• 蒼乱

【蒼乱】ギアンサル・カデンツァ

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/10/06 12:00
完成日
2016/10/17 22:56

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 コボルド達の本拠地、地中深くの聖堂。
 浄化術を終えた術者達が半透明な神霊樹へと聖句を紡ぐ。
 暫くその聖句を聞いていた一体のパルムは、人の胸の高さ程まで浮遊するとその幹に触れた。
 その瞬間、パルムが触れた所からマテリアルの光が枝葉の先、地中に至るまで葉脈のように走り、一瞬にして誰もが知る青々とした葉を茂らせた神霊樹へと変わった。
「恐らくパルムを失うような何かがあって、神霊樹自身が眠っていたのでしょう。これでこの大陸の古い記憶を西方諸国の研究所でも調べられるようになったはずです」
 基本的に大精霊である神霊樹が枯れるということはない、と言われている。
 そのため、負のマテリアルに汚染されたり、歪虚に自身の持つマテリアルを狙われた場合などは非活性化状態になるのだという。
「それにしても、面白いですね。太古の昔に人が描いた壁画ですか」
 術者はぐるりと周囲を見回して頷いた。
「悲願達成までもう少しですね」
「そう、ですね」
 イズンは曖昧な笑みを浮かべてぎこちなく頷いた。

「あなた達人間を最大支援するよう、他の部族のコボルド王達へ通達を出した。尤も『救世主』であるあなた達への協力を惜しむコボルドがいるとも思えないがな」
 神霊樹が活性化して1番驚いたのは、ワ王亡き後青の一族の王となったケンのこの口調の変化だった。
 どうやら今まではこの地の神霊樹が眠っていた為に“この地方の言葉”が上手く変換されなかった事によってカタコトに聞こえていたらしい。
 逆に言えば、ケンからしても『何と聞き取りにくい言葉をしゃべるのかと思った』との事なのでいかに神霊樹の持つ通訳機能が重要かを痛感したイズンである。
 だが、やはり言葉を操れるのはコボルドの中でも一部の者だけであるという点に変わりは無かった。これは神霊樹やコボルドの持つ知性的な問題だけで無く、物理的な声帯的な問題もあるようだ、とはソサエティからの返答だった。
 一方で言語でのやり取りがスムーズになった事でこの地に住むコボルド達は西方文化圏にいるコボルド達より遥に知能が高く、文化的な生活をしていることも判った。
 いや、薄々察してはいたのだが、識者によると、太古の人々が残した道具や住居を使い、歪虚以外の外敵がいない中で群れ単位での生活をしているうちに彼らなりの文化が発達したのだろうとの事だった。

「竜の巣への入り方、か……。もしかするとここより南の遺跡から通じている道があるのかもしれぬが、そちらは竜が多く我々も殆ど出入りしていないのだ」
 竜達には不可侵領域のような物があり、コボルド達はそこを越えないよう生活してきたらしい。
 青の一族はコボルドの中でも最南端の位置に本拠地を置く群れであり、その分竜達との付き合い方も他の一族と比べても上手い方だったという。
 時折、双子竜のような高位の竜が戯れに無理難題を吹っ掛けて来ては虐殺行為に走ることがあったが、それでも一族郎党皆殺し等と言う事も無かった。
 ケンは長く息を吐いた。
 今回、ハンター達の活躍の結果、被害は一族の長であったワ王と、数日前に行方不明となっていた若いコボルドが一体。他のコボルド達はワ王の機転により己の側近さえも全て避難させていたと聞き、文字通り王は己の命と引き替えに一族を守ったのだと知った。
「ただ言えるのは、空を飛ぶ竜達はよく火口の辺りにいる。彼らが出入りする場所があの辺りにあるのではないだろうか」
「……なるほど。行ってみる価値はありそうですね」
「遺跡から通じる道が無いかはこちらからも探してみよう。我が父と同胞を殺したこと、必ず後悔させてやる」
 犬歯を剥き出しにしてケンが低く唸る。
「助かります。が、無理はなさいませんよう」
「それは救世主様にも言えよう。武運を」




 標高が高くなっても全く涼しくならないという特殊な環境に理不尽さを感じながら、イズンは黒い岩肌が剥き出しとなった山の火口へと遂に辿り着いた。
 火口の縁に立つと、そこからは見える風景に誰もが息を呑む。
 何キロにも渡る巨大な漆黒のカルデラ。その中央は底が見えないほど深いが、そこから強欲の飛竜が飛び出してくるのを見て、そこが竜の巣の入口の一つであることを確認する。
 他にも歩行タイプの大型竜が西側の洞穴から現れたのを見て、イズンはそこが竜の巣の奥へと繋がっていることを確信した。
「行きます」
 イズンの号令で一同は大型竜を殲滅した後、洞穴の中へと突入した。

 そこは緩やかな下り坂の続く広く暗い洞窟だった。
 イズンは手持ちのLEDライトを掲げ、慎重に降りていく。
 そして、ついに高い天井にただただ広く明るい空間に出た。

