ゲスト
(ka0000)
【歪型】馬鹿がクルマでやって来る
マスター:馬車猪
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
●クルマの中から竜
魔導トラックが負のマテリアルをまき散らしている。
濃さが尋常ではない。
歪虚に換算すると、精鋭覚醒者が数十人いてようやく対抗可能かどうかという密度と量だ。
なお、トラックは速度はあっても運転は拙い。今にも横に転がってしまいそうだ。
「我々が足止めをする」
「非戦闘員は逃げろ。今すぐにだ!」
重武装の聖堂戦士達が徒歩で迎撃に向かう。
勝ち目はなくてもここは退けない。非戦闘員に含まれる研究者が死ねば、CAMの生産・改良・改造の速度が低下してしまう。
分厚い鋼鉄製の盾で壁を造る。猛スピードのトラックの進路に立ちふさがる。
「止まれ!」
魔導トラックが急停止する。
意表を突かれた戦士達の目が点になり、間抜けな音をたててドアが開く。
運転手が転げるように逃げ出し、博士風の老人が不機嫌な顔で降り立った。
『脆ェな』
逆側のドアが外れて黒い男が出てくる。
ハンターの中にたまにいる、理想的な戦士の体型だ。
しかも大きい。身長は2メートルを軽く超えている。
「所属と姓名を名乗れ」
聖堂戦士は皆覚醒状態に移行し、対人類用としては大きすぎる武器を構えていた。
『聞かねェでも分かるだろ』
男が言い終える前に盾の壁が動いた。
急加速でも崩れない。盾の陰から鉄塊じみたメイスが現れ男を襲う。
『イイ歓迎だ』
メイス9本の戦果は、拉げた右の小指1本のみだった。
魔導トラック、否、歪虚化トラックが無人のまま斜め後ろへ発進。
荷台の太い砲塔が旋回し、盾の壁を無防備な側面から狙った。
聖堂戦士団の注意がそれた直後。男の後ろの土砂が吹き上がる。
歪虚CAMだ。
アサルトライフルとシールドを構え、無言で聖堂戦士団を牽制する。
『悪ィが他に用がある。……誘うなよ。食いたくなってくる』
戦に飢えた顔のまま、ガルドブルムは研究所跡へ向かった。
●10分前。魔導トラック
「この素人が」
骨と皮ばかりの指で、最大の侮辱を示すサインを繰り出した。
後部座席に殺気が満ちる。
運転手は冷や汗でびっしょりだ。
「ほウ?」
金の瞳が異様な光を放っている。
分厚い防弾ガラスが、まるで歪虚に変化するかのように波打ち始めた。
「理由は言わねェつもりか?」
牙に見える歯を剥き出しにする。
常人ならこの時点で気絶し、少し気が強い者なら必死の命乞いを始めているはずだ。
「馬鹿にも分かるよう教えてやる」
老人は徹底して上から目線だ。
「これを見ろ」
頑丈そうなラップトップパソコンを引っ張りだし電源を入れる。
運転手が動揺し魔導トラックが蛇行を始める。
老人が窓ガラスに頭をぶつけ、黒い男が雑魔化寸前の窓ガラスを指で突き刺し停止させてから十数秒後。
ディスプレイに精密な魔導CAM設計図が浮かび上がった。
「お前の主張はこれだ」
データ複数を呼び出し設計図に反映させる。
非覚醒者用の安全のための装備がコクピットから省かれ、鍛えた覚醒者がなんとか耐えられるレベルの推進用ブースターと多数のスラスターが増設され、大型兵器用ハードポイントが追加される。
金の瞳が満足そうに細められた。
「素人め」
老人が唾を灰皿に吐き捨てる。
「この機体1つで現行魔導型デュミナス4機分のマテリアルが必要になる。ブースターを多用すれば1戦あたりのコストは10倍以上よ」
「歪虚相手に手を抜いて勝てるつもりかァ?」
「勝つ為に無駄を省く。いいかこの無能。これ1機に現行機10機の戦力があったとしても10箇所同時に配備はできぬ。精鋭ハンター10人を歪虚王の目の前まで運ぶこともな」
これの戦力は甘く計算してもたかだか現行機3機分。
そう言われた黒の男が数度瞬きをして、数秒遅れで巨大肉食獣の呻きに似た音が響いた。
「貴様が正しい」
爬虫類のそれに変化した目がじっと見下ろす。
骨と皮だけの老人が、鼻を鳴らして分かればいいのだと態度で示した。
運転手は口から泡を吹いている。
車載トランシーバーも魔導短伝話も、男をこの車に乗せたときから雑音しかしなくなっている。
「だがこれでは歪虚王にもオ……十三魔にも勝てねェ。狐の尻尾を食ったからなァ」
図面に触れようとしてディスプレイを突いてしまう。
ほれ、と博士が魔導型デュミナスの20分の1模型を投げ渡した。
「せめてこのくれェの強化はしろ」
黒い指から禍々しい何かが流れ込む。
骨格に当たるパーツが生物的な形に変わる。動きを阻害せず強度が増している。これならより多くの装備を積めそうだ。
「素人め」
三度目の罵声である。
竜眼に興味の色が浮かぶ。
「整備性が最悪になる。小破で修理に1月かかる機体がハンターに相応しいと思うか」
「奴らの強みが活かせねェか」
既に正体を隠す気も無い歪虚は、リラックスして座席に体重を預けた。
●1分前。馬鹿と馬鹿がやって来た
研究施設は酷い有り様だった。
歪虚CAMのパーツを組み込んだ機体は暴れ出した末にハンターによって討ち取られ、破壊される前に主要な施設は完全に破壊されてしまった。
「犯人に告ぐ。危険物を渡しなさい」
警備担当の聖堂戦士が、米神に青筋を浮かべて呼びかけている。
「いやじゃー、これで研究するんじゃー」
「儂の考えた最高に強いロボットに絶対必要だから渡さんっ」
研究者達は回収した歪虚製パーツを後ろ手に隠して、口だけで猛烈に抵抗している。
どいつもこいつも研究者としては有能なので、聖堂戦士側も強硬手段に出ることが出来ない。
「すみませんハンターの皆さん」
この場の聖堂戦士のナンバー2が、あなた達ハンターに向かって軽く頭を下げた。
「うちの上とロッソで話がまとまりました。ロッソの偉いさんが撤収の指揮をするそうなんで、到着まで警戒をお願いしま……ありゃ? もう近くまで来てるようですね」
こちらに近づく魔導トラックに気づいて目を丸くする。
「速いなー。長距離移動じゃゴースロン種も負けてるかもしれませんね」
驚くあまり若者言葉になってしまっている。
「あれ? どうしました?」
あなた達ハンターは気づいた。
接近中のトラックから歪虚の気配を感じる。
事態を把握できていない聖堂戦士に注意に促し、あなた達は戦闘の準備を開始した。
●戦場地図(1文字縦横20メートル)
abcdefg
あ□□□□□□□ □=平地。障害物なし。地図の外も基本的に平地
い□□□□建建□ 車=平地。歪虚化トラック1両
う□□□□建建□ 歪=平地。歪虚CAM1体
え□□□残ハ□□ 建=頑丈な格納庫です。出入り口は「gう」に面しています
お□□□味ハ□□ 竜=平地。ガルドブルム
か聖竜□□ハ□□ 味=平地。非戦闘員がいます
き□歪歪□ハ□□ ハ=平地。ハンター初期位置。全員それぞれ好きな位置を選択可能
く□□□□ハ□□ 聖=平地。聖堂戦士団9名
け車□□□ハ□□ 残=前回撃破した歪虚CAMのパーツが集められています
魔導トラックが負のマテリアルをまき散らしている。
濃さが尋常ではない。
歪虚に換算すると、精鋭覚醒者が数十人いてようやく対抗可能かどうかという密度と量だ。
なお、トラックは速度はあっても運転は拙い。今にも横に転がってしまいそうだ。
「我々が足止めをする」
「非戦闘員は逃げろ。今すぐにだ!」
重武装の聖堂戦士達が徒歩で迎撃に向かう。
勝ち目はなくてもここは退けない。非戦闘員に含まれる研究者が死ねば、CAMの生産・改良・改造の速度が低下してしまう。
