• 界冥

【界冥】Ash Guard:1

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/02/26 12:00
完成日
2017/03/13 22:25

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 名古屋クラスタ攻略の報は多くの人にとって福音となった。
 核攻撃も已む無しと考えられていたクラスタ攻略の道筋をつけた事も大きいが、
異世界人という便利な戦力を新たに迎えられた事も大きい。異文化の人々に対する不安も未だ根強いが、希望に満ちた門出であったことは間違いないだろう。
 兵庫県神戸市須磨区鉄拐山の北西斜面に落着した、通称「鉄拐山クラスタ」を囲む自衛隊の中部方面隊にとっても状況は同じであった。
 中部方面隊は陸海空三軍全ての戦力が比較的が充実しており、統一連合宙軍の助け無しでクラスタ包囲網を敷いていた。しかし対歪虚戦で前衛となるCAMの機体数が著しく不足しており、鉄拐山クラスタに対する積極的な攻勢に移れずにいた。中部方面隊にとって歪虚と正面から戦えるハンターという戦力は願っても無い存在だった。
 鉄拐山クラスタ包囲網を敷く自衛隊の陸海空三軍を束ねる藤宮和馬一等陸佐は、ハンターオフィス秋葉原支部の開設から間をおかず、ハンターを交えた鉄拐山クラスタ攻略戦を発令した。



 鉄拐山クラスタは小規模の割りに攻略が厄介なクラスタである。
クラスタは鉄拐山の北西にある垂水区側の陰に隠れるという位置を取る為に、海自の護衛艦による砲撃は効果が薄い。ミサイルを使用すれば届くものの、定期的に出現する歪虚を減らすにはコストが掛かり過ぎた。
これは空自の爆撃も同様の状況である為に、陸自が垂水区の住宅地跡に戦車や自走式ロケット砲、そして陸戦型デュミナスを含むCAM隊を配備することで歪虚を迎撃していた。
 ハンター達に指定された転移先の座標はそのクラスタの西方数キロ先、神戸市垂水区の中央付近に位置する元は学校のグラウンドであったらしい空き地であった。転移した先には既に住民の退去が完了しており、動く者は自衛隊の関係者しかいない。戦闘車両が数多く並ぶがそれらの数に比してCAMの機体数は少ない。事前の資料でクラスタ落着時の撤退戦で多くが損耗したと記してあった。
「クラスタ落着当時は大変な有様でした。ここの道路も避難する住民の車で一杯でした。避難勧告も出ていたんですけど、落着地点が西にずれてたんですよ」
 そう説明するのは白川健作一等陸尉。ハンター達と共に戦列を作るCAM小隊の隊長だ。同じ制服で髪型も短い角刈りと姿の似通った軍人達の中で、彼は比較的温和な雰囲気があり、第一印象の通り非常にまじめな性格のようだった。ハンター達と会話しながら、同時に視線を追って丁寧に現地の説明を続けてくれている。
 一方で、同じ一等陸尉の松前晶子は彼とは正反対。不真面目を絵にしたような女性だった。最初のうちこそ真面目に畏まっていた彼女だが、気が付くと上着のポケットに手を突っ込んで寒さに縮こまっていた。みっともないと部下や白川に指摘されても一向に改める様子が無い。
「異世界人っていうから少し期待したのに、全然普通じゃん。つまんな」
「松前ぇぇぇぇ」
 白川は怨念じみた声で松前を制止するが、松前はまるで意に介した様子が無かった。
リアルブルー出身でクリムゾンウェストに住んでるだけというハンターも居るので彼女の評はあまり間違ってはいないのだが、真面目な空気のこの場でこうもあけすけだと苦笑しか出ない。
 この時、ハンター達には彼女の戦力が一級であることもなんとなく伝わっていた。世間話をしている彼女は危なっかしい話ばかりして周囲を振り回しているが、一度指令を出す段階になれば部下であるパイロット達は彼女を疑う素振りがない。現地部隊がこの作戦に際して、能力優先で人材を配したことがわかった。
 彼らと話を続けるうちに資料の情報が生の情報として実感に変わっていく。白川も松前もその点に置いては案内役として十分役目を果たしていた。そして情報が頭に染みこむ過程で、ハンターは周囲の景色が気になり始めた。周囲には未だ生々しい戦闘の跡がそこかしこに残っている。戦車を通すための道路は大よそ整備が終えたようだが、整備の必要ない住宅地はそのまま放置されている。この規模の街はクリムゾンウェストでも貴重なものだ。無下にして良いようには思えない。ハンターの一人がこれを問うと、白川はしばし言い淀んで首を横に振った。
「気にしないでください。既に住民の退去は終わっています」
 気にしないで良いとは、住宅地を放置していることをだろうか。それとも、住宅地をこれから更地にする可能性だろうか。どちらにせよ、あまり気分の良い話ではない。
「クラスタを排除しない以上は復興も進みません。だから、人命のほうが大事です」
「そうやって気にしないでなんて言う白川が、一番気にしてる顔してるんだから世話ないわよね」
 これには白川もうっと言葉を詰まらせる。この関係が、本来の彼らなのだろう。
「あの家の一個一個に思い出が詰まってる、なんて言うのは勝手だけど、それを守って死ぬほど馬鹿な事はないよ。他人なら他人らしく、気にせず踏み潰して飛べば良い。残ってれば感謝されるだろうけど、更地になっても誰も文句言わないよ」
 それは歪虚と戦い実際に土地を失った事もあるハンター達にとって、あまり他人事と言える話でもなかった。素直にはいと言うには、お互いに傷が深い。
 ハンター達はその思いを生み出す諸悪の根源である鉄拐山クラスタを遠巻きに見やった。クラスタは山の斜面に沿うように横に広がっている。ドームというよりは長屋とでも言うべき形状だが、機能としては変わらない。事前にもらった資料ではこの横に長いクラスタに対して旧住宅地から戦車砲やロケット弾を浴びせかけ、クラスタに開いた穴から出て来た歪虚を叩くと、それだけのシンプルな作戦だ。土地に不慣れなハンターに配慮して簡素化しているが、規模は普段の数倍以上。間引きなどという生ぬるいことを言わず、目に見える歪虚は全て破壊するという現地部隊の本気ぶりが窺える。不安と期待。その二つが作戦にまで如実に表れていた。
「作戦開始まであともうしばらくあります。外で立ち話も寒いですし、暖かい場所で先にブリーフィングを済ませておきましょう。」
 白川はそう言って天幕の一つを指さした。この地域はリゼリオと同じで海が近く風が寒い。ハンター達は有り難く現地部隊の好意に甘えることにした。

