ゲスト
(ka0000)
冬にぬくもりとチョコレートを
マスター:音無奏
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
息を吸うだけで喉が凍える。
冷えた空気は肺に届いても尚余韻を残していて、代わりに吐き出す息は刹那的な暖かさと、少しの湿り気を帯びている。
…………。
ハンターオフィスは寒い日でも相変わらず喧騒に満ちていた。
それは待ち合わせだったり、暇つぶしの雑談だったりしたが、その中で一組の兄弟がじゃれていた。
「……うう、寒い。後のご褒美がなかったらわざわざ外になんか出てない」
「うちの工房区よりはマシだと思うけどな、遥か南にあるリゼリオだぜ?」
「工房は場所選べば火ついてるじゃん……」
イオの側をうろつくのは、見た目15才ほどの少年だ。イオそっくりのふわふわした薄茶の癖っ毛に、紺色のハンチングキャップとファーのついたコートを身につけている。
元々は気が強いのだろう、寒さで潤んでこそいるが、イオを見上げる眼差しは強く、勝ち気な色を宿している。
「……帰りはマフラー買う、チョコも食べる」
…………。
山の麓では雪が積もる。
風はそれほど強くない、しかし過剰な冷たさはそれだけで通行人の息を止める。
音を吸われているのか、雪に埋もれる街は恐ろしく静かだ。道端には除けられた雪の山、その中に埋もれながらも明かりを灯す店のなんと誘惑的な事か。
『ホットチョコあります』
凍える街の中においては、人を引き寄せるに十分な言葉だった。
イオ達が工房を下ろす場所、名をシャリール地方と言う。
山岳・峡谷地帯であるその麓にはかつて要塞都市と言われた街があり、今回イオ達がお目当てにしているのがその街『ランドブール』である。
外から見れば、物々しい城壁が立ちはだかる厳粛な街だ。しかし二重の城壁を抜けて中へと入れば、旗と彫刻で彩られた、鮮やかな石造りの街が姿を現す。
「……工房は遠いから、そこで一泊するんだ。で、そこにカフェがあるんだけど、この季節になると大人気店に化けるんだよ」
いつものように好奇心旺盛なハンター達に捕まり、イオが説明する。
ランドブールはシャリール地方の玄関街である。
訪問客も多く、商談か観光か買い物か、目的は様々だがこの季節に来ると大抵寒さでめげる。
しかしそこは百戦錬磨な店主たち、街の随所には旅人を誘い込むための明かりが灯され、暖炉と毛布、そして温かい食事の商売(サービス)が行われる。
「うちが極寒の山岳地帯にあるから贔屓目に見える……というのは否定しない」
正直だ。
「でも正直カフェでぬくぬくしながら雪景色を眺めるのは悪くない」
更に正直だった。
お目当ての店は街の中央近く、広場に面した場所にある。
石造りの建物が多い中で、このカフェは珍しく木材造りを前面に出している。店に入った中央にカウンターがあり、後は窓際に沿ってテーブル席が用意されている。
二階にはテラスとソファ席が半分ずつ、半円型のソファは座高が少し低めで、埋もれるようにして座る事になるだろう。窓際からは離れていて、人目につきにくくゆっくりした時間を楽しむ事が出来る。
テラスは……雪が積もっていた、街を一望出来るロケーションで景色はいい、パラソル席も用意されていたがこの天気に座りたがる人間はそういない。
メジャーなホットチョコは牛乳を温めて作られる、刻んだチョコを入れ、かき混ぜて溶かせばひとまずは完成だ。
頼んだものは丸っこいマグカップに注がれて渡される、模様は兎やら猫やらアザラシやら、色合いによって違う動物の顔が描かれていた。
トッピングや工夫はそれぞれに頼む事が出来た、チョコレートをビターにしようか、それとも牛乳の代わりに赤ワインでも頼もうか。
体を温めるならブランデーやシナモンをお願いするのもいい、甘いものが好きならホイップクリームも見た目華やかだろう。
お約束のマシュマロとチョコスティックも当然のように用意されていた、注文すればそこそこの値段で瓶一つ分を渡される。
置いてあるのはホットチョコだけではない。ショーケースにはケーキもパンも完備している。
チョコレートが十分に甘いからだろう、置いてあるのはブレーンなものが多い。バターで香ばしく焼いたワッフル、甘さを控えめにしたチョコかバニラのスポンジケーキ。
甘さを恐れないなら当然クリームやジャムを頼む事が出来る、飲み物に専念したいならクラッカーとかもいいだろう。
頼めばサンドイッチ程度の軽食はある、しかし本格的に食べたいなら宿に行くべきかもしれない。
「日帰りは無理だよ、一度泊まっていく事を考えたほうがいい」
天候が悪いのもあるが……リゼリオとシャリール地方は同盟の中でもほぼ対極な立地にある。
北西部の山岳地帯を背に、端から端という訳ではないが、同盟領の2/3は軽く横断する事になる。
幸い、この街は要塞都市の名残で収容人数は大きい、宿を取るのに困る事はない。
軒先に下げられた三日月の紋章が宿屋の目印だ、紋章は役所によるチェックを受けた証明でもあり、安全も品質も街によって保証されている。
旅人を導くため、紋章と明かりはセットで配置される。雪を振り払い、扉を押し開ければ暖炉の明るさが目に飛び込んでくるだろう。
一泊なら規定料金に夕食と翌日の朝食込だ、パンとシチューは好きなだけ頼む事が出来るが、お酒やツマミは別料金となる。運良く暖炉の横を取れたらよし、そうじゃなければ夕食をわけてもらって早々に部屋へ退散する客も多い。
街が大きいからか、一人用から大部屋まで、部屋の数は十分なほどある。
部屋は冷えているだろうが、布団も枕も文句なしのふかふかだ。装備を外して潜り込めばその内十分な暖かさになる。
窓枠にはいくつか張り付いたままの雪の欠片、運が良ければ外で街灯が一斉に灯るところが見られるかもしれない。
温もりが眠気を誘うのか、或いは雪が音を吸い取るからか、この季節、この街の眠りは概ね早かった。
人のいない食堂では翌日の仕込みをする店主だけが静かに作業を続けている、頼めばワインくらいは出してくれるだろう。
「先生たち、行きたいのか? 割りと怖いもの見たさだと思うぞ? すっごい寒いからな」
「……イオ兄ぃ、早くいこぉ」
冷えた空気は肺に届いても尚余韻を残していて、代わりに吐き出す息は刹那的な暖かさと、少しの湿り気を帯びている。
…………。
ハンターオフィスは寒い日でも相変わらず喧騒に満ちていた。
それは待ち合わせだったり、暇つぶしの雑談だったりしたが、その中で一組の兄弟がじゃれていた。
「……うう、寒い。後のご褒美がなかったらわざわざ外になんか出てない」
「うちの工房区よりはマシだと思うけどな、遥か南にあるリゼリオだぜ?」
「工房は場所選べば火ついてるじゃん……」
イオの側をうろつくのは、見た目15才ほどの少年だ。イオそっくりのふわふわした薄茶の癖っ毛に、紺色のハンチングキャップとファーのついたコートを身につけている。
元々は気が強いのだろう、寒さで潤んでこそいるが、イオを見上げる眼差しは強く、勝ち気な色を宿している。
「……帰りはマフラー買う、チョコも食べる」
…………。
山の麓では雪が積もる。
風はそれほど強くない、しかし過剰な冷たさはそれだけで通行人の息を止める。
音を吸われているのか、雪に埋もれる街は恐ろしく静かだ。道端には除けられた雪の山、その中に埋もれながらも明かりを灯す店のなんと誘惑的な事か。
『ホットチョコあります』
凍える街の中においては、人を引き寄せるに十分な言葉だった。
イオ達が工房を下ろす場所、名をシャリール地方と言う。
山岳・峡谷地帯であるその麓にはかつて要塞都市と言われた街があり、今回イオ達がお目当てにしているのがその街『ランドブール』である。
外から見れば、物々しい城壁が立ちはだかる厳粛な街だ。しかし二重の城壁を抜けて中へと入れば、旗と彫刻で彩られた、鮮やかな石造りの街が姿を現す。
「……工房は遠いから、そこで一泊するんだ。で、そこにカフェがあるんだけど、この季節になると大人気店に化けるんだよ」
いつものように好奇心旺盛なハンター達に捕まり、イオが説明する。
ランドブールはシャリール地方の玄関街である。
訪問客も多く、商談か観光か買い物か、目的は様々だがこの季節に来ると大抵寒さでめげる。
しかしそこは百戦錬磨な店主たち、街の随所には旅人を誘い込むための明かりが灯され、暖炉と毛布、そして温かい食事の商売(サービス)が行われる。
「うちが極寒の山岳地帯にあるから贔屓目に見える……というのは否定しない」
正直だ。
「でも正直カフェでぬくぬくしながら雪景色を眺めるのは悪くない」
更に正直だった。
お目当ての店は街の中央近く、広場に面した場所にある。
石造りの建物が多い中で、このカフェは珍しく木材造りを前面に出している。店に入った中央にカウンターがあり、後は窓際に沿ってテーブル席が用意されている。
