ゲスト
(ka0000)
【万節】やすらぎの狭間
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/13 12:00
- 完成日
- 2014/10/21 05:03
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「今年も万霊節の季節がやってきました。なので、帝国もこれを滞りなく支援する予定です、と」
四霊剣が一つ、剣機の襲撃を受けた帝都バルトアンデルスにも徐々に日常が戻ろうとしていた。
皇帝選挙の混乱と浮ついた空気、そして剣機との決戦による緊迫感も薄れ、今はどこか疲れた静寂が帝都を支配していた。
そんな中呼び出されたタングラムを出迎えつつ、ヴィルヘルミナは書類仕事を片付けている。
「……いやいや! なんでもうふつーに仕事してるんですかねぇ!?」
「そりゃあ、皇帝だからね?」
「皇帝なのは知ってるですが、そんなボロボロの状態で仕事する奴があるですか!」
先日の決戦では皇帝も国軍最高位、騎士皇として剣機と戦った。当然無傷とはいかなかったので、今彼女は包帯まみれの傷だらけであった。
「皆大袈裟だなあ。選挙からこっち、皆仕事しっぱなしで疲れているんだ。少しは私が支えてあげないとね」
「その気遣いをなぜ普段からできねーのかと」
「それに剣機の襲来くらいの事でペースを乱されていては国の威信に関わる。今回の万霊節も例外なくピースホライズンに物資を送るつもりだよ」
がくりと肩を落とすタングラムの前で皇帝は何て事もないように微笑む。タフというかマイペースというか……なんと掴みどころのない。
「私もお祭り騒ぎに参加したいのは山々だが、剣機騒動で処理の遅れた選挙結果の集計開示や、剣機被害を受けた町村の復興、被害報告にもまだ目を通し切れていない。他にも仕事が山積みでな。万霊節の準備には、ハンターを起用したい」
話しながらも手を休めない珍しく真面目な様子の皇帝にタングラムは溜息を一つ。
「そんな時期にお祭りですか。国民はどう思うんですかね?」
「不謹慎という声もあるだろうな。だが不幸とはそれに浸る時間が長ければ長い程人を縛る。辛い記憶を完全に忘れる事は出来ない。だが、過去にする事は今すぐにでも出来る。そう、誰にとっても……ね」
ぴたりとペンを止め顔を上げた皇帝は、やはり少女のように無邪気に笑う。
「ハンターには随分と頑張って貰ってしまったからね。死闘の後には丁度良い気分転換になるだろう。彼らのケアは君に任せるよ」
「……それは言われるまでもないですが」
「私達は常に未来を示し続けなければならない。痛みや絶望に足を取られればそれだけ希望は遠のいていく。だから辛い時こそ笑い、飲んで食べてたっぷり眠るんだよ」
仮面の向こう、タングラムは目を細める。いつでも笑顔を絶やさない皇帝は、きっとただの愚か者ではない。
笑いたいから笑っているだけではない。笑っているべきだから、いつだって笑顔で皆の前に立つ。そういう生き方を選ぶ彼女を眩しく思う。
「はあ~……。まったく、しょうがない人ですねぇ」
「引き受けてくれるね?」
「ええ。彼らならきっと楽しいお祭りにしてくれると思いますよ」
「うん、うん。私もそう思うよ。楽しそうだなあ……実に楽しそうだ。こんな仕事、さっさと終わらせたいよ」
「終わらせたら寝てろ!」
苦笑を浮かべるヴィルヘルミナを指差し叫ぶ。だが気づけばつられて笑っている。この王様は多分、こんなもんで丁度いいのだろう――。
王国と帝国を隔てる大渓谷の上に、崖上都市ピースホライズンはある。
万霊節に限らず、様々な祭りの度に多くの人で賑わうその町にエルフの商隊がやってきたのは特に珍しい事ではない。ピースホライズンはあらゆる国、あらゆる種族に開かれているのだから、少数とは言えエルフハイムの品が流れる事もある。
エルフハイムの中でもブラットハイム、ナデルハイムの一部には人間との交流がある。剣呑な関係性のエルフハイムと帝国だが、中には商取引をするような者達もいるのだ。
ピースホライズンはエルフハイムからも程近く、人間の祭りに興味がないエルフ達にとっても商機である。そんな集団の中、女は街並みを眺めていた。
ジエルデ・エルフハイム。エルフハイムの中でも特に奥深く、人と隔絶された森であるオプストハイムに暮らす彼女は、普通に考えれば場にそぐわない役職の人間だ。エルフの商隊も、正直彼女の扱いには困っていた。
「どうかなさいましたか?」
「……いいえ。ただ、懐かしいと思っただけです」
エルフの商人にそう返し、留めた足を動かすジエルデ。その憂鬱な表情の裏に、とある少女の姿が過った。
森の奥深く、エルフハイムの中でもごく一部限られた者だけが立ち入る事を許された聖域に少女は暮らしている。
浄化の“器”と呼ばれるその少女はいつも沢山の本に囲まれていた。誰も触れる事を許されないその少女と関わる事が出来るのは限られた巫女だけであり、ジエルデはその資格を有する“長老”の一人だった。
「……こうして、お姫様は王子様と共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ……」
大樹の下、自然と一体化した書庫の中で少女はジエルデの読む物語に耳を傾けていた。あくまで聞くだけで本を読む事そのものは許されない。だから本に囲まれながら、物語に触れるのはいつでも人伝だった。
「人間の本は空想的で面白いわね。彼らは私たちエルフとは異なり、自らの見聞だけではなく想像から物語を作る事が出来る。素敵な未来を信じる事が出来る……それが少しだけ羨ましいわ」
パタンと本を閉じ、ジエルデは少女に目を向ける。手足に枷を嵌められ、少女はぼんやりと何時ものように上を見上げていた。
そこに空はない。無数の木々が光から少女を遠ざける、ここは木と本の牢獄。少女はここで生まれ、ここで死ぬ事だけしか許されていない。
「さてと。次はどんなお話が良い? 希望はあるかしら?」
少女は幾重にも巻かれた布の目隠しの向こう、ジエルデを見つめる。そしてたどたどしく小さな口を開き。
「この、あいだ……みた、ひと、は?」
「この間……?」
「そとで、たすけ……て、くれた、ひと、た、ち?」
目を見開き、そして複雑な表情を浮かべるジエルデ。それは器が興味を持ってはならない対象だ。だからこそ、出逢ってはいけなかったのに。
「き、が、かぜ、が、てきじゃない、って、いう、から」
膝を抱え、少女は俯く。ジエルデはその頬に触れようとし、禁忌故に触れられぬもどかしさに指先を見つめる。
「にんげん、は、こわい。もりが、いやがるの、わかる……。でも、あのひと、た、ち……は、せいれい、が、いっしょ?」
「……わかった。なら、そうね。次はハンターのお話を聞かせてあげるわ。ね……約束よ?」
一瞬瞑った瞼を開き前を見ると、都合よくハンターの一団が見えた。ジエルデは商人に一言告げると列を離れハンター達へ近づいていく。
「こんにちは。少し……良いかしら?」
声をかけられた一人のハンターが振り返る。ジエルデはできる限り愛想を作り、取り出した手帳を広げるのであった。
四霊剣が一つ、剣機の襲撃を受けた帝都バルトアンデルスにも徐々に日常が戻ろうとしていた。
皇帝選挙の混乱と浮ついた空気、そして剣機との決戦による緊迫感も薄れ、今はどこか疲れた静寂が帝都を支配していた。
そんな中呼び出されたタングラムを出迎えつつ、ヴィルヘルミナは書類仕事を片付けている。
「……いやいや! なんでもうふつーに仕事してるんですかねぇ!?」
「そりゃあ、皇帝だからね?」
「皇帝なのは知ってるですが、そんなボロボロの状態で仕事する奴があるですか!」
先日の決戦では皇帝も国軍最高位、騎士皇として剣機と戦った。当然無傷とはいかなかったので、今彼女は包帯まみれの傷だらけであった。
「皆大袈裟だなあ。選挙からこっち、皆仕事しっぱなしで疲れているんだ。少しは私が支えてあげないとね」
「その気遣いをなぜ普段からできねーのかと」
「それに剣機の襲来くらいの事でペースを乱されていては国の威信に関わる。今回の万霊節も例外なくピースホライズンに物資を送るつもりだよ」
がくりと肩を落とすタングラムの前で皇帝は何て事もないように微笑む。タフというかマイペースというか……なんと掴みどころのない。
「私もお祭り騒ぎに参加したいのは山々だが、剣機騒動で処理の遅れた選挙結果の集計開示や、剣機被害を受けた町村の復興、被害報告にもまだ目を通し切れていない。他にも仕事が山積みでな。万霊節の準備には、ハンターを起用したい」
