ゲスト
(ka0000)
【碧剣】半藏討滅戦線:迎撃戦
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~9人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/18 09:00
- 完成日
- 2017/01/04 03:35
みんなの思い出
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オープニング
●
“死後”の半藏イエとユエは、正真正銘のバケモノとなった。
双子で、その容貌は酷似していると言えども、性は違うし名も違う。
そもそもが、別の“個”なのだ。自然の理にならうまでもなく、徹頭徹尾、別人。
異なることは、あるいはその相違そのものが、二人に格別の快楽を与えたことは想像に難くない。
死線をくぐり抜けながら、溶け合い、混じり合い、叫喚することは、二人を狂わせたこともまた、事実なのだ。
泥のように濃密に。隔て無く。粘質で。渾然とした交歓。
肉体を越えて。刹那の感覚を越えて。混じり合い、溶け合えたら。
凄烈な感情が二人の胸中に渦を巻いていることを、かの憤怒の王、業炎が見越したかは、定かではない。
だが、結果として、そう成った。
二人は、その本意を成した。
それが、過ちと知らないままに。
●
半藏ユエは、猛っていた。まただ。また、イエが死んだ。
いや、そんな筈はない。イエは居る。隣に。ユエの隣に、居る。
「やあ、ユエ」
「やあ、イエ」
ああ、ほら、イエはそこにいる。
死んでない。死んでるはずがない。
「楽しいね、ユエ」
「……うん、愉しいよ、イエ」
でも、まだ、“足りない”。そう解った。イエはまだ、完全じゃない。
業炎の命令で二人はその身体の多くを喪失した。
その後もずっと、歪虚もヒトもケモノも集めて、集めて、集めてきたけれど、“まだ、足りない”。
「――あの豚羊」
あれを喰べたら、足りるだろうか。
「どうしたの、ユエ」
「なんでもないよ、イエ」
イエはくつくつと笑った。ユエもつられて、くすくすと笑った。
「ねえ、ユエ」
「なぁに、イエ」
笑いながら、イエは言った。
「また、ひとつになろっか、ユエ」
笑いながら、ユエも言った。
「そうだね、それがいいね、イエ」
一つになる。それは、イエとユエの夢だった。
今となっては、もう――。
●
『そこにいるんだろう、シュリ・エルキンズ!』
●
まただ。唐突に脳裏に響く声が、シュリ・エルキンズ(kz0195)の胸中をこれでもかと、揺さぶった。年若い声で紡がれる悲鳴が、絶叫が、耳を貫く。
「――っ」
硬く目をつぶり、首を振る。どう足掻いてもやり過ごす事は出来ない。ただ、その暴力的なまでの後悔に耐えるしかない。
あの時自分は、飛び出した。飛び出すことが、出来た。
それでも、その事実は無謀の現れにはなりこそすれ、少年にとって何の救いにもならないのだ。
フリー。クリス。
二人は、死んでしまった。
「どうした、シュリ・エルキンズ」
「……いえ、大丈夫です」
『歪虚対策会議』の代表、ロシュ・フェイランドが馬上から告げる声に、なんとかそう応じた。
シュリの傍らには、王国が誇る名馬、ゴースロン。商人を装うために用意した荷馬車を曳くための馬には勿体無いくらいだが、今回に限っては、命を預ける相棒である。
見下ろすロシュはしばし口を閉ざしていたが、
「重ねてになるが」
改めて、口を開いた。
「半藏の動きは、どうもおかしい。領内での誘拐そのものは、依然として完璧に遂行していると思われるが、奴ら、それを止める素振りを見せん。被害が拡大していることは腹立たしいが――これは、奴らの生まれを思えば、尋常ならざる事態だ」
「……はい」
そう。ハンターたちの打ち合わせの後も、半藏の手によるものと『推察』される事件は頻発していた。ロシュの発案で、行方不明者の捜索は打ち切ることで対応しているが、それでも誘拐を思わせる事件は続いている。
「ハンターが貴様の護衛に付くそうだが……想定外の事態が起こり得ることは、重々承知しておけ」
「はい」
応じながら、前回依頼に出してよかった、と改めて安堵した。心強くない筈が、ない。
少しだけ、心の余裕が出来てきたところで、不意に、気がついた。
ロシュが、胸元の宝玉に片手で触れている。
「その宝玉、綺麗ですね」
「……」
視線と言葉に、ロシュは無言のまま手を離した。そして、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、見下ろしたまま、こう結んだ。
「シュリ・エルキンズ。貴様はまだ、死ぬべき時じゃない」
●
「…………」
街道を進みながら、御者台に腰掛けたシュリは目深にかぶったローブの下から、周囲を油断なく見張る。真後ろの荷台に居るハンターも、多分、同じように見張っているだろう。見晴らしのいい街道だが、どこから攻めてくるかは分からないのだ。
ふと、思うことがあった。
「…………あの時、なんですけど」
ぽつり、と。呟いた。半藏との遭遇戦の時。それから、振り返って情報を集めてから、一つ、予想を抱いていた。
「半藏は、身体の一部を泥にして這い寄る形で近づいていましたけど……あの時、その直前まで、半藏の身体は、確かに在ったんです」
