ゲスト
(ka0000)
【血盟】我らに勝利を ~retry~
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- LV20~LV99
- 参加人数
- 8~10人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/06/30 22:00
- 完成日
- 2017/07/10 21:40
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
※このシナリオは(赤山比で)難易度が“超”高く設定されています。貴方の大事な装備アイテムの損失、重体や再起不能、死亡判定が下される可能性があります。
なお、登場するNPCも、皆さんと同様、重体や再起不能、死亡判定があり、その際は、容赦なく判定されます。
●出航
刻令術式外輪船フライングシスティーナ号が護衛と共に出航した。
最近、港町の外で不審な事が続いていた為だ。それが雑魔の仕業なのかどうか分からないが、パトロールを兼ねての事だ、
港街ガンナ・エントラータと近海は安全圏である。しかし、そうは言っても相手は歪虚。どんな襲撃が予想されるか分からない。
「早急に小隊の再建を団長に願い出ないと」
しかし、どんな形になるかは分からない。
アルテミス小隊を復活させるにも、核となる騎士が足りないというのもある。
「やる事はいっぱいだ」
刻令術の技術者も増やしたいし、稼働中の刻令ゴーレム『頑張れ☆へくす君』のデータや船でCAMを運用した結果を魔術師アダム・マンスフィールドに伝えたい所でもある。
また、刻令術式外輪船に最新技術のフィードバックや、今後必要になるオプションなども進めて行かなければならない。
おまけに、彼の場合はそれだけではない。今は司令代理としての役目もある。
(これ以上痩せたら、骨と皮だけだな。帆として使えるんじゃねぇか、ノセヤの坊ちゃん)
(ノセヤ君はいつも損な役回りよね)
そんな声が聞こたような……気がし、ノセヤは顔を挙げた。
執務室の壁に、髭面の船長と、女性騎士の肖像画が掛かっていた――。
●奇襲
それは沖合へと到着した時の事だった。
ノセヤが暇そうに艦橋の椅子に座っている水の精霊に声を掛けようとした瞬間、突然の轟音と激しい揺れに船が襲われたのだ。
計器が一斉に警戒音を発した。
「状況報告!」
ノセヤの叫びに慌ただしく船員達が動き出す。
ガクンと船が右前に傾いた。尋常じゃない事が発生している。
「歪虚だわ」
「見えているのですか?」
水の精霊の声に問い返すノセヤ。
「いいえ。ただ、船底から物凄い負のマテリアルを感じるのです」
「船底?」
直後、状況の報告が入る。
「船首船底付近に浸水! 第11倉庫、第12倉庫壊滅!」
「こちら、第5兵室前。雑魔と交戦中。至急、援護を!」
「…第……庫……水と歪虚……戦中……物凄い数だ……退する!」
表示されているモニターに船内の被害箇所がマーカーされていくが、作業が追いつかない。
「やられたッ!」
グッとノセヤは拳をモニターに叩きつけた。
油断していた訳ではない。王国西部の海を通過した際に予想された襲撃が無かったのは偶然ではなく、機会を伺っていたのだろう。
そして、安全な港から誘き出されたのだ。
「海中から射出された何かが、こっちに真っ直ぐ向かってくる!」
見張り台からの報告と共に、激震が再び船を襲う。
全通式甲板の一部がめくれ上がった。甲板を突き抜けて落下したそれらは、のっしりのっしりと姿を現す。
甲板に上がる為のエレベーターは衝撃で止まった為、CAMなどのユニットは使えない。
対して現れた歪虚は人の背丈をゆうに超えている。
「代理! 指示を!」
その言葉にノセヤはハッとなった。
海中からの攻撃と甲板上に現れた歪虚。どちらも驚異である。
使える戦力は? 浸水を止める方法は? 甲板上の歪虚を倒すには?
幾つもの課題が彼を襲った。
どれかを決断すれば、どれかを見殺しになる可能性がある。それでも選択しなければならないというのか。
これが――指揮官というものなのか。
この重圧を、隊長は背負っていたというのか……。
「……え……あ……ま……」
ノセヤの口から言葉が出ない。
一刻の猶予も無いというのに、情けない。ヒシヒシと感じる死の冷たい恐怖。
「大丈夫ですよ、ノセヤさん」
トンと水の精霊が彼の頬を撫でた。
そして、次の瞬間――。
「これより、本船はアルテミス小隊の指揮下に入り、歪虚を迎撃します。各員、持ち場を堅持。戦闘員は順次、船首に集合です」
通信機器に向かって言ったのは、水の精霊だった。
その声は、ソルラ隊長のものそのもので……船に乗っていた誰もが事態を理解出来ずにいた。
「皆さんが受け取った“想い”を、ここで沈めてはなりません」
――そうだ。
戦士達は武器を手に取った。
船員達は角材を肩に担いだ。
歪虚を迎撃し、浸水を止める。船を……“想い”を沈めてはいけない。
「……これで、一先ず、ですね」
「貴女は……ありがとうございます」
水の精霊が向けた微笑にノセヤは馬鹿丁寧に頭を下げた。
そして、ノセヤは大きく深呼吸する。突然の事に慌て過ぎたようだ。
「ここは貴女に任せます。僕は、甲板上の歪虚を迎撃しに行きます」
「海に落ちても慌てないで下さいね。皆さんには水の加護を付与しますから」
「水の……加護……ですか?」
目をパチクリさせるノセヤ。
対して水の精霊は静かに目を閉じると、意識を集中させた。
刹那、精霊の周りにいくつもの水玉がほのかな光を発しながら出現して広がる。
再び見開いた水の精霊の目の色は澄んだ青色をしていた。
「さぁ、ノセヤさん。行って下さい。そして、“想い”を繋いで下さい」
「はい!」
走り出すノセヤ。
自らの実戦は初だというのに、その心境は自分でも不思議な程、澄み渡っていた。
今なら、そう、死も怖くない――。
船全体から熱意を感じる。あるいは、それはマテリアルの高まりなのだろうか。
こういう時、皆になんて声を掛ければいいのか……それを彼女は“知っている”。教えて、繋いで貰った“想い”と共に。
だから、水の精霊は凛とした声でこう宣言した。
「我らに、勝利を――」
―――――解説―――――
●目的
歪虚勢力の撃退
●内容
奇襲してきた歪虚を迎撃し、殲滅あるいは撃退する
●状況
船首船底付近に歪虚船が突撃攻撃し、船体に食い込んでいる
食い込まれた箇所から大量の海水と共に雑魔やら歪虚やらが流れ込んできている
同時に歪虚船から射出された歪虚が甲板に落下
甲板を我が物顔で制圧しようとしている
ノセヤは甲板上に露天駐機してあったR7エクスシア(kz0096unit003)に搭乗
水の精霊の加護により、船内の全ての覚醒者全員は、水中での戦闘ルールのうち『時間制限』の影響を受けません
騎乗不可
●地形(イメージ)
1マスは1辺がおおよそ4~5スクエア
・船首付近(上から見た図)
船首側
□ ◆◆◆◆
□□■◆◆◆◆
□■■◆◆◆◆
□□■■□
□□■■□
□□□■□
□□△□□
□□□□□
~~~~~
至船尾側
◆歪曲船
△ハンター達初期位置
■浸水箇所(水中戦闘適用箇所)
・船首付近最上甲板(上から見た図)
船首側
□□□□□
□◎□◎□
□□◎□□
□□□□□
□□□□□
□□△□□
□□□□□
~~~~~
至船尾側
◎大型歪虚
△ノセヤ&ハンター達初期位置
なお、登場するNPCも、皆さんと同様、重体や再起不能、死亡判定があり、その際は、容赦なく判定されます。
●出航
刻令術式外輪船フライングシスティーナ号が護衛と共に出航した。
最近、港町の外で不審な事が続いていた為だ。それが雑魔の仕業なのかどうか分からないが、パトロールを兼ねての事だ、
港街ガンナ・エントラータと近海は安全圏である。しかし、そうは言っても相手は歪虚。どんな襲撃が予想されるか分からない。
「早急に小隊の再建を団長に願い出ないと」
しかし、どんな形になるかは分からない。
アルテミス小隊を復活させるにも、核となる騎士が足りないというのもある。
「やる事はいっぱいだ」
刻令術の技術者も増やしたいし、稼働中の刻令ゴーレム『頑張れ☆へくす君』のデータや船でCAMを運用した結果を魔術師アダム・マンスフィールドに伝えたい所でもある。
また、刻令術式外輪船に最新技術のフィードバックや、今後必要になるオプションなども進めて行かなければならない。
おまけに、彼の場合はそれだけではない。今は司令代理としての役目もある。
(これ以上痩せたら、骨と皮だけだな。帆として使えるんじゃねぇか、ノセヤの坊ちゃん)
(ノセヤ君はいつも損な役回りよね)
そんな声が聞こたような……気がし、ノセヤは顔を挙げた。
執務室の壁に、髭面の船長と、女性騎士の肖像画が掛かっていた――。
●奇襲
それは沖合へと到着した時の事だった。
ノセヤが暇そうに艦橋の椅子に座っている水の精霊に声を掛けようとした瞬間、突然の轟音と激しい揺れに船が襲われたのだ。
計器が一斉に警戒音を発した。
「状況報告!」
ノセヤの叫びに慌ただしく船員達が動き出す。
ガクンと船が右前に傾いた。尋常じゃない事が発生している。
「歪虚だわ」
「見えているのですか?」
水の精霊の声に問い返すノセヤ。
「いいえ。ただ、船底から物凄い負のマテリアルを感じるのです」
「船底?」
直後、状況の報告が入る。
「船首船底付近に浸水! 第11倉庫、第12倉庫壊滅!」
「こちら、第5兵室前。雑魔と交戦中。至急、援護を!」
「…第……庫……水と歪虚……戦中……物凄い数だ……退する!」
表示されているモニターに船内の被害箇所がマーカーされていくが、作業が追いつかない。
「やられたッ!」
グッとノセヤは拳をモニターに叩きつけた。
油断していた訳ではない。王国西部の海を通過した際に予想された襲撃が無かったのは偶然ではなく、機会を伺っていたのだろう。
そして、安全な港から誘き出されたのだ。
「海中から射出された何かが、こっちに真っ直ぐ向かってくる!」
見張り台からの報告と共に、激震が再び船を襲う。
全通式甲板の一部がめくれ上がった。甲板を突き抜けて落下したそれらは、のっしりのっしりと姿を現す。
甲板に上がる為のエレベーターは衝撃で止まった為、CAMなどのユニットは使えない。
対して現れた歪虚は人の背丈をゆうに超えている。
「代理! 指示を!」
その言葉にノセヤはハッとなった。
海中からの攻撃と甲板上に現れた歪虚。どちらも驚異である。
使える戦力は? 浸水を止める方法は? 甲板上の歪虚を倒すには?