話しながらも手を休めない珍しく真面目な様子の皇帝にタングラムは溜息を一つ。
「そんな時期にお祭りですか。国民はどう思うんですかね?」
「不謹慎という声もあるだろうな。だが不幸とはそれに浸る時間が長ければ長い程人を縛る。辛い記憶を完全に忘れる事は出来ない。だが、過去にする事は今すぐにでも出来る。そう、誰にとっても……ね」
ぴたりとペンを止め顔を上げた皇帝は、やはり少女のように無邪気に笑う。
「ハンターには随分と頑張って貰ってしまったからね。死闘の後には丁度良い気分転換になるだろう。彼らのケアは君に任せるよ」
「……それは言われるまでもないですが」
「私達は常に未来を示し続けなければならない。痛みや絶望に足を取られればそれだけ希望は遠のいていく。だから辛い時こそ笑い、飲んで食べてたっぷり眠るんだよ」
仮面の向こう、タングラムは目を細める。いつでも笑顔を絶やさない皇帝は、きっとただの愚か者ではない。
笑いたいから笑っているだけではない。笑っているべきだから、いつだって笑顔で皆の前に立つ。そういう生き方を選ぶ彼女を眩しく思う。
「はあ~……。まったく、しょうがない人ですねぇ」
「引き受けてくれるね?」
「ええ。彼らならきっと楽しいお祭りにしてくれると思いますよ」
「うん、うん。私もそう思うよ。楽しそうだなあ……実に楽しそうだ。こんな仕事、さっさと終わらせたいよ」
「終わらせたら寝てろ!」
苦笑を浮かべるヴィルヘルミナを指差し叫ぶ。だが気づけばつられて笑っている。この王様は多分、こんなもんで丁度いいのだろう――。
王国と帝国を隔てる大渓谷の上に、崖上都市ピースホライズンはある。
万霊節に限らず、様々な祭りの度に多くの人で賑わうその町にエルフの商隊がやってきたのは特に珍しい事ではない。ピースホライズンはあらゆる国、あらゆる種族に開かれているのだから、少数とは言えエルフハイムの品が流れる事もある。
エルフハイムの中でもブラットハイム、ナデルハイムの一部には人間との交流がある。剣呑な関係性のエルフハイムと帝国だが、中には商取引をするような者達もいるのだ。
ピースホライズンはエルフハイムからも程近く、人間の祭りに興味がないエルフ達にとっても商機である。そんな集団の中、女は街並みを眺めていた。
ジエルデ・エルフハイム。エルフハイムの中でも特に奥深く、人と隔絶された森であるオプストハイムに暮らす彼女は、普通に考えれば場にそぐわない役職の人間だ。エルフの商隊も、正直彼女の扱いには困っていた。
「どうかなさいましたか?」
「……いいえ。ただ、懐かしいと思っただけです」
エルフの商人にそう返し、留めた足を動かすジエルデ。その憂鬱な表情の裏に、とある少女の姿が過った。
森の奥深く、エルフハイムの中でもごく一部限られた者だけが立ち入る事を許された聖域に少女は暮らしている。
浄化の“器”と呼ばれるその少女はいつも沢山の本に囲まれていた。誰も触れる事を許されないその少女と関わる事が出来るのは限られた巫女だけであり、ジエルデはその資格を有する“長老”の一人だった。
「……こうして、お姫様は王子様と共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ……」
大樹の下、自然と一体化した書庫の中で少女はジエルデの読む物語に耳を傾けていた。あくまで聞くだけで本を読む事そのものは許されない。だから本に囲まれながら、物語に触れるのはいつでも人伝だった。
「人間の本は空想的で面白いわね。彼らは私たちエルフとは異なり、自らの見聞だけではなく想像から物語を作る事が出来る。素敵な未来を信じる事が出来る……それが少しだけ羨ましいわ」
パタンと本を閉じ、ジエルデは少女に目を向ける。手足に枷を嵌められ、少女はぼんやりと何時ものように上を見上げていた。
そこに空はない。無数の木々が光から少女を遠ざける、ここは木と本の牢獄。少女はここで生まれ、ここで死ぬ事だけしか許されていない。
「さてと。次はどんなお話が良い? 希望はあるかしら?」
少女は幾重にも巻かれた布の目隠しの向こう、ジエルデを見つめる。そしてたどたどしく小さな口を開き。
「この、あいだ……みた、ひと、は?」
「この間……?」
「そとで、たすけ……て、くれた、ひと、た、ち?」
目を見開き、そして複雑な表情を浮かべるジエルデ。それは器が興味を持ってはならない対象だ。だからこそ、出逢ってはいけなかったのに。
「き、が、かぜ、が、てきじゃない、って、いう、から」
膝を抱え、少女は俯く。ジエルデはその頬に触れようとし、禁忌故に触れられぬもどかしさに指先を見つめる。
「にんげん、は、こわい。もりが、いやがるの、わかる……。でも、あのひと、た、ち……は、せいれい、が、いっしょ?」
「……わかった。なら、そうね。次はハンターのお話を聞かせてあげるわ。ね……約束よ?」
一瞬瞑った瞼を開き前を見ると、都合よくハンターの一団が見えた。ジエルデは商人に一言告げると列を離れハンター達へ近づいていく。
「こんにちは。少し……良いかしら?」
声をかけられた一人のハンターが振り返る。ジエルデはできる限り愛想を作り、取り出した手帳を広げるのであった。
リプレイ本文
ピースホライズンで開かれる万霊節。その準備の為、崖上の町には各国から多種多様な人間が集まっていた。
「剣機騒ぎ、僕も戦闘に参加したけど……やっとひと段落、かな」
帝国からの支援物資を運び込む依頼に参加したハンター達も残る仕事は町に荷を下ろすのみ。イェルバート(ka1772)は木箱を運びながら町並みを眺める。
人種も国境もこの町には関係ない。賑やかな雰囲気に笑みを浮かべ、次の荷物を受け取ろうと歩く彼の視界に大急ぎで荷物を運ぶザレム・アズール(ka0878)が見えた。
「はりきっているね。残りの荷物も僅かだし、休み休みやってもいいんじゃないかな?」
「いや……陛下や帝国の皆の苦労はこんなもんじゃない。俺ももっとお役に立たないと」
汗を拭うザレムの様子にイェルバートは苦笑を浮かべる。手を貸すよと言う言葉を受け入れ、二人は協力して荷物を整理する。
一方Uisca Amhran(ka0754)は帝国から譲り受けたスペースで出店を行う準備に勤しんでいた。自らが運営するギルド、「巫女の集い“B.Grossa”」の活動の一環としてここで巫女に関連した商品を販売するのだ。
「みんなにクリムゾンウェストの巫女のことを知ってもらおう……きゃっ!」
設営中、荷運びをするUiscaが躓くと、その体を灯心(ka2935)が支える。おかげで大事な物を落とさずに済んだ。
「あ、ありがとうございます」
「出店の準備? なんだこれ……随分大きいね?」
「これは大霊堂をイメージしたもので、白竜像は決して欠かせないものなんです!」
像を二人でセットすると、Uiscaはその場でくるりと回って見せる。巫女衣装も相まって、確かに神秘的な雰囲気だ。
「これあんた一人で全部準備するつもりなのか? 大変だろ、手伝ってやるよ」
「えっ? ですが……」
「こういうのは、男に任せときゃいいんだって。あんたにはそっちのぬいぐるみを並べてる方が似合ってるよ」
笑顔で設営を手伝う灯心。Uiscaは白竜のぬいぐるみを抱き、はにかむようにして笑った。
メリエ・フリョーシカ(ka1991)は手持無沙汰に人の流れを見ていた。木箱の上に腰かけ、右手でペンをくるりと回す。
膝の上に広げた家族への手紙にはきっと今年は来られないだろうと思っていた万霊節に参加する事になった近況を記したが、もう書き終わり今はどうこの祭りに参加したものかと考えていた。
ハンターになり、剣機との戦いを経て訪れた祭りは去年までとは少し違って見える。平和な営みに目を細めると、そこへ腕を組んだフェリア(ka2870)が歩いてくる。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ……こんな賑やかなお祭りですから、ヴィルヘルミナ陛下がお忍びで来ているのではないかと思ったのですが」
「さ、流石にこのタイミングで陛下はいらっしゃらないのでは……って、私見事に陛下とすれ違っているような……」
がくりと肩を落とすメリエにフェリアは目を丸くし、ふっと笑って歩み寄る。
「フェリア=シュベールト=アウレオス。よろしく」
「メリエ・フリョーシカです」
