【王臨】政治的な軍事作戦 1

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
シリーズ(新規)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/12/19 22:00
完成日
2017/01/02 04:31

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

「義勇軍を編成しろ」
 グラズヘイム王国、大公ウェルズ・クリストフ・マーロウが命じると、部屋の片隅に控えていた青年が音もなく立ち上がった。
「小規模に、でしょうか」
「うむ。できる限り継続したい」
「期間は」
「まずは三ヶ月。その後は適宜指示と支援を送ろう」
「……かしこまりました。活動している、との実績を重視して動きます」
「そうだ、それでいい」
 打てば響くようなやり取りはマーロウの気分を高揚させる。
 流石によその配下にまでそれを求めるつもりなどないが、自分の周りは呼吸を把握できる人材で固めたいものだ。
 宿の外からは夜になっても未だ終わらぬ音楽祭の賑やかな声が聞こえてくる。マーロウはそれにゆったりと浸りながら、青年に目をやった。
「……お前も少しは楽しんできてよいのだぞ」
「大公閣下にお仕えすることこそが、私の楽しみです」
「そうか」
「義勇軍はどこに展開いたしますか」
 念の為に、というよりも「形式的に一応訊いておいた方が格好がつく」とでも考えているような声色だった。マーロウは鼻で笑い、茶番に乗った。
「リベルタース。あの穢れどもに息つく暇を与えるな」

●政治的バランス
 現在のグラズヘイム王国を事実上動かしているはずのセドリック・マクファーソン(kz0026)は、今、若干の焦燥感を抱きながら一連の報告書と号外新聞を凝視していた。
 そこには抑えきれない喜色を示すようにこんな文言が踊っている。

 ウェルズ・クリストフ・マーロウ大公、仇敵ベリアルを撃退!!

 何とも目を引く見出し文だ。これが王国各地の街で配られており、主要都市の人々の多くが既にこの事実を知っているというのが、セドリックの苦悩の種だった。
 ――騎士団員も、奴と関係のないハンターたちも従軍していたのだがな……。
 ガンナ・エントラータ近郊でのベリアル軍との激突。それに従軍したのは貴族の私兵だけではない。組織し、総大将として後ろに控えていたのがマーロウだっただけだ。
 が、それこそが国民感情と政治にとっては重要だった。初動で主導権を握られたのがつくづく痛い。
 セドリックは深呼吸して資料を放ると、席を立った。行先は二つ。聖堂教会と王国騎士団本部だ。
 マーロウや連携した他の貴族の活躍により、貴族どもは近いうちにやれ褒美を寄越せだのやれ権利を寄越せだのと要求してくるだろう。ならばその前にこちら――王家・王国側も戦功を挙げねばならない。可及的速やかにだ。ユグディラとの恒久的友好関係の構築に忙しい王女殿下に話を通す時間など、当然ない。
 ――理想を言えば、ぜひともイスルダ島を奪還してしまいたい……。
 一足飛びにそんなことができるわけがないというのは、軍事に疎いセドリックにも分かる。が、理想はそれだ。
 そしてその為には……。
 セドリックは聖堂教会の戦士団のもとへ向かうと、小隊長の一人という男にそれを告げた。
「特殊作戦隊を編成する」
 隊員は聖堂戦士団より一部隊、王国騎士団より一部隊、そしてハンターを含む義勇兵だ。

●軍事的目標
 王国西部、リベルタース地方。
 現在はアイテルカイトの本拠地となっている西方沖のイスルダ島に最も近く、常日頃からアイテルカイトや雑魔の攻勢に直面しているこの地だが、この時ばかりはハルトフォート砦の士気が違った。
 ガンナ・エントラータ近郊まで侵攻してきたベリアル軍はリベルタース西岸にまで後退し、追撃軍が敵を狩りに狩った。
 その機を逃す者など、いるはずが、ない。
「待機中の奴らは総員出陣じゃあ! 細かな指示は追って伝える! とにかく全員外に出やがれい!!」
 司令ラーズスヴァンの号令一下、ハルトフォートが動き出す。

