ゲスト
(ka0000)
ボラ族、決別のため帰郷する。
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/11/12 09:00
- 完成日
- 2016/11/19 14:09
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「憑依する歪虚ファルバウティには、負のマテリアルを宿した魔剣レーヴァは絶対効果的なんだよ。削り合うことで霊体を消耗させることができるんだ。でも血で染めた金属じゃ使い物にならない。だからボラ族最強の宝具『マイステイル』がいるんだ」
折れた魔剣レーヴァを前にして、ボラ族の鍛冶師ロッカはそう進言した。
「何言ってるの。ロッカ……その剣でノト族もウルも、ゾールも殺そうとしたのに」
「そっちこそ何言っているのさ。スィアリ様が歪虚として復活したって言ってたし、ファルバウティだって帝国で活動しているって聞いたら準備するに決まってるじゃん。それとも毎度の脳筋アタックでどうにかなると思ってんの?」
睨みつけるレイアにロッカは鼻で笑った。
「……ロッカは歪虚と戦う姿勢を持っているのは間違いない。ただしロッカ、お前は少し非道が過ぎる。これ以上、仲間を傷つける行為があれば放逐する」
イグの一言でロッカは不服そうにそっぽを向いてしまった。
「イグは知っていたの? スィアリ様が死んだ時の事……ロッカがレーヴァ、果てはファルバウティと通じていたこと」
「歪虚とは知らなかったがロッカが一計を講じたことは感じていた。あいつは武器を作ることに昔から執心していた。一族に留まることの方がデメリットも多かったろう」
元々ボラ族とは、辺境の北端、今はもう北荻となったエリアを稼働地域としていた部族だ。
そのほとんどは北荻に無謀に挑んで死にかけた人間をスィアリが救った人間ばかり。イグは元々冒険家で北にある文明を明かしにいこうとしていたし、ゾールはエクラの勇猛な僧で単騎で夢幻城に攻め込もうとしていた。レイアも似たような物だ。正しいボラの血族はスィアリを除いて全員死滅していた。今は彼女の遺児ウルが残るばかりである。
「非道なのは間違いない。だが、スィアリが生きて我々全員が死ぬか、その逆かを選ばなければならなかった」
北荻に呑まれていないとはいえ、健全な自然ではない大地で食糧事情は逼迫していた。
ボラの戦士達は歪虚との戦いの上に、先の見えない餓えとまで戦うことになり全員が死を覚悟していた。唯一そんな状況でも数少ない食料を仲間に分け与えて絶飲絶食で戦うことのできたスィアリを除いて。
スィアリは最高の族長だった。だが、彼女と一緒に戦うことは同じ覚醒者でも到底真似できない話であった。
「レイア。お前やウル、そして非覚醒者の仲間達を見捨てるわけにはいかない。スィアリ様は孤高だった。だからこそ我々は移民する道を選ばなくてはならなかった」
何度も確かめた話だ。
イグはゆっくりと無くなった右目を触れてそう言った。ファルバウティの加虐によって生きたまま堕ちたスィアリと戦ったイグに刻まれた傷跡だ。
「でも……」
「お前は後悔している。それも生きているからできることだ。我々があの場で最期までスィアリに付き従っていたら、今頃歪虚になってスィアリ様を襲っていた。人道的でない行いは恥ずべきことだ。義兄弟のロッカがしたこと、許してくれ」
イグの言葉にレイアは俯いた。こうしてイグに頭を下げられて立腹できるはずもない。
それをウルが背中をさすっている。
「しかし、歪虚になったスィアリ様を安らかに眠ってもらうのは我々の責任でもある。そして諸悪の根源たるファルバウティの息の根を止める為にも、彼女が持つ霊槍『マイステイル』を受け取るのは我々の仕事だ」
イグの言葉に、他の皆は頷いた。
「しかし、線路作りはどうする?」
「そうだ。帝国民としてやるべき仕事、線路作りもある」
辺境移民として、ボラ族の仕事は魔導列車を走らせる線路作りである。これもロッカの元々の鍛冶技術から端を発したことだ。
「ロッカ。お前は居残りだ。全てを知っているスィアリ様はお前を見たら真っ先に殺しにかかるだろう」
「はーい……」
「レイアはウルを預かってくれ。ウルは覚醒していないが故に連れて行くわけにはいかない」
「……はい」
「じゃあ、俺か」
豪放なるゾールはいつになく良い顔をしなかった。
それもそうだ。彼はウルの父親、つまりスィアリの伴侶である彼が、歪虚になったとはいえ、妻と戦うということなのだから。
「線路仕事にはお前の力がいる。ゾール、お前も居残りだ。ハンターにも同行を頼むが、ボラ族からは私だけでいい」
そう言うと、イグはゆっくりと立ち上がり、レイアの傍らに立ち慰める幼子のウルの前に膝まづいた。
「過去は決着せねばならぬ。だが、族長のままで皆に心配はかけられぬ。……ウル。本来のボラ族たるお前に族長を命じる」
イグは重々しく言うと、自分の胸に賭けていた首飾りをゆっくりと小さな胸に移し替えると、ウルは小さな身体ながらイグを前にして堂々と敬礼した。
「……よし、では行ってくる」
●
北荻の冬は早い。
晴れることの無い灰色の雲から、灰のような雪がちらつき、枯れた木に雪が被さる。
風は収まらず、ゴウゴウという音が走り抜けていた。全てが灰色の世界。全てが死んだ世界。それが北荻。
そんな中で風に舞う長い金髪は特徴的だった。
暴風に紛れて祈るような歌が聞こえてくる。
「世界の始まりは水であった。
漣が起こるにつれ、そこに偏りが生まれた。
光と闇、空と大地、動物と植物。
あらゆる形あるものは大海から生じた。世界はそうして生まれた。
形ある物とは偏りによって生まれた存在であり、それは元より儚きもの。いずれは形を失いまた元の海に帰る。
一切無常、または万物流転である。輪廻とも呼ぶ。
生命は還流する」
祈りの歌と同時に、金色の髪がふわふわと淡い光を浮き上がらせ、灰色の大地を彩っていく。
彼女の眼前に大地に刺した緑の大槍を軸に大地すら光り輝いているような、そんな感じがした。大地と一体になってマテリアルを循環させている大周天の巡りだ。
「族長!」
イグが咆哮のような大声を上げた。
「不埒者よ、戻ってきたのか」
「おう、ボラの戦士イグ。旅より帰り申した」
イグが真っ直ぐスィアリの元に向かって大股で歩くと、突如として大地が揺れた。大地を覆う雪にヒビが走り、金色の光が吹き出し始める。
「旅の果てに何を見た」
「生きる者を見ました」
「生きるとは何か」
「生きることとは想いを紡ぐこと。大海は虚無ではありなん。想いこそがまた大海に通じるなり」
割れた大地から浮かぶのは、光?
