ゲスト
(ka0000)
そのすべてが罪ならば
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/25 19:00
- 完成日
- 2016/11/05 20:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「掟の森(ヤルン・ヴィド)など聞いたこともない」
「仮にそのようなものがあったとして、なんの問題があろう?」
「我々は常に時代と共にあった。エルフが滅びを望むのであれば、それも一つの答えであろう」
長老会の円卓に向き合い、ジエルデは唇を噛みしめる。
もう何年も森の外はおろか、この森都最奥の聖域から出たこともないような老人たちにとって、今の世界など興味の他。
何を訴えかけたところで柳に風。今に始まったことではない。恭順するとはそういうことだ。
世界に抗わず、自然と一つになると言えば聞こえはいい。だがその実体は、滅びを受け入れ続けるということ。
「森都の中に危険な思想を持つ者がいる事は明らかです! 秩序の綻びは、瞬く間に燃え広がるでしょう! どうかご英断を……! 私に掟の森を調査する権限を!」
「ならぬ」
「ジエルデよ。何を勘違いしておる。お前を今日まで生かしていたのは、罪滅ぼしの為よ」
「誰もが触れることすら恐れず闇の器……それに触れる為の“菜箸”こそお前よ」
「消えるというのならば消えさせればよかろう。このような世界、もとよりなんの価値もありはしないわ」
――違う。そう声を大にして言いたかった。
この世界は無価値なんかじゃない。この世界は広く、どこまでも広く、ありとあらゆる光も闇も受け入れる懐の深さを持っている。
たかがヒトの一生程度では到底図りきれない巨大な円環。それを運命と謗るには、目の前の老人たちには経験が圧倒的に不足している。
そう、何もわかりはしないのだ。拒絶し閉じこもったところで。過去に執着したところで。罪を悔いたところで――未来は変えられない。
踵を返し、歩き出す。長老たちは呼び止めもしなかった。
自分は馬鹿な女だ。自らの失態で最愛の家族を失った。森の同朋を大勢傷つけた。
存在そのものが罪――ああ、その通りだ。最初からわかっていた。
「だから――それでこそ」
もう、間違えることを恐れない。そう心に強く誓った。
「ジエルデ様、また調べ物ですか?」
巫女のカリンに声をかけられ、思わず背筋を震わせる。
森都に存在する“図書館”と呼ばれる資料室には、司書と呼ばれる役割についたエルフしか立ち入れない場所がある。
司書は森都の歴史の番人でもある。この深く暗い森の中で積み重ねられてきた記憶。その閲覧はごく一部しか許されない。
ジエルデは元々司書であり、そして今は長老。彼女は図書館の殆どの書物を閲覧する権限を持っていた。
「え、ええ。そういうカリンはどうしたの?」
「私は術の勉強を少し。最近、森の外への派遣が減ったんです。その分、大きな仕事の前に身体を休めておくようにと、ヨハネ様が」
「ヨハネが……?」
巫女隊は現場の指揮や実務的な始動はジエルデが、運用は実質ヨハネが行っている。
言われてみれば最近大きな仕事が降ってこない。それに気づかなかった自分の間抜けさを呪った。
こうして調べ物が出来るようになったのも、ヨハネが森都外への派遣を止めたせいではないか。
カリンと別れ、自宅に戻る道を歩きながらジエルデは書を開く。
浄化の器の源流は、森の代弁者――神の声を聞き、伝える者にあるという。
最初の器は、最悪の事件と共に森都に刻まれた。その歴史を封印しようとする長老会を掻い潜り調査するのは骨が折れた。
「でも、最初の器……オルクス・エルフハイムを紐解けば、神との契約についてわかるかもしれない。そうすれば、あの子を救う方法も……」
その時、暗闇から音もなく姿を見せた暗殺者が、ジエルデの首筋にナイフを繰り出す。
それを振り返りもせず頭を僅かに動かし躱すと、襲撃者の腕を取り、捻るようにして骨を砕いた。
「しまった……反射で……」
と言いながら襲撃者を地面に捻じ伏せる。そしてその外見を確認し、目を見開いた。
まだ幼い少女だ。執行者の格好をしているが、気配の消し方が甘いことや簡単に(実際は尋常ではないが)組み伏せられた事から、経験の浅さが感じられる。
「子供の執行者……?」
続けて木々の影から同時に襲いかかる四人の襲撃者に、ジエルデは首から下げた木彫りの十字を握り、魔法の光を放った。
あっさり襲撃者を撃退したジエルデは、わけもわからず走っていた。
この森で最高位の術者であるジエルデにとってあのくらいの襲撃は問題なかったが、理解はできない。
「どうして森の中で襲われたのかしら?」
『それは、あなたが邪魔になったからじゃなぁい?』
ざっと足を止め、正面に浮かんだ影に目を凝らす。
見間違えるはずもない。既に何度も退治した敵だ。まさか、ここで見えるとは思わなかったが。
「……オルクス・エルフハイム」
『久しぶりねぇ、器の管理者さん? ……ってぇ、ストップストップ!? 私を殺したら情報を得られないでしょお!?』
拳を身構えたジエルデが僅かに頬を赤らめ姿勢を正す。
