ゲスト
(ka0000)
【哀像】かさぶたときずあと
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/07 22:00
- 完成日
- 2017/06/25 23:59
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
港町ベルトルード。
2ヶ月前に剣機の集団に襲われ、そして先日、巨神アルゴスに襲われ、町は今その襲撃からの復興に大わらわだった。
「安いよ-! 今なら土木用品特別価格!!」
「ノコギリ、トンカチ、オノにクギ! 大工用具はいらんかねー!」
「数日のテント暮らしに疲れた身体に愛情1本! 今なら酒が安いよー!」
元々商売人の多い町でもあり、彼らは封鎖が解除されると同時に流れ込むと商魂たくましく直ぐ様商売を始めた。
軍港は現在、ハンターであれば通行許可が出ており、その奥の師団詰所までフリーに移動が出来るようになっている。
なぜならば軍港のダメージは筆舌しがたく、ここを一日でも早く復興させるにはハンターの活躍無くては難しいと師団が判断したからである。
特に、巨神アルゴスが果てた跡。ここは東西に10m、南北に約100mと広範囲に負のマテリアルが大地に染み入ってしまい、浄化術を使って浄化しなければ雑魔が発生する程の不毛の地となってしまっていた。
さらに倉庫街はアルゴスが踏み荒らし蹴散らし殴り飛ばし、さらにはスツーカ型の爆撃やCAMの砲撃により建物のほとんど全てを取り壊し、立て直さねばならない状況であり、この瓦礫の搬出と新しい資材の搬入は急務でもあった。
町はちょっとした火事場泥棒騒ぎはあったが、基本的には人々が戻ってきて順調に回復しつつある。
しかし、連続の襲撃に人々の心身への負担は大きかったであろう事は想像に難くない。
イズン・コスロヴァ(kz0144)は詰所を出た後、軍港を、そして商港を、それから町中を見て歩く。
自分の提案した作戦が残した結果をその目に焼き付けるために。
無辜の人々に強いた痛みを知るために。
空は青く、雲は白く、風は初夏の熱をはらみ、日差しは大地を焼く。
波は穏やかで、カモメが鳴き、磯の香りが硝煙の匂いを上書きしていく。
1つの大きな戦いを終えた町は今、明日を生きようとする人々によって喧噪の直中にあった。
港町ベルトルード。
2ヶ月前に剣機の集団に襲われ、そして先日、巨神アルゴスに襲われ、町は今その襲撃からの復興に大わらわだった。
「安いよ-! 今なら土木用品特別価格!!」
「ノコギリ、トンカチ、オノにクギ! 大工用具はいらんかねー!」
「数日のテント暮らしに疲れた身体に愛情1本! 今なら酒が安いよー!」
元々商売人の多い町でもあり、彼らは封鎖が解除されると同時に流れ込むと商魂たくましく直ぐ様商売を始めた。
軍港は現在、ハンターであれば通行許可が出ており、その奥の師団詰所までフリーに移動が出来るようになっている。
なぜならば軍港のダメージは筆舌しがたく、ここを一日でも早く復興させるにはハンターの活躍無くては難しいと師団が判断したからである。
特に、巨神アルゴスが果てた跡。ここは東西に10m、南北に約100mと広範囲に負のマテリアルが大地に染み入ってしまい、浄化術を使って浄化しなければ雑魔が発生する程の不毛の地となってしまっていた。
さらに倉庫街はアルゴスが踏み荒らし蹴散らし殴り飛ばし、さらにはスツーカ型の爆撃やCAMの砲撃により建物のほとんど全てを取り壊し、立て直さねばならない状況であり、この瓦礫の搬出と新しい資材の搬入は急務でもあった。
町はちょっとした火事場泥棒騒ぎはあったが、基本的には人々が戻ってきて順調に回復しつつある。
しかし、連続の襲撃に人々の心身への負担は大きかったであろう事は想像に難くない。
イズン・コスロヴァ(kz0144)は詰所を出た後、軍港を、そして商港を、それから町中を見て歩く。
自分の提案した作戦が残した結果をその目に焼き付けるために。
無辜の人々に強いた痛みを知るために。
空は青く、雲は白く、風は初夏の熱をはらみ、日差しは大地を焼く。
波は穏やかで、カモメが鳴き、磯の香りが硝煙の匂いを上書きしていく。
1つの大きな戦いを終えた町は今、明日を生きようとする人々によって喧噪の直中にあった。
リプレイ本文
●
復興支援に名乗りを上げた12名のハンター達を第四師団の復興担当官達が希望場所とその役割をテキパキと割り振る。
「オーラーイ、オーラーイ……ハイ、ストーップ!」
軍手をはめ、すっかり作業員に溶け込んだ央崎 枢(ka5153)の指示に第四師団の魔導トラックが所定位置に停車する。
その荷台へクレール・ディンセルフ(ka0586)が操縦するヤタガラスのクレーンが浄化されたアルゴスの装甲鎧を釣り上げては積み込んでいく。
「あ、クレールさん」
積み込み作業が終わったところで声を掛けられ、クレールはモニターのピントを枢に合わせた。
「先の戦いでは有り難うございました!」
礼を言われ、頭を下げられ、身に覚えのないクレールはぽかんと枢を見る。
「相談に、砲撃の時のタイミングのかけ声や、俺が前に出たときには掩護射撃してもらったり……」
クレールとしては自分のできる最善を尽くしただけだ。まさか、礼を言われるとは思わなかった。
「機会があったら挨拶したいと思ってたんで、会えてよかったです。また、どこかで一緒になることがあったらよろしくお願いします」
「え、あ、はい、こちらこそ……?」
言うだけ言うと、枢は師団員に呼ばれて倉庫の中へと入って行ってしまい、クレールは暫し呆気にとられたのだった。
ようやく我を取り戻したクレールは、どうやら剣機の島にヴォール(kz0124)が来たらしいという人魚からの報告があった事を思い出し、モニター越しにその鎧の接続面などを注意深く見つめる。
この接合部、報告官すら「溶接」と誤認した、未知の技術。
複数の物体を繋げて一つにする仕組み、遠隔操作、そしてヴォール。
島に乗り込んだハンター達が対峙した『剣機博士』はヴォールではない。
だが、ヴォールもまた剣機を操る技術を持った力ある歪虚であり、彼が『剣機博士』の研究成果を持ち出したのだとしたらそれは単純にヴォールの力が増した事を意味する。
「いつか来る、あいつと最強の剣機との決戦。それに向けて……この鎧の残骸、調べきってみせる」
クレールは機導の徒で操作パネルをタッチしながらアナライズデバイスで分析をかける。
「見てなさい、ヴォール……! あんたの道は、絶対に認めない!」
負のマテリアルを感知し、クレールはヤタガラスから降りると浄化刃バスターダインで浄化を試みる。
浄化を終え、再びヤタガラスに搭乗すると、クレールは今やるべき事に集中しようとその両頬を叩いた。
「対空砲をクレーンに換えて、魔導鎌をツルハシ型に換えて、器用フレームにライト・荷台! 行くよ! 復興重機! ヤタガラス!!」
気合いと共に、浄化を終えた装甲部分を抱え、荷台に詰め込むと周囲を見回した。
「よしっ! じゃあ、運んでいきますよー!! 何かあればどうぞご遠慮なく!」
クレールの明るい声とテキパキとした動きに共に作業に入っていた人達は気持ち良く作業ができたと噂になっていた事を本人が知るのはもう少し先の話である。
【安全第一】を掲げ集まった狭霧 雷(ka5296)、メンカル(ka5338)、キャリコ・ビューイ(ka5044)、夕凪 沙良(ka5139)の4人は壊れた倉庫などを倒壊させ、更地に戻すという作業に従事していた。
「解体処理の必要な地域を把握しようと思いましたが……これ、解体処理が要らない場所を把握した方が早そうですねぇ……」
主に現場の現状確認と足場の確保、破砕計画の立案などに走り回っていた雷だが、軍から渡された計画書を見て思わず苦い笑みを浮かべた。
「まぁ、かなり派手にやり合ったらしいからな……俺達も遠慮無く破壊行動が取れる、なんて経験は早々ないだろう。思いっきりやらせて貰おう」
計画書を見たキャリコが。不敵に笑えば、沙良は神妙な顔で頷く。
「えぇ……怪我や事故が無いよう十分に気を付けて行いましょう」
そして実際、現場に立ったメンカルは魔導トラックの運転席から見える光景を見て正しく感嘆の溜息を漏らした。
「随分暴れたようだが……人的被害がなくて何よりだ」
銃弾により空いた穴、抉られた地面、破壊された建物、CAMがぶつかったと思われるへこみ、歪虚による爆撃の後か煤けた地面……と、思いの他大きい傷痕に戦いの激しさを改めて思い知る。
あの日、同じベルトルードにいながらも街の方の巡回を担当していたメンカルは激しい戦闘音は聞こえていた。
軍のあの作戦には賛否両論様々な意見が出ていたが、人的被害が出ないよう采配した点だけは何よりも評価していいとメンカルは唸った。
「取り敢えず瓦礫を砕くので離れてくださいね」
沙良の操縦するリインフォースがソニックフォン・ブラスターで呼びかける。
雷が安全確保に動いているため恐らく人払いは済んでいる筈だが、万が一がないよう細心の注意を払いつつマニュアル操縦でバイルバンカーを器用に操り倉庫のレンガ壁を崩していく。
雷もまた魔導アーマーを駆使しワイヤーを打ち込み、キャリコのMeteorがアーマーペンチで破砕する際に倒壊方向のコントロールを手伝う。
息の合った連携であっという間に倉庫ひと棟を倒壊させると、その瓦礫を雷がショベルアームで一箇所に集め、キャリコがナックルでトラックの荷台に乗せる。
「エクスシア……CAMや魔導アーマーが重機の代わりとして復興作業で活躍できる、という良い結果を残せるといいですね」
走り出したメンカルのトラックを見送りながら沙良が呟く。
