ゲスト
(ka0000)
人の軌跡、ミュゲの奇跡
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 2日
- 締切
- 2017/05/15 19:00
- 完成日
- 2017/05/23 22:53
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
大量に売れ残ったスズランを水を入れた大きなバケツに放り込み『ご自由にどうぞ』という殴り書きの紙を貼り付けた。これを街角に置けばそれでおしまい。
女性は自分の店だった建物を振り返った。
小さなテナントスペースだった。ムクの梁に白い漆喰の壁。面しているのは狭い路地だったけれど、陽光が差し込んでくると眩しいくらい光に満ち溢れていて、お洒落だと思ったものだった。テナント料はちょっと目を見張ったものだけど、小さいころからの夢だった花屋をするならこんな場所にしたいと思っていたのだ。
店を始めるときは、ちっとも苦しいなんて思いもしなかった。
店を閉めるときは、こんなに苦しむなんて思いもしなかった。
「ありがとう。さようなら」
女性はぽつりとそう零して、そして最後まで残った商品スズランを入れたバケツを両手で持ち上げたところで大きな胸板が視界を防いだ。
「なんだ、店じまいか」
「そうよ。ダメね。こんな路地裏の小さな店じゃ。お客なんてちっとも来ない」
唯一の常連客である彼にどんな顔をしていいのかわからなかった。
彼だって花が好きで買いに来ていたわけでもあるまい。仕事柄遺された人間と出会うことが多いから、育ちが彼女とずっと同じだった腐れ縁というものだから、立ち寄ってくれていただけ。
「そりゃあな、店員も花も揃って下向いてるような店目当てに買いに来るような物好きはそういないだろうよ」
彼はそう言うと、バケツを持ち上げ、そのまま彼女の手から離してしまった。
「……うるさいわね。買いに来てくれなきゃ、新しい花は買えないの。腐っていくだけ」
連なるスズランの花の重みで垂れ下がるツルを見ながら、彼はにべにもない口調で言った。
「この花だってな、切られてここまで運ばれてさ、幸せでもなかろうよ。それでも人が幸せになってくれるなら、喜んでくれるならって思えば楽しそうに咲くもんだ」
噛みしめた唇が痛くなる。
もう少し元気であったなら、その頬をひっぱたいてやったに違いない。
「誰かにあげるのか、この花」
「ミュゲの日にと思って仕入れ過ぎたのよ。ミュゲも終わって、必要な人にはみんな行きわたっている。どうせ誰も必要とされないわ。でもちょっとばかりの街の賑わいにはなるでしょ。枯れるまでならさ。だから大通りに置いていくの」
私と一緒。
街の賑わいくらいにはなるでしょ。
そして私はもう枯れてしまった。居場所なんてどこにもない。枯れたらそいつは捨てられてひっそりと街を去る。
この街は元気のないものが生きられる余地なんてない。
笑顔で、幸せな顔で、生き続けられない。
「じゃあ俺が貰ってやるよ。お前が見込んだ花だろ」
「ご勝手に」
憎悪を瞳の中で燃やして彼女は吐き捨てるように言ったが、彼に応えているような様子は見られなかった。
彼はそのまま彼女に背中を向けて光射す大通りへと消えていくのを見送って、彼女はそちらに背を向け、より闇の深い方へと歩み去っていった。
●
花束、というには少々度が過ぎた量のスズランを持った男は、使い込まれた古いバケツを捨てて、風合いの良い樽を見つけてくると、彼女の計画通りに街角に置いた。それだけでほんの少し、花は居場所を見つけたように綺麗に彩られた。
男はしゃがみこんで『ご自由にどうぞ』というメモ書きに筆を付けた。
「ご自由にどうぞ
奇跡を起こしてください。
きっとお応えいたします」
もう彼女はピースホライズンにはいないかもしれない。
だけど、花はまだいる、生きている。
みんなを幸せにしたいと待っている。
このスズランが多くの人を喜ばせ、つかの間でも幸せに浸れる時間をもたらせたのなら。
いつか夢破れて笑う事すらできなくなった花屋の彼女に、その幸せが再び訪れるだろう。
風伝いに、自らの仕事が確かに人を幸せにしたのだと、気づけますように。
女性は自分の店だった建物を振り返った。
小さなテナントスペースだった。ムクの梁に白い漆喰の壁。面しているのは狭い路地だったけれど、陽光が差し込んでくると眩しいくらい光に満ち溢れていて、お洒落だと思ったものだった。テナント料はちょっと目を見張ったものだけど、小さいころからの夢だった花屋をするならこんな場所にしたいと思っていたのだ。
店を始めるときは、ちっとも苦しいなんて思いもしなかった。
店を閉めるときは、こんなに苦しむなんて思いもしなかった。
「ありがとう。さようなら」
女性はぽつりとそう零して、そして最後まで残った商品スズランを入れたバケツを両手で持ち上げたところで大きな胸板が視界を防いだ。
「なんだ、店じまいか」
「そうよ。ダメね。こんな路地裏の小さな店じゃ。お客なんてちっとも来ない」
唯一の常連客である彼にどんな顔をしていいのかわからなかった。
彼だって花が好きで買いに来ていたわけでもあるまい。仕事柄遺された人間と出会うことが多いから、育ちが彼女とずっと同じだった腐れ縁というものだから、立ち寄ってくれていただけ。
「そりゃあな、店員も花も揃って下向いてるような店目当てに買いに来るような物好きはそういないだろうよ」
彼はそう言うと、バケツを持ち上げ、そのまま彼女の手から離してしまった。
「……うるさいわね。買いに来てくれなきゃ、新しい花は買えないの。腐っていくだけ」
連なるスズランの花の重みで垂れ下がるツルを見ながら、彼はにべにもない口調で言った。
「この花だってな、切られてここまで運ばれてさ、幸せでもなかろうよ。それでも人が幸せになってくれるなら、喜んでくれるならって思えば楽しそうに咲くもんだ」
噛みしめた唇が痛くなる。
もう少し元気であったなら、その頬をひっぱたいてやったに違いない。
「誰かにあげるのか、この花」
「ミュゲの日にと思って仕入れ過ぎたのよ。ミュゲも終わって、必要な人にはみんな行きわたっている。どうせ誰も必要とされないわ。でもちょっとばかりの街の賑わいにはなるでしょ。枯れるまでならさ。だから大通りに置いていくの」
私と一緒。
街の賑わいくらいにはなるでしょ。
そして私はもう枯れてしまった。居場所なんてどこにもない。枯れたらそいつは捨てられてひっそりと街を去る。
この街は元気のないものが生きられる余地なんてない。
笑顔で、幸せな顔で、生き続けられない。
「じゃあ俺が貰ってやるよ。お前が見込んだ花だろ」
「ご勝手に」
憎悪を瞳の中で燃やして彼女は吐き捨てるように言ったが、彼に応えているような様子は見られなかった。
彼はそのまま彼女に背中を向けて光射す大通りへと消えていくのを見送って、彼女はそちらに背を向け、より闇の深い方へと歩み去っていった。
●
花束、というには少々度が過ぎた量のスズランを持った男は、使い込まれた古いバケツを捨てて、風合いの良い樽を見つけてくると、彼女の計画通りに街角に置いた。それだけでほんの少し、花は居場所を見つけたように綺麗に彩られた。
男はしゃがみこんで『ご自由にどうぞ』というメモ書きに筆を付けた。
「ご自由にどうぞ
奇跡を起こしてください。
きっとお応えいたします」
もう彼女はピースホライズンにはいないかもしれない。
だけど、花はまだいる、生きている。
みんなを幸せにしたいと待っている。
このスズランが多くの人を喜ばせ、つかの間でも幸せに浸れる時間をもたらせたのなら。
いつか夢破れて笑う事すらできなくなった花屋の彼女に、その幸せが再び訪れるだろう。
