• 猫譚

【猫譚】ignition red

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/11/13 19:00
完成日
2016/11/26 16:50

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 広く展開した戦場は混沌と化していた。ユグディラと合流したと思しき王国軍の抵抗は弱々しく、ベリアル配下の歪虚がじわじわと勢力を広げている。
 王国軍は指揮系統こそある程度一本化されるものの、普段は別個に動く別組織の寄り合い所帯。足並みが簡単に揃うわけもなく、戦場の負荷は際立った一部の部隊へと集約する。その不健全さがまた戦場が崩れる要因となっていた。
「右翼。船から降りた人間どもが反撃を始めましたメェ」
「左翼。敵戦力増大中。回り込んで来ますメェ」
「中央。敵主力が抵抗中ですメェ。増援要請がありましたメェ」
 ベリアルは配下の報告を黙って聞いていた。 次々と上がる羊達の報告には戦況を覆すような切迫した内容は一つもない。敵の主力と思しき赤い鎧の人間達も中央で足止めを食っている。平野のどこを見渡しても部下達が優勢であり、遠景からでも勢力の拡大が見て取れた。
「ブシシシ。人間どもメェ。この私の想定を越えては来ない。そこまで弱ったか?」
 べリアルは口を大きく三日月の形に歪めた。笑みが止まらない。周囲の歪虚もそれに倣った。
「後詰も進ませよ。人間どもを皆殺しにするのだ」
「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」
「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」 「メェ」
 ベリアルは更に部隊を進ませる。この時、指示を出しながらベリアルは困惑していた。
 ずっと感じていた「足りていない」という実感が、この時になってもまだ続いている。
 満たされない感覚を振り払うように、ベリアルは再度殺戮を命じた。



 ベリアルの本隊より後方に100m。森に覆われた小高い丘がある。ベリアルが悦に入って笑みをこぼす後ろ姿を、丘の頂上より王国軍の別働隊が監視していた。先頭に立ち双眼鏡を握っているのは赤の隊の副長、ジェフリー・ブラックバーン(kz0092)。今は鮮やかな赤い鎧を黒いローブで隠している。
「……と、楽しい会話でもしているんだろうな。……む、部隊を動かしたか。そろそろ行くぞ」
「はっ」
 ジェフリーは双眼鏡を見張りの騎士に手渡すと、部下数名を連れて丘を下り、丘の陰に隠れた部隊に戻った。開けた平地では到着した騎馬隊とハンター達が息を殺して伏せている。緊迫する空気に馬もいななきを控えていた。
「全て隊長の思惑通り、ですか?」
「運が良かっただけだ。領主や兵士達の尽力あってこそさ」
 音楽祭の少し前当たりから、ベリアル配下の歪虚達が各地で活動していたのは知っていた。
 赤の隊は先年のベリアル襲来の教訓を生かし、可能な限り迅速に現地に展開。ぎりぎりではあったがこうしてベリアル本隊の到着に間に合わせることが出来た。到着と同時に赤の隊は、事前の偵察で得られたベリアル本隊の行動予測を受け取ったのだが、ここでもダンテの行動は早かった。
「よし。後ろから奇襲してやろう」
 捻りも何も無い安直な提案であったが、それを叶えるだけの情報と速度が揃っていた。幸運は重なり、奇襲部隊として用意された兵員は覚醒者100名を越える。
 この提案をした当の本人はこの場には居ない。魔剣を振り回して暴れる彼の姿は敵にとって脅威だが、目立つ人間が不在では警戒を招く為だ。今は平野の中央で赤の隊の残った全軍を率いて暴れまわっている。
「ダンテ隊長とマーロウの率いる王国軍、進水して実戦投入されたばかりのフライングシスティーナ号。諸々全てを囮に使った作戦だ。失敗されても困るがな」
 隊長を囮。その言葉に反感を抱く者はいないでもないが、誰もそれを咎めようとは思わなかった。何せこの作戦、自分達は彼ら以上の危険地帯にいるのだ。
 成否に関わらず敵の指揮系統を一時的にでも寸断する事が可能なこの作戦ではあるが、他部隊との連携を完全に切り離している為に事実上の決死隊となっている。部隊には精鋭を集めはしたが、 ダンテのように特筆すべき人物は正面に展開せざるを得なかった。
 ハンターだけは志願制であり、参加の状況が常に不透明であるため選抜は行わなかったものの、それでも万全の戦力ではない。
「揃えられるだけは揃えたつもりだが……。 阮 、行けそうか?」
 ジェフリーは膝をついて頭を垂れるドミニオンのパイロットに声をかけた。阮はコクピットの中で機器の確認に余念がない。生粋のパイロットでない為不慣れな面はあるが、傭兵生活の長い彼女は戦場に対しての気負いはない。
「いつでもいいぜ。始まったら勝手にやるけど文句言うなよ」
「構わん。味方を撃たないでくれるなら好きにしろ。CAMの運用は専門外だ」
 彼女のドミニオンにかぎらず、持ち込まれた装備は多い。万全ではないと評したが、あくまで全戦力から考えての話である。王城で戦わざるを得なかった前回と比べれば、有利な条件は山と積まれている。あとはその力を御しさえしれば、ベリアル相手であっても勝機はある。
 ジェフリーは居並ぶ戦士達を見渡し、知らず拳を握りしめていた。
「……2年前の恨みを晴らす好機だ」
 側に控えていた騎士がジェフリーの声に含まれる憤激に思わず身をすくめた。温厚な彼がここまでの怒気を発するのは珍しい。同じ騎士としてベリアルに恨みを抱く彼らですら、その空気に飲まれそうになった。
「各員に再度通達する。目標はベリアルの首のみだ。騎乗せよ」
 号令一下、騎士は馬に飛び乗った。機械達が唸りを上げる。正しく彼らは殺戮の権化となり、血を求めて歪虚の群れに突入した。

