ゲスト
(ka0000)
【魔装】傲慢の街
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/07 15:00
- 完成日
- 2017/07/18 01:35
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●アリトゥス
大きい詰所から轟音と共に火の手が上がる。
治安維持の為に詰めていたフレッサ領の私兵達が大声を出しながらレタニケの街の大通りを走っていた。
それは、歪虚の襲来を告げていた。先日、街中に現れた雑魔を退治して安心していた住民達は大混乱となった。
「どうしたのじゃ!?」
オキナが通りを走るフレッサ領の私兵を呼び止めた。
見れば、革鎧が傷だらけだった。
「留置場に居た犯罪者達が堕落者と化して暴れている! 住民は一刻も早く逃げないと!」
「なんじゃと!」
兵士を住民の避難に向かわせ、オキナは街中を走る。
これは予定外の動きだ。レタニケの街は無傷でフレッサ領が併合する――それが、ネル・ベルの狙いだったとオキナは知っているから。
「邪魔じゃ、どけい!」
アルケミストデバイスを操作し、マテリアル状の三角錐を形創ると、回転しながら各頂点から光の筋は放たれる。
それらが路地から姿を現した堕落者共に突き刺さった。
「ダメだよ。後で私が食べるんだから」
まるで遊んでいるかのような声がして、振り返ると、そこには、希の姿を模した歪虚――アリトゥス――が屋根の上に立っていた。
「よさんか! こんな事すれば、目論見が全て潰えるぞ」
「ネル・ベルの、ね。私には関係ないわ」
「どういう事、じゃ」
残った堕落者共を再びスキルを放って殲滅させるオキナ。
残忍な笑みを浮かべながらアリトゥスが屋根から降りた。
「あの豚羊亡き今、後ろ盾のないネル・ベルは怖くないわ。ネル・ベルが持っていた物、全て、私が貰うから」
ネル・ベルの主はフラベルである。そのフラベルは黒大公ベリアルの配下。つまり、ネル・ベルは黒大公の庇護の下にあったという訳だ。
それが、先の大きな戦で、王国軍とハンター達によって黒大公は討たれた。黒大公の軍勢の生き残りはほぼ壊滅。残ったのも、“ニンゲンに敗れた愚かな豚羊の配下”という烙印を押され、その先がどうなるかは安易に想像できる。
「……根こそぎ奪っていくつもりか。そうはさせんぞ」
「私を倒せるつもり?」
一触即発の状態。
そこへ、疾風の如く、巨大な犬のような姿の歪虚が姿を現し、オキナに並んだ。
「行ッテ。此奴、主ノ裏切リ者。許サナイ」
「ネオピアか。恩に着るぞ」
踵からマテリアルの光を噴出しながらオキナは駆け出した。
この状況を一刻も早く主であるネル・ベルに伝える為だ。陰謀は失敗しても、アリトゥスの狙いは伝えなければならない。
場合によっては、イスルダ島の歪虚が全てが敵に回ってしまう可能性もある。
「行かせないって!」
「ソレハ、コチラノ台詞ダ」
追いかけようとしたアリトゥスの前にネオピアが立ち塞がる。
「このクソ犬が! 邪魔よ!」
負のマテリアルが宙を飛んだ。
それをネオピアは俊敏な動きで避ける。その隙にオキナは遠く、路地の中へと消えていった。
「まぁ、どうせ、間に合わないだろうけど。今頃、ネル・ベルはハンターに討たれてるだろうからね~」
アリトゥスはニヤリと笑った。
●ネオピア
傲慢の歪虚アリトゥスと堕落者ネオピアとの戦いは周囲の建物を壊しながら、まるで、嵐のようだった。
格の上では、アリトゥスの方が上だろう。しかし、ネオピアも身体能力の高さを活かし、善戦する。
「もう、いい加減、邪魔! 邪魔邪魔邪魔!」
オキナも追いかけないといけないし、それに、街中で右往左往する人間らからマテリアルを喰らいたい所でもある。
微々たる量でも、これだけの規模の街であれば、それなりにはなるはずだから。
なのに、この犬歪虚が邪魔するのだ。
「しつこいんだよ!」
全方位に向かって負のマテリアルを放つアリトゥス。
それをネオピアは避けられたはずだった。
「ガゥー!!」
「あは? ねぇ、馬鹿なの? 犬を庇うなんて」
戦いに巻き込まれた瀕死の小犬をネオピアは庇っていた。
立て続けに負のマテリアルの矢を放つアリトゥス。それをネオピアは避ける事が出来ず、まともに浴び続ける。
「あ! 良い事思いついた!」
残忍な表情を浮かべ、アリトゥスは両手を広げた。
「畜生は畜生らしく、本気で暴れなさい」
傲慢の歪虚が使える【強制】の能力だ。
傷つく前のネオピアなら対抗できただろう。だが、子犬を庇って受け続けていたダメージが蓄積された状態では【強制】に抵抗できる力は残されていなかった。
全身の毛が逆立ち、何処までも響くような咆哮をあげるネオピア。【強制】による【限界突破】だ。
「ガァァァァ!!!」
立ち並ぶ家々を容赦なく破壊していく犬歪虚に侮蔑の視線を向けるアリトゥス。
「ちょうどいい目くらましにもなるわ。どうせ、ハンター達も居るんだし」
そして、アリトゥスは街中へと消えていった。
街に存在する全てのマテリアルを根こそぎ喰らう為に……。
●出撃準備
鳴月 牡丹(kz0180)は険しい表情で、宿の自室から街の様子を眺めていた。
逃げ惑う人々、火事場泥棒、そして、堕落者や雑魔。
フレッサ領の私兵達は収拾困難として街外への避難を呼び掛けている。その選択は間違いないだろう。
「滞在していた街が歪虚の襲撃を受けて混乱しているなら、ボクが自衛の為に動けるという事だよね」
キュっと拳を握る牡丹。
希は街がこうなる直前に出掛けていった。代わりに護衛のハンターを要請したという事なので、準備は万全だ。
「居る……感じる。あの、歪虚は必ず、この街に」
そんな予感を牡丹は感じていた。
傲慢の歪虚アリトゥス。返さないといけない借りがある。
「それに、ライルが護ろうとした街をこのままにしておく事もできないからね」
住民を守りつつ、歪虚も退けるのは大変な事だろう。
だからこそ、仲間が居る。所詮、人が一人で出来る事など、限られるのだ。
「さぁ、早く来なよ!」
待ち遠しいそうな表情で牡丹は部屋の入口を見つめた。
大きい詰所から轟音と共に火の手が上がる。
治安維持の為に詰めていたフレッサ領の私兵達が大声を出しながらレタニケの街の大通りを走っていた。
それは、歪虚の襲来を告げていた。先日、街中に現れた雑魔を退治して安心していた住民達は大混乱となった。
「どうしたのじゃ!?」
オキナが通りを走るフレッサ領の私兵を呼び止めた。
見れば、革鎧が傷だらけだった。
「留置場に居た犯罪者達が堕落者と化して暴れている! 住民は一刻も早く逃げないと!」
「なんじゃと!」
兵士を住民の避難に向かわせ、オキナは街中を走る。
これは予定外の動きだ。レタニケの街は無傷でフレッサ領が併合する――それが、ネル・ベルの狙いだったとオキナは知っているから。
「邪魔じゃ、どけい!」
アルケミストデバイスを操作し、マテリアル状の三角錐を形創ると、回転しながら各頂点から光の筋は放たれる。
それらが路地から姿を現した堕落者共に突き刺さった。
「ダメだよ。後で私が食べるんだから」
まるで遊んでいるかのような声がして、振り返ると、そこには、希の姿を模した歪虚――アリトゥス――が屋根の上に立っていた。
「よさんか! こんな事すれば、目論見が全て潰えるぞ」
「ネル・ベルの、ね。私には関係ないわ」
「どういう事、じゃ」
残った堕落者共を再びスキルを放って殲滅させるオキナ。
残忍な笑みを浮かべながらアリトゥスが屋根から降りた。
「あの豚羊亡き今、後ろ盾のないネル・ベルは怖くないわ。ネル・ベルが持っていた物、全て、私が貰うから」
ネル・ベルの主はフラベルである。そのフラベルは黒大公ベリアルの配下。つまり、ネル・ベルは黒大公の庇護の下にあったという訳だ。
それが、先の大きな戦で、王国軍とハンター達によって黒大公は討たれた。黒大公の軍勢の生き残りはほぼ壊滅。残ったのも、“ニンゲンに敗れた愚かな豚羊の配下”という烙印を押され、その先がどうなるかは安易に想像できる。
「……根こそぎ奪っていくつもりか。そうはさせんぞ」
「私を倒せるつもり?」
一触即発の状態。
そこへ、疾風の如く、巨大な犬のような姿の歪虚が姿を現し、オキナに並んだ。
「行ッテ。此奴、主ノ裏切リ者。許サナイ」
「ネオピアか。恩に着るぞ」
踵からマテリアルの光を噴出しながらオキナは駆け出した。
この状況を一刻も早く主であるネル・ベルに伝える為だ。陰謀は失敗しても、アリトゥスの狙いは伝えなければならない。
場合によっては、イスルダ島の歪虚が全てが敵に回ってしまう可能性もある。
「行かせないって!」
「ソレハ、コチラノ台詞ダ」
追いかけようとしたアリトゥスの前にネオピアが立ち塞がる。
「このクソ犬が! 邪魔よ!」
負のマテリアルが宙を飛んだ。
それをネオピアは俊敏な動きで避ける。その隙にオキナは遠く、路地の中へと消えていった。
「まぁ、どうせ、間に合わないだろうけど。今頃、ネル・ベルはハンターに討たれてるだろうからね~」
アリトゥスはニヤリと笑った。
●ネオピア
傲慢の歪虚アリトゥスと堕落者ネオピアとの戦いは周囲の建物を壊しながら、まるで、嵐のようだった。
格の上では、アリトゥスの方が上だろう。しかし、ネオピアも身体能力の高さを活かし、善戦する。
「もう、いい加減、邪魔! 邪魔邪魔邪魔!」
オキナも追いかけないといけないし、それに、街中で右往左往する人間らからマテリアルを喰らいたい所でもある。
微々たる量でも、これだけの規模の街であれば、それなりにはなるはずだから。
なのに、この犬歪虚が邪魔するのだ。
「しつこいんだよ!」
全方位に向かって負のマテリアルを放つアリトゥス。
それをネオピアは避けられたはずだった。
「ガゥー!!」
「あは? ねぇ、馬鹿なの? 犬を庇うなんて」
戦いに巻き込まれた瀕死の小犬をネオピアは庇っていた。
立て続けに負のマテリアルの矢を放つアリトゥス。それをネオピアは避ける事が出来ず、まともに浴び続ける。
「あ! 良い事思いついた!」