 一通りの指示を出したラーズスヴァンは、作戦指揮所に入るなり王都からやって来た彼らを睨めつけた。
 聖堂戦士団の小隊長、ザンハ。
 王国騎士団青の隊所属、シャイネ・リュエ。
 そしてハンターたち。
『援軍』などという名目で派兵されてきたわけだが、ひたすら面倒になりそうな予感しかしなかった。
「ああ……それで? あんた方サマには何をすればよろしいワケで?」
「我々は援軍です。ご自由にお使いください」
 青の隊の女騎士シャイネが堅苦しく直立したまま言う。
 それだけで、ラーズスヴァンは彼らに深く関わる気が失せた。
 ――政治なぞ上の方で勝手にやっておれ、クソどもが!
「ふん……だったら自由に行動せい! 戦況は逐次入ってくる。それでも見て適当に討伐に出ろ。あるいは砦に居残っておる奴らと訓練するのもいいだろう。戦略目標をわしに進言してくるのも勝手よ。ああそうだの、最近Gnomeが正式配備され始めたんだがの、搭乗員の慣熟訓練に付き合ってもらうと『わしは』助かる。だがまあ、ともかく」
 まくし立てていたラーズスヴァンは一拍置くと、苛立ちを奥深くに押し込めてハンターに同情の視線を向けてやった。
「ハンター諸君、お前らはご愁傷様だったな。政治主導の軍事作戦にようこそ」

リプレイ本文

「随分と群れたものだ」
 ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)は外壁の上に立ち、前方を睥睨して呟く。
 眼前に広がるのは羊の群れと、中央に居座る二体の黒巨人。二体は距離を取りつつも相互支援できそうな位置を保っている。
 そこまで見て取ったヴィントは制御装置に集中し、眼下で作業するGnomeの挙動を早めた。
 外壁前面につづら折りの形で土壁を作り、一度に相手する敵を制限する。それがヴィントの策だった。全面に構築する時間はないが、敵と最も近い西だけは細工できる。
「俺達には何かあるか?」
「正面は土壁を上手く使ってくれ。後は……南北から回り込む敵を抑えたい」
「では北西と南西の監視塔に厚く布陣しよう」
 キビキビ動く彼らは救援要請したハルトフォートの兵なのだろう。ヴィントは過度に口を挟まず、Gnomeを見る。
 豪快に土を掘り起し壁を成す光景はひどく現代的で、工事音は耳障りだが見知った音に似ている。が、町の人間にはさぞや恐ろしい音に聞こえているだろう。あるいは頼もしい音か。
 ヴィントは満足して頷き、敵群に目を移した。
 ――問題は山積しているようだが、まずは目の前のこれを片付けるとしよう。

●砦
 指揮所に残ったアイシュリング(ka2787)とレイレリア・リナークシス(ka3872)は、卓越しにラーズスヴァンと向き合っていた。
 卓上には周辺地図。そう、地図だ。
「西部の地図を借りたいのだけど」
「仰せのままに、と。おい、地図用意しとけ!」
「……」
 嘆息しそうになって自制したアイシュリングは、さらに訊く。
「西部で覚えている事があれば教えて」
 ベリアル再上陸以降の情報はないにしても、以前は野営地を築き島を監視していたのだ。昔の西部を知る事が偵察の取っ掛かりになる筈。そうして幾つかの話を聞いたアイシュリングは、先に二人分の準備を整えていた叢雲 伊織(ka5091)の許へ急行した。
 代って砦司令に話しかけたのはレイレリアだ。
「特殊作戦隊についてですが」
 いや。
 話を、通した。
「イスルダ島奪還を目指したく思っています。少なくともその橋頭堡となるような何かの構築を」
 何でもない事のように王国の悲願を口にする。
 ギョッと目を剥いたラーズスヴァンはしかし、次ににやりと口角を上げた。
「ほう? その数でか?」
「そこまで夢想家ではありません。そこで兵をお借りしたいのです」
「兵は構わんがな。で、案の一つもあるだろうな?」
「詳しくは後で。今は救援に向かわなければなりません」
「おう行ってこい! シャイネとかいう堅物と話すよりは楽しそうだ」
 レイレリアは優雅な礼を見せ、最後に逡巡してから返した。
「戦場を政治利用するというならこちらもこれを利用する。そう考えればシャイネ様とも楽しく話せましょう?」