いや、髪だ。全てはスィアリの豊穣を司る髪と繋がっている。このまま足を踏み入れれば足を取られる沼のようになるだろう。それでもイグは歩を進めた。
「族長殿。今一度お受けしましょう。生きる者として、貴女と貴女の中にある想いを!」
「よろしい、卑弱な身であれば、その身は還流すると知れ」
そしてスィアリは『マイステイル』を構えた。
折れた魔剣レーヴァを前にして、ボラ族の鍛冶師ロッカはそう進言した。
「何言ってるの。ロッカ……その剣でノト族もウルも、ゾールも殺そうとしたのに」
「そっちこそ何言っているのさ。スィアリ様が歪虚として復活したって言ってたし、ファルバウティだって帝国で活動しているって聞いたら準備するに決まってるじゃん。それとも毎度の脳筋アタックでどうにかなると思ってんの?」
睨みつけるレイアにロッカは鼻で笑った。
「……ロッカは歪虚と戦う姿勢を持っているのは間違いない。ただしロッカ、お前は少し非道が過ぎる。これ以上、仲間を傷つける行為があれば放逐する」
イグの一言でロッカは不服そうにそっぽを向いてしまった。
「イグは知っていたの? スィアリ様が死んだ時の事……ロッカがレーヴァ、果てはファルバウティと通じていたこと」
「歪虚とは知らなかったがロッカが一計を講じたことは感じていた。あいつは武器を作ることに昔から執心していた。一族に留まることの方がデメリットも多かったろう」
元々ボラ族とは、辺境の北端、今はもう北荻となったエリアを稼働地域としていた部族だ。
そのほとんどは北荻に無謀に挑んで死にかけた人間をスィアリが救った人間ばかり。イグは元々冒険家で北にある文明を明かしにいこうとしていたし、ゾールはエクラの勇猛な僧で単騎で夢幻城に攻め込もうとしていた。レイアも似たような物だ。正しいボラの血族はスィアリを除いて全員死滅していた。今は彼女の遺児ウルが残るばかりである。
「非道なのは間違いない。だが、スィアリが生きて我々全員が死ぬか、その逆かを選ばなければならなかった」
北荻に呑まれていないとはいえ、健全な自然ではない大地で食糧事情は逼迫していた。
ボラの戦士達は歪虚との戦いの上に、先の見えない餓えとまで戦うことになり全員が死を覚悟していた。唯一そんな状況でも数少ない食料を仲間に分け与えて絶飲絶食で戦うことのできたスィアリを除いて。
スィアリは最高の族長だった。だが、彼女と一緒に戦うことは同じ覚醒者でも到底真似できない話であった。
「レイア。お前やウル、そして非覚醒者の仲間達を見捨てるわけにはいかない。スィアリ様は孤高だった。だからこそ我々は移民する道を選ばなくてはならなかった」
何度も確かめた話だ。
イグはゆっくりと無くなった右目を触れてそう言った。ファルバウティの加虐によって生きたまま堕ちたスィアリと戦ったイグに刻まれた傷跡だ。
「でも……」
「お前は後悔している。それも生きているからできることだ。我々があの場で最期までスィアリに付き従っていたら、今頃歪虚になってスィアリ様を襲っていた。人道的でない行いは恥ずべきことだ。義兄弟のロッカがしたこと、許してくれ」
イグの言葉にレイアは俯いた。こうしてイグに頭を下げられて立腹できるはずもない。
それをウルが背中をさすっている。
「しかし、歪虚になったスィアリ様を安らかに眠ってもらうのは我々の責任でもある。そして諸悪の根源たるファルバウティの息の根を止める為にも、彼女が持つ霊槍『マイステイル』を受け取るのは我々の仕事だ」
イグの言葉に、他の皆は頷いた。
「しかし、線路作りはどうする?」
「そうだ。帝国民としてやるべき仕事、線路作りもある」
辺境移民として、ボラ族の仕事は魔導列車を走らせる線路作りである。これもロッカの元々の鍛冶技術から端を発したことだ。
「ロッカ。お前は居残りだ。全てを知っているスィアリ様はお前を見たら真っ先に殺しにかかるだろう」
「はーい……」
「レイアはウルを預かってくれ。ウルは覚醒していないが故に連れて行くわけにはいかない」
「……はい」
「じゃあ、俺か」
豪放なるゾールはいつになく良い顔をしなかった。
それもそうだ。彼はウルの父親、つまりスィアリの伴侶である彼が、歪虚になったとはいえ、妻と戦うということなのだから。
「線路仕事にはお前の力がいる。ゾール、お前も居残りだ。ハンターにも同行を頼むが、ボラ族からは私だけでいい」
そう言うと、イグはゆっくりと立ち上がり、レイアの傍らに立ち慰める幼子のウルの前に膝まづいた。
「過去は決着せねばならぬ。だが、族長のままで皆に心配はかけられぬ。……ウル。本来のボラ族たるお前に族長を命じる」
イグは重々しく言うと、自分の胸に賭けていた首飾りをゆっくりと小さな胸に移し替えると、ウルは小さな身体ながらイグを前にして堂々と敬礼した。
「……よし、では行ってくる」
●
北荻の冬は早い。
晴れることの無い灰色の雲から、灰のような雪がちらつき、枯れた木に雪が被さる。
風は収まらず、ゴウゴウという音が走り抜けていた。全てが灰色の世界。全てが死んだ世界。それが北荻。
そんな中で風に舞う長い金髪は特徴的だった。
暴風に紛れて祈るような歌が聞こえてくる。
「世界の始まりは水であった。
漣が起こるにつれ、そこに偏りが生まれた。
光と闇、空と大地、動物と植物。
あらゆる形あるものは大海から生じた。世界はそうして生まれた。
形ある物とは偏りによって生まれた存在であり、それは元より儚きもの。いずれは形を失いまた元の海に帰る。
一切無常、または万物流転である。輪廻とも呼ぶ。
生命は還流する」
祈りの歌と同時に、金色の髪がふわふわと淡い光を浮き上がらせ、灰色の大地を彩っていく。
彼女の眼前に大地に刺した緑の大槍を軸に大地すら光り輝いているような、そんな感じがした。大地と一体になってマテリアルを循環させている大周天の巡りだ。
「族長!」
イグが咆哮のような大声を上げた。
「不埒者よ、戻ってきたのか」
「おう、ボラの戦士イグ。旅より帰り申した」
イグが真っ直ぐスィアリの元に向かって大股で歩くと、突如として大地が揺れた。大地を覆う雪にヒビが走り、金色の光が吹き出し始める。
「旅の果てに何を見た」
「生きる者を見ました」
「生きるとは何か」
「生きることとは想いを紡ぐこと。大海は虚無ではありなん。想いこそがまた大海に通じるなり」
割れた大地から浮かぶのは、光?
いや、髪だ。全てはスィアリの豊穣を司る髪と繋がっている。このまま足を踏み入れれば足を取られる沼のようになるだろう。それでもイグは歩を進めた。
「族長殿。今一度お受けしましょう。生きる者として、貴女と貴女の中にある想いを!」
「よろしい、卑弱な身であれば、その身は還流すると知れ」
そしてスィアリは『マイステイル』を構えた。
リプレイ本文
「スィアリ様。ウル君が……族長になったよ」
雪風に髪をはためかせながらアーシュラ・クリオール(ka0226)は静かに語り掛けた。
「そしてこれから戦いが始まるの。ファルバウティと。お願い、力を貸して」
「ウルには近づけぬ。この瘴気は人を阻む。ましてや……大地を穢す者となった一族に何ができようものか」
憐憫の声色はアーシュラに向けたのか、それとも自分を嘲ったのか。よくわからなかった。
そんなスィアリに辺境特有の敬礼を行ったのはエアルドフリス(ka1856)だ。
「ですので……『想い』をみせよというわけですな。豊穣の巫女よ。機会を与えていただき感謝いたします」
身についた風雪が濡れそぼり水滴と化す中、だらしなく額に張り付いた灰色がかった金髪の向こうから瞳が光る。
「無念は理解したつもりではいます。どうぞ安心してお眠りください。ここから先は……」
水滴がエアルドフリスを中心として差し向けるスタッフの頂きにある天秤に集まる。
「あなたの『想い』とやら、引き継がせていただきましょう」
集まった水はスタッフにとぐろが巻く蛇となり、言葉の終わりと同時にそれがスィアリの元に飛びかかった。
それは空いたスィアリの左腕に咬みつき暴れたが、スィアリは顔色一つ変えず、拳を軽く握りしめて腕に力を入れるだけでそれを吹き飛ばした。
「雨の。死は終わりではないと口にするなら動かぬ水にも目を向けよ」
「ご冗談を。動かぬ水は腐るのみ。流れては漣を起こし、浄化するのが水の本質ではないかと思いますがね。常に流れよ。それが万物流転の法則ではないですか」