笑顔で差しのべられたフェリアの手を握り締める。そこへ荷運びを終えたイェルバートとザレムが歩いてくる。
「あっ、ごめんなさい……まだ作業している人がいたのに休んでしまって」
「いいんだよ。メリエはまだ怪我が治っていないんだよね? さっき兵士の人と話してるの、聞いたから」
首を横に振るイェルバート。一方ザレムは落ち着かない様子で何かを考え込んでいた。
「俺達はこんなところにいていいんだろうか……」
「うん? どういう意味ですか?」
「さっきからずっとこんな調子でね」
首を傾げるフェリアに苦笑を浮かべるイェルバート。ザレムは浮かない表情でため息を零した。
「楽しめというお言葉には恐縮するが……俺はもっと帝国の役に立ちたいんだ。この祭りの意義は理解している。社会不安の防止にも帝国の統治能力は揺らいでいないと示すためにも、いつも以上に祭を盛り上げるべきなのだと……しかし……」
「わからなくはないですけどね」
頷くメリエ。イェルバートはふと何かに気づいたように指をさし。
「でも、ユニオンリーダーのタングラムさんはもう飲んでるみたいだよ?」
「ぷはーっ! 働かずに飲む酒はうめぇのです!」
がくりと転びそうになるザレムとメリエ。酒瓶を片手に上機嫌にやってきたタングラムにザレムは駆け寄る。
「タングラム……帝国が大変な時にそれでいいのか!?」
悲しげなザレムの叫びにきょとんとしたタングラムにフェリアは横から状況を説明する。
「成程……しかしザレム、焦っても仕方がないのですよ。休む時に休み、戦う時に戦う。それも戦士に必要な条件です」
「思いがけず休むだけの依頼になっちゃいましたが、祭事は楽しむのが我々の慣わしです!」
「祭りの場でそう憂鬱な顔をしているのも、無粋というものではないかしら?」
メリエとフェリアの言葉にもザレムは浮かない表情だ。タングラムは小さく息を吐き。
「大切な事や辛い事は忘れたくても忘れられないのです。だからこそ、気持ちに節目は必要で、こういう祭りがあるのですよ」
「あの人はどうにも掴み所のない人だけど、無意味にこんな依頼は出さないと思うの。きっと、あなたのような人の為に声をかけたのではないかしら」
フェリアの言葉にはっとした様子のザレム。イェルバートはタングラムが持っていた酒瓶をひょいと奪い。
「僕、村じゃもう飲める歳だけど……あんまり飲んだことないんだよね。この機会に飲んでみようと思うんだけど、一緒にどうかな?」
「とりあえず食えるものは食えるだけ制覇! お父さん言ってます。『据え膳は食え』! さあ、行きましょう!」
「お、おい……!?」
ザレムの手を取り歩き出すイェルバートとフェリア。
「イェルバート、その酒かなり強いぞ! いきなり飲むもんじゃない! メリエ、そんなに食べきれるのか!?」
「賑やかですね」
どこからか新しい酒瓶を取り出したタングラム。差し出されたそれをフェリアはにこやかに受け取った。
「剣機って本当に訳わからないわよね……痛かったし、本当に迷惑」
「あれは存在そのものがイレギュラーですからね」
荷卸しを終えたカグラ・シュヴァルツ(ka0105)とシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は一仕事終えどうしたものかと一息ついていた。
「まだ本格的に祭りが始まったわけではないのに賑やかですね……どこに行くんですか?」
振り返らず腕だけ伸ばしてシュネーの首根っこを掴むカグラ。シュネーはずるずる引きずられ不満げに呟く。
「もう仕事は終わったし……自室が私を待っているの」
「いい機会です。君もこうした空気に慣れておくといいでしょう」
「私なんか気にしないでカグラ兄さんは楽しんできたらいいのに……」
「ここまで君を連れ出してきた労力を無為にしないで頂ければそれだけで十分です。それと人の意思を尊重しているように見せかけて脱走の出汁に使おうというのは感心しませんね。今日は前を歩いてください」
「ま、前を歩くのだけは無理! ごめんなさい!」
小刻みに振動するシュネーを引きずって歩くカグラ。その視界に衣装を貸し出している天竜寺 舞(ka0377)が映る。
「はいはいいらっしゃーい! リアルブルー伝統芸能、歌舞伎衣装の貸し出しはいかがー!?」
既にばっちり衣装も隈取も済ませた舞はぱっと見誰なのかわからない。万霊節のピースホライズンにおいても珍しい歌舞伎衣装は大人気で、クリムゾンウェスト人が群がってちょっとすごいことになっていた。
「歌舞伎衣装ですか……似合いそうですね」
「だ、誰に? 私じゃないよね? 私の話ではないよね?」
「いっそ極限まで目立つ事で人見知りを克服し……」
「兄さん? なんの話をしてるの? 兄さん!?」
兄妹とすれ違い舞の衣装の前で足を止めたのはしろくま(ka1607)とエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)の二人組だ。しろくまは両手を合わせ派手な衣装に瞳を輝かせる。
「歌舞伎衣装? 珍しいくま! エヴァさんは知ってるくま?」
首を横に振るエヴァ。声を出す事ができない彼女は筆談で応じるが、しろくまは決して急かしたりする事はない。「とってもきれい!」と書き終わるまでにこやかに頷いていた。
「そうくまね! でもエヴァさんもとってもかわいいくまよ!」
エヴァは楽しそうに笑い、その場でくるりと回って見せる。天使の衣装に身を包んだエヴァにしろくまは拍手を送る。
「今や悪魔と化したこわいしろくまとセットで、私達はとってもお似合いくま!」
……? 悪魔……なのか?
しろくまは確かに悪魔っぽい角とか羽とか生えているのだが、それ以前に既にコスプレ状態……いや、言及はすまい。悪魔だ。これは悪魔なのだ。
「うん、どうしたくま? あの衣装を絵に描きたいくま? そうくまね、珍しいものだくまね。すいませーん、ちょっといいくまー?」
手を振り舞に声をかけるしろくま。人だかりの奥の方にくまがいる風景にぎょっとした舞だが、直ぐに話を聞く為に近づいて行った。
「シヴァの仮装……早く来ないかな……」
貸衣装場では様々な衣装のレンタルと着替えの為の脱衣所が設置されている。その近くに一条 現(ka3072)は落ち着かない様子で立っていた。自らは速攻で狼男風の衣装に着替え、Sheva(ka3070)の着替えを待っているのだ。
「あ、あの……うつつさん……」
「シヴァ! かわいいよ!」
「え……まだ、出てません、けど……」
Shevaは脱衣所のカーテンの隙間から顔を出しているだけだった。現は競歩で接近する。
「いやもうかわいいのは知ってるからいいんだけど、どうしたんだ?」
「えっ? え? え、あ、あの……やっぱりこんなの、着れ、ませ……っ」
じわじわと涙目になるShevaに現は真顔で親指を立てる。
「泣きそうなシヴァもかわいいよ」
「え? え、あの……っ」
「大丈夫だよ、間違いなく似合ってるから!」
「え、あの、えと、ちょ……だ、だめ……ああっ」
既に着替え自体は終わっていたShevaがカーテンから解き放たれると、現がお願いした魔女装束で姿を現す。
「知ってた」
「えっ?」
「かわいいのは知ってた」
「えっ? えっ?」
爽やかな笑顔で親指を立てる現。すかさず咳払いを一つ。
「シヴァ、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうよ?」
「あ……はいっ」
Shevaが笑顔でお菓子を取り出した瞬間現の表情は真顔になり、やがて沈痛な面持ちで膝をついた。
「な、何か間違って……ご、ごめ……なさ……っ」
「何も間違ってないんだけど、何故今回に限って下調べばっちりなんだ……」
どちらかというと悪戯したかった。しかしこれも彼女が気持ちを込めて用意してくれたものだ。
「うん、ありがとね……。これは俺からね」
手作りのお菓子を差出し交換すると、少年は少女に手を差し伸べる。
「行こうか」
マリエッタ“タリーア”フリート(ka3279)は一人で喧騒の中を歩いていた。
舞の店にあやかって、完全武装の歌舞伎ではなくなんちゃって花魁風の衣装に仮装してみたのだが、いつものパラソルの代わりに広げた傘は結構様になっている。
そんなマリエッタが足を止めたのはUiscaの出店ブースだ。Uiscaの歌声が響き、ちょっとした人だかりが出来ている。その巫女装束や派手な出店にも目を惹かれたが、しかし真のお目当ては並んだ白竜のぬいぐるみである。
