ゲスト
(ka0000)
貴族の依頼、弟の友人
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/07/15 12:00
- 完成日
- 2017/07/22 22:43
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
俺の二度の失態が、彼女の運命を狂わせて、彼女が敬愛する女性を追い詰めた。
●
貴族の括り末席すら烏滸がましく。そんな落ちぶれた家に歓迎されるはずも無い次男。
娘なら嫁に遣れたのに。
母の口癖を聞きながら10と少しを過ぎた頃に全寮制の学校へ放り込まれた。
寮で同室だった少年は、会社を持っている家の生まれ、次男だが兄や両親に愛されて育ったらしい。
年の離れた気弱な兄は寂しがり屋で恐がりで、傾き掛けた家の家督は継がせたがどうしようも無い奴なんだ。
だから、僕が、あちこち飛び回って、有益な情報を集めて、遠くの会社や貴族とも関係を結んで来てやるのさ。
少年は俺の顔を不景気なツラだと笑いながら溌剌と夢を語った。
卒業して夢を叶えた少年は旅先で帰らぬ人となった。
葬儀で出会った彼の兄たる当主は、凡庸で卑屈、どことなく俺に似た質に嫌悪感を覚えた。
老齢の執事が傍に控え宥めていたが、弟の死に打ち拉がれて、体面も繕えずに項垂れている。
花を供え、当主の代わりに夫人へ挨拶を済ませ、帰る機を覗っていると、幼いメイドが話し掛けてきた。
彼が旅先から戻る度に様々な話を聞き、それは俺の容姿まで及んでいたという。
微風で折れそうなひょろっと細い体つき、寝ているのか起きているのか分からない細い目、笑っていようとへの字の口。
酷い言われようだと笑ったが、口は上手いこと動かず、への字に結んだままだった。
彼女の名前がサーラだと知った後に、彼女の親戚があの執事だと知った。
彼の思い出を求めるように足を運ぶ俺に、サーラは彼が旅先から持ち帰ったお喋りを幾つも聞かせてくれた。
当主の趣味だというボトルシップの本物を、幾つも見てきたと得意気だったという。
当主とも話す機会はあったが、初対面の印象は拭えなかった。
当主に、家柄のためだけに嫁がされてきた可愛げの無い哀れな女と評された夫人は、サーラを始め使用人達には慕われていた。
「……だって、この家が持ち直したのは奥様のご実家のお陰ですし……私どもも奥様には色々とよくして頂いてるんですよ」
そう語る通いのメイドは噂好きらしく、この家のことを彼是と聞かせてくれた。
夫人の実家が経営する幾つもの会社の内の1つと、この家の会社に取引があり、その縁を頼って前の当主や老いた執事が頼み込んで迎えたという。
当時10代だった瑞々しい彼女は見目以上に敏腕で、それが余計に家を継いだばかりの当主を惨めにさせたのだろう。
当主が愛人を置きたいと言っては、老いた執事に窘められる声を何度も聞いたらしい。
ある日。
それは唐突に。
老いた執事が体調を崩したことか、或いは予てより目を付けられていたのか。
当主は俺にこの家の執事として働かないかと持ちかけてきた。
家で鬱屈としているよりも、彼に雇われた方が良い。
まだ幼いながら、時折はっとするほど美しく見えるサーラの面差しが過ぎらなかったとは言わない。
しかし、その後は転がるように。
老いた執事は俺に彼を宥め賺して窘め叱る術を教える前に追い出され、それを待っていたかのように別邸に愛人が置かれると、何度もそれを諫めたサーラは厄介払いのようにその別邸へ向かわされた。
時折本邸へ顔を見せては消毒薬や包帯を持っていくサーラが気に掛かり、一度だけ愛人と会ったことがある。
チェスの腕が評判の高級娼婦だと聞いていたその女は、青い顔をして震えていた。
「……ここのメイド変えてくれない? 奥様のために出て行けって言うくせに、私が外へ出ようとすると、エドガーの命令だからってドアを開けてくれないのよ……出て行け、出るな、出て行け、出るな……煩くって」
気が狂いそうだと、愛人は赤く腫れた掌を見せた。
サーラの頬を張った。サーラが痛みに呻いて口を噤んだ一時だけは冷静でいられると言って。
数年を経て、愛人からの暴力はより過剰な物になっていたらしい。
愛人に子どもが生まれたと聞いたのは、会社の業績が伸び、家の事が後手に回りがちになっていた頃のことだった。
サーラが屋敷を訪れて、夫人と、サーラを含む住み込みのメイド達との間で何かが企まれたらしい。
その翌日、例年同様に通っていたフィオリーノ、夫人が目を掛けている宝飾技師、彼が夫人のためのネックレスを作りに屋敷を訪ねてきた。
彼の姪で見習いだという少女も数年来の顔馴染みで、幼くも聡明なその少女を夫人は大層可愛がっていた。
サーラが赤子を抱えてきたのは、2人をサンルームへ通して数時間後のことだった。
サーラに夫人の所在を問われ、サンルームだと答えた。
サーラはフィオリーノと少女の来訪を知らずにドアを開けた。
少女が赤子を抱えて走り去り、転んだサーラと座り込んだ夫人、取り乱したメイド達と、少女を追ったフィオリーノ。
後に、全ての顛末を知る。
●
この家に仕えていなければ、エドガーが愛人を迎えることはなかっただろう。
あの日の来客をサーラに伝えていれば、少女と赤子を喪うことはなかっただろう。
