星彩は闇路を照らす

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/12/10 15:00
完成日
2016/12/21 05:54

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国の南東部ブラックバーン伯爵領の中心都市アンビュートは、この年に始まった城壁の再建工事で大いに賑わっていた。盗賊ギルドの壊滅による治安改善の効果も大きく、住居の建築も急速に進んでいる。国土開拓が盛況な頃は流通の動脈として栄えた街ではあったが、今年の賑わいは過去のそれ以上とも思えた。
 旅人で賑わうアンビュートの主要な街道にはこの街で古くから店を構える商人達が軒を連ねているが、特に賑わう商店の一角にホーンズビー商会の本店はある。ホーンズビーは古くからこの街の産物を扱う商人で、代々の領主の御用商人としても多大な貢献をしてきた。現在も領土内で賄いきれない工芸品や畜産物の調達を担っている。
 伯爵への納品物は城に住む女給と下男で直接受領に向かうところだが、この日は兵士のレスターがその監督役という名目で随伴していた。レスターは成人してまもない若い兵士だが、彼の来歴を知る店主は緊張の面持ちでそれを迎えた。彼は今でこそ伯爵の兵士だが、元は盗賊ギルドのマスター・バルブロの護衛を務めた実力者だ。
「何か手前どもに落ち度でもありましたでしょうか?」
 硬い顔つきになっている店主の男、ゴドウィンは40後半ぐらいだろうか。体は丸いががっしりしており、肉体労働でもしているのか筋肉もついている。脂が浮きそうなほど肌はツヤツヤで精力的という言葉を体現したような人物だった。
「ああ、いえ。別段特には」
 城内の仕事を知る為に他の仕事について回っているだけ。気軽な調子でそう伝えると、店主は胸を撫でおろしてはきはきと馴染みの客である女中相手に商売を始めていた。現金なもの、とはレスターは思わない。ブラックバーン伯爵が癇癪もちなのだから、それぐらいの警戒はして当然とも言える。
「で、実際のところ彼の評価はどうなんです?」
 レスターの後方より声をかけたのは、簡素で野暮ったい女中の衣装を着た小柄でやや童顔な女性であった。名はカティ。今回の仕事の協力者である彼女とは信頼関係を築けていない。些細なことでも隠し事はよろしくない。レスターは別件で兵士長リカードから追加注文があることも正直に話した。
「女中達からゴドウィンにいやらしい目で見られると苦情が来てるから、ついでで監視してくれって」
「あーー、やっぱり?」
 納得して渋い顔をするカティ。表情がころころと変わる彼女は愛らしく魅力的だが、どこまでが演技なのかレスターには判別できなかった。彼女は見かけ通りの人間ではない。
「正妻の他に妾が3人。認知してるだけで息子が4人に娘が2人。全方向に欲望がだだ漏れで、子供の正確な数を調べるのをギルドは諦めました」
カティはこの街の暗殺ギルドのマスターである。こう書けば非合法な組織の長にしか聞こえないが、先年の抗争後に降伏して以来、彼女は密偵の仕事に専念している。カティは品物の検品作業をしながら、物珍しそうに周囲を眺める風を装い、部屋の間取りや人の動線を調べている。彼女の動きは内情を分かった上で見てもわからないほどに自然だった。



