• 血盟

【血盟】ドラグーン・ブルース ~ 饕 ~

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
10~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/06/19 19:00
完成日
2017/07/15 20:47

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 もう自分が何者だったのかも思い出せない。
 時折見ていた夢ももう見なくなった。
 ただ、わかるのは『星を壊さねば』という本能。
 『ヒトに奪われた玉座を取り返さねば』という使命。
 王がいた、という事実。
 そしてその王がもういない、という現在。
 それしかわからない。

 幾万という龍を焼いた。
 幾万という龍を殺した。
 幾万という龍を裂いた。
 幾万という龍を堕とした。

 もう自分は長くない。
 間もなく星に還るだろう。
 でもその前に。

 この星に深く深く爪痕を残し、この星を滅ぼす切欠を残さなければ。

 ――それが、亡き王へと捧げる唯一の餞となるだろう。


 星の傷跡にほど近い極北の地。
 外壁のように強い吹雪が舞う内側一帯は既に腐竜のテリトリーとなっていた。
 翼をもがれた腐竜はずるりずるりとその巨体を引き摺り歩く。
 周囲500mは腐竜から滲み出る濃厚な負のマテリアルによって汚染され、タールを撒いたような酷い悪臭が漂う。
 氷原には所々根元の幅1m高さ3m近い氷柱があるが、腐竜は進行上にあるそれら全てを薙ぎ倒しながら進んでいく。

 このまま進めば恐らく一両日中には龍園に辿り着けるはずだ。
 その頃にはけしかけた竜達によって龍園への道は拓けているはず。

 龍園に体内に溜めた負のマテリアルを撒き散らす。
 その様を想像するだけで腐竜の心は躍った。

 ……拓けていなくとも、結界の傍らで己が果てれば青龍に大きな負担をかけることが出来るはずだ。
 そうすれば、それに気付いた他の眷属が襲いに来るだろう。

 ――そうすれば、この命も無駄にはなるまい。
 王のために、一族のために、星のために捧げてきたこの長い年月も報われよう。

 腐竜は進む。
 己の死に場所を目指して、一歩一歩を踏みしめながら。




「腐竜が最期の攻撃を仕掛けようと近付いて来ている」
 サヴィトゥールは重々しい口調でそう切り出した。
「エジュダハ……と言ったか。あの竜の言を信じるならば、あの竜は恐らくこの龍園に辿り着いたところで果てるつもりらしい。
 ……全身にため込んだ負のマテリアルを爆散させてな」
 全長が6m近い腐竜が、万が一この龍園に侵入を果たせばそれだけでも龍園の機能は大打撃を受ける。
 それが、腐竜の思惑通りこの地で果てたとしたら龍園はそれこそ死の地となるだろうし、そうなれば青龍にどのような影響がでるかわからない。
「なんとしてもその歩みを止め、死ぬなら死ぬで龍園より遠くで死んで貰わないと困る。
 幸いにしてヤツの歩みは遅い。だが、万が一にも結界に綻びが出たときに、ヤツが一気に動き出すようなことが無いとは言い切れない」

 サヴィトゥールは眉間のしわを深く刻んだままハンター一同を見回した。

「はっきりと言わせてもらう。
 生半可な覚悟で来られても迷惑だ。だが、心意気だけでどうにかなる等と甘えた考えは捨てろ。
 お前達の敗北はこの龍園にいる全ての命あるモノの死だと思え。
 死にたくなかったら、誰も殺したくなければ確実に腐竜を殺せ。
 幸いにして作戦を立てるだけの猶予はある。それを最大限利用して確実に止めを刺せ」

 固く握り込まれた拳は小刻みに震え、爪が刺さったのか血が溢れて床を汚す。
 龍人は短命だ。平均寿命は50年を切る。しかしその短い一生を花火のように散らす事に頓着が無い。
 本来であるならばこの未曾有の危機にサヴィトゥール自身も飛び出して行きたいのを、ハンターオフィスの代表としての立場が枷となりこの場に留めている。

「この龍園は龍騎士隊と他のハンター達で死守してみせる。お前達はお前達の仕事をしろ。以上だ」
 喉の奥から唸るような声で告げると、サヴィトゥールは神官服の裾を翻し去って行く。
 残されたハンター達は足元から這い上がるような寒々しい気配に全身を包まれたのだった。