以来、サーラはサンルームに入ることを拒むようになり、体調も崩しがちになった。更に時折、仕事中に悲鳴を上げて卒倒することさえある。夫人は病床に伏せってから快方の兆しは無く悪化の一途を辿っている。
サンルームを開けた日、調査の手伝いを請うたハンター達。こちらを訝しんでいながらも、2人について何かを隠しているような態度が僅かに垣間見えた。気のせいだろうか。
何かを知っていて隠していたのか……否、違う。嗚呼、彼等は、唯、誰も、2人の生存を否定しなかった。
生きているのなら、やり直せる。
あの日を取り戻すことが出来る。
生きている。俺がそれを信じなければ。
今までの調査では足りなかったんだ。
もう一度、全てやり直してみよう。きっとどこかで見付かるはずだ。
●※※※
先日の商店街へ執事は再び足を運んだ。
見覚えのある光景もどこか違って見える。
成果を得られずに震え、あの日の後悔の余り往来でサーラに詫びた道をもう一度歩く。
結局、成果らしい成果は上げられず、更に先へ、仄暗い道へと脚を伸ばした。
「ねえ、おにいさん」
嗄れた男の声に呼ばれた。
振り返るとそれらしい姿は無く、壮絶に美しい少女の陶器人形が黒い薔薇を差し出し、佇んでいた。
●
もう一度調べてくると言ったきり執事は屋敷に帰ってこない。
使用人達は落ち付かないが、オフィスへの使いはメイド達に悉く拒まれた。
仕方ない、とエドガーは自らオフィスへ向かう。
先日も依頼をしたと思うんだが。
そう言うと、受付嬢が見付からなかったんですかと首を傾げた。
それに頷いて。
その調査を続けていた執事が1週間以上帰ってこない。
探して欲しいと頭を下げた。
俺の二度の失態が、彼女の運命を狂わせて、彼女が敬愛する女性を追い詰めた。
●
貴族の括り末席すら烏滸がましく。そんな落ちぶれた家に歓迎されるはずも無い次男。
娘なら嫁に遣れたのに。
母の口癖を聞きながら10と少しを過ぎた頃に全寮制の学校へ放り込まれた。
寮で同室だった少年は、会社を持っている家の生まれ、次男だが兄や両親に愛されて育ったらしい。
年の離れた気弱な兄は寂しがり屋で恐がりで、傾き掛けた家の家督は継がせたがどうしようも無い奴なんだ。
だから、僕が、あちこち飛び回って、有益な情報を集めて、遠くの会社や貴族とも関係を結んで来てやるのさ。
少年は俺の顔を不景気なツラだと笑いながら溌剌と夢を語った。
卒業して夢を叶えた少年は旅先で帰らぬ人となった。
葬儀で出会った彼の兄たる当主は、凡庸で卑屈、どことなく俺に似た質に嫌悪感を覚えた。
老齢の執事が傍に控え宥めていたが、弟の死に打ち拉がれて、体面も繕えずに項垂れている。
花を供え、当主の代わりに夫人へ挨拶を済ませ、帰る機を覗っていると、幼いメイドが話し掛けてきた。
彼が旅先から戻る度に様々な話を聞き、それは俺の容姿まで及んでいたという。
微風で折れそうなひょろっと細い体つき、寝ているのか起きているのか分からない細い目、笑っていようとへの字の口。
酷い言われようだと笑ったが、口は上手いこと動かず、への字に結んだままだった。
彼女の名前がサーラだと知った後に、彼女の親戚があの執事だと知った。
彼の思い出を求めるように足を運ぶ俺に、サーラは彼が旅先から持ち帰ったお喋りを幾つも聞かせてくれた。
当主の趣味だというボトルシップの本物を、幾つも見てきたと得意気だったという。
当主とも話す機会はあったが、初対面の印象は拭えなかった。
当主に、家柄のためだけに嫁がされてきた可愛げの無い哀れな女と評された夫人は、サーラを始め使用人達には慕われていた。
「……だって、この家が持ち直したのは奥様のご実家のお陰ですし……私どもも奥様には色々とよくして頂いてるんですよ」
そう語る通いのメイドは噂好きらしく、この家のことを彼是と聞かせてくれた。
夫人の実家が経営する幾つもの会社の内の1つと、この家の会社に取引があり、その縁を頼って前の当主や老いた執事が頼み込んで迎えたという。
当時10代だった瑞々しい彼女は見目以上に敏腕で、それが余計に家を継いだばかりの当主を惨めにさせたのだろう。
当主が愛人を置きたいと言っては、老いた執事に窘められる声を何度も聞いたらしい。
ある日。
それは唐突に。
老いた執事が体調を崩したことか、或いは予てより目を付けられていたのか。
当主は俺にこの家の執事として働かないかと持ちかけてきた。
家で鬱屈としているよりも、彼に雇われた方が良い。
まだ幼いながら、時折はっとするほど美しく見えるサーラの面差しが過ぎらなかったとは言わない。
しかし、その後は転がるように。
老いた執事は俺に彼を宥め賺して窘め叱る術を教える前に追い出され、それを待っていたかのように別邸に愛人が置かれると、何度もそれを諫めたサーラは厄介払いのようにその別邸へ向かわされた。
時折本邸へ顔を見せては消毒薬や包帯を持っていくサーラが気に掛かり、一度だけ愛人と会ったことがある。
チェスの腕が評判の高級娼婦だと聞いていたその女は、青い顔をして震えていた。
「……ここのメイド変えてくれない? 奥様のために出て行けって言うくせに、私が外へ出ようとすると、エドガーの命令だからってドアを開けてくれないのよ……出て行け、出るな、出て行け、出るな……煩くって」
気が狂いそうだと、愛人は赤く腫れた掌を見せた。
サーラの頬を張った。サーラが痛みに呻いて口を噤んだ一時だけは冷静でいられると言って。