二階にはテラスとソファ席が半分ずつ、半円型のソファは座高が少し低めで、埋もれるようにして座る事になるだろう。窓際からは離れていて、人目につきにくくゆっくりした時間を楽しむ事が出来る。
テラスは……雪が積もっていた、街を一望出来るロケーションで景色はいい、パラソル席も用意されていたがこの天気に座りたがる人間はそういない。
メジャーなホットチョコは牛乳を温めて作られる、刻んだチョコを入れ、かき混ぜて溶かせばひとまずは完成だ。
頼んだものは丸っこいマグカップに注がれて渡される、模様は兎やら猫やらアザラシやら、色合いによって違う動物の顔が描かれていた。
トッピングや工夫はそれぞれに頼む事が出来た、チョコレートをビターにしようか、それとも牛乳の代わりに赤ワインでも頼もうか。
体を温めるならブランデーやシナモンをお願いするのもいい、甘いものが好きならホイップクリームも見た目華やかだろう。
お約束のマシュマロとチョコスティックも当然のように用意されていた、注文すればそこそこの値段で瓶一つ分を渡される。
置いてあるのはホットチョコだけではない。ショーケースにはケーキもパンも完備している。
チョコレートが十分に甘いからだろう、置いてあるのはブレーンなものが多い。バターで香ばしく焼いたワッフル、甘さを控えめにしたチョコかバニラのスポンジケーキ。
甘さを恐れないなら当然クリームやジャムを頼む事が出来る、飲み物に専念したいならクラッカーとかもいいだろう。
頼めばサンドイッチ程度の軽食はある、しかし本格的に食べたいなら宿に行くべきかもしれない。
「日帰りは無理だよ、一度泊まっていく事を考えたほうがいい」
天候が悪いのもあるが……リゼリオとシャリール地方は同盟の中でもほぼ対極な立地にある。
北西部の山岳地帯を背に、端から端という訳ではないが、同盟領の2/3は軽く横断する事になる。
幸い、この街は要塞都市の名残で収容人数は大きい、宿を取るのに困る事はない。
軒先に下げられた三日月の紋章が宿屋の目印だ、紋章は役所によるチェックを受けた証明でもあり、安全も品質も街によって保証されている。
旅人を導くため、紋章と明かりはセットで配置される。雪を振り払い、扉を押し開ければ暖炉の明るさが目に飛び込んでくるだろう。
一泊なら規定料金に夕食と翌日の朝食込だ、パンとシチューは好きなだけ頼む事が出来るが、お酒やツマミは別料金となる。運良く暖炉の横を取れたらよし、そうじゃなければ夕食をわけてもらって早々に部屋へ退散する客も多い。
街が大きいからか、一人用から大部屋まで、部屋の数は十分なほどある。
部屋は冷えているだろうが、布団も枕も文句なしのふかふかだ。装備を外して潜り込めばその内十分な暖かさになる。
窓枠にはいくつか張り付いたままの雪の欠片、運が良ければ外で街灯が一斉に灯るところが見られるかもしれない。
温もりが眠気を誘うのか、或いは雪が音を吸い取るからか、この季節、この街の眠りは概ね早かった。
人のいない食堂では翌日の仕込みをする店主だけが静かに作業を続けている、頼めばワインくらいは出してくれるだろう。
「先生たち、行きたいのか? 割りと怖いもの見たさだと思うぞ? すっごい寒いからな」
「……イオ兄ぃ、早くいこぉ」
リプレイ本文
冷たい空気が街を覆う。
立ち並ぶ軒先はいずれも雪を被っていて、石畳の隙間には薄雪が張り付いたまま残っている。
雪でデコレーションされた町並みは冷たさと同じくらい沁み渡る美しさを見せる、普通に歩いていたはずだが、リラ(ka5679)は気がつけば景色を眺めてくるりと回っていた。
「おお……これは凄いですね」
「前を見ないと危ないぞ」
リラの少し後ろをカイ(ka3770)が歩く、事前に下調べしていた店の方を示し、少し苦笑まじりに口を開く。今日はリラのための特別な日だ、何故ならば。
「一年半もかかった約束だが、今日こそ果たさないとな」
リラを連れて街案内するという約束、主張しておくと、カイの方は断じて忘れていた訳ではない。
ただ、リラの方はもう忘れていると思っていて、ならいいかと積極的に触れようとしなかっただけだ。
そんな事を口にすれば、当然のように抗議の口ぶりを受ける。
「えぇ……? ちゃんと覚えていましたよ?」
唇を尖らせながらもリラの視線は店に置かれた冬物の数々へと向かう。
冬の空を思わせる青灰の手袋にしようか、それとも雪の模様をあしらった黒のマフラーにしようか。自らの髪色にはどっちも合いそうで、お代は自分を待たせたカイにねだっても許されるだろう。
リラが目移りしているこの店もカイの紹介で、よくこんな店知ってますねと尋ねるものの、下調べした事を告げる気のないカイにはぐらされてしまう。
「もう……」
意地悪している訳ではないが、リラにはそう受け取られてしまうだろう。
どうしたものかなーと一瞬だけ考えて、カイは密かに用意していた贈り物を出して、後ろからリラの耳に当てた。
「ひゃい?!」
贈り物が落ちないように支えながら、カイはすぐ近くにある鏡を示す。リラの髪より少し淡いくらいの、桜色の耳あてだ。これは? と問いかける視線に、贈り物、とカイは短く告げる。
ハンターである以上、遭遇する事は楽しい事ばかりではない、それでもリラには全てを楽しんで、微笑んでいて欲しい。
「それは……えと……あの」
「女の子は笑ってる時が一番魅力的だからな」
悪びれもせずにカイが言う、ついに返事に困ったリラは赤くなって、黙り込んで、顔色を伺うように見上げると、また連れてきてくださいねとだけ口にした。
+
特別なチョコレートってなんだろう。
気持ちなんて見えるはずもないし、形で表現するなんて思いつかない。
どういうものなら胸を張って家族に贈れるだろうか、そうクレール・ディンセルフ(ka0586)は思い悩む。
答えは出ない、でもヒントは聞こえてきた、だからこの街に足を運んだのだ。
……街は雪に埋もれ、ひんやりとした空気は足元から潜り込んでくる。
寒い、とてつもなく寒かった。
「あわ、あわわわ……」
足はガクガク震えていたし、腕は今にでも攣るんじゃないかと思えたが、とりあえず体はまだ動くので、看板を頼りに慌てて宿に駆け込んだ。
暖炉に避難して食事を頼む、旅人の醜態を気にした様子もなく、店主は気のいい感じでシチューを出してくれた。優しい香りが食欲をそそる、口にすれば冬の街らしく熱々で、夢中になりながらホットチョコの事を尋ねれば、ミルクはあるけどチョコは外まで行く必要があるのだという。
もう一度あの外に踏み出さなければいけない、正直嫌な予感しかしなかったが、クレールは覚悟を決めて―――とりあえずシチューを山ほど頂いておく事にした。
大丈夫、寒くない。いつシチューの効果が切れるかわからなかったが、とりあえずカフェに駆け込むくらいはなんとかなりそうだった。
予想外の寒さだった、家は大丈夫だろうかと思いを馳せて、家族一病弱だった自分が大丈夫なら大丈夫だろうと、願いにも似た希望をこめる。
家族を想う気持ちがある、そして、先程の宿でも思えば随分と親切にしてもらった。
気にかけてくれる気持ちが何よりも暖かい、伝わるかどうかわからないけど、気持ちを込めて、チョコレートと共に伝えようと思う。
そして家でもホットチョコを作ろうと決めた、彼らが心配なら、自分が気にかけてやればいいのだから。
+
雪が積もるカフェを見上げる。
キンキンに冷えた天気に、これまた良さげな店構え。よし、と一つ頷いて――デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)はカフェの扉をくぐった。
カウンターまで足を運ぶ、メニューに隅々まで目を運び、最初から決めていたスーパービターのホットチョコを頼む。アクセントには黒胡椒とブラックウォッカを、マグカップのリクエストはございますか――と問いかけられたところで、デスドクロは期待の視線をもって店員を見つめた。
「……」
「……」
任せる、という意思は伝わったらしい。熊? それとも狼? 無言で視線を注ぎ続けると、店員は焦った様子で狼をチョイスした、惜しい、犬が良かったのだ。
ホットチョコを片手に、デスドクロは当然と言わんばかりの顔で二階のパラソル席へと向かう。
扉を開ければ徹底的に冷えた寒風が顔に吹き付ける、いい冬だ、そう思うが同じ二階のソファ席にはいたいけな子供がいたので、風邪を引かせないように早めに扉を閉めた。
…………。
誰かがパラソル席の扉を開けたらしい、ちょっとした冷気がファリス(ka2853)の元まで吹き込んで来て、すぐに止まった。
誰かいたのならご挨拶したかったな、と少し残念に思う、今日は連れ立ったハンター達が多い、でも自分だってウサギのぬいぐるみ《イリーナ》を連れてきている、断じて一人ではない。
「……イリーナもファリスと一緒にここで雪景色を楽しむの!」