リプレイ本文

 転移したハンター達が奇異の目で見られてしまうのは致し方ない事であるが、
それは「物珍しい」という程度。前線の指揮官にとって重要なのは戦力足りうる存在かという一点である。彼らが物理的な強さという条件を満たしている事は先刻の名古屋クラスタ攻略戦で実証済み。とはいえ文化の壁も越え難い部分はある。特に年齢だ。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はハンターを代表して作戦会議に顔を出したが、高校生未満という外見では誰もが戸惑った。彼以外ではリュミア・ルクス(ka5783) と八劒 颯(ka1804)も同様で、ミグ・ロマイヤー(ka0665)のように種族の問題から外見と実年齢が一致しない例もある。逆に婆(ka6451)のような老体ゆえに不安になるパターンもあった。自衛隊の諸氏からすれば「戦闘可能な人間=成人男性が過半」という前提があるために、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)のような人物が大挙してくる事態をまず想定していたのだ。 ブラックのコーヒーをそのまま飲んでるオウカ・レンヴォルト(ka0301)と 近衛 惣助(ka0510)に安心感を覚えるほどだった。
 自衛隊側の事情はさておくとして、アウレールは気にせずハンター側の意向を伝えることにした。
「私達は塩屋谷側を基準としての布陣を予定しています。この川を中型を阻む地形の盾とします」
「……塩屋谷川を?」
 何人かの指揮官が怪訝な顔をする。地図を指さして説明していたアウレールは続く言葉を切って顔を上げる。
「何か問題が?」
「ああ。塩屋谷川は君達が想定するよりも小さな川だ。浮遊種に対して盾にならない事も勿論だが、中型以上は幅跳びの要領で軽々と飛び越えてくる」
 指揮官は手早く手元の機器で川の映像を映す。そこに移る川は川というよりは町を流れる用水路が少し大きくなったような代物。川には違いないが大した落差ではない。データだけで川を見ていたアウレールは言葉に詰まった。
「では基準となる線を引き直すべきだと?」
「……いや、それには及ばない。地図上で君達に理解しやすい線となればこの川は最適だ。間違えようがない。塩屋谷川を基準とする作戦を採用しよう」
「わかりました。それで戦車や車両の配置ですが――」
「それに関してはこちらで幾つかパターンを考えてある。全て任せてくれ」
 アウレールはそれならばと自身の意見にこだわりはしなかった。腹案はあったが、現場の地形と装備に知悉するプロが任せろと言ってくれているのだ。自分の意見を無理に通す意味はない。
「CAM隊は塩屋谷川の西岸に進出してほしいのですが……」
「前衛のCAM隊としてはそれぐらいは前に出る必要があるな。了解した。そのあとは任意で戦闘に参加する」
 答えたのは白川一尉。白川は細かく言及はしなかったが、ハンターに合わせて任意の時期に前進するだろう。
 ひとまずは大筋の予定で問題なし。合意が形成できたところで、ハンター達は最後の準備に取り掛かった。



