ゲスト
(ka0000)
まほろば
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/18 22:00
- 完成日
- 2016/12/27 23:32
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
クリームヒルトが魔剣に囚われた。
魔剣という言葉は正しくないのかもしれない。町全体に張られた魔法陣がその内部でばらまかれた歪虚ファルバウティの遺骸である無数の死体に貯めこまれた負のマテリアル吸収装置と言った方が正しいだろうか。
何百という死体、またガルカヌンクに滲みついてきた悲嘆が、怨嗟が、懊悩が。また鉱山に隠された死体の数々もそれに合わせて取り込まれていく。
列車の線路という魔法陣の内側はドロドロの闇で閉ざされていた。
これが収束し終おわるということは、クリームヒルトにそれが吸収されるということ。この時この瞬間を仕組んでいたボラ族の鍛冶師ロッカが企んでいたことだ。
「近づけない……負のマテリアルがきつすぎる。浄化術が必要だな」
ベント伯は線路を斧で叩き壊してみたものの変化はなくうなだれた。一般人の彼ではその沿岸部に立っているだけでもやっとのことだろう。
「アミィ。なんとかして、なんとかクリームヒルト様を助けないと!」
クリームヒルトの参謀を務めるアミィに、テミスが問い詰める。
「はいはいはい、そう思って、助け呼んじゃいました」
馬の駆ける音に目をやって、アミィは笑った。
●
「まず、クリームヒルトのところにたどり着くには……」
「はい、浄化術で皆をお助けします」
「任せて、二点結界で皆を届けますっ」
エルフハイムの双子の姉妹サイアとミーファが挙手する。
「オッケー。でも二点結界はそれぞれの端点に一人ずつ配置よね。つまり一人は中に入らないといけないの。浄化術以外の方法で。そこでレギン」
アミィは技術開発担当のレギンを見ると彼はディファレンスエンジンを稼働させながら浄化用カートリッジを自らのポケットからエンジンに差し込む。
「任せとけ。ロッカのクソ野郎。頭がなまじっかいいヤツはみんなろくでもねぇ」
「あたしの方向いて言うな。浄化しながらの移動だとすぐカートリッジが足りなくなる。そこでミネアちゃん」
「は、はい。あの……覚醒もできなくてお役に立てませんけど馬車ならお貸しできますっ」
アミィの要請に従い、皆を運んできたミネアはすぐさまそう答えた。
「馬車で結界張れば移動できるかんね。馬車に向かって攻撃が仕掛けられた時は……ボラ族。あんた達の仕事よ」
「おうっ! 吹き飛ばしてやる」
「仲間の犯した罪、償わさせてもらうわ」
ゾールとレイアが馬車に飛び込む。
「ウルくんはスィアリの足止めに行ってもらってる。どうなるかわかんないけど、スィアリとクリームヒルトがぶつかると最悪な結果になることしか想像できない。万が一の時は……」
北側からは歪虚スィアリがロッカの呼びかけにより現れていた。ウルは真っ先にそちらに向かっていた。
「そして万が一の時は……」
「お忙しい中、ご迷惑をおかけします」
アミィが視線をやるとメルツェーデスが兵士達の長、帝国第一師団副師団長シグルドに頭を下げていた。ベント伯とメルツェーデスがコネを総動員させて来てもらったのだ。
「相変わらず、馬鹿な妹を持つと苦労するよ。外に出てくるような障害は全部任せてくれ。第2、3、5大隊、山岳装備で包囲。第6、キャンプを背後の森に設置」
次々と指令を飛ばし、人々が動く中、テミスがアミィの裾を引っ張った。
「あの、私は……」
「馬車組で姫様のところに行って、歪虚化しないように声かけしたげて」
頷くとすぐ、馬車に飛び乗ったテミスを見送り、最後にアミィはハンターに顔を向けた。
「そして最後の鍵は、キミ達。浄化術で開いた道を辿って……姫様を助けてあげてね。想いの集うところは正にも邪にも染まりやすい。今は負のマテリアルがクリームヒルトの身体を媒介に具現化しつつある。マテリアル整流装置が限界を超えてクリームヒルトにマテリアルの逆流が起こる前に、スィアリと食らいあう前に剥がしきれば、きっと助けられる」
しっかりと頷くハンターにアミィはにっこり笑った。
「みんな確固たる想いがある。想いとは人間個々の世界でもあるのよ。それは影響し、また影響される。それはまさに水の如し。流れに逆らおうとしたり、意図を捻じ曲げようとすると、歪みが生じる。ヴォイドっていうのはそれのなれの果てよ。数多の人間が作り上げたクリームヒルトという世界は集合のし過ぎで崩壊しかかってる。世界を救って。そして」
想いというものが、思いやりという橋渡しによって守られますように。
魔剣という言葉は正しくないのかもしれない。町全体に張られた魔法陣がその内部でばらまかれた歪虚ファルバウティの遺骸である無数の死体に貯めこまれた負のマテリアル吸収装置と言った方が正しいだろうか。
何百という死体、またガルカヌンクに滲みついてきた悲嘆が、怨嗟が、懊悩が。また鉱山に隠された死体の数々もそれに合わせて取り込まれていく。
列車の線路という魔法陣の内側はドロドロの闇で閉ざされていた。
これが収束し終おわるということは、クリームヒルトにそれが吸収されるということ。この時この瞬間を仕組んでいたボラ族の鍛冶師ロッカが企んでいたことだ。
「近づけない……負のマテリアルがきつすぎる。浄化術が必要だな」
ベント伯は線路を斧で叩き壊してみたものの変化はなくうなだれた。一般人の彼ではその沿岸部に立っているだけでもやっとのことだろう。
「アミィ。なんとかして、なんとかクリームヒルト様を助けないと!」
クリームヒルトの参謀を務めるアミィに、テミスが問い詰める。
「はいはいはい、そう思って、助け呼んじゃいました」
馬の駆ける音に目をやって、アミィは笑った。
●
「まず、クリームヒルトのところにたどり着くには……」
「はい、浄化術で皆をお助けします」
「任せて、二点結界で皆を届けますっ」
エルフハイムの双子の姉妹サイアとミーファが挙手する。
「オッケー。でも二点結界はそれぞれの端点に一人ずつ配置よね。つまり一人は中に入らないといけないの。浄化術以外の方法で。そこでレギン」
アミィは技術開発担当のレギンを見ると彼はディファレンスエンジンを稼働させながら浄化用カートリッジを自らのポケットからエンジンに差し込む。
「任せとけ。ロッカのクソ野郎。頭がなまじっかいいヤツはみんなろくでもねぇ」
「あたしの方向いて言うな。浄化しながらの移動だとすぐカートリッジが足りなくなる。そこでミネアちゃん」
「は、はい。あの……覚醒もできなくてお役に立てませんけど馬車ならお貸しできますっ」
アミィの要請に従い、皆を運んできたミネアはすぐさまそう答えた。
「馬車で結界張れば移動できるかんね。馬車に向かって攻撃が仕掛けられた時は……ボラ族。あんた達の仕事よ」
「おうっ! 吹き飛ばしてやる」
「仲間の犯した罪、償わさせてもらうわ」
ゾールとレイアが馬車に飛び込む。
「ウルくんはスィアリの足止めに行ってもらってる。どうなるかわかんないけど、スィアリとクリームヒルトがぶつかると最悪な結果になることしか想像できない。万が一の時は……」
北側からは歪虚スィアリがロッカの呼びかけにより現れていた。ウルは真っ先にそちらに向かっていた。
「そして万が一の時は……」
「お忙しい中、ご迷惑をおかけします」
アミィが視線をやるとメルツェーデスが兵士達の長、帝国第一師団副師団長シグルドに頭を下げていた。ベント伯とメルツェーデスがコネを総動員させて来てもらったのだ。
「相変わらず、馬鹿な妹を持つと苦労するよ。外に出てくるような障害は全部任せてくれ。第2、3、5大隊、山岳装備で包囲。第6、キャンプを背後の森に設置」
次々と指令を飛ばし、人々が動く中、テミスがアミィの裾を引っ張った。
「あの、私は……」
「馬車組で姫様のところに行って、歪虚化しないように声かけしたげて」
頷くとすぐ、馬車に飛び乗ったテミスを見送り、最後にアミィはハンターに顔を向けた。
「そして最後の鍵は、キミ達。浄化術で開いた道を辿って……姫様を助けてあげてね。想いの集うところは正にも邪にも染まりやすい。今は負のマテリアルがクリームヒルトの身体を媒介に具現化しつつある。マテリアル整流装置が限界を超えてクリームヒルトにマテリアルの逆流が起こる前に、スィアリと食らいあう前に剥がしきれば、きっと助けられる」
しっかりと頷くハンターにアミィはにっこり笑った。
「みんな確固たる想いがある。想いとは人間個々の世界でもあるのよ。それは影響し、また影響される。それはまさに水の如し。流れに逆らおうとしたり、意図を捻じ曲げようとすると、歪みが生じる。ヴォイドっていうのはそれのなれの果てよ。数多の人間が作り上げたクリームヒルトという世界は集合のし過ぎで崩壊しかかってる。世界を救って。そして」
想いというものが、思いやりという橋渡しによって守られますように。
リプレイ本文
●
「すまねっす。全員の血ちょっとずつもらいたいっす」
神楽(ka2032)はマイステイルを円陣の真ん中に置いてそう語った。
「マイステイルは皆の想いを蓄える道具っす。スィアリが持っていたのも、想いを忘れない為。想いの力で自我を保つ為。そういう理由だと思うんす」
「うん、そうかもしれない。マイステイルはあの北の大地で育った精霊の樹を削り出したんだって言ってた。あの大地の想いを全部蓄えたシンボルなんだよ」
アーシュラ・クリオール(ka0226)の言葉に神楽はこくりと頷き、まず真っ先に自分がその切っ先で自分の指を傷つけ、そして小瓶に数滴落とす。
「一緒に帰ってくるため」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)と南條 真水(ka2377)が揃って手を重ねて刃に手を当てて、左薬指に揃って同じ傷跡を付ける。
「勝利を掴むためっ」
クレール・ディンセルフ(ka0586)が恐れも厭わず、刃をぐっと握りしめると、血が溢れる。
