ゲスト
(ka0000)
【猫譚】麦と蜂蜜と少女と猫と
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/24 22:00
- 完成日
- 2016/11/02 06:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ユグディラ達が王国内により多く見られるようになってから先、様々なことがあった。
その中で、三匹のユグディラが現れた事で、事態は進展をみた。偶発的な事故をきっかけに、ユグディラ達の目的の一端を垣間見ることが出来たのだ。
羊型歪虚騒動――つまりは【傲慢】の歪虚ベリアルが不穏な動きを見せる中で、システィーナは選択を強いられた。
そして、システィーナ・グラハム(kz0020)は三匹の案内を受け入れ、『その島』に足を踏み入れたのだった。
『なるほど、言われてみればそこにあった』
そんな風にすら言われる、名も無き島に。
●
「……お初にお目にかかります。私は、グラズヘイム王国、アレクシウス王が第一王女、システィーナ・グラハムと申します」
正しく、礼をしてシスティーナはその視線に応えた。そうして、待つ。
《妾は》
殷々と、音を曳いて――確かに、聞こえた。脳裏に響く、威厳ある女性の声。
《妾は、『女王』》《この世界に在る、放浪猫たちの『女王』》
その身体は、弱り切っているように見えた。それでも、その声には確かな力を感じた。旧くより生きる、大樹のような深い音色だった。
《グラハムに連なる人の仔よ》《よく、此処まで来た》
●
《システィーナ・グラハム》《王女たるそなたに、妾はまず、伝えねばならぬ》
猫にしてはやや大柄な彼女は、それでも、やせ細っているように見えた。細い体毛のしたで薄い肋骨がその呼吸に合わせて上下しているさまが見て取れる。
「……はい」
どうか、無理をなさらないで。
そう伝えたかった。でも、それは出来ない。そのためにシスティーナは此処に来たのではなく、そのために、《女王》はシスティーナと対話の機会を設けたわけではない。
これから、未来の話をする。そのために、彼女たちは此処に居るのだから。
《――伝える》《理解せよ》
「きゃっ!」
瞬後のことだった。
王女の頭の中で、何かが弾けた。いや、爆発に近しい。奔流だった。思考と、文字と、光景と――感情が激流となって《システィーナ・グラハム》をかき乱す。
「……こ、……これっ、は……っ?」
断片となった映像の連なりを意識する。システィーナはそれを識っている。知っていく。連続される風景に、いつしか言葉が添えられていた。自らの裡から湧き出る言葉に、システィーナは思わず、自らの身体をかき抱いた――が、その感覚が、今は途絶えている。
知らないはずなのに、識っている。
《自分》が、システィーナ・グラハムかどうかが、わから―――――。
《妾は盟約に従い、消えねばならぬ》
●
巡礼陣と『女王』との関係を聞いたシスティーナは、即座に『マテリアル供給を王国全土でも負担する』という案を出した。現実的な可否は別としても、今後、何かしらの形で対策は取っていくことには違いあるまい。
そのことは、解っていた。『女王』は自らの力をもって、『伝えた』のだから。
ユグディラの女王は、重く深い吐息をこぼして、髭を揺らした。身体を覆う虚脱と、痛みに、身の置き所を探す。
――こうやって死ぬことは、怖くない。
恐れることはない。マテリアルに還るだけのことだ。我々はそのような在り方なのだから、恐れる理由はない。自分たちが死ぬための道程をどのように生きるべきかを、ユグディラ達は理解している。自由に。思うがままに生きて、死ぬ。
『女王』となって、『死』は随分と遠くなってしまったものだが、本質は変わらない。彼女は“ユグディラの”女王なのだから。
ただ――出来ることならば、有意なものでありたい。『女王』はそう思う。思ってきた。あの日から、今まで、ずっと。
島のユグディラ達が組み立てたベッドに身を横たえながら、再び吐息を零した。
王女の来訪は、女王にとっては青天の霹靂だった。まさか、ユグディラ達がそのような行動に出るとは、思っても見なかったことだ。
《――少し、休む》
思念で、誰ともなく伝えた。すぐに、島中から思念の応答が返ってくる。騒がしいが、心地良い調べの中、女王は意識を手放した。
今は、眠りだけが安楽を感じられるひとときであった。
●
「……あの、ユグディラの女王の看病を、お願いできませんか?」
人を使い、通信を用い、自らの提案を形にすべく指示を出したりと慌ただしいシスティーナは、今もなおユグディラ達の島に居た。システィーナは未だ、女王に答えを示していない。故に彼女は未だ島に残ったまま、集めたハンター達に、そう託した。
曰く、ユグディラの女王は困憊を極めており、出来る限り彼女の苦痛を取り除いてあげたい。
