ゲスト
(ka0000)
【猫譚】ユグディラ楽団 ~共に歓喜を~
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/04 12:00
- 完成日
- 2016/12/17 19:52
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●リンダールの森
ガンナ・エントラータに攻め込んだベリアルに対し、王国・ハンター・ユグディラの連合軍が勝利、これを撃退したという知らせは、遠く離れたリンダールの森にも伝わっていた。
この地にもユグディラが大勢暮らしており、法術陣の発動の際はこの地からも多くのユグディラが調査に赴いた。つまりユグディラの島に住まう女王とも関係がないわけではない。
よってこの報せが届いた時には、森のユグディラ達はこぞって歓喜した。
彼はそんな歓喜を抑えきれないユグディラの一人だった。
白い毛に青い眼の、高貴さを感じさせる見た目ではあったが好奇心旺盛な若い固体。また、ユグディラ並外れた行動力の持ち主だった。
彼はかつて人間との交流も経験していた。彼が纏っているマントも、懐に忍ばせているハーモニカも、普段から持ち歩いている幸運の実も、かつて体験した冒険の際に出会った人間達から贈られた物であった。ガンナ・エントラータからリンダールの森まで至る冒険の途中、出会った数々の人々は彼を幾度も助け、労ってくれた。
だから人間とユグディラが共に戦い、勝利を収めた、という報せは、彼にとって特別な意味を持っていた。
彼は、スノウと名乗っている。
雪のように白いことから、例の冒険で出会った人間のひとりにもらった名前だ。
スノウは全身で喜びを表現した。歌い、踊り、騒いだ。
それだけでは終わらなかった。
●王都イルダーナ
ある日ヘザー・スクロヴェーニ(kz0061)がバイク置き場にいくと、自分のバイクに何かモフモフしたものがくっついているのに気づいた。
「またこのパターンかッ!」
キジトラ・ハチワレ・クロのユグディラトリオだった。
超絶技巧でバイクを駆る三匹組、通称ユグディライダー。
キジトラがニャアとでも言うように右手を挙げる。すっかり馴染みの顔に対するやり取りである。
「何度も言うようだがキーを抜いているからいくら跨ろうがちっとも動かんのだぞッ」
対するヘザーは怒り顔でまくし立てた。おこと激おこの中間くらいの怒りである。
そんなヘザーのもとに、ハチワレがバイクから降りて歩み寄り、肩から提げている鞄から手紙を取り出して渡した。
ヘザーが読んでみると、そこには大量の肉球スタンプが押されていた。
「なになに……『前略ヘザー・スクロヴェーニ様 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。この度私どもは楽団を結成し、ガンナ・エントラータでの音楽祭に参加する運びとなりましたことをお知らせ申し上げます。つきましては人間の皆様と私どもで共演をするのはいかがだろうかと考えております。これまでの様々な事件を通しての築き上げられた人間とユグディラの友好を喜び、ますますの発展を祈るため、共に音楽を同じ舞台で音楽を奏でるという趣きです。是非ご一考下さい』……か」
「「「ニ゛ャー?!」」」
「こんなもん読めるかー!」というツッコミを期待していたユグディライダーはヘザーにボケ殺されて「なんで読めるんだー?!」といわんばかりの表情になった。
「王女殿下が音楽祭を開催すると言った時、私もあの場所にいたものでな。
せっかくお前達ユグディラとも縁ができたのだから、一緒に演奏することができれば、いろいろ感動的なムーヴメントになると思ったのだ!」
ヘザーの願望を口にしたまでの事だった。
「まさか、お前達も同じ考えでいるのか?」
ヘザーが問うとユグディライダーはバイクのシートに寝転がってだらーんとした。
「どっちだー!」
イエスでもノーでもニャーでもない答えが返ってきた。
するとヘザーの視界に不自然な映像が展開された。
王国全土の地図らしきものの一点に刺さった矢印。刺さっているのはリンダールの森だ。
続いて白い毛のユグディラの姿が映し出された。ヘザーには見覚えがあった。二度目のバイク窃盗事件を追っているときに出会ったユグディラだ。
次に楽器を持って並んでいる大勢のユグディラが映し出された。
「なるほど……お前達はメッセンジャーだったわけか。かれらが人間との共演を望んでいると?」
今度は頷いた。
「わかった。私に頼んだのは正解だ。
準備しよう。一週間後また私を訪ねてくれ!」
ユグディライダーは喜んだ。
そしてバイクに跨った。
「運転はさせんというに!」
ヘザーはいつかのようにユグディラをバイクから引き剥がした。
●次の日
「ガンナ・エントラータでの音楽祭……。
なるほど、まともな仕事ですね! プロデューサーにしては」
ラシェル・シェルミエルは言った。
彼女は主にハンター達を激励するためにヘザーがプロデュースしたアイドルである。プロデュースといっても資金もノウハウも芸能事務所も何もない状態でプロデュースなどと言い張っているので趣味の域と言って差し支え無い。まともに仕事したのはこれまでに二回くらいである。
「仕事自体はいい。しかし……俺達がバックダンサーってのは気に食わねえな」
そう言ったのはヴェレス。ハンターである傍らアイドル活動も行う男性六人組ユニット『ヒュペリ』のメンバーである。他の五人、リベル、ケプリ、ソール、ネイトの姿もある。彼らとヘザーはかつてギルドフォーラムの音楽ステージでちょっとした因縁があった。
「ヴェレス、勘違いするな。今回のコンセプトは『全員が主役』なんだ。ゆえにリードボーカルのラシェルも見せ場が終わったら引っ込む」
ヘザーはあくまで落ち着いて言った。
「どうせ蒼乱の展開にも着いて行けてなくて暇なのだろう」
「なんだと! てめえ! なんでそれを!」
余計なことを言って反感を買いもした。
「まあまあ。ごめんね、うちの若いのは血の気が多くてさあ」
「ソールてめえ、一つしか歳変わんねえだろうが」
「ヴェレス。ヘザーの話を聞こう。ね?」
ソールとリベルにたしなめられ、ヴェレスは黙った。
それを確認すると、ヘザーは今回の計画が人間とユグディラの共演である事を説明し、細部を語っていった。
「今回は演奏をユグディラ楽団に、ダンサーにヒュペリ、リードボーカルにラシェル、そしてコーラスにはハンター有志という編成で特別ユニットを組む。
演奏する曲は一曲。時間も考えるとこれが限度だろう。
さっきも言ったようにコンセプトは『全員が主役』だ。ユグディラの演奏が見せ場になる箇所、ダンスがメインになる場所、ラシェルがメインになる箇所、そしてコーラスのハンター一人一人にはそれぞれが自由な表現をする箇所を用意する」
ヘザーはそう言って、この場に集まったハンター達一人一人の顔を見ていった。
ハンターオフィスへの依頼に応じて集まったメンバー達だ。
「その内容は、君達が考えてくれ」
ガンナ・エントラータに攻め込んだベリアルに対し、王国・ハンター・ユグディラの連合軍が勝利、これを撃退したという知らせは、遠く離れたリンダールの森にも伝わっていた。
この地にもユグディラが大勢暮らしており、法術陣の発動の際はこの地からも多くのユグディラが調査に赴いた。つまりユグディラの島に住まう女王とも関係がないわけではない。
よってこの報せが届いた時には、森のユグディラ達はこぞって歓喜した。