幾つもの課題が彼を襲った。
どれかを決断すれば、どれかを見殺しになる可能性がある。それでも選択しなければならないというのか。
これが――指揮官というものなのか。
この重圧を、隊長は背負っていたというのか……。
「……え……あ……ま……」
ノセヤの口から言葉が出ない。
一刻の猶予も無いというのに、情けない。ヒシヒシと感じる死の冷たい恐怖。
「大丈夫ですよ、ノセヤさん」
トンと水の精霊が彼の頬を撫でた。
そして、次の瞬間――。
「これより、本船はアルテミス小隊の指揮下に入り、歪虚を迎撃します。各員、持ち場を堅持。戦闘員は順次、船首に集合です」
通信機器に向かって言ったのは、水の精霊だった。
その声は、ソルラ隊長のものそのもので……船に乗っていた誰もが事態を理解出来ずにいた。
「皆さんが受け取った“想い”を、ここで沈めてはなりません」
――そうだ。
戦士達は武器を手に取った。
船員達は角材を肩に担いだ。
歪虚を迎撃し、浸水を止める。船を……“想い”を沈めてはいけない。
「……これで、一先ず、ですね」
「貴女は……ありがとうございます」
水の精霊が向けた微笑にノセヤは馬鹿丁寧に頭を下げた。
そして、ノセヤは大きく深呼吸する。突然の事に慌て過ぎたようだ。
「ここは貴女に任せます。僕は、甲板上の歪虚を迎撃しに行きます」
「海に落ちても慌てないで下さいね。皆さんには水の加護を付与しますから」
「水の……加護……ですか?」
目をパチクリさせるノセヤ。
対して水の精霊は静かに目を閉じると、意識を集中させた。
刹那、精霊の周りにいくつもの水玉がほのかな光を発しながら出現して広がる。
再び見開いた水の精霊の目の色は澄んだ青色をしていた。
「さぁ、ノセヤさん。行って下さい。そして、“想い”を繋いで下さい」
「はい!」
走り出すノセヤ。
自らの実戦は初だというのに、その心境は自分でも不思議な程、澄み渡っていた。
今なら、そう、死も怖くない――。
船全体から熱意を感じる。あるいは、それはマテリアルの高まりなのだろうか。
こういう時、皆になんて声を掛ければいいのか……それを彼女は“知っている”。教えて、繋いで貰った“想い”と共に。
だから、水の精霊は凛とした声でこう宣言した。
「我らに、勝利を――」
―――――解説―――――
●目的
歪虚勢力の撃退
●内容
奇襲してきた歪虚を迎撃し、殲滅あるいは撃退する
●状況
船首船底付近に歪虚船が突撃攻撃し、船体に食い込んでいる
食い込まれた箇所から大量の海水と共に雑魔やら歪虚やらが流れ込んできている
同時に歪虚船から射出された歪虚が甲板に落下
甲板を我が物顔で制圧しようとしている
ノセヤは甲板上に露天駐機してあったR7エクスシア(kz0096unit003)に搭乗
水の精霊の加護により、船内の全ての覚醒者全員は、水中での戦闘ルールのうち『時間制限』の影響を受けません
騎乗不可
●地形(イメージ)
1マスは1辺がおおよそ4~5スクエア
・船首付近(上から見た図)
船首側
□ ◆◆◆◆
□□■◆◆◆◆
□■■◆◆◆◆
□□■■□
□□■■□
□□□■□
□□△□□
□□□□□
~~~~~
至船尾側
◆歪曲船
△ハンター達初期位置
■浸水箇所(水中戦闘適用箇所)
・船首付近最上甲板(上から見た図)
船首側
□□□□□
□◎□◎□
□□◎□□
□□□□□
□□□□□
□□△□□
□□□□□
~~~~~
至船尾側
◎大型歪虚
△ノセヤ&ハンター達初期位置
リプレイ本文
●決意と共に
「我らに勝利を、か……」
水の精霊が船内に宣言した言葉を瀬崎・統夜(ka5046)は静かに繰り返した。
“あの戦い”での苦い記憶が蘇る。あの時、ハンター達は課せられた目的は達成した。だが、それは勝利と呼ぶには程遠いものだった。
(今度こそ、な!)
ただ黙って腕を突き上げて、彼は必勝を誓う。
歪虚を撃退し、船を護る。
その決意は、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)も同様だった。
「ソルラさん……貴女の遺した“想い”は、必ず繋いでみせます……」
刻令術式外輪船フライング・システィーナ号は、ソルラと多くのハンター達が繋いだものだ。
彼女自身も関わった事が無い訳ではない。それに、アルテミス小隊の拠点でもあったのだ。
「ヴァルナさん、これを」
「ありがとうございます、奏音さん」
夜桜 奏音(ka5754)から伝言用の符を受け取る。
船内には通信設備はあるが、確実に機能できるか分からない。それならと、符術師である奏音が準備したものだ。
その時、船内が激しく揺れた。バランスを崩した奏音の身体をヴァルナが咄嗟に支える。
「大丈夫ですか?」
「はい。この状況なら、敵艦は早急に対処しなくてはなりませんね」
フライング・システィーナ号に取り付いた歪虚船が激しく揺さぶっているのだ。
その度に船体は激しく揺れ、浸水報告や被害報告がブリッジに入る。
そして、この状況を打開できるのは、ここに集まったハンター達だけだ。
「もう後から知るなんて嫌ですし……あんな想いは、もうしたくありません」
その奏音の思いは、きっと、仲間のハンター達も同じはずだ。
ラジェンドラ(ka6353)がモニターに映るCAMを鋭い視線で見つめていた。
状況的にはランドル船長がやられた時とほぼ同じだ。結果的に言うと、ノセヤの油断だったかもしれない。だが、敵の方が一枚上手だったという事で、彼に責任はない。しかし、それでも、責任を感じて背負ってしまうのが、ノセヤなはずだ。
「気張りすぎだ、もう少し冷静になりな。俺達はノセヤの兄ちゃんの事を信頼しているからな」
甲板上の戦いは、ノセヤと別動のハンター達が向かう事になっている。
CAMがあるとはいえ、圧倒的有利とは限らない。それでも、勝利を信じるしかない。
「歪虚船に向かうのが第一だな」
「そういう事だね。完全水没していない区画を一気に通り抜けようか」
ラジェンドラの言葉に、モニターに表示されている被害状況を見ながら、キヅカ・リク(ka0038)が応える。
短い間だったが、充分に作戦の打ち合わせした。役割も決め、必要な準備も整えた。
「こんだけ、やれば、形にはなるでしょ」
今回、多くのハンターも協力してくれている。
“想い”を絆ぐ為に、これまで船と関わりが無かった人達も含め。一つの“想い”が多くの人の“想い”と繋がる。これこそが、人が持つ大きな力だと、彼は知っているから。
その“想い”の中で水の精霊はハンター達の出発の時を待っていた。
そこへ、ひと振りの剣を手渡すUisca Amhran(ka0754)。
「この剣は、ソルラさんが持ってた剣と対になるもの……貴女に預けます」
「私に……?」
意味が分からずも、水の精霊はしっかりと剣を受け取った。
「剣に込められた想いが、貴女を守りますよ。だから、戦いが終わったら、貴女の手で私に返して下さいね」
Uiscaの言葉に水の精霊はようやく意味を理解した。
「分かりました。皆さんも、必ず、帰ってきて下さいね」
真剣なその眼差しは、“あの時の戦い”を思い出させた。
胸を押しつぶすような圧力をUiscaはグッと堪る。
(ソルラさん、私はアルテミスを体現する勝利の女神を目指します)
心の中でそう誓った。
準備が整ったとみたリクが全員を見渡す。ソルラの戦死とソルラの姿を模した水の精霊との出逢いと触れ合い。ここまで来たのだ。あとは、この局面を乗り切るだけだ。
「よーし、んじゃ、行くか!!」
リクの宣言に仲間達は声を上げて応じた。
●戦いの前に
船内へと向かう仲間達の背を見届け、コントラルト(ka4753)は水の精霊へと声を掛けた。
「姉が会った精霊さんに、見てくれが一緒でも中身は別物でしょって意味を込めて会いに来てみたんだけど」
「……あ。違う人なのですね」
精霊は水の力を行使している為か、澄んだ青色の瞳をコントラルトへと向けていた。
彼女と姉は双子である。見た目は瓜二つでも、中身は違う存在という意味では、今の精霊も同じ立場かもしれない。
「歪虚の襲撃で面倒くさいことになったわね。さっさと、終わらせましょう」
「はい。私はここから離れられませんが、よろしくお願いします」
微笑を浮かべた精霊にコントラルトは頷くと踵を返す。
甲板上に出現した大型歪虚を討伐する為だ。
その甲板には1機のCAM。紫色の機体にはノセヤが搭乗している。
十色 エニア(ka0370)が愛用の大鎌を構えながら、ノセヤに言った。
「死を恐れないのは結構だけど、自身含め犠牲前提の戦術とか、どこの軍師が考えますか?」
もし、ノセヤの表情が見られれば彼はきっと、苦笑していただろう。
「私は軍師と呼べる程ではありませんよ……ただ、勝てるとみた時に最善の方法を選択するだけです」
「それが、自身の犠牲でも?」
「あるいは、皆さんの……だとしてもです」
犠牲は無い方が良いに決まっている。
だが、戦場とは常に不確実なものだ。何が起こるか分からない。
「気分が高ぶってると思うのだけれど、指揮官は心は熱くしても頭は冷静によ」
甲板に上がってきたコントラルトがエニアとノセヤの会話を耳にして、一言、釘を刺した。
「なるべく、各個撃破したい感じかな。折角、向こうより数が多いんだし」
出現した大型歪虚の数は3体。
対して、ノセヤを含むと、ハンター達は4人だ。
「敵威力不明だから回避はウィンドガストで」
片刃のアックスを構えながらメイム(ka2290)がノセヤに対して忠告する。
敵は棍棒のようなものを振り回している。当たればただでは済まないはずだ。
自身の身長とさほど変わらない巨大な盾を前面に広げた鳳城 錬介(ka6053)が頼もしそうにCAMを見上げた。
「ノセヤさんは、援護攻撃お願いします」
露天駐機してあったR7エクスシアは、元々、CAM運用テストを兼ねてフライング・システィーナ号に搭載されたものだ。
アルテミスという名を与えられた機体は、ソルラ・クート(kz0096)が搭乗するものだったという。武装も最低限だが、スキルトレースを活かすのであれば、接近戦より後方からの射撃や魔法が有効だろう。
「さて、それじゃ、行こうかな~」