エアルドフリスは苦い顔でそう言った。万全の状態で魔力を紡いだ一撃が効いてもいない。まさしく海そのものに小石を投げつけているような感覚だった。
そんな彼に対して、スィアリはゆらりと歩を進める。
「本当に強いね。強くて、尊敬できる人で……凄い人。でも、負けない。強くても一人だもの。私達には仲間がいる。意志を託せる仲間がいる」
渋面のエアルドフリスを庇うように岩井崎 メル(ka0520)が立ちはだかると同時に、エアルドフリスの使ったマテリアル残滓を掲げた懐中時計に集める。
水滴が青い光となって、時計を持つ腕を覆う。
「彼らの願いを全力で叶えるために! 岩井崎メル、未来をいただきます!!」
スィアリの中に眠るブリュンヒルデに声をかけるように。しっかりと願いながら、メルは力を解き放った。
「スィアリ様!!」
マテリアルが高水圧の奔流となって襲い掛かると同時にエアルドフリスが場所を離れた。
入れ替わるようにアーシュラがジェットブーツで高い放物線を描いて水流の横からスィアリに突っ込む。水流の勢いが弱まる瞬間にユナイテッドドライブソードを両手で扱う大剣に変形させて腹部を薙ぎ払う。
肉の弾ける感触に刹那アーシュラは顔を歪めたが、そのままメルのオキシダンジェットの水流を足場にそのまま脱出する。立ち止まれない。スィアリがどうなっているか確認する余裕もない。一歩でも立ち止まったら運命まで立ち止まってしまう。
「スィアリ……人の一番の発明は明かりだ」
リュー・グランフェスト(ka2419)が正眼に刀を構えながら、ゆっくりとスィアリの作り出す金色の池へと足を踏み入れた。池からは不思議な温かさが伝わってくる。マテリアルの温かみだろうか、それともスィアリの……。
大切な人に抱かれる小さいころの記憶をふとかすめながら、リューはゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「我が子が夜を恐れ、闇の中で震えない為のもの。だから空からみる人造の明かりの群れは美しい」
そんな言葉よりも先にカードがスィアリの髪真横を通り抜けたかと思うと、音速を超える無限 馨(ka0544)が不意にスィアリの背後からネーベルナハトを振りかぶって現れる。
「リアルブルーから来た無限 馨。生まれは違うすけど、この世界に生きる者として、VOIDと戦い、無に返る事には全力で抗わせて貰うっす!」
無限の槍、そして正面大上段からリューの必殺の剣が交錯する。
「スィアリ!! ファースト流奥義!!!」
「安らかに眠れるよう葬らせてもらうっす!」
ネーベルナハトは背後でありながら、スィアリは氷咬蛇によって真っ青に染まった腕を犠牲にして受け止めていたが、リューの一撃でスィアリの側頭部が叩き割られた。頭蓋を砕いた感触が伝わってくる。
腹部からは血が漏れて高水圧の水で、衣装もほとんど吹き飛び、脂肪のほとんどない筋肉でしまった身体が見え隠れする。
「……なるほど。初手から奥義とは……一撃で仕留めるつもりとみえる」
血で染まった左目から茶色の瞳がリューに向けられると同時に、風雪より一際寒い空気がリューと無限を取り囲んだ。
「!!?」
「させるものか」
リュカ(ka3828)が大きく胸を逸らせて、身体を開くと同時に彼女の足元から若芽が伝い始める。それは幾筋も生まれて、脚を腹部を胸をと絡みつく。
「抗い生きる力は私一人のものではない。必ずみんな生きて帰る為に……かつての貴女のように、だ」
リュカの足が大地を離れ、大樹の一部となる。雄々しい緑は風雪も負のマテリアルの渦にも負けない傘となりて仲間達を守る。
そんな大枝が緑に光る。
「生命還流を続けられると夢見がまた悪くなるじゃないか。そろそろ終わりにしないと……ね。目覚まし時計、鳴らしてあげるよ」
リュカの攻撃に合わせ背後に南條 真水(ka2377)が掲げる時計の魔法陣が生み出される。
樹上に足をかけた真水が鏡に指をすい、と動かすと同時に、時計の針が浮かび出て、スィアリの両腕、リューと無限を掴んでいるその手に向かう。
そして真上からは。
「負けない」
リュカの一撃が、まるで天槌のように降り注いだ。
緑と黒の光で一瞬、スィアリの周りが見えなくなる。間近にいた二人ですら、何が起こったのかまともに理解できない力の奔流に吹き飛ばされる。
「……やった、か?」
「まさか。こちらは単純なものだが、あのお方はそんな御仁じゃなかろうよ」
エアルドフリスは次の魔法詠唱を始めていた。負のマテリアルが減っていない。
そして彼の言う通り……閃光が晴れた後にはスィアリは立っていた。顔面など半分は砕けてしまっているのに、痛みをうかがわせる素振りすら見せない。
あれが死の側にいる存在。見かけなど何の判別にもなりはしない。
「グランフェスト君、大丈夫!?」
「ちょっとマテリアル持っていかれた……」
セレスティア(ka2691)がすぐさまリューにフルリカバリーを施す。
その間にとって代わるようにイグがスィアリの正面に立ちはだかる。その頃にはスィアリに与えた傷は気が付けば元通りに戻っていた。リジェネレーションのように再生している訳でもない。目に見える彼女の肉体など大量のマテリアルの塊なのだ。水を切っても時間と共にまた戻るような。そんな感じだった。
「ダメージ……受けてないの?」
「いや、受けてるんだ。全部受け止めて、それでも溢れる生命力で維持してやがるんだ」
感触は確かだった。普通の人間なら、いや普通の歪虚だって致命傷の一撃を与えた時に感じる手ごたえだ。
痛覚がなかったとしてもマテリアルの喪失は相当なはずだ……それでも微動だにしない。
「無尽蔵の生命力だな……でもやるしかない」
リューが立ち上がり刀を構えなおしたのをセレスティアは見送った。
そうだ、無理やり動かされているゾンビなどを除けば、歪虚と言えども傷がつけば多少の苦しみはある。幾多の戦闘でセレスティアはそれを実感していた。それでもスィアリは苦しみを一言も漏らさない。
「強いんだ……」
他を圧倒する強さだからこそ彼女は一人だった。イグを軽々薙ぎ倒したスィアリを見たセレスティアは思った。
だからこそ全力で愛を注げる子供はどれほど大事だったか、想像するに余りある。
「私なら……いえ、他の誰であっても、折れてしまってたのに、彼女は折れることができなかった」
眠らせてあげなきゃ。倒れることを忘れた彼女を。
セレスティアは聖十字架を握りしめて祈った。
「目覚めよ」
そんなセレスティアの目の前でスィアリが赤く輝く人影に隠れた。それに一番に反応したのは真水だった。
「伏せて!!」
池の中から現れた人影は大きく柏手を打った瞬間、爆炎がリュカを、真水を包んだ。
「今のは……まさかスィアリが炎を使うとは思いもよらなかった。新手の技なのか」
「レイオニールさんだ……炎を使った錬金術をやった人。実際はあの数倍の爆発で夢潰えた人だよ」
急激な温度差を受けてヒビが入った眼鏡をポケットにしまった真水が、驚くリュカに答えた。
「絶対ニ 成功 サセテ……ミンナノ生活 ヲ」
人影からそんな声が響いたかと思うと、それはすぐさま崩れ落ちて池の一部に戻っていった。マテリアルが見せる幻なのだろう。人の想いがこびりついた……影。
「くそ……反則じゃないか」
真水は紫の瞳でスィアリを睨みつけた。直接食らったもの以外、ブリュンヒルデが想いを受け継いだものも含むとしたら、攻撃の幅は遥かに増える。レイオニール、アウグスト、ヒルデガルド、兵士の群れ、装着型魔導アーマー、ガシャドクロ、そしてハーゲン。
「光の。こちらは一人と言ったが……世というものは個であり、全でもある」
そう言って、スィアリはゆら、と槍を上手に構えた。
「世の全てを敵に回しても……やらなきゃならないことがあるんです! その槍を、未来を持ち帰らなきゃならないんです」
メルの言葉と共に、彼女の頭上に鳥の鳴き声が聞こえた。風雪がより合わさりオキシダン・ジェットに吸い込まれるとそれは先ほどとは比べ物にならない激流となってスィアリを押し流した。
「やった……」
「天譴の雨に……うちひしがれよ」
「!」
槍は激流に沈んでいない。水圧で肉が押しつぶされ、びらんが押し流されても彼女は激流の中に身を押し留め、槍を投げていた。
