ゲスト
(ka0000)
グレイト・エスケイプ!
マスター:真柄葉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/12 09:00
- 完成日
- 2016/10/17 15:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●執務室
帝国様式に彩られた豪華な執務室には、良質な茶葉が放つ芳醇な香りが漂っている。
「ヴェ、ヴェルナー様!!」
そんな優雅な午後の一時を感じさせる優美な静寂を突然開かれた扉の開閉音と大声がぶち壊した。
「……おやおや、随分と不躾な登場ですね。とりあえず、これでも飲んで落ち着いてください」
と、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)はノックもなしに登場した部下を諫めるでもなく、カップに水を注ぐとテーブルを滑らせる。
「は、はい! ありがとうございます、頂戴します!」
走ってきたから丁度喉が渇いていたんだと小さく呟いた兵士は、カップの中身を一気にあおった。
「さて、用件を聞きましょうか。それほど大急ぎで登場したのです、なにか急用なのでしょう?」
「は、はい! じ、実は地下監獄から囚人が脱獄しまして……」
咎められるとでも思ったのか、兵士の声は徐々に小さくなっていく。
「ふむ……脱獄とはまた。それで? 私が管理する地下牢獄を抜け出せた勇者とはいったい誰なのですか?」
そんな前代未聞の出来事にもヴェルナーは顔色一つ変える事無く、紅茶の香りを楽しむとカップを口に運んだ。
「えー……健骨のフリット、『闇老人』ソー、遁走蛙の三名の様です」
「3人殺しの暴漢に、スリ師。そして、殺し屋の爺ですか。ふむ」
囚人一人一人の名前までも把握しているのか、ヴェルナーはすらすらと特徴を口にしていく。
「なかなか面白い面子ではありますが、繋がりが見えてきませんね。それで脱獄の方法はわかっているのでしょうね?」
「はっ! そ、その、実は……」
「何ですか? 報告ははっきりと行いなさい」
「は、はいっ! 脱獄方法は、ドワーフ城【ヴェドル】の拡張工事を行っていた工夫が酒に酔った勢いで掘った穴が地下監獄の壁をぶち破った、との事です!」
「………………ほう」
たっぷりと時間をおいて相槌を打ったヴェルナーはずきずきと痛む目頭をつまんだ。
「それで、その後の対応は?」
「え、あ、はい! ドワーフの方々にも応援を要請し、出口の封鎖を行いました! ヴェドルへの進入路は全て塞いでありますので、被害が出る恐れはありません!」
問われた兵士はびしっと背筋を伸ばし敬礼に合わせ報告する。
「牢獄側はどうなっていますか?」
「はっ! 非常勤の看守を動員し、抜かれた穴を警備しておりますが、なにぶん地下坑道はどこに繋がってるのかわかりませんので……」
「ふむ……確かに無暗に行動へ足を踏み入れ、待ち伏せや遭難などで看守に被害を出すわけにはいきませんね。賢明な判断でしょう」
報告の結果がヴェルナーの怒気を幾分和らげたのを感じ、兵士はようやく安堵のため息を漏らした。
「さて、しかし困りましたねぇ。今そちらに割ける兵士はいませんし……」
と、どこか大仰に弱音を吐いたヴェルナーはポンと手を打つと。
「そうですね。アレを使いましょう。折角出資したのですから、役に立ってもらわなくては」
机の上に理路整然とおかれた紙束から一枚取り出し、紙と筆を取り出した。
●坑道内
「はっはっはっ! これが点検ってやつか!!」
「それを言うなら天啓じゃないっすか?」
ドワーフ用の幾分狭い坑道を四肢を駆使して駆け抜ける二人の男。
「なんだ、辺境じゃぁそんな呼び方するのか!」
「たぶん全国共通っす」
所々におかれたランタンの灯だけを頼りに、暗く狭い坑道を進んでいた。
「うん? あれ、じーさんはどこ行った?」
「もうとっくに先に行ってるっす」
「うお、じーさんはえぇな!!」
「自首して監獄に捕まってたって聞いたっすけど……なんで脱走するんっすかねぇ」
「はっはっは! わからねぇのかよ!」
「うん? おにーさんはわかるっすか?」
「あったぼうよ!!」
「聞いてもいいっすか?」
「おう!」
と、思いっきりどや顔を見せえる大男は、ヤニで汚れた歯を剥き出し続ける。
「ズバリ、女だ!」
「……どう見ても枯れてると思うっすけど」
「ばぁか野郎!! 男はいつまでたっても男の子なんだよ!!」
「……謎理論をどうもっす。さぁてと、おにーさんとの会話をもうちょっと楽しみたいところっすけど、そろそろ勘付かれてるころっすね」
そういうと、細身の男は。
「それじゃ、おさっきっす~」
気の抜ける捨て台詞を残し、さっさと先に進んでいってしまった。
「そうだろうそうだろう! 俺様の話は楽しいから――って、うおぅい! まてぇい!!」
工夫から奪い取った酒ビンを一気にあおると、大男は前を行く二人を追いかけた。
●ハンターオフィス
「はぁ、口の堅いハンターさんですかぁ?」
依頼人が悩み事や仕事を持ち込むために用意された小部屋の中で、職員であるホリー=アイスマンはかくりと首をかしげる。
「はい、実はこのノアーラ・クンタウでとある事件がおきまして……内容が内容だけに、あまり外部に知られたくないのです」
防音がしっかりと効いた部屋なのに、こそこそと身を乗り出して話す依頼人にホリーは更に首を傾げた。