 所々更地となった市街地であったが、瓦礫も含めると移動は快適とは言えない。車両が前に出にくいという事情は一目で痛いほどに理解できた。解決策としてクラスタに肉薄する班は高速道路跡を移動経路に使用した。所々破壊されているという点では同じだが、直線で移動経路が確保されている点は大きい。
 高速道路跡に上ると市街地に邪魔されて見えなかった山の様子もよく見える。それは日本の景色を知る物には耐えがたい光景であった。
「歪虚め。俺達が居ない間にこんな物を落としやがって……」
憤懣やるかたない近衛の声が通信機を通して聞こえてくる。久方ぶりに眺める彼の故国には至るところに生々しい傷跡が残っており、ここで何があったのかをありありと伝えてくる。悲痛な声が聞こえてくるようであった。同時にその憤懣はこれから大いにぶつける機会がある。その事実でもって理性の箍とした。
 前衛のハンターとCAM隊が一定の距離まで前進すると、引率でもある白川の声が通信から響いた。
「ホワイトリーダーよりCP、CAM隊全機所定の配置についた」
「CPよりホワイトリーダー、了解した。砲撃終了までその場で待機せよ」
 配置完了を持って作戦は第1フェイズへ開始する。通信より一拍置いて、HQより全隊に鉄拐山クラスタへの砲撃が命ぜられた。電波阻害により直接照準の難しい対歪虚戦だが、拠点への攻撃であれば問題はない。鉄拐山クラスタに無数の砲弾・ロケット弾が浴びせかけられる。浮遊する小型歪虚はそれらをレーザーで迎撃、あるいは自身を盾としてクラスタを防衛するが、徐々に押し込められ、遂には自衛隊の火力が鉄拐山の防御力・再生能力が上回った。クラスタの側面に大穴が開き、歪虚が次々と外部へと流出し始めた。
「戦車隊を除く全隊は砲撃中止。作戦を次のフェイズへ」
 指令の言葉と共に慌ただしく指揮が飛び交う。戦車隊は引き続き砲撃を続けるが、ロケット砲部隊は再装填と再配置を始める。同時にハンターとCAM隊に攻撃開始の指令が発せられた。
「待ってたぜ!」
 手が早いと言われる松前隊を差し置き、ジャックのヘクトルが果敢に前に出る。オウカの夜天一式、ミグのハリケーン・バウ、アウレールのザントメンヒェンが後に続いた。R7エクスシアの特徴は大火力のマテリアルライフルにあるが「ヘクトル」の初手は彼らしい1手であった。
「出てこいクソッタレの歪虚ども! ジャック様が相手になってやるぜ!」
 ジャックはコクピット内で吼え、彼の獅子吼を黄金の機体は追随する。放出された強烈なマテリアルは有無を言わさず歪虚の視線を集める。
本来は入口より散兵として散らばっていくはずの歪虚が黄金の輝きを目指して直進していく。砲兵から見ればそれは的同然。のこのこと現れた歪虚に完璧なタイミングで掃射が始まった。
「これでは鴨撃ちと同じじゃな。アホみたいな数を撃つという相違点はあるがのう」
 ミグは笑みを漏らしながらそう呟いていた。ハリケーン・バウとザントメンヒェンはヘクトルに近寄る敵を片っ端から砲撃していく。それはまさに鴨撃ちと言っていい光景であった。本来は歪虚と言っても考えなしではない。リアルブルーにおける狂気の歪虚は理詰めの思考が可能で、砲撃に対して散兵戦術を取るだけの頭はある。それがヘクトルの絶妙な配置により完全に封鎖されていた。この状況を小型種は抜けることはできない。装甲と耐久性能の高い中型も混じっているので抜けてくる敵が皆無ではなかったものの、ヘクトルの防備は固い。
「来たな。ここは任せろ」
 夜天一式はヘクトルの前に飛び出た中型と真っ向から斬り結ぶ。CAMと対等に戦う中型の人型歪虚ではあったが、接近戦仕様のオウカ機と正面から戦うのは不利であった。何度かの攻防の後、鍔迫り合いになった瞬間を狙ったマシンガン「ディブラ」の掃射が直撃し、怯んだところを斬魔刀で切り伏せられ塵へと還っていった。
 余裕が出来ると戦場以外のことも気になり始める。アウレールは砲撃の合間にちらりと街の様子を窺った。度重なる砲撃で穴だらけではあるが、町はまだ形を残している。幸いなことに高速道路の跡地を利用したことで市街地で戦闘する事は無かった。だが歪虚が増えれば高速道路の上だけで戦闘を済ませるわけにも行かなくなるだろう。敵が広がれば市街地の被害は無視して戦わざるを得ない。
「各員。気を引き締めてかかれ。ここで相手の動きを抑える」
その言葉をどう受け取ったのか。周囲の者からは「了解」とだけ応答があった。
 CAM8機の連携により終始優勢と思われた戦場だが、これには時間制限が付いた。ハンタースキルの使用限界である。ジャックは敵が分散しない程度に使用に合間をあけてマテリアルを節約しながら戦っていたが、それにも限界があった。
「そろそろ限界だ。一旦下がってくれ」
 ジャックはスキルについてまだ熟知していると言えない自衛隊のCAM隊に対して早めに警告を出す。松前一尉らCAM隊は「了解した」と手短に返事すると的確に支援射撃を続けながらも手早く後退を始めた。少し遅れてハンター達も後退を始める。挑発としてはこれで十分。あとは目標の地点までおびき出す必要があった。戦闘開始してからまだ10分少々。敵の勢いは徐々に増しつつあった。