風伝いに、自らの仕事が確かに人を幸せにしたのだと、気づけますように。
リプレイ本文
「うわぁ!」
柄永 和沙(ka6481)はピースホライズンに足を踏み入れると輝く青空に顔を照らしてそう言った。
雲一つない空に優しくなじませてくれるスズランの白。外から足を踏み入れた彼女とテオバルト・グリム(ka1824)の二人を迎えるようにスズランの花が大きなアーチを作って、2人の来訪を歓迎しているようであった。
「こんなの前にあったっけ?」
「ううん、特別だよ!」
和沙の問いかけに応えたのはテオではなく、スズランのアーチの真上に座る十色 乃梛(ka5902)であった。和沙が感嘆をあげたことがもう嬉しくて、アーチをより完成させる為に挿し込もうとしていたスズランをふるるんと揺らし、彼女の長い髪も同じようにふるるんと揺れた。
「ミュゲの日っていうリアルブルーで特別な日にちなんでいるんだってさ。っても実はもう過ぎてるんだけど」
「終わっているのに、まだ続くの」
「そうさ、人生という日は毎日が特別なんだよ」
2人を出迎えるように中折れ帽を取って挨拶したのはイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
「特にミュゲはね。お世話になった人や愛する人にスズランを贈る日のことなんだけれど、その花言葉は『幸せが再び訪れますように』なんだよ。そう、花を渡した日があるなら、幸せという形になる日も必要ってことさ。さあ素敵な幸福が舞い込んでくるよ」
ね。とイルムは笑ってテオにウィンクひとつすると、スズランを一輪。テオに手渡した。
「もう一つ、スズランには別の話もあってさ」
いつになくちょっと言葉につまるテオ。
和沙はもうそれ以上の言葉を聞かずとも、その内容に気づいていた。分かっていたけどテオの言葉をじっと待つ。
「スズランは花嫁の花でもあるんだってさ」
うまく目を見られなくて、地面に視線を落としながら話すテオ。でも次はちゃんと顔を上げて、和沙の空より蒼い目を見て言った。
「和沙が大人になったら、俺のお嫁さんになってくれますか?」
最近、一緒にいられること少なくて、こうして誘ってくれただけでうれしかった。それだけでもう嬉しくて、泣きそうなのに。
口を少し開いて、ああ、でも喉が詰まって言葉が出ない。
和沙はかすれて「喜んで」と言ったが、それも言葉にちゃんとならないから、大きく頷いて返事をした。
「コングラッツィオーニ!!」
「ひゃー、おめでとー!!」
イルムが高らかに祝辞を詠うと、乃梛もスズランの門の上からぱぁっとスズランの雨を降らせて二人を祝った。
それと同時にスズランの門が一斉に、チリリン・リン。と本当に鈴音のように音を鳴り響く。
2人を祝福するように。
テオと和沙は手を握り合い、ぴたりと寄り添いあいながら、そのスズランの門を通り抜けていった。
●
「さあ、どんどん食べていって。今日は特別な日よ」
スズランの花を模したリボンでデコレーションされた加ガレットはなんと言っても甘いひと時を作るシャーリーン・クリオール(ka0184)製。そして配るのは高瀬 未悠(ka3199)。
「あ、高瀬さんだー」
声をかけたジュード・エアハート(ka0410)はミュゲのドレス姿で、エアルドフリス(ka1856)の腕に自分の腕を絡ませながら、もう反対の手で高らかに手を振って挨拶をした。
「あら、ジュード、エアルドフリス。一つ食べて言って。とっても美味しいのよ」
そう言って未悠はお盆に載せたガレットを一つ自分の口へ。堂々としたつまみ食いに二人は一瞬驚いたが、その後に浮かべるなんとも言えない至福の笑顔は最高の広告だ。
「こんな顔のジュードを見て見たいな」
「オレだって喫茶店のオーナーだからね、そう簡単に、あんないい笑顔は見せられないかも」
顔を寄せて笑いあう二人にシャーリーンが屋台の奥から顔を覗かせた。
「それじゃこっちも特別な一品を用意しないといけないね」
シャーリーンはそう言うと荒挽きと細かく引いた二種のそば粉を溶いて、鉄板の上に広げて見せた。そしてレーズンやオレンジピールを混ぜてアーモンドクリームでトッピング。くるりと巻いたら、ガレットデロワの出来上がり。
「さぁどうぞ」
「いい香りがする! エアさん、一緒に食べよ」
一つのお菓子に顔を寄せ合って、両側から一口ずつ。
その睦まじい姿に、未悠は一瞬表情が固まった。
「美味しい!」
「あちちち」
「もう、エアさん、急ぎすぎー」
幸せにする料理。幸せな時間。
自分を投影したくて、でもその相手が傍に居なくて。料理だって本当は自分も作りたい。
「そういえば、この飾りリボンはミユが用意したのか?」
エアルドフリスの目線が未悠に飛び込んできたかと思うと、彼は包んでいたスズランを模様が入った色とりどりのリボンに目を向けた。
「ええ、普通のリボンなんだけど、結ぶと可愛いかなって思って」
「ほう、リボンか……少し貰っていいかね」
ロールから適当な長さをひっぱり出すと、エアルドフリスはジュードの髪にそっと手を入れ、そのリボンで一房をくくって見せた。
「へへへ、ありがとう」
ジュードは幸せいっぱいの笑顔を見せて、そしてエアルドフリスの曇った金髪が張り付く額から頬へとハンカチを当てた。それは密かにスズランを探し回っていたエアルドフリスへのお礼。ジュードがぬぐった汗がそうだと教えてくれていたから。
「ミユのリボン、助かったよ。一昨年も去年も贈りあった花がこうして、今年も続けることができた」
「お邪魔じゃなかったかしら」
「ううん、かけがえのない一日をくれたんだから、ね」
2人にお礼を言われると未悠も笑顔になって、幸せを届けるというのも悪くないと思えた。
だけどやっぱり少し羨ましいと思うのは、仕方のないことか。
後でやっぱり気になるあの人の元に訪れようと密かに決めた未悠にシャーリーンが声をかけた。
「さて、客も減ったし、ちょっと練習でもしてみる? 料理の」
「え……」
びっくりする未悠にシャーリーンはウィンクをして見せた。
「スズランを贈るんだろう? それじゃ飛び切りのお菓子もあればきっと笑顔も咲くものさね」
そうした人のつながりもきっとスズランの奇跡。
●
エアルドフリスがスズランを見つけられなかったのは、たくさんの人が遅れてやってきたこのスズランに想いを馳せる人が多かったから。
そして少しでも人々の気持ちをつなぐべく、優しい心が起こしたことからに始まる。
「どうすんの……」
巡礼服姿の少年は一抱えあるスズランの束を持ったはいいが、途方に暮れていた。抱えたスズランで前すら見えない有様では渡せもしない。誰にも泣いてほしくはないと、人にも、花にも。さりとて身に余る想いを抱え込むと、身が定まらぬ。まるで自分の歩んできた道を滑稽に演じているようだった。
「あの、少しもらえる事できますか? えーと、5つ」
そんな彼がよほど目立ったのだろうか、少女が一人、思い切って声をかけてくれた。
ありがたいと、少年はスズランを5つ選んで引き抜き、彼女に……。
そこで目が合った。
「「あ」」
巡礼服の少年はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)、そして受け取った少女は岩井崎 メル(ka0520)。互いにちょっと気まずい仲。主に考え方の違いでひと悶着したことによる。
「何してるんですか」
「なにって……人違い……いや、その。この花が捨てられているように咲いているのもどうかと思って。だいたいそっちはなんだ、渡す相手はまた歪虚か」
潜むつもりで巡礼服姿になったものの、花は見られてこそ、渡してこそ、という結論に至ったのが間違いだったか。アウレールはさりげなくスズランで顔を隠しながら答えた。
「歪虚でも人間でもいいじゃないですか。過去は変えられませんけれど忘れたりしないために。想い出の楔と、証にしたいんです」