「「待っていたよ、ニンゲン」」

 その中央に伏せていたのは全長6m以上はあろうかという白い竜だった。

「「きっとお前達は来ると思っていたんだ。何しろ、強欲だからね」」

 複数の重たい足音が響く。
 イズンは自分達が待ち伏せられていた事に気付いた。

「「さぁ、遊ぼう?」」

 嬉しそうに楽しそうに白竜は告げると、鎌首をもたげたのだった。






 時は遡る。

『だから言っただろ』
 岩に腰掛け、頬杖を付いたマクスウェルが魂の片割れを抱きながら泣く幼い竜に向かって冷淡に言い放つ。
『お前らは歪虚としての誇りが足りねぇ。この世界を滅ぼすとか言いながら未だに“犬”すら滅ぼせてないところが、その証拠だ』
 泣き止まぬ様子に聞こえよがしに溜息を吐いて立ち上がると、抜き身の剣先で幼子の顎を無理矢理上げさせた。
『元に戻ればいいだろう。お前ら元は一体だったんだろう?』
 『マシュとマロはその力が器に対して大きすぎた為、産まれるときに二つに分けられた双子』それをマクスウェルに教えたのはまた別の竜だったが、それを知って面白いとこの双子竜に声を掛けた所、何故か“パパ”と懐かれた。
 辟易しながらも遊んで欲しいならまずはコボルドを滅ぼしてこいと言った所、今、丁度遊んでいる所だと言うのでちょっと入れ知恵をしてやった……結果がこの様である。
『ゲートの守護竜とやらが情けない。良いのか、このままだとニンゲンはここにも来るぞ。アイツらはお前らよりよっぽど『強欲』だからな。この世界の全てを蹂躙し尽くすぞ。そして、お前らの王も……』
「……いでち」
『あ?』
「許さないでち。犬っころより先に滅ぼしてやるでち……!」
「……マシュ」
 伸ばされた手を握って、マシュはこわばった表情でマロを見た。
 それから硬く両目を閉じて見開くと、力強く頷き大きく口を開いた。

 肉を食み、骨を噛み砕く音が響く。

『ククク……良いナリになったじゃないか。それでいい。さぁ、戦え! ニンゲン共を殺し尽くせ!』
 マクスウェルの辯舌が竜の巣に響く。
 引きちぎれた黄色とピンクのリボンを踏み躙りながら、堪えきれない哄笑を続ける彼の前には、怒りに満ちた瞳で睥睨する本来の姿を取り戻したゲートの守護竜がいた。


リプレイ本文


 生まれたときからセカイはこの有様だった

 生まれたときからトクベツで
         トクベツだからここに縛られた


 最初の100年ぐらいはここを守るということを叩き込まれた

 次の100年ぐらいは多くの仲間達と同じように眠って過ごした

 次の100年くらいはエジュダハ達の目を盗んで外に出ることを覚えた

 その後の100年くらいで犬っころで遊ぶことを覚えた


 ここに縛られた身体は、餓えていた

 このタイクツから逃れる方法をずっと探していた




「「さぁ、遊ぼう?」」
「ちっ! はめられたかよ」
 そう言って鎌首をもたげた巨大な白竜を睨み付け、リュー・グランフェスト(ka2419)がイェジドの紅狼刃と共に身構える。
(あぁ、あの双子が成長したらこんな感じになるのかな)
 グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)はその白い鱗を見て何故かあの双子竜を連想した。
 そして、ふと足元に目を向けるとちぎれた2本のリボンが見えた。桃色と黄色のそれはグリムバルドがあの双子竜に贈った物、だったはずだ。
『マシュ、マロ……なの、か?』
 ヴェルガンド越しに名を呟いた。
 そして、呼ばれた当の白竜は少し困ったように首を傾げた。
「「……どうしてばれたのかな? 折角、威厳たっぷりにしてみたのに」」
「え……?」
 その言葉を聞いてセレスティア(ka2691)が両手で口元を覆い、金目(ka6190)の、覚醒してその名の通りの金色の瞳が大きく見開かれて、二度瞬いた。
「はっ! あん時のガキどもかよ!」
 リューが毒づくと同時に、以前マシュが言った言葉が脳裏を過ぎる。
(パパとか言ってやがったよな……こいつらに悪意を吹き込んだ親玉がいる……?)
 更に大きな竜が出てくる可能性に至り、リューは慎重に周囲を見回す。
「参ったな。可愛らしかったのに、随分な姿になっちまったもんだ」
 エアルドフリス(ka1856)が咥えていたパイプから火を落として嘆く。
「マシュか、マロか……」
 エアルドフリスもまた落ちているリボンに気付き、声が反響の為に二重に聞こえている訳では無いことに気付く。
「両方か」
「「凄いね。そうだよ。マシュとマロはひとつになると大きくなれるんだよ。“時が来るまで大きくなっちゃいけない”って言われてたけど、ニンゲンを滅ぼす事にしたから、おっきくなったんだ」」
 凄いでしょ、と言わんばかりの得意げな物言い。姿と声そして口調までも違うのに、あの双子が無い胸を張りながら言っている姿が目に浮かんで、グリムバルドは強く目を瞑ると静かに首を振った。
「「本当に、良く来てくれたね。お前はあたし達を騙してマロに酷いことしたから、絶対許さないよ」」
 強い怒りの視線を一身に受け、まさか、人間の女性よりも先に竜のお嬢さん(?)にこんなにも恨みをぶつけられることになるとは……と、エアルドフリスは頭を掻いた。
「はは。こりゃあ……責任を取らにゃならんだろうかねぇ」
『……久しぶりだなマシュ、マロ。なるほど。それが本当の姿か? あっちの姿も可愛いかったけど、これは綺麗って感じだな』
 ヴェルガンド越しにグリムバルドが声を掛けると、白竜は首を傾げる。
「「お前、誰?」」
 そう言われて、グリムバルドは愕然としたが、現在はヴェルガンドに乗っている為、白竜にはヴェルガンドがしゃべっているように見えるのだろう。
 そこに気付いたグリムバルドは危険を承知でハッチを開放した。
「俺だよ!」
 コックピットから身を乗り出して顔を見せる。すると白竜も「「あぁ!」」と声を上げ、そしてトーンダウンした。
「「……せっかくくれた“オシャレ”。切れちゃった」」
 白竜の視線の先には2本のリボン。予想外の言葉に、思わずグリムバルドは言葉に詰まった。そして、続いた言葉に身体が硬直した。
「「お前はイイ奴だから、見逃してあげようかなって思ってたけど、一人は寂しいから、やっぱり一緒に殺してあげる」」
「マシュ……マロ……」
 衝撃に動けないグリムバルドの金色の双眸は、白竜の夜色の瞳の奥に静かに大きく燃える怒りの炎を見た。
 その直後、入口側で銃声と剣戟の音が響き、グリムバルドは全身を大きく震わせ我に返るとヴェルガンドのハッチを閉め、操縦桿を握り締めた。
「「ねぇ、なんで? あたしに会いに来たんじゃ無いの……? あたしと遊ぶために来たんじゃ無いのっ!?」」
 入口付近を見た白竜は、怒声と共に背後で凄まじい風の音が響いた。
 そこにはイズン・コスロヴァ(kz0144)と10人のハンター、そしてミグ・ロマイヤー(ka0665)が操縦するハリケーン・バウの姿がある。
「「……そう、いいよ。そんなにそいつらが好きならもっと呼んであげる!!」」
 空間が揺れるほどの咆吼。
「「今日はちゃんとニンゲンと遊ぶ準備をして待っていたんだ。ここなら誰にも怒られない。いっぱい遊べるよ! さぁ、遊ぼう、ニンゲン!!」」
「……いいぜ、さぁ、来いよ白いの! 遊ぼうぜ!」
 静かに状況と成り行きを観察していた岩井崎 旭(ka0234)が相棒であるイェジドのヴォルドーフと共に白竜の左側へと回り込む。
 イェジドのオリーヴェに乗ったユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)はロニ・カルディス(ka0551)、グリムバルドと共に白竜の正面へと走った。
 右側にはイェジドの紅狼刃とリュー、同じくイェジドと共にセレスティア、金目が走る。

