【旭影】消された過去

マスター:真柄葉

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/11/27 12:00
完成日
2016/12/05 06:17

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●民家
 少しだけ開かれた窓から隙間風が吹き込み、頬を撫でる。
「ここは……私の家?」
 見慣れた天井から視線を下ろすと、そこは随分と久しぶりに帰ってきた実家の部屋だった。
「おはよう、エミル君。気分はどうかな?」
 開け放たれたドアに背を預けた男装の麗人がノックと共に姿を見せる。
「あ、え……? あれ? どうしてここに居るの?」
「モンデュー! なんてことだっ! ボクが君の元に駆け付けるのに理由が必要だと思われていただなんて!」
 手で顔を覆いつつ早足で歩み寄り、ベッドの前でひざまずくと、上半身を起こしたエミルをじっと見つめる。
「君は5日も眠ったままだったんだよ。可愛らしい寝顔に思わず手と唇が伸びそうになったけど、残念ながらリット君に止められてね」
「あははは……」
 心底残念そうに語る麗人に、エミルは乾いた笑みを浮かべた。
「ほらほら、エミルさんが困っていますよ」
 エミルの手を取る麗人を困ったように見下ろし、灰瞳の男がベッドに近づいてくる。
「エミルさん、傷のお加減はどうですか? 痕は残らないと医者は言っていましたが――」
 ここまで言って言葉に詰まる男。
「大丈夫よ! あんまり覚えてないけど、この通りピンピン――つぅ……」
「無茶はほどほどに。裂傷と打撲だけといっても、すぐには治りませんから、今はしっかりと養生してください」
 力こぶを作ろうとして傷の痛みに悶えるエミルに、男は自らも救われたかのように優し気な笑みを返した。

●詰所
 格子のはめられた窓から日差しが差し込む。
 簡素な机には椅子が二つ。一つにはビウタが座り、対面には虚ろな表情の男が座っていた。
「聖導士達の治療の甲斐あって、一命を取り留めたそうだ」
 ドアの覗き窓から中の様子を見つつ、灰髪の男が呟いた。
「意外にしぶといのね。まぁ、この胸のもやもやを晴らす相手がいなくなっちゃ困るけど。それで? 素性はわかったのかしら?」
 ドアの前に腕を組む色黒の大男が眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げる。
「帝国元子爵の子息だと名乗っているが本当かどうか」
「どういう事やろか? 本人はんが名乗ってはるんやろ?」
 小柄な鬼の少女が不思議そうに首を傾げた。
「どうも随分と前に没落した家系らしい」
「没落貴族がエミルちゃんに何の用があったって言うのよ」
「お嫁はん探し、にしては物騒が過ぎますぇ」
 俺に言われても困ると困惑する灰髪の男に二人はずずいっと詰め寄る。
「エミルの家も元貴族らしいからな。因縁めいたものがあったのかもしれない」
 気だるげな雰囲気を纏う男が待合の椅子の上で欠伸と一緒に呟いた。
「因縁……えみるはんのお爺はんが関係してはるゆぅ事やろか」
「かもしれない。エミルは過去の因縁に巻き込まれたのかもしれないな」
 眠たげな目を擦る男の言葉に、皆が口をへの字に曲げた。
「お待たせ。逃げた連中に、ようやく当たりがついたわ」
 その時、廊下をハイヒールで音を刻みながらドワーフの男が歩いてくる。
「あの黒服連中、どうやら同盟の闇に巣食う集団のようね。名前は『鉛の釣鐘』少数だけど手練れ揃いって噂よ」
「その証拠に、あの夜、門兵を4人倒して街を出たみたいだ。その場に争った跡はなかったらしい」
 同伴した男が肩に担いだ術剣を揺らした。
「審問隊は警戒を強化すると言っていた。ほとぼりが冷めるまで戻ってくる事は無いだろうな」
「それって、冷めたら戻ってくるっていうことかしらん?」
「それはどうやろか。うちがあいつらにやられた時、『同盟の方が稼ぎがいい』みたいな事、話してはりましたぇ?」
「それは俺も聞いたが、毒を盛った二人が生きているとわかったら、もう一度消しに来る可能性もあると思うんだ」
 なるほどとハンター達の間に重い空気が流れる。
「とにかく、ここであれこれと詮索していても埒が明かない。一度エミルに確認してみよう」
 椅子から立ち上がった男が、くるりとハンター達を見渡した。