「来ると思った……」
真水がすばやく盾を構える中、リュカが彼女の視界を緑で覆い隠した。
「受け止めるから、墜ちたマイステイルを奪い取ってくれないか。この身体なら、みんなを……守れる」
リュカは少しだけ真水に微笑んだ。
エルフは滅びゆく軟弱な存在だ。旅するどこかで聞いたそんな言葉が耳に蘇る。
「……!」
光の雨に向かって大きく手を伸ばし、降りしきる雨を一身に身に受けるリュカの姿は影となってよく見えない。真水は一生懸命叫んだ。
「一人で受け止めたらスィアリと一緒だろ。一緒に受け止めればいい。早く離れろ、離れろってば!」
エアルドフリスが魔法で相殺しようにも、リュカの背は大きすぎて遮蔽となる。手出しのしようがなかった。
リュカの背で盾を構えていた真水はリュカの背中を叩くと、くしゃ。真水の白い手が炭で汚れた。リュカの肌が炭化している……。
「リュカぁぁぁぁぁぁっ!!!」
大樹が裂け、朽ち墜ちる。
リュカを纏っていた樹皮はまるで風に舞う花弁のようにして空を舞い、灰色の空に紛れて消えていく。そして大地には赤い花が一輪。
間近にいた真水は盾を放り出してリュカに声をかけるとぴくりとだけ反応した。
リュカの体内を引き裂いたマイステイルは空を舞ってまるでそうなるように計算されていたようにスィアリの元に弧を描いて飛んでいく。
「どんなけむちゃくちゃな存在なんだよ……騎士様、騎士様。野良猫を捕まえて」
すぐさま真水がケルキオンを発動し、スィアリを足止めすると同時に、マイステイルには素早くメルが飛びついて抱きしめた。
「これは……貰っていきます」
これでマイステイルはスィアリの元には戻らない。
狙った通りの動きにほんの少し胸が弾んだメルに次の瞬間、腹部を衝撃が襲った。
「空より生まれ、一切色となせ」
シラカシの枝が、腹部を貫いていた。大地にすら足をつけることもできない串刺しにされていた。身じろぎしようが貫いたシラカシを叩こうがどうしようもなかった。
「……! 絶対にはな、す、も……」
メルは血を吐きながらもマイステイルを抱きしめた。スィアリの腕がマイステイルを引きはがそうとしても、メルは絶対にあきらめるつもりはなかった。
「スィアリ様。……覚悟」
そんなスィアリにアーシュラが再び剣を持って挑んだ。
メルからマイステイルを引きはがすのは諦め、アーシュラに向き直った瞬間には、アーシュラの剣はスィアリの腹を再び抉っていた。
今度も手ごたえはしっかりあった。だが、違ったのはまるで石を噛んでしまったような手ごたえで、ジェットブーツの勢いをもってしても、そのまま薙ぎ払うことはできなかった。
見上げれば、スィアリの眼と、アーシュラの眼がぶつかった。
「志操堅固には賞賛すれど……大いなる流れに勝てるものでもなし」
その一瞬の疑問のうちにアーシュラの頭は金色の池に押し込まれた。スィアリがアーシュラを投げ飛ばしたのだ。
髪の束のはずなのに、そこは本当に水の中のようだった。そこにはたくさんの気配が感じる。
人間。ああ、きっと過去のボラ族もいる。それから自分の見知った人達も。
ここは、マテリアルの海。スィアリが抱く想いの海。心地よくて溶けそうになる。
「アーシュラ!!」
アーシュラが沈められて素早く無限がチェイシングスローを使ってスィアリの足元に移動してくるのを見計らったようにしてスィアリが踏みつけて阻害する。
その目線は無限にはない。リューだ。
「オオオ ウチ ホロボ セ!!」
途端に足元から湧き上がったのは、何人もの人間の影だ。一際小さな子供のような影が、大きな人影の後ろからそう命令する。
「ヒルデ、ガルド……!?」
一瞬の隙の裡に、大量の銃弾がリューを、そして背後にいるセレスティアを襲った。銃弾ではない。天譴の雨に見られるような一種のマテリアルの塊だ。
避けられない。
悟ったリューは刀身を身の前に置いて全身でそれを受け止めた。遠くで弓の爪弾く音が聞こえる。
「グランフェストくん!!」
セレスティアの悲痛な声が響いた。そう。今、リューが防御に走ればセレスティアにこの銃弾の雨をさらしてしまう。頬が、腕が、足がずたずたに貫かれようともリューは踏みとどまった。
「……大丈夫だ。誰かさんの祓いのおかげで身に受ける弾が減ってくれたよ」
血の唾を吐き捨てながらリューはまたじりじりと前に進む。
そんなリューの背にセレスティアはぎゅっと目を瞑った。8人がかりで挑んで、全員を癒すつもりでいた。だが、スィアリの攻撃が苛烈すぎて回復が間に合わない。
リューが守ってくれたとはいえ、嵐のような銃撃はセレスティアの頭や胴体をいくつか通過していた。自分にも回復が必要だが……。
「グランフェスト君。止められるのはキミだけ……」
無茶なんてしてほしくない。
だけど、止められないなら。無茶をしてもいいようにバックアップしてみせる。
「癒しの力よ!」
セレスティアが魔力を紡いでフルリカバリーをリューにかけた。
「……サンキュ。ちょっとそこで横になってろ。終わらせてくる」
こちらを見ずにリューは語り掛けた。
わかってるんだ。今の一撃でセレスティアにも致命傷を受けたことは。このフルリカバリーは……託された願いだ。
「スィアリぃぃぃ!!」
リューが走った。
生命の泉は消え去り、ただの雪に戻っている。彼を止めるものはなにもなかった。受け止める槍もない。
「想いってのは誰でも同じだ。醜いと自認するお前の心も、意思も! お前が壊そうとしたこの世界も。全部同じだ。俺が守ってやる。俺がっっ」
スィアリが腰を落とし構えている。だが、いなされるような力でもなければ速さでもない。
リューはもてる炎を解き放ち、赤竜の息吹のように大地を走り、一閃。
「受け継いでやる」
胸に深々と突き刺した刀をそのまま咆哮と共に返し、胴体を一気に半裂きにした。
「……烈火、たくましき」
スィアリがぼそりと呟いた。
リューが顔を上げれば、その瞳とぴったり合った。全く衰えもしていない眼光……。死んでない。
「しかして、永劫において、如何に燃え上がろうとも一瞬の灯など無きに等しき」
切り裂いた胴体が、光に包まれる。
致命傷になっていない。
「それでも、樹一本は倒せるもんすよ。全体で見ればそりゃあリューくんのも俺のも、小さな一撃っすね。でも貴女は全じゃない。一個人っす。そして、あんたに全体の意志があるってんなら、みんな一緒。同条件っすよ」
身体の損傷が戻るまでの一瞬、無限は背中に再び現れネーベルナハトを振り上げた。
煙草の明かりのような小さな光がつう、と無限の眼に映る。きっと誰にも見えていないけれど、マテリアルがそれを教えてくれる。全てを壊す……死線のありかを。
「そして、生きようと足掻くのも意志の一つっす」
ネーベルナハトを受け止めようとする手、そしてマテリアルを蓄え大地につながった髪、そしてスィアリのうなじの向こう、脊髄まで含めてネーベルナハトが走った。
「すまないっすね。本当はボラ族同士で手渡ししてあげればよかったんですけど」
終わった。
そう感じて、無限はゆっくり地面に降りたち、池の中に消え去ったアーシュラを探すべく、大地に散乱した髪に目を落とした。
「……?」
髪の輝きが、消えていない。
「若き者どもよ。よく至れり。だが少し……流れを読むということに関しては、学びが足りぬ」
スィアリの一言と共に、リューと無限が膝をついた。
力が急速に抜けていく。生命還流が、まさか髪からも行えると気づいた時にはもう遅かった。
スィアリは攻撃を捌きながら、波状攻撃がばらける瞬間をじっと待ち構えていたのだ。身体の半分と髪を犠牲にして。体力に自信があるからこそできるやり方だった。
行動できなくなった二人を差し置き、スィアリがゆらりと手を差し向けた先ににいたのは、エアルドフリスだった。
「8人がかりでもダメか……」
リュカは天譴の雨を受け瀕死。
メルは腹部を貫かれた。マイステイルをまだ握りしめたまま動かない。
セレスティアも銃撃の嵐を受けて深手を負った。
アーシュラは生命の池……髪の中に押し込まれて姿が見えない。
リューと無限はスィアリの足元でマテリアルを奪われ行動不能。
真水とイグも手傷を追い、まともに身動きできるのは一人だ。
「やれやれ、この大地から帰れそうもない。困ったもんだ」
死ぬのか?