「向き合う為」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はテミスと共に少しずつ手の甲に傷をいれ。
「想いの果てを見届けようじゃないか」
エアルドフリス(ka1856)は血止め代わりの煙草をそれぞれに渡した後、ゆっくりと親指を。
「果てなんてあるもんか。全部受け止めてやる」
リュー・グランフェスト(ka2419)は口惜しさにじませるほどに強く刃を握り、その上からセレスティア(ka2691)が手をかぶせる。
「二度と悲しい出来事を繰り返さない為」
「妹のことか。あれから1年と半……こんな結末では志尊の君にも顔向けできぬ。私の夢も馬鹿げていたと証明してしまうようなものではないか。まったく」
リューとセレスティアの言葉にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は長い前髪から愁いを帯びた瞳を覗かせつつ、その手を重ねる。
「みんなで助けましょう」
高瀬 未悠(ka3199)がしっかとした声でその手に血を重ねる。
そして、岩井崎 メル(ka0520)、無限 馨(ka0544)、ボルディア・コンフラムス(ka0796)、リュカ(ka3828)、音羽 美沙樹(ka4757)と血を重ね。
その上にミネア、メルツェーデス、ベント伯、ゾール、レイア、ミーファ、サイア、レギン、アミィ、テミス、シグルドと続く。およそ30人の血が一つにの瓶に収まった。
「よっし、それじゃお目覚めのコールといこうか」
真水の掛け声と同時に、馬車が走り出し、浄化術が残す輝く軌跡を辿って、一同は走り始めた。
●
見えた。
それはもう別人だった。
泉のように広がるドレス。負のマテリアルの渦は両腕を包む大きなドレスの袖となっている。
漆黒の髪、能面のようなぴくりとも動かない無表情な顔。そして深淵の瞳。彩る闇は幼さの残る彼女の風貌をも化粧して、精巧なデキモノのようにすら感じさせる。どれもが知っているクリームヒルトではない。
「……コナイデ」
「そんなになってまで、人の想いとやらを継ぎたいのか。ならば生者の、我々の、私の、ボクの……」
アウレールが素早く二振りの剣を引き抜くとドレスの裾を一足飛びに飛び越して振りかぶった。
「ソレハ贖罪ヨネ?」
「!!」
光の斬撃がクリームヒルトに叩き込まれるよりも早く、別の肉塊を引き裂いた。
腐臭の塊には、アウレールがよく見る帝国の大輪の勲章が輝いている。最高勲章、つまり皇帝だ。
「ひるでぶらんど……スマナイ モウ モチソウニ ナイゾ」
「腐敗帝……ブンドルフか」
それが彼の末期の言葉であることを悟ったアウレールは、一瞬だけ自分の聡明さを恨んだ。それがどういう意味か気づかねば無視してクリームヒルトまでたどり着けただろうに彼は一瞬、自分がまだ物心つく前後の革命で起きた真実に触れそうになって、手と足が止まった。
隠された英雄譚に触れたという事実が胸を鷲掴みにしたことで、応戦するブンドルフからの斬撃で吹き飛んだ。
「ぼーっとしてんじゃねぇ!」
一足飛びにリューとボルディアがアウレールを飛び越し、クリームヒルトにつかみかかる。
「マッテ コノ子ダケハ……くりーむひると、ひるでがるどハマダ子供ナノ」
闇が分離し、新たな影を生み出し、そして二人を押し留めたのは大きな女性像だった。
「……!」
それが切り捨てるべき歪虚であることはわかっているのだ。
だが、それがクリームヒルトの母親、皇妃であるとしたなら? それを目の前で切り裂くことをクリームヒルトに見せたら?
ドレスを結ってできた紐は首に巻きつき吊られた女の影にリューは一瞬迷ったが、全力でそれに刀を叩きつけた。だが、それはバラバラになっても衣をリューの首にまとわりつかせて、必死の抵抗を続ける。
「大切ナ人 殺サナイデ!」
クリームヒルトの叫びが響いたかと思うと、ボルディアがまるで凍り付いたように身体を拘束されると急激に失速してクリームヒルトのドレスに身を埋んだ。
「ヒヒヒ 皇族ヲトラエレバ 賞金ダッテヨ」
「オーイオーイ 大変ダッタロウ サアユックリシテイキナサレ イヒヒヒ」
「ぬ、ぐ……てめぇらぁぁぁぁぁ」
ボルディアが叫ぶが、ドレスから現れた無数の声がボルディアの頭で囁き混乱させる。思考が一瞬で塗り替えられていくことを薄々とは感じながらもどうしようもない焦燥感が埋め尽くしていく。
「ひどい悪夢だね。本当にもう、どうすればいいのやら。ちょっとお茶で一休みしないかい?」
真水が真後ろから機導浄化術を展開すると、手にした鏡に闇がずずっと引き寄せられるように流れ込んでいく。その流れはティーポットに濃いお茶を流し込んでいくようにも見えたが、その奔流を見て、真水はどちらかというと嫌そうな顔をした。
「マテリアルが濃すぎる……これカートリッジ持たないかも」
「大丈夫です! これにバスターダインを重ねれば、負のマテリアルの汚染なんてっ」
クレールはカリスマリスにカートリッジを差し込み、光の刃を生み出したかと思うと、一気に振るい、刃を空へと放った。
闇を切り裂き、残滓となった闇を真水が吸い取っていく。
が……。
「どんなけ濃いんだよ! ブラックが好きなのはヒースさんであって南條さんは好みじゃないかな……」
「ボクもこれだけ濃いのはごめんかなぁ。そもそもマテリアルをカフェインと一緒にして欲しくないけどね」
ヒースはそう言いながら、光の刃の中を颯爽と進み、刃を引き抜いた。
どうせまた出てくるだろう。
ヒースの読みは当たり、突如として現れた壁となる肉塊を切り伏せたが、それでも死なない塊は叫びながら、ヒースの刃をも食らいつき、押し倒そうとする。
「くりーむひると様ニハマダ価値ガアルンダ! 我ラノ宝ダゾ。奪ワレテタマルカ」
「アウグストか……」
ヒースは一瞬だけ瞳孔を細くさせて睨んだ。
こんな奴の想いまで受けているとしたら想いなどではなく呪いに相違ないだろう。
「クリームヒルト、間違えるなよ……生者の想いもあるってこと、歩き続けることを忘れるな……!!」
巨塊に押し倒されそうになりながらもヒースは左手でワイヤーウィップを空中に放った。それは一瞬で肉塊をがんじがらめにし、次の瞬間には引き裂いてバラバラにしていた。
「ヤメテヤメテ。ナンデ戦ウノ 人間同士デ戦ウナンテ」
「これらは幻覚です。姫様の記憶のできごとなんですっ。もう戦いは終わっています! 目を覚ましてくださいませっ」
クリームヒルトの慟哭は地震を引き起こすように大地と空気を鳴動させて、結界に守られた馬車をも揺らす。その向こうで、ルナに助けられながらテミスが叫んだ。
「まるで近寄れないっす!!」
神楽もマイステイルを振るいながらクリームヒルトへとたどり着こうとするが、初撃でほとんど決めようとした計画が瓦解していることに歯噛みしていた。
結局その袂にまだ誰も近づけていない。このままではじり貧で、先にクリームヒルトが壊れてしまう。
「伏せてくださいっ、雷よ響け、ナッランテ!!」
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡りては均衡の裡に理よ路を変えよ。生命識る円環の智者、汝が牙もて氷毒を巡らせよ」
ルナの凛とした声と同時に、反射的に神楽はギリギリまで身をかがめた瞬間、闇を切り裂く雷光が神楽の髪の毛を逆立たせながら闇の塊を切り裂く。
と同時に、エアルドフリスにまとわりつく雨が氷咬蛇を生み出して自然界のマテリアルを、ルナのライトニングボルトの電界の魔力が空気を隔ててできた道に冷気が巨大なサーペントとなって走り、クリームヒルトの腹部をえぐった。
「長くは苦しめませんぞ」
「嘘ヨ。マタ利用スルツモリデショウ。生カシテモットタクサンノ苦シミヲ味アワセルンデショウ」
クリームヒルトが泣くと、それを慰撫するように討ち倒した亡霊の影がまた生み出される。
「……確かに否定はできませんな。選挙に参加した時は本当にろくでもない浅慮だった。それでもなクリームヒルト嬢」
どしゃぶりの雨に高く響き渡る音が混じる。雨の温度が下がり、ミゾレに、そして氷雨へと変わっていく。
「想いの受け取り方は人それぞれ。できるのは唯懸命に生きること。生きる事だっ」
マテリアルをさらにつぎ込み、氷咬蛇はさらに膨れ上がっては破裂すると、キラキラとマテリアルの燐光を映す雨が新たに生み出された歪虚を凍てつかせた。
「走れ!!」
エアルドフリスの叱咤に仲間達が敵対していた歪虚をも捨てて一斉に輝く雨の道を駆け抜ける。
「マテェ 敵ハココダゾ」
「褒章ハワタサネェ」
残っていた影がしがみつくように追いすがる。それが亡者と言わずしてなんと言おうか。
後ろで見守っていたセレスティアは悲しくなった。
死者の想いというのが優しいものではないのは分かってはいるが……こんな醜い想いばかりが死後も残るなんて。それがクリームヒルトを縛り続けるなんて。
「浄化の焔につつまれし、鳳よ」
セレスティアが七支刀を天に掲げると、彼女のマテリアルを受けて温かな桜色に、そして燃え上がるような赤に染まり、鳳の紋章が空に浮かんだ。
「不浄を焼き払いては一切の魔を払い給え!!!」
紋章から鳳が生まれると道を走る仲間達に翼を広げて飛び立った。幅広い雨の道をその心の焔で蒸発させた空気を身に宿し、羽毛として身体をつくり、道より広いその炎に包まれた翼は歪虚を吹き飛ばし、また追いすがろうとする手はそのまま真っ赤に光りて、塵に返す。
セレスティアの鳳は道を指し示し、そこに入ろうとする邪を一切許しはせず、道の傍らで歪虚共は大いに嘆くようにして鳳に救いを求めるように慟哭するだけであった。
「そうそう、お茶会は済んだんだからさ……時計は0時。灰被りは魔法が解けて慌てて帰るお時間さ」
真水がその残った歪虚達が氷の戒めに囚われた影をそのまま混沌の闇へと返した。
「クリームヒルトっ!!!」
未悠が真っ先にたどり着き頭を抱きしめた。
生温かい闇を抱きしめると、未悠もまた幻影が見えた。
「姫様……私にはもうお助けできません。後は……この方に助けてもらってください」
クリームヒルトの手を引いて逃げた乳母の袖の下は膨らんでいた。