「いらっしゃいませ♪B.Grossaへ、ようこそ! 何か気になる商品がおありですか?」
突然声をかけられ思わずびくりとする。にこやかなUiscaが相手でも、マリエッタ的には緊張する場面だ。
「白竜サブレに白竜の託宣、様々な商品を取り揃えていますよ。ちなみにスマイルは0円です♪」
といってもUiscaはずっと笑顔なのだが。気になる可愛らしい白竜のぬいぐるみに手を出したいが、人だかりに押され、なかなか声もかけられない。
そんな時、マリエッタの横から伊勢 渚(ka2038)が手を伸ばし、ぬいぐるみを取るとマリエッタの手の上に載せる。
「巫女の白竜をモチーフにしているのか……こいつでよかったかな?」
マリエッタがぎょっとしたのは知らない男だからなのもあるが、渚が死神の仮装をしていたのが大きい。ドクロの顔が目の前にあったらそりゃ驚く。
「すまない。このぬいぐるみはいくらかな?」
支払いを終え、マリエッタは渚と共に人だかりを離脱する。ほっと胸をなでおろし、少女は男に小さく頭を下げた。
「ありがとう……なのね」
「礼には及ばないよ。どうせ一人でぶらついているだけだったからね」
うとうとした様子で目を擦るマリエッタ。彼女としてはいつも通りなのだが、渚はその様子に腰を落とし。
「疲れているのか? 向こうで早くも飲みつぶれた連中が休んでいるから、そこまで送るよ」
いつの間にか渚と一緒に移動する事になったマリエッタ。しばらく歩いているとまたマリエッタが足を止め、渚も振り返る。
そこにはアルファス(ka3312)の出店ブースがあった。カボチャを被ったアルファスがオーブンから取り出したのはクッキーで、焼きたての香ばしいにおいがしてくる。
「こんにちは。お一ついかがですか?」
「では、二人分もらおうか」
瞳を輝かせたマリエッタを横目に渚は頷く。手に入れたクッキーの袋を開け、マリエッタは満足そうにちまちま齧りついている。
「上にちっちゃくカボチャが乗ってて、かわいい……」
「これがいいアクセントになってるね」
「喜んで頂けたのならよかった。そのクッキーは魔法のクッキーなんですよ」
首を傾げるマリエッタ。アルファスは小さく笑い。
「皆を笑顔にしてくれますようにって、カボチャの魔法使いが作ったクッキーです。お祭りは楽しめていますか?」
穏やかなアルファスの声にマリエッタが頷くのを見て渚も目を細め。
「オレが育ってきた場所ではこういう催しは無かったが……悪くはないな」
「お祭り、楽しい……。マリー、お祭り好きなのね。知らないものもたくさんで、楽しいのね」
マリエッタがようやくそう口を開くと、アルファスも渚も嬉しそうに笑う。
「しかし、こんな値段でいいのか?」
「はい。原価ぎりぎりですが、子供達や傷ついた人達に楽しい思い出を作って欲しいですから」
アルファスは腰を落とし、マリエッタに笑いかけ。
「お客さんが楽しんでくれたら、それが一番の報酬なんですよ」
次のクッキーを焼きに戻ったアルファスと別れ、二人は休憩スペースに向かった。道中で手に入れた色とりどりのお菓子やへんてこな雑貨を抱き、マリエッタはご満悦だ。
「それじゃあ、オレはここで……って、何をしてるんだい?」
マリエッタは机の下に収まってにこにこしていた。困惑する渚、そこへ遠くからザレムの声が聞こえてくる。
「飲み過ぎだイェルバート! 誰だこんな度数の酒を混ぜた奴は! おい、そこの奴、床で寝るんじゃない! 風邪を引くぞ!」
「……なんだか賑やかだな。まあ、この辺りなら安心だろう」
歩き去ろうとする渚のズボンをつまみ、マリエッタは顔を上げる。
「……ありがとうなのね」
男はふっと笑みを浮かべ、軽く手を振って歩き出す。子どもと別れ、取り出した煙草に火をつける。
「今日の一本も至高だな……」
小さなクッキーの袋を片手に酒盛りするユニオンリーダー達へ向かい、男は近づいていった。
「帝国と王国の間に位置する中立地帯、か。随分と賑やかな都市なんだな」
徐々に日も暮れ始めた頃、葉巻を燻らせながら人の流れを眺めていたナハティガル・ハーレイ(ka0023)が目を止めたのは、妙な人だかりだった。
「……なんだありゃあ?」
近づいていくと、どうやら一人のエルフを囲む集団である事がわかった。特になんの出店というわけでも無さそうだが、結構な賑やかさだ。
「悪ィな、ちょいといいか。こいつは何の集まりなんだ?」
声をかけられ振り返ったアーシュラ・クリオール(ka0226)は露天で買ってきた串焼きを飲み込み、唇をぺろりと舐める。
「あたしも今来たところだけど、なんかエルフハイムのエルフがハンターに取材してるみたいだよ」
エルフハイム側から興味を持たれるのが珍しいのか、取材に応じるハンターは意外と多い。
「この時期のリアルブルーの祭りは豊穣の喜びを祝う物と、農閑期に入り祖霊を慰める意味を持つ物があるんです。まぁ……出来たばかりの新酒の味見をしつつ騒ぎたいだけかも?」
「リアルブルーにも万霊節のような催しがあるのですね」
黒のナース服というかなり際どい仮装をした静架(ka0387)だが会話内容は真っ当でむしろ落ち着いた様子。ジエルデは神妙な面持ちで手帳と衣装を交互に見つめている。
「そうですね……ハンターには異世界出身者も多いのですね」
「はいはーい、あたしもリアルブルー出身だよー!」
手を振り近づいてくアーシュラ。纏うものをなくした串を咥えながら白い歯を見せ笑う。
「リアルブルーの話をするなら、ここに来るまでの事から話した方がいいよね!」
アーシュラはLH044の出身だ。そこでは大規模なヴォイドとの戦闘が繰り広げられ、脱出の際には多くの人が亡くなった。
「何とか脱出させるのに成功したのは良かったけど、一緒に来れなかった仲間達を思うとね。でも、彼等の分も生きなきゃ。そしてこの世界に興味もあれば、彼等がそうする様に力になれれば、と思ってる」
アーシュラはこう見えても元軍人。あの悲惨な戦場の真っ只中にいた一人だ。過去を想う横顔には、僅かな陰りが差す。
「不安ではないのですか? この世界に来て」
「うじうじしてても仕方ないしね。今の自分に出来る事を精一杯やるしかないかなって」
ふわりと髪をかきあげ笑うアーシュラ。そこへ唐突に男の野太い声が響いた。
「リアルブルーの話を聞きたいって? いいぜなんでも聞いてくれ。この鮫島群青、お天道様に誓って何一つ隠すことなく答えてやるぜ」
いつの間にか近くの木箱に片足を載せ、鮫島 群青(ka3095)が佇んでいた。
「異世界の祭には男の浪漫がこれでもかってくらい凝縮されてやがる。どこか懐かしい雰囲気を纏いながらも、漂う匂いは過去に嗅いだ経験がねぇ。その違和感が僅かな不安と大きな期待を運んでくる……高まらずにはいられねぇよ」
遠い目でそんな事を語りながら風に吹かれると、男は帽子を片手で抑えながらのしのし近づいてくる。
「この世界には浪漫が溢れていやがる。全く、このオレですら食いきれねえ程壮大なロマンがな。リアルブルーと勝手の違う所は確かにある。だが浪漫さえあればオレはどんな世界だろうと構いやしねえ」
「……はい?」
「果てなく広がる宇宙……そして大地。まだ見ぬ世界がオレを待っていやがるぜッ! ジエルデちゃん、このオレに目をつけるとは中々見所があるな。どうだい、一緒に酒でも飲みながらゆっくり話……ぐおふっ!?」
ジエルデの手をとった所で背後からイーリス・クルクベウ(ka0481)が蹴りを入れた。
「くぉら! 話が長すぎるわ、いい加減にせんか!」
「後がつかえているんです。ちょっと退いてください」
「もー、リアルブルーの人が皆変人だと思われたらどうするのよー! はいはい、こっちこっち!」
アナスタシア・B・ボードレール(ka0125)とアーシュラも一緒になって大男をずるずると引きずっていく。
「参ったぜ。まあオレ程の男ならば不特定多数の女の子に嫉妬される……それも当然の事か……いて、いててっ! 待て、武器はやめろ!」
腕を組んだ姿勢のまま去っていく男を見送り冷や汗を流すナハティガル。折角場所が開いたので前に失礼して。
「アンタもエルフハイムって事は――シャイネやユレイテルの知り合いか?」
「ええ。尤も、二人共維新派の中でも特に異端で知られていますが」
思わず口元に手をやるナハティガル。笑みを隠すように首を横に振り。
「いや、悪ィ。やっぱりあいつら異端扱いなのか、と思ってついな」
「だったら俺達も異端かな。彼らとは一緒に仕事をする事も多いからね」