体重をかければ、ふかふかのソファ席に体がもふーと沈んだ。とても座り心地がいい、程よく雪景色が見えるのも高ポイントだ。
「……外は寒いけど、ここは暖かなの。それにここのホットチョコは格別に美味しいの」
兎のマグカップを気に入った様子で撫でる、ホイップたっぷりのホットチョコは、特別な味だった。
+
言葉少なく、レジに並ぶ。
気遣う気配が一つあり、その隣に空虚な存在感が佇む。
「あ、えと……ホットチョコを」
ルナ・レンフィールド(ka1565)が伺うように隣を見上げる。
「…………ビターチョコの同じものを、ホイップとワッフルもセットで」
自分を見失っていても、ユリアン(ka1664)の注文は旅の知識で流暢に出て来る。好きなもの頼んでいいんだよ、と促されて、逆に気遣われたルナは焦った様子で「オススメでお願いしますっ」と口にした。
支払いはユリアンが行った。ルナは当然の如く自分で払おうとしたが、ユリアンの口ぶりと、ケーキを奢るっていう約束だから、と言われて何も言えなくなった。
やり取りから、ユリアンが引き下がらないと察したのが大きいか。
どこを見ているかもわからないのに、意外なほどに推しが強い。
いや、我が強いとでも言うべきか、強い意志を持っていたからこそ、反動を受けてこうなっているのだろう。
テーブルを挟んで、二人でソファ席に座る。
相変わらず言葉は少なかったが、先程よりは少し優しい空気になった気がした。
チョコレートの香りが二人の間を満たす、優しい味を口にして、お互いをいたわるように、ぽつぽつと会話を重ね始める。
咲かせたい花があるとユリアンが言う、また旅に? と尋ねられれば、そうかも、と曖昧に答えが返る。
少し歌えるようになったとルナが言う、彼が少し口元を綻ばせてくれたのを見て、ルナも心からの笑みを浮かべた。
「送っていくよ」
「……はい、お願いします」
優しい時間が終わってしまう、彼が抱える傷については、結局触れずじまいだった。
外に出ると、暖かくて柔らかい感触がルナの首を包む、ユリアンが自身のマフラーをかけてくれていた。
「少しずつ歌っているんだろ? 喉……大事にしないと」
素直に頷く、自分が傷ついていても、他人を気遣える人だと思った。嬉しくて、ちょっとだけ悲しかった。
灯りが雪の街を照らす、寒くて冷たいけれど、綺麗でもあって。ルナは少しずつ歩みを早め始めた。
心の中でメロディーを思い出す、演奏はないけれど、アカペラで数秒の歌を口にした。
動悸が強い、でもちゃんと歌えたように思える、少しの不安はあったけれど、はにかんだ笑顔で振り向いて、ユリアンに向かって手を振った。
この勇気は貴方に信じてもらって持てたもの、それを誰よりも貴方に聞かせたかった。
再び二人で並んで歩く、言葉がなくぎこちない時間だったが、決して居心地の悪いものではなかった。
「……ごめん」
それだけをユリアンが呟く。それ以上は何も言えない、貴女に心の内を明かす事も、心を決める先を告げる事も出来ない。
「でも、有難う」
よく似合っている、と口にした。驚きとともに恥じらうルナの耳元で、イヤリングが揺れた。
おやすみ、良い夢を。
+
―――寒くない?
―――寒いに決まってるじゃない。
そんなやり取りを重ねて、ウェグロディ(ka5723)はアマリリス(ka5726)の体を抱き込む。
アマリリスが視線を向ければ、姉である自分より高くなった身長に、たくましくなった腕。かつては弱くて頼りなくて、自分が守ってやらねばと思った事があった。それが今だと遠い過去に過ぎ去っていて、大きくなったものね……と、アマリリスは一人感慨深く息を吐く。
「バレンタインには何もあげてなかったわね」
思い出したように言葉を向ける、昨年知ったばかりの行事だ、未だなじまず、周囲を見てようやく気づくくらいか。
「チョコレートを扱うカフェがあるらしいの」
行きましょう? という姉の誘いに、ウェグロディが頷かないはずもなかった。
光灯る夜景を見つめて、二人の時間をしっとりと楽しむ。
思い浮かんだ言葉はいくつもあるけど、実際に口にしたものは少ない。沈黙を破るのが惜しかったし、視線だけで事足りる部分もあった。
「ねぇ、ロディ……」
それでも聞きたい事がある、口づけするのかと思うほど近くに顔を寄せて、アマリリスが問いを口にする。
「私が姉で良かった?」
答えを求めるように瞳が覗き込んできたが、沈黙が壊れるのと同時に、ふいとそらされた。
交差する驚きと後悔、今ここで答えを聞きたくはなかった。
「……冷えてしまうわ、宿に行きましょう?」
ウェグロディの反応を待たずに、アマリリスが身を翻す。
「あ」
姉の後ろを慌てて追う、何故答えを待ってくれないのかと苦笑して、何当たり前の事を聞いてるのだと一人ごちた。
他の人なんて考えたこともないのに。
一人で外に出るから、リリスの体はきっと冷えてしまっているだろう。
宿についたら、その手を取って暖めよう。自分の気持ちを伝えて、護る事を誓おう。
「リリスで良かったんじゃなくて、リリスがいいのに」
+
「ま、眩しい……邪魔出来ない……」
道行くカップル達から少し離れた場所で、リツカ=R=ウラノス(ka3955)は地面に手をつけて落ち込んでいた。
「ちゃんと投げても痛くない雪玉を用意してあわよくばカップル達に投げつけてやろうと思ったのにオーラが神聖すぎて近づけない!!! ここはいつから聖輝節になったの!?!?」
のー、と嘆きの叫びを上げるリツカの隣で、ミコト=S=レグルス(ka3953)は早々に雪だるまづくりにシフトしていた。
「ルゥ君出来たー♪」
ちょっと大きめの雪玉を重ねて作った二頭身の雪だるま、頭にサンタ帽とか被せてみた雪国仕様だ。
ミコ作の雪だるまはこの場にいない男性陣をモチーフに作られている、なんとなしにそれを眺めていたら、同級生達の事が記憶によぎって、リツの思考に理不尽な怒りが湧いた。
―――カップルに雪玉ぶつけるとかお前バカじゃないの? ああ元からか。
「ちくしょーーー!」
リツの投げた雪玉がメガネをかけた雪だるまに直撃した。
「ミコっちは、まだ、あんな風に、なったりしないよね!」
わしゃわしゃわしゃ、リツが新しい雪玉を作る。
「恋人作ってオーラ撒き散らしてイチャイチャするってこと? うーん、まだピンとこないかな?」
わしゃわしゃわしゃ、戦いの気配を感じたのでミコも作る。
合図は必要ない、出来たら投げよう。心配しなくてもそんなにすぐ大人になったりしないのに、リツの投げた初撃は顔で受け止めた、けぷ。
+
人前で二人の時間を見せるような無粋はしない。
周りを顧みない子供だと思われたくないし、思わせたくない。
だから言動に甘さなんて見せたりしないけど、相手を大切に思う気持ちを、相手だけがわかるように指先にこめている。
セルゲン、と無雲(ka6677)が名前を呼ぶ。本当はもっと別の呼び方があるんだけれど、それを今口にしたりしない。
雪がついてるぞ、とセルゲン(ka6612)が世話焼きの視線を向ける、払うのは外套の雪だけでいい、冷えた体は、あとでゆっくり温めるから。
街を散策するハンター達の中では、恐らく最も接しやすい二人だっただろう。
あの二人なら! と雪合戦していた二人の女の子に唐突に指名されて、雪合戦の挑戦だと察した無雲は「やるのかい?」と笑いながら、雪の深い場所にのしのし踏み入って行く。
「カップルだ……カップルに違いない……」
「ふふ、どうだろうねぇ」
間違ってはいなかったが、気まぐれと悪戯心で無雲は疑念の視線をはぐらかす。受けたのは雪合戦の挑戦だ、ならば返すのは雪玉だけでいいだろう。
……暫くの間、思うようにはしゃいだ。
無雲が戻ってきた時にはまた雪まみれになっていて、もう行くか? というセルゲンの問いかけに、無雲は頷くと二人の女の子に手を振って別れを告げる。
カフェに立ち寄って、ホットチョコレートを頼んだ、ブランデー入りのそれを口にして体を温めながら、身繕いをしてくれるセルゲンを見つめて、無雲は「そろそろ部屋に戻りたいねぇ」と口にした。
部屋に戻るなら当然酒盛りは欠かせない。お酒は何がいいか、ツマミは何にしようか、仲睦まじく道行きを楽しみながら部屋へと戻る。
扉を閉め、窓際に戦利品を並べて、セルゲンの膝に腰掛けると、無雲のスイッチが切り替わった。
「ふふ……旦那様♪」
甘えた口ぶりで呼ぶ、我慢していた訳ではないけど、時にとてつもなく逸る事がある。
顔を寄せ、頬をすりつけて、言葉は多くなかったけど、ふれあいは何よりも雄弁に気持ちを伝えていた。
「あ、灯った」
街灯の事だ、綺麗、と外を見つめる無雲を見つめながら、そうだな、とセルゲンが言葉を重ねる。
二人の「綺麗」がちょっと違う気がして、あれ? と見上げてくる無雲の頭を、セルゲンの掌がなでる。
「そうだ、これを……」