分厚い鋼鉄製の盾で壁を造る。猛スピードのトラックの進路に立ちふさがる。
「止まれ!」
魔導トラックが急停止する。
意表を突かれた戦士達の目が点になり、間抜けな音をたててドアが開く。
運転手が転げるように逃げ出し、博士風の老人が不機嫌な顔で降り立った。
『脆ェな』
逆側のドアが外れて黒い男が出てくる。
ハンターの中にたまにいる、理想的な戦士の体型だ。
しかも大きい。身長は2メートルを軽く超えている。
「所属と姓名を名乗れ」
聖堂戦士は皆覚醒状態に移行し、対人類用としては大きすぎる武器を構えていた。
『聞かねェでも分かるだろ』
男が言い終える前に盾の壁が動いた。
急加速でも崩れない。盾の陰から鉄塊じみたメイスが現れ男を襲う。
『イイ歓迎だ』
メイス9本の戦果は、拉げた右の小指1本のみだった。
魔導トラック、否、歪虚化トラックが無人のまま斜め後ろへ発進。
荷台の太い砲塔が旋回し、盾の壁を無防備な側面から狙った。
聖堂戦士団の注意がそれた直後。男の後ろの土砂が吹き上がる。
歪虚CAMだ。
アサルトライフルとシールドを構え、無言で聖堂戦士団を牽制する。
『悪ィが他に用がある。……誘うなよ。食いたくなってくる』
戦に飢えた顔のまま、ガルドブルムは研究所跡へ向かった。
●10分前。魔導トラック
「この素人が」
骨と皮ばかりの指で、最大の侮辱を示すサインを繰り出した。
後部座席に殺気が満ちる。
運転手は冷や汗でびっしょりだ。
「ほウ?」
金の瞳が異様な光を放っている。
分厚い防弾ガラスが、まるで歪虚に変化するかのように波打ち始めた。
「理由は言わねェつもりか?」
牙に見える歯を剥き出しにする。
常人ならこの時点で気絶し、少し気が強い者なら必死の命乞いを始めているはずだ。
「馬鹿にも分かるよう教えてやる」
老人は徹底して上から目線だ。
「これを見ろ」
頑丈そうなラップトップパソコンを引っ張りだし電源を入れる。
運転手が動揺し魔導トラックが蛇行を始める。
老人が窓ガラスに頭をぶつけ、黒い男が雑魔化寸前の窓ガラスを指で突き刺し停止させてから十数秒後。
ディスプレイに精密な魔導CAM設計図が浮かび上がった。
「お前の主張はこれだ」
データ複数を呼び出し設計図に反映させる。
非覚醒者用の安全のための装備がコクピットから省かれ、鍛えた覚醒者がなんとか耐えられるレベルの推進用ブースターと多数のスラスターが増設され、大型兵器用ハードポイントが追加される。
金の瞳が満足そうに細められた。
「素人め」
老人が唾を灰皿に吐き捨てる。
「この機体1つで現行魔導型デュミナス4機分のマテリアルが必要になる。ブースターを多用すれば1戦あたりのコストは10倍以上よ」
「歪虚相手に手を抜いて勝てるつもりかァ?」
「勝つ為に無駄を省く。いいかこの無能。これ1機に現行機10機の戦力があったとしても10箇所同時に配備はできぬ。精鋭ハンター10人を歪虚王の目の前まで運ぶこともな」
これの戦力は甘く計算してもたかだか現行機3機分。
そう言われた黒の男が数度瞬きをして、数秒遅れで巨大肉食獣の呻きに似た音が響いた。
「貴様が正しい」
爬虫類のそれに変化した目がじっと見下ろす。
骨と皮だけの老人が、鼻を鳴らして分かればいいのだと態度で示した。
運転手は口から泡を吹いている。
車載トランシーバーも魔導短伝話も、男をこの車に乗せたときから雑音しかしなくなっている。
「だがこれでは歪虚王にもオ……十三魔にも勝てねェ。狐の尻尾を食ったからなァ」
図面に触れようとしてディスプレイを突いてしまう。
ほれ、と博士が魔導型デュミナスの20分の1模型を投げ渡した。
「せめてこのくれェの強化はしろ」
黒い指から禍々しい何かが流れ込む。
骨格に当たるパーツが生物的な形に変わる。動きを阻害せず強度が増している。これならより多くの装備を積めそうだ。
「素人め」
三度目の罵声である。
竜眼に興味の色が浮かぶ。
「整備性が最悪になる。小破で修理に1月かかる機体がハンターに相応しいと思うか」
「奴らの強みが活かせねェか」
既に正体を隠す気も無い歪虚は、リラックスして座席に体重を預けた。
●1分前。馬鹿と馬鹿がやって来た
研究施設は酷い有り様だった。
歪虚CAMのパーツを組み込んだ機体は暴れ出した末にハンターによって討ち取られ、破壊される前に主要な施設は完全に破壊されてしまった。
「犯人に告ぐ。危険物を渡しなさい」
警備担当の聖堂戦士が、米神に青筋を浮かべて呼びかけている。
「いやじゃー、これで研究するんじゃー」
「儂の考えた最高に強いロボットに絶対必要だから渡さんっ」
研究者達は回収した歪虚製パーツを後ろ手に隠して、口だけで猛烈に抵抗している。
どいつもこいつも研究者としては有能なので、聖堂戦士側も強硬手段に出ることが出来ない。
「すみませんハンターの皆さん」
この場の聖堂戦士のナンバー2が、あなた達ハンターに向かって軽く頭を下げた。
「うちの上とロッソで話がまとまりました。ロッソの偉いさんが撤収の指揮をするそうなんで、到着まで警戒をお願いしま……ありゃ? もう近くまで来てるようですね」
こちらに近づく魔導トラックに気づいて目を丸くする。
「速いなー。長距離移動じゃゴースロン種も負けてるかもしれませんね」
驚くあまり若者言葉になってしまっている。
「あれ? どうしました?」
あなた達ハンターは気づいた。
接近中のトラックから歪虚の気配を感じる。
事態を把握できていない聖堂戦士に注意に促し、あなた達は戦闘の準備を開始した。
●戦場地図(1文字縦横20メートル)
abcdefg
あ□□□□□□□ □=平地。障害物なし。地図の外も基本的に平地
い□□□□建建□ 車=平地。歪虚化トラック1両
う□□□□建建□ 歪=平地。歪虚CAM1体
え□□□残ハ□□ 建=頑丈な格納庫です。出入り口は「gう」に面しています
お□□□味ハ□□ 竜=平地。ガルドブルム
か聖竜□□ハ□□ 味=平地。非戦闘員がいます
き□歪歪□ハ□□ ハ=平地。ハンター初期位置。全員それぞれ好きな位置を選択可能
く□□□□ハ□□ 聖=平地。聖堂戦士団9名
け車□□□ハ□□ 残=前回撃破した歪虚CAMのパーツが集められています
リプレイ本文
●
リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は躊躇無く引き金を引いた。
無人のデュミナスが避けようとする。
だが遅い。
機関銃が大量に撃ち出す弾が巨大な盾に命中して火花を散らす。
「また連中の仕業か」
人型1、CAM2、車2。
歪虚の襲撃にしてはとても奇妙な組み合わせだ。
「いかんねえ、どうにもマッドサイエンティストは、良いものを作るためなら平気で迷惑かけやがる」
彼はこの襲撃の原因がマッド連中にあると推測していた。
実際、古参マッドが上級歪虚に色々吹き込んだ結果でもある。
歪虚CAMがスラスターも使わず滑るように横へ移動。
リカルドの機体である魔導型デュミナスJack・The・Ripperは、機関銃の向きと己の位置をほんの少しずつ動かし弾の雨を維持し続けた。
「(仕事が後手回っちまわうからなあ、仕事として食いっぱぐれがないから良いんだけど)」
歪虚CAMが発砲する。ギルドショップの未強化品並の威力と精度だ。
銃口から飛び出る前に回避失敗を直感する。
敵銃口から推測した空間へ大型のカタナを突き入れる。
複数飛んできた弾の半数以上が弾かれ、残る弾が脚部装甲にめり込んだ。
HMDに移る情報が更新される。HP5パーセントダウン。かすり傷程度の損傷だ。