ああ、この人も苦難に耐えかねて売ったのだ。
「たくさんつらい経験してきたのね……全部一人で抱え込まなきゃ生きていけなかったのね」
「同情ナンテイラナイ イツデモ人ハ独リ」
「そんなことない、そんなことない!! 革命は生活を変え、人を変えた! でも人が愛を失ったわけじゃない。この想いは枯れ果てたりしない」
懸命な未悠の言葉も至らず腕の中から嘆きが響くと、それは波動となって内臓を乱した。
「新たな夢、素敵な夢を見せてくれよ……人々が手を取り合う、血の流れない世界を作る夢を」
耳から血を流しながらもアウレールが到達し、今度こそその光の剣がクリームヒルトのまとう闇の奔流を叩ききると千切れた闇の飛沫が選挙の時のヴィルヘルミナの顔がふと見える。
「君がクリームヒルトか、よろしく頼む」
クリームヒルトに握手を差し出しているところだ。
この後に剣機は襲ってくる事をヴィルヘルミナは知っていた。やらざるを得ないとはいえ、手を差し伸べられたその瞬間にはもうクリームヒルトの暗澹たる気持ちが浮かんでいたことを、飛沫を頬に浴びたアウレールには伝わってくる。
「グチりたいなら、言いたい事があるならこっちの目を見て全部話せ!!」
リューが刀に光を集めて、一気に刺し貫いた。闇色の冷たい仮面が竜貫の衝撃ではがれ、真白い本来の肌と碧眼がちらりと見えた。
ドレスが上下に分断され、そのまま闇に捻じりこんでいく。闇は深い。全力で押し込んでも、紋章を宿した刀の先には温かいものが流れている様子は感じ取られない。
伝わってくるのはシグルドとのやりとり。ああ、ヒルデガルドの討伐に向かう前だ。トランクに物扱いするように押し込めた彼の目もまた冷たいものだった。
「ここにいるみんなで一緒に背負ってやる! 苦労を掛けてるとか一人で背負いこまねばならねぇなんて思うな。今度邪魔する奴がいるなら、オレが叩ききってやる。だから手を伸ばせ!!! 戻って来い!!」
泥のような闇の衣の裾がリュー頬に触れる。
クリームヒルトが手を差し伸べている。めいっぱい、助けてほしいと。だが、闇に染まった手はリューの希望の炎を湿らせてしまう。
もはや自分の動きもままならない。意思をもっての動きも、闇に食いつぶされていく。
「アア」
折角分断した闇もまた両腕より集まる渦に呑まれてまたクリームヒルトを蝕んでいく。折角開いた白い部分がまた消えていく。
「させなねぇぜ。高瀬、すまねぇ! 代わるっ」
ボルディアが胸からすくい上げるようにクリームヒルトを抱きしめ、そうしていた未悠に合図を送ると、未悠はクリームヒルトの闇に包まれた手をしっかりと握り返した。
闇は蕩けるように重たく、腐臭に慣れれば甘美とも感じた。多くの人が戸惑いそして取り込まれるのもその闇の感触を味合えばわかるような気がした。
「この闇が消えても貴方は消えない。でもそれが心細く寂しいなら、貴女が願うなら、私はこの闇をも受け入れる。どんな腕でも貴女の腕。それだけでも私は決して手を離したりしないわ」
きゅっと何かが、伸ばした未悠の手に絡みつく感触があった。
握り返してくれた。弱々しいけれど、それは闇のぬめつく中でもしっかりと感じ取ることができた。
「高瀬さんっ、クリームヒルトさんっ。そっちの手の先にはロッカの短剣があるはずです! 取り払うことはできますか!! 柄にマテリアル整流装置があるはずです。取ったらそれを最大にしてください!!」
月雫で歪虚を薙ぎ払いながら、クレールが叫んだ。
未悠はゆっくりゆっくりと手の力を感じた闇を探っていく。
「ぐ……ぐ……」
目が回る。
心が蝕まれる。闇の中で身動きするだけで数多の霊が囁くのだ。ヤメロと、それより共に手を取りあおうと。それは脳の中に直接語り掛けられるようで、もはや自分の思考かどうかもだんだんぼやけてきてしまう。
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡りて、均衡の裡に理よ路を変えよ。我が血に流るる命の炎、矢となりて我が敵を貫け」
!!!
熱で腕を刺激され、ぼやけた頭が一気に目覚めた。
見直せばエアルドフリスの闇の渦が青い炎を焼き払っていた。
「ありがとう、ちょっと目が覚めた」
未悠は少しだけ笑い返して、そのままさらに手を置くに伸ばすと、手の中に渓流の水に触れたような感触が感じられた。未悠は意を決してその激流に手を入れて感じた硬いものを引き抜き、空へと放り投げる。
「とれたっ」
同時に影が消えていく。クリームヒルトとの想いが断ち切られたせいだ。それでも束縛の闇のドレスをまとったままのクリームヒルトが元に戻るわけではない。
残った負のマテリアルはクリームヒルトを食らい潰していく。
「それじゃあ、最後っす! 届け、みんなの想いっ」
小瓶に貯められた血を神楽はマイステイルで貫き、跳躍とともにそのまま虚空を見つめるクリームヒルトの眼前で刃を振り上げた。
「こんな形でしか感情を表に表せないだなんて、本当に不器用っすね」
血を吸ったマイステイルの形状が変化した。
笹にも似たヤドリギの葉のような刃がいくつも穂先に広がったかと思うと、一斉に飛び散って緑の雨を降り注がせた。
肌とこびりいた闇の隙間に滑り込むように、穢れを落とす雨のようにして、闇が一斉に剥がれ落ちていく。
「クリームヒルトさん!!」
セレスティアは必死になって祈った。
だが、神楽が振りかけたマイステイルの血か、それともクリームヒルトの血か、ともかく赤い何かが遠くのセレスティアからも見える。
予想よりも時間は経ってしまっている。クリームヒルトの生命力が負のマテリアルに染まって鼓動を止めていないか。
セレスティア、いや、皆はただただ祈るように緑の祝福が全ての闇を削り取るのを見守っていた。
●
それが真横からの攻撃を受ける隙を与えたのはどうしようもなかったかもしれない。
「ぬぐぁっ」
レギンの悲鳴と共に馬車が横転し、外と内とを結ぶ浄化術に専念していたミーファが馬車からもんどりうって投げ出され、道が急速に消えていく。
「……!!」
「人は浮島に似たり。阿頼耶の海より出し、泡沫に等しきなり。海は泡を抱けども、泡に海は抱けず」
馬車を揺るがしたのは投げつけられた無限だった。
豊穣の巫女スィアリは先程まで浄化し作り上げた道に踏み入った。
「スィアリ様!!」
アーシュラが叫ぶより早くメルが真ん前に立ちふさがる。その背中にはウルを抱えている。
「カカ様……会いたか」
ウルが伸ばした手をすれ違いさせるようにして、スィアリの拳がメルの顔に沈む。
「優しさは想いを殺すぞ」
ぽそりと聞こえた次の瞬間、ウルもろともメルも吹き飛ばされ、無限の上に折り重なった。
「どうしてっすか? ロッカはもういないっすよ。無理に従う必要なんてないはずっす」
「……川の流れ、風の流れ、あらゆるものに誰君ぞ言葉は必要あらぬ。ただあるがまま」
つまりロッカに呼ばれはしたものの、その動きを指示されたわけではない。
では何をしに、ファルバウティを討つのに天譴の雨を降らせたのか。自分の愛子であるウルごと吹き飛ばした以上、それが目的とも思えない。
「歪虚としての意志……暴食としてここにあるものを残らず食らう、ということでよろしいでしょうか」
カリスマリスを両手で握り直し、クレールが一歩近づいた。
話に耳を貸すなら様子を見ようとも考えていたが、どうにもそういう様子ではないようだ。
「いや、それは止めた方がいいんじゃないかな。お姫様だってまだ闇を削り切れていないし、お引き取り願うべきだよ」
「そうはいっても……聞いて下さる相手ではないようです。ここの負のマテリアルを全部食われたら、それこそ強力な歪虚が誕生してしまいます。クリームヒルトさんだってどうなるかわからない。だとしたら……」
カリスマリスから伸びる光の刃が一層強くなる。
「やるしかないっ!!」
クレールが真正面から飛びかかり、同時にスィアリの真後ろに紅の蝙蝠が舞い降りる。刃の閃きはスィアリに吸い込まれる渦のようにしてどこにも逃げ場など作らない。
「愚か」
だが、その刃の渦自体が止まった。
枝葉のない樫がスィアリの足元から幾本かそそり立ち、二人の腹を腕を貫いた。空中で射止められた二人は脚を動かそうが腕を振るおうが、何一つ満足に成しえない。
「ぐ、う……」
「高瀬。クリームヒルトを背負え。ルナ。神楽。馬車を起こしてすぐさま退却の準備をしろ」
「でもまだ負のマテリアルがはがれきっていません」
ルナの言葉にリューは応えなかった。スィアリがもう踏み出せば武器が届く位置にまで迫ってきていたからだ。
「これ以上、奪わせねぇ!!」
リュー、アウレール、セレスティア、エアルドフリスが一斉にスィアリに挑みかかる。
その間、未悠は一生懸命にクリームヒルトを抱きかかえ、馬車にのせようとするが、それは簡単なことではなかった。
「ヒメ サマ」
「イトシイ ムスメ」
「ワレラノキボウ」
負のマテリアルによって実体化した影が、わずかに糸引く闇のドレスを伝ってしがみつくのだ。
「クリームヒルト……!」
「ごめんなさい。でもこの人達を私は……おいていけない。もう犠牲にしたくない」
クリームヒルトは泣いていた。本当はこの闇を斬り捨てて走ることはできたのかもしれない。だけれども彼女の心はまだ闇を幻影と認知できないでいた。
未悠はそんなクリームヒルトを抱きしめるしかできなかった。
リューには馬車に乗ってこの場から離れるよう言われたものの、彼女から他の全てを切り捨てさせることは未悠にはできなかった。
「未悠さん!」
ルナが叫んだ。
ダメだ。未悠は末期の先まで共にするつもりだ。
「ダメ、ダメです」
ここで未悠が庇ったら、彼女も負のマテリアルに取り込まれる。そしてまたクリームヒルトも動けなくなる。
悲しみが足を鈍らせ、また不幸を呼ぶ。
そんなのは断ち切らなきゃならない。そう、本人の意志が必要なのだ。
ルナは悲しい目をしながら微笑む未悠とクリームヒルトを見た。
あそこにいるのは仲間じゃない。かつての自分……
不幸を生み出さないためには、じっとして耐え忍べばいいと思っていた自分じゃないか。
だけど、それを解き放つのは……自分の言葉でなといけない。
できるの? 私に?