「知られたくないと言いますと、何か失態でもやらかしましたか?」
「うぐっ! なかなか鋭いどストレートですね!」
「あ、ごめんなさい。悪気はなかったのですが」
「そ、そうですか。それならばいいのです。ええ、いいことにします」
「は、はぁ……それで、依頼の内容はお聞かせいただけるんですか?」
「え? ああ、もちろんです! 依頼というのは、監――とある施設から、脱――外出した者を三名を、捕――呼び戻してほしいのです」
「??? 伝令さんとかにお願いする方が早いのでは?」
「と、とんでもない! 伝令など遣わせたら、死ん……何でもありません! そ、そうです! 道中が少し危険なのです!」
「はぁ。では兵士の方で行えばよろしいのでは?」
「おほんっ! 確かに我が精鋭を投入すれば、即座に決着してしまう案件でありましょう! しかーし! 現在、兵士の多くは北の地へ歪虚の討伐に向かっておるのです!」
「残っている兵士の方でも解決できそうな気がしますが?」
「それを言っちゃいますか!?」
「え……?」
「あ、いえ何でもありません! 忘れてください、今すぐ!」
「は、はぁ……」
どうにも話が進まずに、二人の間に沈黙が落ちた。
「……えーと、内緒にしてくれます?」
「はい、ハンターズソサエティの守秘義務は完璧です」
恐る恐る切り出した使者に、ホリーはドーンと胸を張る。
「実は――」
もう取り繕っても無駄だとやっと悟ったのか、使者は事の顛末をゆっくりと語り始めた。
帝国様式に彩られた豪華な執務室には、良質な茶葉が放つ芳醇な香りが漂っている。
「ヴェ、ヴェルナー様!!」
そんな優雅な午後の一時を感じさせる優美な静寂を突然開かれた扉の開閉音と大声がぶち壊した。
「……おやおや、随分と不躾な登場ですね。とりあえず、これでも飲んで落ち着いてください」
と、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)はノックもなしに登場した部下を諫めるでもなく、カップに水を注ぐとテーブルを滑らせる。
「は、はい! ありがとうございます、頂戴します!」
走ってきたから丁度喉が渇いていたんだと小さく呟いた兵士は、カップの中身を一気にあおった。
「さて、用件を聞きましょうか。それほど大急ぎで登場したのです、なにか急用なのでしょう?」
「は、はい! じ、実は地下監獄から囚人が脱獄しまして……」
咎められるとでも思ったのか、兵士の声は徐々に小さくなっていく。
「ふむ……脱獄とはまた。それで? 私が管理する地下牢獄を抜け出せた勇者とはいったい誰なのですか?」
そんな前代未聞の出来事にもヴェルナーは顔色一つ変える事無く、紅茶の香りを楽しむとカップを口に運んだ。
「えー……健骨のフリット、『闇老人』ソー、遁走蛙の三名の様です」
「3人殺しの暴漢に、スリ師。そして、殺し屋の爺ですか。ふむ」
囚人一人一人の名前までも把握しているのか、ヴェルナーはすらすらと特徴を口にしていく。
「なかなか面白い面子ではありますが、繋がりが見えてきませんね。それで脱獄の方法はわかっているのでしょうね?」
「はっ! そ、その、実は……」
「何ですか? 報告ははっきりと行いなさい」
「は、はいっ! 脱獄方法は、ドワーフ城【ヴェドル】の拡張工事を行っていた工夫が酒に酔った勢いで掘った穴が地下監獄の壁をぶち破った、との事です!」
「………………ほう」
たっぷりと時間をおいて相槌を打ったヴェルナーはずきずきと痛む目頭をつまんだ。
「それで、その後の対応は?」
「え、あ、はい! ドワーフの方々にも応援を要請し、出口の封鎖を行いました! ヴェドルへの進入路は全て塞いでありますので、被害が出る恐れはありません!」
問われた兵士はびしっと背筋を伸ばし敬礼に合わせ報告する。
「牢獄側はどうなっていますか?」
「はっ! 非常勤の看守を動員し、抜かれた穴を警備しておりますが、なにぶん地下坑道はどこに繋がってるのかわかりませんので……」
「ふむ……確かに無暗に行動へ足を踏み入れ、待ち伏せや遭難などで看守に被害を出すわけにはいきませんね。賢明な判断でしょう」
報告の結果がヴェルナーの怒気を幾分和らげたのを感じ、兵士はようやく安堵のため息を漏らした。
「さて、しかし困りましたねぇ。今そちらに割ける兵士はいませんし……」
と、どこか大仰に弱音を吐いたヴェルナーはポンと手を打つと。
「そうですね。アレを使いましょう。折角出資したのですから、役に立ってもらわなくては」
机の上に理路整然とおかれた紙束から一枚取り出し、紙と筆を取り出した。
●坑道内
「はっはっはっ! これが点検ってやつか!!」
「それを言うなら天啓じゃないっすか?」
ドワーフ用の幾分狭い坑道を四肢を駆使して駆け抜ける二人の男。
「なんだ、辺境じゃぁそんな呼び方するのか!」
「たぶん全国共通っす」
所々におかれたランタンの灯だけを頼りに、暗く狭い坑道を進んでいた。
「うん? あれ、じーさんはどこ行った?」
「もうとっくに先に行ってるっす」
「うお、じーさんはえぇな!!」
「自首して監獄に捕まってたって聞いたっすけど……なんで脱走するんっすかねぇ」
「はっはっは! わからねぇのかよ!」
「うん? おにーさんはわかるっすか?」
「あったぼうよ!!」
「聞いてもいいっすか?」
「おう!」