それが、シュリにとっての『勝機』だった。逃げるだけならば――それが可能と思えるだけの。
「過去の報告も見ました。大型化した半藏は、やっぱりその身体に人間のそれが付いていた」
緊張したとき、ヒトの対応は二種類にわかれるらしい。多弁になるか、寡黙になるか。案外、自分は前者かもしれないな、と思った。
「半藏は、その身体は正体不明の泥のようなものかもしれないですけど……索敵には、多分、自分自身の『眼』や『耳』が必要なんだと思うんです、よ、ね……?」
その時だ。
不意に、感じるものがあって、言葉が途切れて――。
「……っ!?」
――韻、と。凄まじい音がした。耳を劈く程の、夥しい程に折り重なったそれが、シュリの頭蓋を叩き割らんとばかりに共鳴する。
わずか一瞬のことだったが、明滅する視界の中で、シュリはそれを眼にした。
遠景に見える、人影。
遠目でも分かるその眼は、ヒトのそれとは異なる、銀光を宿していた。
「半藏……ユエ」
シュリはすぐに、馬を走らせた。ロシュ達が待つ地点へと。
●
嗚呼。
嗚呼。
嗚呼。
まただ。
漸くだ。
その時、『ソレ』は明確に、その『意志』に芽生えた。
幾度目かの発露だが、限りなく制限された機会に、『ソレ』はその権能を余さず発揮する。放射する。
『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』。
――歪虚を、殺せ。
不可視、不可知、不可解なる波濤が飲み込んだのは、歪虚――【ではない】。
ハンターと学生たちを、甘さず包み込んだのだった。
“死後”の半藏イエとユエは、正真正銘のバケモノとなった。
双子で、その容貌は酷似していると言えども、性は違うし名も違う。
そもそもが、別の“個”なのだ。自然の理にならうまでもなく、徹頭徹尾、別人。
異なることは、あるいはその相違そのものが、二人に格別の快楽を与えたことは想像に難くない。
死線をくぐり抜けながら、溶け合い、混じり合い、叫喚することは、二人を狂わせたこともまた、事実なのだ。
泥のように濃密に。隔て無く。粘質で。渾然とした交歓。
肉体を越えて。刹那の感覚を越えて。混じり合い、溶け合えたら。
凄烈な感情が二人の胸中に渦を巻いていることを、かの憤怒の王、業炎が見越したかは、定かではない。
だが、結果として、そう成った。
二人は、その本意を成した。
それが、過ちと知らないままに。
●
半藏ユエは、猛っていた。まただ。また、イエが死んだ。
いや、そんな筈はない。イエは居る。隣に。ユエの隣に、居る。
「やあ、ユエ」
「やあ、イエ」
ああ、ほら、イエはそこにいる。
死んでない。死んでるはずがない。
「楽しいね、ユエ」
「……うん、愉しいよ、イエ」
でも、まだ、“足りない”。そう解った。イエはまだ、完全じゃない。
業炎の命令で二人はその身体の多くを喪失した。
その後もずっと、歪虚もヒトもケモノも集めて、集めて、集めてきたけれど、“まだ、足りない”。
「――あの豚羊」
あれを喰べたら、足りるだろうか。
「どうしたの、ユエ」
「なんでもないよ、イエ」
イエはくつくつと笑った。ユエもつられて、くすくすと笑った。
「ねえ、ユエ」
「なぁに、イエ」
笑いながら、イエは言った。
「また、ひとつになろっか、ユエ」
笑いながら、ユエも言った。
「そうだね、それがいいね、イエ」
一つになる。それは、イエとユエの夢だった。
今となっては、もう――。
●
『そこにいるんだろう、シュリ・エルキンズ!』
●
まただ。唐突に脳裏に響く声が、シュリ・エルキンズ(kz0195)の胸中をこれでもかと、揺さぶった。年若い声で紡がれる悲鳴が、絶叫が、耳を貫く。
「――っ」
硬く目をつぶり、首を振る。どう足掻いてもやり過ごす事は出来ない。ただ、その暴力的なまでの後悔に耐えるしかない。
あの時自分は、飛び出した。飛び出すことが、出来た。
それでも、その事実は無謀の現れにはなりこそすれ、少年にとって何の救いにもならないのだ。
フリー。クリス。
二人は、死んでしまった。
「どうした、シュリ・エルキンズ」
「……いえ、大丈夫です」
『歪虚対策会議』の代表、ロシュ・フェイランドが馬上から告げる声に、なんとかそう応じた。
シュリの傍らには、王国が誇る名馬、ゴースロン。商人を装うために用意した荷馬車を曳くための馬には勿体無いくらいだが、今回に限っては、命を預ける相棒である。
見下ろすロシュはしばし口を閉ざしていたが、
「重ねてになるが」
改めて、口を開いた。
「半藏の動きは、どうもおかしい。領内での誘拐そのものは、依然として完璧に遂行していると思われるが、奴ら、それを止める素振りを見せん。被害が拡大していることは腹立たしいが――これは、奴らの生まれを思えば、尋常ならざる事態だ」
「……はい」
そう。ハンターたちの打ち合わせの後も、半藏の手によるものと『推察』される事件は頻発していた。ロシュの発案で、行方不明者の捜索は打ち切ることで対応しているが、それでも誘拐を思わせる事件は続いている。
「ハンターが貴様の護衛に付くそうだが……想定外の事態が起こり得ることは、重々承知しておけ」
「はい」
応じながら、前回依頼に出してよかった、と改めて安堵した。心強くない筈が、ない。
