• 黒祀

【黒祀】少女と眠れる獅子

マスター:ユキ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/10/30 19:00
完成日
2014/12/09 19:33

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 その封書は、けして豪奢ではない、けれど丁寧な造りで仕上げられた封蝋で閉じられていた。その封蝋をフリュイ・ド・パラディ(kz0036)が以前に見たのは、いつのことだったろうか。

 貴族間の書状。本来ならば、貴族同士が自身の自慢話や保身、牽制、そんなくだらない戯言か、あるいは低俗な目論見をもって交わす形式的な堅苦しい書面など、フリュイにとっては読む気も湧かぬ代物。だがその書状は、そこいらの下級貴族のご機嫌取りでも、身の程をわきまえない檄文でも、くだらない悪巧みの誘いでもなかった。

「大公様からの直接の書状とは……何か急を要する事態でも……」

 使いの者から書状を受け取った従者は、額の汗を拭きながら己が心配を口にする。自室に籠ってなにやら調べものをしていたはずの主の姿が見えず、急ぎ報せねばと屋敷中を駆け回った後、この巨大図書館の一角でその任を果たすに至ったのだった。そんな従者の様子など気にも留めず、フリュイはペーパーナイフで封を切ると、丁寧に折られた上質紙に記されたインクの文字列に目を通す。黒の軌跡は、書いた人物の人柄を表すかのようにまっすぐと力強くしたたまれていた。

「危篤の報せでもあれば面白かったんだけどね。残念だけど、大公殿は変わらず健在なようだよ」

 冗談めかして話すその言葉は、どこまでが本意かはわからない。ただ、珍しい人物からの書状に彼が興味を持ったことだけはたしかだった。

 大公ウェルズ・クリストフ・マーロウ。
 大公マーロウ家の現当主は齢60を越える老君だが、彼の治める王国南部の肥沃な平原地帯は戦火とは無縁、領民もけして絢爛豪華とは言えないが慎ましくも平穏な暮らしを営むことができ、安定した統治が行われている。書状は、そんな老君が王国内の脅威を取り払うために重い腰をあげたことを告げていた。そして、願わくば多くの同志が立ち上がることを、と。

「ただでさえ王国内で不穏な動きが見え隠れしていて、その調査も思うように進まない中で、西では歪虚の報せが絶えないからね。南側の領主としても、手をこまねいてはいられないといったところだろう」
「それにしても、いかに王国きっての大都市とはいえ、このような北東の都にまで書状を送るとは……事はそれほどに逼迫を……?」

 従者の言葉も然り。大公を慕う貴族は少なくない。彼が一声かければ、相応の周辺貴族が立ち上がり、自らの私兵を大公の下へ差し出すことだろう。なにより、貴族にはそれぞれに領地がある。他者の介入は自身の領土への足掛かりを生む可能性もあり、可能な限り避けることが安定した統治には望ましいのだから、疑問を抱くのも無理はない。だが、今の王国にはそれを必要とする理由があった。

「狂気の歪虚の一件で私兵を出した貴族もいたのさ。騎士団も聖堂戦士団も余力がなく、さらに諸侯が疲弊しているとなれば、これも不思議ではないさ。アークエルスは狂気に対して兵を出していなかったからね」

 もちろん、「余力があるから」だけで書状が届いたわけではないことを、フリュイも察している。大公と古都の領主が出兵するとなれば、それに自らの兵を参加させることは大義となる。弱小貴族にとっては恩を売る絶好の機会であり、多少の無理をしてでも兵を出そうと考え、結果より多くの貴族を扇動することができるのだ。

「いかがいたしましょう? 大公からの直接の書状とあっては、無碍にもできませぬが」
「いやぁ。しかし残念だな。この古都は北の蛮族の脅威にさらされていて、とてもじゃないけど大公殿の力にはなれそうにないね」

