クリスとマリー がんばれルーサー

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/07/03 22:00
完成日
2017/07/10 22:15

みんなの思い出

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オープニング

 ダフィールド侯爵家に逗留して一週間が過ぎた。
 当初の予定では、侯爵家当主ベルムド・ダフィールドが王都より帰還し、ルーサーを送り届けたクリスに対して謝意が示されるはずの日であった。
 しかし、それは果たされなかった。ベルムドは未だ王都に留まり、王城へ詰める日々が続いていた。
「円卓会議(王国有力者合議によるグラズヘイムの最高意思決定機関)が予定より長引いているようです」
 この一週間、一行に対する歓待を一手に担ってきた若い『執事』が事情を説明し、クリスに恭しく頭を下げた。
「クリスティーヌ様には申し訳ありませんが、できますれば主の帰還までもう暫く当家にご滞在いただけましたら……」
「しかし、いつまでもこうしてご厄介になっているわけにも参りません。巡礼の旅の途中でもありますし……」
「クリスティーヌ様自らルーサーさまを送り届けてくださったのです。ベルムド様も、自ら御礼申し上げねば我が侯爵家の恥辱となろう、と」
 当初、クリスは一週間でお暇する予定であった。一流ホテル並の饗応をこれ以上受け続けるというのも心苦しい話であったし、(今更な話であるが)巡礼の旅の日程が伸びに伸びているのも事実であった。
 だが、クリスは結局、侯爵家側が申し出た一週間の滞在延長を受け入れた。ルーサーの様子がどことなく不安定な事がどうしても気になっていたからだ。
「ありがとうございます。これで我が主の面目も立とうというものです」
「こちらこそ。我が身に余るご歓待、痛み入ります。あなたの仕事も見事でした。これほど有能な、いえ、完璧な使用人を私は見たことがありません」
「恐れ入ります。しかし、誰に対しても、というわけではありません」
 え? と聞き返したクリスに、顔を上げた『執事』がチャーミングな仕草で片目を瞑ってみせた。
 クリスは面食らった。主の客人に対してそのような真似をする使用人など、前代未聞であったからだ。
「アッハッハ! いや、これは失礼を…… 実のところ、執事職は本職ではありませんので」
 目を丸くするクリスを見て、『執事』は紳士然としたまま笑った。そして笑いを収めると、今度は芝居がかった動きで深々と一礼した。
「ダフィールド侯爵家次男、シモンと申します。以後、お見知りおきくださいませ。オードラン伯爵家令嬢、クリスティーヌ殿」


 その頃、クリスの侍女たるマリーは主の傍に控えていることもなく。今日も今日とてルーサーを案内役にニューオーサンの町に繰り出していた。
 もっとも、幾ら都会的な大きい町とは言え、一週間毎日通っていれば流石に飽きてくる。その日、マリーとルーサーは売店巡りを早々に切り上げると屋台街へと繰り出し、大きな公園のベンチで少し早めの昼食を取っていた。
「ねえ、あんたの父上、いつになったら帰って来んのよ?」
 伝統的な焼き菓子を手に、搾りたての新鮮なブドウジュースを口にしながら、傍らのルーサーに尋ねるマリー。他家の使用人が侯爵家の四男に取るべき態度ではないのだが、人目のない所ではすぐに2人の関係性は旅の最中の『姉貴分と弟分』というそれに戻ってしまう。
 もっとも、当のルーサーは、そんなマリーの態度をありがたく思っているようだった。
 ルーサーは変わった。変わってしまった。世間を知らず、大貴族の息子として世の中の全ての人間を見下していた横柄な少年は既になく、クリスとマリー、ハンターたちとの旅を通じて、年相応の素直なものの見方を取り戻した。そんな今の彼には、侯爵家の四男坊としてあの館で暮らしていくのは、最早、苦痛でしかないのかもしれない。