 カティの所属する暗殺者ギルドは壊滅とも言える程に人材を失っていた。暗殺者ギルドは元は盗賊ギルドの傘下の一組織であり、盗賊ギルドと伯爵の抗争に際しては盗賊ギルドマスターと共に領主の弟ジェフリーを襲撃している。ギルドの精鋭を集めた部隊はこの戦闘で返り討ちに会い完膚なきまでに敗北。そのほとんどが生きて帰ってこなかった。残ったのはカティのような直接戦闘が苦手な斥候に毛が生えたような人材ばかり。死刑か勤労かなどと言われたら、小心者な彼女には勤労しか選択の余地がなかった。
 降伏したカティにはほどなくして、都市内部の治安維持に関わる情報収集の任務が与えられた。特に逆らうことなく真面目に務め、定期的に城へと報告に来ていた彼女だったが、今回の報告は大事になりかねない案件であるため更なる調査が命じられた。
 曰く、「ゴドウィン・ホーンズビーはギルド残党と結託し人身売買に手を染めている」
ゴドウィンが接触したのはギルドの人攫い部門の長であったルボルという男。ゴドウィンは大商人だけあって確認しようのない黒い噂が多い人物であったが、商品供給源となる人物と接触があったとなれば俄然噂は信憑性を帯びてくる。詳細な調査が必要だろう。同時にこの件はカティ含む降伏した側の残党達にとってもチャンスであった。
 ギルド攻略の折、ハロルドの勇み足もあって本部は瞬く間に制圧されたが、事前に組織の全容を調査しきれなかった為に、ルボル含め一部の幹部を逃がす結果となっている。逃げる同業を追うのは忍びないものの、責任範囲で悪事を働かれては自分の立場に関わる。後腐れなく摘発出来て点数稼ぎになる。失敗したくない案件なのだ。
 今回の報告において彼女は、この案件を自身の裁量に余るものとして、二つの提案を行った。1点目は商店内に入る女中に紛れ、潜入の為の下見をさせてもらうこと。2点目は人手不足を補うためにハンターを雇うことだ。
「人手不足も原因なんですけど、ギルドから大人数動かすとルボルに気づかれちゃうというのが大きいんです。内情までは知らないでしょうけど、私達が降伏したのは知っています。こちらを警戒していると考えたほうが良いでしょう」
 帰りの道すがら、馬車の中でカティは着替えのついでにギルドの内情を吐露していく。レスターの朧げな記憶にも、ルボルの神経質さは際立っていた。やせぎすで枯れ木のような男だが、眼だけが妙に生々しくぎらついており、正直苦手な相手だった。
「で、どうやって調査するんですか?」
「夜中に直接潜入するか、女中さんや警備の人間に混ざるか、お店の外で店員に接触するか……あとは……」
「潜入は……ばれませんか?」
「去年からの事業拡大で新人が一杯いたし、たぶん大丈夫でしょ」
 この場に居ないハンターなら面識がない分だけ更に潜入の難易度は下がるだろう。説明を終えたカティは鼻歌交じりにメモに情報を書き連ねていく。
「レスター君は、宮仕えは楽しい?」
 突然の質問の意味を図りかねて、レスターは無言になる。返事が無いことにさして機嫌を悪くすることもなく、カティは言葉を続ける。
「私は楽しいよ。殺しは苦手じゃないけど、好きじゃないし」
 レスターはその答えでもって自問したが胸の内に答えはない。随分と言葉に詰まってから、ようやく口を開いた。
「わからないけど……」
「うん」
「前より、ごはんはおいしいかな」
「あ、そんな事言ってると、君の『お姉さん』達に密告しちゃうぞ?」
  カティは慌てるレスターにいたずらっぽく笑うと、メモ書きにしていた紙をレスターに見せた。紙には店内の見取り図が正確に写し取られていた。

リプレイ本文

 ホーンズビー商店の店員待遇は相場からは標準的。しかし読み書きの出来やら礼儀作法やら、クリアすべき案件が多く内容の割りに応募は少ない。それらをクリアしているハンター達が潜入するのは容易であった。ハンター達はそれぞれ外見や能力と不整合がないように部署を変えて潜入し、それぞれの職場に入る事とした。