少しだけ、心の余裕が出来てきたところで、不意に、気がついた。
ロシュが、胸元の宝玉に片手で触れている。
「その宝玉、綺麗ですね」
「……」
視線と言葉に、ロシュは無言のまま手を離した。そして、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、見下ろしたまま、こう結んだ。
「シュリ・エルキンズ。貴様はまだ、死ぬべき時じゃない」
●
「…………」
街道を進みながら、御者台に腰掛けたシュリは目深にかぶったローブの下から、周囲を油断なく見張る。真後ろの荷台に居るハンターも、多分、同じように見張っているだろう。見晴らしのいい街道だが、どこから攻めてくるかは分からないのだ。
ふと、思うことがあった。
「…………あの時、なんですけど」
ぽつり、と。呟いた。半藏との遭遇戦の時。それから、振り返って情報を集めてから、一つ、予想を抱いていた。
「半藏は、身体の一部を泥にして這い寄る形で近づいていましたけど……あの時、その直前まで、半藏の身体は、確かに在ったんです」
それが、シュリにとっての『勝機』だった。逃げるだけならば――それが可能と思えるだけの。
「過去の報告も見ました。大型化した半藏は、やっぱりその身体に人間のそれが付いていた」
緊張したとき、ヒトの対応は二種類にわかれるらしい。多弁になるか、寡黙になるか。案外、自分は前者かもしれないな、と思った。
「半藏は、その身体は正体不明の泥のようなものかもしれないですけど……索敵には、多分、自分自身の『眼』や『耳』が必要なんだと思うんです、よ、ね……?」
その時だ。
不意に、感じるものがあって、言葉が途切れて――。
「……っ!?」
――韻、と。凄まじい音がした。耳を劈く程の、夥しい程に折り重なったそれが、シュリの頭蓋を叩き割らんとばかりに共鳴する。
わずか一瞬のことだったが、明滅する視界の中で、シュリはそれを眼にした。
遠景に見える、人影。
遠目でも分かるその眼は、ヒトのそれとは異なる、銀光を宿していた。
「半藏……ユエ」
シュリはすぐに、馬を走らせた。ロシュ達が待つ地点へと。
●
嗚呼。
嗚呼。
嗚呼。
まただ。
漸くだ。
その時、『ソレ』は明確に、その『意志』に芽生えた。
幾度目かの発露だが、限りなく制限された機会に、『ソレ』はその権能を余さず発揮する。放射する。
『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』。
――歪虚を、殺せ。
不可視、不可知、不可解なる波濤が飲み込んだのは、歪虚――【ではない】。
ハンターと学生たちを、甘さず包み込んだのだった。
リプレイ本文
●
それは、『業炎』にも似た激しさで。
紅い赤い朱い感情が、弾けた。
●
――紅薔薇(ka4766)の視界が紅く明滅した。刀を握る手が白み、腕が軋む。
――ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は左目の幻痛と怒りに涙を流しながら何事かを呟いた。
――神城・錬(ka3822)は憎悪のあまり弾けそうになる咆哮を堪え、蹲る。
●
最初に変調を来たしたのはジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
「赦さねェ……」
「え?」
深い奥底から響く声であった。振り返ったシュリが驚嘆したのは、限界まで弓が引き絞られていたことだ。
「俺も殺してェくれェに憎い。だが、てめェは……!」
隠密や手筈などあったもんじゃない。だが、シュリにはジャックの怒りが余すこと無く『解った』。
「半藏、てめェは此処で必ず殺してやる!!」
●
学生たちが狂乱するのを押しとどめながら、マリエル(ka0116)が声を張るが、混乱が収まる気配は微塵もありはしない。
「行くのか」
「もはや堪ゆることならん」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の問いに紅薔薇は即応しバイクを走らせた。ヴィルマも、それに続いた。異常事態を慨嘆を一つこぼして受け止めたアルトは振り返り柏木 千春(ka3061)とマリエルへと声を張る。
「悪いが、先に行く」
「……はい」
移動速度の差から、留められても一人限りとなることを察して法術を中止した千春が応じた。
走り出した学生たちに並びながら、千春は学生たちに言葉を投げる。
「孤立だけは避けてください。皆さんが倒されて死んでしまっては、それ以上半藏を攻撃することができなくなってしまいますから!」
●
更に後方に位置していたロシュ達も、同様の状況に陥っていた。
「ロシュさん! 待ってください!」
「弓がある! 必要以上には近づかん!」
助けを、と振り返った龍華 狼(ka4940)の視界に、蹲る錬と笑う雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアの姿が飛び込んできた。
「ウ、オ、オ……ッ!」
湧き出る憤怒に獣の如き咆哮を上げながら、隠密を解いた錬が疾駆していく。
「『雨音』が聞こえるわ」
傘をさしながら、馬上のフィリアは耳を澄ます。遠けき狂騒。高潮の如き感情の奔流を、味わうように。
――なんだよこれ……!