 笑いながら建前を論じるフリュイ。とはいえ、もちろんこれもただの意地悪ではない。蛮族――亜人の脅威があるのは事実であり、また自分が公に兵を動かすことによる周囲への影響力も加味しての判断だ。それに、これまで座していた大公が立ち上がったとあれば自分が兵を出さずともかなりの兵を集められることは間違いない。

「とはいえ、王国の危機とあっては古都としても何もしないわけにもいかないよね。物資と……」

 そこまで言うと、突然フリュイの口角が一段と吊り上がる。それは、何か面白いことを思いついたに相違ない証。

「ねぇ、先日の娘は元気にしているかな?」
「は? あぁ、あの保護した娘のことでしたら、狂気との接触がありました故屋敷の一角から出ることは禁じておりますが、食事も与え、健康状態は問題ないかと」
「いつまでも閉じ込めていては可哀想じゃないか。もっと人道的にいこうよ。最初は西の農村地帯で保護されたそうじゃないか。ここじゃ蛮族たちの脅威もあるし、物資と一緒に大公に預けてはどうかな。南の農村地帯なら、心の治療にもなるだろう? 書状は僕が書いておくよ。人一人預けるんだ、物資は多めに用意していいよ」
「かしこまりました。では、すぐに……」

 そういって足早に立ち去る従者を見送るでもなく、フリュイは手にした書状へと再び視線を落とす。書状を改めて読み返すと、そこには幾度となく現れる言葉があった。それは、かの大公の純粋かつ強い思想。

――すべてはこの国のために。

 面倒事を片付けたい? 良心? どちらも正解で、どちらも不正解。
 フリュイは大公からの書状の意図をいくつか考えている。1つは、純粋にフリュイの兵力を求めて。1つは、フリュイの出兵をプロパガンダにより多くの兵を集めること。そしてもう1つは、フリュイの姿勢を確認すること。
 フリュイは自分がプロパガンダになるつもりはない。大公のように純粋にこの国を憂い身を削る愛もない。なにより、まだ“その時”ではないと思っている。今はただ、目覚めた眠れる獅子が何を為そうとするのか、それを傍観させてもらうとするよ。それがフリュイの考えであり、目下の楽しみ。娘は、ちょっとしたスパイス。危険因子として処分するか。悲劇の少女としてプロパガンダとして祀り上げられるか。はたまた……


 …………


 少し冷たく澄んだ空気の中。王国の北側を往く荷馬車の列の中心で、馬車に揺られながら、少女は空を見ていた。まだ言葉は少なく、心の傷が癒えたとは言えないだろう。けれどその頬には薄く朱が染まり、割れた唇もすっかり少女らしい柔らかなソレとなっている。整えられた髪やあてがわれた衣類からは、とても農村で保護された戦災孤児とは思えない可憐さが感じられた。そんな少女が、ぽつりと呟いた。

「……どこかで嗅いだにおい……」

 その言葉の直後、遠くから馬が駈けてくる音ともに馬上の人物から放たれた言葉に、同行していた君たちはすぐさま武器を手に取ったのだった。

「た、助けてくれ!!赤い羊が……!!」

 目を凝らせば土煙があがり、耳障りなこの世ならざる声とともに人々の叫びが風に乗って聞こえてくる。少女はその様子に恐怖する様子もなく、ただただ土煙のあがる方角を眺めていた。

リプレイ本文

●開戦の刻

 混沌とした戦場に響いたのは、空間を貫く一筋の弾丸が発する産声だった。

「トリガァァァァァァ、ハッピィィィィィ!!」

 この地でその名があるかはわからない。ただ一つ言えることは、彼女の頭の中には今2つのことしかないということ。目の前の獲物と手にした得物、その2つだけ。そんなアリサ・ケンプファー(ka0399)本人が意図したかは不明だが、彼女の銃声が、戦場で恐れ慄く人々の思考に一瞬の空白を生んだ。そして、思考の空白に入り込むのを得意とする男が、戦場で優雅にその舌を滑らせる。