 中部、西部へ進発する者が急ぐ一方、非番及び近郊対応の兵には大きな余裕がある。むしろ余裕を持ち視野を広く保たねばならないとも言えるのだが、それにしても久我・御言(ka4137)は格が違った。
「諸君、ランチは楽しんでいただけてるかね? 新参部隊とあって慣れぬ点もあるかもしれんが、よろしくしてくれ給え」
 隊員一人一人に声をかけてから席につき、昼食を口にする御言。自腹を切ってまで交流を求めた理由はただ一つ、円滑な現場の構築だ。本当は一対一で交流したかったが、時間がなさすぎた。
 ――最良の仕事をするには相手を理解せねばならない。
 御言は如才なく雑談を織り交ぜながら現場の情報を集める。
「ふむ。では隊員もここの兵も実戦経験は多いと」
「国外遠征はしてないがね。国内でも戦う機会は求めれば多い。今回も自ら志願した者が半数はいる。上の思惑がどうであれな」
「それは助かる。気持ちが入った方が良い仕事ができるだろうからね」
「こちらこそ出陣前に話ができたのはよかった」
 朗らかに笑う騎士に御言も合せ、話を本題に振る。
「ひとまず砦近郊の影とやらの偵察を行おうと思うが、どうかね?」
「うむ。拠点の安全は重要だ」
 すんなりとやる事が決まり、御言は笑みを深めた。

 皐月=A=カヤマ(ka3534)はイェジドを駆りながら三機のGnomeが土壁を作るのを監督する。
「おーいいじゃん。俺なら前進を躊躇するかな」
『そっちから堀は見えるか?』
「逆に見えてる方が進路を限定できるかも」
『壁と堀で面倒に感じる場所を作る?』
「そう。あと砲撃のゴーレムがいるなら土壁を観測の目安にできるしさ。ただ操縦訓練するより何か作った方が面白いんじゃねーかな」
『確かに』
 Gnomeの訓練と砦の強化を同時にやる。面倒を嫌う皐月らしい訓練法だ。
 格闘戦の経験は積めないが、そんなものは機体操作が上達してからの話だ。そうして暫く砦を攻める側に立ってGnomeの作業を見守っていた皐月は、
『調子はどうかね? 付近の偵察について意見交換がしたい』
「もうそんな時間? んじゃやってくるかな」
 無線から届いた御言の要請に、軽く答えた。