また不幸になったら。悲しい出来事を積み重ねてしまったら。
そう思うと腕が、身体がどうしようもなく震える。
「……ルナさん」
テミスがそっとその震える手を握った。熱意を込めて語り掛けていたテミスはこの負のマテリアルの中、厳寒の中でもしっとり熱を帯びるほどに温かかった。
そんな温かさが、震えを止める。
「ルナさんなら、できます。私にそうしてくれたように……怖ければ一緒にしますから」
ああ、そうだ。
昔の自分と今の自分。違う所が一つだけあった。
私には、仲間がいる。
「はい!」
魔導機械楽器オーケストラのスイッチを入れて、激しい剣戟が響き合う中にマテリアルの渦巻く音が轟き始める。
破裂しそうな鼓動の中、緑色の風がそっと吹いた。手を取り合ってくれる無二の友が鼓動を、呼吸を楽にしてくれる。
「♪夢」
痛くない?
小さな単語を口にして、クリームヒルトと未悠の表情に視線を送る。
「♪希望」
声量をあげて、心の琴線を探る。みんながちょっとずつ幸せになるようにと。
「♪朝が来るたびやってくる」
テミスの声も合わさり響く。
その歌声がルナを覚醒させた音楽をより活性化させ、闇に満ちた空間自体に輝きと音符の幻影を広げていく。
「♪もう昨日までの悪夢から」
影とをつなぐクリームヒルトのドレスの糸が完全に途切れた。
その瞬間に、未悠は目を開くと、クリームヒルトと頷き合い抱き上げた。それに追いすがるようにして影たちは鎌首をもたげてくる。
「♪覚めたのだから」
それは幻影。
後ろ髪引かれる思いも、怯えてきたのも幻影。とても力のある幻影だけれど。
本当のものは今。そこにある。
ルナはテミスと手を握りしめ、最後の小節を唄いきった瞬間。影は光に包まれて消えていく。
「天譴の雨に……」
しかし、それよりも前に、スィアリの一言と波動が広がる。
光の下では全く見えなかったそれも濃霧のような負のマテリアルの中でははっきりと見える。裁きの雨を呼び集める光だ。
「お願い……!」
クリームヒルトが触れたらアウトだ。彼女の生命力ではもたない。
ルナが目を閉じた瞬間、エアルドフリスの詠唱が耳に入った。
「空、風、樹、地、結ぶは水。光、炎、奏、命。繋ぐは波動。天地均衡の下、巡れ」
光が飛び立つと同時に、暗雲の空がぱっくりと開く。
「一切均衡の裡にあり。我が血に流るる命の炎、雨となりて我が敵を貫け!」
そして雨の如き青い炎が奔流となって光を包み隠し、裁きを呼ぶ光を打ち消した。
「天譴の雨が……消えた!」
「後押ししてくれた想いには感謝せんとなあ」
ルナの言葉にエアルドフリスはふっと息をつき影とクリームヒルト達を眺めた。
光に包まれた一瞬、影だった者達の顔が少し見えた。
みんな穏やかに笑っているではないか。負のマテリアル、絶望とか悲嘆とか、嫉妬とか。それらはすべて暗くして見えなくしてしまうのだろう。
「やったわね、ルナ」
「はい、ありがとうございます! 皆さん、戻ってきてください」
「結界張り直してさっさとおさらばするっす、レギンさん、ミーファちゃん。よろしくっす!」
「おっけい!!」
全力で馬車を立て直した神楽の一声に馬車に乗り込んでいた連中が声を上げる。
が、次に吹き飛んできた真水によってまた馬車は大きく揺れたのをすかさずアミィが留めて、真水を立ち上がらせた。
「おおう、ヒースくんが串刺しになったからって、そんな落ち込み方は危ないと思うよ」
「アミィ……前から思ってたけどさ。もしかして気を使ってる?」
「一応、この作戦の責任者だもんね。あたしは誰にも死んでほしくないのー。ハッピーエンド大好きよ」
真水はちらりとアミィの首輪を見て不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そういうことか。自分のハッピーエンド(刑期短縮)の為にロッカの狙いをわざと見逃しただろ? さすがの南條さんも堪忍袋の緒がぶっちーんってなってるって思わなかったかい?」
「思わなかったなー。真水ちゃんも法とかどうでもいいタイプでしょ」
「人間性は無くしたつもりはないよ。ついでに下の名前で呼ぶな」
真水は腹立たし気に鏡を向けると、空中に時計を呼び出し、ヒースを貫く樫、スィアリの髪、そしてもう一本をアミィに向けて飛ばした。
「あだーっ!!」
アミィにはそこそこ効いたようだが、肝心のスィアリにはというとそうもいかなかった。一切の回避行動をせずに直撃しても平然と立っている。
「安心しなよ。穢れの蛇、ファルバウティはボクたちが滅した。其方の想いも大地の願いも、ボクたちで引き継ぐさ」
「夢見る年頃の蒙昧な言葉だ」
仲間の猛攻を退け、歩み寄ったスィアリは真水の右手をつかんだ。
ぞくりとした感覚が蘇る。ロッカの短剣レーヴァに取り込まれそうになった瞬間の恐怖と痛みだ。
「真水!!」
樫を打ち倒され腹部に穴をあけたままヒースが駆け寄り、スィアリと真水の間に割って入った。
「誰も死にすわけにはいかない。みなそれぞれ想いを背負っているからねぇ」
「……其方の手では、後ろの一人で手いっぱいだろうに」
「え、え、ちょっと。ボクは、その。スィアリに見破られるなんてどうしよう。これってもう公認の仲ってことなのかな。いや、でも相手歪虚だし。歪虚にも認められるってもうどうなのさ」
「真水、そこはデレたりパニックになるところじゃないと思う」
ヒースの冷静な一言に真水は口をつぐんだ。
「想いに正邪はない。ただ力のみである。受け継げるのはその手の大きさ分でしかない。零れた想い、落ちた命は大地が受ける」
「そうだな、だがあんたは大地そのもの、大海そのものでもない。一個人だよ」
その腕を氷の蛇が穿ち、エアルドフリスが言った。
「先日のお目こぼしの分まで、きっちり返させてもらおうか」
「借りる、返すというその恩讐は理外の極み」
エアルドフリスとスィアリがまるで鏡を映したように拳を振り上げ、打ち付けた。
拳同士が突き合い、派手に空気を震わせる。
「まっったく、一分たりとも理解できかねますなぁ……あんたの言葉は!」
言葉を尽くしても伝わらない想いに。
エアルドフリスは普段の清ました顔の奥から苛立ちに燃えた表情を覗かせ、全力で叩きつけた。
「その戦いは今度にしないか? スィアリも私闘を果たす為に来たわけじゃないだろう」
その戦いに割って入ったのはリュカだった。
二人の腕をそっと掴み、ゆるゆると引き離していく。
「ロッカに呼ばれども彼の意志ではなく来た、その意味を考えていたよ。負のマテリアル穢れをその身に宿して塵芥に帰す為、ではないのかな。次代へ残さぬために」
「世迷言だ」
答えたのはスィアリではなくアウレールであった。
アウレールは剣を納めてスィアリに歩み寄ると、鋭い目つきで彼女を見上げた。
「命をどんなにまやかしだと、夢幻だと貶めたところで 世界は全部、生まれては死ぬ命が形作るもの 。幻影と現実は繋がっている 。遺すのはいつだって生きてきた人達。叶えるのは全ての生きる人達だ」
だから。
アウレールは後ろを振り向き、仲間達に全軍撤退の合図を送る。
「まほろばに建国の祖はいらぬ。誰もが願う事で作られる。……そのためには順序も必要だ。やるべきことを片付けて行かねばならぬ」
「いいんすか? ますます強力になるっすけど」
「今やりあったら姫君の手当が遅れるし、ガルカヌンクが侵食されたとなれば後始末にも苦労する」
神楽の問いかけにもアウレールは目を瞑って振り切った。
元々歪虚には断固として戦う姿勢を見せていたアウレールがそう口にする心の裡をはかり、対決姿勢を向けていた仲間も後ろに下がる。
スィアリはクリームヒルトが持っていた短剣を拾うと同時に、ガルカヌンクを覆う闇が一斉にスィアリに吸い込まれていく。
「……必ず、浄化します。あたしの居た世界の技術、この世界の力。全部結集して向かいます!」
ロッカの短剣を握る手が、腕が顔の半分が、見る見る間に萎れて、死人のそれに近くなるのが見るに堪えず、アーシュラは両の拳をぐっと握りしめて叫んだ。
「これ以上ノ穢れをウムならバ。……雨の言葉にならウナラ。『今回の分までキッチリ返させてもらおウ』」
声が腐汁まじりの煩雑な音になりながら、そう言い残すとスィアリもまたアウレールに背を向けて、歩み始めた。多くの闇を一気に吸い取った彼女はほとんどが腐り落ちていたが、それでも美しい金髪のヴェールを引きずり、腐に満ちた臭いも残さず歩み去っていった。
●
闇が消え去った町ガルカヌンクの入り口。
シグルドはさっさと軍をまとめて撤退に入っていた。
「ちょっとシグルド。感動の再会なんだし会っていきなさいよ」
「近くにいたら銃殺するんじゃないかって疑う子もいるし、止めとくよ。よろしく言っといてくれ」
未悠に手を引かれたものの、シグルドはセレスティアにちょっとだけ微笑んで、さっさとその手からすりぬけるとトラックの助手席に乗り込んで移動してしまった。