残忍な表情を浮かべ、アリトゥスは両手を広げた。
「畜生は畜生らしく、本気で暴れなさい」
傲慢の歪虚が使える【強制】の能力だ。
傷つく前のネオピアなら対抗できただろう。だが、子犬を庇って受け続けていたダメージが蓄積された状態では【強制】に抵抗できる力は残されていなかった。
全身の毛が逆立ち、何処までも響くような咆哮をあげるネオピア。【強制】による【限界突破】だ。
「ガァァァァ!!!」
立ち並ぶ家々を容赦なく破壊していく犬歪虚に侮蔑の視線を向けるアリトゥス。
「ちょうどいい目くらましにもなるわ。どうせ、ハンター達も居るんだし」
そして、アリトゥスは街中へと消えていった。
街に存在する全てのマテリアルを根こそぎ喰らう為に……。
●出撃準備
鳴月 牡丹(kz0180)は険しい表情で、宿の自室から街の様子を眺めていた。
逃げ惑う人々、火事場泥棒、そして、堕落者や雑魔。
フレッサ領の私兵達は収拾困難として街外への避難を呼び掛けている。その選択は間違いないだろう。
「滞在していた街が歪虚の襲撃を受けて混乱しているなら、ボクが自衛の為に動けるという事だよね」
キュっと拳を握る牡丹。
希は街がこうなる直前に出掛けていった。代わりに護衛のハンターを要請したという事なので、準備は万全だ。
「居る……感じる。あの、歪虚は必ず、この街に」
そんな予感を牡丹は感じていた。
傲慢の歪虚アリトゥス。返さないといけない借りがある。
「それに、ライルが護ろうとした街をこのままにしておく事もできないからね」
住民を守りつつ、歪虚も退けるのは大変な事だろう。
だからこそ、仲間が居る。所詮、人が一人で出来る事など、限られるのだ。
「さぁ、早く来なよ!」
待ち遠しいそうな表情で牡丹は部屋の入口を見つめた。
リプレイ本文
●住宅街
全員で宿場一帯を捜索した一行は、それぞれ、班に分かれてレタニケの街に散らばる。
途中、雑魔を打ち倒し、あるいは、逃げ遅れた人を誘導。街の混乱がピークなのは、すぐにでも分かった。
「この騒ぎよう……奴ではないかのぅ」
グサリと刺さるような胸の傷が疼き、胸に手を当てた星輝 Amhran(ka0724)の呟き。
あれは厄介な歪虚ではあるが、力押ししてくるようなタイプではない。
どちらかというと、狡猾に動き回って、なかなか表に出てこないタイプだ。
街で暴れれば目立つ。その結果、思わぬ反撃を受ける事を経験しているというのも知っているはず。
「ネル・ベルは最悪のタイミングで最悪の行動を起こすタイプだから、これはらしくないなァ」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が煙草の煙を立てながら言った。
あれはそういう歪虚だ。最悪のタイミングだったのは、領主であるライルが堕落者と判明した時の方だっただろう。このタイミングで動くのは、やはり、らしくない。
となると、騒ぎを引き起こしている者は誰なのか。
「どこに隠れていようとも必ず息の根を止めてやる……!」
銀色のライフルを手に、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が真剣な眼差しを街中へと向ける。
相手がどんなに小賢しい歪虚だろうと、どんなに強大であったとしとも、彼女の牙は引き下がらない。妹を殺した憎き歪虚を悉く蹂躙し、この世から完全に消し去るその日まで、牙は研ぎ澄まされ続けるのだ。
住宅街の屋根の上、アイビス・グラス(ka2477)が辺りを見下ろす。
「久しぶりに牡丹さんと会えたと思ったら、歪虚の襲撃とはね……」
拳をキュッと握り直し、次の屋根へと跳ねるように飛び移る。
ここで愚痴っていても仕方ないので、一刻も早く歪虚の頭を探し出した方が良いと思う。
もっとも、街中での探索が難しいと認識しているので、簡単にはいかないだろうが。
「雑魔ね」
屋根と屋根の間を飛び移る際に、真下の路地に潜む雑魔をアイビスは見つけ、仲間へと伝える。
気持ち悪い位、ドロドロしい色を溜め込んだスライム状の雑魔。
住宅街の路地を探索していたシガレットが逃げ遅れていた住民に声を掛けつつ、駆け出した。
「早く逃げるんだなァ」
街の外に出られれば安全だとも伝える。
悲鳴を上げながら逃げる住民を追わせないように仁王立ちになったシガレット。そこへ雑魔が迫る。
その時、屋根の上から放たれる手裏剣。星輝が投げたものだった。
「あんまり時間を取られたくないのぅ」
戦闘に時間を掛けてしまえば、その分、探索が遅れていく。
発見した雑魔や堕落者はすぐに倒してしまいたい所だ。
「その通りだ」
建物の中に不審者が居ないか、確認したコーネリアが素早くライフルを構えた。
敵が単体であれば、スキルを使うまでもない。
打ち出された銃弾はシガレットを今まさに襲いかかろうとした雑魔の突起を吹き飛ばした。
スライム状の雑魔に痛点があるかどうか分からないが、この一撃で大きく揺らめいた。追い打ちを掛けるように、再び星輝の手裏剣が降る。
「全員で掛かれば、瞬殺じゃな」
「全くだなァ」
シガレットが杖を掲げると、そこから発した光が雑魔を貫いた。
ブルブルっと身震いした雑魔の真上からアイビスが飛び降りざまに建物の壁を蹴って姿勢を変えながら殴りに掛かった。
拳であれば狭い路地でも大きく気にする事なく攻撃できる。
「タァッ!」
気合の掛け声と共に繰り出された拳を受け、雑魔はボロボロと崩れ落ちた。
その様子を見届け、コーネリアはライフルの銃口を静かに降ろす。
「……次、だな」
油断は出来ない。
街全体がもはや、歪虚の巣窟になってしまっている可能性もあるからだ。
ハンター達はお互いの顔を見つめ、頷き合うと、再び探索を開始するのであった。
●庭園
逃げ遅れていた住民を見つけては声を掛けたイレーヌ(ka1372)。
お礼を述べて立ち去る住民を彼女の隣で、明らかに暇そうな様子の鳴月 牡丹(kz0180)が大きなあくびをしていた。
「……牡丹」
「あぁ。ごめんね。やっぱり、こういうのは暇でさ」
言い訳するような牡丹に、イレーヌは苦笑を浮かべた。
戦いに関する事には積極的になるのだが、どうもそれ以外でいうと、頼りにならない。
だが、自由に放牧させる訳にもいかない。どこで何をしでかすか分からないからだ。下手すれば、戦闘行為の影響で建物を粉砕する可能性も有り得る。
「敵は住民を狙っているのもいるはずだから、それを追って探そう」
「頼りにしているよ!」
「牡丹も探すんだよ……」
やっぱり、この女将軍は、やれる事があるにも関わらず、興味がないとやる気が失せてしまうようだ。
出発前に見せていた気合はどこへ行ったというのか。
(アリトゥスを早く見つけださないと)
イレーヌは心の中で呟いた。
傲慢の歪虚であるアリトゥスはイレーヌや牡丹にとって因縁ある相手。
レタニケ領北部での温泉で姿を盗まれてしまったという経緯があった。アリトゥスの【変容】に牡丹はすっかり騙され、誘き出されているのだ。
この騒ぎには、アリトゥスが居るのではないかというのが牡丹の直感ではある。それはイレーヌも、二人の視界の中で険しく表情を浮かべて探索を続けるオウカ・レンヴォルト(ka0301)も同様だった。
「こういう騒がしさは、あまり好ましくない、な」
まるで略奪の後のような街の状態に、オウカはそんな言葉を口にした。
機導師特有のスキルを使い、情報交換を支援しつつ、彼自身は庭園をしっかりと調べる。
そこへ奇声を上げながら、人が向かって来た。
避難民……という雰囲気ではない。その身体からは負のマテリアルを感じる。あれは、堕落者なのだろう。
手には剣のような物を手にしている。どこかで調達してきたのだろうか。
「……応援を呼ばれて、数が増えるのは、面倒だ」
あまり強そうには見えないが、人数が増えると、確かに面倒ではある。
防刃処理された布を外し、オウカが太刀を構えた。
この程度の相手にスキルを使うまでもない。この先、アリトゥスなどの歪虚と遭遇する可能性は高いのだから。
「いくぞっ!」
振り下ろした一撃を、堕落者は手に持っていた剣で受け止めた。
いきなり何しやがるといった表情をする堕落者。オウカと堕落者の視線が宙でぶつかった。
どちらも一歩も引かないぞという視線の火花が散った……と思った一瞬。
刹那、堕落者が豪快に吹き飛び、轟音と共に花壇の植え込みに埋め込まれた。
あまりの威力に花壇が半壊してしまう。そして、堕落者は塵となって消えていった。
「……あれ、思ったより弱かったね」
「……」
堕落者の側面から牡丹が殴ったようだった。
行き場を失ったオウカの気持ちが手に取って伝わってきて、イレーヌはニヤリと笑う。
「庭園は広い。二人共、探索を続けるよ。逃げ込んだ住民がいるなら、それを追って雑魔や歪虚も居るだろうから」
こうして、探索は続けられるのであった。
●大通り
「早く、ここから逃げなさい」
雑魔に襲われそうだった住民を助けながら、八原 篝(ka3104)が声を掛けた。
そして、魔導器械仕掛けの大きい弓を構えて矢を番える。
辺りを注視して些細な事でも見逃しまいと集中する。視るだけではなく、風に乗って聞こえてくる音にも気を配る。
大通りなだけあって、道は広いのだが、建物の残骸や置き捨てられた馬車が行く手を塞いでいた。
「この先の城門は、避難する住民や兵士で人で、溢れている可能性もあるな」
「私兵が避難誘導している所までは、誘導してやりたいとこじゃの……」
バリトン(ka5112)が深刻そうな表情で応える。
人が多い所に、フレッサ領の私兵も居るだろうが、住民を守りながら雑魔や歪虚を迎撃するのはとても困難だろう。
私兵の話によると、街の外の簡易陣地が避難先という。
「この花火を使う事がなければいいが……そうはならないかの」
手に持った花火に視線を向けるバリトン。
強力な敵との遭遇時には、この花火を打ち上げる予定だからだ。
(前回と言い今回と言い、どんだけだよ)
避難民の誘導を終えた龍崎・カズマ(ka0178)が、そんな事を思いながら大通りを進む。