彼女が強いられているマテリアルの供給という負担については、システィーナは出来る限りの事をするつもりだが、『身体的な面』がどうにも気になるらしい。
この島のユグディラ達は、実に献身的ではあるのだが――。
「……その、気持ちはこもっていると思うのです。えぇと……その、すごくいい子っていうか、いい子なのだけれど……というか……」
奥歯に物が挟まったような言い方で、ハンター達は全てを了解した。よく言えばおおらかな性格なユグディラでは、介護という領域は――その、控えめに言っても不向きなのだろう。
聞けば、雨風は避けられるようだが、殆ど野ざらしの状態であるらしい。野生生物であるから、ある意味では当然なのかもしれないが、
「……どうも、気になってしまって」
そう言って、システィーナはハンター達に依頼を出したのだった。
ただし、とシスティーナは言い添えた。彼女の名は出さないように、ハンターの親切心として関わって欲しい、と。
ユグディラ達が王国内により多く見られるようになってから先、様々なことがあった。
その中で、三匹のユグディラが現れた事で、事態は進展をみた。偶発的な事故をきっかけに、ユグディラ達の目的の一端を垣間見ることが出来たのだ。
羊型歪虚騒動――つまりは【傲慢】の歪虚ベリアルが不穏な動きを見せる中で、システィーナは選択を強いられた。
そして、システィーナ・グラハム(kz0020)は三匹の案内を受け入れ、『その島』に足を踏み入れたのだった。
『なるほど、言われてみればそこにあった』
そんな風にすら言われる、名も無き島に。
●
「……お初にお目にかかります。私は、グラズヘイム王国、アレクシウス王が第一王女、システィーナ・グラハムと申します」
正しく、礼をしてシスティーナはその視線に応えた。そうして、待つ。
《妾は》
殷々と、音を曳いて――確かに、聞こえた。脳裏に響く、威厳ある女性の声。
《妾は、『女王』》《この世界に在る、放浪猫たちの『女王』》
その身体は、弱り切っているように見えた。それでも、その声には確かな力を感じた。旧くより生きる、大樹のような深い音色だった。
《グラハムに連なる人の仔よ》《よく、此処まで来た》
●
《システィーナ・グラハム》《王女たるそなたに、妾はまず、伝えねばならぬ》
猫にしてはやや大柄な彼女は、それでも、やせ細っているように見えた。細い体毛のしたで薄い肋骨がその呼吸に合わせて上下しているさまが見て取れる。
「……はい」
どうか、無理をなさらないで。
そう伝えたかった。でも、それは出来ない。そのためにシスティーナは此処に来たのではなく、そのために、《女王》はシスティーナと対話の機会を設けたわけではない。
これから、未来の話をする。そのために、彼女たちは此処に居るのだから。
《――伝える》《理解せよ》
「きゃっ!」
瞬後のことだった。
王女の頭の中で、何かが弾けた。いや、爆発に近しい。奔流だった。思考と、文字と、光景と――感情が激流となって《システィーナ・グラハム》をかき乱す。
「……こ、……これっ、は……っ?」
断片となった映像の連なりを意識する。システィーナはそれを識っている。知っていく。連続される風景に、いつしか言葉が添えられていた。自らの裡から湧き出る言葉に、システィーナは思わず、自らの身体をかき抱いた――が、その感覚が、今は途絶えている。
知らないはずなのに、識っている。
《自分》が、システィーナ・グラハムかどうかが、わから―――――。
《妾は盟約に従い、消えねばならぬ》
●
巡礼陣と『女王』との関係を聞いたシスティーナは、即座に『マテリアル供給を王国全土でも負担する』という案を出した。現実的な可否は別としても、今後、何かしらの形で対策は取っていくことには違いあるまい。
そのことは、解っていた。『女王』は自らの力をもって、『伝えた』のだから。
ユグディラの女王は、重く深い吐息をこぼして、髭を揺らした。身体を覆う虚脱と、痛みに、身の置き所を探す。
――こうやって死ぬことは、怖くない。
恐れることはない。マテリアルに還るだけのことだ。我々はそのような在り方なのだから、恐れる理由はない。自分たちが死ぬための道程をどのように生きるべきかを、ユグディラ達は理解している。自由に。思うがままに生きて、死ぬ。
『女王』となって、『死』は随分と遠くなってしまったものだが、本質は変わらない。彼女は“ユグディラの”女王なのだから。
ただ――出来ることならば、有意なものでありたい。『女王』はそう思う。思ってきた。あの日から、今まで、ずっと。
島のユグディラ達が組み立てたベッドに身を横たえながら、再び吐息を零した。
王女の来訪は、女王にとっては青天の霹靂だった。まさか、ユグディラ達がそのような行動に出るとは、思っても見なかったことだ。
《――少し、休む》
思念で、誰ともなく伝えた。すぐに、島中から思念の応答が返ってくる。騒がしいが、心地良い調べの中、女王は意識を手放した。
今は、眠りだけが安楽を感じられるひとときであった。