もっとも、量産型と魔導トラック以外は覚醒者でなければ十分な性能を引き出せないため、普及という意味では難しいだろうが、復興支援などの場でもハンターの力が有用であるとわかれば、もっと活躍の場は広がるだろう。
不自然に見晴らしが良くなった倉庫街から、キャリコはその向こうの海を眺める。
アルゴスが通った傷痕は大きく、壊さねばならない倉庫はまだまだ多い。
一方でその向こうの大海は穏やかで空は高く白い雲が浮かびカモメが飛んでいる。
……いや、穏やかに見えるだけか。
あの大海も進めばすぐに歪虚がひしめく暗黒海域だ。グラン・アルキトゥスを倒したとは言え、まだ海域の負のマテリアルは濃く、一般人にとって漁は命がけで行う物という認識は変わらない。
(これからどうなっていくのか……)
このクリムゾンウェストだけではない。リアルブルーにエバーグリーンという他の世界。
神霊樹に大精霊。そして邪神と呼ばれた星を食べ、歪虚を生み出す元凶であるファナティックブラッドという存在。
アレと退治するためにはまだまだ力が必要だ。だが……
「キャリコさん。メンカルさんが帰ってくるまでに次へ向かいましょう」
雷の声に、キャリコは我に返ると「あぁ」と答え、沙良と共に隣の半壊の倉庫へと向かう。
「あぁ、今日は暑くなりそうですね」
雷は空を見上げ、徐々に高度を増す太陽を見ると目を細める。
気合いを入れ直すと、再びワイヤーを構え、放った。
「天候ヨーシ。活気ヨーシ。でも、心はアンニュイだ。はは」
水流崎トミヲ(ka4852)が嘆きつつも落とし穴の跡を埋めるべくがんばれトミヲくん2号での整地作業に入っていた。
……とはいえ、一度命令を出してしまえばトミヲくん2号は黙々と整地作業を進めていく。
トミヲはアンニュイな心の彷徨うままにつらつらとアルゴスとの戦いを振り返る。
(勝って綺麗に終わらせたと思ってた。――でも、そうじゃなかったんだ。僕は、『救えた』わけじゃあ、ない)
ペレットとアダム。『二人』が関わる事件と出会ってから一年半以上。
その終わりを思う。その時、一台の馬車が近付いて来る音に気付いて顔を上げた。
「小夜ちゃん……」
御者が座る場所には浅黄 小夜(ka3062)の姿があった。
「トミヲのお兄はん」
その大きな桜色の瞳はトミヲと同じように晴れない想いに揺れていた。
「今回、お兄はんがいてくれて……心強かったです」
『魔術師のお師匠はん』と呼ばれ、トミヲは照れつつも胸を張る。
「……ふふっ、君の分も頑張ったよ!」
そんなトミヲに小夜は笑顔を返すと、再び視線を下げた。
「……結局、アダムはちゃんとごめんなさいしたんやろか?」
「小夜ちゃん……」
色々考えて、“自分”で答えを出そうとしている少女を見て、トミヲは言葉を失う。
小夜もまた、共にアダムを追った一人だった。
そしてその純粋さゆえに今回の『終わり方』に納得ができないだろうということも予想できた。
「彼らの悪行は覚えている。非業も」
でも。
歪虚の身でありながら歪虚に利用され人に利用されてきたペレットと、覚醒者の身でありながらエリクサーの研究に身を投じ、結果倫理を逸脱し、無辜の人々の命まで奪ったアダム。
この二人の寿命を前にしたこの『終わり方』を聞いた時、トミヲは否定することは出来なかった。
「……臆病者、だよなぁ、僕ぁ……」
トミヲの呟きに小夜は首を傾げた。
エイル・メヌエット(ka2807)はアルゴスが最後倒れた場所に立っていた。
最期、崩れゆくアルゴスの体液が付着した場所は負のマテリアルに深く汚染され、酷い腐敗臭が漂っている。
ロザリオを手に、一連の件で喪われた命に追悼の意を捧げ、斎庭を生成していく。
その力は願いと想いの強さを映すようにエイルを中心に負のマテリアルを斎み清めて行く。
他にも第四師団からの浄化担当官やエルフハイムから派遣されてきた術者なども端から浄化を進めて行っている為、恐らく今日一日あればマテリアルバランスを正常に戻すことができるだろう。
かつて浄化の器と呼ばれた少女とほとんど年端の変わらない子達が懸命に浄化術を操るのを見て、エイルは目を細める。
森都の件と関わるうちに、気がついたら今この場所に立っている。
きっと結局すべては繋がっていて、剣機も、森都の柵の余韻も、終わってはいないのだろう。
「でも、だからこそ今は、穏やかな日常が、この町に一日も早く戻りますように」
傷を治し浄めたあとには、瑞々しい命が芽吹きますように。そう祈りながらエイルは再び浄咲を紡いだ。
金目(ka6190)はアルゴスの汚染区域で置き土産である装甲部分に機導浄化術を施すと手に取った。
(巨人は倒せたが『剣機』は……結局、僕たちはその確証を掴み損ねた)
金目が初めてハンターとして受けた依頼の依頼人。アダムと金目を繋げる縁となったその少女はもういない。
(アン嬢の依頼から始まったハンターとしての僕の物語は未だ終わらない、ということだ)
場の浄化は順調に進んでいて、金目はアルゴスが最期まで身につけていた装甲への浄化に専念していた。
「金目さん?」
呼ばれ振り向けば、見慣れたアジュールの青い車体とユリアン(ka1664)がいた。
浄化済みの装甲を運び、帰りには建築材を積んで戻るというユリアンにほとんど浄化の仕事が終わっていた金目は同行を願い入れ、二人はアジュールに乗り込んだ。
現在は軍港が現在使用できない為、一度商港に出る必要がある。
軍港を抜けると同時に、窓からは商港の喧噪が飛び込んでくる。
「……皆、逞しいな。生き抜いた市井の人達が一番強いのかも知れない」
「そうですね」
指定された積荷以外にも自分の商品を売りつけてこようとする商魂たくましい商人の弁舌にユリアンと金目は圧倒され、間に入った師団員のお陰で何も押し売られずに軍港へ戻ってきた。
「あれ?」
建築材を運び入れた先に見慣れた後ろ姿を見つけ、ユリアンと金目は顔を見合わせた。
「やぁ、センパイ。お疲れ様です」
金目の呼びかけにゴーレムの肩の上にいた劉 厳靖(ka4574)が振り返る。
「よぉ、金目にユリアンじゃねぇか」
劉はゴーレムから降りると運転席の開いた窓に肘をかけた。
「お疲れさん。大活躍だったじゃねぇか、流石だねぇ」
ユリアンに向けて呵々と笑い、懐から使い込まれたスキットルを取り出す。
「厳靖さんも」
「まあ大して役に立ってねぇが何とか生き延びれたぜ。一緒に損な役回り買ってくれた奴のお陰でな」
振らなくともその重さで酒量がわかるのだろう。慣れた手つきで蓋を開けるとユリアンに向けて差し出した。
「それよか、少しは風向きは変ったか?」
それを丁重に断りつつ、ユリアンは目元を少し和らげる。
「……そう、だね。少し、風を感じられるようになった気がするよ」
そうかい、と笑うと劉はスキットルに口を付けぐびりと喉を鳴らした。
その時、軍港全体に軽やかなサイレンが鳴り響いた。
「あぁ、正午か」
頭上を照らす太陽を手庇越しに確認した金目が呟く。
「じゃ、メシにすっか」
劉は言うが早いかゴーレムに作業を中断させ、早々にアジュールの荷台に乗り込んでいく。
それを見て二人は再び顔を見合わせ、笑った。
●
「空きっ腹では復興も出来ぬ。それ、お腹を空かせた者はおらぬかえ? 魔女のスープでも飲んでいくと良いのじゃ」
「東方由来の粕汁と焼き酒粕です~。お酒は飛んでますからお子さんでも大丈夫ですよぅ。特にこの焼き酒粕はぁ、東方のお子さんにすっごく人気なお菓子ですぅ。1度食べたら病みつきですよぅ」
炊き出し会場となった広場ではヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)と星野 ハナ(ka5852)が声を張る。
「ほぅ……そなたのその……カスジル? とはまた変わった料理じゃのう」
「ふふふ、美味しいですよぅ? 食べてみますかぁ?」
ハナが鉄人の鍋からよそった粕汁を受け取り、ヴィルマがまず匂いを嗅ぐ。
初めて嗅ぐ麹の匂いは華やかでほんのり甘い。
「板酒粕千切って作るとちょっとだまが残ったりしましてぇ、それがまたアクセントになって美味しいんですぅ。肉でもいけますしぃ、炊き出し用なら豚汁より心が浮き立つ気がしますぅ」
「なるほど、美味いのぅ」
お礼にヴィルマのスープもハナに振る舞いつつ、調理の隠し味などについて話していると続々と匂いに釣られてやってきた人々で広場は活気づいてきた。
さらにそこへ正午を告げるサイレンが鳴り、広場は人混みでごった返す。
「グデちゃん、みんなの心がちょっとでも元気になるように明るい曲をお願いしますぅ。……喧嘩を見かけたら挽歌していいですよぅ。いっぱい可愛がられて、みんなを元気にして下さいねぇ」
ハナに送り出されたユグディラのグデちゃんがハンドベルで演奏を始める。
「ほぅ、ユグディラも連れてきておったのか」
「街が復興したら東西交流も始まるでしょうしぃ、それにこれから幻獣と人の距離ももっと近くなるといいなぁとも思いましてぇ……欲張りなんですぅ、私ぃ」
えへっ♪ と笑うハナにヴィルマは「なるほどのぅ」と感心した声を上げる。
「凄い人になってきたね……シトロン、俺達も頑張ろうか」
鞍馬 真(ka5819)はユグディラのシトロンと共にフルートとリュートでグデちゃんと合奏し、真と二匹との演奏により炊き出し会場はより一層華やかな雰囲気に包まれた。
「まぁ、ボクにもこういう事が出来るかどうか、試す機会ではあるからねぇ。頑張るとしようかぁ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が甘め、普通、甘さ控えめの三種類のトランプの絵柄を模したクッキーを、炊き出しを求めて来た人々へ希望に応じて配り始めると、口コミで直ぐ様子ども達が集まり始めた。
