• 詩天

【詩天】長江の戦い

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/02/12 19:00
完成日
2017/03/01 22:10

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●憤怒の王と……
 仄暗い部屋。蝋燭の灯りが微かに吹いた風に揺れる。
「……そーかい。向こうからわざわざ来てくれたってか」
 腕にとまった鴉の報告にくつりと笑う三条 仙秋。
 九代目詩天がハンターを従えてこちらに向かっている……。
 求めていた依代と、『三条家の宝』の充畜に必要なハンターの力が向こうからやってきてくれるとは。
 鴨が葱を背負ってやって来た状況。彼はもう一度笑いを漏らし、マテリアル鉱石が嵌った短刀を握る。
 仙秋が手にしている短刀は『三条家の宝』と呼ばれている。
 法具として代々の詩天に伝わってきたそれは、彼が作り出したものだ。
 何も知らない者からすればただの古びた短刀だが、その正体はマテリアルの貯蔵設備。
 これには既に歴代詩天達から時間をかけて集めたマテリアルが入っているが……これだけでは『死転の儀』を執り行うには至らない。
 あと足りない分はハンター達からマテリアルを拝借すればいい。
 ――あいつらは厄介だが、力はある。ちょっとやり合えば十分な量が回収できるはず……。
「丁度いい。こちらから出向いてやるとするか。お前達、大事な依代だ。くれぐれも丁重に扱えよ。ハンター共は適当に相手してやれ」
 憤怒の残党達に指示を出し、立ち上がろうとした仙秋。
 ふと目を見開いて動きを止める。
 
 ――こ……体は…………い。
 
「てめぇ……! まだ諦めてねえのか……! もうこの身体は俺のもんだ!」

 ――……美……を…………私……は……!
 
「うるせえ! 黙れ!! さっさと消えろ!!」
 叫びと共に自由になる身体。顔を覆った仙秋を、憤怒の歪虚達が振り返る。
「……何でもねえ。新生憤怒王の初陣だ。さっさと準備しやがれ」


●長江の戦い
「三条 仙秋が『憤怒王』を名乗ってる、か」
「蓬生が死んで、成り上がったつもりなのでしょうか……」
「どーなんだかな。それにしても青木は一体どこに行ったんだろうな」
「前回怪我を負ったようですし、休養しているのか、何か理由があって別行動をしているのか……」
「……この件は今考えても仕方ないな。ひとまずは目の前のことに集中しよう」
 ハンター達の会話に、無言で頷く三条 真美(kz0198)。
 詩天で活動する隠密組織『隠忍倭衆』。
 その働きにより、三条 秋寿……否、今は三条 仙秋と呼ぶべきだろう……の居場所を突き止めていた。
 その場所は憤怒本陣。
 東方での戦いを生き延びた憤怒ら残党の本陣であり、以前、九蛇頭尾大黒狐蓬生と呼ばれる歪虚がいた場所であり――。
 そして、そこに居を構える彼が、『憤怒王 三条 仙秋』と名乗っていると報告にあった。
 蓬生が消え、確実に憤怒の歪虚達に変化が起きている――。
 そこで、真美が打ち出した作戦は、仙秋が完全に体勢を立て直す前にこちらから打って出ることだった。
 どうせ待っていたところで、仙秋はこちらを狙って来る。いずれ憤怒の歪虚を連れて攻めて来るのだ。
 詩天の町や村が戦場になるよりは余程良い……。
 その判断に、三条家軍師水野 武徳(kz0196)も理解を示し、急遽ハンター達に討伐隊への参加要請が出されて、この状況がある。
 憤怒本陣に向かう道。長江に差し掛かった頃だろうか。
 それに気づいたのはハンターだった。
「ちょっと待って。向こうに何かいるわ。……あれ、カラスかしら?」
「それにしちゃ数が多くないか?」
「待って下さい。他にも……あれは蛇!?」
 空を覆うカラス。遠目から見ても分かる大きな燃える蛇。
 そしてその下には蠢く土の人形――。
「……泥田坊だわ! どうして……」
「そりゃあ俺が連れて来たからだ。わざわざ九代目詩天が来てくれたって言うんでな。迎えに来てやったぜ」
「仙秋……!」
「新しい王の前だ。頭が高いぞお前ら」
 ハンター達の前に立ち、ニヤリと笑う仙秋。ふと、真美に目線を移す。
「で、九代目詩天様よ。こんなとこにいていいのか? 急いで詩天に戻った方がいいかもしれねえぞ」
「……それはどういう意味ですか?」
「お前がこっちに来るって言うんでな。ちょっとばかり手先を差し向けてやった。今頃若峰は火の海かもしれねえな」
「貴様ァ……!!」
 ハハハハハ……と可笑しそうに嗤う仙秋に激高するハンター。真美は小さく震えたまま、初代詩天を見つめる。 
「……若峰の守護は、武徳と即疾隊の皆さんにお任せして来ました。私は……彼らを信じています。送り出してくれた彼らの為にも、私の務めを果たします。それまでは帰れません」
「……ちょっと変わったか? 真美。お前は以前のように、人形みてえに言われたことだけやってりゃいいんだよ。その方が依代として好都合だ」
「シンさんはあなたの依代になんてなりませんっ!」
「そーかい。じゃあ精々抵抗して見せろ!! その身を持ってな!!」