メイムはそう言い出すと一気に甲板を駆け出した。
ハンター達の能力は便宜上、いくつかに整理されている。例えば、『筋力』や『知識』という風にだ。
覚醒時は一般人よりも飛躍的に上昇するそれらは、それゆえに、圧倒的な戦闘力を発揮する。
また、その能力は種族やクラス、そして、戦闘経験などによって差が生じる。普段の戦いなら、さほど、気にならなくとも、今回は違った。
「ノセヤさん、敵の動きを止めるから、中央の歪虚を撃って! 簡単に当てられるから」
真っ先に甲板に進んだメイムの動きは、コントラルトの作戦に齟齬を生み出した。
「抑えないで行くつもりだったけど……仕方無いわね」
彼女は踵から噴出しかけたマテリアルを抑えると、その場で機導術を練り始める。
本来であれば強力な炎を放つ機導術を歪虚共に向けるつもりだったからだ。
そして、この連携不足が、これからの苦戦に繋がるとは、その時、誰も思いもしなかった。
●甲板上の衝撃
コントラルトが撃った光の筋――デルタレイ――が大型歪虚に向かう。
その光が一際、眩く輝いたのは、祈りの力……なのかもしれない。マテリアルリンクと呼ばれるそれは、単なる祈りではない。覚醒者が願った力がマテリアルに反応して起こす奇跡のようなものだ。
だが、それとて、万能ではない。例えば、多くの人がソルラの無事を祈った時のように、その力は、効果を発揮する条件があるからだ。
「討ち……漏らした?」
祈りの力で威力が増大したコントラルトの機導術は右側の大型歪虚を一撃で粉砕した。
サイズが大きい敵であれば、複数箇所に攻撃が当たるので、そのおかげでもある。しかし、中央の1体は倒せなかった。
直後、その中央の大型歪虚から負のマテリアルが集束すると、一筋の黒いレーザーとなって、コントラルトへと放たれる。
「ッ……」
盾を構えてコントラルトは防ごうとしたが、それが無意味だと感じた。それほどの圧力だ。
傲慢歪虚特有の能力【懲罰】。
受けたダメージに対するカウンタースキル。その威力は受けたダメージが大きければ大きい程、強力になるのは言うまでもない。祈りの力で増大していたコントラルトの高威力の機導術は、それがアダとなった。
触れれば覚醒者といえども消し炭になってもおかしくはないそのカウンターを、ノセヤがCAMを操作して、咄嗟に庇う。
「ノセヤさん! コントラルトさん!」
轟音と共に錬介の焦った声が耳に入り、左側歪虚へと向かおうとしたエニアは振り返った。
そこには強大な負のマテリアルのレーザーを抑えるCAMの姿。
CAMが前面に盾のように押し出した大きな杖と、黒くて巨大なキャノンが分解しながら砕けていった。
「脱出して、ノセヤさん!」
一目でそれが異常な状況だとエニアは感じると叫んだ。
ノセヤはCAMから脱出しなかった。いや、コントラルトを庇っている以上、脱出する気は全く無かっただろう。
左腕と右脚が吹き飛び頓挫するCAMを真後ろから見つめるコントラルトにノセヤからの声が届く。
「コントラルトさん! もう一度、中央の敵だけに、機導術を!」
「それは……」
倒しきれなければ【懲罰】が再び飛んで来るだろう。
次は、自身もノセヤも無事では済まないかもしれない。それでも、ノセヤは撃てという。
熱くなりすぎ――そう一瞬思ったが、コントラルトはすぐに彼の考えが分かった。
【懲罰】に対しては、威力を抑えてダメージを積み重ねる方法がある。しかし、それでは長期戦が想定される。今回、敵の目的がフライング・システィーナ号の撃沈であるとするのであれば、大型歪虚との戦いを長期化させる訳にはいかないのだ。
それに、万が一、次の一撃で中央の歪虚を撃ち漏らしても、ダメージを与えた以上、倒すのは容易にもなる。そうなれば、残る敵は1体。
「分かったわ、ノセヤ君」
フッと微笑を浮かべてコントラルトはマテリアルを集中させる。
戦いが終わった後、水の精霊とゆっくりとお話する機会はなくなるかなという予感からだった。
「行くわ」
再び放たれた光の筋が中央の歪虚へと突き刺さる。
崩れ落ちながらも辛うじて耐え切った歪虚は【懲罰】を発動させる。
先程のものと比べると威力は低いが、それでも、覚醒者一人を葬るには十分な威力だ。
ノセヤがモニター画面を素早く操作してCAMが右腕で機体を持ち上げると、強引にコントラルトの壁となる。コントラルトもまた、盾を構えた。
直後、負のマテリアルのレーザーが二人を襲う。
残ったのはもはや、原型を留めていないCAMと、甲板に伏せて動かないコントラルトだった。
即座に錬介がコントラルトを介抱する。彼女は全身を負のマテリアルに焼かれて、瀕死の状況だった。すぐさま、回復処置しなければ、命の危険があるだろう。
「回復支援に集中しますので、トドメを!」
その台詞が言い終わる時には、エニアの魔法により、中央の歪虚は塵へと化していた。
●破穴の戦い
「考えてみれば、区画ごとに封鎖されているのは当たり前だったか」
リクが苦々しい表情を浮かべ、肩で激しく呼吸を繰り返していた。
浸水を防ぐ為に、区画の戸がしっかりと閉じられていたのだ。開けっ放しで来たが、きっと、サポートに回っている仲間達が上手く対応してくれているだろう。
「だが、時間的にはさほど、掛かっていないはず」
統夜が水中用の弾を拳銃に装填する。
ここから先は浸水区画だ。滝の様に溢れてくる区画の先を見つめる。
「急いだ方がいいな。作戦通り、一気に船に取り付かせてもらう」
応急薬の位置を確かめながらラジェンドラがそう言った。
今回、新しく取得したスキルだ。水の中だと移動に制限がかかる。回復役であるUiscaの負担を考えれば、魔法以外にも回復手段があるのは有効なはずだ。
「甲板の状況が芳しくない……でも、ここは一気に歪虚船をやろう」
符から届いた伝言は、甲板での戦いの状況だった。
開始早々、コントラルトとノセヤが戦闘不能。残った敵は1体だが、苦戦していると。
今から誰かを救援に向かわす事は可能だが、それでは、ここまで駆けてきた意味がない。
「絶対に、誰も欠けずに無事で戻ります」
そんな決意の言葉と共に、奏音は式神を水の中へと向ける。
これで浸水区画の中を確かめるのだ。視界を確保する為に、ハンター達も持ってきた灯りで際から照らす。
「式符で偵察させますね」
灯りのおかげで視界は問題ないだろう。
歪虚の姿はすぐに分かった。部屋の中央でどんと構え、その周囲を藻雑魔が漂っている。
その風貌から、歪虚船長は人型の姿のようだが、発せられる雰囲気から、強敵を思わせた。
更に奥には牙のような配列で鋭い木片に囲まれた漆黒の空間が見えた。歪虚船……だろう。
そこで式紙は敵の攻撃によって消滅した。
「それなら、手筈通りに……ですね」
Uiscaの言葉にヴァルナが頷く。
一気に歪虚船へと迫る為に、ヴァルナとリクが足止めになるつもりなのだ。
聖剣を正眼に構えた彼女は瞳を僅かな間、閉じた。
ソルラの姿を思い描いてからは彼女は瞼を開く。
「今度こそ、勝利を! 僭越ながら、その道は私が照らしてみせます!」
体内のマテリアルを極限まで高めて燃やす。
炎のオーラを纏い、ヴァルナは浸水している区画へ飛び込んだ。
先手必勝。突き出した剣先から光の槍の如くマテリアルが伸びる。
それは、歪虚船長と後方の藻雑魔を貫いた。
「……ッ!?」
マテリアルの光が貫いた歪虚船長の腹部と同じ箇所に、ヴァルナは痛みを感じる。
鎧下なので分からないが、出血しているだろう。それでも、彼女は気丈にも耐えた。この程度の傷、まだ怪我とはいえない。
(この能力、話に聞いたズールの【懲罰】と似ていますね)
傲慢歪虚特有の能力である【懲罰】は謎が多いスキルだ。
恐らく、個体差がある能力なのだろうが、どうやら、回避や受けが可能なタイプと、強い精神力で無効化できるタイプがあるのかもしれない。
先行したヴァルナを囲うように藻雑魔が迫る中、歪虚船長の曲刀が迫る。
受け止めようとした攻撃をリクが割って入ってきた。彼は巨大な盾でそれを受け止める。
「此奴は、僕が」
恐らく、声を通じればそう言っていただろうリクの視線。
ヴァルナは頷くと迫ってくる藻雑魔へと聖剣を向けた。
敵の足を止めている間に、他のハンター達は水中を進む。
効率よく歪虚船へダメージを与える為には接近、か歪虚船の中に乗り込む必要があると推測しての事だ。
(これなら、外す事はないか)
統夜が魔導機械の特性を持つ拳銃を構える。
これと水中用特殊弾のおかげで、本来は水中で使えないはずである銃撃が可能なのだ。
(今回は、いや今度こそ! 誰も死なせたりはしねぇ!!)
甲板での防戦がいつまで保つか分からない。
一刻も早く駆けつける為には、この目の前の敵をどうにかさせないといけない。
心の中で叫びながら、統夜は引き金をひいた。
歪虚船はハンターの攻撃を避ける様子は見られない。他に隠れている存在も居ないと確認し、ラジェンドラも歪虚船を攻撃できる位置へと移動する。
(俺は……)
体内のマテリアルを高める――その最中に、妹やソルラ、ランドル船長、先に逝って者達の姿を思い浮かべた。
(……俺は、あいつらが守りたかったものを守る)
それが今の自分に出来る事なのだから。
彼から放たれたマテリアルの炎は祈りの力で増幅し、歪虚船を激しく焼いた。
その直後に幾つかの符が魚のように水の中を駆け巡り、光り輝く結界を構築する。
奏音が符術を行使しているのだ。結界の光はいつもよりも幾重にも重なっていた。
「三千の力と、五行の理を持って、千里を束ねよ、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ!」
言葉で発するとそんな呪文になる文を符とマテリアルを使って水中に描く。
(この一撃で決めるつもりで、全力でいきます)
達筆な字が結界の中に『五色光符陣』と出現した時、結界内の光が一際輝いた。
予備でセットしたあった符を第二の発動体とするスキルで威力を上乗せしているのだ。更に祈りの力も加わり、強力無比な一撃となった。
激しく揺れる歪虚船。
先程の符術が効いているのだろう。追撃を加える為、Uiscaが歪虚船の中へと乗り込んだ。
(もう、ソルラさんを死なせませんっ!)