「たくさん用意しているから焦らず慌てず順番を守って受け取る事。ルールを守れない子にはあげないよぉ」
瞳を輝かせてクッキーを受け取っていく子ども達の笑顔に、ヒースも思わず顔がほころぶ。
「あ、そうだ」
ヒースはうっかり全てを配り終えてしまわないよう、袋の中のいくつかを取り出すと別の鞄へと仕舞った。
「働く者に報酬は必須。復興を手伝うハンターにも、ねぇ」
『甘い物を配ろうかと思う』と伝えたときに賛同してくれた仲間の輝いた顔を思い出し、ヒースは思わず笑みを深めると、「まーだー?」と強請る子どもの声に「はいはい、ただいま」と再びお菓子を配り始めた。
「疲れた時にお菓子は世界を救うと思うの、もぐもぐ」
バックの中に大量のマシュマロを突っ込み自分の身長よりも大きなメイスを振り回しながら町内巡回をしているのはディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
避難生活で疲れたであろう人々に声を掛けつつ、子どもの姿を見かけると「1人1個までなの」と断りつつその口の中へとマシュマロをプレゼントする。
「今、広場で炊き出しやっているの。スープや粕汁やクッキーもあるから行ってみるといいの」
ディーナの言葉に人々は礼を告げつつ広場へと向かう。
その背を見送りつつ、ディーナはさらに町内巡回を続けるべく歩き始めた。
そうしていると、ある兄弟が炊き出しの料理を恐る恐る運んでいるのを見つけた。
話しを聞けば、家に寝たきりの祖母がいるという。
「外に出られる人ばかりじゃないの、そういう人の所にこそ行かなきゃって思ったの」
ディーナはその兄弟に礼を告げて広場まで行くと、事情を話し木の板をお盆代わりにして数人分まとめて運び出した。
そして、積極的に人々と関わり情報を集め、他にも足を怪我して広場まで行けない人や、足腰の悪い老人の家まで料理を運び込み、ディーナは深く人々に感謝されたのだった。
「エライ荒んでるじゃねぇか。道理でドロボーが出るわけよ」
いわゆるスラムと言われる地域に真っ直ぐに向かったのは神薙玲那(ka6173)。
こんな地域の人々も1人残さず全員避難させ、ベルトルードの町を完全に空けさせたというのだから、帝国軍がいかに強攻策を執ったのか、想像に難くない。
そして、こういった地域こそ早く帰り着いた者が我が物顔で跳梁跋扈しやすい。
「スリだ!!」
声が上がり、1人の少年が人波を掻き分けて玲那の方へと走り寄る。
「ヘイヘイ、少年。ストーップ」
その首根っこを捕まえると、その腕を素早く背へと回しねじり上げる。
「んだよ! 放せよ! ブス!! ドブス!!」
「あ゛ぁん!?」
さらに腕をねじり上げて少年が悲鳴を上げたところを無理矢理しゃがませて地に伏せさせる。
「コイツ! 俺の財布スリやがった!!」
追いついてきた男もあまりガラは良く為さそうではあるが、玲那はねじ伏せた少年の懐やズボンのポケットを探り財布を引っ張り出すと「これか?」と男に問う。
「あぁ、これだ。……っち。このクソガキめ!」
男は地面に伏せられている少年の腹を思いっきり蹴り上げた。
「オイ、おまえ……!」
玲那が立ち上がり男の正面に立つと男は不快そうに顔を歪めた。
「こういうクズがのさばってるからこの辺はいつまで経っても治安が悪ぃんだよ。どうせなら避難じゃなくて追放にしてくれたら良かったのによぉ!」
少年の顔にツバを吐きかけた男の胸ぐらを玲那は思わず掴み上げた。
「んだよ? ハンター様が善良な市民に手ぇ上げんのかよ!」
「何だ、どうした?」
人だかりが割れ、その奥から戦馬を引いてやってきたのは完全武装の榊 兵庫(ka0010)だ。
「どうした?」
もう一度平坦な声で兵庫が問えば、玲那はその手を離し、男から一歩距離を取る。
男は鼻を鳴らすと襟首を正し、そそくさとその場から立ち去っていく。一方で地面に伏せていた少年も一気に起き上がると人混みの中へと紛れ込んでしまう。
「あ、おい!」
玲那が声を掛け後を追うが、地の利がある少年の姿はもう見つけることができなかった。
「なるほどな」
玲那から事の次第を聞いた兵庫は溜息交じりに呟いた。
「強制的な避難生活の後だ。人々も気が立っているんだろう」
わかりやすい悪など居ない。誰もが生活がかかっている。
だからこそ、兵庫は完全武装で戦馬による巡回を行うことで目に見える抑止力として、火事場泥棒的な不心得者が出没するのを抑えることを重視した。
(このメッセージに気付かないような輩には容赦も必要ないな)
だが一方でこういった場で最も性質が悪いのはハンターを利用しようとする連中だ。
先ほどの男は恐らく玲那からわざと殴られ、それを師団に報告し金をせびるつもりだったのだろう。
だが、明らかに手練のハンターである兵庫を見て直ぐ様逃げ出していた事からも、敢えて威圧的に振る舞うことで、少し頭が働く程度の小悪党なら十分な抑えとなるのは実証できた。
「……これからがベルトルードにとっての復興の始まりか。悲しいが、必ず不心得者が出没するのが約束みたいなものだからな。その芽を潰しておくべきだろうな」
悔しそうに下唇を噛む玲那を見て、兵庫は僅かに目を細め「そうだ」と思い出した。
「広場で炊き出しをやっていてお菓子なども配っている。子どもの姿を見かけたら積極的に声を掛けてくれないか」
兵庫の言葉に玲那はようやく顔を上げ頷くと2人は再び巡回業務へと戻ったのだった。
高瀬 未悠(ka3199)はエリオ・アスコリ(ka5928)と共に町内巡回へと赴いていた。
市場が連なるこの通りは活気に溢れ、路面では各種屋台が特産品を売り並べている。
貝の塩焼き串を頬張るエリオを見て、未悠は目を見張る。
未悠の記憶が確かならば、最初は羊肉の素焼き、次にチーズの燻製と10cm程の川魚の姿焼き、さらにフレッシュサンドもエリオは食べていた。
「……驚いたわ。よく食べるのね……甘いものもいかが?」
カップウリされていたグミの実を手渡すと、エリオは「有り難う」と遠慮無くそれを口に放り入れた。
(この街の人々に多くのものを失わせてしまったけれど。命を、未来を守れて良かった)
最初に剣機達が港を襲った事件では軍を始め被害が大きく出たと聞いていた。
そんな事があったばかりなのに、強制的な避難生活を強いて行われた今回の作戦が無事成功して本当に良かったと未悠は心から思う。
それと……
「貴方が守ってくれなかったら私は死んでいたわ。ありがとう、エリオ」
アルゴス戦で助けられたお礼を改めて告げると、エリオは首を傾げた。
「別に……女の子は大事にしろって教えられて育ったし男として当然のことをしたまでだよ」
グミの実を咀嚼しながらエリオは本当に何でも無い事のように答える。
「未悠は結構無茶するから放っておけないと所もあるし」
「……そうかしら?」
元来生真面目な性格も手伝って自覚はない。ただ、やるべき事をやっているだけだと本気で思っている。
そんな自覚のない未悠を見て「ほらね」とエリオは口角を上げた。
「元々の性格もあるんだろうけど……どっかの副師団長の隣に立つにしても、もう少し肩の力抜いても良いんじゃない?」
「そういえば折角軍に呼ばれたのに会えなかったんだってね、残念だったね」なんて続けるエリオに「もう!」とむくれながらその背を力一杯叩く。
容赦無い痛みにエリオが悲鳴を上げるが、未悠はむくれたまま黙殺。それから、ふと微笑んだ。
「……貴方は強くて優しい人ね。迷惑かもしれないけれど……とても尊敬しているわ」
未悠の敬愛を伝える真っ直ぐな言葉に、エリオは面食らったように目を瞬かせると「だから、そんなんじゃないってば」と照れて視線を逸らす。
そんなエリオの反応を微笑ましく見つめている未悠の耳に「泥棒!!」という叫び声が飛び込んできた。
2人は顔を見合わせると直ぐ様声の方向へと走り出したのだった。
「2人が無事に戻ってきてくれて本当によかった、お疲れ様」
時音 ざくろ(ka1250)は恋人である白山 菊理(ka4305)と八劒 颯(ka1804)の2人をまとめて抱きしめる。
「ああ、何とかな。……颯も、助かって良かった」
菊理がざくろを抱きしめ返し、颯の背にも手を回した。
「巨神に食われる、リアルブルーのマンガかアニメにそんなのがあったような気がしますが……」
軽口を叩きながらも2人に抱きしめられて自分が生還したんだなという事を改めて颯も実感する。
「もう。……でも、颯は大怪我したみたいだし、あんまり無茶しちゃ駄目だよ」
ざくろは颯に笑いながらもその額を人差し指で突いて笑った。
(あのまま帰ってこれなかった人の方が多かっただろうと思うとやはりはやては幸運だったのでしょうね)
自分を抱きしめてくれる2人の温もりに身を委ね、颯もまたざくろと菊理を抱きしめ返した。
「はやてにおまかせですの!」
「えーと、颯。残念ながら町中で魔導アーマーはダメだと思うんだ」
この手のでか物が歩き回ってれば諸々のトラブルを抑制する示威効果も望めると踏んだ颯だが、流石に人や物でごった返す白昼の町内を交通整備もなく魔導アーマーで彷徨くのは好ましくないと注意を受け、仕方なく颯はGustavから降りた。
「そんな仰々しくしなくても、警備ついでに、買い食いしたりしたら悪い店の見極めや抑止になるかなって思うんだけど……ダメかな?」
というざくろの提案で3人は一緒に町内巡回という名のデートを楽しむことに。
「この喧騒は、街の傷を癒しているものか……街はまだ、生きているのだな」
菊理の思わず漏らした言葉にざくろも街の復興作業と商人の活動を見て、安堵したような笑みを浮かべながら「そうだね」と返す。
しかし、菊理の表情は晴れない。
(もっと上手く動けていたら、被害はもっと抑えられたかな……。颯も怪我を負わずに済んだのではないか……?)