 柏木 千春(ka3061)は女中となった。商売に関わる事は多くないが、炊事・洗濯・清掃などの屋敷内の家事をしつつ、接客も随時行う為に仕事は多い。朝一番に玄関へと集められた女中達は屋敷の規模以上であった。
「はい、今日も一日頑張りましょう」
 中年に差し掛かっている年配の痩せた女中頭が手を叩くと、朝礼に集まった女中達はやや雑談混じりの会話をしながらそれぞれの持ち場に散らばっていった。残ったのは新人として入った千春のみとなる。
「さてと。チハルさん、でしたわね。貴方は今日一日私と一緒に来てください。午前中はお店の仕事を一通り説明して、午後からは一緒に働く先輩を紹介するわ」
「はい、よろしくお願いします」
「うん。良い返事よ。そのお辞儀の角度、その声の高さと大きさを大事にね」
 中年の女中頭は機嫌を良くして千春の服装を点検していく。着慣れない千春のスカートや帽子を丁寧に直し、一周回った後に小さくため息をついた。
「服装がこれでは良くないわね。もうちょっと大きくてだぼっとした物に変えましょう。それと帽子は深めに被りなさい」
「え? あ、はい……。でもそれだとだらしなくないですか?」
「良いのです。旦那様に目を付けられたくなかったら野暮ったい着こなしになさい。可愛い仕草に伸ばした背筋も、お客様の前以外では厳禁ですよ」
 女中頭はぷりぷりと怒りながら直したばかりの千春の服装をわざと崩していく。理由は服を崩しながら説明してくれた。自由恋愛がどうこう以前に、育てた労働力を取られた事を根に持っているらしい。屋敷の一切を管理する彼女らしい怒りであった。
「旦那様は見ての通り自分勝手な方です。何かあれば私か、一緒にいる先輩に必ず相談するように」
「はい。わかりました」
「必ずですよ! 我慢しても良い事はありませんからね!」
 念押ししてくる女中頭の話を千春は苦笑しながら話を聞いていた。真面目そうな外見のおかげで女中頭の口は軽く、愚痴を交えて欲しかった情報がぽろぽろとこぼれる気配がしている。同時にちくりと罪悪感が胸を刺したが、これも仕事としばらくは無視しようと目をそらした。
 一方、同じく店員として潜入を果たした テンシ・アガート(ka0589) も歓迎を受けていた。女性の千春と違い、だいぶ荒っぽい歓待ではあった。テンシに担当した仕事は店の裏方作業であり、倉庫への搬入搬出などを主にしている。この仕事の合間を縫って調べ物をしようとしたが、仕事の多さでその余裕はなかった。
「おいこら新入り! ぼさっとしてねえでこれ運べ!!」
「はーい! 今すぐ!」
 筋骨たくましい男達が商品の入った大きな木箱をせっせと運んでいる。テンシは体力も筋力もあるが、覚醒無しではやはり少し遅れ気味になった。男だけの職場は荒っぽい。千春の時と大違いだが、性差による文化の差と諦める他ない。テンシは先輩のあとをついて必死に業務である荷運びや分別をこなしていく。その業務には中々隙間がない
(これは調査は難しいかなあ?)
 ちゃんと体力測定をしての採用であり、出来る範囲での肉体労働なので不満は感じなかったが、思っていたほど調査に時間は割けそうにない。とはいえ、商品の積まれる倉庫を行き来できるのはありがたい。めぼしい倉庫の場所を頭に叩き込みつつ、テンシは男所帯の荒っぽい歓迎を潜り抜けていくのであった。
  アーク・フォーサイス(ka6568) は警備として前述2名とは違った部門に潜入を果たしたが、初動での調査は2人程上手くは行かなかった。
「警備ってのは結構信用が大事だからな。新米のうちはあれはダメこれもダメって言われるけど、我慢してくれよ」
「了解です」
 同年代の先輩に頷きつつ、それ以上を聞き返すことは出来なかった。彼らの言い分はわかる。警備をする振りをして盗みを働くという事例があるからだ。昼間の仕事であれば周囲の目もあるが、夜間となれば目の届かない場面も増える。盗人を警戒しているのなら、大事な商品の場所などは教えてはくれないだろう。
 動きの制限はそれだけではない。夜間の警備も担当する事になるわけだが、他2人とは致命的に担当場所が遠い。こっそり会ったり、協力して調査したりというのは出来なくはないが難しいだろう。同じ昼勤務の2人に任せる他無い。予定とは違ってきたがひとまずは信頼を作り、潜入の手助けになるようルートを調べることに専念することに決めた。
「……そういえば朝に会った先輩達はどこへ?」
「ああ、大事な商談の護衛だとよ」
 呑気な顔で同僚の警備員は答える。それ以上を知る気はないという顔だ。何か良からぬことをしているという気配は、彼も感じているのかもしれない。道を尋ねて来た老婆に笑顔で対応する同僚を見ながら、どうその中身を聞き出したものか、アークは話のとっかかりへどう繋げるかを考え始めた。怪談話に混ぜて聞いてみるという案があるが、乗るかどうかはわからない。ひとまずは趣味や休日の過ごし方の話をして、退屈な時間潰しをしている風を装うことにした。