リプレイ本文

 ベリアル率いる歪虚の本隊を赤の隊を主軸とする王国軍別動隊は後背より強襲した。背後より突然上がった鬨の声に驚いた歪虚達だったが、隊伍を乱すほどの混乱を決定づけたのは直後に降り注いだ砲撃であった。
 王国軍が潜んでいた丘の上から、あるいはその丘の前面から、あるいは空中に跳躍するCAMから。着弾時刻を合わせるように砲弾は発射された。砲弾は美しい弧を描いて歪虚本陣へ吸い込まれていき、着弾して爆音に次ぐ爆音が周囲の音をかき消した。続いていく容赦ない爆撃でも悲鳴など一欠片も聞こえない。歪虚達はわけもわからぬまま砲火にさらされ、右往左往しているうちに消し飛んでいく。
 砲撃による成果に 藤堂研司(ka0569)は1人コクピットで快哉を叫んだ。
「よぉーし。パリスの調子は最高だ!」
 後列より砲撃を加えているのは研司のデュミナスであるパリス。200mm4連カノン砲が不気味な雄叫びをあげ、その度に羊の群れを吹き飛ばす。ゼーエンで強化したCAMのカメラには逃げ惑う羊の姿が鮮明に映っていた。
 研司はその結果に慢心せず前列のやや後ろ、味方の前衛に当たらない位置を考慮して砲弾を撃ち込んでいく。ここから先は特に微妙な調整が必要な局面にある。手を何度も握りしめては開き、手の感触を戻してから操作用のスティックに手を添えた。
(威力は元より……4連大口径砲の轟音、弾ける着弾点、飛び散る肉片、悲鳴、熱。どれも兵の恐慌を呼ぶ、より大きな混乱を助長する。次は自分が消し飛ぶ」恐怖は正常な思考力を奪う)
 それが機械と生身の決定的な違い。感情を持つ種別の歪虚は同じ欠点を持つ。研司の狙いは当たり、身を竦ませて攻撃をやり過ごす歪虚も散見されていた。砲撃から身を隠すにはそれが正しい。後から来る騎馬隊に踏み潰される危険を考慮しなければの話だが。
 この時の砲撃は彼だけではない。彼の機体の隣にはミグ・ロマイヤー(ka0665)のハリケーン・バウが並び立ち、足元では突撃のタイミングを探るメンカル(ka5338)が車載砲で陣形に穴を作ろうと苦心している。後方では丘の上という絶好の地勢よりリュミア・ルクス(ka5783)の『カンナさん』が砲撃に参加し、更には夕凪 沙良(ka5139)のリリィが低空を滑空しながらスラスターライフルで地上を掃射していた。
 研司とリュミア、メンカルの使うカノン砲が円の範囲を吹き飛ばすのに対し、ハリケーン・バウやリリィのスラスターライフルは横列を銃弾の雨で薙ぎ払う。展開の速度の問題もあり十字砲火とは行かないものの、正面と上方の2つに注意が逸れてしまう為に厄介な攻撃となった。
「ゆくぞ研司。1秒でも長く、1人でも多く、殺し尽くしてくれよう」
 ミグの声は躍っている。彼女の使うスラスターライフルの銃声は大砲とは違った趣があった。数発に一つ混じる曳光弾の光は鮮烈な赤色で、弾着と同時に地面や歪虚が吹き飛ぶ様は実に小気味良い。
「おう! 前回同様、皆殺しだ!」
 その熱量に互いに浮かされるように、研司も張り切って次の獲物に狙いをつけた。
 王国に住む羊の歪虚達は銃火器という物の運用や効果に通じているわけではない。一つ一つが脅威であることは知っていても、集中運用されている姿を見るのは初めてという者が大半だろう。CAMのクリムゾンウェストでの運用自体がまだ少ないので当然と言える。
 大砲の集中運用もそれはそれで脅威だったが、大砲はこんなに早く自走したりしない。劇的な戦術の違いは歪虚にとって未知の恐怖であり、彼らの混乱をますます助長することになった。
 これに驚いているのは歪虚のみならず、王国の騎士達やクリムゾンウェスト出身の者達も同様であった。ウィーダ・セリューザ(ka6076)も同様で、後列のCAMに並びながらその砲撃に身を竦ませていた
「話には聞いていたけど、これほどとはね」
 驚きながらも手は緩めずに矢を引き絞る。事前の説明の通りなら彼らの砲撃は、退避する敵を追ってある程度分散してしまう傾向にある。
 それを補うためにウィーダは的確に一匹ずつ処理することを心掛けた。混乱から立ち直る前に少しでも数を減らしておかなければならない。
「しかしこれではただの的だな」
 呆れたように言うコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)の言葉は、ある意味で的を射ていた。
 歪虚の羊達は普通に戦えば脅威であることは間違いないのだが、それが今は一方的に倒されるだけの的となっている。油断して良い相手ではないのだが、感覚の狂いが起こるのも無理は無い。
 銃を使うコーネリアはウィーダに比べて元が無感情に引き金を引く人間だ。彼女は勝っている時も負けている時も、心の底では感情を大きく変化させたりはしないのだろう。感情の起伏が勝利に寄与しないことを彼女は知っている。その無感動ぶりを理解しつつも、ウィーダは少なくない恐怖でもって受け止めていた。
 かくして初撃は成功した。轟音が鳴り止まない中、間を置かずに騎兵隊は突撃する。
 指揮官達と分断され、砲撃の恐怖に晒された羊達にこれに抗する力はなかった。
「機を逃すな! 殺し尽くせ!!」
 ジェフリー・ブラックバーン(kz0092)の号令一下、騎馬部隊が混乱した歪虚達を踏み荒らしていく。これまで幾度となく辛酸を舐めてきた騎士達の暴威はすさまじく、さしもの羊達もこれに怯んだ。騎士達は槍、斧、槌と各々の得意な武器で思い思いに羊達を突いて斬って潰していく。外征ばかりで国の大事の時に留守にしていた事もあり、彼らの覇気はすさまじいの一言であった。
 赤の隊の配置に関しては事前にアーサー・ホーガン(ka0471)よりハンターの第2波に続く第3波と提案を受けていたが、ジェフリーは赤の隊の機動力を殺すだけと断り、ハンター共々一番槍を担った。
 大きな理由は2点。1点目、奇襲における初手の戦力温存は悪手である事。2点目、第2波をハンターの誰が担うか不鮮明であった事。
 一番の理由は隊員の士気を殺したくない、であろうが感情の部分を伏せる程度にジェフリーは冷静だった。
 彼ら騎士と同様の感情を抱える者はハンター達の中にも存在し、怒りは思惑を越えて相乗効果として破壊をまき散らした。
「俺はレイル・グランフェストの子、 リュー・グランフェスト (ka2419) ! 羊ども、逃げるな!  王国の民の嘆きと意地を思い知れ!!」
 イェジドの紅狼刃の背にまたがり、リューは前線を駆け抜ける。直線での足の速さは馬に劣るが、突入してしまえばその牙と爪が脅威となった。リューが1匹敵を斬り殺すたびに、 紅狼刃も負けじと近くの一匹を爪で引き倒す。
 右へ左へ切り替えしながら刃を振るうリューだが、更に前に進もうとした彼の前にSerge・Dior(ka3569)が立ちふさがった。
「リューさん、前に出過ぎです。それでは戦線が崩れてしまう」
 言われてリューは自分の後ろを振り返る。前線で戦う騎士やハンター達の後方で、リューと連携を取っていた七夜・真夕(ka3977)が必死に魔法を連打している。いくら敵が混乱して組織的な反撃ができないとはいえ、組織的でない反撃はそこかしこにある。魔術師である彼女はリューのように常に前線で戦うわけにはいかず、距離を置かれてしまったのだ。これ以上は離れては彼女との連携が保てない。ベリアルという巨悪を前に目が曇っていた。
「悪い。周りが見えてなかった」
「いえ、これも勝利のためです」
 そう言うセルジュはリューと境遇が似ている。ベリアルに一矢でも報いたいという気持ちは同じだが、彼は身に宿る怒りを勝利のためとねじ伏せていた。 まずは敵に集中して打撃を加えることこそが肝要。出なければベリアルには届かない。