蛇のように睨むエアルドフリスはその静かな時間とは裏腹に、思考を激流の如く巡らせていた。
この大地に埋もれるワケにはいかない。待ってくれている人がいるんだ。それは自分だけではなく……ここにいる全員が。
「止むを得んか……クソッタレ」
「安心せよ。穢れの蛇、ファルバウティは私が滅する。其方達の想いも大地の願いも、私が引き継ごう」
「冗談は、その存在だけにして欲しいものですな」
吐き捨てるように言うと、エアルドフリスはバックステップして、詠唱を始める。
「均衡の裡に理よ……」
スィアリの腕が差し向けられた瞬間、紡がれていた魔力が雲散霧消し、土砂降りの雨によって濡れそぼっていた髪が、服が、急激に乾いていく。
静謐の風だ。
エアルドフリスはすばやく杖を右手に寄せて、左手で抜き放ったオートマチックを連射すると弾丸が七色の鳥に変わり胴、腕、そして眼球を貫いた。
思わずたたらを踏むスィアリと距離を取り、エアルドフリスはマテリアルに集中した。
「我が呼びかけに応え、大地を呼び起こせ……」
魔力が集まらぬ。
雨よ、雨雲よ。とエアルドフリスは何度も精霊に、そして周辺の静まり返るマテリアルに呼びかけ続けた。
「生きる為にそんな文明の道具に頼らざるを得ぬか。雨の。お前も所詮は……煩」
風よ、雨雲を今一度……。
すぃ、と、振り上げられたスィアリの腕をエアルドフリスは見上げながら、ぎりぎりまで祈る。
ふわりと草原の風が薫る。
同時に水分をしみこませた風が嵐のように、エアルドフリスを包み込んだ。
「大地よ、立て!!!」
刹那、大地の壁がそそり立ち、二人を別った。
「そうさ、俺は生きたいんですよ。この世界を愛しているんです。貴女の様に流転の外に放り出されたくないんでね。その為にはこの世界が産んだものは何でも使わせてもらうさ」
スィアリが壁を壊した時にはもうその場を離れたエアルドフリスは、土砂降りの雨をまとわりつかせながら銃を構えていた。
「感謝しますよ。貴女を見て、やはり生きたいと思った。誰も死なせたくないと思いましたよ」
リュカを拾い上げたエアルドフリスはそのまま、もう一度アースウォールを立てて、視界を阻み、次々と仲間を助け起こしていく。
「マミズ、撤退だ! 歪虚の陣地で誰一人落伍者を出させるわけにはいかん。リュー、セレスティアを。サヤ、メルを頼んだぞ」
「了解っす。生きあがくのは得意なんすよ」
意識を失っても、腹部を貫かれてもまだマイステイルを抱きしめていたメルを抱えるとそっとその耳に語り掛ける。
「すまないっす。……もう大丈夫すから」
その言葉がまるで鍵になったかのように、メルの手からマイステイルが零れ落ちる。
無限はそれを拾い上げて気が付いた。槍の穂先が欠けている。メルが折ったという訳ではないだろうし、そもそも普通の攻撃で折れるようなものなのか。
不思議に思った無限がメルを抱えると、そこに同じように光る破片が血糊の中で光っているのが見えた。
「う、ぐ、よいしょっと」
メルとマイステイルをまとめて持ち上げると無限は片手でカードを準備した。
「音の……返してもらおうか」
スィアリの攻撃が空を切った。
それよりも一瞬早く、無限がチェイシングスローで攻撃範囲を脱していたからだ。
「生にしがみつく様子は、大いなる流れの中で岩にしがみつくようなものだな。見るからに憐れなり」
大地が光る。
生命の池が発動したのだ。
「流れに呑まれよ。大地に還流せよ」
「もう、止めて……スィ、あ、リ様」
その池から腕が伸びたかと思うと、リューが間髪いれず、その腕を掴みあげる。
「アーシュラ!」
アーシュラだった。アーシュラはその力を得て池から這い上がり、スィアリの真ん前に立った。
「池の中には、たくさんのボラ族……北風の一族がいたよ。たくさんの人の願いをもってここに立っているのは分かった。だから倒れられないんだね……」
手を広げるアーシュラに向かって無限が進みだそうとしたが、イグが肩を掴んだ。
「俺が行く。マイステイルを貸してはもらえないか」
「だけど……天譴の雨が」
「穂先が折れているのは見た。……それが我々に与えてくれた族長の情けだ」
その言葉で無限は理解した。
生命の池から生まれたシラカシ。あれがメルの腹部を穿った瞬間に、槍の一部をへし折っていたのだ。
つまりスィアリは自分で槍の一部を折ったことになる。
「天譴の雨は……使いはせんだろう。あの方もウルが大事だし、ファルバウティが憎い」
そう言うと、イグはゆっくりとマイステイルを掴むと、スィアリに投げつけつつ一気に距離を詰めた。
「アーシュラ、北風の一(はじまり)を見たか」
「うん。豊穣の大地を見た。スィアリ様。この大地を想うなら、引かせてください。エアルドフリスさんじゃないけれど、その想い、全部受け継ぎます。悲しい思いも辛い思いも、全部、慰められるようにするよ。スィアリ様に取り込まれた女性も、もう怒ってなかったですよね。スィアリ様に包まれて、悲嘆に暮れることを止めていた」
アーシュラは池にのまれて、見てきたモノは幻想だったかもしれない。
でも彼女は言っていた。
一人にしちゃいけない、と。アーシュラはそれで目覚めることができたのだから。
「北風の一として、貴女が抱えている、貴女を支えている想いを全部癒したら、また来ます。スィアリ様がこの世を破壊することに執着することがなくなるように」
「族長。これに納得いかぬなら、納得いくまでやりあおう。だが、それで納得できるような心の裡をしておらぬとみえるが」
「よかろう」
スィアリはマイステイルを掴むと、二人のボラ族にそう言い放って、背を向けた。
「大地ををこれ以上腐らせぬというなら、少しだけ待とう」
そうして歩み去るスィアリに、二人は深く頭を下げ、それからアーシュラは崩れ落ちた。
●
「なんとか、破片だけでも手に入って良かった。こうして戻ってこれたのも皆のおかげだな」
リュカの炭化した身体に薬草を貼り付けたイグは静かにそう言うと、立ち上がった。
「命に別状はないようだ。メルも内臓と背骨に傷を負っているが覚醒者ならこのくらいでは死なんだろう」
「よく言うぜ」
治療に全力を尽くして倒れかけたセレスティアの背を助けながら、リューはイグを見上げた。
「イグさんもすぐ、回復しますから……」
「いや、このくらいの傷は大したこともない。それよりやることが増えたのを一つでも解決せねばならん」
「スィアリとの約束っすか? 彼女が抱えている想いを癒すって……」
「そうだ、約束はしたがボラ族はやるべきことがある。スィアリの約束を果たすなら誰か一人がその贖罪の旅に出ればいい」
「ふーん……って、今から行くわけ?」
いつものゴシックな衣装もほとんど焼き飛ばされて包帯だらけになった真水が片眉を上げた。
「元々冒険者だ。族長は性に合わんかった。まずスィアリが立ち寄ったところに行って、供養の旅をせんとあのお方はずっとそのままだ」
供養の旅、ね。真水はため息をつきつつ、また痛みだした胸を抑えて座り込んだ。
ブリュンヒルデやレイオニールの供養もしにいかなきゃならないのかなぁ……。南條さん、そう言う湿っぽいのはあんまり得意じゃないんだけど。
「ファルバウティはいいんすか?」
無限の言葉に、イグはにっこりと笑った。
「何かあれば駆けつける。クリームヒルト共々よろしく頼んだぞ」
「そうか……押し付けるようなことになってすまんね。あんたのおかげで命拾いをしたよ」
エアルドフリスは立ってイグに手を差し伸べた。
「それはこっちの台詞だ。エアルドフリスの慧眼で生きるタイミングを逃すことがなかった」
「いやいや、俺も色んな人間に助けられてできたことだよ。逃げようって思ったのは腐れ縁の顔がふと出てきてね……あいつならそう言いそうだと思った」
はにかみ笑いを浮かべたエアルドフリスに、イグは握手を返すと、指でパイプをつまむ仕草をした。
「一服いいか?」
「ああ、いいとも」
「怪我人なのによくやるぜ」
リューが眉を顰める中、セレスティアがこつそりリューに「止血にもなるのよ」と教えた。
そんな中、イグはゆっくり吸い上げ、紫煙を吐いた。
「人間最期まで覚えているのは残るのは……嗅覚だ。今日までの事、これで忘れない」
パイプを返して笑ったイグに、最後にセレスティアがオークスタッフを掲げた。
「……旅行くものに加護あらんことを。そして母なる大地に返すための約束が無事果たされますよう」
淡い桜色の光がヴェールのように、イグを包み込む。
「起きたら、彼らにもよろしく。そしてマイステイルを、想いをよろしく頼んだぞ」
雪風に髪をはためかせながらアーシュラ・クリオール(ka0226)は静かに語り掛けた。
「そしてこれから戦いが始まるの。ファルバウティと。お願い、力を貸して」
「ウルには近づけぬ。この瘴気は人を阻む。ましてや……大地を穢す者となった一族に何ができようものか」