「(いやまあ、前回もそうだけど数年前まで只の一般人だったのに、まさかこんな人形のデカブツに乗って戦うとはねえ)」
数年前のリカルドが聞けば言った相手の正気を疑ったろう。
そのデカブツを完全に御し切り反撃に移る。
シールドを保持する右肩に弾が4つ命中。対角線上にある右足膝部分に1発が当たった。
「(手足を対角線上に壊して、戦闘能力を削ぐなんて。基本的な対人戦のセオリーがほぼそのまま通用しちまう人型なんざ、兵器にするもんじゃねえんだよなあ、だからこそ戦車や戦闘機が発達してんだよなあ、リアルブルーや地上部隊だと)」
部位を狙うのは難しい。今回はたまたま当たっただけだ。
「すこしずつ再生すんのか」
撃ち込まれた弾と完全に壊れた部品が中から押し出され、健在な部品が何もない宙からわき出て空いた空間に納まる。
地味だ。アニメならもう少し派手か不気味に描写されるだろう。
「弾薬代も無料じゃねえからなあ」
報酬に影響はなくても整備と補給担当が泣くのだ。
リカルドは焦らず油断もせず、距離を保ってひたすら弾を当て続ける。
ジャックは射撃戦闘用に調整済みだ。2体が相手でも射撃戦なら負ける気は無い。相手が1体ならわずかな時間で完全勝利をもぎ取れる。
「任せたぜ」
歪虚CAMが方針を変える2秒前に、リカルドは今後の展開を予測しきっていた。
敵機が背中を見せずにリカルド機から離れた。
歪虚側戦力はこの時点で全て健在だ。前衛を同属に任せ射撃に徹すれば勝機も少しはある。
0に限りなく近い勝機でしかないが。
「前回よりはまともですか、ですが欠点の方がまだ大きいようですね」
歪虚CAMの後退進路は夕凪 沙良(ka5139)の機体の攻撃範囲の中にある。
デュミナスが沙良機……機体名リリィの至近距離に突っ込んだ。
リリィの攻撃できない場所で、リリィを盾にしてリカルド機を狙うつもりのようだ。
白刃が2度振るわれる。
残像は紫電のようで、数秒遅れでデュミナスのコクピットと腕関節に火花が散った。
「前に出て戦っているのです。白兵戦が出来ない訳がないでしょう」
先読みしてスラスターを発動。
全力で逃げ出したCAMを通常の速度で追う。
『8時方向銃撃』
「了解」
試作型スラスターライフルを片手で左やや後ろに向け発砲させた。
接近する気配を感じて機体を前のめりにすると、直前まで頭部があった場所を30ミリ弾が通過した。
それとほぼ同時に、トラックがスリップして何かにぶつかる音が激しく響いた。
「これは……」
歪虚トラックに全弾当たっていた。
回避能力が0に近く、防御も防護も紙同然。
弾痕から薄い煙が吹き出している。これでは残骸を武器や防壁に使うのは無理だろう。
「任せました」
『応』
警告をくれた柊 真司(ka0705)も戸惑っている。ここまで弱いとは誰も思っていなかった。
戦場の気配がいきなり変わる。
空気がひび割れ大重量のCAMが揺れる。
小型のマテリアル粒子砲と言われても納得出来る破壊が、戦場の隅で発生していた。
沙良は目で見なくても状況を理解した。
災厄の十三魔の生き残り、戦闘狂と知られるあの竜が本性を現した。
「そろそろ時間です。前座は退場してください」
リカルドと沙良の銃撃が1機に集中する。
CAMらしい頑丈さと歪虚らしい再生力で1分近く耐えはしたが、再生のたびに回避も装甲も頑丈さも減少し、最後はがらくた同然になってリリィに切り捨てられた、
●
「大人しく避難しねぇなら、その大事にしてる歪虚CAMの残骸を更に跡形も無く破壊してから無理矢理連れて行く。それが嫌なら大人しく避難して貰おうか」
研究員たちを避難所兼用の格納庫へ追い立てる。
真司が視線を感じた。
数は2対で4つ。種類は食欲と、ひょっとしたら嫉妬だろうか。
「用があるなら先に済ませろ」
黒い大男が肩をすくめて北へ向かう。黒の夢(ka0187)が一瞬だけその背を見送り駄目人間どもを見つめた。
「自ら騒いで怪我した場合は、後で汝らのお尻にポーション挿しちゃうのなー。勿論、その時は汝もレンタイセキニンであるー」
老博士が必死になって部下に命じ始めた。
「じー」
真司は気づかないふりをして魔導トラックを警戒する。
動きが奇妙だ。
歪虚のCAMとトラックも、目の前のハンターに最大限の注意を払ってはいるものの、真司を明確に警戒していた。
『鼻が効くように造った覚えはねェぞ』
「CAMは基本設計が良い」
『原因はそっちか』
歪虚と老人が、視線をあわさず情報交換をしていた。
『手下の竜より期待できるか?』
考え込む黒い男を憎々しげに睨み付け、聖堂戦士団の重装甲兵がガルドブルムに背を向け盾の壁を作り上げた。
分厚い金属が大きく凹んで異音が響く。
よろめく聖堂戦士が両脇の同胞に支えられる。
300メートル南方からの、歪虚化魔導トラックによる銃撃だ。
「東に10メートルだ」
バイクの上から真司が指示を出す。
全身金属鎧が駆け足で横へ進み、研究員一行を庇う形で盾を並べ直した。
囮になるつもりで南へ進む。だがトラックは全力で逃げて真司だけは決して狙おうとはしない。
真司の回避も防御も抜けないことを、歪虚化魔導トラックが理解しているのだ。
「面倒なことになったな」
時間が惜しい。
真司という重しがなくなり次第、黒竜と研究員が何かを企みかねない。
『8時方向銃撃』
だから仲間を頼ることにした。
真司に気をとられすぎたトラックがあっさり穴だらけにされ明後日の方向へ加速する。
「よし来い」
トラックが激しく蛇行しぎりぎりで銃の射程に入った時点で、発砲。
ガルドブルム由来の負の気配が霧散し、ただのポンコツと化したトラックが止まりきれずに滑っていった。
●
小さな弾から冷気が乗り移った。
歪虚CAM内の負マテリアルとせめぎあう。
一部は装甲の隙間から排出されはしたが、攻撃を当てる力と避ける力は目に見えて低下した。
ルーファス(ka5250)は無言で再装填を行う。
味方に攻撃を促す必要は無い。
彼の姉は動き出している。
漆黒の塗装に赤のラインが美しい機体が前に出る。滑らかに揺れるステップとスラスターによる加速を組み合わせて歪虚CAMとの距離を0にした。
鈍った歪虚CAMでは1発も当てることすらできない。
マーゴット(ka5022)の暗い紅瞳に、予想命中率100パーセントを示す表示が映り込んだ。
「まずい」
「しまった」
姉弟のつぶやきは、斬魔刀が装甲を切り裂く音でかき消される。2人の当初予想よりダメージが小さい。
歪虚CAMが懸命に地面を蹴って強引に距離をとる。
攻撃を捨てた移動はマーゴット機の白兵武器からの逃亡に繋がる。
マーゴット機と歪虚CAMの移動力は同レベルで有り、追撃戦闘になれば決着まで数十分の時間がかかる可能性さえあった。
さらに深刻な問題がある。シールド有りのCAMの頑丈さは予想以上だ。確実に勝てるがこのままでは時間がかかりすぎる。
「リジル、1度被弾したらボクを置いて下がって。お祖父……っとと、あの人が言ってた人の姿のガルドブルムとの戦いが本番だから」
イェジドが素直にうなずき、ルーファスを乗せたまま歪虚CAMを追いかけた。
速度比は2対1。
瞬く間に十数メートルの距離まで近づく。
「攻撃はボクが。他は任せたよ!」
回避行動込みの高速移動のまっただ中で魔導銃を構えて発砲。
複数の弾丸が歪虚CAMの装甲を撃ち抜き胴体部の機構を破壊した。
鉄の人型が動かなくなる。
ルーファスが空の弾倉に弾を詰め、漆黒のCAMが止めを刺そうと刃を突き下ろす。
このままでは回避も防御も不可能だ。
無理矢理予備の回路を起動し機体を数ミリ位置をずらし、致命傷を避けるので精一杯だった。