 テンシが仕事をさせられた一角以外にも、ホーンズビーの倉庫は用途別に町中にある程度分散配置されている。主に運搬の都合であるが、不用品を積んでおくだけの倉庫もある。 トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)はその倉庫群を人が行きかう街路で遠巻きに観察していた。観察には時間がかかるが、ここでずっと張り込んでも人目を引いてしまう。トライフは最初から小銭で解決する方法を考えていた。目を付けたのは、道で座り込む浮浪者達であった。
「もし良かったらこの倉庫を見張ってくれないか。誰が来たかだけ、教えてくれたら良い」
「へへ。お安い御用でさあ」
 トライフから金貨を受け取った浮浪者の老人は歯の抜けた口で笑顔をつくって見せる。この浮浪者はこの街路の建物の間で雨と風を凌いでいた。一日中やることも無く街路を眺めているわけだが、特徴のある通行人はしっかりと記憶している。トライフは他にも自分に都合の良い場所にたむろする浮浪者に前払い金と報酬を約束しては、監視の仕事を代行させた。彼がこの倉庫に目星をつけたのは訳がある。倉庫群に来る前に街の商人達に聞き込みを行ったのだが、多くの者がここを怪しいと口を揃えて言うのだ。
「そりゃ、悪い噂は色々聞きますよ」
 顔馴染みである元盗品商のケネスは背が低く貧相な髭の男だった。目利きはそれなりに確かだが、それが余計に「鼠のような」という外見に拍車をかける。彼と会合したのは小さな店の奥まった一室、カーテンを締め切り昼の明るさの届かない応接室であった。ケネスはトライフが商品として持ち込んだ腕輪の作りを確認しながら噂話を続けていく。噂だからそれ以上の責任は持たないというポーズでもある。
「そういや最近になって、ホーンズビーは警備を増やしたんでさ」
「へえ。何のために?」
「そりゃ馬車や倉庫の警備に必要でしょうよ。それはわかるんですがね、今まで巡回ぐらいしかしてなかった古い倉庫に人を配置してるって話でね。その古い倉庫、その少し前に修繕してるんですよ。鍵や扉、窓なんかも一式ね」
「……で、倉庫には何が入ってたんだ?」
「私の知ってるのはそこまでです。不興を買って死にたくありませんからね」
 商人仲間は同業の商売には敏感だ。普段と違う商売の気配があれば気にもする。だが同時に悪徳に勢いのあった街の住人らしく、危険を察する嗅覚も鋭い。もしかしたら調べようとした人間が何人か居なくなっているのかもしれないが、トライフはそこまで確認はしなかった。ケネスは商品を確認すると代金を机の上に置く。この話はこれで終わりという合図でもあった。
「他は何かご入用で?」
「そうだな、それじゃあ……、若い女達に送る装飾品が欲しい。あとは香水だな。男がつかう用で流行りの物が良い」
 情報収集の為の贈り物だ。これは経費で落とそう。トライフは自分の実益も兼ねるこの代金を、領主が黙って払ってくれることもよく理解していた。結果を出しさえすればの話ではあるが、そこに関しては充分に自信があった。


 外部で行方不明者の傾向を調査していたウォルター・ヨー(ka2967)とボルディア・コンフラムス(ka0796)だったが、こちらは大きな進展とはならなかった。ボルディアはまず街の治安維持を担当する領主軍の詰所に向かった。詰所の兵士達は事前に領主直属であるレスターや兵士長オイヴァの口添えもあった為に非常に協力的ではあったが、情報の量はそれほど多くは無かった。
「行方不明と一口に言っても、スラムで揉めてあくる日消えてたみたいな事件もあります。身代金目的に貴族の子息を誘拐するような事件ならともかく、それ以外はとても把握しきれません」
詰所の責任者である年配の兵士は苦い顔で進展の無さを告白した。
「何だよ……。それじゃあ何もわからないってことか?」
「お恥ずかしい話ですがその通りです。昨年以降、兵士を増員して事にあたっていますので、昔よりは治安は良くなっていると思いますが……」
 ボルディアはそれ以上の質問は諦めた。彼らは積極的に問題解決に取り組んでおり、聞いていない情報も出してくれている。だが知らないものは聞きようがない。街の住民への聞き込みも考えたが、それも彼らは長年人数や時間を投入しているのだろう。
「治安の良い中心部のほうでは市民の協力も得やすく通報も多いので、貴女のいう事件を想定するなら市街地中心部では無いとは思います。私が言えるのはそれぐらいです」
「了解。こっちも分かった事があれば協力するぜ」
 スラム以外は彼らに任せ、自分達は調査しなくて良い。新たな情報は無かったが、この確証を得られた事は大きかった。同じく市街地を動いていたウォルターは建物を移動する商会の店員を尾行した。目的は噂話の盗み聞きだったが、これもそれほど成果は上がらなかった。
(流石、仕事の長い連中はよく教育されてやすねえ。外じゃきっちり口閉じてやんの)
 口の固い店員も店内に戻れば和やかに談笑している姿も見えるが、そこまで侵入すると盗み聞きがばれる。加えてその手の聞き込みは千春やテンシ、アークが行ったほうが安全で確実だ。ウォルターは女中仲間と楽しそうに談笑する千春をこっそりと眺める。いつもと違う服装の彼女はなんとなく新鮮で……。
(…………ありゃ、メイド服って思ったほど可愛くない?)
 思ったよりブカブカだ。なぜか千春だけ着こなしが可愛くない。スラッとした体の線が見えない、とかいう話でなく下手すると太ってるようにすら見える。期待外れな上になぜそうなってるのか訳が分からぬまま、ウォルターは首をかしげながらその場を後にした。