●
「……あの、ユグディラの女王の看病を、お願いできませんか?」
人を使い、通信を用い、自らの提案を形にすべく指示を出したりと慌ただしいシスティーナは、今もなおユグディラ達の島に居た。システィーナは未だ、女王に答えを示していない。故に彼女は未だ島に残ったまま、集めたハンター達に、そう託した。
曰く、ユグディラの女王は困憊を極めており、出来る限り彼女の苦痛を取り除いてあげたい。
彼女が強いられているマテリアルの供給という負担については、システィーナは出来る限りの事をするつもりだが、『身体的な面』がどうにも気になるらしい。
この島のユグディラ達は、実に献身的ではあるのだが――。
「……その、気持ちはこもっていると思うのです。えぇと……その、すごくいい子っていうか、いい子なのだけれど……というか……」
奥歯に物が挟まったような言い方で、ハンター達は全てを了解した。よく言えばおおらかな性格なユグディラでは、介護という領域は――その、控えめに言っても不向きなのだろう。
聞けば、雨風は避けられるようだが、殆ど野ざらしの状態であるらしい。野生生物であるから、ある意味では当然なのかもしれないが、
「……どうも、気になってしまって」
そう言って、システィーナはハンター達に依頼を出したのだった。
ただし、とシスティーナは言い添えた。彼女の名は出さないように、ハンターの親切心として関わって欲しい、と。
リプレイ本文
●
「ああっ!!!」
感極まった声が辺りに響いた。道往くユグディラ達が注目する中、ルスティロ・イストワール(ka0252)はいっそ高らかに謳い上げる。
「ユグディラの国! 御伽噺で耳にした場所が、まさか実在するなんて!」
ルスティロの表情は歓喜で彩られ、魔術書を開いては何を書き込むかと唸る始末。
「――今度は女王様と拝謁の栄に浴する事が出来るトハ、恐悦至極……なんてネ」
軽薄に片足突っ込んだ笑みのアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が笑う。ユグディラとの縁を思うと、彼にしても少しばかり感慨深い。それは、ケイジ・フィーリ(ka1199)にとっても同様なようで、
「あのノッポ達も元気そうで何よりだぜ」
「ユグディラ天国ですのー」
一方で、笑顔を見せるチョココ(ka2449)は、森の中に散見されるユグディラに興味津々である。
「……しかし、ざっと見てきましたが、これは……」
日紫喜 嘉雅都(ka4222)は、島の状況を確認して、軽く頭を抑えていた。およそ文明からはかけ離れた土地であることを理解して、コトの難しさに思い至る。
「……猫の世話は好きですが、中々、大変そうですね」
野良猫の世話は――特に初期は――手がかかる。それを、ユグディラ達に途中で託す事を思うと、些か心もとなかった。
●
「やぁ、ユグディラの女王様。僕はルスティロ。御伽噺作家さ」
「お節介なものでネ。よかったラ、女王様が安楽に過ごせるように、イロイロさせてホシイんだケド……?」
《妾は構わぬ》
ルスティロとアルヴィンの言葉に返った脳裏に響く声に、ルスティロは目を輝かせる。
「他のユグディラちゃん達と比べると……やっぱり今の女王様はとてもお労しいですね」
「ああ、そうだな……」
ソフィ・アナセン(ka0556)が眉根を寄せて、言う。働きまわるユグディラとくらべ、女王には疲労の色が濃く見えた。ケイジは、甲斐甲斐しく草の葉を集めたり木々の位置を調整しているユグディラの近くで身を屈め、視線を合わせる。
「看病、俺達も手伝わせてくれないかな」
と頷くユグディラに、笑みを返した。
「ところで、この辺りに乾いた流木とか……倒れた木とか、木材になりそうなものは落ちてないかな?」
ルスティロが問うと、暫くして、眼前のユグディラから身振りと共にやけに明瞭なイメージが届いた。投影される場所の光景に、案内する、というニュアンス。ルスティロ自身が怪訝そうにしていると、
「……通訳、してくれたのカナ?」
《妾は眠る》
切り捨てるような返事に、ルスティロは肩を竦め、
「素直じゃないの〜」
チョココは、ぷぅ、と頬を膨らませるのであった。
●
木材を集めにいったルスティロだけでなく、ハンター達はそれぞれに動きだす。
アルヴィンは当座の対応としてテントを張った。女王の住処に突然湧いたモノに興味津々のユグディラ達を見て、アルヴィンは手を振って招き寄せて、使い方の図説をする。
「――本当に、おつらそう」
テントの傍らで、ソフィは悲しげにつぶやいた。その手には、彼女の体には余る程のシーツや布。“個人として持ち込める程度”のそれらは経費で賄われているが、建前としてはハンター達からの善意の品、ということになっている。女王の体の大きさにおおよその検討をつけ、集まったユグディラ達に実演することにした。彼らが用意した草のベッドをシーツで包み、固く結び留める。
――?