セルゲンがチョコを出す、無雲から貰ったそれを、折角だからと持ち込んでいた。
「二人で食べたい」
そっかぁ、と無雲が笑う。旦那様のために用意したものだけれど、お願いされれば勿論吝かではない。
「食べさせて」
胸に体重をかけて、無雲がセルゲンの方を仰ぐ。いいよね? と微笑む新妻に、セルゲンは頷いて、二人のチョコを欠片に分けた。
+
魔導灯に照らされた街を歩く。
雪が灯りを散らして、建物を光の中に浸す。
綺麗、とリンカ・エルネージュ(ka1840)が呟いて。すげえな、とジャック・エルギン(ka1522)が相槌を打った。
二人で取り留めもなく街を歩いて回る、雪を被った景色は神秘的で、来てよかったな、とジャックが言葉を向けて、寒いんけどな、って付け足すと、リンカが「私も」と吹き出すように笑う。
いくらリンカが雪国出身でも人間の適応温度がそうそう変わるはずもない、強いて言うならジャックよりは雪道に慣れているくらいで、服の下に重い傷を隠すジャックを気遣って、いつでも支えられる範囲に距離を保っている。
彼を気遣う状況がちょっと新鮮だな、とリンカは思考を巡らせる、怪我は心配だが、きっと彼なりに頑張ったのだろう。
ふふ、と笑みが溢れる、どうしたんだ? と訝しむ彼に、ううん、と答えて、精一杯労ってあげようと心に決めた。
ジャックが言うには、彼の方は港町の出身らしい。
海風のせいか雪が降りづらい気候で、街が雪に覆われるなどそうそう目にかかる事もない。
「ここまで積もった雪は――っとあ!」
口にした横から、踏み固められた雪に滑ってジャックの体が傾いだ。は、と反応したリンカが慌てて体を割り込ませる。ジャックが余り踏ん張れないのが辛い、ぐぬぬ、と暫く体重と格闘して、覚醒しないとだめかも――と思った瞬間、支えきれずに倒れた。
ごすん、可愛げも救いもなく二人して地面に突っ込む。
「わりぃ、大丈夫か……?」
流石にしおらしくなって問いかけるジャックに、リンカはピースサインで応えた。
二人で大爆笑した後、雪を払って、暖炉のあるカフェを選んで入った。
なんか二人で大冒険した気がする、心地よい疲れを感じながら、頼んだホットチョコを置いて席に体を預ける。
薪が立てるぱちぱちとした音が心地いい、耳を傾けながら、リンカはいい時間だなぁ、と噛みしめる。
「有難う」
彼が言う、心から信頼している相棒だ、何を言いたいかは聞き返さなくてもわかった。
「うん、私も」
君がいてくれてよかった。
+
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)はイオ達のテーブルにお邪魔していた。
仕方がない、他に混ざれそうな場所がなかった、イオ達のところに来なかったら兎ぐるみを連れた女の子と二人でソファ席をゴロゴロする羽目になっていたかもしれない、それも良かったかもしれないが。
パティは持ち前の人懐っこさでルカにも寄っていったが、初対面のイオに比べるとルカの対応は随分と硬い。
「ムムー……ルカくんは人見知りカナ?」
冷たくされてもパティに余りめげる様子はない、違います、とぶっきらぼうに答えられるが、そこまで外れてはいない気がした。
「そういえば、余り同年代の女には慣れていないかもしれないな」
それに至るような事件や何かがあった訳ではないらしい、ただ、なんとなく親しくないだけ、少なくともイオはそう思っている。
ルカも? とパティが質問を向ければ、僕は違う、そういう答えが返った。
理由を聞いてもルカは答えてくれない、食い下がろうとしたら、そっぽを向いていた顔をようやく向けてくれた。不信に薄く覆われた、疑念の目だった。
「だって君、女だろ」
手酷い拒絶を受けた気がして、パティはむくーと膨れる。
そう、パティは女である、だがそれをどうしろというのか。
「それじゃあパティは納得デキナイんダヨー」
「どうとでも言え」
険悪というほどではない、お互いに懐かない子供レベルの言い合いだ。どうしたものかと手を焼きそうになってるイオをよそ目に、リツとミコがびしょ濡れになって戻ってきた。
「……よし、とりあえず全員で暖炉に移動」
多人数になれば、ルカも口を噤むだろう。
+
宿の部屋からテオバルト・グリム(ka1824)は外を眺める。
街は雪の衣を被り、灯りによって照らされながら、静かな空気にその身を横たえている。
綺麗だと思う、その思いを分かち合いたい人はいたけれど、その人は今この場にいなくて、心の中で彼女の名を静かに呼んだ。
一人が嫌いな訳じゃない、でも二人ならもっと良かった。熱々のチョコレートを渡して、それを冷ましながら口にする君の世話を焼けたらどれだけ良かっただろうか。
来年は彼女と来たいと思う、朝になったら雪だるまを作って、今年の旅の記念にしよう。
+
「さ、む、い」
人間寒すぎるとろくに言葉も出てこなくなるらしい、宿の暖炉にあたりながら、ジュード・エアハート(ka0410)は自らをくるむコートに力を込める。
恋人とともに雪の街を訪れたはいいが、余りの寒さに宿へ早々に逃げ込んでしまった。
幾らロングコートで隠そうが、ブーツを着込もうが、ジュードが着ているのは飾りたっぷりのミニワンピースである。寒い? わかってはいたが、デートするのに可愛くしない理由などなかった。
「ホットチョコ……」
カフェに行く前にダウンしてしまったから、当然ありつけてない。傍らの恋人を見上げる、目が潤んでいるのは寒さ故だが、今向けるのは卑怯だろうか。あのね、と一拍子置いて、照れくさそうにおねだりを口にした。
恋人のおねだりを聞かない理由などあろうか、エアルドフリス(ka1856)はカフェまで赴いて、二人分のホットチョコレートを持ち帰っていた。
一瞬だけ雪景色に視線を向けるが、帰路を急ぐ、のんびりするのは帰ってからの方がいい。
落ち着ける宿を選んだから、それほど人とは会っていない、食事を部屋に運んでもらうように頼んで、ジュードが待つだろう部屋に戻る。
部屋に戻れば、窓際でそわそわしていたジュードが足早に駆け寄ってきて胸に飛び込んできた。
帰ったばかりだから、少し雪がついてるかもしれない。そう口にするものの、平気、と短い答えしか返らなくて、エアは困ったように笑ってジュードの頬に触れる。
部屋の中にいたはずなのに、随分と冷えている。なぞるように頬を撫でて、温度を持つ掌から体温を分けた。
窓際にベッドのある部屋だ、縋り付く恋人はそのままに腰掛ける。窓は雪が張り付いていてほとんど見えていない、エアさんの故郷もこんな感じ? と尋ねられれば、いや、と首を横に振った。
「俺の故郷でもこんな雪景色は珍しいさ」
くいと服を引っ張る感触、それは催促のようにも、自己主張のようにも似て、エアは吹き出すように笑みを漏らす。
「いつか連れて行くよ。約束だからね」
「……うん」
黙ってばかりだったジュードがようやく顔を上げる、エアから十分体温を分けてもらったのか、顔は少し上気していて、綻ぶように笑っていた。
「そろそろ灯るぞ」
戻る前に、密かに魔導灯が灯る時間を聞いてあった。窓の外を示す。
曇り窓を灯りが照らす、安心する温もりにチョコレートの香りを混ぜて――二人の影は、静かに寄り添っていた。
+
窓際から外を見る、雪に埋もれる街があって、その中で営みを重ねていく人々がいる。
なんでもない景色だ、しかしそれでも観察の視線を送ってしまうのが久延毘 大二郎(ka1771)の学者としての性か。
人待ちの時間を退屈と思わなくて済むのは幸せな性分かもしれない、暗くなってきたな、と思ったあたりで八雲 奏(ka4074)がコップを二つ手に部屋に戻ってきた。
「毘古ちゃん、ミルク貰って来ましたよ」
「や、すまんな」
いいえ、と奏が柔らかな口ぶりを返す、冷めないうちにどうぞ、と口にして、ミルクにしては色の異なるそれを手渡した。
顔を近づければチョコレートの香りがする、口にしてもやっぱりそれで、“仕込み”に毘古が笑えば、奏もくすくすと微笑み返す。
この街らしい悪戯だ、この街らしいと言うのならば、毘古にも婚約者に見せたいものがあった。
「君もこっちに来るといい」
今なら面白いものが見れるかも、と毘古が言う。なんなのかは教えてくれなくて、暫し二人で無言のままに、窓の外を眺め続けた。
時計の針が回るのと同時に、窓の外で一斉に街灯が灯る。まだ色の淡い夜空の元で雪の街がライトアップされて、奏は思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
「綺麗……」
雪は灯りを散らすから、街が光の城のようになっている。毘古の方を振り向くと、やはり感嘆を噛み締めていた彼と、目があった。
こんなに綺麗なものを見せてくれて嬉しい、そう微笑んで奏は毘古に寄り添う。肩に指を伸ばして、ぐっと距離を近づける。
「そうだ。もう一度……ハッピーバレンタイン、です」