「あれも素直じゃないな」
「人の事言えないっす」
アウレールのぼやきに神楽がぼそりと言った為、神楽は締め上げられそうになったがさっさと逃げ出しに成功した。
未悠が引き合わせようとしていたのはもちろん、クリームヒルトだ。
「ひめさま。ごめんなさい。ロッカ 悪い事した」
ボラ族の長としてウルがクリームヒルトに膝をついて語り掛けていた。
「それと同じくらいボラ族のみんなは助けてくれた。それに私はあなた達を傷つけてしまったわ。私もごめんなさい。それからありがとう」
クリームヒルトはさすがにマテリアルを染められた影響がある為か、簡易のベッドが起き上がれないほどに衰弱していたが、それでもしっかりウルにそう返していた。
「皆様にもお礼を。私の浅慮で皆様にも随分ご迷惑をおかけしました。身を案じてくださった方、命を賭して助けに来てくださった方には本当に申し訳ありません……。だけど、嬉しかったです。皆さんが来てくれたことに」
それから口を開こうといくつかパクパクと動かした後、首を振った。希望を集める存在としてではなく、一人の女性としてクリームヒルトは顔を上げた。
「こんなわからずやの、わたしの為に。ありがとう」
「そんな顔なさらないで。姫様にはたくさん救われた方もいらっしゃいますもの。また笑ってくださいまし。あ、でも今度はそのお顔で、ですわよ?」
美沙樹はぎゅっとクリームヒルトを抱きしめた。
「もうその笑顔を誰にも乱させたりしませんから」
セレスティアがその頭をそっと抱きしめるようにして、囁いた。
「完璧な人なんてどこにもいないわ。弱さがあって当然よ。そんなのも含めて全部好きよ。大好きっ」
未悠もぎゅっと抱きしめる。
「俺も好きだ。剣をとって守りたいと思うのもお前しかいない」
リューもそっと語り掛ける。
いくつもの愛が重なって、クリームヒルトは人の輪の中で泣いた。
嬉しさで声を上げて泣いたのは初めての事だった。
「良かったですね」
「これもルナさんのおかげです。ルナさん。歌ってくれてありがとうございます」
それを見ていたテミスもまたルナにぎゅっと抱きついた。
「歌った、ん、ですよね。私……」
「はい、とってもいいお声でした。負の鎖を溶かす幸せの素敵な歌声でしたっ」
テミスの言葉に、ルナは少し複雑な顔をしていたが、自分が歌った瞬間の気持ちを思い返してようやく。呪縛を自分で解いたことに気付いた。
「物事をどう見るか、どう決めるかは全て本人次第……なんだよね」
「この世界は自分の意志でいかようにも見えちまう。いい顔してるじゃあないか。いいきっかけをもらったようだね」
パイプから紫煙を吐き出し、エアルドフリスはルナに微笑みかけた。
エアルドフリスの心はまだ少し。だが、他人の喜びを共有し、多くの人に今日助けてもらったことを感謝するくらいの余裕は十分に取り戻せていた。
「一段落したし、こう。ご褒美とか欲しいよね」
真水は人が抱き合う姿があちこちに咲くのを見て、つつつ。と音もなくヒースに近寄って、背中を彼の胸に寄せた。
「ご褒美ってどういうものかなぁ。案外口にすると叶うものかもしれないよ」
「い、い、言わせる気かっ。ヲトメに言わせるのかっ」
赤髪の眼鏡の奥はいつも通りの目つき。
真水はまた顔を赤らめて精いっぱい照れて叫んだ。
「まあ、のんびりデートする依頼なんかあってもいいとは思うねぇ。元気になったらみんなでいこうか。幸い多少怪我はしているけれど、ボクも真水もそうでもないし……今から二人で行ってもいいけどねぇ」
まじかっ。
髪の毛を逆立てる真水に、ヒースはその髪を撫でつけた。
「これでハッピーエンド、かな」
クレールはマイステイルにつけたマテリアル整流装置を一度外して、中に詰めている液体を透かして周りを見つめた。
喜びもあれば悲しみもある。
色んな人の想いが響き合ってマテリアルを産み、また力になる。
自分の力、そして想いを込めたマイステイルがその調停役になれたとしたら、自分の力は確かにこの世界を救い、変えたのだ。
想いの力が人を、世界を変える。
それがファナティックブラッド。
「すまねっす。全員の血ちょっとずつもらいたいっす」
神楽(ka2032)はマイステイルを円陣の真ん中に置いてそう語った。
「マイステイルは皆の想いを蓄える道具っす。スィアリが持っていたのも、想いを忘れない為。想いの力で自我を保つ為。そういう理由だと思うんす」
「うん、そうかもしれない。マイステイルはあの北の大地で育った精霊の樹を削り出したんだって言ってた。あの大地の想いを全部蓄えたシンボルなんだよ」
アーシュラ・クリオール(ka0226)の言葉に神楽はこくりと頷き、まず真っ先に自分がその切っ先で自分の指を傷つけ、そして小瓶に数滴落とす。
「一緒に帰ってくるため」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)と南條 真水(ka2377)が揃って手を重ねて刃に手を当てて、左薬指に揃って同じ傷跡を付ける。
「勝利を掴むためっ」
クレール・ディンセルフ(ka0586)が恐れも厭わず、刃をぐっと握りしめると、血が溢れる。
「向き合う為」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はテミスと共に少しずつ手の甲に傷をいれ。
「想いの果てを見届けようじゃないか」
エアルドフリス(ka1856)は血止め代わりの煙草をそれぞれに渡した後、ゆっくりと親指を。
「果てなんてあるもんか。全部受け止めてやる」
リュー・グランフェスト(ka2419)は口惜しさにじませるほどに強く刃を握り、その上からセレスティア(ka2691)が手をかぶせる。
「二度と悲しい出来事を繰り返さない為」
「妹のことか。あれから1年と半……こんな結末では志尊の君にも顔向けできぬ。私の夢も馬鹿げていたと証明してしまうようなものではないか。まったく」
リューとセレスティアの言葉にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は長い前髪から愁いを帯びた瞳を覗かせつつ、その手を重ねる。
「みんなで助けましょう」
高瀬 未悠(ka3199)がしっかとした声でその手に血を重ねる。
そして、岩井崎 メル(ka0520)、無限 馨(ka0544)、ボルディア・コンフラムス(ka0796)、リュカ(ka3828)、音羽 美沙樹(ka4757)と血を重ね。
その上にミネア、メルツェーデス、ベント伯、ゾール、レイア、ミーファ、サイア、レギン、アミィ、テミス、シグルドと続く。およそ30人の血が一つにの瓶に収まった。
「よっし、それじゃお目覚めのコールといこうか」
真水の掛け声と同時に、馬車が走り出し、浄化術が残す輝く軌跡を辿って、一同は走り始めた。
●
見えた。
それはもう別人だった。
泉のように広がるドレス。負のマテリアルの渦は両腕を包む大きなドレスの袖となっている。
漆黒の髪、能面のようなぴくりとも動かない無表情な顔。そして深淵の瞳。彩る闇は幼さの残る彼女の風貌をも化粧して、精巧なデキモノのようにすら感じさせる。どれもが知っているクリームヒルトではない。
「……コナイデ」
「そんなになってまで、人の想いとやらを継ぎたいのか。ならば生者の、我々の、私の、ボクの……」
アウレールが素早く二振りの剣を引き抜くとドレスの裾を一足飛びに飛び越して振りかぶった。
「ソレハ贖罪ヨネ?」
「!!」
光の斬撃がクリームヒルトに叩き込まれるよりも早く、別の肉塊を引き裂いた。
腐臭の塊には、アウレールがよく見る帝国の大輪の勲章が輝いている。最高勲章、つまり皇帝だ。
「ひるでぶらんど……スマナイ モウ モチソウニ ナイゾ」
「腐敗帝……ブンドルフか」
それが彼の末期の言葉であることを悟ったアウレールは、一瞬だけ自分の聡明さを恨んだ。それがどういう意味か気づかねば無視してクリームヒルトまでたどり着けただろうに彼は一瞬、自分がまだ物心つく前後の革命で起きた真実に触れそうになって、手と足が止まった。
隠された英雄譚に触れたという事実が胸を鷲掴みにしたことで、応戦するブンドルフからの斬撃で吹き飛んだ。
「ぼーっとしてんじゃねぇ!」
一足飛びにリューとボルディアがアウレールを飛び越し、クリームヒルトにつかみかかる。
「マッテ コノ子ダケハ……くりーむひると、ひるでがるどハマダ子供ナノ」
闇が分離し、新たな影を生み出し、そして二人を押し留めたのは大きな女性像だった。
「……!」
それが切り捨てるべき歪虚であることはわかっているのだ。
だが、それがクリームヒルトの母親、皇妃であるとしたなら? それを目の前で切り裂くことをクリームヒルトに見せたら?