彼はそんな歓喜を抑えきれないユグディラの一人だった。
白い毛に青い眼の、高貴さを感じさせる見た目ではあったが好奇心旺盛な若い固体。また、ユグディラ並外れた行動力の持ち主だった。
彼はかつて人間との交流も経験していた。彼が纏っているマントも、懐に忍ばせているハーモニカも、普段から持ち歩いている幸運の実も、かつて体験した冒険の際に出会った人間達から贈られた物であった。ガンナ・エントラータからリンダールの森まで至る冒険の途中、出会った数々の人々は彼を幾度も助け、労ってくれた。
だから人間とユグディラが共に戦い、勝利を収めた、という報せは、彼にとって特別な意味を持っていた。
彼は、スノウと名乗っている。
雪のように白いことから、例の冒険で出会った人間のひとりにもらった名前だ。
スノウは全身で喜びを表現した。歌い、踊り、騒いだ。
それだけでは終わらなかった。
●王都イルダーナ
ある日ヘザー・スクロヴェーニ(kz0061)がバイク置き場にいくと、自分のバイクに何かモフモフしたものがくっついているのに気づいた。
「またこのパターンかッ!」
キジトラ・ハチワレ・クロのユグディラトリオだった。
超絶技巧でバイクを駆る三匹組、通称ユグディライダー。
キジトラがニャアとでも言うように右手を挙げる。すっかり馴染みの顔に対するやり取りである。
「何度も言うようだがキーを抜いているからいくら跨ろうがちっとも動かんのだぞッ」
対するヘザーは怒り顔でまくし立てた。おこと激おこの中間くらいの怒りである。
そんなヘザーのもとに、ハチワレがバイクから降りて歩み寄り、肩から提げている鞄から手紙を取り出して渡した。
ヘザーが読んでみると、そこには大量の肉球スタンプが押されていた。
「なになに……『前略ヘザー・スクロヴェーニ様 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。この度私どもは楽団を結成し、ガンナ・エントラータでの音楽祭に参加する運びとなりましたことをお知らせ申し上げます。つきましては人間の皆様と私どもで共演をするのはいかがだろうかと考えております。これまでの様々な事件を通しての築き上げられた人間とユグディラの友好を喜び、ますますの発展を祈るため、共に音楽を同じ舞台で音楽を奏でるという趣きです。是非ご一考下さい』……か」
「「「ニ゛ャー?!」」」
「こんなもん読めるかー!」というツッコミを期待していたユグディライダーはヘザーにボケ殺されて「なんで読めるんだー?!」といわんばかりの表情になった。
「王女殿下が音楽祭を開催すると言った時、私もあの場所にいたものでな。
せっかくお前達ユグディラとも縁ができたのだから、一緒に演奏することができれば、いろいろ感動的なムーヴメントになると思ったのだ!」
ヘザーの願望を口にしたまでの事だった。
「まさか、お前達も同じ考えでいるのか?」
ヘザーが問うとユグディライダーはバイクのシートに寝転がってだらーんとした。
「どっちだー!」
イエスでもノーでもニャーでもない答えが返ってきた。
するとヘザーの視界に不自然な映像が展開された。
王国全土の地図らしきものの一点に刺さった矢印。刺さっているのはリンダールの森だ。
続いて白い毛のユグディラの姿が映し出された。ヘザーには見覚えがあった。二度目のバイク窃盗事件を追っているときに出会ったユグディラだ。
次に楽器を持って並んでいる大勢のユグディラが映し出された。
「なるほど……お前達はメッセンジャーだったわけか。かれらが人間との共演を望んでいると?」
今度は頷いた。
「わかった。私に頼んだのは正解だ。
準備しよう。一週間後また私を訪ねてくれ!」
ユグディライダーは喜んだ。
そしてバイクに跨った。
「運転はさせんというに!」
ヘザーはいつかのようにユグディラをバイクから引き剥がした。
●次の日
「ガンナ・エントラータでの音楽祭……。
なるほど、まともな仕事ですね! プロデューサーにしては」
ラシェル・シェルミエルは言った。
彼女は主にハンター達を激励するためにヘザーがプロデュースしたアイドルである。プロデュースといっても資金もノウハウも芸能事務所も何もない状態でプロデュースなどと言い張っているので趣味の域と言って差し支え無い。まともに仕事したのはこれまでに二回くらいである。
「仕事自体はいい。しかし……俺達がバックダンサーってのは気に食わねえな」
そう言ったのはヴェレス。ハンターである傍らアイドル活動も行う男性六人組ユニット『ヒュペリ』のメンバーである。他の五人、リベル、ケプリ、ソール、ネイトの姿もある。彼らとヘザーはかつてギルドフォーラムの音楽ステージでちょっとした因縁があった。
「ヴェレス、勘違いするな。今回のコンセプトは『全員が主役』なんだ。ゆえにリードボーカルのラシェルも見せ場が終わったら引っ込む」
ヘザーはあくまで落ち着いて言った。
「どうせ蒼乱の展開にも着いて行けてなくて暇なのだろう」
「なんだと! てめえ! なんでそれを!」
余計なことを言って反感を買いもした。
「まあまあ。ごめんね、うちの若いのは血の気が多くてさあ」
「ソールてめえ、一つしか歳変わんねえだろうが」
「ヴェレス。ヘザーの話を聞こう。ね?」
ソールとリベルにたしなめられ、ヴェレスは黙った。
それを確認すると、ヘザーは今回の計画が人間とユグディラの共演である事を説明し、細部を語っていった。
「今回は演奏をユグディラ楽団に、ダンサーにヒュペリ、リードボーカルにラシェル、そしてコーラスにはハンター有志という編成で特別ユニットを組む。
演奏する曲は一曲。時間も考えるとこれが限度だろう。
さっきも言ったようにコンセプトは『全員が主役』だ。ユグディラの演奏が見せ場になる箇所、ダンスがメインになる場所、ラシェルがメインになる箇所、そしてコーラスのハンター一人一人にはそれぞれが自由な表現をする箇所を用意する」
ヘザーはそう言って、この場に集まったハンター達一人一人の顔を見ていった。
ハンターオフィスへの依頼に応じて集まったメンバー達だ。
「その内容は、君達が考えてくれ」
リプレイ本文
●演奏前MC
システィーナ王女主催・音楽祭当日。
ここ野外ステージでは王女が高らかに開催を宣言してからというもの、すでに何組かが演奏を終え、ついに『リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志』の番が回ってこようとしていた。
客席は既に一杯だ。珍しいユグディラの演奏を心待ちにしている人も多いが、それ以外が目当ての人も、『ほんとにユグディラが演奏なんてできるのか?』と懐疑的な人もあった。
「リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志です! よろしく!」
舞台上で楽団が楽器を並べる最中、二人が前に出て観客に向けて呼びかけた。
ヘザー・スクロヴェーニ(kz0061)とミコト=S=レグルス(ka3953)だった。
ヘザーは今回ユグディラ楽団と共演することになった顛末を語ってから、
「――さて、演奏の前にこちらのミコトちゃんから皆さんにお願いがあるそうです」
傍らのミコトに話を振った(普段より余所行きの口調だ)。
「えと……今回は曲の途中でうちらハンターの一人一人がソロパートを担当する箇所があるんですけど、
みんなで歌ったらきっと楽しいと思うんです! だから観客のみなさんにも一緒に歌ってほしいなって!
