ゲスト
(ka0000)
【猫譚】街の灯
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/09/28 22:00
- 完成日
- 2016/10/09 22:09
このシナリオは4日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●ロドンド、再び立つ
機知に富んだ郷士ロラン・デ・ラ・コスタは五月某日、天に立ち上る光の御柱を見て「遂に自分が立つべき時がきた」と思った。
――この二年ばかり毎日欠かさず鍛錬を続けてきた。鈍っていた身体は今や力が溢れかえるような肉体となった……。
ロランは光柱を見つめながら、胸のうちがひどく昂っている自分に気付いていた。
青の世界の若者たちはこの二年、輝かしいばかりの戦果を残してきた。所縁のなかったはずのこの世界でだ。義侠心なのか他に何かがあるのかは分からない。しかし何があろうと、その行動は騎士たるに相応しいものだ。
であればこそ。故にこそ今、自分もまた彼らに並び立たねばならない。この世界に生きる人間の一人として、立たねばならない。それが、騎士というものではないか。
身分としての騎士などではない。一人の男の生き様としての、騎士だ。
ロランは騎士道というものについて考えながら、倉庫へ急ぐ。
倉庫には剣と鎧一式が眠っている。随分前に買った物だが、この二年で一から手入れし直したため充分に使えるだろう。
そうして逸る気持ちを抑えきれず倉庫の扉に手をかけ――そこで、声をかけられた。
「おおい、モロさんよ! 実はうちの鍬が……」
隣に住む中年だった。巨体を揺らして走ってきている。
「モロではない。私はロラン・デ・ラ・コスタだ」
「ろら? いやあんたはモロさんだろう……って毎日繰り返して楽しいのかい、こいつは」
「私をモロなどと呼ぶからだ。それで、鍬がなんだ。私はもうじき村を出る故、何もできんぞ」
「ええ? どこかに行っちまうのかい、モロさんよ」
「うむ。青き世界の者たちと共に戦いに行くのだ。故に私はこれより戦準備をせねばならぬ。ではな」
うちからにじみ出る凄みを笑みに乗せ、中年に言う。
「ええ!? やめときなさいよ、モロさん! あんたみたいなひょろっちい身体じゃ足手まといだよ!」
「なんだと! このロラン・デ・ラ・コスタ、若者に負けるような男ではない!」
機知に富んだ郷士ロラン・デ・ラ・コスタ。
またの名をロドンド・モロ、御年63歳。老いてなお盛んであった。
宣言通り村を出たロドンド――いやロランは、ロバを引き連れてまずは近場の大きな街へ向かおうと考えた。ちなみに剣と鎧一式はロバに積んである。
ガンナ・エントラータ。それがその街の名であった。
道中で弁当、いや糧食を巡る大いなる冒険を通じて一匹のユグディラと意気投合したという出来事があったが、それ以外は概ね順調な旅路だった。
ロバ一頭と猫一匹。それがロランの供である。
これでは低く見られかねないが、仕方があるまい。自らの実力でもって認めさせていけばいいだけの話だ。
ロランは無事にガンナ・エントラータに入り、何はともあれまずはハンターズソサエティ支部に向かった。ハンター登録するためだ。自由なる騎士として活動してもよいが、むやみに場を混乱させるのは望むところではない。ハンターとしての身分があれば話が早いと思ったのだ。
しかし、
「えーっと……あなたが、でしょうか? 本当に? いえ、もちろん覚醒者ではないハンターも確かにおります。ですが……」
などとその受付は渋ってきた。
激昂しかけたが、ロランは激情をぐっと飲み込んだ。受付の彼が悪いのではない。手柄の一つも持たずに訪った自分が悪いのだ。拳を握りしめて支部を後にする。
――雑魔を討伐してくるか……いやだが雑魔は死体を残さぬ故、証拠にならん……。
ううむ、と考えながら街を歩いていると、いつの間にか大通りに立っていた。遠く広場の一角に何やら人だかりができている。
――何かやっているのだろうか。まあ、私には関係ない。それより戦果だ。
ロランが足早に去ろうとした――その時。
どこかから猫のような声が響き、同時に人だかりが大きく蠢いた。
「何だ? どうし……ッ!?」
にゃあぁ~。
供にして友のユグディラが、鳴いた気がした。
●かくしてユグディラ騒動へ
ロランは気付けば巨人に囲まれていた。
「……なん、だ……!?」
青空。街並み。人だかり。何も変わらない。変わらないはずだ。
にもかかわらず、何故か突然巨人が自分たちを見下ろしている。
「ぬうッ……守らねば!」
ロランの反応は早かった。剣も鎧も置いて近くの人間に避難を呼びかける。巨人。一人でならば戦ってもよかったが、ここは場所が悪すぎる。まずは人命優先だ。
「そこな娘! 早く逃げよ!」
「えっ」
「私が時を稼ぐ! その隙にお前たちは人を集め逃げ出すのだ!!」
「「んん!?」」
「生きていたらまた会おう。さらば!」
「「「さらば!?」」」
ロランはロバのもとに戻って剣だけを取って巨人に突撃する。
剣。鞘。抜けない。必死に抜こうとするのに抜けない。ロランが焦る。ええいままよ!