と、思いっきりどや顔を見せえる大男は、ヤニで汚れた歯を剥き出し続ける。
「ズバリ、女だ!」
「……どう見ても枯れてると思うっすけど」
「ばぁか野郎!! 男はいつまでたっても男の子なんだよ!!」
「……謎理論をどうもっす。さぁてと、おにーさんとの会話をもうちょっと楽しみたいところっすけど、そろそろ勘付かれてるころっすね」
そういうと、細身の男は。
「それじゃ、おさっきっす~」
気の抜ける捨て台詞を残し、さっさと先に進んでいってしまった。
「そうだろうそうだろう! 俺様の話は楽しいから――って、うおぅい! まてぇい!!」
工夫から奪い取った酒ビンを一気にあおると、大男は前を行く二人を追いかけた。
●ハンターオフィス
「はぁ、口の堅いハンターさんですかぁ?」
依頼人が悩み事や仕事を持ち込むために用意された小部屋の中で、職員であるホリー=アイスマンはかくりと首をかしげる。
「はい、実はこのノアーラ・クンタウでとある事件がおきまして……内容が内容だけに、あまり外部に知られたくないのです」
防音がしっかりと効いた部屋なのに、こそこそと身を乗り出して話す依頼人にホリーは更に首を傾げた。
「知られたくないと言いますと、何か失態でもやらかしましたか?」
「うぐっ! なかなか鋭いどストレートですね!」
「あ、ごめんなさい。悪気はなかったのですが」
「そ、そうですか。それならばいいのです。ええ、いいことにします」
「は、はぁ……それで、依頼の内容はお聞かせいただけるんですか?」
「え? ああ、もちろんです! 依頼というのは、監――とある施設から、脱――外出した者を三名を、捕――呼び戻してほしいのです」
「??? 伝令さんとかにお願いする方が早いのでは?」
「と、とんでもない! 伝令など遣わせたら、死ん……何でもありません! そ、そうです! 道中が少し危険なのです!」
「はぁ。では兵士の方で行えばよろしいのでは?」
「おほんっ! 確かに我が精鋭を投入すれば、即座に決着してしまう案件でありましょう! しかーし! 現在、兵士の多くは北の地へ歪虚の討伐に向かっておるのです!」
「残っている兵士の方でも解決できそうな気がしますが?」
「それを言っちゃいますか!?」
「え……?」
「あ、いえ何でもありません! 忘れてください、今すぐ!」
「は、はぁ……」
どうにも話が進まずに、二人の間に沈黙が落ちた。
「……えーと、内緒にしてくれます?」
「はい、ハンターズソサエティの守秘義務は完璧です」
恐る恐る切り出した使者に、ホリーはドーンと胸を張る。
「実は――」
もう取り繕っても無駄だとやっと悟ったのか、使者は事の顛末をゆっくりと語り始めた。
リプレイ本文
●
所々に申し訳程度に設置されたランタンが照らし出す坑道を、ハンター達が狭そうに進む。
「――鉱山夫の足跡に紛れて、新しいものがいくつか」
先行するマーゴット(ka5022)は地面を注意深く探っていた。
「どうやら、この道を通ったみたいね。まるで隠すつもりのない足跡。これはフリットという囚人のものだと思う」
膝を折ったマーゴットの視線の先には、坑道に積もる土に刻まれた幾つも足跡。
その中に、駆け抜けたと思しき大きな足跡を見て取ったマーゴットは、薄暗い坑道の奥を指さした。
「このまま行けば採掘場に出ます。ドワーフの方々は避難しているようですが、道具などはそのままとの事です」
「っていうことはですよ? つるはしとかを武器にしてくることもあるっていうことですよね?」
事前に渡された情報を改めて読み上げる結良(ka6478)に、叢雲 伊織(ka5091)が問いかける。
「それはどうでしょうか。手配書を見る限りつるはしなどを獲物としそうな方はいらっしゃらないようですが」
それに答えたのはリラ(ka5679)。手配書にはそれぞれが得意とする武器なども記されていた。
「明かりや武器を用意してる暇はなかっただろうし、もしかしたら使ってくるかもね。でも不得手な獲物で挑んでくれるのなら、それはそれで?」
と、叢雲・咲姫(ka5090)がリラの持つ手配書を覗き込む。
「ここでいくら討議しようが詮無き事よ。当たってからのお楽しみという奴じゃろう」
そういうとバリトン(ka5112)はわざと潜んでいる三人にも聞こえるようにとも思える大声で、笑い声を上げた。
●採掘場
天井こそ低いものの、そこはかなりの広さがある。
採掘途中の鉱石や道具。搬出用のトロッコなどは、今すぐにでも作業が再開できそうな状態で放置されていた。
そんな、採掘場の入り口で、一行はなぜか立ち止まっていた。
「おう、ようやく来たか。待ってたぜ!!」
採掘場のど真ん中でコキコキと拳と首を鳴らす健骨のフリット。
「……どうやらお待たせしたみたいですが」
「待ち伏せされるかもしれないとは思ったけど……これは流石に予想外ね」
流石に戸惑いを隠せない結良に、私の追跡は何だったのよと小さく愚痴るマーゴット。
「はっはっはっ、面白い奴じゃな! どれ、待たせた詫びに軽く揉んでやろうかの!」
フリットの脱獄犯とは到底思えぬ態度に豪快に笑ったバリトンが、獲物の巨大な鉄塊を地面に突き差した。
「いえ、ここは私に!」
そんな身長を優に超える鉄塊の前に歩み出たのはリラ。先ほどのフリットの仕草を倣う様に、拳をコキコキと鳴らす。
「師匠に名前を聞いてから、彼とは一度手合わせをしたいと思っていたんです!」
「ほう、ならば譲らねばならんな」