リプレイ本文

●駆引
 ワイバーンに乗って雲の上を行く。
 過去、何度かワイバーンに乗ったことがある者もいただろう。
 その時に『人懐っこい』『乗りやすい』と思った者もいたはずだが、それは今まで龍騎士隊の龍人達が世話をしていたからだと知れば納得である。
 最近で言えば、夢の中で赤のワイバーンに乗ったグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)にとっても、人を乗せる事に慣れている青のワイバーン達はの扱いやすさは段違いに感じられた。
 一際、暗雲が固まった部分が見え始めた。
「……あれか」
 アーサー・ホーガン(ka0471)は徐々に近付く負のマテリアルの塊を睨む。
 腐竜と初めて対峙してからこの1年以上、ずっと探してきた。
 1度目も2度目も、どちらも重傷者の救命を優先した結果、止めを刺すことが出来なかった。
「やっとこの時が来たか。正真正銘最後の戦いだぜ」
 あの雲の渦の中に入り込めば、倒すまで出てくる事は不可能だろうとあの仏頂面の龍人は言った。
「俺等が死ぬか、テメェが死ぬか。分かりやすくて最ッ高じゃねぇか、なァ!?」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が疼く疵痕を押さえ、獰猛に嗤ってみせる。
 ユリアン(ka1664)そしてアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)と沢城 葵(ka3114)もまた、近付く度に酷く疼く疵痕を抱えている。
「三度目の正直と言うのダッケ? コウ言うの」
「…………」
「いつぞやの借り、熨斗つけて返してやるわぁ」
 いつも通り楽しそうなアルヴィンと、ただ静かに前を見据えるユリアンと、まだ今は赤い薔薇の花飾りが揺れるブルーローズの柄を握る葵が決意を胸に呟く。
「どうも因縁深い奴が多いみたいだな……いいぜ、その因縁! 勝利で振り払ってくれよ!」
 歩夢(ka5975)は不思議な事に負ける気が一切しなかった。
 それは力強い仲間達の存在があるからでもあるが、元来の性格の因子が強い。
「この吹雪じゃ戦う前に凍えるわ……」
 一方でカーミン・S・フィールズ(ka1559)は軽口を叩きながらも吹き抜ける風と雪に身を震わせた。
「愛しき龍の堕ちる様は、幾度目にしようと辛く悲しきモノ……」
 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は現実にもまた、神霊樹が見せる夢の中でも、龍園の龍達と浅からぬ関係を気付いてきた1人でもある。
 腐竜という強欲竜のその長い苦しみを思うと胸が痛かった。
「……それでも、俺達が止めなくちゃね」
 蜜鈴と同じく過去現在と龍園で縁を繋いだ龍達の顔を思い出しながら、藤堂研司(ka0569)は呟く。
 報告書で見た過去の戦いの内容を思い出しゴーグルの奥の目を鋭く細める。
 負のマテリアルが渦巻く黒雲の中へと先頭集団が次々に入って行くのを見て、レオン(ka5108)は思わず生唾を飲み込んだ。
 硬そうに見えた黒雲は何の抵抗もなくレオンと青の飛龍を迎え入れる。
 すぐ横で雷が鳴り響く。
 暗い暗い雲の中。
 トリプルJ(ka6653)は今回の空の旅で相棒となった飛龍の手綱を握り締め、姿勢を低く保って前を見据える。
(この先に、今まで退治して来た中でもとびきりにヤバイ歪虚がいる)
 雲を抜けた。
 一面の銀世界。
 そこは、予想外に明るかった。
「……台風の……目、のようになっているのか……?」
 完全防寒のアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が頭上を見上げる。
 僅かにだが青空が見えた。
 雪はこの暗雲周囲で猛威を振るっているが、中央付近は比較的穏やかそうにも見える。
「……いたわ」
 カーミンが低く呟く。
 吹雪の壁を越えた先、その中心に黒点。
 徐々に近付くタール色の腐竜、その巨体を見つめ、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が顔を歪めた。
「……こんなナリで強欲だから困る」
 シガレットの呟きに紅薔薇(ka4766)が鈴を転がしたように笑った。
「さぁ、竜退治じゃ。狂ってしまった竜にせめて安らかな最後を、じゃ」
 紅薔薇は言い終わると同時に飛龍の手綱を引いた。
 墜落する際の慣性を利用し、頭部へと大打撃を見舞う、という計画だ。
 その計画に賛同したボルディアが真っ先に腐竜の真上へと向かい、紅薔薇、アウレール、アーサー、トリプルJの順で続く。

 さて、行くぞ。というまさにその瞬間だった。
 腐竜が何かに気付いたように顔を上げたのだ。
「……いけない!」
 一番最後に飛び降りる予定だったユリアンが異変に気付き、仲間へ警告を発しようとしたその時、腐竜の口が大きく開いた。

 『腐竜は一体何で敵味方を区別しているのだろうか』

 その答えが垣間見えた瞬間だった。
 他のメンバーは飛龍の上だったので飛龍が回避し難を逃れたが、飛び降りようとしていた5人はまとめてそのブレスに焼かれた。
 しかも、腐竜が動いた為、着地点に頭部がない。
 四足歩行の竜であるため、体高は4m弱。現在飛龍はおおよそ上空10mにいた。ここからの転落を防ぐには立て直しを要する為、一度離脱する。
「広がる枝葉、囲むは小さき世界、大地に跪き、己が手にした罪を識れ」
 計画は変わったが遠距離からは蜜鈴が触れる者全てを地に伏せさせる王者の果実を実らせ、アルヴィンが鳴神で射かけた。
『ただ真っ直ぐに、貫き通した方が貴方は強いんだから』
 そんな鍛島 霧絵(ka3074)の祈りの声に背を押されるようにグリムバルドが練り上げたデルタレイを放ち、研司がペイント弾を打ち込み、葵がファイアーボールを放つ。
 遠距離組の攻撃は全て腐竜に刺さり、その間に他近接組が地上へと降り立った。
「一筋縄ではいかないって事ですね……!」
 レオンが悔しさに下唇を噛みながら左翼へと走ろうとして、濃厚な腐臭に息苦しさを感じた。
「……これが、腐竜の呪い……!?」
「北方の未来も掛かってるし眠らせないとだなァ」
 シガレットは乱暴に紙巻煙草を携帯灰皿に押しつけ消すと地面に降り立った。
 初撃、奇襲に失敗したハンター達は、腐竜の狡猾さを身をもって知ったのだった。