 一方混乱しつつも状況を理解しようと努めていたキヅカ・リク(ka0038)は、震える手で操縦桿を握り締めて動けずにいた。
 人魚島から帰って来たところをエアルドフリスに手伝って欲しいと請われてこの灼熱の大地に引っ張り込まれ、どうやら竜の巣が見つかったらしいということで来てみれば、巨大な白竜が猛烈な殺意を剥き出しにして待ち構えているというこの事態である。
『エアさん……何したの……?』
 そして何より、この白竜に対し、どうやらエアルドフリスが何やら“やらかした”ようだ。
 怒りに震える声でエアルドフリスに問うと、エアルドフリスはインスレーターのモニターから顔を背けて頬を掻いていたりする。
 グリムバルドや白竜の言葉から察するに、どうやら可愛らしい? 2匹の? 竜? が、この白竜になった???
『エ・ア・さ・ん?』
 一文字一文字区切るように名を呼ぶと、エアルドフリスはゲアラハの上で後頭部を掻きながら、もう片方の手で“ゴメン”とジェスチャーする。
「詳しくは、終わってから、な?」
 そう言うと、旭の後を追って左側へと走っていく。

 あ゛あ゛も゛ー、面゛倒゛く゛せ゛ー!!

 キヅカは操縦桿が折れんばかりに握り締めると、エアルドフリスの後を追った。


 正直今回の突入戦にたまたま参加したミグにしてみても、この展開は災難でしかなかった。
 良くわからないが、あの白竜と因縁のある者がいて、良くわからないが、待ち伏せされて、この有様。
 白竜と対面しているその後ろからは続々とリザードマンがやってきたので、ユニットの無いまま参加した者のフォローにと入ってみれば、八つ当たり的に激しい突風のような攻撃を受けるし、奥からリザードマンが更に増援としてやってくる。
「さりとて戦は戦。待伏せからの襲撃とあれば是非もなし。一矢も報いず撤退などあり得ん。むしろ根絶やしにしてやるわ」
 ミグは長い前髪を掻き上げた後、外部スピーカーをオンにした。
『イズン殿、ミグが撃ち漏らしたモノの対処を頼むのじゃ! まずは着実に一体一体仕留めるのが肝心じゃ』
 作戦の責任者であるイズン・コスロヴァ(kz0144)にそう話しかければ、彼女は大きく頷き、直ぐ様ハンター達に指示を出しながら自身もまた弓を引き絞って傷付いた一体へと矢を放つ。
 ハンター達への細かい指示は任せて良さそうだ。そう判断したミグは続けて襲いかかってくるリザードマンへと照準を合わせた。
 慣れた操作、やり慣れた動き、いつも通りの結果として、リザードマンが蜂の巣となって転がる。その流れを当然の物としてミグはハリケーン・バウと連動している指先でトリガーを引いた――が、しかし銃弾が飛ばない。
「!?」
 よくよくモニターを見れば、ハリケーン・バウの右の手指関節部分に小さなエラーサインが見える。
 モニターを拡大してエラーを吐き出している部分を見れば、そこには小さな石礫が綺麗に入り込んでいる。
「先の嵐……いや、竜巻の時か……!」
 銃から手を離し、右手を振るが外れず。左の指で何度か弾いてやって、ようやく入り込んでいた礫はころりと外れて地面に落ちた。
 その間にもハンターとリザードマン達は激しい攻防を繰り広げている。
「くっ、なんとセコイ技じゃ……!!」
 地味な嫌がらせのよう、そうミグは思ったが、しかし搭載型ユニットにとって、モニターや関節部、動力部というのは人間と殆ど変わらない。
 生物では無い為、精神干渉系の魔法は一切効かないが、物理的な状態異常というのは影響を受ける。それを思い知り、ミグは軽く唇を噛んだ。
「ミグさんっ! イズンさんっ!!」
 セレスティアの悲鳴のような緊迫した声にミグが顔を上げ、再びあの竜巻に巻き込まれた。
 激しい揺れと共にコックピット内が暗くなりエラー音が響く。
「イタタ……今度はなんじゃ……!?」
 強かにヘッドレストへと後頭部をぶつけたミグはモニターを見て絶句する。
 カメラ部分に砂が付着した為、文字通りの“砂嵐”でモニター一面が埋まっていた。
「くぅ! 洗浄とワイパーは……」
 当然、ある程度の異物除去機能は搭載されている。それを機導師の意地と誇りで手動に切り替え、一刻一秒でも早く立ち直るように、また、同時に他にも先ほどのような小さな異物混入が無いかを確認する。
 その間にも無事だったスピーカーからはさらにリザードマンの増援が来た旨と、苦戦する仲間達の声が聞こえる。
「……っ! よし、行くぞ、ハリケーン・バウ!」
 モニターが回復すると同時にミグは銃口を仲間を襲おうとしていたリザードマンへと向け、今度こそ流れるように引き金を引くと、リザードマンの頭部を吹き飛ばした。




 お前達は門の守護竜としてふさわしい竜とならなければならない

 ――あり得ない。僕より若いこんな半端者が守護竜だなんて、僕は認めない!