●中部
 がり。
 ヴィントが奥歯でキャンディを噛み砕いた瞬間、彼我の中央で銃弾と羽根が交錯した。

●西部
 リベルタース北西の街デュニクスに転移した伊織は、アイシュリングと共に南西へ出発した。偵察しながら島に最も近い西岸へ到達するのが目的だ。
 バイクのエンジン音が高らかと響き、イェジドの鳴き声も僅かに漏れる。幻獣の方はまだしもバイクは早めに降りた方がいいかもしれない。が、西岸から遠すぎても困る。それに滞在時間が延びれば延びる程発見される危険も増す。
「アイシュリングお姉さん」
「……お姉さん……」
「? 次の休憩で地図見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
 三角帽とローブを抑えてイェジドに跨るアイシュリングの表情は固い。が、ふとした時に相棒の頭を撫で何か話しかけているのは微笑ましかった。
 と伊織が「お姉さん」の観察をしていた時、彼女が片腕を広げて制止してきた。咄嗟にアクセルを放して起伏の影へ。
 ――見つかった……?
 次第に早まる鼓動を意識しつつ、伊織は停止したバイクを横倒しにしてアイシュリングの様子を窺う。匍匐前進して起伏から顔を出し、望遠鏡で探るお姉さん。隣で伏せるイェジド。
 伊織は慎重にお姉さんの傍まで這い、背の弓を手に取った。
 痛い程の沈黙。
 一分が一時間にも思える時が過ぎ――
「敵に動きなし。街道沿いとはいえ、思ったより進出している……」
 アイシュリングが安堵の息を吐いた。
 伊織が弓を戻し、地図を借りる。
「この右手の林を経由して回り込むようにした方がいいでしょうか」
「そう、ね……いえ」
 小首を傾げた伊織に、お姉さんは言った。
「あの羊を尾行するわ。前進基地でも何でもいい、敵の拠点が知りたい」

●中部
 怒声が轟けば応えるようにメェェと木霊する。銃声に返すは土壁の破砕音で、ヒュンヒュンという矢羽の音には羽根が外壁を削る音が対応する。
 西壁を巡る内外の攻防は激しい遠距離戦が続き、しかし敵は着実に接近する。ヴィントは門上で幾度となく伏射しながら、どうしようもない物量差に舌打ちした。
 Gnomeに跨乗して敵中を駆けるか?
 一時的な混乱は起せるかもしれない、が……。
「正面戦力を増やしてくれ。大半は南北に迂回する知能もないようだ」
「了解!」
「とにかく時間を稼げ。友軍が来る」
「は!」
 気休めを言われたとでも思ったか、息を詰まらせ走り去る伝令。ヴィントは何個目になるかも判らぬキャンディを口に放ると、狙いを付け引鉄を絞る。装填、発砲、装填、土壁を乗り越えた羊の脳天へぶち込む。装填、後続の敵へ。敵は土壁の通路を行く者と乗り越える者で二手に分かれている。押し返せない。と、周囲から重なる銃声。何十もの銃撃が敵を削り、それでも敵群は止まらない。絶え間なく外壁には羽根が降り注ぐ。
 いよいよ敵群先頭が最至近の土壁に到達し、黒巨人が土壁エリアに辿り着く。最後の土壁と門の中間に駐機させていたGnomeもすぐ敵に呑まれるだろう。
 角度が悪い。ヴィントが立射に移行し、引鉄を引いた直後に羽根が左肩を直撃した。一瞬で吹っ飛ばされる。ヴィントが辛うじて門上にしがみ付いた――その時だった。
「開きます。門を――活路を!」
 火球。
 開きかけの門から飛来した紅蓮の飛翔体は敵のど真ん中に着弾し、一瞬で周囲を燃やし尽した。ぽっかりと、阿鼻叫喚の間隙。そこに殺到するのは、我先にと飛び出した騎兵十騎。
 ヴィントは門上からそれを眺め、小さく一息ついた。