「ほら、菊理。これ良く似合うと思うよ」
不意に胸元にネックレスを宛がわれ、菊理は目を瞬かせた。
「ああ、ありがとう。ざくろ」
(少なくとも恋人の前では、笑顔で居よう)
ざくろの優しさに菊理は肩の力を抜いて少し微笑むと、ざくろもそれを見てまた笑顔を返す。
「颯には……これとか?」
二揃いの髪留めをトレードマークでもあるツインテールに宛がう。
「あれ? ざくろ君?」
声をかけられ振り向くと、アルゴス戦の中、共に町内巡回に参加したヴィリー・シュトラウス(ka6706)がざくろを見つけて近寄ってくる。
「あぁ、ヴィリー」
ざくろが菊理と颯にヴィリーを紹介し、ヴィリーもまた2人と挨拶を交わす。
「この辺り、確かジェイの家のそばだよね」
「うん、ざくろも会えないかなって思ってたんだ……あ!」
丁度そこへ、炊き出しで貰ったのだろう、お菓子を持って歩いて来たジェイの姿を見つけ、ざくろが手を振った。
「あ、お姉ちゃん達!」
「ざくろ、男!」
などといういつものやり取りがあって、ヴィリーもジェイとハイタッチを交わす。
そこへ一台の魔導トラックがやってくると軽くクラクションが鳴った。
「ジェイ? ……こっちだ、こっち」
魔導トラックのウィンドウが開くと、メンカルが顔を出した。
あの時のメンバーが3人も揃い、ジェイも再会できたことに嬉しそうに笑う。
「元気そうで何よりだ。無事に帰りつけたようだな。……怒られたか?」
ほんのちょっとニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべるメンカルに、ジェイは両肩を竦めて「めっちゃめちゃ怒られた」と笑った。
「でも、あの後すぐ家に帰っていいって事になったから、それどころじゃなくなって助かったよ」
「弟妹は喜んでくれた?」
「うん」
ヴィリーの問いにジェイは得意げに胸を張った。
「さて、じゃぁ俺はそろそろ作業に戻るか……またな。……親兄弟と仲良くな」
「うん、またね、お兄ちゃん」
再び軽くクラクションを鳴らし、走り去る車を見送って、ヴィリーもまた巡回へと戻ろうとジェイの頭を撫でた。
「まだ町が落ち着くまで時間がかかるかも知れないから……気を付けてね」
「うん、お兄ちゃんも頑張ってね」
拳と拳を突き合わせると、互いに手を振り分かれる。
残ったざくろと菊理、颯を順々に見たジェイが首を傾げた。
「……それで、お姉ちゃんがお兄ちゃんなのはわかったけど、どっちが本命の彼女なの?」
「ジェイっ!?」
どっちも、とは教育上言えないざくろはわたわたと慌て、それをみた菊理と颯が顔を合わせてニヤリと笑った。
「あぁ、それは私も是非知りたいな」
「はやても知りたいなっ」
「菊理!? 颯!?」
2人に追い詰められ、ざくろは子犬のような鳴き声を上げて脱兎の如く走り逃げ出したのだった。
●
(……アダムと、ペレットは……あの、砂漠へ……
……悪かったのは……剣機博士……でも……アダムの薬で……出た犠牲も本当で……何をしても……命はもう、戻らなくて……
それでも……悪い事をしたら……謝らなあかんから、って……それだけで……追いかけて……
この終わりは……どぉいう事になるんかな……残された人達の気持ちは……結局……どぉなるんやろう……)
小夜は悶々とした気持ちを抱いたままトミヲと共に前庭の緩やかな丘の上で昼食を取っていた。
その頭を突然クシャクシャッと撫でられて、目を白黒させながら振り返るとそこには。
「厳靖のおじちゃん、ユリアンのお兄はん、金目のお兄はんも……」
小夜の沈んだ表情に劉は首を傾げる。
「そんなに不味いのか、そのメシは?」
軍からの配給されたスープはとびきり美味しいわけでは無いが不味くも無い。
返答に困っていると、ユリアンが静かな声音で助け船を出した。
「悩み事?」
その問いに小夜は抱えていた想いを3人にもぶつけた。
「……謝って、回るとか……しんでお詫び、なんて……考えてた訳やない、けど……もう永くないなら……最後は、静かに……なのかも、知れんけど……でも……」
小夜の声は尻すぼみとなって消えた。
沈黙が落ちた中、最初に口を開いたのはユリアンだった。
「俺は……」
野菜とハムが挟まっただけのサンドウィッチを片手に、ユリアンは空を睨む。
「あんな風に、人の様に最期を迎えることが許されるんだって……気が抜けたって言うのかな」
風のほとんど無い穏やかな午後だ。あの戦いが遠い昔のようにさえ思わせる程に。
「俺は、助けたいとも断罪したいとも少し違う。ペレットは、全てを聞いたら終わらせるつもりだった。
変な実験で追い詰めるよりはって思ったし」
話があるとトミヲと共に呼ばれたとき、その覚悟を持って師団詰所まで行ったのだ。
だが、聞いたのは全く想像だにしなかった内容と顛末。
「因果が巡り残りの命を削る日々の中でも、彼らはスライムになった人達の事なんて一欠片も考えないのだろう。結局同じで違う。
俺は虚歪をこれからも迷わず斬るだろうし、人同士でさえ……何とも思わず殺す事だってある。
正しい答えなんてなくて、それぞれ自分が正しいと思う事しか、ないんだ」
「それぞれ自分が、正しいと思う事しか、ない……」
酒の注がれた杯を見ながら、金目が1人口の中で繰り返す。
この言葉を聞いて、金目の中のわだかまりが少し軽くなったような気がした。
暫く沈んでいたようだったユリアンだが、アルゴスに向かう時、風が吹いたように見えたのはきっと金目の思い過ごしなどでは無かったのだと思えた。それが少し嬉しい。
「まあ、スッキリはしねぇよなぁ。大人の事情って言っちまえばそれまでだが」
劉はスキットルを呷る。
(俺の想像が正しければ完っ璧に政治利用されてんだよなぁ……はー、汚いねぇ、大人は)
だがその全てを誰かに告げるつもりは劉には無かった。
「ん、思う存分悩め! 考えろ。それは間違ってねぇ。それがお前さんの良さだ」
劉は呵々と笑って小夜にデザートして付いてきたさくらんぼを分け与える。
(答えは出ないかも知れない。それでも、思考を止めないという事は大切だからな)
浮かない顔をしているトミヲも恐らく近い所まで想像が出来ているのだろうと推測し、酒を勧めたが丁重にお断りされた。
(それにしてもアルフォンスの件から始まって、でけぇ話しになったもんだ)
果たしてこれで本当に終わったのか、と嫌な予感が這い上がり、劉は思わず身震いする。
「どうしました? センパイ」
「いや……ほれ、お疲れさん」
放った缶ビールを慌ててキャッチした金目は栓を開けると一口飲んで顔をしかめた。
「……ぬるい」
「あー、すまん。冷えてなかったかー」
あっはっは、と笑いながらそれでも劉もぬるい缶ビールを空けて呷った。
「アンに報告がてら、じぃさんとこ行ってみるかねぇ」
ざぁっと涼やかな風が前庭の丘を駆け抜ける。
劉の独り言は誰にも届かず風に乗って消えた。
ピークを過ぎた炊き出し会場は、普段の穏やかさを取り戻し始めていた。
最初は空腹で気が立っていた人々も、腹が満ちると誰もが穏やかな表情となって去って行く。
その後ろ姿を見ながらヴィルマは念のためにと準備して来たスリープクラウドを放たずに済んでよかったと心から安堵する。
(剣機……あれと戦うとヴォールがまた水面下で動いていないか気になるのぅ)
人魚達がヴォールに似た歪虚を見たという報告を思い出し、ヴィルマは鍋を掻き回す手を止めた。
(いずれ相まみえる事になると思うが、我はあの時より強くなった。あやつの計画など潰して、悔しがらせてやる。……剣機の材料は生き物……人も含まれておる)
空を見上げる。
初夏の空は青く、穏やかだが今日は日差しが強い。強い太陽の輝きにヴィルマは思わず目を細めた。
(これ以上犠牲は増やしとぅない)
真は広場での演奏に区切りを付け、まだその場に留まっている人々の声に耳を傾ける。
「強制避難なんて初めてじゃ。町に被害が無かったから良かったようなもんじゃがこれからどうなるのか……」
「まだ港は商港だって完全に修復が終わった訳じゃ無いのに、軍港があんなんじゃ……」
「ハンターの力に頼ってばかりで軍とは名ばかりじゃないのか……」
「いっそ、入軍の条件を覚醒者に限るってしたらいいんじゃないのか? そうすれば息子は兵士にならずに済んだのに」
小さな不満はそのほとんどが帝国軍にむけられるものであり、強いて言えば帝国への不信であり、現皇帝の不信でもあった。
「モンデシャッテ朝よりはましだが、所詮貴族は下を見たりはしないのさ」
そんなことは無い、と否定したい気持ちを抑える。何故なら今この場で彼らが欲しているのが彼らの思いを否定する存在では無く、ただ、愚痴を受け止め聞いてくれる存在である事を真はわかっていたからだ。
だから静かに耳を傾け、否定も肯定もせず、ただ話しを聞くに留める。
真は話す人々の顔をそっと見る。
慣れない避難生活の苦労、生活のリズムを崩された事への憤り、蓄積された不安、それらによりやはり顔色は暗い。
アルゴスはベルトルードの街までは侵入できなかった。だが、確実に人々の精神を蝕んでいったのがわかる。
心配そうに寄り添うシトロンの頭を撫で、真は静かに微笑む。
(今回の騒動が解決しても、まだまだ世の中は平和とは言い難い。私にできることは少ないけど、一つ一つ頑張っていこう)
そう決意を新たにして真は立ち上がった。
●
もう陽が海へと沈もうという頃。
枢は1人海を眺めていた。