残っていたチョコを手に、軽く唇で咥えると――そっと彼の口に押し込んだ。
…………我ながら大胆な事をした、照れくさくて、唇を離した後も余韻を噛み締めながらはにかんで笑う。
「……あ……あ、その、なんだ……奏、ありがとう」
それに返事できるほど奏にも余裕がある訳じゃない、言葉の代わりに、毘古の膝をトントンと叩いた。
お礼はこれでいいですよ? と恥じらいながらのジェスチャー、毘古も笑みを漏らしてどうぞとばかりに手を広げる。
少し位置をずらして、奏が毘古の膝に頭を預ける、黒い髪が広がって、室内に心地いい沈黙が落ちた。
「私の方からするのは初めてだったな」
そうですね、と奏が応える。緩く微睡みが落ちる、それっきり二人の間に言葉はなかった。
+
……なぜこんな事になってるのだろうか、恋人に抱きつかれながらヴィルマ・ネーベル(ka2549)は現実逃避気味に思考を巡らせた。
恋人と共に雪の街を訪れて、ゆっくり楽しみたかったからホットチョコを水筒いっぱいに持ち帰りで頼んでいた。宿を取り、寒いからと部屋に引っ込んだ途端これだ。
「寒いー……死んじゃうー……」
腕でヴィルマを包みながら、ヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)がうわ言のように呟く。体格差がありすぎて正直苦しかったが、そんな事を言われたら無下に扱う事も出来なくて、少し緩めんか! とぺちぺち抗議するのが関の山だった。
「ヴィルマはぬくいねー……」
腕は緩めてくれたが、外套を脱ぐのもそこそこに、再び抱き上げられてベッドに腰掛けるヨルガの膝に載せられる。
毛布を羽織ったヨルガの腕がヴィルマを包む、寒くはなかったが、外套を脱いだ分肌の接触が近かった。
「な……」
これは違う、そう思考は告げていたが、恋する心は現金で、大好きな人の温もりに絆されそうになってしまう。
思考は告げるのだ、ヨルガが好きなのは自分の目だと、そんな事はわかっていたが、抱きしめてくれるのが自分なら、それに甘んじてしまおうとするくらい弱い心もあった。
気を紛らわせるかのようにホットチョコを口にする、甘い、しかし心の中は複雑で、その重しが味に苦いものを混ぜる。ふと視線を感じてヨルガの方を見れば、どうやらヨルガはホットチョコを一気飲みしてしまったようで、ヴィルマの分をじっと見ていた。
「む……」
欲しいのだろうか、ならば水筒にまだある。手を伸ばそうとしたらヨルガがそれを掴んだ、あれ? と思う間もなく、回り込んできた顔が唇を重ねてくる。
思考が停止した、甘い。甘さの後に唇を舐める舌の感触がして、ヴィルマの思考はチョコレート味と共にショートした。
「ごちそうさま」
「な……何を……っ」
なんで怒られてるんだろう、とヨルガは首を傾げた、そうかいきなりなのが悪かった。
顎に触れて、顔を近づける、今度は心の準備が出来るように、ゆっくりとした動きでもう一度口付けをした。
「……ん」
これなら喜んで貰えただろうか、自信たっぷりの笑みで口づけを離す。ヴィルマの顔を覗き込んだら信じられないものを見るかのような視線を向けられて、恥じらいと、全く減衰した様子のない憤懣をぶつけられた。
「お主というものは……っ」
あれー? 何かまずかっただろうか、それとも照れ隠しだろうか。
後者だとしても多分素直には言ってくれないだろう、どうしよう、と考えこもうとしたら、ヴィルマの背中がぽふんと胸にあたった。
「そなたの傍であれば、我は安心して眠れる」
声にはまだツンツンした色がある、ヨルガは静かに言葉の続きを待った。
「……半分だけじゃ」
帽子のつばを押さえて、ヴィルマはヨルガの視線から逃げた。ヨルガが小さく吹き出す、残り半分はきっとたった今没収されたのだろう。
+
雪の街は十分楽しんだ、部屋で眠りに付く前、ソレル・ユークレース(ka1693)はふと窓際から外に眼差しを向ける相方の姿に気づく。
リュンルース・アウイン(ka1694)は身じろぎすらしない、物思いに沈む佇まいはふとすれば景色に埋もれてしまいそうで、ソレルは思わず声をかけていた。
「ルース」
返事はない、何度か繰り返しても相変わらずで、冷え気味な室内の中、案じる心から生まれた焦燥感がソレルに手を伸ばさせる。
「!」
今度こそ反応があって、ソレルは一旦手を止めた。寝かせようとしたんだ、と言い訳のように口にすれば、合点が行ったとばかりにルースは気が抜けたような笑みを見せる。
「ちょっと昔を思い出していてね……」
ルースの森も真冬には雪が積もる事があったのだ。窓外を少し名残惜しげに見つめて、いいよ、という仕草をソレルに向ける。相方が許可したのを見て、ソレルはルースを抱き上げてベッドへと向かった。
よくよく考えてみれば割りと気恥ずかしい、しかし一度許可した以上何か言う事も出来なくて、ルースはおとなしく寝床に運び込まれる。
別々に寝るのかと思いや、布団を被った中からソレルの腕が回る、後ろからルースを抱えたまま、ソレルは目を閉じて寝る態勢に入った。
「ちょ……」
「嫌か?」
尋ねられれば、そんな事はないと首を横に振るしかなかった。
本心だ、しかしこういう寝方でいいのかという思いもある。
「こういうのは……その、彼女とかにやるものだろう……?」
「いらない」
短い答えが返る、ルースが何かを思う前に、ソレルの言葉が続く。
「お前がいるだろ」
「……」
語弊のありすぎる発言だ、どんな意図かも聞けないのに、思考だけがぐるぐると回る。
その言葉はどこまで本気? 貴方は、どこまで私を天秤にかけられる?
どうにでも解釈出来て、そのせいで思考が煮える。恋人のように大事に思ってくれるなら嬉しいと、心が希望を見てしまう。
「……」
言えない、聞けない、気づかれたくない。ソレルはルースの内心など知る事もなく、ルースを抱きまくらにして眠りに沈もうとしている。
(……もう)
余計な思考を振り払う、おやすみ、と小さく告げて、ルースも相棒の腕の中で、そっと目を閉じた。
立ち並ぶ軒先はいずれも雪を被っていて、石畳の隙間には薄雪が張り付いたまま残っている。
雪でデコレーションされた町並みは冷たさと同じくらい沁み渡る美しさを見せる、普通に歩いていたはずだが、リラ(ka5679)は気がつけば景色を眺めてくるりと回っていた。
「おお……これは凄いですね」
「前を見ないと危ないぞ」
リラの少し後ろをカイ(ka3770)が歩く、事前に下調べしていた店の方を示し、少し苦笑まじりに口を開く。今日はリラのための特別な日だ、何故ならば。
「一年半もかかった約束だが、今日こそ果たさないとな」
リラを連れて街案内するという約束、主張しておくと、カイの方は断じて忘れていた訳ではない。
ただ、リラの方はもう忘れていると思っていて、ならいいかと積極的に触れようとしなかっただけだ。
そんな事を口にすれば、当然のように抗議の口ぶりを受ける。
「えぇ……? ちゃんと覚えていましたよ?」
唇を尖らせながらもリラの視線は店に置かれた冬物の数々へと向かう。
冬の空を思わせる青灰の手袋にしようか、それとも雪の模様をあしらった黒のマフラーにしようか。自らの髪色にはどっちも合いそうで、お代は自分を待たせたカイにねだっても許されるだろう。
リラが目移りしているこの店もカイの紹介で、よくこんな店知ってますねと尋ねるものの、下調べした事を告げる気のないカイにはぐらされてしまう。
「もう……」
意地悪している訳ではないが、リラにはそう受け取られてしまうだろう。
どうしたものかなーと一瞬だけ考えて、カイは密かに用意していた贈り物を出して、後ろからリラの耳に当てた。
「ひゃい?!」
贈り物が落ちないように支えながら、カイはすぐ近くにある鏡を示す。リラの髪より少し淡いくらいの、桜色の耳あてだ。これは? と問いかける視線に、贈り物、とカイは短く告げる。
ハンターである以上、遭遇する事は楽しい事ばかりではない、それでもリラには全てを楽しんで、微笑んでいて欲しい。
「それは……えと……あの」
「女の子は笑ってる時が一番魅力的だからな」
悪びれもせずにカイが言う、ついに返事に困ったリラは赤くなって、黙り込んで、顔色を伺うように見上げると、また連れてきてくださいねとだけ口にした。
+
特別なチョコレートってなんだろう。
気持ちなんて見えるはずもないし、形で表現するなんて思いつかない。
どういうものなら胸を張って家族に贈れるだろうか、そうクレール・ディンセルフ(ka0586)は思い悩む。
答えは出ない、でもヒントは聞こえてきた、だからこの街に足を運んだのだ。
……街は雪に埋もれ、ひんやりとした空気は足元から潜り込んでくる。
寒い、とてつもなく寒かった。
「あわ、あわわわ……」
足はガクガク震えていたし、腕は今にでも攣るんじゃないかと思えたが、とりあえず体はまだ動くので、看板を頼りに慌てて宿に駆け込んだ。