鉄塊越しに覗くリラの瞳に強い意思を感じ取り、バリトンは髭を撫でた。
「私もアレを。二対一は卑怯とか言わないよね?」
「はい! ご一緒で来て光栄です!」
問いかけるマーゴットにリラは流派特有の拳で拳を打ち付ける仕草で答える。
「ここは任せても大丈夫かな。私達は別のを追いましょ」
「賛成! あ、リラさん、残りの手配書ください!」
リラから残りの手配書を受け取り、姉弟は揃って空洞へと続く坑道へ足を向けた。
「きつくなったらいつでも助けを呼ぶんじゃぞ?」
「お二人とも、どうかお気をつけて」
そう声をかけたバリトンと結良に、二人は視線でありがとうと返事をし、フリットへ向き直った。
●空洞
道中、何か見つけたと道を折れていった伊織と、その後を追っていった咲姫と別れ、二人は空洞へ足を踏み入れた。
採掘場とは比べ物にならない程の高さを誇る空洞は、それ自体がぼんやりと光を湛えていた。
「ヒカリゴケか」
今までランタンに近づかなければ互いの顔さえ確認できなかったが、ここは陽が顔を覗かせる直前の朝ほどの光が辺りを照らしている。
「……バリトン様」
「む」
「構えを。居られます」
そう言って中央に歩み出ていたバリトンの背をとんと叩いた結良は空洞の一角に向けて話しかけた。
「見事な隠密。貴方様の技量の高さが伺えます。しかし、発見されてはそれも無意味というもの。どうかお顔をお見せください」
空洞に木霊す結良の声に、鍾乳石の影が揺れる。
「……なぜ気付いた」
「耳は良いもので。と言いたい所ですが、偶然の幸運に恵まれただけですわ」
ソーの問いに答えながらも、結良は深々と首を垂れた。
「お耳に届いたのでしょう? 貴方様を探す数多の声が」
結良は坑道へと突入する前に看守達に願い出ていた。ハンター達が逃亡者達と対峙する頃合いを見計らい、大きな声で呼びかけてくれと。
「わずかに衣擦れの音が聞こえました」
ほうとバリトンの感心する声を背に聞きながら、結良はソーに向かった。
「私の名は結良。故あって貴方様をお迎えに上がりました」
隙なくこちらを窺う相手に、結良は両手を開き一歩近づく。
「すでにお判りでしょうが、敵意はありません。どうか戻ってはいただけませんか?」
また一歩と近づいていく結良にも、ソーは無言でただ佇む。
「どうしても行かなければならない場所があるのですよね?」
結良の言葉に、ソーの肩がピクリと揺れた。
「それは罪悪に追われながらでも後ろめたくない事ですか? 不肖なれど私も頼んで――」
「それ以上はやめておけ」
五歩目を刻もうかとした結良の肩を、バリトンの手が掴む。
「お主の様な未来を持つ者とは違う事情があるんじゃよ。我々爺にはな」
何か物申したそうに見上げる結良に代わり、バリトンはソーの前に出た。
「さて、ソーよ。同じ爺のよしみじゃ。気が向いたら主の目的、代わりにやってやらんでもないぞ?」
隙なく鉄塊を揺らし、バリトンは問いかける。
「……ふむ、いらぬ世話か。それもまた良し! ならば刃で語るまでよ!」
しかし、黙して佇むソーに、バリトンは鉄塊を肩に担ぐと、一気に距離を詰めた。
●
「出口教えてくれたら捕まるッス」
「え、ほんとですか?」
「伊織!? 嘘に決まってるでしょ!」
「え、そうなの……?」
「心外っスねぇ。こんなに清い心を持った僕が嘘なんて言うわけないじゃないっスか」
「ああ言ってるけど……?」
「伊織!? 貴方の素直は美徳で可愛くてとっても魅力的で抱きしめたくなる最高の長所だけど、ちょっと騙されやす過ぎるわよ!?」
などと言いあいながらも、三人は狭い坑道を全力疾走する。
「騙され……僕、騙されたんですか?」
まさかと伊織は、遁走蛙に問いかけた。
「うーん……なんか調子狂うっスね。お姉さん、弟さん純粋過ぎないっスか?」
「当り前じゃない。私の自慢の弟ですもの!」
「なんか将来が不安になるんっスけど……」
そんな会話を繰り広げつつも、坑道を疾駆する速度は緩まない。
「伊織! 覚えたわね!」
と、小一時間も追跡を続けていただろうか。突然咲姫が声を上げた。
「はい! 遁走蛙さん、楽しいお話ありがとうございました!」
追っかけっこを繰り広げながらも、伊織は事あるごとに遁走蛙に話しかけ、仕事の事や逮捕の経緯などを聞いていた。
もちろん、遁走蛙も真面目に答えたわけではない。冗談半分からかい半分に答えていた。
「ほへ?」
だから突然の変容に遁走蛙は何事かと後ろと見た。途端――。
「うぁ!?」
飛んできた矢に思わず体をのけ反らせる。
「なぁにするっスか!? 当たったらどうするん――おあっ!?」
非難を浴びせながらも華麗に矢を避けて見せる遁走蛙。
「何って言われましても、捕まえる準備ができたので実行してるだけですよ?」
涼しい顔で伊織は再び矢を放った。
「つ、捕まえる準備? そう簡単には捕まらないっスよ!」
言って、遁走蛙は矢を避けつつ逃げるように角を曲がる。
「はーい、いらっしゃい」
「なぁ、なぁっぁっ!?」
瞬間、天と地が逆さまに。しこたま背中を地面に打ち付けた遁走蛙は、覗き込む咲姫の姿を見た。
「街の路地は得意でも、こういう場所は不得意だったかしら?」
雑談に気を散らせながら散々追い掛け回していたのはこのため。姉弟は坑道の構造を把握する為、ずっと距離を保ち追っていたのだ。
痛む頭を撫でながら視線を上げた遁走蛙に、咲姫はニコリとほほ笑みかけた。