異世界エバーグリーンの再興を目指している夢を持っている事、応援してほしい。
大切な人ができたということを。愛する人といることの想いを改めたいということ。
それから、これからも未来の為にあがきますということ。
「……そうか。……そうか」
言葉がうまく紡げないでアウレールはどもるように言葉を繰り返した。
「その誓いで涙する人間が一人でも減るのなら、それも構わないだろう。精々役立ててくれ」
やっとのことで紡ぎ出した言葉。
メルもそれ以上言葉も重ねることなく、少しだけ沈黙のとばりが降りた後、別れようとした時だった。
「しかしこのスズラン。奇跡を起こせってやつだろ、洒落てんなぁ、おっさん帰っていい?」
二人の間に現れたのは鵤(ka3319)。
「帰れ」
「あ、ひどい。おっさん傷ついたわぁ」
さめざめとそう言うと、鵤はアウレールのもつスズランを数本引き抜き、そのままいじけるように背を丸めてスズランをいじっていたかと思うと、すぐにスズランで花冠と腕輪を作り、二人の頭にそれぞれ乗っけた。
「これは……」
「幸せな日に、そんなギスギスしてんじゃないよ。おっさんからの幸せのおすそ分け」
「うわぁ」
2人してビミョーな空気が漂う。原因はおっさんだからだろうか。
いや、それもあるが、どちらかというと先程までのシャープな空気が間違いなくマイルドになってしまったということにある。おっさんの幸せ力はすごかった。
「あ、皆さんとても幸せそう……? あの、よければ想い出に一枚、どう?」
その上におずおずとやって来るのは魔導カメラをもったアリス・ブラックキャット(ka2914)だ。
「お花は枯れちゃうけど、思い出はいつまでも、のこるから……」
「よ、余所でやってくれ」
もはや変装の意味がないどころか悪くなってるアウレールはか細い悲鳴をあげたが、それを照れととったか、アリスはくすりと笑った。
「仲いいんですね!」
「いや、そんなことは決して……」
メルもさすがに首を横に振ったが、アリスはそれを恥じらいと受け取り、いよいよカメラを構える。
「いよーし、何があったかわからんが、記念の一枚な」
「あっーーー」
物事は万華鏡。見方が変われば模様も変わる。出会う人によってもまた変わる。
そしてカメラのシャッター音が響いた。
●
「幸せがあなたに訪れますように」
穏やかな笑顔と共にリボンを結んだスズランを。志鷹 都(ka1140)はそうしてスズランを渡していた。
「しあわ、せ……? 貰っていいの?」
何の気なく声をかけられたシェリル・マイヤーズ(ka0509)はそれを不思議そうに目を落とした。
「そう。そちらに置いてあったお花ですけれども。置かれた方はどなたかは存じませんが、このお花で奇跡を起こしてくださいと書かれていましたので、少しばかりお手伝いをしています」
都の言葉に少しシェリルは戸惑い気味だった。ミュゲの日というものは知識として知ってはいたが、こうして自分の幸せを願って渡されるというのは、どう反応していいのか困るというのが正直なところだった。
おずおずと受け取って、花を見つめると心が温かくなるのは、花を置いてくれた人の、そしてそれを優しい言葉と共に渡してくれた都の、心がこもっているからだろうか。
シェリルは胸元で抱きしめるようにして、それから都におずおずと尋ねた。
「奇跡って、なんだろ……? 私にも、起こせる……? どうやったらできるかな」
今胸が温かいのは都の奇跡。じゃあシェリルも何かしたいと思うのもごく自然な心の流れでもあった。
「ええ、もちろん。じゃあ、大切な人を思い浮かべてみてください。例えば私ならそう……我が子がいます。皐月に生まれた双子。我が子達の未来が幸せでありますように、生まれてきてくれたことに感謝を。そんな願いを込めてリボンをくくるの。後はその子に思い浮かべた言葉をかけてプレゼントすれば、きっと通じますよ」
シェリルが都の言葉を聞いて思い浮かべたのは帝国皇子カッテ=ウランゲル。最後に会ったのはいつだっただろうか。だが、彼女の心には彼はまだずっと傍にいた。
渡したい。ありがとうと、祝福の気持ちをいっぱいに込めて。
「でも遠い……会えるかどうかもわからない。花はその前に萎れちゃう」
悲しそうに視線を落とすシェリルを見て、都はそれじゃあとポシェットから一枚の紙を取り出した。栞。スズランを押し花にしたものだった。
「これなら、花も心もいつまでも。このスズランを置いていった方に笑顔の未来と幸せを届けようと思って作っていたの」
「それいい……! やる」
これなら彼の元にきっと届けられるはず。
ぎゅっと押して綺麗な紙で、カッテが喜ぶ顔をいっぱい思い浮かべて。シェリルは栞を作った。
想いは千里をかける。それは必ず届くはず。
「それじゃあ、お願いね」
レオナ(ka6158)は昼下がりの陽光を受けて七色に染まる髪の隙間から紫の瞳を覗かせて、子供たちに笑顔を贈った。
贈ったのは他にもある。都、そしてシェリルから預かった栞と、それからスズラン。
「おれなんか同盟まで行くからね」
「へへんだ、おれなんてハンターの人と知りあいなんだぜ。リアルブルーまで行くんだぜ」
子供たちはそれぞれを持ったスズランを自慢げに見せあいながら、今にも駆けだしていきそうだ。
「なんだこれ、競争か?」
子供たちがいよいよ走り出す様子をリュー・グランフェスト(ka2419)は尋ねた。その横顔は少し諦め顔。赤いシャツの襟は汗で濡れて濃くなっている。
「リレーよ。スズランを渡して、渡して一番遠くまで届けた人の勝ち。そしてできるだけたくさんの人の手に渡るように。スズランは幸せが再び訪れますように。そんな願いを込めてね」
レオナの説明にふうん、と軽く聞き流していたリューだったがはたと気が付いて、自分の持っていた一輪のスズランを一人の子供に手渡した。
ピースホライズンの子ではないのだろう。服は貧相だし、肌も長時間の屋外にいるからとても焼けていた。毎日働くのは近隣の……帝国の地方の子供だ。
「良かったら、渡してくれないかな」
「いいの?」
「ああ、俺に起こせない奇跡でもキミなら起こせそうだから」
一縷の望みをかけて街中を歩き回ったが、ついぞその人は見当たらなかった。
奇跡とはいっても、できることとできないことがあるかとリューは諦めかけていたのだが、どうも奇跡というのは、こうして奇縁を通してやってくることもあるらしい。
「幸せになって欲しい人に渡してあげてくれよな」
「うん」
あの子がどこに住んでいるのか知らないけれど、きっと人づてにリューの求める相手に届くことだろう。
「それじゃあ、よーい、スタート」
レオナのぱんと手を打ち合わせる音により、子供たちはそれぞれの胸に秘める、そしてたくさんの人の想いと共に、駆け始めていった。
●
「どうすんだ、いや、でもな……」
雪都(ka6604)はスズランの花をくるくる指で挟んで回転させながらも、眼鏡の奥は真剣そのものだった。
渡すべきか渡さざるべきか。
「なんだ、こんな時にシケた顔してんな」
誰だかわからないがその軽薄な言葉にむっとして、雪都は言葉の主を視界に収めようとしたが、なかなかに難しい相手だった。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は街のど真ん中で傾き始めた強い日差しを黄金の鎧で乱反射させて叫ぶのだから。
「奇跡を起こしてくれって書いてた花を、どうするかなんて決まりきってるだろ」
「とは言ってもな、花を上げるって重すぎるだろ、誤解されたらどうする」
雪都はそう言いながらも自問を繰り返していた。
誤解ってなんだ? 誤解されて困るのか? 彼女はそう言う事を気にするのか? それより自分はどう思っているんだ?