●実家
 ハンター達の視線を集めるエミルがうぬぬと首をひねる。
「君の家系にまつわる話を聞きたいんだよ。グロースハイデン家のね」
「え? なんでそれを知って…………さては、リットォォ……!」
「ひぃっ!?」
 麗人から飛び出した家名を聞き、エミルはリットに鬼の形相を向けた。
「怒らないでやってくれ。僕達が無理に聞き出したんだ。君を助ける為に」
 そんなリットを背に隠してやり、代わりに気だるげに構える男が首を垂れる。
「でも、そのお蔭であの貴族の坊やとの関係も見えてきそうなのよね」
「しかし、最後の一押しが足りないんですよ。よろしければ貴女のお爺様の話を聞かせてもらえないですか?」
 男は問いかけるように灰眼を向ける。
「うーん、ごめん、実は私もほとんど記憶がないのよね。8歳の時に死んじゃったし。あ、でもお爺様の部屋になら何かあるかも? そのまま残してあるんだけど」
 そう言って、エミルは家の奥を指さした。

「ここがそうだけど。変わったものなんて何もないわよ?」
 麗人の肩を借り、エミルが案内したのは家の一番奥まった部屋。
「亡くなってからはほとんど誰も入ってないから、何も変わってないと思うけど」
 少し埃の積もった部屋は綺麗に整頓され、祖父の死後、ここを使った者がいないのだとわかる。
「少し調べさせてもらうぞ?」
「ええ、どうぞ。台帳とか資料ばっかりで面白い物なんて何もないと思うけど……」
 エミルの許しを得て、ハンター達は部屋へと踏み入った。

「カレンダー? 随分と古い物のようね」
 壁に掛けられていたのは30年も前のカレンダー。
「綺麗に整頓されているな。随分と几帳面な人物だったようだ」
 壁全面に据え付けられている本棚には年代ごとに番号が振られていた。
「机はぁ、ペンと羊皮紙。うーん、どちらも変わった所はなさそうねぇ」
 使い込まれた万年筆と新品の羊皮紙が埃をかぶっている。
「これ銀やろか? 随分と素朴な感じのする首飾りやねぇ」
「あ、それ5歳の誕生日にお爺様から貰った奴だ。そんなところにあったんだ。見つけてくれてありがと!」
 机の引き出しから出てきたペンダントを受け取ると、エミルはそのまま首から下げる。

 その後もハンター達は部屋を捜索したが、特に変わったものを見つける事ができなかった。
「エミル、他に何か残されたものはないか?」
「残されたもの……うーん、この部屋の物は全部、お爺様のだけどそういうものじゃないのよね?」
「そうだな。もっと特別な、あんたの思い出に残る何か。例えば形見の品とかだな」
「ペンダント以外の形見の品かぁ……うーん……あっ。ちょっと待ってて!」
 ハッと何か思い出したのか、部屋を出て行ったエミルがしばらくして戻ってくる。
「えっと、これくらいかなぁ。お爺様に『失くしてはいけない』って言われたから、ずっと大切にしてたの」
 と、エミルが差し出したのは掌に収まる程の積み木だった。