掲げた杖の先から翡翠色の光の龍が現れ、光の波動が周囲に広がる。
マテリアルリンクの力で増大した波動が歪虚船の構造物を次々に破壊していく。
念の為に【懲罰】を警戒して盾を構えていたが、この歪虚船にはその能力は無さそうだった。
ハンター達はお互いに目を合わせて頷きあった。
カウンターが無いと分かれば、全力を出し切って一気に勝負をつけるだけなのだから。
●苦戦
重体となった仲間を応急処置した上で、船員達に引き渡した錬介は盾を構えて再び前線へと向かう。
残った歪虚は甲板の淵近くまで場所を移動していた。
「苦情は、勝ってから聞くから~」
メイムが斧を振り上げて、少しずつ歪虚を強制的に後退させていたのだ。
その行き先は、甲板の淵――海だった。高さはそれなりにあり、ちょっとした崖ほどはあるだろうか。
「大丈夫かな」
風の力を纏ったエニアが心配そうな声を上げながらも、歪虚の強力な攻撃を避ける。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせて!」
エニアが放った魔法攻撃が歪虚にダメージを与えていく。
直後、【懲罰】が放たれるが、それをエニアは気にした様子なく避けて見せた。
「避けや受けができるタイプの【懲罰】で助かったよ」
そうでなければ、エニアもまた、コントラルトと同じように【懲罰】によって戦闘不能となっていただろう。
一方のメイムも無傷であった。
敵がエニアに対して積極的に【懲罰】を使っていたというのもあるし、自前で回復手段を用意していたのも大きい。
また、ハンターばかりに攻撃をしてくる訳でもない所も多い。
「もう、いっちょ~」
メイムが全体重と集中したマテリアルを斧に込めて叩きつける。
金属皮膚が恨めしい程硬い。あまり、ダメージを与えられていないのでは――という気になる。
それでも、スキルとしての能力には有効だ。歪虚はいよいよ、甲板の端まで追い込まれた。
そんな状況なのに、歪虚はハンターへ攻撃するのを優先しない。巨大な棍棒で甲板を叩く。
「落ちて砕けろ~」
ガンっと踏み込んだメイムの一撃。
歪虚は為すすべもなく、ゆっくりと、スローモーションのように身体を傾け……甲板から直下の海へと落下した。
轟音が響き、水柱が立つ。
「どうかな~」
「これで、倒せていればいいけど……」
揺れる船の上で体勢を維持しつつ、海の覗きこむ。
海面までは数階分の建物と同じ高さはある。いくら、海とはいえ、その高さから落ちれば、ただでは済まないはずだ。
「……う、動いてるー!?」
メイムは驚きの声を上げた。
確かに、一般人であれば、その高さから海に落ちれば大怪我、打ちどころか悪ければ、即死する場合もある。
だが、訓練すれば一般人でも飛び込みが可能な高さでもあるし、そもそも、歪虚は一般人とは桁違いのタフさを持つ。
二人の攻撃でダメージが積み重なったとしていても、その程度では塵とは化さなかったのだ。
「コントラルトさんの魔法攻撃はそれだけ強力だった……という事ね」
早期に撃破すれば、それだけ歪虚が船に与えるダメージが少なくなる。
船を沈めない――ノセヤにとって作戦の目的はそこにあり、彼の行動は、全て、そこにあったのだろう。
「さて……どうしようか。私の方はマテリアルが……」
エニアは苦しそうな表情を浮かべた。
甲板上からは海までは距離がある。ブリザードを操るマテリアルは枯渇しかけているし、グラビティフォールは射程が短い上に効果範囲が広いので、どうしても船を巻き込んでしまう。予備武器のショットアンカーは届かない。
メイムに至っては斧と盾だけだ。魔力を纏わせた相棒で攻撃をさせる技は、セットが外れていたのが、今となって悔やまれる。
ハンター達が見守る中、海面に上半身を浮かばせた歪虚が棍棒で船体を叩き出した。船の吃水線に穴が開けば致命傷にもなり得る。
「……後は、飛び込むしかないですね」
この場に追いついた錬介が淡々と言った。
このまま船内の仲間が応援に来るのを待つという手もあるだろう。だが、海に落ちた歪虚が船体に対して攻撃を続けている以上、無視する訳にもいかない。
そして、泳ぎながら倒せるかというと、これまでの戦いを思うと殲滅力が足らないのは明らかだ。
「二人は応援が来た時の誘導をお願いします」
だから、錬介は覚悟を決めた。
今、この場で時間を稼げるのは自分しかいないのだと。
盾と魔法による回復能力を活かして、仲間が到着するまで耐えるつもりなのだ。
「……死んだら、ダメだよ。誰の命も……見送らないからね」
「我らに……勝利を」
エニアの台詞に錬介はそう答えると、海へと飛び込んだ。
重装備な状態でも飛び込んだ時に大きな怪我をしなかったのは、彼の無事を祈った者が起こした奇跡だったかもしれない……。
●討伐
聖剣で受け止め、あるいは、避ける。
雑魚とはいえ、同時に数体の藻雑魔を相手にヴァルナは善戦していた。船内が激しく揺れた隙を突かれる場合もあり、全身が傷だらけだ。
逆に藻雑魔は水中での戦いで有利なのか、船内の揺れに影響が出ているように見えない。
(まだ、退きませんよ)
藻雑魔の攻撃に対し、カウンターを入れる。あるいは、防具で受け止める。
ヴァルナは持てる力、全てを投入してでも時間を稼いでいた。
歪虚船長の足も止まっていた。こちらはリクがサシで抑え込んで敵の猛攻を前に一歩も退かない。
「汝、自害せよ」
水の中というのに、重々しい声が歪虚から発せられ、ハンター達の頭の中に響いた。
【強制】の能力だ。負のマテリアルが歪虚船長から周囲に広がる。
その圧力がハンター達に襲いかかる。圧力に屈した時、【強制】の能力で自害する事になるのだ……。
「意゛地゛か゛あ゛る゛ん゛だ゛よ゛! 男゛の゛子゛に゛は゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
リクもまた水の中だというのに、強引に声を発し、負のマテリアルを跳ね除けた。
喉を突き破る勢いで肺へと入ってくる海水。苦しいのは一瞬の事で、すぐさま、呼吸が出来るようになった。
これが、水の精霊の加護の力なのだろう。
(あの日の弔いと共に、継いだ意志は、この盾が砕けようとも護って見せる!)
ドンっと力強く構えて歪虚船長の攻撃を受け止めた。
次の攻撃に備えた時だった。これまでの振動とは違う揺れが船内に広がる。
歪虚船が塵となって崩れていくのだ。ポッカリと空いた穴が海底へ誘っているようでもあった。
(新しい技の性能試験だ)
手に持った回復薬をマテリアルで包み、ラジェンドラが新しく取得した機導術を行使していた。
抽出された純粋な回復エネルギーがヴァルナに溶け込むように流れると、彼女の傷が一つ、消えた。
ヴァルナはその援護を受けて藻雑魔の攻撃をカウンターする。踏み込んだ一撃は藻雑魔の身体を貫通し、文字通り、海の藻屑へと変えた。
(【強制】に掛かった人はいない!)
周囲を見渡して心の中で叫ぶ。
時折、歪虚船長が【強制】を苦し紛れに放ってくるのだが、ハンター達は全員が抵抗に成功していた。
(使用回数に到達したみたいだな)
(一気に畳み掛けましょう)
ラジェンドラと奏音が目を合わせてそんな会話をする。
警戒していたのは【懲罰】だった。だが、リクとの戦いで使い切った模様だった。
立て続けに機導術と符術を受けて、残っていた藻雑魔は全滅。この状況に、歪虚船長は不利を悟った。
空いた穴から逃げようとした動きを見せた所で、マテリアルの銃弾が歪虚船長の動きを止める。
(逃がしはしねぇさ!)
統夜が放っている銃撃だった。
移動する事はもちろん、何かの行動すらも困難な様子で、気持ち悪く身悶えるのみとなった。
チャンスとばかりにUiscaが杖の先端を向けて、光の波動を放つ。
同時にリクも魔腕の手で指鉄砲を作り、その先端から炎の渦が迸った。
(我らに勝利を、です!)