●右翼
(破裂寸前の風船の様だ……)
 右翼へと走るユリアンには間近で見る腐竜の巨体がそう見えた。
 出鼻をくじかれる形となった正面組や前衛組も、ダメージを負った飛龍達から降りると、彼らに詫びつつ他の戦場へと立つよう促し、配置へと走る。
「あいつ、こっちが接近するのわかって待ってた……」
 カーミンが寒さだけではない震えを感じ、腐竜の頭部を見上げる。
 腐臭の漂う醜悪な外見。その鱗のほとんどが腐り変色しているが、見かけによらず強度に優れ、なによりも恐ろしい耐久度を誇ると直接対峙したことのあるメンバーから聞いていた。
「俺達や青のワイバーンのマテリアルに気付いてたんだろう」
 昏く窪んだ眼窩は、見えているのかいないのか。ここからではわかりづらい。
 だが、確実にハンターの居場所を察知しているだろう事は予想が付く。
 巨体でありながらも、死角はない。
 だからこそ、今までハンターや龍騎士達に討たれることなく生き延びたのだろう。
「……貴女だったのか、ネフェルティ。こんな……こんな姿になってまで……。いや、そうだな……それだけの事はあったよな」
 赤龍が健在だった頃の過去へ渡った経験を持つグリムバルドは、ネフェルティがかつて持っていた赤銅色の鱗とはかけ離れた容姿に眉をひそめた。
 彼女は紛れもなくメイルストロムの忠臣だった。
 あの最期の戦いで、龍の巣の守りを任される程に。
 正史ではどれほどの絶望が彼女を襲ったのだろう。人が龍に武器を向けたこと。王が堕ち、強欲王となったこと。その王に気高き赤の龍から強欲竜へと作り替えられたこと……
 双子竜に竜の巣を任せ出奔し、封じられたメイルストロムを見た時の彼女の嘆きはどれほどの物だっただろうか。
 ――それでも、この先へは行かせられない。
「その怒りと憎しみ、此処に置いていって貰う!」
 再びマテリアルを練り上げるため、グリムバルドは全神経をインストーラーへと集中させた。
(大切なモノを喪うは人も龍も変わらず……なればこそ、妾はその悲しみから救いたいと想う)
 蜜鈴はパラケルススを構え、いつでも攻撃態勢に入れるよう腐竜を見つめる。
 幸いにして腐竜の周囲は雪がちらつく程度で視界は悪くない。
 代わりに下がれば下がっただけ吹雪が強くなり、それは吹雪で作られた檻のようでもあった。
 スターゲイザー越しに見る周囲はただただ白い。
 その中で、ただ一点だけタール色の腐竜が悲しいほどに汚れて見えた。
「腐竜よ……愛しき龍よ、妾はおんしからその負のマテリアルを拭おう。嘆きと共に、受け止めよう」
 この場で腐竜を止められなければ、救えなければ龍園の被害は甚大となる。
 愛しき隣人達の顔を思い浮かべ、蜜鈴は静かに腐竜を見上げた。
「命を賭して星を護る龍達を護ると誓うたのじゃ、必ずや止めてやらねばの」
 蜜鈴が操る術はそのほとんどが広範囲に渡る。仲間を巻きこまないよう、配置や攻撃を仕掛ける場所を慎重に見定めなければならない。
 まだほとんどの仲間が移動中である中、蜜鈴は静かに攻撃の時を待った。


●左翼
「流石、伊達に長生きしていないということか」
 アウレールは目論見が外れ、逆にまんまと先制攻撃を受けた事により、目の前の敵への認識を改めた。
「なるべく早い段階で集中攻撃を当てたかったのだがな」
 負った傷の大きさを確認し、走り出す。
 一方、先に降り立ったはずのレオンが動きづらそうにしていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ちょっと予想より負のマテリアルが濃くて、びっくりしました」
 レオンはこの作戦参加者の中で最も抵抗値が低い。
「おかしいと思ったならすぐに声を掛けろよ」
「はい」
 レオンは頷いて盾を構え直す。
 闇の属性を持つセラフィム・マヴェットなら腐竜の攻撃も凌げるだろうという判断だ。
 アウレールと横並びに走りながら左翼の前衛として、今度こそ、決着をつけようと誓う。
「なんて汚染範囲だよ、畜生!」
 歩夢は離れていても届く負のマテリアルに由来する悪寒を声を出して振り払う。
「無理すんじゃねえぞ!」
 まずはこの左翼で攻守の要となるだろう前を走るアウレールへと叫びつつ加護符を投げつけた。
「感謝する」
「見合った成果を期待してるぜ!」
 歩夢の言葉にアウレールは微笑を持って返すが、全身鎧に頭部まですっぽり覆われた状態では歩夢にはわからなかっただろう。
 それでも歩夢はぐんと前へと進んでいくアウレールとレオンを追ってまた走り出した。
「あなたもはぐれないようにねぇ?」
 葵が術のために止まった歩夢を追い越して走る。
 序盤は接近戦を仕掛ける仲間のためにファイアアローで掩護する予定でいる葵は、もう少し寄らなければ腐竜に攻撃が届かない。
「……寒くて嫌になっちゃう」
 白い息を吐きながら、トランシーバーにで準備が済んだことを伝え、耳を澄ませる。
 まだ、仲間からの攻撃開始の合図は流れてこなかった。