狼の胸中の叫びも、宜なるかなだろう……。
●
「喰らいなァ、『デカブツ』ッ!」
言葉の不穏さに、シュリは後方を振り返った。
「……え」
黒々と凝る巨影が、いた。巨大な黒い蛭。十数メートルはあるだろうか。問題は。
「速い……!」
馬の逃げ足に倍する速度で迫ってきていることだ。見れば、巨蛭の各所に小さな口が大量に湧いている。
「「「やったねイエ、今日はご馳走がイッパイだッ!」」」
声と同時に、巨蛭の身体から多量の泥が各方に飛んでいった。
矢を受けながらも、泥は消滅することなく馬車の後方至近に墜落し、爆散。粘質な飛沫音はたしかに馬車に届いたが、馬車の機動は乱れなかった。シュリが安堵の息をこぼした、直後。
「ぐ、ッ」
「ジャックさん!?」
降りかかる泥を鎧と盾で払いはしたが、染み込み身体を喰われる痛みに呻き声が漏れる。それでも、『この痛み』は自罰を、満たす。だから、ジャックはさらに咆哮を上げた。
●
「……来るぞ!」
馬車を襲った『泥』の投擲が馬車を通り越すように大きく放物線を描いてこちらに向かう様に、アルトは警句する。
「邪魔をするでないッ!」
接地の寸前に、ヴィルマが紡いだ雷轟が大気を打ち鳴らした。その威力に、アルトは眉をひそめた。飛んできた泥塊は、跡形もなく蒸散。
「……強力に過ぎる」
疑問が深まったのは、その直後。
前方で、紅薔薇が喉が裂けん程の気迫と共に、鞘に納めた刀を前に構えた。しゅらりと華やかな音と共に青い花弁の影が散る。
速度の差で自然と追い抜く形になる。泥を一太刀で切った紅薔薇の表情が見えた。憤怒に歪んだ剣修羅の表情に――この異常の『切掛け』が、読めてきた。
「……シュリ・エルキンズ。君はどうだ」
●
『剣を抜いた理由を忘れるな、シュリ・エルキンズ』
シュリは、出陣に先立ってのアルトの言葉を思い出していた。その答えが、恐怖と何かに焦げ付く胸中を撫でていく。
だが。
「「「アハハハハハハッ!」」」
無情にも、真後ろから声が響いた。
呑み込まれる、と悟ったジャックの内奥は、渾然としていた。それでも、その行動は端的だった。
「……っ!」
御者台へと駆ける。
そのまま、無我夢中で馬を操るシュリを小脇に抱えて――高速で流れる大地へと、飛び降りた。
●
馬車が呑まれた。一瞥できたのみだが、すでにジャックの傷は重かった。囮として、そして盾として身体を晒した結果と知れた。下馬し周囲を見やる。敵影無し。
上方に、『ユエ』と思しき身体が見えた。刃を届けるには些か、遠い。
「疾ッ」
故に、前へ。紅蓮の幻影を纏うその速度をユエは捉えることもできなかった。踏み込んだ距離の分だけ、巨蛭の身体が寸断される。
「う、ああ……ッ!」
斬り分かたれた泥の内側から、碧色の剣閃が爆ぜた。内部から人影が飛び出してくる。
「無事か?」
「はい! でも、ジャックさんが!」
夥しく血に濡れたジャックを背負ったシュリだ。その目には、巨蛭を割断せしめた技量に対する驚愕と、憧憬。
弾けた泥までもよけて見せたアルトは、振り返り、構えをとる。
「半藏ユエ。一人だけのごっこ遊びも虚しいだろう? 終わらせてやる」
対するユエは身体中の口を大きく震わせて大笑。
「「「あはは、大きい口を叩くんだねェ!」」」
瞬後、ユエの周囲から無数の影が立ち昇る。不出来なヒトのようなそれ。出処は、アルトが切り払った泥の塊だ。
「切った分だけ、これが湧く、か」
アルトが冷静に判じ――転瞬、放たれたのは二連の魔術と、居合からの斬撃。
湧き上がった傀儡を焼き貫く雷撃と氷柱を追うように奔った紅薔薇の斬撃は、巨蛭の本体までも切ってみせた。
「塵も残さん。鏖じゃ、憤怒の眷属よ」
黒髪を散らした東方の剣姫は嗤い、
「そなたは歪虚」
両の目から青い光を灯した霧の魔女の表情は、
「殺すには十分な理由じゃ」
殺意に、歪んでいた。
●
狼は深く憤慨していた。
「前方を抑えろ。ハンターが前に立つ手筈になっている。半藏を焼き殺せ!」
喜々として無線機に叩きつけるロシュは絶好調ここに極まれりである。
「ああ……」
しかし。
狼は決して暇ではない。新調した刀は多量の傀儡達には実に効果的だったからだ。
そう。
多量の、傀儡達である。
「くっ、そッ!」
ロシュを背中に背負い、縦横無尽に斬撃を放つ。ロシュが半藏を射続けたせいで注意を引いてしまったのだ。
この場にいるのはロシュと狼だけ。だが、ユエ本体ならばいざしらず、この傀儡であれば狼と、この刃であれば捌き得る。
この場には、フィリアも、錬も居ない。錬は兎も角フィリアは一見まともだったが、馬を駆って何処かへと消えた。
――ほんと、ボーナスくらいつけろよ、クソ貴族……ッ!
●
「これは……」
漸くの思いで到着したその戦場を目にした時、マリエルは思わず目を見開いた。
壮絶な、消耗戦であった。
浴びるように治療薬を飲み干し捨てたヴィルマは血塗れだ。
「――殺してくれる!!」
雷撃は、巨蛭の上端の『半藏ユエ』を狙ってのもの。効果はあったが射線は『上』を向く。地上の傀儡を散らすことはできない。
「早く、彼女を下げてくれ!」
そう言うアルトは巨蛭の至近につけて大立ち回りをしているが、泥の身体、更には拡張・増加し続ける敵の数からヴィルマを護るには至らない。
「ガ、ア、ア……ッ!」
獣の如く咆哮し、爆ぜて散った泥ごと踏み抜くように、大上段に刃を構え、巨蛭の側方に至る。
「無残に滅びるが良い、化け物ッ」
ぞぶり、と、その光刃が巨蛭の身に沈んだ瞬後、泥の塊が爆散。
「治療は任せてください!」
「お願い!」
千春の判断に先んじてジャックの元へと走るマリエル。一方千春はヴィルマの側方、傀儡達の最前へとつける。
「私より前に出ないで! ヴィルマさんも!」
道中で学生たちに言いつけておいた事を改めて告げつつ、ヴィルマの手を引いた。
「……っ」
負傷に朦朧としているヴィルマはそれだけで千春の身体に身を預ける形になる。
「くっ……」
しかし、千春には転倒しそうになるヴィルマを支えることも、治療することもできなかった。
「「「その女を殺れ!」」」
ヴィルマ目掛けて殺到する『傀儡』や放たれる泥から彼女を護らねばならない。
「させない!」
紡ぐのは、この場に於ける最適解。
千春の身から湧いた聖光は、その猛襲を凌ぎ切ってみせた。
しかしそれは、一瞬だけの奇跡だ。長くは続かない。しかし、狂奔する学生たちの術が、矢弾が傀儡に降り注ぐ。
「死ねェ!」
その攻撃は正しく有効だ。アルトと紅薔薇の猛攻で切り分けられた泥から生じる傀儡に対して面の攻撃で攻めていく。
「……でも、決定打にはならない」
千春はヴィルマに治療を施しながら、呟く。貯蔵された泥を削れてはいるだろうが、『ユエ』に攻撃が届かない。狂戦士と化した紅薔薇は狙う素振りはあるが手が届かないし、学生たちの火力はこの場の均衡を保つためにも傀儡へ向けざるを得ない。
――ユエはヴィルマを狙っていた。
その胸中を汲んだか、千春の腕の中でヴィルマが身じろぎした。
「まだ、やれる、のじゃ」
震える足で立ち上がるヴィルマを、千春は止められない。マリエルの治療を受けてジャックも幽鬼の如く立ち上がる。
千春は頷き、構えた。
「――勝ちましょう!」
自分の仕事は、この均衡を出来る限り有利な形へと傾け、それを支えることだとわかっていたから。
●
錬はハンターではあるが、元をたどれば鍛冶の徒である。
彼には師が居た。
歪虚に、抉られ、殺された。
その光景が、目に焼き付いて離れない――。
●
後詰が到着してもなお、消耗戦の様相は変わらない。転機となったのは。
「ウォオオオおおおお!!!」
壮絶な戦場に、一際際立つ怒声が響いたことだった。忍び装束に身を包んだ人影が、混戦に紛れて忍び寄っていたのだ。
何処に?