 門の守護竜はここから出てはならない

 ――気易く話しかけるな。僕には僕の役割がある

 我らの偉大なる王は、今は遥か北の地に捕らわれておいでだが、時が来ればそこからお出になる
 その時まで力を蓄えてけ。それがお前達の務めだ

 ――君たちは守護竜なんだ! 軽率な行動は慎めと何度言ったら……!

 私はもう長くない。私の最後の我が儘を許しておくれ

 ――僕には仲間を守るという役割が、君たちには門を守るという役割が……

 王の下へと向かう。後は頼んだぞ、私の……




 竜巻の直後、キヅカのインスレーターによる銃撃は障壁によって阻まれた。
「強欲、か。テメーらドラッケンには毎回言われるな。だから毎回返してやる。俺たちは未来に向けて歩く者。今日よりも少しだけいい明日へと手を伸ばす者!」
 旭は赤い腕輪をひと撫ですると、背にしたエクスプロイトを抜き、ウォルドーフと共に尾を狙って斬り掛かった。
 また逆サイドからはリューも同じように尾を狙い紅狼刃と共にオートMURAMASAを振り下ろす。
 しかし、その尾を大きく左右に振ることで、旭とリューの攻撃のタイミングがずれ、効果的な一撃を与えきれない。
「「もーさぁ。お前達はそればっかりだね」」
 うっとうしそうに尾で地面を薙ぎ払う。
 土埃が立ち、その度に小さな揺れが足元から伝わってくるのを感じる中、ロニは魔導バイクを操縦しつつ、セラフィム・アッシュを構えて慎重に白竜の出方を待つ。
「「そればっかり。面白くない」」
 白竜の注意が完全に自分から逸れた瞬間を捕らえて、ロニは朗々とレクイエムを歌い始めた。
 白竜の周辺を神秘の力が満たし、その動きを縛る。
「「……何、これ? 面白い! 何これ、面白い!!」」
 だん、だん、とその場で足踏みをして己を縛る力に抗いながら、ロニを見る。
「「それ、何? 面白いね、知らない言葉だ。何? 何したの???」」
「……鎮魂歌だ。お前達歪虚やアンデッドなどの死んでいる存在の行動を阻害する」
 答えるまで執着されそうな勢いに圧されて、ロニが正直に答える。
「「ちん、こん、か? 変な名前! でも面白い、それ面白い、もう一回やって! ねぇやって!!」」
 予想外の反応に何と対応した物かと絶句するロニに、グリムバルドがモニター越しに苦笑しながら頷いた。
『歌ってやってくれ。多分、“歌”を聞くのが初めてなんだ』
 グリムバルドの言葉にロニは怪訝そうに眉を顰めるが、頷いて拘束力の無いただの鎮魂歌を歌う。
 ――ヒトは会話が上手でちね。
 初めて会った時、話しかけたハンター達との会話に双子は夢中になった。
 あのコボルド達の拠点での戦いの時も、プレゼントを渡して話しかけている間はずっとハンター達との会話に夢中だったと報告を見た。
(退屈で寂しいのなら、オアシスに来れば幾らでも相手をしてやったのに……)
 次、会うことがあったらと用意していたオルゴールが、鞄の中でカタリと音を立てる。
 グリムバルドは下唇を噛み、目の前の“白竜”を見据えた。
『でも、マシュ、マロ。俺達の相手を忘れて貰っちゃ困るぞ』
「「大丈夫、忘れたりしないよ! ちゃんと遊んで、殺してあげる!」」
 ヴェルガンドを操縦しながらでは自分の攻撃を放つことは出来ない。
 入口付近の剣戟にこれ以上白竜が気を向けないよう、グリムバルドはこちら側に気を引く為にも積極的に声を掛ける。
(いや、違う)
 自分が、白竜と話したいのだと、なるべく多くの言葉を交わしたいのだとグリムバルドはヴェルガンドを操る手を止めずに思う。
 恐らく、これが最後になる。そう、何かがグリムバルドに告げていた。