「まいどドーモ、ハンターでございやす!!」

 戦場には似つかわしくない軽い口調は、一見ただの道化にも映る。しかし、持ち前の立体感覚で戦場を俯瞰するウォルター・ヨー(ka2967)と神代 誠一(ka2086)、二人の疾影士は風となって戦場を駆け抜け、その中心で声を上げる。神代の肩に飛び乗り目を引くウォルターの奇行は民兵たちの目を引くに十分であり、そこに神代の落ち着いた声が人々の平静を蘇らせる。
 その間に赤い羊の歪虚へと斬ってかかるのは新たな二人のハンター。一人は自身の身体よりも大きな両手剣を手足のように振り回す少女。そしてもう一人は、重厚な鎧に身を包んだ騎士。その圧倒的な存在感が、「助けが来た」と人々の心に確信を植え付けた。

「羊の相手は我らに任せて主と共に直ぐに離れろ」

 ユルゲンス・クリューガー(ka2335)の反響しややくぐもった声に、リーダー格らしき一人の騎士が謝辞を述べんと近づいてくるが、騎士特有の長たらしい口上などルリ・エンフィールド(ka1680)には興味ない。

「礼はいいからここはボクたちに任せてさっさと逃げな!」

 そう言葉にしながらも、視線は目の前の強者に。力を振るう場所を求めるドワーフの女戦士は、思わぬ好敵手の登場に高揚を隠そうとはしない。そこに合流した神代から避難誘導への協力を求められれば騎士も了承し、笛を鳴らして民兵たちを呼びまとめ誘導に従い動き出す。残るは3人と1匹。

「さあ、邪魔者はいなくなったし、ボク達と遊ぼうぜ?」
「ふふ、なんだって構わないわ。要は……撃ちまくればいいんでしょ?」

 若い娘二人の血気盛んな様子を視界に入れつつ、静かに位置を変え歪虚を囲むように動くユルゲンス。だが、彼の兜の中の表情もまた、険しい中にどこか強敵との対峙に心躍らせる色があったかもしれない。いずれにせよ3人と1匹の死闘が、歪虚の雄叫びを合図に幕を開けた。



●少女を護る剣と盾

「手、良いかい?」

 戦場を遠く眺める馬車の群れ。幌の中でただただぼーっと膝を抱える少女と、その手を取るルスティロ・イストワール(ka0252)。小さな手だ。こんな小さな少女を引っ張り出して、かの領主様はどこかで楽しんでいるんだろうか。

(……つくづくどうかしてるね)

 今回の少女の扱いについても、あまり良い気はしない。今歪虚から守ったとして、この少女はその後どうなるのか。今この手をひいて、あの時の実験動物たちのようにどこかへと解き放つことだって……。だがルスティロはそうしない。彼は今、自らが良い気はしない護送依頼を受けここにいる。依頼は果たす。そして少女を護送した先に続く物語と、依頼主の意図、ルスティロの興味はそこにある。

「……ね、匂いって、例えるならどんな匂いだい?」

 少女の気を紛らわそうという意図もあったのかもしれない。ただ、歪虚に襲われた騎士が助けを求めに来る直前に少女が発した言葉が単純に気になってもいた。

「……鉄と、土と……なんとなく、嫌な風の臭い」

 戦場に馴染みのない少女だからこそ、戦火の中で周囲に充満する血の臭いが強く印象に残っているのかもしれないが、「なんとなく」という少女の言葉からはそれ以上のことは分からない。さらに質問を重ねてもよかったが、どうやらそういう訳にもいかないらしい。