うちが前に出てきたら、こうやって合図しますから、手拍子と歌をお願いしたいんですよっ!」
ミコトはしばらく合図と手拍子、それから歌詞を観客に説明し、少し練習してみた。
「そう! そうっ! みなさんとってもお上手で……安心ですっ!」
悪くない反応が返ってきた。
「参加した方が絶対楽しいですからね! 皆さんも是非アクションしていってください! さて――」
ヘザーはセッティングが終わるまでトークで繋ぐ。ハンター活動の日々から無理矢理話題をひねり出した軽快と言うよりは力任せのトークだった。
「いやー水牛に荷台をねー……え? おっとみなさん、どうやら準備が完了したようです」
知らせに来たメンバーの一人からどんな話をしていたんだという顔をされた。
「では……新しく始まった人とユグディラの世界、どうぞ最後までお楽しみ下さい」
●リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志による演奏『共に歓喜を』
舞台上に並んだユグディラ達数十と、同じ列にコーラスのハンター有志。最前列にはラシェルとヒュペリの姿がある。
中央には指揮台が置かれ、舞台の前のほうはスペースが空いていた。一番最後にやってきたユグディラの指揮者は観客席に一礼してから、演奏者達の方を向いた。
静寂の中、指揮者がタクトを振った。
木管楽器が、弦楽器が、打楽器がそれぞれ違ったタイミングで演奏を始める。それはまるでいくつもの曲を同時に演奏しているかのように曲調もリズムもばらばらな曲だった。だというのに、決して耳障りではない。不思議に調和している。
突如として、鳴り響く打楽器の連打にすべての曲がかき消された。
その中から、一つの旋律が生まれた。弦楽器がそれを奏で、やがて他の楽器も加わって一つの流れを作っていく。それは交響曲の始まりを告げるに相応しい勇壮な曲となった。
それまでばらばらな方向を向いて生きていたユグディラ達と人間達。それらが一つの方向性を持つようになっていく。そういう流れだった。
それはしかし、突如として停止する。
打楽器が稲妻のように鳴り響き、弦楽器が重々しいメロディを奏でる。
そして一拍の休符の後に、澄んだ声が高らかに響き渡った。
リードボーカルのラシェルであった。澄んだ声ではあったがネガティブな音色だった。
そしてハンター有志によるコーラスが歌い始めた。
地の底から響くような低音のコーラスだった。
全体的におどろおどろしい。
なぜこのような展開になったのか……
観客が抱いた疑問はすぐに氷解することになる。
舞台上に、羊の被り物を被り、胸と腰をウールで覆ったものが二人、槍を掲げて大股に上がってきた。
明らかに歪虚を模している。
曲がだんだん怪しげな雰囲気を帯び始めた。
歪虚もどきは舞台前方で、曲に合わせて挑発的な態度で自分達の姿を誇示する。
プリミティブな原人めいた動きだった。
うちの一人が舞台の上手側を指差す。
そこにはいつの間にかキジトラ・ハチワレ・クロのユグディラトリオがいた。
コミカルな音楽が流れ、歪虚もどきふたりはそれを追いかけていく。ユグディラ達は逃げて舞台袖に引っ込む。歪虚もどきも引っ込む。
反対側から出てきた。
歪虚もどきに回り込まれるユグディラ。
危機一髪……ここで、音楽は止んだ。
突如として映画のアクションシーンのような勢いのある曲が流れた。
電子音によって構成されたそれはユグディラの演奏ではない。キララとイスカ姉妹――星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)によるものだった。イスカはギターで、キララはキーボードと鈴・フルート・ハープを疾影士のスキルをフルに使って一人で担当するという超絶技巧を駆使している。
演奏法方も超絶なら、曲調も超絶だ。独特としか言いようのない曲を弾いている。
そして、曲とともにレオと蒼――瀬織 怜皇(ka0684)と神薙 蒼(ka5903)が飛び出し、歪虚もどきとユグディラの間に割って入った。
二人は得物を構え、歪虚もどきと向き合った。歪虚もどきもまた応戦の構えを見せる。
わずかな間の睨み合いの後、打ち合いがはじまった。蒼はダイナミックな動きと共に如意金箍棒を振るい、レオは動きの所々で身体に電流を纏わせたりしている。歪虚もどきも一歩も引かず、アクロバティックな動きを見せたり二本同時の機導剣を使いこなしたりしている。二人ずつ一対一になり、右へ左へ飛び回り、目にも止まらぬ動きで技を応酬する。魅せることに重点が置かれた動きだ。実戦よりも迫力がある。
レオの一撃を避けた歪虚もどきが、大きく体勢を崩して演奏者側に行った。あわや衝突かというところで、その先にいたキララが一瞬楽器から手を離して立ち上がると、歪虚もどきの身体を手で止めてから正面に回りこみ、腹パンをお見舞いする。クリーンヒット。歪虚もどきはその場にうずくまった。もう一人の歪虚もどきも、蒼に成敗されて床にうずくまっていた。
曲調が明るくなった。襲われていたユグディラが前に出て踊り始めた。それぞれ腕を組んで脚を上げるラインダンスだ。
ユグディラ達は蒼とレオにもやるよう促す。二人は戸惑いつつもユグディラに並んで一緒に踊った。
同時にイスカが前に出て歌った。
「♪晴れやかな日々 リズムに乗せ
趣くままに 旅に出よう
幻想にゃん物語 ここに開幕……♪」
さあ、ここからが本番だ。
すべての音が止んだ。
ジルボ(ka1732)とスノウだけが前に出る。
ふたりは背中合わせに座った。
かつて、人とユグディラの間には、もっと距離が開いていた。
しかし、今は違う。
二人の背中は重なっている。
両者の楽器はハーモニカだ。
まず、ジルボがワンフレーズ吹いた。
それが終わると、スノウが吹いた。
旅の空を見上げるような気分になる曲だった。
二人の演奏は重なり合い、完全にひとつとなった……。
――俺達は楽しみを共有できる。それで充分なんだろう。
――僕もそう思う。君達と出会えて良かった。
背中越しに伝わる体温。
音楽はどこまでも広がっていく。
いくつかの戦いを経た出会い。
その喜びをハンター達はそれぞれのやり方で表現する。
ジルボとスノウの曲が終わり、万雷の拍手に見送られて演奏者の列に戻ると、入れ替わりに央崎 遥華(ka5644)が前に出た。
白銀のレスポールタイプのギターを奏で、遥華は歌い始めた。
ジルボとスノウの想いを継ぐように。
想いは音と共に重なっていく。
「言葉がなくたって想いは伝わるよ
キミといる時間 集めたいから
もう一度会おうね あの場所で
キミと見たビジョン 忘れないから」
歌声は、高らかに空へと昇っていく。
それから遥華はこの曲の主題を弾いた。
続いてマリィア・バルデス(ka5848)が前に出ていた。印象的なミニスカサンタ服に身を包んだ彼女は、遥華の演奏に重なるように、ヴァイオリンで主題を弾く。
何度も主題が繰り返され、次第にアップテンポになり、マリィアはステップを踏むようになる。やがて軽快な曲になった。
ヒュペリが前に出てリズミカルなステップを刻み、コーラスも身体を揺らす。
ユグディラ達も楽器から離れ、輪になったり列になったりして踊っている。
マリィアは情熱的に、しかし笑顔で自分のパートを弾ききった。優雅に一礼して列へと戻っていく。
拍手も鳴り止まない中、婆(ka6451)が舞台下手に置かれている和太鼓の前へと移動した。
一瞬の静寂の間に気合いを入れ、太鼓を叩く。
勇壮な律動が空間を支配した。
ヒュペリのダンスも、それに合わせて勇壮なものになっている。
東方の太鼓。鬼の太鼓。
それもまたユグディラ同様、王国の人々にとって珍しいと共に、かつて離れていたが今は繋がっている絆の象徴でもあった。
天まで届け。地を鳴らせ。
良きものが流れ、巡り、回るように。
婆は一心不乱に太鼓を叩き続けた。
燃え上がるような勇壮な太鼓の演舞が終わると、間髪を入れず雷鳴のようなギターが鳴り響いた。
ヘビーメタル。異世界から異世界へ。
まさにハンターらしい曲の移り変わりと言えた。
演奏はデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
完璧魔黒暗黒皇帝デスドクロ・ザ・ブラックホールである。
唐突な変化だったが、駆け巡る旋律はまさしく主題であり、無理のない範囲でのイメージの変化であった。
ヒュペリも切り替えてヘッドバンキングしたり、空に向かってシャウトしたり、エアギターをかき鳴らしたりしている。
破壊的なギターの音色に乗せて、デスドクロは熱く歌う。
その音楽は世界の枠組みを壊すイヴィルダーク・サンダーストーム。
天を仰ぎ、野獣のように吠え、そしてギターを振り下ろし最後の一音を叩きつけた。
音と音の合間、わずかな静寂から、
生まれた旋律は微かだった。
それは南洋のマーメイドが奏でるハープの音色。
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は、蒼い人魚の装いで幻想的な音色を奏でた。
彼女の周りだけ霧がかかっている。朝の海にかかる霧の中にわずかに見える人魚の姿のように儚い。
人魚は人知れず皆が幸せであるよう祈り、曲を奏でる。
そんな穏やかで神聖な光景がここに存在した。
よく見るとわかることだが、ユグディラを模した人形(実際は杖)が傍らに立てかけられている。
さりげなく演出された彼女の愛だった。
泡になって消えるかのように、ハープの音色は消えた。
そして再びデスドクロのギターが吠えた。
同時に婆の太鼓も火を噴いた。
マリィアのヴァイオリンも駆け出し、遥華のギターも歌い出した。いつの間にかヴィルマのハープも見え隠れしている。
イスカの歌声、キララのキーボードとフルートとハープと鈴下駄も息を吹き返した(キララは分身しているように見えた)。
やがてユグディラ楽団が演奏を開始した。
喜び歌い踊る祭りの音色。
「ふたりは」「ゆぐペア!」
まるごとゆぐでぃらに身を包んだリラ(ka5679)とアリア(ka2394)が、列から飛び出した。
演奏に加わっていないユグディラも前に出て歌い出す。
「にゃん、にゃん、にゃん♪
ねっこ、ねっこ、だいすき、にゃーにゃーにゃー♪」
本当の仔猫のように愛くるしい仕草のふたり。
元気が弾ける。明るく歌う。
咲き乱れる笑顔は間違いなく人とユグディラが共に戦い勝ち取ったものだ。
今はこの喜びを、皆と分かち合おう――!