「『強欲』…か。そうね、確かにそれに関して否定はしない」
 ユーリがオリーヴェと共にオートMURAMASAを手に構えてから全身を鞭のようにしならせ、マテリアルの青白い雷を纏った一撃を白竜の胸元へと叩き込んだ。
 それでも、大切な人達と共に生きる為に、憎悪と悲しみの連鎖を終らせると決めたユーリの剣筋に迷いは無い。
「だから……その憎悪を、殺意を全てぶつけてこいっ、私がその総てをこの刃を以て終わらせる……っ。そして教えてやる。お前の王は……決してヒトに対して憎悪を抱いてたのではないと」
 ユーリの言葉に白竜はズンズンとユーリへと近付いた。
 慌ててエアルドフリスがゲアラハに命じて轟風刀で、キヅカのインスレーターがアサルトライフルで足元を狙うが、それを物ともせず進む。
「「お前、王にあったことがあるの? そうなの? いいなぁっ! いいなぁっ!!」」
 ユーリに顔を寄せ、白竜が紡いだ言葉に誰もがぽかんと白竜を見上げた。
「「ねぇ、かっこよかった? 赤くておっきいって聞いたんだけど、どのくらいおっきいの? ねぇ、何か言ってた? お話したの?」」
「お前……メイルストロムに……赤龍王に会ったことが無いのか……?」
 旭の問いかけに、白竜は大きく頷いた。
「「一度会いに行ってみたいんだけど、ダメって言われちゃった。『お前は門の守護竜だから、勝手に出歩くな』だって。みんな会ったことあるの? ホントに?! いいなぁ、ずるいなぁ!」」
 白竜の巨大な右前足が、ユーリごとオリーヴェを薙ぎ倒した。
「っ!!」
 オリヴィアと共に地面へと倒れ込んだユーリの脳裏には、自分の無事を祈るマーゴット(ka5022) の姿が浮かぶ。ユーリは2、3頭を振ってすぐに立ち上がると、オリーヴェへと駆け寄りその無事を確認した。
「「もー! ちょこまか煩いっ!! そんな一斉に来なくてもちゃんと相手してあげるよ? もう本当にみんな欲張りさんだなぁ」」
 果敢に白竜へと向かうリューと旭をイェジドごと、白竜の尾が薙ぎ払う。
 セレスティアは傷だらけのイェジドに癒しの力を送りながら手綱を握り締めた。
「私達が強欲というなら、そう言えばいい」
 でも、と強い意志を持って、セレスティアは白竜を叱った。
「奪われるのが嫌なら、奪うのを止めなさい!」
「「ニンゲンこそ、マロを殺そうとしたくせに!」」
「あなた達はコボルドをたくさん殺したでしょう!? 貴方達がされたくない事は、皆。嫌なの。そんな事もわからないの!」
 セレスティアの叱咤に、白竜はその夜色の瞳を瞬かせる。
「「だって世界は滅ぼさなきゃいけないんだもん! でも、あんな犬っころでもいなくなったらもっと退屈になっちゃうから、だから、少しずつにしてただけだもん!」」
 退屈はイヤ、遊びたい、話したい、知りたい、見たい、聞きたい、もっと、もっと、もっと!!
 白竜から感じる強欲というにはあまりに幼い欲求にセレスティアはその海色の瞳を見開いた。
 この子達は、叱られたことがなかったんじゃないのか……そんな風に思っていたセレスティアはそうじゃ無いのだと直感した。
「あなた達の回りには……誰もいなかったの……?」
 呼べば湧いてくるリザードマンはいても、一緒に何かを考えて教えて学べるような、友と呼べるような、そんな竜が、いなかったのではないか。
 歪虚に“成長”という概念があるのかそもそもが疑問だが、北で見た龍達に比べて、あまりにもこの白竜は“幼い”。そんな印象がセレスティアの中で強く形作られていく。
「「おばちゃんも、何だか偉そうなおじちゃんも、エジュダハも、みんなみんなみんなあたしにここにいろって言う! 遊んでって言ってもダメって言う! みんな、いつか時が来るまではって言う! いつ? ねぇ、そのいつかっていつなのっ!?」」
 エジュダハの名に、旭が声を上げようと口を開くより一瞬早く白竜が吼える。
 周囲の負のマテリアル濃度が一気に上がり、肌が粟立つ。呼吸をするだけで臓腑を蝕まれるような痛みが旭を、ハンター達を襲った。
 思わず身をくの字に折ったエアルドフリスには呆れ顔でそれから不敵な笑みを浮かべるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)の顔が、衝撃に胸を押さえたキヅカにはいつでもそばで見守ってくれているエイル・メヌエット(ka2807)の微笑みが、膝を付いた金目にはドロテア・フレーベ(ka4126)と交わした約束が、リューにはリラ(ka5679)の祈りの声がそれぞれを奮い立たせる。
 甚大な被害にセレスティアとロニが立て続けにヒーリングスフィアをそれぞれ前衛に立つ仲間へと施しに走る。
「「パパが教えてくれたんだ。それはもうすぐだよって。だからもう大きくなっていいんだって。ニンゲンは強欲だから、放っておくとあたしたちをみんな殺しちゃうから、だから先に殺そうねって!」」
「さっきから、パパ、パパって誰だよ!」
 リューが臓腑を食い破られるような痛みを抑え、苛立たしげに問う。
「「知らない。パパはパパでいいもん。強くて格好良いんだ。それに色々知ってて、教えてくれる」」

「……龍と言えども歪虚に踊らされているようでは獣と同じじゃな」
 リザードマンを屠りながらもミグは白竜の言葉に耳を傾けていた。その中で、ミグは一つ確信したことがあった。
 “パパ”は竜ではない。
 だからどうだという話しではあるが、あの竜に強くて格好いいと言わせる存在であるということは、更に上位の歪虚であろうということは想像に難くない。
「イヤな予感がするのぅ……」
 倒れたハンターの一人をハリケーン・バウの背後に庇い、ミグは状況の把握を続けながらも攻撃の手を休めること無くリザードマンを撃ち抜いた。