 セルジュとリューは引き返しながらも、目につく羊に片っ端から刃を振り下ろした。
 歪虚との戦いは奇襲をもってしても困難であった。人対人の戦闘であるなら馬や幻獣の重量で蹴散らしてしまえば陣形ごと崩してしまう事も可能であるのだが、小型の羊達ならともかく中型以上の羊相手にその理屈は通用しない。陣形が強固である以上、魔術師である真夕が前に進むのは大きな危険が伴った。
「この…… 頑丈すぎるでしょ!」
  真夕はリューに追いつくべく目の前の中型個体に連続してブリザードを放つ。相手の背が高い分誤射の心配は無いが、その無尽蔵にも思える体力には辟易とした。ダメージを受けても愚直に直進する頭の悪さも同様だ。
(それが厄介なのよね)
 彼らの間合いは陣形を押し返す圧力に成る。立ち止まって戦えば重量の差もある。ひとたまりもないだろう。以上のように危険な状況ではあったが、今はそれを覆すだけの勢いがあった。
「おら! どけどけ!!」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が炎をまとった大斧をやたらめったらに振り回しながら敵を薙ぎ払っていく。危うく誤射しかけた真夕が術を引っ込めると、その開いた隙間に滑り込むようにボルディアは乗り込んでいった。愚昧な振る舞いに見えて、その軌跡は確実に敵に手痛い一撃を見舞っていく。大型の羊は一撃ごとに腕を潰され、足を砕かれ、動きを止めたところで脇腹を抉られていた。
 単純な力の勢いを殺さぬまま、的確に相手の急所や弱点にぶつけていく。ボルディアの戦い方は愚直に洗練された戦士のそれであった。ボルディアは羊を屠った後、ちらりと 真夕に視線を送ると、特に何も言わずに次の標的に向かう。真夕の危機を見て助けに来たのかもしれないが、その事を確認する程の時間はとどまってはいなかった。呆気に取られているうちにボルディアは去り、気づけばリュー達が真夕の元まで戻っていた。
 その様子を遠巻きに見ていたアーサーは思わず苦笑した。一部の懸念が杞憂で終わっている。戦術というのは全体の局面では非常に重要なのだが、単純な力押しで必要十分な場面も少なくない。どちらかと言えばハンターの動きは精密には御せない。力押しの方向性さえ間違えなければそれで充分と彼らが示していた。アーサーは更に戦場を見渡す。
 力の使い方に関しては特に序盤の戦闘で魔術師や機導師の持つ広範囲の魔法が効果を発揮した。中でも久延毘 大二郎(ka1771)とアルファス(ka3312)、足並みを揃えた2人の破壊力は群を抜いていた。
「さてアル君、此方はまず中枢に穴を開けるとしよう」
「了解だ」
 久延毘の詠唱に合わせてアルファスも術式を展開。歪虚の軍勢目掛けて同時に術を発動した。一瞬早かったのは久延毘のダブルキャストによる魔術の連続攻撃。放たれた天道球と火球は正面の敵の中央付近に着弾。爆発と火炎を二重に撒き散らし、小型の羊を瞬く間に飲み込んでいく。その火力に敵どころか勇猛な赤の隊の騎士も一瞬怯むほどであった。
 ここで混乱が収まらぬうちにアルファスによる第二撃が放たれる。アイシクルコフィンで直線状に氷の刃を出現させ、動きの止まった者から切り裂いていく。小型の羊は為す術なく倒れ、動けるのは中型以上の羊だけであった。かなりの数の羊を一度に滅ぼした二人であったが、本人達はその成果に些か不満であった。
「うーむ。思ったよりも頑張るな」
 久延毘は顎に手を当て唸る。消し飛んだ歪虚の数は予想以上であったのでそこには不満はないが、敵の戦力は思ったほど瓦解しなかった。混乱している事はごまかしようが無くても、人間相手に背を向けるほど心は折れていないということだ。狂騒の有り様も人間とは差異がある。
 健気なことに、そして面倒なことに弓矢や魔法で反撃してくる者も増えていた。目立ってしまったことでかえって敵を呼び込んでしまったかもしれない。
「道は作れるけど大型を倒さないとベリアルまで進むのは無理みたいだ。すまない」
「それでいい。上等だ」
 2人の前衛を守って戦っていたウィンス・デイランダール(ka0039)が普段と変わらない不遜な態度でアルファスに応じた。羊達が動き出す頃合いを見計らい馬を降りたウィンスは、徒歩のまま羊の群れに突撃する。ウィンスの槍は本人の激情とは裏腹に凍てつく風となって歪虚を襲った。薙ぎ払い、刺し穿つたびに追随する氷が刃となって歪虚を引き裂いていく。ベリアルまでの道を埋めようと再度集結を始めていた羊達は格好の的であった。
「どうした!? かかって来い羊ども!」
 ウィンスが見得を切るように槍を大きく振り回す。槍の間合いをわざと誇示し、居並ぶ羊達を挑発する。羊達は直前の魔法攻撃の威力を忘れてはいなかったが、この誘いを無視することも出来なかった。彼らはベリアルと同じ傲慢の歪虚である。「格下」である(と認識している)人間相手に侮辱されてそのままにしておくわけには行かない。羊達は手に手に武器を持ってウィンスを取り囲み、先程と変わらない愚直さを逆手に取られ再び魔法攻撃の餌食となった。ウィンスはそれに乗じ、再び突撃して敵の戦列を掻き乱した。
 ウィンスの支援に一発ずつ攻撃を打ち込んだ後、久延毘とアルファスはウィンスの後方を抜けて片翼の支援に回る。ベリアルが魔砲を使うまでに戦士を中央に送ると考えれば、現状では火力が集中しきれていない。2人はわずかながら焦りを抱いていた。
 ウィンスを始めとする徒歩の前衛の戦いは変わらない。敵前列に猛烈な勢いでぶつかった王国軍だが、浸透となれば馬は足かせとなる場面もあった。ウィンスにやや遅れて突入したのはブラウ(ka4809) 、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)、葛音 水月(ka1895)の3名。
 開いた穴を更に広げるために次々と敵陣深くへと切り込んでいく。
「ふふふふふふふ」
 微笑を浮かべながら、というのはフィリアを知る者にとってはいつもの光景。大きな戦場であってもそれは変わらず、フィリアは優雅に傘と鋏で舞い踊る。
「毛と足がたくさんほしいわ。帽子をたくさん作るの。凍えた猫さんはきっと喜んでくれるわ」
 シャキンシャキンと刃が鳴る。鋏を振るうたびに宣言通り足が飛ぶ、腕が飛ぶ、たまに首がとぶ。後方に居た騎士達が若干怯えていたが、よく知るハンター達は気にもとめない。
「フィリアさん絶好調ですね!」
「良いけど前も見ておきなさいよ」
 ブラウに注意され羊の合間を駆け回っていた水月はふっと後方にさがる。ブラウの刀がマテリアルを集めている。そのスキルの効果範囲から飛び退ったのだ。
(あの人の為に負けられない。あの人が返るまでは)
 ブラウの刀が横凪に払われる。次元斬が再度集結しつつあった羊達の命を刈り取った。水月はいつもと変わらぬ人懐こい笑みを浮かべたまま、戦列に開いた隙間に自らの体を滑り込ませていった。



