狼狽えた。
「……しゅ、殊勝な心がけだな。丁度、受付が一人では心許ないと思っていた所だ。卿も手伝ってくれ」
一方、この庁舎の食堂の厨房では真田 天斗(ka0014)が頭を抱えていた。
「確認しますが……本当に『紅茶』はこれだけですか……?」
厨房の職員は笑いながら応じた。
「丁度、今朝早くに使った分で茶葉はほとんど切らしているよ」
残っていたのは、辛うじて一杯分になるかどうかという量の茶葉。
「……まあ、これでは仮にあったとしても……」
天斗はため息をついた。それは茶葉は彼が想定していたダージリンや、アッサムなどの、リアルブルーの高級な茶葉に比べると一目見てその品質の悪さが解るものであった。
勿論、帝国全ての紅茶がこうではあるまい。ただ、ここではこのくらいの紅茶がメインらしい。
「まあ、仮にあっても、カッテ様にあれ以外の飲み方を薦めるのは無駄だね。余裕がある時はともかく、こういう場合はあれしか体が受け付けないそうだ」
「……どうやら他の手段を考えるしかないですね」
天斗は腕を組みつつ、一旦厨房から執務室へ戻るのであった。
●
執務室ではカッテが満面の笑みを浮かべていた。
「凄く美味しいです。ジャムに合いますねっ」
「だから、味のないクッキーにしたんだよ」
喜ぶティアナ・アナスタシア(ka0546)の前で、カッテは次々とティアナのお手製クッキーを撮んでいく。
「……少なくとも固形物が全く喉を通らん訳やないみたいやな」
アカーシャ・ヘルメース(ka0473)は、そう苦笑する。
「なるほど……手で摘まめるもなら……そうか!」
一方、天斗は何かを思いついたのか慌ただしく厨房へ駆け戻る。
やがて、クッキーを食べ終えたカッテが執務の準備を始める。
「目立った襲撃もなさそうな警備のお仕事で、のんびりした依頼になりそうだと思ったけど……そうはいかないか」
ティアナは苦笑する。
「ま、私達にも無関係な話ではないからお手伝いしながら国がどんな方向に動くか見物といったところだね」
●
「しかし……こうも来訪者が。それも、どうでも良いとは言わないが、優先順位の低い要件を持ってくる者が何と多い事か……!」
カッテの執務開始から一時間が過ぎる頃には、早くもアウレールは苛立ちを顕にしていた。言い方は悪いが、部外者である二人にも判断が出来るほど行政に携わる人間の間で優先順位が混乱していると言う事でもあった。
やはり、現体制にとっては始めて実施する選挙であり様々なノウハウの蓄積が無い以上仕方の無い面あるだろう。
そして、そう言った苛立ちは当事者たちも感じているのだろう。ある役人はアウレールに注意受けるとこう言い返した。
「何だ、その言いぐさは! 大体流れ者であるお前たちに公務の優先順位が解るのか!?」
「な……!」
こう言われてはアウレールも黙ってはいられない。彼はれっきとした帝国貴族ながら様々な事情でハンターとして活動しており、そのことに違和感を覚えてもいる。
一瞬険悪になる雰囲気。
「あ、あのあのっ! す、すみません! 今は殿下もお疲れになっているので……っ! でも、必ず後でお伝えしますから、そのもう少しだけお待ちいただけませんかっ!?」
おどおどしながらも精一杯伝えようとするマルカ。
この一生懸命な態度が功を奏し、文官は少しだけ気分を直して去って行った。
こうして、相手によってどちらが対応するかを変えることで二人は様々な来訪者をうまく捌き、カッテの時間を確保していた。
「この辺の人口関係の書類とかはこっちの箱でええやろ」
一方、執務室の中ではアカーシャが書類に付箋をつけて手早く整理していた。彼女は資料がある程度纏まったのを見ると、それを扉の外にいるアウレールに渡す。アウレールは受け取った書類の束を真剣な目つきで吟味して。とんとんとそれを手で揃えた。
「これなら下の文官たちに渡しても差し支えない」
次に、アウレールは、エルバッハ・リオン(ka2434)を呼び寄せる。
「手筈通り、これを下の階に運んで欲しい」
「解りました」
書類を抱え、注意深く階段を降りエルバッハ。途中何気なく除いた書類には一面に細かい数字が書かれていた。
●
正午になると庁舎の中が騒がしくなる。役人や兵士たちが庁舎の食堂に並んだり、弁当を広げたり、近くの店まで食べに行く光景があちこちで見られるようになったのだ。
だが、カッテは一向に手を止めない。それでも昼食時である事は解っているのか、分厚い報告書の束を机から抜き出すと、それを片手に持ったまま部屋の隅にあるサモワールとジャムの瓶の元へ向かう。
「お待たせいたしました。カッテ様。お昼はこちらでございます」
その時、料理を携えた天斗が部屋に現れた。
途端、部屋中に焼きたてのパンの香ばしい匂いが立ち込める。
興味をそそられたのか、カッテが一瞬目を書類から上げる。天斗が優雅な動きで蓋を取ると、そこには真っ赤なトマトの厚切りとレタスが、焼きたてのパンに挟まれていた。
「栄養バランスの良いサラダ・サンドウィッチにしてみました」
「わあ……美味しそうですねっ」
カッテはお世辞を言ったのではなかった。即座にそれを掴むと万が一にも汁気が書類に跳ねないよう注意しながらそれを頬張った。
「良かった……少なくとも食べてはくれるみたいやな」
そうアカーシャが安堵したのも束の間、カッテは瞬く間にサンドを頬張ると、再び書類とペンを手元に引き寄せた!