「あれ? カナメ?」
「あれ? ヴィリー。どうしたの、こんなところに」
「僕は見回りだよ。カナメこそどうしたの? こんなところで1人黄昏ちゃって」
「……実は……」
「実は?」
「倉庫の中の整理して、出てきたらこの辺一帯もう人が居なくなってて、祝勝会の場所ききそびれちゃったんだよね……」
「……はい?」
「すっごい集中してて、周りの音が聞こえて無くてさ、気がついたらもう誰もいなくて! でも酷くない? 誰か声掛けてくれても良くない???」
「カナメ、落ち着いて……!」
「で、途方に暮れて海見てたら何か夕陽凄い綺麗だし、世界はこんなに綺麗だったのかってちょっとしみじみしちゃってさ……」
「あ、うん?」
「守れて、良かったなぁって」
「……そうだね」
2人は暫し無言で水平線の向こうに沈みゆく太陽を見つめていた。
「……カナメ、祝勝会会場まで案内しようか?」
「……お願いします」
●
イズンは1人、詰所のベランダから橙から藍色へと変わるグラデーションを眺めていた。
そして、ここよりもさらに星が見えるであろう南方大陸へと想いを馳せる。
この国には死刑制度が無い。犯した罪は労働という形で国へと奉仕させる事により償わせる。
アダムは既にマスケンヴァルの中でも特殊な立ち位置にいた。何しろ旧帝国軍軍医という肩書き付きの高位聖導士だったのだ。
そして明らかに刑期終了まで寿命が持たない事が判明していた。下手をすれば“何も国に貢献しないまま死ぬ”可能性すらあった。
無論、大方の司法取引は済んではいた。しかし、目に見えての“奉仕”が無ければ人々は納得しない。
そんな中、ここに来てペレットという歪虚が再び出てきた。それも『過去には人にさえ利用され、同じ歪虚にさえ利用された哀れな存在』であり、『理由はどうあれハンターが保護してきた』という特例中の特例の歪虚として。
それでも『歪虚死すべし慈悲は無い』と陛下が言ったとする。
すると恐らくヴルツァライヒはあのペレットの特異な経歴を逆手に取って利用するだろう。
逆に『恩赦を』と陛下が言ったとすれば、“歪虚と手を結んだ裏切り者”と声高らかに陛下を引きずり下ろすシュプレヒコールが上がるだろう事も想像に難くない。
イズンはその両方から陛下を護る手段が必要だと考えた。
その結果が、あのアルゴス誘導作戦であり、南方大陸への流刑だった。
これで2人が帝国の手の届かない所で死んで行くのならそれでいい。
しかし、万が一ペレットが飢餓に耐えられずアダムを吸血し殺した場合。
この時こそペレットを殺す大義名分が生まれ、人類側は大袖を振ってハンターを送り出せる。
恐らく世間は――被害者の家族はアダムが本当に陳謝したとしても絶対に許さないだろう。
禁忌の研究に手を染め、帝都の無辜の臣民をスライムへと変えた彼を。
アダムもペレットも決して“赦されて”島流しにあった訳では無いのだ。
「……私も、随分と汚い大人になったものだな」
自嘲の笑みを浮かべ、空を見上げる。
一番星が光り、気付けば空一面に星が瞬き出していた。
陽が落ちて肌寒さを増したベランダからイズンは踵を返し室内へと戻る。
乾いた靴音を響かせながら、イズンは1人暗い廊下を歩いて行った。
復興支援に名乗りを上げた12名のハンター達を第四師団の復興担当官達が希望場所とその役割をテキパキと割り振る。
「オーラーイ、オーラーイ……ハイ、ストーップ!」
軍手をはめ、すっかり作業員に溶け込んだ央崎 枢(ka5153)の指示に第四師団の魔導トラックが所定位置に停車する。
その荷台へクレール・ディンセルフ(ka0586)が操縦するヤタガラスのクレーンが浄化されたアルゴスの装甲鎧を釣り上げては積み込んでいく。
「あ、クレールさん」
積み込み作業が終わったところで声を掛けられ、クレールはモニターのピントを枢に合わせた。
「先の戦いでは有り難うございました!」
礼を言われ、頭を下げられ、身に覚えのないクレールはぽかんと枢を見る。
「相談に、砲撃の時のタイミングのかけ声や、俺が前に出たときには掩護射撃してもらったり……」
クレールとしては自分のできる最善を尽くしただけだ。まさか、礼を言われるとは思わなかった。
「機会があったら挨拶したいと思ってたんで、会えてよかったです。また、どこかで一緒になることがあったらよろしくお願いします」
「え、あ、はい、こちらこそ……?」
言うだけ言うと、枢は師団員に呼ばれて倉庫の中へと入って行ってしまい、クレールは暫し呆気にとられたのだった。
ようやく我を取り戻したクレールは、どうやら剣機の島にヴォール(kz0124)が来たらしいという人魚からの報告があった事を思い出し、モニター越しにその鎧の接続面などを注意深く見つめる。
この接合部、報告官すら「溶接」と誤認した、未知の技術。
複数の物体を繋げて一つにする仕組み、遠隔操作、そしてヴォール。
島に乗り込んだハンター達が対峙した『剣機博士』はヴォールではない。
だが、ヴォールもまた剣機を操る技術を持った力ある歪虚であり、彼が『剣機博士』の研究成果を持ち出したのだとしたらそれは単純にヴォールの力が増した事を意味する。
「いつか来る、あいつと最強の剣機との決戦。それに向けて……この鎧の残骸、調べきってみせる」
クレールは機導の徒で操作パネルをタッチしながらアナライズデバイスで分析をかける。
「見てなさい、ヴォール……! あんたの道は、絶対に認めない!」
負のマテリアルを感知し、クレールはヤタガラスから降りると浄化刃バスターダインで浄化を試みる。
浄化を終え、再びヤタガラスに搭乗すると、クレールは今やるべき事に集中しようとその両頬を叩いた。
「対空砲をクレーンに換えて、魔導鎌をツルハシ型に換えて、器用フレームにライト・荷台! 行くよ! 復興重機! ヤタガラス!!」
気合いと共に、浄化を終えた装甲部分を抱え、荷台に詰め込むと周囲を見回した。
「よしっ! じゃあ、運んでいきますよー!! 何かあればどうぞご遠慮なく!」
クレールの明るい声とテキパキとした動きに共に作業に入っていた人達は気持ち良く作業ができたと噂になっていた事を本人が知るのはもう少し先の話である。
【安全第一】を掲げ集まった狭霧 雷(ka5296)、メンカル(ka5338)、キャリコ・ビューイ(ka5044)、夕凪 沙良(ka5139)の4人は壊れた倉庫などを倒壊させ、更地に戻すという作業に従事していた。
「解体処理の必要な地域を把握しようと思いましたが……これ、解体処理が要らない場所を把握した方が早そうですねぇ……」
主に現場の現状確認と足場の確保、破砕計画の立案などに走り回っていた雷だが、軍から渡された計画書を見て思わず苦い笑みを浮かべた。
「まぁ、かなり派手にやり合ったらしいからな……俺達も遠慮無く破壊行動が取れる、なんて経験は早々ないだろう。思いっきりやらせて貰おう」
計画書を見たキャリコが。不敵に笑えば、沙良は神妙な顔で頷く。
「えぇ……怪我や事故が無いよう十分に気を付けて行いましょう」
そして実際、現場に立ったメンカルは魔導トラックの運転席から見える光景を見て正しく感嘆の溜息を漏らした。
「随分暴れたようだが……人的被害がなくて何よりだ」
銃弾により空いた穴、抉られた地面、破壊された建物、CAMがぶつかったと思われるへこみ、歪虚による爆撃の後か煤けた地面……と、思いの他大きい傷痕に戦いの激しさを改めて思い知る。
あの日、同じベルトルードにいながらも街の方の巡回を担当していたメンカルは激しい戦闘音は聞こえていた。
軍のあの作戦には賛否両論様々な意見が出ていたが、人的被害が出ないよう采配した点だけは何よりも評価していいとメンカルは唸った。
「取り敢えず瓦礫を砕くので離れてくださいね」
沙良の操縦するリインフォースがソニックフォン・ブラスターで呼びかける。
雷が安全確保に動いているため恐らく人払いは済んでいる筈だが、万が一がないよう細心の注意を払いつつマニュアル操縦でバイルバンカーを器用に操り倉庫のレンガ壁を崩していく。
雷もまた魔導アーマーを駆使しワイヤーを打ち込み、キャリコのMeteorがアーマーペンチで破砕する際に倒壊方向のコントロールを手伝う。
息の合った連携であっという間に倉庫ひと棟を倒壊させると、その瓦礫を雷がショベルアームで一箇所に集め、キャリコがナックルでトラックの荷台に乗せる。
「エクスシア……CAMや魔導アーマーが重機の代わりとして復興作業で活躍できる、という良い結果を残せるといいですね」
走り出したメンカルのトラックを見送りながら沙良が呟く。
もっとも、量産型と魔導トラック以外は覚醒者でなければ十分な性能を引き出せないため、普及という意味では難しいだろうが、復興支援などの場でもハンターの力が有用であるとわかれば、もっと活躍の場は広がるだろう。
不自然に見晴らしが良くなった倉庫街から、キャリコはその向こうの海を眺める。
アルゴスが通った傷痕は大きく、壊さねばならない倉庫はまだまだ多い。
一方でその向こうの大海は穏やかで空は高く白い雲が浮かびカモメが飛んでいる。
……いや、穏やかに見えるだけか。
あの大海も進めばすぐに歪虚がひしめく暗黒海域だ。グラン・アルキトゥスを倒したとは言え、まだ海域の負のマテリアルは濃く、一般人にとって漁は命がけで行う物という認識は変わらない。
(これからどうなっていくのか……)