「さて、抵抗するなら私も刀を抜かなくちゃいけないけど、どうする? 言っとくけど、手加減できる程、器用じゃないわよ?」
そう問いかけた咲姫は転がした拍子に押さえつけた、遁走蛙の右腕を踏む足に力を込める。
「はぁ、またあの中っスか」
踏まれた右腕から視線を戻し、遁走蛙は左手を上げ降参の意を表した。
●
「その腕、惜しいのぉ。どうじゃ帝国の裏で働いてみんか? わしでよければ口添えするぞ?」
常人ではなにも気付けぬうちに絶命するであろう礫の一投を最小の動きでかわし、バリトンは問いかける。
「……」
その問いに答える気でも起きたのか、ソーが放つ礫の雨が止んだ。
「ほう、その気になったか。お主ほどの腕ならば、国も重宝――」
バリトンの言葉も半ばにソーが突っ込んでくる。
「交渉は決裂か。些かがっかりじゃな」
迎え撃つバリトンが隙なく鉄塊を構えた。
しかし、ソーは水平に薙ぎ払われる鉄塊の下を髪の毛を散らしながら潜り抜けると、そのまま速度を落とすことなく駆け抜ける。
狙いはそこにあった。
「ぐっ!?」
バリトンと交錯し結良の背後に回り込んだソーは、細腕から想像できない程、強い力で結良の首を締めにかかる。
結良も首を締められまいと、ソーの腕と自らの首の間に腕を一本ねじ込むが、締め付けられる腕に身動きが取れない。
「人質か。方法を厭わぬのは、流石、裏の家業という所かの」
「……そこをどけ」
対峙するバリトンに向け発せられたソーの声は年の割に随分と若く感じた。
「そう言われて退く程、お人好しのつもりはないんじゃが……のぉ、嬢ちゃん?」
バリトンはソーに囚われる結良に声をかける。
「……もちろんです。足手まといにはなりません。落とし前は自らつけます」
そう言って結良は極められまいと抵抗する自らの腕ごと、ソーの腕に懐刀の刃を突き立てた。
「その心意気やよし!」
結良の腕と刃で縫い付けられた自らの腕を引き剥そうと身をよじったその隙をバリトンは見逃さなかい。
結良を抱えるソーに猛進すると、幅の広い鉄塊の腹で結良を引き剥そうと奮闘する華奢な体を打ち上げた。
●
息を整えるように大きく空気を取り込んだリラ。対するは、鍛え上げられた体躯を軽快なフットワークで揺らすフリット。
二人は拳に生きる者同士、熾烈な打ち合いを演じていた。
「これだけの力を持っていて、それを暴力だけに使うだなんて……」
「あん? なんか言ったか?」
「力無き武は無力。けれど、心無き武は無意味!」
カッと視線を上げリラが叫ぶ。
「貴方の武がどちらなのか、私の自身の最大の技で確かめます!」
「へぇ! 技を出しますって宣言して出すのか。面白いじゃねぇか!」
リラの宣言にフリットは後ろへ飛び退き隙なく身構える。
「『青龍翔咬波』――いっけぇぇ!」
ぐっと腰を落とし、真っ直ぐに突き出された拳からマテリアルの本流が放たれた。
「こりゃすげぇな! だけどな――」
「なっ!?」
マテリアルの閃光がすっと身を引いたフリットの頬をかすめて採掘場の壁に穴を穿つ。
「そんな大技、一対一の実戦で決まると思うなよ!」
大技の好きを逃さずカウンター気味に打ち出されたフリットの拳が、両手をクロスさせて何とかガードしたリラの体ごと吹き飛ばした。
「さてと、次は姉ちゃんか?」
「ああ、私では及ばないかもしれないが、手合わせ願えるかな?」
吹き飛ばされたリラの生存を横目で確認し、マーゴットは愛刀を構える。
「いいぜ来いよ!」
「では、遠慮なく――!」
と、大ぶりな一撃を放った。
「おいおい、そんな大振り当たると思ってるのかよ!」
「貴方相手に超接近戦は不利だ。悪いがこの手で行かせてもらう」
なおも刀を翻らせるマーゴット。しかし、フリットはその攻撃を難なく避けていく。
「そぉらよ!」
何度目かの大ぶりの一刀を避け、間合いを一気に詰めたフリットの拳がマーゴットの籠手を打った。
「ぐっ……なるほど、踏み込みも早い」
重い一撃にわずかに表情を歪ませたマーゴットは、冷静に相手の動きを確認する。
「もっと早くもできるぜ?」
「ふむ……」
フットワーク軽く距離をとったフリット。
「なるほど、真面にやってはこちらもただでは済まないな。ならば、こういう手はどうか?」
「あん?」
何か来るのかと、フリットが身構えた瞬間。
「リラ!」
「はいっ!」
マーゴットの合図にフリットの足首を抱き込んだリラが、そこを支点に逆立ちで右足の蹴りを放つ。
「おわっ!?」
「まだまだ!」
かわされた一段目に続き、即座に放たれた二段目に蹴りがフリットの胴を絡めとると、逆立ちの体勢になったリラはそのまま足首を極めた。
マーゴットはゆっくりと戦場を移動させていたのだ――この連携を行うために、リラの元へと。
「ぐおっ!?」
このリラの変則的な投げ技に、フリットは意表を突かれ転倒。
「つぅ……」
「すまないな。二人で相手をするのは卑怯かとも思ったが、犯罪者に温情は無用だろ?」
リラの投げで地に伏せたフリットに向け、マーゴットは刀の峰を振り下ろし意識を刈り取った。
●
見事脱獄犯達を捕えたハンター達を看守が盛大に出迎えた。
「ふぁ! おわったー!」
「お疲れ様、ほら顔が真っ黒よ?」
狭い坑道から解放され、大きく伸びをする伊織に咲姫が手拭いを渡す。
「さぁて、一仕事終えた後は、いつもの?」
「甘味処で乾杯! ですね!」
綺麗になった弟の笑顔に、咲姫は釣られるように笑顔を返した。