視界に燦然と輝くジャックですらも半分目に入らないような雪都にジャックはくくく、と笑いだして、彼を懊悩の檻から引きずり出した。
「奇跡ってのはな、自分勝手な思い込みなんだよ。どんなちょっとしたことでも、そいつが奇跡だって思えば、奇跡になる。その一歩からウジウジしてれば、奇跡も起きないだろうがよ!」
ジャックは胸を張った答えに雪都は苛立ちを覚えた。人の気も知らないクセにと言ってやろうとしたところで、街の壁にスズランを飾って回っていたミオレスカ(ka3496)がくすりと笑った。
「頼もしい言葉です」
「おお、おぉおオ、おぅ!」
ミオレスカの福福とした笑顔に先程までの自身はどこへやら、緊張しすぎて今にも砕けてしまいそうなジャック様。
「このお花を置かれた方のお話をうかがって来ました。もう店を閉められたそうなんですが、お花で人を幸せにしたかったそうなんです。だから花も喜ばれるお手伝いをさせてあげたいですね。奇跡、たくさん起こしてあげたいです」
「そっか」
2人の言葉を聞いて雪都には少しつながった気がした。
変に思われるかもしれない、誤解されるかもしれない。
でも、何もしなければ気持ちは伝わらない。花に込もる願いも果たしてやれない。
「よ、よし……」
「そ、そンな固くなンなよ?」
ミオレスカが横にいてガチガチなジャックからのアドバイスに、雪都も固い顔つきが頷き返す。
ミオレスカすら悩むその様子に、涼やかに笑いながらも声をかけてくれたのは鞍馬 真(ka5819)だった。
「他人を意識しすぎるからじゃないか?」
「そんなこたぁわかってんだよ!」
2人から楽しいの叫びが響くが鞍馬はそのまま言葉を続けた。
「相手はどう思うだろう、奇跡は相手がそう思うことによって起こる、花にも人が喜ぶ手伝いをしたい。皆の意見のキーワードは自分の心の中にある。そう考える事で心温まる自分がいることが重要だと思う」
少量のスズランを手に目を落とす鞍馬は友人や世話になってくれた人の顔を思い出しているようだった。それだけで幸せになる。
スズランはそんな彼に微笑んでいるのだろう。
「一杯力を込めすぎると、疲れてしまいます。また来年もこんな日を過ごせるように、少しだけのお力でお願いしますね」
ミオレスカの言葉にジャックはまたギクシャクとしながらも雪都に向き直り話し始めた。
「そうそう、それだ、それなんだよ。花は、その花屋からのプレゼントなわけだろ。じゃあそれを庭に植えて種を採って渡せば、それはお前からのプレゼントだ」
「そうか種か!」
雪都もそれならばと目が輝いた。
「よくあんなこと思いつくな。スズランを種から花を咲かせるのは最低でも1年以上はかかるぞ」
聞くつもりはなかったが、あれだけ街の通りでぎゃーぎゃーと騒いでいたら嫌が応にも耳に飛び込んでくる。玉兎 小夜(ka6009)はため息一つつきながら、自分もまた手に取った。
さりとて小夜にとっても奇跡と言われてもどうすればいいのか。
少しの間思考を巡らせていたものの結論はでてこない。
「あー……めんどくさい」
「どうかしましたか、うさぎさん」
考え込む小夜の目の前に、飛び出て来たのは玉兎・恵(ka3940)。ミュゲのドレスの裾をかるく振りながら、にこりと微笑む。
「恵か。そのドレス、よく似合うな」
色んな案が浮かんできたものの、こうして渡したい相手は目の前にすでにいて、今更どんな奇跡を装えというのやら。
恵はドレスを見せびらかすように、一回転すると、小夜を覗き込むようにしてドレスから一輪、スズランを差し出した。
「はい、強くて優しくて、繊細にご主人様にプレゼント」
「あー」
こちらが一生懸命頭を絞っているというのに、こうも真っ直ぐに思いを告げられては、他にどんなサプライズをしたって冴えない奇跡にしかならないだろう。
やめだ。小夜は頭を振ってぐだぐだの考えを捨ててしまうと、彼女からもまた手にしていたスズランを恵に差し出した。
「これは、堕ちても呪うほどの憎しみも、受け止めてくれた貴女に」
「ふふ♪」
互いに差し出す手の先で咲くスズランが触れあい、お辞儀しあうようにちりりんりんと揺れる。
そんなスズランの上で二人は吐息も感じられるほどに近く見つめ合った。
「こうして出会えたことが何よりも奇跡、だな」
「はい♪ いつまでも続く無限の奇跡、です」
徐々に伸びゆく2人のがそっと重なる。
●
走った。玄間 北斗(ka5640)は路地を縦横無尽に。
花は人を幸せにしたよ。
街は笑顔で溢れている。そのきっかけを与えたのに、その街に背を向けて、悲しい想いを背負ったまま去ろうとしている人がいる。
夕暮れの街を玄間は花の薫りを頼りに走り続けた。
「花屋をやっていた女の人、知っていたら教えて欲しいのだ」
そう聞いたのは何人目だったか。最後に尋ねたのはスズランの薫りが少し残る男だった。
「そいつのこと探してどうするんだ?」
男は玄間の言葉を聞くと、疑う素振りもみせず、まるで試すような口ぶりでそう尋ねた。
「みんな幸せになったのだ。ミュゲの花言葉は再び幸せが訪れる、オイラたちの幸せを少しでも知ってもらって返したいのだ」
「……そうか」
男は帝国側の出口を指さしたのを見て玄間は走った。
行きかう人々はいよいよ訪れる夜のとばりから逃げるように足早に町を出、また入っていた。その人ごみの中で一人を探すことは困難したであろうが、超嗅覚をもつ玄間にとって草の香り艶やかな人というのは案外見つけやすいものだった。
「いたのだ!」
声をかけられた女、今日までこの街の小さな花屋の主人だった女性エリンは玄間の声に驚いたように振り向いた。
「あの……何か?」
「エリンさん、なのだ?」
狼狽しながら頷く彼女に、玄間は良かったぁと大きく息を吐いて、走って乱れた呼吸を整えると姿勢を正してにぱっと笑顔を浮かべた。
「お礼を言いたかったのだ。おいらの夢はみんなの笑顔を紡ぐこと、おいらがやりたくてもできなかった夢をエリンさんは叶えてくれたのだ。だからありがとう、って」
その言葉を聞いてもエリンは困惑したままだった。
それもそうだろう、捨てたはずのスズランが色んな喜びと幸せを産んだなんて、知る由もない。
「ミュゲの日はいつも特別。幸せを願う日であることには変わらない。そんな日をくださってありがとうございます」
困惑するエリンにそっと声をかけたのはエステル・クレティエ(ka3783)だった。スズランをモチーフにしたミュゲのドレスにマリアヴェールから漏れる茶色の髪。それは本当にミュゲの精霊が抜け出したかのよう。そんなエステルに声をかけられたのだから、エリンはますます複雑な顔になった。
「もしかして、スズラン……」
「そうですよ、そのスズランです。それがたくさんの人を幸せにしたんです」