愛機に怒濤の攻撃を命じながら、機体の頭部を軽く振ることで作戦変更を提案。
弟は一瞬も迷わず全力射撃に切り替えた。
「CAMが敵だとこんなにしぶといんだ」
奥歯を噛みしめる。
引き金を退く。姉の攻撃とあわせれば中破に近いダメージを与え、しかし歪虚CAMはマテリアルと引き替えに再生を行い、全体的な能力低下と引き替えに再生を果たす。
「駄目だよリジル」
攻撃に加わろうとしたイェジドを制して移動および回避行動を続行させる。
歪虚CAMが逃走を企んだ場合、イェジドの足がなければ逃亡に成功する展開があり得る。
だから、マーゴット機が正面から攻め、イェジドと主が退路を側面から攻撃することで足止めとダメージ蓄積を狙う。
コクピット内は墓所の如く沈痛な気配で満たされている。
マーゴットのHMDだけが、命中率9割越えや大ダメージ確定の情報を陽気な色で表示し続ける。
別に間違ってはいない。
Brunnhildeの刃は十分に強力で、歪虚の再生能力が非常識な水準で高いだけなのだ。
長い時間が過ぎる。
ルーファスは長期戦に対応してスキルを節約。イェジドに持たせた予備の予備の弾倉を何度も受け取り事態の変化に備える。
小さいながら凶悪な爆発が発生。
戦場の全体の気配が変わり歪虚CAMのセンサーが激しく光る。
歪虚が再生を諦め猛然と発砲。リジルが回避しきれず弾を腹に浴びた。
咳き込むような呼気が一度だけ吐き出され、次の瞬間には最初と変わらぬ速度でイェジドが走り、避ける。
幻獣用の盾の能力は高く、30ミリ弾程度なら何発でも耐えられそうだ。
「ルーファス」
スラスターによる短距離跳躍の後歪虚CAMも背後へ着地。
片足で立ちその場所で加速。
水平の円運動で以て斬魔刀を繰り出し、歪虚の両足の付け根を半ばまで切り裂いた。
「はい」
倒れる途中の機体にスキル無しで銃撃。
装甲の隙間から入った弾丸が疲弊した中枢を砕き止めを刺した。
●
「また変わった場所でお会いしましたね」
『お前か』
美女に偉丈夫の組み合わせは恋愛物語の一幕に似ていた。
重騎兵が素手男に突撃を仕掛けてる場面でもあるので血臭しかしないが。
「2つ質問があります」
『ほう?』
言ってみろと男が目で促す。
龍槍「ヴィロー・ユ」が振るわれるたびに回避のための空間が減っていく。
「この暴走騒ぎを意図的に起こしたのですか」
馬の代わりのリーリーが、視線と足先で渾身のフェイントを仕掛けた。
人型歪虚の歩幅が指1本分乱れる。
穂先の龍鉱石に淡い光が灯る。
龍槍が高々と振り上げられ、鍛え抜かれた技と力で以て男の頭頂を狙った。
牙の如き歯が剥き出しになる。
初めて歩みを止め、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)とリーリーに一歩近づき、逞しい両腕を交差させて高速の一撃を食い止めたように見えた。
「返答は?」
男の全身が痙攣する。
高濃度のマテリアルが漏れて涙の如く両目から垂れる。
『分からん。狙って出来るとも思えねェ』
男の口の端が吊り上がっている。
心あるいはマテリアルを防ぎきれなかった。
そのため技と力も防御しきれず変化した体の調子が悪い。
「では最後の質問です」
瞬間移動じみた速度で槍が消える。
リーリーが不規則な動きで後退、ヴァルナが突きを繰り出し弱った竜瞳を狙う。
「わざわざ出向いた目的を説明してください。まあ、出向いた目的は凡そ見当が付きますが……」
男が目指していたのは歪虚CAMの残骸置き場だ。
おそらく手間をかけて人型になってまでこの場に来るのだから、少なくとも回収するつもりはあるはずだ。
『1年も経たずこれほどの技をモノにするかよ。オウ質問だったな。お前等流にいうとセンサーで偶然捉えてな、見に来た』
震えを気合いで押さえつけ、拳が高速で突き出した。
予備動作がなくヴァルナは辛うじて反応できたがリーリーは一瞬反応が遅れ、翼の根本近くに手首までがめり込んだ。
リーリーが斜め後ろへバックステップ。
龍槍と突き上げられた蹴り足が平行線状に伸び、どちらも目標を捉えられず引き戻される。
『しかしだ、面白ェ話を聞いて気が変わった。カガクシャってなァ凄ェな。屑石から俺の鱗を抜く牙を何十何百と作るたァな。楽しい戦が増えそうじゃねェか、エェ?』
「返答には感謝します」
ヴァルナは槍を構えたまま器用にリーリーから飛び降りた。
気配だけで後退を指示され、リーリーが安全な場所まで駆けていく。
「荷物を持ち帰るだけでは退屈でしょう? 私共と一曲如何ですか?」
騎乗時と比べれものにならないほど移動力は低下し、しかし回避と防御の切れは比較にならないほど向上した。
人化と素手という枷のある竜相手なら、1人で戦ってもすぐにはやられない。
歪虚の北への歩みか完全に止まった。
興奮で極一部だけ人化が解け、瞳が爬虫類のそれに戻っていた。
「ちょっと待つのな。柊サンに続いてダーリンといい雰囲気になるのは狡いのな」
黒の夢が割った入って真顔で言い切った。
ヴァルナが戸惑う。
黒い男は笑顔で歓迎する。情愛も情欲もない戦意のみの笑顔だ。
仲間が来るまでの時間稼ぎにはなると判断し、ヴァルナは一歩下がっていつでも黒の夢の援護に入れる場所に立った。
「汝を倒せたら我輩にキスとかどう? あ、勿論唇にね!」
憂いのない童女のようにはしゃいで強請る。
人語を解する歪虚なら彼女を騙すかあざ笑い襲いかかるのが普通だ。
本来はガルドブルムもそのうちの1体ではあるのが、そうできない大きな理由が1つ存在する。
この女は強い。
「うな? 身体の一部でもいいけど……でもキスがイイナー」
熱い視線を感じ、好意に限りなく近い何かを真っ直ぐに返す。
『浚って番うのが甲斐性ってもんだ』
相変わらずガルドブルムに油断はない。
魔導型デュミナス中隊に包囲されてでもいるかのように、戦いへの歓喜と最大の警戒を黒の夢に向けている。
「ならそうするのなー」
のんびり平然と、一切の躊躇無く、膨大なマテリアルが黒の夢の歌に乗って破壊の力に変わる。
黒い男が飛び出す。
精鋭ハンター以上上級歪虚未満の身体能力を活かした右手右足による連続攻撃だ。
今度はヴァルナが割って入る。
フェイントを兼ねたの蹴りを屈んで躱す。本命の拳を槍の柄で受け被害を減らしたところで黒の夢の力がこの世に姿を現した。
「退っ」
聖堂戦士団の警告は遅きに過ぎた。
白い火球が現れ音もなく弾ける。
面での攻撃は回避が困難だ。
炎はガルドブルムの背中に到達し、服も皮膚も燃やし尽くして内側まで無残に焼いて外気に晒す。
それだけでは終わらない。
白いマテリアルに触れた大気と地面が耐えきれず、正と正のマテリアルがぶつかりあい衝撃と化して周囲に飛び散った。
ヴァルナが突いた。
この有様でもなお見事な防御を見せる歪虚が、一瞬薄れ一瞬竜の姿を表す。
『ハハッ、負けたかッ!』
悪意のないからっとした歓声だった。
体液と負属性マテリアルが背中以外からも流れ地面を汚す。
「やったのな」
ぐっと握り拳をつくって、ふと気づいてひらひら振って合図を送る。
ガルドブルムを仕留める好機と誤解していた聖堂戦士が研究員の護衛に戻った。元に戻った竜相手では無駄死にしかできないから仕方が無い。
なお、ヴァルナは空気を読んだ上で容赦なく人化竜を攻め立てる。
日和った敵には高所から大人気ないブレスをぶちかます畜生が相手だ。会話するつもりなら攻めるしかない。
『アァ』
歪虚が気力を振り絞る。