リラ、アリア、ユグディラたち、そしてヒュペリが一旦センターに集まり、割れるように二手に別れた。
その間から、ケイ(ka4032)が堂々たる態度で前に出て、センターに立った。
両手に持っている何かを掲げ、観客にアピールする。
そして充分に注目を引くと、それでジャグリングを始める。
音楽がわずかに緊張感を帯びる。横でリラとアリアが驚きを一身に表し、ヒュペリは応援するような動きをしている。ユグディラたちはジャグリングされる物を目で追って、首ごと動かしている。それも全員が一斉に。
そんな中ケイはまるで動じずに、笑顔でジャグリングを続けていく。
投げきった、全て受け止めた流れ星七枚組!
ケイは一礼して、観客席に手を振ってから列へと戻った。
入れ替わりにマルカ・アニチキン(ka2542)が前に出てくる。
センターに立ち一礼、真剣な表情になる。
音楽もさらに緊張を帯びたものになった。
目を閉じ、脳内でイメージを描く。何度も。何度も。
万感の思いを込めて、マルカは両手を上に向ける。
その掌からそれぞれ冷気の塊が発射され、それらは上空でぶつかり合った。
そして、一瞬――
巨大な雪の結晶が上空に現れた。
その奇跡は儚く消え、光り輝く細かい欠片が、周囲に降り注いだ。
煌めく光のシャワーだった。
音楽は一転して張り詰めたものになる。
マルカが一礼して列に戻り、アーク・フォーサイス(ka6568)が前へと出た。
着物姿で、太刀を佩いている。
アークは自然体から、腰を落した構えになり、足音がするほどに強く踏み込んだ。
そして体捌きのような動作を取る。
その眼差し、立ち姿は、刃物のように鋭い。
気合と共に手を太刀のもとに持って行く。
充填された気合を解き放つように、抜き放った。
太刀は陽光を浴びて炎のように煌めいた。
円運動。右から左へ。
太刀が翻る度に光が奔る。
納刀、息を深く吸い込み、抜刀。
刃を上げた姿を誇示する。
現すは心、剣に顕れる心。
亡き師匠を思いながら。
アークの姿はそのままに、音楽は加速していく。
最大限の盛り上がりを迎え、弦楽器・木管楽器の高音と打楽器の連打で、一気に締めた。
万雷の拍手の中、納刀して列に帰るアーク。
曲は止まったままだ。
舞台横からユグディラの着ぐるみ姿の男が現れた。
ザレム・アズール(ka0878)だった。
道化師のようなおどけた仕草でヨーヨーを弄びながらヘラヘラ笑っている。キジトラ・ハチワレ・クロの三匹がそれにじゃれつく。ノーテンキにへのカッパである。これがレベル70の余裕なのか。
ザレムは精一杯もったいぶって懐からPDAを取り出した。操作してから頭上に掲げる。
そこから流れたのはメジャーなクラシックの名曲の合唱パート。
ただし全部ザレムの声で歌詞は「ニャー」だ。
それがワンフレーズ終わると、
突然、全てのユグディラが立ち上がった。
そして、全てのユグディラが歌い出した。
それはどんな楽器ともどんな歌声とも違う幻想的なのに親しみが持てる不思議な合唱。
音楽が出来て声が出せる生き物なのだから、当然歌うことが出来る。
しかしこれほどの数のユグディラが一同に集まって歌うなど……王国の記録にあったであろうか……。
昼だというのに月が見える……妖しくも美しく輝く月だ……
聞く者たちが見たそれは、幻術の効果なのか?
それとも純粋な音楽のちからだったのか。
月に(そう、月に)
ヴェールが掛かるように、オカリナの音色が流れた。
それは猫の声の大合唱と溶け合うようにひとつになった。
奏者はルーシーことアルス・テオ・ルシフィール(ka6245)。
このエルフの少女から猫の耳としっぽが付いているように見えるのは幻覚ではない。
霊闘士だからというのが理由だが、それよりも、この猫の大合唱というシチュエーションにあまりに似つかわしいからと言った方が説得力があるだろう。
両隣には彼女の飼い猫とパルムが一緒に歌っている。
猫が正確に歌っている。パルムまで猫の声になっている。
錯覚だろうか。
猫の妖精のようなルーシーの奏でる音色は清らかで甘く、それがユグディラ達の合唱にフュージョンしてマジカルでメルヘンなミラクルにイリュージョンしている。
それは理屈の手で掴もうとするとすりぬける形のない何かだ。ゆえに言葉でうまく表すことが出来ないのだった。
ルーシーがオカリナの演奏を終えて、傍に置いていた、背丈より60cmも高いテント・ン・ユグディラを一振りすると、
「にゃーん」という声と共に、観客・奏者は、昼下がりのガンナ・エントラータに戻った。
観客たちがハッと我に帰るとほぼ同時に、楽器をふたたび手に取ったユグディラ達が演奏を開始した。
打楽器の連打、弦楽器・木管楽器の低音から高音へ突き上げる旋律から始まる。
ミコトが前に出て観客席に呼びかけた。開始直前にやっていた合図だ。
「さあ、後に続いてください!」
音楽に合わせて手拍子。ミコトが手拍子すると、観客も同じように手拍子を返す。
ミコトはステージを跳ね回りながら、手拍子を繰り返していく。その度に観客は応えてくれた。
それからミコトは歌った。誰でも知っているクリスマスソングだ。ワンフレーズ歌うと観客席にマイクを向ける。すると次のフレーズを観客が歌う。
「みんなで歌うのって、楽しいですねっ!」
「ちょっと待ったぁぁ~~~~!!!」
突如としてディーナ・フェルミ(ka5843)が割り込んできた。
「もーろーびとー こぞーりーてー
たたーえまーつyeah~~~~~~~~!!!」
ギターをかき鳴らしてクリスマスソングのつづきをシャウトで歌う。
ハプニングだ。
ミコトも観客も呆然とする。
「ロックandロール! ロックandロール!