と、怪訝げな気配。ソフィはそのまま、「どうぞ、こちらに」と示して見せた。一匹が飛び込み、「!?」と驚嘆。感じるものがあったのか、次から次へとユグディラ達が飛び込んできた。
「ちょ、壊れちゃいますから、順番に……!」
「キミたちはホントに正直だよネ……もう寝てるシ……」
●
ユグディラ達は調理とは縁が無いらしい。ただ、システィーナの滞在の都合もあって、調理道具や食材の調達が容易だった。自然が豊かなだけあって、森や海の幸も多い。
「よし、と……」
ケイジは自ら調理したミルク粥を手に、テント内に入った。女王の耳が、ひく、と揺れる。
「俺が具合がわるいとき、母さんが、作ってくれたんだ」
寝てる所を起こして悪いかな、とは思いはしたが、それ以上にやせ細った身体が気にかかった。ミルク粥を、寝床に身体を預ける女王の元に差し出した。
「どうかな、少しなら食べられそうか?」
「チョココも手伝ったんですの〜!」
まるごとユグディラを着込んだチョココが続く。然程広くはないテントだ。たちまち、香りが満ちる。
じっと、均衡に似た時間が生まれ――そして。ちろり、と。女王が粥を舐めた。
《妾には熱い》
「あー……」
「なんだかんだで、食べてくれましたの!」
つれない雰囲気であったが、冷めるのを待ったら半量ほどは摂ってくれた。アルヴィンは嬉しげなチョココに笑みを浮かべつつ、
「調理、ココでもできたんだネ」
「道具を借りて、なんとか、だけどな」
ケイジの言葉に、アルヴィンはチラリ、と窓の外を見た。食い気か、はたまた女王が食事を取ったことに興味をもったのかは定かではないが、ずらりと並ぶユグディラ達が居る。
「――興味、あるカイ?」
瞬後に殺到したイメージの数々に、アルヴィンは大笑しつつ、どう説明したら伝わるものか、真剣に考えることにした。
●
ユグディラ達と共に資材を集めてきたルスティロが戻ると、何やら、騒がしい。
「これは……音楽……?」
「ああ、おかえりなさい」
ユグディラ達に囲まれた嘉雅都が、にこやかに迎える。
「王女の発案と同じ理屈で、彼らも演奏会でもしたらどうかな、って思ったんですが」
「中々、見事なものだね」
そう。演奏しているのは、ユグディラ達だ。嘉雅都が持参したもの以外でも、種々の楽器がどこからともなく取り出され、即席の演奏が執り行われている。
それだけでは、ない。楽しげな曲には、楽しげな“イメージ”が寄り添う。幻術の一種かもしれないが――なるほど、見事というに相応しい。
「これから、建築仕事ですか? よかったら、手伝っても?」
「ああ、是非」
壁やベッド、窓など、作るべきは多い。人手は在って困るものでもなかったし……。
「――彼らには、そういうのは難しそうですしね」
演奏に浸るユグディラ達を眺めての嘉雅都の言葉に、ルスティロは苦笑をこぼして頷いた。
●
数日を経て、蚊帳代わりの布が張られ、日光の差し込みようや風通しを考えた簡単な木小屋が組まれた。穏やかな気候らしいこの島なら、おおよそ困ることはないだろう。女王も、安楽そうに過ごしているし、ハンター達の調理やブラッシングなどの甲斐があってか、毛艶は幾分か良くなったように見えた。
「女王、という割に、触っても怒ったりしないんですの」
とは、さんざん触りたおしたチョココの弁である。
女王の身の回りを整える、という意味で、十分な成果を果たしたハンター達であるが――さて。
彼らはそれ以外にも、果たした事がある。
●
「誓約って、秘術ってなんなんだ?」
ケイジの問いは、端的であった。その言葉は、どこか、苦い。
「……なんで犠牲になるってわかってて、こんな役割引き受けたんだよ」
《妾には果たすべき恩があった》
数日間の付き合いではあるが、女王の人となり――猫となり、というべきか――見えてきた。冷淡に見えるが、意思伝達の問題も大きいのだろう。人と同じ物差しで測らなければ、交流に支障は感じない。
「恩、ってのは?」
《言えぬ》
誠実で明快。言葉の裏や、未知のことから状況を読めることから十二分に知性的ではあるが、頑迷である。そんな様子に、ルスティロは微笑と共に、問う。
「女王様に、名前はあるのかい」
《昔は在った》《【女王】を継いだ時、意味を成さなくなった》
「それでも、聞きたいんだけど、」
継いだ、という言葉が気にはなったが、重ねて尋ねると、今度は少しだけ、時間があった。
《――忘れたのだ》《今となってはどれが妾の名か思い出せぬ》
そこまで言って、疲れたように寝入ってしまった。
●
「――や、おはヨウ」
《うむ》
陽の光で温かくなったシーツに身を預けながら、女王は一つ、あくびをした。アルヴィンはそんな女王を見つめつつ。
「キミは消えたいラシイケド」
こう、切り出した。
「何か、残したいモノとかはナイの?」
《妾が残すべきは、妾の子らよ》
「ユグディラ達、ってこと?」
《【女王】の務め、故に》