これほどの傷を負ってなお人化を維持するのは無茶である。けれど己を何度も追い詰めた女相手に引くのは雄としてあまりにも情けない。
半ば炭化した足が美しく地面をすべる。
ヴァルナですら反応仕切れず突破され、黒の夢は迎え入れるように両手を広げ、ついでに第2弾の火球をチャージ済みだった。
「ダー……」
鋼を砕く腕が優しく腰にまわされる。
竜の瞳が真正面から黒の夢の瞳を見つめる。
荒々しく唇が奪われ、柔らかな口腔が蹂躙された。
●
飛び立つ黒竜を地上で見送りながら、ヴァルナはそっと疑問を口に出す。
「何が貴方を戦に駆り立てるのですか? ガルドブルム」
個人で勝利し疑問を突きつければ、戦いを欲する感情に理由はないと大真面目に応えるのかもしれない。
「ダーリンは?」
目覚めた黒の夢がか細い声で問う。
凶悪な負のマテリアルに当てられ酷い体調だ。心配そうなイェジドに応える余裕もない。
「対地戦闘を始めるようです。味方と合流しましょう」
背中の壊れた鱗から血を流していても、ガルドブルムの飛行に乱れはなかった。
「やめてっ」
「いやぁっ」
甲高い鳴き声が一瞬ではあるが竜の羽ばたきを圧倒した。
全員男で、しかも大部分が40代以上。
破壊エネルギーが扇状に広がり、壊れたCAMのパーツ全てがまとめて焼かれて焦げていく。
時折、負のマテリアルを散らして消滅する部品もある。
そのたびに研究者の嘆きが大きくしかもしつこくなっているのに真司は気にもしない。
空の黒竜と視線をあわせ、力を込めて宣言する。
「悪いがアンタに渡すパーツは無い、大人しく帰って貰おうか」
『吝ィな』
「アンタの首より非戦闘員の保護が大事なだけだ」
しっしっと徹底してそっけない態度で竜をあしらった。
「仕事が終わったらいくらでも相手をしてやるよ。お互い弾とブレスが当たらず間抜けな戦いになりそうだがな」
『オゥ……』
あまりにもつまらない展開を想像してしまい、心が乱れて動きも乱れた。
そこへ複数機のCAMと一部生身による銃撃が集中する。
集中が途切れ、回避行動も単純になり、しかしその状態でほとんど全てを回避し当たった1発も鱗の厚い部分で受け被害を減らす。
弾は鱗を割り肉の中に食い込んでいた。
『お前か!』
竜の瞳に歓喜が灯る。
鋭角的に進路を変えて降下を開始。
己に見事一撃加えたルーファスめがけて直進する。
『翼を潰されるのは一度で十分……』
幼さの残る凜々しい顔を間近で確認したとき、ガルドブルムは激しく瞬きして人違いに気づく。
敵の都合など構わずルーファスは攻撃を続ける。
ガルドブルムは腹の数カ所についた弾痕とルーファスの顔を見比べ、喉の奥から笑い声が漏らす。強敵だ。それで十分だ。
『カガクシャは放っておけ。美味い獲物がいるのに目移りなどしねェ!』
負のマテリアルが攻撃に傾く。
止まっていた体液が流れだし、竜の喉奥から光があふれて広範囲に降り注ぐ。
聖堂戦士団相手に使えば覚醒者の全身鎧蒸しがダース単位で出来ていただろう。
炎の中からCAMのカスタム機が抜け出した。
溶けているのは装甲表面のみで、関節にも銃器にも深刻な損傷はない。
回避行動をとりながら試作型スラスターライフルで対空射を続行。
黒竜は速度の割に異様なほど機動性が高く、一瞬反応が遅れるだけで射程外に出てしまう。
「直接会うのは初めてですね、せめて名前くらいでも覚えて帰ってもらいたいものですが」
沙良は意識を切り替えた。
当てるのではなく敵の予想進路に1つでも多くの弾を置くつもりで、要するに覚醒前の射撃同様の低命中率を覚悟しとにかく弾を送り込む。
黒い鱗が時折光るのは、希に1から2発当たった弾と鱗の衝突による火花だ。
細く絞られたブレスがリリィを狙う。
防御する必要は無い。絶妙の横加速で高熱ブレスを躱した。
沙良が細い眉をひそめる。
負けるつもりはなく、勝てる予感もない。
生身でやりあうのも防御と耐久力の面で不安がある。
「貴方がCAMにでも乗ってくれば面白い勝負が出来そうですけどね」
沙良と上級歪虚との距離はまだまだ遠かった。
『ハ、その数で仕掛けるかッ』
楽しい。最高だ。ハンターが育つまで待つだとか機械人形がどうだとかはもうどうでもいい。
マテリアルごと滅ぼすつもりの炎を全力で重点開始。速度も己の限界まで引き上げる昇。
「アイツが……兄さん達が戦った十三魔の一体、ガルドブルム」
マーゴットの瞳に飛翔する竜種が映る。
感情のない瞳の奥に、歪虚でも届かない重さの感情が凝って揺れる。
「アイツが兄さん達にとって脅威となる存在なら、アイツは私の手で狩らなくてはいけない」
だから死ね。
直前までの弾道計算も体に染みつかせた技術も今は全て忘れる。
重さが世界そのものといえる何かに触れる。細い指が膨大なマテリアルに後押しされトリガーに触れた。
『ッ』
顎の裏に弾着。
中途半端に口が閉じられ、溢れた炎が無人の元実験施設を灼いた。
解けたガラス状の何かが茹だって上昇気流がうまれる。
「行くよリジル」
イェジドがヒーリングポーションをかみ砕いて器用にガラスだけ吐き出した。
幻獣が疾走する。
マーゴット機の脇を駆け抜け旋回中の竜の斜め下方へ滑り込む。
距離は約100メートル。車載火器の間合いだ。
竜の尻尾から燃料漏れの如く負のマテリアルが伸び、鼻の穴からレーザーじみた吐息が漏れる。
『そうだ。来いニンゲン!』
人と竜の戦意がぶつかり中間の空が帯電する。
ルーファスが必殺の狙いをつけ、ガルドブルムがたった1人のハンター相手に文字通りの全力を出した。
そして、両者同時に馬鹿馬鹿しい現実に気づく。
相対速度が違いすぎて戦いとして成立しない。
一度攻撃を躱すと数百メートルも離れてしまう。再度接近するための時間を考えると間延びしきった戦いにしかなりそうにない。
『頼むぜェ』
高揚と冷静の落差が竜の心を苛む。
格納庫から観戦中の博士以下マッドに向ける目には、懇願に近い色が浮かんでいた。
竜が旋回を止めて直進。落胆を感じさせる背を向け東へ消える。
「僕ら親子3代の敵……いつか必ず仕留めてみせるっ」
なんとか最後まで言い切って、ルーファスは疲れ果てた体をイェジドの背に横たえた。
「貴重な機材がパァか」
撤収前最後の確認を終えリカルドがつぶやく。
妙に艶々した老人に気づいて声をかける。
「なんで、現状人間の弱点を巨大化させたような戦闘不向きな人型を好んで兵器にしたんだ?」
不躾にも聞こえる質問に、老博士は楽しげに答える。
「要求仕様を満たした上で他よりマシだった。使える資源が減ったので代価の兵器も作れず今に至る訳だ。……いい時代になった」
リカルドは肩をすくめてコクピットに乗り込み、ロボット兵器愛好者の群れを護衛し帰路につくのだった。
リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は躊躇無く引き金を引いた。
無人のデュミナスが避けようとする。
だが遅い。
機関銃が大量に撃ち出す弾が巨大な盾に命中して火花を散らす。
「また連中の仕業か」
人型1、CAM2、車2。
歪虚の襲撃にしてはとても奇妙な組み合わせだ。
「いかんねえ、どうにもマッドサイエンティストは、良いものを作るためなら平気で迷惑かけやがる」
彼はこの襲撃の原因がマッド連中にあると推測していた。
実際、古参マッドが上級歪虚に色々吹き込んだ結果でもある。
歪虚CAMがスラスターも使わず滑るように横へ移動。
リカルドの機体である魔導型デュミナスJack・The・Ripperは、機関銃の向きと己の位置をほんの少しずつ動かし弾の雨を維持し続けた。