クーリースーマスー」
脇目もふらず熱唱するディーナ。何時の間にか違う曲になっている。
ユグディラの演奏も止まっていた。
「サンキュウ!」
そして一曲のサビ部分を歌い終わって右手を天に突き上げる。
静寂。
みんな呆然としてディーナを見ている。
ディーナはそれに気づき、なんだか気まずそうな表情になる。
うろたえるディーナの横からラシェルが近寄ってきて、肩を叩く。
魔導マイクをディーナに向ける。
ここでユグディラ楽団演奏再開。
ディーナとラシェル、そしてまだ前にいたミコトは三人でマイクに向かって歌った。
ワンフレーズ歌い終わるとハンター達は全員前に出た。
音楽は再び主題を奏でる。
ハンター達は観客に向かって、これが最後の熱唱とばかりに歌った。
ユグディラ達の演奏も加速していく。
指揮者が激しくタクトを振る。
コーラスは高音のフェルマータを三回繰り返し、弦楽器と木管楽器は高速で主題を繰り返した。打楽器が激しく連打され、全ての楽器が音を打つ……一度……二度……三度の音で指揮者は曲の終わりを告げた。楽器もコーラスも同時に止まり、一瞬にして静寂が支配した。
そして、盛大な拍手が鳴り響いた。
●楽屋裏 ~演奏終了後特有のテンション~
音楽祭は他の参加者もいる関係上アンコールはない。
そのため一同は終了後は一旦楽屋に引っ込む以外なかった。
本番直後のテンションというのは人を変える。
必見である。
ここで、楽屋裏で異様にテンションの高い一行の様子を見てみよう……。
「ソール、妙な役を引き受けさせてしまって済まなかったな」
「なあに、いいって事さ! 皆の為になるなら喜んで」
ヘザーとヒュペリのソールが話しているのは、歪虚もどきが出てくる辺りの演出のことだ。
中の人はこの二人である。
「キララ。いいパンチだったぞ!」
「おぬしこそ、いい手応えじゃった!」
キララとの音楽とはまるで関係ないやりとりもあった。
「しっかし俺の提案があんな風になるとはなー」
蒼が言った。演出はハンター達の希望を元に一人一人案を聞いてヘザーが決めたものだった。もともと蒼の提案は『ユグディラを相手に演舞をする』というものだったが、ユグディラでは蒼の動きについていけないという問題からヘザーとソールが相手をする展開に書き換えられた。
「人間とユグディラが手を取り合い、歪虚を倒したという実際の流れを組み込みたかったというのもある」
「ユグディラもふりに行こうぞ」
「わーい、ずっと楽しみにしてたのです!」
「もふもふは正義です、ええ」
演出について語ろうとするヘザーには目もくれずキララはユグディラの所へ向かう。それにイスカとレオも続いた。
「……」
「そういうのは聞かれもしないのに語るもんじゃねぇだろ」
「おおデスドクロ! 今回は世話になった」
ヘザーはデスドクロとも話をしたが、その際の彼の『音楽的な正しさよりも陽気に楽しく、それこそ観客まで歌い出したくなるようなノリで良いんじゃねぇか』という言葉がヘザーの気持ちを助けた。
「この俺様が力を貸すんだ。ハンパな演出をされるわけにはいかんからな!」
「機会があれば、ぜひ感想を聞かせて欲しい」
デスドクロは典型的な悪役笑いで応えた。
「ほっほ、若い人が元気だと嬉しくなるのう」
「おお、婆さんもいい演奏だったぞ!」
何気なく視線を交わした婆とヘザー。穏やかに笑う婆にヘザーはサムズアップする。
「これであのお方も喜んでくれると良いのう……なんと言ったかの、ほれ…………猫の御大将」
「猫の御大将」
この呼び方はしばらくヘザーの中で定着することになる。
楽屋の壁ではディーナが壁にもたれてへたり込んでいた。
「やりきったの……」
音楽だというのに何故か宴会芸のノウハウを適用してしまった彼女だが、全体としては面白い要素を足してくれたと、演出のヘザーは思っていた。
「笑いの神の祝福あれ!」
「なんなのー……もぉー……」
これも聖導士のあり方なのだろう、多分。
マルカは虚空に視線を巡らせて思いを馳せていた。
かつて見た、月夜の下でのユグディラの宴を思い返していた。今日の演奏はその時の感じに似ていた。あの時もスノウはハーモニカを吹いていた。
思えばあの時より曲が形になっていた。ジルボの演奏と並べて遜色がないくらいに。練習したのだろうか。
……などと考えながら、幸せな気持ちになっていた。
そのジルボは、今まさにスノウと語らっていた。互いの気持ちは一緒に演奏したことで分かり合えたので、これから一緒にしたいことを語らっていた。語らっていたといってもユグディラはイメージで意志を疎通するのだが。
「なんでそんなに人間の食生活に詳しいんだよ……なに? マジか? お前、メシ貰いすぎだよ」
まずは食欲から入るあたり、大方のイメージ通りであった。
ハンター達の中にはユグディラとの付き合いが短くない者も少なくない。ミコトなどはヘザーが最初にユグディラにバイクを盗まれた時からの関わりだ。
「思い出します……公園で戯れたり、森の中で出会ったり、盗んだバイクで走り出したのを追いかけたり、歪虚に捕まった子達を助けたり、ユグディラの島に行ったりもしましたね……」
「俺も、歪虚からユグディラを助けたことがある。羊の歪虚だったよ」
アークもかつての戦いの話をした。あれはベリアル配下の歪虚だった。
「知っておるか? 女の下着を好んで盗むユグディラがおるのじゃ……」
「フライングシスティーナ号の時の話ですね」
ヴィルマと遥華もかつて出会ったユグディラのことを思い返していた。
ハンター達は思い出話に花を咲かす。
今日はユグディラがらみの一連の事件に決着が付いた日と言ってもよい。かれらは大いに貢献した。あの日々は今日に繋がっていて、また未来へと繋がっていくのだろう。
やはりユグディラはもふもふして丸っこくてつぶらな瞳と、小動物特有の愛らしさがあることは否めなかった。
ある種の者にとっては触りたくなったり餌付けしたくなったりすることは抗い難い本能なのである。
「そんな理屈はどうでもいいんだ、ヘザー!」
「病的だな……」
ヘザーとともにユグディラを労いにユグディラ控え室にきたはずのザレムがユグディラのもふもふに大いに酔いしれていた。
「私は……あっちの方が……」
ヘザーの視線の先にはユグディラと戯れるリラとアリアの姿があった。
「普段から王女殿下一筋といってはばからない私であるが……ああも愛らしい少女達が無邪気で無防備な姿を晒しているのは……」
「逃げるんだ君達!」
「どうしたんですか? ザレムさん」
病的である。
ちゃんとユグディラを労う人間も存在していた。ケイである。
「あいたたた……ケイさんそろそろ腕つりそうよ! でも頑張るわ!」
ジャグリングがユグディラたちにいたく好評だったので、ケイの所にはユグディラがたくさん群がってきた。おかけでケイはさっきから投げっぱなしである。
ユグディラ達は一列に並んで、ジャグリングされる物を目で追っている。首ごと動いている。それも全員がまったく同じように。
しかもユグディラ達にルーシーが混じって、同じように首を動かしている。
まるで違和感がなかった。
「むしろあなた達の方が面白いわよ!?」
「にゃーん」
ユグディラ達と喝采を送るルーシーだった。
観客席ではマリィアがホットワインを片手に他の参加者の演奏を聞いていた。
ミニスカサンタ服で脚を組んで座るマリィア。
風物詩である。
集まってくる視線を感じながら、ステージから聞こえてくる小粋なギターの音色に耳を傾けていた。
風は流石に冷たいが、それも何故か心地良く感じた。
これから、いくつもの演奏者達がここで想いを表現していくのだろう。
それは今を生きるものに許されたこと。
自らが生きた証だ。
それらが集まって、生のマテリアルは高まる。高まってゆく。
音楽祭は続いていく……。
システィーナ王女主催・音楽祭当日。
ここ野外ステージでは王女が高らかに開催を宣言してからというもの、すでに何組かが演奏を終え、ついに『リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志』の番が回ってこようとしていた。
客席は既に一杯だ。珍しいユグディラの演奏を心待ちにしている人も多いが、それ以外が目当ての人も、『ほんとにユグディラが演奏なんてできるのか?』と懐疑的な人もあった。
「リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志です! よろしく!」
舞台上で楽団が楽器を並べる最中、二人が前に出て観客に向けて呼びかけた。
ヘザー・スクロヴェーニ(kz0061)とミコト=S=レグルス(ka3953)だった。
ヘザーは今回ユグディラ楽団と共演することになった顛末を語ってから、
「――さて、演奏の前にこちらのミコトちゃんから皆さんにお願いがあるそうです」
傍らのミコトに話を振った(普段より余所行きの口調だ)。
「えと……今回は曲の途中でうちらハンターの一人一人がソロパートを担当する箇所があるんですけど、
みんなで歌ったらきっと楽しいと思うんです! だから観客のみなさんにも一緒に歌ってほしいなって!