柴犬のハナを抱えたユリアン(ka1664)は鮫の被り物の口から覗く笑顔で語りかける。
「そこはかとなく、狂気騒動の海産物連中を思い出すな」
「一応そういう狙いだけど、攻撃はしないでくれると助かるな」
苦笑するユリアン。柴犬を下ろすとジエルデに近づく。
「ハンターの仕事なんて何でも御座れ、ってな所でな。少し前にはこんな連中を狩り尽くしたし、男色ケンタウロスなんてイロモノもいれば、果ては選挙の手伝いまでしたもんだ」
「選挙の……では、先日のユレイテルの立候補にも?」
「ユレイテルさんもシャイネさんも、エルフハイムに新しい風を吹かせようとしているんだと思う。どういう縁かはわからないけど、俺もその風に導かれたのかな」
「風に、ですか?」
頷き、ユリアンは空に手を翳す。
「時々風に背を押されているように感じる時があるんだ。幻獣や知らない物を沢山見てみたくて、知りたくて、風に乗っていたら彼らに出会っていた。縁とはそういうものなのかもしれないな」
「故郷に興味を持ってくれる者がいる。喜ばしい事だと思わんか?」
戻ってきたイーリスが声をかける。ジエルデが答えあぐねていると、イーリスは腕を組み。
「森の中にいるだけではわからぬ事も多い。ハンターは森都で言われる程邪な存在ではないと、おぬしも直に接して理解したのではないか?」
「それは……」
「エルフ、ですか……誤解を招くことを恐れずに言うなら、私は貴方『達』の敵になります」
アナスタシアの言葉に肩を竦めるイーリス。アナスタシアは首を振り。
「目的のため、犠牲を省みずに機導の力を扱う事を選ぶ私は、広義でエルフの敵足り得るかと。尤も、個人は別かもしれませんが。ジエルデ様、貴方はエルフとして聞くのですか? それとも個人として、異邦人として聞くのですか?」
「私は……」
ジエルデには開かせない立場がある。この聴取も越権行為に他ならない。答えられずにいるジエルデにイーリスは目を細め。
「そのくらいで良かろう。森都には、おぬし達が思う以上に面倒事も多いのじゃ。話せない事もあろうよ」
イーリスは苦笑を浮かべ、そっと手を差し出す。
「だとしても、ハンターを知ろうと思ってくれる同郷がいる事を嬉しく思う。今日は遠慮なく祭りを楽しんで行ってくれ」
ジエルデは目を伏せ、小さく頷くとその手を握り返した。
「うん、うん。やっぱりこういうのはいいね。やっぱり笑顔か。笑顔だよな。何はなくとも、一番に」
ノートを片手にしきりに頷く留内陽平(ka0291)。アティ(ka2729)も便乗し、ジエルデに握手を求めた。
「私はアティ。よろしくね」
日が暮れると何となくハンター達は集まり、宴会が始まった。露天で買い込んだお菓子や雑貨を並べ、楽しげに飲み交わしている。
「イェルバートさん、大丈夫ですか?」
「張り切って飲み過ぎてしまったようね……ウフフ」
倒れたイェルバートに膝枕をするフェリア。メリエが顔を仰いでいると、渚が露天で分けてもらった氷を持ってくる。
「アルコール度数七十以上の酒なんて誰が飲ませたんだ、全く」
「……多分あのユニオンリーダーだと思うが、困ったもんだよ」
額に手を当て呟くザレム。メリエは渚から受け取った氷をイェルバートの額に乗せ苦笑する。
「あ、何か始まるみたいですよ?」
店を終えて戻ってきたUiscaとタングラムが何かを話す様子をカグラとシュネーは並んで眺めていた。その時、足元で物音が一つ。
「うん? 兄さん、足元に何か……ひゃっ!?」
テーブルの下に収まっていたマリエッタと目が合うと、両者共に仰け反りシュネーは椅子から転落、マリエッタは机に頭をぶつける。
「……何をしているんですか?」
二人共助け起こすカグラ。マリエッタは涙目になりつつ、おずおずとクッキーの袋を差し出した。
「分けてくれるのですか?」
こくりと頷くマリエッタ。シュネーはお尻を抑えながらカグラの後ろに回る。
「お礼くらい言ったらどうです? そうですね……君は普段食べない分、ここで食べておきなさい。少し料理を貰ってきますから、待っていてください」
「え!? に、兄さん!?」
すっと立ち去る兄を震えながら見送るシュネー。その隣にちょこんと座ったマリエッタが差し出すクッキーを受け取り、ぎこちなく笑った。
「あ……ありがとうございます」
そんな妹の様子を遠巻きに眺め、笑みを浮かべるカグラ。歩く彼の後ろの席ではナハティガルが酒瓶を傾けている。
「ついこの間まで、あちこちで大きな戦いがあったの。やっと一区切りだから、皆羽目を外しすぎてるみたいね」
その隣ではアティと話すジエルデの姿もある。喧騒の中心に行くのは拒んだが、遠巻きに飲みに参加はしてくれたのだ。
「万霊の 実りを祝う 人々の 笑顔が照らす 国の行く末……と」
「何ですか、それは?」
「詩だよ。なんでも詩にするのが俺の性分なんだ」
「まるでエルフのようですね?」
陽平の趣味はかなりエルフ的だ。意外なのか、ジエルデの食付きがいい。
「剣機騒動の自分が参加した作戦は、戦場を鼓舞するための支援でしたから……危険はそれ程感じませんでしたね。音楽の力を戦いに利用するという動きがあるんですよ」
「音楽を……ですか!?」
「歌は人の心を一つにしますから」
言いながら静架はリュートを取り出す。陽平も一緒に立ち上がり、二人は宴会の中心へ向かう。
「何かやるみたいだよ、シヴァ」
アルファスが配っているクッキーを手渡し隣に座る現。皆に見えないようテーブルの下で手を繋ぐとShevaは顔を赤らめ笑みを浮かべる。
「はいはーい! 只今より、何でもありの特別ステージを開催しまーす! 歌でも楽器でもダンスでもなんでもいいので、皆盛り上がってねー!」
歌舞伎衣装のままタングラムの手を取り中央に立つ舞。タングラムは苦笑を浮かべ、借り物のギターケースを開く。
静架とタングラムが楽器を奏で、舞がステージの上で踊る。Uiscaと陽平が乗せる歌声に皆が手拍子すれば、あまりにもちぐはぐな、けれど賑やかで温かい即興のメロディが響きだす。
「ひゅーひゅー! 中々いい曲くま!」
仮装の中でもひときわ異質なしろくまが声を上げる。そのまま隣に立つエヴァに手を差し伸べる。
「一曲いかがくま?」
満面の笑みを浮かべしろくまに抱きつくと、二人は手を繋ぎ踊りだす。エヴァは皆も一緒に踊ろうよと声をかけるように両腕を広げた。
「いいねー、わくわくしてきた! お兄さんもクッキー配るのはその辺にして、一緒に踊ろうよ!」
「え? いえ、僕は……あ、ちょっと!」
アーシュラに手を取られ前に出るアルファス。満面の笑顔でくるりと回ったアーシュラに苦笑を浮かべ、カボチャ頭の魔法使いはその手を取る。
「昂ぶる……昂って来やがったぜぇッ!」
上着を脱いで咆える群青に溜息をこぼすイーリス。ジエルデはそれを遠巻きに眺めていた。アナスタシアはその様子に目を細め。
「人は矛盾の生き物。様々な側面があります。穢れを認めないのか、穢れを認め、その後払うのかが分かれるように」
「なんかこういうの見てるとさ、種族とか世界とか性別なんて気にするのが馬鹿らしくなってくるよな」
グラスを傾けるジエルデの隣に腰を下ろした灯心はぽつりぽつりと語り出す。
「俺さ、母親がエルフなんだよ。親父が多分人間だけど。人種間での諍いとか偏見も多少あるだろうけど、俺的には皆仲良くして欲しいよな。母さんからは、エルフの話とか聞いてないんだ。良かったら、教えて……って、あんた大丈夫か?」
ふと目を向けるとジエルデの顔色は真っ青だった。グラスを手にしていた手が小刻みに震え、注がれたワインが波を作っている。
「いえ、すみません……大丈夫です」
突然立ち上がると俯いたままジエルデは立ち去っていく。異様な様子にナハティガルとユリアンは顔を見合わせ。
「心配だな。女性の事だから、無遠慮に様子を見に行くわけにもいかないけど」
「俺、何か気に障る事言ったかな?」
困惑した様子の灯心に目を瞑りナハティガルは首を横に振る。
「……ワケアリ、ってこったろうな。まァ、当然と言えば当然か」
紫煙を吐き出し呟く。ハンターに囲まれ楽しげに笑うタングラムと、人目を避けるように賑やかさから遠ざかった場所で俯くジエルデ。
二人の因縁が交わる時はまだ遠く。祭りは沢山の傷も痛みも想い出もないまぜに、楽しさの中へ溶かしていく。
ピースホライズンに鳴り響く音楽と人々の笑い声は、まだしばらく止みそうにもなかった。
「剣機騒ぎ、僕も戦闘に参加したけど……やっとひと段落、かな」