 白川のCAM小隊4機と近衛の真改、八劔のグスタフ、リュミアのカンナさん、そして車両と人型兵器の中で馬を駆る婆が後方に残った。
前線の激戦も戦車隊の砲撃も両方見える位置にいるが、こちらは軽率に動くことが出来ない。
 近衛は地を揺らす砲撃の合間に、ちらりと友軍のCAMの機体を眺める。
当初確認はしていなかったが、支援担当のCAM隊は近衛の機体と装備が似通っていた。同じ目的で同じ機体を同じ装備で整えればそうなるという当然の帰結ではあった。違うのは狙撃砲や魔導に関わる平気の有無程度。必要ならCAMの損害を抑えるべく盾になろうかと思ったが、そうする意味は薄いだろう。近衛はすぐに車両の防衛に頭を切り替えた。
翻って前衛と言えば――。
「足並みが乱れるから要らないよ」
と、松前一尉のこのつっけんどんぶりである。実際追随は難しいのでこれも考えないことにした。
「CAMが足りないのも困るが、車両が減ればそもそもの攻略の足掛かりを作ることも出来ない」
 白川は現状のつらい台所事情をそう評価している。戦場は近衛が思う以上に最適化されていた。
 クラスタ攻略には砲の火力と突入するCAMの両方が必須、というのは名古屋クラスタ攻略戦で得たセオリーの通りである。
 この条件に対して自衛隊中部方面隊は面制圧火力を維持することでクラスタの展開を抑えている。火力さえ維持すればCAMは無くとも戦況は維持できる。防衛の優先度は車両のほうが高い。対してクラスタはCAMさえ的確に抑えれば、核を攻撃される危険がなくなり負けはない。両者の思惑に挟まれたCAM隊は、白川隊のように重装甲化したり、松前隊のように軽量化して生存率を上げている。
「気遣ってくれるのは有り難いが、それでハンター達の勢いを殺しては意味がない。逃げるときは勝手に逃げるよ」
 白川の言葉は同時に、ハンターを最悪居ないものとして動けるように編成を済ませてあるという意味でもあった。
(不正確な事を信用しないのは軍人らしいと言えるか)
 そして近衛はその言葉に潜む嘘にも気づく。自由に逃走などできない身の上なのが軍人。
ハンターに余計な気遣いをさせず、最大限力を振るうように配慮するというのは命令だけの話でもないのだろう。
 CAM隊の攻撃を眺めていた一同だが、作戦の変更にはいち早く気が付いた。アウレールの報告がある前にはヘクトルの動きから作戦の状況も掴んでいた。
「このまま味方部隊の前まで引きずりだす。フォローを頼む」
「了解ですわ。はやてが伊達や酔狂でどりる機導師をやっているわけではないところをお見せしましょう」
 歪虚の西進に合わせて八劔はグスタフを市街地の合間を進ませる。高速道路を使うアウレール達を追う歪虚集団はそのまま対処を任せるにしても、それ以外に散っている歪虚は集めなおす必要があった。グスタフに続いて他の仲間達も前進する。
「準備運動終了! さあ、カンナさんいくよー!」
「出番じゃな。踏み潰さんでくれよ」
 カンナさんが走る横を馬に乗った婆が走り抜けていく。浮いている、という婆本人の申告通り婆は現代兵器のただ中で浮いていた。ハンター達からすればこの程度の混成軍は日常茶飯事ではあったが、初めて見る自衛隊の人々は不安なまま婆の背中を見送る。CAM隊も同じく本当にこのまま見送っていいのかという空気になっていたが、近衛に促されて納得いかない様子のまま部隊を前に進めていた。