●正面
「ぐぅ……悔しいのじゃ……」
「あはは。腐竜の方が、一枚上手ダッタってことダネ。仕方ないヨ」
 下唇を噛む紅薔薇にアルヴィンがカラリと笑って回復の有無を訊ねる。
「幸いにして傷は浅いのでのぅ……あやつに助けられたのやもしれん」
「?」
「いや、なんでもない」
 腐竜のブレスを受けた瞬間、ソフィア =リリィホルム(ka2383)の顔が浮かんだ気がしたのだ。
 その祈りを無駄にはさせまいと紅薔薇は正面に立つ腐竜を見上げた。
 この距離ならブレスは届かないはずだと踏んでいる。
 そして、紅薔薇の放つ次元斬は届くという絶妙な距離。
 今すぐにでも一撃を見舞いたいという焦る気持ちを深呼吸で落ち着ける。
 仲間の配置がまだ整っていない。
 自らダメージソースとなりヘイトを稼ぐ形となる紅薔薇が突出して攻撃をすれば、狙われることは間違いないし、何より協調性を欠けば必ず綻びが出る。
 恐らく腐竜はその瞬間を見逃してくれたりはしないだろう。
「あー、いってぇ……そうそう、これだよな、これ」
 ボルディアはそう言いながらも鍛え抜いた鎧のお陰でほぼ無傷だ。
 それでも、思い出す。あの蓮の葉のような奇妙な遺跡での戦いを。
 そこで、傷付けられた痛みを。あの、敗北を。
「ネフェルティ……」
 それが、お前の名前か。とアーサーは口の中で呟く。
 もう自らの名も忘れ去ってしまった古き龍……のなれの果て。
 アーサーは闇属性を持つ盾のお陰で大怪我は防げた。
 手がかりを探し、南の大陸まで行き過去にまで行った。
 再戦の日を待ちに待ち続け、出来る限りの準備を整えて今日を迎えたのだ。
 不意打ちを食らう形になったからと言え、初撃から大やけどは笑えない。
「お前の中に残っている全てをぶつけてこい。その上で俺が、俺たちが勝つ!」
 アーサーの想いはもはや執念だ。それは何よりも誰よりもアーサーを何度でも奮い立たせる起爆剤となるだろう。
 トリプルJは早速リジェネレーションを展開した。
 前を走るアーサーやボルディアを見つめ、その頑丈さに舌を巻く。
「まぁ、無理はしなさんなよ」
 シガレットがトリプルJの表情を見て、両肩を竦めた。
「なぁ」
「なんだい?」
「俺ぁ超絶チキン野郎なんだよ。倒れた俺を引きずり出そうとした、回復させようとした、その余分な一手のせいで誰かが死んだり負けたりなんて事になったら耐えられねぇ。
 勝てば重体負ければ死亡、そんだけのギャンブルだ。倒れちまったら例え死ぬことになってもそのまま放っておいてくれりゃぁいい」
 静かにそう告げるトリプルJが決してヤケで言っているわけでもハッタリで言っている訳でも無いことをシガレットは察する。
「……ヤレヤレ。お前さんは俺には俺の役割をするなと言うのかぃ?」
「いや、そうじゃない。ただ、俺ぁその為の準備はしてきた。全力で前衛としての壁の役割を全うする。だから、あんたは他を優先してくれや」
 そういってトリプルJは左の口角を上げて見せた。
「ハンターなんざ、危険を買う商売だ。立ってられないならテメェが悪い。そんだけさ」
 研司は1人正面、怨嗟の咆吼さえ届かない冷たい雪原で研司砲を構え時を待っていた。
 雪除けゴーグル越しには、吹雪の中でさえ遠目でもわかる汚点がハッキリと映る。
 クリミナルローズを懐に忍ばせ、ガンシールドは光闇両方の性質を持つ物を準備して来た。
 仲間と周波数を合わせたトランシーバーを握り、できる限りの準備を整えたという気概はある。
「後は勝つだけだ! 現代の龍銃士として……必ず、殺す!」
 研司はトランシーバーに耳を澄ませる。
 腐竜が動き、怨嗟の咆吼を上げた。
 猛烈な吹雪とガラスのような鋭い氷片が近寄るハンター達へと襲いかかる。
 それでも、誰ひとりとして怯まずに攻撃を合わせるタイミングを待っていた。