 酒を注いで口を軽くし、情報を掠め取る。金や異性を使う手法と並び、方法としては基本だがこれも相手による。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はホーンズビーの私兵と楽しく酒盛りしていた。友人と間違えて声をかけたジャックが詫び代わりにと酒を一杯奢って、というのが筋書きだが今のところ対する私兵が気づいた様子はみじんもない。私兵の年齢は30前後だろうか。ベテランというには若いが、新人達には兄貴分。そんな立ち位置の人物だ。気持ちよくエールを飲み下し、些細なことでも爆笑している。聞いていた通りの笑い上戸だった。
 ジャックは彼に声を掛けるにあたり、事前調査を仲間に依頼していた。娯楽に飢えていそうな、夜遊びが好きそうな男を選んでもらい、1人の休暇を狙って声をかけた。おかげで何の疑いもなく酒を飲んでいる。ジャックが「金ならある」「俺がおごる」と言えば遠慮も何もなくなった。
(しかし、こいつは外れだったな)
 私兵を見ながらジャックは溜息をつきそうになるのをぐっとこらえる。口の軽い男だった、欲望に弱い男だった。彼は知っていることをペラペラと喋る。給料からシフトから、店員達の人間関係、今熱をあげてる女の話までも。だが彼の知っている情報は少ない。「大事な仕事ではいつも俺は除け者」と彼は愚痴っているが、つまりはこういう男だと誰より熟知している彼の上司が、彼に情報を与えないようにしているのだ。ジャックも彼の上司なら同じように考えるだろう。用心深い店主は酒を飲んで口が軽くなるような人物には地位も情報も与えない。この失敗は彼だけでなく、テンシとアークも同様であった。事件の真相に近い内容ほど、口の固い人物をどう調略するかが鍵となる。
 空振り気味のジャックではあったが、少しばかり溜飲は下がった。私兵に覚醒者を雇うようなゴドウィンの金満ぶりにかなり苛立っていたが、私兵の男の反応を見るにそこまで給金は良くないようだ。覚醒者としての能力は低いが一般人には脅威になる、という程度の低い人材のほうが多い。ケチというわけでなく、それが商人としての限界なのだろう。そう思えば、目の前の男に酒を振る舞う事にも気持ちが入る。
(仕方ねえ。次の機会につなげるか)
 ジャックは愚痴を丁寧に聞き取る事に専念した。悪事に繋がるかどうかはわからないが、彼の吐き出す言葉で価値ある情報と言えばそれぐらいであったからだ。