『前回』というのは、一ヶ月以上前の事だ。レタニケの街に雑魔が出現したのだ。領主であるライルが堕落者と化した事件の裏で、カズマらは傲慢の歪虚アリトゥスと遭遇した。
瀕死の牡丹を助け出す事は出来たが、アリトゥスを倒す事は出来なかった。
「この一帯の敵は倒した! 街の外へと避難するのは今だ!」
大きな声で呼び掛ける。
隠れている人を見つけ出すのは大変だが、こちらの存在を認識してもらう方が、この様な場合では有効だ。
おまけに敵に聞かれても困る所はない。誘き出す事ができれば探す手間が省けるというもの。
「……この状況……オキナ様は、ここが戦場になる事は無いと仰っていました」
深刻そうな表情でライラ = リューンベリ(ka5507)が言った。
ネル・ベルがライルの件では絡んでいた時は目論見通りに事は進んだのだろう。
だが、今の状況は想定外ではないのかとライラは感じていた。そうオキナとの会話から推測した。
「政争を利用させて貰いますわ……歪虚内部のですけどね」
考えられるのは、アリトゥスがネル・ベルの命令を無視している事だろうか。
ハンター達が大通りを進むと、突如として大きな音が響いた。
それも破壊の音だ。何かが破られ、崩れていく。
「なんだ……あの、デカイ犬は」
弓を構えたまま八原が口を開いた。
彼女の目の前には茶色の毛並みを持つ巨大な犬のような歪虚が、ただひたすらに暴れていたのだ。
「……ネオピアだ」
八原の疑問に応えたのはカズマだった。
見間違えるはずはない。ネル・ベル一派の歪虚だ。
「ネオピアと接触してみましょう。何か、話が分かるかもしれません」
「そうじゃの……しかし、あの状態は、普通じゃないぞ」
ライラの提案にバリトンが眉間に皺を寄せた。
確かに、ネオピアの様子は可笑しかった。街を破壊する事だけに意識を向けているようだ。
そんな事に一体、何の意味があるのか。あれではただ目立っているだけだ。
「仲間に連絡した方が良さそうか。私は屋根に上がっている」
八原が弓の機構を作動させ、畳むと、駆け出した。
矢を放つ為に最適な位置取りを探しに行ったのだろう。
「とりあえず、暴れているのは止めんとな」
「仰る通りです」
バリトンが巨大な刀を構え、その後ろをライラがウィップと投擲用の武器を手にして続く。
カズマといえば、ヘッドセットに手を当てていた。
各班との距離は開いているが、仲間への連絡を試みるつもりなのだ。
ネオピアの強さはカズマ自身がよく分かっている。ここにいる面々だけで倒せない事もないだろう。だが、尋常じゃない状態のネオピアの姿は彼の警戒心を掻き立てるのだ。
「こちら、大通りを探索中の龍崎だ。ネル・ベル一派のネオピアを発見した」
油断なくネオピアの動きを見つめながら、マイクに向かって彼はそう言った。
●解除
花火を目標にハンター達が駆ける。
それは強敵が出現した時の合図である。それはフレッサ領の私兵にも伝わっているはず。
移動するまでの間、人混みが無いのは幸いな事だった。
「ネル・ベルなら、もっとスマートに事を運ぶ。こんな直接的で短絡的な騒動を起こすとは考えられない」
憮然とした表情でオウカが走る。
連絡を受けて庭園から大通りへと向かっているのだ。
途中、雑魔を何体か倒したが牡丹のおかげで、移動する早さは落ちてはいない。
「……イレーヌくん。そのネオピアってなんだい?」
「ネル・ベル一派の歪虚らしいよ」
足並みを揃えて牡丹はイレーヌに尋ねる。
イレーヌ自身直接の面識はない。
しかし、仲間から聞くと、それは歪虚ネル・ベルの従者の一人だという。
路地を抜けた先、大通りへと続く交差点が見えてきた。
「あれかッ!」
更にスピードを上げるオウカ。
大通りへと入ると、既に戦闘が繰り広げられていた。
「待たせたね」
イレーヌがバリトンの横に並んだ。
「状況はどんな感じ?」
「……暴れ方に目的がある風には感じられんの。強いて言うならば、わしらへの釘付けか? それに、あの怪我じゃ……」
指差した先、ネオピアは重い怪我を負っているようにも見える。
それでも、暴れるのを止めないのは何故か。
「本人の意図せぬ限界突破……なのかもしれん」
恐慌に陥った住民が居たら使おうと思っていた精神安定剤は……この様子では無効だろう。
バリトンはそれを静かに仕舞うと目を細める。
「先ほどから暴れまわって手がつけられん」
そこへ、位置取りを調整する為に八原が通り抜ける。
「路地へや誘い込んだようだ」
先に合流していたハンター達が何かを試みている様子だった。
疾影士としてのスキルをフルに活用し、アイビスが路地へとネオピアを誘導していた。
こういう時、拳で戦うというのは手加減がしやすい。
挑発を繰り返すようして更に細い路地へと誘う。
そこには、シガレットが待ち構えていた。オウカも合流すると、術を行使する為に意識を高める。
「後、少し……」
ネオピアの鋭い攻撃を避け、アイビスが後退した。
首を伸ばして追撃しようとした所を頭上から星輝が流星のように鋭く降りかかる。
「先輩の登場じゃぞ、ネオピア!」
背に飛び乗ると、準備してあった鋼糸を首に巻きつけ、自身と繋げる。
いつもなら、ここで『鳥臭い』とか言われて振り落とされそうであるが、そんな様子は全く見られない。
「やはり、何者からか【強制】を受けたのじゃな……しっかり、せい! ネオピアよ!」
ハンター達はネオピアに掛かっている【強制】を解除しようとしているのだ。
八原は歪虚を倒せるのであれば、倒せる時に倒せた方が良いのではないかと考えながら、矢を番えて、ネオピアへ向ける。
「もし、味方になってくれるのだとしても……はたから見ると危険な光景ね」
だから、もしもの時は、自分が撃つと決める。
その八原の近くで同じように狙いを定めて続けているコーネリアはマテリアルを集中させていた。
「いいように手懐けられているな。如何にも犬らしい有様だ。だが……」
歪虚は殲滅――それが彼女の信条だ。
それでも、今、この歪虚を助けようとしている矛盾をコーネリアは気にしてはいなかった。
仲間のハンターが試みようとしている作戦へ協力した方が効率的……というのもあるかもしれない。
一瞬だけ、視線をカズマへと向けた。
そのカズマの腕には一匹の瀕死の子犬。ネオピアが暴れている理由を探した彼が見つけ出したのだ。彼は無防備にもネオピアと相対する。
「……牡丹は下がってていい」
「断るね。それに、逆だったら、カズマ君だって下がらないでしょ」
爽やかな笑顔を見せながら牡丹が彼の真横に並んだ。
万が一の時は、ネオピアの一撃を受け流すつもりなのだろう。あるいは、二人一緒に吹き飛ばされるか。
迫るネオピアに向かって強い視線を向け続ける。その背中では星輝が繰り返し呼びかけているが反応らしいものは見られていいない。
「ガアァァァァ!」
目の前の存在をただ叩き潰そうとして振り下ろされる巨大な前足。
その瞬間だった。カズマが叫ぶ。
「何の為に力を得たつもりだ!」
子犬の姿を認識したのか、あるいはカズマの声が届いたのか、もしくは、背中から呼び掛ける星輝の声に気がついたのか。
次の瞬間、ネオピアの動きがピタリと止まった。
「そこだ!」
集中していたマテリアルの全てを弾へと乗せ、コーネリアが発砲した。
冷気の残香を引きつつ、その冷たき弾丸は確実に標的の身体へと直撃し、ネオピアを冷気が包んだ。
「機導浄化術、浄癒!」
「さぁ、目を覚ましやがれェ」
オウカとシガレットの二人が【強制】の解除を術で試みる。
不可視のマテリアルがせめぎ合い、雷が落ちたような音と共に何かが弾けた――。
「やったか……」
小さく呟くと八原は構えていた弓を降ろした。
暴れていたネオピアの動きが止まり続けているからだ。解除は成功したのだろう。
「……鳥臭イ。降リロ」
そんな事を言いながら、ネオピアは前足で器用に首に掛かったワイヤーを外した。
「おぉ! 正気に戻ったか」
「上手くいったようじゃの」
一段落だなとバリトンは思った。
だが、同時に危機感も覚える。解除されたという事は、ネオピアに【強制】を掛けた歪虚が居るという事なのだから。
「回復いるかい?」
「人間カラ施シハ、ウケナイ。アリトゥス、オウ。アイツ、主ノ裏切リ者」
その目は怒りに満ちていた。
「ネル・ベルは倒すべき敵だ。だが、俺にとっては友でもある。友への喧嘩は、俺への喧嘩、だ」
「勝手ニシロ」
立ち去ろうとするネオピアにライラは一礼してから声を掛けた。
「ネオピア様もこの街で暴れるのは本意ではないのでしょう? お互いの敵の為に手を組みませんか」
「……人間トハ、組マナイ」
「……」
その返事に引き下がる様子なくライラは真摯にネオピアを見つめた。
ネオピアはカズマの腕で眠る子犬に視線を一瞬だけ向けた。
「……アリガトウ、人間」
そう言い残してネオピアは空高く跳躍した。
そのまま街中へと消え去っていくのをハンター達は見送った。
アリトゥスを追う以上、すぐにでも再開できるだろうとそんな予感もしたからだった。
●アリトゥス
城門付近は避難民でごった返していた。
フレッサ領の私兵が一生懸命、誘導しているが、それでも限界がある。
そんな混乱の最中、誰かが悲鳴を上げた。
「早く、早く! 外へ!」
指差した先には幾人かの堕落者。
手にしている剣や槍は真っ赤に染まっていた。残忍な笑みを浮かべて城門へと迫ってくる。
その光景を見て、ますます混乱する避難民ら。それらを楽しげに城門の上を浮きながらアリトゥスが面白そうに眺めていた。
「いいよ! すごくいい! さぁ、早く! 悲鳴を聞かせてよ!」
嬉しくて堪らないようすでグルグルと回るアリトゥス。
その動きを止めるように、一本の矢が掠めていった。
「うわっ! ビックリした~。誰よ!」
「空中に居る間に動きを封じる」
機構が作動し、煙を吐き出す弓に次の矢を番える八原。
「ハンターか! 邪魔するな!」
「こちらの台詞だ」
猛スピードで向かってきたアリトゥスを迎撃する為に放った矢。
空を切り裂くように唸り飛んできた矢をアリトゥスは辛うじて避けた。
「ふふん♪」
一本を避けたと油断した所で、同時に放ったもう一本がアリトゥスの脇腹を抉った。
「甘い」