確かに見るからにオルクスの存在は弱々しい。恐らくはこれも本体ではないのだろう。消したところで意味はない。
「オルクス、あなたはやはりこの森に潜んでいたのですね。警備隊も堕ちたものです」
『この森には弱い負の気配ならひそめる場所があるのよ。それはさておき、あなたこの森を出たほうがいいわ。始末されるわよぉ?』
「なぜあなたがそんなことを……」
『あなたには利用価値がある。そして私にも、ね。ジエルデ・エルフハイム……私と取引しない?』
眉を潜め、走り出す。ジエルデがオルクスの脇を素通りすると、黒い影はジエルデの後に続く。
『取引成立ってことかしらねぇ?』
「背に腹は変えられません。あの子を救うためです」
『私の目的があの子の身体だったらどうするのぉ?』
「消せば済むことです」
ぎろりと、しかし無表情に振り返るジエルデ。オルクスは苦笑を浮かべ。
『そーよねー。今の私は吹けば飛ぶようなものだしぃ。悪さはしないってば~』
装備を回収し森を出たジエルデは、馬に跨がり平原を走りながら自分が狙われた理由を考えていた。
「やはり、この本が原因でしょうか?」
『とか、他にも色々あるでしょう? ホラ、どんどん追っ手がくるわよ』
背後から迫る複数の馬の足音にジエルデは溜息を零す。
「ひとまず、ピースホライズンを目指しましょう。あそこまでいけば表立って追撃はしてこないはずです」
『だといいけどねぇ?』
追っ手を巻くため馬を加速させながらジエルデは真っ先にハンターに助けを求める算段をつけていた。
今、自分が頼れるのは友人のハイデマリーと、妹のアイリス、そしてハンターたち。
なんだ、と思わず笑ってしまう。こんなにも味方がいる。こんなに頼れる人がいる。
「自分に出来ること……それを一生懸命やるわ。あなたとちゃんと、向き合うために」
今は遠い街にいる彼女に、ずっと笑っていて欲しいから。
そのためならば、全てをなげうっても構わない。決意はとうに、固まっていた。
「仮にそのようなものがあったとして、なんの問題があろう?」
「我々は常に時代と共にあった。エルフが滅びを望むのであれば、それも一つの答えであろう」
長老会の円卓に向き合い、ジエルデは唇を噛みしめる。
もう何年も森の外はおろか、この森都最奥の聖域から出たこともないような老人たちにとって、今の世界など興味の他。
何を訴えかけたところで柳に風。今に始まったことではない。恭順するとはそういうことだ。
世界に抗わず、自然と一つになると言えば聞こえはいい。だがその実体は、滅びを受け入れ続けるということ。
「森都の中に危険な思想を持つ者がいる事は明らかです! 秩序の綻びは、瞬く間に燃え広がるでしょう! どうかご英断を……! 私に掟の森を調査する権限を!」
「ならぬ」
「ジエルデよ。何を勘違いしておる。お前を今日まで生かしていたのは、罪滅ぼしの為よ」
「誰もが触れることすら恐れず闇の器……それに触れる為の“菜箸”こそお前よ」
「消えるというのならば消えさせればよかろう。このような世界、もとよりなんの価値もありはしないわ」
――違う。そう声を大にして言いたかった。
この世界は無価値なんかじゃない。この世界は広く、どこまでも広く、ありとあらゆる光も闇も受け入れる懐の深さを持っている。
たかがヒトの一生程度では到底図りきれない巨大な円環。それを運命と謗るには、目の前の老人たちには経験が圧倒的に不足している。
そう、何もわかりはしないのだ。拒絶し閉じこもったところで。過去に執着したところで。罪を悔いたところで――未来は変えられない。
踵を返し、歩き出す。長老たちは呼び止めもしなかった。
自分は馬鹿な女だ。自らの失態で最愛の家族を失った。森の同朋を大勢傷つけた。
存在そのものが罪――ああ、その通りだ。最初からわかっていた。
「だから――それでこそ」
もう、間違えることを恐れない。そう心に強く誓った。
「ジエルデ様、また調べ物ですか?」
巫女のカリンに声をかけられ、思わず背筋を震わせる。
森都に存在する“図書館”と呼ばれる資料室には、司書と呼ばれる役割についたエルフしか立ち入れない場所がある。
司書は森都の歴史の番人でもある。この深く暗い森の中で積み重ねられてきた記憶。その閲覧はごく一部しか許されない。
ジエルデは元々司書であり、そして今は長老。彼女は図書館の殆どの書物を閲覧する権限を持っていた。
「え、ええ。そういうカリンはどうしたの?」
「私は術の勉強を少し。最近、森の外への派遣が減ったんです。その分、大きな仕事の前に身体を休めておくようにと、ヨハネ様が」
「ヨハネが……?」
巫女隊は現場の指揮や実務的な始動はジエルデが、運用は実質ヨハネが行っている。
言われてみれば最近大きな仕事が降ってこない。それに気づかなかった自分の間抜けさを呪った。
こうして調べ物が出来るようになったのも、ヨハネが森都外への派遣を止めたせいではないか。
カリンと別れ、自宅に戻る道を歩きながらジエルデは書を開く。
浄化の器の源流は、森の代弁者――神の声を聞き、伝える者にあるという。
最初の器は、最悪の事件と共に森都に刻まれた。その歴史を封印しようとする長老会を掻い潜り調査するのは骨が折れた。