「今度は外で正々堂々戦ってみたいものです」
気絶したフリットが連行されていくのを見守り、リラが呟く。
「申し訳ないことをした。手を出さないつもりではあったんだけど」
「いえ、自らの未熟が招いた事です! それにあの作戦! ああいう戦いもあるんだなってすごく勉強になりました!」
「あんな小手先に頼らない戦いこそ、本懐なんだけどね」
「はい、今度は一人で勝って見せます!」
決意にぐっと拳を握るリラに、マーゴットは小さく微笑んだ。
「手加減はしたつもりだったんじゃがな。申し訳ないことをした」
「死因は老衰だそうです。バリトン様のせいでは……」
運ばれていくソーの死体に手を合わせながら結良は答えた。
「別に気落ちはしとらんよ。この年になると死はすぐ身近なもんじゃ。……しかし、これですべては闇の中か」
「もしかしたら、死に場所を――いえ、それなら自首などしませんね」
「……そうじゃな。闇に消えた答えはあの世に行った時にでも直接聞いてみるかのぉ」
そう言ってバリトンは、薄暗い監獄の天井を見上げたのだった。
所々に申し訳程度に設置されたランタンが照らし出す坑道を、ハンター達が狭そうに進む。
「――鉱山夫の足跡に紛れて、新しいものがいくつか」
先行するマーゴット(ka5022)は地面を注意深く探っていた。
「どうやら、この道を通ったみたいね。まるで隠すつもりのない足跡。これはフリットという囚人のものだと思う」
膝を折ったマーゴットの視線の先には、坑道に積もる土に刻まれた幾つも足跡。
その中に、駆け抜けたと思しき大きな足跡を見て取ったマーゴットは、薄暗い坑道の奥を指さした。
「このまま行けば採掘場に出ます。ドワーフの方々は避難しているようですが、道具などはそのままとの事です」
「っていうことはですよ? つるはしとかを武器にしてくることもあるっていうことですよね?」
事前に渡された情報を改めて読み上げる結良(ka6478)に、叢雲 伊織(ka5091)が問いかける。
「それはどうでしょうか。手配書を見る限りつるはしなどを獲物としそうな方はいらっしゃらないようですが」
それに答えたのはリラ(ka5679)。手配書にはそれぞれが得意とする武器なども記されていた。
「明かりや武器を用意してる暇はなかっただろうし、もしかしたら使ってくるかもね。でも不得手な獲物で挑んでくれるのなら、それはそれで?」
と、叢雲・咲姫(ka5090)がリラの持つ手配書を覗き込む。
「ここでいくら討議しようが詮無き事よ。当たってからのお楽しみという奴じゃろう」
そういうとバリトン(ka5112)はわざと潜んでいる三人にも聞こえるようにとも思える大声で、笑い声を上げた。
●採掘場
天井こそ低いものの、そこはかなりの広さがある。
採掘途中の鉱石や道具。搬出用のトロッコなどは、今すぐにでも作業が再開できそうな状態で放置されていた。
そんな、採掘場の入り口で、一行はなぜか立ち止まっていた。
「おう、ようやく来たか。待ってたぜ!!」
採掘場のど真ん中でコキコキと拳と首を鳴らす健骨のフリット。
「……どうやらお待たせしたみたいですが」
「待ち伏せされるかもしれないとは思ったけど……これは流石に予想外ね」
流石に戸惑いを隠せない結良に、私の追跡は何だったのよと小さく愚痴るマーゴット。
「はっはっはっ、面白い奴じゃな! どれ、待たせた詫びに軽く揉んでやろうかの!」
フリットの脱獄犯とは到底思えぬ態度に豪快に笑ったバリトンが、獲物の巨大な鉄塊を地面に突き差した。
「いえ、ここは私に!」
そんな身長を優に超える鉄塊の前に歩み出たのはリラ。先ほどのフリットの仕草を倣う様に、拳をコキコキと鳴らす。
「師匠に名前を聞いてから、彼とは一度手合わせをしたいと思っていたんです!」
「ほう、ならば譲らねばならんな」
鉄塊越しに覗くリラの瞳に強い意思を感じ取り、バリトンは髭を撫でた。
「私もアレを。二対一は卑怯とか言わないよね?」
「はい! ご一緒で来て光栄です!」
問いかけるマーゴットにリラは流派特有の拳で拳を打ち付ける仕草で答える。
「ここは任せても大丈夫かな。私達は別のを追いましょ」
「賛成! あ、リラさん、残りの手配書ください!」
リラから残りの手配書を受け取り、姉弟は揃って空洞へと続く坑道へ足を向けた。
「きつくなったらいつでも助けを呼ぶんじゃぞ?」
「お二人とも、どうかお気をつけて」
そう声をかけたバリトンと結良に、二人は視線でありがとうと返事をし、フリットへ向き直った。
●空洞
道中、何か見つけたと道を折れていった伊織と、その後を追っていった咲姫と別れ、二人は空洞へ足を踏み入れた。
採掘場とは比べ物にならない程の高さを誇る空洞は、それ自体がぼんやりと光を湛えていた。
「ヒカリゴケか」
今までランタンに近づかなければ互いの顔さえ確認できなかったが、ここは陽が顔を覗かせる直前の朝ほどの光が辺りを照らしている。
「……バリトン様」
「む」
「構えを。居られます」
そう言って中央に歩み出ていたバリトンの背をとんと叩いた結良は空洞の一角に向けて話しかけた。
「見事な隠密。貴方様の技量の高さが伺えます。しかし、発見されてはそれも無意味というもの。どうかお顔をお見せください」
空洞に木霊す結良の声に、鍾乳石の影が揺れる。
「……なぜ気付いた」
「耳は良いもので。と言いたい所ですが、偶然の幸運に恵まれただけですわ」