リプレイ本文

 エトファリカ連邦国の一角に位置する長江。
 永きに渡り憤怒の軍勢に占拠されていた土地。
 2体の憤怒王……九蛇頭尾大黒狐 獄炎とその分体である蓬生は倒され、歪虚は大分数を減らしているけれど。
 それでも、これだけの数はいるのだ――と。
 ヴァイス(ka0364)は迫る歪虚を睨みつけると、小さくため息をつく。
「……これはまた。随分と激しい戦いになりそうだな」
「はい。敵の数は多いですが……負けるわけにはいきませんね」
 気合を入れるように深呼吸するエルバッハ・リオン(ka2434)。ジャック・エルギン(ka1522)が吐き捨てるように続ける。
「詳しい経緯は知らねーが、あの仙秋ってのがロクなヤツじゃねえのは分かったぜ。ガキ相手に脅迫だの依代だの……気に入らねえ」
「そうですねえ。初代詩天でありながら、己の子孫を利用した挙句、憤怒王名乗ってるんですから立派なロクデナシですね」
「……同感だ。ちょっと痛い目に遭って貰わんとな」
 やれやれと肩を竦める鞍馬 真(ka5819)に、ヴァイスはニヤリと笑ってパキリと指を鳴らす。
「まだ真美は狙われているのか……。これでは気も休まらんだろうに」
「キャリコさん、真美さんとお友達なのですか?」
「いや……以前依頼に同行してな」
「ふーん? キャリコがそんなこと言うなんて珍しいね」
 気遣うようなそぶりを見せるキャリコ・ビューイ(ka5044)に首を傾げるサクラ・エルフリード(ka2598)。
 あまり私情を出さないキャリコが他人を気にする様子を見せたのが珍しかったのか、興味津々の時音 ざくろ(ka1250)に、彼はこほん、と咳ばらいをする。
「……過去からの因果と言うのは本人には如何ともし難い。厄介なものだと、そう思っただけだ」
「キャリコ様。それは心配していると言うんだと思いますわよ」
 くすくすと笑う金鹿(ka5959)。前回一緒に死転鳥と戦って思ったが……彼は不器用だが、良い人だと思う。
「……真美様。三条家の宝は宝珠がついた短刀の形をしているのでござるな?」
「はい。そうです」
 確認する黒戌(ka4131)に、こくりと頷く三条 真美(kz0198)。それに彼はふむ……と考え込む。
 ――仙秋が真美様を器として狙うとして、そのような業を人の身で易々起こせるとも思えない。
 いや、既に歪虚化していると考えれば『人』ではないのかもしれないが……。
 業を成す助けとなる『何か』があるのかもしれない。
 ――真美様と秋寿様を頼む。
 詩天に仕える身ながら、今日はここに馳せ参じることが叶わなかった友人の言葉。
 彼の代わりというのも烏滸がましいが、出来ることはしよう……。
「俺も手伝いますよ」
 知り合いである黒戌に声をかけるユリアン(ka1664)。
 そう言いながらも考えることがある。
 あの人を助けられなかったと知ったあの時から、自分の中の何かが消えてしまった。
 それを探して、立ち上がろうとして足掻いて……まだ、ハッキリとした答えは得られない。
 ――まだ、俺は戦えるのか。出来る事があるのか……。
「……頼りにしているでござるよ、ユリアン殿」
 聞こえた黒戌の声。
 そうだ。今は、出来る限りのことを――。
 ユリアンと黒戌は、仲間達にも周知する為に、真美から聞いた情報を取りまとめて行く。
 その横で、エステル・ソル(ka3983)が真美の手首に青いリボンを結んでいた。
「エステルさん、これは……?」
「お友達の印です。離れていても、心は繋がってます!」
「自分の身を優先して考えるんだよ。……生きてさえいれば、またチャンスは巡ってくるからね」
「はやても皆も協力しますの。だから絶対無理はダメですの」
 そう言い含めるアルバ・ソル(ka4189)。八劒 颯(ka1804)の髪にも同じ色のリボンが結ばれている。
 見れば、他のハンター達も同じ色のリボンを結んでいる者達がいて……。
 その様子を穏やかな目で見守っていた三條 時澄(ka4759)は、ふと仲間達に向き直る。
「俺達は周囲の歪虚を片付ける。真美は任せたぞ」
「いいかい。シン君には、シン君の戦いをして欲しいんだ」
「私の戦い……?」
「シンくん、お話したいしたいんじゃないの? 秋寿さんと」
「……! ノノトトさん! その包帯……!」
「大丈夫だよ。ちょっと怪我しちゃっただけ」
 龍堂 神火(ka5693)の言葉に首を傾げた真美。包帯だらけの友人に気づいて慌てる彼女を、ノノトト(ka0553)は宥める。
 過日の作戦で負った怪我。本当は、呼吸をするだけで身体が軋むけれど……。それでも、友達が苦しんで、泣きそうな顔をしているのを知ったら、いてもたってもいられなかった。
 皆誰かを想って、何かを成したいから、ここにいる。
 神楽(ka2032)もその気持ちが分かるのか、真美にそっと楽器を握らせる。
「あの秋寿って人、大事な人だったんすよね? 相手が誰であれ大事な人が奪われたら奪い返したいのは当然っす。想いを伝えたい誰かがいるなら遠慮なく使ってほしいっす」
「秋寿さんはとうに亡くなったって聞いてる。だから意味があるかは……分からない。でもボクは信じてるし、これは、シン君にしか出来ない戦いだから」
 想いを全部、ぶつけてきて……。
 真美の手を取って、そう呟く神火。リューリ・ハルマ(ka0502)も真美の顔を覗き込む。
「きっとね。秋寿さん聞こえてると思うの。私も呼んでみるから。だから……」
「皆さん、どうしてここまで……」
 涙目になって震える幼い王を、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)をちらりと見る。
「そりゃあ報酬貰ってるからに決まってるだろう。ボク達はハンターだよ?」
「俺、結構人助け好きっすし」
「ボク達はシン君とお友達だし。ね、エステルさん」
「はいです! お友達は助け合いです!」
「アルトちゃん、こんなこと言ってるけど実は結構気にしてるんだよ」
 口々に声をあげる神楽と神火、エステル。
 くすくすと笑うリューリ。アルトはぽつりと、呟く。
 ……依頼に私情は挟まない主義だけど。秋寿さんに、声が届くことをボクも願ってる。
「ノノトトも無理はするなよ。お前に何かあれば真美が泣く」
「うん。分かって……いっだ!!」
 時澄に肩を叩かれて、ノノトトは悲鳴を上げた。
「紅薔薇さま。敵が大分近づいてますの!」
「そろそろ時間切れでしょうか」
「そうじゃな。十分とは言えぬが、泥田坊の足止めくらいはできよう」
 チョココ(ka2449)と鳳城 錬介(ka6053)の言葉に頷く紅薔薇(ka4766)。
 彼女達は刻令ゴーレムを駆使して大急ぎで防衛陣地を作成していた。
 時間の許す限り、コンストラクションモード:ウォールを駆使し、その前に穴を掘った。
 十分な時間が取れたとは言えない状況だったが……まあ、ないよりはいいはずだ。
「それにしても……まさか新たな『憤怒王』を名乗る馬鹿がいるとは思わんかったのじゃ……」
 ぽつりと呟く彼女。消えた憤怒王代理、蓬生の事はずっと気になっていた。
 憤怒王が現れたと聞き戻ってみれば、そこにいたのは蓬生ではなく――。
「三条 仙秋ですか。何を思って憤怒王を名乗っているのかまでは分かりませんが……」
「いずれにせよ、その名はあやつが思っているよりも重いぞ。我ら東方の民の数百年に及ぶ憎悪にかけて、その名を名乗る者を許す事はできぬ」
 隠しきれぬ怒りを滲ませる紅薔薇。錬介の目に、憤怒の軍勢に蹂躙された長江の光景が映る。
 ……懐かしいような、悲しいような。不思議な気分。
 こんな感情が生まれるということは、やはり自分は東方の生まれなのだろうか……。
 いや、今はやめておこう。
 戦いの前に揺らいでは、守れるものも守れない――。
 迫りくる敵。黒耀 (ka5677)の高笑いが響く。
「さあ、デュエル行ってみましょうか!」
「……手数が多いな。囲まれる前に手を打とう」
 ――行こう。そこに救える何かがあるのなら。
 呟きと共に動き出すアーク・フォーサイス(ka6568)の決意。
「……初陣飾るぞ、ライエ」
 央崎 枢(ka5153)の声に応えるように湧き上がる機動音。
 巻きあがる土埃。泥田坊と化鴉が、大挙として押し寄せる――。