リプレイ本文

●部屋
「えみるはん、主のおらんよぉになったお部屋でも掃除してあげへんと、お爺様悲しおすぇ?」
 着物の袖に襷を掛け、埃の積もった部屋を掃除する静玖(ka5980)に、管理者たるエミルは乾いた笑みを返した。
「確かにこの部屋の実情は美しくない。しかし、現状を維持していた。と考えればそう悪くないだろう」
言葉を詰まらせるエミルを他所に、ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992)は部屋を見渡す。
「ははぁん。さてはうるばんはんのお部屋もこんな感じやねぇ?」
「……部屋など寝れればそれでいい」
 腰に手を当て見上げる静玖の眼から視線を外し、ウルヴァンは棚から帳簿を手に取った。
「ウルヴァン君はもう少し人生に色を付けることをお勧めするよ」
 そんなウルヴァンをイルム=ローレ・エーレ(ka5113)は苦笑交じりに見つめる。
「それはさておき、お爺様は実に几帳面な方だったようだね。帳簿を付け始めた初年度はまだまだ青さが見受けられるけど、それも翌年には消え去っている。以降は見事なものだよ」
 めくる度に垣間見えるその人となり。残した帳簿からはその筆者の性格が伺えた。
 店を切り盛りし簿記にも精通するイルムからしても、エミルの祖父がつけた帳簿は簡素ながら実に正確に記されている。
「商売のお話は、うちにはよぉわからしまへんけど、この部屋を見れば几帳面やったゆぅんはよぉわかりますぇ」
 静玖が掃除した部屋は埃こそ積もっているものの、無駄なものが無く理路整然としおり、使用者の性格が十分に伺えた。

●リビング
 狭い部屋では収まりきらず、何人かは書類を持ち出しリビングでそれを広げていた。
「……30年前ねぇ」
 ジェシー=アルカナ(ka5880)書類の山から顔を上げ天井を仰ぎ見る。
「歪虚との争いが激化してきたころよね。帝国では先代皇帝と貴族が繁栄と腐敗を謳歌していた時代」
 ちらりと覗くカレンダーを見つつ、ジェシーが独り言ちた。
「一体、因縁はどこにあるのかしらね」
「因縁ねぇ。貴族社会はよく知らないが、随分ドロドロしてるみたいだな」
 すっかり傷の癒えた歩夢(ka5975)もまた、リビングに帳簿を捲る。
「家同士か、それとも個人同士かわからないけど、60年前に家名を捨て亡命してきた。まぁ、腐敗貴族にハメられたって線が妥当かなとね」
「で、その腐敗貴族が、あの男の家、か。まぁ、なんだ。かかわり合いたくはない世界だな」
 帳簿を捲る手は止めず、視線を下げつつ問答する二人。
「あたしだって御免よ。かかわるのは、あたしの『世界』で十分」
「あー、そっちの世界もできれば関わりたくないんだが……」
「関わり合いにならないなら、それに越した事は無いけど。ほら、捕まってないのもいるじゃない?」
「あー……なるほどなぁ。出来れば思い出したくないが……かかわってくる、か?」
「ちょっとは名の売れた連中みたいだしね。あのまま収穫なしに引き下がるかしら?」
「はぁ……さぁて、本ばっかり読んでないで、ちょっと、『外』の空気でも吸うかな」
 そう言って、歩夢は壁際まで歩くと窓を開け冷える空気に白い息を吐きかけると、窓枠にそっと符を置いた。