帝国からの支援物資を運び込む依頼に参加したハンター達も残る仕事は町に荷を下ろすのみ。イェルバート(ka1772)は木箱を運びながら町並みを眺める。
人種も国境もこの町には関係ない。賑やかな雰囲気に笑みを浮かべ、次の荷物を受け取ろうと歩く彼の視界に大急ぎで荷物を運ぶザレム・アズール(ka0878)が見えた。
「はりきっているね。残りの荷物も僅かだし、休み休みやってもいいんじゃないかな?」
「いや……陛下や帝国の皆の苦労はこんなもんじゃない。俺ももっとお役に立たないと」
汗を拭うザレムの様子にイェルバートは苦笑を浮かべる。手を貸すよと言う言葉を受け入れ、二人は協力して荷物を整理する。
一方Uisca Amhran(ka0754)は帝国から譲り受けたスペースで出店を行う準備に勤しんでいた。自らが運営するギルド、「巫女の集い“B.Grossa”」の活動の一環としてここで巫女に関連した商品を販売するのだ。
「みんなにクリムゾンウェストの巫女のことを知ってもらおう……きゃっ!」
設営中、荷運びをするUiscaが躓くと、その体を灯心(ka2935)が支える。おかげで大事な物を落とさずに済んだ。
「あ、ありがとうございます」
「出店の準備? なんだこれ……随分大きいね?」
「これは大霊堂をイメージしたもので、白竜像は決して欠かせないものなんです!」
像を二人でセットすると、Uiscaはその場でくるりと回って見せる。巫女衣装も相まって、確かに神秘的な雰囲気だ。
「これあんた一人で全部準備するつもりなのか? 大変だろ、手伝ってやるよ」
「えっ? ですが……」
「こういうのは、男に任せときゃいいんだって。あんたにはそっちのぬいぐるみを並べてる方が似合ってるよ」
笑顔で設営を手伝う灯心。Uiscaは白竜のぬいぐるみを抱き、はにかむようにして笑った。
メリエ・フリョーシカ(ka1991)は手持無沙汰に人の流れを見ていた。木箱の上に腰かけ、右手でペンをくるりと回す。
膝の上に広げた家族への手紙にはきっと今年は来られないだろうと思っていた万霊節に参加する事になった近況を記したが、もう書き終わり今はどうこの祭りに参加したものかと考えていた。
ハンターになり、剣機との戦いを経て訪れた祭りは去年までとは少し違って見える。平和な営みに目を細めると、そこへ腕を組んだフェリア(ka2870)が歩いてくる。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ……こんな賑やかなお祭りですから、ヴィルヘルミナ陛下がお忍びで来ているのではないかと思ったのですが」
「さ、流石にこのタイミングで陛下はいらっしゃらないのでは……って、私見事に陛下とすれ違っているような……」
がくりと肩を落とすメリエにフェリアは目を丸くし、ふっと笑って歩み寄る。
「フェリア=シュベールト=アウレオス。よろしく」
「メリエ・フリョーシカです」
笑顔で差しのべられたフェリアの手を握り締める。そこへ荷運びを終えたイェルバートとザレムが歩いてくる。
「あっ、ごめんなさい……まだ作業している人がいたのに休んでしまって」
「いいんだよ。メリエはまだ怪我が治っていないんだよね? さっき兵士の人と話してるの、聞いたから」
首を横に振るイェルバート。一方ザレムは落ち着かない様子で何かを考え込んでいた。
「俺達はこんなところにいていいんだろうか……」
「うん? どういう意味ですか?」
「さっきからずっとこんな調子でね」
首を傾げるフェリアに苦笑を浮かべるイェルバート。ザレムは浮かない表情でため息を零した。
「楽しめというお言葉には恐縮するが……俺はもっと帝国の役に立ちたいんだ。この祭りの意義は理解している。社会不安の防止にも帝国の統治能力は揺らいでいないと示すためにも、いつも以上に祭を盛り上げるべきなのだと……しかし……」
「わからなくはないですけどね」
頷くメリエ。イェルバートはふと何かに気づいたように指をさし。
「でも、ユニオンリーダーのタングラムさんはもう飲んでるみたいだよ?」
「ぷはーっ! 働かずに飲む酒はうめぇのです!」
がくりと転びそうになるザレムとメリエ。酒瓶を片手に上機嫌にやってきたタングラムにザレムは駆け寄る。
「タングラム……帝国が大変な時にそれでいいのか!?」
悲しげなザレムの叫びにきょとんとしたタングラムにフェリアは横から状況を説明する。
「成程……しかしザレム、焦っても仕方がないのですよ。休む時に休み、戦う時に戦う。それも戦士に必要な条件です」
「思いがけず休むだけの依頼になっちゃいましたが、祭事は楽しむのが我々の慣わしです!」
「祭りの場でそう憂鬱な顔をしているのも、無粋というものではないかしら?」
メリエとフェリアの言葉にもザレムは浮かない表情だ。タングラムは小さく息を吐き。
「大切な事や辛い事は忘れたくても忘れられないのです。だからこそ、気持ちに節目は必要で、こういう祭りがあるのですよ」
「あの人はどうにも掴み所のない人だけど、無意味にこんな依頼は出さないと思うの。きっと、あなたのような人の為に声をかけたのではないかしら」
フェリアの言葉にはっとした様子のザレム。イェルバートはタングラムが持っていた酒瓶をひょいと奪い。
「僕、村じゃもう飲める歳だけど……あんまり飲んだことないんだよね。この機会に飲んでみようと思うんだけど、一緒にどうかな?」
「とりあえず食えるものは食えるだけ制覇! お父さん言ってます。『据え膳は食え』! さあ、行きましょう!」
「お、おい……!?」
ザレムの手を取り歩き出すイェルバートとフェリア。
「イェルバート、その酒かなり強いぞ! いきなり飲むもんじゃない! メリエ、そんなに食べきれるのか!?」
「賑やかですね」
どこからか新しい酒瓶を取り出したタングラム。差し出されたそれをフェリアはにこやかに受け取った。
「剣機って本当に訳わからないわよね……痛かったし、本当に迷惑」
「あれは存在そのものがイレギュラーですからね」
荷卸しを終えたカグラ・シュヴァルツ(ka0105)とシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は一仕事終えどうしたものかと一息ついていた。
「まだ本格的に祭りが始まったわけではないのに賑やかですね……どこに行くんですか?」
振り返らず腕だけ伸ばしてシュネーの首根っこを掴むカグラ。シュネーはずるずる引きずられ不満げに呟く。
「もう仕事は終わったし……自室が私を待っているの」
「いい機会です。君もこうした空気に慣れておくといいでしょう」
「私なんか気にしないでカグラ兄さんは楽しんできたらいいのに……」
「ここまで君を連れ出してきた労力を無為にしないで頂ければそれだけで十分です。それと人の意思を尊重しているように見せかけて脱走の出汁に使おうというのは感心しませんね。今日は前を歩いてください」
「ま、前を歩くのだけは無理! ごめんなさい!」
小刻みに振動するシュネーを引きずって歩くカグラ。その視界に衣装を貸し出している天竜寺 舞(ka0377)が映る。
「はいはいいらっしゃーい! リアルブルー伝統芸能、歌舞伎衣装の貸し出しはいかがー!?」
既にばっちり衣装も隈取も済ませた舞はぱっと見誰なのかわからない。万霊節のピースホライズンにおいても珍しい歌舞伎衣装は大人気で、クリムゾンウェスト人が群がってちょっとすごいことになっていた。
「歌舞伎衣装ですか……似合いそうですね」
「だ、誰に? 私じゃないよね? 私の話ではないよね?」
「いっそ極限まで目立つ事で人見知りを克服し……」
「兄さん? なんの話をしてるの? 兄さん!?」
兄妹とすれ違い舞の衣装の前で足を止めたのはしろくま(ka1607)とエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)の二人組だ。しろくまは両手を合わせ派手な衣装に瞳を輝かせる。
「歌舞伎衣装? 珍しいくま! エヴァさんは知ってるくま?」
首を横に振るエヴァ。声を出す事ができない彼女は筆談で応じるが、しろくまは決して急かしたりする事はない。「とってもきれい!」と書き終わるまでにこやかに頷いていた。
「そうくまね! でもエヴァさんもとってもかわいいくまよ!」
エヴァは楽しそうに笑い、その場でくるりと回って見せる。天使の衣装に身を包んだエヴァにしろくまは拍手を送る。
「今や悪魔と化したこわいしろくまとセットで、私達はとってもお似合いくま!」
……? 悪魔……なのか?