「(仕事が後手回っちまわうからなあ、仕事として食いっぱぐれがないから良いんだけど)」
歪虚CAMが発砲する。ギルドショップの未強化品並の威力と精度だ。
銃口から飛び出る前に回避失敗を直感する。
敵銃口から推測した空間へ大型のカタナを突き入れる。
複数飛んできた弾の半数以上が弾かれ、残る弾が脚部装甲にめり込んだ。
HMDに移る情報が更新される。HP5パーセントダウン。かすり傷程度の損傷だ。
「(いやまあ、前回もそうだけど数年前まで只の一般人だったのに、まさかこんな人形のデカブツに乗って戦うとはねえ)」
数年前のリカルドが聞けば言った相手の正気を疑ったろう。
そのデカブツを完全に御し切り反撃に移る。
シールドを保持する右肩に弾が4つ命中。対角線上にある右足膝部分に1発が当たった。
「(手足を対角線上に壊して、戦闘能力を削ぐなんて。基本的な対人戦のセオリーがほぼそのまま通用しちまう人型なんざ、兵器にするもんじゃねえんだよなあ、だからこそ戦車や戦闘機が発達してんだよなあ、リアルブルーや地上部隊だと)」
部位を狙うのは難しい。今回はたまたま当たっただけだ。
「すこしずつ再生すんのか」
撃ち込まれた弾と完全に壊れた部品が中から押し出され、健在な部品が何もない宙からわき出て空いた空間に納まる。
地味だ。アニメならもう少し派手か不気味に描写されるだろう。
「弾薬代も無料じゃねえからなあ」
報酬に影響はなくても整備と補給担当が泣くのだ。
リカルドは焦らず油断もせず、距離を保ってひたすら弾を当て続ける。
ジャックは射撃戦闘用に調整済みだ。2体が相手でも射撃戦なら負ける気は無い。相手が1体ならわずかな時間で完全勝利をもぎ取れる。
「任せたぜ」
歪虚CAMが方針を変える2秒前に、リカルドは今後の展開を予測しきっていた。
敵機が背中を見せずにリカルド機から離れた。
歪虚側戦力はこの時点で全て健在だ。前衛を同属に任せ射撃に徹すれば勝機も少しはある。
0に限りなく近い勝機でしかないが。
「前回よりはまともですか、ですが欠点の方がまだ大きいようですね」
歪虚CAMの後退進路は夕凪 沙良(ka5139)の機体の攻撃範囲の中にある。
デュミナスが沙良機……機体名リリィの至近距離に突っ込んだ。
リリィの攻撃できない場所で、リリィを盾にしてリカルド機を狙うつもりのようだ。
白刃が2度振るわれる。
残像は紫電のようで、数秒遅れでデュミナスのコクピットと腕関節に火花が散った。
「前に出て戦っているのです。白兵戦が出来ない訳がないでしょう」
先読みしてスラスターを発動。
全力で逃げ出したCAMを通常の速度で追う。
『8時方向銃撃』
「了解」
試作型スラスターライフルを片手で左やや後ろに向け発砲させた。
接近する気配を感じて機体を前のめりにすると、直前まで頭部があった場所を30ミリ弾が通過した。
それとほぼ同時に、トラックがスリップして何かにぶつかる音が激しく響いた。
「これは……」
歪虚トラックに全弾当たっていた。
回避能力が0に近く、防御も防護も紙同然。
弾痕から薄い煙が吹き出している。これでは残骸を武器や防壁に使うのは無理だろう。
「任せました」
『応』
警告をくれた柊 真司(ka0705)も戸惑っている。ここまで弱いとは誰も思っていなかった。
戦場の気配がいきなり変わる。
空気がひび割れ大重量のCAMが揺れる。
小型のマテリアル粒子砲と言われても納得出来る破壊が、戦場の隅で発生していた。
沙良は目で見なくても状況を理解した。
災厄の十三魔の生き残り、戦闘狂と知られるあの竜が本性を現した。
「そろそろ時間です。前座は退場してください」
リカルドと沙良の銃撃が1機に集中する。
CAMらしい頑丈さと歪虚らしい再生力で1分近く耐えはしたが、再生のたびに回避も装甲も頑丈さも減少し、最後はがらくた同然になってリリィに切り捨てられた、
●
「大人しく避難しねぇなら、その大事にしてる歪虚CAMの残骸を更に跡形も無く破壊してから無理矢理連れて行く。それが嫌なら大人しく避難して貰おうか」
研究員たちを避難所兼用の格納庫へ追い立てる。
真司が視線を感じた。
数は2対で4つ。種類は食欲と、ひょっとしたら嫉妬だろうか。
「用があるなら先に済ませろ」
黒い大男が肩をすくめて北へ向かう。黒の夢(ka0187)が一瞬だけその背を見送り駄目人間どもを見つめた。
「自ら騒いで怪我した場合は、後で汝らのお尻にポーション挿しちゃうのなー。勿論、その時は汝もレンタイセキニンであるー」
老博士が必死になって部下に命じ始めた。
「じー」
真司は気づかないふりをして魔導トラックを警戒する。
動きが奇妙だ。
歪虚のCAMとトラックも、目の前のハンターに最大限の注意を払ってはいるものの、真司を明確に警戒していた。
『鼻が効くように造った覚えはねェぞ』
「CAMは基本設計が良い」
『原因はそっちか』
歪虚と老人が、視線をあわさず情報交換をしていた。
『手下の竜より期待できるか?』
考え込む黒い男を憎々しげに睨み付け、聖堂戦士団の重装甲兵がガルドブルムに背を向け盾の壁を作り上げた。
分厚い金属が大きく凹んで異音が響く。
よろめく聖堂戦士が両脇の同胞に支えられる。
300メートル南方からの、歪虚化魔導トラックによる銃撃だ。
「東に10メートルだ」
バイクの上から真司が指示を出す。
全身金属鎧が駆け足で横へ進み、研究員一行を庇う形で盾を並べ直した。
囮になるつもりで南へ進む。だがトラックは全力で逃げて真司だけは決して狙おうとはしない。
真司の回避も防御も抜けないことを、歪虚化魔導トラックが理解しているのだ。
「面倒なことになったな」
時間が惜しい。
真司という重しがなくなり次第、黒竜と研究員が何かを企みかねない。
『8時方向銃撃』
だから仲間を頼ることにした。
真司に気をとられすぎたトラックがあっさり穴だらけにされ明後日の方向へ加速する。
「よし来い」
トラックが激しく蛇行しぎりぎりで銃の射程に入った時点で、発砲。
ガルドブルム由来の負の気配が霧散し、ただのポンコツと化したトラックが止まりきれずに滑っていった。
●
小さな弾から冷気が乗り移った。
歪虚CAM内の負マテリアルとせめぎあう。
一部は装甲の隙間から排出されはしたが、攻撃を当てる力と避ける力は目に見えて低下した。
ルーファス(ka5250)は無言で再装填を行う。
味方に攻撃を促す必要は無い。
彼の姉は動き出している。
漆黒の塗装に赤のラインが美しい機体が前に出る。滑らかに揺れるステップとスラスターによる加速を組み合わせて歪虚CAMとの距離を0にした。
鈍った歪虚CAMでは1発も当てることすらできない。
マーゴット(ka5022)の暗い紅瞳に、予想命中率100パーセントを示す表示が映り込んだ。
「まずい」
「しまった」
姉弟のつぶやきは、斬魔刀が装甲を切り裂く音でかき消される。2人の当初予想よりダメージが小さい。
歪虚CAMが懸命に地面を蹴って強引に距離をとる。
攻撃を捨てた移動はマーゴット機の白兵武器からの逃亡に繋がる。
マーゴット機と歪虚CAMの移動力は同レベルで有り、追撃戦闘になれば決着まで数十分の時間がかかる可能性さえあった。
さらに深刻な問題がある。シールド有りのCAMの頑丈さは予想以上だ。確実に勝てるがこのままでは時間がかかりすぎる。
「リジル、1度被弾したらボクを置いて下がって。お祖父……っとと、あの人が言ってた人の姿のガルドブルムとの戦いが本番だから」
イェジドが素直にうなずき、ルーファスを乗せたまま歪虚CAMを追いかけた。
速度比は2対1。