●激突
 ――全員が、配置に着いた。
 その報告をアーサーから聞いたボルディアは吼えた。
「よし! 今だ!!」
 走り出すと同時にモレクの属性を火へと換え、炎の顎を宿らせた斧刃で腐竜の首元へと襲いかかる。
 その一撃には、奇襲作戦の時に乗せる予定だったキヅカ・リク(ka0038) 、ルカ(ka0962)、ステラ・レッドキャップ(ka5434)からの祈りと激励、何よりボルディア自身の『決着を着ける』という強い意志が凝縮された連撃。
「やれやれ、だが負けてはおれんのじゃ」
 紅薔薇が次元斬を腐竜の胴体に向かって放ち、左翼からはアウレールが、右翼からはユリアンが走り斬り込む。
 アウレールが腐竜の左後ろ脚へと走り込む勢いのままガラティンの刃を突き入れる。
「……っく、硬い!」
 まるで鋼鉄の盾に阻まれたような衝撃に奥歯を噛む。
 ユリアンの耳にエステル・クレティエ(ka3783)の祈りの声が雪風に乗り聞こえた気がした。
 チェイジングスローで一気に腐竜の頭部に降り立つと、イクシード・フラグメントを狙い通りその額に叩き込んだ。
 正のマテリアルをもつこれが目の上にあれば気にせざるを得ないだろうと踏んだ行動だったが、イクシード・フラグメントは星石の通称通り、多少とがった部分を持つ石だ。
 これをただでさえ硬い鱗を持つ腐竜に埋め込むことは出来ないままユリアンは地面へと降りた。
「舞うは炎舞、散るは徒花、さぁ、華麗に舞い散れ」
 ユリアンが飛び降りたのを見て蜜鈴は再び頭部へと大輪の炎の花を咲かせた。
 左翼からは歩夢が再び加護符を取り出し今度はレオンへと投げつけた。
(今はとにかく支援を……!)
 勝負は短期決戦で付けなければならない。長引けば長引くほどこの負のマテリアルが自分達の足を文字通り引っ張るだろう。
 アルヴィンは咆吼に巻きこまれた者達がまだ回復が必要な程のダメージを負っていない様子に安堵しつつ、再度弓を引き絞った。
 その矢が腐竜の前胸部に当たった頃、正面に立ったアーサーの全身からはオーラが立ち上る。
 レオンは盾を構え次の攻撃に繋げるためにギリギリまで腐竜へと接近した頃、シガレットもまたいつ負傷者が出ても駆けつけられるよう盾を構え腰を落とした。
「ごめん、カーミンさん。作戦失敗だ」
 ユリアンの言葉にカーミンは「仕方ないよ」と笑みを返す。
(大丈夫、まだ、笑える)
 カーミンは残像を纏って加速すると腐竜の前脚を駆け上がりながら光を纏わせた陽炎で斬り付けて行く。
(頭を狙いたいのに……!)
 カーミンがオンシジュームと名付けた技は“全速力で駆け抜けながら、すれ違いざまに敵を斬り倒していく技”であり、カーミンの刃はその巨体を前に頭部まで届かない。
 残像を残しつつ地面へと降り立ち、腐竜から距離を取る。カーミンは腐竜を見上げ、陽炎の柄をきつく握り締めた。
 その後方でグリムバルドは集めたマテリアルを集束させると再度デルタレイを放つ。
 まばゆい光線は腐竜の側腹と背、前脚を貫き消えた。
 またほぼ同時に正面ではトリプルJがボルディアの付けた傷を狙うが、僅かに逸れ、硬い鱗に新たな傷を付けた。
(呪いを受ける前に、最大火力は惜しまん……! 重撃弾、踊撃! 傷口を抉れ! 脳ミソをかき回せ! 眼だ! 腐れた眼球を貫き破壊し、脳まで抉り込む!)
『あんじょう、お気張りやす』
 研司の脳裏に浅黄 小夜(ka3062)のきら星のような笑顔が瞬いた。
 研司はすぅと息を吸い込むと冷静に狙いを澄ませ素早く二度引き金を引いた。
 弾丸は二発とも腐竜の目ではなく頬を抉る。
 普通の敵なら二度撃ち抜けば踊るような姿勢になるが、腐竜はビクともせずに超然とそこに立ち続けていた。
 一方左翼後方では一番最後に葵が味方の傍らを掠めるように火矢を放ち、足元を貫いた。

 腐竜は感情の読めない昏い瞳のまま、正面に立つアーサーとボルディア、そしてトリプルJを見る。
 次の瞬間、漆黒のブレスが3人と後方にいるアルヴィン、シガレットを巻きこんだ。


●alive or dead
 腐竜から発せられる負のマテリアルは最高点に達していた。
 一方でハンター達には疲労の色が見え始め、そろそろ攻撃スキルが尽き始める者も出始めていた。
「ぐっ……!」
 トリプルJは一瞬呼吸を止め、慎重に呼吸を再開する。
(大丈夫だ、まだ、動ける)
 トリプルJは呪いの効果を受けつつも慎重にジルベルリヒトの柄を構え直すと一撃を加えていく。
 少しずつ腐竜の傷口を広げ、その内側の肉へと攻撃の手を伸ばしている筈だが、腐竜は痛覚がないのか、それとも“この程度の攻撃は蚊に刺されたのと同じ程度”なのか、全く意に介した様子は無い。
「本当にタフじゃのぅ……」
 紅薔薇がトランシーバーにて注意喚起の後、頭部へと蒼薔薇を咲かせ、研司の狙い澄ませた銃弾がその後を追う。
 頭部から腐臭の漂う粘調性の高い体液を流しながらも腐竜の様子は変わらない。
 ただ、対峙した直後から腐竜はほとんど龍園に向かうことが出来ずにいた。
 ボルディアとアーサーが身を盾にして進路を防いでいたからだ。
 腐竜の顎が、アーサー目がけて襲いかかるが、それをボルディアが闇を纏わせた魔斧で庇う。
 衝撃に腕が痺れ、流れ落ちた硫酸の唾液が鎧の間から肌を焼くが、それだけだ。
「ハッ、足りねぇな。まるで足りねぇぜ、腐龍。――この程度じゃ俺は倒れてやれねぇなあ!?」
 振り払い、発破を掛けながら、それでもボルディアは違和感を感じていた。
 普通の敵なら正面に敵が立っていればそれを無視することは不可能だ。
 だが、腐竜ほどの大きさになればその巨体で薙ぎ倒すことも、踏みつけて越えていくことも不可能ではないはずだ。
 実際、腐竜は地面から垂直にそびえる根元の幅1m高さ3m近い氷柱を薙ぎ倒しながらここまで進んで来ていた。
 それに腐竜は早く龍園に行きたい筈だ。
 あそこを壊すためにこの竜は動いて居るのだから。
 なのに、何故、強行突破しない?
「……何を考えていやがる」
 ボルディアは再び斧を構え腐竜の出方を待つ。

 カーミンが腐臭に膝を付きそうになると、出立する前に顔を見せたイスタ・イルマティーニ(ka1764)、古川 舞踊(ka1777)、エーミ・エーテルクラフト(ka2225)の3人の顔が浮かんだ。
「ふふ、ホントこの臭気には困るわ……こんなところで倒れたくないじゃない」
 腐竜を見上げ、そのまだ健在の闇色の瞳を見る。
 そこに宿る感情は、何?
 叫ぶ声は怨嗟の咆吼?
 ――いえ、名を忘れ、呼ぶ友もいない唯の絶叫よ。
 カーミンは口元に笑みを浮かべ声を張り上げた。
「頼もしい名ならいくつも知ってる。何なら今から紹介してあげる。未だ言葉を解するなら、最期に私達と一緒に踊って――覚えて欲しい」
 カーミンとユリアンはタイミングを合わせ跳躍すると腐竜の上を移動しながら斬り付けていく。
「グリムバルドや」
「はい、合わせます」
 蜜鈴はユリアン達を巻きこまないよう頭部に向かって雷霆を放ち、グリムバルドはデルタレイを放つ。