「想゛い゛は゛絆゛く゛!」
光の波動と共に炎が渦を巻き、二重の“想い”の波が生まれる。
二人の魔法が歪虚船長を容赦なく直撃し――歪虚は塵となって消え去った。
歪虚船長を討伐した一行は、一度、浸水区画外へと出た。
自分達の目的は達した。歪虚船を撃退すれば、後は浸水を止めるだけだ。
「甲板も気になる。二手に別れよう」
リクは仲間達を見渡して宣言する。
異論を唱える者はいない。
「浸水区画にはまだ、藻雑魔が残っている可能性があります。私が残りますね」
符の準備をしながら奏音が言った。
その横をヴァルナとラジェンドラが並ぶ。残ったハンター達は頷きあうと、通路を走り出した。
「瀬崎の兄ちゃんよ!」
ラジェンドラの呼び声に振り返った瀬崎に回復薬が投げ渡される。
「持っていけ。何かの足しになるだろう」
「必要な時に使わせて貰う」
瀬崎はライフルを掲げながら走り出した。
●沈まない“想い”を
幾度目かの回復魔法。
船体を守る為に盾を構えて攻撃を受け止める錬介は、その衝撃で棍棒と船の間に挟まれていた。その度に回復魔法を行使するが、そろそろ、マテリアルが尽きつつある。
「くっ……」
喉を込み上がってくる何かを強引に飲み込む。
消えてしまいそうな意識を気力だけで繋ぎ留める。
「……貴女が、皆が、守りたかったものを俺が守ります」
そう、あの日、王都の慰霊碑で誓った。
フライング・システィーナ号はただの船ではない。あの人の“想い”そのものなのだから。
「“想い”を、沈めさせません!」
全身の力を、出せる限りのマテリアルを振り絞り、錬介は、今一度、歪虚の攻撃を受け止める。
轟音と共に身体が盾と船体の間に挟まれた。
その衝撃だけで、このまま四散してしまうのかという程の圧力だ。
その時、同時に幾つもの光の筋が歪虚へと降り注いだ。船内に居た仲間達が到着したのだろう。錬介は自らの役目を果たしきったと確信する。後は……任せて大丈夫だと。
見上げて甲板を確認しようとしたが、彼の体力もここまでだった。緊張の糸がほぐれ、遠のく意識と共に、錬介は海の中へと沈む。
朦朧とする中、揺らめく水面に映る太陽が輝く満月のようだと思った。
(……)
届くはずがない。それでも、彼は無意識に手を伸ばす。
直後、その腕を掴まれ、引っ張られた気がした。
(――ありがとう)
そんな言葉が彼に聞こえたかもしれない。
だが、腕を引っ張る人物と声の主を確かめる前に、錬介は意識を失った。
●サポーター達
船首右側への浸水に対し、フライング・システィーナ号はバランスを保つ為に船尾左側の区画に注水作業を行っていた。
檜ケ谷 樹(ka5040)は汗だくになりながら、バルブを捻る。
「……これで、よしっと」
船のダメージコントロールはどこも人手が足りない状況だった。
歪虚船による船体の揺さぶりは、覚醒者ではない一般人には極めて危険だったからだ。壁や備え付けの設備に身体を打ちつければ、怪我もする。
樹が次の区画へと向かおうとした所で、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)から通信が入る。
「浸水を止めたから今度は排水作業です。第20兵室の排水に向かって下さい」
沈没が免れたのは比較的速やかに歪虚船を排除できた事の影響だろうか。
沈没せずに済んだのは、ダメージコントロールの結果も影響しているだろう。
星輝 Amhran(ka0724)が苦笑を浮かべながら天井を見上げた。
「休む暇が無いわ」
補修する大きさに合わせる為に角材をひたすら切り刻んでいたのだ。
時には危険な箇所にも率先的に飛び込んで補修を手伝っていた。
近くの通路を浅黄 小夜(ka3062)が走り回っていた。魔法による支援を試みたが、流石に船自体にウォーターウォークをかけるのは無理があったようだ。
その為、補修に必要な物品を取りに駆けていたのだ。一応、覚醒者である。一般人よりも動きは良い……はずだ。
「リクのおにいはんの為に……もう少しやぁ……」
走っている小夜を見かけて、カール・フォルシアン(ka3702)が声を掛ける。
「小夜さん、包帯と固定する為の物をなんでもいいので、できるだけ、お願いできますか?」
彼は負傷した船員の治療に回っていたのだ。
足を怪我したり、設備に身体を挟まれた者を救助していた。船員が復帰すれば、その分、応急処置は進むのだから。
その時、船内にヴァイス(ka0364)の声が響いた。
「敵は撃退した。後はこの船が沈まなければ、俺達の勝利。さぁ、もうひと踏ん張りだ」
ヴァイスは船内の士気を保つ為に船内放送を続けていのだ。
そして、同時にソルラの“想い”を護るという使命も合わせて伝えていた。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)は自身の通信機から流れてくるヴァイスの言葉を通信装置が壊れて届かない場所へ拡張器を持って伝えて回っていた。
「さぁ、もう少しですよ」
疲労困憊の小隊員に声を掛けつつ、フィルメリア自身も角材を抱える。
少し行儀悪いが、足で障害物を排除しつつ、効率的に船の応急処置を進める。
「レムさんの手に掛かれば、これぐらいぃぃ!」
顔を真っ赤にしながらレム・フィバート(ka6552)が元気に壁を抑えていた。
今にも水の圧力で崩壊しそうな区画の壁だ。小隊員らが角材で補強するまでの間、全身で壁を支えている。
「あぁ! ちょっと、スカート!」
隙間から勢いよく入ってきた海水が彼女の服を直撃していた。
こうして、戦闘以外にも船員の救護や船体の応急処置にハンター達は力を尽くした。
船員の回復支援を行っていたエイル・メヌエット(ka2807)が連絡を受けて駆け寄った。
海から救助されたばかりのハンターが酷い状態にあった。ハンター達が持っていた回復薬で応急手当されているが、最悪、死亡する恐れがあるだろう。
「誰のことも死なせない」
そんな決意と共にエイルは簡易的な回復の術式を行使しつつ、祈りの力を集中させていく。
温かな光が甲板に広がった。
指揮官であるノセヤも含め、船内には何人か重体者を出したが、一人として死者は出さなかった。
船の損害も応急処置が適切に行われ、港町が近かった事も幸を期し、ドックでの修理はさほど時間は要さない様子だ。
フライング・システィーナ号の無事は、やがて訪れるはずであるイスルダ島奪還作戦で大きな意味を持つ事になるのであった。
おしまい。
●水の精霊
港町へと向かうフライング・システィーナ号。そのブリッジにハンター達は集まっていた。
一同の前には、力を行使し過ぎたのか、水の精霊は眠るように椅子に全身を預けている。
精霊の力が弱まっている。そんな風にハンター達には見えた。
「……わたし達、勝ったんだよね?」
エニアの言葉に一同は頷けなかった。
CAMは全壊したが、ノセヤに命の危険はない。フライング・システィーナ号は小破程度だ。
歪虚の襲来で船が沈む可能性が高かった事を思えば、大勝利なはず……。
「これじゃ……これじゃ、また……」
悔しそうにラジェンドラが呟く。
台詞の続きは出てこなかった。誰もがその先を理解していたから。
ソルラを失い、その姿を模した水の精霊もまた失うというのは、二重の苦しさだと。
「……くそ」
「ここまで来て……」
「……」
ギリギリと歯を食いしばる者、脱力しきってただ呆然とする者、祈りの言葉を紡ぐ者、様々だった。
作戦は完璧ではなかった。だが、誰もが最善を尽くしたはずだった。暗い雰囲気になるのも無理はない。
そんな中、扉が開き、コントラルトがリクに身体を支えて貰いながらブリッジに現れた。重体な為、絶対安静だったのだが、同じように横になっている錬介やノセヤから見に行って欲しいと頼まれての事だ。
「会いに来たよ」
その言葉に、水の精霊が目を開いた。
突然の歪虚の襲来でゆっくりと会話が出来なかったから。
「大精霊の元に帰る?」
「はい……。力を急激に失った精霊は、消滅するか大精霊の元に帰ります」
水の精霊の台詞にブリッジが静まる。
ただただ、その別れが来る時を待つというのか。
再び眠るように水の精霊は目を閉じる。
「私は大精霊の元に帰ります」
「そう……か……」
「……でも、それは、ずっと先の事。皆さんがソルラさんから受け取った“想い”が、この先、どう繋がれていくのか、見届けてからです」
微笑を浮かべた水の精霊に、ハンター達はどういう事かと目を合わせあう。
「それが、精霊である私にしか出来ない事。“想い”が確かに継っていくのを、私は見てみたいのです。だから、私はその役目を全うする為に、“想い”を見届ける為に、その“想い”の持ち主の名前を名乗りたいと思います」
そう締めくくった言葉と共に、ブリッジが歓喜に包まれた。
水の精霊は自分の成すべき事をみつけ、その名前も決めた。それは、ハンター達の行動の結果が導いた事だ。
“想い”は、か細い運命の糸を手繰り寄せ、ハンター達の手に、今ある。
それをこれから先も、繋げていくかは――これからに掛かっている。
「ちゃんと絆ぐさ。だから、しっかりと見届けて欲しい。僕達の未来を」
リクが愛する人の肩を寄せながら、力強く、そう宣言した。
その光景に、周囲から冷やかしの声や祝福する声が挙がる。
やんややんやと急に騒がしくなったブリッジの中で、Uiscaが水の精霊に近付くと言葉を口にした。
「貴女が、ソルラさんの剣を継ぐ時が来ましたね」
水の精霊はUiscaから受け取った剣を返しながら、ニッコリと笑顔で応えたのであった。
「“想い”だけ継ぎます。だって、私、水の精霊なので、火属性の武器は似合わないですから」
――と。
「我らに勝利を、か……」
水の精霊が船内に宣言した言葉を瀬崎・統夜(ka5046)は静かに繰り返した。
“あの戦い”での苦い記憶が蘇る。あの時、ハンター達は課せられた目的は達成した。だが、それは勝利と呼ぶには程遠いものだった。
(今度こそ、な!)
ただ黙って腕を突き上げて、彼は必勝を誓う。
歪虚を撃退し、船を護る。
その決意は、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)も同様だった。
「ソルラさん……貴女の遺した“想い”は、必ず繋いでみせます……」
刻令術式外輪船フライング・システィーナ号は、ソルラと多くのハンター達が繋いだものだ。
彼女自身も関わった事が無い訳ではない。それに、アルテミス小隊の拠点でもあったのだ。
「ヴァルナさん、これを」
「ありがとうございます、奏音さん」
夜桜 奏音(ka5754)から伝言用の符を受け取る。
船内には通信設備はあるが、確実に機能できるか分からない。それならと、符術師である奏音が準備したものだ。
その時、船内が激しく揺れた。バランスを崩した奏音の身体をヴァルナが咄嗟に支える。
「大丈夫ですか?」
「はい。この状況なら、敵艦は早急に対処しなくてはなりませんね」
フライング・システィーナ号に取り付いた歪虚船が激しく揺さぶっているのだ。
その度に船体は激しく揺れ、浸水報告や被害報告がブリッジに入る。
そして、この状況を打開できるのは、ここに集まったハンター達だけだ。
「もう後から知るなんて嫌ですし……あんな想いは、もうしたくありません」
その奏音の思いは、きっと、仲間のハンター達も同じはずだ。
ラジェンドラ(ka6353)がモニターに映るCAMを鋭い視線で見つめていた。
状況的にはランドル船長がやられた時とほぼ同じだ。結果的に言うと、ノセヤの油断だったかもしれない。だが、敵の方が一枚上手だったという事で、彼に責任はない。しかし、それでも、責任を感じて背負ってしまうのが、ノセヤなはずだ。
「気張りすぎだ、もう少し冷静になりな。俺達はノセヤの兄ちゃんの事を信頼しているからな」
甲板上の戦いは、ノセヤと別動のハンター達が向かう事になっている。
CAMがあるとはいえ、圧倒的有利とは限らない。それでも、勝利を信じるしかない。
「歪虚船に向かうのが第一だな」
「そういう事だね。完全水没していない区画を一気に通り抜けようか」
ラジェンドラの言葉に、モニターに表示されている被害状況を見ながら、キヅカ・リク(ka0038)が応える。
短い間だったが、充分に作戦の打ち合わせした。役割も決め、必要な準備も整えた。
「こんだけ、やれば、形にはなるでしょ」
今回、多くのハンターも協力してくれている。