 延々と帳簿と向き合う時が数時間も続いたころ――。
「綺麗な立方体。金目(ka6190)、何か気付いたところない?」
 転がせばまるでいかさまダイスのように必ず同じ面が出る積み木を、ジェシーは金目に放り投げる。
「寄木のような細工は見えない。ということくらいか」
 わかるのはと、小声で添えて金目は積み木を机に置いた。
「これも、こうペンダントをはめ込めば、マテリアルの力でぱかっと空いたり……しませんよね」
 丑(ka4498)は借りていたエミルのペンダントを積み木の文字部分にはめ込んでみるが、当然変化はない。
「マテリアルの力は感じられないわよん。これは、ただの木工細工ねェ」
 そんな丑に、ルキハ・ラスティネイル(ka2633)は残念だったわねと肩をポンポンと叩く。
「しかし、不思議ね。どういう仕組みで傾くのから。文字を削る量を調整? 流石にそんな微量じゃ無理よね」
 手入れの行き届いた爪でジェシーはコツコツと積み木を小衝いた。
「文字……そうか、文字か!」
 そんなジェシーの仕草に、金目のひらめきが声とる。
「文字だ。文字を彫りこんで穴にしてあるんだ。そして、彫りこんだ穴に鉛などを流し込めば」
「いかさまダイスの出来上がり。なるほどね、今度作ってみようかしら」
「なぁに? 誰かに悪戯するつもり?」
 ルキハがとっても悪そうな笑みを浮かべる中、金目の解説は続く。
「あとは松脂と木くずを混ぜたもので埋める」
 木工細工は本職ではないものの、共に職人である二人から見ても非常に精巧に作られたそれには、確かに誰かの手が入った形跡が見て取れた。
「最後に文字に厚めの塗装を施せば……もう見た目では解らないわね」
「そういうことだ」
 積み木を見つめる金目とジェシーの二人が紡ぐ積み木の真実。一つの謎の解明に、二人の言葉にも熱がこもる。
「えーっと、この積み木の仕組みが分かったのは確かにすごいんでしょうが、それ今必要で?」
「まぁ、必要だとは思わないわねぇ?」
 丑とルキハにじとーっと見つめられ、コホンと咳払いした職人二人は帳簿を捲る作業へと戻っていった。

●休憩
「そもそもの話。エミルを拉致した男の言い分に正当性があるのなら、帝国の裁判所にでも訴えを起こせばいいのよ」
 紅茶の香りが広がるリビングで、皆の視線を受けながらルキハは続ける。
「でも、そうしないのはなんで? まぁ、そんなのは後ろ暗い事があるからに決まってるわよねぇ。きっと公になっては困る『モノ』なのよ。あの男が探しているものって。それは金銀財宝ではないかもしれないわ。資源のありかや機密情報なんかも『宝』足りうるしねぇ」
 紅茶を一啜り。ルキハはくるりと皆を見渡して。
「でも、あのお坊ちゃんはそれが財宝だと思っている。そうなんでしょ、金目ちゃん」
「ああ、取り調べでは一貫してそう言っていたそうだ。宝だ、金だ、お家復興だ、とな」
 個人的にビウタと連絡を取っていた金目が答える。
「グロースハイデン家は貴族だが下級だと聞いた。金銀財宝等とは無縁だと思うが……エミル、君の祖父は何か特別な技術を持っていたとか、そういうことはなかったのか?」
 ルキハの言葉通り、『価値』とは人の数だけ存在する。
「特別かどうかはわからないけど、お爺様は魔導エンジンの技師だったそうよ」
「魔導エンジン……60年前だと黎明期だな。それ以外に何か解る事は?」
「寡黙な人だったから、ほとんど自分の事は語らなかったわ……職人ってやっぱりそういうものなの?」
「……そういう職人も多いな」
 不意に質問を返され、金目は咄嗟にそう返した。
「それって、今の価値的にはどうなの?」
「僕も魔導エンジンに関してはそこまで詳しくないが、60年前の技術じゃ、今はほとんど価値がないと思う」
 技術革新目まぐるしいクリムゾンウエストにおいては、すでに骨董の域だ。金目はその線はないだろうと付け加えた。
「となるとエミルのお爺様の技術を手に入れようとした、って線は消えるかしらん?」
「……どうかな。正直、わからない」
 結局深まっただけの謎に二人は首をひねる。
「さぁさぁ、休憩中まで頭を使ってないで。これからもっともっと頭を使わないといけないんだからね」
 飲み終わったカップを片付けながら、イルムがはっぱをかけた。