うちが前に出てきたら、こうやって合図しますから、手拍子と歌をお願いしたいんですよっ!」
ミコトはしばらく合図と手拍子、それから歌詞を観客に説明し、少し練習してみた。
「そう! そうっ! みなさんとってもお上手で……安心ですっ!」
悪くない反応が返ってきた。
「参加した方が絶対楽しいですからね! 皆さんも是非アクションしていってください! さて――」
ヘザーはセッティングが終わるまでトークで繋ぐ。ハンター活動の日々から無理矢理話題をひねり出した軽快と言うよりは力任せのトークだった。
「いやー水牛に荷台をねー……え? おっとみなさん、どうやら準備が完了したようです」
知らせに来たメンバーの一人からどんな話をしていたんだという顔をされた。
「では……新しく始まった人とユグディラの世界、どうぞ最後までお楽しみ下さい」
●リンダールの森・ユグディラ楽団とハンター有志による演奏『共に歓喜を』
舞台上に並んだユグディラ達数十と、同じ列にコーラスのハンター有志。最前列にはラシェルとヒュペリの姿がある。
中央には指揮台が置かれ、舞台の前のほうはスペースが空いていた。一番最後にやってきたユグディラの指揮者は観客席に一礼してから、演奏者達の方を向いた。
静寂の中、指揮者がタクトを振った。
木管楽器が、弦楽器が、打楽器がそれぞれ違ったタイミングで演奏を始める。それはまるでいくつもの曲を同時に演奏しているかのように曲調もリズムもばらばらな曲だった。だというのに、決して耳障りではない。不思議に調和している。
突如として、鳴り響く打楽器の連打にすべての曲がかき消された。
その中から、一つの旋律が生まれた。弦楽器がそれを奏で、やがて他の楽器も加わって一つの流れを作っていく。それは交響曲の始まりを告げるに相応しい勇壮な曲となった。
それまでばらばらな方向を向いて生きていたユグディラ達と人間達。それらが一つの方向性を持つようになっていく。そういう流れだった。
それはしかし、突如として停止する。
打楽器が稲妻のように鳴り響き、弦楽器が重々しいメロディを奏でる。
そして一拍の休符の後に、澄んだ声が高らかに響き渡った。
リードボーカルのラシェルであった。澄んだ声ではあったがネガティブな音色だった。
そしてハンター有志によるコーラスが歌い始めた。
地の底から響くような低音のコーラスだった。
全体的におどろおどろしい。
なぜこのような展開になったのか……
観客が抱いた疑問はすぐに氷解することになる。
舞台上に、羊の被り物を被り、胸と腰をウールで覆ったものが二人、槍を掲げて大股に上がってきた。
明らかに歪虚を模している。
曲がだんだん怪しげな雰囲気を帯び始めた。
歪虚もどきは舞台前方で、曲に合わせて挑発的な態度で自分達の姿を誇示する。
プリミティブな原人めいた動きだった。
うちの一人が舞台の上手側を指差す。
そこにはいつの間にかキジトラ・ハチワレ・クロのユグディラトリオがいた。
コミカルな音楽が流れ、歪虚もどきふたりはそれを追いかけていく。ユグディラ達は逃げて舞台袖に引っ込む。歪虚もどきも引っ込む。
反対側から出てきた。
歪虚もどきに回り込まれるユグディラ。
危機一髪……ここで、音楽は止んだ。
突如として映画のアクションシーンのような勢いのある曲が流れた。
電子音によって構成されたそれはユグディラの演奏ではない。キララとイスカ姉妹――星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)によるものだった。イスカはギターで、キララはキーボードと鈴・フルート・ハープを疾影士のスキルをフルに使って一人で担当するという超絶技巧を駆使している。
演奏法方も超絶なら、曲調も超絶だ。独特としか言いようのない曲を弾いている。
そして、曲とともにレオと蒼――瀬織 怜皇(ka0684)と神薙 蒼(ka5903)が飛び出し、歪虚もどきとユグディラの間に割って入った。
二人は得物を構え、歪虚もどきと向き合った。歪虚もどきもまた応戦の構えを見せる。
わずかな間の睨み合いの後、打ち合いがはじまった。蒼はダイナミックな動きと共に如意金箍棒を振るい、レオは動きの所々で身体に電流を纏わせたりしている。歪虚もどきも一歩も引かず、アクロバティックな動きを見せたり二本同時の機導剣を使いこなしたりしている。二人ずつ一対一になり、右へ左へ飛び回り、目にも止まらぬ動きで技を応酬する。魅せることに重点が置かれた動きだ。実戦よりも迫力がある。
レオの一撃を避けた歪虚もどきが、大きく体勢を崩して演奏者側に行った。あわや衝突かというところで、その先にいたキララが一瞬楽器から手を離して立ち上がると、歪虚もどきの身体を手で止めてから正面に回りこみ、腹パンをお見舞いする。クリーンヒット。歪虚もどきはその場にうずくまった。もう一人の歪虚もどきも、蒼に成敗されて床にうずくまっていた。
曲調が明るくなった。襲われていたユグディラが前に出て踊り始めた。それぞれ腕を組んで脚を上げるラインダンスだ。
ユグディラ達は蒼とレオにもやるよう促す。二人は戸惑いつつもユグディラに並んで一緒に踊った。
同時にイスカが前に出て歌った。
「♪晴れやかな日々 リズムに乗せ
趣くままに 旅に出よう
幻想にゃん物語 ここに開幕……♪」
さあ、ここからが本番だ。
すべての音が止んだ。
ジルボ(ka1732)とスノウだけが前に出る。
ふたりは背中合わせに座った。
かつて、人とユグディラの間には、もっと距離が開いていた。
しかし、今は違う。
二人の背中は重なっている。
両者の楽器はハーモニカだ。
まず、ジルボがワンフレーズ吹いた。
それが終わると、スノウが吹いた。
旅の空を見上げるような気分になる曲だった。
二人の演奏は重なり合い、完全にひとつとなった……。
――俺達は楽しみを共有できる。それで充分なんだろう。
――僕もそう思う。君達と出会えて良かった。
背中越しに伝わる体温。
音楽はどこまでも広がっていく。
いくつかの戦いを経た出会い。
その喜びをハンター達はそれぞれのやり方で表現する。
ジルボとスノウの曲が終わり、万雷の拍手に見送られて演奏者の列に戻ると、入れ替わりに央崎 遥華(ka5644)が前に出た。
白銀のレスポールタイプのギターを奏で、遥華は歌い始めた。
ジルボとスノウの想いを継ぐように。
想いは音と共に重なっていく。
「言葉がなくたって想いは伝わるよ
キミといる時間 集めたいから
もう一度会おうね あの場所で
キミと見たビジョン 忘れないから」
歌声は、高らかに空へと昇っていく。
それから遥華はこの曲の主題を弾いた。
続いてマリィア・バルデス(ka5848)が前に出ていた。印象的なミニスカサンタ服に身を包んだ彼女は、遥華の演奏に重なるように、ヴァイオリンで主題を弾く。
何度も主題が繰り返され、次第にアップテンポになり、マリィアはステップを踏むようになる。やがて軽快な曲になった。
ヒュペリが前に出てリズミカルなステップを刻み、コーラスも身体を揺らす。
ユグディラ達も楽器から離れ、輪になったり列になったりして踊っている。
マリィアは情熱的に、しかし笑顔で自分のパートを弾ききった。優雅に一礼して列へと戻っていく。
拍手も鳴り止まない中、婆(ka6451)が舞台下手に置かれている和太鼓の前へと移動した。
一瞬の静寂の間に気合いを入れ、太鼓を叩く。
勇壮な律動が空間を支配した。
ヒュペリのダンスも、それに合わせて勇壮なものになっている。
東方の太鼓。鬼の太鼓。
それもまたユグディラ同様、王国の人々にとって珍しいと共に、かつて離れていたが今は繋がっている絆の象徴でもあった。
天まで届け。地を鳴らせ。
良きものが流れ、巡り、回るように。
婆は一心不乱に太鼓を叩き続けた。
燃え上がるような勇壮な太鼓の演舞が終わると、間髪を入れず雷鳴のようなギターが鳴り響いた。
ヘビーメタル。異世界から異世界へ。
まさにハンターらしい曲の移り変わりと言えた。
演奏はデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
完璧魔黒暗黒皇帝デスドクロ・ザ・ブラックホールである。
唐突な変化だったが、駆け巡る旋律はまさしく主題であり、無理のない範囲でのイメージの変化であった。
ヒュペリも切り替えてヘッドバンキングしたり、空に向かってシャウトしたり、エアギターをかき鳴らしたりしている。
破壊的なギターの音色に乗せて、デスドクロは熱く歌う。
その音楽は世界の枠組みを壊すイヴィルダーク・サンダーストーム。
天を仰ぎ、野獣のように吠え、そしてギターを振り下ろし最後の一音を叩きつけた。
音と音の合間、わずかな静寂から、
生まれた旋律は微かだった。
それは南洋のマーメイドが奏でるハープの音色。
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は、蒼い人魚の装いで幻想的な音色を奏でた。
彼女の周りだけ霧がかかっている。朝の海にかかる霧の中にわずかに見える人魚の姿のように儚い。
人魚は人知れず皆が幸せであるよう祈り、曲を奏でる。
そんな穏やかで神聖な光景がここに存在した。
よく見るとわかることだが、ユグディラを模した人形(実際は杖)が傍らに立てかけられている。
さりげなく演出された彼女の愛だった。
泡になって消えるかのように、ハープの音色は消えた。
そして再びデスドクロのギターが吠えた。
同時に婆の太鼓も火を噴いた。
マリィアのヴァイオリンも駆け出し、遥華のギターも歌い出した。いつの間にかヴィルマのハープも見え隠れしている。
イスカの歌声、キララのキーボードとフルートとハープと鈴下駄も息を吹き返した(キララは分身しているように見えた)。
やがてユグディラ楽団が演奏を開始した。
喜び歌い踊る祭りの音色。
「ふたりは」「ゆぐペア!」
まるごとゆぐでぃらに身を包んだリラ(ka5679)とアリア(ka2394)が、列から飛び出した。
演奏に加わっていないユグディラも前に出て歌い出す。
「にゃん、にゃん、にゃん♪
ねっこ、ねっこ、だいすき、にゃーにゃーにゃー♪」
本当の仔猫のように愛くるしい仕草のふたり。
元気が弾ける。明るく歌う。
咲き乱れる笑顔は間違いなく人とユグディラが共に戦い勝ち取ったものだ。
今はこの喜びを、皆と分かち合おう――!