「でも、最初の器……オルクス・エルフハイムを紐解けば、神との契約についてわかるかもしれない。そうすれば、あの子を救う方法も……」
その時、暗闇から音もなく姿を見せた暗殺者が、ジエルデの首筋にナイフを繰り出す。
それを振り返りもせず頭を僅かに動かし躱すと、襲撃者の腕を取り、捻るようにして骨を砕いた。
「しまった……反射で……」
と言いながら襲撃者を地面に捻じ伏せる。そしてその外見を確認し、目を見開いた。
まだ幼い少女だ。執行者の格好をしているが、気配の消し方が甘いことや簡単に(実際は尋常ではないが)組み伏せられた事から、経験の浅さが感じられる。
「子供の執行者……?」
続けて木々の影から同時に襲いかかる四人の襲撃者に、ジエルデは首から下げた木彫りの十字を握り、魔法の光を放った。
あっさり襲撃者を撃退したジエルデは、わけもわからず走っていた。
この森で最高位の術者であるジエルデにとってあのくらいの襲撃は問題なかったが、理解はできない。
「どうして森の中で襲われたのかしら?」
『それは、あなたが邪魔になったからじゃなぁい?』
ざっと足を止め、正面に浮かんだ影に目を凝らす。
見間違えるはずもない。既に何度も退治した敵だ。まさか、ここで見えるとは思わなかったが。
「……オルクス・エルフハイム」
『久しぶりねぇ、器の管理者さん? ……ってぇ、ストップストップ!? 私を殺したら情報を得られないでしょお!?』
拳を身構えたジエルデが僅かに頬を赤らめ姿勢を正す。
確かに見るからにオルクスの存在は弱々しい。恐らくはこれも本体ではないのだろう。消したところで意味はない。
「オルクス、あなたはやはりこの森に潜んでいたのですね。警備隊も堕ちたものです」
『この森には弱い負の気配ならひそめる場所があるのよ。それはさておき、あなたこの森を出たほうがいいわ。始末されるわよぉ?』
「なぜあなたがそんなことを……」
『あなたには利用価値がある。そして私にも、ね。ジエルデ・エルフハイム……私と取引しない?』
眉を潜め、走り出す。ジエルデがオルクスの脇を素通りすると、黒い影はジエルデの後に続く。
『取引成立ってことかしらねぇ?』
「背に腹は変えられません。あの子を救うためです」
『私の目的があの子の身体だったらどうするのぉ?』
「消せば済むことです」
ぎろりと、しかし無表情に振り返るジエルデ。オルクスは苦笑を浮かべ。
『そーよねー。今の私は吹けば飛ぶようなものだしぃ。悪さはしないってば~』
装備を回収し森を出たジエルデは、馬に跨がり平原を走りながら自分が狙われた理由を考えていた。
「やはり、この本が原因でしょうか?」
『とか、他にも色々あるでしょう? ホラ、どんどん追っ手がくるわよ』
背後から迫る複数の馬の足音にジエルデは溜息を零す。
「ひとまず、ピースホライズンを目指しましょう。あそこまでいけば表立って追撃はしてこないはずです」
『だといいけどねぇ?』
追っ手を巻くため馬を加速させながらジエルデは真っ先にハンターに助けを求める算段をつけていた。
今、自分が頼れるのは友人のハイデマリーと、妹のアイリス、そしてハンターたち。
なんだ、と思わず笑ってしまう。こんなにも味方がいる。こんなに頼れる人がいる。
「自分に出来ること……それを一生懸命やるわ。あなたとちゃんと、向き合うために」
今は遠い街にいる彼女に、ずっと笑っていて欲しいから。
そのためならば、全てをなげうっても構わない。決意はとうに、固まっていた。
リプレイ本文
「すみません……このフロアの部屋、全てを借りたいのですが」
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)の申し出に宿の主人は目を丸くする。
「ええ? 全部かい? 今は地下遺跡の発掘だなんだで結構客入りがよくてね。貸し切りは難しいよ」
「そう長く留まる必要はない。僅かな間だけだ。無論、代金は支払おう」
そう言ってアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が机に出した金貨を目に、主人は首を傾げる。
「そういう事なら構わないけど、全部の部屋代を含めても多すぎるよ」
「我々も色々と事情がある。直ぐに立ち去るが、口外されては困るのでな」
ジエルデとの待ち合わせに指定された宿で、ハンターらは無事に接触を果たした。
ここまで尾行なども二重三重に警戒し、少なくとも現時点で追っ手がないのは確認済みだ。
「久しぶりね、オルクス……と言っても、あなたは私を覚えてないかもしれないけど。早速だけどいくつか聞いてもいいかしら?」
「あ、ちょっと待つっす」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の申し出に、神楽(ka2032)は思い出したように手を上げる。
「大前提として、エルフハイムもオルクスも自分に都合のいい事しか言わないで、両方信用せず話を比べるっすよ」
「ふふふ……ええ、その通りよ。私は別に正直に話す必要性なんかないから、都合が悪くなれば嘘も吐くわ。それは当然の事だから、先に言っておいてあげるわ」