 調査には危うい一面もあった。危うくすべてが瓦解するところではあったが、事前の調整により大事には至らなかった。問題があったのはアウレール・V・ブラオラント(ka2531)の調査においてである。彼は伯爵からホーンズビーを紹介された商人という体でホーンズビーへと接触した。彼は商品のカタログを貰い、実物を検品し、さも大きな買い物をするように見せかけてゴドウィンと商談を進めた。すぐに実際の買い物とならない事はゴドウィンは気にしなかった。大口であれば慎重であるのは当然の事だからだ。
 数日して互いに贈り物をする程度の付き合いになった頃、応接室で2人きりとなった折にアウレールは偽装した本題を切り出した。
「私の領地には鉱山がありましてね。良い収入源にはなるのですが、中々労働者が集まりません。危険な分だけ給金を増やして人を呼んでいるのですが……」
「ははあ……左様ですか。金の生る木が身近にあっても金には出来ぬと。難しい話ですなあ」
「そこでだ。労働力が欲しいのだ。こちらでは仕事の無い難民が多いと聞いたが、我が領地に出稼ぎは出来ないものかな?」
 それまで饒舌だったゴドウィンはぱたりと口を閉じた。アウレールは畳みかけるように話を続ける。
「領主ではなく、商人の貴方に持ち込んだ。この意味がわかるだろう?」
「……領民の移動には領主の許可も必要です。簡単ではございません。ですが私共も商人です。金になるのであれば前向きに検討致しましょう」
 会話は言質取れるほどではない。領民を他国の労働に参加できるかどうかという話に彼は終始した。アウレールの去った後、自室に戻ったゴドウィンは心底から頭を悩ませていた。何時もならすぐさま何かしら指示が出るところ、古参の老執事が見かねて声をかける程であった。
「旦那様、ひとまず彼の者の素性を調査させましょうか?」
「……そうだな。情報が少なすぎる。なにか分かれば報告しろ。場合によっては領主に報告して点数稼ぎの足しにする」
「畏まりました。すぐに手配致します」
 執事が部屋を出ると、ゴドウィンは深呼吸して散らばった思考をまとめ始めた。
「やつのコネでついた客ではないからな。この近辺の知己もなしにどうやって知ったのだ」
 アウレールが高い情報収集能力を持っている、と仮定して無理矢理納得する事も一応可能だ。当面の問題としては、彼が本当に奴隷を求める商人である場合、彼を信用するかどうかである。ゴドウィンは彼を信用することが出来なかった。表から入ったアウレールはいつでもこちらを切る事が出来る。ルボルを経由した裏口であれば捕まった時にアウレールもただでは済まない。そうであれば言葉に重みも出来るが彼はそうしなかった。
「何より……手癖が悪い」
 応接間に入る前、ゴドウィンには私兵の霊闘士から事前に耳打ちがあった。応接間に何かを仕掛ける気配があったと。調べてみればパルムが一体、椅子の陰に潜んでいた。おそらく持ち込んだのは彼だろう。何事もなかったように外へと逃がしたが、余計な事を喋れば首輪が付くところであった。
「伯爵か、あるいは冒険者協会の密偵と考えたほうが自然だな。だがその手は食わんぞ」
 後日、ハロルドの元にアウレールが何らかの犯罪を画策していると通報があった。ハロルドは形だけの物とはいえアウレールの調査を命じるはめとなり、アウレールは都市での表だった活動は諦めざるを得なくなった。同時にゴドウィンは情報漏洩の可能性を考え、この日より警戒を更に厳しくするよう命じた。アウレールが事前に掛けた時間の分だけゴドウィンの対応に遅れが生じた為に、幸いにも全体の進捗への影響は小さくすんだ。


 潜入から1週間が経った。商店より貰った休日を利用して内部のハンター達は情報を交換し、調査は更に進展する。目立った動きがあったのは千春の情報を受け取ったテンシであった。
「あれ……これ……」
 千春から届いたリストは、外れの建物一覧リストであった。厩舎や倉庫など、テンシが当たりを付けて調査した倉庫も含めずらっと並んでいる。
 真面目に働いた千春は周囲から好意的に受け止められ、この店で長く働くために大事な事を教わった。要点は一つ。黒い噂に触れないこと。何も知らない彼女の為に、年配の女中頭を始め多くの女中仲間が懇切丁寧に「近づいてはいけない建物」を教えてくれた。それは別件の悪事に連なる施設、単純に危険物の置き場、あるいはただの企業秘密かもしれないが、すべき仕事は大幅に減る。
 同時にテンシはがくりと肩を落とした。彼は邸内の隠し通路や隠し扉を疑って邸内を探索し、新規の倉庫が新しい商売に使われていると予測して重点的に調査していたが、全て予測の段階で外れているとそのリストが物語っていた。トライフの得た情報とも一部被るが、調査すべきは改修した古い倉庫だ。これらは特に警備の面々が荒っぽく、周囲と問題を起こしているという。アークの調査と合わせて考えるなら、ギルド残党の新しい拠点と考えて間違いない。
 テンシは気を取り直し、早速翌日より警備のシフトを知るアークと協力してそれらの倉庫の調査を行った。最初の1週間に予測自体は外していたが、彼の調査手法は効果的であった。テンシはその後、千春とトライフの調査結果を裏付けとして、中に人の気配のする倉庫を発見。前半空回った分を見事に挽回したのであった。