瞬く間に十数メートルの距離まで近づく。
「攻撃はボクが。他は任せたよ!」
回避行動込みの高速移動のまっただ中で魔導銃を構えて発砲。
複数の弾丸が歪虚CAMの装甲を撃ち抜き胴体部の機構を破壊した。
鉄の人型が動かなくなる。
ルーファスが空の弾倉に弾を詰め、漆黒のCAMが止めを刺そうと刃を突き下ろす。
このままでは回避も防御も不可能だ。
無理矢理予備の回路を起動し機体を数ミリ位置をずらし、致命傷を避けるので精一杯だった。
愛機に怒濤の攻撃を命じながら、機体の頭部を軽く振ることで作戦変更を提案。
弟は一瞬も迷わず全力射撃に切り替えた。
「CAMが敵だとこんなにしぶといんだ」
奥歯を噛みしめる。
引き金を退く。姉の攻撃とあわせれば中破に近いダメージを与え、しかし歪虚CAMはマテリアルと引き替えに再生を行い、全体的な能力低下と引き替えに再生を果たす。
「駄目だよリジル」
攻撃に加わろうとしたイェジドを制して移動および回避行動を続行させる。
歪虚CAMが逃走を企んだ場合、イェジドの足がなければ逃亡に成功する展開があり得る。
だから、マーゴット機が正面から攻め、イェジドと主が退路を側面から攻撃することで足止めとダメージ蓄積を狙う。
コクピット内は墓所の如く沈痛な気配で満たされている。
マーゴットのHMDだけが、命中率9割越えや大ダメージ確定の情報を陽気な色で表示し続ける。
別に間違ってはいない。
Brunnhildeの刃は十分に強力で、歪虚の再生能力が非常識な水準で高いだけなのだ。
長い時間が過ぎる。
ルーファスは長期戦に対応してスキルを節約。イェジドに持たせた予備の予備の弾倉を何度も受け取り事態の変化に備える。
小さいながら凶悪な爆発が発生。
戦場の全体の気配が変わり歪虚CAMのセンサーが激しく光る。
歪虚が再生を諦め猛然と発砲。リジルが回避しきれず弾を腹に浴びた。
咳き込むような呼気が一度だけ吐き出され、次の瞬間には最初と変わらぬ速度でイェジドが走り、避ける。
幻獣用の盾の能力は高く、30ミリ弾程度なら何発でも耐えられそうだ。
「ルーファス」
スラスターによる短距離跳躍の後歪虚CAMも背後へ着地。
片足で立ちその場所で加速。
水平の円運動で以て斬魔刀を繰り出し、歪虚の両足の付け根を半ばまで切り裂いた。
「はい」
倒れる途中の機体にスキル無しで銃撃。
装甲の隙間から入った弾丸が疲弊した中枢を砕き止めを刺した。
●
「また変わった場所でお会いしましたね」
『お前か』
美女に偉丈夫の組み合わせは恋愛物語の一幕に似ていた。
重騎兵が素手男に突撃を仕掛けてる場面でもあるので血臭しかしないが。
「2つ質問があります」
『ほう?』
言ってみろと男が目で促す。
龍槍「ヴィロー・ユ」が振るわれるたびに回避のための空間が減っていく。
「この暴走騒ぎを意図的に起こしたのですか」
馬の代わりのリーリーが、視線と足先で渾身のフェイントを仕掛けた。
人型歪虚の歩幅が指1本分乱れる。
穂先の龍鉱石に淡い光が灯る。
龍槍が高々と振り上げられ、鍛え抜かれた技と力で以て男の頭頂を狙った。
牙の如き歯が剥き出しになる。
初めて歩みを止め、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)とリーリーに一歩近づき、逞しい両腕を交差させて高速の一撃を食い止めたように見えた。
「返答は?」
男の全身が痙攣する。
高濃度のマテリアルが漏れて涙の如く両目から垂れる。
『分からん。狙って出来るとも思えねェ』
男の口の端が吊り上がっている。
心あるいはマテリアルを防ぎきれなかった。
そのため技と力も防御しきれず変化した体の調子が悪い。
「では最後の質問です」
瞬間移動じみた速度で槍が消える。
リーリーが不規則な動きで後退、ヴァルナが突きを繰り出し弱った竜瞳を狙う。
「わざわざ出向いた目的を説明してください。まあ、出向いた目的は凡そ見当が付きますが……」
男が目指していたのは歪虚CAMの残骸置き場だ。
おそらく手間をかけて人型になってまでこの場に来るのだから、少なくとも回収するつもりはあるはずだ。
『1年も経たずこれほどの技をモノにするかよ。オウ質問だったな。お前等流にいうとセンサーで偶然捉えてな、見に来た』
震えを気合いで押さえつけ、拳が高速で突き出した。
予備動作がなくヴァルナは辛うじて反応できたがリーリーは一瞬反応が遅れ、翼の根本近くに手首までがめり込んだ。
リーリーが斜め後ろへバックステップ。
龍槍と突き上げられた蹴り足が平行線状に伸び、どちらも目標を捉えられず引き戻される。
『しかしだ、面白ェ話を聞いて気が変わった。カガクシャってなァ凄ェな。屑石から俺の鱗を抜く牙を何十何百と作るたァな。楽しい戦が増えそうじゃねェか、エェ?』
「返答には感謝します」
ヴァルナは槍を構えたまま器用にリーリーから飛び降りた。
気配だけで後退を指示され、リーリーが安全な場所まで駆けていく。
「荷物を持ち帰るだけでは退屈でしょう? 私共と一曲如何ですか?」
騎乗時と比べれものにならないほど移動力は低下し、しかし回避と防御の切れは比較にならないほど向上した。
人化と素手という枷のある竜相手なら、1人で戦ってもすぐにはやられない。
歪虚の北への歩みか完全に止まった。
興奮で極一部だけ人化が解け、瞳が爬虫類のそれに戻っていた。
「ちょっと待つのな。柊サンに続いてダーリンといい雰囲気になるのは狡いのな」
黒の夢が割った入って真顔で言い切った。
ヴァルナが戸惑う。
黒い男は笑顔で歓迎する。情愛も情欲もない戦意のみの笑顔だ。
仲間が来るまでの時間稼ぎにはなると判断し、ヴァルナは一歩下がっていつでも黒の夢の援護に入れる場所に立った。
「汝を倒せたら我輩にキスとかどう? あ、勿論唇にね!」
憂いのない童女のようにはしゃいで強請る。
人語を解する歪虚なら彼女を騙すかあざ笑い襲いかかるのが普通だ。
本来はガルドブルムもそのうちの1体ではあるのが、そうできない大きな理由が1つ存在する。
この女は強い。
「うな? 身体の一部でもいいけど……でもキスがイイナー」
熱い視線を感じ、好意に限りなく近い何かを真っ直ぐに返す。
『浚って番うのが甲斐性ってもんだ』
相変わらずガルドブルムに油断はない。
魔導型デュミナス中隊に包囲されてでもいるかのように、戦いへの歓喜と最大の警戒を黒の夢に向けている。
「ならそうするのなー」
のんびり平然と、一切の躊躇無く、膨大なマテリアルが黒の夢の歌に乗って破壊の力に変わる。
黒い男が飛び出す。
精鋭ハンター以上上級歪虚未満の身体能力を活かした右手右足による連続攻撃だ。
今度はヴァルナが割って入る。
フェイントを兼ねたの蹴りを屈んで躱す。本命の拳を槍の柄で受け被害を減らしたところで黒の夢の力がこの世に姿を現した。
「退っ」
聖堂戦士団の警告は遅きに過ぎた。
白い火球が現れ音もなく弾ける。
面での攻撃は回避が困難だ。
炎はガルドブルムの背中に到達し、服も皮膚も燃やし尽くして内側まで無残に焼いて外気に晒す。
それだけでは終わらない。
白いマテリアルに触れた大気と地面が耐えきれず、正と正のマテリアルがぶつかりあい衝撃と化して周囲に飛び散った。
ヴァルナが突いた。
この有様でもなお見事な防御を見せる歪虚が、一瞬薄れ一瞬竜の姿を表す。
『ハハッ、負けたかッ!』
悪意のないからっとした歓声だった。
体液と負属性マテリアルが背中以外からも流れ地面を汚す。
「やったのな」
ぐっと握り拳をつくって、ふと気づいてひらひら振って合図を送る。