憐憫の声色はアーシュラに向けたのか、それとも自分を嘲ったのか。よくわからなかった。
そんなスィアリに辺境特有の敬礼を行ったのはエアルドフリス(ka1856)だ。
「ですので……『想い』をみせよというわけですな。豊穣の巫女よ。機会を与えていただき感謝いたします」
身についた風雪が濡れそぼり水滴と化す中、だらしなく額に張り付いた灰色がかった金髪の向こうから瞳が光る。
「無念は理解したつもりではいます。どうぞ安心してお眠りください。ここから先は……」
水滴がエアルドフリスを中心として差し向けるスタッフの頂きにある天秤に集まる。
「あなたの『想い』とやら、引き継がせていただきましょう」
集まった水はスタッフにとぐろが巻く蛇となり、言葉の終わりと同時にそれがスィアリの元に飛びかかった。
それは空いたスィアリの左腕に咬みつき暴れたが、スィアリは顔色一つ変えず、拳を軽く握りしめて腕に力を入れるだけでそれを吹き飛ばした。
「雨の。死は終わりではないと口にするなら動かぬ水にも目を向けよ」
「ご冗談を。動かぬ水は腐るのみ。流れては漣を起こし、浄化するのが水の本質ではないかと思いますがね。常に流れよ。それが万物流転の法則ではないですか」
エアルドフリスは苦い顔でそう言った。万全の状態で魔力を紡いだ一撃が効いてもいない。まさしく海そのものに小石を投げつけているような感覚だった。
そんな彼に対して、スィアリはゆらりと歩を進める。
「本当に強いね。強くて、尊敬できる人で……凄い人。でも、負けない。強くても一人だもの。私達には仲間がいる。意志を託せる仲間がいる」
渋面のエアルドフリスを庇うように岩井崎 メル(ka0520)が立ちはだかると同時に、エアルドフリスの使ったマテリアル残滓を掲げた懐中時計に集める。
水滴が青い光となって、時計を持つ腕を覆う。
「彼らの願いを全力で叶えるために! 岩井崎メル、未来をいただきます!!」
スィアリの中に眠るブリュンヒルデに声をかけるように。しっかりと願いながら、メルは力を解き放った。
「スィアリ様!!」
マテリアルが高水圧の奔流となって襲い掛かると同時にエアルドフリスが場所を離れた。
入れ替わるようにアーシュラがジェットブーツで高い放物線を描いて水流の横からスィアリに突っ込む。水流の勢いが弱まる瞬間にユナイテッドドライブソードを両手で扱う大剣に変形させて腹部を薙ぎ払う。
肉の弾ける感触に刹那アーシュラは顔を歪めたが、そのままメルのオキシダンジェットの水流を足場にそのまま脱出する。立ち止まれない。スィアリがどうなっているか確認する余裕もない。一歩でも立ち止まったら運命まで立ち止まってしまう。
「スィアリ……人の一番の発明は明かりだ」
リュー・グランフェスト(ka2419)が正眼に刀を構えながら、ゆっくりとスィアリの作り出す金色の池へと足を踏み入れた。池からは不思議な温かさが伝わってくる。マテリアルの温かみだろうか、それともスィアリの……。
大切な人に抱かれる小さいころの記憶をふとかすめながら、リューはゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「我が子が夜を恐れ、闇の中で震えない為のもの。だから空からみる人造の明かりの群れは美しい」
そんな言葉よりも先にカードがスィアリの髪真横を通り抜けたかと思うと、音速を超える無限 馨(ka0544)が不意にスィアリの背後からネーベルナハトを振りかぶって現れる。
「リアルブルーから来た無限 馨。生まれは違うすけど、この世界に生きる者として、VOIDと戦い、無に返る事には全力で抗わせて貰うっす!」
無限の槍、そして正面大上段からリューの必殺の剣が交錯する。
「スィアリ!! ファースト流奥義!!!」
「安らかに眠れるよう葬らせてもらうっす!」
ネーベルナハトは背後でありながら、スィアリは氷咬蛇によって真っ青に染まった腕を犠牲にして受け止めていたが、リューの一撃でスィアリの側頭部が叩き割られた。頭蓋を砕いた感触が伝わってくる。
腹部からは血が漏れて高水圧の水で、衣装もほとんど吹き飛び、脂肪のほとんどない筋肉でしまった身体が見え隠れする。
「……なるほど。初手から奥義とは……一撃で仕留めるつもりとみえる」
血で染まった左目から茶色の瞳がリューに向けられると同時に、風雪より一際寒い空気がリューと無限を取り囲んだ。
「!!?」
「させるものか」
リュカ(ka3828)が大きく胸を逸らせて、身体を開くと同時に彼女の足元から若芽が伝い始める。それは幾筋も生まれて、脚を腹部を胸をと絡みつく。
「抗い生きる力は私一人のものではない。必ずみんな生きて帰る為に……かつての貴女のように、だ」
リュカの足が大地を離れ、大樹の一部となる。雄々しい緑は風雪も負のマテリアルの渦にも負けない傘となりて仲間達を守る。
そんな大枝が緑に光る。
「生命還流を続けられると夢見がまた悪くなるじゃないか。そろそろ終わりにしないと……ね。目覚まし時計、鳴らしてあげるよ」
リュカの攻撃に合わせ背後に南條 真水(ka2377)が掲げる時計の魔法陣が生み出される。
樹上に足をかけた真水が鏡に指をすい、と動かすと同時に、時計の針が浮かび出て、スィアリの両腕、リューと無限を掴んでいるその手に向かう。
そして真上からは。
「負けない」
リュカの一撃が、まるで天槌のように降り注いだ。
緑と黒の光で一瞬、スィアリの周りが見えなくなる。間近にいた二人ですら、何が起こったのかまともに理解できない力の奔流に吹き飛ばされる。
「……やった、か?」
「まさか。こちらは単純なものだが、あのお方はそんな御仁じゃなかろうよ」
エアルドフリスは次の魔法詠唱を始めていた。負のマテリアルが減っていない。
そして彼の言う通り……閃光が晴れた後にはスィアリは立っていた。顔面など半分は砕けてしまっているのに、痛みをうかがわせる素振りすら見せない。
あれが死の側にいる存在。見かけなど何の判別にもなりはしない。
「グランフェスト君、大丈夫!?」
「ちょっとマテリアル持っていかれた……」
セレスティア(ka2691)がすぐさまリューにフルリカバリーを施す。
その間にとって代わるようにイグがスィアリの正面に立ちはだかる。その頃にはスィアリに与えた傷は気が付けば元通りに戻っていた。リジェネレーションのように再生している訳でもない。目に見える彼女の肉体など大量のマテリアルの塊なのだ。水を切っても時間と共にまた戻るような。そんな感じだった。
「ダメージ……受けてないの?」
「いや、受けてるんだ。全部受け止めて、それでも溢れる生命力で維持してやがるんだ」
感触は確かだった。普通の人間なら、いや普通の歪虚だって致命傷の一撃を与えた時に感じる手ごたえだ。
痛覚がなかったとしてもマテリアルの喪失は相当なはずだ……それでも微動だにしない。
「無尽蔵の生命力だな……でもやるしかない」
リューが立ち上がり刀を構えなおしたのをセレスティアは見送った。
そうだ、無理やり動かされているゾンビなどを除けば、歪虚と言えども傷がつけば多少の苦しみはある。幾多の戦闘でセレスティアはそれを実感していた。それでもスィアリは苦しみを一言も漏らさない。
「強いんだ……」
他を圧倒する強さだからこそ彼女は一人だった。イグを軽々薙ぎ倒したスィアリを見たセレスティアは思った。
だからこそ全力で愛を注げる子供はどれほど大事だったか、想像するに余りある。
「私なら……いえ、他の誰であっても、折れてしまってたのに、彼女は折れることができなかった」
眠らせてあげなきゃ。倒れることを忘れた彼女を。
セレスティアは聖十字架を握りしめて祈った。
「目覚めよ」
そんなセレスティアの目の前でスィアリが赤く輝く人影に隠れた。それに一番に反応したのは真水だった。
「伏せて!!」
池の中から現れた人影は大きく柏手を打った瞬間、爆炎がリュカを、真水を包んだ。
「今のは……まさかスィアリが炎を使うとは思いもよらなかった。新手の技なのか」
「レイオニールさんだ……炎を使った錬金術をやった人。実際はあの数倍の爆発で夢潰えた人だよ」
急激な温度差を受けてヒビが入った眼鏡をポケットにしまった真水が、驚くリュカに答えた。
「絶対ニ 成功 サセテ……ミンナノ生活 ヲ」
人影からそんな声が響いたかと思うと、それはすぐさま崩れ落ちて池の一部に戻っていった。マテリアルが見せる幻なのだろう。人の想いがこびりついた……影。
「くそ……反則じゃないか」
真水は紫の瞳でスィアリを睨みつけた。直接食らったもの以外、ブリュンヒルデが想いを受け継いだものも含むとしたら、攻撃の幅は遥かに増える。レイオニール、アウグスト、ヒルデガルド、兵士の群れ、装着型魔導アーマー、ガシャドクロ、そしてハーゲン。
「光の。こちらは一人と言ったが……世というものは個であり、全でもある」