 ――兵を集めるのに時がかかりすぎました……。
 レイレリアが町に転移した時、そこは既に敵の咆哮響く戦場だった。それに気付くや、押っ取り刀で飛び出したのだが、情報交換が不十分なのが気がかりだった。
 いや。
 後は押し返すだけ。町の友軍がここまで耐えたなら、反撃役を一心不乱にこなすだけだ。
「騎兵の皆さんは止まらず外に脱出して下さい。その後は適宜突撃を」
「おう!」
「魔術師は私と共に正面から敵を」
「腕が鳴る」
「外にGnomeがいる筈です。それと連携したいですね」
 駆けながら最低限の意思疎通。そして一発の火球を放つや、レイレリアは西門を抜けた。
 外は、羊地獄だった。
 本能的に目を背けたくなる光景。二足歩行の羊、羊、羊の群がメェェと吼えている。
 レイレリアは突撃した騎兵の後ろに回った羊を火球で焼き、さらに火杖を振って連発する。圧倒的火力。幸い強い羊はいないようだ、が。
 ――あの黒巨人は、別でしょうね。
 土壁跡地を踏み越えんとしている黒巨人をレイレリアが見据え――不意に、羊群の圧力が減った。左右を見る。敵群の外、砂塵の先に旗。家紋。貴族私兵か? どこの私兵か知らないが、羊は不意打ちを嫌がったのか右往左往し始めた。
 押せる。
 レイレリアが実感すると同時に、門上から男が飛び降りてきた。男、もといヴィントはGnomeまで走るや、陰から膝撃ちで巨人を狙う。
 レイレリアが同じだけ前進、火球で前面を開ける。
「鳥面を優先しましょう」
「……あれの羽根も威力が高い。注意しろ」
 そうしてヴィントの凍弾が鳥面の右脚を貫き――、
 馬面の戦斧が『無様に逃げ惑う羊を』払った。

●砦近郊
 イェジドに騎乗した偵察行は何とも快適で、皐月は僅かに心躍らせていた。
 地を跳ねるように加速する狼。一歩一歩が大地を掴み、確実に加速するのが判る。風景は流れ、食らい付いてくるのは騎士達のゴースロンだけ。流石にもう少し廃村に近付けば減速しないといけないが、気分的にはゲームの長距離移動だった。
 などと思う間に、
「そろそろです」
「んじゃ速度落して。敵は雑魔かもって話だけど廃村に居座ってるだけに注意かね?」
 別世界だった移動が偵察行へと変り、皐月は無表情のまま秘かに嘆息した。
 遠目に見え隠れする廃村。運が良いのか悪いのか、風はほぼ吹いてない。
 こちらの人数は皐月含めて四人。全員が騎乗している為、発見されても脱出はできるだろうが、警戒される事になる。
 皐月は狼の頭を撫で、話しかけた。
「鼻、頼りにしてるな」
 ぐる、と返事。
 皐月達は街道を外れ、廃村をぐるりと観察する。斥候らしき敵影はない。
 ――全員村に留まってるっぽい?
 内部の敵数は正確に確認できないが、確かに二十にはいかない気がする。その姿はスケルトンや紅眼の狗、インプのような者まで雑多だ。
 強大な力は感じない。情報通り雑魔だ。が、何故廃村に滞在しているのか。居心地が良いだけ?
 と、突然。
 ぐると、イェジドが鳴いた。
 すぐさま身を翻して周辺確認――発見、左手後方に敵二体。骸骨。こちらが気付くと同時に敵も捕捉したようだ。このままでは敵を呼ばれる。
 間髪入れずM38を肩付け、発砲。一体がもんどり打って倒れた。イェジドから降り狼を解き放つ。
 突っ込むイェジドだが、それより先に騎士二人が左右から突撃、骸骨を払った。
 音もなく敵が霧散していく。皐月は息を吐き、ゆっくりと振り返って廃村を窺ってみた。そこには果たして、
 ――やっぱ銃声はダメかー。
 村内で慌てる敵集団の姿があった。
「一気に殲滅した方がよかったかな……」
 だがゲームではないこの世界において万全を期すに越した事はない。皐月は敵の実力を把握できた事を収穫に、イェジドに跨った。