 金目は元々戦闘が苦手だった。
 明らかに怒っている白竜を前に、早々に立ち去りたいと、胃の奥から迫り上がる不快感を何度も無理矢理飲み込む。
 それでもその身に傷を負い、傷付く仲間を、傷付くイェジドを、白竜を、皆の顔を見、腹を括る。
 ――他の誰かにこの場を任せるようなら、僕は未だ工房に居る。
 金目は優雅な白鳥の両翼にも見える両刃斧を大きく振りかぶり巨大化させると、白竜の左後ろ脚へと樹木を倒すときの如く斜め上から振り下ろした。
 しかしその一撃は透明な壁に阻まれ、白竜には届かない。が、金目にはこの瞬間に一つの確信を得た。
「リューさん!」
「ふざけんな! 倒される覚悟も無しに暴力を奮う餓鬼が一端に語ってるんじゃねえよ! 不愉快だっ」
『行きたまえ我が弟子よ! その心の赴くままに、正しいと信じたことを為したまえ!』
 かつて久我・御言(ka4137)に言われた言葉そのままに。
 ただ楽しむ為に命を弄ぶ事を、どんな理由があっても許さないとリューは心を振動刀に乗せ、名の如く白竜の全身を横から貫通させるような一撃を見舞った。
 悲鳴のような咆吼を上げ、白竜がよろめいた。
「「……今のはちょっと痛かったよ。……ふぅん、じゃぁ、お前は倒される覚悟があるんだよねっ!?」」
 怒りの色を強めた白竜が左前脚で紅狼刃の顎を掴むと、リューごと地面へと叩き付けた。
 地面を転がる間、神城・錬(ka3822)のつっけんどんな表情と交わした約束がリューの脳裏を過ぎり、リューは負けられないと振動刀を支えに立ち上がった。
 その目の前には、顎を捕らえられたまま持ち上げられている紅狼刃の姿。
「紅狼刃っ!!」
「「お前にはあっても、この犬っころにはあるのかな?」」
 白竜の手から逃れようともがく紅狼刃の蹴爪など意にも介さない様子で、反対の手で紅狼刃の首元に手をかけた。びくん、と紅狼刃の全身が跳ねた。
「やめろぉおおおっっっ!!!!」
「ダメぇっ!!」
 リューがなりふり構わず白竜へと走りだし、セレスティアが悲鳴を上げて全身を硬直させた。
 その白竜の右前脚を、氷の蛇が喰らい捕らえた。
「先日はこいつがよく効いたんだったねぇ」
 エアルドフリスが左唇を持ち上げて睨め上げる。
 白竜はその視線を受け、紅狼刃をリューへと投げつけると上半身をエアルドフリスへと向けた。
「「うん、それ嫌い……でも、あたしもひとつ覚えたよ……!」」
 白竜の全身の筋肉が大きく緊張を孕んだのを見て、キヅカはインスレーターで盾を構えてエアルドフリスの前へと走り込む。
 それは360度の尾での薙ぎ払いだった。
 範囲内にいたリューは後方の壁まで飛ばされ、意識を失う。
 リューだけでは無い。ユーリ、金目、グリムバルド、旭、キヅカはもちろんのこと、狙ったエアルドフリスにもその尾の一撃は届こうとしていた。
 が、インスレーターが身を挺して盾となったことと、何故か白竜の前に月光を背負った無限 馨(ka0544) の姿がちらつき、狙いが狂ったお陰でエアルドフリスは致命傷を追わず、地面へと転がり落ちるだけで済んだ。
 白竜はそんなエアルドフリスを見て、キヅカを見た。
「……お前、硬いから嫌い」
 白竜のそんな言葉にキヅカは失笑しながら「そりゃどーも」と再度盾を構え直すとエアルドフリスを庇う様に立つ。
 ズンズンと地響きを立てて白竜は歩みを進め、低くうなり声を上げているゲアラハの前に立った。
 先ほどの紅狼刃への動きを思い出し、エアルドフリスは背筋が凍った。
「ゲアラハ! 逃げろ!!」
「「逃がさないよ」」
 エアルドフリスの声にゲアラハが動くより先に、白竜はゲアラハの尾を掴み放り投げた。
 地面へと叩き付けられたゲアラハは二度地面で跳ねて動かなくなった。
「「許さないよ。マロにしたことも、あたしたちを殺そうとしたことも。あのお話も、花も、全部全部嘘だったこと、絶対に許さない」」
「笑止。甘言と物に釣られた己の浅はかさを呪い給え」
 傷だらけになろうとも、ゲアラハが倒れようともエアルドフリスの挑発は止まらない。
「所詮コボルド相手に悦に入る程度の器か。強欲を名乗るにゃあ不足だな、お嬢さん?」
「「……そうだ、おばちゃんの臭いがしたのに、生きていたんだから、おかしいって思わなきゃいけなかったんだ。おばちゃんの代わりに殺してあげる。それで、ほめてもらおう。うん、そうしよう、それがいいね」」
 エアルドフリスはこの場を切り抜ける為に、生きて帰る為に、少しずつ少しずつ奥の崖へとキヅカと共に後ずさる。
 中央ではユーリが、右ではグリムバルドが、金目がそれぞれに攻撃を繰り出すが、その何れも白竜の気を引くほどの一撃にはならない。
「エアルドフリス!」
 ロニがヒールを飛ばし、セレスティアもイェジドの脚力を借りてエアルドフリスの傷を癒やしに駆けつける。
「このっ!」
 旭がウォルドーフと共に白竜の足元へ行くと、踊り狂う烈風の如き二連撃で後ろ脚の爪先を切り落とした。
「「しつこいなぁ! じゃぁ、お返しだよ!!」」
 旭を見た白竜は、恐ろしい程の重低音を唸らせながら裏拳でウォルドーフの横っ面を殴り飛ばした。
 それでも、主に似たのかウォルドーフは4本の脚を踏みしめ倒れずに、直ぐ様白竜の後ろ脚に噛みついた。
「「んもぅ! しつこい犬っころはこうしてやる!」」
「ウォルドーフ! 下がれ!!」
 旭が叫びながらウォルドーフから飛び降り、同時に白竜の周囲を濃縮された負のマテリアルが覆う。
「っ! こんなの何度も喰らってたら身が持たないぜ」
 グリムバルドが不味い煙草の煙を肺に入れてしまった時のように、気管支から肺を蝕ばまれる感覚に思わず咳き込む。
 砂塵対策としてゴーグルと口元を覆うことはしていたが、負のマテリアルそのものが相手では防ぎようも無い。
 それこそ、イニシャライザーを用いた浄化術でも行わなければ。
 だが、白竜の持つ大技の出番を待っていた人物が2人、いた。




 いつでもあたしたちはふたりぼっち

 ずっといる竜たちからは妬まれて

    若い竜たちからは疎まれた

 だからあたしたちはふたりぼっち

 手をつないだままたくさんしゃべって眠って

 “いつか”と言われた日を待ち続けるの




「セレスティアさん、今から僕が言うことをユーリさんにお伝え下さい」
 少し前。リューが倒れ、金目はスケッギョルドを構えたまま、イェジドと共に戦場を駆けるセレスティアを呼び止めていた。
 そして、その伝言は先ほどの尾による凪ぎ払いのダメージを癒やしに走った際にユーリに伝えられていたはずだった。