「こ、この、私の身体に当てるなんてぇ! 許さないわよ!」
激情したアリトゥスがもの凄い形相となったが、八原は気にしたようすなく、次の矢を手に取る。
次が撃たれる前にと、アリトゥスが一気に距離を詰め、負のマテリアルで創り出した剣を振り下ろす。
「死ね死ね!」
避ける動きすら見せない八原。まさに袈裟懸けに斬られるという所で、バリトンが割って入って受け止めた。
「そう簡単にはいかんぞ」
「五月蝿い爺ね。人間は歳を取ると、みんな、そうなるの?」
「誰と比べておるのじゃ」
そういえば、前にも他の歪虚に同じように言われた事があったなと思い出す。
その記憶の糸を辿るのはやめて、用意していた花火を放り投げた。
「え?」
驚いて間合いを取るアリトゥス。
その時、頭上で花火が盛大に咲く。
「何の真似よ」
「なぜ、この街でこんな事をするのじゃ? 傲慢の者が」
「決まっているじゃない。ネル・ベルは既に用無しだからよ」
「用無し……じゃと?」
フワフワと浮かんで間合いから外れるアリトゥス。
「豚羊はハンターによって消えたから、後ろ盾のないネル・ベルなんて怖くないわ。偉大なる王のお側にいられるように、ネル・ベルの持つ力、私が手にするの」
「偉大なる王とはなんじゃ?」
「そんな事、言うわけないでしょ。あ、でも、間違っても、人間達の王の事じゃないわよ」
会話は終わりとでも言いたげに、喋りたい事だけ喋って、アリトゥスは負のマテリアルを周囲に放った。
傲慢歪虚の特殊能力【強制】だ。
「さぁ、愚か人間達。好きなだけ、私の前で暴れなさい」
ハンター達は意識を集中させて【強制】に耐えた。
だが、城門付近に残っていた避難民や私兵は耐えられない。彼らは命じられるままに暴れだす。
「あはははは!」
その惨状に指を向けて喜ぶアリトゥス。
「愚かだよ、ほんとに、人間ってさ! まるで、ゴミの集まりみたいだ」
「ならば、本物のゴミはしっかり、斬って砕いて壊して焼いて、袋に詰めて捨てないと、な」
「え?」
アリトゥスは声の主に反応して見上げた。
そこには、門の上から飛び降りたオウカが刀を振りかぶり迫っていたのだ。
八原の弓も、会話で引きつけたバリトンの行動も時間稼ぎだったのだ。宙に浮かぶアリトゥスへ決定的な一撃を入れる為に。
「友への裏切り、愛する者の姿を、真似た侮辱。貴様は、絶対に、許さない!」
ネル・ベルは例え敵であってもバイク友達である。その友を裏切った。
それだけではない。彼にとって最愛の者の姿を【変容】の能力で真似た。歪虚を討つ存在のハンターがその姿を奪われるのは、侮辱そのものだ。
その為、彼の怒りは戦う前から、ゲージを振り切っていた。
「馬鹿なのー!?」
叩き込まれた一撃と共に地面に向かって落下する両者。
オウカは張り出さていたテントに落ちて大事には至らなかったが、アリトゥスは無情にも地面に激突し、叩き切られたダメージと落下時のダメージを貰う事となった。
「人間の癖にぃ!」
すぐさま起き上がると、混乱とする避難民の中に逃げ込んだ。
だが、それは読まれていた。
「如何に上手く隠れようと、神の手から逃れられても、私の手からは逃れられんぞ?」
銃弾が一直線に飛翔する。人の手だからこそ出来る一発だったなのかもしれない。
コーネリアが放った一撃は人々の隙間を抜け、アリトゥスへと直撃したのだった。
反り返るように崩した体制のまま、不利を悟ったアリトゥスは宙へ逃げようとする。
「もう! 次から次にぃ!」
「逃がしませんわ」
蝙蝠の形をした投擲武器がアリトゥスの脇を掠め飛んだ。
さすがに何度も何度もハンターの思い通りにはさせない。この私は傲慢なのだからと心の中でほくそ微笑んだ。
あとは宙高く舞い上がって逃げ切ればいいだけだ。
「危ないなー! でも、残念でしたー」
「それは誠に残念な事でしたね」
投擲武器は城門に突き刺さり、そこへマテリアルの流れと共に飛んだライラは丁寧に応えた。
ヒラヒラと城門際から離れるアリトゥス。こうなると、ライラは追撃ができない。
しかし、彼女の狙いは追撃……では無かったからだ。
「本命はこっちよ!」
隣接している建物の窓を突き破り、風の様な淡いオーラを放つ疾影士が急襲を仕掛けてきた。
それは、アイビスだった。疾影士特有のスキルを全力で出し切っての攻撃。
「隠れてるなんて、ずるい人間め!」
「生憎と私はこういう戦い方しかできないからね、文句は言わないで……よっ!!」
拳には、振りかぶるスペースも、窓枠の大きさも関係ない。
ありったけのマテリアルを込め、彼女にだけしか出せない拳が、確実にアリトゥスへと叩き込まれた。
「やったなぁ!」
「まだ、倒れないの!?」
それでも、かなりの深手となったはず。
アイビスから何とか逃げようとした歪虚の動きがビタっと止まった。
輝かしい光を放つ杭が、アリトゥスの身体を戒めていたのだ。
「これは……何ィィィ!? お前かぁぁ!」
身体に食い込まれている光の杭を抜きつつ、アリトゥスはこの術を使ったと思われるハンターに向かって負のマテリアルの矢を放つ。
「結構、いいでしょ」
「良くないわよ!」
ハッタリをかましたイレーヌへと立て続けにアリトゥスが負のマテリアルの矢を飛ばす。
当たれば、それなりの威力があるのだが、イレーヌは回復魔法を使って耐え続けた。
一方で、アリトゥスは何度も光の杭から逃れるのに、その都度、光の杭が刺さるのだ。
「きぃ! あんたが使っていたのね! クルセイダーならクルセイダーっぽくしてなさいよ!」
「そう、いわれてもなァ」
シガレットはタバコを吹かしながら応えた。確かに、パッと見、クルセイダーっぽくないと言われても仕方ない風貌ではあるが。
にしても、クルセイダーっぽくしていろと歪虚に言われてもと思う。
なんとか光の杭を外し、今度こそ逃げようとした時だった。
「それじゃ、物理的に拘束じゃ!」
そんな台詞と共に、ヒュンヒュンと剛糸がアリトゥスに巻き付いた。
星輝がやったものだ。これならば、空に浮かばれても、さすがにハンター一人をぶら下げては飛べないだろう。……決して、星輝が重たいとかそういう事ではなく。
「さぁ、年貢の納め時じゃ」
「なかなかやるわね、人間共にしては。ネル・ベルが一目置くのも、しょうがないから認めてあげるわ」
追い詰められているはずなのに、アリトゥスは勝ち誇った感じだった。
まだ、この状況から逃れられる術でもあるというのか。
「良い所まで私を追い詰めたけど、詰めが甘いわ! それじゃ、バイバイ~」
直後に再び負のマテリアルが周囲へと放たれ、アリトゥスが言い放った。
「美しき者が命じるわ。私を守りなさい」
対策を取ってきたハンター達には通じない。しかし、【強制】に掛かっていた避難民や私兵はそうではない。
暴れていた彼らは急に大人しくなると、アリトゥスを庇うように、雪崩込んできた。
それは一つの大きい流れになり、アリトゥスは人混みの中へと消えてしまう。
「「「しまった」」」
何人かのハンターの声が重なった。
【強制】対策を怠った訳ではなかった。だが、この状況にはさすがに対応できない。
力技で住民ごと吹き飛ばす事もできるだろうが、それを実行するハンターは居ないし、実行してはならない。
逆にアリトゥスは、そうしたハンターのジレンマを利用できるだけ利用するのだ。
「まだ、遠くに行っていないはずだよ。手分けして探そう」
牡丹の言葉にハンター達は頷いた。
ここで、アリトゥスを逃す訳にはいかないのだ。
「うふふ。馬鹿な人間達」
アリトゥスが笑っていた。
幾ら探しても“アリトゥス”の姿は見つからないからだ。それも当然、【変容】しているのであれば、“アリトゥス”の姿は見つからない。
一般人に真似る事もあり得るだろう。だが、負のマテリアルを発する為、見分けはつく。
避難民を順番に見れば、すぐにでも正体が判明するだろう。
「私が何の為に、人間達を堕落者にしたと思ったの」
街を混乱に陥れる為に、アリトゥスは犯罪者達を堕落者へと契約させた。
彼らは好き勝手に暴れたが、別に暴れるだけであれば雑魔でもいい。わざわざ、契約するという手間を掛けなくてもいいのだ。
「さて、あとは堕落者として暴れながら、頃合見て逃げだけね」
一人の堕落者の姿に似せた【変容】。
ハンター達は“アリトゥス”の逃亡を阻止する為に注意を払っているだろう。
暴れている堕落者の中でも、後回しでも良いと判断されれば、幾らでも逃げ出せるチャンスはあるというもの。
「ん? あいつは……」
混乱とする城門前に他の堕落者と共に姿を現したアリトゥスは、視界の中にカズマを見つけた。
彼奴には、恨みがある事を思い出す。
あと少しで、美しい姿を完璧に手に入れる事が出来たのに、彼奴が邪魔したのだ。
「あの男だけは許さない」
幸いな事に、カズマは避難民の誘導やら強制に掛かった人を助ける為に動いているようで、アリトゥスには気がついていない様子だった。
絶好の機会だ。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
ブツブツと呪いの言葉を発しながら、アリトゥスはカズマに急接近し、短刀を突き立てる。
だが――短刀はカズマには届かなかった。
不可思議なマテリアルの波の動きがアリトゥスを包み込んだ。
「な、なにこれ。なんで、なんで、分かったの!?」
「切り札ってのは、最後まで明かさないものだからだろうよ」
アリトゥスの動きを読んでいたのはカズマだった。
ハンターや人間に【変容】出来るのであれば、堕落者の姿にだってなれるはず。
それを把握した上で、待ったのだ。後の先を取る為に。
「それでも、私が襲わない可能性だってあったはずなのに、なんでぇ!?」
「……賭けたさ。恨みを持たれていたはずだと」
「この私が……」
強力な一撃を受けてアリトゥスはボロボロとなった。
舐めていた。これが人間だと分かった。ネル・ベルが慎重だった意味が理解できた。
朦朧としながらふわーと宙に浮いた。運がよければハンターの攻撃を避けて逃げ切れるはず。
だが、その狙いはすぐに潰えた。
「グガァァ!!」
「ひぃ!?」
城門の壁を支点に飛び上がり、アリトゥスに覆いかぶさるネオピア。