巨蛭の、背に。
憎悪に取り憑かれた錬には『ユエ』しか見えていない。巨蛭の背にある“歯”を疾影士の強靭な脚力で駆け抜ける。憎悪を孕んだ咆哮と共に錬を阻むように巨蛭の背から湧き上がる傀儡を切り落としていく。
その、恩讐の刃を。
「……いやぁ、届かないよ」
上半身のみのユエが、その手を刃の如く変じて、受け止めていた。
ユエはそのまま絡め取るように錬の襟首を掴むと、自らの腹へと“引き寄せる”。反射的に伸ばした刃がユエの泥の腹を裂くが、踏ん張ろうとした足が呑まれていく。激痛に、身体が強張る。
「ぐ、が……ッ!」
「じゃあね♪」
「ちっ!」
地上からそれを見上げるアルトの鞭は傀儡に射線を遮られており届かない。一か八か、ヴィルマや学生たちに撃たせるしかない。そう、判じたその時だった。
――ねえ。
「あれは……」
見上げた先に、『もう一つ』、人影があった。
●
まるで通路の無い薔薇園のようだった。
尖った薔薇の棘は身を裂く。“けれどそこには道がある”。
だから少女はそこに往った。
それが、少女の生き方だから。
●
錬を挟み込むようにして二人の距離が絶無になる。
――。
巨蛭の頭頂にあるユエの耳元で、何事かを囁くフィリア。その声に撃たれたようにユエは硬直。錬が裂いたその腹元には『マテリアルの毒を孕んだ』機剣が突き立っていた。
「フィ、リ、アアァァ……ッ!!」
初めて名を呼び憤怒を零すユエの腹が、刃と毒に裂けていく。
やがて。
ずぶり、と粘質な音を立てて、ユエの上半身は地上に墜落した。
●
巨蛭とユエが、分かたれたと同時、巨蛭は統制を失い、“できの悪いヒトガタ”へと変じていく。
「ア、アアアア……ッ!」
すぐに五体を得たユエの怒声に呼応するように巨蛭から泥が方方に跳ねた。
「う、わああっ!」
のたうち回る大蛇のようなそれを潜り抜けながら、シュリはフィリアと錬の元に駆け寄り、墜落を阻止。
「忌ィィィ……ッ!」
一方、紅薔薇はそれには目もくれず、狂喜してユエに斬りかかった。茫漠なマテリアルを含んだ刃が、ユエの顔を貫き弾く。
「マリエルちゃん!」
「うん!」
千春の声と同時。傷口から溢れた多量の泥が忽ち黒刃に変じ、紅薔薇の首元を切り裂いた。首が落ちなかったのはマリエルの法術がその威力を減じたからだ。そのまま二人は別々の法術を編む。方や聖なる光杭の術。方や、彼女たちの身を護る、聖なる光球。
それらを背に、アルトは暴れ狂う巨体を神速の刃で斬って抜ける。だが、切り口から溢れた泥が、ユエの怒りに応じるように爆炎に転じた。アルトの加速に倍する速さで少女の身を包み込む。
「……この炎、憤怒の――!」
“気絶から目を覚ました”ジャックの怒りは、何処かへと消えていた。だが、瞬後には同質のものが湧き上がってくる。正真正銘の、彼自身の怒り。
巨大な泥人形が、爆炎と化していた。学生たちは、動けないユエに攻撃を浴びせ続けている。その焔に呑まれたアルトの元へと駆けながら、ジャックは叫んだ。
「憎しみは消えるモンじゃねぇ! けどよ、憎しみよりも強い感情が俺様らにはあんだろうがよ!」
憤怒の権能は、ジャックの身も燃やさんと爆ぜる。それでも、ジャックは叫び続けた。
「歪虚を倒す為に戦うんじゃねぇ! 守る為に歪虚と戦うんだろ!」
その声に、応える者は、居なかった。
●
「ねえ」
ユエはもう、動けない。ただ、その声に我に返った。
「『あなた』は、だあれ?」
それは“再び”、その問いを発した。
珈琲と牛乳が溶け合う紋様の美しさは、一瞬だけのもの。
なら、今のソレは?