オルクスは決して味方ではない。彼女もまた、何らかの目的を持ってここにいる。
ならばその為に嘘を吐くこともあるだろう。頭から言葉を信用するのは危険だ。
「しかし、オルクスさんがエルフハイムを変えたいという気持ちは信じてもいいと思うけどね」
ジェールトヴァ(ka3098)の言葉を聞きながらキサ・I・アイオライト(ka4355)は首を傾げる。
不変の剣妃オルクス。噂に聞く姿とは随分印象が違った。
それはもう、彼女が四霊剣としての力を持っていないからかもしれないが……。
「……人払いは済みました。あまり長い時間は取れないそうですが」
「歪虚とじっくり腰を据えて対話というのも胸のすく話ではないからな。手短に済ませるとしよう」
シュネーとアウレールが入室と同時に声をかける。そのうちシュネーは周囲を見張ってくると言って部屋を出た。
後退で周辺警戒を続けながら聴取を行う。そういう段取りだった。
「あ、俺はこの書物の写真を取って写しを作ってるんで、話をすすめていいっすよ」
そう言って神楽は古ぼけた本を開き、ページ毎にカメラで撮影していく。
話を中断していたユーリがまずは口を開いた。
「私が訊きたいのは、浄化の器の役割について。器には浄化術だけではなく、何かを“降ろす”依代としての役割があるのね?」
ユーリは以前、器が戦いの中で豹変したのを目撃している。
「器が“神降ろし”の依代であることは事実よ」
「それは、オルクスが産まれた理由でもあるの?」
「半分正解で、半分ハズレよぉ。代弁者はその名の通り、神の意志を代弁する者。でも、それは別に珍しい事じゃないわ」
この世界に、言葉通りの神はいない。エクラの神も、辺境部族の神も、同一のモノを指していない。
祈りの数だけ神はある。そしてそれは時に精霊として力を得る。その精霊と契約した覚醒者ならば、神の代弁者と見る事もできるだろう。
「だが、そこに何か手を加える事で器を利用しようとしている。嘗て起きたその出来事と同じことがこの先起こるとして、それを知っているのは貴様だけだ、オルクス……業腹だがな」
アウレールの睨めつけるような視線をひょいと躱し、オルクスは笑う。
「嘗て私に起きた事と、これから器に起こる事は別よ。でもその本質は同じ。森都は私と同じ力を、今度は制御できる形で顕現させようとしている」
思わず舌打ちする。おおよそ想像通りだ。
制御できなかった力を制御できるようにしたい理由など一つしかない。
「テロとそれに付随する内紛……奴らは帝都を焼く気か。だが何故だ? そこにどんな益がある?」
戦争とは一つの交渉手段だ。変えたい現実があり、引き出したい利益があるから行われる。
解決手段にすぎない争いには必ず目的とする物が存在する筈だ。
「それが私にも解らないのです。少なくとも森都は、ユレイテルやヨハネの行動で開かれていきました」
ジエルデは腕を組み、眉を潜める。
「浄化の器を外に出す事も、浄化術の輸出も、維新派長老の誕生も、ナデルハイムへの商人の立ち入りも全て融和の象徴です。帝国との関係性も良好になってきた今、全面的な戦争を望むはずがありません」
「そうだ。今の帝国に森都と争う旨味は皆無。誰が何故、こんなことをする?」
「森都の総意ではないんじゃないかな? 怪しいのはやはり、ヨハネかなと思うんだ」
「ヨハネが……? そんな……でも、これまでの革新的な政策を進めてきたのは彼ですよ?」
ジェールトヴァの言葉にジエルデが戸惑うのも無理はない。
これまでのハンターや帝国との融和を進めてきたのがヨハネだ。彼がユレイテルを、そしてジエルデを支え、森を変えてきた。
ジエルデもヨハネを心から信頼しているわけではない。だがその政治手腕は疑う余地もなかった。
「でも、ジエルデは長老会の一員よね。それを殺しにかかるなんて、確かに同じ長老くらいしかできないんじゃないかしら?」
ユーリがそう呟くと、キサは壁に背を預けながら顔を上げる。
「ねぇ、そもそもどうしてジエルデは狙われたのかしら?」
ユーリの言うようにジエルデは長老だ。無計画に狙った所で反逆者として始末されるだけ。
「そもそもジエルデってすごく強いんでしょ? どうして“あの程度の刺客”を差し向けてきたの? それが何だか引っかかるのよね」
本当に邪魔で、本当に即座に始末したいのなら、もっと腕の立つ暗殺者を差し向ける筈だ。キサはそう考えていた。そしてその推測は正しい。
ジエルデは長老であり、名の知れた術者だ。浄化の器を除けば、森都で一番の戦闘力を持つ術者。そんなことは襲撃する側もわかっているはず。
「他に優先すべき目的があるか、単にジエルデを甘く見ているのか……でも、そんな間抜けなことってあるかしら?」
「ジエルデさんを泳がせて、協力者を釣りだそうとしている? いや……我々に尾行はなかった筈」
こめかみを指先で叩きながらジェールトヴァは思案する。
ジエルデの存在がヨハネにとって邪魔になった、或いは不要になったから襲われた。そうも考えていた。
だがキサの言葉を聞いた後では何かが違う気がする。“最初から殺すつもりがない”……それが正解に近い気がした。