 戦況は人類側に優位に進んでいた。誘因されて出て来た歪虚の数は普段の倍数以上に達し、ある程度は友軍の事前砲撃で数を減らしているものの、細かい個体が多くこの段階では撃ち漏らしのほうが多くなっていた。
 歪虚側も人類側の有効射程を把握しているのか高度を上げる個体は少ない。このため、前線で動くハンター達に加速度的に負担が集中していった。小回りが利くというのは便利に使われるということである。
 前線に出た婆はこの状況に対応して、弓で手あたり次第に小物を打ち落としていた。小気味良い音を立てて矢が的中し、その度に歪虚が塵に変える。小型が多いために婆の弓で十分に火力は足りていた。しかし――。
「やれやれ。こりゃあキリが無いのう」
 騎射も姿勢が大事。何度も矢を放つうちに、伸ばした腰に負担が掛かってくる。一度後ろに下がった婆は何度か腰を叩いていた。矢の補充より重要な作業だった。これに入れ替わるように八劔のグスタフやリュミアのカンナさんが砲撃を再開した。歪虚は単体ではそれほど強くも無く、2機にとって負担のある敵ではなかったが、歪虚の取った作戦は的確であった。
「あーもう、降りてこいっての!」
 文句を言いながら八劔はボレモスを乱射する。グスタフは移動してレーザーをかわしながら、高い位置の歪虚と撃ち合いになっていた。
本来であればグスタフの主力兵器はドリル。轟旋の破壊力は目を見張るものがあるが、数回の使用の後はそれに気づいた歪虚は高度を上げてしまった。
高度を取らない歪虚ではあるが、近接武器が届かない程度の高度は充分に取れる。結果、グスタフは銃での戦闘を余儀なくされていた。
 事前のデータでこの件は不明瞭であったが、ここに来て明確になった。リアルブルーの狂気の歪虚は柔軟に戦術を変更する素養がある。指揮する核の性質にもよるが、狂気の歪虚は論理的な行動を取る事が多い。この戦術の変化にグスタフは苦戦した。
 とはいえグスタフは副武器を主力にせざるを得ないというだけで十分に火力は担保されている。
この歪虚の作戦の変化にオウカの夜天一式は大きく影響を受けた。斬魔刀「祢々切丸」による高い格闘戦能力で、中型の人型歪虚に優勢に戦う夜天一式だが、射撃戦能力の欠如によって射程を見切った敵の一団の集中攻撃に撃ち返すことが出来ず、カスタムタイプの都合上攻撃を回避して逃げることもできない。中型は彼との戦いを恐れて後方に温存され、前に出るのは高度を取って射程外から戦う小型種のみ。一方的に撃たれる状況が続けば装甲も持つわけもなく、夜天一式は後方へと後退することとなった。
 ジャックと並ぶ機体の中ではザントメンヒェンも早期に脱落した。この機体は射撃能力は充分だが防御能力に欠いている。
ミグの機体が重装甲で仲間の盾となっていた為にザントメンヒェンの欠点もある程度カバーされていたが、数が増えればそれも程度の問題となる。
砲撃能力があり、装甲が比較的薄く、前線で狙いやすいとなれば敵の集中砲火を受けるのが道理であり、損傷は加速度的に進んでいった。
最後は近衛の機体に守られて後方に下がり、砲撃に専念して戦力低下を抑える事となった。
 戦場の過負荷に晒された時に弱さを露呈してしまうのは、装備が統一されないハンターの弱さでもあった。逆にその強さを示した者も居た。
 ミグのハリケーン・バウは後半ほどのその威力を発揮した。機動性に劣る為に攻撃は集中したがそれを跳ね返すだけの装甲を備えており、
近寄る敵や逃げる敵を狙って潰すだけの火力も備えていた。前述の目立って任務を果たしたヘクトルに対して、堅実に相棒の役を務めあげている。
「なんじゃなんじゃ。根性が足り取らんのう」
ミグのゴルベアールが火を噴くたびに空に浮く歪虚がばらばらと落ちていく。何度か追加でクラスタ本体を砲撃された事もあり、この火力が脅威である点は歪虚も認識していたが、火力と装甲に阻まれ迎撃しきれない。無理に近づいて組み付こうとすれば、今度はヘクトルの迎撃が入った。カノナスREによる銃撃が近寄る小型歪虚を的確に落とす。
「根性足りてるやつなら目の前にいるぜ」
ジャックのヘクトルは小型歪虚を迎撃しつつ真っすぐに進んでくる中型を指さした。武器となる斧だか槍だかわからぬ武器で砲弾を止めながら進んではくるが、至近距離となればヘクトルの敵ではない。
「いいぜ、トコトンぶっ潰してやらあ!」
 ヘクトルはウンヴェッタ―の刃を起動。中型歪虚を苦も無く切り伏せた。
 ヘクトルとハリケーン・バウは連携の上での成果を上げたが、カンナさんは単機での奮戦が続いた。
「星になーあれー!」
 リュミアは気の抜ける掛け声でエスピガM72のトリガーを引く。砲弾は狙いたがわず小型を潰していく。この作戦で大筋では敵集団を指定の地点まで誘導する事になっていたが、数が多い以上はどうしても集団から離れる敵が出てくる。はぐれた敵は迂回した上で破壊を撒き散らすことが目に見えている為、リュミアはこれらの対応に動いていた。自衛隊のCAM隊は全機でヘクトルとハリケーン・バウを支援しているのが遠巻きにも見える。その少し手前ではグスタフのスペルランチャー、婆の青竜翔咬波の光も見えた。
「たった1人の戦いなのだ!」
リュミアは状況を茶化しながら、前に進んでいく。小型を撃ち、中型を撃ち、小型、小型、中型、小型。片っ端から叩いていく。幸いにして統制を離れた個体ばかり。本隊に戻ろうと右往左往する個体も多く、戦闘態勢に入る前に発見できれば一方的に撃破できた。結局最後までカンナさんは砲撃に終始して仕事を終えた。機棍も準備していたが、的確な砲撃を行った為に幸いにも使う機会は訪れなかった。
 これらは単機のみでの成果ではないものの、戦況に応じた的確な装備変更、的確な配置、的確な運用による結果だ。
パイロットの強度など元から非覚醒者に対して優越する部分の多い覚醒者使用のCAMや魔導アーマーであったが、彼らの活躍はこの地域の部隊に対して、ハンターが充分な戦力であるという証明を果たした。奇異の目で見る者はまだ残るものの、ハンターの戦力としての価値に疑いを抱くものはこの場からいなくなった。
 なお、婆が馬に乗って大暴れしている姿も大分ショッキングな映像ではあったので、これはこれでハンターの物理強度を示す格好の材料となった。
戦闘の後の婆には何故か1人だけコーヒーでなく緑茶が振る舞われていた。