「……この御話も、僕ら好みじゃないね……終わりにしよう」

 徐々に近づく地響きと戦笛の音の中、誰とはなく呟くルスティロ。その瞳が次に開いたとき、その右目は血のような真紅に染まっていた。

「すぐにもう一人が来るから、待っているんだよ」

 そう囁きかけると、次の瞬間、ルスティロはその場から姿を消した。否、常人を超えた速度で戦場へと駆けたのだ。この惨状の元凶を排除するために。

「あの子を宜しく」
「ありがとうございます。皆さんを宜しくお願いします」

 互いに届いたかはわからない。ただ、すれ違いざまに互いに託す、残してきた者への思いがそこにあった。

 気が付けば一人になり、外を見れば近づいてくる群衆。少女が馬車の縁に手をかけ一歩踏み出そうとした時、それを静止したのは、あの時の大きな手だった。

「お待たせしました。お留守番、ちゃんとできたんですね。もう足は良くなりましたか?」

 頭に置かれたのは、あの時畑の中で独りだった自分に差し伸べられた時と同じ、温かい手。かけられたのはやさしい声。向けられたのは穏やかな微笑み。少女はその温もりに、外への歩みを止める。
 神代は歪虚と交戦することなく馬車へと戻ってきた。もちろん襲われていた者たちを誘導するためでもある。だが何よりも、傍で彼女を護ること、それが神代の為したいことだった。反応がないことは即ち何も感じていないこととは限らない。目の前で見た惨劇。植え付けられた恐怖、絶望。簡単に癒えるものではないが、せめて思い出して苦しみ悲しませないことが、大人である自分のできることだと神代は考える。そしてそのためにできることは、彼女を傷つけないことだけではない。自分が彼女の目の前で傷つかないこともまた、大切なこと。だからこそ、神代は無傷のままに戻ってきた。元気な姿を見せ、そして有事の際には身を挺して彼女を護れる余力を残して。手にする武器は、お世辞にも強力な物とは言えない。だが、刃のないその武器が護るのは、誰も血を流さずに誰の心も傷つかない未来。茨の道なれど、それこそが、神代が求めるもの。

「……必ず護ります」

 引き上げた眼鏡の奥に、強い意志の炎が灯っていた。



●いずれが強者か
 
 戦況は思いの外ハンターに傾いていた。赤い羊型歪虚の報告例は過去にもある。そして討伐例もすでに。ハンターたちは短期間に敵に適応し、その練度を高めていた。ここに集ったハンターたちもまた然り。

「ヒャッハァー! 羊狩りの時間よ!」

 初めから出し惜しみなく強弾を浴びせかけるアリサの銃撃が羊の巨体を襲う。歪虚はその体躯に見合わない俊敏な動きで銃弾の雨をかいくぐり、無機質な瞳を銃狂いへと向ける。異常に発達した二本足の筋肉がさらに隆起すると、瞬後、爆発的な瞬発力で弾丸の如くアリサへと襲い掛かる。十分距離を取っていたアリサはアクロバットに側宙でかわしながらさらに銃弾を浴びせかけるが、その身体には無数の傷が浮かぶ。軽装の彼女がもし蹄の直撃を受ければ、無事では済まないだろう。だが銃対蹄、接近戦には持ち込ませまいと二本の大剣が交互に羊を襲う。

「ボクとも遊んでくれよ? 退屈はさせないよ」

 ルリとユルゲンス、二人の重戦士がまるで釣瓶の如く歪虚の死角から渾身撃を乗せた一撃を繰り出す。恵まれた体躯から繰り出されるユルゲンスの一撃はもとより、驚くべきはルリの振るうツヴァイハンダーの威力。羊の身体には徐々に浅くはない傷が刻まれていく。一方で接近戦を仕掛ける二人もまた被弾は避けられないが、攻防一体の大剣をまるでレイピアのように軽々と扱い重撃をいなす。直撃さえ凌げば装甲が致命傷を防いでくれる。なにより、羊が一方へ注力すればもう一方がその隙を逃さない。狩る時こそ狩られる時となる状況で、羊も渾身の一撃を繰り出せずにいた。