「……皆、ここから離れて行っちゃうんでしょう? ……僕を置いて」

「この古い世界に一人残されるくらいなら…… 新しい世界なんて、知らなければよかった」
 
 ルーサーが吐露したその心情を思い出し、マリーはジッと少年を見返した。
 ……実際、自分とクリスが彼を置いて行かねばならないのは事実であり、それはどうしようもないことだった。
 ならば、どうにか少年の励みになりそうなものを、とクリスの若き侍女は考えて…… その時、初めて、あの館にはルーサーの家族と呼べるべき存在が誰もいないことに気が付いた。
 兄である三男ソードは、クリスらを館に案内した切り一度も帰ってきていなかった。その他の家人も客人であるクリスたちの前に顔を出したことがない。在宅ならあり得ないことだ。
「……そう言えば、あの館には殆ど家族が住んでないのね。なに、仲悪いの、あんたん家?」
 淡々を装って訊くマリーの問いに、ルーサーは昏い顔をした。
 まだ幼かったルーサーに当時の難しい事は分からない。だが、侯爵は自分の跡取りを選別するに当たって、子供たちを競わせる形を取ったようだ。それまで兄弟仲はそれほど悪くはなかった(せいぜい廊下で会っても無視する程度だ)が、それぞれの母親たち──彼ら兄弟の母親は皆異なっていた──が当人たちよりもヒートアップした。
 笑ったところを見たことがない、と言われるほど堅物の長男カールは政務と実務を。
 いつもニコニコ笑っていたという次男シモンは社交を。
 快活ながら粗野なところのあった三男ソードは軍事と武道を、それぞれ長所に成長していった。

「思えば、旦那様は敢えて跡取りを指名しないことで、大騒ぎする息子さん方や奥様方を見て『面白がって』いたのでしょうね」
 噂話好きの洗濯女中が、その時のことをこっそり客人に教えてくれたことがあった。
「でも、夫人の一人がニューオーサンの町で事故で無くなって…… それ以降、旦那様はご長男のカール様を後継に定めると、奥方様たち全員をそれぞれ別宅へと追い出して騒動の収拾を図ったの」

 以降、表立ったところで兄弟間の対立は起こっていない。
 長男は秘書として侯爵について実務を学び。次男は一切の身を引き、館で執事の真似事をするうつけとなった。三男はそんな腑抜けた次男に苛立ちを感じながら、広域騎馬警官隊長として今も跡継ぎの座を諦めておらず、現状に至る。
 まだ幼かったルーサーが、一連の騒動に関わったことはなかった。跡目争いに巻き込まれぬようにと、母が目立つ教育を受けさせなかったからだ。
「ルーサー。あなたのお母さんは……」
「……事故で死んだというのが僕のママ。乳母はいたけど、弾丸巡礼時の馬車の事故で怪我してからまだ帰って来ていない」

 その日の夜。マリーは「決めたわ!」と叫びながら、クリスの部屋の扉をスパーン! と開けた。
 ベッドで就寝前の読書をしていたクリスがピャッ!? と声を上げた。
「決めたわ、クリス! ルーサーにはまだこの先の人生で芯となるものが何も無い…… 私たちがここを去るまでの一週間で、ここであの子が生きていけるように特訓する!」