 地上と空から迫る歪虚が、視界を埋め尽くしている。
 真美達を守るようにして立つ壁と複数のユニット。
 ゴーグルを装着した神火。腕に巻かれた青いリボンに目を落として、深呼吸をして――歪虚を真っ直ぐ見据える。
「殲滅は狙わんで良い! 近づかれる前に可能な限り数を減らすのじゃ!!」
「真美の安全を最優先!! 行くぞ!」
 ――God bless us...Go!
 次の瞬間、湧き上がる白い薔薇。紅薔薇の放つ次元をも両断する斬撃。
 枢の黒い魔導型ドミニオンが大地を蹴って――それが戦端を切る合図となった。
「了解! 任せて! 行くよアルカディア!」
「エクスシア、出ます……!」
 R7エクスシアを駆るざくろとサクラ。
 新型の機動兵器のお披露目というわけではないが……使い勝手を試す絶好のチャンスだ。
 泥田坊と化鴉には是非実験台になって貰わなければ!
 ざくろはライフルを構えると、歪虚を十分に引き付け、スキルトレースを発動させて――。
「ターゲットロック。撃ち抜け光の矢! アルカディアビーム!」
「合わせます! 掃射!!」
 ざくろのエクスシアの額と目から放たれる3つの光。それに合わせて、サクラのマシンガンが火を噴き……大量の化鴉を巻き込んで無に還して行く。
「オラオラ! 度胸のねえヤツはすっこんでろ!!」
「ジャック。こいつらには度胸どころか知能自体がないんじゃないのか?」
「あー。違いねえ。面倒だしまとめて消えて貰んでいいな!」
「応! グレン、援護を頼む!」
 主の声に応えて走り出す2体の狼。
 グレンの燃えさかる深紅の毛並み。火の色をしたフォーコ――ヴァイスとジャックを乗せて疾走する様は、まるで大地に炎が奔るかのよう。
 フォーコの威圧する咆哮。泥田坊の動きが鈍ったところを、ジャックの刃が切り伏せる。
「グレン! 食らいつけ!」
 ヴァイスの指示に合わせて跳躍するイェジド。歪虚をなぎ倒したところで、ヴァイスが撫でるように剣を振るう。
 幻獣との舞うような連携で、泥田坊達の数が面白いように減っていくのを見て、チョココが目を輝かせる。
「わー。ジャック様もヴァイス様もすごいですのー」
「大型ユニットならいざ知らず、生身であそこまで戦えるハンターは怖いですね」
「人間兵器ですのー。怖いですのー」
「もっと怖がらせたら歪虚達出て来なくなったりしないでしょうか」
「試してみるですの!」
 ジャックとヴァイスが人間兵器なら、チョココとエルバッハは人間砲台なのだが残念ながら今ここにツッコめる者はいない。
 銀色と漆黒のイェジドにそれぞれ跨った2人。空を覆う化鴉目掛けて火の弾を打ち出す。
 吹き飛び、砕け散って大きな穴が開く歪虚の大群。その穴を埋めるように、更に化鴉が迫って来て――。
 見ると、ジャックとヴァイスも取り囲まれ始めている。
 いくら2人が強いとはいえ多勢に無勢だ。
「盾役をと思ったがこれでは囮だな」
「歪虚にモテても嬉しかねえぞ!」
 纏わりついてくる泥田坊を振り払うヴァイス。
 そしてジャックの目を狙い、化鴉が急降下する――!
「させるかあああ!! トラップカード! 瑞鳥符発動!!」
「来い! お前達は、ボク達が遊んでやる!」
 咄嗟に盾を構えたジャックの前に舞い降りる弾く光り輝く鳥。黒曜の投げた符は鋭い突きを受け止めると消えて行き……そして現れる紅の鎧を纏った鳥の幻影。
 神火の装火鳥ファルガの羽ばたきから生まれた衝撃は、ジャックの髪を掠めて化鴉を貫く。
「おいぃ! ハゲたらどうすんだ!!」
「あっ。ごめん! 大丈夫、ちゃんと髪ある……」
「男が細かいこと気にするんじゃない!!」
 ジャックの抗議に素直に謝る神火。それを勢い良くぶった切った黒曜に、紅薔薇がくつりと笑う。
「やれやれ。ジャックは随分と余裕があるようじゃのう?」
「当ったり前だ! どっからでも来やがれ!」
「うむ。期待しておるが……壁の後ろまで下がれ。それでは全方位から攻撃を食らう」
「それだと攻撃しにくいだろうが!」
 軽口を叩きあいながら歪虚を次々と屠って行くジャックと紅薔薇。
 しかし、彼女が作り上げた防衛陣が有効なのは地上にいる泥田坊のみ。
 上空から来る敵は防ぎようがない。
 滑空する化鴉。刹那、湧き上がる光。黒曜と神火の符が空へと舞い上がる。
「まじっくかぁあああど!! 貴様のライフをゼロにしてくれるわ!!」
「翔べ、ファルガ! 鴉なんか君の敵じゃない!」
「そーれ! 炎の弾どーんですの!」
「……大いなる炎の精霊に願い奉る。来たりて闇を討ち祓え!」
 続くチョココとエルバッハの火球。
 ――逆に言えば、空には遮蔽物もないしいるのは敵ばかり。
 仲間のユニットと防御壁にさえ気を付ければ、範囲魔法を放っても味方を巻き込むこともない……!
「その調子じゃ! 薙ぎ払え!」
「お前達には近づけさせん! どんどん撃て!」
 紅薔薇とヴァイスの叫び。その声に応えるように、ハンター達の猛攻が続く。
「サクラ! 味方を撃たないように気を付けて!」
「了解です……!」
 ユニットの顔にまとわりつくように飛ぶ化鴉を振り払うざくろとサクラ。
 化鴉は目を狙い撃ちする性質があると聞いたが……エクスシアはユニットだ。目も人のそれとは違うのだが、化鴉は目視で確認しているのだろうか……?
 人間より背が高い分、化鴉にとっては滑空を妨げる障害物であり、狙いやすい標的なのかもしれない。
 いくら1つ1つが小さいとはいえ取り囲まれればユニットとて身動きがとり辛くなる。
 塞がれかけていた視界が、急に開けて――キャリコの声が聞こえてきた。
「援護する! 撃ち漏らしは気にするな! こちらで受け持つ! 前に集中しろ! 往け! 道を拓け!!」
「鴉風情が俺のライエに勝てると思ってるのか?」
 キャリコのR7エクスシア降り注ぐマテリアル弾。彼の精度の高い射撃技術で敵だけを次々と撃ち落としていく。
 仲間達の一斉掃射で大分数を減らした敵めがけて奔り、斬撃で鴉を撃ち落とす黒い騎士。
 青色巨星の名を冠したウォルフ・ライエ。魔導型ドミニオンの白兵戦能力に機動性を向上し、枢の戦闘スタイルに合わせたカスタマイズが施された機体だ。この程度の雑魚に遅れを取りはしない……!
「貴様らも邪魔なんだよ! 消えろ!」
 吼える枢。足元にまとわりつく泥田坊を容赦なく踏み潰す。
 ユニットの巨体は、こういう局面でも役に立つ。