そう言って、スィアリはゆら、と槍を上手に構えた。
「世の全てを敵に回しても……やらなきゃならないことがあるんです! その槍を、未来を持ち帰らなきゃならないんです」
メルの言葉と共に、彼女の頭上に鳥の鳴き声が聞こえた。風雪がより合わさりオキシダン・ジェットに吸い込まれるとそれは先ほどとは比べ物にならない激流となってスィアリを押し流した。
「やった……」
「天譴の雨に……うちひしがれよ」
「!」
槍は激流に沈んでいない。水圧で肉が押しつぶされ、びらんが押し流されても彼女は激流の中に身を押し留め、槍を投げていた。
「来ると思った……」
真水がすばやく盾を構える中、リュカが彼女の視界を緑で覆い隠した。
「受け止めるから、墜ちたマイステイルを奪い取ってくれないか。この身体なら、みんなを……守れる」
リュカは少しだけ真水に微笑んだ。
エルフは滅びゆく軟弱な存在だ。旅するどこかで聞いたそんな言葉が耳に蘇る。
「……!」
光の雨に向かって大きく手を伸ばし、降りしきる雨を一身に身に受けるリュカの姿は影となってよく見えない。真水は一生懸命叫んだ。
「一人で受け止めたらスィアリと一緒だろ。一緒に受け止めればいい。早く離れろ、離れろってば!」
エアルドフリスが魔法で相殺しようにも、リュカの背は大きすぎて遮蔽となる。手出しのしようがなかった。
リュカの背で盾を構えていた真水はリュカの背中を叩くと、くしゃ。真水の白い手が炭で汚れた。リュカの肌が炭化している……。
「リュカぁぁぁぁぁぁっ!!!」
大樹が裂け、朽ち墜ちる。
リュカを纏っていた樹皮はまるで風に舞う花弁のようにして空を舞い、灰色の空に紛れて消えていく。そして大地には赤い花が一輪。
間近にいた真水は盾を放り出してリュカに声をかけるとぴくりとだけ反応した。
リュカの体内を引き裂いたマイステイルは空を舞ってまるでそうなるように計算されていたようにスィアリの元に弧を描いて飛んでいく。
「どんなけむちゃくちゃな存在なんだよ……騎士様、騎士様。野良猫を捕まえて」
すぐさま真水がケルキオンを発動し、スィアリを足止めすると同時に、マイステイルには素早くメルが飛びついて抱きしめた。
「これは……貰っていきます」
これでマイステイルはスィアリの元には戻らない。
狙った通りの動きにほんの少し胸が弾んだメルに次の瞬間、腹部を衝撃が襲った。
「空より生まれ、一切色となせ」
シラカシの枝が、腹部を貫いていた。大地にすら足をつけることもできない串刺しにされていた。身じろぎしようが貫いたシラカシを叩こうがどうしようもなかった。
「……! 絶対にはな、す、も……」
メルは血を吐きながらもマイステイルを抱きしめた。スィアリの腕がマイステイルを引きはがそうとしても、メルは絶対にあきらめるつもりはなかった。
「スィアリ様。……覚悟」
そんなスィアリにアーシュラが再び剣を持って挑んだ。
メルからマイステイルを引きはがすのは諦め、アーシュラに向き直った瞬間には、アーシュラの剣はスィアリの腹を再び抉っていた。
今度も手ごたえはしっかりあった。だが、違ったのはまるで石を噛んでしまったような手ごたえで、ジェットブーツの勢いをもってしても、そのまま薙ぎ払うことはできなかった。
見上げれば、スィアリの眼と、アーシュラの眼がぶつかった。
「志操堅固には賞賛すれど……大いなる流れに勝てるものでもなし」
その一瞬の疑問のうちにアーシュラの頭は金色の池に押し込まれた。スィアリがアーシュラを投げ飛ばしたのだ。
髪の束のはずなのに、そこは本当に水の中のようだった。そこにはたくさんの気配が感じる。
人間。ああ、きっと過去のボラ族もいる。それから自分の見知った人達も。
ここは、マテリアルの海。スィアリが抱く想いの海。心地よくて溶けそうになる。
「アーシュラ!!」
アーシュラが沈められて素早く無限がチェイシングスローを使ってスィアリの足元に移動してくるのを見計らったようにしてスィアリが踏みつけて阻害する。
その目線は無限にはない。リューだ。
「オオオ ウチ ホロボ セ!!」
途端に足元から湧き上がったのは、何人もの人間の影だ。一際小さな子供のような影が、大きな人影の後ろからそう命令する。
「ヒルデ、ガルド……!?」
一瞬の隙の裡に、大量の銃弾がリューを、そして背後にいるセレスティアを襲った。銃弾ではない。天譴の雨に見られるような一種のマテリアルの塊だ。
避けられない。
悟ったリューは刀身を身の前に置いて全身でそれを受け止めた。遠くで弓の爪弾く音が聞こえる。
「グランフェストくん!!」
セレスティアの悲痛な声が響いた。そう。今、リューが防御に走ればセレスティアにこの銃弾の雨をさらしてしまう。頬が、腕が、足がずたずたに貫かれようともリューは踏みとどまった。
「……大丈夫だ。誰かさんの祓いのおかげで身に受ける弾が減ってくれたよ」
血の唾を吐き捨てながらリューはまたじりじりと前に進む。
そんなリューの背にセレスティアはぎゅっと目を瞑った。8人がかりで挑んで、全員を癒すつもりでいた。だが、スィアリの攻撃が苛烈すぎて回復が間に合わない。
リューが守ってくれたとはいえ、嵐のような銃撃はセレスティアの頭や胴体をいくつか通過していた。自分にも回復が必要だが……。
「グランフェスト君。止められるのはキミだけ……」
無茶なんてしてほしくない。
だけど、止められないなら。無茶をしてもいいようにバックアップしてみせる。
「癒しの力よ!」
セレスティアが魔力を紡いでフルリカバリーをリューにかけた。
「……サンキュ。ちょっとそこで横になってろ。終わらせてくる」
こちらを見ずにリューは語り掛けた。
わかってるんだ。今の一撃でセレスティアにも致命傷を受けたことは。このフルリカバリーは……託された願いだ。
「スィアリぃぃぃ!!」
リューが走った。
生命の泉は消え去り、ただの雪に戻っている。彼を止めるものはなにもなかった。受け止める槍もない。
「想いってのは誰でも同じだ。醜いと自認するお前の心も、意思も! お前が壊そうとしたこの世界も。全部同じだ。俺が守ってやる。俺がっっ」
スィアリが腰を落とし構えている。だが、いなされるような力でもなければ速さでもない。
リューはもてる炎を解き放ち、赤竜の息吹のように大地を走り、一閃。
「受け継いでやる」
胸に深々と突き刺した刀をそのまま咆哮と共に返し、胴体を一気に半裂きにした。
「……烈火、たくましき」
スィアリがぼそりと呟いた。
リューが顔を上げれば、その瞳とぴったり合った。全く衰えもしていない眼光……。死んでない。
「しかして、永劫において、如何に燃え上がろうとも一瞬の灯など無きに等しき」
切り裂いた胴体が、光に包まれる。
致命傷になっていない。
「それでも、樹一本は倒せるもんすよ。全体で見ればそりゃあリューくんのも俺のも、小さな一撃っすね。でも貴女は全じゃない。一個人っす。そして、あんたに全体の意志があるってんなら、みんな一緒。同条件っすよ」
身体の損傷が戻るまでの一瞬、無限は背中に再び現れネーベルナハトを振り上げた。
煙草の明かりのような小さな光がつう、と無限の眼に映る。きっと誰にも見えていないけれど、マテリアルがそれを教えてくれる。全てを壊す……死線のありかを。
「そして、生きようと足掻くのも意志の一つっす」
ネーベルナハトを受け止めようとする手、そしてマテリアルを蓄え大地につながった髪、そしてスィアリのうなじの向こう、脊髄まで含めてネーベルナハトが走った。
「すまないっすね。本当はボラ族同士で手渡ししてあげればよかったんですけど」
終わった。
そう感じて、無限はゆっくり地面に降りたち、池の中に消え去ったアーシュラを探すべく、大地に散乱した髪に目を落とした。
「……?」
髪の輝きが、消えていない。
「若き者どもよ。よく至れり。だが少し……流れを読むということに関しては、学びが足りぬ」
スィアリの一言と共に、リューと無限が膝をついた。
力が急速に抜けていく。生命還流が、まさか髪からも行えると気づいた時にはもう遅かった。
スィアリは攻撃を捌きながら、波状攻撃がばらける瞬間をじっと待ち構えていたのだ。身体の半分と髪を犠牲にして。体力に自信があるからこそできるやり方だった。
行動できなくなった二人を差し置き、スィアリがゆらりと手を差し向けた先ににいたのは、エアルドフリスだった。
「8人がかりでもダメか……」
リュカは天譴の雨を受け瀕死。
メルは腹部を貫かれた。マイステイルをまだ握りしめたまま動かない。
セレスティアも銃撃の嵐を受けて深手を負った。
アーシュラは生命の池……髪の中に押し込まれて姿が見えない。
リューと無限はスィアリの足元でマテリアルを奪われ行動不能。
真水とイグも手傷を追い、まともに身動きできるのは一人だ。
「やれやれ、この大地から帰れそうもない。困ったもんだ」
死ぬのか?