 ハンター含む前衛の活躍によって歪虚は縦陣に深く引き込まれた。歪虚がある一定の地点を越えた段階でHQより前衛への撤退命令が下され、CAMを殿とした軍が歪虚から距離を取る。直後、自衛隊の砲撃が再開された。砲弾の雨が大地を揺らす。陣地まで深く誘い込まれた歪虚の一団は為す術無く次々と撃破されていった。
 仕事を終えたハンター達は万一にも巻き込まれないように距離を取り、時折砲撃の範囲外へ抜ける歪虚を処理していた。この時に見えた光景は近衛やオウカからすれば見慣れないまでも見知った光景だが、そうでない面々は興味深くその光景に見入っていた。
「クソムカツク歪虚どもがきれいさっぱりだな。リアルブルーの連中もやるじゃねえか。気前がいい」
 気前が良い、と評するジャックの頭の中にあったのは、この時使われた物資の値段を思ってのことだった。クリムゾンウェストにも大砲はあるが、目の前の光景からすれば前時代的なものだ。技術の系統や質の違いもさることながら、経済の規模もまるで違う。凝縮された200年分のコンバットプルーフの差を目に焼き付けるように、ハンター達はその光景に見入っていた。
 唯一、八劔がこの光景を前に落ち着かない。
(元はこっちの世界のどこかの軍でCAM乗りやってたはずなんですが……)
 今回の件で彼女は地球から融通されたデータを何度も読み直した。地図や過去の戦闘のデータなど、仕事の為の準備の一環ではあったが、
何度与えられた資料を読み直しても自分に縁のあるデータだという実感が無かった。
実際に転移して現地の装備や現地の軍を見てもその印象は変わらない。リアルブルーは広い為、ここが彼女の故郷ではないという理由も考えられるが、
焦燥にも似た感覚は燻ったまま胸を焼く。
 一方で砲火によって気分が高揚するもの達も居た。
「うむうむ。悪くない。この戦果でもってハンターも気兼ねなくリアルブルー各地に行けるじゃろう。聖地巡礼が楽しみじゃのう」
 ミグの頭の中には幾つかの候補地への夢が詰まっていた。リアルブルー出身の近衛やオウカが頭に疑問符を浮かべる中、ジャックだけがその内容の本質に迫っていた。
(無駄だぜ。俺達はリアルブルーの夢には触れられない。そういう風に出来てるんだよ)
 何のことはない。架空の土地には行けないというだけの話である。特に宇宙で興った某公国へなどいけるはずもない。秋葉原の一件で傷ついたジャックの心は、その忠告をするほどの優しさも失っていた。不毛なやりとりである。
 砲撃が終了する頃には歪虚の過半は掃討されており、弱った敵にCAMと戦闘ヘリがとどめを刺しに進撃する。
既に大きく消耗していたハンターの部隊はこれには参加せず、歪虚が一方的に蹴散らされる様を遠くから眺めていた。