「僕の予測が正しければ……」
 金目は再度超重錬成により巨大化させた斧で後ろ脚を払う。
 しかし、それは金目の予測通り障壁によって阻まれた。
「!! 今ですっ!」
 金目の超重錬成を見たユーリはオリーヴェと共に白竜へと一直線に向かった。
 まるで針山の中を抜けるように身体の内側に、皮膚に負のマテリアルが突き刺さる。
 ユーリにとってもこの白竜の怒りに触れた状態は辛いが、それ以上にオリーヴェに無理を強いていることが辛い。
 だが、このタイミング。金目が見つけてくれたこの瞬間を逃すわけには行かなかった。
(憎悪と悲しみの連鎖を断ち切り、大切な者達と共に歩む未来を切り開く)
『大丈夫だ、ユーリならきっと上手くやれるさ』
 ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)の声が聞こえた気がしてユーリは思わず笑みを浮かべて頷く。
 この一撃を絶対に通すという確固とした意志を己が心に宿し、オリーヴェが力強く大地を踏み跳んだタイミングに合わせ、オートMURAMASAを振り上げた。
「お前の殺意も憎悪も分からなくなはい……。だけど、お前の王は……本当にヒトに対して憎悪を抱いていたか? その為に世界を滅ぼすモノとなったのかっ? 忘れたのなら教えてやる……っ、お前の王は……この世界を救いたかっただけだっ、ヒトや世界に対して憎悪を抱いてないっ。本当に自分達の行いが王が望んだ事か思い出せ……っ」
 マテリアルとかつて青龍から聞いた強欲王……かつての赤龍の想いを言葉と共に刃に込めて轟雷の如き一撃を白竜の胸元へと突き入れた。
「「いっっっったぁあいいいいいっ!!」」
 白竜の前脚がユーリを払い落とすより早くオリーヴェは三角飛びの要領で白竜の胸元を蹴って地面へと戻り、出いる限り白竜から距離を取った後、ガクリと膝を折った。
「有り難う、オリーヴェ」
 血痰を吐き出したオリーヴェからユーリが降り、その耳の後ろを優しく撫でた。駆けつけたロニがすぐにユーリとオリーヴェを纏めて癒やしていく。
「「知らないっ、知らないっ!! 王がどんな竜なのかなんて知らないっ!! でもこのココロが知ってる。セカイを滅ぼすこと、それがあたしたちの使命だって……!!」」
 地響きを立ててよろめきながら、それでも白竜は吼え、激しく尾を打ち鳴らす。
 その様はまるで駄々っ子を見ているようで、リューと紅狼刃を癒やすセレスティアにはあの双子が手を取り合いながら何かに怯えているようにも見えた。
『さぁ、そろそろ遊びは終わりにしようか。……お前達にも俺達にも使命がある。互いに譲れないものがあるなら、後は力で決めるだけだ』
 グリムバルドはゴーム・グラスを構えたヴェルガンドを一歩、一歩と白竜へ近付ける。
『最後に、これだけは言わせてくれ。お前達のした事は許されない事だし、お前達もお前達なりの理由で俺達の事が嫌いだろうが……俺はマシュとマロの事、結構好きだよ。もう意味のない事かもしれないが、友達になれなくて残念だ。さあ、戦おうか。悪いが俺は遊びじゃないぞ。遊びで誰かを傷つける程格好悪くはないんでな』
 グリムバルドの気迫に圧されるように白竜が一歩下がった。
「「あたしもヒトのこと嫌いじゃなかったよ。一緒にセカイを滅ぼしてくれるならよかったのに。どうしてあたしたちを殺そうとするの? こんな死にたがっているセカイを守りたがるの?」」
 決して交わらない平行線に旭は柄を音がするほどに握り締めた。
『僕も、君達と友達になりたい。本当はずっとニンゲンと友達になりたかったんだ。きっと、ザッハークや王様も……』
 そうエジュダハは言った。強欲竜であるはずの彼はそれでも龍としての部分をザッハークと同様に持ち合わせていた。だからこそ彼とは友人になれる気がしたが、この白竜はどこか根本のところでこじれてしまっている。
 ……いや、ある意味“強欲竜”としてはこの白竜の方が正しいのか。
 ――『友達に』
 ここまで来て、望めない未来に想いを馳せている余裕は無いはずだと旭は思考を切り替える。
 ザッハークとの約束を果たす為にも、こんなところで立ち止まっていられないのだから。
 白竜は少しずつ、少しずつ後方の崖側へと誘導させられていた。
 これは戦闘が開始になってすぐ、白竜の後ろが崖になっていることに気付いたキヅカとエアルドフリスが言い出した案だった。
(まだ、まだ早い……)
 旭は逸る気持ちを抑えようと深く息を吸って吐き出した。
 そんな旭の目の端では、不敵な笑みを浮かべたままエアルドフリスが白竜に語りかけていた。
「それはお嬢さんの思い込みだろう? このセカイは滅びたがってなんかないさ。花も木もヒトもコボルドも皆、懸命に生きようとしている」
「「思い込みなんかじゃない! 真実だもん! 嘘ばっかりいうお前なんて大嫌いだ!!」」
「ははっ、嫌われたもんだ。それとも気に入られてるのかな」
 白竜の一撃をインスレーターが受け止め、更に崖側に寄る。
 ――今だ!!
 エアルドフリスとインスレーターが崖側へと走り、白竜を取り囲むように布陣が完成する。
 白竜はエアルドフリスを追いかけ、崖側を向くと同時に周囲を見た。
 グリムバルドはその時、白竜と目が合った気がした。
 正しくは、ヴェルガンドのモニター越しに、だが。
 だからこそ、その瞬間を逃さなかった。
『マシュ、マロ……!』
 絞り出すようなグリムバルドの声音と、白竜が全周囲への尾撃を放ったのはほぼ同時。
 そして、3人の機導師による攻性防壁が一斉に発動する。
 その尾撃より一瞬早く雄叫びと共に巨大な全身鎧の姿となった旭はその一撃をハルバードの柄で受けきり、返す刃で気合いの雄叫びと共に白竜の脇腹へ爆発する突風のような一撃を叩き込む。
 白竜は夜色の瞳を驚きに目一杯見開き、蹈鞴を踏んで崖ッ縁へと引き寄られた。
『チィェストォオオ!!』
 更にスラスターを使ったインスレーターがその勢いと装甲を合わせた自重と魂の火力を全載せした蹴りを、白竜のボディに叩き込んだ。
「「あっ……」」
 崖へと半身以上が傾いた白竜が手を伸ばし、インスレーターの足首を掴んだ。
『ちょっ!?』
 予想外の負荷に、キヅカが慌てて操縦桿を引いたところで、一発の銃声が轟き、白竜の肩を貫いた。
 リザードマンを殲滅させたミグの、人機一体の成せる奇蹟の一撃だった。
『マシュ、マロっ!!』
 崖の端までヴェルガンドを走らせ、のぞき込む。
 しかし、モニターの感度を上げても白竜の姿どころか底も確認出来ず、グリムバルドは額を操縦桿に押し当てて強く強く目を瞑った。