暖炉に避難して食事を頼む、旅人の醜態を気にした様子もなく、店主は気のいい感じでシチューを出してくれた。優しい香りが食欲をそそる、口にすれば冬の街らしく熱々で、夢中になりながらホットチョコの事を尋ねれば、ミルクはあるけどチョコは外まで行く必要があるのだという。
もう一度あの外に踏み出さなければいけない、正直嫌な予感しかしなかったが、クレールは覚悟を決めて―――とりあえずシチューを山ほど頂いておく事にした。
大丈夫、寒くない。いつシチューの効果が切れるかわからなかったが、とりあえずカフェに駆け込むくらいはなんとかなりそうだった。
予想外の寒さだった、家は大丈夫だろうかと思いを馳せて、家族一病弱だった自分が大丈夫なら大丈夫だろうと、願いにも似た希望をこめる。
家族を想う気持ちがある、そして、先程の宿でも思えば随分と親切にしてもらった。
気にかけてくれる気持ちが何よりも暖かい、伝わるかどうかわからないけど、気持ちを込めて、チョコレートと共に伝えようと思う。
そして家でもホットチョコを作ろうと決めた、彼らが心配なら、自分が気にかけてやればいいのだから。
+
雪が積もるカフェを見上げる。
キンキンに冷えた天気に、これまた良さげな店構え。よし、と一つ頷いて――デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)はカフェの扉をくぐった。
カウンターまで足を運ぶ、メニューに隅々まで目を運び、最初から決めていたスーパービターのホットチョコを頼む。アクセントには黒胡椒とブラックウォッカを、マグカップのリクエストはございますか――と問いかけられたところで、デスドクロは期待の視線をもって店員を見つめた。
「……」
「……」
任せる、という意思は伝わったらしい。熊? それとも狼? 無言で視線を注ぎ続けると、店員は焦った様子で狼をチョイスした、惜しい、犬が良かったのだ。
ホットチョコを片手に、デスドクロは当然と言わんばかりの顔で二階のパラソル席へと向かう。
扉を開ければ徹底的に冷えた寒風が顔に吹き付ける、いい冬だ、そう思うが同じ二階のソファ席にはいたいけな子供がいたので、風邪を引かせないように早めに扉を閉めた。
…………。
誰かがパラソル席の扉を開けたらしい、ちょっとした冷気がファリス(ka2853)の元まで吹き込んで来て、すぐに止まった。
誰かいたのならご挨拶したかったな、と少し残念に思う、今日は連れ立ったハンター達が多い、でも自分だってウサギのぬいぐるみ《イリーナ》を連れてきている、断じて一人ではない。
「……イリーナもファリスと一緒にここで雪景色を楽しむの!」
体重をかければ、ふかふかのソファ席に体がもふーと沈んだ。とても座り心地がいい、程よく雪景色が見えるのも高ポイントだ。
「……外は寒いけど、ここは暖かなの。それにここのホットチョコは格別に美味しいの」
兎のマグカップを気に入った様子で撫でる、ホイップたっぷりのホットチョコは、特別な味だった。
+
言葉少なく、レジに並ぶ。
気遣う気配が一つあり、その隣に空虚な存在感が佇む。
「あ、えと……ホットチョコを」
ルナ・レンフィールド(ka1565)が伺うように隣を見上げる。
「…………ビターチョコの同じものを、ホイップとワッフルもセットで」
自分を見失っていても、ユリアン(ka1664)の注文は旅の知識で流暢に出て来る。好きなもの頼んでいいんだよ、と促されて、逆に気遣われたルナは焦った様子で「オススメでお願いしますっ」と口にした。
支払いはユリアンが行った。ルナは当然の如く自分で払おうとしたが、ユリアンの口ぶりと、ケーキを奢るっていう約束だから、と言われて何も言えなくなった。
やり取りから、ユリアンが引き下がらないと察したのが大きいか。
どこを見ているかもわからないのに、意外なほどに推しが強い。
いや、我が強いとでも言うべきか、強い意志を持っていたからこそ、反動を受けてこうなっているのだろう。
テーブルを挟んで、二人でソファ席に座る。
相変わらず言葉は少なかったが、先程よりは少し優しい空気になった気がした。
チョコレートの香りが二人の間を満たす、優しい味を口にして、お互いをいたわるように、ぽつぽつと会話を重ね始める。
咲かせたい花があるとユリアンが言う、また旅に? と尋ねられれば、そうかも、と曖昧に答えが返る。
少し歌えるようになったとルナが言う、彼が少し口元を綻ばせてくれたのを見て、ルナも心からの笑みを浮かべた。
「送っていくよ」
「……はい、お願いします」
優しい時間が終わってしまう、彼が抱える傷については、結局触れずじまいだった。
外に出ると、暖かくて柔らかい感触がルナの首を包む、ユリアンが自身のマフラーをかけてくれていた。
「少しずつ歌っているんだろ? 喉……大事にしないと」
素直に頷く、自分が傷ついていても、他人を気遣える人だと思った。嬉しくて、ちょっとだけ悲しかった。
灯りが雪の街を照らす、寒くて冷たいけれど、綺麗でもあって。ルナは少しずつ歩みを早め始めた。
心の中でメロディーを思い出す、演奏はないけれど、アカペラで数秒の歌を口にした。
動悸が強い、でもちゃんと歌えたように思える、少しの不安はあったけれど、はにかんだ笑顔で振り向いて、ユリアンに向かって手を振った。
この勇気は貴方に信じてもらって持てたもの、それを誰よりも貴方に聞かせたかった。
再び二人で並んで歩く、言葉がなくぎこちない時間だったが、決して居心地の悪いものではなかった。
「……ごめん」
それだけをユリアンが呟く。それ以上は何も言えない、貴女に心の内を明かす事も、心を決める先を告げる事も出来ない。
「でも、有難う」
よく似合っている、と口にした。驚きとともに恥じらうルナの耳元で、イヤリングが揺れた。
おやすみ、良い夢を。
+
―――寒くない?
―――寒いに決まってるじゃない。
そんなやり取りを重ねて、ウェグロディ(ka5723)はアマリリス(ka5726)の体を抱き込む。
アマリリスが視線を向ければ、姉である自分より高くなった身長に、たくましくなった腕。かつては弱くて頼りなくて、自分が守ってやらねばと思った事があった。それが今だと遠い過去に過ぎ去っていて、大きくなったものね……と、アマリリスは一人感慨深く息を吐く。
「バレンタインには何もあげてなかったわね」
思い出したように言葉を向ける、昨年知ったばかりの行事だ、未だなじまず、周囲を見てようやく気づくくらいか。
「チョコレートを扱うカフェがあるらしいの」
行きましょう? という姉の誘いに、ウェグロディが頷かないはずもなかった。
光灯る夜景を見つめて、二人の時間をしっとりと楽しむ。
思い浮かんだ言葉はいくつもあるけど、実際に口にしたものは少ない。沈黙を破るのが惜しかったし、視線だけで事足りる部分もあった。
「ねぇ、ロディ……」
それでも聞きたい事がある、口づけするのかと思うほど近くに顔を寄せて、アマリリスが問いを口にする。
「私が姉で良かった?」
答えを求めるように瞳が覗き込んできたが、沈黙が壊れるのと同時に、ふいとそらされた。
交差する驚きと後悔、今ここで答えを聞きたくはなかった。
「……冷えてしまうわ、宿に行きましょう?」
ウェグロディの反応を待たずに、アマリリスが身を翻す。
「あ」
姉の後ろを慌てて追う、何故答えを待ってくれないのかと苦笑して、何当たり前の事を聞いてるのだと一人ごちた。
他の人なんて考えたこともないのに。
一人で外に出るから、リリスの体はきっと冷えてしまっているだろう。
宿についたら、その手を取って暖めよう。自分の気持ちを伝えて、護る事を誓おう。
「リリスで良かったんじゃなくて、リリスがいいのに」
+
「ま、眩しい……邪魔出来ない……」
道行くカップル達から少し離れた場所で、リツカ=R=ウラノス(ka3955)は地面に手をつけて落ち込んでいた。
「ちゃんと投げても痛くない雪玉を用意してあわよくばカップル達に投げつけてやろうと思ったのにオーラが神聖すぎて近づけない!!! ここはいつから聖輝節になったの!?!?」
のー、と嘆きの叫びを上げるリツカの隣で、ミコト=S=レグルス(ka3953)は早々に雪だるまづくりにシフトしていた。
「ルゥ君出来たー♪」
ちょっと大きめの雪玉を重ねて作った二頭身の雪だるま、頭にサンタ帽とか被せてみた雪国仕様だ。
ミコ作の雪だるまはこの場にいない男性陣をモチーフに作られている、なんとなしにそれを眺めていたら、同級生達の事が記憶によぎって、リツの思考に理不尽な怒りが湧いた。
―――カップルに雪玉ぶつけるとかお前バカじゃないの? ああ元からか。
「ちくしょーーー!」
リツの投げた雪玉がメガネをかけた雪だるまに直撃した。
「ミコっちは、まだ、あんな風に、なったりしないよね!」