巨人の足に飛び掛かるや、ロランは鞘に入ったままの剣を足の甲に突き刺した。がつん、と石でも叩いたかのような感触。硬い。強すぎる。だが退くわけにはいかぬ。少しでも巨人の気を引かねば。
ロランは裂帛の気合と共に剣を振り下ろし、気勢を上げた。
「このロラン・デ・ラ・コスタの騎士道を見よ!!」
◆◆
何やら騒がしい街の一角を眺めながら、仕事を離れてゆっくりと休んでいた人々はこれから何をしようかと考えた。
街で遊んでみるのもいいし、騒ぎの一角に首を突っ込んでみるのもいい。何故か近くにやたらとユグディラを見かけるため、彼らと戯れてみるのもいいかもしれない。今なら思う存分もふもふできるだろう。
どんな休日になるのか。人々はこれから起こるだろう出来事に思いを馳せた。
機知に富んだ郷士ロラン・デ・ラ・コスタは五月某日、天に立ち上る光の御柱を見て「遂に自分が立つべき時がきた」と思った。
――この二年ばかり毎日欠かさず鍛錬を続けてきた。鈍っていた身体は今や力が溢れかえるような肉体となった……。
ロランは光柱を見つめながら、胸のうちがひどく昂っている自分に気付いていた。
青の世界の若者たちはこの二年、輝かしいばかりの戦果を残してきた。所縁のなかったはずのこの世界でだ。義侠心なのか他に何かがあるのかは分からない。しかし何があろうと、その行動は騎士たるに相応しいものだ。
であればこそ。故にこそ今、自分もまた彼らに並び立たねばならない。この世界に生きる人間の一人として、立たねばならない。それが、騎士というものではないか。
身分としての騎士などではない。一人の男の生き様としての、騎士だ。
ロランは騎士道というものについて考えながら、倉庫へ急ぐ。
倉庫には剣と鎧一式が眠っている。随分前に買った物だが、この二年で一から手入れし直したため充分に使えるだろう。
そうして逸る気持ちを抑えきれず倉庫の扉に手をかけ――そこで、声をかけられた。
「おおい、モロさんよ! 実はうちの鍬が……」
隣に住む中年だった。巨体を揺らして走ってきている。
「モロではない。私はロラン・デ・ラ・コスタだ」
「ろら? いやあんたはモロさんだろう……って毎日繰り返して楽しいのかい、こいつは」
「私をモロなどと呼ぶからだ。それで、鍬がなんだ。私はもうじき村を出る故、何もできんぞ」
「ええ? どこかに行っちまうのかい、モロさんよ」
「うむ。青き世界の者たちと共に戦いに行くのだ。故に私はこれより戦準備をせねばならぬ。ではな」
うちからにじみ出る凄みを笑みに乗せ、中年に言う。
「ええ!? やめときなさいよ、モロさん! あんたみたいなひょろっちい身体じゃ足手まといだよ!」
「なんだと! このロラン・デ・ラ・コスタ、若者に負けるような男ではない!」
機知に富んだ郷士ロラン・デ・ラ・コスタ。
またの名をロドンド・モロ、御年63歳。老いてなお盛んであった。
宣言通り村を出たロドンド――いやロランは、ロバを引き連れてまずは近場の大きな街へ向かおうと考えた。ちなみに剣と鎧一式はロバに積んである。
ガンナ・エントラータ。それがその街の名であった。
道中で弁当、いや糧食を巡る大いなる冒険を通じて一匹のユグディラと意気投合したという出来事があったが、それ以外は概ね順調な旅路だった。
ロバ一頭と猫一匹。それがロランの供である。
これでは低く見られかねないが、仕方があるまい。自らの実力でもって認めさせていけばいいだけの話だ。
ロランは無事にガンナ・エントラータに入り、何はともあれまずはハンターズソサエティ支部に向かった。ハンター登録するためだ。自由なる騎士として活動してもよいが、むやみに場を混乱させるのは望むところではない。ハンターとしての身分があれば話が早いと思ったのだ。
しかし、
「えーっと……あなたが、でしょうか? 本当に? いえ、もちろん覚醒者ではないハンターも確かにおります。ですが……」
などとその受付は渋ってきた。
激昂しかけたが、ロランは激情をぐっと飲み込んだ。受付の彼が悪いのではない。手柄の一つも持たずに訪った自分が悪いのだ。拳を握りしめて支部を後にする。
――雑魔を討伐してくるか……いやだが雑魔は死体を残さぬ故、証拠にならん……。
ううむ、と考えながら街を歩いていると、いつの間にか大通りに立っていた。遠く広場の一角に何やら人だかりができている。
――何かやっているのだろうか。まあ、私には関係ない。それより戦果だ。
ロランが足早に去ろうとした――その時。
どこかから猫のような声が響き、同時に人だかりが大きく蠢いた。
「何だ? どうし……ッ!?」
にゃあぁ~。
供にして友のユグディラが、鳴いた気がした。
●かくしてユグディラ騒動へ
ロランは気付けば巨人に囲まれていた。
「……なん、だ……!?」
青空。街並み。人だかり。何も変わらない。変わらないはずだ。
にもかかわらず、何故か突然巨人が自分たちを見下ろしている。
「ぬうッ……守らねば!」
ロランの反応は早かった。剣も鎧も置いて近くの人間に避難を呼びかける。巨人。一人でならば戦ってもよかったが、ここは場所が悪すぎる。まずは人命優先だ。
「そこな娘! 早く逃げよ!」
「えっ」
「私が時を稼ぐ! その隙にお前たちは人を集め逃げ出すのだ!!」
「「んん!?」」
「生きていたらまた会おう。さらば!」
「「「さらば!?」」」
ロランはロバのもとに戻って剣だけを取って巨人に突撃する。
剣。鞘。抜けない。必死に抜こうとするのに抜けない。ロランが焦る。ええいままよ!