「た、食べながら~!?」
下品と思うだろうか? しかし、カッテはほとんど音も立てず、傍目にはそうと解らない控えめな仕種でパンを咀嚼しながら書類を片付け始めた。
「結局……こうなってしまうのですか……」
執事の誇りを痛く傷つけられ、頭を押さえる天斗。しかし、恐ろしい事にカッテの作業効率は上がっているように見える。
ガムなどと同じで、咀嚼することで脳の働きが活性化されるとかそういうのだろうか。こうしてカッテは僅かの間にかなりの量の資料を処理して、しっかりとした昼食もとったのであった。
そして、ハンターたちが呆然としている間に食事を終えた皇子は立ち上がるとうーんと伸びをして、再度机に向かう。
これを見たティアナは忠告するなら今しかないと口を開いた。
「お仕事をやめろとは言わないけど、今体を壊したら困るのは誰か……よく考えたほうが良いとは思うなぁ」
だが、カッテはそう言われても動じたりせず、すまなそうな目つきでティアナを見てこう言った。
「すみません……でも、大丈夫です。僕は、体を壊したくても壊せません。だから……こうするしかないんです」
そう言うが早いか、カッテは猛然と机に向かい、顔を机の上に近づけ、そのまま突っ伏してしまった。
「……?」
最初、何が起こったか解らず呆然とするハンターたち。丁度、そこに書類を受け取りに来た第一師団の兵士――あなたたちをここまで案内したあの男がやって来て。
「ああ、時間通りだな」
一斉にハンターたちは兵士の方を見る。
「カッテ様はこの時間になると30分きっかり、こうやって午睡をおとりになる。その方が断然午後からの効率が上がるそうだ」
確かに、何かをしている最中に自然に、意識を失ってしまう「寝落ち」と自分の意思で睡眠に入ることは厳然と区別されるべきであろう。
「あのさ……昼寝は良いんだけど、せめてベッドで……」
ティアナはそう声をかけようとする。しかし、カッテは表情を完全に隠しており、鼾なども無いが、規則正しい寝息から熟睡しているのは明白である。
「ま……起こすのは忍びないわな」
アカーシャは苦笑しつつ、カッテに毛布をかけるが、ふと気づいて兵士に尋ねる。
「なあ、もしかしてカッテはんって夜は……」
「カッテ様はこういう場合、緊急で要件が入ってその日の内に処理しなければならない、というのでもない限り絶対に徹夜はしない。日付が変わってから床に入って、陽が昇る前に起きるような睡眠時間だがな。それでも、最低限の休息は仕事の内と考えておられるのだ」
「そうなん……」
感心したように呟きつつ、アカーシャは心中苦笑した。
――上が休まんと下も休めんこと、そして無理に起きているより少しは無理にでも休んだ方が効率が上がることもこの子はちゃんと知っとるのやな……却って、眠り薬とか使わん方がええかもな……
「皆、護衛を残して部屋を出よか。カッテはんの貴重な睡眠時間を邪魔したくないんや」
アカーシャの提案にティアナも賛意を示す。
「いいね。こういうところの食堂はどんな感じかな、楽しみだよ」
そう言ってから、静かに休息を取るカッテを見て小さく呟いた。
「一番最初のお仕事でお姉さん……ルミナちゃんって呼んであげたほうがいいかな? と仕事をしたけど……何というか、やっぱり兄弟なんだね……」
●
「……帝国の食事を堪能したよ……」
食堂での食事を終えたティアナは何故かどんよりとした表情で、再び執務室の前に戻って来た。他の仲間と共に扉を開けて再度執務室に入ると、もうカッテは目を覚ましていて、滞りなく書類仕事を再開していた。
「じゃあ、今度は私が失礼しますね」
エルバッハは広大で休憩に入るために扉へ向かう途中でカッテの机の傍らで、ふと顔を上げたカッテと目が合った。
「……」
ここで、エルバッハは特に意味の無い悪戯を思いつく。色々言われているが、この少年だってそろそろそういうお年頃ではないのだろうか?