わしゃわしゃわしゃ、リツが新しい雪玉を作る。
「恋人作ってオーラ撒き散らしてイチャイチャするってこと? うーん、まだピンとこないかな?」
わしゃわしゃわしゃ、戦いの気配を感じたのでミコも作る。
合図は必要ない、出来たら投げよう。心配しなくてもそんなにすぐ大人になったりしないのに、リツの投げた初撃は顔で受け止めた、けぷ。
+
人前で二人の時間を見せるような無粋はしない。
周りを顧みない子供だと思われたくないし、思わせたくない。
だから言動に甘さなんて見せたりしないけど、相手を大切に思う気持ちを、相手だけがわかるように指先にこめている。
セルゲン、と無雲(ka6677)が名前を呼ぶ。本当はもっと別の呼び方があるんだけれど、それを今口にしたりしない。
雪がついてるぞ、とセルゲン(ka6612)が世話焼きの視線を向ける、払うのは外套の雪だけでいい、冷えた体は、あとでゆっくり温めるから。
街を散策するハンター達の中では、恐らく最も接しやすい二人だっただろう。
あの二人なら! と雪合戦していた二人の女の子に唐突に指名されて、雪合戦の挑戦だと察した無雲は「やるのかい?」と笑いながら、雪の深い場所にのしのし踏み入って行く。
「カップルだ……カップルに違いない……」
「ふふ、どうだろうねぇ」
間違ってはいなかったが、気まぐれと悪戯心で無雲は疑念の視線をはぐらかす。受けたのは雪合戦の挑戦だ、ならば返すのは雪玉だけでいいだろう。
……暫くの間、思うようにはしゃいだ。
無雲が戻ってきた時にはまた雪まみれになっていて、もう行くか? というセルゲンの問いかけに、無雲は頷くと二人の女の子に手を振って別れを告げる。
カフェに立ち寄って、ホットチョコレートを頼んだ、ブランデー入りのそれを口にして体を温めながら、身繕いをしてくれるセルゲンを見つめて、無雲は「そろそろ部屋に戻りたいねぇ」と口にした。
部屋に戻るなら当然酒盛りは欠かせない。お酒は何がいいか、ツマミは何にしようか、仲睦まじく道行きを楽しみながら部屋へと戻る。
扉を閉め、窓際に戦利品を並べて、セルゲンの膝に腰掛けると、無雲のスイッチが切り替わった。
「ふふ……旦那様♪」
甘えた口ぶりで呼ぶ、我慢していた訳ではないけど、時にとてつもなく逸る事がある。
顔を寄せ、頬をすりつけて、言葉は多くなかったけど、ふれあいは何よりも雄弁に気持ちを伝えていた。
「あ、灯った」
街灯の事だ、綺麗、と外を見つめる無雲を見つめながら、そうだな、とセルゲンが言葉を重ねる。
二人の「綺麗」がちょっと違う気がして、あれ? と見上げてくる無雲の頭を、セルゲンの掌がなでる。
「そうだ、これを……」
セルゲンがチョコを出す、無雲から貰ったそれを、折角だからと持ち込んでいた。
「二人で食べたい」
そっかぁ、と無雲が笑う。旦那様のために用意したものだけれど、お願いされれば勿論吝かではない。
「食べさせて」
胸に体重をかけて、無雲がセルゲンの方を仰ぐ。いいよね? と微笑む新妻に、セルゲンは頷いて、二人のチョコを欠片に分けた。
+
魔導灯に照らされた街を歩く。
雪が灯りを散らして、建物を光の中に浸す。
綺麗、とリンカ・エルネージュ(ka1840)が呟いて。すげえな、とジャック・エルギン(ka1522)が相槌を打った。
二人で取り留めもなく街を歩いて回る、雪を被った景色は神秘的で、来てよかったな、とジャックが言葉を向けて、寒いんけどな、って付け足すと、リンカが「私も」と吹き出すように笑う。
いくらリンカが雪国出身でも人間の適応温度がそうそう変わるはずもない、強いて言うならジャックよりは雪道に慣れているくらいで、服の下に重い傷を隠すジャックを気遣って、いつでも支えられる範囲に距離を保っている。
彼を気遣う状況がちょっと新鮮だな、とリンカは思考を巡らせる、怪我は心配だが、きっと彼なりに頑張ったのだろう。
ふふ、と笑みが溢れる、どうしたんだ? と訝しむ彼に、ううん、と答えて、精一杯労ってあげようと心に決めた。
ジャックが言うには、彼の方は港町の出身らしい。
海風のせいか雪が降りづらい気候で、街が雪に覆われるなどそうそう目にかかる事もない。
「ここまで積もった雪は――っとあ!」
口にした横から、踏み固められた雪に滑ってジャックの体が傾いだ。は、と反応したリンカが慌てて体を割り込ませる。ジャックが余り踏ん張れないのが辛い、ぐぬぬ、と暫く体重と格闘して、覚醒しないとだめかも――と思った瞬間、支えきれずに倒れた。
ごすん、可愛げも救いもなく二人して地面に突っ込む。
「わりぃ、大丈夫か……?」
流石にしおらしくなって問いかけるジャックに、リンカはピースサインで応えた。
二人で大爆笑した後、雪を払って、暖炉のあるカフェを選んで入った。
なんか二人で大冒険した気がする、心地よい疲れを感じながら、頼んだホットチョコを置いて席に体を預ける。
薪が立てるぱちぱちとした音が心地いい、耳を傾けながら、リンカはいい時間だなぁ、と噛みしめる。
「有難う」
彼が言う、心から信頼している相棒だ、何を言いたいかは聞き返さなくてもわかった。
「うん、私も」
君がいてくれてよかった。
+
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)はイオ達のテーブルにお邪魔していた。
仕方がない、他に混ざれそうな場所がなかった、イオ達のところに来なかったら兎ぐるみを連れた女の子と二人でソファ席をゴロゴロする羽目になっていたかもしれない、それも良かったかもしれないが。
パティは持ち前の人懐っこさでルカにも寄っていったが、初対面のイオに比べるとルカの対応は随分と硬い。
「ムムー……ルカくんは人見知りカナ?」
冷たくされてもパティに余りめげる様子はない、違います、とぶっきらぼうに答えられるが、そこまで外れてはいない気がした。
「そういえば、余り同年代の女には慣れていないかもしれないな」
それに至るような事件や何かがあった訳ではないらしい、ただ、なんとなく親しくないだけ、少なくともイオはそう思っている。
ルカも? とパティが質問を向ければ、僕は違う、そういう答えが返った。
理由を聞いてもルカは答えてくれない、食い下がろうとしたら、そっぽを向いていた顔をようやく向けてくれた。不信に薄く覆われた、疑念の目だった。
「だって君、女だろ」
手酷い拒絶を受けた気がして、パティはむくーと膨れる。
そう、パティは女である、だがそれをどうしろというのか。
「それじゃあパティは納得デキナイんダヨー」
「どうとでも言え」
険悪というほどではない、お互いに懐かない子供レベルの言い合いだ。どうしたものかと手を焼きそうになってるイオをよそ目に、リツとミコがびしょ濡れになって戻ってきた。
「……よし、とりあえず全員で暖炉に移動」
多人数になれば、ルカも口を噤むだろう。
+
宿の部屋からテオバルト・グリム(ka1824)は外を眺める。
街は雪の衣を被り、灯りによって照らされながら、静かな空気にその身を横たえている。
綺麗だと思う、その思いを分かち合いたい人はいたけれど、その人は今この場にいなくて、心の中で彼女の名を静かに呼んだ。
一人が嫌いな訳じゃない、でも二人ならもっと良かった。熱々のチョコレートを渡して、それを冷ましながら口にする君の世話を焼けたらどれだけ良かっただろうか。
来年は彼女と来たいと思う、朝になったら雪だるまを作って、今年の旅の記念にしよう。
+
「さ、む、い」
人間寒すぎるとろくに言葉も出てこなくなるらしい、宿の暖炉にあたりながら、ジュード・エアハート(ka0410)は自らをくるむコートに力を込める。
恋人とともに雪の街を訪れたはいいが、余りの寒さに宿へ早々に逃げ込んでしまった。
幾らロングコートで隠そうが、ブーツを着込もうが、ジュードが着ているのは飾りたっぷりのミニワンピースである。寒い? わかってはいたが、デートするのに可愛くしない理由などなかった。
「ホットチョコ……」
カフェに行く前にダウンしてしまったから、当然ありつけてない。傍らの恋人を見上げる、目が潤んでいるのは寒さ故だが、今向けるのは卑怯だろうか。あのね、と一拍子置いて、照れくさそうにおねだりを口にした。
恋人のおねだりを聞かない理由などあろうか、エアルドフリス(ka1856)はカフェまで赴いて、二人分のホットチョコレートを持ち帰っていた。
一瞬だけ雪景色に視線を向けるが、帰路を急ぐ、のんびりするのは帰ってからの方がいい。
落ち着ける宿を選んだから、それほど人とは会っていない、食事を部屋に運んでもらうように頼んで、ジュードが待つだろう部屋に戻る。
部屋に戻れば、窓際でそわそわしていたジュードが足早に駆け寄ってきて胸に飛び込んできた。
帰ったばかりだから、少し雪がついてるかもしれない。そう口にするものの、平気、と短い答えしか返らなくて、エアは困ったように笑ってジュードの頬に触れる。