巨人の足に飛び掛かるや、ロランは鞘に入ったままの剣を足の甲に突き刺した。がつん、と石でも叩いたかのような感触。硬い。強すぎる。だが退くわけにはいかぬ。少しでも巨人の気を引かねば。
ロランは裂帛の気合と共に剣を振り下ろし、気勢を上げた。
「このロラン・デ・ラ・コスタの騎士道を見よ!!」
◆◆
何やら騒がしい街の一角を眺めながら、仕事を離れてゆっくりと休んでいた人々はこれから何をしようかと考えた。
街で遊んでみるのもいいし、騒ぎの一角に首を突っ込んでみるのもいい。何故か近くにやたらとユグディラを見かけるため、彼らと戯れてみるのもいいかもしれない。今なら思う存分もふもふできるだろう。
どんな休日になるのか。人々はこれから起こるだろう出来事に思いを馳せた。
リプレイ本文
「やはりへクス様は留守……」
第六商会本店から出たヴァルナ=エリゴス(ka2651)は眩さに目を細め、太陽を仰ぎ見た。
燦々と照り付ける陽光。終らない喧噪。仲睦まじい男女――
「あら?」
「こんにちは、ヴァルナさん」
知り合いだった。ヴァルナは神代 誠一(ka2086)とその隣に目を向け微笑む。からかうのも手だが今はそんな気分ではない。何しろ、
「よい休日を」
「ヴァルナさんも」
こんなにも、素敵な陽気なんだから。
●第六商会の魔女と二人
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は魔女である。
普段は霧を名乗っている。それは何一つ間違ってない。
そんな、紛う事なき霧の魔女がふと思い立ち、新調した「杖」を店内で構えてみた。想定術式は朝霧。猛進してくる敵集団を一気に無力化する!
――うむ、悪くないのじゃ!
満足して「杖」を腕にかけるように持ち直す。途端に周りから「可愛い」とかそんな声が聞こえた気がするが無視だ。
――か、買い物も終えたし、散策でもするかのぅ……!
ヴィルマは居た堪れず、足早に店を後にする。慌てて軒先で合流してきた愛猫を従え、みるみる店を離れていく。
そして角を幾つか曲がった先でようやく足を止めたヴィルマは、
「っこれはれっきとした杖なのじゃ! 可愛いから使うのでなく、我は実用性に惚れ込み使うのじゃー!」
のじゃー、のじゃー、のじゃー……。
猫杖ソノマ・マ・ユグディラをかき抱きながらエコーまで出して主張する魔女の姿が、ここにはあった。
「何だったんでしょう」
「青春の発露ですね」
テキトーな事を言ってあの人は店内の物色を再開する。椿姫・T・ノーチェ(ka1225)はその横顔を見つめていると、顔が緩みそうになって慌てて目を逸らした。
椿姫が適当に近くの商品――顔が積み重なってぐねぐねしたオブジェ――を手に取り眺める。
「……謎すぎます」
「椿姫さん椿姫さん、この……って何ですかそれ」
「ペーパーウェイトです。それより何ですか、神代さん」
恨めしげにこちらを見てくるそれを戻し、あの人の許へ。
椿姫が手元を覗き込むと、そこには二つの眼鏡があった。
「眼鏡、買い替えるんですか?」
「いえ。でも見てくださいよこれ」
あの人は一つを装着するや、右のツルを叩いた。首を傾げ――ていたら、眼鏡から睫毛が生えた。
眼鏡から、睫毛が、生えた。
フチに格納されていたんだと思う。それがレンズ上下に生えている。ぱっちりメイク風。突然だと少し怖い。椿姫が顔を背けた。ら、あの人が回り込んできた。
「見てください椿姫さん。しかもこっち、これは光るんですよ。凄くないですか」
びかーと間近で輝く眼鏡。それにも椿姫は耐えた。
常人なら耐えられなかったかもしれない。だが心構え万全の椿姫は耐えた。
「もう、お店の物を勝手にそう、悪戯しちゃいけませんよ」
「う。すみません」
謝りつつもあの人は笑顔のまま。
仕方のない人。
椿姫は思わず苦笑を浮かべた。
●巨人殺し
露店で林檎を買い、散策を楽しんでいたラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は謎の騒ぎを感じ取った。
困惑と驚愕。すぐ近くの大通りからだ。
ラィルは林檎を懐に収め、そっちに足を向ける。通りに出ると、騒ぎの元はすぐ判った。宿酒場の壁を斬りつける老人と、遠巻きに眺める人々。ラィルは暫し観察し、老人の足下のユグディラが慌てているのに気付いた。
あれに幻術見せられとる?
意味不明だ。が、老人は本気で何かと戦っていた。ラィルは少しの羨望を感じ、駆け寄ってみる。
「強敵そやな、助太刀するで!」
「ぬお!? か、感謝する! 彼奴ら巨人は人間をナメておるのだ! だがそれが奴らの命取り、我らで食い止めるぞ!」
「了解や! 僕はラィル、おっちゃんは?」
「ロラン。今はただのロラン」
「よっしゃ、僕は右からや!」
腰の短剣を逆手に握るや、潜るように壁に肉薄して一閃。ついで左からロランの振り下しが壁を叩く。
――強くやって壁が壊れたら困……!?