このクリムゾンウェストだけではない。リアルブルーにエバーグリーンという他の世界。
神霊樹に大精霊。そして邪神と呼ばれた星を食べ、歪虚を生み出す元凶であるファナティックブラッドという存在。
アレと退治するためにはまだまだ力が必要だ。だが……
「キャリコさん。メンカルさんが帰ってくるまでに次へ向かいましょう」
雷の声に、キャリコは我に返ると「あぁ」と答え、沙良と共に隣の半壊の倉庫へと向かう。
「あぁ、今日は暑くなりそうですね」
雷は空を見上げ、徐々に高度を増す太陽を見ると目を細める。
気合いを入れ直すと、再びワイヤーを構え、放った。
「天候ヨーシ。活気ヨーシ。でも、心はアンニュイだ。はは」
水流崎トミヲ(ka4852)が嘆きつつも落とし穴の跡を埋めるべくがんばれトミヲくん2号での整地作業に入っていた。
……とはいえ、一度命令を出してしまえばトミヲくん2号は黙々と整地作業を進めていく。
トミヲはアンニュイな心の彷徨うままにつらつらとアルゴスとの戦いを振り返る。
(勝って綺麗に終わらせたと思ってた。――でも、そうじゃなかったんだ。僕は、『救えた』わけじゃあ、ない)
ペレットとアダム。『二人』が関わる事件と出会ってから一年半以上。
その終わりを思う。その時、一台の馬車が近付いて来る音に気付いて顔を上げた。
「小夜ちゃん……」
御者が座る場所には浅黄 小夜(ka3062)の姿があった。
「トミヲのお兄はん」
その大きな桜色の瞳はトミヲと同じように晴れない想いに揺れていた。
「今回、お兄はんがいてくれて……心強かったです」
『魔術師のお師匠はん』と呼ばれ、トミヲは照れつつも胸を張る。
「……ふふっ、君の分も頑張ったよ!」
そんなトミヲに小夜は笑顔を返すと、再び視線を下げた。
「……結局、アダムはちゃんとごめんなさいしたんやろか?」
「小夜ちゃん……」
色々考えて、“自分”で答えを出そうとしている少女を見て、トミヲは言葉を失う。
小夜もまた、共にアダムを追った一人だった。
そしてその純粋さゆえに今回の『終わり方』に納得ができないだろうということも予想できた。
「彼らの悪行は覚えている。非業も」
でも。
歪虚の身でありながら歪虚に利用され人に利用されてきたペレットと、覚醒者の身でありながらエリクサーの研究に身を投じ、結果倫理を逸脱し、無辜の人々の命まで奪ったアダム。
この二人の寿命を前にしたこの『終わり方』を聞いた時、トミヲは否定することは出来なかった。
「……臆病者、だよなぁ、僕ぁ……」
トミヲの呟きに小夜は首を傾げた。
エイル・メヌエット(ka2807)はアルゴスが最後倒れた場所に立っていた。
最期、崩れゆくアルゴスの体液が付着した場所は負のマテリアルに深く汚染され、酷い腐敗臭が漂っている。
ロザリオを手に、一連の件で喪われた命に追悼の意を捧げ、斎庭を生成していく。
その力は願いと想いの強さを映すようにエイルを中心に負のマテリアルを斎み清めて行く。
他にも第四師団からの浄化担当官やエルフハイムから派遣されてきた術者なども端から浄化を進めて行っている為、恐らく今日一日あればマテリアルバランスを正常に戻すことができるだろう。
かつて浄化の器と呼ばれた少女とほとんど年端の変わらない子達が懸命に浄化術を操るのを見て、エイルは目を細める。
森都の件と関わるうちに、気がついたら今この場所に立っている。
きっと結局すべては繋がっていて、剣機も、森都の柵の余韻も、終わってはいないのだろう。
「でも、だからこそ今は、穏やかな日常が、この町に一日も早く戻りますように」
傷を治し浄めたあとには、瑞々しい命が芽吹きますように。そう祈りながらエイルは再び浄咲を紡いだ。
金目(ka6190)はアルゴスの汚染区域で置き土産である装甲部分に機導浄化術を施すと手に取った。
(巨人は倒せたが『剣機』は……結局、僕たちはその確証を掴み損ねた)
金目が初めてハンターとして受けた依頼の依頼人。アダムと金目を繋げる縁となったその少女はもういない。
(アン嬢の依頼から始まったハンターとしての僕の物語は未だ終わらない、ということだ)
場の浄化は順調に進んでいて、金目はアルゴスが最期まで身につけていた装甲への浄化に専念していた。
「金目さん?」
呼ばれ振り向けば、見慣れたアジュールの青い車体とユリアン(ka1664)がいた。
浄化済みの装甲を運び、帰りには建築材を積んで戻るというユリアンにほとんど浄化の仕事が終わっていた金目は同行を願い入れ、二人はアジュールに乗り込んだ。
現在は軍港が現在使用できない為、一度商港に出る必要がある。
軍港を抜けると同時に、窓からは商港の喧噪が飛び込んでくる。
「……皆、逞しいな。生き抜いた市井の人達が一番強いのかも知れない」
「そうですね」
指定された積荷以外にも自分の商品を売りつけてこようとする商魂たくましい商人の弁舌にユリアンと金目は圧倒され、間に入った師団員のお陰で何も押し売られずに軍港へ戻ってきた。
「あれ?」
建築材を運び入れた先に見慣れた後ろ姿を見つけ、ユリアンと金目は顔を見合わせた。
「やぁ、センパイ。お疲れ様です」
金目の呼びかけにゴーレムの肩の上にいた劉 厳靖(ka4574)が振り返る。
「よぉ、金目にユリアンじゃねぇか」
劉はゴーレムから降りると運転席の開いた窓に肘をかけた。
「お疲れさん。大活躍だったじゃねぇか、流石だねぇ」
ユリアンに向けて呵々と笑い、懐から使い込まれたスキットルを取り出す。
「厳靖さんも」
「まあ大して役に立ってねぇが何とか生き延びれたぜ。一緒に損な役回り買ってくれた奴のお陰でな」
振らなくともその重さで酒量がわかるのだろう。慣れた手つきで蓋を開けるとユリアンに向けて差し出した。
「それよか、少しは風向きは変ったか?」
それを丁重に断りつつ、ユリアンは目元を少し和らげる。
「……そう、だね。少し、風を感じられるようになった気がするよ」
そうかい、と笑うと劉はスキットルに口を付けぐびりと喉を鳴らした。
その時、軍港全体に軽やかなサイレンが鳴り響いた。
「あぁ、正午か」
頭上を照らす太陽を手庇越しに確認した金目が呟く。
「じゃ、メシにすっか」
劉は言うが早いかゴーレムに作業を中断させ、早々にアジュールの荷台に乗り込んでいく。
それを見て二人は再び顔を見合わせ、笑った。
●
「空きっ腹では復興も出来ぬ。それ、お腹を空かせた者はおらぬかえ? 魔女のスープでも飲んでいくと良いのじゃ」
「東方由来の粕汁と焼き酒粕です~。お酒は飛んでますからお子さんでも大丈夫ですよぅ。特にこの焼き酒粕はぁ、東方のお子さんにすっごく人気なお菓子ですぅ。1度食べたら病みつきですよぅ」
炊き出し会場となった広場ではヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)と星野 ハナ(ka5852)が声を張る。
「ほぅ……そなたのその……カスジル? とはまた変わった料理じゃのう」
「ふふふ、美味しいですよぅ? 食べてみますかぁ?」
ハナが鉄人の鍋からよそった粕汁を受け取り、ヴィルマがまず匂いを嗅ぐ。
初めて嗅ぐ麹の匂いは華やかでほんのり甘い。
「板酒粕千切って作るとちょっとだまが残ったりしましてぇ、それがまたアクセントになって美味しいんですぅ。肉でもいけますしぃ、炊き出し用なら豚汁より心が浮き立つ気がしますぅ」
「なるほど、美味いのぅ」
お礼にヴィルマのスープもハナに振る舞いつつ、調理の隠し味などについて話していると続々と匂いに釣られてやってきた人々で広場は活気づいてきた。
さらにそこへ正午を告げるサイレンが鳴り、広場は人混みでごった返す。
「グデちゃん、みんなの心がちょっとでも元気になるように明るい曲をお願いしますぅ。……喧嘩を見かけたら挽歌していいですよぅ。いっぱい可愛がられて、みんなを元気にして下さいねぇ」
ハナに送り出されたユグディラのグデちゃんがハンドベルで演奏を始める。
「ほぅ、ユグディラも連れてきておったのか」
「街が復興したら東西交流も始まるでしょうしぃ、それにこれから幻獣と人の距離ももっと近くなるといいなぁとも思いましてぇ……欲張りなんですぅ、私ぃ」
えへっ♪ と笑うハナにヴィルマは「なるほどのぅ」と感心した声を上げる。
「凄い人になってきたね……シトロン、俺達も頑張ろうか」
鞍馬 真(ka5819)はユグディラのシトロンと共にフルートとリュートでグデちゃんと合奏し、真と二匹との演奏により炊き出し会場はより一層華やかな雰囲気に包まれた。
「まぁ、ボクにもこういう事が出来るかどうか、試す機会ではあるからねぇ。頑張るとしようかぁ」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が甘め、普通、甘さ控えめの三種類のトランプの絵柄を模したクッキーを、炊き出しを求めて来た人々へ希望に応じて配り始めると、口コミで直ぐ様子ども達が集まり始めた。
「たくさん用意しているから焦らず慌てず順番を守って受け取る事。ルールを守れない子にはあげないよぉ」
瞳を輝かせてクッキーを受け取っていく子ども達の笑顔に、ヒースも思わず顔がほころぶ。
「あ、そうだ」
ヒースはうっかり全てを配り終えてしまわないよう、袋の中のいくつかを取り出すと別の鞄へと仕舞った。
「働く者に報酬は必須。復興を手伝うハンターにも、ねぇ」