「――キミは、含まれないんだ」
《それも、妾の務め》
アルヴィンは目を離さない。逸らさない。その姿を、心に焼き付けるように――。
さらに、一歩を踏み込んだ。
「その、【女王】だけど」
訪ねたのは、興味心だ。死ぬ事を既定とする彼女の言動にはゆらぎがない。だから。
「キミが死んじゃっタラ、次の【女王】は生まれるのカイ?」
《否。妾が最後の【女王】となる》
●
「まさか、最後の、とは」
嘉雅都は頭を掻いた。ユグディラにとって、【女王】とは継いでゆくもの。その終わりを女王は前提としている。
「……おつかれのところ、すみません」
何かを果たす。その為に、尋ねなければならない。
――嘉雅都が尋ねた事は余りに多く、その応対を余さず記せば長くなる。故に、結果だけ、此処に記そう。
女王は単体で直接繋がっているのか。
《是》
マテリアル供給の先代の有無。
《有》
代わりが要れば消えずに交代は可能か。
《否。術の解除か、繋がれるか、それのみである》
王国内の他の幻獣王等の有無と現状。
《彼らにも理由があってのこと。妾が答えるべき事ではない》
巡礼路上の仔細感知、歪虚の規模・居場所・動向が分るか。
《否。妾はただ、供給するのみ》
過去の知りうる巡礼陣の事件全般。
《妾はただ繋がれているだけ故に、多くは知らぬ》《知る所も、汝らには言えぬ》《その資格は、汝らには無い故に》
王国側の法術・巡礼陣知識失伝の補完希望。
《――――》
逡巡が、あった。明瞭な解答に、淀みがある。
「……どう、しましたか」
《言えぬ》
「何故、でしょう」
急所とみたわけではない。ただ必要と感じていた。答えは、やはり簡潔に、
《妾には誓約があった》《故に爪の先ほどの後悔も無い》
じゃが、と前置いて、女王はこう結んだ。
《再び妾のような者を産みとうない》
●
“現状は、痛く、苦しい”。
言外の意図に、ケイジは目を細めた。理由があってのことだと女王は言う。悔いはないとも言う。
その本意は読み取れないが、おそらくは、自らの犠牲を担保にユグディラ達の未来を確保する、という所だと予想できる。
だが、だからこそ。
――理不尽だ。
ケイジは自らの裡で焔が猛狂うのを自覚した。
「俺達にあなたを助けさせてほしいんだ。……こんなの、間違ってる。貴方を犠牲に何かを得るなんて」
だから彼は、直截に、そう言った。
「チビ達も助けたいと思って頑張ったんだ、俺だって諦めないから……」
更に言い募ろうとした時、胡乱げに顔を上げた女王と、視線が絡み――同時。
ケイジの脳裏に、光景が弾けた。
夕日を浴びて金色の麦穂。視界一面に広がる。それを、ケイジは見下ろしていた。
傍らに、声がした。幼い子どもの声。
――振り返ろうとして、不意に視界が元に戻った。
「いまのは……」
《汝がなしたいようにすればよい》《妾は止めぬ》
ケイジの問いに答えることは、もはやなく。最後に、女王の尾がゆらりと揺れた。
《――妾は、ただ、待つよ》
●
「女王様は、幻獣の森、をご存知ですか?」
ソフィは、女王は寝ている時にこそ苦しそうな声を零すことに気がついた。時折、ではあるが。故に、機を見計らって、そう声をかけた。
「人と幻獣が協力して歪虚の脅威から身を守っている森です。
――そこの大幻獣様もかつてはその目に諦観を浮かべていらっしゃいました。歪虚の侵攻を受けて、自分たちは消えるのが定めと」
《だが、そうはならなかった》
眠る姿勢のまま、女王の応答。
「……ええ、その大幻獣様は今もその森で元気にお暮らしです」
《妾が諦めている、と》《人の仔よ》
言葉は冷たいが、苦笑の気配があった。引用として、直接的に過ぎたかという不安が、言外の気配に晴れていく。
そこに。
「どんなに強大であろうと、一人の力には限界がありますわ。長くは続かない……近くも遠くも、待つのは滅びですの」
まるごとゆぐでぃらを着込んだチョココが、ぽつりと言った。少女の言葉には、深い実感が堆積している。装いは兎も角、その表情には切実な思いが籠められていた。その手が、ゆるゆると女王の背に伸ばされ、届く。柔らかな手応えに頬を綻ばせ、ほう、と息を吐き、こう結んだ。
「だからと、終わりをすんなり受け入れるのは詰まらないですわ。楽なコトばかりではないけど、生きていれば沢山の可能性と発見がありますの」
「諦めなければ、生きているからこそ、開ける可能性もあります。ですからどうか今は私たちに任せて、ゆっくりとお休み下さい」
チョココに、ソフィが寄り添うように続いた。
《妾のこれは、諦観ではない》
ぐるる、と喉を鳴らしながら、女王は眠りに落ちていく。
《……希望、というのだ》《人の仔よ》
その後、眠りから目を覚ました女王は、ソフィから幻獣王チューダの逸話を聞くこととなる。
ふわふわな身体をもつ、幻獣の王。その存在は、女王の胸の裡に潜められることとなるが――さて。果たして、どう紡がれるかは、別の話、である。