数年を経て、愛人からの暴力はより過剰な物になっていたらしい。
愛人に子どもが生まれたと聞いたのは、会社の業績が伸び、家の事が後手に回りがちになっていた頃のことだった。
サーラが屋敷を訪れて、夫人と、サーラを含む住み込みのメイド達との間で何かが企まれたらしい。
その翌日、例年同様に通っていたフィオリーノ、夫人が目を掛けている宝飾技師、彼が夫人のためのネックレスを作りに屋敷を訪ねてきた。
彼の姪で見習いだという少女も数年来の顔馴染みで、幼くも聡明なその少女を夫人は大層可愛がっていた。
サーラが赤子を抱えてきたのは、2人をサンルームへ通して数時間後のことだった。
サーラに夫人の所在を問われ、サンルームだと答えた。
サーラはフィオリーノと少女の来訪を知らずにドアを開けた。
少女が赤子を抱えて走り去り、転んだサーラと座り込んだ夫人、取り乱したメイド達と、少女を追ったフィオリーノ。
後に、全ての顛末を知る。
●
この家に仕えていなければ、エドガーが愛人を迎えることはなかっただろう。
あの日の来客をサーラに伝えていれば、少女と赤子を喪うことはなかっただろう。
以来、サーラはサンルームに入ることを拒むようになり、体調も崩しがちになった。更に時折、仕事中に悲鳴を上げて卒倒することさえある。夫人は病床に伏せってから快方の兆しは無く悪化の一途を辿っている。
サンルームを開けた日、調査の手伝いを請うたハンター達。こちらを訝しんでいながらも、2人について何かを隠しているような態度が僅かに垣間見えた。気のせいだろうか。
何かを知っていて隠していたのか……否、違う。嗚呼、彼等は、唯、誰も、2人の生存を否定しなかった。
生きているのなら、やり直せる。
あの日を取り戻すことが出来る。
生きている。俺がそれを信じなければ。
今までの調査では足りなかったんだ。
もう一度、全てやり直してみよう。きっとどこかで見付かるはずだ。
●※※※
先日の商店街へ執事は再び足を運んだ。
見覚えのある光景もどこか違って見える。
成果を得られずに震え、あの日の後悔の余り往来でサーラに詫びた道をもう一度歩く。
結局、成果らしい成果は上げられず、更に先へ、仄暗い道へと脚を伸ばした。
「ねえ、おにいさん」
嗄れた男の声に呼ばれた。
振り返るとそれらしい姿は無く、壮絶に美しい少女の陶器人形が黒い薔薇を差し出し、佇んでいた。
●
もう一度調べてくると言ったきり執事は屋敷に帰ってこない。
使用人達は落ち付かないが、オフィスへの使いはメイド達に悉く拒まれた。
仕方ない、とエドガーは自らオフィスへ向かう。
先日も依頼をしたと思うんだが。
そう言うと、受付嬢が見付からなかったんですかと首を傾げた。
それに頷いて。
その調査を続けていた執事が1週間以上帰ってこない。
探して欲しいと頭を下げた。
リプレイ本文
●
オフィスで依頼を引き受けると、以前の調査の報告を閲覧した星野 ハナ(ka5852)はその調査でハンター達が執事と共に向かった商店街へと馬を走らせた。
カリアナ・ノート(ka3733)も同じ場所に当たりを付けて向かうが、徒歩で向かうには遠く暫し乗合馬車が通り掛かるのを待つ。
「えっとえっと。まず、ドコいったっけ……」
狭い幌の中、大人しく座って揺られながら、馬車を乗り継いで商店街を目指した。
2人が場を離れた後、ハンター達はエドガーとの面会を希望した。
エドガーの会社へ招かれると、活気のある賑やかな声が聞こえてくる。
4人のハンターを出迎えた地味なワンピースの女性に、エドガーは私用で応接室を使うことと、茶を出した後の人払いを伝えた。
応接室までの社屋はいくつかの扉は開け放たれており、若い社員達が書類やカンバス、差金を手に話し込んでいる姿が見えた。
その内の一室からエドガーは鍵を持ち出してきた。応接室の物らしい。
「主に額を扱っていてね。……妻の家が芸術を手広くやっていて、その内の絵画部門、とでも言おうかな、懇意にして貰っているんだ」
応接室まで歩きながらエドガーはハンター達を1度だけ振り返る。
鍵を開けた応接室に灯りを灯し、窓を開けて風を通す。
控えめなノックに続きドアが開けられ甘い香りの紅茶が運ばれてきた。
勧められた席に着く前にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)はエドガーに一礼を、オフィスを通じて依頼を引き受けたハンターとしての身分を明らかに右手を出す。
涼しげな目許の青い瞳に、驚いた様にエドガーは目を瞠って、まだお若く見えるのにと微笑む。
改めて、今回は宜しく頼むと握手を差し出し、エドガーも深い辞儀を。
Gacrux(ka2726)も同様に、慣れた振る舞いで挨拶を交わしながら、エドガーの様子を覗う。
ハンター達がそれぞれ腰を落ち着けると、エドガーは何を話せば良いかなと尋ねながら彼等を見回した。
「執事さんのこと、心当たりは無いの?」
リアリュール(ka2003)が依頼について、行き先を聞いていないかと尋ねる。
「人が飲食なしで生きていられるのは72時間と言われてるわ」
マリィア・バルデス(ka5848)が静かに言葉を発した。
「奴隷用に攫ったならともかく、死んでいてもおかしくない時間が経ってる。何故今頃探すのかしら。それと探す場所の目途はあるかしら」
エドガーは考え込むように首を捻った。