ドレスを結ってできた紐は首に巻きつき吊られた女の影にリューは一瞬迷ったが、全力でそれに刀を叩きつけた。だが、それはバラバラになっても衣をリューの首にまとわりつかせて、必死の抵抗を続ける。
「大切ナ人 殺サナイデ!」
クリームヒルトの叫びが響いたかと思うと、ボルディアがまるで凍り付いたように身体を拘束されると急激に失速してクリームヒルトのドレスに身を埋んだ。
「ヒヒヒ 皇族ヲトラエレバ 賞金ダッテヨ」
「オーイオーイ 大変ダッタロウ サアユックリシテイキナサレ イヒヒヒ」
「ぬ、ぐ……てめぇらぁぁぁぁぁ」
ボルディアが叫ぶが、ドレスから現れた無数の声がボルディアの頭で囁き混乱させる。思考が一瞬で塗り替えられていくことを薄々とは感じながらもどうしようもない焦燥感が埋め尽くしていく。
「ひどい悪夢だね。本当にもう、どうすればいいのやら。ちょっとお茶で一休みしないかい?」
真水が真後ろから機導浄化術を展開すると、手にした鏡に闇がずずっと引き寄せられるように流れ込んでいく。その流れはティーポットに濃いお茶を流し込んでいくようにも見えたが、その奔流を見て、真水はどちらかというと嫌そうな顔をした。
「マテリアルが濃すぎる……これカートリッジ持たないかも」
「大丈夫です! これにバスターダインを重ねれば、負のマテリアルの汚染なんてっ」
クレールはカリスマリスにカートリッジを差し込み、光の刃を生み出したかと思うと、一気に振るい、刃を空へと放った。
闇を切り裂き、残滓となった闇を真水が吸い取っていく。
が……。
「どんなけ濃いんだよ! ブラックが好きなのはヒースさんであって南條さんは好みじゃないかな……」
「ボクもこれだけ濃いのはごめんかなぁ。そもそもマテリアルをカフェインと一緒にして欲しくないけどね」
ヒースはそう言いながら、光の刃の中を颯爽と進み、刃を引き抜いた。
どうせまた出てくるだろう。
ヒースの読みは当たり、突如として現れた壁となる肉塊を切り伏せたが、それでも死なない塊は叫びながら、ヒースの刃をも食らいつき、押し倒そうとする。
「くりーむひると様ニハマダ価値ガアルンダ! 我ラノ宝ダゾ。奪ワレテタマルカ」
「アウグストか……」
ヒースは一瞬だけ瞳孔を細くさせて睨んだ。
こんな奴の想いまで受けているとしたら想いなどではなく呪いに相違ないだろう。
「クリームヒルト、間違えるなよ……生者の想いもあるってこと、歩き続けることを忘れるな……!!」
巨塊に押し倒されそうになりながらもヒースは左手でワイヤーウィップを空中に放った。それは一瞬で肉塊をがんじがらめにし、次の瞬間には引き裂いてバラバラにしていた。
「ヤメテヤメテ。ナンデ戦ウノ 人間同士デ戦ウナンテ」
「これらは幻覚です。姫様の記憶のできごとなんですっ。もう戦いは終わっています! 目を覚ましてくださいませっ」
クリームヒルトの慟哭は地震を引き起こすように大地と空気を鳴動させて、結界に守られた馬車をも揺らす。その向こうで、ルナに助けられながらテミスが叫んだ。
「まるで近寄れないっす!!」
神楽もマイステイルを振るいながらクリームヒルトへとたどり着こうとするが、初撃でほとんど決めようとした計画が瓦解していることに歯噛みしていた。
結局その袂にまだ誰も近づけていない。このままではじり貧で、先にクリームヒルトが壊れてしまう。
「伏せてくださいっ、雷よ響け、ナッランテ!!」
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡りては均衡の裡に理よ路を変えよ。生命識る円環の智者、汝が牙もて氷毒を巡らせよ」
ルナの凛とした声と同時に、反射的に神楽はギリギリまで身をかがめた瞬間、闇を切り裂く雷光が神楽の髪の毛を逆立たせながら闇の塊を切り裂く。
と同時に、エアルドフリスにまとわりつく雨が氷咬蛇を生み出して自然界のマテリアルを、ルナのライトニングボルトの電界の魔力が空気を隔ててできた道に冷気が巨大なサーペントとなって走り、クリームヒルトの腹部をえぐった。
「長くは苦しめませんぞ」
「嘘ヨ。マタ利用スルツモリデショウ。生カシテモットタクサンノ苦シミヲ味アワセルンデショウ」
クリームヒルトが泣くと、それを慰撫するように討ち倒した亡霊の影がまた生み出される。
「……確かに否定はできませんな。選挙に参加した時は本当にろくでもない浅慮だった。それでもなクリームヒルト嬢」
どしゃぶりの雨に高く響き渡る音が混じる。雨の温度が下がり、ミゾレに、そして氷雨へと変わっていく。
「想いの受け取り方は人それぞれ。できるのは唯懸命に生きること。生きる事だっ」
マテリアルをさらにつぎ込み、氷咬蛇はさらに膨れ上がっては破裂すると、キラキラとマテリアルの燐光を映す雨が新たに生み出された歪虚を凍てつかせた。
「走れ!!」
エアルドフリスの叱咤に仲間達が敵対していた歪虚をも捨てて一斉に輝く雨の道を駆け抜ける。
「マテェ 敵ハココダゾ」
「褒章ハワタサネェ」
残っていた影がしがみつくように追いすがる。それが亡者と言わずしてなんと言おうか。
後ろで見守っていたセレスティアは悲しくなった。
死者の想いというのが優しいものではないのは分かってはいるが……こんな醜い想いばかりが死後も残るなんて。それがクリームヒルトを縛り続けるなんて。
「浄化の焔につつまれし、鳳よ」
セレスティアが七支刀を天に掲げると、彼女のマテリアルを受けて温かな桜色に、そして燃え上がるような赤に染まり、鳳の紋章が空に浮かんだ。
「不浄を焼き払いては一切の魔を払い給え!!!」
紋章から鳳が生まれると道を走る仲間達に翼を広げて飛び立った。幅広い雨の道をその心の焔で蒸発させた空気を身に宿し、羽毛として身体をつくり、道より広いその炎に包まれた翼は歪虚を吹き飛ばし、また追いすがろうとする手はそのまま真っ赤に光りて、塵に返す。
セレスティアの鳳は道を指し示し、そこに入ろうとする邪を一切許しはせず、道の傍らで歪虚共は大いに嘆くようにして鳳に救いを求めるように慟哭するだけであった。
「そうそう、お茶会は済んだんだからさ……時計は0時。灰被りは魔法が解けて慌てて帰るお時間さ」
真水がその残った歪虚達が氷の戒めに囚われた影をそのまま混沌の闇へと返した。
「クリームヒルトっ!!!」
未悠が真っ先にたどり着き頭を抱きしめた。
生温かい闇を抱きしめると、未悠もまた幻影が見えた。
「姫様……私にはもうお助けできません。後は……この方に助けてもらってください」
クリームヒルトの手を引いて逃げた乳母の袖の下は膨らんでいた。
ああ、この人も苦難に耐えかねて売ったのだ。
「たくさんつらい経験してきたのね……全部一人で抱え込まなきゃ生きていけなかったのね」
「同情ナンテイラナイ イツデモ人ハ独リ」
「そんなことない、そんなことない!! 革命は生活を変え、人を変えた! でも人が愛を失ったわけじゃない。この想いは枯れ果てたりしない」
懸命な未悠の言葉も至らず腕の中から嘆きが響くと、それは波動となって内臓を乱した。
「新たな夢、素敵な夢を見せてくれよ……人々が手を取り合う、血の流れない世界を作る夢を」
耳から血を流しながらもアウレールが到達し、今度こそその光の剣がクリームヒルトのまとう闇の奔流を叩ききると千切れた闇の飛沫が選挙の時のヴィルヘルミナの顔がふと見える。
「君がクリームヒルトか、よろしく頼む」
クリームヒルトに握手を差し出しているところだ。
この後に剣機は襲ってくる事をヴィルヘルミナは知っていた。やらざるを得ないとはいえ、手を差し伸べられたその瞬間にはもうクリームヒルトの暗澹たる気持ちが浮かんでいたことを、飛沫を頬に浴びたアウレールには伝わってくる。
「グチりたいなら、言いたい事があるならこっちの目を見て全部話せ!!」
リューが刀に光を集めて、一気に刺し貫いた。闇色の冷たい仮面が竜貫の衝撃ではがれ、真白い本来の肌と碧眼がちらりと見えた。
ドレスが上下に分断され、そのまま闇に捻じりこんでいく。闇は深い。全力で押し込んでも、紋章を宿した刀の先には温かいものが流れている様子は感じ取られない。
伝わってくるのはシグルドとのやりとり。ああ、ヒルデガルドの討伐に向かう前だ。トランクに物扱いするように押し込めた彼の目もまた冷たいものだった。
「ここにいるみんなで一緒に背負ってやる! 苦労を掛けてるとか一人で背負いこまねばならねぇなんて思うな。今度邪魔する奴がいるなら、オレが叩ききってやる。だから手を伸ばせ!!! 戻って来い!!」
泥のような闇の衣の裾がリュー頬に触れる。
クリームヒルトが手を差し伸べている。めいっぱい、助けてほしいと。だが、闇に染まった手はリューの希望の炎を湿らせてしまう。
もはや自分の動きもままならない。意思をもっての動きも、闇に食いつぶされていく。
「アア」
折角分断した闇もまた両腕より集まる渦に呑まれてまたクリームヒルトを蝕んでいく。折角開いた白い部分がまた消えていく。
「させなねぇぜ。高瀬、すまねぇ! 代わるっ」
ボルディアが胸からすくい上げるようにクリームヒルトを抱きしめ、そうしていた未悠に合図を送ると、未悠はクリームヒルトの闇に包まれた手をしっかりと握り返した。
闇は蕩けるように重たく、腐臭に慣れれば甘美とも感じた。多くの人が戸惑いそして取り込まれるのもその闇の感触を味合えばわかるような気がした。
「この闇が消えても貴方は消えない。でもそれが心細く寂しいなら、貴女が願うなら、私はこの闇をも受け入れる。どんな腕でも貴女の腕。それだけでも私は決して手を離したりしないわ」
きゅっと何かが、伸ばした未悠の手に絡みつく感触があった。
握り返してくれた。弱々しいけれど、それは闇のぬめつく中でもしっかりと感じ取ることができた。
「高瀬さんっ、クリームヒルトさんっ。そっちの手の先にはロッカの短剣があるはずです! 取り払うことはできますか!! 柄にマテリアル整流装置があるはずです。取ったらそれを最大にしてください!!」
月雫で歪虚を薙ぎ払いながら、クレールが叫んだ。
未悠はゆっくりゆっくりと手の力を感じた闇を探っていく。
「ぐ……ぐ……」
目が回る。
心が蝕まれる。闇の中で身動きするだけで数多の霊が囁くのだ。ヤメロと、それより共に手を取りあおうと。それは脳の中に直接語り掛けられるようで、もはや自分の思考かどうかもだんだんぼやけてきてしまう。
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡りて、均衡の裡に理よ路を変えよ。我が血に流るる命の炎、矢となりて我が敵を貫け」
!!!