「……1体は俺が引き受けるよ。君達はもう1体を頼む」
「了解した。珠風、挟み込むぞ!」
「レグルス! 火蛇を食い止めろ!」
 R7エクスシアを駆るアーク。
 時澄と真の指示に応えるように跳躍する2匹の狼。
 仲間達が大量の歪虚を掃射している頃、彼らは先行して火蛇に接近。対応に当たっていた。
 火蛇の口から零れた火種を咄嗟に避ける時澄。
 珠風の唸り声で振り返ると、狼の毛が焼け焦げていて……火蛇の纏う炎でダメージを食らったらしい。
 ソウルエッジで強化した大太刀を火蛇に叩きつけた真も思わず顔を歪める。
 近づいただけでこの熱さか……!
「ダメージを与えるのと同時に自分も火傷を負う寸法ですか。笑えませんねえ」
「……強引だが力でねじ伏せるしかあるまいな。時間をかけてはこちらが不利だ」
「そうですね……。どうせダメージを貰うなら撃って出た方がマシですからね」
「回復しますから、気にせず向かって下さい」
 危機を察知し、支援にやってきた錬介に頷き返す真と時澄。
 火蛇に難無くたどり着けたのも、仲間達の一斉掃射があってこそだ。
 敵の数が減れば、仲間達も応援に駆け付ける筈。
 それまで持ちこたえればいい。
 錬介の回復もあるなら、耐えられるはずだ……!
 2人は己の身を焦がしながら踏み込み、切り伏せる。
「……ッ」
 火蛇の体当たりを受け止めて、斬魔刀を叩きつけるアーク。
 感じる手応え。同時にエクスシアの装甲が焼ける匂い。
 徐々に温度が上がっていくコクピットにアークは顔を顰める。
 ――歪虚に狙われているという九代目詩天。
 100を救うために1を犠牲にすることはある。
 けれど、1を救うために全力を惜しむ道理はない。
 ――人々を助けることはハンターの務め、と師匠から教わった。
 勿論、そう教わったからというのもあるが……何より。人の命を守りたいと願うのは、他の誰でもない、己自身の意志。
「俺は欲張りなんでね。目の前にある命は守りたいんだ。悪いけど、お前には死んで貰うよ……!」
 アークの強い願いと意思が込められた重い一撃。
 それを食らって火蛇の身体が傾ぐ。


「真美様をお招きするのが魔導トラックとは……友人に叱られるやもしれませぬ。窮屈ではありますが何卒ご容赦頂きたい」
「いいえ。こちらこそお手数をおかけして申し訳ないです」
 魔導トラックの中で謝罪合戦を繰り広げている黒戌と真美に苦笑を漏らすユリアン。
 運転を担当している神楽がむう、と唸ったのに気づき、仲間達が彼に目線を向ける。
「神楽さん、何かあったか?」
「……何か、妙っす。あいつ、仙秋って言ったっすか? 仕掛けてくる様子がないっていうか……確か真美さんが狙いっすよね?」
「その筈でござるが……」
 確かに歪虚をけしかけては来ているが、真美に変装し、囮として動いているエステル達に近づく様子はない。
 ハンター達の数を減らしてから、ゆっくり真美を探せばいいと思っているのか。
 それとも、何か別に狙いがあるのか……?
「……何か仕掛けるタイミングを待っている可能性は?」
「……三条家の宝のこともあるでござる。否定はできぬでござるな」
「その宝っつーのもどこにあるっすかね。ここからだと見えにくいし、ちょっと颯さんに連絡入れてみるっす。颯さんはこの近くで魔導アーマーに乗って戦ってるっすし、きっと色々見えると思うっすよ」
 ユリアンの言葉に頷く黒戌。神楽は手慣れた様子でトランシーバーを操作すると、まもなく通信音が返ってきた。
「はいですの。こちらはやてですのー。どうしたですの?」
「颯さん。こちら神楽っすー。そちらから仙秋は見えるっすか?」
「ん? うん。見えるですの。エス……真美さん達と睨み合ってるですの」
「仙秋は何か武器のようなものは持っていないでござるか? 具体的に言うと短刀でござるが……」
「武器? そういうのは見えないですの……んん? 何ですの、あれ」
「何かあったでござるか?」
「んー。何かちょっとづつですけど変な力の流れは感じるですの」
「力の流れ……?」
「ええ。マテリアルですの。負のマテリアルじゃない、ただ『力』としてのマテリアルといえばいいですの? それが仙秋の方に流れてるですの」
 颯の言葉に顔を見合わせる3人。
 マテリアルの流れ。仙秋に集まっている……?
 確か『死転の儀』には大量のマテリアルが必要ではなかったか……?
「……! 仙秋の狙いはそれでござるか……!」
「真美さんの護衛もある。こちらから仕掛ける訳には……」
「でもこのままだと力集められちゃうっすよ!」
 ユリアンと神楽の言葉に考え込む黒戌。
 真美の不安そうな瞳。
 限られた状況。全てを実現させることは出来ない。
 だったら、今何を選択するべきか。何が最善か――。
 こんな時、友だったらどうする……?
 続く沈黙。短い時間だったが、考え抜いたのか。黒戌は仲間達を見渡す。
「……これからの作戦にかけるでござる。颯殿も準備に手を尽くしてくださったでござる。上手く行けば、仙秋の動きは止められるはずでござる」
「そうだね。現状それしかない……」
「もどかしいけど仕方ないっす。……颯さん、聞こえるっすか? 引き続き雑魚を減らしてほしいっす。タイミング見て実行するっすよ」
「了解ですの!」
 トランシーバーから聞こえる颯の明るい声。ユリアンは五芒星の形をした投擲武器を構えて荷台に陣取る。
「俺達も歪虚の掃討を続けるよ。真美さんはここにいてね」
「はい……。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「迷惑と思う必要はないでござる。神楽殿、引き続き運転をお願いするでござる」
「任せとけっすよー! アクロバティックな動きもできるっすよー!」
 銃を構える黒戌に敬礼を返す神楽。