リプレイ本文

 翌朝。ルーサーが独り立ちできるよう特訓をする、というマリーの案は、朝食後に早速披露された。
「え? 教育、ですか? 随分と急なお話ですが……」
 デザートとして出された果実を口元へと運ぶ手を止めて。アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が突然の申し出に戸惑った表情を浮かべ……
「人生の芯となるものですか…… 難しいですね。そういうものって時間を掛けて見つけるものですし」
「確かに。ルーサーの人生はまだまだ長い訳でやがりますし、もっと見聞を広げてからでも遅くねー気はしますが」
 ……ヴァルナ=エリゴス(ka2651)とシレークス(ka0752)もまた不思議そうに問い返す。
「で、でも、私たちにはあと一週間しか……」
「待ってください、マリー。まずはルーサー本人にどうしたいのか確認しないと。何をどうするにせよ、自分の意志で決めることが大事なはずです」
 先走るマリーをサクラ・エルフリード(ka2598)が制した。うっかりしたことにマリーはルーサーの意志を確認していなかった。もっとも、気づいていたとしても問答無用であっただろうが。
「というわけで、ルーサーさん。何かしてみたい事がありますか? 漠然としたものでも何かあれば、それに必要なことを可能な限り私たちでお教えしますが」
 ナプキンをテーブルに置き、尋ねるヴァルナ。顔を赤くするルーエル・ゼクシディア(ka2473)に椅子ごと身体を寄せて「はい、あーん(はぁと)」とフルーツを差し出していたレイン・レーネリル(ka2887)が、気づいてシュパッ! と手を上げる。
「はい、はい! ヘンテコな特技でいいなら私も教えられるよ! 射的とか料理とか! こう見えて私、めっちゃ得意なんだもにゅ……!」
「すみません、続けてください」
 今日も元気なレインの口へ果物を放りつつ、席へと引き戻すルーエル。怒られるかな、とその顔を覗き込んだルーエルは、しかし、「アー君があーんに応じてくれた!」と瞳を輝かせるレインに「しまった!」と顔を蒼くする。
「まあ、幸せそうな二人は置いといて。ルーサーは今後どうしたいのですか?」
 ルーエルの口にフォークで刺したメロン(どういうわけか一玉の半分くらいある)を差し入れるレインを見やりつつ、問うサクラ。
 ルーサーは俯き、沈黙した。それを見たハンターたちが、少年の抱えた悩み深さと理解する。
 当のルーサーは、しかし、顔を俯けたまま脂汗をダラダラ流していた。
 い、言えない…… まさか、皆が自分一人をここに置いていなくなっちゃうから拗ねてみせてただけだなんて……!
「領主の跡継ぎを目標に努力するのも良い。自由に生きるのも良いと思う。外に目を向ける事も必要だしね!」
「巡礼の旅を続けたいなら自分たちも手を考えます。外の世界を見て学べば、将来、活かすことも出来るでしょうし」
 レインとサクラの親身な助言にルーサーはますます追い詰められた顔となり……
「……おめーはまだ子供でやがります。選択肢ってのは焦って決めるもんじゃねーですよ?」
 案じるシレークスの言葉に、ルーサーの震えが止まった。
「……ありがとうございます」
 少年は顔を上げた。
「でも、きっとそれじゃダメなんです」
 覚悟を決めた表情で告げる。
「……僕はただただ侯爵家の四男坊として、何も知らず、何も考えずに生きて来た。でも、皆と旅をして、館以外の世界も知って…… 何かしなきゃと思い立っても、空っぽの僕には何をすべきか……そもそも何がしたいかすらわからない」
 空の器に実を注ぐ── 特訓、よろしくお願いします、と頭を下げるルーサーを見て、ユナイテル・キングスコート(ka3458)は微かに口元を綻ばせた。──1人の立派な男として芯を持たせる、か。なるほど、マリーの思いつきもなかなか侮れませんね。
「ルーサーに教える、かぁ…… 確かに良い機会かもしれないね」
「……まあ、無為徒食にも飽きて来たのも事実ですしね。私は別に構いません」
 周囲の食品を平らげ終えてようやく解放されたルーエルの言葉にアデリシアも同意した。
「では、決定ということでスケジュールを決めましょうか。……大雑把なところで一コマ60分。合間に15分程度の休憩有り。昼食は昼休みとして普通に取る。早速、朝食後に始める感じで」
「い、今からですか!? せめて昼からとかじゃ……」
「ダメです♪」


「私、アデリシアが担当するのは『権力者と宗教について』です。特定の宗派について論じるのではなく、あくまで一般論として教授しますね」
 ルーサーを連れて移動した『教室』代わりの図書室で。調べものに来たユナイテルがその蔵書の量と種類に感嘆の息を漏らす中、アデリシアが早速、伸縮式の指し棒を手に講義を始める。
「洋の東西、世界の紅蒼問わず、宗教は古代から密接に権力に結びついてきました。その深度は為政者により様々ですが……私が伝えたいのは、権力を持った人間にとって宗教とは利用するべきものであり、深く帰依してはいけないということです」
 初っ端からトバすアデリシアにシレークスが苦笑した。──「宗教に入れ込むな」たぁ聖職者が言うべき台詞じゃねーですね。概ね同意ではありますが。
「それはエクラ教も……ですか?」
「はい。一つ間違えば聖典を旗印に戦争や弾圧が行われ、多くの人命や文化が殺されます」
 どこか半信半疑といった態でおずおずと挙手したルーサーに、アデリシアはぴしゃりと言い切った。そもグラズヘイム王国の成り立ちだって、他国で弾圧されていた新興宗教エクラ教に都市国家イルダーナが手を差し伸べたところから始まったのだ。
「先生。それは本当に宗教的な動機でもって始められるものなのですか? 何か別の……世俗的なことが原因で、宗教はお題目に過ぎないということも……」
「まさにそこです、ルーサー。宗教に限った話ではありませんが、扱う人間次第でどうとでも解釈できてしまうのが教典というもの……だからこそ知識を蓄え、自分なりの価値観を構築することは重要なのです」