●
さり際のことである。ハンター達を見送るべくベッドの上で身を起こした女王に、ルスティロは近づいていくと、
「……どうだったかな?」
と、訪ねた。笑みの奥には、興味と期待の色が滲む。
《人の仔のすることは、妾が知る頃と変わらん》
微かに、笑みの気配を表情に滲ませる女王は、周囲のユグディラ達を見回した。
「王国を、見て回らないかい? ……と、思ったんだけど」
つと、思い至るのはケイジが見たという光景だ。
「キミは、かつて王国にいたんだね」
《――》
「世界は変わった。貴方の知らない面白い事が、きっと世の中にはたくさんある」
言い募るのは、女王に希望を持たせるため。苦痛に耐える女王に。
「もし『今』が辛いなら、僕が語るよ、楽しい御話を。だから、さ。『未来』を……楽しみにしてはくれないかい?」
未来を、と言うルスティロの瞳には、真摯な色が籠められている。だからこそ、女王は彼を無碍に扱うことは無かったのだろう。
《人の仔らよ》《妾は汝らのためだけに、あの誓約を結んだのではない》《妾は妾が望むもののためにあれを結び、今、在るのだ》
しゃんと背を伸ばした女王は、やせ細ってはいる。それでも、その目と身体には古より続く、深い力があった。数日前とは、確かに違う光。
《時は、いずれ来る》
《妾は、それを待つよ》
《節介なる、人の仔らよ》
「ああっ!!!」
感極まった声が辺りに響いた。道往くユグディラ達が注目する中、ルスティロ・イストワール(ka0252)はいっそ高らかに謳い上げる。
「ユグディラの国! 御伽噺で耳にした場所が、まさか実在するなんて!」
ルスティロの表情は歓喜で彩られ、魔術書を開いては何を書き込むかと唸る始末。
「――今度は女王様と拝謁の栄に浴する事が出来るトハ、恐悦至極……なんてネ」
軽薄に片足突っ込んだ笑みのアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が笑う。ユグディラとの縁を思うと、彼にしても少しばかり感慨深い。それは、ケイジ・フィーリ(ka1199)にとっても同様なようで、
「あのノッポ達も元気そうで何よりだぜ」
「ユグディラ天国ですのー」
一方で、笑顔を見せるチョココ(ka2449)は、森の中に散見されるユグディラに興味津々である。
「……しかし、ざっと見てきましたが、これは……」
日紫喜 嘉雅都(ka4222)は、島の状況を確認して、軽く頭を抑えていた。およそ文明からはかけ離れた土地であることを理解して、コトの難しさに思い至る。
「……猫の世話は好きですが、中々、大変そうですね」
野良猫の世話は――特に初期は――手がかかる。それを、ユグディラ達に途中で託す事を思うと、些か心もとなかった。
●
「やぁ、ユグディラの女王様。僕はルスティロ。御伽噺作家さ」
「お節介なものでネ。よかったラ、女王様が安楽に過ごせるように、イロイロさせてホシイんだケド……?」
《妾は構わぬ》
ルスティロとアルヴィンの言葉に返った脳裏に響く声に、ルスティロは目を輝かせる。
「他のユグディラちゃん達と比べると……やっぱり今の女王様はとてもお労しいですね」
「ああ、そうだな……」
ソフィ・アナセン(ka0556)が眉根を寄せて、言う。働きまわるユグディラとくらべ、女王には疲労の色が濃く見えた。ケイジは、甲斐甲斐しく草の葉を集めたり木々の位置を調整しているユグディラの近くで身を屈め、視線を合わせる。
「看病、俺達も手伝わせてくれないかな」
と頷くユグディラに、笑みを返した。
「ところで、この辺りに乾いた流木とか……倒れた木とか、木材になりそうなものは落ちてないかな?」
ルスティロが問うと、暫くして、眼前のユグディラから身振りと共にやけに明瞭なイメージが届いた。投影される場所の光景に、案内する、というニュアンス。ルスティロ自身が怪訝そうにしていると、
「……通訳、してくれたのカナ?」
《妾は眠る》
切り捨てるような返事に、ルスティロは肩を竦め、
「素直じゃないの〜」
チョココは、ぷぅ、と頬を膨らませるのであった。
●
木材を集めにいったルスティロだけでなく、ハンター達はそれぞれに動きだす。
アルヴィンは当座の対応としてテントを張った。女王の住処に突然湧いたモノに興味津々のユグディラ達を見て、アルヴィンは手を振って招き寄せて、使い方の図説をする。
「――本当に、おつらそう」
テントの傍らで、ソフィは悲しげにつぶやいた。その手には、彼女の体には余る程のシーツや布。“個人として持ち込める程度”のそれらは経費で賄われているが、建前としてはハンター達からの善意の品、ということになっている。女王の体の大きさにおおよその検討をつけ、集まったユグディラ達に実演することにした。彼らが用意した草のベッドをシーツで包み、固く結び留める。
――?