ソーの問いに答えながらも、結良は深々と首を垂れた。
「お耳に届いたのでしょう? 貴方様を探す数多の声が」
結良は坑道へと突入する前に看守達に願い出ていた。ハンター達が逃亡者達と対峙する頃合いを見計らい、大きな声で呼びかけてくれと。
「わずかに衣擦れの音が聞こえました」
ほうとバリトンの感心する声を背に聞きながら、結良はソーに向かった。
「私の名は結良。故あって貴方様をお迎えに上がりました」
隙なくこちらを窺う相手に、結良は両手を開き一歩近づく。
「すでにお判りでしょうが、敵意はありません。どうか戻ってはいただけませんか?」
また一歩と近づいていく結良にも、ソーは無言でただ佇む。
「どうしても行かなければならない場所があるのですよね?」
結良の言葉に、ソーの肩がピクリと揺れた。
「それは罪悪に追われながらでも後ろめたくない事ですか? 不肖なれど私も頼んで――」
「それ以上はやめておけ」
五歩目を刻もうかとした結良の肩を、バリトンの手が掴む。
「お主の様な未来を持つ者とは違う事情があるんじゃよ。我々爺にはな」
何か物申したそうに見上げる結良に代わり、バリトンはソーの前に出た。
「さて、ソーよ。同じ爺のよしみじゃ。気が向いたら主の目的、代わりにやってやらんでもないぞ?」
隙なく鉄塊を揺らし、バリトンは問いかける。
「……ふむ、いらぬ世話か。それもまた良し! ならば刃で語るまでよ!」
しかし、黙して佇むソーに、バリトンは鉄塊を肩に担ぐと、一気に距離を詰めた。
●
「出口教えてくれたら捕まるッス」
「え、ほんとですか?」
「伊織!? 嘘に決まってるでしょ!」
「え、そうなの……?」
「心外っスねぇ。こんなに清い心を持った僕が嘘なんて言うわけないじゃないっスか」
「ああ言ってるけど……?」
「伊織!? 貴方の素直は美徳で可愛くてとっても魅力的で抱きしめたくなる最高の長所だけど、ちょっと騙されやす過ぎるわよ!?」
などと言いあいながらも、三人は狭い坑道を全力疾走する。
「騙され……僕、騙されたんですか?」
まさかと伊織は、遁走蛙に問いかけた。
「うーん……なんか調子狂うっスね。お姉さん、弟さん純粋過ぎないっスか?」
「当り前じゃない。私の自慢の弟ですもの!」
「なんか将来が不安になるんっスけど……」
そんな会話を繰り広げつつも、坑道を疾駆する速度は緩まない。
「伊織! 覚えたわね!」
と、小一時間も追跡を続けていただろうか。突然咲姫が声を上げた。
「はい! 遁走蛙さん、楽しいお話ありがとうございました!」
追っかけっこを繰り広げながらも、伊織は事あるごとに遁走蛙に話しかけ、仕事の事や逮捕の経緯などを聞いていた。
もちろん、遁走蛙も真面目に答えたわけではない。冗談半分からかい半分に答えていた。
「ほへ?」
だから突然の変容に遁走蛙は何事かと後ろと見た。途端――。
「うぁ!?」
飛んできた矢に思わず体をのけ反らせる。
「なぁにするっスか!? 当たったらどうするん――おあっ!?」
非難を浴びせながらも華麗に矢を避けて見せる遁走蛙。
「何って言われましても、捕まえる準備ができたので実行してるだけですよ?」
涼しい顔で伊織は再び矢を放った。
「つ、捕まえる準備? そう簡単には捕まらないっスよ!」
言って、遁走蛙は矢を避けつつ逃げるように角を曲がる。
「はーい、いらっしゃい」
「なぁ、なぁっぁっ!?」
瞬間、天と地が逆さまに。しこたま背中を地面に打ち付けた遁走蛙は、覗き込む咲姫の姿を見た。
「街の路地は得意でも、こういう場所は不得意だったかしら?」
雑談に気を散らせながら散々追い掛け回していたのはこのため。姉弟は坑道の構造を把握する為、ずっと距離を保ち追っていたのだ。
痛む頭を撫でながら視線を上げた遁走蛙に、咲姫はニコリとほほ笑みかけた。
「さて、抵抗するなら私も刀を抜かなくちゃいけないけど、どうする? 言っとくけど、手加減できる程、器用じゃないわよ?」
そう問いかけた咲姫は転がした拍子に押さえつけた、遁走蛙の右腕を踏む足に力を込める。
「はぁ、またあの中っスか」
踏まれた右腕から視線を戻し、遁走蛙は左手を上げ降参の意を表した。
●
「その腕、惜しいのぉ。どうじゃ帝国の裏で働いてみんか? わしでよければ口添えするぞ?」
常人ではなにも気付けぬうちに絶命するであろう礫の一投を最小の動きでかわし、バリトンは問いかける。
「……」
その問いに答える気でも起きたのか、ソーが放つ礫の雨が止んだ。
「ほう、その気になったか。お主ほどの腕ならば、国も重宝――」
バリトンの言葉も半ばにソーが突っ込んでくる。
「交渉は決裂か。些かがっかりじゃな」
迎え撃つバリトンが隙なく鉄塊を構えた。
しかし、ソーは水平に薙ぎ払われる鉄塊の下を髪の毛を散らしながら潜り抜けると、そのまま速度を落とすことなく駆け抜ける。
狙いはそこにあった。
「ぐっ!?」
バリトンと交錯し結良の背後に回り込んだソーは、細腕から想像できない程、強い力で結良の首を締めにかかる。
結良も首を締められまいと、ソーの腕と自らの首の間に腕を一本ねじ込むが、締め付けられる腕に身動きが取れない。
「人質か。方法を厭わぬのは、流石、裏の家業という所かの」
「……そこをどけ」
対峙するバリトンに向け発せられたソーの声は年の割に随分と若く感じた。
「そう言われて退く程、お人好しのつもりはないんじゃが……のぉ、嬢ちゃん?」
バリトンはソーに囚われる結良に声をかける。