“想い”を絆ぐ為に、これまで船と関わりが無かった人達も含め。一つの“想い”が多くの人の“想い”と繋がる。これこそが、人が持つ大きな力だと、彼は知っているから。
その“想い”の中で水の精霊はハンター達の出発の時を待っていた。
そこへ、ひと振りの剣を手渡すUisca Amhran(ka0754)。
「この剣は、ソルラさんが持ってた剣と対になるもの……貴女に預けます」
「私に……?」
意味が分からずも、水の精霊はしっかりと剣を受け取った。
「剣に込められた想いが、貴女を守りますよ。だから、戦いが終わったら、貴女の手で私に返して下さいね」
Uiscaの言葉に水の精霊はようやく意味を理解した。
「分かりました。皆さんも、必ず、帰ってきて下さいね」
真剣なその眼差しは、“あの時の戦い”を思い出させた。
胸を押しつぶすような圧力をUiscaはグッと堪る。
(ソルラさん、私はアルテミスを体現する勝利の女神を目指します)
心の中でそう誓った。
準備が整ったとみたリクが全員を見渡す。ソルラの戦死とソルラの姿を模した水の精霊との出逢いと触れ合い。ここまで来たのだ。あとは、この局面を乗り切るだけだ。
「よーし、んじゃ、行くか!!」
リクの宣言に仲間達は声を上げて応じた。
●戦いの前に
船内へと向かう仲間達の背を見届け、コントラルト(ka4753)は水の精霊へと声を掛けた。
「姉が会った精霊さんに、見てくれが一緒でも中身は別物でしょって意味を込めて会いに来てみたんだけど」
「……あ。違う人なのですね」
精霊は水の力を行使している為か、澄んだ青色の瞳をコントラルトへと向けていた。
彼女と姉は双子である。見た目は瓜二つでも、中身は違う存在という意味では、今の精霊も同じ立場かもしれない。
「歪虚の襲撃で面倒くさいことになったわね。さっさと、終わらせましょう」
「はい。私はここから離れられませんが、よろしくお願いします」
微笑を浮かべた精霊にコントラルトは頷くと踵を返す。
甲板上に出現した大型歪虚を討伐する為だ。
その甲板には1機のCAM。紫色の機体にはノセヤが搭乗している。
十色 エニア(ka0370)が愛用の大鎌を構えながら、ノセヤに言った。
「死を恐れないのは結構だけど、自身含め犠牲前提の戦術とか、どこの軍師が考えますか?」
もし、ノセヤの表情が見られれば彼はきっと、苦笑していただろう。
「私は軍師と呼べる程ではありませんよ……ただ、勝てるとみた時に最善の方法を選択するだけです」
「それが、自身の犠牲でも?」
「あるいは、皆さんの……だとしてもです」
犠牲は無い方が良いに決まっている。
だが、戦場とは常に不確実なものだ。何が起こるか分からない。
「気分が高ぶってると思うのだけれど、指揮官は心は熱くしても頭は冷静によ」
甲板に上がってきたコントラルトがエニアとノセヤの会話を耳にして、一言、釘を刺した。
「なるべく、各個撃破したい感じかな。折角、向こうより数が多いんだし」
出現した大型歪虚の数は3体。
対して、ノセヤを含むと、ハンター達は4人だ。
「敵威力不明だから回避はウィンドガストで」
片刃のアックスを構えながらメイム(ka2290)がノセヤに対して忠告する。
敵は棍棒のようなものを振り回している。当たればただでは済まないはずだ。
自身の身長とさほど変わらない巨大な盾を前面に広げた鳳城 錬介(ka6053)が頼もしそうにCAMを見上げた。
「ノセヤさんは、援護攻撃お願いします」
露天駐機してあったR7エクスシアは、元々、CAM運用テストを兼ねてフライング・システィーナ号に搭載されたものだ。
アルテミスという名を与えられた機体は、ソルラ・クート(kz0096)が搭乗するものだったという。武装も最低限だが、スキルトレースを活かすのであれば、接近戦より後方からの射撃や魔法が有効だろう。
「さて、それじゃ、行こうかな~」
メイムはそう言い出すと一気に甲板を駆け出した。
ハンター達の能力は便宜上、いくつかに整理されている。例えば、『筋力』や『知識』という風にだ。
覚醒時は一般人よりも飛躍的に上昇するそれらは、それゆえに、圧倒的な戦闘力を発揮する。
また、その能力は種族やクラス、そして、戦闘経験などによって差が生じる。普段の戦いなら、さほど、気にならなくとも、今回は違った。
「ノセヤさん、敵の動きを止めるから、中央の歪虚を撃って! 簡単に当てられるから」
真っ先に甲板に進んだメイムの動きは、コントラルトの作戦に齟齬を生み出した。
「抑えないで行くつもりだったけど……仕方無いわね」
彼女は踵から噴出しかけたマテリアルを抑えると、その場で機導術を練り始める。
本来であれば強力な炎を放つ機導術を歪虚共に向けるつもりだったからだ。
そして、この連携不足が、これからの苦戦に繋がるとは、その時、誰も思いもしなかった。
●甲板上の衝撃
コントラルトが撃った光の筋――デルタレイ――が大型歪虚に向かう。
その光が一際、眩く輝いたのは、祈りの力……なのかもしれない。マテリアルリンクと呼ばれるそれは、単なる祈りではない。覚醒者が願った力がマテリアルに反応して起こす奇跡のようなものだ。
だが、それとて、万能ではない。例えば、多くの人がソルラの無事を祈った時のように、その力は、効果を発揮する条件があるからだ。
「討ち……漏らした?」
祈りの力で威力が増大したコントラルトの機導術は右側の大型歪虚を一撃で粉砕した。
サイズが大きい敵であれば、複数箇所に攻撃が当たるので、そのおかげでもある。しかし、中央の1体は倒せなかった。
直後、その中央の大型歪虚から負のマテリアルが集束すると、一筋の黒いレーザーとなって、コントラルトへと放たれる。
「ッ……」
盾を構えてコントラルトは防ごうとしたが、それが無意味だと感じた。それほどの圧力だ。
傲慢歪虚特有の能力【懲罰】。
受けたダメージに対するカウンタースキル。その威力は受けたダメージが大きければ大きい程、強力になるのは言うまでもない。祈りの力で増大していたコントラルトの高威力の機導術は、それがアダとなった。
触れれば覚醒者といえども消し炭になってもおかしくはないそのカウンターを、ノセヤがCAMを操作して、咄嗟に庇う。
「ノセヤさん! コントラルトさん!」
轟音と共に錬介の焦った声が耳に入り、左側歪虚へと向かおうとしたエニアは振り返った。
そこには強大な負のマテリアルのレーザーを抑えるCAMの姿。
CAMが前面に盾のように押し出した大きな杖と、黒くて巨大なキャノンが分解しながら砕けていった。
「脱出して、ノセヤさん!」
一目でそれが異常な状況だとエニアは感じると叫んだ。
ノセヤはCAMから脱出しなかった。いや、コントラルトを庇っている以上、脱出する気は全く無かっただろう。
左腕と右脚が吹き飛び頓挫するCAMを真後ろから見つめるコントラルトにノセヤからの声が届く。
「コントラルトさん! もう一度、中央の敵だけに、機導術を!」
「それは……」
倒しきれなければ【懲罰】が再び飛んで来るだろう。
次は、自身もノセヤも無事では済まないかもしれない。それでも、ノセヤは撃てという。
熱くなりすぎ――そう一瞬思ったが、コントラルトはすぐに彼の考えが分かった。
【懲罰】に対しては、威力を抑えてダメージを積み重ねる方法がある。しかし、それでは長期戦が想定される。今回、敵の目的がフライング・システィーナ号の撃沈であるとするのであれば、大型歪虚との戦いを長期化させる訳にはいかないのだ。
それに、万が一、次の一撃で中央の歪虚を撃ち漏らしても、ダメージを与えた以上、倒すのは容易にもなる。そうなれば、残る敵は1体。
「分かったわ、ノセヤ君」
フッと微笑を浮かべてコントラルトはマテリアルを集中させる。
戦いが終わった後、水の精霊とゆっくりとお話する機会はなくなるかなという予感からだった。
「行くわ」
再び放たれた光の筋が中央の歪虚へと突き刺さる。
崩れ落ちながらも辛うじて耐え切った歪虚は【懲罰】を発動させる。
先程のものと比べると威力は低いが、それでも、覚醒者一人を葬るには十分な威力だ。
ノセヤがモニター画面を素早く操作してCAMが右腕で機体を持ち上げると、強引にコントラルトの壁となる。コントラルトもまた、盾を構えた。
直後、負のマテリアルのレーザーが二人を襲う。
残ったのはもはや、原型を留めていないCAMと、甲板に伏せて動かないコントラルトだった。
即座に錬介がコントラルトを介抱する。彼女は全身を負のマテリアルに焼かれて、瀕死の状況だった。すぐさま、回復処置しなければ、命の危険があるだろう。
「回復支援に集中しますので、トドメを!」
その台詞が言い終わる時には、エニアの魔法により、中央の歪虚は塵へと化していた。
●破穴の戦い
「考えてみれば、区画ごとに封鎖されているのは当たり前だったか」
リクが苦々しい表情を浮かべ、肩で激しく呼吸を繰り返していた。
浸水を防ぐ為に、区画の戸がしっかりと閉じられていたのだ。開けっ放しで来たが、きっと、サポートに回っている仲間達が上手く対応してくれているだろう。
「だが、時間的にはさほど、掛かっていないはず」
統夜が水中用の弾を拳銃に装填する。
ここから先は浸水区画だ。滝の様に溢れてくる区画の先を見つめる。
「急いだ方がいいな。作戦通り、一気に船に取り付かせてもらう」
応急薬の位置を確かめながらラジェンドラがそう言った。
今回、新しく取得したスキルだ。水の中だと移動に制限がかかる。回復役であるUiscaの負担を考えれば、魔法以外にも回復手段があるのは有効なはずだ。
「甲板の状況が芳しくない……でも、ここは一気に歪虚船をやろう」
符から届いた伝言は、甲板での戦いの状況だった。
開始早々、コントラルトとノセヤが戦闘不能。残った敵は1体だが、苦戦していると。
今から誰かを救援に向かわす事は可能だが、それでは、ここまで駆けてきた意味がない。
「絶対に、誰も欠けずに無事で戻ります」
そんな決意の言葉と共に、奏音は式神を水の中へと向ける。
これで浸水区画の中を確かめるのだ。視界を確保する為に、ハンター達も持ってきた灯りで際から照らす。
「式符で偵察させますね」
灯りのおかげで視界は問題ないだろう。
歪虚の姿はすぐに分かった。部屋の中央でどんと構え、その周囲を藻雑魔が漂っている。
その風貌から、歪虚船長は人型の姿のようだが、発せられる雰囲気から、強敵を思わせた。
更に奥には牙のような配列で鋭い木片に囲まれた漆黒の空間が見えた。歪虚船……だろう。
そこで式紙は敵の攻撃によって消滅した。
「それなら、手筈通りに……ですね」
Uiscaの言葉にヴァルナが頷く。
一気に歪虚船へと迫る為に、ヴァルナとリクが足止めになるつもりなのだ。
聖剣を正眼に構えた彼女は瞳を僅かな間、閉じた。
ソルラの姿を思い描いてからは彼女は瞼を開く。
「今度こそ、勝利を! 僭越ながら、その道は私が照らしてみせます!」
体内のマテリアルを極限まで高めて燃やす。
炎のオーラを纏い、ヴァルナは浸水している区画へ飛び込んだ。
先手必勝。突き出した剣先から光の槍の如くマテリアルが伸びる。
それは、歪虚船長と後方の藻雑魔を貫いた。
「……ッ!?」
マテリアルの光が貫いた歪虚船長の腹部と同じ箇所に、ヴァルナは痛みを感じる。
鎧下なので分からないが、出血しているだろう。それでも、彼女は気丈にも耐えた。この程度の傷、まだ怪我とはいえない。
(この能力、話に聞いたズールの【懲罰】と似ていますね)
傲慢歪虚特有の能力である【懲罰】は謎が多いスキルだ。
恐らく、個体差がある能力なのだろうが、どうやら、回避や受けが可能なタイプと、強い精神力で無効化できるタイプがあるのかもしれない。
先行したヴァルナを囲うように藻雑魔が迫る中、歪虚船長の曲刀が迫る。
受け止めようとした攻撃をリクが割って入ってきた。彼は巨大な盾でそれを受け止める。
「此奴は、僕が」
恐らく、声を通じればそう言っていただろうリクの視線。
ヴァルナは頷くと迫ってくる藻雑魔へと聖剣を向けた。
敵の足を止めている間に、他のハンター達は水中を進む。
効率よく歪虚船へダメージを与える為には接近、か歪虚船の中に乗り込む必要があると推測しての事だ。
(これなら、外す事はないか)
統夜が魔導機械の特性を持つ拳銃を構える。
これと水中用特殊弾のおかげで、本来は水中で使えないはずである銃撃が可能なのだ。
(今回は、いや今度こそ! 誰も死なせたりはしねぇ!!)