ガルドブルムを仕留める好機と誤解していた聖堂戦士が研究員の護衛に戻った。元に戻った竜相手では無駄死にしかできないから仕方が無い。
なお、ヴァルナは空気を読んだ上で容赦なく人化竜を攻め立てる。
日和った敵には高所から大人気ないブレスをぶちかます畜生が相手だ。会話するつもりなら攻めるしかない。
『アァ』
歪虚が気力を振り絞る。
これほどの傷を負ってなお人化を維持するのは無茶である。けれど己を何度も追い詰めた女相手に引くのは雄としてあまりにも情けない。
半ば炭化した足が美しく地面をすべる。
ヴァルナですら反応仕切れず突破され、黒の夢は迎え入れるように両手を広げ、ついでに第2弾の火球をチャージ済みだった。
「ダー……」
鋼を砕く腕が優しく腰にまわされる。
竜の瞳が真正面から黒の夢の瞳を見つめる。
荒々しく唇が奪われ、柔らかな口腔が蹂躙された。
●
飛び立つ黒竜を地上で見送りながら、ヴァルナはそっと疑問を口に出す。
「何が貴方を戦に駆り立てるのですか? ガルドブルム」
個人で勝利し疑問を突きつければ、戦いを欲する感情に理由はないと大真面目に応えるのかもしれない。
「ダーリンは?」
目覚めた黒の夢がか細い声で問う。
凶悪な負のマテリアルに当てられ酷い体調だ。心配そうなイェジドに応える余裕もない。
「対地戦闘を始めるようです。味方と合流しましょう」
背中の壊れた鱗から血を流していても、ガルドブルムの飛行に乱れはなかった。
「やめてっ」
「いやぁっ」
甲高い鳴き声が一瞬ではあるが竜の羽ばたきを圧倒した。
全員男で、しかも大部分が40代以上。
破壊エネルギーが扇状に広がり、壊れたCAMのパーツ全てがまとめて焼かれて焦げていく。
時折、負のマテリアルを散らして消滅する部品もある。
そのたびに研究者の嘆きが大きくしかもしつこくなっているのに真司は気にもしない。
空の黒竜と視線をあわせ、力を込めて宣言する。
「悪いがアンタに渡すパーツは無い、大人しく帰って貰おうか」
『吝ィな』
「アンタの首より非戦闘員の保護が大事なだけだ」
しっしっと徹底してそっけない態度で竜をあしらった。
「仕事が終わったらいくらでも相手をしてやるよ。お互い弾とブレスが当たらず間抜けな戦いになりそうだがな」
『オゥ……』
あまりにもつまらない展開を想像してしまい、心が乱れて動きも乱れた。
そこへ複数機のCAMと一部生身による銃撃が集中する。
集中が途切れ、回避行動も単純になり、しかしその状態でほとんど全てを回避し当たった1発も鱗の厚い部分で受け被害を減らす。
弾は鱗を割り肉の中に食い込んでいた。
『お前か!』
竜の瞳に歓喜が灯る。
鋭角的に進路を変えて降下を開始。
己に見事一撃加えたルーファスめがけて直進する。
『翼を潰されるのは一度で十分……』
幼さの残る凜々しい顔を間近で確認したとき、ガルドブルムは激しく瞬きして人違いに気づく。
敵の都合など構わずルーファスは攻撃を続ける。
ガルドブルムは腹の数カ所についた弾痕とルーファスの顔を見比べ、喉の奥から笑い声が漏らす。強敵だ。それで十分だ。
『カガクシャは放っておけ。美味い獲物がいるのに目移りなどしねェ!』
負のマテリアルが攻撃に傾く。
止まっていた体液が流れだし、竜の喉奥から光があふれて広範囲に降り注ぐ。
聖堂戦士団相手に使えば覚醒者の全身鎧蒸しがダース単位で出来ていただろう。
炎の中からCAMのカスタム機が抜け出した。
溶けているのは装甲表面のみで、関節にも銃器にも深刻な損傷はない。
回避行動をとりながら試作型スラスターライフルで対空射を続行。
黒竜は速度の割に異様なほど機動性が高く、一瞬反応が遅れるだけで射程外に出てしまう。
「直接会うのは初めてですね、せめて名前くらいでも覚えて帰ってもらいたいものですが」
沙良は意識を切り替えた。
当てるのではなく敵の予想進路に1つでも多くの弾を置くつもりで、要するに覚醒前の射撃同様の低命中率を覚悟しとにかく弾を送り込む。
黒い鱗が時折光るのは、希に1から2発当たった弾と鱗の衝突による火花だ。
細く絞られたブレスがリリィを狙う。
防御する必要は無い。絶妙の横加速で高熱ブレスを躱した。
沙良が細い眉をひそめる。
負けるつもりはなく、勝てる予感もない。
生身でやりあうのも防御と耐久力の面で不安がある。
「貴方がCAMにでも乗ってくれば面白い勝負が出来そうですけどね」
沙良と上級歪虚との距離はまだまだ遠かった。
『ハ、その数で仕掛けるかッ』
楽しい。最高だ。ハンターが育つまで待つだとか機械人形がどうだとかはもうどうでもいい。
マテリアルごと滅ぼすつもりの炎を全力で重点開始。速度も己の限界まで引き上げる昇。
「アイツが……兄さん達が戦った十三魔の一体、ガルドブルム」
マーゴットの瞳に飛翔する竜種が映る。
感情のない瞳の奥に、歪虚でも届かない重さの感情が凝って揺れる。
「アイツが兄さん達にとって脅威となる存在なら、アイツは私の手で狩らなくてはいけない」
だから死ね。
直前までの弾道計算も体に染みつかせた技術も今は全て忘れる。
重さが世界そのものといえる何かに触れる。細い指が膨大なマテリアルに後押しされトリガーに触れた。
『ッ』
顎の裏に弾着。
中途半端に口が閉じられ、溢れた炎が無人の元実験施設を灼いた。
解けたガラス状の何かが茹だって上昇気流がうまれる。
「行くよリジル」
イェジドがヒーリングポーションをかみ砕いて器用にガラスだけ吐き出した。
幻獣が疾走する。
マーゴット機の脇を駆け抜け旋回中の竜の斜め下方へ滑り込む。
距離は約100メートル。車載火器の間合いだ。
竜の尻尾から燃料漏れの如く負のマテリアルが伸び、鼻の穴からレーザーじみた吐息が漏れる。
『そうだ。来いニンゲン!』
人と竜の戦意がぶつかり中間の空が帯電する。
ルーファスが必殺の狙いをつけ、ガルドブルムがたった1人のハンター相手に文字通りの全力を出した。
そして、両者同時に馬鹿馬鹿しい現実に気づく。
相対速度が違いすぎて戦いとして成立しない。
一度攻撃を躱すと数百メートルも離れてしまう。再度接近するための時間を考えると間延びしきった戦いにしかなりそうにない。
『頼むぜェ』
高揚と冷静の落差が竜の心を苛む。
格納庫から観戦中の博士以下マッドに向ける目には、懇願に近い色が浮かんでいた。
竜が旋回を止めて直進。落胆を感じさせる背を向け東へ消える。
「僕ら親子3代の敵……いつか必ず仕留めてみせるっ」
なんとか最後まで言い切って、ルーファスは疲れ果てた体をイェジドの背に横たえた。
「貴重な機材がパァか」
撤収前最後の確認を終えリカルドがつぶやく。
妙に艶々した老人に気づいて声をかける。
「なんで、現状人間の弱点を巨大化させたような戦闘不向きな人型を好んで兵器にしたんだ?」
不躾にも聞こえる質問に、老博士は楽しげに答える。
「要求仕様を満たした上で他よりマシだった。使える資源が減ったので代価の兵器も作れず今に至る訳だ。……いい時代になった」
リカルドは肩をすくめてコクピットに乗り込み、ロボット兵器愛好者の群れを護衛し帰路につくのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
【相談卓】対 ヒトガルドブルム 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/10/03 00:10:32 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/30 03:39:37 |