「尻尾を凍らせる前にこっちが凍りそう」
 アイスボルトを撃って白い息を吐き、額に汗を浮かべながら葵が小さく戯けた。
「大丈夫ダヨ、その時は僕がアオちゃんを癒やすヨ」
 アルヴィンがピュリフィケーションで左翼の4人を癒やすべく駆けつけた。
 しかし、ポジションが悪い。もう少し踏み込むか、こちらへ寄って貰う必要があり、暫しの思案後アルヴィンは最もダメージが蓄積していた歩夢へと癒しの光を降らせる。
「ありがとな」
 五色光陣符を撃ち果たした歩夢はお礼だと最後の加護符をアルヴィンへと投げた。
「……場が浄化出来ないっていうのは、嫌なもんダネ」
 そう呟きながら前衛のアウレールとレオンに視線を向ける。
 アウレールは盾と全身鎧のお陰で高い防御力を誇っている分、まだ余裕がありそうだが、問題はダメージの蓄積が著しいレオンだった。
 ピュリフィケーションの前に一旦ヒールで癒やすべきか、それとも呪いを解除した後にフルリカバリーに走るべきか。
 そんなアルヴィンの思案を余所に、レオンは果敢にも腐竜に向けて絡繰刀を向けた。
「戦いだから、そんな事はわかってる。だけどそれでもお前は多くの人を傷つける!」
(何よりも未来のために、まだ見ぬ誰かが害される事がない様に!)
「これで、終わりにしよう!」
 体中に傷を負った状態で、それでも思いを刃に乗せて、レオンは来光を鋭く突き入れた。
 普段ならその攻撃は腐竜の鱗を貫通し、その肉まで抉ることが出来ただろう。
 しかし、呪いにより呼吸を乱されている状態ではその鱗を貫くことすら難しかった。
「そんなっ!?」
「レオン殿!」
 呆然と鱗に阻まれた切っ先を見つめたレオンはアウレールの鋭い怒声が聞こえると同時に全身を衝撃が襲った。
「いたた……」
 横からの体当たりに地面に転がったレオンが顔を上げ最初に見たのは、腐竜のかぎ爪に胸部を貫かれ宙に浮くアウレールの姿だった。
「あ、アウレールさん……?」
「アウレール!?」「アウレール君!」
 方々から悲鳴にも似た名を呼ぶ声が響く。
「殺すか、殺されるか? 否。歪虚の貴様が此処で死ぬ、在るべき答えは唯一其れだけだ」
 そんな中、アウレールは灼熱する痛みを力に変え、盾を放すと己を貫いたままの腐竜の太い爪を握る。
「今更言葉も通じまいが。
 忠臣、星の守護者を自負するのなら、その命は王が狂した時、共に終わった。
 300年前に死んだ貴様が今朽ち果てるだけだ。
 歴史は覆らない。
 南方の滅亡も、王の討伐も、貴様の死も。
 だから、明日の事は今を生きる同胞に任せるがいい。
 忠勤、お疲れ様」
 一言一句、血を吐きながらそう告げるとアウレールは渾身の力を込めて腐竜の左手指を切り落とし地面へと落ちた。
 救命のためにシガレットが走る。
 が、それよりも先に腐竜が動いた。大きく首を振り、口を開いた。
「衝撃波!」
 研司が咄嗟にそれを妨害しようと研司砲を構えるが、既にEEEは撃ちきって久しい。
「くそっ!」
 思わず悪態を吐いた研司の目の前では仲間が咆吼と共に猛烈な吹雪とガラスのような鋭い氷片に呑まれていった。


●窮地
「っ! アウレール!!」
 咆吼の嵐を凌ぎきったシガレットが最悪の予感を胸に走る。
 抱きかかえたアウレールは意識こそ手放していたが心臓は規則正しく動いていた。
「……倒れていたから衝撃波を受けずに済んだのか……」
 安堵の息を吐くのもつかの間、これ以上の失血を防ぐ為止血を施す。
「ボルディア」
「あぁ、行ってこい」
 丁度ソウルトーチが消えたタイミングでアーサーがアウレールを腐竜の進行上から移動するために走り出す。
「他、被害状況は!?」
 アーサーの声に、トランシーバー越しに反応が返る。
『……左翼、全滅』
 その報告にシガレットが顔を上げ、左翼側を睨むように見た。
 細雪が舞い降る白い雪原にアウレールの零した赤とは別の3つの赤が広がり染みを作っていた。
 その中、黒青のスーツのアルヴィンだけが立っていた。
「ゴメンナサイ、僕の判断が……間違ってしまった」
 葵のトランシーバーから精彩に欠いたアルヴィンの言葉が溢れた。
 もともと左翼はアウレール以外に護りに秀でたメンバーがいなかった。
 それゆえに、アウレールはいつでも割り込み庇えるよう周囲を見て行動を行っていた。
 だがアウレールも持ってきたスキルがカウンターであった為、自分へのダメージを減らすことが出来ない。
 また、個々の防御力の低さを埋めるのが歩夢の加護符だったが、それを上回る火力が左翼を襲ったのだ。
 決してアルヴィンのせいではなかったが、聖導士として傍にいながら回復が間に合わなかったというこの事実が彼にとっては痛かった。