「――赦さない」
問いに、半藏の身が『憤怒の権能』をもって弾けた。
自らの身を燃やし、相手を灼く。
極小なる『それら』が集まったユエにとってそれは、終の焔にほかならない。
一つが燃えれば、連鎖して、波及していく。
「燃えて、消えるのね」
フィリアは謳った。
その熱に灼かれながら、耳を済ました。
「雨音が、聞こえるわ」
●
「……依頼主の皆さんは無事。強敵も、斃しました」
「ご苦労だった」
恨みがましい狼の視線に、ロシュは冷然と応じた。
「意図せぬ事態もありましたけど、無事に乗り越えましたよね」
「何が言いたい?」
――空気のよめねーボンボンめ……。
言いたい事は山ほどあったが、この場は引き下がる事にする。
この子息らはどうにも、きな臭いが――同時に、金の匂いは未だ高く香るのだ。
だから、今は曖昧に微笑んで、お疲れ様でした、と結んだのだった。
重体者六名。学生達では、シュリ以外に負傷者なし。
戦果は、業炎配下であった半藏ユエの討伐。
上々の結果だろう。
それは、『業炎』にも似た激しさで。
紅い赤い朱い感情が、弾けた。
●
――紅薔薇(ka4766)の視界が紅く明滅した。刀を握る手が白み、腕が軋む。
――ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は左目の幻痛と怒りに涙を流しながら何事かを呟いた。
――神城・錬(ka3822)は憎悪のあまり弾けそうになる咆哮を堪え、蹲る。
●
最初に変調を来たしたのはジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
「赦さねェ……」
「え?」
深い奥底から響く声であった。振り返ったシュリが驚嘆したのは、限界まで弓が引き絞られていたことだ。
「俺も殺してェくれェに憎い。だが、てめェは……!」
隠密や手筈などあったもんじゃない。だが、シュリにはジャックの怒りが余すこと無く『解った』。
「半藏、てめェは此処で必ず殺してやる!!」
●
学生たちが狂乱するのを押しとどめながら、マリエル(ka0116)が声を張るが、混乱が収まる気配は微塵もありはしない。
「行くのか」
「もはや堪ゆることならん」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の問いに紅薔薇は即応しバイクを走らせた。ヴィルマも、それに続いた。異常事態を慨嘆を一つこぼして受け止めたアルトは振り返り柏木 千春(ka3061)とマリエルへと声を張る。
「悪いが、先に行く」
「……はい」
移動速度の差から、留められても一人限りとなることを察して法術を中止した千春が応じた。
走り出した学生たちに並びながら、千春は学生たちに言葉を投げる。
「孤立だけは避けてください。皆さんが倒されて死んでしまっては、それ以上半藏を攻撃することができなくなってしまいますから!」
●
更に後方に位置していたロシュ達も、同様の状況に陥っていた。
「ロシュさん! 待ってください!」
「弓がある! 必要以上には近づかん!」
助けを、と振り返った龍華 狼(ka4940)の視界に、蹲る錬と笑う雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアの姿が飛び込んできた。
「ウ、オ、オ……ッ!」
湧き出る憤怒に獣の如き咆哮を上げながら、隠密を解いた錬が疾駆していく。
「『雨音』が聞こえるわ」
傘をさしながら、馬上のフィリアは耳を澄ます。遠けき狂騒。高潮の如き感情の奔流を、味わうように。
――なんだよこれ……!
狼の胸中の叫びも、宜なるかなだろう……。
●
「喰らいなァ、『デカブツ』ッ!」
言葉の不穏さに、シュリは後方を振り返った。
「……え」
黒々と凝る巨影が、いた。巨大な黒い蛭。十数メートルはあるだろうか。問題は。
「速い……!」
馬の逃げ足に倍する速度で迫ってきていることだ。見れば、巨蛭の各所に小さな口が大量に湧いている。
「「「やったねイエ、今日はご馳走がイッパイだッ!」」」
声と同時に、巨蛭の身体から多量の泥が各方に飛んでいった。
矢を受けながらも、泥は消滅することなく馬車の後方至近に墜落し、爆散。粘質な飛沫音はたしかに馬車に届いたが、馬車の機動は乱れなかった。シュリが安堵の息をこぼした、直後。
「ぐ、ッ」
「ジャックさん!?」
降りかかる泥を鎧と盾で払いはしたが、染み込み身体を喰われる痛みに呻き声が漏れる。それでも、『この痛み』は自罰を、満たす。だから、ジャックはさらに咆哮を上げた。
●
「……来るぞ!」
馬車を襲った『泥』の投擲が馬車を通り越すように大きく放物線を描いてこちらに向かう様に、アルトは警句する。
「邪魔をするでないッ!」
接地の寸前に、ヴィルマが紡いだ雷轟が大気を打ち鳴らした。その威力に、アルトは眉をひそめた。飛んできた泥塊は、跡形もなく蒸散。
「……強力に過ぎる」
疑問が深まったのは、その直後。
前方で、紅薔薇が喉が裂けん程の気迫と共に、鞘に納めた刀を前に構えた。しゅらりと華やかな音と共に青い花弁の影が散る。
速度の差で自然と追い抜く形になる。泥を一太刀で切った紅薔薇の表情が見えた。憤怒に歪んだ剣修羅の表情に――この異常の『切掛け』が、読めてきた。
「……シュリ・エルキンズ。君はどうだ」
●
『剣を抜いた理由を忘れるな、シュリ・エルキンズ』
シュリは、出陣に先立ってのアルトの言葉を思い出していた。その答えが、恐怖と何かに焦げ付く胸中を撫でていく。
だが。
「「「アハハハハハハッ!」」」
無情にも、真後ろから声が響いた。