 羊の動きが鈍いのにはもう1つ理由があった。

「うわぁ獣くさい! 怖い!」

 戦場には似つかわしくない調子で声を挙げるウォルターだがその実、実に相手の嫌がる行動を繰り返していた。仲間の息が切れるその隙を埋めるかのように一瞬の空白に滑り込む疾影士は、一瞬で相手に肉薄し刃を立てる。けして致命傷とは言えないが、それでも煩わしい存在。苛立ちを露わにするかのように振るった蹄はしかし空をきり、その攻撃の隙に戦士たちは体勢を整え、あるいは一撃を叩き込む。ヒット&アウェイを続ける伏兵がじわじわと毒の如く歪虚の動きを封じその全力を、そして逃亡を抑えることに一躍買っていた。



●悲劇の終わり

 スキルを使い果たしたのか距離を置くウォルターに代わって、合流したルスティロが積極的な攻勢を見せる戦況。銃弾に動きを制限され、重戦士への対応に腕を抑えられ、その間に軽戦士が足元を削る。赤い羊は徐々にその活路を狭められていた。

「傷が深くなれば逃げ出すやもしれん、注意しろ!」

 消耗はあろうが、ユルゲンスの声は変わらぬ重厚感を響かせる。他の者も手傷はあれど、誰一人として膝をつくものはいない。状況は明らかにハンターたちの有利にあった。だからこそ、次に敵がとる行動はこれまでの情報から推察することができ、そしてその時が来た。

 怒りの嘶きか。遠くの山々にまで反響するそれが空へと吸い込まれ、一時の静寂の後、そこに佇んでいたのは先ほどまで纏っていた殺気を全く感じさせない不気味な静けさを纏う歪虚の姿だった。だがそれも一瞬のこと。ハンターたちの目の前で歪虚の筋肉が三度膨張し、踏みしめる地面が沈み……その姿が、消えた。遅れて届いた風に、ハッっと馬車の方へと向き直るハンターたち。だがそこに羊の背は見えない。万一逃亡を図った際にも馬車の方へ逃げることがないよう位置どっていたことが功を奏した。そう、退路はある程度誘導していた。否、限定させていたのだ。とある一人の道化によって。そのことを歪虚だけでなくハンターたちもまた知ることとなる。直後辺りに響く銃声によって。



「さぁ、ピリオドを打とう」

 ルスティロはただ一人、野生の瞳で羊の初動を捉えていた。追撃のために銃口を向ける。だが、あえて撃つ意味などあるだろうか。依頼の目的は少女の護送だ。他の同行者は皆、無理な追撃を想定していないのに……そう思考を巡らせる彼にその引き金を引かせたのは、視界の端を駆け抜けたもう1つの影だった。スキルを使い果たしていたのではなかった。ただこの時に備えていたのだ。風のように逃走を図る歪虚。だが、そのトップスピードは度重なる足へのダメージによって本来のものではなかった。それもまた計算か。後方から追いすがるは、先ほどまでの笑顔の道化にあらず。微かだった砂のような黒は濃度を増し、あたかも蠢く闇が歪虚を飲み込もうとするかのように飛びかかる。そこに浮かぶ2つの赤い光は、まっすぐに目の前の獲物、その延髄を見定める。作り出した影故か。あるいは向けられた尋常ならざる殺意か。羊の瞳が捉えたものは、自分に死を届けに舞い降りた死神か。平時の彼の笑顔とは違う、夜叉の如き影の姿がそこにあった。

 その後の戦況は以前の討伐報告の際の流れに準拠することとなった。致命傷には至らずも、逃走を阻止された羊の歪虚は再び殺意を露わにハンターたちへと向き直った。渾身の一撃は防ごうとした羊の蹄を砕き首元へ深手を負わせたものの、カウンターの一撃をよけ損ねたウォルター。だがアリサの猟銃が歪虚の足を捉え、ルスティロがカバーに入り、ルリが、ユルゲンスが、その刃を歪虚の身体へと突き立てる。耳障りな断末魔を響かせると、羊はあっけなく霧散したのだった。