リラ、アリア、ユグディラたち、そしてヒュペリが一旦センターに集まり、割れるように二手に別れた。
その間から、ケイ(ka4032)が堂々たる態度で前に出て、センターに立った。
両手に持っている何かを掲げ、観客にアピールする。
そして充分に注目を引くと、それでジャグリングを始める。
音楽がわずかに緊張感を帯びる。横でリラとアリアが驚きを一身に表し、ヒュペリは応援するような動きをしている。ユグディラたちはジャグリングされる物を目で追って、首ごと動かしている。それも全員が一斉に。
そんな中ケイはまるで動じずに、笑顔でジャグリングを続けていく。
投げきった、全て受け止めた流れ星七枚組!
ケイは一礼して、観客席に手を振ってから列へと戻った。
入れ替わりにマルカ・アニチキン(ka2542)が前に出てくる。
センターに立ち一礼、真剣な表情になる。
音楽もさらに緊張を帯びたものになった。
目を閉じ、脳内でイメージを描く。何度も。何度も。
万感の思いを込めて、マルカは両手を上に向ける。
その掌からそれぞれ冷気の塊が発射され、それらは上空でぶつかり合った。
そして、一瞬――
巨大な雪の結晶が上空に現れた。
その奇跡は儚く消え、光り輝く細かい欠片が、周囲に降り注いだ。
煌めく光のシャワーだった。
音楽は一転して張り詰めたものになる。
マルカが一礼して列に戻り、アーク・フォーサイス(ka6568)が前へと出た。
着物姿で、太刀を佩いている。
アークは自然体から、腰を落した構えになり、足音がするほどに強く踏み込んだ。
そして体捌きのような動作を取る。
その眼差し、立ち姿は、刃物のように鋭い。
気合と共に手を太刀のもとに持って行く。
充填された気合を解き放つように、抜き放った。
太刀は陽光を浴びて炎のように煌めいた。
円運動。右から左へ。
太刀が翻る度に光が奔る。
納刀、息を深く吸い込み、抜刀。
刃を上げた姿を誇示する。
現すは心、剣に顕れる心。
亡き師匠を思いながら。
アークの姿はそのままに、音楽は加速していく。
最大限の盛り上がりを迎え、弦楽器・木管楽器の高音と打楽器の連打で、一気に締めた。
万雷の拍手の中、納刀して列に帰るアーク。
曲は止まったままだ。
舞台横からユグディラの着ぐるみ姿の男が現れた。
ザレム・アズール(ka0878)だった。
道化師のようなおどけた仕草でヨーヨーを弄びながらヘラヘラ笑っている。キジトラ・ハチワレ・クロの三匹がそれにじゃれつく。ノーテンキにへのカッパである。これがレベル70の余裕なのか。
ザレムは精一杯もったいぶって懐からPDAを取り出した。操作してから頭上に掲げる。
そこから流れたのはメジャーなクラシックの名曲の合唱パート。
ただし全部ザレムの声で歌詞は「ニャー」だ。
それがワンフレーズ終わると、
突然、全てのユグディラが立ち上がった。
そして、全てのユグディラが歌い出した。
それはどんな楽器ともどんな歌声とも違う幻想的なのに親しみが持てる不思議な合唱。
音楽が出来て声が出せる生き物なのだから、当然歌うことが出来る。
しかしこれほどの数のユグディラが一同に集まって歌うなど……王国の記録にあったであろうか……。
昼だというのに月が見える……妖しくも美しく輝く月だ……
聞く者たちが見たそれは、幻術の効果なのか?
それとも純粋な音楽のちからだったのか。
月に(そう、月に)
ヴェールが掛かるように、オカリナの音色が流れた。
それは猫の声の大合唱と溶け合うようにひとつになった。
奏者はルーシーことアルス・テオ・ルシフィール(ka6245)。
このエルフの少女から猫の耳としっぽが付いているように見えるのは幻覚ではない。
霊闘士だからというのが理由だが、それよりも、この猫の大合唱というシチュエーションにあまりに似つかわしいからと言った方が説得力があるだろう。
両隣には彼女の飼い猫とパルムが一緒に歌っている。
猫が正確に歌っている。パルムまで猫の声になっている。
錯覚だろうか。
猫の妖精のようなルーシーの奏でる音色は清らかで甘く、それがユグディラ達の合唱にフュージョンしてマジカルでメルヘンなミラクルにイリュージョンしている。
それは理屈の手で掴もうとするとすりぬける形のない何かだ。ゆえに言葉でうまく表すことが出来ないのだった。
ルーシーがオカリナの演奏を終えて、傍に置いていた、背丈より60cmも高いテント・ン・ユグディラを一振りすると、
「にゃーん」という声と共に、観客・奏者は、昼下がりのガンナ・エントラータに戻った。
観客たちがハッと我に帰るとほぼ同時に、楽器をふたたび手に取ったユグディラ達が演奏を開始した。
打楽器の連打、弦楽器・木管楽器の低音から高音へ突き上げる旋律から始まる。
ミコトが前に出て観客席に呼びかけた。開始直前にやっていた合図だ。
「さあ、後に続いてください!」
音楽に合わせて手拍子。ミコトが手拍子すると、観客も同じように手拍子を返す。
ミコトはステージを跳ね回りながら、手拍子を繰り返していく。その度に観客は応えてくれた。
それからミコトは歌った。誰でも知っているクリスマスソングだ。ワンフレーズ歌うと観客席にマイクを向ける。すると次のフレーズを観客が歌う。
「みんなで歌うのって、楽しいですねっ!」
「ちょっと待ったぁぁ~~~~!!!」
突如としてディーナ・フェルミ(ka5843)が割り込んできた。
「もーろーびとー こぞーりーてー
たたーえまーつyeah~~~~~~~~!!!」
ギターをかき鳴らしてクリスマスソングのつづきをシャウトで歌う。
ハプニングだ。
ミコトも観客も呆然とする。
「ロックandロール! ロックandロール!