攫われたとは考えていなかった。そう呟くと項垂れて額に浮いた汗を雑に拭う。
「彼も、君たちよりも年上の大人だ。2日3日家を空けたところで、心配するようなことも無いだろう。……流石に、連絡も無く一週間も経ってしまったから、どうしているのかと思ってね……出掛ける時は、もう一度調べに向かうことと、戻りが遅くなりそうだとも言っていたな」
軽い声は、彼の不在への憤りから不安へ変わった心境を表すかのように次第に暗く沈んでいった。
もう一度と言うことは同じ商店街の再調査だろうかとアウレールは尋ねる。
「その途中に、何らかの事件に遭遇したのではないだろうか?」
事件。エドガーがアウレールを見据える。
「昨今、歪虚の活動が活発化している」
その中で行方不明なのだから敵との遭遇も視野に入れるべきだろう。
使用人達がハンターを頼らなかった理由を報告から知り謝罪を告げ、アウレールは改めて協力と彼等独自での調査の自粛を要請するが、それを初めて聞いたようにエドガーの返事は曖昧だった。
調べる方法なのだけど。そう言ったリアリュールの視線は、今は外で待たせている犬を指す。
フォーリィに執事の臭いを追って貰う。
「借りれる物は無いですか?」
ガクルックスとマリィアも頷いてエドガーを見た。
3人からの申し出と使用人達への注意の為、一旦屋敷へ向かうことになる。
●
無舗装の道に差し掛かった馬車の中にがたごとと煩く音が響く。馭者が暫く揺れると幌の内へ声を掛けるがその声すら聞き取りづらい。
尋ねたいことが有る。
馬車の音で隠すようにリアリュールがエドガーを見た。
「本当にお子さんを引き取りたいのですか?」
夫人や執事、サーラの様子を思い浮かべる。
見付かってどうなるかも分からないのに、それでもエドガーは、彼等を差し置いても、そう考えるのだろうか。
真っ直ぐ見据える紫の瞳に竦みながらもエドガーは頷く。
「愛人の子を家に招けば、この先、何十年と本妻に負担を掛ける事になるのでは?」
ガクルックスも尋ねる。それは途中で投げ出すことなど出来ないことだと。
それから、子どもの母親である愛人との関係の現在。
愛人は今は既に街を出て、所在も状況も知らないと言う。探せば見付かるだろうがそのつもりは無いと言う。
夫人への負担には溜息を吐く。跡取りの不在を憂え得る会社の状況は彼女にとっても好ましくないものだ。
「……お子さんのためにとお考えなのですか?」
子どもを引き取りたいという目的を探るリアリュールの言葉にエドガーの眉が寄る。生存すら不確定な内からは何とも言えないと手を振り払う。
「モニカちゃん、モニカちゃーん!」
商店街に到着した星野はコンフォートへ走る。閉店のプレートを下げ、カーテンを閉ざすドアを叩いて我に返った。
内側に掛けられていたプレートがカーテンを揺らして床に落ちていく様が見える。
符を構えてドアを見詰める。広さを測るように道へ出るまで下がり、ふわりと髪を揺らしながら二枚の符を投じた。
結界の中に寄り添う二つの生命を知る。
裏へ回った方が近いだろう。星野は荷物からベルを取り出して裏口へ回る。ドアには1枚の紙が挟まれていた。
からん、ころん。ベルの音が静かに響く。曲を思い出しながら、途切れぬように冬のメロディを演奏する。
運良く知った曲が多かった為だろうか、繋ぎに多少手間取る程度で演奏を終えた。
符を揃えるとモニカのことを思いながら切って引く。
一番強く表れたのは、死の予告だった。
「モニカちゃんへ……私、モニカちゃんとピノくんが幸せに生活できるよう頑張りますからぁ」
手紙を綴る。占い師の本気を込めて。
ドアに挟まれていたメモの傍にそれを挟み、親しいと知る薬屋へ向かった。
乗合馬車を降りてカリアナも聞き込みのために商店街へ走っていた。
それきり会話を拒んだエドガーとハンター達を乗せ、重苦しい空気に満たされた馬車が屋敷に到着する。
頼まれたことはする、彼のことは気掛かりだとエドガーはハンター達を馬車に残して屋敷の中へ。
半時間ほどで玄関が開けられ、険しい顔のメイドに送られながら布に包んだ靴を持って出てきた。
メイドを振り返ると、ハンター達に言われた通り、危険だから勝手な外出をしないよう言い含め、ドアが施錠される音を聞いてから馬車へ戻ってくる。
「他の臭いは付かぬように気を付けたが、少し樟脳臭いかも知れない……小物は全て持ち歩いているようだったし、着替えやリネンは洗濯した物しか無くて」
犬を連れた3人へ、手入れのされた靴を差し出す。
ハンター達にも分かる程度に、靴墨と虫除けの臭いがつんと香るが、シューキーパーを外すと持ち主の臭いを嗅ぎ取ったらしい犬たちが小さく吠えた。
先日の商店街に向かって、馬車は再び走り出す。
●
薬屋の店の前で星野は項垂れ溜息を吐く。
数分前の厳しい言葉と視線が蘇った。
店内にいたのは商品を並べている娘、カウンターで粉薬を測る母親とそれを待っている客。
客が店を出るのを待って娘に声を掛けた。
ケーキを収めた袋を渡し、モニカを元気づけて欲しいと頼み、執事の容姿を伝えて見ていないかと尋ねた。
それに答えたのは母親だった。この界隈が探られていることは知っているらしく、モニカが当事者だと言うことも感付いているのだろう。
危ないのに今朝もモニカに会いに行っていた、娘をこれ以上関わらせないで、それは私が届けておく。
母親は忌々しそうに袋を指して告げると、星野をきつく睨んだ。