 午後の作業が始まりさらに数時間が過ぎた。外には夜の帳が迫り、リットが部屋のランプに火を灯していく。
 この本棚に何かしらのヒントがあるのだろと思うものの、一人の商人が45年もの間に書き溜めた帳簿や資料は、膨大な量になる。
 砂漠で砂粒を探す作業にも似た感覚に、10人はうんざりとしていた。
「やはりこのカレンダーと積み木がキーなのだろうな」
 リビングに置かれた積み木と部屋に掛けられた暦を交互に見やり、ウルヴァンが呟く。
「必ず出る『M』が意味するのは、やっぱり月曜日か……? そうなると……1、8、15、22。で、29に当たる部分が消されてる」
 壁のカレンダーに歩夢が指を滑らせていった。
「消されたことに意味があるのか、それとも消したから無視しろということなのか。それによっても随分と意味合いが違ってくる……うーん、どうとでも取れるな、こりゃ」
「とりあえず、消された日付の帳簿から当たってみない?」
 首をひねる歩夢に、ジェシーが提案する。
「賛成。30年前の棚は確か26番だったね」
 すっと26の番号が刻まれた棚の前に移動したイルムから送られる視線に、エミルはこくりと頷いた。
「塗りつぶされた29は、やっぱり日にちかしらねぇ」
「7月29日の記録が載っている帳簿か。となると……これだな」
 金目が棚から帳簿を引っ張り出し、該当するページをめくり始める。
「……これも違いそうねぇ」
 しかし、何人もの目で見ても、そこに答えを見つけることはできなかった。

「積み木の『M』が月曜日、縦から順に1段目の8冊目。15ページの22行目。そして、『F』が金曜日を示すなら、5段目の12冊目、26ページ。行指定はなし……か?」
「1段目の8冊目っていうと、これか」
「5段目の12冊目は……これやね」
 ウルヴァンの新しい解釈を受け、歩夢と静玖が、該当する帳簿を二冊取る。二人はそれぞれをリビングと書斎の机に広げた。
 半数ずつに分かれ、指定されているであろうページをじっくりと見ていく。
「……うーん、変わった個所は無いように見えるんだけど」
「こちらも……特に変わった個所はないようだが」
 代わる代わる目を凝らし指定された箇所を読んでみるも、やはり変わった個所を見つける事ができない。
「……あれ? ここのすぺる間違っへんやろか?」
 と、静玖が指差したのは5段目にあった帳簿の方。鉱物を扱ったであろう項目にそれを見つけた。
「STEFL? なんだこれは、誤字か?」
 STEEL(鋼)と書くつもりだったのか、帳簿に記された品目の一つに誤字がある。
「オー! 流石だよ静玖君。よく見つけたね! きっとこれが隠された『F』だ!」
「へ?」
 たしかに違和感は覚えたが、それがいきなり核心をつくとは静玖も思っておらず、思わずイルムを見上げた。
「お爺様の帳簿を散々見たけど実に几帳面なお人だよ。ボクも見習いたいほどだね。そんな、超がつく程几帳面な人が扱ってきた商品の綴りを間違うだろうか? いや、間違えるはずがない!」
 自信というより確信にともいう勢いで拳を握るイルム。
「確かに……隠された『F』だという解釈もできるわねェ」
「だけどさ、これが隠された『F』だとして……それが何を意味するんだ?」
 そう問いかける歩夢に、皆は言葉に詰まり黙り込んだ。
「ちょっといいですかね? これなんですが」
 と、唸る皆に向け丑は預かっていたペンダントを差し出す。
「ペンダントにする前はただの銀細工だったということは――こう、くるっと回したりしませんかね?」
 かろうじて小指が入るリング部分に指を通し、空中で一回転させた。
「回す? どういうことだ?」
 くるくると銀細工を回す丑に、歩夢が問いかける。
「こういうことです」
 そう言ってニヤリと笑った丑は、帳簿に記されたFの文字に銀細工のリング部分を当てると、くるりと一回転させた。
「で、この二本の線が通る文字を順に読んでいくと――」
「丑君、少し待ってもらえるかい?」
 と、銀細工が指し示す文字を読もうと顔を近づける丑を、イルムが制す。
「それを読むに相応しい人間はこの場には一人しかいないよ。ねぇ、エミル君、読んで聞かせてくれるかい?」
 そう言って、イルムは固唾を飲んで見守っていたエミルの背を押した。