クーリースーマスー」
脇目もふらず熱唱するディーナ。何時の間にか違う曲になっている。
ユグディラの演奏も止まっていた。
「サンキュウ!」
そして一曲のサビ部分を歌い終わって右手を天に突き上げる。
静寂。
みんな呆然としてディーナを見ている。
ディーナはそれに気づき、なんだか気まずそうな表情になる。
うろたえるディーナの横からラシェルが近寄ってきて、肩を叩く。
魔導マイクをディーナに向ける。
ここでユグディラ楽団演奏再開。
ディーナとラシェル、そしてまだ前にいたミコトは三人でマイクに向かって歌った。
ワンフレーズ歌い終わるとハンター達は全員前に出た。
音楽は再び主題を奏でる。
ハンター達は観客に向かって、これが最後の熱唱とばかりに歌った。
ユグディラ達の演奏も加速していく。
指揮者が激しくタクトを振る。
コーラスは高音のフェルマータを三回繰り返し、弦楽器と木管楽器は高速で主題を繰り返した。打楽器が激しく連打され、全ての楽器が音を打つ……一度……二度……三度の音で指揮者は曲の終わりを告げた。楽器もコーラスも同時に止まり、一瞬にして静寂が支配した。
そして、盛大な拍手が鳴り響いた。
●楽屋裏 ~演奏終了後特有のテンション~
音楽祭は他の参加者もいる関係上アンコールはない。
そのため一同は終了後は一旦楽屋に引っ込む以外なかった。
本番直後のテンションというのは人を変える。
必見である。
ここで、楽屋裏で異様にテンションの高い一行の様子を見てみよう……。
「ソール、妙な役を引き受けさせてしまって済まなかったな」
「なあに、いいって事さ! 皆の為になるなら喜んで」
ヘザーとヒュペリのソールが話しているのは、歪虚もどきが出てくる辺りの演出のことだ。
中の人はこの二人である。
「キララ。いいパンチだったぞ!」
「おぬしこそ、いい手応えじゃった!」
キララとの音楽とはまるで関係ないやりとりもあった。
「しっかし俺の提案があんな風になるとはなー」
蒼が言った。演出はハンター達の希望を元に一人一人案を聞いてヘザーが決めたものだった。もともと蒼の提案は『ユグディラを相手に演舞をする』というものだったが、ユグディラでは蒼の動きについていけないという問題からヘザーとソールが相手をする展開に書き換えられた。
「人間とユグディラが手を取り合い、歪虚を倒したという実際の流れを組み込みたかったというのもある」
「ユグディラもふりに行こうぞ」
「わーい、ずっと楽しみにしてたのです!」
「もふもふは正義です、ええ」
演出について語ろうとするヘザーには目もくれずキララはユグディラの所へ向かう。それにイスカとレオも続いた。
「……」
「そういうのは聞かれもしないのに語るもんじゃねぇだろ」
「おおデスドクロ! 今回は世話になった」
ヘザーはデスドクロとも話をしたが、その際の彼の『音楽的な正しさよりも陽気に楽しく、それこそ観客まで歌い出したくなるようなノリで良いんじゃねぇか』という言葉がヘザーの気持ちを助けた。
「この俺様が力を貸すんだ。ハンパな演出をされるわけにはいかんからな!」
「機会があれば、ぜひ感想を聞かせて欲しい」
デスドクロは典型的な悪役笑いで応えた。
「ほっほ、若い人が元気だと嬉しくなるのう」
「おお、婆さんもいい演奏だったぞ!」
何気なく視線を交わした婆とヘザー。穏やかに笑う婆にヘザーはサムズアップする。
「これであのお方も喜んでくれると良いのう……なんと言ったかの、ほれ…………猫の御大将」
「猫の御大将」
この呼び方はしばらくヘザーの中で定着することになる。
楽屋の壁ではディーナが壁にもたれてへたり込んでいた。
「やりきったの……」
音楽だというのに何故か宴会芸のノウハウを適用してしまった彼女だが、全体としては面白い要素を足してくれたと、演出のヘザーは思っていた。
「笑いの神の祝福あれ!」
「なんなのー……もぉー……」
これも聖導士のあり方なのだろう、多分。
マルカは虚空に視線を巡らせて思いを馳せていた。
かつて見た、月夜の下でのユグディラの宴を思い返していた。今日の演奏はその時の感じに似ていた。あの時もスノウはハーモニカを吹いていた。
思えばあの時より曲が形になっていた。ジルボの演奏と並べて遜色がないくらいに。練習したのだろうか。
……などと考えながら、幸せな気持ちになっていた。
そのジルボは、今まさにスノウと語らっていた。互いの気持ちは一緒に演奏したことで分かり合えたので、これから一緒にしたいことを語らっていた。語らっていたといってもユグディラはイメージで意志を疎通するのだが。
「なんでそんなに人間の食生活に詳しいんだよ……なに? マジか? お前、メシ貰いすぎだよ」
まずは食欲から入るあたり、大方のイメージ通りであった。
ハンター達の中にはユグディラとの付き合いが短くない者も少なくない。ミコトなどはヘザーが最初にユグディラにバイクを盗まれた時からの関わりだ。
「思い出します……公園で戯れたり、森の中で出会ったり、盗んだバイクで走り出したのを追いかけたり、歪虚に捕まった子達を助けたり、ユグディラの島に行ったりもしましたね……」
「俺も、歪虚からユグディラを助けたことがある。羊の歪虚だったよ」
アークもかつての戦いの話をした。あれはベリアル配下の歪虚だった。
「知っておるか? 女の下着を好んで盗むユグディラがおるのじゃ……」
「フライングシスティーナ号の時の話ですね」
ヴィルマと遥華もかつて出会ったユグディラのことを思い返していた。
ハンター達は思い出話に花を咲かす。
今日はユグディラがらみの一連の事件に決着が付いた日と言ってもよい。かれらは大いに貢献した。あの日々は今日に繋がっていて、また未来へと繋がっていくのだろう。
やはりユグディラはもふもふして丸っこくてつぶらな瞳と、小動物特有の愛らしさがあることは否めなかった。
ある種の者にとっては触りたくなったり餌付けしたくなったりすることは抗い難い本能なのである。
「そんな理屈はどうでもいいんだ、ヘザー!」
「病的だな……」
ヘザーとともにユグディラを労いにユグディラ控え室にきたはずのザレムがユグディラのもふもふに大いに酔いしれていた。
「私は……あっちの方が……」
ヘザーの視線の先にはユグディラと戯れるリラとアリアの姿があった。
「普段から王女殿下一筋といってはばからない私であるが……ああも愛らしい少女達が無邪気で無防備な姿を晒しているのは……」
「逃げるんだ君達!」
「どうしたんですか? ザレムさん」
病的である。
ちゃんとユグディラを労う人間も存在していた。ケイである。
「あいたたた……ケイさんそろそろ腕つりそうよ! でも頑張るわ!」
ジャグリングがユグディラたちにいたく好評だったので、ケイの所にはユグディラがたくさん群がってきた。おかけでケイはさっきから投げっぱなしである。
ユグディラ達は一列に並んで、ジャグリングされる物を目で追っている。首ごと動いている。それも全員がまったく同じように。
しかもユグディラ達にルーシーが混じって、同じように首を動かしている。
まるで違和感がなかった。
「むしろあなた達の方が面白いわよ!?」
「にゃーん」
ユグディラ達と喝采を送るルーシーだった。
観客席ではマリィアがホットワインを片手に他の参加者の演奏を聞いていた。
ミニスカサンタ服で脚を組んで座るマリィア。
風物詩である。
集まってくる視線を感じながら、ステージから聞こえてくる小粋なギターの音色に耳を傾けていた。
風は流石に冷たいが、それも何故か心地良く感じた。
これから、いくつもの演奏者達がここで想いを表現していくのだろう。
それは今を生きるものに許されたこと。
自らが生きた証だ。
それらが集まって、生のマテリアルは高まる。高まってゆく。
音楽祭は続いていく……。
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音楽祭控え室 ジルボ(ka1732) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/12/04 11:45:22 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/04 11:41:04 |