 ハンターの加勢したこの作戦により鉄拐山クラスタは多くの歪虚を失った。
鉄拐山クラスタが歪虚の生産と外壁修復に時間をかけている合間に、自衛隊中部方面隊はかねてより予定していた部隊の再編と本格的な補給・整備を進める事になる。歪虚の生産と外壁の補修は許す事になってしまうが、次回の攻撃ではクラスタの核へ確実に届く位置に部隊を進ませることが出来る予定だ。函館五稜郭のクラスタを控えた状況であるため迂遠な作戦にならざるを得なかったが、迂遠ながらも鉄拐山の攻略は確実に進んだ。
 次の作戦でのハンター参加の確約を得て、ハンター達はクリムゾンウェストへと帰還を果たした。

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MVP一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤーka0665
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴka1305
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクスka5783

重体一覧

参加者一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤテンイチシキ センキ
    夜天一式改「戦鬼」(ka0301unit003
    ユニット|CAM
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    シンカイ
    真改(ka0510unit002
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ヘクトル
    ヘクトル(ka1305unit002
    ユニット|CAM
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯(ka1804
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    グスタフ
    Gustav(ka1804unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    パンツァーインファンテリー
    PzI-2M ザントメンヒェン(ka2531unit001
    ユニット|CAM
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクス(ka5783
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン

    カンナさん(ka5783unit001
    ユニット|CAM
  • 婆の拳
    婆(ka6451
    鬼|73才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
近衛 惣助(ka0510
人間(リアルブルー)|28才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/02/26 07:14:55
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/24 19:11:35