 昼食後。身動きのし易い格好に着替えさせられたルーサーが連れて来られたのは中庭だった。
 教官はユナイテルとサクラ。共に鎧姿ではなく、キルト状の具足下に木剣だけを提げている。
「旅の道行きを共にしてきましたが、こうして腰を据えて向き合うのは初めてかもしれませんね」
 ルーサーに木剣を手渡し、自らも構えるユナイテル。その全身からはゴゴゴ、と気合らしきものが立ち昇り始めている。
「あの、僕、運動は苦手でして……」
「室内でずっと勉強というのも疲れるでしょう。気分転換も兼ねて身体を動かすのもいいですよ?」
 何にせよ体力は何をするにも必要ですし。自分自身の身を守れるようになる必要はありますし。
「覚悟を決めてください」
 にっこり笑って見守るサクラ。ユナイテルが前に出る。
「貴族たるもの剣のひとつも握れなくては。まずはどの程度剣術を嗜んでいるかを見てみましょう……!」

 その日の夜。心身ともに疲れ切ったルーサーが来客用の大浴場(温泉である)の風呂の中に浮いていた。
 ボロボロになった少年を見て風呂へと誘ったルーエルが……ふと気づいてルーサーの全身の筋肉を手でふにふにし始める。
「うひゃあっ!? ちょ、いきなり何さ!?」
 くすぐったそうに身悶えるルーサー。同刻。食堂のテーブルに突っ伏して寝ていたレインががばと身を起こし「何かエロい匂いがする」と呟き、再び机に突っ伏す。
「やっぱり…… ルーサー、前に一緒に温泉に入った時より筋肉がついてきたんじゃない? 身体も随分ほっそりしたみたいだし」
「え?」
 言われて初めて気が付いた。本人にはまるで自覚がなかった。
「……そうかな?」
「そうだよ! クリスさんやマリーたちと一緒に旅をしている内に体力がついてきたんだよ!」
 おめでとう、とのルーエルの言葉に、ありがとう、とルーサーは答えた。得心がいったと言う風にルーエルが再び湯に浸かる。
「旅をして、何度も野宿して…… 一人で外で生活する術もなんとなく身についているんじゃないかな? ……そうだ! 僕は槍や剣の扱い、乗馬なら一緒できるし。今度一緒にやってみる?」

 翌日。朝食後──
 再び図書室において座学。講師はヴァルナ=エリゴス。なぜか眼鏡を掛けている。
「特に希望がないのであれば、ルーサーさんには王国についての基礎知識を教えていこうと思います。各地方ごとの特色や有力貴族の領地の治世、ほか産業や名産など…… この地で暮らしていくにしても、いずれ独り立ちするにしても、知っておいて損はない知識です」

 午後。再び中庭で剣技と護身術。今日もオーサンバラに繰り出すリーアとアデリシアを見送る生徒の中に、ルーエルとマリーも加わっている。
 教官であるユナイテルはルーサーの技量に合わせて指導内容を変えていった。基本的な姿勢の保持や足捌き、そして、敵を前にした時の、戦うということの心構えを説く。
「一意繋心。剣を持つ手先に意識を通わせて……」
 正直なところを言えば、ルーサーよりマリーの方が身体能力は高かった。筋力と敏捷性も心許ない。ただ、反応と手先は器用だったので、細身の剣を用いた切り返しとか向いているかもしれない。
「では、次は不肖、このサクラがルーサーに簡単な運動と護身術を教えます。まず暴漢と出会ってしまった際にすべきことは…… 大声を上げて助けを呼びつつ、一目散に逃げることです」
 驚くルーサーにサクラは至極当然といった顔で答えた。
「当たり前じゃないですか。一週間しかないのですから。私が教えるのは戦う為の術ではなく、助けを呼ぶ、助けが入る所まで逃げ切る技術です。下手に戦わず安全な場所に逃げ、助けを求める──これが護身の基本ですからね」
「では、なぜ剣術を……」
「剣術の鍛錬は技の鍛錬であると共に心の鍛錬でもあるからです。そして、私が一番伝えたかったのもそれです」
 なに、筋は良いですよ、と大きく頷くユナイテル。一芸に特化して鍛錬を続ければ、あのソード殿にも負けない使い手になれる……かも。