ラィルが心配した――その時。眼前に、巨大な脚が現れた。
街の喧噪と、それを上回る大きな歓声。
雑貨屋を冷やかしていた柏木 千春(ka3061)とウォルター・ヨー(ka2967)はそれを耳にし顔を見合せた。
「いいよ? 行ってきても」
「流石千春ちゃん、よくお解りで」
帽子を目深に被り直し、雑踏に消えていく彼。その背を千春は、じっと見送った。
死闘は大詰めを迎えつつあった。
ひたすら斬り下すロランと、回り込むラィル。そのうち巨人は膝をつき、足掻くように腕をぶん回した。本当に風が巻き起りラィルは冷や汗を流す。
「ロランさん任せたで!」「承知!」
――幻術は相手の望みを叶えるんやろか。もしせやったら……僕は……。
ラィルが脚を駆け上がって斬りつけると、ロランは裂帛の気合と共に斬り上げた。
どうと巨人が倒れるような錯覚がし、何故か歓声が沸いた。
●猫遊び
「あら、ユグディラ?」
ヴァルナは気付けば足下をついてきていたそれに声をかけてみた。
「一緒に来ますか? これからカフェなのですが」
なー。
多分ついてくるらしい。ヴァルナは飼いパルムのムースとユグディラを引き連れオープンカフェへ。ぽてぽて歩くパルムの頭にはちょこんと山高帽が載っている。それが右にふらふら左によろよろ、見ていて飽きない。
――帽子だなんて私の趣味がうつったみたいですね……もっと買ってもいいかもしれません。そういえば、ムースの家でも見繕ってみますか。
ときめきつつ、ヴァルナは頼んだ紅茶セットが来るまで野良ユグディラを見つめて過ごす。やって来た店員が配膳してくれるのを待ちながら、ふと視界に見覚えのある水色の髪が映った気がした。しかも猫を抱えてやたら陽気だったような?
――気のせいですわね。ヴィルマさんがまさか。
軽く首を振り、配膳を終えた店員に礼。ヴァルナは紅茶を一口含んで香りを楽しみつつ、今日の戦果を思い浮かべる。
新しい帽子とそのスタンド。それに帽子に合う服とムースの雑貨。後は知り合いにお土産も欲しい。王国一の港町だけに面白い発見があるに違いない。
と、ぼーっとしていたら足下にいたはずのユグディラが膝に上ってきていた。僅かに目を見開き、しかしヴァルナはすぐ微笑を浮かべる。
「ごめんなさいね、これ、食べます?」
なー!
マカロンをやると勢いよく食いついてきた。心なしか「遅いんだよ!」とか言われた気がする。
――成程、そういう態度ですか……では仕方ありません。
「すみません、クッキーをお願いします」
猫の目が輝いたと同時、ヴァルナの両腕が包み込むように襲い掛かり――!
この後めちゃくちゃもふもふした。
公園。
誠一は、芝生の上でツナ缶を与えながらユグディラを慈しむ椿姫にむず痒いような愛おしさを感じた。
胸が温かくなる。どうしようもない衝動を、誠一は遠回りに表現する。
「おぉータマ! またお前達は悪戯してるんじゃないだろうなー?」
「またタマですか……もう何も言いませんよ」
わっしゃわしゃともふりながらタマ――『タマはどこにでもいる』――の一匹を抱き上げる。タマは抗議の声を上げるも誠一とてここは退けない。何せタマと椿姫への想いが誠一を動かしている!
「ほーらタマ、ここに着地だ」
「えっ」
そっとタマを椿姫の頭に不時着させた誠一は、驚く椿姫の口元に人差し指を当て笑う。
「ダメですよ、椿姫さん。あんまり動くとタマが落ちますからね」
「ぅ、あ……」
上目遣いに頭上の前足を覗き見る椿姫の姿は、だらけきった猫と相まって極上の光景だった。
●夕暮れと果実
何もない――ただ二人と二匹で過ごす時は矢のように去り、椿姫と誠一は大通りに戻ってきていた。
夕焼けが街を照らす。様々な人でごった返す道すがら、彼らは丁度店じまい中の露店を見かけた。
置いてあるのは『巨峰のような果実』。誠一が店主に声をかける。
「すみません、三つもらえますか」
「え? ああどうぞ!」
嬉しそうに三房包む店主に代金を払い、誠一は椿姫の許へ。一房をユグディラに渡――そうとしたところ、
「私にやったのと同じ事、しないでくださいね」
椿姫がジト目で釘を刺した。誠一が苦笑して肩を竦める。
「はは……信用ないなぁ。俺がそんな事すると思います?」
「とっても。小さい子に悪戯するのは良くないですよ。……私ならともか」
「あーん」
「く、え?」
ぽかんと開いた口に果実が放り込まれる。してやったりと拳を握る誠一と、
――ん……!
かつて味わった酸味を覚悟する椿姫。が、いつまで経っても酸味はこない。どころか、なんと瑞々しい香りと甘みが溢れる。思わず口に手を当て、目を丸くした。
その変化がどうにも面白く、誠一は笑みを深めた。
「ね? 今度は甘かったでしょう?」
十分に味わい、嚥下。椿姫は誠一の持つ房から二粒奪うと、いっぺんに誠一の口元に押し当てた。
「神代さんも。はい、あーん」
「ま、や、あーん言うタイミっ、んぐっ、遅っ……」
ぐりぐり捻じ込まれた。椿姫がくすと笑う。
「これでおあいこです」
誠一は口周りをベタベタにしたまま憮然とした表情。
次の瞬間、二人は同時に声を上げて笑った。
「はあぁ~……ユグディラよ、そなたらはなぜそんなにかわゆいのじゃ~」
自然公園。芝に寝転がって妖猫と見つめ合い、完全に蕩けているのはヴィルマである。
ヴィルマは芝が服につくのも構わず寝そべり、猫杖・黒猫・妖猫に囲まれている。余人が寄り付かない程に堕落しきった姿だが、これ幸いとヴィルマは存分に戯れていた。
「あぁ~、我がにゃんにゃんするのじゃぁ~」
いい加減ユグディラがウンザリした表情を見せるが、そこは猫じゃらしと愛でカバー。
一もふ。二もふ。三もっふ。気持ち良いのか悪いのか、にゃあにゃあ反応するのがまた可愛い。しかもこの猫、幻術というけったいな魔法まで使う。油断ならないたまらない!