彼はここにも来ていたのかと歯を噛み締める。どうして友人の幸せがこれほど妨げられるのだろう。
商店街に到着したカリアナは、端の店から順に執事の外見を告げて、来店や目撃の有無を尋ねる。
数軒に1軒程度、先週頃にと応えるが、前回の調査から酷く不審がっている様子で、何を調べているんだとカリアナにさえ不躾な目を向けてくる。
「騒がせてごめんなさい、お話を聞かせてくれてありがとう」
背筋を正して一礼を、それで溜飲を下げる者もいるが、もう来ないでくれと追い出すようにドアを閉ざす者もいる。
「あのねあのね。こーいう……背の高くて目の細いおにーさんだったんだけど、来なかったかしら?」
それでもめげずに、道行く人に声を掛け続けるが、答えは変わらず。
カリアナ自身も同行した調査、或いは先週見たきり知らないという。
4人のハンターと犬、エドガーを乗せた馬車が停まる。
犬を連れてハンター達は馬車を降り、エドガーと馭者にはその場で待つように言う。
苛立つ使用人からエドガーが聞きだしたことによると、執事の目的地はこの先らしい。事故か事件か、何かあったのならこの先だろう。
犬を連れた3人は、彼の臭いが残っていることを祈るように犬を走らせてその後を追い、アウレールは彼等との連絡手段を準備した上で目撃情報を追った。
数軒声を掛けると、つい先程聞かれたばかりだと言う。容姿からカリアナと知ると馬車へ引き返し、周囲に人気が無いよう見回してから乗り込んだ。
エドガーは天井を仰ぎ疲れ切ったように座り込んでいる。
アウレールに気付くとエドガーは首を起こした。
生きていたとして、そう前置きしアウレールは問う。
先程と同じ質問かと苛立ちを見せたエドガーに、家督継承についてはと更に問う。
「……余り、人に知られたくは無いんだが」
周囲には誰もいない。そう伝えると渋々と話し始めた。
家の跡取りは、即ち家として経営している会社の跡取りとなり得る。代々そうだった。アウレールは一つ頷く。
今はエドガーが社長の椅子に収まっているが、次のそれを狙う者には妻の家との取引を軽視する者も、排除に動こうとする者もいる。それを許すことは、ヴィスカルディ家の建て直しのために嫁がされてきた妻にとって最も望まないことだ。家の関係を盤石とするために妻の子であるに越したことは無いが、後継者不在よりはいい。
しかし、夫人は追い詰められている。彼女や彼女を慕う者を顧みぬことは。
「罪深いのではないだろうか」
まさか、子どもに諭されるとはね。エドガーの表情が僅かに緩む。
犬は商店街の店の前で何度も立ち止まりながら進んでいった。執事はほぼ全ての店を訪れたのだろう。
そしてやがて並ぶ店は途切れ、道は細く暗くなる。それでも犬は進み続ける。
その合間に似顔絵を店ながらリアリュールが聞き込みを行うが、商店街の中ではまたかと鬱陶しがられるばかりで情報が無い。
同様に聞き込みを行おうとしたマリィアは、彼等の顔色を見て口を噤んだ。
しかし、商店街の外れの一軒だけは、先週来て向こうに行ったと暗い道の先を指した。
その道の向こうから、ふらりと男が1人歩いてくる。
じろじろとハンター達を眺めて去ろうとする彼を引き留めると、リアリュールの見せた似顔絵に考え込む。
「いかがですか?」
ガクルックスが小箱を弾いて煙草を1本差し出す。
男はそれに手を伸ばしながら、火はと問い、けらけらと笑いながらその手を引っ込めた。
彼には質屋を教えてやったと男は言う。何を質入れするのかと聞いたら、用は無いと言われたと可笑しそうに。
それ以外は知らないが、質屋はあっちだと指差して去っていった。
犬が辿る臭いも質屋の近くまで続いていた。
マリィアが質屋のドアを開ける。小さく軋んで開くそのドア、薄汚れているがこの暗い通りでは一際綺麗な外装に違和感を覚えた。
いらっしゃい。カウンターの男がにやりと笑う。
ハンター達が似顔絵を店ながら容姿や行動を説明をするが質屋は知らないと首を振った。
手掛かりがあれば買おうと思っていたとマリィアは呟く。
「言い値で良いわ」
更に言うと男は悔しそうにする。
そっちの細い道にそんな男が持ってそうな手帳が落ちてた。買ってくれるなら拾っておけば良かったと。
「フォーリィ!」
掛けだしたリアリュールの犬が吠える。それらしい手帳は土埃に塗れて道ばたに落ちていた。
ガクルックスはそこへ灯りを向け、周囲の数枚を含めシャッターを切る。
●
ハンター達は集まり手帳を確認する。
予定で埋まっているそれは、所々に出てくる家の名や、物品の購入のメモ書き、無地の頁に殴り書きにされた幾つもの宝飾店の名前が二重線で消され、末尾には彼等が探しているルビーの詳細が記されていた。
それがあの執事の物だと知った瞬間、手を出しそうになる星野は堪える様に輪から下がり拳を振るわせる。
見せて、と覗き込んだカリアナは転記しようとしたメモ帳を閉じた。やめておこう。これは彼のものだから。
リアリュールは一旦質屋に戻った。手掛かりとは言えないかも知れないが、その建物は妙に新しい。
戻ってきたのかと笑った店主に問うと、亡き父親の後を継いだ数ヶ月前に外装の修理をしたという。その時に店に有った物は全て売ってしまって今は物が乏しいと。
草臥れたこの界隈では珍しい整った装いのリアリュールに早く出て行った方が良いと促した。
手帳をエドガーに届け、状況を伝える。エドガーは何も言わないが、手帳を受け取る傍から表情は凍っていく。