呑み込まれる、と悟ったジャックの内奥は、渾然としていた。それでも、その行動は端的だった。
「……っ!」
御者台へと駆ける。
そのまま、無我夢中で馬を操るシュリを小脇に抱えて――高速で流れる大地へと、飛び降りた。
●
馬車が呑まれた。一瞥できたのみだが、すでにジャックの傷は重かった。囮として、そして盾として身体を晒した結果と知れた。下馬し周囲を見やる。敵影無し。
上方に、『ユエ』と思しき身体が見えた。刃を届けるには些か、遠い。
「疾ッ」
故に、前へ。紅蓮の幻影を纏うその速度をユエは捉えることもできなかった。踏み込んだ距離の分だけ、巨蛭の身体が寸断される。
「う、ああ……ッ!」
斬り分かたれた泥の内側から、碧色の剣閃が爆ぜた。内部から人影が飛び出してくる。
「無事か?」
「はい! でも、ジャックさんが!」
夥しく血に濡れたジャックを背負ったシュリだ。その目には、巨蛭を割断せしめた技量に対する驚愕と、憧憬。
弾けた泥までもよけて見せたアルトは、振り返り、構えをとる。
「半藏ユエ。一人だけのごっこ遊びも虚しいだろう? 終わらせてやる」
対するユエは身体中の口を大きく震わせて大笑。
「「「あはは、大きい口を叩くんだねェ!」」」
瞬後、ユエの周囲から無数の影が立ち昇る。不出来なヒトのようなそれ。出処は、アルトが切り払った泥の塊だ。
「切った分だけ、これが湧く、か」
アルトが冷静に判じ――転瞬、放たれたのは二連の魔術と、居合からの斬撃。
湧き上がった傀儡を焼き貫く雷撃と氷柱を追うように奔った紅薔薇の斬撃は、巨蛭の本体までも切ってみせた。
「塵も残さん。鏖じゃ、憤怒の眷属よ」
黒髪を散らした東方の剣姫は嗤い、
「そなたは歪虚」
両の目から青い光を灯した霧の魔女の表情は、
「殺すには十分な理由じゃ」
殺意に、歪んでいた。
●
狼は深く憤慨していた。
「前方を抑えろ。ハンターが前に立つ手筈になっている。半藏を焼き殺せ!」
喜々として無線機に叩きつけるロシュは絶好調ここに極まれりである。
「ああ……」
しかし。
狼は決して暇ではない。新調した刀は多量の傀儡達には実に効果的だったからだ。
そう。
多量の、傀儡達である。
「くっ、そッ!」
ロシュを背中に背負い、縦横無尽に斬撃を放つ。ロシュが半藏を射続けたせいで注意を引いてしまったのだ。
この場にいるのはロシュと狼だけ。だが、ユエ本体ならばいざしらず、この傀儡であれば狼と、この刃であれば捌き得る。
この場には、フィリアも、錬も居ない。錬は兎も角フィリアは一見まともだったが、馬を駆って何処かへと消えた。
――ほんと、ボーナスくらいつけろよ、クソ貴族……ッ!
●
「これは……」
漸くの思いで到着したその戦場を目にした時、マリエルは思わず目を見開いた。
壮絶な、消耗戦であった。
浴びるように治療薬を飲み干し捨てたヴィルマは血塗れだ。
「――殺してくれる!!」
雷撃は、巨蛭の上端の『半藏ユエ』を狙ってのもの。効果はあったが射線は『上』を向く。地上の傀儡を散らすことはできない。
「早く、彼女を下げてくれ!」
そう言うアルトは巨蛭の至近につけて大立ち回りをしているが、泥の身体、更には拡張・増加し続ける敵の数からヴィルマを護るには至らない。
「ガ、ア、ア……ッ!」
獣の如く咆哮し、爆ぜて散った泥ごと踏み抜くように、大上段に刃を構え、巨蛭の側方に至る。
「無残に滅びるが良い、化け物ッ」
ぞぶり、と、その光刃が巨蛭の身に沈んだ瞬後、泥の塊が爆散。
「治療は任せてください!」
「お願い!」
千春の判断に先んじてジャックの元へと走るマリエル。一方千春はヴィルマの側方、傀儡達の最前へとつける。
「私より前に出ないで! ヴィルマさんも!」
道中で学生たちに言いつけておいた事を改めて告げつつ、ヴィルマの手を引いた。
「……っ」
負傷に朦朧としているヴィルマはそれだけで千春の身体に身を預ける形になる。
「くっ……」
しかし、千春には転倒しそうになるヴィルマを支えることも、治療することもできなかった。
「「「その女を殺れ!」」」
ヴィルマ目掛けて殺到する『傀儡』や放たれる泥から彼女を護らねばならない。
「させない!」
紡ぐのは、この場に於ける最適解。
千春の身から湧いた聖光は、その猛襲を凌ぎ切ってみせた。
しかしそれは、一瞬だけの奇跡だ。長くは続かない。しかし、狂奔する学生たちの術が、矢弾が傀儡に降り注ぐ。
「死ねェ!」
その攻撃は正しく有効だ。アルトと紅薔薇の猛攻で切り分けられた泥から生じる傀儡に対して面の攻撃で攻めていく。
「……でも、決定打にはならない」
千春はヴィルマに治療を施しながら、呟く。貯蔵された泥を削れてはいるだろうが、『ユエ』に攻撃が届かない。狂戦士と化した紅薔薇は狙う素振りはあるが手が届かないし、学生たちの火力はこの場の均衡を保つためにも傀儡へ向けざるを得ない。
――ユエはヴィルマを狙っていた。
その胸中を汲んだか、千春の腕の中でヴィルマが身じろぎした。
「まだ、やれる、のじゃ」
震える足で立ち上がるヴィルマを、千春は止められない。マリエルの治療を受けてジャックも幽鬼の如く立ち上がる。
千春は頷き、構えた。
「――勝ちましょう!」
自分の仕事は、この均衡を出来る限り有利な形へと傾け、それを支えることだとわかっていたから。
●
錬はハンターではあるが、元をたどれば鍛冶の徒である。
彼には師が居た。
歪虚に、抉られ、殺された。
その光景が、目に焼き付いて離れない――。
●
後詰が到着してもなお、消耗戦の様相は変わらない。転機となったのは。
「ウォオオオおおおお!!!」
壮絶な戦場に、一際際立つ怒声が響いたことだった。忍び装束に身を包んだ人影が、混戦に紛れて忍び寄っていたのだ。
何処に?