 ――絶対、絶対無事に帰ってきて。
 最愛のジュード・エアハート(ka0410)の声を聞いた気がしてエアルドフリスは身を起こすと、痛む全身を引き摺って白竜が落ちた崖下を覗き込む。
 恐ろしく深いそこはまさしく“深淵”で、下から上がってくる風は恐ろしい程の負のマテリアルを孕んでいるのを感じ、エアルドフリスはその気に当てられて目眩と吐き気を覚えて数歩後ろへ下がると、その場に座り込んだ。
「なんとか……なったか」
 だが、喜ぶ気にはなれず、ただただ重苦しい疲労感に誰もが口を噤んだ。
 その前方頭上から、乾いた拍手の音が聞こえて、一同は一斉に音の出所を探し見た。
『見事だ。さすがは守護者、と言った所か』
「マクスウェル……テメェ……!」
 旭がハルバードを構え腰を落とす。
 その直後、地面、いやこの山全体が地響きを立てながら大きく揺れた。
「え? 何? 地震!?」
 機械越しにも揺れを感じ、キヅカとグリムバルド、ミグがそれぞれ機体の片膝を付いて足元からの衝撃に耐える。
「きゃぁっ!」
 自身により崩れてきた天井から、イェジドが身を挺してセレスティアを庇った。
『お陰で手間が省けた。大感謝だ』
「手間……? 何の話しを……?」
 金目は話しが見えず、困惑しながらマクスウェルに問う。
 未だ小さく揺れる地面からエアルドフリスはゆっくりと立ち上がると、周囲をさり気なく見回す。
 ……マクスウェル以外、新手の敵の気配は無い。が、こちらも満身創痍。かなり戦う条件としては厳しい。
「この白竜、エジュダハやその仲間たち。焚き付けたのはテメェか。誇りを踏みにじったのは、テメェか!」
 ぶん殴ってやりたいのに、相手は崖の向こうで宙に浮いている為届かず、旭は悔しさに奥歯が欠けそうな程に噛み締めた。
『フン、余りに腑抜けばかりだったから、ちょっとその背を押してやっただけさ』
 両肩を竦めるような仕草をした後、足元を示した。
『オマエ達、ここが何だか知っているか?』
 唐突な問いに、ミグは眉間にしわを寄せる。
「火山……だと聞いている」
 慎重に、ロニが答えると、マクスウェルはクククと笑い始めた。
『そうだ。この下には大量の負のマテリアルが澱み、濃縮され大量に溜まっていた。そしてそれは切欠さえ与えてやれば噴火する……その条件の一つをオマエ達は自ら満たしてくれたんだ! これほどおかしな事はない!』
「まさか……!」
 ユーリが一つの可能性に思い当たり、目を見張る。
『そうさ。この火山はある一定の負のマテリアルを貯蔵すると噴火する。今、オマエ達が落としたのは? 白い竜という名の歪虚……純粋なる負のマテリアルの塊だ』
 マクスウェルの哄笑が響き渡る。
『オレが直々にもう少し手を加えなければならないと思っていたが、まさかオマエ達が決め手を打ってくれるとは思わなかったぞ! オマエ達のお陰でこの地の大地は負のマテリアルに満たされるだろう! 感謝するぞ、“救世主サマ”!!』
「まさか、そんな……!」
 エアルドフリスが愕然と地面を見つめる。
 再び、ドンという振動が大地を揺らす。
『いかん、ここにいては噴火より先に天井が崩れるかもしれんぞ!』
 崩れる天井から徒歩のハンター達を庇いながらミグが叫ぶ。
「皆、地上へ!」
 イズンが入口付近にいるハンター達から退避を促していく。
『さぁ、精々足掻くがいい』
「くっ……ぜってぇテメェだけは許さねぇ!!」
 旭は爪が食い込むほどに強く強く拳を握り締めた。
『ククク……逃げろ逃げろ。だが思い知るがイイ。この地に逃げ場など無いと。溢れ出した負のマテリアルに呑まれるしかないという絶望を思い知れ……!』
『みんな、退こう! 天井が落ちる前に、ここから出るんだ!!』
 キヅカの声にグリムバルドが負傷して動けないヴォルドーフと紅狼刃をヴェルガンドの両脇に抱え、キヅカはインスレーターでゲアラハを抱え、ライフルの銃口をマクスウェルに向けたまま後ろ向きに入口へと下がっていく。
 モニターの端に、グリムバルドが渡した二つのリボンが――戦闘中、もみくちゃに踏まれてかなり汚れていたが――見えた。
『っ!』
 思わずグリムバルドは身を乗り出しかけたが、リボンの上に岩が落ちてきたことでグリムバルドは未練を断ち切るように入口を抜け、一気に地上まで走り抜けた。
 全員が入口から外へと向かう。
「イズンさんも……!」
 動かないリューをイェジドに乗せたセレスティアが殿に立つイズンを誘い、イズンもまた踵を返して通路へと出た。

 轟音と共に崩れ落ちる天井の向こうで、マクスウェルの哄笑がいつまでもハンター達の耳に残響となって残る。

 そしてこれから起こる災厄にどう対処したら良いのか……

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  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419
  • 淡光の戦乙女
    セレスティアka2691
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッドka4409
  • 細工師
    金目ka6190

重体一覧

  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ファイナルフォーム
    インスレーター・FF(ka0038unit001
    ユニット|CAM
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ウォルドーフ
    ウォルドーフ(ka0234unit001
    ユニット|幻獣
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オリーヴェ
    オリーヴェ(ka0239unit001
    ユニット|幻獣
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ゲアラハ
    ゲアラハ(ka1856unit001
    ユニット|幻獣
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    クロハ
    紅狼刃(ka2419unit001
    ユニット|幻獣
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka2691unit001
    ユニット|幻獣
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヴェルガンド
    ヴェルガンド(ka4409unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/10/05 13:07:18
アイコン 竜の巣にて【相談卓】
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/10/06 06:29:51
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/10/03 20:51:53