「人型の影、ね。確かに『人型の影としか言いようがない』」
 御言は相棒たるリーリー――カナンの傍に伏せ双眼鏡を覗いたまま、独りごちた。周囲の隊員達も困惑している。
「あれの正体は何だと思う?」
 一応訊くも、返ってくるのは「雑魔では?」との不確かな答えばかり。御言は嘆息してじっとそれを観察する。
『双眼鏡で具に見ているのに人型の影としか言えない』
 それが今見ているものの姿だ。
 単純に考えれば雑魔だろう。シャドウ何たらというやつだ。が、本当にそうか?
 彼らはひたむきに東を目指している。何を目的にしているのか。進む先に何があるのか。全く何も解らないが、その歩みには確固たる何かがあるようにしか思えない。
 命令されている――つまり雑魔でなく傲慢に属する歪虚の可能性は充分にある。傲慢の場合、ベリアル配下に多くいる羊型でないという点が懸念か。
 また『人型の影』と聞いて人影――人間である可能性を考慮した御言だが、流石にあれを相手に交渉する気は起きなかった。
 ――あれが服や鎧のような物という可能性……いや、そんな特殊兵装は聞いた事がない。
 御言は結論付けると立ち上がってカナンを一撫でし、その背に跨った。
「砦の兵に監視を引き継ごうか。改めて準備した後にあれを撃滅する」
「仕方があるまい。この数ではな」
 同道していた聖堂戦士団のザンハが眉を顰める。御言としては同じ小隊長でもシャイネの方が良かったが、彼女は中部へ向かっていた。
 御言はカナンを駆って砦へ戻りつつ、同道した三人と雑談する。ザンハはエスプリの効いた男ではないが堅物という程でもない。説教臭いきらいはあれど、教会関係者としてはごく一般的な人間だと御言には思えた。
「そうだ。今夜も食事会、いや酒でも酌み交すかね? 私はハンター故、国の実情に疎い面もある。色々と話を聞きたいものだ」
「そうだな。こっちとしても助かる」
「と言っても」御言は騎乗したまま大げさに肩を竦め、「店は砦内のバーくらいしかないのだがね」

●中部
 馬面の黒巨人が味方の筈の羊を薙ぎ払った。
 その光景を前にヴィントは、微動だにする事なく次弾装填、鳥面を狙い撃つ。
 ――つまり黒巨人は督戦隊か。
 敵前逃亡は許さぬと。
 ベリアル軍に何らかの変化があるのかもしれないが、そんな事はヴィントには関係ない。ただ敵を屠る。それだけだ。
 鳥面の羽根の応射。Gnomeの履帯に突き刺さる。さらに発砲、発砲。鳥面が羊を蹴散らしながら回り込んできた。レイレリアが友軍に警告する。羊群に外からハラスメント攻撃をしていた騎兵が退避すると、鳥面がこちらに突っ込んできた。Gnomeの陰に隠れながらレイレリアがブリザードを放つ。
「これで……」
 ヴィントの凍弾に加えて氷嵐。これで止まらなかった場合、肉薄されるのを覚悟せねばならないところだったが、幸いにもそれは杞憂に終った。
 漸く足が鈍った鳥面。ヴィントの銃弾とレイレリア及び数人の魔法が集中する。
 爆発する火球。土煙を貫き敵の脚を穿つ銃弾。さらには門上の友軍から矢の雨が浴びせられ、鳥面は羽根を盲撃ちしながらのたうち回る。
 レイレリアは馬面の方を注視するも、そちらは羊を打擲するのに夢中な様子。今のうちに鳥面を仕留めなければ。
「ここで決めます」
 言うや、火杖を鳥面へ向けた。
 圧倒的な飽和攻撃に鳥面が絶叫する。そうして土煙と轟音が戦場を満たし目と耳が痛くなった頃、漸く鳥面は地響きを立て崩れ落ちたのだった。
 が、まだ馬面が残っている。ずっと最前線で撃ち続けるヴィントは、疲れも見せずそちらへ向き直る。ところがそこには、羊を置き去りに後退する馬面の姿があった。
 追撃するか否か。逡巡した二人はしかし、
「町を優先しましょう。私達にもっと余力があれば追撃してもよかったですが……」
「Gnomeもこの状態では敵中を突破して追い縋るには心許ないだろうな」
 羊群の掃討に切り替えたのだった。