 本命である『商品』の倉庫がほぼ確定した頃、スラムの一角にある暗殺ギルドに来客があった。薄汚れた格好をしたウォルターだ。彼は顔を麻袋で覆った誰かを引きずって来た。その人物が誰か、説明を聞かずともカティにはすぐにわかった。
「ギルドの人攫い部門の人ね?」
「御名答。2人きりで話がしたいんで、部屋貸してくれます?」
 気軽な物言いにカティは溜息をつきつつ、2人を奥の部屋へと通した。物騒な視線の男女が突然の来訪者達を射抜く中、ウォルターは平然とカティの後をついていく。
「貴方ねえ、私のところは拷問の担当じゃないのよ」
「あれ、そうでやしたっけ?」
「もう。そういう雑なところ、『あの子』にチクりますよ?」
 カティの言葉が言葉そのままの説教なのか、暗部の人間を舐めるなという警告なのか。あるいは「こんな事に手を出すな」というお節介か。カティが天気の話題をするかのような気軽さで会話を続けてくるせいで、ウォルターにも判別がつかない。
 ウォルターはいつもの軽薄な笑みで無視して、案内された部屋に捕らえた男を放り込んだ。ついてきたギルド関係者が手早く台の上に仰向けで縛り付けていく。全ての用意が整うと、ようやくそこで男の頭の麻袋を取り外した。
「あっしはあんまり、痛くするのは苦手でしてね。それに偉い人からも穏便にって言われてるんでさあ」
 痛くしないなどと拷問官に言われて信じるバカはいない。男は視線だけで周囲を探る。それらしい器具は並んでいないが安心はできない。
「なんでまあ、水でも飲んで喉が潤ったら、質問に答えてくだせえ」
 ウォルターが男の前に取り出したのは大きな漏斗。口を固定するリングギャグ。水は飲料水をためる甕を直接持ち込んでいる。何をされるか理解できたところで、男に逃れる術がない。水を吐き出さないように固定したところで、ウォルターは延々と漏斗で男の口に水を流し込んだ。苦しみもがく男に斟酌することなく水を注ぎ続け、これ以上物理的に入りづらいところまで続けると、今度は漏斗を外してから思い切り男の腹を殴った。男が水を噴水のように掃き出し、胃の中の水が減ったところで、また水を漏斗で注ぎ始めた。彼が組織に対して抱く恐怖が、目の前の苦痛で塗り替えられるまで、何度も何度も繰り返す。
 10回は越えなかったが、男にとっては無限にも感じられる時間が過ぎた。息も絶え絶えの男に近寄ったカティは、男の髪の毛を掴んで思い切り引っ張り自分のほうに顔を向けさせた
「ではおさらいです。貴方の言葉が虚偽とわかれば惨たらしく殺します。私達はどこをどうすればすぐ死ぬか、すぐに死ねないのか。熟知しています。理解しましたか? では、正直に答えてください」
 男は虚ろな目のまま、弱々しく首を縦に振った。