『……敵です。まっすぐ宿に向かっています!』
その時だ。シュネーが置いていった無線機から声が聞こえてきたのは。
宿の外で見張っていたシュネーが視界に捉えた二つの小さな影。
入り組んだ裏路地を、迷うことなく真っ直ぐに突き進んでいる。
その行く先を阻むように割り込んで剣を抜くと、二人の少女も同じように剣を抜き、覚醒の光を帯びた。
二人は何の言葉も交わさず、迷いなく切っ先を繰り出してくる。そこには殺意すら感じられない。
跳んで交わしたシュネーは反撃に出ようとするが、外套の下に覗く顔に器の姿が重なり、切っ先が止まった。
牽制では止められない。だが、直接攻撃に出ることには迷いがあった。
「シュネーさん!」
宿から飛び出してきた神楽が盾で刺客からの攻撃をかばうが、素早い連撃に切り刻まれる。
「うおっ、マジっすか!? その辺の刺客の強さじゃないっすよ!」
が、神楽は自己回復で持ち直す。戦槍を繰り出すが、一人の刺客が身を挺してこれを受け、その隙にもう一体が壁を蹴って頭上を飛び越え、宿へ侵入する。
「そりゃ来るわよね……こっちも何も来ないとは思ってないわよ!」
予めコンバートソウルを帯びたキサは滅竜槍を連続で繰り出す。
待ち伏せの奇襲、しかし刺客はこれを続けて剣で受け、体当たり気味にキサの懐に飛び込んだ。
「こいつ……っ!」
感情の宿らない瞳が眼前で開く。しかし、その小さな身体にはユーリの雷光を纏った斬撃が振り下ろされた。
背中を強烈に斬りつけられた刺客――少女は口から血を吐き、キサにすがりつくようにして絶命する。
一方、外の刺客に対してもアウレールがバスタソードを繰り出していた。
敵の攻撃を肩に受けながら、しかし胸を確実に貫いた剣。刺客はそれでも動こうと剣を振り上げるが、アウレールは突き刺した剣を一気に振り払う。
血飛沫を巻き上げ、少女の身体が壁に当たり、冷めた石畳に少女の亡骸が転がった。
高い戦闘力を持つ刺客たちだったが、この場のハンターはそれ以上の腕を持っていた。命を奪う事をためらわなければ、負ける道理はなかった。
「中立都市でも容赦なく仕掛けてくるとはね。本当に無法の戦いを始めようとしているのか」
ジエルデと共に部屋から出てきたジェールトヴァが呟く。
そうして少女が落とした布切れを確認し、頷いた。
「どうやって追跡しているのか気になっていたのだけれど、これはジエルデさんの衣服の一部じゃないかな?」
「え?」
「この子……もしかして私と同じ霊闘士? だとしたら、においで追跡してきたのかも」
呟きながらキサは動かなくなった少女の亡骸を見つめる。
加減の出来る相手ではなかった。本気で暴れられたら宿の主人などにも危害が及んでいた可能性もある。この結末は正しい。
「だけど……こんなの……」
心を持たない使い捨ての兵士。その亡骸に神楽は手を翳す。
「ちょっとみんな下がってるっすよ」
霊呪の輝きが手の甲に浮かび上がる。そして神楽は少女の亡骸に触れる。
「誰がお前等を兵器にしたか教えるっす」
奥義の一つ、深淵の声。それは死者の思念を聞き届けるスキルだ。
そこで神楽が観たのは、膨大な数の子供の死体と、夥しい数の悲鳴。そして――。
「あの時見た……大樹……!?」
「どうした? 何が見えた?」
アウレールの問いに神楽は歯を食いしばり、込み上げる吐き気を抑える。
「歪虚とかじゃないっす。あいつら……あの森の連中……もう何年も、何百年もこんなことを……!? 何が神っすか! こんなもん、“ゾエル・マハ”と何も変わらないっす!!」
神楽は知っていた。血で作られた、ヒトに復讐する為の神。それを既に一度は屠っているのだから……。
「神楽さんの見た大樹は、恐らく森の神域にある御神体、神の樹ですね。その少女というのはわかりませんが……」
神楽の問いにジエルデはそう答えた。
一先ず死体を回収、埋葬するために一行はピースホライズンを後にした。もうあの町は安全ではないし、敵の追跡手段を考えれば移動し続ける必要があった。
「神楽さんの見たという物も、オルクスさんは知っているんだよね? その本にも書かれているみたいだけれど、私は誰が書いたか解らない本より、あなたの話す言葉を信じたい」
そう言ってジェールトヴァはオルクスの背中に声をかける。
「あなたは悲しみも痛みも理解しているがゆえに、根に優しさがある。過去を語るのは辛いと思うけれど、一人で抱えている方がもっと苦しいんじゃないかな。あなたの知る総てを教えてもらいたい。そしてあなたの願いも」
「私の目的はわかるでしょ? 新たな器を手に入れ復活する事。あとその代弁者の書、書いたの生前の私だから。ジエルデなら読み解ける筈よ」
唇を尖らせ、長い髪を指先で巻きながらそっぽを向くオルクス。
「オルクスは……その時の事、覚えてるんですか? 覚えていないなら……その感情は、いつから消えてしまったんでしょうか?」
「なに、その質問?」
「消えてしまった感情は……また、育む事は出来るんでしょうか?」
そう言ってシュネーは自らの胸の前で手を重ねる。
もし、器の心が消えてしまうとして。それは本当にどうしようもない事なのだろうか?