 王国軍は中央に僅かに重心を置きつつも左右に広く展開。爆撃の範囲外を包み込むように陣形を形成した。歪虚の反撃は始まりつつあったが、混乱からは未だに立ち直れずに居た。この段階になると、王国軍側でも行動の齟齬も散見されるようになってくる。前列で戦う岩井崎 旭(ka0234)は歪虚側の混乱を更に長引かせるために、切り込んだ内部で伝令となる兵士を探していた。霊闘士の能力である超聴覚でその対象を探し当てようと試みはしたが、これは失敗に終わる。というのも前述のとおり後方からの砲撃が終わっていない。研司は明確に「音」も基準にして砲撃を続行しており、しばらく途切れる気配がなかった。視界に入ればとも思ったが、視界に頼るのであれば俯瞰視でもなければ捜索範囲は広がらない。
 以上のような個人行動での齟齬はまだ影響が少ないが、全体の作戦に関しての齟齬は更に大きかった。一点突破と広域での攻撃は両立できない。あるいは両方失敗する。ハンターの多くが広域での戦闘、あるいは浸透しての戦闘を指向した為、敵の攪乱には十分効果を発揮したが、ベリアルへ至る道は開くには足りなかった。
 二つの作戦を両立させる可能性はあった。 久延毘とアルファスの両名の大火力集中運用がそれだ。彼らはその端緒となる大破壊を何度も起こしはしたものの、刃をねじ込みその穴を広げる前衛が不足していた。存在しないのではない。場に居合わせない、数が揃わないという不都合があり、通路を作るまでには至らなかったのだ。何度か試すうちに敵にも警戒され、2人は支援特化に方針を変更した。
 この状況でウィンスは特に上手く立ち回った。範囲攻撃の効果と限界を見極め、敵の反撃を食い止めるように槍を振るった。敵はこの状況下で砲撃するユニットや前線に近い魔法使いへの直接攻撃を優先する為、前衛に近く特定の相方を持たない術士程ウィンスのカウンターに助けられた。特に コントラルト(ka4753)の戦果は彼の恩恵が大きい。
 リーリーのレーフォロの脚で逃げながら撃つという戦術で完結している彼女だったが、ファイアスローワーは近寄るほどに隙が大きい為に前線に近づくには慎重にならざるを得なかった。そこにウィンスという有能な防壁が現れ、ファイアスローワーを効率よく運用することが可能となっていた。
「なあおい」
「何?」
 2人の性格や行動には大きな問題はないのだが、常に不機嫌そうなウィンスと無感動気味なコントラルトが並ぶと、喧嘩しているようにも見えて周囲は気が気でなかった。
「敵の圧力が大きい。もう少し下がれ」
 何をいきなりと思ったがコントラルトは即座に否定も肯定もしなかった。撃ち漏らしが増えていることは認めざるを得ない。理由は判然としないものの、1人下がれば他も下がってしまうのが戦列というもの。一度進めた駒を下げるのは難しい。返事はせぬまま術を同じ調子で放っていると、前衛の一人がコントラルトに近づいてきた。
「もしかして疲れた?」
 聞いてきたのはカイン・マッコール(ka5336)。特に何か含みがあるわけでもない淡々とした喋りが、心の奥底を見透かしているようで胸がざわつく。しかし気遣いをされてる事も理解していた。気遣いの仕方も兵士のそれだと理解しながら、コントラルトは黙って受け取ることにした。
「疲れたわ。ここを譲っても良い?」
「良いよ。任せて」
 コントラルトは特に詳細な話はせず、その場をカインに任せた。カインはイェジドのワイルドハントと共に戦線に乗り込んでいく。
 ウィンスが何か文句を言っていたが、カインは応じる気配がなかった。
 自身に最適解を求める以上、どうしてもコントラルトは危険な戦場を渡る兆候にあった。自身をチェスのルークやビショップのように戦場に配する彼女だが、ルークやビショップも他の駒があってこそ自由な行動が保証される。カインがポーンの壁か、互いを守るルークであったのかはともかく、これで一息つけるというのは事実だった。コントラルトは戦場を見まわし次の目標を選定する。状況の変化に伴い、中型以上の指揮官としての羊が活性化したのが見えていた。コントラルトは一度深呼吸すると、術をデルタレイに変えて敵後列への狙撃を開始した。
 歪虚の反撃が強くなっているのはウィンス達の戦う周辺だけでなく、王国軍の各所で観測されている。特に前線を担って深くに切り込んだ戦士ほどその差異を敏感に感じていた。敵が強くなっている、というのが全員の共通した認識であった。
「流石本隊ってことか。しぶといな」
 レイオス ・アクアウォーカー(ka1990)は2本の刀をたくみに使い分け、勢いづく羊を片っ端から切り伏せる。先程まではそれで終わりだったはずが、怯まずに進んでくる個体が増えていた。中には捨て身で掛かってくる敵もいる。ハンターの中でも精鋭であれば中型とまともに戦って勝利する事も難しくないが、数で劣る人類側は捨て身戦法をやられると対処が難しい。
 近くで戦っていた岩井崎は中型一匹を屠った後は戦法を切り替え、レイオスやアーサーの背を守るように戦った。そうでもしなければ、中型と切り結ぶ間に横合いから邪魔をされるからだ。
「伝令らしいやつは片っ端から狙ってはいるが、幾らでもわいてくる。やっぱり指揮官を狙わないとダメか?」
 アーサーは 岩井崎の問いにしばし沈黙し、周囲に目を走らせながら戦況の推移に意識を向ける。徐々に敵は混乱から立ち直りつつあった。だがまとまりには欠けている。まだ完全ではないのだろう。
「いや、指揮官だけを狙えるほど敵の層は薄くない。伝令に見えるやつを狙っていくのは効果がある」
「本当か!?」
「この砲撃が続いてる間はな!」
 近くに着弾があったために互いに返事は怒鳴り返すような口調になってしまった。悪いなと思いつつアーサーは更に列へと切り込んだ。
 前線はいち早く戦場の変化を肌身で感じているのに対し、状況が明確になって以降は後列の射手がより戦況を把握していた。混乱は続いている、指揮も乱れている。前衛と後衛に繋がりはなく、ベリアルは憤懣を爆発させて何か怒鳴っているが、それが届いている様子はない。
 強さの理由は徐々にはっきりしてきた。歪虚軍の士気、というよりは羊達の怒りそのものだろう。怒りがある時期に驚きを上回り、指揮系統が立ち直るより先に兵士達が手あたり次第に攻撃を始めたというのが正確なところだ。
「はは。右往左往してる割りには生きが良い。良いぞ、これなら狩りと呼べる」
 コーネリアは怒りで顔を真っ赤にする羊達を変わらない調子で撃っていた。流れが変わった頃にはウィーダともども攻撃を外す場面があったが、慣れてしまえば周囲への注意が散漫になっている分だけ狙いやすい。動きが直線的で進行方向もわかりやすい。
「あれだけコケにされたらそうなりますよね」
 コーネリアの言葉を肯定も否定もせずウィーダは飲み込む。前衛より遠い後衛部隊はこの時戦果を増やしていたが、自分達の居る場所が綱渡りのような危うさにあることは重々承知していたからだ。コーネリアのように危険に対して平然と牙向くような精神は彼女にはない。この狂騒状態を御す術が自分達にない以上、祈るように矢を放ち続ける他ないのだ。
「でも、つけいる隙はあるわ」
 前線で変わらず戦っていたブラウがそう断言した。ウィンスとははぐれたが、水音、フィリア、ジェーン ・ノーワース(ka2004)、神代  誠一(ka2086)と、周囲の人数は増えている。
「私が道を作るわ。誰までなら狙える?」
 道を作る方法を誰も聞かなかった。が、単に口下手の集まりなのかもしれない。神代は視線を敵の中央付近に向け、良く通る声で全員の答えを代弁した。
「疾影士の足なら前線の中型ぐらいまでなら狙える」
 大型に向かうには距離もあり、単騎で立ち向かうには不安要素もある。これが誰にとっても妥当なラインだ。殺すことはかなわなくても十分な被害を与えることが出来るかという、条件でも中型が理に適う。
「中型を狙う意味はある?」
 ジェーンがぽつりと声を発した。衝撃と爆音の響く中、声が届いたのは奇跡だった。
「あるわ。方向性のつかない戦力は御しやすい」
 この状況で恐ろしいのは一つだけ。破れかぶれでも命令が発せられ、敵の行動が一点に向くことだ。それさえ無ければこの混乱を押さえつけることもできる。断続的に続く砲撃も、前線での乱戦も十分に効果を上げて現在の状況となっている以上、浸透攻撃でしか状況に変化をもたらすことは出来ない。
「行くわよ!」
 ブラウの放った次元斬の後を追うように4人の疾影士が走る。2人は次元斬でできた死体をすり抜け、2人は歪虚のあげる悲鳴と混乱に紛れて別の方向へ。ほどなくして中型の羊達が怒りの雄たけびをあげた。前線の羊達が何事かと後方を振り返る。その僅かな隙を見逃さず、ブラウは再び次元斬で前衛を薙ぎ払った。
 前線の混沌は未だに収まる気配はなかった。