その牙で身体を噛まれ、アリトゥスとネオピアはそのまま地面へと落下した。
「逃ガサナイ!」
もはや、ネオピアに動ける力は残っていない。
最後の一撃を、主を裏切った者に対して使い切ったのだ。それほどまでの執念はただ事ではない。
「は、離せ、犬の堕落者のくせに! 私は正統なる傲慢の者なのよ!」
藻掻くアリトゥスをハンター達が囲った。
怒りの目を向けてくる者。哀れみの目を向けてくる者。ただ無表情に見下ろしてくる者、様々だ。
その向けてくる視線の想いは別々でも、やる事は一つだけだった。
「や、やめ、ひぎゃァァァァァァァァァ!」
アリトゥスの断末魔が城門に響き渡り――歪虚は消滅した。
●ネオピア
「最後の別れまで、わしはあかんのかー?」
「先輩、鳥臭イ」
「なんでじゃー!」
既に消滅を待つだけのネオピアを幾人かのハンターが囲っていた。
最後に寄り添おうとした星輝に対してだけは、ネオピアは頑なに追い払う。
鳥臭い理由は、相棒であるリーリーにある訳だが、そこまで臭うものなのかとも思うが、ネオピア自身がそう言うのであれば、そう……なのかもしれない。
「そうか、それで……」
カズマはふと思い出した。
ネオピアに喰われそうになった時のことだ。ちなみに、彼には金色の美しいイェジドが相棒に居る。
振り返ってみれば、イェジドを相棒としていたハンターには比較的好印象だった……かもしれない。
「だから、妹にはもふもふさせておったのかー」
悔しそうな叫び声を上げる星輝。
オウカはネオピアに近づくと訪ねた。
「犬の……堕落者だったのか?」
「人間ニ、嫌ナ事。サレタ。許セナイ事」
ネオピアは静かに自分の事を話だした。
ネル・ベルと契約してから、主と共に過ごした事。途中から別行動を取り、王国内で暗躍していた事。
自分と同じように酷い目に合わされた動物へ力を分け与えた事。
「そうだったのか」
話を聴き、イレーヌが頷いた。
救われない苦しさを、ネオピアは自分なりに向かい合おうとしていたのかもしれない。
ネオピアはゆっくりと頭を持ち上げ、遠くの空を見つめた。
「大切ナ、仕エルベキ主。申シ訳ゴザイマセン。ネオピア、ココマデデス」
無念のような言葉にも、あるいは許しを願うような言葉にも、聞こえる。
スっと、ライラが静かにネオピアの頭元へとやって来た。そして、優しく撫でる。茶色い毛並みが美しく、肌触りが良かった。
ネオピアの行動は主の為にあったのだろう。【強制】から解放された時、逃げる事も出来たというのに。
裏切り者を倒すという一心で。
「……お別れ、なんですね」
「猫臭イ……デモ、心地イイ」
「お疲れ様です。貴方は従者としての役目を全うしたのですから」
ボロボロとネオピアの身体が崩れて塵となり、風に運ばれていく。
堕落者としての宿命だ。身体を維持する負のマテリアルがなくなり、存在が消滅するのだ。
最後にネオピアはハンター達を見渡して、短く呟いた。
「……アリガトウ」
完全に消え去った後をみつめ、牡丹は抱いていた子犬に頬を寄せる。
そして、彼女にしては、優しく、静かな口調で言った。
「ボク、この子を飼ってみようと思うよ」
きっと、牡丹は心に触れる、何かを感じたのだろう。
最後まで黙って見届けていたコーネリアはライフルを担いだ。
まだ、街には隠れている雑魔や堕落者が居るかもしれないから。
「……さらばだ」
踵を返しながら、ただ、そう短く言葉を捧げた。
歪虚は全て滅ぼすべき存在。そこに慈悲はない。獲物を求めて歩き出したコーネリアに八原が並ぶ。
「どうなるかと思ったけど」
「私達がやるべき事は変わらない。そうだろう?」
「そうね」
ガチャっと音を立てて魔導機構を作動させ、八原は弓を展開させつつ、足を一歩踏み出した。
「結局、アリトゥスの独断専行だったという訳じゃな」
花火を片付けながらバリトンが言った。
ネル・ベルがこの街をどうにかしようとしていた。そこを横取りしようとしたアリトゥスが引き起こした惨事だったようだ。
逃さなかったのは大きい意味を持つだろう。
「歪虚の中には派閥ってのがあるのかァ?」
「そういえば、王がどうたら言ってたような……」
シガレットとアイビスが疑問の言葉を口にした。
人間がそうであるように、歪虚も一枚岩ではないという事なのだろう。
「付け入る隙かもしれんが、まぁ、儂ら人間も似たようなものじゃな」
それは例えば、国の違いだったり、あるいは王国でいうならば、王家派と貴族派のように。
「足元を掬われねぇようにしないとなァ」
ニッと笑ったシガレット。
正しく、その通りだが、気をつけるべきはハンターではなく、本来は、その派閥争いをしている当事者達である。
「何にせよ、私に出来る事は一つ」
アイビスは自身の拳を見つめたのだった。自由自在の拳に決意を込めて。
レタニケの街に出現した歪虚勢力は、ハンター達の活躍により、全て殲滅した。
街の被害は皆無ではないものの、それでも状況を鑑みると軽微ともいえる。
また、歪虚アリトゥスを討伐した事も、住民達にとっては大きな安心となったのだった。
おしまい
●【魔装】――牡丹
観戦武官としての立場を終えた牡丹は転移門が設置してある街へと馬車で向かっていた。
隣の席は空いたまま。座るべき受付嬢の姿が無い事が残念だった。
「大丈夫だって信じているよ。いつか、どこかで再会しよう」
荷台の窓から見えるレタニケ領を眺めながら牡丹は呟く。
この半年近く、多くの事が経験出来た。
己の馬鹿さ加減に気がついた事も、死に掛けた事もあった。
「“ボク達”はもっと強くなるから」
だから、それを見るまで、死んだらいけないよと、牡丹は心の中で呼び掛けたのだった。
全員で宿場一帯を捜索した一行は、それぞれ、班に分かれてレタニケの街に散らばる。
途中、雑魔を打ち倒し、あるいは、逃げ遅れた人を誘導。街の混乱がピークなのは、すぐにでも分かった。
「この騒ぎよう……奴ではないかのぅ」
グサリと刺さるような胸の傷が疼き、胸に手を当てた星輝 Amhran(ka0724)の呟き。
あれは厄介な歪虚ではあるが、力押ししてくるようなタイプではない。
どちらかというと、狡猾に動き回って、なかなか表に出てこないタイプだ。
街で暴れれば目立つ。その結果、思わぬ反撃を受ける事を経験しているというのも知っているはず。
「ネル・ベルは最悪のタイミングで最悪の行動を起こすタイプだから、これはらしくないなァ」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が煙草の煙を立てながら言った。
あれはそういう歪虚だ。最悪のタイミングだったのは、領主であるライルが堕落者と判明した時の方だっただろう。このタイミングで動くのは、やはり、らしくない。
となると、騒ぎを引き起こしている者は誰なのか。
「どこに隠れていようとも必ず息の根を止めてやる……!」
銀色のライフルを手に、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が真剣な眼差しを街中へと向ける。
相手がどんなに小賢しい歪虚だろうと、どんなに強大であったとしとも、彼女の牙は引き下がらない。妹を殺した憎き歪虚を悉く蹂躙し、この世から完全に消し去るその日まで、牙は研ぎ澄まされ続けるのだ。
住宅街の屋根の上、アイビス・グラス(ka2477)が辺りを見下ろす。
「久しぶりに牡丹さんと会えたと思ったら、歪虚の襲撃とはね……」
拳をキュッと握り直し、次の屋根へと跳ねるように飛び移る。
ここで愚痴っていても仕方ないので、一刻も早く歪虚の頭を探し出した方が良いと思う。
もっとも、街中での探索が難しいと認識しているので、簡単にはいかないだろうが。
「雑魔ね」
屋根と屋根の間を飛び移る際に、真下の路地に潜む雑魔をアイビスは見つけ、仲間へと伝える。
気持ち悪い位、ドロドロしい色を溜め込んだスライム状の雑魔。
住宅街の路地を探索していたシガレットが逃げ遅れていた住民に声を掛けつつ、駆け出した。
「早く逃げるんだなァ」
街の外に出られれば安全だとも伝える。
悲鳴を上げながら逃げる住民を追わせないように仁王立ちになったシガレット。そこへ雑魔が迫る。
その時、屋根の上から放たれる手裏剣。星輝が投げたものだった。
「あんまり時間を取られたくないのぅ」
戦闘に時間を掛けてしまえば、その分、探索が遅れていく。
発見した雑魔や堕落者はすぐに倒してしまいたい所だ。
「その通りだ」
建物の中に不審者が居ないか、確認したコーネリアが素早くライフルを構えた。
敵が単体であれば、スキルを使うまでもない。
打ち出された銃弾はシガレットを今まさに襲いかかろうとした雑魔の突起を吹き飛ばした。
スライム状の雑魔に痛点があるかどうか分からないが、この一撃で大きく揺らめいた。追い打ちを掛けるように、再び星輝の手裏剣が降る。
「全員で掛かれば、瞬殺じゃな」
「全くだなァ」
シガレットが杖を掲げると、そこから発した光が雑魔を貫いた。
ブルブルっと身震いした雑魔の真上からアイビスが飛び降りざまに建物の壁を蹴って姿勢を変えながら殴りに掛かった。
拳であれば狭い路地でも大きく気にする事なく攻撃できる。
「タァッ!」
気合の掛け声と共に繰り出された拳を受け、雑魔はボロボロと崩れ落ちた。
その様子を見届け、コーネリアはライフルの銃口を静かに降ろす。
「……次、だな」
油断は出来ない。
街全体がもはや、歪虚の巣窟になってしまっている可能性もあるからだ。
ハンター達はお互いの顔を見つめ、頷き合うと、再び探索を開始するのであった。
●庭園
逃げ遅れていた住民を見つけては声を掛けたイレーヌ(ka1372)。
お礼を述べて立ち去る住民を彼女の隣で、明らかに暇そうな様子の鳴月 牡丹(kz0180)が大きなあくびをしていた。
「……牡丹」
「あぁ。ごめんね。やっぱり、こういうのは暇でさ」
言い訳するような牡丹に、イレーヌは苦笑を浮かべた。
戦いに関する事には積極的になるのだが、どうもそれ以外でいうと、頼りにならない。