と、怪訝げな気配。ソフィはそのまま、「どうぞ、こちらに」と示して見せた。一匹が飛び込み、「!?」と驚嘆。感じるものがあったのか、次から次へとユグディラ達が飛び込んできた。
「ちょ、壊れちゃいますから、順番に……!」
「キミたちはホントに正直だよネ……もう寝てるシ……」
●
ユグディラ達は調理とは縁が無いらしい。ただ、システィーナの滞在の都合もあって、調理道具や食材の調達が容易だった。自然が豊かなだけあって、森や海の幸も多い。
「よし、と……」
ケイジは自ら調理したミルク粥を手に、テント内に入った。女王の耳が、ひく、と揺れる。
「俺が具合がわるいとき、母さんが、作ってくれたんだ」
寝てる所を起こして悪いかな、とは思いはしたが、それ以上にやせ細った身体が気にかかった。ミルク粥を、寝床に身体を預ける女王の元に差し出した。
「どうかな、少しなら食べられそうか?」
「チョココも手伝ったんですの〜!」
まるごとユグディラを着込んだチョココが続く。然程広くはないテントだ。たちまち、香りが満ちる。
じっと、均衡に似た時間が生まれ――そして。ちろり、と。女王が粥を舐めた。
《妾には熱い》
「あー……」
「なんだかんだで、食べてくれましたの!」
つれない雰囲気であったが、冷めるのを待ったら半量ほどは摂ってくれた。アルヴィンは嬉しげなチョココに笑みを浮かべつつ、
「調理、ココでもできたんだネ」
「道具を借りて、なんとか、だけどな」
ケイジの言葉に、アルヴィンはチラリ、と窓の外を見た。食い気か、はたまた女王が食事を取ったことに興味をもったのかは定かではないが、ずらりと並ぶユグディラ達が居る。
「――興味、あるカイ?」
瞬後に殺到したイメージの数々に、アルヴィンは大笑しつつ、どう説明したら伝わるものか、真剣に考えることにした。
●
ユグディラ達と共に資材を集めてきたルスティロが戻ると、何やら、騒がしい。
「これは……音楽……?」
「ああ、おかえりなさい」
ユグディラ達に囲まれた嘉雅都が、にこやかに迎える。
「王女の発案と同じ理屈で、彼らも演奏会でもしたらどうかな、って思ったんですが」
「中々、見事なものだね」
そう。演奏しているのは、ユグディラ達だ。嘉雅都が持参したもの以外でも、種々の楽器がどこからともなく取り出され、即席の演奏が執り行われている。
それだけでは、ない。楽しげな曲には、楽しげな“イメージ”が寄り添う。幻術の一種かもしれないが――なるほど、見事というに相応しい。
「これから、建築仕事ですか? よかったら、手伝っても?」
「ああ、是非」
壁やベッド、窓など、作るべきは多い。人手は在って困るものでもなかったし……。
「――彼らには、そういうのは難しそうですしね」
演奏に浸るユグディラ達を眺めての嘉雅都の言葉に、ルスティロは苦笑をこぼして頷いた。
●
数日を経て、蚊帳代わりの布が張られ、日光の差し込みようや風通しを考えた簡単な木小屋が組まれた。穏やかな気候らしいこの島なら、おおよそ困ることはないだろう。女王も、安楽そうに過ごしているし、ハンター達の調理やブラッシングなどの甲斐があってか、毛艶は幾分か良くなったように見えた。
「女王、という割に、触っても怒ったりしないんですの」
とは、さんざん触りたおしたチョココの弁である。
女王の身の回りを整える、という意味で、十分な成果を果たしたハンター達であるが――さて。
彼らはそれ以外にも、果たした事がある。
●
「誓約って、秘術ってなんなんだ?」
ケイジの問いは、端的であった。その言葉は、どこか、苦い。
「……なんで犠牲になるってわかってて、こんな役割引き受けたんだよ」
《妾には果たすべき恩があった》
数日間の付き合いではあるが、女王の人となり――猫となり、というべきか――見えてきた。冷淡に見えるが、意思伝達の問題も大きいのだろう。人と同じ物差しで測らなければ、交流に支障は感じない。
「恩、ってのは?」
《言えぬ》
誠実で明快。言葉の裏や、未知のことから状況を読めることから十二分に知性的ではあるが、頑迷である。そんな様子に、ルスティロは微笑と共に、問う。
「女王様に、名前はあるのかい」
《昔は在った》《【女王】を継いだ時、意味を成さなくなった》
「それでも、聞きたいんだけど、」
継いだ、という言葉が気にはなったが、重ねて尋ねると、今度は少しだけ、時間があった。
《――忘れたのだ》《今となってはどれが妾の名か思い出せぬ》
そこまで言って、疲れたように寝入ってしまった。
●
「――や、おはヨウ」
《うむ》
陽の光で温かくなったシーツに身を預けながら、女王は一つ、あくびをした。アルヴィンはそんな女王を見つめつつ。
「キミは消えたいラシイケド」
こう、切り出した。
「何か、残したいモノとかはナイの?」
《妾が残すべきは、妾の子らよ》
「ユグディラ達、ってこと?」
《【女王】の務め、故に》
「――キミは、含まれないんだ」
《それも、妾の務め》
アルヴィンは目を離さない。逸らさない。その姿を、心に焼き付けるように――。
さらに、一歩を踏み込んだ。
「その、【女王】だけど」
訪ねたのは、興味心だ。死ぬ事を既定とする彼女の言動にはゆらぎがない。だから。
「キミが死んじゃっタラ、次の【女王】は生まれるのカイ?」
《否。妾が最後の【女王】となる》
●
「まさか、最後の、とは」
嘉雅都は頭を掻いた。ユグディラにとって、【女王】とは継いでゆくもの。その終わりを女王は前提としている。
「……おつかれのところ、すみません」
何かを果たす。その為に、尋ねなければならない。
――嘉雅都が尋ねた事は余りに多く、その応対を余さず記せば長くなる。故に、結果だけ、此処に記そう。
女王は単体で直接繋がっているのか。
《是》
マテリアル供給の先代の有無。
《有》
代わりが要れば消えずに交代は可能か。
《否。術の解除か、繋がれるか、それのみである》
王国内の他の幻獣王等の有無と現状。