 ページに隠されたメッセージをエミルが読み終えるのを8人はじっと待つ。
「……」
 じっくりと時間をかけ、メッセージを読み終えたエミルは、嬉しさ、悲しさ、そして不安が混じり合う複雑な表情で皆を見渡した。
「何が書かれていたか聞いても?」
 いつもの歌劇じみたセリフ回しを封印し、イルムが問いかける。
「……真実は『匣』の中に」
「それだけなのかい? まいったな、また暗号か。お爺様はとことんボク達に優しくないと見える」
 示された暗号に、大仰にイルムが天を仰ぐ。
「真実……どういう事だ? 本当に宝でもあるのか?」
「記録かもしれないわね」
「匣って言うのは何の事やろ? この部屋に箱なんて……机は十分調べたぇ?」
 さらなる謎に困惑する皆を横目に見ながら、エミルは机に置かれた積み木を取り上げる。
「……ねぇ、丑、この積み木を斬ってくれない?」
「……形見なのでしょう?」
 願いの内容に丑は少し驚いたように聞き返した。
「いいの。お願い」
「……わかりました」
 それ以上何も聞かず頷いた丑は、玄関近くに立てかけてあった刀を持って机の上に置かれた積み木に向き合う。
「行きますよ」
 音もなく抜き放たれた刀身が光の残像を残し、横薙ぎに積み木に吸い込まれた。
「――あった。これだ」
 真っ二つに割られた積み木から顔を覗かせる小さな異物。エミルがナイフでゆっくりと掘り出すと、それは小さな紙の包みだった。
 エミルが包みをゆっくりと広げていくと、中から現れたのは色鮮やかな赤をした幾つもの欠片。
「これは、珊瑚? なんで、こんなものが入って……」
 職業柄、宝石を扱うことも多いジェシーが一目でそれを言い当てる。
「もしかして、これが『宝』に繋がるヒントなのか?」
「『宝』そのものかもしれないわ。珊瑚は宝石よ。大きく美しい物ならばかなりの価値になるわ」
「なぁに? やっぱり財宝はあったって事?」
「知識ゆぅ線もかんがえられるんとちやうやろか? 珊瑚の群生地でも知っとった、とか?」
「確かに、歪虚が跋扈する海域で宝石となるような良質な珊瑚が取れる場所があるならば、それは十分に『宝』になりうるだろうね」
 発見された珊瑚に皆が視線を奪われる中、ウルヴァンは端に置かれた包み紙に注目する。
「……まて、この包み紙何か書かれている。――この形、同盟領か」
 広げられた紙片には東南北を海に面した巨大な半島の絵が描かれていた。
「ほんで、この印が目的地ってわけやね」
 そんな同盟領と思しき地図の一点に記された目印を、静玖の小さな指が指し示す。
「そんな……それじゃ本当にお爺様は……その、他人のものを奪って……」
 ほとんど聞き取れない小さな呟き。
 祖父の残したメッセージには確かに『何か』がそこにある事を示唆している。
「まだそうと決まったわけじゃない。僕達はまだ真実に触れていないのだからな」
「そうだとも。エミル君、お爺様はこの場所に行けとお達しだよ。真実に触れろとね」
 落ち込む肩を金目に支えられたエミルに向けたイルムの言葉に、皆が深く頷いた。

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MVP一覧

  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイルka2633
  • 救済の宝飾職人
    ジェシー=アルカナka5880
  • 真実を照らし出す光
    歩夢ka5975

重体一覧

参加者一覧

  • 戦場の美学
    ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992
    人間(蒼)|28才|男性|機導師
  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイル(ka2633
    人間(紅)|25才|男性|魔術師
  • 真実を斬り拓く牙
    丑(ka4498
    人間(紅)|30才|男性|闘狩人
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 救済の宝飾職人
    ジェシー=アルカナ(ka5880
    ドワーフ|28才|男性|格闘士
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 機知の藍花
    静玖(ka5980
    鬼|11才|女性|符術師
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/24 21:25:13
アイコン エミル君に質問!(質問卓)
イルム=ローレ・エーレ(ka5113
人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/11/25 00:37:44
アイコン 暗号を解き明かそう!(相談卓)
イルム=ローレ・エーレ(ka5113
人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/11/26 22:54:50