元に戻す方法があるのなら、それをオルクスが知っているのなら……そう考えたのだが。
「残念だけど、私は昔の記憶を出来事としては理解しているけど、歪虚になった時点で“他人事”。私に過度に期待しないことねぇ」
「そう、ですね……。ジエルデさんは、これからどうするんですか? 私……手伝います。それがホリィさんにとって、良いことなら」
「それは私もよ。ホリィは友達の友達だけど……あんな風に使い捨てられて壊れたホリィを見たら、きっと友達が悲しむもの。私は闘う。あなたはどうしたいの? どこを目指して進むのかしら?」
キサの言葉にジエルデは亡骸への祈りを終え、立ち上がる。
「私も闘います。もう、こんな事は終わりにしたいから」
そして振り返り、ハンターらと向き合った。
「――私と共に、長老会と戦ってはいただけないでしょうか?」
「いいんすか? 大切な物を守る為に、過去だけではなく未来まで罪に染まっても」
「構いません。その想い全てが罪ならば、私は甘んじて罰をも受け入れましょう」
ジエルデの横顔に嘗ての弱さはない。真っ直ぐな光を見つめ、ジェールトヴァは微笑む。
「本当に大切な物、信じるべき物が見えたようだね」
「フラウ・ジエルデ。私は森との戦争を止めたい。みすみす帝国を焼かせるわけにはいかないし、新たな歪虚を産ませもしない。無論、器に世界を壊させる事も赦さぬ」
剣を抜き、それを胸の前で構え、アウレールは目を瞑る。
「ヒトもエルフも関係ないのだ。過ちは決して繰り返してはならない。生けとし生ける何者も泣く事のない“人の世界”。その為に、我が剣も共にあると誓おう」
「まずはアイリ……タングラムを頼ろうと思います。共にリゼリオまでご同行願えますか?」
「だったら私はここで一旦お別れねぇ? 森であなた達が来るのを待ってるわぁ」
流石に狩人の本拠地にまでついていくのは不可能。オルクスの判断は正しい。
ユーリはそんなオルクスを見つめ、真っ直ぐに言葉を投げかける。
「オルクス……この馬鹿げた“悲劇”を終らせて、アンタも“救って”みせる。私が目指すものの為に」
「ふふふ。期待しないで待ってるわぁ……ユーリお嬢さん」
投げキッスと共にオルクスの姿は霧散し、感じ取れなくなった。
「敵を――恭順派を抹殺する以外の答えに、私達は辿り着けるだろうか?」
「誰の血も流さないのは無理だって、アウレール君もわかってるっすよね? これから始まるのは多分、“正義”とは遠い闘いっす」
「だとしても、“悪”は討ち取って見せるさ」
森都の中に、この世界の破壊を望む、生ありながら歪虚に堕ちたような願いを抱くモノがいる。
それを排除しなければ、帝国と森都の戦争は避けられない。
鬱蒼と生い茂った憎しみの最中、一縷の光を求める闘いが始まろうとしていた。
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)の申し出に宿の主人は目を丸くする。
「ええ? 全部かい? 今は地下遺跡の発掘だなんだで結構客入りがよくてね。貸し切りは難しいよ」
「そう長く留まる必要はない。僅かな間だけだ。無論、代金は支払おう」
そう言ってアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が机に出した金貨を目に、主人は首を傾げる。
「そういう事なら構わないけど、全部の部屋代を含めても多すぎるよ」
「我々も色々と事情がある。直ぐに立ち去るが、口外されては困るのでな」
ジエルデとの待ち合わせに指定された宿で、ハンターらは無事に接触を果たした。
ここまで尾行なども二重三重に警戒し、少なくとも現時点で追っ手がないのは確認済みだ。
「久しぶりね、オルクス……と言っても、あなたは私を覚えてないかもしれないけど。早速だけどいくつか聞いてもいいかしら?」
「あ、ちょっと待つっす」
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の申し出に、神楽(ka2032)は思い出したように手を上げる。
「大前提として、エルフハイムもオルクスも自分に都合のいい事しか言わないで、両方信用せず話を比べるっすよ」
「ふふふ……ええ、その通りよ。私は別に正直に話す必要性なんかないから、都合が悪くなれば嘘も吐くわ。それは当然の事だから、先に言っておいてあげるわ」
オルクスは決して味方ではない。彼女もまた、何らかの目的を持ってここにいる。
ならばその為に嘘を吐くこともあるだろう。頭から言葉を信用するのは危険だ。
「しかし、オルクスさんがエルフハイムを変えたいという気持ちは信じてもいいと思うけどね」
ジェールトヴァ(ka3098)の言葉を聞きながらキサ・I・アイオライト(ka4355)は首を傾げる。
不変の剣妃オルクス。噂に聞く姿とは随分印象が違った。
それはもう、彼女が四霊剣としての力を持っていないからかもしれないが……。
「……人払いは済みました。あまり長い時間は取れないそうですが」
「歪虚とじっくり腰を据えて対話というのも胸のすく話ではないからな。手短に済ませるとしよう」
シュネーとアウレールが入室と同時に声をかける。そのうちシュネーは周囲を見張ってくると言って部屋を出た。
後退で周辺警戒を続けながら聴取を行う。そういう段取りだった。
「あ、俺はこの書物の写真を取って写しを作ってるんで、話をすすめていいっすよ」
そう言って神楽は古ぼけた本を開き、ページ毎にカメラで撮影していく。
話を中断していたユーリがまずは口を開いた。
「私が訊きたいのは、浄化の器の役割について。器には浄化術だけではなく、何かを“降ろす”依代としての役割があるのね?」
ユーリは以前、器が戦いの中で豹変したのを目撃している。
「器が“神降ろし”の依代であることは事実よ」
「それは、オルクスが産まれた理由でもあるの?」
「半分正解で、半分ハズレよぉ。代弁者はその名の通り、神の意志を代弁する者。でも、それは別に珍しい事じゃないわ」