甲板での防戦がいつまで保つか分からない。
一刻も早く駆けつける為には、この目の前の敵をどうにかさせないといけない。
心の中で叫びながら、統夜は引き金をひいた。
歪虚船はハンターの攻撃を避ける様子は見られない。他に隠れている存在も居ないと確認し、ラジェンドラも歪虚船を攻撃できる位置へと移動する。
(俺は……)
体内のマテリアルを高める――その最中に、妹やソルラ、ランドル船長、先に逝って者達の姿を思い浮かべた。
(……俺は、あいつらが守りたかったものを守る)
それが今の自分に出来る事なのだから。
彼から放たれたマテリアルの炎は祈りの力で増幅し、歪虚船を激しく焼いた。
その直後に幾つかの符が魚のように水の中を駆け巡り、光り輝く結界を構築する。
奏音が符術を行使しているのだ。結界の光はいつもよりも幾重にも重なっていた。
「三千の力と、五行の理を持って、千里を束ねよ、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ!」
言葉で発するとそんな呪文になる文を符とマテリアルを使って水中に描く。
(この一撃で決めるつもりで、全力でいきます)
達筆な字が結界の中に『五色光符陣』と出現した時、結界内の光が一際輝いた。
予備でセットしたあった符を第二の発動体とするスキルで威力を上乗せしているのだ。更に祈りの力も加わり、強力無比な一撃となった。
激しく揺れる歪虚船。
先程の符術が効いているのだろう。追撃を加える為、Uiscaが歪虚船の中へと乗り込んだ。
(もう、ソルラさんを死なせませんっ!)
掲げた杖の先から翡翠色の光の龍が現れ、光の波動が周囲に広がる。
マテリアルリンクの力で増大した波動が歪虚船の構造物を次々に破壊していく。
念の為に【懲罰】を警戒して盾を構えていたが、この歪虚船にはその能力は無さそうだった。
ハンター達はお互いに目を合わせて頷きあった。
カウンターが無いと分かれば、全力を出し切って一気に勝負をつけるだけなのだから。
●苦戦
重体となった仲間を応急処置した上で、船員達に引き渡した錬介は盾を構えて再び前線へと向かう。
残った歪虚は甲板の淵近くまで場所を移動していた。
「苦情は、勝ってから聞くから~」
メイムが斧を振り上げて、少しずつ歪虚を強制的に後退させていたのだ。
その行き先は、甲板の淵――海だった。高さはそれなりにあり、ちょっとした崖ほどはあるだろうか。
「大丈夫かな」
風の力を纏ったエニアが心配そうな声を上げながらも、歪虚の強力な攻撃を避ける。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせて!」
エニアが放った魔法攻撃が歪虚にダメージを与えていく。
直後、【懲罰】が放たれるが、それをエニアは気にした様子なく避けて見せた。
「避けや受けができるタイプの【懲罰】で助かったよ」
そうでなければ、エニアもまた、コントラルトと同じように【懲罰】によって戦闘不能となっていただろう。
一方のメイムも無傷であった。
敵がエニアに対して積極的に【懲罰】を使っていたというのもあるし、自前で回復手段を用意していたのも大きい。
また、ハンターばかりに攻撃をしてくる訳でもない所も多い。
「もう、いっちょ~」
メイムが全体重と集中したマテリアルを斧に込めて叩きつける。
金属皮膚が恨めしい程硬い。あまり、ダメージを与えられていないのでは――という気になる。
それでも、スキルとしての能力には有効だ。歪虚はいよいよ、甲板の端まで追い込まれた。
そんな状況なのに、歪虚はハンターへ攻撃するのを優先しない。巨大な棍棒で甲板を叩く。
「落ちて砕けろ~」
ガンっと踏み込んだメイムの一撃。
歪虚は為すすべもなく、ゆっくりと、スローモーションのように身体を傾け……甲板から直下の海へと落下した。
轟音が響き、水柱が立つ。
「どうかな~」
「これで、倒せていればいいけど……」
揺れる船の上で体勢を維持しつつ、海の覗きこむ。
海面までは数階分の建物と同じ高さはある。いくら、海とはいえ、その高さから落ちれば、ただでは済まないはずだ。
「……う、動いてるー!?」
メイムは驚きの声を上げた。
確かに、一般人であれば、その高さから海に落ちれば大怪我、打ちどころか悪ければ、即死する場合もある。
だが、訓練すれば一般人でも飛び込みが可能な高さでもあるし、そもそも、歪虚は一般人とは桁違いのタフさを持つ。
二人の攻撃でダメージが積み重なったとしていても、その程度では塵とは化さなかったのだ。
「コントラルトさんの魔法攻撃はそれだけ強力だった……という事ね」
早期に撃破すれば、それだけ歪虚が船に与えるダメージが少なくなる。
船を沈めない――ノセヤにとって作戦の目的はそこにあり、彼の行動は、全て、そこにあったのだろう。
「さて……どうしようか。私の方はマテリアルが……」
エニアは苦しそうな表情を浮かべた。
甲板上からは海までは距離がある。ブリザードを操るマテリアルは枯渇しかけているし、グラビティフォールは射程が短い上に効果範囲が広いので、どうしても船を巻き込んでしまう。予備武器のショットアンカーは届かない。
メイムに至っては斧と盾だけだ。魔力を纏わせた相棒で攻撃をさせる技は、セットが外れていたのが、今となって悔やまれる。
ハンター達が見守る中、海面に上半身を浮かばせた歪虚が棍棒で船体を叩き出した。船の吃水線に穴が開けば致命傷にもなり得る。
「……後は、飛び込むしかないですね」
この場に追いついた錬介が淡々と言った。
このまま船内の仲間が応援に来るのを待つという手もあるだろう。だが、海に落ちた歪虚が船体に対して攻撃を続けている以上、無視する訳にもいかない。
そして、泳ぎながら倒せるかというと、これまでの戦いを思うと殲滅力が足らないのは明らかだ。
「二人は応援が来た時の誘導をお願いします」
だから、錬介は覚悟を決めた。
今、この場で時間を稼げるのは自分しかいないのだと。
盾と魔法による回復能力を活かして、仲間が到着するまで耐えるつもりなのだ。
「……死んだら、ダメだよ。誰の命も……見送らないからね」
「我らに……勝利を」
エニアの台詞に錬介はそう答えると、海へと飛び込んだ。
重装備な状態でも飛び込んだ時に大きな怪我をしなかったのは、彼の無事を祈った者が起こした奇跡だったかもしれない……。
●討伐
聖剣で受け止め、あるいは、避ける。
雑魚とはいえ、同時に数体の藻雑魔を相手にヴァルナは善戦していた。船内が激しく揺れた隙を突かれる場合もあり、全身が傷だらけだ。
逆に藻雑魔は水中での戦いで有利なのか、船内の揺れに影響が出ているように見えない。
(まだ、退きませんよ)
藻雑魔の攻撃に対し、カウンターを入れる。あるいは、防具で受け止める。
ヴァルナは持てる力、全てを投入してでも時間を稼いでいた。
歪虚船長の足も止まっていた。こちらはリクがサシで抑え込んで敵の猛攻を前に一歩も退かない。
「汝、自害せよ」
水の中というのに、重々しい声が歪虚から発せられ、ハンター達の頭の中に響いた。
【強制】の能力だ。負のマテリアルが歪虚船長から周囲に広がる。
その圧力がハンター達に襲いかかる。圧力に屈した時、【強制】の能力で自害する事になるのだ……。
「意゛地゛か゛あ゛る゛ん゛だ゛よ゛! 男゛の゛子゛に゛は゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
リクもまた水の中だというのに、強引に声を発し、負のマテリアルを跳ね除けた。
喉を突き破る勢いで肺へと入ってくる海水。苦しいのは一瞬の事で、すぐさま、呼吸が出来るようになった。
これが、水の精霊の加護の力なのだろう。
(あの日の弔いと共に、継いだ意志は、この盾が砕けようとも護って見せる!)
ドンっと力強く構えて歪虚船長の攻撃を受け止めた。
次の攻撃に備えた時だった。これまでの振動とは違う揺れが船内に広がる。
歪虚船が塵となって崩れていくのだ。ポッカリと空いた穴が海底へ誘っているようでもあった。
(新しい技の性能試験だ)
手に持った回復薬をマテリアルで包み、ラジェンドラが新しく取得した機導術を行使していた。
抽出された純粋な回復エネルギーがヴァルナに溶け込むように流れると、彼女の傷が一つ、消えた。
ヴァルナはその援護を受けて藻雑魔の攻撃をカウンターする。踏み込んだ一撃は藻雑魔の身体を貫通し、文字通り、海の藻屑へと変えた。
(【強制】に掛かった人はいない!)
周囲を見渡して心の中で叫ぶ。
時折、歪虚船長が【強制】を苦し紛れに放ってくるのだが、ハンター達は全員が抵抗に成功していた。
(使用回数に到達したみたいだな)
(一気に畳み掛けましょう)
ラジェンドラと奏音が目を合わせてそんな会話をする。
警戒していたのは【懲罰】だった。だが、リクとの戦いで使い切った模様だった。
立て続けに機導術と符術を受けて、残っていた藻雑魔は全滅。この状況に、歪虚船長は不利を悟った。
空いた穴から逃げようとした動きを見せた所で、マテリアルの銃弾が歪虚船長の動きを止める。
(逃がしはしねぇさ!)
統夜が放っている銃撃だった。
移動する事はもちろん、何かの行動すらも困難な様子で、気持ち悪く身悶えるのみとなった。
チャンスとばかりにUiscaが杖の先端を向けて、光の波動を放つ。
同時にリクも魔腕の手で指鉄砲を作り、その先端から炎の渦が迸った。
(我らに勝利を、です!)