帰りの足はそれぞれにと言うハンター達を残し馬車は去っていった。
マリィアは薬屋へ向かうがドアを開けた途端、ハンターだと気付いた母親に閉ざされた。
手帳に手紙を綴ってコンフォートへ、既に2枚挟まれている傍に挟み込む。
強くなると言っていた彼女の、その方法が悪しき手段では無い事を祈りながら。
カリアナがモニカの様子を覗いにコンフォートへ寄ると、工房側のドアには手紙らしい紙が3枚挟まれ。ドアノブには袋が無造作に提げられていた。時間のためか灯りは灯っておらず、日が落ちるまで待っても、それがカーテンの隙間から零れてくることは無かった。
リアリュールとガクルックスは帰り際にオフィスへ。
報告と歪虚への警戒を申し出ると、書き留めていた受付嬢はこちらもですがと肩を落とす。
今は一帯が騒がしく、いつでもどこでも警戒中だと。
「――ですが、危ないという情報は受け取りました! ご協力、感謝いたします!」
笑顔で2人を見送った受付嬢は、警戒の印しばかりで埋められた地図にまた一つそれを書き加えた。
オフィスで依頼を引き受けると、以前の調査の報告を閲覧した星野 ハナ(ka5852)はその調査でハンター達が執事と共に向かった商店街へと馬を走らせた。
カリアナ・ノート(ka3733)も同じ場所に当たりを付けて向かうが、徒歩で向かうには遠く暫し乗合馬車が通り掛かるのを待つ。
「えっとえっと。まず、ドコいったっけ……」
狭い幌の中、大人しく座って揺られながら、馬車を乗り継いで商店街を目指した。
2人が場を離れた後、ハンター達はエドガーとの面会を希望した。
エドガーの会社へ招かれると、活気のある賑やかな声が聞こえてくる。
4人のハンターを出迎えた地味なワンピースの女性に、エドガーは私用で応接室を使うことと、茶を出した後の人払いを伝えた。
応接室までの社屋はいくつかの扉は開け放たれており、若い社員達が書類やカンバス、差金を手に話し込んでいる姿が見えた。
その内の一室からエドガーは鍵を持ち出してきた。応接室の物らしい。
「主に額を扱っていてね。……妻の家が芸術を手広くやっていて、その内の絵画部門、とでも言おうかな、懇意にして貰っているんだ」
応接室まで歩きながらエドガーはハンター達を1度だけ振り返る。
鍵を開けた応接室に灯りを灯し、窓を開けて風を通す。
控えめなノックに続きドアが開けられ甘い香りの紅茶が運ばれてきた。
勧められた席に着く前にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)はエドガーに一礼を、オフィスを通じて依頼を引き受けたハンターとしての身分を明らかに右手を出す。
涼しげな目許の青い瞳に、驚いた様にエドガーは目を瞠って、まだお若く見えるのにと微笑む。
改めて、今回は宜しく頼むと握手を差し出し、エドガーも深い辞儀を。
Gacrux(ka2726)も同様に、慣れた振る舞いで挨拶を交わしながら、エドガーの様子を覗う。
ハンター達がそれぞれ腰を落ち着けると、エドガーは何を話せば良いかなと尋ねながら彼等を見回した。
「執事さんのこと、心当たりは無いの?」
リアリュール(ka2003)が依頼について、行き先を聞いていないかと尋ねる。
「人が飲食なしで生きていられるのは72時間と言われてるわ」
マリィア・バルデス(ka5848)が静かに言葉を発した。
「奴隷用に攫ったならともかく、死んでいてもおかしくない時間が経ってる。何故今頃探すのかしら。それと探す場所の目途はあるかしら」
エドガーは考え込むように首を捻った。
攫われたとは考えていなかった。そう呟くと項垂れて額に浮いた汗を雑に拭う。
「彼も、君たちよりも年上の大人だ。2日3日家を空けたところで、心配するようなことも無いだろう。……流石に、連絡も無く一週間も経ってしまったから、どうしているのかと思ってね……出掛ける時は、もう一度調べに向かうことと、戻りが遅くなりそうだとも言っていたな」
軽い声は、彼の不在への憤りから不安へ変わった心境を表すかのように次第に暗く沈んでいった。
もう一度と言うことは同じ商店街の再調査だろうかとアウレールは尋ねる。
「その途中に、何らかの事件に遭遇したのではないだろうか?」
事件。エドガーがアウレールを見据える。
「昨今、歪虚の活動が活発化している」
その中で行方不明なのだから敵との遭遇も視野に入れるべきだろう。
使用人達がハンターを頼らなかった理由を報告から知り謝罪を告げ、アウレールは改めて協力と彼等独自での調査の自粛を要請するが、それを初めて聞いたようにエドガーの返事は曖昧だった。
調べる方法なのだけど。そう言ったリアリュールの視線は、今は外で待たせている犬を指す。
フォーリィに執事の臭いを追って貰う。
「借りれる物は無いですか?」
ガクルックスとマリィアも頷いてエドガーを見た。
3人からの申し出と使用人達への注意の為、一旦屋敷へ向かうことになる。
●
無舗装の道に差し掛かった馬車の中にがたごとと煩く音が響く。馭者が暫く揺れると幌の内へ声を掛けるがその声すら聞き取りづらい。
尋ねたいことが有る。
馬車の音で隠すようにリアリュールがエドガーを見た。
「本当にお子さんを引き取りたいのですか?」
夫人や執事、サーラの様子を思い浮かべる。