●終幕に続く未来は

「ボクが守ってやるっていったろ? あぁー、それより食事まだかなぁ」

 疲労を感じさせないいつも通りのルリの言葉だが、身体を包むマテリアルヒーリングの光が戦闘の激しさを物語る。それでも全員が重症も負わずに歪虚を退けたことは彼らの腕があってのことだろう。ユルゲンスなどはウォルターの追撃に苦言を呈したものの、集団のリーダー格とみられたのか、保護された貴族からの長ったらしい謝辞を受けることとなり、結果として後方の憂いを絶つに至ったこともあってうやむやとなってしまったのだった。そんなウォルターはというと……

「元気? カワイイでやすね。今度一緒どっかに……あらら、まるであたしに興味ない感じですなぁ、やるせない」

 などと反応の薄い少女に笑顔で話しかけ華麗に玉砕しおどけて見せていた。直撃ではないとはいえ、どてっぱらに蹄を受けているというのに、元気なものである。

「……そういえば、君の名前って……もしよかったら、教えてくれないかな? 僕は御伽噺作家のルスティロ。君は、御伽噺は好きかい?」

 神代に頭を撫でられながらハンターたちのやり取りを眺めていた少女。やはり反応は薄いかと、少女の反応を待たず自ら名乗るルスティロだったが、その言葉に、少女は思いの外反応を見せた。

「……リリン。御伽噺、どんな御話……?」

 何かに興味を示すその様子に、ルスティロだけでなく神代もまた笑顔を見せる。

「そうだね。それじゃあ1つ、噺をしよう。明るいお伽噺を」

 目的につくまでの間、馬車の中には穏やかな空気が流れていた。


 一方、少女に振られてプーッっと頬を膨らませて荷台を出たウォルターは、御者の横に座り空を仰ぎながら、独り言のようにわざとらしく呟く。

「いつの世も、被害者は子供なんだから。僕は厭だなあ、こんなオモチャみたいな扱いをする人って」

 依頼主の従者である御者は特に嫌な顔一つせず、手にした手綱を操作している。反論はないのか、話したとて分かるまいとでも思っているのか。あるいは一従者が主の意思を代弁するなどとでも言うのか。ただしばしの沈黙の後、彼はぽつりぽつりと言葉を口にした。

「私には、覚醒者様のような力もなければ、主様のような地位もありません故。自らの手の及ぶことなど、たかが知れております。与えられた自由もまた、小さなもの。あの少女も、然り……」

「そういえば、先ほどの民兵たちもずいぶんと若い者たちでしたなぁ。大戦以降は、あのような者たちが増えました。居場所を失い、自ら居場所を求め貴族の下を訪ねる者たちが。あの少女は、確かに悲しい境遇でございますねぇ……けれど、幸運でございましょう。如何に辛い生い立ちであろうとも、自ら生きようとする意思も力もなく、誰の役に立つでもないあのような状況で、捨てられ、奪われることなく、居場所と、人並み以上の衣食住を与えられているのですから」

「私には、幸せとは何かは分かりかねますが……それでも、私はあの少女を、幸運だと思っておりますよ」

 ガラガラと車輪が奏でる音がやけにうるさく聞こえる沈黙の中、少し冷たくなってきた風が静かに馬車の幌を揺らしていた。もうすぐ、冬が来る。少女を待っているのは、寒く厳しい冬か、暖かな春か。それはまだ分からない。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 4
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一ka2086
  • ミストラル
    ウォルター・ヨーka2967

重体一覧

参加者一覧

  • 英雄を語り継ぐもの
    ルスティロ・イストワール(ka0252
    エルフ|20才|男性|霊闘士
  • 奏でるは銃狂いの輪舞曲
    アリサ・ケンプファー(ka0399
    人間(紅)|18才|女性|猟撃士
  • 大食らいの巨剣
    ルリ・エンフィールド(ka1680
    ドワーフ|14才|女性|闘狩人
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • ケンプファー
    ユルゲンス・クリューガー(ka2335
    人間(紅)|40才|男性|闘狩人
  • ミストラル
    ウォルター・ヨー(ka2967
    人間(紅)|15才|男性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ルスティロ・イストワール(ka0252
エルフ|20才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2014/10/30 18:42:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/24 23:29:07