『甘い物を配ろうかと思う』と伝えたときに賛同してくれた仲間の輝いた顔を思い出し、ヒースは思わず笑みを深めると、「まーだー?」と強請る子どもの声に「はいはい、ただいま」と再びお菓子を配り始めた。
「疲れた時にお菓子は世界を救うと思うの、もぐもぐ」
バックの中に大量のマシュマロを突っ込み自分の身長よりも大きなメイスを振り回しながら町内巡回をしているのはディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
避難生活で疲れたであろう人々に声を掛けつつ、子どもの姿を見かけると「1人1個までなの」と断りつつその口の中へとマシュマロをプレゼントする。
「今、広場で炊き出しやっているの。スープや粕汁やクッキーもあるから行ってみるといいの」
ディーナの言葉に人々は礼を告げつつ広場へと向かう。
その背を見送りつつ、ディーナはさらに町内巡回を続けるべく歩き始めた。
そうしていると、ある兄弟が炊き出しの料理を恐る恐る運んでいるのを見つけた。
話しを聞けば、家に寝たきりの祖母がいるという。
「外に出られる人ばかりじゃないの、そういう人の所にこそ行かなきゃって思ったの」
ディーナはその兄弟に礼を告げて広場まで行くと、事情を話し木の板をお盆代わりにして数人分まとめて運び出した。
そして、積極的に人々と関わり情報を集め、他にも足を怪我して広場まで行けない人や、足腰の悪い老人の家まで料理を運び込み、ディーナは深く人々に感謝されたのだった。
「エライ荒んでるじゃねぇか。道理でドロボーが出るわけよ」
いわゆるスラムと言われる地域に真っ直ぐに向かったのは神薙玲那(ka6173)。
こんな地域の人々も1人残さず全員避難させ、ベルトルードの町を完全に空けさせたというのだから、帝国軍がいかに強攻策を執ったのか、想像に難くない。
そして、こういった地域こそ早く帰り着いた者が我が物顔で跳梁跋扈しやすい。
「スリだ!!」
声が上がり、1人の少年が人波を掻き分けて玲那の方へと走り寄る。
「ヘイヘイ、少年。ストーップ」
その首根っこを捕まえると、その腕を素早く背へと回しねじり上げる。
「んだよ! 放せよ! ブス!! ドブス!!」
「あ゛ぁん!?」
さらに腕をねじり上げて少年が悲鳴を上げたところを無理矢理しゃがませて地に伏せさせる。
「コイツ! 俺の財布スリやがった!!」
追いついてきた男もあまりガラは良く為さそうではあるが、玲那はねじ伏せた少年の懐やズボンのポケットを探り財布を引っ張り出すと「これか?」と男に問う。
「あぁ、これだ。……っち。このクソガキめ!」
男は地面に伏せられている少年の腹を思いっきり蹴り上げた。
「オイ、おまえ……!」
玲那が立ち上がり男の正面に立つと男は不快そうに顔を歪めた。
「こういうクズがのさばってるからこの辺はいつまで経っても治安が悪ぃんだよ。どうせなら避難じゃなくて追放にしてくれたら良かったのによぉ!」
少年の顔にツバを吐きかけた男の胸ぐらを玲那は思わず掴み上げた。
「んだよ? ハンター様が善良な市民に手ぇ上げんのかよ!」
「何だ、どうした?」
人だかりが割れ、その奥から戦馬を引いてやってきたのは完全武装の榊 兵庫(ka0010)だ。
「どうした?」
もう一度平坦な声で兵庫が問えば、玲那はその手を離し、男から一歩距離を取る。
男は鼻を鳴らすと襟首を正し、そそくさとその場から立ち去っていく。一方で地面に伏せていた少年も一気に起き上がると人混みの中へと紛れ込んでしまう。
「あ、おい!」
玲那が声を掛け後を追うが、地の利がある少年の姿はもう見つけることができなかった。
「なるほどな」
玲那から事の次第を聞いた兵庫は溜息交じりに呟いた。
「強制的な避難生活の後だ。人々も気が立っているんだろう」
わかりやすい悪など居ない。誰もが生活がかかっている。
だからこそ、兵庫は完全武装で戦馬による巡回を行うことで目に見える抑止力として、火事場泥棒的な不心得者が出没するのを抑えることを重視した。
(このメッセージに気付かないような輩には容赦も必要ないな)
だが一方でこういった場で最も性質が悪いのはハンターを利用しようとする連中だ。
先ほどの男は恐らく玲那からわざと殴られ、それを師団に報告し金をせびるつもりだったのだろう。
だが、明らかに手練のハンターである兵庫を見て直ぐ様逃げ出していた事からも、敢えて威圧的に振る舞うことで、少し頭が働く程度の小悪党なら十分な抑えとなるのは実証できた。
「……これからがベルトルードにとっての復興の始まりか。悲しいが、必ず不心得者が出没するのが約束みたいなものだからな。その芽を潰しておくべきだろうな」
悔しそうに下唇を噛む玲那を見て、兵庫は僅かに目を細め「そうだ」と思い出した。
「広場で炊き出しをやっていてお菓子なども配っている。子どもの姿を見かけたら積極的に声を掛けてくれないか」
兵庫の言葉に玲那はようやく顔を上げ頷くと2人は再び巡回業務へと戻ったのだった。
高瀬 未悠(ka3199)はエリオ・アスコリ(ka5928)と共に町内巡回へと赴いていた。
市場が連なるこの通りは活気に溢れ、路面では各種屋台が特産品を売り並べている。
貝の塩焼き串を頬張るエリオを見て、未悠は目を見張る。
未悠の記憶が確かならば、最初は羊肉の素焼き、次にチーズの燻製と10cm程の川魚の姿焼き、さらにフレッシュサンドもエリオは食べていた。
「……驚いたわ。よく食べるのね……甘いものもいかが?」
カップウリされていたグミの実を手渡すと、エリオは「有り難う」と遠慮無くそれを口に放り入れた。
(この街の人々に多くのものを失わせてしまったけれど。命を、未来を守れて良かった)
最初に剣機達が港を襲った事件では軍を始め被害が大きく出たと聞いていた。
そんな事があったばかりなのに、強制的な避難生活を強いて行われた今回の作戦が無事成功して本当に良かったと未悠は心から思う。
それと……
「貴方が守ってくれなかったら私は死んでいたわ。ありがとう、エリオ」
アルゴス戦で助けられたお礼を改めて告げると、エリオは首を傾げた。
「別に……女の子は大事にしろって教えられて育ったし男として当然のことをしたまでだよ」
グミの実を咀嚼しながらエリオは本当に何でも無い事のように答える。
「未悠は結構無茶するから放っておけないと所もあるし」
「……そうかしら?」
元来生真面目な性格も手伝って自覚はない。ただ、やるべき事をやっているだけだと本気で思っている。
そんな自覚のない未悠を見て「ほらね」とエリオは口角を上げた。
「元々の性格もあるんだろうけど……どっかの副師団長の隣に立つにしても、もう少し肩の力抜いても良いんじゃない?」
「そういえば折角軍に呼ばれたのに会えなかったんだってね、残念だったね」なんて続けるエリオに「もう!」とむくれながらその背を力一杯叩く。
容赦無い痛みにエリオが悲鳴を上げるが、未悠はむくれたまま黙殺。それから、ふと微笑んだ。
「……貴方は強くて優しい人ね。迷惑かもしれないけれど……とても尊敬しているわ」
未悠の敬愛を伝える真っ直ぐな言葉に、エリオは面食らったように目を瞬かせると「だから、そんなんじゃないってば」と照れて視線を逸らす。
そんなエリオの反応を微笑ましく見つめている未悠の耳に「泥棒!!」という叫び声が飛び込んできた。
2人は顔を見合わせると直ぐ様声の方向へと走り出したのだった。
「2人が無事に戻ってきてくれて本当によかった、お疲れ様」
時音 ざくろ(ka1250)は恋人である白山 菊理(ka4305)と八劒 颯(ka1804)の2人をまとめて抱きしめる。
「ああ、何とかな。……颯も、助かって良かった」
菊理がざくろを抱きしめ返し、颯の背にも手を回した。
「巨神に食われる、リアルブルーのマンガかアニメにそんなのがあったような気がしますが……」
軽口を叩きながらも2人に抱きしめられて自分が生還したんだなという事を改めて颯も実感する。
「もう。……でも、颯は大怪我したみたいだし、あんまり無茶しちゃ駄目だよ」
ざくろは颯に笑いながらもその額を人差し指で突いて笑った。
(あのまま帰ってこれなかった人の方が多かっただろうと思うとやはりはやては幸運だったのでしょうね)
自分を抱きしめてくれる2人の温もりに身を委ね、颯もまたざくろと菊理を抱きしめ返した。
「はやてにおまかせですの!」
「えーと、颯。残念ながら町中で魔導アーマーはダメだと思うんだ」
この手のでか物が歩き回ってれば諸々のトラブルを抑制する示威効果も望めると踏んだ颯だが、流石に人や物でごった返す白昼の町内を交通整備もなく魔導アーマーで彷徨くのは好ましくないと注意を受け、仕方なく颯はGustavから降りた。
「そんな仰々しくしなくても、警備ついでに、買い食いしたりしたら悪い店の見極めや抑止になるかなって思うんだけど……ダメかな?」
というざくろの提案で3人は一緒に町内巡回という名のデートを楽しむことに。
「この喧騒は、街の傷を癒しているものか……街はまだ、生きているのだな」
菊理の思わず漏らした言葉にざくろも街の復興作業と商人の活動を見て、安堵したような笑みを浮かべながら「そうだね」と返す。
しかし、菊理の表情は晴れない。
(もっと上手く動けていたら、被害はもっと抑えられたかな……。颯も怪我を負わずに済んだのではないか……?)