見付かってどうなるかも分からないのに、それでもエドガーは、彼等を差し置いても、そう考えるのだろうか。
真っ直ぐ見据える紫の瞳に竦みながらもエドガーは頷く。
「愛人の子を家に招けば、この先、何十年と本妻に負担を掛ける事になるのでは?」
ガクルックスも尋ねる。それは途中で投げ出すことなど出来ないことだと。
それから、子どもの母親である愛人との関係の現在。
愛人は今は既に街を出て、所在も状況も知らないと言う。探せば見付かるだろうがそのつもりは無いと言う。
夫人への負担には溜息を吐く。跡取りの不在を憂え得る会社の状況は彼女にとっても好ましくないものだ。
「……お子さんのためにとお考えなのですか?」
子どもを引き取りたいという目的を探るリアリュールの言葉にエドガーの眉が寄る。生存すら不確定な内からは何とも言えないと手を振り払う。
「モニカちゃん、モニカちゃーん!」
商店街に到着した星野はコンフォートへ走る。閉店のプレートを下げ、カーテンを閉ざすドアを叩いて我に返った。
内側に掛けられていたプレートがカーテンを揺らして床に落ちていく様が見える。
符を構えてドアを見詰める。広さを測るように道へ出るまで下がり、ふわりと髪を揺らしながら二枚の符を投じた。
結界の中に寄り添う二つの生命を知る。
裏へ回った方が近いだろう。星野は荷物からベルを取り出して裏口へ回る。ドアには1枚の紙が挟まれていた。
からん、ころん。ベルの音が静かに響く。曲を思い出しながら、途切れぬように冬のメロディを演奏する。
運良く知った曲が多かった為だろうか、繋ぎに多少手間取る程度で演奏を終えた。
符を揃えるとモニカのことを思いながら切って引く。
一番強く表れたのは、死の予告だった。
「モニカちゃんへ……私、モニカちゃんとピノくんが幸せに生活できるよう頑張りますからぁ」
手紙を綴る。占い師の本気を込めて。
ドアに挟まれていたメモの傍にそれを挟み、親しいと知る薬屋へ向かった。
乗合馬車を降りてカリアナも聞き込みのために商店街へ走っていた。
それきり会話を拒んだエドガーとハンター達を乗せ、重苦しい空気に満たされた馬車が屋敷に到着する。
頼まれたことはする、彼のことは気掛かりだとエドガーはハンター達を馬車に残して屋敷の中へ。
半時間ほどで玄関が開けられ、険しい顔のメイドに送られながら布に包んだ靴を持って出てきた。
メイドを振り返ると、ハンター達に言われた通り、危険だから勝手な外出をしないよう言い含め、ドアが施錠される音を聞いてから馬車へ戻ってくる。
「他の臭いは付かぬように気を付けたが、少し樟脳臭いかも知れない……小物は全て持ち歩いているようだったし、着替えやリネンは洗濯した物しか無くて」
犬を連れた3人へ、手入れのされた靴を差し出す。
ハンター達にも分かる程度に、靴墨と虫除けの臭いがつんと香るが、シューキーパーを外すと持ち主の臭いを嗅ぎ取ったらしい犬たちが小さく吠えた。
先日の商店街に向かって、馬車は再び走り出す。
●
薬屋の店の前で星野は項垂れ溜息を吐く。
数分前の厳しい言葉と視線が蘇った。
店内にいたのは商品を並べている娘、カウンターで粉薬を測る母親とそれを待っている客。
客が店を出るのを待って娘に声を掛けた。
ケーキを収めた袋を渡し、モニカを元気づけて欲しいと頼み、執事の容姿を伝えて見ていないかと尋ねた。
それに答えたのは母親だった。この界隈が探られていることは知っているらしく、モニカが当事者だと言うことも感付いているのだろう。
危ないのに今朝もモニカに会いに行っていた、娘をこれ以上関わらせないで、それは私が届けておく。
母親は忌々しそうに袋を指して告げると、星野をきつく睨んだ。
彼はここにも来ていたのかと歯を噛み締める。どうして友人の幸せがこれほど妨げられるのだろう。
商店街に到着したカリアナは、端の店から順に執事の外見を告げて、来店や目撃の有無を尋ねる。
数軒に1軒程度、先週頃にと応えるが、前回の調査から酷く不審がっている様子で、何を調べているんだとカリアナにさえ不躾な目を向けてくる。
「騒がせてごめんなさい、お話を聞かせてくれてありがとう」
背筋を正して一礼を、それで溜飲を下げる者もいるが、もう来ないでくれと追い出すようにドアを閉ざす者もいる。
「あのねあのね。こーいう……背の高くて目の細いおにーさんだったんだけど、来なかったかしら?」
それでもめげずに、道行く人に声を掛け続けるが、答えは変わらず。
カリアナ自身も同行した調査、或いは先週見たきり知らないという。
4人のハンターと犬、エドガーを乗せた馬車が停まる。
犬を連れてハンター達は馬車を降り、エドガーと馭者にはその場で待つように言う。
苛立つ使用人からエドガーが聞きだしたことによると、執事の目的地はこの先らしい。事故か事件か、何かあったのならこの先だろう。
犬を連れた3人は、彼の臭いが残っていることを祈るように犬を走らせてその後を追い、アウレールは彼等との連絡手段を準備した上で目撃情報を追った。
数軒声を掛けると、つい先程聞かれたばかりだと言う。容姿からカリアナと知ると馬車へ引き返し、周囲に人気が無いよう見回してから乗り込んだ。
エドガーは天井を仰ぎ疲れ切ったように座り込んでいる。
アウレールに気付くとエドガーは首を起こした。
生きていたとして、そう前置きしアウレールは問う。
先程と同じ質問かと苛立ちを見せたエドガーに、家督継承についてはと更に問う。