蛇のように睨むエアルドフリスはその静かな時間とは裏腹に、思考を激流の如く巡らせていた。
この大地に埋もれるワケにはいかない。待ってくれている人がいるんだ。それは自分だけではなく……ここにいる全員が。
「止むを得んか……クソッタレ」
「安心せよ。穢れの蛇、ファルバウティは私が滅する。其方達の想いも大地の願いも、私が引き継ごう」
「冗談は、その存在だけにして欲しいものですな」
吐き捨てるように言うと、エアルドフリスはバックステップして、詠唱を始める。
「均衡の裡に理よ……」
スィアリの腕が差し向けられた瞬間、紡がれていた魔力が雲散霧消し、土砂降りの雨によって濡れそぼっていた髪が、服が、急激に乾いていく。
静謐の風だ。
エアルドフリスはすばやく杖を右手に寄せて、左手で抜き放ったオートマチックを連射すると弾丸が七色の鳥に変わり胴、腕、そして眼球を貫いた。
思わずたたらを踏むスィアリと距離を取り、エアルドフリスはマテリアルに集中した。
「我が呼びかけに応え、大地を呼び起こせ……」
魔力が集まらぬ。
雨よ、雨雲よ。とエアルドフリスは何度も精霊に、そして周辺の静まり返るマテリアルに呼びかけ続けた。
「生きる為にそんな文明の道具に頼らざるを得ぬか。雨の。お前も所詮は……煩」
風よ、雨雲を今一度……。
すぃ、と、振り上げられたスィアリの腕をエアルドフリスは見上げながら、ぎりぎりまで祈る。
ふわりと草原の風が薫る。
同時に水分をしみこませた風が嵐のように、エアルドフリスを包み込んだ。
「大地よ、立て!!!」
刹那、大地の壁がそそり立ち、二人を別った。
「そうさ、俺は生きたいんですよ。この世界を愛しているんです。貴女の様に流転の外に放り出されたくないんでね。その為にはこの世界が産んだものは何でも使わせてもらうさ」
スィアリが壁を壊した時にはもうその場を離れたエアルドフリスは、土砂降りの雨をまとわりつかせながら銃を構えていた。
「感謝しますよ。貴女を見て、やはり生きたいと思った。誰も死なせたくないと思いましたよ」
リュカを拾い上げたエアルドフリスはそのまま、もう一度アースウォールを立てて、視界を阻み、次々と仲間を助け起こしていく。
「マミズ、撤退だ! 歪虚の陣地で誰一人落伍者を出させるわけにはいかん。リュー、セレスティアを。サヤ、メルを頼んだぞ」
「了解っす。生きあがくのは得意なんすよ」
意識を失っても、腹部を貫かれてもまだマイステイルを抱きしめていたメルを抱えるとそっとその耳に語り掛ける。
「すまないっす。……もう大丈夫すから」
その言葉がまるで鍵になったかのように、メルの手からマイステイルが零れ落ちる。
無限はそれを拾い上げて気が付いた。槍の穂先が欠けている。メルが折ったという訳ではないだろうし、そもそも普通の攻撃で折れるようなものなのか。
不思議に思った無限がメルを抱えると、そこに同じように光る破片が血糊の中で光っているのが見えた。
「う、ぐ、よいしょっと」
メルとマイステイルをまとめて持ち上げると無限は片手でカードを準備した。
「音の……返してもらおうか」
スィアリの攻撃が空を切った。
それよりも一瞬早く、無限がチェイシングスローで攻撃範囲を脱していたからだ。
「生にしがみつく様子は、大いなる流れの中で岩にしがみつくようなものだな。見るからに憐れなり」
大地が光る。
生命の池が発動したのだ。
「流れに呑まれよ。大地に還流せよ」
「もう、止めて……スィ、あ、リ様」
その池から腕が伸びたかと思うと、リューが間髪いれず、その腕を掴みあげる。
「アーシュラ!」
アーシュラだった。アーシュラはその力を得て池から這い上がり、スィアリの真ん前に立った。
「池の中には、たくさんのボラ族……北風の一族がいたよ。たくさんの人の願いをもってここに立っているのは分かった。だから倒れられないんだね……」
手を広げるアーシュラに向かって無限が進みだそうとしたが、イグが肩を掴んだ。
「俺が行く。マイステイルを貸してはもらえないか」
「だけど……天譴の雨が」
「穂先が折れているのは見た。……それが我々に与えてくれた族長の情けだ」
その言葉で無限は理解した。
生命の池から生まれたシラカシ。あれがメルの腹部を穿った瞬間に、槍の一部をへし折っていたのだ。
つまりスィアリは自分で槍の一部を折ったことになる。
「天譴の雨は……使いはせんだろう。あの方もウルが大事だし、ファルバウティが憎い」
そう言うと、イグはゆっくりとマイステイルを掴むと、スィアリに投げつけつつ一気に距離を詰めた。
「アーシュラ、北風の一(はじまり)を見たか」
「うん。豊穣の大地を見た。スィアリ様。この大地を想うなら、引かせてください。エアルドフリスさんじゃないけれど、その想い、全部受け継ぎます。悲しい思いも辛い思いも、全部、慰められるようにするよ。スィアリ様に取り込まれた女性も、もう怒ってなかったですよね。スィアリ様に包まれて、悲嘆に暮れることを止めていた」
アーシュラは池にのまれて、見てきたモノは幻想だったかもしれない。
でも彼女は言っていた。
一人にしちゃいけない、と。アーシュラはそれで目覚めることができたのだから。
「北風の一として、貴女が抱えている、貴女を支えている想いを全部癒したら、また来ます。スィアリ様がこの世を破壊することに執着することがなくなるように」
「族長。これに納得いかぬなら、納得いくまでやりあおう。だが、それで納得できるような心の裡をしておらぬとみえるが」
「よかろう」
スィアリはマイステイルを掴むと、二人のボラ族にそう言い放って、背を向けた。
「大地ををこれ以上腐らせぬというなら、少しだけ待とう」
そうして歩み去るスィアリに、二人は深く頭を下げ、それからアーシュラは崩れ落ちた。
●
「なんとか、破片だけでも手に入って良かった。こうして戻ってこれたのも皆のおかげだな」
リュカの炭化した身体に薬草を貼り付けたイグは静かにそう言うと、立ち上がった。
「命に別状はないようだ。メルも内臓と背骨に傷を負っているが覚醒者ならこのくらいでは死なんだろう」
「よく言うぜ」
治療に全力を尽くして倒れかけたセレスティアの背を助けながら、リューはイグを見上げた。
「イグさんもすぐ、回復しますから……」
「いや、このくらいの傷は大したこともない。それよりやることが増えたのを一つでも解決せねばならん」
「スィアリとの約束っすか? 彼女が抱えている想いを癒すって……」
「そうだ、約束はしたがボラ族はやるべきことがある。スィアリの約束を果たすなら誰か一人がその贖罪の旅に出ればいい」
「ふーん……って、今から行くわけ?」
いつものゴシックな衣装もほとんど焼き飛ばされて包帯だらけになった真水が片眉を上げた。
「元々冒険者だ。族長は性に合わんかった。まずスィアリが立ち寄ったところに行って、供養の旅をせんとあのお方はずっとそのままだ」
供養の旅、ね。真水はため息をつきつつ、また痛みだした胸を抑えて座り込んだ。
ブリュンヒルデやレイオニールの供養もしにいかなきゃならないのかなぁ……。南條さん、そう言う湿っぽいのはあんまり得意じゃないんだけど。
「ファルバウティはいいんすか?」
無限の言葉に、イグはにっこりと笑った。
「何かあれば駆けつける。クリームヒルト共々よろしく頼んだぞ」
「そうか……押し付けるようなことになってすまんね。あんたのおかげで命拾いをしたよ」
エアルドフリスは立ってイグに手を差し伸べた。
「それはこっちの台詞だ。エアルドフリスの慧眼で生きるタイミングを逃すことがなかった」
「いやいや、俺も色んな人間に助けられてできたことだよ。逃げようって思ったのは腐れ縁の顔がふと出てきてね……あいつならそう言いそうだと思った」
はにかみ笑いを浮かべたエアルドフリスに、イグは握手を返すと、指でパイプをつまむ仕草をした。
「一服いいか?」
「ああ、いいとも」
「怪我人なのによくやるぜ」
リューが眉を顰める中、セレスティアがこつそりリューに「止血にもなるのよ」と教えた。
そんな中、イグはゆっくり吸い上げ、紫煙を吐いた。
「人間最期まで覚えているのは残るのは……嗅覚だ。今日までの事、これで忘れない」
パイプを返して笑ったイグに、最後にセレスティアがオークスタッフを掲げた。
「……旅行くものに加護あらんことを。そして母なる大地に返すための約束が無事果たされますよう」
淡い桜色の光がヴェールのように、イグを包み込む。
「起きたら、彼らにもよろしく。そしてマイステイルを、想いをよろしく頼んだぞ」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- ジュード・エアハート(ka0410) → エアルドフリス(ka1856)
- 淵東 茂(ka1327) → 無限 馨(ka0544)
- ユリアン・クレティエ(ka1664) → エアルドフリス(ka1856)
- 未悠(ka3199) → アーシュラ・クリオール(ka0226)
- 神城・錬(ka3822) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- 七夜・真夕(ka3977) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- 久我・御言(ka4137) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- パトリシア=K=ポラリス(ka5996) → 無限 馨(ka0544)
- 金目(ka6190) → エアルドフリス(ka1856)
- 雨を告げる鳥(ka6258) → 岩井崎 メル(ka0520)
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
決着の為に【相談卓】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/11/12 07:26:01 |
|
![]() |
質問卓 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/11/11 15:11:08 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/11/08 08:36:08 |