 混乱する軍勢を見てベリアルが心穏やかで居られるわけもない。人類側の戦術もあり状況は劣勢のまま変わることがなかった。この時、歪虚の中央では人類が想定したのとまた別の混乱が起こっていた。
「ニンゲンどもメェ。よくもよくも よくも よくも よくも ……よぉ――くもこの私はコケにしてくれたな!!」
 怒りで鼻息を荒くするベリアルは腹を撫でさする。巨体を誇示する以上に強い攻撃の意思の現れでもあった。周囲の歪虚達は主の次の行動がすぐにわかった。こうなっては一つしかない。
「ブシ……ブシシ……もう許さぬ。まとメェて吹き飛ばしてくれる!!」
 嫌な予想が的中して周囲の羊達は慌てる。主は王国の城門を吹き飛ばすほどの威力を持つ必殺の魔砲を使う気だ。そんなものを混乱する自陣の内部で放てばどうなるかは火を見るより明らかだ。確かに人類側に大きな損害は出る。だがそれ以上の数の羊が消滅するだろう。
 戦況をこれ以上悪化させてはいけない。絶対に魔砲を撃たせまいと大型の羊達が揃って彼の体にすがりついた。
「いけませんメェ」「落ち着いてくださいメェ」「味方がまだ残っていますメェ」
 歪虚達は自らの主の怒りを沈めるために理性的に話をした。当然のように、怒りに狂ったベリアルが聞くはずもなかった。
「私の邪魔をするな愚図メェ!」
 パカンパカンと小気味良い音が響き、何体かの羊達の頭が割れた。自慢の蹄で動きを止めようとする部下を全て殴りたおし、ベリアルは魔砲のチャージを始める。王都の戦いの頃、腹心のクラベルが止めても止まらなかったのだ。今の部下達で止められるはずもない。最早彼の行動を諌める事の出来る側近は居ないのだ。
 部下の羊達はそれならばと周囲に伝令を走らせた。各自の判断で主の魔砲を回避するようにと。そして自身は主の防御に入った。
 この時の伝令にベリアルの部下達は「どこへ退避すべきか」を伝えられなかった。誰も予想できなかったのだ。それでもこの伝令が届いた部下達は幸いであろう。なにしろ、伝令に向かった羊の半分が砲撃で吹き飛んだのだから。