だが、自由に放牧させる訳にもいかない。どこで何をしでかすか分からないからだ。下手すれば、戦闘行為の影響で建物を粉砕する可能性も有り得る。
「敵は住民を狙っているのもいるはずだから、それを追って探そう」
「頼りにしているよ!」
「牡丹も探すんだよ……」
やっぱり、この女将軍は、やれる事があるにも関わらず、興味がないとやる気が失せてしまうようだ。
出発前に見せていた気合はどこへ行ったというのか。
(アリトゥスを早く見つけださないと)
イレーヌは心の中で呟いた。
傲慢の歪虚であるアリトゥスはイレーヌや牡丹にとって因縁ある相手。
レタニケ領北部での温泉で姿を盗まれてしまったという経緯があった。アリトゥスの【変容】に牡丹はすっかり騙され、誘き出されているのだ。
この騒ぎには、アリトゥスが居るのではないかというのが牡丹の直感ではある。それはイレーヌも、二人の視界の中で険しく表情を浮かべて探索を続けるオウカ・レンヴォルト(ka0301)も同様だった。
「こういう騒がしさは、あまり好ましくない、な」
まるで略奪の後のような街の状態に、オウカはそんな言葉を口にした。
機導師特有のスキルを使い、情報交換を支援しつつ、彼自身は庭園をしっかりと調べる。
そこへ奇声を上げながら、人が向かって来た。
避難民……という雰囲気ではない。その身体からは負のマテリアルを感じる。あれは、堕落者なのだろう。
手には剣のような物を手にしている。どこかで調達してきたのだろうか。
「……応援を呼ばれて、数が増えるのは、面倒だ」
あまり強そうには見えないが、人数が増えると、確かに面倒ではある。
防刃処理された布を外し、オウカが太刀を構えた。
この程度の相手にスキルを使うまでもない。この先、アリトゥスなどの歪虚と遭遇する可能性は高いのだから。
「いくぞっ!」
振り下ろした一撃を、堕落者は手に持っていた剣で受け止めた。
いきなり何しやがるといった表情をする堕落者。オウカと堕落者の視線が宙でぶつかった。
どちらも一歩も引かないぞという視線の火花が散った……と思った一瞬。
刹那、堕落者が豪快に吹き飛び、轟音と共に花壇の植え込みに埋め込まれた。
あまりの威力に花壇が半壊してしまう。そして、堕落者は塵となって消えていった。
「……あれ、思ったより弱かったね」
「……」
堕落者の側面から牡丹が殴ったようだった。
行き場を失ったオウカの気持ちが手に取って伝わってきて、イレーヌはニヤリと笑う。
「庭園は広い。二人共、探索を続けるよ。逃げ込んだ住民がいるなら、それを追って雑魔や歪虚も居るだろうから」
こうして、探索は続けられるのであった。
●大通り
「早く、ここから逃げなさい」
雑魔に襲われそうだった住民を助けながら、八原 篝(ka3104)が声を掛けた。
そして、魔導器械仕掛けの大きい弓を構えて矢を番える。
辺りを注視して些細な事でも見逃しまいと集中する。視るだけではなく、風に乗って聞こえてくる音にも気を配る。
大通りなだけあって、道は広いのだが、建物の残骸や置き捨てられた馬車が行く手を塞いでいた。
「この先の城門は、避難する住民や兵士で人で、溢れている可能性もあるな」
「私兵が避難誘導している所までは、誘導してやりたいとこじゃの……」
バリトン(ka5112)が深刻そうな表情で応える。
人が多い所に、フレッサ領の私兵も居るだろうが、住民を守りながら雑魔や歪虚を迎撃するのはとても困難だろう。
私兵の話によると、街の外の簡易陣地が避難先という。
「この花火を使う事がなければいいが……そうはならないかの」
手に持った花火に視線を向けるバリトン。
強力な敵との遭遇時には、この花火を打ち上げる予定だからだ。
(前回と言い今回と言い、どんだけだよ)
避難民の誘導を終えた龍崎・カズマ(ka0178)が、そんな事を思いながら大通りを進む。
『前回』というのは、一ヶ月以上前の事だ。レタニケの街に雑魔が出現したのだ。領主であるライルが堕落者と化した事件の裏で、カズマらは傲慢の歪虚アリトゥスと遭遇した。
瀕死の牡丹を助け出す事は出来たが、アリトゥスを倒す事は出来なかった。
「この一帯の敵は倒した! 街の外へと避難するのは今だ!」
大きな声で呼び掛ける。
隠れている人を見つけ出すのは大変だが、こちらの存在を認識してもらう方が、この様な場合では有効だ。
おまけに敵に聞かれても困る所はない。誘き出す事ができれば探す手間が省けるというもの。
「……この状況……オキナ様は、ここが戦場になる事は無いと仰っていました」
深刻そうな表情でライラ = リューンベリ(ka5507)が言った。
ネル・ベルがライルの件では絡んでいた時は目論見通りに事は進んだのだろう。
だが、今の状況は想定外ではないのかとライラは感じていた。そうオキナとの会話から推測した。
「政争を利用させて貰いますわ……歪虚内部のですけどね」
考えられるのは、アリトゥスがネル・ベルの命令を無視している事だろうか。
ハンター達が大通りを進むと、突如として大きな音が響いた。
それも破壊の音だ。何かが破られ、崩れていく。
「なんだ……あの、デカイ犬は」
弓を構えたまま八原が口を開いた。
彼女の目の前には茶色の毛並みを持つ巨大な犬のような歪虚が、ただひたすらに暴れていたのだ。
「……ネオピアだ」
八原の疑問に応えたのはカズマだった。
見間違えるはずはない。ネル・ベル一派の歪虚だ。
「ネオピアと接触してみましょう。何か、話が分かるかもしれません」
「そうじゃの……しかし、あの状態は、普通じゃないぞ」
ライラの提案にバリトンが眉間に皺を寄せた。
確かに、ネオピアの様子は可笑しかった。街を破壊する事だけに意識を向けているようだ。
そんな事に一体、何の意味があるのか。あれではただ目立っているだけだ。
「仲間に連絡した方が良さそうか。私は屋根に上がっている」
八原が弓の機構を作動させ、畳むと、駆け出した。
矢を放つ為に最適な位置取りを探しに行ったのだろう。
「とりあえず、暴れているのは止めんとな」
「仰る通りです」
バリトンが巨大な刀を構え、その後ろをライラがウィップと投擲用の武器を手にして続く。
カズマといえば、ヘッドセットに手を当てていた。
各班との距離は開いているが、仲間への連絡を試みるつもりなのだ。
ネオピアの強さはカズマ自身がよく分かっている。ここにいる面々だけで倒せない事もないだろう。だが、尋常じゃない状態のネオピアの姿は彼の警戒心を掻き立てるのだ。
「こちら、大通りを探索中の龍崎だ。ネル・ベル一派のネオピアを発見した」
油断なくネオピアの動きを見つめながら、マイクに向かって彼はそう言った。
●解除
花火を目標にハンター達が駆ける。
それは強敵が出現した時の合図である。それはフレッサ領の私兵にも伝わっているはず。
移動するまでの間、人混みが無いのは幸いな事だった。
「ネル・ベルなら、もっとスマートに事を運ぶ。こんな直接的で短絡的な騒動を起こすとは考えられない」
憮然とした表情でオウカが走る。
連絡を受けて庭園から大通りへと向かっているのだ。
途中、雑魔を何体か倒したが牡丹のおかげで、移動する早さは落ちてはいない。
「……イレーヌくん。そのネオピアってなんだい?」
「ネル・ベル一派の歪虚らしいよ」
足並みを揃えて牡丹はイレーヌに尋ねる。
イレーヌ自身直接の面識はない。
しかし、仲間から聞くと、それは歪虚ネル・ベルの従者の一人だという。
路地を抜けた先、大通りへと続く交差点が見えてきた。
「あれかッ!」
更にスピードを上げるオウカ。
大通りへと入ると、既に戦闘が繰り広げられていた。
「待たせたね」
イレーヌがバリトンの横に並んだ。
「状況はどんな感じ?」
「……暴れ方に目的がある風には感じられんの。強いて言うならば、わしらへの釘付けか? それに、あの怪我じゃ……」
指差した先、ネオピアは重い怪我を負っているようにも見える。
それでも、暴れるのを止めないのは何故か。
「本人の意図せぬ限界突破……なのかもしれん」
恐慌に陥った住民が居たら使おうと思っていた精神安定剤は……この様子では無効だろう。
バリトンはそれを静かに仕舞うと目を細める。
「先ほどから暴れまわって手がつけられん」
そこへ、位置取りを調整する為に八原が通り抜ける。
「路地へや誘い込んだようだ」
先に合流していたハンター達が何かを試みている様子だった。
疾影士としてのスキルをフルに活用し、アイビスが路地へとネオピアを誘導していた。
こういう時、拳で戦うというのは手加減がしやすい。
挑発を繰り返すようして更に細い路地へと誘う。
そこには、シガレットが待ち構えていた。オウカも合流すると、術を行使する為に意識を高める。
「後、少し……」
ネオピアの鋭い攻撃を避け、アイビスが後退した。
首を伸ばして追撃しようとした所を頭上から星輝が流星のように鋭く降りかかる。
「先輩の登場じゃぞ、ネオピア!」
背に飛び乗ると、準備してあった鋼糸を首に巻きつけ、自身と繋げる。
いつもなら、ここで『鳥臭い』とか言われて振り落とされそうであるが、そんな様子は全く見られない。
「やはり、何者からか【強制】を受けたのじゃな……しっかり、せい! ネオピアよ!」
ハンター達はネオピアに掛かっている【強制】を解除しようとしているのだ。
八原は歪虚を倒せるのであれば、倒せる時に倒せた方が良いのではないかと考えながら、矢を番えて、ネオピアへ向ける。
「もし、味方になってくれるのだとしても……はたから見ると危険な光景ね」
だから、もしもの時は、自分が撃つと決める。
その八原の近くで同じように狙いを定めて続けているコーネリアはマテリアルを集中させていた。
「いいように手懐けられているな。如何にも犬らしい有様だ。だが……」
歪虚は殲滅――それが彼女の信条だ。
それでも、今、この歪虚を助けようとしている矛盾をコーネリアは気にしてはいなかった。
仲間のハンターが試みようとしている作戦へ協力した方が効率的……というのもあるかもしれない。
一瞬だけ、視線をカズマへと向けた。
そのカズマの腕には一匹の瀕死の子犬。ネオピアが暴れている理由を探した彼が見つけ出したのだ。彼は無防備にもネオピアと相対する。