またそっくりな衣装で声をかけたのはルナ・レンフィールド(ka1565)。二人が並ぶと、本当に姉妹のようであり、祝福されしミュゲの娘というに相違ない容姿であった。
「この格好ができたのも、ミュゲの日のおかげ。着たいな、いいなっていったら友達が送ってくれて」
「その後でエステルちゃんのお兄さんも見つけてくれて、妹とお揃いだからって……ね」
2人は顔を向かい合わせにして、くすりと笑ったあと、エリンに向き直って深々とお辞儀をした。
「ほんの少しだけ、お礼として……どうぞ一曲お受け取り下さい」
そしてルナは月の意匠が施された銀色の笛に口をつけると、静かにゆっくり。音色を奏でた。
騒がしい往来の音が消えて、ゆるりとした時の流れが停まる。
今日 ずっと一緒にいようと決めた人がいたのよ。スズランの門をくぐって祝福を受けたの。
エステルは音色に合わせて歌った。それは娘が嬉しくてたまらない様子で母親に報告するかのようだ。
エリンは話しかけられるその内容に、それが今日、日中、この街のどこかであったのだとすぐに気づいた。
遠い遠い手の届かない人への気持ちを届けることができたよ。
続いてエステルが笛を吹くと、ルナが囁きかけるように歌った。
2人は交互に唄い出す。
自分の好きな気持ちをスズランを見て確認することができたのよ。
毎日好きって言い合う仲でも、やっぱりあなたがいい。そう確認もできたのよ。
2人は揃って笛を吹きだす。
嬉しいのよ。ありがとう。そんな気持ちをいっぱい込めて。
エリンは気が付けば泣いていた。
自分がもう大きな幸せ、道行く誰かに幸せをもたらすことができることはないと思っていたし、それを確認することもないだろうと諦めきっていた。だから。
2人の音色が、呼び止めた玄間の心遣いが、たまらなくうれしくて。
「またたくさんの人を幸せにしてほしいのだ」
スズランとささやかな気持ちを包んだ都の作った栞とプレゼントを差し出した玄間に対して、エリンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で精いっぱい、笑顔を作ってうなずいた。
「ありがとう……もうここには来られないだろうけど、村に戻ったらスズランを育てるわ。またみんなが幸せになれますように、って」
幸せは廻る。巡る。
時を越えてきっと来年も、人の幸せを願う日はやってくる。
柄永 和沙(ka6481)はピースホライズンに足を踏み入れると輝く青空に顔を照らしてそう言った。
雲一つない空に優しくなじませてくれるスズランの白。外から足を踏み入れた彼女とテオバルト・グリム(ka1824)の二人を迎えるようにスズランの花が大きなアーチを作って、2人の来訪を歓迎しているようであった。
「こんなの前にあったっけ?」
「ううん、特別だよ!」
和沙の問いかけに応えたのはテオではなく、スズランのアーチの真上に座る十色 乃梛(ka5902)であった。和沙が感嘆をあげたことがもう嬉しくて、アーチをより完成させる為に挿し込もうとしていたスズランをふるるんと揺らし、彼女の長い髪も同じようにふるるんと揺れた。
「ミュゲの日っていうリアルブルーで特別な日にちなんでいるんだってさ。っても実はもう過ぎてるんだけど」
「終わっているのに、まだ続くの」
「そうさ、人生という日は毎日が特別なんだよ」
2人を出迎えるように中折れ帽を取って挨拶したのはイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
「特にミュゲはね。お世話になった人や愛する人にスズランを贈る日のことなんだけれど、その花言葉は『幸せが再び訪れますように』なんだよ。そう、花を渡した日があるなら、幸せという形になる日も必要ってことさ。さあ素敵な幸福が舞い込んでくるよ」
ね。とイルムは笑ってテオにウィンクひとつすると、スズランを一輪。テオに手渡した。
「もう一つ、スズランには別の話もあってさ」
いつになくちょっと言葉につまるテオ。
和沙はもうそれ以上の言葉を聞かずとも、その内容に気づいていた。分かっていたけどテオの言葉をじっと待つ。
「スズランは花嫁の花でもあるんだってさ」
うまく目を見られなくて、地面に視線を落としながら話すテオ。でも次はちゃんと顔を上げて、和沙の空より蒼い目を見て言った。
「和沙が大人になったら、俺のお嫁さんになってくれますか?」
最近、一緒にいられること少なくて、こうして誘ってくれただけでうれしかった。それだけでもう嬉しくて、泣きそうなのに。
口を少し開いて、ああ、でも喉が詰まって言葉が出ない。
和沙はかすれて「喜んで」と言ったが、それも言葉にちゃんとならないから、大きく頷いて返事をした。
「コングラッツィオーニ!!」
「ひゃー、おめでとー!!」
イルムが高らかに祝辞を詠うと、乃梛もスズランの門の上からぱぁっとスズランの雨を降らせて二人を祝った。
それと同時にスズランの門が一斉に、チリリン・リン。と本当に鈴音のように音を鳴り響く。
2人を祝福するように。
テオと和沙は手を握り合い、ぴたりと寄り添いあいながら、そのスズランの門を通り抜けていった。
●
「さあ、どんどん食べていって。今日は特別な日よ」
スズランの花を模したリボンでデコレーションされた加ガレットはなんと言っても甘いひと時を作るシャーリーン・クリオール(ka0184)製。そして配るのは高瀬 未悠(ka3199)。
「あ、高瀬さんだー」
声をかけたジュード・エアハート(ka0410)はミュゲのドレス姿で、エアルドフリス(ka1856)の腕に自分の腕を絡ませながら、もう反対の手で高らかに手を振って挨拶をした。
「あら、ジュード、エアルドフリス。一つ食べて言って。とっても美味しいのよ」
そう言って未悠はお盆に載せたガレットを一つ自分の口へ。堂々としたつまみ食いに二人は一瞬驚いたが、その後に浮かべるなんとも言えない至福の笑顔は最高の広告だ。
「こんな顔のジュードを見て見たいな」
「オレだって喫茶店のオーナーだからね、そう簡単に、あんないい笑顔は見せられないかも」
顔を寄せて笑いあう二人にシャーリーンが屋台の奥から顔を覗かせた。
「それじゃこっちも特別な一品を用意しないといけないね」
シャーリーンはそう言うと荒挽きと細かく引いた二種のそば粉を溶いて、鉄板の上に広げて見せた。そしてレーズンやオレンジピールを混ぜてアーモンドクリームでトッピング。くるりと巻いたら、ガレットデロワの出来上がり。
「さぁどうぞ」
「いい香りがする! エアさん、一緒に食べよ」
一つのお菓子に顔を寄せ合って、両側から一口ずつ。
その睦まじい姿に、未悠は一瞬表情が固まった。
「美味しい!」
「あちちち」
「もう、エアさん、急ぎすぎー」
幸せにする料理。幸せな時間。