部屋の中にいたはずなのに、随分と冷えている。なぞるように頬を撫でて、温度を持つ掌から体温を分けた。
窓際にベッドのある部屋だ、縋り付く恋人はそのままに腰掛ける。窓は雪が張り付いていてほとんど見えていない、エアさんの故郷もこんな感じ? と尋ねられれば、いや、と首を横に振った。
「俺の故郷でもこんな雪景色は珍しいさ」
くいと服を引っ張る感触、それは催促のようにも、自己主張のようにも似て、エアは吹き出すように笑みを漏らす。
「いつか連れて行くよ。約束だからね」
「……うん」
黙ってばかりだったジュードがようやく顔を上げる、エアから十分体温を分けてもらったのか、顔は少し上気していて、綻ぶように笑っていた。
「そろそろ灯るぞ」
戻る前に、密かに魔導灯が灯る時間を聞いてあった。窓の外を示す。
曇り窓を灯りが照らす、安心する温もりにチョコレートの香りを混ぜて――二人の影は、静かに寄り添っていた。
+
窓際から外を見る、雪に埋もれる街があって、その中で営みを重ねていく人々がいる。
なんでもない景色だ、しかしそれでも観察の視線を送ってしまうのが久延毘 大二郎(ka1771)の学者としての性か。
人待ちの時間を退屈と思わなくて済むのは幸せな性分かもしれない、暗くなってきたな、と思ったあたりで八雲 奏(ka4074)がコップを二つ手に部屋に戻ってきた。
「毘古ちゃん、ミルク貰って来ましたよ」
「や、すまんな」
いいえ、と奏が柔らかな口ぶりを返す、冷めないうちにどうぞ、と口にして、ミルクにしては色の異なるそれを手渡した。
顔を近づければチョコレートの香りがする、口にしてもやっぱりそれで、“仕込み”に毘古が笑えば、奏もくすくすと微笑み返す。
この街らしい悪戯だ、この街らしいと言うのならば、毘古にも婚約者に見せたいものがあった。
「君もこっちに来るといい」
今なら面白いものが見れるかも、と毘古が言う。なんなのかは教えてくれなくて、暫し二人で無言のままに、窓の外を眺め続けた。
時計の針が回るのと同時に、窓の外で一斉に街灯が灯る。まだ色の淡い夜空の元で雪の街がライトアップされて、奏は思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
「綺麗……」
雪は灯りを散らすから、街が光の城のようになっている。毘古の方を振り向くと、やはり感嘆を噛み締めていた彼と、目があった。
こんなに綺麗なものを見せてくれて嬉しい、そう微笑んで奏は毘古に寄り添う。肩に指を伸ばして、ぐっと距離を近づける。
「そうだ。もう一度……ハッピーバレンタイン、です」
残っていたチョコを手に、軽く唇で咥えると――そっと彼の口に押し込んだ。
…………我ながら大胆な事をした、照れくさくて、唇を離した後も余韻を噛み締めながらはにかんで笑う。
「……あ……あ、その、なんだ……奏、ありがとう」
それに返事できるほど奏にも余裕がある訳じゃない、言葉の代わりに、毘古の膝をトントンと叩いた。
お礼はこれでいいですよ? と恥じらいながらのジェスチャー、毘古も笑みを漏らしてどうぞとばかりに手を広げる。
少し位置をずらして、奏が毘古の膝に頭を預ける、黒い髪が広がって、室内に心地いい沈黙が落ちた。
「私の方からするのは初めてだったな」
そうですね、と奏が応える。緩く微睡みが落ちる、それっきり二人の間に言葉はなかった。
+
……なぜこんな事になってるのだろうか、恋人に抱きつかれながらヴィルマ・ネーベル(ka2549)は現実逃避気味に思考を巡らせた。
恋人と共に雪の街を訪れて、ゆっくり楽しみたかったからホットチョコを水筒いっぱいに持ち帰りで頼んでいた。宿を取り、寒いからと部屋に引っ込んだ途端これだ。
「寒いー……死んじゃうー……」
腕でヴィルマを包みながら、ヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)がうわ言のように呟く。体格差がありすぎて正直苦しかったが、そんな事を言われたら無下に扱う事も出来なくて、少し緩めんか! とぺちぺち抗議するのが関の山だった。
「ヴィルマはぬくいねー……」
腕は緩めてくれたが、外套を脱ぐのもそこそこに、再び抱き上げられてベッドに腰掛けるヨルガの膝に載せられる。
毛布を羽織ったヨルガの腕がヴィルマを包む、寒くはなかったが、外套を脱いだ分肌の接触が近かった。
「な……」
これは違う、そう思考は告げていたが、恋する心は現金で、大好きな人の温もりに絆されそうになってしまう。
思考は告げるのだ、ヨルガが好きなのは自分の目だと、そんな事はわかっていたが、抱きしめてくれるのが自分なら、それに甘んじてしまおうとするくらい弱い心もあった。
気を紛らわせるかのようにホットチョコを口にする、甘い、しかし心の中は複雑で、その重しが味に苦いものを混ぜる。ふと視線を感じてヨルガの方を見れば、どうやらヨルガはホットチョコを一気飲みしてしまったようで、ヴィルマの分をじっと見ていた。
「む……」
欲しいのだろうか、ならば水筒にまだある。手を伸ばそうとしたらヨルガがそれを掴んだ、あれ? と思う間もなく、回り込んできた顔が唇を重ねてくる。
思考が停止した、甘い。甘さの後に唇を舐める舌の感触がして、ヴィルマの思考はチョコレート味と共にショートした。
「ごちそうさま」
「な……何を……っ」
なんで怒られてるんだろう、とヨルガは首を傾げた、そうかいきなりなのが悪かった。
顎に触れて、顔を近づける、今度は心の準備が出来るように、ゆっくりとした動きでもう一度口付けをした。
「……ん」
これなら喜んで貰えただろうか、自信たっぷりの笑みで口づけを離す。ヴィルマの顔を覗き込んだら信じられないものを見るかのような視線を向けられて、恥じらいと、全く減衰した様子のない憤懣をぶつけられた。
「お主というものは……っ」
あれー? 何かまずかっただろうか、それとも照れ隠しだろうか。
後者だとしても多分素直には言ってくれないだろう、どうしよう、と考えこもうとしたら、ヴィルマの背中がぽふんと胸にあたった。
「そなたの傍であれば、我は安心して眠れる」
声にはまだツンツンした色がある、ヨルガは静かに言葉の続きを待った。
「……半分だけじゃ」
帽子のつばを押さえて、ヴィルマはヨルガの視線から逃げた。ヨルガが小さく吹き出す、残り半分はきっとたった今没収されたのだろう。
+
雪の街は十分楽しんだ、部屋で眠りに付く前、ソレル・ユークレース(ka1693)はふと窓際から外に眼差しを向ける相方の姿に気づく。
リュンルース・アウイン(ka1694)は身じろぎすらしない、物思いに沈む佇まいはふとすれば景色に埋もれてしまいそうで、ソレルは思わず声をかけていた。
「ルース」
返事はない、何度か繰り返しても相変わらずで、冷え気味な室内の中、案じる心から生まれた焦燥感がソレルに手を伸ばさせる。
「!」
今度こそ反応があって、ソレルは一旦手を止めた。寝かせようとしたんだ、と言い訳のように口にすれば、合点が行ったとばかりにルースは気が抜けたような笑みを見せる。
「ちょっと昔を思い出していてね……」
ルースの森も真冬には雪が積もる事があったのだ。窓外を少し名残惜しげに見つめて、いいよ、という仕草をソレルに向ける。相方が許可したのを見て、ソレルはルースを抱き上げてベッドへと向かった。
よくよく考えてみれば割りと気恥ずかしい、しかし一度許可した以上何か言う事も出来なくて、ルースはおとなしく寝床に運び込まれる。
別々に寝るのかと思いや、布団を被った中からソレルの腕が回る、後ろからルースを抱えたまま、ソレルは目を閉じて寝る態勢に入った。
「ちょ……」
「嫌か?」
尋ねられれば、そんな事はないと首を横に振るしかなかった。
本心だ、しかしこういう寝方でいいのかという思いもある。
「こういうのは……その、彼女とかにやるものだろう……?」
「いらない」
短い答えが返る、ルースが何かを思う前に、ソレルの言葉が続く。
「お前がいるだろ」
「……」
語弊のありすぎる発言だ、どんな意図かも聞けないのに、思考だけがぐるぐると回る。
その言葉はどこまで本気? 貴方は、どこまで私を天秤にかけられる?
どうにでも解釈出来て、そのせいで思考が煮える。恋人のように大事に思ってくれるなら嬉しいと、心が希望を見てしまう。
「……」
言えない、聞けない、気づかれたくない。ソレルはルースの内心など知る事もなく、ルースを抱きまくらにして眠りに沈もうとしている。
(……もう)
余計な思考を振り払う、おやすみ、と小さく告げて、ルースも相棒の腕の中で、そっと目を閉じた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/02/21 17:35:11 |