熱で腕を刺激され、ぼやけた頭が一気に目覚めた。
見直せばエアルドフリスの闇の渦が青い炎を焼き払っていた。
「ありがとう、ちょっと目が覚めた」
未悠は少しだけ笑い返して、そのままさらに手を置くに伸ばすと、手の中に渓流の水に触れたような感触が感じられた。未悠は意を決してその激流に手を入れて感じた硬いものを引き抜き、空へと放り投げる。
「とれたっ」
同時に影が消えていく。クリームヒルトとの想いが断ち切られたせいだ。それでも束縛の闇のドレスをまとったままのクリームヒルトが元に戻るわけではない。
残った負のマテリアルはクリームヒルトを食らい潰していく。
「それじゃあ、最後っす! 届け、みんなの想いっ」
小瓶に貯められた血を神楽はマイステイルで貫き、跳躍とともにそのまま虚空を見つめるクリームヒルトの眼前で刃を振り上げた。
「こんな形でしか感情を表に表せないだなんて、本当に不器用っすね」
血を吸ったマイステイルの形状が変化した。
笹にも似たヤドリギの葉のような刃がいくつも穂先に広がったかと思うと、一斉に飛び散って緑の雨を降り注がせた。
肌とこびりいた闇の隙間に滑り込むように、穢れを落とす雨のようにして、闇が一斉に剥がれ落ちていく。
「クリームヒルトさん!!」
セレスティアは必死になって祈った。
だが、神楽が振りかけたマイステイルの血か、それともクリームヒルトの血か、ともかく赤い何かが遠くのセレスティアからも見える。
予想よりも時間は経ってしまっている。クリームヒルトの生命力が負のマテリアルに染まって鼓動を止めていないか。
セレスティア、いや、皆はただただ祈るように緑の祝福が全ての闇を削り取るのを見守っていた。
●
それが真横からの攻撃を受ける隙を与えたのはどうしようもなかったかもしれない。
「ぬぐぁっ」
レギンの悲鳴と共に馬車が横転し、外と内とを結ぶ浄化術に専念していたミーファが馬車からもんどりうって投げ出され、道が急速に消えていく。
「……!!」
「人は浮島に似たり。阿頼耶の海より出し、泡沫に等しきなり。海は泡を抱けども、泡に海は抱けず」
馬車を揺るがしたのは投げつけられた無限だった。
豊穣の巫女スィアリは先程まで浄化し作り上げた道に踏み入った。
「スィアリ様!!」
アーシュラが叫ぶより早くメルが真ん前に立ちふさがる。その背中にはウルを抱えている。
「カカ様……会いたか」
ウルが伸ばした手をすれ違いさせるようにして、スィアリの拳がメルの顔に沈む。
「優しさは想いを殺すぞ」
ぽそりと聞こえた次の瞬間、ウルもろともメルも吹き飛ばされ、無限の上に折り重なった。
「どうしてっすか? ロッカはもういないっすよ。無理に従う必要なんてないはずっす」
「……川の流れ、風の流れ、あらゆるものに誰君ぞ言葉は必要あらぬ。ただあるがまま」
つまりロッカに呼ばれはしたものの、その動きを指示されたわけではない。
では何をしに、ファルバウティを討つのに天譴の雨を降らせたのか。自分の愛子であるウルごと吹き飛ばした以上、それが目的とも思えない。
「歪虚としての意志……暴食としてここにあるものを残らず食らう、ということでよろしいでしょうか」
カリスマリスを両手で握り直し、クレールが一歩近づいた。
話に耳を貸すなら様子を見ようとも考えていたが、どうにもそういう様子ではないようだ。
「いや、それは止めた方がいいんじゃないかな。お姫様だってまだ闇を削り切れていないし、お引き取り願うべきだよ」
「そうはいっても……聞いて下さる相手ではないようです。ここの負のマテリアルを全部食われたら、それこそ強力な歪虚が誕生してしまいます。クリームヒルトさんだってどうなるかわからない。だとしたら……」
カリスマリスから伸びる光の刃が一層強くなる。
「やるしかないっ!!」
クレールが真正面から飛びかかり、同時にスィアリの真後ろに紅の蝙蝠が舞い降りる。刃の閃きはスィアリに吸い込まれる渦のようにしてどこにも逃げ場など作らない。
「愚か」
だが、その刃の渦自体が止まった。
枝葉のない樫がスィアリの足元から幾本かそそり立ち、二人の腹を腕を貫いた。空中で射止められた二人は脚を動かそうが腕を振るおうが、何一つ満足に成しえない。
「ぐ、う……」
「高瀬。クリームヒルトを背負え。ルナ。神楽。馬車を起こしてすぐさま退却の準備をしろ」
「でもまだ負のマテリアルがはがれきっていません」
ルナの言葉にリューは応えなかった。スィアリがもう踏み出せば武器が届く位置にまで迫ってきていたからだ。
「これ以上、奪わせねぇ!!」
リュー、アウレール、セレスティア、エアルドフリスが一斉にスィアリに挑みかかる。
その間、未悠は一生懸命にクリームヒルトを抱きかかえ、馬車にのせようとするが、それは簡単なことではなかった。
「ヒメ サマ」
「イトシイ ムスメ」
「ワレラノキボウ」
負のマテリアルによって実体化した影が、わずかに糸引く闇のドレスを伝ってしがみつくのだ。
「クリームヒルト……!」
「ごめんなさい。でもこの人達を私は……おいていけない。もう犠牲にしたくない」
クリームヒルトは泣いていた。本当はこの闇を斬り捨てて走ることはできたのかもしれない。だけれども彼女の心はまだ闇を幻影と認知できないでいた。
未悠はそんなクリームヒルトを抱きしめるしかできなかった。
リューには馬車に乗ってこの場から離れるよう言われたものの、彼女から他の全てを切り捨てさせることは未悠にはできなかった。
「未悠さん!」
ルナが叫んだ。
ダメだ。未悠は末期の先まで共にするつもりだ。
「ダメ、ダメです」
ここで未悠が庇ったら、彼女も負のマテリアルに取り込まれる。そしてまたクリームヒルトも動けなくなる。
悲しみが足を鈍らせ、また不幸を呼ぶ。
そんなのは断ち切らなきゃならない。そう、本人の意志が必要なのだ。
ルナは悲しい目をしながら微笑む未悠とクリームヒルトを見た。
あそこにいるのは仲間じゃない。かつての自分……
不幸を生み出さないためには、じっとして耐え忍べばいいと思っていた自分じゃないか。
だけど、それを解き放つのは……自分の言葉でなといけない。
できるの? 私に?
また不幸になったら。悲しい出来事を積み重ねてしまったら。
そう思うと腕が、身体がどうしようもなく震える。
「……ルナさん」
テミスがそっとその震える手を握った。熱意を込めて語り掛けていたテミスはこの負のマテリアルの中、厳寒の中でもしっとり熱を帯びるほどに温かかった。
そんな温かさが、震えを止める。
「ルナさんなら、できます。私にそうしてくれたように……怖ければ一緒にしますから」
ああ、そうだ。
昔の自分と今の自分。違う所が一つだけあった。
私には、仲間がいる。
「はい!」
魔導機械楽器オーケストラのスイッチを入れて、激しい剣戟が響き合う中にマテリアルの渦巻く音が轟き始める。
破裂しそうな鼓動の中、緑色の風がそっと吹いた。手を取り合ってくれる無二の友が鼓動を、呼吸を楽にしてくれる。
「♪夢」
痛くない?
小さな単語を口にして、クリームヒルトと未悠の表情に視線を送る。
「♪希望」
声量をあげて、心の琴線を探る。みんながちょっとずつ幸せになるようにと。
「♪朝が来るたびやってくる」
テミスの声も合わさり響く。
その歌声がルナを覚醒させた音楽をより活性化させ、闇に満ちた空間自体に輝きと音符の幻影を広げていく。
「♪もう昨日までの悪夢から」
影とをつなぐクリームヒルトのドレスの糸が完全に途切れた。
その瞬間に、未悠は目を開くと、クリームヒルトと頷き合い抱き上げた。それに追いすがるようにして影たちは鎌首をもたげてくる。
「♪覚めたのだから」
それは幻影。
後ろ髪引かれる思いも、怯えてきたのも幻影。とても力のある幻影だけれど。
本当のものは今。そこにある。
ルナはテミスと手を握りしめ、最後の小節を唄いきった瞬間。影は光に包まれて消えていく。
「天譴の雨に……」
しかし、それよりも前に、スィアリの一言と波動が広がる。
光の下では全く見えなかったそれも濃霧のような負のマテリアルの中でははっきりと見える。裁きの雨を呼び集める光だ。
「お願い……!」
クリームヒルトが触れたらアウトだ。彼女の生命力ではもたない。
ルナが目を閉じた瞬間、エアルドフリスの詠唱が耳に入った。
「空、風、樹、地、結ぶは水。光、炎、奏、命。繋ぐは波動。天地均衡の下、巡れ」
光が飛び立つと同時に、暗雲の空がぱっくりと開く。
「一切均衡の裡にあり。我が血に流るる命の炎、雨となりて我が敵を貫け!」
そして雨の如き青い炎が奔流となって光を包み隠し、裁きを呼ぶ光を打ち消した。
「天譴の雨が……消えた!」
「後押ししてくれた想いには感謝せんとなあ」
ルナの言葉にエアルドフリスはふっと息をつき影とクリームヒルト達を眺めた。
光に包まれた一瞬、影だった者達の顔が少し見えた。
みんな穏やかに笑っているではないか。負のマテリアル、絶望とか悲嘆とか、嫉妬とか。それらはすべて暗くして見えなくしてしまうのだろう。
「やったわね、ルナ」
「はい、ありがとうございます! 皆さん、戻ってきてください」
「結界張り直してさっさとおさらばするっす、レギンさん、ミーファちゃん。よろしくっす!」
「おっけい!!」
全力で馬車を立て直した神楽の一声に馬車に乗り込んでいた連中が声を上げる。
が、次に吹き飛んできた真水によってまた馬車は大きく揺れたのをすかさずアミィが留めて、真水を立ち上がらせた。
「おおう、ヒースくんが串刺しになったからって、そんな落ち込み方は危ないと思うよ」
「アミィ……前から思ってたけどさ。もしかして気を使ってる?」
「一応、この作戦の責任者だもんね。あたしは誰にも死んでほしくないのー。ハッピーエンド大好きよ」
真水はちらりとアミィの首輪を見て不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そういうことか。自分のハッピーエンド(刑期短縮)の為にロッカの狙いをわざと見逃しただろ? さすがの南條さんも堪忍袋の緒がぶっちーんってなってるって思わなかったかい?」
「思わなかったなー。真水ちゃんも法とかどうでもいいタイプでしょ」
「人間性は無くしたつもりはないよ。ついでに下の名前で呼ぶな」
真水は腹立たし気に鏡を向けると、空中に時計を呼び出し、ヒースを貫く樫、スィアリの髪、そしてもう一本をアミィに向けて飛ばした。
「あだーっ!!」
アミィにはそこそこ効いたようだが、肝心のスィアリにはというとそうもいかなかった。一切の回避行動をせずに直撃しても平然と立っている。
「安心しなよ。穢れの蛇、ファルバウティはボクたちが滅した。其方の想いも大地の願いも、ボクたちで引き継ぐさ」
「夢見る年頃の蒙昧な言葉だ」
仲間の猛攻を退け、歩み寄ったスィアリは真水の右手をつかんだ。
ぞくりとした感覚が蘇る。ロッカの短剣レーヴァに取り込まれそうになった瞬間の恐怖と痛みだ。
「真水!!」
樫を打ち倒され腹部に穴をあけたままヒースが駆け寄り、スィアリと真水の間に割って入った。
「誰も死にすわけにはいかない。みなそれぞれ想いを背負っているからねぇ」
「……其方の手では、後ろの一人で手いっぱいだろうに」