「……もちろんです。足手まといにはなりません。落とし前は自らつけます」
そう言って結良は極められまいと抵抗する自らの腕ごと、ソーの腕に懐刀の刃を突き立てた。
「その心意気やよし!」
結良の腕と刃で縫い付けられた自らの腕を引き剥そうと身をよじったその隙をバリトンは見逃さなかい。
結良を抱えるソーに猛進すると、幅の広い鉄塊の腹で結良を引き剥そうと奮闘する華奢な体を打ち上げた。
●
息を整えるように大きく空気を取り込んだリラ。対するは、鍛え上げられた体躯を軽快なフットワークで揺らすフリット。
二人は拳に生きる者同士、熾烈な打ち合いを演じていた。
「これだけの力を持っていて、それを暴力だけに使うだなんて……」
「あん? なんか言ったか?」
「力無き武は無力。けれど、心無き武は無意味!」
カッと視線を上げリラが叫ぶ。
「貴方の武がどちらなのか、私の自身の最大の技で確かめます!」
「へぇ! 技を出しますって宣言して出すのか。面白いじゃねぇか!」
リラの宣言にフリットは後ろへ飛び退き隙なく身構える。
「『青龍翔咬波』――いっけぇぇ!」
ぐっと腰を落とし、真っ直ぐに突き出された拳からマテリアルの本流が放たれた。
「こりゃすげぇな! だけどな――」
「なっ!?」
マテリアルの閃光がすっと身を引いたフリットの頬をかすめて採掘場の壁に穴を穿つ。
「そんな大技、一対一の実戦で決まると思うなよ!」
大技の好きを逃さずカウンター気味に打ち出されたフリットの拳が、両手をクロスさせて何とかガードしたリラの体ごと吹き飛ばした。
「さてと、次は姉ちゃんか?」
「ああ、私では及ばないかもしれないが、手合わせ願えるかな?」
吹き飛ばされたリラの生存を横目で確認し、マーゴットは愛刀を構える。
「いいぜ来いよ!」
「では、遠慮なく――!」
と、大ぶりな一撃を放った。
「おいおい、そんな大振り当たると思ってるのかよ!」
「貴方相手に超接近戦は不利だ。悪いがこの手で行かせてもらう」
なおも刀を翻らせるマーゴット。しかし、フリットはその攻撃を難なく避けていく。
「そぉらよ!」
何度目かの大ぶりの一刀を避け、間合いを一気に詰めたフリットの拳がマーゴットの籠手を打った。
「ぐっ……なるほど、踏み込みも早い」
重い一撃にわずかに表情を歪ませたマーゴットは、冷静に相手の動きを確認する。
「もっと早くもできるぜ?」
「ふむ……」
フットワーク軽く距離をとったフリット。
「なるほど、真面にやってはこちらもただでは済まないな。ならば、こういう手はどうか?」
「あん?」
何か来るのかと、フリットが身構えた瞬間。
「リラ!」
「はいっ!」
マーゴットの合図にフリットの足首を抱き込んだリラが、そこを支点に逆立ちで右足の蹴りを放つ。
「おわっ!?」
「まだまだ!」
かわされた一段目に続き、即座に放たれた二段目に蹴りがフリットの胴を絡めとると、逆立ちの体勢になったリラはそのまま足首を極めた。
マーゴットはゆっくりと戦場を移動させていたのだ――この連携を行うために、リラの元へと。
「ぐおっ!?」
このリラの変則的な投げ技に、フリットは意表を突かれ転倒。
「つぅ……」
「すまないな。二人で相手をするのは卑怯かとも思ったが、犯罪者に温情は無用だろ?」
リラの投げで地に伏せたフリットに向け、マーゴットは刀の峰を振り下ろし意識を刈り取った。
●
見事脱獄犯達を捕えたハンター達を看守が盛大に出迎えた。
「ふぁ! おわったー!」
「お疲れ様、ほら顔が真っ黒よ?」
狭い坑道から解放され、大きく伸びをする伊織に咲姫が手拭いを渡す。
「さぁて、一仕事終えた後は、いつもの?」
「甘味処で乾杯! ですね!」
綺麗になった弟の笑顔に、咲姫は釣られるように笑顔を返した。
「今度は外で正々堂々戦ってみたいものです」
気絶したフリットが連行されていくのを見守り、リラが呟く。
「申し訳ないことをした。手を出さないつもりではあったんだけど」
「いえ、自らの未熟が招いた事です! それにあの作戦! ああいう戦いもあるんだなってすごく勉強になりました!」
「あんな小手先に頼らない戦いこそ、本懐なんだけどね」
「はい、今度は一人で勝って見せます!」
決意にぐっと拳を握るリラに、マーゴットは小さく微笑んだ。
「手加減はしたつもりだったんじゃがな。申し訳ないことをした」
「死因は老衰だそうです。バリトン様のせいでは……」
運ばれていくソーの死体に手を合わせながら結良は答えた。
「別に気落ちはしとらんよ。この年になると死はすぐ身近なもんじゃ。……しかし、これですべては闇の中か」
「もしかしたら、死に場所を――いえ、それなら自首などしませんね」
「……そうじゃな。闇に消えた答えはあの世に行った時にでも直接聞いてみるかのぉ」
そう言ってバリトンは、薄暗い監獄の天井を見上げたのだった。
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/07 11:16:35 |
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脱獄犯捕獲の為に マーゴット(ka5022) 人間(リアルブルー)|18才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2016/10/12 07:10:48 |