「想゛い゛は゛絆゛く゛!」
光の波動と共に炎が渦を巻き、二重の“想い”の波が生まれる。
二人の魔法が歪虚船長を容赦なく直撃し――歪虚は塵となって消え去った。
歪虚船長を討伐した一行は、一度、浸水区画外へと出た。
自分達の目的は達した。歪虚船を撃退すれば、後は浸水を止めるだけだ。
「甲板も気になる。二手に別れよう」
リクは仲間達を見渡して宣言する。
異論を唱える者はいない。
「浸水区画にはまだ、藻雑魔が残っている可能性があります。私が残りますね」
符の準備をしながら奏音が言った。
その横をヴァルナとラジェンドラが並ぶ。残ったハンター達は頷きあうと、通路を走り出した。
「瀬崎の兄ちゃんよ!」
ラジェンドラの呼び声に振り返った瀬崎に回復薬が投げ渡される。
「持っていけ。何かの足しになるだろう」
「必要な時に使わせて貰う」
瀬崎はライフルを掲げながら走り出した。
●沈まない“想い”を
幾度目かの回復魔法。
船体を守る為に盾を構えて攻撃を受け止める錬介は、その衝撃で棍棒と船の間に挟まれていた。その度に回復魔法を行使するが、そろそろ、マテリアルが尽きつつある。
「くっ……」
喉を込み上がってくる何かを強引に飲み込む。
消えてしまいそうな意識を気力だけで繋ぎ留める。
「……貴女が、皆が、守りたかったものを俺が守ります」
そう、あの日、王都の慰霊碑で誓った。
フライング・システィーナ号はただの船ではない。あの人の“想い”そのものなのだから。
「“想い”を、沈めさせません!」
全身の力を、出せる限りのマテリアルを振り絞り、錬介は、今一度、歪虚の攻撃を受け止める。
轟音と共に身体が盾と船体の間に挟まれた。
その衝撃だけで、このまま四散してしまうのかという程の圧力だ。
その時、同時に幾つもの光の筋が歪虚へと降り注いだ。船内に居た仲間達が到着したのだろう。錬介は自らの役目を果たしきったと確信する。後は……任せて大丈夫だと。
見上げて甲板を確認しようとしたが、彼の体力もここまでだった。緊張の糸がほぐれ、遠のく意識と共に、錬介は海の中へと沈む。
朦朧とする中、揺らめく水面に映る太陽が輝く満月のようだと思った。
(……)
届くはずがない。それでも、彼は無意識に手を伸ばす。
直後、その腕を掴まれ、引っ張られた気がした。
(――ありがとう)
そんな言葉が彼に聞こえたかもしれない。
だが、腕を引っ張る人物と声の主を確かめる前に、錬介は意識を失った。
●サポーター達
船首右側への浸水に対し、フライング・システィーナ号はバランスを保つ為に船尾左側の区画に注水作業を行っていた。
檜ケ谷 樹(ka5040)は汗だくになりながら、バルブを捻る。
「……これで、よしっと」
船のダメージコントロールはどこも人手が足りない状況だった。
歪虚船による船体の揺さぶりは、覚醒者ではない一般人には極めて危険だったからだ。壁や備え付けの設備に身体を打ちつければ、怪我もする。
樹が次の区画へと向かおうとした所で、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)から通信が入る。
「浸水を止めたから今度は排水作業です。第20兵室の排水に向かって下さい」
沈没が免れたのは比較的速やかに歪虚船を排除できた事の影響だろうか。
沈没せずに済んだのは、ダメージコントロールの結果も影響しているだろう。
星輝 Amhran(ka0724)が苦笑を浮かべながら天井を見上げた。
「休む暇が無いわ」
補修する大きさに合わせる為に角材をひたすら切り刻んでいたのだ。
時には危険な箇所にも率先的に飛び込んで補修を手伝っていた。
近くの通路を浅黄 小夜(ka3062)が走り回っていた。魔法による支援を試みたが、流石に船自体にウォーターウォークをかけるのは無理があったようだ。
その為、補修に必要な物品を取りに駆けていたのだ。一応、覚醒者である。一般人よりも動きは良い……はずだ。
「リクのおにいはんの為に……もう少しやぁ……」
走っている小夜を見かけて、カール・フォルシアン(ka3702)が声を掛ける。
「小夜さん、包帯と固定する為の物をなんでもいいので、できるだけ、お願いできますか?」
彼は負傷した船員の治療に回っていたのだ。
足を怪我したり、設備に身体を挟まれた者を救助していた。船員が復帰すれば、その分、応急処置は進むのだから。
その時、船内にヴァイス(ka0364)の声が響いた。
「敵は撃退した。後はこの船が沈まなければ、俺達の勝利。さぁ、もうひと踏ん張りだ」
ヴァイスは船内の士気を保つ為に船内放送を続けていのだ。
そして、同時にソルラの“想い”を護るという使命も合わせて伝えていた。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)は自身の通信機から流れてくるヴァイスの言葉を通信装置が壊れて届かない場所へ拡張器を持って伝えて回っていた。
「さぁ、もう少しですよ」
疲労困憊の小隊員に声を掛けつつ、フィルメリア自身も角材を抱える。
少し行儀悪いが、足で障害物を排除しつつ、効率的に船の応急処置を進める。
「レムさんの手に掛かれば、これぐらいぃぃ!」
顔を真っ赤にしながらレム・フィバート(ka6552)が元気に壁を抑えていた。
今にも水の圧力で崩壊しそうな区画の壁だ。小隊員らが角材で補強するまでの間、全身で壁を支えている。
「あぁ! ちょっと、スカート!」
隙間から勢いよく入ってきた海水が彼女の服を直撃していた。
こうして、戦闘以外にも船員の救護や船体の応急処置にハンター達は力を尽くした。
船員の回復支援を行っていたエイル・メヌエット(ka2807)が連絡を受けて駆け寄った。
海から救助されたばかりのハンターが酷い状態にあった。ハンター達が持っていた回復薬で応急手当されているが、最悪、死亡する恐れがあるだろう。
「誰のことも死なせない」
そんな決意と共にエイルは簡易的な回復の術式を行使しつつ、祈りの力を集中させていく。
温かな光が甲板に広がった。
指揮官であるノセヤも含め、船内には何人か重体者を出したが、一人として死者は出さなかった。
船の損害も応急処置が適切に行われ、港町が近かった事も幸を期し、ドックでの修理はさほど時間は要さない様子だ。
フライング・システィーナ号の無事は、やがて訪れるはずであるイスルダ島奪還作戦で大きな意味を持つ事になるのであった。
おしまい。
●水の精霊
港町へと向かうフライング・システィーナ号。そのブリッジにハンター達は集まっていた。
一同の前には、力を行使し過ぎたのか、水の精霊は眠るように椅子に全身を預けている。
精霊の力が弱まっている。そんな風にハンター達には見えた。
「……わたし達、勝ったんだよね?」
エニアの言葉に一同は頷けなかった。
CAMは全壊したが、ノセヤに命の危険はない。フライング・システィーナ号は小破程度だ。
歪虚の襲来で船が沈む可能性が高かった事を思えば、大勝利なはず……。
「これじゃ……これじゃ、また……」
悔しそうにラジェンドラが呟く。
台詞の続きは出てこなかった。誰もがその先を理解していたから。
ソルラを失い、その姿を模した水の精霊もまた失うというのは、二重の苦しさだと。
「……くそ」
「ここまで来て……」
「……」
ギリギリと歯を食いしばる者、脱力しきってただ呆然とする者、祈りの言葉を紡ぐ者、様々だった。
作戦は完璧ではなかった。だが、誰もが最善を尽くしたはずだった。暗い雰囲気になるのも無理はない。
そんな中、扉が開き、コントラルトがリクに身体を支えて貰いながらブリッジに現れた。重体な為、絶対安静だったのだが、同じように横になっている錬介やノセヤから見に行って欲しいと頼まれての事だ。
「会いに来たよ」
その言葉に、水の精霊が目を開いた。
突然の歪虚の襲来でゆっくりと会話が出来なかったから。
「大精霊の元に帰る?」
「はい……。力を急激に失った精霊は、消滅するか大精霊の元に帰ります」
水の精霊の台詞にブリッジが静まる。
ただただ、その別れが来る時を待つというのか。
再び眠るように水の精霊は目を閉じる。
「私は大精霊の元に帰ります」
「そう……か……」
「……でも、それは、ずっと先の事。皆さんがソルラさんから受け取った“想い”が、この先、どう繋がれていくのか、見届けてからです」
微笑を浮かべた水の精霊に、ハンター達はどういう事かと目を合わせあう。
「それが、精霊である私にしか出来ない事。“想い”が確かに継っていくのを、私は見てみたいのです。だから、私はその役目を全うする為に、“想い”を見届ける為に、その“想い”の持ち主の名前を名乗りたいと思います」
そう締めくくった言葉と共に、ブリッジが歓喜に包まれた。
水の精霊は自分の成すべき事をみつけ、その名前も決めた。それは、ハンター達の行動の結果が導いた事だ。
“想い”は、か細い運命の糸を手繰り寄せ、ハンター達の手に、今ある。
それをこれから先も、繋げていくかは――これからに掛かっている。
「ちゃんと絆ぐさ。だから、しっかりと見届けて欲しい。僕達の未来を」
リクが愛する人の肩を寄せながら、力強く、そう宣言した。
その光景に、周囲から冷やかしの声や祝福する声が挙がる。
やんややんやと急に騒がしくなったブリッジの中で、Uiscaが水の精霊に近付くと言葉を口にした。
「貴女が、ソルラさんの剣を継ぐ時が来ましたね」
水の精霊はUiscaから受け取った剣を返しながら、ニッコリと笑顔で応えたのであった。
「“想い”だけ継ぎます。だって、私、水の精霊なので、火属性の武器は似合わないですから」
――と。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- 近衛 惣助(ka0510) → 鬼塚 陸(ka0038)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796) → 鬼塚 陸(ka0038)
- 夢路 まよい(ka1328) → Uisca=S=Amhran(ka0754)
- カーミン・S・フィールズ(ka1559) → 夜桜 奏音(ka5754)
- ジルボ(ka1732) → Uisca=S=Amhran(ka0754)
- 弓月 幸子(ka1749) → ラジェンドラ(ka6353)
- テオバルト・グリム(ka1824) → 鳳城 錬介(ka6053)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531) → 鬼塚 陸(ka0038)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → Uisca=S=Amhran(ka0754)
- 鍛島 霧絵(ka3074) → 鳳城 錬介(ka6053)
- ミオレスカ(ka3496) → メイム(ka2290)
- 綾瀬 直人(ka4361) → 夜桜 奏音(ka5754)
- ライラ = リューンベリ(ka5507) → ラジェンドラ(ka6353)
- エステル(ka5826) → コントラルト(ka4753)
- りり子(ka6114) → コントラルト(ka4753)
- 和音・空(ka6228) → コントラルト(ka4753)
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/06/29 00:08:05 |
|
![]() |
質問卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/06/30 21:52:52 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/06/29 22:01:59 |
|
![]() |
相談卓2 夜桜 奏音(ka5754) エルフ|19才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2017/06/30 21:36:59 |