 依然動き出さぬ仙秋。
 こうしている間も、仲間達と歪虚の激闘は続いていた。
「アーク。どうじゃ。持ちこたえられそうかえ?」
「こっちは大丈夫だ!」
「そうかえ。では援軍を送ろう」
「大丈夫だって言ってるだろ!?」
 アークとの通信。その声に疲れを感じ取った紅薔薇は、近くに立つ黒騎士を見上げる。
「火蛇の方の配分が足らぬ。ヴァイスとジャックはもう向かっておるが分が悪いようじゃ。ここは妾に任せて、助力を頼めるかえ?」
「おう! 任せとけ!」
 彼女の声が終わる前に高速移動を開始する枢。
「少し無茶をするが、頼むぜグレン!」
「デカブツが……! フォーコ、あの蛇の頭、カチ割ってやろうぜ!」
 目標を火蛇に変え、己の身を振り返ることなく刃を振るうヴァイスとジャック。
 もう全身火傷と裂傷だらけで目を覆いたくなる様だ。
「皆さん無茶するから回復が間に合わないですね……」
「錬介さん、知ってますか? 喧嘩はね、最後まで立ってた方が勝ちなんですよ」
「ああ。膝をつかなければいいだけの話だ」
「本当皆さん無茶しますね……」
 火傷だらけでニヤリと笑う真と時澄に呆れたようにため息をつく錬介。
 こうなればもう、全弾尽きるまで自分の務めを果たすまでだ……!
「俺達も引き続き敵を掃射するぞ」
「キャリコ、まだ弾残ってる?」
「勿論。配分を考えて撃っているからな。ざくろもまだ残してあるんだろう?」
「あー。えっと……。まあ何とかなるよ!」
「さては考えていなかったな……?」
「そ、そんなことないよ! 仙秋までつなげないといけないからね!」
 直情型で想いのままに動くざくろと、常に周囲を観察し、冷静に分析して事を起こすキャリコは対照的だが、いいコンビだと思う。
「それでは、路を切り開きましょう。颯さんも頑張っているようですし」
 くすりと笑うサクラ。希望を繋ぐように、弾を討ち続ける。
 数は大分減ったが、それでも尽きぬ泥田坊。
 火の弾を幾度となく撃ち、肩で息をしているチョココに、エルバッハは気遣うように声をかける。
「チョココさん、大丈夫ですか?」
「そろそろ弾切れですの……!」
「あら。それは困りましたね」
「こっちもだ。そろそろ決着つけて欲しいとこだがね……」
「シン君……」
 そう言いながら符を空に放つ黒曜。神火の祈るような呟き。
 彼の火竜もあと数発だ。
 聞こえる火蛇の苦しげな咆哮。
 1体の火蛇は既に倒した。
 残りの1体も口から炎だけではない赤い液体をまき散らしている。
 幾度とない攻撃で深手を負わせてはいる。……倒すまではあと一息か。
「くそ……! まだまだ……!」
「ヴァイス! 下がってろ! こいつの相手は俺がやる!」
 傷らだけでイェジドに寄りかかるように立っているヴァイス。
 枢のウォルフ・ライエが左右に揺れ、巧妙な動きをしながら接近する。
 その動きに驚いたか、身体の痛みに戸惑ったか――火蛇の動きが鈍くなった。
「……真! 時澄! 今だ! 討て!!」
「言われなくてもやりますよ!」
「消え失せろ!」
 ヴァイスの叫びに応えるように飛び込む真と時澄。
 身体に火傷を増やしながらも、火蛇に致命傷を負わせ――。
「誰一人死なせるものか! 真美さんも連れて行かせない! 消えろおおおお!!」
 アークの叫び。
 彼の一閃が火蛇を貫いて――その巨体が塵となって消えていく。
 火蛇2匹と歪虚の大半を失った歪虚軍。
 そこでようやく……仙秋が動いた。