 赤い光の収束はハンター側でも観測された。当然撃ってくるものと誰もが思っていたので驚きは無い。ハンター達の内何名かは、この攻撃の阻止に名乗りをあげており、そのための準備や策を用意していた。
「けれど問題が幾つかある」
 神代は手近な一匹を屠りつつ、同じ疾影士であるジェーンの近くに走り寄った。クラス特性をいかすべく戦っているうちに、似たような動きとなり自然と近くに固まっていたのだ。ジェーンも誠一の言葉を確認するため、近寄ると背中合わせになった。
「問題って?」
「1つ、ベリアルまでの道を確保できてない。2つ、俺達は分散しすぎた」
「そうね」
 ジェーンは無感動に肯定すると再び走り始める。目の前の敵を屠る。じっとしていると敵が集まってくるだけだ。相談も半ば走って切っての最中で継続された。
「それで、見送るの?」
「それはしたくない」
  誠一の言葉は明瞭だった。とは言え名案があるわけでもない。これに関しては既に状況は決している。
 ハンター達は個々の性能を生かす戦術を取った。個々の戦力を存分に発揮した為に戦闘は乱戦となり、混乱を助長することには成功した。
 しかし一点突破の上でベリアルに対して攻撃するには、戦力が分散しすぎていた。
 後列の攻撃ならば射程に収めることもできるが、ベリアルの周りにいる大型の個体が壁となって阻む為、決定打に欠けている。
「そんじゃあ、姫様がそっちにいるぞー、って叫んで撹乱するのは?」
 声を掛けてきた3人目は悪巧みに気づいたレイオスだった。
 ベリアルの魔砲をなんとかしたいという思いは同じだが、手詰まりである現状も同じであった。
「大声で言って聞こえる?」
「そもそも、あんな状態でそれに聞く耳持つかな?」
「……どう考えても無理だな」
 冷静になるよう訴える仲間をベリアルが蹄でパカパカ殴り倒した風景もハンター達は見ていた。コントのようだが本人達は必死だし、自分達は命に関わるので笑えない。揉めてる間が絶好の機会だ。ここで浸透部隊としての選択肢は―――
「仕方ない。分散して逃げよう」
「異議なし」
 乱戦の中で分散すれば被害は抑えられる。最悪撃たれてもその時は向こうは仲間ごとだ。ハンター1人倒す代償に、ハンター1人が倒す数以上の羊が倒れるだろう。頷きあった3人は別方向に向かって刃をひらめかせた。
 一方でベリアルへの攻撃を諦めないハンターもいた。砲撃・射撃組は継続して攻撃を加えているが、それ以外では仁川 リア(ka3483)と沙良が動いていた。
 沙良は変わらず前線で跳躍を繰り返しながら上方よりスラスターライフルを歪虚の群れに浴びせかけている。相方であるリアのスピニオンはベリアル本陣の後背に回っていた。ベリアルの魔砲阻止の為の布石ではあったが、ここは敵も少ない代わりに味方の支援もほとんどない。多くの前衛は両翼の側面までしか展開しておらず、届くのは唯一のCAMの砲撃のみ。それすらも前面に展開する必要性から後列の側まで届く数は少ない。
「群れ過ぎだな。埒が明かない」
「焦るな。戦場は優勢に動いている」
 リアはメンカルの言葉で僅かばかり心を落ち着ける。通信の向こうからは砲撃の音が断続的に続いていた。浸透に失敗したと連絡があって以降、メンカルはリアの援護に余力を割いてくれている。その砲撃に随分助けられたが、ここでこのまま消極的な攻撃だけをしているわけにはいかない。彼の作戦は沙良と前後から挟みこんで攻撃する事に意味がある。
「なら、やるしかないか」
 チャージの完了までもうそれほど時間もない。一か八かでリアはテールスタビライザーを起動。スピニオンを前進させた。小型の羊は蹴散らし、中型の羊は重量を生かしたタックルで吹き飛ばす。スピニオンは強引な走行でベリアルまで残り20mまで迫った。しかしそれが限界だ。
 ベリアルの背を守る大型の羊がスピニオン目掛けて鎌を振り下ろす。スピニオンは切られるのも構わずドリルを正面に構え突撃した。鎌はスピニオンの左肩の装甲を両断するも動きは止まらず、ドリルは大型の羊の左胸上方を貫いた。血を噴き上げながらも羊は倒れない。それどころか武器を捨てて組み付いてくるだけの力を残していた。大型の羊だけではない。蹴散らした中型の羊もスピニオンを羽交い絞めにしようと集まってくる。
「くっ……。やってくれる!」
 大型の羊を左腕で殴り倒すが、中型2匹は止められない。機体が軋むのも構わず格闘戦に移行するが、ベリアルの魔砲発射は既に秒読みに入っている。
 スピニオンは間に合わない。代わりに砲撃の半分は合わせてくれる。沙良はこの段階で作戦の強硬を決めた。魔砲を止められるとすれば沙良のリリィ以外に手段がない。
「突撃します。援護を!」
 リリィはアクティブスラスターを機動。ブースターで水平噴射跳躍を行う。小型の羊は頭の上を通り抜け、中型以上はアクティブスラスターの機動力ですり抜ける。CAMデュミナスの機動力があればこその回避運動だ。推進力の弱いCAMドミニオンではここまで上手くはかわせまい。リリィは跳躍で正面よりベリアルに接近しつつも、 斬機刀「建御雷」を抜き放つ。噴射跳躍の速度を刀に乗せ、ベリアルの左足目掛けて斬撃を放った。
 稲妻の軌跡を描き、狙いたがわず刃は左足に命中。だがその皮膚を削り肉を抉るにとどまる。ベリアルの体は欠片も傾かない。ベリアルの脚は細いように見えて恐ろしく強靭だ。魔砲の強烈な反動をこらえるだけの強度がある。攻撃は失敗した。魔砲は防がれることなく、正面に向けて膨大なエネルギーが放たれる。
「メ"ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ" ェ"!!!!!」
 禍々しい赤い閃光が解き放たれる。沙良は直前に回避行動を取ってはいたが、衝撃の圏内から逃れることはできず、リリィは吹き飛ばされて宙を舞った。被害はそれだけでは済まない。赤い光は戦場そのものを切り開くように直線に進み、逃げ切れなかったハンターと騎士のうち何名かを木っ端のように吹き飛ばす。直撃する者こそ居なかったものの、衝撃の余波だけでも十分な破壊力であった。戦場に一時静寂が訪れた。
「沙良!!」
 仁川は恋人の名を叫ぶが返事がない。陣の奥深くの位置からでは助けに行くこともできない。中型2体を引き離し、急ぎ歪虚の陣を抜けようともがくが、敵の数が多く前に進めない。
「落ち着け! まだ生きてる!」
 聞こえたのはメンカルの声だった。どこから通信しているのかはわからないが、砲撃の音が妙に遠いように聞こえた。メンカルが言うには最低限命は助けられるとのことだった。腕や足がもげ、コクピットのある胴体付近も衝撃で凹んだリリィではあったが、幸いなことにコクピットブロックはぎりぎり原形をとどめていたらしく、メンカルの救助もそれで手早く済んだ。
 危険な状況には変わりないものの、十分治療に間に合わせることができるはずだ。
「安心しろ、リア。沙良は俺が面倒見といてやる」
 だから存分に戦え。リアはそれだけ聞くと、スピニオンを反転させる。もう無理に中心部に殴り込む必要は無い。スピニオンはこれまで見向きもしなかった小型目掛け、怒りに任せてドリルを振り下ろした。