自分を投影したくて、でもその相手が傍に居なくて。料理だって本当は自分も作りたい。
「そういえば、この飾りリボンはミユが用意したのか?」
エアルドフリスの目線が未悠に飛び込んできたかと思うと、彼は包んでいたスズランを模様が入った色とりどりのリボンに目を向けた。
「ええ、普通のリボンなんだけど、結ぶと可愛いかなって思って」
「ほう、リボンか……少し貰っていいかね」
ロールから適当な長さをひっぱり出すと、エアルドフリスはジュードの髪にそっと手を入れ、そのリボンで一房をくくって見せた。
「へへへ、ありがとう」
ジュードは幸せいっぱいの笑顔を見せて、そしてエアルドフリスの曇った金髪が張り付く額から頬へとハンカチを当てた。それは密かにスズランを探し回っていたエアルドフリスへのお礼。ジュードがぬぐった汗がそうだと教えてくれていたから。
「ミユのリボン、助かったよ。一昨年も去年も贈りあった花がこうして、今年も続けることができた」
「お邪魔じゃなかったかしら」
「ううん、かけがえのない一日をくれたんだから、ね」
2人にお礼を言われると未悠も笑顔になって、幸せを届けるというのも悪くないと思えた。
だけどやっぱり少し羨ましいと思うのは、仕方のないことか。
後でやっぱり気になるあの人の元に訪れようと密かに決めた未悠にシャーリーンが声をかけた。
「さて、客も減ったし、ちょっと練習でもしてみる? 料理の」
「え……」
びっくりする未悠にシャーリーンはウィンクをして見せた。
「スズランを贈るんだろう? それじゃ飛び切りのお菓子もあればきっと笑顔も咲くものさね」
そうした人のつながりもきっとスズランの奇跡。
●
エアルドフリスがスズランを見つけられなかったのは、たくさんの人が遅れてやってきたこのスズランに想いを馳せる人が多かったから。
そして少しでも人々の気持ちをつなぐべく、優しい心が起こしたことからに始まる。
「どうすんの……」
巡礼服姿の少年は一抱えあるスズランの束を持ったはいいが、途方に暮れていた。抱えたスズランで前すら見えない有様では渡せもしない。誰にも泣いてほしくはないと、人にも、花にも。さりとて身に余る想いを抱え込むと、身が定まらぬ。まるで自分の歩んできた道を滑稽に演じているようだった。
「あの、少しもらえる事できますか? えーと、5つ」
そんな彼がよほど目立ったのだろうか、少女が一人、思い切って声をかけてくれた。
ありがたいと、少年はスズランを5つ選んで引き抜き、彼女に……。
そこで目が合った。
「「あ」」
巡礼服の少年はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)、そして受け取った少女は岩井崎 メル(ka0520)。互いにちょっと気まずい仲。主に考え方の違いでひと悶着したことによる。
「何してるんですか」
「なにって……人違い……いや、その。この花が捨てられているように咲いているのもどうかと思って。だいたいそっちはなんだ、渡す相手はまた歪虚か」
潜むつもりで巡礼服姿になったものの、花は見られてこそ、渡してこそ、という結論に至ったのが間違いだったか。アウレールはさりげなくスズランで顔を隠しながら答えた。
「歪虚でも人間でもいいじゃないですか。過去は変えられませんけれど忘れたりしないために。想い出の楔と、証にしたいんです」
異世界エバーグリーンの再興を目指している夢を持っている事、応援してほしい。
大切な人ができたということを。愛する人といることの想いを改めたいということ。
それから、これからも未来の為にあがきますということ。
「……そうか。……そうか」
言葉がうまく紡げないでアウレールはどもるように言葉を繰り返した。
「その誓いで涙する人間が一人でも減るのなら、それも構わないだろう。精々役立ててくれ」
やっとのことで紡ぎ出した言葉。
メルもそれ以上言葉も重ねることなく、少しだけ沈黙のとばりが降りた後、別れようとした時だった。
「しかしこのスズラン。奇跡を起こせってやつだろ、洒落てんなぁ、おっさん帰っていい?」
二人の間に現れたのは鵤(ka3319)。
「帰れ」
「あ、ひどい。おっさん傷ついたわぁ」
さめざめとそう言うと、鵤はアウレールのもつスズランを数本引き抜き、そのままいじけるように背を丸めてスズランをいじっていたかと思うと、すぐにスズランで花冠と腕輪を作り、二人の頭にそれぞれ乗っけた。
「これは……」
「幸せな日に、そんなギスギスしてんじゃないよ。おっさんからの幸せのおすそ分け」
「うわぁ」
2人してビミョーな空気が漂う。原因はおっさんだからだろうか。
いや、それもあるが、どちらかというと先程までのシャープな空気が間違いなくマイルドになってしまったということにある。おっさんの幸せ力はすごかった。
「あ、皆さんとても幸せそう……? あの、よければ想い出に一枚、どう?」
その上におずおずとやって来るのは魔導カメラをもったアリス・ブラックキャット(ka2914)だ。
「お花は枯れちゃうけど、思い出はいつまでも、のこるから……」
「よ、余所でやってくれ」
もはや変装の意味がないどころか悪くなってるアウレールはか細い悲鳴をあげたが、それを照れととったか、アリスはくすりと笑った。
「仲いいんですね!」
「いや、そんなことは決して……」
メルもさすがに首を横に振ったが、アリスはそれを恥じらいと受け取り、いよいよカメラを構える。
「いよーし、何があったかわからんが、記念の一枚な」
「あっーーー」
物事は万華鏡。見方が変われば模様も変わる。出会う人によってもまた変わる。
そしてカメラのシャッター音が響いた。
●
「幸せがあなたに訪れますように」
穏やかな笑顔と共にリボンを結んだスズランを。志鷹 都(ka1140)はそうしてスズランを渡していた。
「しあわ、せ……? 貰っていいの?」
何の気なく声をかけられたシェリル・マイヤーズ(ka0509)はそれを不思議そうに目を落とした。
「そう。そちらに置いてあったお花ですけれども。置かれた方はどなたかは存じませんが、このお花で奇跡を起こしてくださいと書かれていましたので、少しばかりお手伝いをしています」
都の言葉に少しシェリルは戸惑い気味だった。ミュゲの日というものは知識として知ってはいたが、こうして自分の幸せを願って渡されるというのは、どう反応していいのか困るというのが正直なところだった。
おずおずと受け取って、花を見つめると心が温かくなるのは、花を置いてくれた人の、そしてそれを優しい言葉と共に渡してくれた都の、心がこもっているからだろうか。
シェリルは胸元で抱きしめるようにして、それから都におずおずと尋ねた。
「奇跡って、なんだろ……? 私にも、起こせる……? どうやったらできるかな」