「シン君のところにはいかせないぞ!」
 ノノトトの震える声。動き出した仙秋の前に立ちふさがる魔導アーマー。
 金鹿はその可愛らしい容姿から想像もつかぬような剣呑な目を新たな憤怒王に向ける。
「……いつもいつも前線にいらして、お暇なんですの? それとも、見張っていないと碌に動けぬ部下ばかりなのでしょうか」
「お前達のお陰で憤怒の軍勢は人手不足なんだよ」
「あら。それは残念でしたこと。……どちらにせよ、王と言いましたでしょうか。とても相応な器をお持ちのようには見受けられませんわね」
「ああ、素敵な冗談だ。その程度で名乗れるなら僕達としては随分と助かる」
「器か。詩天という国を興した実績があるんだがなぁ」
「笑わせるな。お前のようなやつが上に立つなんて、詩天の国の民にとっては悲劇でしかなかったろう」
「笑わせてくれるのはお前達の方だろうが」
 アルバの挑発を笑って受け流す仙秋。
 その目線は、彼らの奥に立つエステルに向けられる。
 カツラも被っている。出来うる限り真美の仕草も覚えた。変装は完璧なはず……。
 颯と共に音響機器と通信機器を用意し、囮役の者や護衛役の者達に配り、真美の声がどこから聞こえるのか分からないようにもしてある。
 大丈夫。大丈夫……。
 エステルはそう己に言い聞かせて、堂々と仙秋の目線を受け止める。
 その様を見て、金髪の歪虚はくつりと笑った。
「……必死に真美のフリをして、ご苦労だったな。俺を騙せると思ったのか? 俺は他の歪虚とは違うぞ」
「……っ!」
「確かに外見は良く似てるな。だが、マテリアルの……匂いが違う。まあ、真美をおびき寄せる餌にはなるか……?」
 ……慌てるな。これは動揺を誘う為のハッタリかもしれない。
 リボンを握りしめるエステル。
「……風雷招来。急々如律令!」
 己に向かって伸びて来る腕。それを、金鹿の符から生み出した雷撃が弾く。
「私のお友達に気安く触らないで下さる?」
「貴様ァ……!」
 符を構える仙秋。そこに滑り込む深紫と純白の影。
 それをイェジドだと覚った時には、仙秋の足はアルトのワイヤーに絡めとられていた。
「そうはさせるか……!」
「秋寿さんの身体、返してもらうよ!」
 仲間達を守るように大きな斧を構えるリューリ。
 聞こえるイェジドの咆哮。
 仙秋の表情に、怒りが滲む。
「……!」
「ダメだ! 今出たら敵の思うつぼだ……!」
 友人達の危機にじっとしていられなくなったのか。
 立ち上がり、トラックから出ようとする真美を慌てて押し留めるユリアン。
 その肩に触れて、彼女が震えていることに気づいた。
 ――この子は今、恐怖、葛藤、重圧……様々なものと戦っているのだろう。
「真美さん。君は上に立つ立場の人だけど……身も心も犠牲にすべきじゃない。何より辛い、重い事だけど……」
 どこか己自身に言い聞かせるような響き。
 真美は、どこか陰を背負う青い目の青年を見上げる。
「皆を信じているなら、折れずに、最後まで貫いて欲しい」
 今何をすべきなのか。何が出来るのか。
 足掻いて悩んでいる自分が言えた義理ではないけれど。
 そういう立場だったからこそ、分かることもある――。
「真美様は我々がお守りするでござる。どうぞ、思いのままに」
「ほら、思いの丈を思いっきりぶつけるっすよ! 敵は押さえておくっす!」
 穏やかに微笑む黒戌。神楽がグッと親指を上げて……そこに、颯の声が聞こえてきた。
「真美さん! お待たせしましたですの! 今ですの!!」
 あちこちから聞こえる彼女の声。
 ソニックフォン・ブラスターを装備し、連結通話で声を傍受できるように準備した。
 これで大音量で真美の声をお届けできる。仙秋の鼓膜に直撃必死である。
 まあ、歪虚に鼓膜があるかどうかは分からないが。
「伊達や酔狂で巨大ドリルを使ってるわけではありませんよ~」
 えへんと豊かな胸を張る颯。
 真美は頷くと、神楽から借り受けた楽器と、颯から渡されていたトランシーバーを手に語り始める――。
「秋寿兄様……! 兄様! 聞こえますか! もうこんなこと止めましょう。あんなに詩天のことを想っていた貴方が、こんなことするなんて耐えられない……!」
「真美。お前の声は秋寿には届かない。隠れても無駄だ。良い子だからこちらへ来い」
「兄様……! 一緒に詩天を守って行こうって言ったじゃないですか!」
「本当に諦めの悪いガキだな……!」
 叫び続ける真美に苛立たしげに舌打ちする仙秋。
 ノノトトは魔導アーマーの中から声を張り上げる。
「秋寿さん、聞こえる……? シン君はね、ずっとあなたのこと想ってたんだよ……! 最初の事件の時からそうだった。あなたが道を違えているなら止めなくちゃいけないって……!」
 痛い。声を出す度身体が悲鳴をあげる。
 でも、言わなくちゃ。
 仙秋も、秋寿さんも良く知らないけど。
 あの子がそうしたいと願うなら……!
「ずっとずっと、あなたを追ってたんだよ。死んだって分かってても、あなたが詩天を脅かす存在になっても、諦めなかったんだ!」
 こんな身体で霊呪奥義を使ったらタダじゃ済まないかもしれない。怖い。身体の震えが止まらない。
 ――ヘイムダルの中で良かった。……あの子にこんな顔は見せられない。
 怖いけど、ボクだって男だ。今やらなきゃきっと後悔する――!
「……ねえ。ボクの命はあげられないけど、ボクがあげられるものならあげるから……!!」
「秋寿様! 聞こえていらっしゃるのでしょう? 応えてあげてくださいませ!!」
「……何をしている」
 叫び過ぎたのか、ゲホゲホと咳き込むノノトト。金鹿の悲痛な叫び。その言葉を錬助が継ぐ。
「誰かが無為に傷つく位なら自分を犠牲にしようとしたアンタが、何故まだそんな所にいる。大怪我負った少年といたいけな女子をこんなに叫ばせて……アンタ、そんなこと望んじゃいないだろ? 皆、頑張ってる。真実の坊っちゃんに幸せになってほしいんだろう?」
 ――以前、不思議な夢を見た。
 優しすぎたが故に死地へと赴いた人。
 誰もが、詩天を思っていたからこそ起きた悲劇。
 この人が、あの夢の通りだという確証はないけれど――。
「秋寿さん! 真美さんと蛍狩りに行くんでしょう! 皆でピクニック行く約束も忘れてないからね!!」
 斧で化鴉の攻撃を受け流しながら叫ぶリューリ。アルトは手にしていた鞭を懐刀に持ち替えて、仙秋に迫る――!
「よく、考えたんだがな『これ』じゃ足りない。だから、あなたの声であの子に直接言え!」
 優しさだけじゃ足りない。
 それだけでは悲劇は止められない。
 これ以上の悲しみを生まない為に。
 あなたの戦う意志を。
 諦めない心を見せてくれ――!
「……起きろ! 三条 秋寿!!」
「秋寿兄様……っ!!」
「煩い! 煩い煩い!! この娘が殺されたくなければ……っ!?」
「そうはさせませんわ……!」
 重なるアルトと真美の叫び。
 その刹那。エステル目掛けて振り上げた腕。
 金鹿が迷わずその間に入り込み、少女を抱え込むが……いつまで経っても衝撃が来ない。
 ふと目を開けると、仙秋の動きが止まり、苦し気な顔をしているのが見えた。
「貴様、何を……!」
 ――早く。
「秋寿、貴様……! 依代の分際で俺に逆らうか……!」
「……秋寿さん? 秋寿さんです?」
 ――『私』を討って下さい。
「この死にぞこないが……!」
 ――そうしなければ、終わらない……!
「……ようやく、お目覚めになられましたのね。お寝坊さんですこと」
「あ、あ……!」
 金鹿の咎めるような言葉は、喜びが見え隠れしていて……。
 仙秋とは明らかに違う優しくて、哀しげな瞳。それが、自分達を見つめている。
 仙秋……否。秋寿を見上げてガクガクと震えるエステル。
 ――間違いない。秋寿さんは、今必死に仙秋に抵抗している……!
 でも――秋寿さんを、討つ……?
 そんなこと、シンさんにはさせられない。
 だったら、わたくしが……!
「すまない。妹と、その大切な友人の手を汚す訳にはいかない」
 抵抗する気はない、早く討ってくれと言わんばかりに両手を広げている秋寿の身体。それ受け止めるように抱えるアルバ。
「お兄様!?」
「エステル様……!」
 聞こえて来るエステルの悲鳴に近い声。アルバの意思を感じた金鹿が少女を受け止め……秋寿の背に突き立てられる刃。
 その瞬間――秋寿の身体から『何か』が抜けた。
『おのれ……! おのれ貴様ら……! 俺から依代を奪ったこと、必ず後悔させてやる……!』
 響く低い声。これが、仙秋の本来の声なのか――。
 次の瞬間、ハンターの前を過る化鴉。
 それは、宝珠が嵌った短刀と抜け出たぼんやりとした白い影を庇うようにして飛び去って行く。
「おい! あいつら逃げるぞ……!」
「もう依頼は達成しておる。深追いは禁物じゃ。そもそもおぬし、その身体では動けまいよ。……それに彼らに、別れの時間が必要じゃて」
 全身から血を噴き出しながらも追跡しようとするジャックを制止する紅薔薇。
 彼女の目線の先には横たわる秋寿と、それに縋る真美の姿……。