と妖猫の奴隷になっていたら、唐突に頭に乗ってきた黒猫に猫パンチを振り下された。ジャブからのフック。ぬぐぐと呻き横転すると、黒猫は眼前に華麗に降り立った。そっぽを向きつつもその場を離れない黒猫。尻尾が左右に揺れている。
「なんじゃエヒト、我は今……いや」
――もしやヤキモチ……?
ヴィルマは匍匐前進でにじり寄り、愛すべき黒猫の顎に手をやった。
「仕方ない奴じゃのぅ。甘えん坊のエヒトよ」
ぺし。
ヴィルマの差し伸べた手をエヒトは無情にはたき落した。
……尻尾をヴィルマの首筋に巻きながら。
「巨人討伐、お疲れさん!」
酒場の一角で卓を囲むのはラィルとロランとユグディラ。うず高く積み上げられた皿が盛り上がりを物語っている。
よほど討伐が嬉しかったのだろうとラィルは思い、エールを飲み干す。一方で老騎士は泡を飛ばして喋り続けていた。
「私とて時に思ったのだ。鍛錬を重ねても戦えぬのではないかと。だが――」
「騎士道……立派やなあ」
「うむ? いいやラィル、それは違う。騎士道はみなが持っている。それを貫くか折るかだけよ」
「僕も?」
「無論。現に君は共に戦った!」
ラィルは零れそうな自嘲を隠し、話を変える。
「おっちゃん、ハンター登録できんかった言うたやろ?」
「うむ……」
「ほんなら先に猫……やなくてもええけど、人助けの旅はどうやろか。実績も積めるで」
「ふうむ」
ロランは友の猫を見ている。
「戦うだけが騎士道やない、やろ?」
ラィルが猫に料理をあげると、猫がかぶり付く。ロランはそれを見、独りごちた。
「遍歴の騎士、か」
●殻/空
そのレストランは大通りから一本外れた角にあった。
それだけしか外れてないのに店内は静寂に満ちている。音と言えば微かな銀食器の音だけ。
壁に据えられた蝋燭が頼りなく店内を照らす中、
「――と、そんな顛末だったわけで」
場違いな陽気さを見せるラザラスに、やはり千春は痛みしか感じない。
湿らす程度に含んだお酒は酸味の強い林檎の香りがした。
「幻、だったのかな」
「何たらの正体見たり、と」
「ユグディラちゃんの様子、おかしいよね。最近」
ふーむと思案するラザラスを横目に、千春は首を振る。
違う、そんな話をしたいんじゃない。千春は火照った頬に手を当て深呼吸。
――あの、今の騎士の頂点が消えた報せから。
彼は塞ぎ込むようになった。少なくとも千春にはそう見えた。
何かしたいと思った。けれど自分には何もできなくて、それなのに心でぶつかる勇気すら持てない。幻のように何もない。
幻術なんてかけられるまでもなく、自分は鏡の中の幻だった。
「えっと、ね、ラザラスさんは」
共に生きて。
言われてずっと考えていた。『そういう事』じゃないとは解っているけれど、それでも心通わす人として「この人と一緒にいていい私なのか」と。
泥を被って手を引く彼に甘えてないかと。
「……元気かなって」
「こいつぁ厳しい。根無し草の僕だが元気な葉もないと、そんな噂が?」
甘えていた。違う。今も甘えている。
千春は飲み慣れないお酒を一気に呷り、グラスをドンと置いた。彼が心なしか驚いているのも構わず、
「じゃなくて! 私はね、私は……ラザラスさんの、ね、力に、なりたい、の」
「千春ちゃん?」
「どんな事考えてるのかな、とか。何してるのかな、とか。いっぱい知って、触れたい」
「……」
鼓動が激しい。
顔が熱い。
「私も、ちゃんと、頑張るから……」
頑張って、向き合うから。
自分と、貴方に。
――鏡の中に逃げるのは、もうおしまい。
「僕ぁね。僕ぁ根も葉もなければ実だってない。ただの影なんだ」
君は僕を光って言うけど。
ラザラスは自嘲するように口を開く。
それは騎士に憧れた道化の物語。憧れて、ついていきたくて、道を失った道化の話。
「歩き出したら止まれない。止まっちまうともう立てない。じゃあどこに行けばいいんだろう。道化は――僕は昼の老騎士と同じ。幻に振り回されるただの影だ」
からん、とグラスの氷が音を立てる。
「千春ちゃん、君なら答えを知ってるのかな」
問うてくるラザラスは縋るような瞳をしていた。
一夜の幻想。
彼は店を出れば『ウォルター』に戻る。だから千春はウィル――意志を振り絞った。踏み込みたくて。
「昼のお爺さんは」声が震えた。「お爺さんの想いは本物だよね。だって、幻と知らず巨人に立ち向かったんだから」
「そうかな」
「そうだよ。大切なのは幻だった事じゃない。そこに至る想いだと思う」
「……」
「求める答えを私は知らないけれど……でもね、それは貴方の想いの中にあるんじゃないかな」
「言葉遊びってぇやつだなあ」
「言葉に『遊び』があるから、だからそこに答えがあるの。大丈夫、ラザラスさんなら。私も、がんばる、し」
千春は微笑む。
彼はぽかんと千春を見つめ、肩を竦めた。
「そうかもしれない。君が言うなら」
第六商会本店から出たヴァルナ=エリゴス(ka2651)は眩さに目を細め、太陽を仰ぎ見た。
燦々と照り付ける陽光。終らない喧噪。仲睦まじい男女――
「あら?」
「こんにちは、ヴァルナさん」
知り合いだった。ヴァルナは神代 誠一(ka2086)とその隣に目を向け微笑む。からかうのも手だが今はそんな気分ではない。何しろ、
「よい休日を」
「ヴァルナさんも」
こんなにも、素敵な陽気なんだから。
●第六商会の魔女と二人
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は魔女である。
普段は霧を名乗っている。それは何一つ間違ってない。
そんな、紛う事なき霧の魔女がふと思い立ち、新調した「杖」を店内で構えてみた。想定術式は朝霧。猛進してくる敵集団を一気に無力化する!