今胸が温かいのは都の奇跡。じゃあシェリルも何かしたいと思うのもごく自然な心の流れでもあった。
「ええ、もちろん。じゃあ、大切な人を思い浮かべてみてください。例えば私ならそう……我が子がいます。皐月に生まれた双子。我が子達の未来が幸せでありますように、生まれてきてくれたことに感謝を。そんな願いを込めてリボンをくくるの。後はその子に思い浮かべた言葉をかけてプレゼントすれば、きっと通じますよ」
シェリルが都の言葉を聞いて思い浮かべたのは帝国皇子カッテ=ウランゲル。最後に会ったのはいつだっただろうか。だが、彼女の心には彼はまだずっと傍にいた。
渡したい。ありがとうと、祝福の気持ちをいっぱいに込めて。
「でも遠い……会えるかどうかもわからない。花はその前に萎れちゃう」
悲しそうに視線を落とすシェリルを見て、都はそれじゃあとポシェットから一枚の紙を取り出した。栞。スズランを押し花にしたものだった。
「これなら、花も心もいつまでも。このスズランを置いていった方に笑顔の未来と幸せを届けようと思って作っていたの」
「それいい……! やる」
これなら彼の元にきっと届けられるはず。
ぎゅっと押して綺麗な紙で、カッテが喜ぶ顔をいっぱい思い浮かべて。シェリルは栞を作った。
想いは千里をかける。それは必ず届くはず。
「それじゃあ、お願いね」
レオナ(ka6158)は昼下がりの陽光を受けて七色に染まる髪の隙間から紫の瞳を覗かせて、子供たちに笑顔を贈った。
贈ったのは他にもある。都、そしてシェリルから預かった栞と、それからスズラン。
「おれなんか同盟まで行くからね」
「へへんだ、おれなんてハンターの人と知りあいなんだぜ。リアルブルーまで行くんだぜ」
子供たちはそれぞれを持ったスズランを自慢げに見せあいながら、今にも駆けだしていきそうだ。
「なんだこれ、競争か?」
子供たちがいよいよ走り出す様子をリュー・グランフェスト(ka2419)は尋ねた。その横顔は少し諦め顔。赤いシャツの襟は汗で濡れて濃くなっている。
「リレーよ。スズランを渡して、渡して一番遠くまで届けた人の勝ち。そしてできるだけたくさんの人の手に渡るように。スズランは幸せが再び訪れますように。そんな願いを込めてね」
レオナの説明にふうん、と軽く聞き流していたリューだったがはたと気が付いて、自分の持っていた一輪のスズランを一人の子供に手渡した。
ピースホライズンの子ではないのだろう。服は貧相だし、肌も長時間の屋外にいるからとても焼けていた。毎日働くのは近隣の……帝国の地方の子供だ。
「良かったら、渡してくれないかな」
「いいの?」
「ああ、俺に起こせない奇跡でもキミなら起こせそうだから」
一縷の望みをかけて街中を歩き回ったが、ついぞその人は見当たらなかった。
奇跡とはいっても、できることとできないことがあるかとリューは諦めかけていたのだが、どうも奇跡というのは、こうして奇縁を通してやってくることもあるらしい。
「幸せになって欲しい人に渡してあげてくれよな」
「うん」
あの子がどこに住んでいるのか知らないけれど、きっと人づてにリューの求める相手に届くことだろう。
「それじゃあ、よーい、スタート」
レオナのぱんと手を打ち合わせる音により、子供たちはそれぞれの胸に秘める、そしてたくさんの人の想いと共に、駆け始めていった。
●
「どうすんだ、いや、でもな……」
雪都(ka6604)はスズランの花をくるくる指で挟んで回転させながらも、眼鏡の奥は真剣そのものだった。
渡すべきか渡さざるべきか。
「なんだ、こんな時にシケた顔してんな」
誰だかわからないがその軽薄な言葉にむっとして、雪都は言葉の主を視界に収めようとしたが、なかなかに難しい相手だった。
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は街のど真ん中で傾き始めた強い日差しを黄金の鎧で乱反射させて叫ぶのだから。
「奇跡を起こしてくれって書いてた花を、どうするかなんて決まりきってるだろ」
「とは言ってもな、花を上げるって重すぎるだろ、誤解されたらどうする」
雪都はそう言いながらも自問を繰り返していた。
誤解ってなんだ? 誤解されて困るのか? 彼女はそう言う事を気にするのか? それより自分はどう思っているんだ?
視界に燦然と輝くジャックですらも半分目に入らないような雪都にジャックはくくく、と笑いだして、彼を懊悩の檻から引きずり出した。
「奇跡ってのはな、自分勝手な思い込みなんだよ。どんなちょっとしたことでも、そいつが奇跡だって思えば、奇跡になる。その一歩からウジウジしてれば、奇跡も起きないだろうがよ!」
ジャックは胸を張った答えに雪都は苛立ちを覚えた。人の気も知らないクセにと言ってやろうとしたところで、街の壁にスズランを飾って回っていたミオレスカ(ka3496)がくすりと笑った。
「頼もしい言葉です」
「おお、おぉおオ、おぅ!」
ミオレスカの福福とした笑顔に先程までの自身はどこへやら、緊張しすぎて今にも砕けてしまいそうなジャック様。
「このお花を置かれた方のお話をうかがって来ました。もう店を閉められたそうなんですが、お花で人を幸せにしたかったそうなんです。だから花も喜ばれるお手伝いをさせてあげたいですね。奇跡、たくさん起こしてあげたいです」
「そっか」
2人の言葉を聞いて雪都には少しつながった気がした。
変に思われるかもしれない、誤解されるかもしれない。
でも、何もしなければ気持ちは伝わらない。花に込もる願いも果たしてやれない。
「よ、よし……」
「そ、そンな固くなンなよ?」
ミオレスカが横にいてガチガチなジャックからのアドバイスに、雪都も固い顔つきが頷き返す。
ミオレスカすら悩むその様子に、涼やかに笑いながらも声をかけてくれたのは鞍馬 真(ka5819)だった。
「他人を意識しすぎるからじゃないか?」
「そんなこたぁわかってんだよ!」
2人から楽しいの叫びが響くが鞍馬はそのまま言葉を続けた。
「相手はどう思うだろう、奇跡は相手がそう思うことによって起こる、花にも人が喜ぶ手伝いをしたい。皆の意見のキーワードは自分の心の中にある。そう考える事で心温まる自分がいることが重要だと思う」
少量のスズランを手に目を落とす鞍馬は友人や世話になってくれた人の顔を思い出しているようだった。それだけで幸せになる。
スズランはそんな彼に微笑んでいるのだろう。
「一杯力を込めすぎると、疲れてしまいます。また来年もこんな日を過ごせるように、少しだけのお力でお願いしますね」
ミオレスカの言葉にジャックはまたギクシャクとしながらも雪都に向き直り話し始めた。
「そうそう、それだ、それなんだよ。花は、その花屋からのプレゼントなわけだろ。じゃあそれを庭に植えて種を採って渡せば、それはお前からのプレゼントだ」