しろくまは確かに悪魔っぽい角とか羽とか生えているのだが、それ以前に既にコスプレ状態……いや、言及はすまい。悪魔だ。これは悪魔なのだ。
「うん、どうしたくま? あの衣装を絵に描きたいくま? そうくまね、珍しいものだくまね。すいませーん、ちょっといいくまー?」
手を振り舞に声をかけるしろくま。人だかりの奥の方にくまがいる風景にぎょっとした舞だが、直ぐに話を聞く為に近づいて行った。
「シヴァの仮装……早く来ないかな……」
貸衣装場では様々な衣装のレンタルと着替えの為の脱衣所が設置されている。その近くに一条 現(ka3072)は落ち着かない様子で立っていた。自らは速攻で狼男風の衣装に着替え、Sheva(ka3070)の着替えを待っているのだ。
「あ、あの……うつつさん……」
「シヴァ! かわいいよ!」
「え……まだ、出てません、けど……」
Shevaは脱衣所のカーテンの隙間から顔を出しているだけだった。現は競歩で接近する。
「いやもうかわいいのは知ってるからいいんだけど、どうしたんだ?」
「えっ? え? え、あ、あの……やっぱりこんなの、着れ、ませ……っ」
じわじわと涙目になるShevaに現は真顔で親指を立てる。
「泣きそうなシヴァもかわいいよ」
「え? え、あの……っ」
「大丈夫だよ、間違いなく似合ってるから!」
「え、あの、えと、ちょ……だ、だめ……ああっ」
既に着替え自体は終わっていたShevaがカーテンから解き放たれると、現がお願いした魔女装束で姿を現す。
「知ってた」
「えっ?」
「かわいいのは知ってた」
「えっ? えっ?」
爽やかな笑顔で親指を立てる現。すかさず咳払いを一つ。
「シヴァ、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうよ?」
「あ……はいっ」
Shevaが笑顔でお菓子を取り出した瞬間現の表情は真顔になり、やがて沈痛な面持ちで膝をついた。
「な、何か間違って……ご、ごめ……なさ……っ」
「何も間違ってないんだけど、何故今回に限って下調べばっちりなんだ……」
どちらかというと悪戯したかった。しかしこれも彼女が気持ちを込めて用意してくれたものだ。
「うん、ありがとね……。これは俺からね」
手作りのお菓子を差出し交換すると、少年は少女に手を差し伸べる。
「行こうか」
マリエッタ“タリーア”フリート(ka3279)は一人で喧騒の中を歩いていた。
舞の店にあやかって、完全武装の歌舞伎ではなくなんちゃって花魁風の衣装に仮装してみたのだが、いつものパラソルの代わりに広げた傘は結構様になっている。
そんなマリエッタが足を止めたのはUiscaの出店ブースだ。Uiscaの歌声が響き、ちょっとした人だかりが出来ている。その巫女装束や派手な出店にも目を惹かれたが、しかし真のお目当ては並んだ白竜のぬいぐるみである。
「いらっしゃいませ♪B.Grossaへ、ようこそ! 何か気になる商品がおありですか?」
突然声をかけられ思わずびくりとする。にこやかなUiscaが相手でも、マリエッタ的には緊張する場面だ。
「白竜サブレに白竜の託宣、様々な商品を取り揃えていますよ。ちなみにスマイルは0円です♪」
といってもUiscaはずっと笑顔なのだが。気になる可愛らしい白竜のぬいぐるみに手を出したいが、人だかりに押され、なかなか声もかけられない。
そんな時、マリエッタの横から伊勢 渚(ka2038)が手を伸ばし、ぬいぐるみを取るとマリエッタの手の上に載せる。
「巫女の白竜をモチーフにしているのか……こいつでよかったかな?」
マリエッタがぎょっとしたのは知らない男だからなのもあるが、渚が死神の仮装をしていたのが大きい。ドクロの顔が目の前にあったらそりゃ驚く。
「すまない。このぬいぐるみはいくらかな?」
支払いを終え、マリエッタは渚と共に人だかりを離脱する。ほっと胸をなでおろし、少女は男に小さく頭を下げた。
「ありがとう……なのね」
「礼には及ばないよ。どうせ一人でぶらついているだけだったからね」
うとうとした様子で目を擦るマリエッタ。彼女としてはいつも通りなのだが、渚はその様子に腰を落とし。
「疲れているのか? 向こうで早くも飲みつぶれた連中が休んでいるから、そこまで送るよ」
いつの間にか渚と一緒に移動する事になったマリエッタ。しばらく歩いているとまたマリエッタが足を止め、渚も振り返る。
そこにはアルファス(ka3312)の出店ブースがあった。カボチャを被ったアルファスがオーブンから取り出したのはクッキーで、焼きたての香ばしいにおいがしてくる。
「こんにちは。お一ついかがですか?」
「では、二人分もらおうか」
瞳を輝かせたマリエッタを横目に渚は頷く。手に入れたクッキーの袋を開け、マリエッタは満足そうにちまちま齧りついている。
「上にちっちゃくカボチャが乗ってて、かわいい……」
「これがいいアクセントになってるね」
「喜んで頂けたのならよかった。そのクッキーは魔法のクッキーなんですよ」
首を傾げるマリエッタ。アルファスは小さく笑い。
「皆を笑顔にしてくれますようにって、カボチャの魔法使いが作ったクッキーです。お祭りは楽しめていますか?」
穏やかなアルファスの声にマリエッタが頷くのを見て渚も目を細め。
「オレが育ってきた場所ではこういう催しは無かったが……悪くはないな」
「お祭り、楽しい……。マリー、お祭り好きなのね。知らないものもたくさんで、楽しいのね」
マリエッタがようやくそう口を開くと、アルファスも渚も嬉しそうに笑う。
「しかし、こんな値段でいいのか?」
「はい。原価ぎりぎりですが、子供達や傷ついた人達に楽しい思い出を作って欲しいですから」
アルファスは腰を落とし、マリエッタに笑いかけ。
「お客さんが楽しんでくれたら、それが一番の報酬なんですよ」
次のクッキーを焼きに戻ったアルファスと別れ、二人は休憩スペースに向かった。道中で手に入れた色とりどりのお菓子やへんてこな雑貨を抱き、マリエッタはご満悦だ。
「それじゃあ、オレはここで……って、何をしてるんだい?」
マリエッタは机の下に収まってにこにこしていた。困惑する渚、そこへ遠くからザレムの声が聞こえてくる。
「飲み過ぎだイェルバート! 誰だこんな度数の酒を混ぜた奴は! おい、そこの奴、床で寝るんじゃない! 風邪を引くぞ!」
「……なんだか賑やかだな。まあ、この辺りなら安心だろう」
歩き去ろうとする渚のズボンをつまみ、マリエッタは顔を上げる。
「……ありがとうなのね」
男はふっと笑みを浮かべ、軽く手を振って歩き出す。子どもと別れ、取り出した煙草に火をつける。
「今日の一本も至高だな……」
小さなクッキーの袋を片手に酒盛りするユニオンリーダー達へ向かい、男は近づいていった。
「帝国と王国の間に位置する中立地帯、か。随分と賑やかな都市なんだな」
徐々に日も暮れ始めた頃、葉巻を燻らせながら人の流れを眺めていたナハティガル・ハーレイ(ka0023)が目を止めたのは、妙な人だかりだった。
「……なんだありゃあ?」
近づいていくと、どうやら一人のエルフを囲む集団である事がわかった。特になんの出店というわけでも無さそうだが、結構な賑やかさだ。
「悪ィな、ちょいといいか。こいつは何の集まりなんだ?」
声をかけられ振り返ったアーシュラ・クリオール(ka0226)は露天で買ってきた串焼きを飲み込み、唇をぺろりと舐める。
「あたしも今来たところだけど、なんかエルフハイムのエルフがハンターに取材してるみたいだよ」
エルフハイム側から興味を持たれるのが珍しいのか、取材に応じるハンターは意外と多い。
「この時期のリアルブルーの祭りは豊穣の喜びを祝う物と、農閑期に入り祖霊を慰める意味を持つ物があるんです。まぁ……出来たばかりの新酒の味見をしつつ騒ぎたいだけかも?」
「リアルブルーにも万霊節のような催しがあるのですね」
黒のナース服というかなり際どい仮装をした静架(ka0387)だが会話内容は真っ当でむしろ落ち着いた様子。ジエルデは神妙な面持ちで手帳と衣装を交互に見つめている。
「そうですね……ハンターには異世界出身者も多いのですね」
「はいはーい、あたしもリアルブルー出身だよー!」
手を振り近づいてくアーシュラ。纏うものをなくした串を咥えながら白い歯を見せ笑う。
「リアルブルーの話をするなら、ここに来るまでの事から話した方がいいよね!」
アーシュラはLH044の出身だ。そこでは大規模なヴォイドとの戦闘が繰り広げられ、脱出の際には多くの人が亡くなった。
「何とか脱出させるのに成功したのは良かったけど、一緒に来れなかった仲間達を思うとね。でも、彼等の分も生きなきゃ。そしてこの世界に興味もあれば、彼等がそうする様に力になれれば、と思ってる」
アーシュラはこう見えても元軍人。あの悲惨な戦場の真っ只中にいた一人だ。過去を想う横顔には、僅かな陰りが差す。
「不安ではないのですか? この世界に来て」
「うじうじしてても仕方ないしね。今の自分に出来る事を精一杯やるしかないかなって」
ふわりと髪をかきあげ笑うアーシュラ。そこへ唐突に男の野太い声が響いた。
「リアルブルーの話を聞きたいって? いいぜなんでも聞いてくれ。この鮫島群青、お天道様に誓って何一つ隠すことなく答えてやるぜ」
いつの間にか近くの木箱に片足を載せ、鮫島 群青(ka3095)が佇んでいた。
「異世界の祭には男の浪漫がこれでもかってくらい凝縮されてやがる。どこか懐かしい雰囲気を纏いながらも、漂う匂いは過去に嗅いだ経験がねぇ。その違和感が僅かな不安と大きな期待を運んでくる……高まらずにはいられねぇよ」
遠い目でそんな事を語りながら風に吹かれると、男は帽子を片手で抑えながらのしのし近づいてくる。
「この世界には浪漫が溢れていやがる。全く、このオレですら食いきれねえ程壮大なロマンがな。リアルブルーと勝手の違う所は確かにある。だが浪漫さえあればオレはどんな世界だろうと構いやしねえ」