 ――霊闘士の奥義を発動させたリューリとノノトトの目には、不思議な光景が見えていた。
 秋寿の身体が依代として使われていた頃の記憶なのだろうか。
 くるくると走馬灯のように切り替わる景色。
 憤怒の本陣。蓬生……そして青木。
 ……蓬生と青木の契約。
 おぞましい死転の儀式――。
 そして……その光景は仙秋が生きていた頃へと遡り……感じるのは仙秋の妄執とも言える『生』への執着。
 ――死にたくない。死にたくない。もっと思うがままに強い兵器の研究がしたい。
 元々詩天の国を興したのも、研究をしやすくする為。
 強い依代を生み出す為に必要なものが揃え易かった。ただそれだけ――。
 その研究の果てに生み出された兵器たち。それは人の手に余る奇跡だったのか。
 それを散々持て囃しておきながら、より強大な力を得た途端、人間達は掌を返し、我が子と共に己を討った。
 愚かなるかな。人間共よ。
 己の崇高な目的すら理解しようとせず。
 畏れと嫉妬から身勝手に振る舞う様は、歪虚と何が違うのか。
 そしてそれを良しとした我が子にも絶望した。
 いいだろう。この怒りを。憎しみを。子々孫々に至るまで味わわせてくれる――!


「リューリちゃん、大丈夫か?」
「うん。秋寿さんと、仙秋の記憶が沢山見えるの……」
 気遣うアルトに頷き返すリューリ。溢れんばかりに流れ込んで来る情報に、彼女はプルプルと頭を振る。
「……仙秋の……本体は霊体です。先代の氏時様も……仙秋に依代として狙われ……抵抗の末に命を落とされました……。霊体を倒さぬ限り……仙秋は何度でも蘇り、悲劇が繰り返される……」
「秋寿兄様……?」
「秋寿さん、喋れるのか?!」
「……ええ。自刃し、果てた身の私がこうして話すことが出来る……。そういう意味ではあの人に少し感謝しないといけないでしょうか……」
 聞こえた声に驚いて顔を上げるアルトと真美。
 青白い顔をした秋寿は、苦しげにため息をつくと、ハンター達を見る。
「……三条家の宝は、いずれ来る、復活の時の為に初代様が用意していたものです。あれには歴代詩天達から時間をかけて集めたマテリアルと……今回、皆様と戦ったことで得たマテリアルが貯蓄されています。……初代様は、それを使ってまた『死転の儀』を行うつもりのようです……」
「また依代を生み出すつもりか……」
「詩天を混乱させた私が言うのも烏滸がましいですが……どうか、初代様を止めてください……」
「……分かった。引き受けるよ」
「……ああ、でもお渡しできる報酬がありませんね」
「それはもう受け取ったよ」
 秋寿の――優しいだけではない、立ち向かう勇気を見せて貰った。
 アルトにとっては、それが何よりの報酬だった。
「……ありがとうございます。傭兵さん」
 アルトに、どこかで見たことのある笑みを向ける秋寿。
 足元から徐々に消え始めている秋寿に気づいて、魔導アーマーから慌てて降りるノノトト。身体が痛いのも忘れて、彼に駆け寄る。
「秋寿さん。もう喋らないで。身体崩れちゃうよ……!」
「……いいのですよ、これで。歪虚化した私が生き残る術はありません。私自身が歪虚になる前に、このまま逝かせてください」
「そんな……! 何とかならないの!?」
 涙目になるノノトト。真美が従兄の胸にすがりつく。
「兄様……置いていかないで。父様も兄様もいなくて、私はどうしたらいいのか……」
「……私がいなくても大丈夫。貴方には友も、臣下もいます。貴方はきっと良き王になる……」
「嫌です! 兄様! ようやく兄様に会えたのに……!!」
「困った子ですね……。いえ、貴方を困らせたのは私の方でしょうか……」
 真美の頬を撫でる秋寿。その手が、さらさらと塵に還ってゆく。
「約束を……守れなくて……」
「兄様! 兄様……!」
「………真美、貴方の……幸せを……願っ……」
 崩れ去る身体。一度歪虚として変化した身体は、元に戻ることはない――。
 空気に溶けて消えていく秋寿。その顔は、とても穏やかで……。
 痛いほどの沈黙。完全に消え去った彼を瞬きもせずに見守っていた神火は、少し考えてから口を開く。
「……これで良かったんだよね」
「ああ。あのままずっと利用され続けたら……秋寿は苦しみ続けていただろうからな」
「あの人は歪虚には向いてない。これで穏やかに眠れるだろう」
 時澄の言葉に頷く錬介。
 秋寿がいた場所を見つめ続けている真美。その前に立ち、アルバは頭を下げる。
「君の大切な人を傷つけてすまない」
「……いいえ。兄様もそれを望んでいましたから。兄様を救って戴いてありがとうございました」
 どこかぼんやりしている友人の手を取って、エステルがぽろぽろと涙を零す。
「エステルさん……?」
「ごめんなさい。ごめんなさい……秋寿さんを救いたくて、わたくし……! わたくし、悲しいです……」
 秋寿がまだ生きているのではないかと思い、ここに来る前に武徳に尋ねた。
 その答えは、帰ってから聞くはずだったのに……もう、結果が出てしまった。
 友達の大切な人を救いたかった。助けたかったのに……。
「……秋寿さんは討たれることを望んでた。これで良かったと思うしかないのかもしれない」
 躊躇いがちに言葉を選ぶユリアン。最善ではないが、よりよい選択。
 それを探して行くしかないのかもしれない――。
「……悲しい時は泣いてもいいですのよ。誰も笑ったりしませんわ」
 金鹿がエステルと真美の頭を引き寄せて、よしよしと撫でる。
 泣くことも忘れていたのか。
 声もなく、ぼろぼろと大粒の涙を零し始めた真美を、ただ静かに、ずっと抱きしめ続けて――。