――うむ、悪くないのじゃ!
満足して「杖」を腕にかけるように持ち直す。途端に周りから「可愛い」とかそんな声が聞こえた気がするが無視だ。
――か、買い物も終えたし、散策でもするかのぅ……!
ヴィルマは居た堪れず、足早に店を後にする。慌てて軒先で合流してきた愛猫を従え、みるみる店を離れていく。
そして角を幾つか曲がった先でようやく足を止めたヴィルマは、
「っこれはれっきとした杖なのじゃ! 可愛いから使うのでなく、我は実用性に惚れ込み使うのじゃー!」
のじゃー、のじゃー、のじゃー……。
猫杖ソノマ・マ・ユグディラをかき抱きながらエコーまで出して主張する魔女の姿が、ここにはあった。
「何だったんでしょう」
「青春の発露ですね」
テキトーな事を言ってあの人は店内の物色を再開する。椿姫・T・ノーチェ(ka1225)はその横顔を見つめていると、顔が緩みそうになって慌てて目を逸らした。
椿姫が適当に近くの商品――顔が積み重なってぐねぐねしたオブジェ――を手に取り眺める。
「……謎すぎます」
「椿姫さん椿姫さん、この……って何ですかそれ」
「ペーパーウェイトです。それより何ですか、神代さん」
恨めしげにこちらを見てくるそれを戻し、あの人の許へ。
椿姫が手元を覗き込むと、そこには二つの眼鏡があった。
「眼鏡、買い替えるんですか?」
「いえ。でも見てくださいよこれ」
あの人は一つを装着するや、右のツルを叩いた。首を傾げ――ていたら、眼鏡から睫毛が生えた。
眼鏡から、睫毛が、生えた。
フチに格納されていたんだと思う。それがレンズ上下に生えている。ぱっちりメイク風。突然だと少し怖い。椿姫が顔を背けた。ら、あの人が回り込んできた。
「見てください椿姫さん。しかもこっち、これは光るんですよ。凄くないですか」
びかーと間近で輝く眼鏡。それにも椿姫は耐えた。
常人なら耐えられなかったかもしれない。だが心構え万全の椿姫は耐えた。
「もう、お店の物を勝手にそう、悪戯しちゃいけませんよ」
「う。すみません」
謝りつつもあの人は笑顔のまま。
仕方のない人。
椿姫は思わず苦笑を浮かべた。
●巨人殺し
露店で林檎を買い、散策を楽しんでいたラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は謎の騒ぎを感じ取った。
困惑と驚愕。すぐ近くの大通りからだ。
ラィルは林檎を懐に収め、そっちに足を向ける。通りに出ると、騒ぎの元はすぐ判った。宿酒場の壁を斬りつける老人と、遠巻きに眺める人々。ラィルは暫し観察し、老人の足下のユグディラが慌てているのに気付いた。
あれに幻術見せられとる?
意味不明だ。が、老人は本気で何かと戦っていた。ラィルは少しの羨望を感じ、駆け寄ってみる。
「強敵そやな、助太刀するで!」
「ぬお!? か、感謝する! 彼奴ら巨人は人間をナメておるのだ! だがそれが奴らの命取り、我らで食い止めるぞ!」
「了解や! 僕はラィル、おっちゃんは?」
「ロラン。今はただのロラン」
「よっしゃ、僕は右からや!」
腰の短剣を逆手に握るや、潜るように壁に肉薄して一閃。ついで左からロランの振り下しが壁を叩く。
――強くやって壁が壊れたら困……!?