 咆吼が来る――そう気付いて、アルヴィンは咄嗟にすぐ傍にいた葵を庇おうとしたのだ。
 だが、そんなアルヴィンよりも常に攻撃後の反撃に考慮していた葵の方が反応が早かった。
 また呪いのせいで上手く回避出来ない自分よりも、回復役のアルヴィンを仲間のために残さなくては、という冷静な判断も加わった。
「アオちゃ……」
 驚いて見開いたアルヴィンの双眸に映ったのは、葵の「いいから」と言わんばかりの微笑みだった。

『右翼、回復を要請する』
 グリムバルドはトランシーバーで端的に状況を説明しながら膝を付いた蜜鈴へと駆け寄り、ヒーリングポーションを取り出す。
「すまぬ……少し、油断が過ぎたようじゃの」
「いや、あれは避けようがないですよ。……飲めますか?」
 蜜鈴はグリムバルドからポーションを受け取り、腐竜を見る。
「……嘆きと恨みともう意味を為さぬ宿命に絡め取られて苦しそうじゃ……早く救ってやりたい」
「……俺もです。ネフェルティは本当に王が好きだったから」
 グリムバルドの言葉に蜜鈴は目を瞬かせた。
「おんしはあの龍を知っておるのか?」
 蜜鈴の言葉にグリムバルドは頷く。
「神霊樹が見せる夢で。赤の王がまだ守護龍だった頃の側近の龍のひとりでした」
 ひとり、というのは変だな、とグリムバルドが思わず苦笑を漏らす。
 それを聞いて蜜鈴は目を細めて微笑んだ。
「……そうか。おんしも龍と縁深き者か。……なれば、やはりきちんと送ってやらねばのう」
「カーミンさん」
 ユリアンは自身が持参したポーションをカーミンへと渡す。
「ユリアンさんは!?」
「俺の分はあるから」
 そう言われ、カーミンは礼を告げ受け取ったポーションを呷った。
『今向かう。一旦下がれ!』
 焦りを含んだシガレットの声に、カーミンは頷き、ユリアンを誘って後退を始める。

 その頃、正面ではアーサーのいた場所まで紅薔薇が駆け寄っていた。
「こちらへ引き付けねばならんのじゃ。左へ動かれては踏みつぶされるやもしれんし、右はガタガタじゃ」
「おい、トリプルJ!! お前ファントムハンドあと何回だ?」
「あと1回だ……だけど、呪いか……どうにもさっきから上手く息が吸えねぇ」
「っち……呪いか」
 アルヴィンは遠く、シガレットも右翼の回復へと走るだろう。となると、自力で回復するのを待つしかない。
「わかった。じゃぁ俺が行くからお前はとっとと気合いで呪いなんざはね除けろ」
「……了解」
 無茶を言う、と紅薔薇が失笑し、トリプルJも口角を上げ、鞭を持った右手を掲げて返事をする。
 ボルディアがファントムハンドで腐竜の前脚を掴み、その移動を阻害する。
「自分が誰かも分からなくなるほど戦って戦って戦い抜いて、いい加減疲れちまったろ?
 ……いいぜ、来いよ。テメェのその怒り、全部俺が受け止めてやるからよォ!」
 ボルディアは吼えながらさらに噛み砕く火で腐竜の喉元を掻き切らんと魔斧を振り回す。
 ファントムハンドは移動を止める事は出来ても、攻撃する事までは止められない。
 だからこそアーサーのソウルトーチが無い今、ボルディアは声を張り上げ、自分の方へと腐竜の注意を引き付ける必要を感じていた。
「ラスト一発……喰らいやがれ!!」
 ようやく呪いから脱した研司がさらにフォールシュートで腐竜の全身を穿った。

 腐竜は弾丸の雨に晒されても、叫びもしなければ痛がるようなそぶりも見せなかった。
 そして、大きく尾を振った。
「カーミンさん!!」
 飛んできた氷柱にいち早く反応したユリアンがカーミンを突き飛ばした。
「ユリアンさんっ!?」
 カーミンが悲鳴を上げて自分へと倒れ込んできたユリアンを抱き留めた。
 ユリアンの腹部には氷柱が貫通して、大量の血液が雪原を鮮やかに染め上げていく。
「しっかりして、ユリアンさん!」
 カーミンの声を遠くに聞きながら、ユリアンはほぅ、と息を吐いた。
(……静かだな)
 この戦いが始まってすぐの頃からずっとルナ・レンフィールド(ka1565)が奏でるリュートの音が響いていた。
 こんな激戦が予想されるような戦場ではいつだって彼女の音が響いているような気がした。
 その音とリズムに何度と救われてきた。
(……どうしてだろう、さっきまで聞こえていたのに)
 風を感じられなくなっても、君の音はいつだって助けてくれたのに。
 無音となった世界でユリアンは意識を手放した。