さり気無く、何時もの要領で、体を動かし自分の女性としての曲線が男性の心をくすぐるような動きをする。
「……?」
だが、カッテは暫くエルバッハと顔を見合わせた後、にっこりと笑って首を傾げた。やはり、年齢やその他の問題で興味が無いのか。それとも、こういった官庁の雰囲気に合わせて着て来たしっかりとした服装が、肝心の『動き』を妨げたのか。
とにかく、相手が無反応なのを確かめたエルバッハはちょっと残念そうではあったが、気を取り直してこう言った。
「畏れながら質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ?」
カッテは作業の手を止めず、笑顔で答える
「殿下は今回の選挙を行うことについて、どのようにお考えでしょうか?」
選挙の是非等はさておき、姉弟の間で亀裂になるような要因があったら、いろんな意味で困る、そんな想いからの質問だ。
「そうですね……陛下からは、今回の選挙については色々と聞いており僕としてはそれで納得はしていますよ。最も、陛下はあの通り様々な思惑のある方ですから、恐らく額面通りではないでしょうね」
顎に手を乗せて、何か昔を思い出すように少年は語った。
「でも、僕は陛下を信じています。何も言わずに無茶に従うのも、時によっては正しい時もありますから……それが後になって正しいと証明されることも」
この回答を受けたエルバッハは暫し考え込むような様子を見せる。と、そこにアカーシャが口を挟んだ。
「これが一国の行政ちゅうもんなのかな」
確かに、商人の仕事に似ている所もある。だが、異なる部分もある。何より、その規模や予算が大きくなればなるほど、規模が小さい内は無視できるような案件でもきちんと正しい手続きを踏まなければならない所も出て来る。
決して、カッテや帝国の行政が無能なのではない。ただ、選挙という新しいシステムの構築、そして帝国自体がまだ歴史が浅いと言う事もあり、その弱い部分が響いて来ているのだろう。
「全く……この国には有能な文官と、それを効率良く運用する体制が足りないのだ! 此度の選挙で有志の者を募るのは必要なこと、軍が軍の職務に集中出来る体制を整えねばままならぬ。選挙の理由など、それで十分ではないか!」
「その通りです」
カッテは苦笑しつつ、アウレールに賛成する。
「ほとんどの人は、選挙自体にしか興味が無いかもしれません。それでも、こういう裏でそれを支える事に対して何かの興味を持ってくれる人はいるかもしれません……今日の貴方たちのように……」
驚いてカッテを見つめる三人に、カッテはにっこりと笑ってみせるのであった。
やがて、時間はなおも進み、あっという間に、ハンターたちの勤務時間は終わった。
「くれぐれも。よろしく頼みます。帝国の至宝たる殿下をこれ以上おいたわしい姿にせぬためにも……」
抜け目なく役人たちに引継ぎを行うアウレール。他のメンバーも自主的に執務室を清掃して、帰る準備をする、
「ご苦労だったな」
やがて、一行を案内して来た兵士が交代要員を引き連れてやって来た。
ハンターたちは各々カッテに挨拶して部屋を出ていく。だが、最後になったマルカは去り際に兵士たちの方を振り向いて、緊張しているのか不自然なくらいの大声で叫ぶ。
「あ、あのっ! 身近にいるあなた方こそが、殿下にとって一番必要な方々……かもしれないのです……! 殿下の事以外でもなにかございましたら遠慮なくハンターにご依頼くださいっ!」
突然の事にきょとんとなる兵士たちは驚いたようにマルカを見つめるばかり。だが、マルカはあうぅ、となりつつも怯まない。
「ご、ごめんなさいっ! 上手く言えませんが、がんばってください……! そ、その、殿下……そして名前も知らない第一師団の兵士さん方……本日もお勤めお疲れ様でした……っ」
ぺこん、と頭を下げるマルカ。やがて、呆然と見ていた兵士たちの間にも和やかな雰囲気が広がった。
やはり、きちんと挨拶されると嬉しい。まして普段は余り関わらないような意外な人物から評価されると嬉しいものだ。
一行を案内して来た兵士は、にやりと笑うとこう言った。
「そうだな……ハンターというのは何でも屋なんだろう? その内家の猫が行方知れずにでもなったら、頼むぜ」
マルカも、思わずクスリと微笑み返すのだった。
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地獄の執務室(相談卓) アカーシャ・ヘルメース(ka0473) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/09/16 18:03:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/11 23:32:43 |