「そうか種か!」
雪都もそれならばと目が輝いた。
「よくあんなこと思いつくな。スズランを種から花を咲かせるのは最低でも1年以上はかかるぞ」
聞くつもりはなかったが、あれだけ街の通りでぎゃーぎゃーと騒いでいたら嫌が応にも耳に飛び込んでくる。玉兎 小夜(ka6009)はため息一つつきながら、自分もまた手に取った。
さりとて小夜にとっても奇跡と言われてもどうすればいいのか。
少しの間思考を巡らせていたものの結論はでてこない。
「あー……めんどくさい」
「どうかしましたか、うさぎさん」
考え込む小夜の目の前に、飛び出て来たのは玉兎・恵(ka3940)。ミュゲのドレスの裾をかるく振りながら、にこりと微笑む。
「恵か。そのドレス、よく似合うな」
色んな案が浮かんできたものの、こうして渡したい相手は目の前にすでにいて、今更どんな奇跡を装えというのやら。
恵はドレスを見せびらかすように、一回転すると、小夜を覗き込むようにしてドレスから一輪、スズランを差し出した。
「はい、強くて優しくて、繊細にご主人様にプレゼント」
「あー」
こちらが一生懸命頭を絞っているというのに、こうも真っ直ぐに思いを告げられては、他にどんなサプライズをしたって冴えない奇跡にしかならないだろう。
やめだ。小夜は頭を振ってぐだぐだの考えを捨ててしまうと、彼女からもまた手にしていたスズランを恵に差し出した。
「これは、堕ちても呪うほどの憎しみも、受け止めてくれた貴女に」
「ふふ♪」
互いに差し出す手の先で咲くスズランが触れあい、お辞儀しあうようにちりりんりんと揺れる。
そんなスズランの上で二人は吐息も感じられるほどに近く見つめ合った。
「こうして出会えたことが何よりも奇跡、だな」
「はい♪ いつまでも続く無限の奇跡、です」
徐々に伸びゆく2人のがそっと重なる。
●
走った。玄間 北斗(ka5640)は路地を縦横無尽に。
花は人を幸せにしたよ。
街は笑顔で溢れている。そのきっかけを与えたのに、その街に背を向けて、悲しい想いを背負ったまま去ろうとしている人がいる。
夕暮れの街を玄間は花の薫りを頼りに走り続けた。
「花屋をやっていた女の人、知っていたら教えて欲しいのだ」
そう聞いたのは何人目だったか。最後に尋ねたのはスズランの薫りが少し残る男だった。
「そいつのこと探してどうするんだ?」
男は玄間の言葉を聞くと、疑う素振りもみせず、まるで試すような口ぶりでそう尋ねた。
「みんな幸せになったのだ。ミュゲの花言葉は再び幸せが訪れる、オイラたちの幸せを少しでも知ってもらって返したいのだ」
「……そうか」
男は帝国側の出口を指さしたのを見て玄間は走った。
行きかう人々はいよいよ訪れる夜のとばりから逃げるように足早に町を出、また入っていた。その人ごみの中で一人を探すことは困難したであろうが、超嗅覚をもつ玄間にとって草の香り艶やかな人というのは案外見つけやすいものだった。
「いたのだ!」
声をかけられた女、今日までこの街の小さな花屋の主人だった女性エリンは玄間の声に驚いたように振り向いた。
「あの……何か?」
「エリンさん、なのだ?」
狼狽しながら頷く彼女に、玄間は良かったぁと大きく息を吐いて、走って乱れた呼吸を整えると姿勢を正してにぱっと笑顔を浮かべた。
「お礼を言いたかったのだ。おいらの夢はみんなの笑顔を紡ぐこと、おいらがやりたくてもできなかった夢をエリンさんは叶えてくれたのだ。だからありがとう、って」
その言葉を聞いてもエリンは困惑したままだった。
それもそうだろう、捨てたはずのスズランが色んな喜びと幸せを産んだなんて、知る由もない。
「ミュゲの日はいつも特別。幸せを願う日であることには変わらない。そんな日をくださってありがとうございます」
困惑するエリンにそっと声をかけたのはエステル・クレティエ(ka3783)だった。スズランをモチーフにしたミュゲのドレスにマリアヴェールから漏れる茶色の髪。それは本当にミュゲの精霊が抜け出したかのよう。そんなエステルに声をかけられたのだから、エリンはますます複雑な顔になった。
「もしかして、スズラン……」
「そうですよ、そのスズランです。それがたくさんの人を幸せにしたんです」
またそっくりな衣装で声をかけたのはルナ・レンフィールド(ka1565)。二人が並ぶと、本当に姉妹のようであり、祝福されしミュゲの娘というに相違ない容姿であった。
「この格好ができたのも、ミュゲの日のおかげ。着たいな、いいなっていったら友達が送ってくれて」
「その後でエステルちゃんのお兄さんも見つけてくれて、妹とお揃いだからって……ね」
2人は顔を向かい合わせにして、くすりと笑ったあと、エリンに向き直って深々とお辞儀をした。
「ほんの少しだけ、お礼として……どうぞ一曲お受け取り下さい」
そしてルナは月の意匠が施された銀色の笛に口をつけると、静かにゆっくり。音色を奏でた。
騒がしい往来の音が消えて、ゆるりとした時の流れが停まる。
今日 ずっと一緒にいようと決めた人がいたのよ。スズランの門をくぐって祝福を受けたの。
エステルは音色に合わせて歌った。それは娘が嬉しくてたまらない様子で母親に報告するかのようだ。
エリンは話しかけられるその内容に、それが今日、日中、この街のどこかであったのだとすぐに気づいた。
遠い遠い手の届かない人への気持ちを届けることができたよ。
続いてエステルが笛を吹くと、ルナが囁きかけるように歌った。
2人は交互に唄い出す。
自分の好きな気持ちをスズランを見て確認することができたのよ。
毎日好きって言い合う仲でも、やっぱりあなたがいい。そう確認もできたのよ。
2人は揃って笛を吹きだす。
嬉しいのよ。ありがとう。そんな気持ちをいっぱい込めて。
エリンは気が付けば泣いていた。
自分がもう大きな幸せ、道行く誰かに幸せをもたらすことができることはないと思っていたし、それを確認することもないだろうと諦めきっていた。だから。
2人の音色が、呼び止めた玄間の心遣いが、たまらなくうれしくて。
「またたくさんの人を幸せにしてほしいのだ」
スズランとささやかな気持ちを包んだ都の作った栞とプレゼントを差し出した玄間に対して、エリンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で精いっぱい、笑顔を作ってうなずいた。
「ありがとう……もうここには来られないだろうけど、村に戻ったらスズランを育てるわ。またみんなが幸せになれますように、って」
幸せは廻る。巡る。
時を越えてきっと来年も、人の幸せを願う日はやってくる。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/05/15 18:27:18 |