●願い
「……そんなに、ヒトが、許せないのか、ネフェルティ」
 グリムバルドは剣と盾を握る両手が音を立てるほどに力を込めた。
 流石にこれほどに仲間が倒れれば気付く。
 腐竜は、マテリアルを読んでいる。それも、確実にマテリアル量を見ている。
 身も蓋もない言い方をすれば、全体攻撃以外のほとんどの攻撃は生命値の低い者達から狙っている。
 『龍園に行く』という目的よりも、『目の前にいるヒトを殲滅する』という怨讐に支配されていた。
 グリムバルドと蜜鈴は顔を見合わせ、頷いた。
「右翼、要請した回復を取り下げる」
『な……!?』
「恐らくこっちに来るとシガレットさんまで攻撃に巻きこんでしまう。なら、正面の仲間の回復に当たって欲しい。カーミンさんも、正面側へ行って回復を受けて」
『待て、グリムバルド……!』
 グリムバルドと蜜鈴はトランシーバーの電源を切った。
 倒さなければ、自分達が死ぬだけだという。
 ならば、一手でも早く、一手でも多く攻撃をしなければならない。
 グリムバルドと蜜鈴は再度顔を見合わせると互いに前へと進んだ。
 2人はブレスの届かない後ろまで下がることも出来た。
 だが、結果咆吼による衝撃波を発生させる可能性が上がるのであれば、ブレスか尾撃を誘発し、少しでも正面組の維持に賭けた方がいい。
 蜜鈴は柳眉を寄せて腐竜を見る。
 静かに鉄扇を広げ、唇を開いた。
「忘れた想いを……今一度、思い出して欲しい。
 おんしの名と……友の声を……最初の想いを……愛しき龍よ……」
 祈りを詠唱に変え。詠唱を力に変え。
 蜜鈴は黄金の種子を生み出す。たちまちに芽吹き、幾重にも枝を伸ばすそれは黄金の果実を実らせ、果実は腐竜を地へと伏せさせる。
 強欲竜でありながら、ネフェルティを止めようと動いたというエジュダハも元は赤の龍だ。
「あの夢で赤龍様は人が好きだと言っていたけど……俺は、あんた達が好きだよ。不器用で真っ直ぐな、赤の龍達」
 グリムバルドはインストーラーの切っ先で宙に三角形を描く。
 光り輝くそれは頂点から光線を生み出し腐竜の頭部、前脚、側腹を焼いた。

「死ぬ気かバカヤロウ」
 ボルディアはうなり、それでも2人が出した解に彼女自身も辿り着いていた。
「シガレット! トリプルJの呪いを解いてやってくれ。解けたら今度はお前が脚を止めろ。紅薔薇も、好きに動いていい」
「了解っ」
「わかったのじゃ」
 ボルディアは魔斧を構え、狙いを定める。
 こちらを殲滅する気だというのなら、左右に行かせなければいい。自ら前に来るのであれば好都合だ。
「でも、まずは自分を癒やそうネ」
 帰ってきたアルヴィンがシガレットの傷を僅かながら癒やす。
「……お前もなァ」
 傷だらけのアルヴィンを見てシガレットは両肩を竦め、ピュリフィケーションで前衛をまとめて回復した。
「絶対、倒す!!」
 吼えたボルディアに続き、紅薔薇が赤い薔薇の花弁の幻を散らしながら縦横無尽に斬り掛かる。
 研司は黙々と頭部を狙い続け、トリプルJが腐竜の脚を止めた。
 蜜鈴が倒れ、グリムバルドが倒れた。
 帰ってきたアーサーがソウルトーチを纏い、全快したカーミンが斬り付けに行く――

 どれほど刃を立て、傷を負っただろうか。
 ブレスに焼かれトリプルJが倒れた時だった。
「もう、休め」
 アーサーが渾身の力を込めて突き入れた一撃がついに腐竜の動きを止めた。
「?!」
 突き入れた傷が赤銅色に光り始め、アーサーは思わず後ろへと跳び下がった。
「なんだ……?」
 腐臭を放っていたタール色の鱗が消え、美しい赤銅色の光が腐竜の全身を包む。
 光は腐竜だけに留まらず、汚染していた雪原にも広がり、中には足元を見て思わず跳び避けようとしたりするものもいたが、最初に気付いたのはアルヴィンだった。
「……傷が……」
 ボルディアとアーサー、そしてアルヴィンは、以前腐竜と闘った時に付けられて以来疼いていた傷が癒えていくのを感じ、腐竜を見た。
「……最後の最期に、粋なことをしてくれるじゃねぇか」
 ボルディアは光の粒子となって消えていく腐竜を見た。
 昏く濁っていたその瞳も、今は穏やかさに満ちているようにカーミンには見えた。
「……あぁ、ようやく……解き放たれたのじゃな……」
 指1つ動かせず冷たい大地に伏せたままだが、蜜鈴は目だけは光を追い、安堵の息を吐いた。
 研司の元を越え、光が雲の壁に当たると同時に雪は止み、雲も消え、雪原の大地は晴天の下、まばゆい太陽の光に照らされた。
 その眩しさに全員が視界を庇い、そして次に前を向いたとき、もう腐竜の――かつて、ネフェルティと呼ばれた龍の――姿はなかった。



『死を意識したことはあるか?』
 この問いに「YES」と答えるハンターは多いだろう。
 自らよりも強大で邪悪な歪虚と戦い続けるハンター達にとって、それは日常なのかもしれない。
 だが、今日まで生きてきた。
 生き抜いてきた。
 それは間違いなく実力であっただろうし、運もあったかもしれない。
 だが、多くのハンターは同時に今生きている理由にこうも答えるだろう。
「共に戦う仲間がいたからだ」――と。
 重体者8名、死者0名。
 この戦いは間違いなく全員で勝ち取った勝利であり、誰ひとりが欠けても勝ち得なかった戦いとなったのだった。

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MVP一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガンka0471
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチka2378
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイka2884
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

重体一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエka1664
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • 面倒見のいいお兄さん
    沢城 葵ka3114
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッドka4409
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオンka5108
  • 真実を照らし出す光
    歩夢ka5975
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 面倒見のいいお兄さん
    沢城 葵(ka3114
    人間(蒼)|28才|男性|魔術師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオン(ka5108
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
アウレール・V・ブラオラント(ka2531
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/06/16 14:15:40
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/15 09:12:07
アイコン 相談卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/06/19 05:37:41