巨蛭の、背に。
憎悪に取り憑かれた錬には『ユエ』しか見えていない。巨蛭の背にある“歯”を疾影士の強靭な脚力で駆け抜ける。憎悪を孕んだ咆哮と共に錬を阻むように巨蛭の背から湧き上がる傀儡を切り落としていく。
その、恩讐の刃を。
「……いやぁ、届かないよ」
上半身のみのユエが、その手を刃の如く変じて、受け止めていた。
ユエはそのまま絡め取るように錬の襟首を掴むと、自らの腹へと“引き寄せる”。反射的に伸ばした刃がユエの泥の腹を裂くが、踏ん張ろうとした足が呑まれていく。激痛に、身体が強張る。
「ぐ、が……ッ!」
「じゃあね♪」
「ちっ!」
地上からそれを見上げるアルトの鞭は傀儡に射線を遮られており届かない。一か八か、ヴィルマや学生たちに撃たせるしかない。そう、判じたその時だった。
――ねえ。
「あれは……」
見上げた先に、『もう一つ』、人影があった。
●
まるで通路の無い薔薇園のようだった。
尖った薔薇の棘は身を裂く。“けれどそこには道がある”。
だから少女はそこに往った。
それが、少女の生き方だから。
●
錬を挟み込むようにして二人の距離が絶無になる。
――。
巨蛭の頭頂にあるユエの耳元で、何事かを囁くフィリア。その声に撃たれたようにユエは硬直。錬が裂いたその腹元には『マテリアルの毒を孕んだ』機剣が突き立っていた。
「フィ、リ、アアァァ……ッ!!」
初めて名を呼び憤怒を零すユエの腹が、刃と毒に裂けていく。
やがて。
ずぶり、と粘質な音を立てて、ユエの上半身は地上に墜落した。
●
巨蛭とユエが、分かたれたと同時、巨蛭は統制を失い、“できの悪いヒトガタ”へと変じていく。
「ア、アアアア……ッ!」
すぐに五体を得たユエの怒声に呼応するように巨蛭から泥が方方に跳ねた。
「う、わああっ!」
のたうち回る大蛇のようなそれを潜り抜けながら、シュリはフィリアと錬の元に駆け寄り、墜落を阻止。
「忌ィィィ……ッ!」
一方、紅薔薇はそれには目もくれず、狂喜してユエに斬りかかった。茫漠なマテリアルを含んだ刃が、ユエの顔を貫き弾く。
「マリエルちゃん!」
「うん!」
千春の声と同時。傷口から溢れた多量の泥が忽ち黒刃に変じ、紅薔薇の首元を切り裂いた。首が落ちなかったのはマリエルの法術がその威力を減じたからだ。そのまま二人は別々の法術を編む。方や聖なる光杭の術。方や、彼女たちの身を護る、聖なる光球。
それらを背に、アルトは暴れ狂う巨体を神速の刃で斬って抜ける。だが、切り口から溢れた泥が、ユエの怒りに応じるように爆炎に転じた。アルトの加速に倍する速さで少女の身を包み込む。
「……この炎、憤怒の――!」
“気絶から目を覚ました”ジャックの怒りは、何処かへと消えていた。だが、瞬後には同質のものが湧き上がってくる。正真正銘の、彼自身の怒り。
巨大な泥人形が、爆炎と化していた。学生たちは、動けないユエに攻撃を浴びせ続けている。その焔に呑まれたアルトの元へと駆けながら、ジャックは叫んだ。
「憎しみは消えるモンじゃねぇ! けどよ、憎しみよりも強い感情が俺様らにはあんだろうがよ!」
憤怒の権能は、ジャックの身も燃やさんと爆ぜる。それでも、ジャックは叫び続けた。
「歪虚を倒す為に戦うんじゃねぇ! 守る為に歪虚と戦うんだろ!」
その声に、応える者は、居なかった。
●
「ねえ」
ユエはもう、動けない。ただ、その声に我に返った。
「『あなた』は、だあれ?」
それは“再び”、その問いを発した。
珈琲と牛乳が溶け合う紋様の美しさは、一瞬だけのもの。
なら、今のソレは?
「――赦さない」
問いに、半藏の身が『憤怒の権能』をもって弾けた。
自らの身を燃やし、相手を灼く。
極小なる『それら』が集まったユエにとってそれは、終の焔にほかならない。
一つが燃えれば、連鎖して、波及していく。
「燃えて、消えるのね」
フィリアは謳った。
その熱に灼かれながら、耳を済ました。
「雨音が、聞こえるわ」
●
「……依頼主の皆さんは無事。強敵も、斃しました」
「ご苦労だった」
恨みがましい狼の視線に、ロシュは冷然と応じた。
「意図せぬ事態もありましたけど、無事に乗り越えましたよね」
「何が言いたい?」
――空気のよめねーボンボンめ……。
言いたい事は山ほどあったが、この場は引き下がる事にする。
この子息らはどうにも、きな臭いが――同時に、金の匂いは未だ高く香るのだ。
だから、今は曖昧に微笑んで、お疲れ様でした、と結んだのだった。
重体者六名。学生達では、シュリ以外に負傷者なし。
戦果は、業炎配下であった半藏ユエの討伐。
上々の結果だろう。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/14 23:26:49 |
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相談卓 柏木 千春(ka3061) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/12/18 08:59:50 |
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質問卓 柏木 千春(ka3061) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/12/17 16:32:38 |