この世界に、言葉通りの神はいない。エクラの神も、辺境部族の神も、同一のモノを指していない。
祈りの数だけ神はある。そしてそれは時に精霊として力を得る。その精霊と契約した覚醒者ならば、神の代弁者と見る事もできるだろう。
「だが、そこに何か手を加える事で器を利用しようとしている。嘗て起きたその出来事と同じことがこの先起こるとして、それを知っているのは貴様だけだ、オルクス……業腹だがな」
アウレールの睨めつけるような視線をひょいと躱し、オルクスは笑う。
「嘗て私に起きた事と、これから器に起こる事は別よ。でもその本質は同じ。森都は私と同じ力を、今度は制御できる形で顕現させようとしている」
思わず舌打ちする。おおよそ想像通りだ。
制御できなかった力を制御できるようにしたい理由など一つしかない。
「テロとそれに付随する内紛……奴らは帝都を焼く気か。だが何故だ? そこにどんな益がある?」
戦争とは一つの交渉手段だ。変えたい現実があり、引き出したい利益があるから行われる。
解決手段にすぎない争いには必ず目的とする物が存在する筈だ。
「それが私にも解らないのです。少なくとも森都は、ユレイテルやヨハネの行動で開かれていきました」
ジエルデは腕を組み、眉を潜める。
「浄化の器を外に出す事も、浄化術の輸出も、維新派長老の誕生も、ナデルハイムへの商人の立ち入りも全て融和の象徴です。帝国との関係性も良好になってきた今、全面的な戦争を望むはずがありません」
「そうだ。今の帝国に森都と争う旨味は皆無。誰が何故、こんなことをする?」
「森都の総意ではないんじゃないかな? 怪しいのはやはり、ヨハネかなと思うんだ」
「ヨハネが……? そんな……でも、これまでの革新的な政策を進めてきたのは彼ですよ?」
ジェールトヴァの言葉にジエルデが戸惑うのも無理はない。
これまでのハンターや帝国との融和を進めてきたのがヨハネだ。彼がユレイテルを、そしてジエルデを支え、森を変えてきた。
ジエルデもヨハネを心から信頼しているわけではない。だがその政治手腕は疑う余地もなかった。
「でも、ジエルデは長老会の一員よね。それを殺しにかかるなんて、確かに同じ長老くらいしかできないんじゃないかしら?」
ユーリがそう呟くと、キサは壁に背を預けながら顔を上げる。
「ねぇ、そもそもどうしてジエルデは狙われたのかしら?」
ユーリの言うようにジエルデは長老だ。無計画に狙った所で反逆者として始末されるだけ。
「そもそもジエルデってすごく強いんでしょ? どうして“あの程度の刺客”を差し向けてきたの? それが何だか引っかかるのよね」
本当に邪魔で、本当に即座に始末したいのなら、もっと腕の立つ暗殺者を差し向ける筈だ。キサはそう考えていた。そしてその推測は正しい。
ジエルデは長老であり、名の知れた術者だ。浄化の器を除けば、森都で一番の戦闘力を持つ術者。そんなことは襲撃する側もわかっているはず。
「他に優先すべき目的があるか、単にジエルデを甘く見ているのか……でも、そんな間抜けなことってあるかしら?」
「ジエルデさんを泳がせて、協力者を釣りだそうとしている? いや……我々に尾行はなかった筈」
こめかみを指先で叩きながらジェールトヴァは思案する。
ジエルデの存在がヨハネにとって邪魔になった、或いは不要になったから襲われた。そうも考えていた。
だがキサの言葉を聞いた後では何かが違う気がする。“最初から殺すつもりがない”……それが正解に近い気がした。
『……敵です。まっすぐ宿に向かっています!』
その時だ。シュネーが置いていった無線機から声が聞こえてきたのは。
宿の外で見張っていたシュネーが視界に捉えた二つの小さな影。
入り組んだ裏路地を、迷うことなく真っ直ぐに突き進んでいる。
その行く先を阻むように割り込んで剣を抜くと、二人の少女も同じように剣を抜き、覚醒の光を帯びた。
二人は何の言葉も交わさず、迷いなく切っ先を繰り出してくる。そこには殺意すら感じられない。
跳んで交わしたシュネーは反撃に出ようとするが、外套の下に覗く顔に器の姿が重なり、切っ先が止まった。
牽制では止められない。だが、直接攻撃に出ることには迷いがあった。
「シュネーさん!」
宿から飛び出してきた神楽が盾で刺客からの攻撃をかばうが、素早い連撃に切り刻まれる。
「うおっ、マジっすか!? その辺の刺客の強さじゃないっすよ!」
が、神楽は自己回復で持ち直す。戦槍を繰り出すが、一人の刺客が身を挺してこれを受け、その隙にもう一体が壁を蹴って頭上を飛び越え、宿へ侵入する。
「そりゃ来るわよね……こっちも何も来ないとは思ってないわよ!」
予めコンバートソウルを帯びたキサは滅竜槍を連続で繰り出す。
待ち伏せの奇襲、しかし刺客はこれを続けて剣で受け、体当たり気味にキサの懐に飛び込んだ。
「こいつ……っ!」
感情の宿らない瞳が眼前で開く。しかし、その小さな身体にはユーリの雷光を纏った斬撃が振り下ろされた。
背中を強烈に斬りつけられた刺客――少女は口から血を吐き、キサにすがりつくようにして絶命する。
一方、外の刺客に対してもアウレールがバスタソードを繰り出していた。
敵の攻撃を肩に受けながら、しかし胸を確実に貫いた剣。刺客はそれでも動こうと剣を振り上げるが、アウレールは突き刺した剣を一気に振り払う。
血飛沫を巻き上げ、少女の身体が壁に当たり、冷めた石畳に少女の亡骸が転がった。
高い戦闘力を持つ刺客たちだったが、この場のハンターはそれ以上の腕を持っていた。命を奪う事をためらわなければ、負ける道理はなかった。
「中立都市でも容赦なく仕掛けてくるとはね。本当に無法の戦いを始めようとしているのか」
ジエルデと共に部屋から出てきたジェールトヴァが呟く。
そうして少女が落とした布切れを確認し、頷いた。
「どうやって追跡しているのか気になっていたのだけれど、これはジエルデさんの衣服の一部じゃないかな?」
「え?」
「この子……もしかして私と同じ霊闘士? だとしたら、においで追跡してきたのかも」
呟きながらキサは動かなくなった少女の亡骸を見つめる。