「……はい?」
「果てなく広がる宇宙……そして大地。まだ見ぬ世界がオレを待っていやがるぜッ! ジエルデちゃん、このオレに目をつけるとは中々見所があるな。どうだい、一緒に酒でも飲みながらゆっくり話……ぐおふっ!?」
ジエルデの手をとった所で背後からイーリス・クルクベウ(ka0481)が蹴りを入れた。
「くぉら! 話が長すぎるわ、いい加減にせんか!」
「後がつかえているんです。ちょっと退いてください」
「もー、リアルブルーの人が皆変人だと思われたらどうするのよー! はいはい、こっちこっち!」
アナスタシア・B・ボードレール(ka0125)とアーシュラも一緒になって大男をずるずると引きずっていく。
「参ったぜ。まあオレ程の男ならば不特定多数の女の子に嫉妬される……それも当然の事か……いて、いててっ! 待て、武器はやめろ!」
腕を組んだ姿勢のまま去っていく男を見送り冷や汗を流すナハティガル。折角場所が開いたので前に失礼して。
「アンタもエルフハイムって事は――シャイネやユレイテルの知り合いか?」
「ええ。尤も、二人共維新派の中でも特に異端で知られていますが」
思わず口元に手をやるナハティガル。笑みを隠すように首を横に振り。
「いや、悪ィ。やっぱりあいつら異端扱いなのか、と思ってついな」
「だったら俺達も異端かな。彼らとは一緒に仕事をする事も多いからね」
柴犬のハナを抱えたユリアン(ka1664)は鮫の被り物の口から覗く笑顔で語りかける。
「そこはかとなく、狂気騒動の海産物連中を思い出すな」
「一応そういう狙いだけど、攻撃はしないでくれると助かるな」
苦笑するユリアン。柴犬を下ろすとジエルデに近づく。
「ハンターの仕事なんて何でも御座れ、ってな所でな。少し前にはこんな連中を狩り尽くしたし、男色ケンタウロスなんてイロモノもいれば、果ては選挙の手伝いまでしたもんだ」
「選挙の……では、先日のユレイテルの立候補にも?」
「ユレイテルさんもシャイネさんも、エルフハイムに新しい風を吹かせようとしているんだと思う。どういう縁かはわからないけど、俺もその風に導かれたのかな」
「風に、ですか?」
頷き、ユリアンは空に手を翳す。
「時々風に背を押されているように感じる時があるんだ。幻獣や知らない物を沢山見てみたくて、知りたくて、風に乗っていたら彼らに出会っていた。縁とはそういうものなのかもしれないな」
「故郷に興味を持ってくれる者がいる。喜ばしい事だと思わんか?」
戻ってきたイーリスが声をかける。ジエルデが答えあぐねていると、イーリスは腕を組み。
「森の中にいるだけではわからぬ事も多い。ハンターは森都で言われる程邪な存在ではないと、おぬしも直に接して理解したのではないか?」
「それは……」
「エルフ、ですか……誤解を招くことを恐れずに言うなら、私は貴方『達』の敵になります」
アナスタシアの言葉に肩を竦めるイーリス。アナスタシアは首を振り。
「目的のため、犠牲を省みずに機導の力を扱う事を選ぶ私は、広義でエルフの敵足り得るかと。尤も、個人は別かもしれませんが。ジエルデ様、貴方はエルフとして聞くのですか? それとも個人として、異邦人として聞くのですか?」
「私は……」
ジエルデには開かせない立場がある。この聴取も越権行為に他ならない。答えられずにいるジエルデにイーリスは目を細め。
「そのくらいで良かろう。森都には、おぬし達が思う以上に面倒事も多いのじゃ。話せない事もあろうよ」
イーリスは苦笑を浮かべ、そっと手を差し出す。
「だとしても、ハンターを知ろうと思ってくれる同郷がいる事を嬉しく思う。今日は遠慮なく祭りを楽しんで行ってくれ」
ジエルデは目を伏せ、小さく頷くとその手を握り返した。
「うん、うん。やっぱりこういうのはいいね。やっぱり笑顔か。笑顔だよな。何はなくとも、一番に」
ノートを片手にしきりに頷く留内陽平(ka0291)。アティ(ka2729)も便乗し、ジエルデに握手を求めた。
「私はアティ。よろしくね」
日が暮れると何となくハンター達は集まり、宴会が始まった。露天で買い込んだお菓子や雑貨を並べ、楽しげに飲み交わしている。
「イェルバートさん、大丈夫ですか?」
「張り切って飲み過ぎてしまったようね……ウフフ」
倒れたイェルバートに膝枕をするフェリア。メリエが顔を仰いでいると、渚が露天で分けてもらった氷を持ってくる。
「アルコール度数七十以上の酒なんて誰が飲ませたんだ、全く」
「……多分あのユニオンリーダーだと思うが、困ったもんだよ」
額に手を当て呟くザレム。メリエは渚から受け取った氷をイェルバートの額に乗せ苦笑する。
「あ、何か始まるみたいですよ?」
店を終えて戻ってきたUiscaとタングラムが何かを話す様子をカグラとシュネーは並んで眺めていた。その時、足元で物音が一つ。
「うん? 兄さん、足元に何か……ひゃっ!?」
テーブルの下に収まっていたマリエッタと目が合うと、両者共に仰け反りシュネーは椅子から転落、マリエッタは机に頭をぶつける。
「……何をしているんですか?」
二人共助け起こすカグラ。マリエッタは涙目になりつつ、おずおずとクッキーの袋を差し出した。
「分けてくれるのですか?」
こくりと頷くマリエッタ。シュネーはお尻を抑えながらカグラの後ろに回る。
「お礼くらい言ったらどうです? そうですね……君は普段食べない分、ここで食べておきなさい。少し料理を貰ってきますから、待っていてください」
「え!? に、兄さん!?」
すっと立ち去る兄を震えながら見送るシュネー。その隣にちょこんと座ったマリエッタが差し出すクッキーを受け取り、ぎこちなく笑った。
「あ……ありがとうございます」
そんな妹の様子を遠巻きに眺め、笑みを浮かべるカグラ。歩く彼の後ろの席ではナハティガルが酒瓶を傾けている。
「ついこの間まで、あちこちで大きな戦いがあったの。やっと一区切りだから、皆羽目を外しすぎてるみたいね」
その隣ではアティと話すジエルデの姿もある。喧騒の中心に行くのは拒んだが、遠巻きに飲みに参加はしてくれたのだ。
「万霊の 実りを祝う 人々の 笑顔が照らす 国の行く末……と」
「何ですか、それは?」
「詩だよ。なんでも詩にするのが俺の性分なんだ」
「まるでエルフのようですね?」
陽平の趣味はかなりエルフ的だ。意外なのか、ジエルデの食付きがいい。
「剣機騒動の自分が参加した作戦は、戦場を鼓舞するための支援でしたから……危険はそれ程感じませんでしたね。音楽の力を戦いに利用するという動きがあるんですよ」
「音楽を……ですか!?」
「歌は人の心を一つにしますから」
言いながら静架はリュートを取り出す。陽平も一緒に立ち上がり、二人は宴会の中心へ向かう。
「何かやるみたいだよ、シヴァ」
アルファスが配っているクッキーを手渡し隣に座る現。皆に見えないようテーブルの下で手を繋ぐとShevaは顔を赤らめ笑みを浮かべる。
「はいはーい! 只今より、何でもありの特別ステージを開催しまーす! 歌でも楽器でもダンスでもなんでもいいので、皆盛り上がってねー!」
歌舞伎衣装のままタングラムの手を取り中央に立つ舞。タングラムは苦笑を浮かべ、借り物のギターケースを開く。
静架とタングラムが楽器を奏で、舞がステージの上で踊る。Uiscaと陽平が乗せる歌声に皆が手拍子すれば、あまりにもちぐはぐな、けれど賑やかで温かい即興のメロディが響きだす。
「ひゅーひゅー! 中々いい曲くま!」
仮装の中でもひときわ異質なしろくまが声を上げる。そのまま隣に立つエヴァに手を差し伸べる。
「一曲いかがくま?」
満面の笑みを浮かべしろくまに抱きつくと、二人は手を繋ぎ踊りだす。エヴァは皆も一緒に踊ろうよと声をかけるように両腕を広げた。
「いいねー、わくわくしてきた! お兄さんもクッキー配るのはその辺にして、一緒に踊ろうよ!」
「え? いえ、僕は……あ、ちょっと!」
アーシュラに手を取られ前に出るアルファス。満面の笑顔でくるりと回ったアーシュラに苦笑を浮かべ、カボチャ頭の魔法使いはその手を取る。
「昂ぶる……昂って来やがったぜぇッ!」
上着を脱いで咆える群青に溜息をこぼすイーリス。ジエルデはそれを遠巻きに眺めていた。アナスタシアはその様子に目を細め。
「人は矛盾の生き物。様々な側面があります。穢れを認めないのか、穢れを認め、その後払うのかが分かれるように」
「なんかこういうの見てるとさ、種族とか世界とか性別なんて気にするのが馬鹿らしくなってくるよな」
グラスを傾けるジエルデの隣に腰を下ろした灯心はぽつりぽつりと語り出す。
「俺さ、母親がエルフなんだよ。親父が多分人間だけど。人種間での諍いとか偏見も多少あるだろうけど、俺的には皆仲良くして欲しいよな。母さんからは、エルフの話とか聞いてないんだ。良かったら、教えて……って、あんた大丈夫か?」
ふと目を向けるとジエルデの顔色は真っ青だった。グラスを手にしていた手が小刻みに震え、注がれたワインが波を作っている。
「いえ、すみません……大丈夫です」
突然立ち上がると俯いたままジエルデは立ち去っていく。異様な様子にナハティガルとユリアンは顔を見合わせ。
「心配だな。女性の事だから、無遠慮に様子を見に行くわけにもいかないけど」
「俺、何か気に障る事言ったかな?」
困惑した様子の灯心に目を瞑りナハティガルは首を横に振る。
「……ワケアリ、ってこったろうな。まァ、当然と言えば当然か」
紫煙を吐き出し呟く。ハンターに囲まれ楽しげに笑うタングラムと、人目を避けるように賑やかさから遠ざかった場所で俯くジエルデ。
二人の因縁が交わる時はまだ遠く。祭りは沢山の傷も痛みも想い出もないまぜに、楽しさの中へ溶かしていく。
ピースホライズンに鳴り響く音楽と人々の笑い声は、まだしばらく止みそうにもなかった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/12 23:40:02 |