「……牡丹は下がってていい」
「断るね。それに、逆だったら、カズマ君だって下がらないでしょ」
爽やかな笑顔を見せながら牡丹が彼の真横に並んだ。
万が一の時は、ネオピアの一撃を受け流すつもりなのだろう。あるいは、二人一緒に吹き飛ばされるか。
迫るネオピアに向かって強い視線を向け続ける。その背中では星輝が繰り返し呼びかけているが反応らしいものは見られていいない。
「ガアァァァァ!」
目の前の存在をただ叩き潰そうとして振り下ろされる巨大な前足。
その瞬間だった。カズマが叫ぶ。
「何の為に力を得たつもりだ!」
子犬の姿を認識したのか、あるいはカズマの声が届いたのか、もしくは、背中から呼び掛ける星輝の声に気がついたのか。
次の瞬間、ネオピアの動きがピタリと止まった。
「そこだ!」
集中していたマテリアルの全てを弾へと乗せ、コーネリアが発砲した。
冷気の残香を引きつつ、その冷たき弾丸は確実に標的の身体へと直撃し、ネオピアを冷気が包んだ。
「機導浄化術、浄癒!」
「さぁ、目を覚ましやがれェ」
オウカとシガレットの二人が【強制】の解除を術で試みる。
不可視のマテリアルがせめぎ合い、雷が落ちたような音と共に何かが弾けた――。
「やったか……」
小さく呟くと八原は構えていた弓を降ろした。
暴れていたネオピアの動きが止まり続けているからだ。解除は成功したのだろう。
「……鳥臭イ。降リロ」
そんな事を言いながら、ネオピアは前足で器用に首に掛かったワイヤーを外した。
「おぉ! 正気に戻ったか」
「上手くいったようじゃの」
一段落だなとバリトンは思った。
だが、同時に危機感も覚える。解除されたという事は、ネオピアに【強制】を掛けた歪虚が居るという事なのだから。
「回復いるかい?」
「人間カラ施シハ、ウケナイ。アリトゥス、オウ。アイツ、主ノ裏切リ者」
その目は怒りに満ちていた。
「ネル・ベルは倒すべき敵だ。だが、俺にとっては友でもある。友への喧嘩は、俺への喧嘩、だ」
「勝手ニシロ」
立ち去ろうとするネオピアにライラは一礼してから声を掛けた。
「ネオピア様もこの街で暴れるのは本意ではないのでしょう? お互いの敵の為に手を組みませんか」
「……人間トハ、組マナイ」
「……」
その返事に引き下がる様子なくライラは真摯にネオピアを見つめた。
ネオピアはカズマの腕で眠る子犬に視線を一瞬だけ向けた。
「……アリガトウ、人間」
そう言い残してネオピアは空高く跳躍した。
そのまま街中へと消え去っていくのをハンター達は見送った。
アリトゥスを追う以上、すぐにでも再開できるだろうとそんな予感もしたからだった。
●アリトゥス
城門付近は避難民でごった返していた。
フレッサ領の私兵が一生懸命、誘導しているが、それでも限界がある。
そんな混乱の最中、誰かが悲鳴を上げた。
「早く、早く! 外へ!」
指差した先には幾人かの堕落者。
手にしている剣や槍は真っ赤に染まっていた。残忍な笑みを浮かべて城門へと迫ってくる。
その光景を見て、ますます混乱する避難民ら。それらを楽しげに城門の上を浮きながらアリトゥスが面白そうに眺めていた。
「いいよ! すごくいい! さぁ、早く! 悲鳴を聞かせてよ!」
嬉しくて堪らないようすでグルグルと回るアリトゥス。
その動きを止めるように、一本の矢が掠めていった。
「うわっ! ビックリした~。誰よ!」
「空中に居る間に動きを封じる」
機構が作動し、煙を吐き出す弓に次の矢を番える八原。
「ハンターか! 邪魔するな!」
「こちらの台詞だ」
猛スピードで向かってきたアリトゥスを迎撃する為に放った矢。
空を切り裂くように唸り飛んできた矢をアリトゥスは辛うじて避けた。
「ふふん♪」
一本を避けたと油断した所で、同時に放ったもう一本がアリトゥスの脇腹を抉った。
「甘い」
「こ、この、私の身体に当てるなんてぇ! 許さないわよ!」
激情したアリトゥスがもの凄い形相となったが、八原は気にしたようすなく、次の矢を手に取る。
次が撃たれる前にと、アリトゥスが一気に距離を詰め、負のマテリアルで創り出した剣を振り下ろす。
「死ね死ね!」
避ける動きすら見せない八原。まさに袈裟懸けに斬られるという所で、バリトンが割って入って受け止めた。
「そう簡単にはいかんぞ」
「五月蝿い爺ね。人間は歳を取ると、みんな、そうなるの?」
「誰と比べておるのじゃ」
そういえば、前にも他の歪虚に同じように言われた事があったなと思い出す。
その記憶の糸を辿るのはやめて、用意していた花火を放り投げた。
「え?」
驚いて間合いを取るアリトゥス。
その時、頭上で花火が盛大に咲く。
「何の真似よ」
「なぜ、この街でこんな事をするのじゃ? 傲慢の者が」
「決まっているじゃない。ネル・ベルは既に用無しだからよ」
「用無し……じゃと?」
フワフワと浮かんで間合いから外れるアリトゥス。
「豚羊はハンターによって消えたから、後ろ盾のないネル・ベルなんて怖くないわ。偉大なる王のお側にいられるように、ネル・ベルの持つ力、私が手にするの」
「偉大なる王とはなんじゃ?」
「そんな事、言うわけないでしょ。あ、でも、間違っても、人間達の王の事じゃないわよ」
会話は終わりとでも言いたげに、喋りたい事だけ喋って、アリトゥスは負のマテリアルを周囲に放った。
傲慢歪虚の特殊能力【強制】だ。
「さぁ、愚か人間達。好きなだけ、私の前で暴れなさい」
ハンター達は意識を集中させて【強制】に耐えた。
だが、城門付近に残っていた避難民や私兵は耐えられない。彼らは命じられるままに暴れだす。
「あはははは!」
その惨状に指を向けて喜ぶアリトゥス。
「愚かだよ、ほんとに、人間ってさ! まるで、ゴミの集まりみたいだ」
「ならば、本物のゴミはしっかり、斬って砕いて壊して焼いて、袋に詰めて捨てないと、な」
「え?」
アリトゥスは声の主に反応して見上げた。
そこには、門の上から飛び降りたオウカが刀を振りかぶり迫っていたのだ。
八原の弓も、会話で引きつけたバリトンの行動も時間稼ぎだったのだ。宙に浮かぶアリトゥスへ決定的な一撃を入れる為に。
「友への裏切り、愛する者の姿を、真似た侮辱。貴様は、絶対に、許さない!」
ネル・ベルは例え敵であってもバイク友達である。その友を裏切った。
それだけではない。彼にとって最愛の者の姿を【変容】の能力で真似た。歪虚を討つ存在のハンターがその姿を奪われるのは、侮辱そのものだ。
その為、彼の怒りは戦う前から、ゲージを振り切っていた。
「馬鹿なのー!?」
叩き込まれた一撃と共に地面に向かって落下する両者。
オウカは張り出さていたテントに落ちて大事には至らなかったが、アリトゥスは無情にも地面に激突し、叩き切られたダメージと落下時のダメージを貰う事となった。
「人間の癖にぃ!」
すぐさま起き上がると、混乱とする避難民の中に逃げ込んだ。
だが、それは読まれていた。
「如何に上手く隠れようと、神の手から逃れられても、私の手からは逃れられんぞ?」
銃弾が一直線に飛翔する。人の手だからこそ出来る一発だったなのかもしれない。
コーネリアが放った一撃は人々の隙間を抜け、アリトゥスへと直撃したのだった。
反り返るように崩した体制のまま、不利を悟ったアリトゥスは宙へ逃げようとする。
「もう! 次から次にぃ!」
「逃がしませんわ」
蝙蝠の形をした投擲武器がアリトゥスの脇を掠め飛んだ。
さすがに何度も何度もハンターの思い通りにはさせない。この私は傲慢なのだからと心の中でほくそ微笑んだ。
あとは宙高く舞い上がって逃げ切ればいいだけだ。
「危ないなー! でも、残念でしたー」
「それは誠に残念な事でしたね」
投擲武器は城門に突き刺さり、そこへマテリアルの流れと共に飛んだライラは丁寧に応えた。
ヒラヒラと城門際から離れるアリトゥス。こうなると、ライラは追撃ができない。
しかし、彼女の狙いは追撃……では無かったからだ。
「本命はこっちよ!」
隣接している建物の窓を突き破り、風の様な淡いオーラを放つ疾影士が急襲を仕掛けてきた。
それは、アイビスだった。疾影士特有のスキルを全力で出し切っての攻撃。
「隠れてるなんて、ずるい人間め!」
「生憎と私はこういう戦い方しかできないからね、文句は言わないで……よっ!!」
拳には、振りかぶるスペースも、窓枠の大きさも関係ない。
ありったけのマテリアルを込め、彼女にだけしか出せない拳が、確実にアリトゥスへと叩き込まれた。
「やったなぁ!」
「まだ、倒れないの!?」
それでも、かなりの深手となったはず。
アイビスから何とか逃げようとした歪虚の動きがビタっと止まった。
輝かしい光を放つ杭が、アリトゥスの身体を戒めていたのだ。
「これは……何ィィィ!? お前かぁぁ!」
身体に食い込まれている光の杭を抜きつつ、アリトゥスはこの術を使ったと思われるハンターに向かって負のマテリアルの矢を放つ。
「結構、いいでしょ」
「良くないわよ!」
ハッタリをかましたイレーヌへと立て続けにアリトゥスが負のマテリアルの矢を飛ばす。
当たれば、それなりの威力があるのだが、イレーヌは回復魔法を使って耐え続けた。
一方で、アリトゥスは何度も光の杭から逃れるのに、その都度、光の杭が刺さるのだ。
「きぃ! あんたが使っていたのね! クルセイダーならクルセイダーっぽくしてなさいよ!」
「そう、いわれてもなァ」
シガレットはタバコを吹かしながら応えた。確かに、パッと見、クルセイダーっぽくないと言われても仕方ない風貌ではあるが。
にしても、クルセイダーっぽくしていろと歪虚に言われてもと思う。
なんとか光の杭を外し、今度こそ逃げようとした時だった。
「それじゃ、物理的に拘束じゃ!」
そんな台詞と共に、ヒュンヒュンと剛糸がアリトゥスに巻き付いた。
星輝がやったものだ。これならば、空に浮かばれても、さすがにハンター一人をぶら下げては飛べないだろう。……決して、星輝が重たいとかそういう事ではなく。
「さぁ、年貢の納め時じゃ」
「なかなかやるわね、人間共にしては。ネル・ベルが一目置くのも、しょうがないから認めてあげるわ」