加減の出来る相手ではなかった。本気で暴れられたら宿の主人などにも危害が及んでいた可能性もある。この結末は正しい。
「だけど……こんなの……」
心を持たない使い捨ての兵士。その亡骸に神楽は手を翳す。
「ちょっとみんな下がってるっすよ」
霊呪の輝きが手の甲に浮かび上がる。そして神楽は少女の亡骸に触れる。
「誰がお前等を兵器にしたか教えるっす」
奥義の一つ、深淵の声。それは死者の思念を聞き届けるスキルだ。
そこで神楽が観たのは、膨大な数の子供の死体と、夥しい数の悲鳴。そして――。
「あの時見た……大樹……!?」
「どうした? 何が見えた?」
アウレールの問いに神楽は歯を食いしばり、込み上げる吐き気を抑える。
「歪虚とかじゃないっす。あいつら……あの森の連中……もう何年も、何百年もこんなことを……!? 何が神っすか! こんなもん、“ゾエル・マハ”と何も変わらないっす!!」
神楽は知っていた。血で作られた、ヒトに復讐する為の神。それを既に一度は屠っているのだから……。
「神楽さんの見た大樹は、恐らく森の神域にある御神体、神の樹ですね。その少女というのはわかりませんが……」
神楽の問いにジエルデはそう答えた。
一先ず死体を回収、埋葬するために一行はピースホライズンを後にした。もうあの町は安全ではないし、敵の追跡手段を考えれば移動し続ける必要があった。
「神楽さんの見たという物も、オルクスさんは知っているんだよね? その本にも書かれているみたいだけれど、私は誰が書いたか解らない本より、あなたの話す言葉を信じたい」
そう言ってジェールトヴァはオルクスの背中に声をかける。
「あなたは悲しみも痛みも理解しているがゆえに、根に優しさがある。過去を語るのは辛いと思うけれど、一人で抱えている方がもっと苦しいんじゃないかな。あなたの知る総てを教えてもらいたい。そしてあなたの願いも」
「私の目的はわかるでしょ? 新たな器を手に入れ復活する事。あとその代弁者の書、書いたの生前の私だから。ジエルデなら読み解ける筈よ」
唇を尖らせ、長い髪を指先で巻きながらそっぽを向くオルクス。
「オルクスは……その時の事、覚えてるんですか? 覚えていないなら……その感情は、いつから消えてしまったんでしょうか?」
「なに、その質問?」
「消えてしまった感情は……また、育む事は出来るんでしょうか?」
そう言ってシュネーは自らの胸の前で手を重ねる。
もし、器の心が消えてしまうとして。それは本当にどうしようもない事なのだろうか?
元に戻す方法があるのなら、それをオルクスが知っているのなら……そう考えたのだが。
「残念だけど、私は昔の記憶を出来事としては理解しているけど、歪虚になった時点で“他人事”。私に過度に期待しないことねぇ」
「そう、ですね……。ジエルデさんは、これからどうするんですか? 私……手伝います。それがホリィさんにとって、良いことなら」
「それは私もよ。ホリィは友達の友達だけど……あんな風に使い捨てられて壊れたホリィを見たら、きっと友達が悲しむもの。私は闘う。あなたはどうしたいの? どこを目指して進むのかしら?」
キサの言葉にジエルデは亡骸への祈りを終え、立ち上がる。
「私も闘います。もう、こんな事は終わりにしたいから」
そして振り返り、ハンターらと向き合った。
「――私と共に、長老会と戦ってはいただけないでしょうか?」
「いいんすか? 大切な物を守る為に、過去だけではなく未来まで罪に染まっても」
「構いません。その想い全てが罪ならば、私は甘んじて罰をも受け入れましょう」
ジエルデの横顔に嘗ての弱さはない。真っ直ぐな光を見つめ、ジェールトヴァは微笑む。
「本当に大切な物、信じるべき物が見えたようだね」
「フラウ・ジエルデ。私は森との戦争を止めたい。みすみす帝国を焼かせるわけにはいかないし、新たな歪虚を産ませもしない。無論、器に世界を壊させる事も赦さぬ」
剣を抜き、それを胸の前で構え、アウレールは目を瞑る。
「ヒトもエルフも関係ないのだ。過ちは決して繰り返してはならない。生けとし生ける何者も泣く事のない“人の世界”。その為に、我が剣も共にあると誓おう」
「まずはアイリ……タングラムを頼ろうと思います。共にリゼリオまでご同行願えますか?」
「だったら私はここで一旦お別れねぇ? 森であなた達が来るのを待ってるわぁ」
流石に狩人の本拠地にまでついていくのは不可能。オルクスの判断は正しい。
ユーリはそんなオルクスを見つめ、真っ直ぐに言葉を投げかける。
「オルクス……この馬鹿げた“悲劇”を終らせて、アンタも“救って”みせる。私が目指すものの為に」
「ふふふ。期待しないで待ってるわぁ……ユーリお嬢さん」
投げキッスと共にオルクスの姿は霧散し、感じ取れなくなった。
「敵を――恭順派を抹殺する以外の答えに、私達は辿り着けるだろうか?」
「誰の血も流さないのは無理だって、アウレール君もわかってるっすよね? これから始まるのは多分、“正義”とは遠い闘いっす」
「だとしても、“悪”は討ち取って見せるさ」
森都の中に、この世界の破壊を望む、生ありながら歪虚に堕ちたような願いを抱くモノがいる。
それを排除しなければ、帝国と森都の戦争は避けられない。
鬱蒼と生い茂った憎しみの最中、一縷の光を求める闘いが始まろうとしていた。
依頼結果
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オルクスへの質問卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/10/22 15:50:20 |
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未来を紡ぐ相談卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/10/25 00:34:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/21 22:00:46 |