「……このオーサンバラは良い所だね。のんびりした雰囲気で、良い人たちばかりだったよ」
 その日の夜。再び湯に浸かりつつ── ルーエルがほっこりとした表情で傍らのルーサーに訊いた。
「ルーサーはさ、将来、この館に住みたいと思う? ……君は今回の旅を通じて、外の多くの人たちとお話をして、彼らの生活を、人生を知り、気持ちを感じ取れるようになった。それはきっと得難い経験だよ。いずれはこの地の将来について、御父上からルーサーの意見を求められるようになるかもしれないよ?」
 そうだろうか? ルーサーの表情が曇った。
 ……あの傑物の兄たちがいれば、恐らく領内のことは殆ど治まる。愚図な自分に出る幕はない。所詮、自分は出来損ないの四男坊──
「そんなことない!」
 不意にすぱーん! と大浴場の扉が開けられ、バスタオル姿のレインが現れた。バスタイルを巻いて堂々と入って来る女性陣。悲鳴を上げ、慌てて身体を隠すルーエルとルーサーの入った湯船に、レインがざぶんと跳び込み、告げる。
「人の生き方なんて、生まれなんかに左右されないよ! ルー君も言っていたけど、庶民の暮らしぶりを知って視野が広がった事は君の強みだ。お兄さんたちに無い何かが欲しいというなら、それこそが君だけが持つ力だよ!」
 視線の置き所に困る距離でルーサーを励ますレイン。身体に湯を流してから(タオルが張り付くので困ります)これまた堂々と湯船に入って来たシレークスが、風呂の淵に両腕を掛けつつルーサーに問う。
「子供の頃、エクラ教会に行って最初に教わったこと覚えてますか?」
「それは……大精霊様の存在と……」
「と?」
「隣人に対する慈愛と博愛」
「その通り。では、ここで過日、どこかの何某が放った言動を振り返ってみやがるです。『貴様! 他家の使用人だからと我慢しておれば! 侯爵家の令息たる我に対して、無礼にも程があるぞ!』etc.」
 その台詞が最後まで終わらぬ内に、ルーサーは「あああああ……!」と後悔と恥辱に顔を真っ赤にして俯いた。いずれもクリスらと出会ったばかりの頃にルーサーが言ってしまったものだった。
 楚々とした所作で湯船の端に腰かけたヴァルナが続ける。
「他者への尊重──教会で習っていたはずなのに、なぜあのようなことを言ってしまったのでしょう?」
「それは……」
 自分が貴族だから。貴族でない者は同じ人間だとも思っていなかったから。──彼が住んでいた世界では、それが普通だったから。
「それが偏見だと気づけたのは?」
 クリスや皆と旅をしたから。自分の足で歩いたから。貴族でない人々と交わり、彼らも生身の人間であると知ったから──
「お題目を唱えているだけではどんなに高尚な教えでも意味がねーのです。……その点、おめーはそれをしっかり身に着けてやがりますよ。エクラの教えはおめーの胸の中にきちんと息づいてやがるのです」
 ざんぶと湯を掻き分け、ルーサーの胸元を指でつつくシレークス。その言いようを聞いて、洗い場で身体を石鹸で洗っていたアデリシアが、まるで聖職者みたいだと茶化す。
「不良修道女? いえいえ、シスターとしては真面目なのです」
 そんなシレークスをジト目で見ながら、サクラが濡れ髪を押さえて湯船に入る。意外とユナイテルだけが一人で顔を赤めていたり?
「……もし、ルーサーの言う通りあなたの家族が完全無欠であるというなら、旧スフィルト領の混乱はどう説明するのです? あれをおかしいと言えるのは、我々に近しい視点を持ったあなただけではないのですか?」
 サクラの言葉に、ルーサーはハッと顔を上げた。そして、慌てて視線を逸らした。
「僕たちが言いたい事はさ、ルーサー。君は自信を持っていい。君はちゃんと精神的にも肉体的にも少しずつ強くなってきているよ」
 どうにか状況に慣れ始めたルーエルがルーサーを見つめ(それが一番楽でした)て励ます。その慣れもレインにくっつかれてすぐに消し飛んでしまうわけだが。
「……新しい世界を知ったからこそ、古い世界で出来る事もあるということです」
「どうでしょう? やりたいことは見つかりましたか?」
 サクラにヴァルナ、そして皆へと視線を渡らせるルーサー。まだ漠然としたものながら、どうにか形となって見えてきたものを感じて、ルーサーはコクリと頷いた。
「そっか。頑張って! 微力ながら応援してる!」
 元気よく親指を立てて見せるレイン。
 諭すように、サクラが告げる。
「どういう選択をするにせよ……悔いのない選択をしてくださいね」

 風呂上り──最後にヴァルナが穏やかな仕草でルーサーに声を掛けた。
「覚えておいてください。困った時には私たちを──貴方の友人たちを頼って頂いていいのですからね」

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参加者一覧

  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • いつも心に盾を
    ユナイテル・キングスコート(ka3458
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/06/30 22:20:47
アイコン ルーサー強化計画
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/07/03 01:40:49