追い詰められているはずなのに、アリトゥスは勝ち誇った感じだった。
まだ、この状況から逃れられる術でもあるというのか。
「良い所まで私を追い詰めたけど、詰めが甘いわ! それじゃ、バイバイ~」
直後に再び負のマテリアルが周囲へと放たれ、アリトゥスが言い放った。
「美しき者が命じるわ。私を守りなさい」
対策を取ってきたハンター達には通じない。しかし、【強制】に掛かっていた避難民や私兵はそうではない。
暴れていた彼らは急に大人しくなると、アリトゥスを庇うように、雪崩込んできた。
それは一つの大きい流れになり、アリトゥスは人混みの中へと消えてしまう。
「「「しまった」」」
何人かのハンターの声が重なった。
【強制】対策を怠った訳ではなかった。だが、この状況にはさすがに対応できない。
力技で住民ごと吹き飛ばす事もできるだろうが、それを実行するハンターは居ないし、実行してはならない。
逆にアリトゥスは、そうしたハンターのジレンマを利用できるだけ利用するのだ。
「まだ、遠くに行っていないはずだよ。手分けして探そう」
牡丹の言葉にハンター達は頷いた。
ここで、アリトゥスを逃す訳にはいかないのだ。
「うふふ。馬鹿な人間達」
アリトゥスが笑っていた。
幾ら探しても“アリトゥス”の姿は見つからないからだ。それも当然、【変容】しているのであれば、“アリトゥス”の姿は見つからない。
一般人に真似る事もあり得るだろう。だが、負のマテリアルを発する為、見分けはつく。
避難民を順番に見れば、すぐにでも正体が判明するだろう。
「私が何の為に、人間達を堕落者にしたと思ったの」
街を混乱に陥れる為に、アリトゥスは犯罪者達を堕落者へと契約させた。
彼らは好き勝手に暴れたが、別に暴れるだけであれば雑魔でもいい。わざわざ、契約するという手間を掛けなくてもいいのだ。
「さて、あとは堕落者として暴れながら、頃合見て逃げだけね」
一人の堕落者の姿に似せた【変容】。
ハンター達は“アリトゥス”の逃亡を阻止する為に注意を払っているだろう。
暴れている堕落者の中でも、後回しでも良いと判断されれば、幾らでも逃げ出せるチャンスはあるというもの。
「ん? あいつは……」
混乱とする城門前に他の堕落者と共に姿を現したアリトゥスは、視界の中にカズマを見つけた。
彼奴には、恨みがある事を思い出す。
あと少しで、美しい姿を完璧に手に入れる事が出来たのに、彼奴が邪魔したのだ。
「あの男だけは許さない」
幸いな事に、カズマは避難民の誘導やら強制に掛かった人を助ける為に動いているようで、アリトゥスには気がついていない様子だった。
絶好の機会だ。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
ブツブツと呪いの言葉を発しながら、アリトゥスはカズマに急接近し、短刀を突き立てる。
だが――短刀はカズマには届かなかった。
不可思議なマテリアルの波の動きがアリトゥスを包み込んだ。
「な、なにこれ。なんで、なんで、分かったの!?」
「切り札ってのは、最後まで明かさないものだからだろうよ」
アリトゥスの動きを読んでいたのはカズマだった。
ハンターや人間に【変容】出来るのであれば、堕落者の姿にだってなれるはず。
それを把握した上で、待ったのだ。後の先を取る為に。
「それでも、私が襲わない可能性だってあったはずなのに、なんでぇ!?」
「……賭けたさ。恨みを持たれていたはずだと」
「この私が……」
強力な一撃を受けてアリトゥスはボロボロとなった。
舐めていた。これが人間だと分かった。ネル・ベルが慎重だった意味が理解できた。
朦朧としながらふわーと宙に浮いた。運がよければハンターの攻撃を避けて逃げ切れるはず。
だが、その狙いはすぐに潰えた。
「グガァァ!!」
「ひぃ!?」
城門の壁を支点に飛び上がり、アリトゥスに覆いかぶさるネオピア。
その牙で身体を噛まれ、アリトゥスとネオピアはそのまま地面へと落下した。
「逃ガサナイ!」
もはや、ネオピアに動ける力は残っていない。
最後の一撃を、主を裏切った者に対して使い切ったのだ。それほどまでの執念はただ事ではない。
「は、離せ、犬の堕落者のくせに! 私は正統なる傲慢の者なのよ!」
藻掻くアリトゥスをハンター達が囲った。
怒りの目を向けてくる者。哀れみの目を向けてくる者。ただ無表情に見下ろしてくる者、様々だ。
その向けてくる視線の想いは別々でも、やる事は一つだけだった。
「や、やめ、ひぎゃァァァァァァァァァ!」
アリトゥスの断末魔が城門に響き渡り――歪虚は消滅した。
●ネオピア
「最後の別れまで、わしはあかんのかー?」
「先輩、鳥臭イ」
「なんでじゃー!」
既に消滅を待つだけのネオピアを幾人かのハンターが囲っていた。
最後に寄り添おうとした星輝に対してだけは、ネオピアは頑なに追い払う。
鳥臭い理由は、相棒であるリーリーにある訳だが、そこまで臭うものなのかとも思うが、ネオピア自身がそう言うのであれば、そう……なのかもしれない。
「そうか、それで……」
カズマはふと思い出した。
ネオピアに喰われそうになった時のことだ。ちなみに、彼には金色の美しいイェジドが相棒に居る。
振り返ってみれば、イェジドを相棒としていたハンターには比較的好印象だった……かもしれない。
「だから、妹にはもふもふさせておったのかー」
悔しそうな叫び声を上げる星輝。
オウカはネオピアに近づくと訪ねた。
「犬の……堕落者だったのか?」
「人間ニ、嫌ナ事。サレタ。許セナイ事」
ネオピアは静かに自分の事を話だした。
ネル・ベルと契約してから、主と共に過ごした事。途中から別行動を取り、王国内で暗躍していた事。
自分と同じように酷い目に合わされた動物へ力を分け与えた事。
「そうだったのか」
話を聴き、イレーヌが頷いた。
救われない苦しさを、ネオピアは自分なりに向かい合おうとしていたのかもしれない。
ネオピアはゆっくりと頭を持ち上げ、遠くの空を見つめた。
「大切ナ、仕エルベキ主。申シ訳ゴザイマセン。ネオピア、ココマデデス」
無念のような言葉にも、あるいは許しを願うような言葉にも、聞こえる。
スっと、ライラが静かにネオピアの頭元へとやって来た。そして、優しく撫でる。茶色い毛並みが美しく、肌触りが良かった。
ネオピアの行動は主の為にあったのだろう。【強制】から解放された時、逃げる事も出来たというのに。
裏切り者を倒すという一心で。
「……お別れ、なんですね」
「猫臭イ……デモ、心地イイ」
「お疲れ様です。貴方は従者としての役目を全うしたのですから」
ボロボロとネオピアの身体が崩れて塵となり、風に運ばれていく。
堕落者としての宿命だ。身体を維持する負のマテリアルがなくなり、存在が消滅するのだ。
最後にネオピアはハンター達を見渡して、短く呟いた。
「……アリガトウ」
完全に消え去った後をみつめ、牡丹は抱いていた子犬に頬を寄せる。
そして、彼女にしては、優しく、静かな口調で言った。
「ボク、この子を飼ってみようと思うよ」
きっと、牡丹は心に触れる、何かを感じたのだろう。
最後まで黙って見届けていたコーネリアはライフルを担いだ。
まだ、街には隠れている雑魔や堕落者が居るかもしれないから。
「……さらばだ」
踵を返しながら、ただ、そう短く言葉を捧げた。
歪虚は全て滅ぼすべき存在。そこに慈悲はない。獲物を求めて歩き出したコーネリアに八原が並ぶ。
「どうなるかと思ったけど」
「私達がやるべき事は変わらない。そうだろう?」
「そうね」
ガチャっと音を立てて魔導機構を作動させ、八原は弓を展開させつつ、足を一歩踏み出した。
「結局、アリトゥスの独断専行だったという訳じゃな」
花火を片付けながらバリトンが言った。
ネル・ベルがこの街をどうにかしようとしていた。そこを横取りしようとしたアリトゥスが引き起こした惨事だったようだ。
逃さなかったのは大きい意味を持つだろう。
「歪虚の中には派閥ってのがあるのかァ?」
「そういえば、王がどうたら言ってたような……」
シガレットとアイビスが疑問の言葉を口にした。
人間がそうであるように、歪虚も一枚岩ではないという事なのだろう。
「付け入る隙かもしれんが、まぁ、儂ら人間も似たようなものじゃな」
それは例えば、国の違いだったり、あるいは王国でいうならば、王家派と貴族派のように。
「足元を掬われねぇようにしないとなァ」
ニッと笑ったシガレット。
正しく、その通りだが、気をつけるべきはハンターではなく、本来は、その派閥争いをしている当事者達である。
「何にせよ、私に出来る事は一つ」
アイビスは自身の拳を見つめたのだった。自由自在の拳に決意を込めて。
レタニケの街に出現した歪虚勢力は、ハンター達の活躍により、全て殲滅した。
街の被害は皆無ではないものの、それでも状況を鑑みると軽微ともいえる。
また、歪虚アリトゥスを討伐した事も、住民達にとっては大きな安心となったのだった。
おしまい
●【魔装】――牡丹
観戦武官としての立場を終えた牡丹は転移門が設置してある街へと馬車で向かっていた。
隣の席は空いたまま。座るべき受付嬢の姿が無い事が残念だった。
「大丈夫だって信じているよ。いつか、どこかで再会しよう」
荷台の窓から見えるレタニケ領を眺めながら牡丹は呟く。
この半年近く、多くの事が経験出来た。
己の馬鹿さ加減に気がついた事も、死に掛けた事もあった。
「“ボク達”はもっと強くなるから」
だから、それを見るまで、死んだらいけないよと、牡丹は心の中で呼び掛けたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/03 23:30:46 |
|
![]() |
【質問用】 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/07/05 05:49:05 |
|
![]() |
【相談】 龍崎・カズマ(ka0178) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/07/07 14:23:30 |