ラィルが心配した――その時。眼前に、巨大な脚が現れた。
街の喧噪と、それを上回る大きな歓声。
雑貨屋を冷やかしていた柏木 千春(ka3061)とウォルター・ヨー(ka2967)はそれを耳にし顔を見合せた。
「いいよ? 行ってきても」
「流石千春ちゃん、よくお解りで」
帽子を目深に被り直し、雑踏に消えていく彼。その背を千春は、じっと見送った。
死闘は大詰めを迎えつつあった。
ひたすら斬り下すロランと、回り込むラィル。そのうち巨人は膝をつき、足掻くように腕をぶん回した。本当に風が巻き起りラィルは冷や汗を流す。
「ロランさん任せたで!」「承知!」
――幻術は相手の望みを叶えるんやろか。もしせやったら……僕は……。
ラィルが脚を駆け上がって斬りつけると、ロランは裂帛の気合と共に斬り上げた。
どうと巨人が倒れるような錯覚がし、何故か歓声が沸いた。
●猫遊び
「あら、ユグディラ?」
ヴァルナは気付けば足下をついてきていたそれに声をかけてみた。
「一緒に来ますか? これからカフェなのですが」
なー。
多分ついてくるらしい。ヴァルナは飼いパルムのムースとユグディラを引き連れオープンカフェへ。ぽてぽて歩くパルムの頭にはちょこんと山高帽が載っている。それが右にふらふら左によろよろ、見ていて飽きない。
――帽子だなんて私の趣味がうつったみたいですね……もっと買ってもいいかもしれません。そういえば、ムースの家でも見繕ってみますか。
ときめきつつ、ヴァルナは頼んだ紅茶セットが来るまで野良ユグディラを見つめて過ごす。やって来た店員が配膳してくれるのを待ちながら、ふと視界に見覚えのある水色の髪が映った気がした。しかも猫を抱えてやたら陽気だったような?
――気のせいですわね。ヴィルマさんがまさか。
軽く首を振り、配膳を終えた店員に礼。ヴァルナは紅茶を一口含んで香りを楽しみつつ、今日の戦果を思い浮かべる。
新しい帽子とそのスタンド。それに帽子に合う服とムースの雑貨。後は知り合いにお土産も欲しい。王国一の港町だけに面白い発見があるに違いない。
と、ぼーっとしていたら足下にいたはずのユグディラが膝に上ってきていた。僅かに目を見開き、しかしヴァルナはすぐ微笑を浮かべる。
「ごめんなさいね、これ、食べます?」
なー!
マカロンをやると勢いよく食いついてきた。心なしか「遅いんだよ!」とか言われた気がする。
――成程、そういう態度ですか……では仕方ありません。
「すみません、クッキーをお願いします」
猫の目が輝いたと同時、ヴァルナの両腕が包み込むように襲い掛かり――!
この後めちゃくちゃもふもふした。
公園。
誠一は、芝生の上でツナ缶を与えながらユグディラを慈しむ椿姫にむず痒いような愛おしさを感じた。
胸が温かくなる。どうしようもない衝動を、誠一は遠回りに表現する。
「おぉータマ! またお前達は悪戯してるんじゃないだろうなー?」
「またタマですか……もう何も言いませんよ」
わっしゃわしゃともふりながらタマ――『タマはどこにでもいる』――の一匹を抱き上げる。タマは抗議の声を上げるも誠一とてここは退けない。何せタマと椿姫への想いが誠一を動かしている!
「ほーらタマ、ここに着地だ」
「えっ」
そっとタマを椿姫の頭に不時着させた誠一は、驚く椿姫の口元に人差し指を当て笑う。
「ダメですよ、椿姫さん。あんまり動くとタマが落ちますからね」
「ぅ、あ……」
上目遣いに頭上の前足を覗き見る椿姫の姿は、だらけきった猫と相まって極上の光景だった。
●夕暮れと果実
何もない――ただ二人と二匹で過ごす時は矢のように去り、椿姫と誠一は大通りに戻ってきていた。
夕焼けが街を照らす。様々な人でごった返す道すがら、彼らは丁度店じまい中の露店を見かけた。
置いてあるのは『巨峰のような果実』。誠一が店主に声をかける。
「すみません、三つもらえますか」
「え? ああどうぞ!」
嬉しそうに三房包む店主に代金を払い、誠一は椿姫の許へ。一房をユグディラに渡――そうとしたところ、
「私にやったのと同じ事、しないでくださいね」
椿姫がジト目で釘を刺した。誠一が苦笑して肩を竦める。
「はは……信用ないなぁ。俺がそんな事すると思います?」
「とっても。小さい子に悪戯するのは良くないですよ。……私ならともか」
「あーん」
「く、え?」
ぽかんと開いた口に果実が放り込まれる。してやったりと拳を握る誠一と、
――ん……!
かつて味わった酸味を覚悟する椿姫。が、いつまで経っても酸味はこない。どころか、なんと瑞々しい香りと甘みが溢れる。思わず口に手を当て、目を丸くした。
その変化がどうにも面白く、誠一は笑みを深めた。
「ね? 今度は甘かったでしょう?」
十分に味わい、嚥下。椿姫は誠一の持つ房から二粒奪うと、いっぺんに誠一の口元に押し当てた。
「神代さんも。はい、あーん」
「ま、や、あーん言うタイミっ、んぐっ、遅っ……」
ぐりぐり捻じ込まれた。椿姫がくすと笑う。
「これでおあいこです」
誠一は口周りをベタベタにしたまま憮然とした表情。
次の瞬間、二人は同時に声を上げて笑った。
「はあぁ~……ユグディラよ、そなたらはなぜそんなにかわゆいのじゃ~」
自然公園。芝に寝転がって妖猫と見つめ合い、完全に蕩けているのはヴィルマである。
ヴィルマは芝が服につくのも構わず寝そべり、猫杖・黒猫・妖猫に囲まれている。余人が寄り付かない程に堕落しきった姿だが、これ幸いとヴィルマは存分に戯れていた。
「あぁ~、我がにゃんにゃんするのじゃぁ~」
いい加減ユグディラがウンザリした表情を見せるが、そこは猫じゃらしと愛でカバー。
一もふ。二もふ。三もっふ。気持ち良いのか悪いのか、にゃあにゃあ反応するのがまた可愛い。しかもこの猫、幻術というけったいな魔法まで使う。油断ならないたまらない!