「ほら、菊理。これ良く似合うと思うよ」
不意に胸元にネックレスを宛がわれ、菊理は目を瞬かせた。
「ああ、ありがとう。ざくろ」
(少なくとも恋人の前では、笑顔で居よう)
ざくろの優しさに菊理は肩の力を抜いて少し微笑むと、ざくろもそれを見てまた笑顔を返す。
「颯には……これとか?」
二揃いの髪留めをトレードマークでもあるツインテールに宛がう。
「あれ? ざくろ君?」
声をかけられ振り向くと、アルゴス戦の中、共に町内巡回に参加したヴィリー・シュトラウス(ka6706)がざくろを見つけて近寄ってくる。
「あぁ、ヴィリー」
ざくろが菊理と颯にヴィリーを紹介し、ヴィリーもまた2人と挨拶を交わす。
「この辺り、確かジェイの家のそばだよね」
「うん、ざくろも会えないかなって思ってたんだ……あ!」
丁度そこへ、炊き出しで貰ったのだろう、お菓子を持って歩いて来たジェイの姿を見つけ、ざくろが手を振った。
「あ、お姉ちゃん達!」
「ざくろ、男!」
などといういつものやり取りがあって、ヴィリーもジェイとハイタッチを交わす。
そこへ一台の魔導トラックがやってくると軽くクラクションが鳴った。
「ジェイ? ……こっちだ、こっち」
魔導トラックのウィンドウが開くと、メンカルが顔を出した。
あの時のメンバーが3人も揃い、ジェイも再会できたことに嬉しそうに笑う。
「元気そうで何よりだ。無事に帰りつけたようだな。……怒られたか?」
ほんのちょっとニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべるメンカルに、ジェイは両肩を竦めて「めっちゃめちゃ怒られた」と笑った。
「でも、あの後すぐ家に帰っていいって事になったから、それどころじゃなくなって助かったよ」
「弟妹は喜んでくれた?」
「うん」
ヴィリーの問いにジェイは得意げに胸を張った。
「さて、じゃぁ俺はそろそろ作業に戻るか……またな。……親兄弟と仲良くな」
「うん、またね、お兄ちゃん」
再び軽くクラクションを鳴らし、走り去る車を見送って、ヴィリーもまた巡回へと戻ろうとジェイの頭を撫でた。
「まだ町が落ち着くまで時間がかかるかも知れないから……気を付けてね」
「うん、お兄ちゃんも頑張ってね」
拳と拳を突き合わせると、互いに手を振り分かれる。
残ったざくろと菊理、颯を順々に見たジェイが首を傾げた。
「……それで、お姉ちゃんがお兄ちゃんなのはわかったけど、どっちが本命の彼女なの?」
「ジェイっ!?」
どっちも、とは教育上言えないざくろはわたわたと慌て、それをみた菊理と颯が顔を合わせてニヤリと笑った。
「あぁ、それは私も是非知りたいな」
「はやても知りたいなっ」
「菊理!? 颯!?」
2人に追い詰められ、ざくろは子犬のような鳴き声を上げて脱兎の如く走り逃げ出したのだった。
●
(……アダムと、ペレットは……あの、砂漠へ……
……悪かったのは……剣機博士……でも……アダムの薬で……出た犠牲も本当で……何をしても……命はもう、戻らなくて……
それでも……悪い事をしたら……謝らなあかんから、って……それだけで……追いかけて……
この終わりは……どぉいう事になるんかな……残された人達の気持ちは……結局……どぉなるんやろう……)
小夜は悶々とした気持ちを抱いたままトミヲと共に前庭の緩やかな丘の上で昼食を取っていた。
その頭を突然クシャクシャッと撫でられて、目を白黒させながら振り返るとそこには。
「厳靖のおじちゃん、ユリアンのお兄はん、金目のお兄はんも……」
小夜の沈んだ表情に劉は首を傾げる。
「そんなに不味いのか、そのメシは?」
軍からの配給されたスープはとびきり美味しいわけでは無いが不味くも無い。
返答に困っていると、ユリアンが静かな声音で助け船を出した。
「悩み事?」
その問いに小夜は抱えていた想いを3人にもぶつけた。
「……謝って、回るとか……しんでお詫び、なんて……考えてた訳やない、けど……もう永くないなら……最後は、静かに……なのかも、知れんけど……でも……」
小夜の声は尻すぼみとなって消えた。
沈黙が落ちた中、最初に口を開いたのはユリアンだった。
「俺は……」
野菜とハムが挟まっただけのサンドウィッチを片手に、ユリアンは空を睨む。
「あんな風に、人の様に最期を迎えることが許されるんだって……気が抜けたって言うのかな」
風のほとんど無い穏やかな午後だ。あの戦いが遠い昔のようにさえ思わせる程に。
「俺は、助けたいとも断罪したいとも少し違う。ペレットは、全てを聞いたら終わらせるつもりだった。
変な実験で追い詰めるよりはって思ったし」
話があるとトミヲと共に呼ばれたとき、その覚悟を持って師団詰所まで行ったのだ。
だが、聞いたのは全く想像だにしなかった内容と顛末。
「因果が巡り残りの命を削る日々の中でも、彼らはスライムになった人達の事なんて一欠片も考えないのだろう。結局同じで違う。
俺は虚歪をこれからも迷わず斬るだろうし、人同士でさえ……何とも思わず殺す事だってある。
正しい答えなんてなくて、それぞれ自分が正しいと思う事しか、ないんだ」
「それぞれ自分が、正しいと思う事しか、ない……」
酒の注がれた杯を見ながら、金目が1人口の中で繰り返す。
この言葉を聞いて、金目の中のわだかまりが少し軽くなったような気がした。
暫く沈んでいたようだったユリアンだが、アルゴスに向かう時、風が吹いたように見えたのはきっと金目の思い過ごしなどでは無かったのだと思えた。それが少し嬉しい。
「まあ、スッキリはしねぇよなぁ。大人の事情って言っちまえばそれまでだが」
劉はスキットルを呷る。
(俺の想像が正しければ完っ璧に政治利用されてんだよなぁ……はー、汚いねぇ、大人は)
だがその全てを誰かに告げるつもりは劉には無かった。
「ん、思う存分悩め! 考えろ。それは間違ってねぇ。それがお前さんの良さだ」
劉は呵々と笑って小夜にデザートして付いてきたさくらんぼを分け与える。
(答えは出ないかも知れない。それでも、思考を止めないという事は大切だからな)
浮かない顔をしているトミヲも恐らく近い所まで想像が出来ているのだろうと推測し、酒を勧めたが丁重にお断りされた。
(それにしてもアルフォンスの件から始まって、でけぇ話しになったもんだ)
果たしてこれで本当に終わったのか、と嫌な予感が這い上がり、劉は思わず身震いする。
「どうしました? センパイ」
「いや……ほれ、お疲れさん」
放った缶ビールを慌ててキャッチした金目は栓を開けると一口飲んで顔をしかめた。
「……ぬるい」
「あー、すまん。冷えてなかったかー」
あっはっは、と笑いながらそれでも劉もぬるい缶ビールを空けて呷った。
「アンに報告がてら、じぃさんとこ行ってみるかねぇ」
ざぁっと涼やかな風が前庭の丘を駆け抜ける。
劉の独り言は誰にも届かず風に乗って消えた。
ピークを過ぎた炊き出し会場は、普段の穏やかさを取り戻し始めていた。
最初は空腹で気が立っていた人々も、腹が満ちると誰もが穏やかな表情となって去って行く。
その後ろ姿を見ながらヴィルマは念のためにと準備して来たスリープクラウドを放たずに済んでよかったと心から安堵する。
(剣機……あれと戦うとヴォールがまた水面下で動いていないか気になるのぅ)
人魚達がヴォールに似た歪虚を見たという報告を思い出し、ヴィルマは鍋を掻き回す手を止めた。
(いずれ相まみえる事になると思うが、我はあの時より強くなった。あやつの計画など潰して、悔しがらせてやる。……剣機の材料は生き物……人も含まれておる)
空を見上げる。
初夏の空は青く、穏やかだが今日は日差しが強い。強い太陽の輝きにヴィルマは思わず目を細めた。
(これ以上犠牲は増やしとぅない)
真は広場での演奏に区切りを付け、まだその場に留まっている人々の声に耳を傾ける。
「強制避難なんて初めてじゃ。町に被害が無かったから良かったようなもんじゃがこれからどうなるのか……」
「まだ港は商港だって完全に修復が終わった訳じゃ無いのに、軍港があんなんじゃ……」
「ハンターの力に頼ってばかりで軍とは名ばかりじゃないのか……」
「いっそ、入軍の条件を覚醒者に限るってしたらいいんじゃないのか? そうすれば息子は兵士にならずに済んだのに」
小さな不満はそのほとんどが帝国軍にむけられるものであり、強いて言えば帝国への不信であり、現皇帝の不信でもあった。
「モンデシャッテ朝よりはましだが、所詮貴族は下を見たりはしないのさ」
そんなことは無い、と否定したい気持ちを抑える。何故なら今この場で彼らが欲しているのが彼らの思いを否定する存在では無く、ただ、愚痴を受け止め聞いてくれる存在である事を真はわかっていたからだ。
だから静かに耳を傾け、否定も肯定もせず、ただ話しを聞くに留める。
真は話す人々の顔をそっと見る。
慣れない避難生活の苦労、生活のリズムを崩された事への憤り、蓄積された不安、それらによりやはり顔色は暗い。
アルゴスはベルトルードの街までは侵入できなかった。だが、確実に人々の精神を蝕んでいったのがわかる。
心配そうに寄り添うシトロンの頭を撫で、真は静かに微笑む。
(今回の騒動が解決しても、まだまだ世の中は平和とは言い難い。私にできることは少ないけど、一つ一つ頑張っていこう)
そう決意を新たにして真は立ち上がった。
●
もう陽が海へと沈もうという頃。
枢は1人海を眺めていた。
「あれ? カナメ?」
「あれ? ヴィリー。どうしたの、こんなところに」
「僕は見回りだよ。カナメこそどうしたの? こんなところで1人黄昏ちゃって」
「……実は……」
「実は?」
「倉庫の中の整理して、出てきたらこの辺一帯もう人が居なくなってて、祝勝会の場所ききそびれちゃったんだよね……」
「……はい?」
「すっごい集中してて、周りの音が聞こえて無くてさ、気がついたらもう誰もいなくて! でも酷くない? 誰か声掛けてくれても良くない???」
「カナメ、落ち着いて……!」
「で、途方に暮れて海見てたら何か夕陽凄い綺麗だし、世界はこんなに綺麗だったのかってちょっとしみじみしちゃってさ……」
「あ、うん?」
「守れて、良かったなぁって」
「……そうだね」
2人は暫し無言で水平線の向こうに沈みゆく太陽を見つめていた。
「……カナメ、祝勝会会場まで案内しようか?」
「……お願いします」
●
イズンは1人、詰所のベランダから橙から藍色へと変わるグラデーションを眺めていた。
そして、ここよりもさらに星が見えるであろう南方大陸へと想いを馳せる。
この国には死刑制度が無い。犯した罪は労働という形で国へと奉仕させる事により償わせる。
アダムは既にマスケンヴァルの中でも特殊な立ち位置にいた。何しろ旧帝国軍軍医という肩書き付きの高位聖導士だったのだ。
そして明らかに刑期終了まで寿命が持たない事が判明していた。下手をすれば“何も国に貢献しないまま死ぬ”可能性すらあった。
無論、大方の司法取引は済んではいた。しかし、目に見えての“奉仕”が無ければ人々は納得しない。
そんな中、ここに来てペレットという歪虚が再び出てきた。それも『過去には人にさえ利用され、同じ歪虚にさえ利用された哀れな存在』であり、『理由はどうあれハンターが保護してきた』という特例中の特例の歪虚として。
それでも『歪虚死すべし慈悲は無い』と陛下が言ったとする。
すると恐らくヴルツァライヒはあのペレットの特異な経歴を逆手に取って利用するだろう。
逆に『恩赦を』と陛下が言ったとすれば、“歪虚と手を結んだ裏切り者”と声高らかに陛下を引きずり下ろすシュプレヒコールが上がるだろう事も想像に難くない。
イズンはその両方から陛下を護る手段が必要だと考えた。
その結果が、あのアルゴス誘導作戦であり、南方大陸への流刑だった。
これで2人が帝国の手の届かない所で死んで行くのならそれでいい。
しかし、万が一ペレットが飢餓に耐えられずアダムを吸血し殺した場合。
この時こそペレットを殺す大義名分が生まれ、人類側は大袖を振ってハンターを送り出せる。
恐らく世間は――被害者の家族はアダムが本当に陳謝したとしても絶対に許さないだろう。
禁忌の研究に手を染め、帝都の無辜の臣民をスライムへと変えた彼を。
アダムもペレットも決して“赦されて”島流しにあった訳では無いのだ。
「……私も、随分と汚い大人になったものだな」
自嘲の笑みを浮かべ、空を見上げる。
一番星が光り、気付けば空一面に星が瞬き出していた。
陽が落ちて肌寒さを増したベランダからイズンは踵を返し室内へと戻る。
乾いた靴音を響かせながら、イズンは1人暗い廊下を歩いて行った。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/06 22:17:48 |
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【行動予定】明日を生きる為に エイル・メヌエット(ka2807) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/06/07 15:01:15 |