「……余り、人に知られたくは無いんだが」
周囲には誰もいない。そう伝えると渋々と話し始めた。
家の跡取りは、即ち家として経営している会社の跡取りとなり得る。代々そうだった。アウレールは一つ頷く。
今はエドガーが社長の椅子に収まっているが、次のそれを狙う者には妻の家との取引を軽視する者も、排除に動こうとする者もいる。それを許すことは、ヴィスカルディ家の建て直しのために嫁がされてきた妻にとって最も望まないことだ。家の関係を盤石とするために妻の子であるに越したことは無いが、後継者不在よりはいい。
しかし、夫人は追い詰められている。彼女や彼女を慕う者を顧みぬことは。
「罪深いのではないだろうか」
まさか、子どもに諭されるとはね。エドガーの表情が僅かに緩む。
犬は商店街の店の前で何度も立ち止まりながら進んでいった。執事はほぼ全ての店を訪れたのだろう。
そしてやがて並ぶ店は途切れ、道は細く暗くなる。それでも犬は進み続ける。
その合間に似顔絵を店ながらリアリュールが聞き込みを行うが、商店街の中ではまたかと鬱陶しがられるばかりで情報が無い。
同様に聞き込みを行おうとしたマリィアは、彼等の顔色を見て口を噤んだ。
しかし、商店街の外れの一軒だけは、先週来て向こうに行ったと暗い道の先を指した。
その道の向こうから、ふらりと男が1人歩いてくる。
じろじろとハンター達を眺めて去ろうとする彼を引き留めると、リアリュールの見せた似顔絵に考え込む。
「いかがですか?」
ガクルックスが小箱を弾いて煙草を1本差し出す。
男はそれに手を伸ばしながら、火はと問い、けらけらと笑いながらその手を引っ込めた。
彼には質屋を教えてやったと男は言う。何を質入れするのかと聞いたら、用は無いと言われたと可笑しそうに。
それ以外は知らないが、質屋はあっちだと指差して去っていった。
犬が辿る臭いも質屋の近くまで続いていた。
マリィアが質屋のドアを開ける。小さく軋んで開くそのドア、薄汚れているがこの暗い通りでは一際綺麗な外装に違和感を覚えた。
いらっしゃい。カウンターの男がにやりと笑う。
ハンター達が似顔絵を店ながら容姿や行動を説明をするが質屋は知らないと首を振った。
手掛かりがあれば買おうと思っていたとマリィアは呟く。
「言い値で良いわ」
更に言うと男は悔しそうにする。
そっちの細い道にそんな男が持ってそうな手帳が落ちてた。買ってくれるなら拾っておけば良かったと。
「フォーリィ!」
掛けだしたリアリュールの犬が吠える。それらしい手帳は土埃に塗れて道ばたに落ちていた。
ガクルックスはそこへ灯りを向け、周囲の数枚を含めシャッターを切る。
●
ハンター達は集まり手帳を確認する。
予定で埋まっているそれは、所々に出てくる家の名や、物品の購入のメモ書き、無地の頁に殴り書きにされた幾つもの宝飾店の名前が二重線で消され、末尾には彼等が探しているルビーの詳細が記されていた。
それがあの執事の物だと知った瞬間、手を出しそうになる星野は堪える様に輪から下がり拳を振るわせる。
見せて、と覗き込んだカリアナは転記しようとしたメモ帳を閉じた。やめておこう。これは彼のものだから。
リアリュールは一旦質屋に戻った。手掛かりとは言えないかも知れないが、その建物は妙に新しい。
戻ってきたのかと笑った店主に問うと、亡き父親の後を継いだ数ヶ月前に外装の修理をしたという。その時に店に有った物は全て売ってしまって今は物が乏しいと。
草臥れたこの界隈では珍しい整った装いのリアリュールに早く出て行った方が良いと促した。
手帳をエドガーに届け、状況を伝える。エドガーは何も言わないが、手帳を受け取る傍から表情は凍っていく。
帰りの足はそれぞれにと言うハンター達を残し馬車は去っていった。
マリィアは薬屋へ向かうがドアを開けた途端、ハンターだと気付いた母親に閉ざされた。
手帳に手紙を綴ってコンフォートへ、既に2枚挟まれている傍に挟み込む。
強くなると言っていた彼女の、その方法が悪しき手段では無い事を祈りながら。
カリアナがモニカの様子を覗いにコンフォートへ寄ると、工房側のドアには手紙らしい紙が3枚挟まれ。ドアノブには袋が無造作に提げられていた。時間のためか灯りは灯っておらず、日が落ちるまで待っても、それがカーテンの隙間から零れてくることは無かった。
リアリュールとガクルックスは帰り際にオフィスへ。
報告と歪虚への警戒を申し出ると、書き留めていた受付嬢はこちらもですがと肩を落とす。
今は一帯が騒がしく、いつでもどこでも警戒中だと。
「――ですが、危ないという情報は受け取りました! ご協力、感謝いたします!」
笑顔で2人を見送った受付嬢は、警戒の印しばかりで埋められた地図にまた一つそれを書き加えた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 5人 |
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執事失踪 捜索相談卓 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/07/15 08:49:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/12 22:06:11 |