●西部
 ――立ち止まっていられない。
 アイシュリングは我知らず手綱を握り締めていた事に気付き、そんな自分に驚いた。
 前に進まねば。そんな事を思ってしまう程にあの――エリオットの消失に衝撃を受けていたとは。
 アイシュリングは胸に手を当て心を落ち着ける。心を乱して尾行が露見するなどあってはならない。じっと前――「尾行している敵の姿を含む全景」に集中する事で仕事に意識を戻し、ひたすら歩き続ける。隣にはイェジド――マーナガルムと伊織。伊織もバイクを押しているが、今後厳しい場所になれば投棄する必要があるかもしれない。
 地図を見る。現在地はおそらく西部の中でも中央近辺。騎乗移動で距離は稼いだが、敵の巡回を見つけてからはあまり進んでいない。というのも、
「いくら何でも遅くないですか」
「……そう、ね」
 尾行する相手の歩みが遅すぎた。巡回をサボっている? 羊が? ベリアル配下で、忠実なのではないのか?
 罠である可能性を思案するが、前方のあれはそんな役を任されそうな個体に見えなかった。いかにも愚鈍そうな羊型。風に乗ってメェメェ聞こえてくるのが憎たらしい。
「この線は諦めた方がいいのかもしれない」
「ともあれこの辺の巡回は薄いと判りましたし、近場の村に行きましょうか」
「ええ……」
 できれば西岸まで到達したい現状、ゆっくりはできない。アイシュリングと伊織は尾行を諦め足早に地図上の村の位置へ向かう。
 舗装もされてない道を道なりに進むと、村が見えた。外周を巡るも異常なし。敵は人間の村など利用してないのかもしれない。いや街や砦となれば違う可能性もあるか?
 二人が慎重に村に入る。疲れたような雰囲気の村人の姿。話を聞いてみるが特におかしな事はなかった。ごく普通の、歪虚に怯えつつも先祖代々の地で生きる者達。
 二人は地図に今の村周辺の様子を書いてもらい、村を出る。
 もっと西進せねば。
 そんな思いが二人を突き動かし、そしてそれは、西の雑木林を抜けた所で一つの成果に結びつく。
 遥か前方。地平の先に――船が、あった。
「あれは、何?」
「帆船、でしょうね。何というか、陸ですけれど」
「支えもないのに自立している……」
 アイシュリングが顔を顰めて迂回しようとした――その時。
 唐突に、船から警笛が鳴り響いた。

 鉄の猛獣が唸りを上げる。マーナガルムが地を駆ける。
 騎乗した二人は一気に雑木林を戻る。アイシュリングが前、伊織が後ろ。二人は瞬く間に村に入ってそのまま村を出――られなかった。
 柵。村人二人。手に鍬を持ち、その目は漆黒に染まっている。
 明らかに敵。アイシュリングが眠りの雲を放つと簡単に崩れ落ちた。柵などマーナガルムなら突進で破れる。判断した直後、腕に鋭い痛みが走った。右手に矢。
「右、伏兵」
「はいっ」
 伊織機が急停止、弓を構えて確認。家の陰に人。伊織は二矢を一度に番えるや、人影へ連射した。
 手応え。同時に前方、マーナガルムが柵を壊した音が轟く。伊織は弓を離してアクセルを回すと、狼に追従して村を抜けた。
 と、気付けば伊織の右脚にも矢が刺さっている。伊織はそれを抜かず、アイシュリングに並んだ。
「村が敵だったんでしょうか」
「その割に数が少なかったわね」
「数人、紛れ込んでいる?」
「……西部全体がこうじゃなければいいけれど」
 二人は僅かな痛みを堪え、帰還したのだった。

<了>

 目的は戦功。手段はイスルダ島へのアプローチ。
 陸の船と村の影がその障害たり得るのかは、未だ不明。

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    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
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    マーナガルム(ka2787unit001
    ユニット|幻獣
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    人間(蒼)|15才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka3534unit001
    ユニット|幻獣
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    人間(蒼)|21才|男性|機導師
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レイレリア・リナークシス(ka3872
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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最終発言
2016/12/18 18:32:51