《彼らにも理由があってのこと。妾が答えるべき事ではない》
巡礼路上の仔細感知、歪虚の規模・居場所・動向が分るか。
《否。妾はただ、供給するのみ》
過去の知りうる巡礼陣の事件全般。
《妾はただ繋がれているだけ故に、多くは知らぬ》《知る所も、汝らには言えぬ》《その資格は、汝らには無い故に》
王国側の法術・巡礼陣知識失伝の補完希望。
《――――》
逡巡が、あった。明瞭な解答に、淀みがある。
「……どう、しましたか」
《言えぬ》
「何故、でしょう」
急所とみたわけではない。ただ必要と感じていた。答えは、やはり簡潔に、
《妾には誓約があった》《故に爪の先ほどの後悔も無い》
じゃが、と前置いて、女王はこう結んだ。
《再び妾のような者を産みとうない》
●
“現状は、痛く、苦しい”。
言外の意図に、ケイジは目を細めた。理由があってのことだと女王は言う。悔いはないとも言う。
その本意は読み取れないが、おそらくは、自らの犠牲を担保にユグディラ達の未来を確保する、という所だと予想できる。
だが、だからこそ。
――理不尽だ。
ケイジは自らの裡で焔が猛狂うのを自覚した。
「俺達にあなたを助けさせてほしいんだ。……こんなの、間違ってる。貴方を犠牲に何かを得るなんて」
だから彼は、直截に、そう言った。
「チビ達も助けたいと思って頑張ったんだ、俺だって諦めないから……」
更に言い募ろうとした時、胡乱げに顔を上げた女王と、視線が絡み――同時。
ケイジの脳裏に、光景が弾けた。
夕日を浴びて金色の麦穂。視界一面に広がる。それを、ケイジは見下ろしていた。
傍らに、声がした。幼い子どもの声。
――振り返ろうとして、不意に視界が元に戻った。
「いまのは……」
《汝がなしたいようにすればよい》《妾は止めぬ》
ケイジの問いに答えることは、もはやなく。最後に、女王の尾がゆらりと揺れた。
《――妾は、ただ、待つよ》
●
「女王様は、幻獣の森、をご存知ですか?」
ソフィは、女王は寝ている時にこそ苦しそうな声を零すことに気がついた。時折、ではあるが。故に、機を見計らって、そう声をかけた。
「人と幻獣が協力して歪虚の脅威から身を守っている森です。
――そこの大幻獣様もかつてはその目に諦観を浮かべていらっしゃいました。歪虚の侵攻を受けて、自分たちは消えるのが定めと」
《だが、そうはならなかった》
眠る姿勢のまま、女王の応答。
「……ええ、その大幻獣様は今もその森で元気にお暮らしです」
《妾が諦めている、と》《人の仔よ》
言葉は冷たいが、苦笑の気配があった。引用として、直接的に過ぎたかという不安が、言外の気配に晴れていく。
そこに。
「どんなに強大であろうと、一人の力には限界がありますわ。長くは続かない……近くも遠くも、待つのは滅びですの」
まるごとゆぐでぃらを着込んだチョココが、ぽつりと言った。少女の言葉には、深い実感が堆積している。装いは兎も角、その表情には切実な思いが籠められていた。その手が、ゆるゆると女王の背に伸ばされ、届く。柔らかな手応えに頬を綻ばせ、ほう、と息を吐き、こう結んだ。
「だからと、終わりをすんなり受け入れるのは詰まらないですわ。楽なコトばかりではないけど、生きていれば沢山の可能性と発見がありますの」
「諦めなければ、生きているからこそ、開ける可能性もあります。ですからどうか今は私たちに任せて、ゆっくりとお休み下さい」
チョココに、ソフィが寄り添うように続いた。
《妾のこれは、諦観ではない》
ぐるる、と喉を鳴らしながら、女王は眠りに落ちていく。
《……希望、というのだ》《人の仔よ》
その後、眠りから目を覚ました女王は、ソフィから幻獣王チューダの逸話を聞くこととなる。
ふわふわな身体をもつ、幻獣の王。その存在は、女王の胸の裡に潜められることとなるが――さて。果たして、どう紡がれるかは、別の話、である。
●
さり際のことである。ハンター達を見送るべくベッドの上で身を起こした女王に、ルスティロは近づいていくと、
「……どうだったかな?」
と、訪ねた。笑みの奥には、興味と期待の色が滲む。
《人の仔のすることは、妾が知る頃と変わらん》
微かに、笑みの気配を表情に滲ませる女王は、周囲のユグディラ達を見回した。
「王国を、見て回らないかい? ……と、思ったんだけど」
つと、思い至るのはケイジが見たという光景だ。
「キミは、かつて王国にいたんだね」
《――》
「世界は変わった。貴方の知らない面白い事が、きっと世の中にはたくさんある」
言い募るのは、女王に希望を持たせるため。苦痛に耐える女王に。
「もし『今』が辛いなら、僕が語るよ、楽しい御話を。だから、さ。『未来』を……楽しみにしてはくれないかい?」
未来を、と言うルスティロの瞳には、真摯な色が籠められている。だからこそ、女王は彼を無碍に扱うことは無かったのだろう。
《人の仔らよ》《妾は汝らのためだけに、あの誓約を結んだのではない》《妾は妾が望むもののためにあれを結び、今、在るのだ》
しゃんと背を伸ばした女王は、やせ細ってはいる。それでも、その目と身体には古より続く、深い力があった。数日前とは、確かに違う光。
《時は、いずれ来る》
《妾は、それを待つよ》
《節介なる、人の仔らよ》
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 9人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/23 03:12:09 |
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看病と、お話と。 アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) エルフ|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/10/24 22:02:21 |