 何事も思惑通りとはいかない。ベリアルへの接敵の失敗、魔砲の発射妨害に至ることは出来ず、ベリアルの魔砲はその後も充填され続けた。場合によっては一軍を壊滅させうる危機ではあったが、状況は人類側に味方した。混乱の拡大を意図して多数のハンターが歪虚陣内で戦っていた為、戦場は誰も把握できない程の混戦模様となっていた。
 加えて断続的に続く砲撃が爆音を上げ砂を巻き散らし、状況把握を一層困難としている。この状況下で2発目までは怒りに任せて魔砲を放ったベリアルであったが、王国軍を吹き飛ばす以上に味方を吹き飛ばしてしまい、差し引きでは劣勢に拍車をかける結果となっていた。
 慎重となった3発目以降は仲間の頭を飛び越えて撃つ程度の理性を取り戻していたが、同時に敵の頭も越えてしまうので思ったほどの成果も出ない。味方に自力の回避を要求することは出来ない上に、退避の命令を伝える手段も失いつつある。
 ベリアルは混乱の中で味方が次々と倒れていくのを、ただ黙って見守る他なかった。自身が前線に立って戦えば、まだ分散して戦う王国軍を各個撃破する事も出来たかもしれないが、人類相手に「本気を出す」ような真似はできない。それが歪虚ベリアルの限界でもあり、最大の敗因でもあった。
「ベリアル様、援軍が来ましたメェ」
「お…… おおお」
 部下の指さす先に現れたのは中央に配置していた友軍だ。随分と遅れたがこれで戦力が整う。ベリアルがそう喜色を浮かべる横で、部下達は急かすようにベリアルの背を押した。
「今のうちに急いで下さいメェ」
「今ならまだ逃げることが出来ますメェ」
 部下が何を言っているのか、ベリアルには理解出来なかった。