「え、え、ちょっと。ボクは、その。スィアリに見破られるなんてどうしよう。これってもう公認の仲ってことなのかな。いや、でも相手歪虚だし。歪虚にも認められるってもうどうなのさ」
「真水、そこはデレたりパニックになるところじゃないと思う」
ヒースの冷静な一言に真水は口をつぐんだ。
「想いに正邪はない。ただ力のみである。受け継げるのはその手の大きさ分でしかない。零れた想い、落ちた命は大地が受ける」
「そうだな、だがあんたは大地そのもの、大海そのものでもない。一個人だよ」
その腕を氷の蛇が穿ち、エアルドフリスが言った。
「先日のお目こぼしの分まで、きっちり返させてもらおうか」
「借りる、返すというその恩讐は理外の極み」
エアルドフリスとスィアリがまるで鏡を映したように拳を振り上げ、打ち付けた。
拳同士が突き合い、派手に空気を震わせる。
「まっったく、一分たりとも理解できかねますなぁ……あんたの言葉は!」
言葉を尽くしても伝わらない想いに。
エアルドフリスは普段の清ました顔の奥から苛立ちに燃えた表情を覗かせ、全力で叩きつけた。
「その戦いは今度にしないか? スィアリも私闘を果たす為に来たわけじゃないだろう」
その戦いに割って入ったのはリュカだった。
二人の腕をそっと掴み、ゆるゆると引き離していく。
「ロッカに呼ばれども彼の意志ではなく来た、その意味を考えていたよ。負のマテリアル穢れをその身に宿して塵芥に帰す為、ではないのかな。次代へ残さぬために」
「世迷言だ」
答えたのはスィアリではなくアウレールであった。
アウレールは剣を納めてスィアリに歩み寄ると、鋭い目つきで彼女を見上げた。
「命をどんなにまやかしだと、夢幻だと貶めたところで 世界は全部、生まれては死ぬ命が形作るもの 。幻影と現実は繋がっている 。遺すのはいつだって生きてきた人達。叶えるのは全ての生きる人達だ」
だから。
アウレールは後ろを振り向き、仲間達に全軍撤退の合図を送る。
「まほろばに建国の祖はいらぬ。誰もが願う事で作られる。……そのためには順序も必要だ。やるべきことを片付けて行かねばならぬ」
「いいんすか? ますます強力になるっすけど」
「今やりあったら姫君の手当が遅れるし、ガルカヌンクが侵食されたとなれば後始末にも苦労する」
神楽の問いかけにもアウレールは目を瞑って振り切った。
元々歪虚には断固として戦う姿勢を見せていたアウレールがそう口にする心の裡をはかり、対決姿勢を向けていた仲間も後ろに下がる。
スィアリはクリームヒルトが持っていた短剣を拾うと同時に、ガルカヌンクを覆う闇が一斉にスィアリに吸い込まれていく。
「……必ず、浄化します。あたしの居た世界の技術、この世界の力。全部結集して向かいます!」
ロッカの短剣を握る手が、腕が顔の半分が、見る見る間に萎れて、死人のそれに近くなるのが見るに堪えず、アーシュラは両の拳をぐっと握りしめて叫んだ。
「これ以上ノ穢れをウムならバ。……雨の言葉にならウナラ。『今回の分までキッチリ返させてもらおウ』」
声が腐汁まじりの煩雑な音になりながら、そう言い残すとスィアリもまたアウレールに背を向けて、歩み始めた。多くの闇を一気に吸い取った彼女はほとんどが腐り落ちていたが、それでも美しい金髪のヴェールを引きずり、腐に満ちた臭いも残さず歩み去っていった。
●
闇が消え去った町ガルカヌンクの入り口。
シグルドはさっさと軍をまとめて撤退に入っていた。
「ちょっとシグルド。感動の再会なんだし会っていきなさいよ」
「近くにいたら銃殺するんじゃないかって疑う子もいるし、止めとくよ。よろしく言っといてくれ」
未悠に手を引かれたものの、シグルドはセレスティアにちょっとだけ微笑んで、さっさとその手からすりぬけるとトラックの助手席に乗り込んで移動してしまった。
「あれも素直じゃないな」
「人の事言えないっす」
アウレールのぼやきに神楽がぼそりと言った為、神楽は締め上げられそうになったがさっさと逃げ出しに成功した。
未悠が引き合わせようとしていたのはもちろん、クリームヒルトだ。
「ひめさま。ごめんなさい。ロッカ 悪い事した」
ボラ族の長としてウルがクリームヒルトに膝をついて語り掛けていた。
「それと同じくらいボラ族のみんなは助けてくれた。それに私はあなた達を傷つけてしまったわ。私もごめんなさい。それからありがとう」
クリームヒルトはさすがにマテリアルを染められた影響がある為か、簡易のベッドが起き上がれないほどに衰弱していたが、それでもしっかりウルにそう返していた。
「皆様にもお礼を。私の浅慮で皆様にも随分ご迷惑をおかけしました。身を案じてくださった方、命を賭して助けに来てくださった方には本当に申し訳ありません……。だけど、嬉しかったです。皆さんが来てくれたことに」
それから口を開こうといくつかパクパクと動かした後、首を振った。希望を集める存在としてではなく、一人の女性としてクリームヒルトは顔を上げた。
「こんなわからずやの、わたしの為に。ありがとう」
「そんな顔なさらないで。姫様にはたくさん救われた方もいらっしゃいますもの。また笑ってくださいまし。あ、でも今度はそのお顔で、ですわよ?」
美沙樹はぎゅっとクリームヒルトを抱きしめた。
「もうその笑顔を誰にも乱させたりしませんから」
セレスティアがその頭をそっと抱きしめるようにして、囁いた。
「完璧な人なんてどこにもいないわ。弱さがあって当然よ。そんなのも含めて全部好きよ。大好きっ」
未悠もぎゅっと抱きしめる。
「俺も好きだ。剣をとって守りたいと思うのもお前しかいない」
リューもそっと語り掛ける。
いくつもの愛が重なって、クリームヒルトは人の輪の中で泣いた。
嬉しさで声を上げて泣いたのは初めての事だった。
「良かったですね」
「これもルナさんのおかげです。ルナさん。歌ってくれてありがとうございます」
それを見ていたテミスもまたルナにぎゅっと抱きついた。
「歌った、ん、ですよね。私……」
「はい、とってもいいお声でした。負の鎖を溶かす幸せの素敵な歌声でしたっ」
テミスの言葉に、ルナは少し複雑な顔をしていたが、自分が歌った瞬間の気持ちを思い返してようやく。呪縛を自分で解いたことに気付いた。
「物事をどう見るか、どう決めるかは全て本人次第……なんだよね」
「この世界は自分の意志でいかようにも見えちまう。いい顔してるじゃあないか。いいきっかけをもらったようだね」
パイプから紫煙を吐き出し、エアルドフリスはルナに微笑みかけた。
エアルドフリスの心はまだ少し。だが、他人の喜びを共有し、多くの人に今日助けてもらったことを感謝するくらいの余裕は十分に取り戻せていた。
「一段落したし、こう。ご褒美とか欲しいよね」
真水は人が抱き合う姿があちこちに咲くのを見て、つつつ。と音もなくヒースに近寄って、背中を彼の胸に寄せた。
「ご褒美ってどういうものかなぁ。案外口にすると叶うものかもしれないよ」
「い、い、言わせる気かっ。ヲトメに言わせるのかっ」
赤髪の眼鏡の奥はいつも通りの目つき。
真水はまた顔を赤らめて精いっぱい照れて叫んだ。
「まあ、のんびりデートする依頼なんかあってもいいとは思うねぇ。元気になったらみんなでいこうか。幸い多少怪我はしているけれど、ボクも真水もそうでもないし……今から二人で行ってもいいけどねぇ」
まじかっ。
髪の毛を逆立てる真水に、ヒースはその髪を撫でつけた。
「これでハッピーエンド、かな」
クレールはマイステイルにつけたマテリアル整流装置を一度外して、中に詰めている液体を透かして周りを見つめた。
喜びもあれば悲しみもある。
色んな人の想いが響き合ってマテリアルを産み、また力になる。
自分の力、そして想いを込めたマイステイルがその調停役になれたとしたら、自分の力は確かにこの世界を救い、変えたのだ。
想いの力が人を、世界を変える。
それがファナティックブラッド。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- シャーリーン・クリオール(ka0184) → クリームヒルト・モンドシャッテ(kz0054)
- ジュード・エアハート(ka0410) → エアルドフリス(ka1856)
- 藤堂研司(ka0569) → 未悠(ka3199)
- ルシオ・セレステ(ka0673) → エアルドフリス(ka1856)
- ルフィリア・M・アマレット(ka1544) → クリームヒルト・モンドシャッテ(kz0054)
- ユリアン・クレティエ(ka1664) → ルナ・レンフィールド(ka1565)
- エイル・メヌエット(ka2807) → アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- エステル・クレティエ(ka3783) → ルナ・レンフィールド(ka1565)
- シリル・ド・ラ・ガルソニエール(ka3820) → セレスティア(ka2691)
- 神城・錬(ka3822) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- エミリオ・ブラックウェル(ka3840) → クレール・ディンセルフ(ka0586)
- アイラ(ka3941) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- 華彩 惺樹(ka5124) → クレール・ディンセルフ(ka0586)
- リラ(ka5679) → クリームヒルト・モンドシャッテ(kz0054)
- テオフィル・クレティエ(ka5960) → 未悠(ka3199)
- 沙織(ka5977) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- セラフィーナ(ka5985) → クリームヒルト・モンドシャッテ(kz0054)
- 金目(ka6190) → エアルドフリス(ka1856)
依頼相談掲示板 | |||
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姫様救出作戦【相談卓】その2 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2016/12/18 20:02:38 |
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質問卓 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/12/18 17:40:36 |
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姫様救出作戦【相談卓】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/12/18 01:47:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/16 08:25:15 |