と妖猫の奴隷になっていたら、唐突に頭に乗ってきた黒猫に猫パンチを振り下された。ジャブからのフック。ぬぐぐと呻き横転すると、黒猫は眼前に華麗に降り立った。そっぽを向きつつもその場を離れない黒猫。尻尾が左右に揺れている。
「なんじゃエヒト、我は今……いや」
――もしやヤキモチ……?
ヴィルマは匍匐前進でにじり寄り、愛すべき黒猫の顎に手をやった。
「仕方ない奴じゃのぅ。甘えん坊のエヒトよ」
ぺし。
ヴィルマの差し伸べた手をエヒトは無情にはたき落した。
……尻尾をヴィルマの首筋に巻きながら。
「巨人討伐、お疲れさん!」
酒場の一角で卓を囲むのはラィルとロランとユグディラ。うず高く積み上げられた皿が盛り上がりを物語っている。
よほど討伐が嬉しかったのだろうとラィルは思い、エールを飲み干す。一方で老騎士は泡を飛ばして喋り続けていた。
「私とて時に思ったのだ。鍛錬を重ねても戦えぬのではないかと。だが――」
「騎士道……立派やなあ」
「うむ? いいやラィル、それは違う。騎士道はみなが持っている。それを貫くか折るかだけよ」
「僕も?」
「無論。現に君は共に戦った!」
ラィルは零れそうな自嘲を隠し、話を変える。
「おっちゃん、ハンター登録できんかった言うたやろ?」
「うむ……」
「ほんなら先に猫……やなくてもええけど、人助けの旅はどうやろか。実績も積めるで」
「ふうむ」
ロランは友の猫を見ている。
「戦うだけが騎士道やない、やろ?」
ラィルが猫に料理をあげると、猫がかぶり付く。ロランはそれを見、独りごちた。
「遍歴の騎士、か」
●殻/空
そのレストランは大通りから一本外れた角にあった。
それだけしか外れてないのに店内は静寂に満ちている。音と言えば微かな銀食器の音だけ。
壁に据えられた蝋燭が頼りなく店内を照らす中、
「――と、そんな顛末だったわけで」
場違いな陽気さを見せるラザラスに、やはり千春は痛みしか感じない。
湿らす程度に含んだお酒は酸味の強い林檎の香りがした。
「幻、だったのかな」
「何たらの正体見たり、と」
「ユグディラちゃんの様子、おかしいよね。最近」
ふーむと思案するラザラスを横目に、千春は首を振る。
違う、そんな話をしたいんじゃない。千春は火照った頬に手を当て深呼吸。
――あの、今の騎士の頂点が消えた報せから。
彼は塞ぎ込むようになった。少なくとも千春にはそう見えた。
何かしたいと思った。けれど自分には何もできなくて、それなのに心でぶつかる勇気すら持てない。幻のように何もない。
幻術なんてかけられるまでもなく、自分は鏡の中の幻だった。
「えっと、ね、ラザラスさんは」
共に生きて。
言われてずっと考えていた。『そういう事』じゃないとは解っているけれど、それでも心通わす人として「この人と一緒にいていい私なのか」と。
泥を被って手を引く彼に甘えてないかと。
「……元気かなって」
「こいつぁ厳しい。根無し草の僕だが元気な葉もないと、そんな噂が?」
甘えていた。違う。今も甘えている。
千春は飲み慣れないお酒を一気に呷り、グラスをドンと置いた。彼が心なしか驚いているのも構わず、
「じゃなくて! 私はね、私は……ラザラスさんの、ね、力に、なりたい、の」
「千春ちゃん?」
「どんな事考えてるのかな、とか。何してるのかな、とか。いっぱい知って、触れたい」
「……」
鼓動が激しい。
顔が熱い。
「私も、ちゃんと、頑張るから……」
頑張って、向き合うから。
自分と、貴方に。
――鏡の中に逃げるのは、もうおしまい。
「僕ぁね。僕ぁ根も葉もなければ実だってない。ただの影なんだ」
君は僕を光って言うけど。
ラザラスは自嘲するように口を開く。
それは騎士に憧れた道化の物語。憧れて、ついていきたくて、道を失った道化の話。
「歩き出したら止まれない。止まっちまうともう立てない。じゃあどこに行けばいいんだろう。道化は――僕は昼の老騎士と同じ。幻に振り回されるただの影だ」
からん、とグラスの氷が音を立てる。
「千春ちゃん、君なら答えを知ってるのかな」
問うてくるラザラスは縋るような瞳をしていた。
一夜の幻想。
彼は店を出れば『ウォルター』に戻る。だから千春はウィル――意志を振り絞った。踏み込みたくて。
「昼のお爺さんは」声が震えた。「お爺さんの想いは本物だよね。だって、幻と知らず巨人に立ち向かったんだから」
「そうかな」
「そうだよ。大切なのは幻だった事じゃない。そこに至る想いだと思う」
「……」
「求める答えを私は知らないけれど……でもね、それは貴方の想いの中にあるんじゃないかな」
「言葉遊びってぇやつだなあ」
「言葉に『遊び』があるから、だからそこに答えがあるの。大丈夫、ラザラスさんなら。私も、がんばる、し」
千春は微笑む。
彼はぽかんと千春を見つめ、肩を竦めた。
「そうかもしれない。君が言うなら」
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/28 00:54:37 |