「あ。アルトちゃん、蓬生さん生きてるよ。あと燕太郎さん、蓬生さんを食べる約束してるみたい」
「はあ!? 何だそれ!!」
「何か契約だって。燕太郎さんが災狐を吸収したのも、蓬生さんとの約束で……秋寿さんが見せてくれたの」
 奥義で見た光景を報告するリューリに驚愕するアルト。
 あの黒い歪虚、わざわざ東方まできて何をしているのかと思えばそんな契約を取りつけているとは……!
 眉根を寄せるアルトに、紅薔薇もふう……とため息をつく。
「……蓬生は分体とはいえ、腐っても憤怒王じゃ。青木に吸収されるとなると面倒なことになりそうじゃの……」
「青木も気になるでござるが……まずは仙秋でござるな」
「うむ。憤怒王を名乗るものは残らず殲滅してくれようぞ」
 きっぱりと断じた紅薔薇に頷く黒戌。
 ひとまずは、友人に色好い報告が出来そうではあるが……。
 ――出来ることなら、あの人の死に際に会わせてやりたかった。
「秋寿殿、お疲れ様。いずれそっちに行った時には一緒に酒を飲もう」
「ゆっくり休んでね」
 乾いた風が吹く長江。消えて行った優しいあの人の為に、錬介とノノトトはそっと手を合わせた。


 ――先代詩天の甥で、千石原の乱に敗れた三条 秋寿はこうして二度目の死を迎えた。
 死して、仙秋の依代となり果ててもなお抵抗を続けた彼の生き様は、ハンターの心に何かを残しただろうか……。
 そして依代を失い、霊体のまま落ち延びた仙秋。
 あれで諦めるような男ではない。また再戦の機会が来よう――。
 来たるべきその日まで、ハンター達は雌伏の時を過ごすのだった。

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  • ヴァイス・エリダヌスka0364
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマka0502

  • ノノトトka0553
  • 黒風の守護者
    黒戌ka4131
  • 正義なる楯
    アルバ・ソルka4189
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介ka6053
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイスka6568

重体一覧


  • ヴァイス・エリダヌスka0364
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギンka1522

参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グレン
    グレン(ka0364unit001
    ユニット|幻獣
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    レイノ
    レイノ(ka0502unit001
    ユニット|幻獣

  • ノノトト(ka0553
    ドワーフ|10才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    マドウアーマー「ヘイムダル」
    魔導アーマー「ヘイムダル」(ka0553unit003
    ユニット|魔導アーマー
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マジカルボウケンキアルカディア
    魔動冒険機『アルカディア』(ka1250unit002
    ユニット|CAM
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    フォーコ
    フォーコ(ka1522unit001
    ユニット|幻獣
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯(ka1804
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    グスタフ
    Gustav(ka1804unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ガルム
    ガルム(ka2434unit001
    ユニット|幻獣
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アディ
    アーデルベルト(ka2449unit001
    ユニット|幻獣
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka2598unit003
    ユニット|CAM
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アレキサンドライト
    アレク(ka3983unit001
    ユニット|幻獣
  • 黒風の守護者
    黒戌(ka4131
    人間(紅)|28才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka4131unit002
    ユニット|車両
  • 正義なる楯
    アルバ・ソル(ka4189
    人間(紅)|18才|男性|魔術師
  • 九代目詩天の信拠
    三條 時澄(ka4759
    人間(紅)|28才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    タマカゼ
    珠風(ka4759unit001
    ユニット|幻獣
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハク
    白(ka4766unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メテオール
    Meteor(ka5044unit002
    ユニット|CAM
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ウォルフ・ライエ
    ウォルフ・ライエ(ka5153unit002
    ユニット|CAM
  • 千の符を散らして
    黒耀 (ka5677
    鬼|25才|女性|符術師
  • 九代目詩天の想い人
    龍堂 神火(ka5693
    人間(蒼)|16才|男性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    カケヤオニロク
    掛矢鬼六(ka6053unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハバキリ
    羽々斬(ka6568unit001
    ユニット|CAM

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/10 08:34:27
アイコン 相談卓
龍堂 神火(ka5693
人間(リアルブルー)|16才|男性|符術師(カードマスター)
最終発言
2017/02/12 16:57:22