 千春の作った疑惑のリストから、テンシが今回の事件に関係する建物を特定した。これは外部で調査していたトライフの調査結果や、ウォルターの拷問で得た情報とも合致する。
ウォルターによる誘拐実行犯の拉致によってギルド残党側には調査する者の存在がいずれ明らかになる拉致の実行の直前より準備していたボルディアはウォルター、アークと合流して疑惑の倉庫への潜入を実行する事とした。
 残る問題はアークの知らないシフトのほうだ。彼が確認できたのは正規の警備兵のシフトのみだ。盗賊ギルドから移籍してきたメンバーの動きはわからない。特にルボルなどは影も見せていない。
「右端が本命でおそらく『商品』倉庫、左端で詰所になった元倉庫に居るのは警備でなく元盗賊ギルド構成員って話でさあ」
「意外と近いな。ルボルは?」
「さあ。『情報提供者』も2日前から見えていないって言ってやすしねえ」
 2日前というのはアウレールが通報されたのと同じ日だ。不安要素は大きいが、この場に居ないのなら好都合と判断せざるを得ない。これ以上長引けば証拠を消される可能性が高い。
「店主はだいぶ焦ってる。子飼いの覚醒者連中は最近忙しく動き回って、こっちの雑談に応じなくなった。明日この場所が残ってる保証は無い」
 アークは警備としては下っ端だ。そこまで上層部の焦りが伝わってくるという状況は余程であろう。今日動くという結論が変わることはないが、重要度は大きく違ってくる。
「それはそれとして……」
 集まったアークとウォルターの顔を見つつ、渋い顔でボルディアが呟いた。最後の仕上げとして総力を上げて動く必要のある今回、味方の支援に動けるメンバーはすべて集まる事にしていた。アウレールは失敗があり発見されるとまずいので不参加。千春も潜入先の仕事の都合上ここには来れない。ジャックは身体の不調もあり居残り。テンシはこの場には居ないが本店の警備に動きがないよう見張っている。さて、後1人理由もなく顔を出していない奴がいる。
「トライフはどうした?」
「……そいつは大変申し上げにくい話でやんして」
「…………」
 ボルディアは無言のまま、今にも舌打ちしそうな不満顔だった。ウォルターは千春経由でも事情を聞いている。簡潔に説明するなら「女のところ」だ。
 千春は女中仲間との会話の中で日々の色恋沙汰や噂の話も色々と耳にしていたのだが、浅黒い肌に赤い目の男が街中で女性に声を掛けて回っていると言う話はすぐに話題になった。千春は同僚からはその男性に対する惚気を、女中頭より入念な注意を聞かされていた。当の本人は「これも偽装の一環だよ」と笑顔で言っていたが、必要な情報を集め終わった現在ではほとんど自己都合である。仕事はきっちりこなしているからあの「役立たず」と罵るわけにもいかない。
「……いくぞ」
「あいよ」
 不満が残るが致し方ない。アークを見張りとして残し、ウォルターとボルディアは倉庫へと近づいて行った。倉庫の見張りは扉の両側に2名、剣呑な雰囲気の男が周囲に目を光らせている。トライフの調査では更に中に1名、必ず残っているとのこと。これは商品の監視と思われる。盗賊ギルド残党には覚醒者はルボル以外はおらず、アークの調査でホーンズビーの私兵である覚醒者はここに居つかない事もわかっている。。敵が3人でルボル不在ならボルディアとウォルターの敵ではない。
 2人は建物の陰から陰へと飛び移り、扉の両側に立つ見張りを同時に襲った。背後から頭を抱え込むようにして締め上げ、建物の陰に引きずり込んでから何度も腹部を殴打。腕力の差もあり一方的に排除する。一瞬の事で声を上げる間も隙も無かったが、流石に倉庫の中の見張りは異変に気付いた。扉を開けて出てきた男が一人、周囲を見回して仲間を探す。
「おーい、どしたあ? ……え?」
 間抜けな声を上げた男を、ボルディアは裸締めであっと言う間に失神させた。2人は捕縛した男3人を手早く倉庫の中に放り込むと扉を閉め、暗い倉庫の中を調査し始めた。
 商品を収容している場所はすぐに判明した。倉庫の奥まった場所に、見張り番用の机・椅子・燭台が置かれている。机の上には食べかけのパンやソーセージ、飲みかけのワイン、読みかけの本が置かれていた。その足元には正方形の扉が床についている。開くと中には地下への階段が有り、奥には鉄格子と人の気配があった。
「居たぜ。結構な人数だ」
 倉庫の地下は座敷牢のように作り替えられていた。おそらくワインセラーであったような場所を最低限の生活空間として工事しなおしたのだろう。捕らわれた人々は10名。身なりは粗末ではあるが清潔で、食事も野菜や肉を使って見るからに栄養が多い。少量だが酒らしい瓶もおかれている。
「血色がよくて肉付きが良い方が高く売れるってことでしょうよ」
 この人数とこの扱いを見るに、使い捨ての労働力ではなく、戸籍も人権も無い高価な玩具としてだろうか。そうであれば女性が多い理由も理解しやすい。
「確定で黒だな」
 ボルディアは怒りを収めきれない様子ではあったが、その前にすべきことを忘れてはいなかった。彼女は急ぎ、外に残ったアークに合図を出す。アークはすぐさま駆け出し、武装した兵士が待機する詰所へと報告に走っていった。



 ゴドウィンは証拠となる『商品』を発見され、翌朝までには領主の兵に捕縛された。盗賊ギルド残党も同様に夜の強襲でその多くが捕縛されるか、抵抗して殺された。人身売買に関わる帳簿自体は発見出来なかったものの、屋敷の捜索の結果余罪を示唆する禁制品も発見され、ほどなく彼の実刑は確定した。彼の悪事に荷担した店員も軒並み捕縛されたが、ただ一人ルボルの行方だけが分からずじまいとなった。ルボルの居場所を突き止められず、且つルボル不在を狙って襲撃を実行した事が仇となっているが、これは調査の途中でゴドウィンの警戒度が引きあがったのがそもそもの原因だ。
 ルボルの逃走という禍根は残しつつも、組織自体を壊滅できた為に、伯爵は十分な結果と評価した。ホーンズビー商店はしばらく領主の管轄下に置かれる事となったが、違法な部門を完全に切り離したのちは、ゴドウィンの息子達の合議で経営されることとなった。ハンターによる事前の調査が多岐にわたった為、最初の想定よりも早く商店は復活させる事が出来た。別件ではあるが、これもハンターの功績として数えられている。

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  • 遥かなる未来
    テンシ・アガートka0589
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァインka0657
  • 光あれ
    柏木 千春ka3061

重体一覧

参加者一覧

  • 遥かなる未来
    テンシ・アガート(ka0589
    人間(蒼)|18才|男性|霊闘士
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ミストラル
    ウォルター・ヨー(ka2967
    人間(紅)|15才|男性|疾影士
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2016/12/10 14:38:43
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/12/07 01:52:31