 戦域の中央で敵の主力を抑えていた味方部隊が撤退を始めていた。彼らはこの奇襲部隊よりも更に少数でより多くの部隊の足止めを担っている。戦力の都合上大きな期待はできなかったが、足止めしていた部隊が合流すれば戦場は苦しくなる。
「ど、どうしようミグちゃん!」
「ちゃん付けで呼ぶでないわ! 何が来ても同じじゃ。鉛をたっぷり食らわせてやるだけじゃよ」
 慌てるリュミアを通信機越しに一喝する。状況は悪いがまだ絶望する程でもない。どちらかと言えば問題は仲間の編成にあった。
 ベリアルの本隊に対しての砲撃を継続しなければならないが、研司がベリアルに対応すると機体を置いていったので手が足りていない。範囲攻撃を使う久延毘、アルファス、コントラルトが魔砲の衝撃波で戦闘不能となっており、前線の火力自体もかなり目減りしてしまった。
 騎士達や前衛となる戦士はまだ余力を残しているため、すぐさま戦線が瓦解することはないが、それも数の差で押され始めたら勝負は見えなくなる。この状況で砲撃火力の半減は痛いが、足止めしなければ状況は更に悪化する。
「リュミア、あれの先頭を狙い撃つのじゃ」
「了解だよ! そーれ!」
 リュミアの『カンナさん』が砲塔の角度を高く変えた。ここまでの砲撃でだいたいの測定は済んでいる。砲撃は覿面に効果を表した。部隊の前列が砲撃を警戒して止まると後列も徐々に動きを止める。事前にCAMによる砲撃と騎馬突撃の恐ろしさを見ていた歪虚軍は、砲撃を無視して突撃するという狂騒を維持することが出来なかった。じきに火力が目減りしていることにも気づくだろうが、今は時間稼ぎが必要だ。
「ミグちゃん! 大変だよ!」
「ちゃん付けするなと言うたぞ! 今度はなんじゃ!?」
「べりあるがいつもの場所に居ないの!」
「なに?」
 慌ててスコープをベリアルの居る本陣付近に合わせた。そこには変わらず大型は雁首揃えているが、ベリアルの姿は忽然と消えている。ベリアルの逃走は前線の特に奥深くに切り込んだ者達も確認していた。
「あいつ、逃げる気だわ」
 ベリアルの逃走に気づいたブラウが殺気立つ。ベリアルは巨体に釣り合わない足の割にはよく走る。背中は見る見るうちに遠くなるが、馬や幻獣の足なら追えないこともない。ウィンスやブラウ、葛音ら徒歩で戦っていた者は追撃の為に揃って騎乗する。騎士達からも場を放棄して追撃に移ろうとするものが多数出たが、周囲の殺気を一喝するようにジェフリーは声を張り上げた。
「追撃するな! 前面の敵の掃討に専念しろ!」
 刷り込みの行き届いた赤の隊の騎士は咄嗟に殺意を御す。だがリューのようにベリアルに恨みのあるハンターはすぐに承服は出来なかった。
「おい。ベリアルを逃がしていいのかよ?」
「構わん」
 現場指揮官に断言されては渋々でも納得せざるを得ない。首を取れと命令したのは彼だ。リューはその不満を上手に言葉で表現できるほど大人でもなかった。彼の沈黙に気づいた誠一は言葉と気持ちを引き継いだ。
「本当に逃して良いんですか? アレを逃がせば、また多くの人を不幸にする」
 ジェフリーはなんと答えようかと思案したが、セルジュが遮るように手を掲げた。ジェフリーの沈黙を肯定と受け取ったセルジュは続きの言葉を引き受けた。
「これはこれで良いのだと思います。ベリアルは大軍の長ですが、さっきの魔砲の使い方を見る限り有能な軍師とは言えません。自分の軍を無から生み出せる歪虚でもありませんから、この戦果はベリアルの手足をもいだも同然といえます。……ですよね?」
「そういうことだ。 次に会う時は、ここまでの手管や軍を使わずとも奴に手が届くということでもある」
 セルジュがわざわざ説明を勝手出たのには意味がある。この説明をして受け入れられ易いのは誰か、という問題があったのだ。ジェフリーも同じ騎士として歪虚に怒りを抱く者ではあるが、敬愛する身内を殺されているわけではない。その怒りは等価と見做されない事もあるのだ。そこまで気を回すほどリューは頑迷ではないにしても、赤の隊に残るくすぶりを消すためにも有効な言葉であった。
 セルジュは一礼すると場を譲った。2人はほぼ同年代ではあるが、これ以上発言をして指揮系統を乱すわけにはいかない。
「敵は今は勢いがある。適当にあしらえ。ベリアルが下がりきったら他も撤退に移るはずだ。追撃はそれからだ」
 ジェフリーは言いながらも、背後に目でもついているかのように背面から迫った敵を寸前で刺し殺す。ジェフリーが赤の隊の指揮に戻るのを見送り、ハンター達も敵の掃討に移った。敵は数を増して王国軍に襲いかかる。
 しかし既に歪虚側の士気は目に見えて衰えており、混乱に陣形を見出していた時よりも更に戦力は低下していた。やがて戦況はほどなくして大方の予想通り、歪虚が撤退を始めたことで大きく崩れ始める。明確な指揮官が不在の中での撤退は足並みが揃わない。足並みを揃えて撤退すれば被害もそこまで大きくならなかっただろうが、今はそれをするだけの人材も歪虚の中には存在しない。
 散り散りばらばらに逃げる歪虚との戦闘は一方的で、戦士達は草を刈るような容易さで次々と羊達を屠って行った。それは今までの脅威がウソのような殺戮であった。



 その日。大挙して押し寄せたベリアル傘下の歪虚は、そのかなりの軍勢を失った。首魁であるベリアルを逃してしまったものの、真っ当な野戦においてベリアルの軍勢を撃退したという事実は、王国にとってなにより明るいニュースとなった。

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MVP一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダールka0039
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司ka0569
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤーka0665
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクスka5783

重体一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガンka0471
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎ka1771
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファスka3312
  • 最強守護者の妹
    コントラルトka4753
  • 紅瞳の狙撃手
    夕凪 沙良ka5139

参加者一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    パリス
    パリス(ka0569unit002
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    リーリー
    リーリー(ka1771unit003
    ユニット|幻獣
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    クロハ
    紅狼刃(ka2419unit001
    ユニット|幻獣
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    グラニ
    グラニ(ka3312unit002
    ユニット|幻獣
  • 大地の救済者
    仁川 リア(ka3483
    人間(紅)|16才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    チョウジュウラセンスピニオン
    超重螺旋スピニオン(ka3483unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • 盾の騎士
    Serge・Dior(ka3569
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 轟雷の巫女
    七夜・真夕(ka3977
    人間(蒼)|17才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    クイン
    紅印(ka3977unit001
    ユニット|幻獣
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士
  • 非情なる狙撃手
    コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    リーリー
    レーフォロ(ka4753unit002
    ユニット|幻獣
  • 背徳の馨香
    ブラウ(ka4809
    ドワーフ|11才|女性|舞刀士
  • 紅瞳の狙撃手
    夕凪 沙良(ka5139
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    リリィ
    リリィ(ka5139unit001
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイルドハント
    -Wild Hunt-(ka5336unit002
    ユニット|幻獣
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka5338unit001
    ユニット|車両
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクス(ka5783
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン

    カンナさん(ka5783unit001
    ユニット|CAM
  • 碧落の矢
    ウィーダ・セリューザ(ka6076
    エルフ|17才|女性|猟撃士

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アイコン 相談卓
ウィンス・デイランダール(ka0039
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/11/13 17:16:31
アイコン 質問卓
夕凪 沙良(ka5139
人間(リアルブルー)|18才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/11/09 21:29:47
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/10 23:18:47